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接ベクトル空間と接バンドル:曲がった空間で「速度」を定義する三つの流儀

対象読者: 学部の多変数微積分と線形代数に加え、本テーマ第 1 章(チャート・アトラス・多様体上の滑らかな写像)を理解した人。接ベクトルや微分形式は仮定しません。

前提となる記事:微分可能多様体の定義:チャートとアトラスで曲がった空間に微分を持ち込む

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球面の上を動く点の「速度」は、どう決めればよいのでしょうか。平面や空間なら位置の差を取って割れば済みますが、曲がった面の上では 2 点の差が面の外に出てしまいます。この記事は、面の外を借りずに「その点での進む向きと速さ」を矢印のように扱う方法を、三通り紹介します。三通りが同じものだと分かると、座標の取り方を変えても困らず、状況に応じて使いやすい見方を選べるようになります。

  • 多様体 MM の点 pp における接ベクトル空間 TpMT_pM には、曲線の同値類・座標成分と変換則・導分(derivation。関数を微分する作用素) という三つの定義があります。三つはすべて自然に同型で、同型は座標の取り方によりません。
  • 三つの定義が一致する理屈の中核は Hadamard の補題(滑らかな関数を「定数+座標の差×滑らかな関数」の形に分ける補題)です。滑らかな関数が f(x)=f(a)+∑i(xi−ai)gi(x)f(x) = f(a) + \sum_i (x^i - a^i) g_i(x) と分解できることから、導分の空間が nn 次元になり、∂/∂x1∣p,…,∂/∂xn∣p\partial/\partial x^1|_p, \ldots, \partial/\partial x^n|_p が基底になります。
  • 滑らかな写像 F:M→NF : M \to N は、各点で線形写像 dFp:TpM→TF(p)NdF_p : T_pM \to T_{F(p)}N を誘導します。座標で表せばその行列はヤコビ行列(偏微分を並べた行列)そのものであり、連鎖律は d(G∘F)p=dGF(p)∘dFpd(G \circ F)_p = dG_{F(p)} \circ dF_p という一行の等式になります。
  • すべての接空間を集めた TM=⨆p∈MTpMTM = \bigsqcup_{p \in M} T_pM は、自然に 2n2n 次元の滑らかな多様体になります。チャートの変換則が (x,v)↦(τ(x),Dτ(x)v)(x, v) \mapsto (\tau(x), D\tau(x)v) という「点はチャート変換で、ベクトルはヤコビ行列で」という形になることが本質です。
  • 物理で「反変ベクトルとは V′μ=∂x′μ∂xνVνV'^{\mu} = \frac{\partial x'^{\mu}}{\partial x^{\nu}} V^{\nu} と変換する量である」と説明されるものは、定義 2(座標成分による定義)そのものです。一般相対論の 4 元速度や計量テンソルは TpMT_pM の上の対象です。

1. 動機:曲がった空間に「矢印」を置く

Section titled “1. 動機:曲がった空間に「矢印」を置く”

Rn\mathbb{R}^n の中で運動する質点を考えるとき、速度ベクトルは何の疑問もなく定義できます。位置 γ(t)∈Rn\gamma(t) \in \mathbb{R}^n の各成分を微分して γ′(t)=lim⁡h→0γ(t+h)−γ(t)h\gamma'(t) = \lim_{h \to 0} \frac{\gamma(t+h) - \gamma(t)}{h} と置けばよい。この定義が使えるのは、Rn\mathbb{R}^n がベクトル空間であり、離れた 2 点の差 γ(t+h)−γ(t)\gamma(t+h) - \gamma(t) に意味があるからです。

ところが球面 S2S^2 の上を動く点について同じことをしようとすると、たちまち行き詰まります。球面上の 2 点の「差」は球面上にありません。S2S^2 を R3\mathbb{R}^3 の部分集合とみなせば γ(t+h)−γ(t)∈R3\gamma(t+h) - \gamma(t) \in \mathbb{R}^3 には意味がありますが、それは球面の外の空間を借りた話です。多様体は必ずしも大きなユークリッド空間の中に与えられているとは限りませんし、たとえ埋め込まれていても、埋め込み方によらない内在的な定義がほしい。

もう一つ、素朴だが厄介な問題があります。多様体上では座標は一つに決まりません。同じ点 pp の近傍に二つのチャート (U,φ)(U, \varphi)、(V,ψ)(V, \psi) があれば、速度は二通りの成分表示 v=(φ∘γ)′(0)v = (\varphi \circ \gamma)'(0) と w=(ψ∘γ)′(0)w = (\psi \circ \gamma)'(0) を持ちます。これらは別の数の組ですが、同じ物理的状況を表しているはずです。したがって「接ベクトルとは何か」という問いには、

  1. 座標を使わずに定義するか、
  2. 座標を使ってよいが、座標を取り替えたときの変換則で同一視するか、

のどちらかで答えねばなりません。歴史的には、リーマンやリッチ=レヴィ=チヴィタの流儀は 2 で、「添字が付いていて指定の規則で変換する量」がテンソルでした。20 世紀半ばに整備された現代的な流儀は 1 で、しかも「曲線の速度」ではなく「関数を微分する作用素」として接ベクトルを定義します。この三つ目の見方は最初は奇異に映りますが、代数的な扱いやすさが群を抜いており、リー群やベクトル場の理論に直結します。

この記事では三つの定義をすべて構成し、それらが自然に同型であることを証明します。どれか一つを覚えるのではなく、状況に応じて三つを行き来できるようになることが目標です。幾何学的な直観がほしいときは曲線、具体的な計算をしたいときは座標成分、証明を書きたいときは導分、と使い分けるのが実務です。

以下、MM は nn 次元の C∞C^{\infty} 級多様体(第二可算かつ Hausdorff)とします。定義とアトラスの扱いは 微分可能多様体の定義(多様体の定義(定義 4.1)[微分可能多様体の定義])を前提とします。チャート (U,φ)(U, \varphi) に対し、φ=(x1,…,xn)\varphi = (x^1, \ldots, x^n) と書き、xi:U→Rx^i : U \to \mathbb{R} を座標関数と呼びます。添字は上に付ける流儀(物理の慣習)に従いますが、xix^i は xx の ii 乗ではありません。Rn\mathbb{R}^n 上の第 ii 変数による偏微分は ∂i\partial_i と書きます。

なぜ C∞C^{\infty} 級に限るのかを先に断っておきます。後で述べる導分による定義は、CkC^k(1≤k<∞1 \le k < \infty)の枠組みではうまくいきません。CkC^k 級関数の芽に対する導分の空間は無限次元になってしまうからです(注意 5.5 と Appendix を参照)。曲線による定義と座標による定義は CkC^k(k≥1k \ge 1)でも通用しますが、三つの定義が揃って一致するのは C∞C^{\infty} の世界です。

接ベクトルは点 pp の近くの情報だけで決まる局所的な対象です。それを正確に述べるために、まず「pp の近くでだけ定義された関数」を扱う枠組みを用意します。

次の「芽」は、pp のごく近くで同じ値を取る二つの関数を同じものとみなす約束です。接ベクトルが見るのは pp での変化の様子だけなので、pp から離れた所の値の違いは最初から無視してかまいません。その約束を毎回断らずに済ませるための記号だと思ってください。

定義 2.1(関数の芽)↗

p∈Mp \in M とする。組 (U,f)(U, f)(UU は pp を含む開集合、f∈C∞(U)f \in C^{\infty}(U))全体の上に、

(U,f)∼(V,g)  ⟺  p を含むある開集合 W⊂U∩V が存在して f∣W=g∣W(U, f) \sim (V, g) \iff \text{$p$ を含むある開集合 $W \subset U \cap V$ が存在して } f|_W = g|_W

で関係 ∼\sim を定める。∼\sim は同値関係であり、その同値類を pp における C∞C^{\infty} 級関数の芽(germ)と呼び、[f]p[f]_p あるいは単に ff と書く。芽全体の集合を Cp∞(M)C^{\infty}_p(M) と書く。

∼\sim が同値関係であることは確認しておきます。反射律と対称律は明らかな形ですが、実際に書けば、W=UW = U と取れば (U,f)∼(U,f)(U,f) \sim (U,f)、定義が ff と gg について対称なので対称律が従います。推移律は、(U,f)∼(V,g)(U,f) \sim (V,g) を与える W1W_1 と (V,g)∼(V′,h)(V,g) \sim (V', h) を与える W2W_2 に対し W1∩W2W_1 \cap W_2 が pp を含む開集合で、その上で f=g=hf = g = h となることから従います。

Cp∞(M)C^{\infty}_p(M) には代表元ごとの和・積・スカラー倍が定義域の共通部分の上で定義でき(代表元の取り方によらないことは、上の WW の共通部分を取れば分かります)、R\mathbb{R} 上の可換代数になります。また [f]p↦f(p)[f]_p \mapsto f(p) は代表元によらず定まる代数準同型 Cp∞(M)→RC^{\infty}_p(M) \to \mathbb{R} です。

もっとも幾何学的な定義から始めます。pp を通る曲線とは、ε>0\varepsilon > 0 と C∞C^{\infty} 級写像 γ:(−ε,ε)→M\gamma : (-\varepsilon, \varepsilon) \to M で γ(0)=p\gamma(0) = p を満たすもののことです。二つの曲線が「pp で同じ速度を持つ」とはどういうことかを、チャートを使って定めます。ただしチャートの取り方によらないことを先に確認しなければ、定義になりません。

補題 3.1(速度の一致はチャートによらない)✓

p∈Mp \in M とし、γ1,γ2\gamma_1, \gamma_2 を pp を通る C∞C^{\infty} 級曲線とする。(U,φ)(U, \varphi)、(V,ψ)(V, \psi) をともに pp を含むチャートとすると、

(φ∘γ1)′(0)=(φ∘γ2)′(0)  ⟺  (ψ∘γ1)′(0)=(ψ∘γ2)′(0)(\varphi \circ \gamma_1)'(0) = (\varphi \circ \gamma_2)'(0) \iff (\psi \circ \gamma_1)'(0) = (\psi \circ \gamma_2)'(0)

が成り立つ。

証明(補題 3.1)

γj\gamma_j は連続なので、十分小さい ε\varepsilon を取り直せば γj((−ε,ε))⊂U∩V\gamma_j((-\varepsilon,\varepsilon)) \subset U \cap V としてよい。τ=ψ∘φ−1\tau = \psi \circ \varphi^{-1} は φ(U∩V)\varphi(U \cap V) 上の C∞C^{\infty} 級微分同相(アトラスの両立条件)であり、

ψ∘γj=(ψ∘φ−1)∘(φ∘γj)=τ∘(φ∘γj)\psi \circ \gamma_j = (\psi \circ \varphi^{-1}) \circ (\varphi \circ \gamma_j) = \tau \circ (\varphi \circ \gamma_j)

と書けます。φ∘γj:(−ε,ε)→Rn\varphi \circ \gamma_j : (-\varepsilon,\varepsilon) \to \mathbb{R}^n は C∞C^{\infty} 級写像なので、多変数の連鎖律(定理 9.4)[多変数関数の微分と偏微分] により

(ψ∘γj)′(0)=Dτ(φ(p)) (φ∘γj)′(0).(\psi \circ \gamma_j)'(0) = D\tau\big(\varphi(p)\big)\,(\varphi \circ \gamma_j)'(0).

