ブラックホールとは「脱出速度が光速を超えてしまう領域」のことで、その境界が事象の地平面 です。質量 M M M の天体では、半径 r s = 2 G M / c 2 r_s = 2GM/c^2 r s = 2 GM / c 2 の球面がそれにあたります。
地平面の大きさは質量に比例 します。太陽をブラックホールにすれば半径 3 km、地球なら 8.9 mm、体重 60 kg の人なら陽子の 100 億分の 1 です。
事象の地平面は壁ではありません。巨大なブラックホールなら、落ちる本人は何の衝撃も感じずに通過します。人を殺すのは重力の強さではなく、重力の差 (潮汐力)です。
ブラックホールは完全な黒ではありません。ホーキング放射により温度 T ∝ 1 / M T \propto 1/M T ∝ 1/ M の熱を放ち、M 3 M^3 M 3 に比例する時間で蒸発します。太陽質量なら 10 67 10^{67} 1 0 67 年、つまり実質的に永遠です。
ワームホールはアインシュタイン方程式の解として確かに存在します。ただし普通の物質でできたものは、光が通り抜けるより速く潰れてしまいます。
ブラックホールというと、アインシュタインの一般相対性理論から出てきた 20 世紀の産物だと思われがちです。ところが、この発想の原型はニュートン力学の時代にすでにありました。
1783 年、イギリスの牧師で自然哲学者のジョン・ミッチェルが、王立協会の紀要にこんなことを書いています。天体が十分に重くて小さければ、その表面から放たれた光は重力に引き戻されて戻ってきてしまう。そういう「暗い星」は、我々には決して見えないはずだ、と。13 年後、フランスのラプラスも独立に同じ計算をして、著書のなかで同じ結論に達しています。
彼らの論法は、大砲の弾を真上に撃ち上げる話とまったく同じです。弾が遅ければ落ちてくる。速ければ宇宙へ飛び去る。その境目の速さを脱出速度 といいます。地球なら秒速 11.2 km です。では、脱出速度が光速 c c c を超えるほど重くて小さい星があったら、光は逃げられないのではないか。素朴ですが、鋭い問いです。
ただし、この推論には後から見ると穴があります。ニュートン力学の光は「速度が変わる粒子」ですから、減速しながら上がっていき、途中で折り返して落ちてくることになります。つまりミッチェルの「暗い星」の表面から出た光は、しばらくのあいだ星の上空をさまよっているはずです。近くまで行けば見えてしまう。本物のブラックホールはそうではありません。光の速さは誰から見ても c c c で変わらない という相対性理論の前提のもとでは、光は減速できないのに、それでも外に出られないという、はるかに奇妙な状況が起こります。
その正確な記述は 1916 年、カール・シュワルツシルトによって与えられました。アインシュタインが一般相対性理論を発表した翌年、第一次世界大戦の東部戦線に従軍していた彼が、球対称な天体のまわりの時空の形を厳密に解いたのです。彼はその数か月後に病死しますが、解のなかに現れた半径 r s = 2 G M / c 2 r_s = 2GM/c^2 r s = 2 GM / c 2 は、いまも彼の名で呼ばれています。「ブラックホール」という呼び名が定着したのは、それから半世紀後の 1960 年代のことでした。
面白いのは、ミッチェルとラプラスのニュートン流の計算が、答えの数値としては正解と一致する ことです。この記事ではまずその計算を追い、次に「なぜそれが正しいのか、どこまでが偶然なのか」を確認します。そのうえで、落ちたらどうなるか、ブラックホールは永遠なのか、向こう側に出られるのか、という三つの問いに進みます。
まず出発点になる高校物理の道具を確認しておきます。
定義 2.1 (脱出速度 )
質量 M M M 、半径 R R R の球対称な天体があるとする。その表面から真上に打ち出した質量 m m m の物体が、途中で引き戻されることなく無限に遠くまで到達できるための、打ち出し速さの最小値を脱出速度 といい、v esc v_{\text{esc}} v esc と書く。ただし空気抵抗と、天体以外の重力は無視する。
命題 2.2 (脱出速度の公式 )
定義 2.1 の設定のもとで
v esc = 2 G M R v_{\text{esc}} = \sqrt{\frac{2GM}{R}} v esc = R 2 GM が成り立つ。ここで G = 6.674 × 10 − 11 N m 2 / k g 2 G = 6.674 \times 10^{-11}\ \mathrm{N\,m^2/kg^2} G = 6.674 × 1 0 − 11 N m 2 /k g 2 は万有引力定数である。この値は打ち出す物体の質量 m m m によらない。
証明(命題 2.2) 中心から距離 r r r にある質量 m m m の物体がもつ万有引力の位置エネルギーは U ( r ) = − G M m / r U(r) = -GMm/r U ( r ) = − GM m / r です。無限遠を基準にとっているので符号は負になります。
打ち出した瞬間(r = R r = R r = R 、速さ v v v )と、無限に遠ざかったとき(r → ∞ r \to \infty r → ∞ 、速さ v ∞ v_\infty v ∞ )で力学的エネルギーは保存するので
1 2 m v 2 − G M m R = 1 2 m v ∞ 2 − 0. \frac{1}{2}mv^2 - \frac{GMm}{R} = \frac{1}{2}mv_\infty^2 - 0 . 2 1 m v 2 − R GM m = 2 1 m v ∞ 2 − 0. 右辺は v ∞ 2 ≥ 0 v_\infty^2 \ge 0 v ∞ 2 ≥ 0 より 0 0 0 以上です。したがって物体が無限遠に到達できる条件は
1 2 m v 2 − G M m R ≥ 0 , すなわち v 2 ≥ 2 G M R . \frac{1}{2}mv^2 - \frac{GMm}{R} \ge 0 ,
