0. この記事の要点
Section titled “0. この記事の要点”- 孤立系(粒子数 、体積 、エネルギー が一定)の平衡状態は、エネルギー殻の上の一様分布で記述します。この一様性を要請するのが等重率の原理であり、リウヴィルの定理(定理 2.2)がその力学的な整合性を保証します。
- 殻の中のミクロ状態の個数 を数え、 と定義したものがボルツマンのエントロピーです。対数を取る理由は、 が乗法的なのに対しエントロピーは加法的でなければならないからです(命題 4.2)。
- 二つの系を熱接触させたとき、合成系の状態数を最大にする条件が であり、ここから という温度の統計力学的定義が出ます(定理 4.4)。同じ論法で と も出ます。
- エネルギー分配の分布は のまわりに相対幅 で集中しています(命題 4.7)。だからこそ、平衡値だけを議論するマクロな熱力学が成立します。
- 単原子理想気体に適用すると、サックール・テトロードの式 が得られ(定理 5.1)、そこから と が導かれます(系 5.2)。
- 状態数を数えるときの (同種粒子の不可弁別性)と (位相空間の量子的な単位胞)は、古典論だけでは正当化できません。前者を落とすとギブスのパラドックスが起こります(例 5.3)。
1. 動機:熱力学はエントロピーを計算してくれない
Section titled “1. 動機:熱力学はエントロピーを計算してくれない”熱力学は、熱力学の諸法則 で見たとおり、準静的な過程に対して
という関係でエントロピー を定義します(定理 8.2[熱力学の諸法則])。これはクラウジウスによる定義で、エントロピーの差を熱の出入りから測る処方です。前章の 自由エネルギーと熱力学ポテンシャル では、この をルジャンドル変換して や を作り(定義 4.1[自由エネルギーと熱力学ポテンシャル])、平衡条件を書き換えました。
しかしこの体系には、原理的な空白が一つあります。エントロピーそのものの値を、系のミクロな構成から計算する方法がありません。理想気体の を知りたければ、実験で熱容量と状態方程式を測り、それを積分するしかない。分子の質量 や粒子数 からエントロピーを予言することはできないのです。
この空白を埋めたのがボルツマンでした。彼の着想は、いま思えば単純です。マクロには同じに見える状態(同じ 、、)でも、ミクロには膨大な数の異なる状態が対応している。その個数こそがエントロピーの正体ではないか。気体が容器の片側に集まっている状態に対応するミクロ状態の数は、全体に一様に広がった状態に対応する数より圧倒的に少ない。だから前者から後者へは自発的に移るが、逆は起こらない。第二法則は、確率の小さい状態から大きい状態へという、単なる数の勘定になる。
この記事では、その勘定を厳密な形に整えます。手順は次の四段階です。
flowchart TD A["孤立系: N, V, E を固定"] --> B["等重率の原理:<br/>エネルギー殻の上で一様分布"] B --> C["状態数 W(E, V, N) を数える"] C --> D["ボルツマンの関係式<br/>S = k ln W"] D --> E["1/T = ∂S/∂E, p/T = ∂S/∂V, -μ/T = ∂S/∂N"] E --> F["dE = T dS - p dV + μ dN<br/>熱力学が再現される"]
孤立系から出発するのは、力学的にいちばん素直だからです。外界とエネルギーをやりとりする系は、外界まで含めた大きな孤立系の一部として扱うほかありません。次章以降で扱う カノニカル集団 や グランドカノニカル集団 も、すべてこの孤立系の議論を出発点として導かれます。
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