ここで Dτ(φ(p))D\tau(\varphi(p)) は τ\tau のヤコビ行列で、τ\tau が微分同相なので正則です。正則行列を掛ける操作は単射なので、(φ∘γ1)′(0)=(φ∘γ2)′(0)(\varphi\circ\gamma_1)'(0) = (\varphi\circ\gamma_2)'(0) と (ψ∘γ1)′(0)=(ψ∘γ2)′(0)(\psi\circ\gamma_1)'(0) = (\psi\circ\gamma_2)'(0) は同値です。

定義 3.2(接ベクトル(曲線による定義))↗

pp を通る C∞C^{\infty} 級曲線全体の集合を Cp\mathcal{C}_p と書く。γ1∼cγ2\gamma_1 \sim_{\mathrm{c}} \gamma_2 を「pp を含むあるチャート (U,φ)(U,\varphi) について (φ∘γ1)′(0)=(φ∘γ2)′(0)(\varphi\circ\gamma_1)'(0) = (\varphi\circ\gamma_2)'(0)」で定める。補題 3.1 よりこれはチャートの選び方によらず、明らかに同値関係である。商集合 Cp/∼c\mathcal{C}_p/\sim_{\mathrm{c}} を TpcMT^{\mathrm{c}}_pM と書き、その元 [γ][\gamma] を pp における接ベクトルと呼ぶ。

この定義の長所は直観が効くことです。短所は、和やスカラー倍がその場では定義できないことです。二つの曲線を「足す」操作は多様体上にはありません。和を定義するにはチャートを一つ選び、成分で足してから曲線に戻す必要があり、そのやり方が選んだチャートによらないことを別途確かめる必要があります。この不便さが、次の二つの定義に進む動機になります。

4. 第二の定義:座標成分と変換則

Section titled “4. 第二の定義:座標成分と変換則”

古典的なテンソル解析の流儀を、現代の言葉で書き直します。「ベクトルとは、各座標系に対して nn 個の数を与える規則であって、座標を換えるとヤコビ行列で変換するもの」という定義です。

Ap\mathcal{A}_p を、pp を含むチャート (U,φ)(U,\varphi) と v∈Rnv \in \mathbb{R}^n の組 (φ,v)(\varphi, v) 全体の集合とします。

定義 4.1(接ベクトル(座標成分による定義))↗

(φ,v),(ψ,w)∈Ap(\varphi, v), (\psi, w) \in \mathcal{A}_p に対し

(φ,v)∼o(ψ,w)  ⟺  w=D(ψ∘φ−1)(φ(p)) v(\varphi, v) \sim_{\mathrm{o}} (\psi, w) \iff w = D(\psi \circ \varphi^{-1})\big(\varphi(p)\big)\, v

と定める。商集合 Ap/∼o\mathcal{A}_p/\sim_{\mathrm{o}} を TpoMT^{\mathrm{o}}_pM と書く。

命題 4.2(変換則は同値関係を定める)✓

∼o\sim_{\mathrm{o}} は Ap\mathcal{A}_p 上の同値関係である。

証明(命題 4.2)

記号を短くするため Jψφ=D(ψ∘φ−1)(φ(p))J_{\psi\varphi} = D(\psi\circ\varphi^{-1})(\varphi(p)) と書きます。

反射律。φ∘φ−1\varphi \circ \varphi^{-1} は φ(U)\varphi(U) 上の恒等写像なので Jφφ=IJ_{\varphi\varphi} = I(単位行列)であり、v=Ivv = Iv。

対称律。(ψ∘φ−1)−1=φ∘ψ−1(\psi\circ\varphi^{-1})^{-1} = \varphi\circ\psi^{-1} なので、Rn\mathbb{R}^n における逆写像の微分の公式(連鎖律を φψ−1∘ψφ−1=id\varphi\psi^{-1}\circ\psi\varphi^{-1} = \mathrm{id} に適用したもの)から Jφψ=Jψφ−1J_{\varphi\psi} = J_{\psi\varphi}^{-1}。よって w=Jψφvw = J_{\psi\varphi}v ならば v=Jφψwv = J_{\varphi\psi} w。

推移律。三つ目のチャート (W,χ)(W,\chi) について、χ∘φ−1=(χ∘ψ−1)∘(ψ∘φ−1)\chi\circ\varphi^{-1} = (\chi\circ\psi^{-1})\circ(\psi\circ\varphi^{-1}) が φ(U∩V∩W)\varphi(U\cap V\cap W) 上で成り立つので、連鎖律より Jχφ=JχψJψφJ_{\chi\varphi} = J_{\chi\psi}J_{\psi\varphi}。したがって w=Jψφvw = J_{\psi\varphi}v かつ u=Jχψwu = J_{\chi\psi}w ならば u=Jχφvu = J_{\chi\varphi}v。

なお三つの性質はいずれも、チャートの共通部分の上での等式から従っており、共通部分は pp を含む開集合なので空ではありません。

TpoMT^{\mathrm{o}}_pM には自然にベクトル空間の構造が入ります。チャート φ\varphi を一つ固定すると v↦[(φ,v)]v \mapsto [(\varphi, v)] は全単射 Rn→TpoM\mathbb{R}^n \to T^{\mathrm{o}}_pM になり(全射は定義から、単射は Jφφ=IJ_{\varphi\varphi} = I から)、これで Rn\mathbb{R}^n の線形構造を移せます。移した構造がチャートによらないのは、∼o\sim_{\mathrm{o}} を与える変換 v↦Jψφvv \mapsto J_{\psi\varphi}v が線形だからです。この「線形写像で貼り合わせる」という点が、後で接バンドルがベクトルバンドルになる理由でもあります。

注意 4.3(物理の添字記法との対応)

一般相対論の教科書にある「反変ベクトルとは座標変換のもとで V′μ=∂x′μ∂xνVνV'^{\mu} = \dfrac{\partial x'^{\mu}}{\partial x^{\nu}} V^{\nu} と変換する量である」という文言は、定義 4.1 の ∼o\sim_{\mathrm{o}} をアインシュタインの総和規約で書いたものにほかなりません。∂x′μ∂xν\dfrac{\partial x'^{\mu}}{\partial x^{\nu}} が JψφJ_{\psi\varphi} の (μ,ν)(\mu,\nu) 成分です。共変ベクトル(1 形式)は逆行列で変換する量で、これは TpMT_pM の双対空間の元にあたります。

三つ目の定義は、接ベクトルを「関数を方向微分する作用素」と考えます。Rn\mathbb{R}^n で方向微分 Dvf(a)=∑ivi∂if(a)D_v f(a) = \sum_i v^i \partial_i f(a) を思い出すと、これは f↦Dvf(a)f \mapsto D_vf(a) という R\mathbb{R} 値の線形汎関数で、積の微分法則を満たします。逆に、その 2 条件を満たす汎関数は方向微分に限る、というのがこれから示す事実です。

定義 5.1(点における導分)↗

R\mathbb{R} 線形写像 X:Cp∞(M)→RX : C^{\infty}_p(M) \to \mathbb{R} が、すべての f,g∈Cp∞(M)f, g \in C^{\infty}_p(M) について

X(fg)=X(f) g(p)+f(p) X(g)X(fg) = X(f)\,g(p) + f(p)\,X(g)

(ライプニッツ則)を満たすとき、XX を pp における導分と呼ぶ。導分全体の集合を TpdMT^{\mathrm{d}}_pM と書く。

直観としては、X(f)X(f) は「ff を XX の向きに動いたときの変化率」を表す数です。矢印そのものではなく、関数の変化率を測る道具としてベクトルを捉えます。ライプニッツ則は、積の微分法則が満たすべき性質をそのまま要求したものです。実際に、Rn\mathbb{R}^n の偏微分がこれを満たし、後の定理で基底になることを示します。

TpdMT^{\mathrm{d}}_pM が (X+Y)(f)=X(f)+Y(f)(X+Y)(f) = X(f)+Y(f)、(cX)(f)=cX(f)(cX)(f) = cX(f) によって R\mathbb{R} ベクトル空間になることは、両条件が線形に振る舞うことから直ちに従います。実際、(X+Y)(fg)=X(fg)+Y(fg)=(X(f)+Y(f))g(p)+f(p)(X(g)+Y(g))(X+Y)(fg) = X(fg)+Y(fg) = (X(f)+Y(f))g(p) + f(p)(X(g)+Y(g)) です。

補題 5.2(導分は定数を消す)✓

X∈TpdMX \in T^{\mathrm{d}}_pM とし、c∈Rc \in \mathbb{R} に対して c‾\underline{c} で定数関数 cc の芽を表す。このとき X(c‾)=0X(\underline{c}) = 0。

証明(補題 5.2)

まず 1‾⋅1‾=1‾\underline{1} \cdot \underline{1} = \underline{1} にライプニッツ則を適用すると

X(1‾)=X(1‾)⋅1+1⋅X(1‾)=2X(1‾)X(\underline{1}) = X(\underline{1})\cdot 1 + 1 \cdot X(\underline{1}) = 2X(\underline{1})

なので X(1‾)=0X(\underline{1}) = 0。一般の cc については c‾=c 1‾\underline{c} = c\,\underline{1} と線形性から X(c‾)=cX(1‾)=0X(\underline{c}) = cX(\underline{1}) = 0。

次が中核の解析的補題です。テイラーの定理の「剰余項を滑らかな関数として書く」版だと思ってください。

補題 5.3(Hadamard の補題)✓

A⊂RnA \subset \mathbb{R}^n を a∈Aa \in A について星型な開集合(すなわち任意の x∈Ax \in A について線分 {a+t(x−a):t∈[0,1]}\{a + t(x-a) : t \in [0,1]\} が AA に含まれる)とし、h∈C∞(A)h \in C^{\infty}(A) とする。このとき g1,…,gn∈C∞(A)g_1, \ldots, g_n \in C^{\infty}(A) が存在して、すべての x∈Ax \in A で

h(x)=h(a)+∑i=1n(xi−ai) gi(x),gi(a)=∂ih(a)h(x) = h(a) + \sum_{i=1}^{n} (x^i - a^i)\, g_i(x), \qquad g_i(a) = \partial_i h(a)

が成り立つ。

証明の方針は、aa から xx へ線分に沿って進みながら hh の変化を足し合わせる(積分する)ことです。微分積分学の基本定理で h(x)−h(a)h(x)-h(a) が積分で書け、その被積分関数から (xi−ai)(x^i-a^i) の因数を取り出したものが gig_i になります。

証明(補題 5.3)

x∈Ax \in A を固定し、u(t)=h(a+t(x−a))u(t) = h\big(a + t(x-a)\big) とおきます。星型性より t∈[0,1]t \in [0,1] で a+t(x−a)∈Aa+t(x-a) \in A なので uu は [0,1][0,1] 上で定義され、hh が C∞C^{\infty} 級であることと連鎖律から C∞C^{\infty} 級で、

u′(t)=∑i=1n(xi−ai) ∂ih(a+t(x−a)).u'(t) = \sum_{i=1}^{n} (x^i - a^i)\,\partial_i h\big(a+t(x-a)\big).

微分積分学の基本定理(定理 5.4)[積分の基本定理と定積分] より u(1)−u(0)=∫01u′(t) dtu(1) - u(0) = \int_0^1 u'(t)\,dt、すなわち

h(x)−h(a)=∑i=1n(xi−ai)∫01∂ih(a+t(x−a)) dt.h(x) - h(a) = \sum_{i=1}^{n} (x^i - a^i) \int_0^1 \partial_i h\big(a+t(x-a)\big)\,dt.