\qquad\text{すなわち}\qquad
v^2 \ge \frac{2GM}{R} . 2 1 m v 2 − R GM m ≥ 0 , すなわち v 2 ≥ R 2 GM . 等号のとき、つまり「無限遠にちょうど速さ 0 0 0 で到達する」ときが最小値なので v esc = 2 G M / R v_{\text{esc}} = \sqrt{2GM/R} v esc = 2 GM / R です。両辺に共通する m m m が約分で消えたので、この値は打ち出す物体が羽根でも象でも同じになります。
∎
例 2.3 (地球と太陽の脱出速度 )
地球は M = 5.97 × 10 24 k g M = 5.97 \times 10^{24}\ \mathrm{kg} M = 5.97 × 1 0 24 kg 、R = 6.37 × 10 6 m R = 6.37 \times 10^{6}\ \mathrm{m} R = 6.37 × 1 0 6 m です。命題 2.2 に入れると
v esc = 2 × 6.674 × 10 − 11 × 5.97 × 10 24 6.37 × 10 6 = 1.25 × 10 8 = 1.12 × 10 4 m / s v_{\text{esc}} = \sqrt{\frac{2 \times 6.674\times10^{-11} \times 5.97\times10^{24}}{6.37\times10^{6}}}
= \sqrt{1.25\times10^{8}} = 1.12\times10^{4}\ \mathrm{m/s} v esc = 6.37 × 1 0 6 2 × 6.674 × 1 0 − 11 × 5.97 × 1 0 24 = 1.25 × 1 0 8 = 1.12 × 1 0 4 m/s で、秒速 11.2 km。ロケットの打ち上げでよく聞く「第二宇宙速度」です。
太陽は M = 1.99 × 10 30 k g M = 1.99 \times 10^{30}\ \mathrm{kg} M = 1.99 × 1 0 30 kg 、R = 6.96 × 10 8 m R = 6.96 \times 10^{8}\ \mathrm{m} R = 6.96 × 1 0 8 m なので
v esc = 2 × 6.674 × 10 − 11 × 1.99 × 10 30 6.96 × 10 8 = 3.81 × 10 11 = 6.18 × 10 5 m / s v_{\text{esc}} = \sqrt{\frac{2 \times 6.674\times10^{-11} \times 1.99\times10^{30}}{6.96\times10^{8}}}
= \sqrt{3.81\times10^{11}} = 6.18\times10^{5}\ \mathrm{m/s} v esc = 6.96 × 1 0 8 2 × 6.674 × 1 0 − 11 × 1.99 × 1 0 30 = 3.81 × 1 0 11 = 6.18 × 1 0 5 m/s 秒速 618 km です。光速の 0.2 % 0.2\ \% 0.2 % ほどですから、太陽の表面から出た光はまったく余裕で逃げていきます。
命題 3.1 (シュワルツシルト半径 )
質量 M M M の球対称な天体について、脱出速度が光速 c = 2.998 × 10 8 m / s c = 2.998\times10^{8}\ \mathrm{m/s} c = 2.998 × 1 0 8 m/s にちょうど等しくなる半径は
r s = 2 G M c 2 r_s = \frac{2GM}{c^2} r s = c 2 2 GM で与えられる。これをシュワルツシルト半径 という。天体の実際の半径が r s r_s r s より小さいとき、その天体はブラックホールである。
証明(命題 3.1) 命題 2.2 の v esc = 2 G M / R v_{\text{esc}} = \sqrt{2GM/R} v esc = 2 GM / R で v esc = c v_{\text{esc}} = c v esc = c と置きます。
c = 2 G M R ⟹ c 2 = 2 G M R ⟹ R = 2 G M c 2 . c = \sqrt{\frac{2GM}{R}}
\ \Longrightarrow\
c^2 = \frac{2GM}{R}
\ \Longrightarrow\
R = \frac{2GM}{c^2} . c = R 2 GM ⟹ c 2 = R 2 GM ⟹ R = c 2 2 GM . この R R R を r s r_s r s と書きます。v esc = 2 G M / R v_{\text{esc}} = \sqrt{2GM/R} v esc = 2 GM / R は R R R が小さいほど大きくなるので、天体の半径が r s r_s r s を下回れば表面での脱出速度は c c c を超えます。
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定義 3.3 (事象の地平面 )
ブラックホールの周囲で、そこから内側で起きた出来事の情報が二度と外部に届かなくなる境界面を事象の地平面 という。回転も電荷もない球対称なブラックホールでは、それは中心から半径 r s = 2 G M / c 2 r_s = 2GM/c^2 r s = 2 GM / c 2 の球面である。
地平面は物質でできた面ではなく、時空の性質が変わる場所である。そこには壁も膜も標識もない。
「地平面」という比喩はよくできています。地球の地平線の向こう側で何が起きても、あなたには見えません。しかし歩いていけば地平線は先へ逃げていくし、地平線そのものにぶつかることはない。ブラックホールの地平面も同じで、通り過ぎる瞬間に「いま越えた」と分かる目印は何もありません。違うのは、越えたら二度と戻れないという一点です。