そこで

gi(x)=∫01∂ih(a+t(x−a)) dtg_i(x) = \int_0^1 \partial_i h\big(a + t(x-a)\big)\,dt

と定めれば、求める分解が得られます。gig_i が C∞C^{\infty} 級であることは、被積分関数が (t,x)∈[0,1]×A(t,x) \in [0,1]\times A の C∞C^{\infty} 級関数であり、積分区間 [0,1][0,1] がコンパクトなので積分記号下の微分が任意階数で許されることによります。最後に x=ax = a を代入すると被積分関数が定数 ∂ih(a)\partial_i h(a) になるので gi(a)=∂ih(a)g_i(a) = \partial_i h(a)。

星型性は本質的です。多様体上でこの補題を使うときは、チャートの像を φ(p)\varphi(p) 中心の開球に取り替えてから適用します(芽を考えているので定義域を縮めても情報は失われません)。

定理 5.4(導分の空間の基底)✓

p∈Mp \in M、(U,φ)(U,\varphi) を pp を含むチャート、φ=(x1,…,xn)\varphi = (x^1,\ldots,x^n)、a=φ(p)a = \varphi(p) とする。各 ii について

∂∂xi∣p(f):=∂i(f∘φ−1)(a)(f∈Cp∞(M))\left.\frac{\partial}{\partial x^i}\right|_p (f) := \partial_i\big(f \circ \varphi^{-1}\big)(a) \qquad (f \in C^{\infty}_p(M))

と定めると、∂/∂xi∣p∈TpdM\partial/\partial x^i|_p \in T^{\mathrm{d}}_pM であり、(∂/∂x1∣p,…,∂/∂xn∣p)\left(\partial/\partial x^1|_p, \ldots, \partial/\partial x^n|_p\right) は TpdMT^{\mathrm{d}}_pM の基底である。とくに dim⁡TpdM=n\dim T^{\mathrm{d}}_pM = n であり、任意の X∈TpdMX \in T^{\mathrm{d}}_pM は

X=∑i=1nX(xi)∂∂xi∣pX = \sum_{i=1}^{n} X(x^i)\left.\frac{\partial}{\partial x^i}\right|_p

と一意に表される。

この定理は、導分が座標方向の偏微分 nn 個の組合せでちょうど尽くされる、と述べています。証明の山場は (3) で、ff を Hadamard の補題で「定数+座標の差×滑らかな関数」に分け、それぞれに XX を適用します。定数の芽には XX が 00 を返し、座標の差 xi−aix^i-a^i は pp で値が 00 なので、ライプニッツ則の一方の項が消えます。残るのは X(xi)X(x^i) と gi(a)=∂ih(a)g_i(a)=\partial_i h(a) の積だけです。

証明(定理 5.4)

まず右辺が芽の代表元によらないことを確認します。ff と f~\tilde f が pp の近傍 WW 上で一致すれば f∘φ−1f\circ\varphi^{-1} と f~∘φ−1\tilde f\circ\varphi^{-1} は φ(W∩U)\varphi(W\cap U) 上で一致し、これは aa の開近傍なので、aa における偏微分は等しくなります。

(1) 導分であること。 線形性は偏微分の線形性から従います。ライプニッツ則は、(fg)∘φ−1=(f∘φ−1)⋅(g∘φ−1)(fg)\circ\varphi^{-1} = (f\circ\varphi^{-1})\cdot(g\circ\varphi^{-1}) と Rn\mathbb{R}^n での積の微分法則により

∂i((fg)∘φ−1)(a)=∂i(f∘φ−1)(a) (g∘φ−1)(a)+(f∘φ−1)(a) ∂i(g∘φ−1)(a)\partial_i\big((fg)\circ\varphi^{-1}\big)(a) = \partial_i(f\circ\varphi^{-1})(a)\,(g\circ\varphi^{-1})(a) + (f\circ\varphi^{-1})(a)\,\partial_i(g\circ\varphi^{-1})(a)

であり、(f∘φ−1)(a)=f(p)(f\circ\varphi^{-1})(a) = f(p)、(g∘φ−1)(a)=g(p)(g\circ\varphi^{-1})(a) = g(p) なので主張の形になります。

(2) 一次独立性。 ∑ici∂/∂xi∣p=0\sum_i c^i \partial/\partial x^i|_p = 0 とし、座標関数 xj∈C∞(U)x^j \in C^{\infty}(U) の芽に作用させます。xj∘φ−1x^j \circ \varphi^{-1} は φ(U)\varphi(U) 上の第 jj 座標関数なので ∂i(xj∘φ−1)=δij\partial_i(x^j\circ\varphi^{-1}) = \delta^j_i(クロネッカーのデルタ)です。よって

0=∑ici ∂i(xj∘φ−1)(a)=∑iciδij=cj0 = \sum_i c^i\,\partial_i(x^j\circ\varphi^{-1})(a) = \sum_i c^i \delta^j_i = c^j

がすべての jj について成り立ち、c1=⋯=cn=0c^1 = \cdots = c^n = 0。

(3) 生成すること。 X∈TpdMX \in T^{\mathrm{d}}_pM を取り、ci=X(xi)c^i = X(x^i) とおきます。f∈Cp∞(M)f \in C^{\infty}_p(M) を任意に取り、その代表元の定義域を縮めて、φ(U)\varphi(U) が aa 中心の開球 BB であるとしてよい(開球は星型です)。h=f∘φ−1∈C∞(B)h = f\circ\varphi^{-1} \in C^{\infty}(B) に 補題 5.3 を適用すると、gi∈C∞(B)g_i \in C^{\infty}(B) が存在して

h=h(a)+∑i(第 i 座標−ai) gion B,gi(a)=∂ih(a).h = h(a) + \sum_i (\text{第 $i$ 座標} - a^i)\,g_i \quad\text{on } B, \qquad g_i(a) = \partial_i h(a).

両辺に φ\varphi を合成すると、UU 上の等式

f=f(p)‾+∑i=1n(xi−ai‾) (gi∘φ)f = \underline{f(p)} + \sum_{i=1}^{n} (x^i - \underline{a^i})\,(g_i\circ\varphi)

を得ます。これを芽の等式とみなして XX を適用します。線形性と 補題 5.2、およびライプニッツ則から

X(f)=X(f(p)‾)+∑i[X(xi−ai‾)⋅(gi∘φ)(p)+(xi(p)−ai)⋅X(gi∘φ)]=0+∑i[(X(xi)−0) gi(a)+0]=∑ici ∂ih(a)=∑ici∂∂xi∣p(f).\begin{aligned} X(f) &= X(\underline{f(p)}) + \sum_i \Big[ X(x^i - \underline{a^i})\cdot (g_i\circ\varphi)(p) + \big(x^i(p) - a^i\big)\cdot X(g_i\circ\varphi) \Big] \\ &= 0 + \sum_i \Big[ \big(X(x^i) - 0\big)\, g_i(a) + 0 \Big] = \sum_i c^i\, \partial_i h(a) = \sum_i c^i \left.\frac{\partial}{\partial x^i}\right|_p (f). \end{aligned}

二行目では xi(p)=aix^i(p) = a^i(φ(p)=a\varphi(p) = a の第 ii 成分)を使って第 2 項を消しました。ff は任意なので X=∑ici∂/∂xi∣pX = \sum_i c^i \partial/\partial x^i|_p。

(2) と (3) から基底であることが従い、係数の一意性と (2) の計算から ci=X(xi)c^i = X(x^i) が確定します。

注意 5.5(なぜ C∞C^{\infty} でなければならないか)

定理 5.4 の証明は 補題 5.3 に全面的に依存しており、その補題は hh が C∞C^{\infty} 級であることを使って gig_i の滑らかさを得ています。CkC^k(kk 有限)の芽の代数に対して同じ定義で導分を考えると、gig_i は Ck−1C^{k-1} 級しか保証されず、証明は破綻します。実際、破綻は本質的で、CkC^k 級の芽の導分の空間は無限次元になります。詳しくは Appendix を参照してください。

ここで、芽を使わずに大域的な関数環で導分を定義しても同じものが得られることを確認しておきます。この同一視は実際の計算で頻繁に使われます。

命題 5.6(大域的な導分と芽の導分は一致する)✓

T~pM\widetilde{T}_pM を、ライプニッツ則 X(fg)=X(f)g(p)+f(p)X(g)X(fg) = X(f)g(p) + f(p)X(g) を満たす R\mathbb{R} 線形写像 X:C∞(M)→RX : C^{\infty}(M) \to \mathbb{R} 全体とする。制限写像

Φ:TpdM→T~pM,Φ(Y)(f)=Y([f]p)\Phi : T^{\mathrm{d}}_pM \to \widetilde{T}_pM, \qquad \Phi(Y)(f) = Y([f]_p)

は線形同型である。

証明では隆起関数を使います。これは、pp の近くでは値が 11、pp から離れた所では値が 00 になる滑らかな関数のことです(値が 00 でない部分の閉包を台といいます)。これを掛けると、pp の近傍だけで定義された関数を、pp の近くの値を変えずに MM 全体の関数へ延ばせます。この延ばし方によって、芽の導分と大域的な導分が互いに移り合うことを示します。

証明(命題 5.6)

MM 上には隆起関数(bump function)が存在します。すなわち pp の任意の開近傍 VV に対し、χ∈C∞(M)\chi \in C^{\infty}(M) で pp のある近傍上 χ≡1\chi \equiv 1、supp⁡χ⊂V\operatorname{supp}\chi \subset V となるものが取れます(微分可能多様体の定義 の 1 の分割の議論)。

Φ\Phi が線形であることは定義から明らかで、実際 Φ(Y1+cY2)(f)=(Y1+cY2)([f]p)=Φ(Y1)(f)+cΦ(Y2)(f)\Phi(Y_1+cY_2)(f) = (Y_1+cY_2)([f]_p) = \Phi(Y_1)(f) + c\Phi(Y_2)(f) です。Φ(Y)\Phi(Y) がライプニッツ則を満たすのは、[fg]p=[f]p[g]p[fg]_p = [f]_p[g]_p だからです。

単射性。 Φ(Y)=0\Phi(Y) = 0 とします。任意の芽 [f]p[f]_p に対し、代表元 f∈C∞(V)f \in C^{\infty}(V) を取り、上の χ\chi を用いて f^=χf\hat f = \chi f(VV の外では 00 と定める)とおくと f^∈C∞(M)\hat f \in C^{\infty}(M) で、pp の近傍上 f^=f\hat f = f、つまり [f^]p=[f]p[\hat f]_p = [f]_p。よって Y([f]p)=Y([f^]p)=Φ(Y)(f^)=0Y([f]_p) = Y([\hat f]_p) = \Phi(Y)(\hat f) = 0。したがって Y=0Y = 0。

全射性。 X∈T~pMX \in \widetilde{T}_pM を取ります。まず局所性を示します。u,v∈C∞(M)u, v \in C^{\infty}(M) が pp の近傍 WW 上で一致するとし、w=u−vw = u - v とおくと w∣W=0w|_W = 0。supp⁡χ⊂W\operatorname{supp}\chi \subset W、pp の近傍上 χ≡1\chi\equiv 1 となる隆起関数 χ\chi を取ると、χw≡0\chi w \equiv 0(WW 上では w=0w = 0、WW の外では χ=0\chi = 0)。線形性より X(0)=0X(0) = 0 なので、ライプニッツ則から

0=X(χw)=X(χ) w(p)+χ(p) X(w)=0+X(w)0 = X(\chi w) = X(\chi)\,w(p) + \chi(p)\,X(w) = 0 + X(w)

(w(p)=0w(p) = 0、χ(p)=1\chi(p) = 1)。よって X(u)=X(v)X(u) = X(v)。

そこで Y([f]p):=X(χf)Y([f]_p) := X(\chi f)(χ\chi は代表元の定義域に台を持つ隆起関数)と定めると、局所性より代表元と χ\chi の取り方によりません。線形性は明らかです。ライプニッツ則は、χ(fg)\chi(fg) と (χf)(χg)(\chi f)(\chi g) が χ≡1\chi \equiv 1 となる近傍上で一致することから

Y([f]p[g]p)=X(χfg)=X((χf)(χg))=X(χf)g(p)+f(p)X(χg)=Y([f]p)g(p)+f(p)Y([g]p)Y([f]_p[g]_p) = X\big(\chi fg\big) = X\big((\chi f)(\chi g)\big) = X(\chi f)g(p) + f(p)X(\chi g) = Y([f]_p)g(p) + f(p)Y([g]_p)

と従います。最後に Φ(Y)(f)=Y([f]p)=X(χf)=X(f)\Phi(Y)(f) = Y([f]_p) = X(\chi f) = X(f)(局所性)なので Φ(Y)=X\Phi(Y) = X。

役者が揃いました。三つの構成が自然に同型であることを示します。「自然に」とは、同型を与える写像がチャートの選択に依存しないという意味です。

三つの定義とそれらを結ぶ自然な写像。三角形は可換になる。

定理 6.1(三つの接空間の同値性)✓

p∈Mp \in M とする。次の写像はいずれも全単射であり、Ξ=Θ∘Λ\Xi = \Theta \circ \Lambda が成り立つ。

  1. Λ:TpcM→TpoM\Lambda : T^{\mathrm{c}}_pM \to T^{\mathrm{o}}_pM, Λ([γ])=[(φ,(φ∘γ)′(0))]\Lambda([\gamma]) = \big[(\varphi, (\varphi\circ\gamma)'(0))\big]((U,φ)(U,\varphi) は pp を含む任意のチャート)。
  2. Θ:TpoM→TpdM\Theta : T^{\mathrm{o}}_pM \to T^{\mathrm{d}}_pM, Θ([(φ,v)])=∑i=1nvi∂∂xi∣p\Theta\big([(\varphi,v)]\big) = \sum_{i=1}^n v^i \left.\dfrac{\partial}{\partial x^i}\right|_p。
  3. Ξ:TpcM→TpdM\Xi : T^{\mathrm{c}}_pM \to T^{\mathrm{d}}_pM, Ξ([γ])(f)=(f∘γ)′(0)\Xi([\gamma])(f) = (f\circ\gamma)'(0)。

さらに Θ\Theta は線形同型であり、TpcMT^{\mathrm{c}}_pM に Ξ\Xi で移した線形構造を入れれば三者はベクトル空間として同型である。以後これらを同一視し、TpMT_pM と書く。

証明(定理 6.1)

Λ\Lambda の well-defined 性と全単射性。 γ1∼cγ2\gamma_1 \sim_{\mathrm{c}} \gamma_2 ならば定義より同じチャートで速度が一致するので、Λ\Lambda の値は代表元によりません。チャートの選び方によらないことは、補題 3.1 の証明中の等式 (ψ∘γ)′(0)=Jψφ(φ∘γ)′(0)(\psi\circ\gamma)'(0) = J_{\psi\varphi}(\varphi\circ\gamma)'(0) が、まさに (φ,(φ∘γ)′(0))∼o(ψ,(ψ∘γ)′(0))(\varphi, (\varphi\circ\gamma)'(0)) \sim_{\mathrm{o}} (\psi, (\psi\circ\gamma)'(0)) を意味することから従います。単射性は、Λ([γ1])=Λ([γ2])\Lambda([\gamma_1]) = \Lambda([\gamma_2]) をチャート φ\varphi の代表元で読めば (φ∘γ1)′(0)=(φ∘γ2)′(0)(\varphi\circ\gamma_1)'(0) = (\varphi\circ\gamma_2)'(0)、すなわち γ1∼cγ2\gamma_1\sim_{\mathrm{c}}\gamma_2 となることから従います。全射性は、[(φ,v)][(\varphi,v)] に対し a=φ(p)a = \varphi(p) とおき

γ(t)=φ−1(a+tv)(∣t∣<ε)\gamma(t) = \varphi^{-1}(a + tv) \qquad (|t| < \varepsilon)

と定めればよい。φ(U)\varphi(U) は開集合なので ε>0\varepsilon > 0 を十分小さく取れば a+tv∈φ(U)a+tv \in \varphi(U) であり、γ\gamma は C∞C^{\infty} 級写像の合成として C∞C^{\infty} 級、γ(0)=p\gamma(0) = p、(φ∘γ)(t)=a+tv(\varphi\circ\gamma)(t) = a+tv より (φ∘γ)′(0)=v(\varphi\circ\gamma)'(0) = v です。

Θ\Theta の well-defined 性。 (φ,v)∼o(ψ,w)(\varphi,v)\sim_{\mathrm{o}}(\psi,w)、つまり w=Jψφvw = J_{\psi\varphi}v とします。ψ=(y1,…,yn)\psi = (y^1,\ldots,y^n) と書き、τ=ψ∘φ−1\tau = \psi\circ\varphi^{-1}、a=φ(p)a = \varphi(p) とおくと JψφJ_{\psi\varphi} の (j,i)(j,i) 成分は ∂iτj(a)\partial_i\tau^j(a) です。任意の芽 ff に対し、f∘φ−1=(f∘ψ−1)∘τf\circ\varphi^{-1} = (f\circ\psi^{-1})\circ\tau に Rn\mathbb{R}^n の連鎖律を使うと

∂∂xi∣p(f)=∂i((f∘ψ−1)∘τ)(a)=∑j=1n∂j(f∘ψ−1)(τ(a)) ∂iτj(a)=∑j=1n∂iτj(a)∂∂yj∣p(f)\left.\frac{\partial}{\partial x^i}\right|_p (f) = \partial_i\big((f\circ\psi^{-1})\circ\tau\big)(a) = \sum_{j=1}^n \partial_j(f\circ\psi^{-1})\big(\tau(a)\big)\,\partial_i\tau^j(a) = \sum_{j=1}^n \partial_i\tau^j(a) \left.\frac{\partial}{\partial y^j}\right|_p(f)

(τ(a)=ψ(p)\tau(a) = \psi(p))。したがって

∑ivi∂∂xi∣p=∑j(∑i∂iτj(a) vi)∂∂yj∣p=∑jwj∂∂yj∣p\sum_i v^i \left.\frac{\partial}{\partial x^i}\right|_p = \sum_j \Big(\sum_i \partial_i\tau^j(a)\,v^i\Big) \left.\frac{\partial}{\partial y^j}\right|_p = \sum_j w^j \left.\frac{\partial}{\partial y^j}\right|_p

となり、Θ\Theta の値は代表元によりません。

Θ\Theta の線形同型性。 チャート φ\varphi を固定すると TpoM∋[(φ,v)]↔v∈RnT^{\mathrm{o}}_pM \ni [(\varphi,v)] \leftrightarrow v \in \mathbb{R}^n は線形同型(§4 で入れた線形構造の定義そのもの)で、その下で Θ\Theta は v↦∑ivi∂/∂xi∣pv \mapsto \sum_i v^i \partial/\partial x^i|_p となります。定理 5.4 より {∂/∂xi∣p}\{\partial/\partial x^i|_p\} は TpdMT^{\mathrm{d}}_pM の基底なので、この写像は線形同型です。

Ξ=Θ∘Λ\Xi = \Theta\circ\Lambda。 γ\gamma を pp を通る曲線、v=(φ∘γ)′(0)v = (\varphi\circ\gamma)'(0) とします。任意の芽 ff に対し f∘γ=(f∘φ−1)∘(φ∘γ)f\circ\gamma = (f\circ\varphi^{-1})\circ(\varphi\circ\gamma) なので、連鎖律より

(f∘γ)′(0)=∑i∂i(f∘φ−1)(φ(p))⋅((φ∘γ)i)′(0)=∑ivi∂∂xi∣p(f).(f\circ\gamma)'(0) = \sum_i \partial_i(f\circ\varphi^{-1})\big(\varphi(p)\big)\cdot \big((\varphi\circ\gamma)^i\big)'(0) = \sum_i v^i \left.\frac{\partial}{\partial x^i}\right|_p(f).

右辺は Θ(Λ([γ]))(f)\Theta(\Lambda([\gamma]))(f) です。ついでに Ξ([γ])\Xi([\gamma]) が導分であることも分かります(Θ∘Λ\Theta\circ\Lambda の像だから)。Ξ\Xi が全単射であることは、Λ\Lambda と Θ\Theta が全単射であることから合成として従います。

例 6.2(M=RnM = \mathbb{R}^n の場合)

M=RnM = \mathbb{R}^n に恒等写像 id\mathrm{id} を唯一のチャートとするアトラスを入れます。座標関数は xix^i(通常の座標)で、∂/∂xi∣a\partial/\partial x^i|_a は通常の偏微分 f↦∂if(a)f \mapsto \partial_i f(a) です。定理 5.4 より TaRnT_a\mathbb{R}^n は nn 次元で、v∈Rnv \in \mathbb{R}^n に ∑ivi∂/∂xi∣a\sum_i v^i\partial/\partial x^i|_a を対応させる写像は線形同型 Rn→ ∼ TaRn\mathbb{R}^n \xrightarrow{\ \sim\ } T_a\mathbb{R}^n です。この同型は標準的(チャートを取り替える必要がない)なので、以後 TaRnT_a\mathbb{R}^n と Rn\mathbb{R}^n を同一視します。曲線の側で見れば、[γ]↦γ′(0)[\gamma] \mapsto \gamma'(0) という見慣れた対応です。

例 6.3(極座標での基底の書き換え)

M=R2M = \mathbb{R}^2、U={(x,y):x>0}U = \{(x,y) : x > 0\} とし、UU 上の極座標チャート ψ=(r,θ)\psi = (r,\theta) を、逆写像

ψ−1(r,θ)=(rcos⁡θ, rsin⁡θ),r>0, −π2<θ<π2\psi^{-1}(r,\theta) = (r\cos\theta,\ r\sin\theta), \qquad r > 0,\ -\tfrac{\pi}{2} < \theta < \tfrac{\pi}{2}

で定めます。定理 6.1 の証明中の変換公式を、極座標を出発点、デカルト座標を行き先として使います。τ=(デカルト)∘(極座標)−1\tau = (\text{デカルト})\circ(\text{極座標})^{-1} のヤコビ行列は

Dτ(r,θ)=(cos⁡θ−rsin⁡θsin⁡θrcos⁡θ)D\tau(r,\theta) = \begin{pmatrix} \cos\theta & -r\sin\theta \\ \sin\theta & r\cos\theta \end{pmatrix}

なので

∂∂r∣p=cos⁡θ∂∂x∣p+sin⁡θ∂∂y∣p,∂∂θ∣p=−rsin⁡θ∂∂x∣p+rcos⁡θ∂∂y∣p.\left.\frac{\partial}{\partial r}\right|_p = \cos\theta \left.\frac{\partial}{\partial x}\right|_p + \sin\theta \left.\frac{\partial}{\partial y}\right|_p, \qquad \left.\frac{\partial}{\partial \theta}\right|_p = -r\sin\theta \left.\frac{\partial}{\partial x}\right|_p + r\cos\theta \left.\frac{\partial}{\partial y}\right|_p.