特異点 事象の地平面 時間 内側 外の世界 横軸 = 中心からの距離 ブラックホールに近づくにつれて、光が進める向きが内側に倒れていきます。事象の地平面では、外向きに放った光でさえその場に留まるのがやっとです。
例 3.4 (太陽・地球・あなたのシュワルツシルト半径 )
命題 3.1 にそれぞれの質量を入れます。
天体 質量 M M M r s = 2 G M / c 2 r_s = 2GM/c^2 r s = 2 GM / c 2 実際の半径 太陽 1.99 × 10 30 k g 1.99\times10^{30}\ \mathrm{kg} 1.99 × 1 0 30 kg 2.95 k m 2.95\ \mathrm{km} 2.95 km 6.96 × 10 5 k m 6.96\times10^{5}\ \mathrm{km} 6.96 × 1 0 5 km 地球 5.97 × 10 24 k g 5.97\times10^{24}\ \mathrm{kg} 5.97 × 1 0 24 kg 8.9 m m 8.9\ \mathrm{mm} 8.9 mm 6.37 × 10 3 k m 6.37\times10^{3}\ \mathrm{km} 6.37 × 1 0 3 km 体重 60 kg の人 60 k g 60\ \mathrm{kg} 60 kg 8.9 × 10 − 26 m 8.9\times10^{-26}\ \mathrm{m} 8.9 × 1 0 − 26 m 0.2 m 0.2\ \mathrm{m} 0.2 m 程度いて座 A* 4.3 × 10 6 M ⊙ 4.3\times10^{6}\,M_\odot 4.3 × 1 0 6 M ⊙ 1.3 × 10 7 k m 1.3\times10^{7}\ \mathrm{km} 1.3 × 1 0 7 km — M87* 6.5 × 10 9 M ⊙ 6.5\times10^{9}\,M_\odot 6.5 × 1 0 9 M ⊙ 1.9 × 10 10 k m 1.9\times10^{10}\ \mathrm{km} 1.9 × 1 0 10 km —
人の行を確かめておきます。
r s = 2 × 6.674 × 10 − 11 × 60 ( 2.998 × 10 8 ) 2 = 8.01 × 10 − 9 8.99 × 10 16 = 8.9 × 10 − 26 m . r_s = \frac{2 \times 6.674\times10^{-11} \times 60}{(2.998\times10^{8})^2}
= \frac{8.01\times10^{-9}}{8.99\times10^{16}}
= 8.9\times10^{-26}\ \mathrm{m} . r s = ( 2.998 × 1 0 8 ) 2 2 × 6.674 × 1 0 − 11 × 60 = 8.99 × 1 0 16 8.01 × 1 0 − 9 = 8.9 × 1 0 − 26 m . 陽子の直径がおよそ 1.7 × 10 − 15 m 1.7\times10^{-15}\ \mathrm{m} 1.7 × 1 0 − 15 m ですから、この r s r_s r s は陽子の 100 億分の 1 よりさらに小さい。あなたをブラックホールにするには、それだけ徹底的に押し縮める必要があります。日常で心配する話ではありません。
いっぽう銀河中心の巨大ブラックホールは桁が違います。M87* の r s = 1.9 × 10 10 k m r_s = 1.9\times10^{10}\ \mathrm{km} r s = 1.9 × 1 0 10 km は 130 130 130 天文単位、海王星の軌道半径(30 30 30 天文単位)の 4 倍以上です。太陽系がまるごと事象の地平面の内側に収まります。
ここで、多くの人が誤解している点をはっきりさせておきます。ブラックホールは「無限に密度が高い」わけではありません。
命題 3.5 (ブラックホールの平均密度 )
質量 M M M のブラックホールについて、事象の地平面の内側の体積を V = 4 3 π r s 3 V = \frac{4}{3}\pi r_s^3 V = 3 4 π r s 3 と定義し、平均密度を ρ = M / V \rho = M/V ρ = M / V とすると
ρ = 3 c 6 32 π G 3 M 2 \rho = \frac{3c^6}{32\pi G^3 M^2} ρ = 32 π G 3 M 2 3 c 6 となる。すなわち平均密度は質量の 2 乗に反比例 する。重いブラックホールほどスカスカである。
証明(命題 3.5) 命題 3.1 より r s = 2 G M / c 2 r_s = 2GM/c^2 r s = 2 GM / c 2 なので
r s 3 = 8 G 3 M 3 c 6 , V = 4 3 π r s 3 = 32 π G 3 M 3 3 c 6 . r_s^3 = \frac{8G^3M^3}{c^6},
\qquad
V = \frac{4}{3}\pi r_s^3 = \frac{32\pi G^3 M^3}{3c^6} . r s 3 = c 6 8 G 3 M 3 , V = 3 4 π r s 3 = 3 c 6 32 π G 3 M 3 . したがって
ρ = M V = M ⋅ 3 c 6 32 π G 3 M 3 = 3 c 6 32 π G 3 M 2 . \rho = \frac{M}{V} = M \cdot \frac{3c^6}{32\pi G^3 M^3} = \frac{3c^6}{32\pi G^3 M^2} . ρ = V M = M ⋅ 32 π G 3 M 3 3 c 6 = 32 π G 3 M 2 3 c 6 . 分母に M 2 M^2 M 2 があるので、M M M が 10 倍になると ρ \rho ρ は 100 分の 1 になります。理由は単純で、r s r_s r s が M M M に比例する以上、体積は M 3 M^3 M 3 に比例して増えるからです。質量は M M M にしか比例しないので、割り算すると M 2 M^2 M 2 の分だけ薄まります。
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例 3.6 (M87* は空気より軽い )
命題 3.5 に数値を入れます。まず太陽質量の場合、r s = 2953 m r_s = 2953\ \mathrm{m} r s = 2953 m なので
V = 4 3 π ( 2953 ) 3 = 1.08 × 10 11 m 3 , ρ = 1.99 × 10 30 1.08 × 10 11 = 1.8 × 10 19 k g / m 3 . V = \frac{4}{3}\pi (2953)^3 = 1.08\times10^{11}\ \mathrm{m^3},
\qquad
\rho = \frac{1.99\times10^{30}}{1.08\times10^{11}} = 1.8\times10^{19}\ \mathrm{kg/m^3} . V = 3 4 π ( 2953 ) 3 = 1.08 × 1 0 11 m 3 , ρ = 1.08 × 1 0 11 1.99 × 1 0 30 = 1.8 × 1 0 19 kg/ m 3 . 原子核の密度が 2.3 × 10 17 k g / m 3 2.3\times10^{17}\ \mathrm{kg/m^3} 2.3 × 1 0 17 kg/ m 3 ですから、その 80 倍。これは確かに途方もない密度です。
ところが 命題 3.5 により、質量が M ⊙ M_\odot M ⊙ の N N N 倍になれば密度は N 2 N^2 N 2 分の 1 になります。M87* は N = 6.5 × 10 9 N = 6.5\times10^{9} N = 6.5 × 1 0 9 なので
ρ = 1.8 × 10 19 ( 6.5 × 10 9 ) 2 = 1.8 × 10 19 4.2 × 10 19 = 0.44 k g / m 3 . \rho = \frac{1.8\times10^{19}}{(6.5\times10^{9})^2} = \frac{1.8\times10^{19}}{4.2\times10^{19}} = 0.44\ \mathrm{kg/m^3} . ρ = ( 6.5 × 1 0 9 ) 2 1.8 × 1 0 19 = 4.2 × 1 0 19 1.8 × 1 0 19 = 0.44 kg/ m 3 . 地上の空気の密度は 1.2 k g / m 3 1.2\ \mathrm{kg/m^3} 1.2 kg/ m 3 です。M87* の平均密度は空気の 3 分の 1 ほど しかありません。もし宇宙服なしで M87* の地平面付近を漂えたとしたら、あなたのまわりは真空に近い、ごくありふれた空間です。ブラックホールを「潰れた物質の塊」と考えるのは正しくありません。ブラックホールとは、物質そのものではなく、そこから出られないという時空の性質 のことなのです。
さて、いちばん人気のある質問に進みます。ブラックホールに落ちたらどうなるのか。
危険なのは重力の強さそのものではありません。強い重力のなかを自由落下しているあいだ、あなたは無重力状態です。国際宇宙ステーションの飛行士が浮いていられるのと同じ理屈で、あなたも周囲の空気も足元の靴も、全員が同じように落ちているので、押しつぶされる感覚はありません。
問題は、あなたの足と頭が同じようには落ちない ことです。足のほうが中心に少し近いので、少しだけ強く引かれる。この差が体を縦に引き伸ばします。潮の満ち引きを起こすのと同じ仕組みなので、潮汐力 と呼ばれます。
命題 4.1 (潮汐加速度 )
質量 M M M の天体の中心から距離 r r r の位置に、身長 h h h の人が足を中心側に向けて自由落下しているとする。h ≪ r h \ll r h ≪ r のとき、足にかかる重力加速度と頭にかかる重力加速度の差 Δ g \Delta g Δ g は
Δ g ≃ 2 G M h r 3 \Delta g \simeq \frac{2GMh}{r^3} Δ g ≃ r 3 2 GM h で与えられる。特に事象の地平面上(r = r s = 2 G M / c 2 r = r_s = 2GM/c^2 r = r s = 2 GM / c 2 )では
Δ g ≃ h c 6 4 G 2 M 2 \Delta g \simeq \frac{h\,c^6}{4G^2M^2} Δ g ≃ 4 G 2 M 2 h c 6 となり、質量の 2 乗に反比例する。
証明(命題 4.1) 中心から距離 r r r での重力加速度は g ( r ) = G M / r 2 g(r) = GM/r^2 g ( r ) = GM / r 2 です。足が r r r 、頭が r + h r + h r + h にあるので
Δ g = g ( r ) − g ( r + h ) = G M r 2 − G M ( r + h ) 2 . \Delta g = g(r) - g(r+h) = \frac{GM}{r^2} - \frac{GM}{(r+h)^2} . Δ g = g ( r ) − g ( r + h ) = r 2 GM − ( r + h ) 2 GM . 第 2 項を r r r でくくります。x = h / r x = h/r x = h / r と置くと