具体的に p=(1,1)p = (1,1)、すなわち r=2r = \sqrt{2}、θ=π/4\theta = \pi/4 で計算します。cos⁡θ=sin⁡θ=1/2\cos\theta = \sin\theta = 1/\sqrt{2} なので

∂∂r∣p=12(∂∂x∣p+∂∂y∣p),∂∂θ∣p=−∂∂x∣p+∂∂y∣p.\left.\frac{\partial}{\partial r}\right|_p = \frac{1}{\sqrt2}\left(\left.\frac{\partial}{\partial x}\right|_p + \left.\frac{\partial}{\partial y}\right|_p\right), \qquad \left.\frac{\partial}{\partial\theta}\right|_p = -\left.\frac{\partial}{\partial x}\right|_p + \left.\frac{\partial}{\partial y}\right|_p .

検算します。f(x,y)=x2+y2f(x,y) = x^2+y^2 は極座標で f∘ψ−1(r,θ)=r2f\circ\psi^{-1}(r,\theta) = r^2 なので ∂/∂r∣p(f)=2r=22\partial/\partial r|_p (f) = 2r = 2\sqrt2、∂/∂θ∣p(f)=0\partial/\partial\theta|_p(f) = 0。一方、右辺で計算すると

12(2x+2y)∣(1,1)=42=22,(−2x+2y)∣(1,1)=0\frac{1}{\sqrt2}\big(2x + 2y\big)\Big|_{(1,1)} = \frac{4}{\sqrt2} = 2\sqrt2, \qquad \big(-2x + 2y\big)\Big|_{(1,1)} = 0

で一致します。なお ∂/∂θ∣p\partial/\partial\theta|_p は「単位ベクトル」ではありません。長さの概念はまだ導入していませんが、デカルト成分は (−1,1)(-1,1) で、これはユークリッド的な長さ 2=r\sqrt2 = r を持ちます。座標基底が正規直交とは限らないことは、曲線座標を扱ううえで最初に慣れるべき点です。

p = (1,1)∂/∂r∂/∂θxy
点 (1,1) での極座標の基底。∂/∂r は原点から離れる向きの単位ベクトル、∂/∂θ は円に沿って反時計回りの向きで、長さは √2 です(長さは計算結果どおりの縮尺)。

接空間を導入した最大の見返りは、滑らかな写像を各点で線形化できることです。導分による定義を使うと、微分は驚くほど簡潔に書けます。

定義 7.1(滑らかな写像の微分)↗

F:M→NF : M \to N を C∞C^{\infty} 級写像、p∈Mp \in M、q=F(p)q = F(p) とする。X∈TpMX \in T_pM に対し

(dFp(X))(g):=X(g∘F)(g∈Cq∞(N))\big(dF_p(X)\big)(g) := X(g\circ F) \qquad \big(g \in C^{\infty}_q(N)\big)

で dFp(X)dF_p(X) を定める。dFp:TpM→TqNdF_p : T_pM \to T_qN を FF の pp における微分(differential、押し出し F∗pF_{*p} とも書く)という。

まず定義が意味をなすことを確かめます。gg が qq の近傍 VV 上の C∞C^{\infty} 級関数なら、FF の連続性より F−1(V)F^{-1}(V) は pp の開近傍で、g∘F∈C∞(F−1(V))g\circ F \in C^{\infty}(F^{-1}(V)) なので [g∘F]p∈Cp∞(M)[g\circ F]_p \in C^{\infty}_p(M) が定まります。gg の代表元を qq の近傍で取り替えても g∘Fg\circ F は pp の近傍で変わらないので、芽の写像 F∗:Cq∞(N)→Cp∞(M)F^{*} : C^{\infty}_q(N) \to C^{\infty}_p(M)、[g]↦[g∘F][g] \mapsto [g\circ F] が定まり、これは代数準同型です。

命題 7.2(微分は線形写像である)✓

定義 7.1 の dFp(X)dF_p(X) は qq における導分であり、dFp:TpM→TqNdF_p : T_pM \to T_qN は線形写像である。

証明(命題 7.2)

dFp(X)dF_p(X) の線形性は、F∗F^{*} が線形で XX が線形だからです。ライプニッツ則は、F∗F^{*} が積を保つこと((gh)∘F=(g∘F)(h∘F)(gh)\circ F = (g\circ F)(h\circ F))と XX のライプニッツ則から

dFp(X)(gh)=X((g∘F)(h∘F))=X(g∘F) h(F(p))+g(F(p)) X(h∘F)=dFp(X)(g) h(q)+g(q) dFp(X)(h)dF_p(X)(gh) = X\big((g\circ F)(h\circ F)\big) = X(g\circ F)\,h(F(p)) + g(F(p))\,X(h\circ F) = dF_p(X)(g)\,h(q) + g(q)\,dF_p(X)(h)

((g∘F)(p)=g(q)(g\circ F)(p) = g(q) を使いました)。X↦dFp(X)X \mapsto dF_p(X) が線形であることは、dFp(X+cY)(g)=(X+cY)(g∘F)=X(g∘F)+cY(g∘F)dF_p(X+cY)(g) = (X+cY)(g\circ F) = X(g\circ F) + cY(g\circ F) から直ちに従います。

命題 7.3(曲線による記述)✓

上の状況で、X=Ξ([γ])∈TpMX = \Xi([\gamma]) \in T_pM ならば dFp(X)=Ξ([F∘γ])dF_p(X) = \Xi([F\circ\gamma]) である。すなわち曲線の言葉では、微分は「曲線を FF で送る」操作にほかならない。

証明(命題 7.3)

F∘γF\circ\gamma は C∞C^{\infty} 級写像の合成なので qq を通る C∞C^{\infty} 級曲線です。任意の g∈Cq∞(N)g \in C^{\infty}_q(N) に対し

Ξ([F∘γ])(g)=(g∘(F∘γ))′(0)=((g∘F)∘γ)′(0)=Ξ([γ])(g∘F)=X(g∘F)=dFp(X)(g).\Xi([F\circ\gamma])(g) = \big(g\circ (F\circ\gamma)\big)'(0) = \big((g\circ F)\circ\gamma\big)'(0) = \Xi([\gamma])(g\circ F) = X(g\circ F) = dF_p(X)(g).

合成の結合律以外に何も使っていません。

定理 7.4(連鎖律)✓

F:M→NF : M \to N、G:N→PG : N \to P を C∞C^{\infty} 級写像、p∈Mp \in M とする。このとき

d(G∘F)p=dGF(p)∘dFp:TpM→TG(F(p))Pd(G\circ F)_p = dG_{F(p)} \circ dF_p : T_pM \to T_{G(F(p))}P

が成り立つ。また d(idM)p=idTpMd(\mathrm{id}_M)_p = \mathrm{id}_{T_pM} である。

証明(定理 7.4)

X∈TpMX \in T_pM、h∈CG(F(p))∞(P)h \in C^{\infty}_{G(F(p))}(P) とします。定義 7.1 を三度使うと

d(G∘F)p(X)(h)=X(h∘(G∘F))=X((h∘G)∘F)=dFp(X)(h∘G)=dGF(p)(dFp(X))(h).d(G\circ F)_p(X)(h) = X\big(h\circ(G\circ F)\big) = X\big((h\circ G)\circ F\big) = dF_p(X)(h\circ G) = dG_{F(p)}\big(dF_p(X)\big)(h).

hh は任意なので等式が従います。恒等写像については d(id)p(X)(f)=X(f∘id)=X(f)d(\mathrm{id})_p(X)(f) = X(f\circ\mathrm{id}) = X(f)。

系 7.5(微分同相の微分は同型)✓

F:M→NF : M \to N が微分同相ならば、各 pp で dFp:TpM→TF(p)NdF_p : T_pM \to T_{F(p)}N は線形同型であり、(dFp)−1=d(F−1)F(p)(dF_p)^{-1} = d(F^{-1})_{F(p)}。とくに微分同相な多様体の対応する点の接空間は同じ次元を持つ。

証明(系 7.5)

F−1∘F=idMF^{-1}\circ F = \mathrm{id}_M と F∘F−1=idNF\circ F^{-1} = \mathrm{id}_N に 定理 7.4 を適用すると

d(F−1)F(p)∘dFp=idTpM,dFp∘d(F−1)F(p)=idTF(p)Nd(F^{-1})_{F(p)}\circ dF_p = \mathrm{id}_{T_pM}, \qquad dF_p \circ d(F^{-1})_{F(p)} = \mathrm{id}_{T_{F(p)}N}

となり、dFpdF_p は全単射で逆写像が d(F−1)F(p)d(F^{-1})_{F(p)} です。線形同型があれば次元は等しくなります(ベクトル空間と線形変換 の 次元の一意性(定理 5.5)[ベクトル空間と線形変換])。

命題 7.6(微分の行列表示はヤコビ行列)✓

F:M→NF : M \to N を C∞C^{\infty} 級、(U,φ)(U,\varphi) を pp を含む MM のチャート(座標 xix^i、dim⁡M=n\dim M = n)、(V,ψ)(V,\psi) を q=F(p)q = F(p) を含む NN のチャート(座標 yjy^j、dim⁡N=m\dim N = m)とする。FF の連続性より、必要なら UU を縮めて F(U)⊂VF(U) \subset V としてよい。F^=ψ∘F∘φ−1:φ(U)→ψ(V)\widehat{F} = \psi\circ F\circ\varphi^{-1} : \varphi(U) \to \psi(V)、a=φ(p)a = \varphi(p) とおく。このとき

dFp ⁣(∂∂xi∣p)=∑j=1m∂F^j∂xi(a)∂∂yj∣qdF_p\!\left(\left.\frac{\partial}{\partial x^i}\right|_p\right) = \sum_{j=1}^{m} \frac{\partial \widehat{F}^j}{\partial x^i}(a) \left.\frac{\partial}{\partial y^j}\right|_q

である。すなわち基底 {∂/∂xi∣p}\{\partial/\partial x^i|_p\}、{∂/∂yj∣q}\{\partial/\partial y^j|_q\} に関する dFpdF_p の表現行列は、局所表示 F^\widehat{F} のヤコビ行列 DF^(a)D\widehat{F}(a) である。

証明(命題 7.6)

g∈Cq∞(N)g \in C^{\infty}_q(N) を取ります。定義より

dFp ⁣(∂∂xi∣p)(g)=∂∂xi∣p(g∘F)=∂i((g∘F)∘φ−1)(a).dF_p\!\left(\left.\frac{\partial}{\partial x^i}\right|_p\right)(g) = \left.\frac{\partial}{\partial x^i}\right|_p (g\circ F) = \partial_i\big((g\circ F)\circ\varphi^{-1}\big)(a).