G M ( r + h ) 2 = G M r 2 ⋅ 1 ( 1 + x ) 2 . \frac{GM}{(r+h)^2} = \frac{GM}{r^2}\cdot\frac{1}{(1+x)^2} . ( r + h ) 2 GM = r 2 GM ⋅ ( 1 + x ) 2 1 . ここで x x x は小さい(身長は落下距離に比べてはるかに短い)ので、x 2 x^2 x 2 以上を捨てる近似をします。まず ( 1 + x ) 2 = 1 + 2 x + x 2 ≃ 1 + 2 x (1+x)^2 = 1 + 2x + x^2 \simeq 1 + 2x ( 1 + x ) 2 = 1 + 2 x + x 2 ≃ 1 + 2 x 。次に ( 1 + 2 x ) ( 1 − 2 x ) = 1 − 4 x 2 ≃ 1 (1+2x)(1-2x) = 1 - 4x^2 \simeq 1 ( 1 + 2 x ) ( 1 − 2 x ) = 1 − 4 x 2 ≃ 1 なので 1 1 + 2 x ≃ 1 − 2 x \dfrac{1}{1+2x} \simeq 1 - 2x 1 + 2 x 1 ≃ 1 − 2 x 。あわせて
1 ( 1 + x ) 2 ≃ 1 − 2 x = 1 − 2 h r . \frac{1}{(1+x)^2} \simeq 1 - 2x = 1 - \frac{2h}{r} . ( 1 + x ) 2 1 ≃ 1 − 2 x = 1 − r 2 h . したがって
Δ g ≃ G M r 2 − G M r 2 ( 1 − 2 h r ) = G M r 2 ⋅ 2 h r = 2 G M h r 3 . \Delta g \simeq \frac{GM}{r^2} - \frac{GM}{r^2}\left(1 - \frac{2h}{r}\right) = \frac{GM}{r^2}\cdot\frac{2h}{r} = \frac{2GMh}{r^3} . Δ g ≃ r 2 GM − r 2 GM ( 1 − r 2 h ) = r 2 GM ⋅ r 2 h = r 3 2 GM h . 後半は r = r s = 2 G M / c 2 r = r_s = 2GM/c^2 r = r s = 2 GM / c 2 を代入するだけです。命題 3.1 より r s 3 = 8 G 3 M 3 / c 6 r_s^3 = 8G^3M^3/c^6 r s 3 = 8 G 3 M 3 / c 6 なので
Δ g ≃ 2 G M h r s 3 = 2 G M h ⋅ c 6 8 G 3 M 3 = h c 6 4 G 2 M 2 . \Delta g \simeq \frac{2GMh}{r_s^3} = 2GMh \cdot \frac{c^6}{8G^3M^3} = \frac{h\,c^6}{4G^2M^2} . Δ g ≃ r s 3 2 GM h = 2 GM h ⋅ 8 G 3 M 3 c 6 = 4 G 2 M 2 h c 6 . 分母に M 2 M^2 M 2 が現れました。命題 3.5 のときと同じ構造です。M M M が大きいほど地平面が遠くにあり、そこでの重力の勾配はゆるやかになります。
∎
例 4.2 (スパゲッティ化はいつ始まるか )
身長 h = 1.8 m h = 1.8\ \mathrm{m} h = 1.8 m の人が、事象の地平面をまたいだ瞬間に感じる潮汐加速度を 命題 4.1 で計算します。
太陽質量のブラックホール (M = 1.99 × 10 30 k g M = 1.99\times10^{30}\ \mathrm{kg} M = 1.99 × 1 0 30 kg 、r s = 3.0 k m r_s = 3.0\ \mathrm{km} r s = 3.0 km ):
Δ g ≃ 1.8 × ( 2.998 × 10 8 ) 6 4 × ( 6.674 × 10 − 11 ) 2 × ( 1.99 × 10 30 ) 2 = 1.31 × 10 51 7.05 × 10 40 = 1.9 × 10 10 m / s 2 . \Delta g \simeq \frac{1.8 \times (2.998\times10^{8})^6}{4 \times (6.674\times10^{-11})^2 \times (1.99\times10^{30})^2}
= \frac{1.31\times10^{51}}{7.05\times10^{40}}
= 1.9\times10^{10}\ \mathrm{m/s^2} . Δ g ≃ 4 × ( 6.674 × 1 0 − 11 ) 2 × ( 1.99 × 1 0 30 ) 2 1.8 × ( 2.998 × 1 0 8 ) 6 = 7.05 × 1 0 40 1.31 × 1 0 51 = 1.9 × 1 0 10 m/ s 2 . 重力加速度 g = 9.8 m / s 2 g = 9.8\ \mathrm{m/s^2} g = 9.8 m/ s 2 で割ると、およそ 2 × 10 9 g 2\times10^{9}\,g 2 × 1 0 9 g 。頭と足で 20 億 g g g の差です。人体が耐えられるのはせいぜい数十 g g g ですから、地平面に届くはるか手前で、あなたは細く長く引き伸ばされます。この現象を、物理学者は真顔でスパゲッティ化 と呼びます。
M87* (M = 6.5 × 10 9 M ⊙ M = 6.5\times10^{9}\,M_\odot M = 6.5 × 1 0 9 M ⊙ ): 命題 4.1 の Δ g ∝ 1 / M 2 \Delta g \propto 1/M^2 Δ g ∝ 1/ M 2 より、上の値を ( 6.5 × 10 9 ) 2 = 4.2 × 10 19 (6.5\times10^{9})^2 = 4.2\times10^{19} ( 6.5 × 1 0 9 ) 2 = 4.2 × 1 0 19 で割って