ここで (g∘F)∘φ−1=(g∘ψ−1)∘(ψ∘F∘φ−1)=(g∘ψ−1)∘F^(g\circ F)\circ\varphi^{-1} = (g\circ\psi^{-1})\circ(\psi\circ F\circ\varphi^{-1}) = (g\circ\psi^{-1})\circ\widehat{F} と書き直し、Rn→Rm→R\mathbb{R}^n \to \mathbb{R}^m \to \mathbb{R} の合成に連鎖律を適用すると

∂i((g∘ψ−1)∘F^)(a)=∑j=1m∂j(g∘ψ−1)(F^(a))⋅∂iF^j(a)=∑j=1m∂iF^j(a)∂∂yj∣q(g)\partial_i\big((g\circ\psi^{-1})\circ\widehat F\big)(a) = \sum_{j=1}^m \partial_j (g\circ\psi^{-1})\big(\widehat F(a)\big)\cdot \partial_i \widehat F^j(a) = \sum_{j=1}^m \partial_i\widehat F^j(a)\left.\frac{\partial}{\partial y^j}\right|_q(g)

(F^(a)=ψ(q)\widehat F(a) = \psi(q))。gg が任意なので主張を得ます。

この命題は、抽象的な 定義 7.1 が古典的な「ヤコビ行列による線形近似」と同じものだと保証します。定理 7.4 を 命題 7.6 で書き下せば、行列の積としての連鎖律 D(G^∘F^)(a)=DG^(F^(a)) DF^(a)D(\widehat{G}\circ\widehat{F})(a) = D\widehat{G}(\widehat F(a))\,D\widehat F(a) に戻ります。

例 7.7(球面の接空間)

Sn={u∈Rn+1:∥u∥=1}S^n = \{u \in \mathbb{R}^{n+1} : \|u\| = 1\} を Rn+1\mathbb{R}^{n+1} の埋め込み部分多様体、ι:Sn↪Rn+1\iota : S^n \hookrightarrow \mathbb{R}^{n+1} を包含写像とします。例 6.2 の同一視 TpRn+1≅Rn+1T_p\mathbb{R}^{n+1}\cong\mathbb{R}^{n+1} のもとで

dιp(TpSn)=p⊥={v∈Rn+1:⟨p,v⟩=0}d\iota_p(T_pS^n) = p^{\perp} = \{v \in \mathbb{R}^{n+1} : \langle p, v\rangle = 0\}

が成り立ちます。

(含む向き) [γ]∈TpSn[\gamma] \in T_pS^n を取ると、ι∘γ\iota\circ\gamma は Rn+1\mathbb{R}^{n+1} 内の曲線で ∥γ(t)∥2=1\|\gamma(t)\|^2 = 1 を満たします。両辺を tt で微分すると(内積の双線形性と積の微分法則)

0=ddt⟨γ(t),γ(t)⟩∣t=0=2⟨γ(0),(ι∘γ)′(0)⟩=2⟨p,(ι∘γ)′(0)⟩,0 = \frac{d}{dt}\langle \gamma(t),\gamma(t)\rangle\Big|_{t=0} = 2\langle \gamma(0), (\iota\circ\gamma)'(0)\rangle = 2\langle p, (\iota\circ\gamma)'(0)\rangle,

つまり 命題 7.3 より dιp([γ])=(ι∘γ)′(0)∈p⊥d\iota_p([\gamma]) = (\iota\circ\gamma)'(0) \in p^{\perp}。

(含まれる向き) v∈p⊥v \in p^{\perp}、v≠0v \ne 0 とし、e=v/∥v∥e = v/\|v\|、ω=∥v∥\omega = \|v\| とおいて

γ(t)=(cos⁡ωt) p+(sin⁡ωt) e\gamma(t) = (\cos\omega t)\,p + (\sin\omega t)\,e

と定めます。p,ep, e は正規直交なので ∥γ(t)∥2=cos⁡2ωt+sin⁡2ωt=1\|\gamma(t)\|^2 = \cos^2\omega t + \sin^2\omega t = 1、つまり γ\gamma は SnS^n 内の曲線で、SnS^n が埋め込み部分多様体であることから SnS^n への写像としても C∞C^{\infty} 級です。γ(0)=p\gamma(0) = p、γ′(0)=ωe=v\gamma'(0) = \omega e = v なので vv は像に入ります。v=0v = 0 は 0=dιp(0)0 = d\iota_p(0) として得られます。

(全体) dιpd\iota_p は線形(命題 7.2)で、その像は p⊥p^{\perp} を含みかつ p⊥p^{\perp} に含まれるので像はちょうど p⊥p^{\perp}。dim⁡TpSn=n=dim⁡p⊥\dim T_pS^n = n = \dim p^{\perp}(定理 5.4)なので、次元の等しい空間の間の全射線形写像として dιpd\iota_p は単射でもあり、TpSn≅p⊥T_pS^n \cong p^{\perp} という同型を得ます。よく描かれる「球面に接する平面」の絵は、この同型を Rn+1\mathbb{R}^{n+1} の中に pp を基点として平行移動して描いたものです。

例 7.8(直交群の単位元における接空間)

O(n)={A∈Matn(R):ATA=I}O(n) = \{A \in \mathrm{Mat}_n(\mathbb{R}) : A^{\mathsf T}A = I\} は dim⁡=n(n−1)/2\dim = n(n-1)/2 の多様体です(リー群とリー環の基礎 の 直交群 O(n) とユニタリ群 U(n)(例 4.4)[リー群とリー環])。Matn(R)≅Rn2\mathrm{Mat}_n(\mathbb{R})\cong\mathbb{R}^{n^2} の中で

TIO(n)={A∈Matn(R):A+AT=0}T_I O(n) = \{A \in \mathrm{Mat}_n(\mathbb{R}) : A + A^{\mathsf T} = 0\}

(交代行列全体)が成り立ちます。実際、O(n)O(n) 内の曲線 γ\gamma で γ(0)=I\gamma(0) = I なるものは γ(t)Tγ(t)=I\gamma(t)^{\mathsf T}\gamma(t) = I を満たすので、t=0t = 0 で微分して

γ′(0)Tγ(0)+γ(0)Tγ′(0)=γ′(0)T+γ′(0)=0.\gamma'(0)^{\mathsf T}\gamma(0) + \gamma(0)^{\mathsf T}\gamma'(0) = \gamma'(0)^{\mathsf T} + \gamma'(0) = 0.

逆に AT=−AA^{\mathsf T} = -A なら γ(t)=exp⁡(tA)\gamma(t) = \exp(tA) は γ(t)T=exp⁡(tAT)=exp⁡(−tA)=γ(t)−1\gamma(t)^{\mathsf T} = \exp(tA^{\mathsf T}) = \exp(-tA) = \gamma(t)^{-1} より O(n)O(n) に値を取り、γ(0)=I\gamma(0) = I、γ′(0)=A\gamma'(0) = A。交代行列全体の次元は n(n−1)/2n(n-1)/2 で dim⁡O(n)\dim O(n) と一致し、例 7.7 と同じ次元勘定で等号が確定します。

一点ごとの接空間ができたので、これを全点にわたって束ねます。多様体上のベクトル場は「各点にその点の接ベクトルを対応させる規則」ですが、その滑らかさを論じるには、接ベクトル全体の集合そのものが多様体である必要があります。

定義 8.1(接バンドル)↗

MM を nn 次元 C∞C^{\infty} 多様体とし、集合として

TM=⨆p∈MTpM={(p,X):p∈M, X∈TpM}TM = \bigsqcup_{p \in M} T_pM = \{(p, X) : p \in M,\ X \in T_pM\}

と定め、π:TM→M\pi : TM \to M、π(p,X)=p\pi(p,X) = p を射影という。TMTM を MM の接バンドル(接束)と呼び、π−1(p)=TpM\pi^{-1}(p) = T_pM を pp 上のファイバーという。

pMT_pM切断(ベクトル場)
接バンドルの模式図。底空間 M の各点の上にファイバー T_pM が立ち、ベクトル場はその中を通る切断として描かれる。

定理 8.2(接バンドルは 2n 次元多様体である)✓

MM を nn 次元 C∞C^{\infty} 多様体とする。MM の C∞C^{\infty} アトラス {(Uα,φα)}\{(U_{\alpha},\varphi_{\alpha})\} に対し、φα=(xα1,…,xαn)\varphi_{\alpha} = (x^1_{\alpha},\ldots,x^n_{\alpha}) として

φ~α:π−1(Uα)→φα(Uα)×Rn⊂R2n,φ~α(p,∑ivi∂∂xαi∣p)=(φα(p),v)\widetilde{\varphi}_{\alpha} : \pi^{-1}(U_{\alpha}) \to \varphi_{\alpha}(U_{\alpha})\times\mathbb{R}^n \subset \mathbb{R}^{2n}, \qquad \widetilde{\varphi}_{\alpha}\Big(p, \sum_i v^i \left.\frac{\partial}{\partial x^i_{\alpha}}\right|_p\Big) = \big(\varphi_{\alpha}(p), v\big)

と定める。このとき TMTM には {(π−1(Uα),φ~α)}\{(\pi^{-1}(U_{\alpha}), \widetilde\varphi_{\alpha})\} をアトラスとする位相と C∞C^{\infty} 構造がただ一つ存在し、TMTM は 2n2n 次元の C∞C^{\infty} 多様体となる。さらに π:TM→M\pi : TM \to M は C∞C^{\infty} 級の全射沈め込みである。

ここで示したいのは、接ベクトル全体の集合 TMTM に「座標」と「位相」を入れると多様体になる、ということです。(1)(2) で各チャートから TMTM のチャートを作り、貼り合わせの写像が滑らかなことを確かめます。(3)〜(5) は、そのチャートから位相を定め、多様体の定義に含まれる条件(Hausdorff 性と第二可算性)を確かめる手続きです。最後の沈め込みとは、微分がどの点でも全射になる写像のことです。

証明(定理 8.2)

(1) φ~α\widetilde\varphi_{\alpha} は全単射。 定理 5.4 より、p∈Uαp \in U_{\alpha} の各接ベクトルは {∂/∂xαi∣p}\{\partial/\partial x^i_{\alpha}|_p\} による一意な成分表示を持つので、π−1(Uα)→φα(Uα)×Rn\pi^{-1}(U_{\alpha}) \to \varphi_{\alpha}(U_{\alpha})\times\mathbb{R}^n は全単射です。

(2) 変換写像。 Uαβ=Uα∩Uβ≠∅U_{\alpha\beta} = U_{\alpha}\cap U_{\beta} \ne \emptyset とし、τ=φβ∘φα−1\tau = \varphi_{\beta}\circ\varphi_{\alpha}^{-1} とおきます。φ~α(π−1(Uαβ))=φα(Uαβ)×Rn\widetilde\varphi_{\alpha}(\pi^{-1}(U_{\alpha\beta})) = \varphi_{\alpha}(U_{\alpha\beta})\times\mathbb{R}^n は R2n\mathbb{R}^{2n} の開集合です。定理 6.1 の証明で示した基底の変換公式より

φ~β∘φ~α−1(x,v)=(τ(x), Dτ(x) v).\widetilde\varphi_{\beta}\circ\widetilde\varphi_{\alpha}^{-1}(x, v) = \big(\tau(x),\ D\tau(x)\,v\big).