Δ g ≃ 1.9 × 10 10 4.2 × 10 19 = 4.5 × 10 − 10 m / s 2 . \Delta g \simeq \frac{1.9\times10^{10}}{4.2\times10^{19}} = 4.5\times10^{-10}\ \mathrm{m/s^2} . Δ g ≃ 4.2 × 1 0 19 1.9 × 1 0 10 = 4.5 × 1 0 − 10 m/ s 2 . 10 − 11 g 10^{-11}\,g 1 0 − 11 g です。感じられるはずがありません。M87* の事象の地平面は、何の予告もなく、まったく静かに通過できます。
境目はどこでしょうか。Δ g \Delta g Δ g が 100 g ≃ 10 3 m / s 2 100\,g \simeq 10^{3}\ \mathrm{m/s^2} 100 g ≃ 1 0 3 m/ s 2 になる質量を求めると
M 2 = 1.8 × ( 2.998 × 10 8 ) 6 4 × ( 6.674 × 10 − 11 ) 2 × 10 3 = 7.3 × 10 67 , M = 8.6 × 10 33 k g ≃ 4 × 10 3 M ⊙ . M^2 = \frac{1.8 \times (2.998\times10^{8})^6}{4 \times (6.674\times10^{-11})^2 \times 10^{3}}
= 7.3\times10^{67},
\qquad
M = 8.6\times10^{33}\ \mathrm{kg} \simeq 4\times10^{3}\,M_\odot . M 2 = 4 × ( 6.674 × 1 0 − 11 ) 2 × 1 0 3 1.8 × ( 2.998 × 1 0 8 ) 6 = 7.3 × 1 0 67 , M = 8.6 × 1 0 33 kg ≃ 4 × 1 0 3 M ⊙ . つまり、太陽質量の数千倍より重いブラックホールなら、地平面を越える時点では体は無事です。もちろん、そのあと中心に近づけば Δ g ∝ 1 / r 3 \Delta g \propto 1/r^3 Δ g ∝ 1/ r 3 で急激に増えますから、猶予があるだけの話ですが。
ここまでの話では、ブラックホールは完全に黒く、何も出さず、飲み込む一方です。ところが 1970 年代、そこに深刻な理論上の困りごとが見つかりました。
熱力学の第二法則は「エントロピー(乱雑さ)は減らない」と言います。では、熱いコーヒーをブラックホールに投げ込んだらどうなるでしょう。コーヒーのエントロピーは宇宙から消えてしまいます。ブラックホールの外の宇宙のエントロピーは減った。第二法則が破れたことになります。
1972 年、大学院生だったヤコブ・ベケンシュタインは、この矛盾を避けるにはブラックホール自身がエントロピーを持つと考えるしかない、と主張しました。しかもその値は事象の地平面の面積に比例する というのです。しかし、エントロピーがあるなら温度もあるはずで、温度があるものは熱を放射するはずです。黒いはずのブラックホールが光る。これはおかしい、と当初は多くの研究者が考えました。
1974 年、スティーヴン・ホーキングが計算をやり直して、ブラックホールは本当に光る と結論しました。量子力学では真空は空っぽではなく、粒子と反粒子の対が絶えず生まれては消えています。事象の地平面のすぐ近くでこれが起きると、片方が内側に落ち、片方が外へ逃げることがある。外から見ればブラックホールが粒子を放出したように見え、その分だけブラックホールの質量は減ります。
定義 5.1 (ホーキング温度 )
質量 M M M のシュワルツシルト・ブラックホールは、絶対温度
T H = ℏ c 3 8 π G M k B T_H = \frac{\hbar c^3}{8\pi G M k_B} T H = 8 π GM k B ℏ c 3 の 黒体(定義 2.3)[ビッグバンは本当にあったのか] とまったく同じスペクトルの熱放射を放つ。ここで ℏ = 1.055 × 10 − 34 J s \hbar = 1.055\times10^{-34}\ \mathrm{J\,s} ℏ = 1.055 × 1 0 − 34 J s は換算プランク定数、k B = 1.381 × 10 − 23 J / K k_B = 1.381\times10^{-23}\ \mathrm{J/K} k B = 1.381 × 1 0 − 23 J/K はボルツマン定数である。この放射をホーキング放射 という。
数値を代入すると T H = 1.23 × 10 23 K / ( M / k g ) T_H = 1.23\times10^{23}\ \mathrm{K} / (M/\mathrm{kg}) T H = 1.23 × 1 0 23 K / ( M / kg ) 、すなわち温度は質量に反比例する。
例 5.2 (太陽質量ブラックホールは宇宙で最も冷たい )
定義 5.1 に M = 1.99 × 10 30 k g M = 1.99\times10^{30}\ \mathrm{kg} M = 1.99 × 1 0 30 kg を入れます。
T H = 1.23 × 10 23 1.99 × 10 30 = 6.2 × 10 − 8 K . T_H = \frac{1.23\times10^{23}}{1.99\times10^{30}} = 6.2\times10^{-8}\ \mathrm{K} . T H = 1.99 × 1 0 30 1.23 × 1 0 23 = 6.2 × 1 0 − 8 K . 1 1 1 億分の 6 6 6 ケルビン。いっぽう宇宙全体は宇宙マイクロ波背景放射で満たされていて、その温度は 2.725 K 2.725\ \mathrm{K} 2.725 K です(ビッグバンは本当にあったのか? の 例 4.1[ビッグバンは本当にあったのか] を参照してください)。比を取ると
2.725 6.2 × 10 − 8 = 4.4 × 10 7 . \frac{2.725}{6.2\times10^{-8}} = 4.4\times10^{7} . 6.2 × 1 0 − 8 2.725 = 4.4 × 1 0 7 . 宇宙の背景放射のほうが 4400 万倍も熱い。したがって恒星質量のブラックホールは、放射で失う分よりはるかに多くのエネルギーを背景放射から吸収しています。いまの宇宙では、太陽質量のブラックホールは蒸発するどころか太っています。
蒸発が吸収に勝つ条件は T H > 2.725 K T_H > 2.725\ \mathrm{K} T H > 2.725 K 、すなわち
M < 1.23 × 10 23 2.725 = 4.5 × 10 22 k g . M < \frac{1.23\times10^{23}}{2.725} = 4.5\times10^{22}\ \mathrm{kg} . M < 2.725 1.23 × 1 0 23 = 4.5 × 1 0 22 kg . 月の質量が 7.35 × 10 22 k g 7.35\times10^{22}\ \mathrm{kg} 7.35 × 1 0 22 kg ですから、月よりやや軽いブラックホールなら、いまこの瞬間も正味で痩せています 。宇宙が膨張して背景放射がさらに冷えれば、この境目の質量は上がっていきます。
命題 5.3 (蒸発時間は質量の 3 乗に比例する )
周囲から何も吸収しないブラックホールがホーキング放射だけで質量を失うとき、その質量が M 0 M_0 M 0 から 0 0 0 になるまでの時間 t ev t_{\text{ev}} t ev は
t ev ∝ M 0 3 t_{\text{ev}} \propto M_0^{\,3} t ev ∝ M 0 3 を満たす。比例係数まで込めると t ev = 5120 π G 2 M 0 3 ℏ c 4 t_{\text{ev}} = \dfrac{5120\,\pi G^2 M_0^{\,3}}{\hbar c^4} t ev = ℏ c 4 5120 π G 2 M 0 3 である。
証明(命題 5.3) まず放射のパワーを見積もります。定義 5.1 のブラックホールは黒体なので、シュテファン=ボルツマンの法則より、単位時間に放出するエネルギー P P P は表面積 A A A と温度の 4 乗の積に比例します。
表面積は A = 4 π r s 2 A = 4\pi r_s^2 A = 4 π r s 2 で、命題 3.1 より r s ∝ M r_s \propto M r s ∝ M なので A ∝ M 2 A \propto M^2 A ∝ M 2 。
温度は 定義 5.1 より T H ∝ 1 / M T_H \propto 1/M T H ∝ 1/ M なので T H 4 ∝ 1 / M 4 T_H^4 \propto 1/M^4 T H 4 ∝ 1/ M 4 。
したがって
P ∝ A T H 4 ∝ M 2 ⋅ 1 M 4 = 1 M 2 . P \propto A\,T_H^4 \propto M^2 \cdot \frac{1}{M^4} = \frac{1}{M^2} . P ∝ A T H 4 ∝ M 2 ⋅ M 4 1 = M 2 1 . 放出したエネルギーの分だけ質量が減ります(E = M c 2 E = Mc^2 E = M c 2 )。1 秒あたりの質量の減り方を d M d t \dfrac{dM}{dt} d t d M と書くと
d M d t = − P c 2 = − k M 2 \frac{dM}{dt} = -\frac{P}{c^2} = -\frac{k}{M^2} d t d M = − c 2 P = − M 2 k となる正の定数 k k k があります。両辺に M 2 M^2 M 2 を掛けると M 2 d M d t = − k M^2 \dfrac{dM}{dt} = -k M 2 d t d M = − k です。ここで M 3 M^3 M 3 の変化率を考えると、合成関数の微分から
d ( M 3 ) d t = 3 M 2 d M d t = − 3 k . \frac{d(M^3)}{dt} = 3M^2 \frac{dM}{dt} = -3k . d t d ( M 3 ) = 3 M 2 d t d M = − 3 k . 右辺は定数ですから、M 3 M^3 M 3 は時間とともに一定の割合でまっすぐ減っていきます 。t = 0 t = 0 t = 0 で M = M 0 M = M_0 M = M 0 とすれば
M ( t ) 3 = M 0 3 − 3 k t . M(t)^3 = M_0^{\,3} - 3kt . M ( t ) 3 = M 0 3 − 3 k t . これが 0 0 0 になる時刻が蒸発の完了時刻なので
t ev = M 0 3 3 k ∝ M 0 3 . t_{\text{ev}} = \frac{M_0^{\,3}}{3k} \propto M_0^{\,3} . t ev = 3 k M 0 3 ∝ M 0 3 . 比例定数 k k k をシュテファン=ボルツマン定数と 定義 5.1 から具体的に書き下すと、主張の式が得られます。
∎
例 5.4 (太陽質量ブラックホールの寿命 )
命題 5.3 の式に M 0 = 1.99 × 10 30 k g M_0 = 1.99\times10^{30}\ \mathrm{kg} M 0 = 1.99 × 1 0 30 kg を代入します。
t ev = 5120 π × ( 6.674 × 10 − 11 ) 2 × ( 1.99 × 10 30 ) 3 1.055 × 10 − 34 × ( 2.998 × 10 8 ) 4 = 5.64 × 10 74 0.852 = 6.6 × 10 74 s . t_{\text{ev}} = \frac{5120\pi \times (6.674\times10^{-11})^2 \times (1.99\times10^{30})^3}{1.055\times10^{-34} \times (2.998\times10^{8})^4}