τ\tau は C∞C^{\infty} 級なので x↦Dτ(x)x \mapsto D\tau(x) の各成分も C∞C^{\infty} 級であり、Dτ(x)vD\tau(x)v は xx について C∞C^{\infty}、vv について線形なので、全体として C∞C^{\infty} 級です。逆写像も α,β\alpha,\beta を入れ替えた同じ形なので、変換写像は微分同相です。

(3) 位相。 B={φ~α−1(W):α, W⊂φα(Uα)×Rn 開}\mathcal{B} = \{\widetilde\varphi_{\alpha}^{-1}(W) : \alpha,\ W \subset \varphi_{\alpha}(U_{\alpha})\times\mathbb{R}^n \text{ 開}\} が TMTM のある位相の基底になることを見ます。B\mathcal{B} は TMTM を覆います。二つの元 φ~α−1(W1)\widetilde\varphi_{\alpha}^{-1}(W_1)、φ~β−1(W2)\widetilde\varphi_{\beta}^{-1}(W_2) の共通部分に属する点 ξ\xi を取ると、ξ∈π−1(Uαβ)\xi \in \pi^{-1}(U_{\alpha\beta}) であり、(2) より φ~α(φ~α−1(W1)∩φ~β−1(W2))=W1∩(φ~β∘φ~α−1)−1(W2)\widetilde\varphi_{\alpha}\big(\widetilde\varphi_{\alpha}^{-1}(W_1)\cap\widetilde\varphi_{\beta}^{-1}(W_2)\big) = W_1 \cap (\widetilde\varphi_{\beta}\circ\widetilde\varphi_{\alpha}^{-1})^{-1}(W_2) は開集合なので、これを W3W_3 として ξ∈φ~α−1(W3)⊂\xi \in \widetilde\varphi_{\alpha}^{-1}(W_3) \subset 共通部分。よって B\mathcal{B} は基底であり、生成される位相のもとで各 φ~α\widetilde\varphi_{\alpha} は同相です。

(4) Hausdorff 性。 相異なる ξ,η∈TM\xi,\eta \in TM を取ります。π(ξ)=π(η)=p\pi(\xi) = \pi(\eta) = p なら、p∈Uαp \in U_{\alpha} なる α\alpha を取れば φ~α(ξ)≠φ~α(η)\widetilde\varphi_{\alpha}(\xi)\ne\widetilde\varphi_{\alpha}(\eta) であり、R2n\mathbb{R}^{2n} の Hausdorff 性から φα(Uα)×Rn\varphi_\alpha(U_\alpha)\times\mathbb{R}^n 内で分離でき、その原像が求める開集合です。π(ξ)≠π(η)\pi(\xi)\ne\pi(\eta) なら、MM の Hausdorff 性より互いに交わらない開集合 U∋π(ξ)U \ni \pi(\xi)、V∋π(η)V \ni \pi(\eta) が取れ、π−1(U)\pi^{-1}(U) と π−1(V)\pi^{-1}(V) が交わらない開集合になります(π\pi が (3) の位相で連続であることは、局所表示が (x,v)↦x(x,v)\mapsto x で連続だからです)。

(5) 第二可算性。 MM は第二可算なので、可算部分アトラス {(Uαk,φαk)}k∈N\{(U_{\alpha_k},\varphi_{\alpha_k})\}_{k\in\mathbb{N}} が取れます。各 π−1(Uαk)\pi^{-1}(U_{\alpha_k}) は R2n\mathbb{R}^{2n} の開集合と同相なので第二可算であり、可算個の第二可算開部分空間で覆われる空間は第二可算です。

(6) C∞C^{\infty} 構造と π\pi。 (2) より {(π−1(Uα),φ~α)}\{(\pi^{-1}(U_{\alpha}),\widetilde\varphi_{\alpha})\} は C∞C^{\infty} アトラスであり、これを含む極大アトラスが C∞C^{\infty} 構造を定めます。位相もアトラスも φ~α\widetilde\varphi_\alpha が微分同相であるという要請から決まるので一意です。π\pi の局所表示は φα∘π∘φ~α−1(x,v)=x\varphi_{\alpha}\circ\pi\circ\widetilde\varphi_{\alpha}^{-1}(x,v) = x という射影で、C∞C^{\infty} 級かつ微分は全射(ヤコビ行列は (In0)\begin{pmatrix} I_n & 0\end{pmatrix})なので、π\pi は沈め込みです。全射性は各 TpMT_pM が零ベクトルを含むことから従います。

注意 8.3(切断としてのベクトル場)

C∞C^{\infty} 級写像 X:M→TM\mathcal{X} : M \to TM で π∘X=idM\pi\circ\mathcal{X} = \mathrm{id}_M を満たすものを TMTM の切断(section)といい、これがベクトル場の正式な定義です。チャート上では X=∑iXi∂/∂xi\mathcal{X} = \sum_i \mathcal{X}^i \partial/\partial x^i と書け、X\mathcal{X} が C∞C^{\infty} 級であることは 定理 8.2 のチャートで見れば成分 Xi\mathcal{X}^i が C∞C^{\infty} 級であることと同値です。ベクトル場と、その双対にあたる微分形式については ベクトル場と微分形式 で扱います(切断としての正式な定義は バンドルの切断とベクトル場(定義 3.1)[ベクトル場と微分形式]、双対側は 余接空間・余接バンドル・1 形式(定義 4.1)[ベクトル場と微分形式])。

例 8.4(TS1TS^1 は自明である)

S1⊂R2S^1 \subset \mathbb{R}^2 とし、例 7.7 により TpS1≅p⊥T_pS^1 \cong p^{\perp}(p=(p1,p2)p = (p_1,p_2))と同一視します。p⊥p^{\perp} は 1 次元で、Jp:=(−p2,p1)Jp := (-p_2, p_1) がその基底です(⟨p,Jp⟩=−p1p2+p2p1=0\langle p, Jp\rangle = -p_1p_2 + p_2p_1 = 0 かつ ∥Jp∥=1≠0\|Jp\| = 1 \ne 0)。そこで

Ψ:S1×R→TS1,Ψ(p,t)=(p, t Jp)\Psi : S^1\times\mathbb{R} \to TS^1, \qquad \Psi(p,t) = \big(p,\ t\,Jp\big)

と定めると、Ψ\Psi は全単射です(各ファイバーで t↦tJpt \mapsto tJp が同型だから)。滑らかさは、S1S^1 のチャート θ↦(cos⁡θ,sin⁡θ)\theta \mapsto (\cos\theta,\sin\theta) を取ると Ψ\Psi の局所表示が (θ,t)↦(θ,t)(\theta,t)\mapsto(\theta,t) になることから分かります。実際、この座標では ∂/∂θ∣p=(−sin⁡θ,cos⁡θ)=Jp\partial/\partial\theta|_p = (-\sin\theta,\cos\theta) = Jp なので、tJptJp の成分はちょうど tt です。逆写像も同じ理由で C∞C^{\infty} 級なので、Ψ\Psi は微分同相であり TS1≅S1×RTS^1 \cong S^1\times\mathbb{R}。言い換えると、S1S^1 上には決して零にならないベクトル場 p↦Jpp \mapsto Jp が存在します。

注意 8.5(自明でない接バンドル)

すべての多様体で 例 8.4 のようなことが起こるわけではありません。TM≅M×RnTM \cong M\times\mathbb{R}^n となる多様体を平行化可能といいますが、S2S^2 は平行化可能ではありません。これは「S2S^2 上の連続ベクトル場は必ずどこかで零になる」という毛玉定理(Poincaré–Brouwer)の帰結です。球面のうち平行化可能なのは S1S^1、S3S^3、S7S^7 に限ることが知られています(Bott–Milnor と Kervaire、1958 年)。接バンドルが自明かどうかという問いが深い位相幾何を含むことは、TMTM を導入する意義の一つです。

演習 9.1易

M=R2M = \mathbb{R}^2 に、通常の座標 (x,y)(x,y) のほかに u=x+yu = x+y、v=x−yv = x-y で定まる大域チャート ψ=(u,v)\psi = (u,v) を入れる。点 pp において ∂/∂u∣p\partial/\partial u|_p、∂/∂v∣p\partial/\partial v|_p を ∂/∂x∣p\partial/\partial x|_p、∂/∂y∣p\partial/\partial y|_p で表せ。また、その表示を関数 f(x,y)=xyf(x,y) = xy に適用して検算せよ。

解答

ψ−1(u,v)=(u+v2,u−v2)\psi^{-1}(u,v) = \left(\frac{u+v}{2}, \frac{u-v}{2}\right) なので、τ=φ∘ψ−1\tau = \varphi\circ\psi^{-1}(φ\varphi はデカルト座標)のヤコビ行列は

Dτ=(1/21/21/2−1/2).D\tau = \begin{pmatrix} 1/2 & 1/2 \\ 1/2 & -1/2 \end{pmatrix}.

定理 6.1 の証明中の変換公式(∂/∂ui=∑j∂iτj⋅∂/∂xj\partial/\partial u^i = \sum_j \partial_i\tau^j \cdot \partial/\partial x^j)より

∂∂u∣p=12(∂∂x∣p+∂∂y∣p),∂∂v∣p=12(∂∂x∣p−∂∂y∣p).\left.\frac{\partial}{\partial u}\right|_p = \frac12\left(\left.\frac{\partial}{\partial x}\right|_p + \left.\frac{\partial}{\partial y}\right|_p\right), \qquad \left.\frac{\partial}{\partial v}\right|_p = \frac12\left(\left.\frac{\partial}{\partial x}\right|_p - \left.\frac{\partial}{\partial y}\right|_p\right).

検算します。f(x,y)=xyf(x,y) = xy は新座標で f∘ψ−1(u,v)=u+v2⋅u−v2=u2−v24f\circ\psi^{-1}(u,v) = \frac{u+v}{2}\cdot\frac{u-v}{2} = \frac{u^2-v^2}{4} なので、∂/∂u∣p(f)=u/2\partial/\partial u|_p(f) = u/2、∂/∂v∣p(f)=−v/2\partial/\partial v|_p(f) = -v/2。一方、右辺で計算すると 12(y+x)=x+y2=u2\frac12(y + x) = \frac{x+y}{2} = \frac{u}{2}、12(y−x)=−x−y2=−v2\frac12(y - x) = -\frac{x-y}{2} = -\frac v2 で一致します。

演習 9.2標準

X∈TpMX \in T_pM(導分)とし、f,g∈Cp∞(M)f, g \in C^{\infty}_p(M) が f(p)=g(p)=0f(p) = g(p) = 0 を満たすとする。X(fg)=0X(fg) = 0 を示せ。さらに、mp={f∈Cp∞(M):f(p)=0}\mathfrak{m}_p = \{f \in C^{\infty}_p(M) : f(p) = 0\}、mp2={∑k=1Nfkgk:fk,gk∈mp}\mathfrak{m}_p^2 = \{\sum_{k=1}^N f_kg_k : f_k,g_k\in\mathfrak{m}_p\} とおくとき、X↦X∣mpX \mapsto X|_{\mathfrak{m}_p} が線形同型 TpM→(mp/mp2)∗T_pM \to (\mathfrak{m}_p/\mathfrak{m}_p^2)^{*} を与えることを示せ。

解答

第一の主張はライプニッツ則の直接の帰結です。X(fg)=X(f)g(p)+f(p)X(g)=X(f)⋅0+0⋅X(g)=0X(fg) = X(f)g(p) + f(p)X(g) = X(f)\cdot 0 + 0\cdot X(g) = 0。線形性より mp2\mathfrak{m}_p^2 の任意の元(有限和)でも XX は 00 になります。

同型について。X∈TpMX \in T_pM を mp\mathfrak{m}_p に制限すると、上により mp2\mathfrak{m}_p^2 上で 00 なので、商 mp/mp2\mathfrak{m}_p/\mathfrak{m}_p^2 上の線形汎関数 Xˉ\bar X が誘導されます。対応 X↦XˉX \mapsto \bar X は明らかに線形です(制限も商への誘導も線形操作だから)。

単射性。Xˉ=0\bar X = 0、すなわち X∣mp=0X|_{\mathfrak{m}_p} = 0 とします。任意の f∈Cp∞(M)f \in C^{\infty}_p(M) は f=f(p)‾+(f−f(p)‾)f = \underline{f(p)} + (f - \underline{f(p)}) と分解でき、第 2 項は mp\mathfrak{m}_p に属します。補題 5.2 より X(f(p)‾)=0X(\underline{f(p)}) = 0 なので X(f)=X(f−f(p)‾)=0X(f) = X(f - \underline{f(p)}) = 0。よって X=0X = 0。

全射性。λ∈(mp/mp2)∗\lambda \in (\mathfrak{m}_p/\mathfrak{m}_p^2)^{*} を取り、X(f):=λ([f−f(p)‾])X(f) := \lambda\big([f - \underline{f(p)}]\big) と定めます。線形性は明らかです。ライプニッツ則は、fg−f(p)g(p)‾=f(p) (g−g(p)‾)+g(p) (f−f(p)‾)+(f−f(p)‾)(g−g(p)‾)fg - \underline{f(p)g(p)} = f(p)\,(g - \underline{g(p)}) + g(p)\,(f - \underline{f(p)}) + (f-\underline{f(p)})(g-\underline{g(p)}) と分解し、最後の項が mp2\mathfrak{m}_p^2 に属するので λ\lambda で消えることから従います。この XX が λ\lambda を誘導することは定義から明らかです。

なお 定理 5.4 と合わせると dim⁡mp/mp2=n\dim \mathfrak{m}_p/\mathfrak{m}_p^2 = n が分かり、mp/mp2\mathfrak{m}_p/\mathfrak{m}_p^2 は余接空間 Tp∗MT_p^{*}M と同一視されます。補題 5.3 は「mp\mathfrak{m}_p の元は xi−xi(p)x^i - x^i(p) の一次結合と mp2\mathfrak{m}_p^2 の元の和に書ける」と読めます。

演習 9.3標準

GL(n,R)={A∈Matn(R):det⁡A≠0}\mathrm{GL}(n,\mathbb{R}) = \{A \in \mathrm{Mat}_n(\mathbb{R}) : \det A \ne 0\} は Matn(R)≅Rn2\mathrm{Mat}_n(\mathbb{R})\cong\mathbb{R}^{n^2} の開集合なので n2n^2 次元多様体である。TIGL(n,R)≅Matn(R)T_I\mathrm{GL}(n,\mathbb{R})\cong\mathrm{Mat}_n(\mathbb{R}) という同一視のもとで、det⁡:GL(n,R)→R\det : \mathrm{GL}(n,\mathbb{R})\to\mathbb{R} の単位元における微分が d(det⁡)I(A)=tr⁡Ad(\det)_I(A) = \operatorname{tr}A であることを示せ。

解答

GL(n,R)\mathrm{GL}(n,\mathbb{R}) は Rn2\mathbb{R}^{n^2} の開集合なので、包含写像をチャートに取ると TIGL(n,R)≅Matn(R)T_I\mathrm{GL}(n,\mathbb{R}) \cong \mathrm{Mat}_n(\mathbb{R})(例 6.2 と同じ議論)。A∈Matn(R)A \in \mathrm{Mat}_n(\mathbb{R}) に対し曲線 γ(t)=I+tA\gamma(t) = I + tA を取ると、det⁡\det は連続なので ∣t∣|t| が十分小さければ det⁡γ(t)≠0\det\gamma(t)\ne 0、つまり γ\gamma は GL(n,R)\mathrm{GL}(n,\mathbb{R}) 内の曲線で γ(0)=I\gamma(0) = I、γ′(0)=A\gamma'(0) = A です。命題 7.3 より d(det⁡)I(A)=(det⁡∘γ)′(0)d(\det)_I(A) = (\det\circ\gamma)'(0)。

det⁡(I+tA)\det(I+tA) を展開します。行列式の定義(行列式とその性質 の ライプニッツの公式(定義 3.1)[行列式とその性質])より

det⁡(I+tA)=∑σ∈Snsgn⁡(σ)∏i=1n(δiσ(i)+tAiσ(i)).\det(I+tA) = \sum_{\sigma\in S_n}\operatorname{sgn}(\sigma)\prod_{i=1}^{n}\big(\delta_{i\sigma(i)} + tA_{i\sigma(i)}\big).

tt について 1 次以下の項を拾います。σ\sigma が恒等置換でなければ、σ(i)≠i\sigma(i)\ne i となる ii が少なくとも 2 個あるので(置換が動かす点は 2 個以上)、その積は t2t^2 で割り切れます。恒等置換の項は ∏i(1+tAii)=1+t∑iAii+O(t2)\prod_i (1 + tA_{ii}) = 1 + t\sum_i A_{ii} + O(t^2)。よって

det⁡(I+tA)=1+ttr⁡A+O(t2),\det(I+tA) = 1 + t\operatorname{tr}A + O(t^2),

両辺を tt で微分して t=0t=0 とおくと d(det⁡)I(A)=tr⁡Ad(\det)_I(A) = \operatorname{tr}A を得ます。

演習 9.4難

MM を連結な C∞C^{\infty} 多様体、NN を C∞C^{\infty} 多様体、F:M→NF : M \to N を C∞C^{\infty} 級写像とする。すべての p∈Mp \in M で dFp=0dF_p = 0 ならば FF は定数写像であることを示せ。

解答

q0=F(p0)q_0 = F(p_0)(p0∈Mp_0\in M は任意に固定)とし、S=F−1(q0)S = F^{-1}(q_0) が空でない開かつ閉集合であることを示します。すると MM の連結性(連結性の特徴づけ(命題 3.1)[連結性]:空でない開かつ閉な部分集合は全体に限る)より S=MS = M、すなわち FF は定数です。

S≠∅S \ne \emptyset は p0∈Sp_0 \in S から。SS が閉であることは、NN が Hausdorff なので {q0}\{q_0\} が閉であり、FF が連続だからです。

SS が開であることを示します。p∈Sp \in S を取り、pp を含むチャート (U,φ)(U,\varphi) と F(p)=q0F(p) = q_0 を含むチャート (V,ψ)(V,\psi) を、F(U)⊂VF(U)\subset V かつ φ(U)\varphi(U) が開球(したがって連結)となるように取ります(FF の連続性より UU を U∩F−1(V)U\cap F^{-1}(V) に縮めればよい)。F^=ψ∘F∘φ−1:φ(U)→ψ(V)\widehat F = \psi\circ F\circ\varphi^{-1} : \varphi(U)\to\psi(V) とおくと、命題 7.6 より dFx=0dF_x = 0(x∈Ux\in U)はヤコビ行列 DF^(φ(x))D\widehat F(\varphi(x)) が零行列であることと同値です。仮定よりこれが φ(U)\varphi(U) 全体で成り立つので、F^\widehat F の各成分のすべての偏微分が消えます。φ(U)\varphi(U) は連結開集合なので、F^\widehat F は定数です(成分ごとに、線分でつないで平均値の定理を使うか、多変数関数の微分 の系として得られます)。F^(φ(p))=ψ(q0)\widehat F(\varphi(p)) = \psi(q_0) なので F^≡ψ(q0)\widehat F \equiv \psi(q_0)、すなわち F∣U≡q0F|_U \equiv q_0、つまり U⊂SU \subset S。よって SS は開です。

仮定「MM が連結」を落とすと結論は成り立ちません。たとえば M=R⊔RM = \mathbb{R}\sqcup\mathbb{R}(2 個の直線の直和)、N=RN=\mathbb{R}、片方で 00、もう片方で 11 を取る写像は dFp=0dF_p = 0 をすべての点で満たしますが定数ではありません。

  • 松本幸夫『多様体の基礎』東京大学出版会、1988 — 接ベクトルと接空間の初等的な導入。曲線による定義から入る書き方の代表例です。
  • J. M. Lee, Introduction to Smooth Manifolds, 2nd ed., Springer GTM 218, 2013 — Chapter 3 (Tangent Vectors)。導分による定義、微分、接バンドルの構成がこの記事とほぼ同じ順序で展開されます。
  • F. W. Warner, Foundations of Differentiable Manifolds and Lie Groups, Springer GTM 94, 1983 — Chapter 1。導分の定義と C∞C^{\infty} 性の必要性について簡潔にまとめられています。
  • M. Spivak, A Comprehensive Introduction to Differential Geometry, Vol. 1, 3rd ed., Publish or Perish, 1999 — Chapter 3。三つの定義を並べて比較する議論が詳しく、Hadamard の補題の役割も明示的です。
  • R. Bott and J. Milnor, “On the parallelizability of the spheres”, Bulletin of the American Mathematical Society 64 (1958), 87–89 — 注意 8.5 で触れた球面の平行化可能性に関する結果。

Appendix: CkC^k ではなぜ導分の空間が大きくなるのか

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問題の所在。 定理 5.4 の証明で本質的だったのは 補題 5.3、すなわち「mp\mathfrak{m}_p の元は xi−xi(p)x^i - x^i(p) の一次結合を除いて mp2\mathfrak{m}_p^2 に落ちる」という事実でした。演習 9.2 で見たように、pp における導分の空間は (mp/mp2)∗(\mathfrak{m}_p/\mathfrak{m}_p^2)^{*} と同一視されます。したがって「導分の空間が nn 次元である」ことと「mp/mp2\mathfrak{m}_p/\mathfrak{m}_p^2 が nn 次元である」ことは同じ主張です。

C1C^1 の場合に何が起こるか。 n=1n=1、p=0p=0 とし、C1C^1 級関数の芽の代数 C01(R)C^1_0(\mathbb{R}) を考えます。m\mathfrak{m} を 00 で消える芽の全体、m2\mathfrak{m}^2 をその積の有限和とします。0<α<10 < \alpha < 1 に対し fα(x)=∣x∣1+αf_{\alpha}(x) = |x|^{1+\alpha} を考えると、fαf_{\alpha} は C1C^1 級(fα′(x)=(1+α)sgn⁡(x)∣x∣αf_{\alpha}'(x) = (1+\alpha)\operatorname{sgn}(x)|x|^{\alpha} は 00 でも連続で値 00)で fα∈mf_{\alpha}\in\mathfrak{m} です。一方、g,h∈mg,h\in\mathfrak{m} が C1C^1 級なら平均値の定理より ∣g(x)∣≤C∣x∣|g(x)| \le C|x|、∣h(x)∣≤C∣x∣|h(x)|\le C|x| が 00 の近傍で成り立つので、有限和 ∑kgkhk\sum_k g_kh_k は O(x2)O(x^2) です。ところが ∣x∣1+α/x2→∞|x|^{1+\alpha}/x^2 \to \infty(x→0x\to 0、α<1\alpha<1)なので fα∉m2f_{\alpha}\notin\mathfrak{m}^2。さらに、相異なる α\alpha に対する fαf_{\alpha} たちは m/m2\mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2 の中で一次独立になることが、同様の増大度の比較から確かめられます。したがって m/m2\mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2 は無限次元であり、その双対である導分の空間も無限次元です。

結論。 C∞C^{\infty} の世界では mp/mp2\mathfrak{m}_p/\mathfrak{m}_p^2 がちょうど nn 次元に潰れるという「奇跡」が起きており、それを保証しているのが 補題 5.3 です。CkC^k(kk 有限)多様体を扱う場合は、接空間の定義として 定義 3.2 か 定義 4.1 を採用し、導分による特徴づけは諦めるのが標準的な処方です。この事情の詳細な議論は Warner の Chapter 1 にあります。

このテーマの 100 本ノック(100 問)

執筆: Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 3 回(Claude Code)・最終 2026-10-12

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