= \frac{5.64\times10^{74}}{0.852}
= 6.6\times10^{74}\ \mathrm{s} . t ev = 1.055 × 1 0 − 34 × ( 2.998 × 1 0 8 ) 4 5120 π × ( 6.674 × 1 0 − 11 ) 2 × ( 1.99 × 1 0 30 ) 3 = 0.852 5.64 × 1 0 74 = 6.6 × 1 0 74 s . 年に直すと 2.1 × 10 67 2.1\times10^{67} 2.1 × 1 0 67 年です。宇宙の年齢 1.38 × 10 10 1.38\times10^{10} 1.38 × 1 0 10 年(例 3.7[宇宙の果てと年齢] )と比べると、10 57 10^{57} 1 0 57 倍。実質的には永遠と言ってよい長さです。
そして 命題 5.3 の t ev ∝ M 0 3 t_{\text{ev}} \propto M_0^3 t ev ∝ M 0 3 が効いてきます。M87* は太陽の 6.5 × 10 9 6.5\times10^{9} 6.5 × 1 0 9 倍の質量なので、寿命はその 3 乗倍、2.7 × 10 29 2.7\times10^{29} 2.7 × 1 0 29 倍の 6 × 10 96 6\times10^{96} 6 × 1 0 96 年になります。
逆に軽ければあっという間です。質量 1.7 × 10 11 k g 1.7\times10^{11}\ \mathrm{kg} 1.7 × 1 0 11 kg (一辺 400 m 400\ \mathrm{m} 400 m の岩の塊ほど)のブラックホールの寿命は
t ev = 2.1 × 10 67 × ( 1.7 × 10 11 1.99 × 10 30 ) 3 = 2.1 × 10 67 × 6.2 × 10 − 58 = 1.3 × 10 10 年 t_{\text{ev}} = 2.1\times10^{67} \times \left(\frac{1.7\times10^{11}}{1.99\times10^{30}}\right)^3 = 2.1\times10^{67} \times 6.2\times10^{-58} = 1.3\times10^{10}\ \mathrm{年} t ev = 2.1 × 1 0 67 × ( 1.99 × 1 0 30 1.7 × 1 0 11 ) 3 = 2.1 × 1 0 67 × 6.2 × 1 0 − 58 = 1.3 × 1 0 10 年 で、ちょうど宇宙の年齢と同じくらい。この質量のブラックホールがビッグバン直後に作られていたなら、いまこの瞬間に最後の蒸発を迎えているはずです。ちなみにその r s r_s r s は 2.5 × 10 − 16 m 2.5\times10^{-16}\ \mathrm{m} 2.5 × 1 0 − 16 m 、陽子より小さい。山ひとつ分の質量が、陽子より小さな領域に入っているわけです。こうした原始ブラックホール は理論上ありうるものとして探されていますが、確実な検出はまだありません。
flowchart LR
A["質量が減る"] --> B["温度が上がる"]
B --> C["放射が強くなる"]
C --> A
C --> D["最後は爆発的に蒸発"] 蒸発は加速します。質量が減るほど温度が上がり、温度が上がるほど放射が強まる正のフィードバックです。
SF がブラックホールを愛するのは、その先に出口があるかもしれないからです。この期待には、実はきちんとした理論的な根拠があります。
1935 年、アインシュタインとネイサン・ローゼンは、シュワルツシルト解を数学的に最後まで延長すると、二つの離れた領域を細い「のど」でつなぐ構造が現れることに気づきました。アインシュタイン=ローゼン橋 、いわゆるワームホールです。方程式の解として、これは確かに存在します。
問題は、そこを通れるかどうかです。
定理 6.1 (シュワルツシルト・ワームホールは通り抜けられない )
真空のアインシュタイン方程式のシュワルツシルト解を最大限に拡張した時空(クルスカル拡張)には、二つの外部領域をつなぐアインシュタイン=ローゼン橋が存在する。しかしこの「のど」は時間とともに生成・膨張・収縮・消滅し、その寿命は光信号が通過するのに要する時間より短い。したがって、いかなる物体も、光でさえも、一方の外部領域から橋を通ってもう一方の外部領域に到達することはできない。
では、閉じないワームホールを作れないのでしょうか。1988 年、マイケル・モリスとキップ・ソーンは、カール・セーガンの小説『コンタクト』の設定について相談を受けたのをきっかけに、この問題を正面から扱いました。彼らの結論はこうです。
のどを開いたまま保つには、負のエネルギー密度をもつ物質が必要である。 理由は光の振る舞いから分かります。ワームホールを通り抜ける光線は、入口では収束し、出口では発散していなければなりません。ところが普通の物質の重力は、光線を必ず収束させる方向にしか働きません。途中でいったん発散に転じさせるには、重力が反発として働く必要がある。それが「負のエネルギー密度」の意味です。
そんな物質はあるのでしょうか。完全にないわけではありません。量子論では、2 枚の金属板を極めて近づけると板のあいだの真空のエネルギー密度が負になります(カシミール効果、1948 年に予言され 1990 年代に測定されました)。しかし、その大きさは信じられないほど小さい。人が通れる大きさのワームホールを支えるには、地球や太陽の質量に匹敵する量の負エネルギーが必要になると見積もられています。カシミール効果でそれを集めるのは、コップ 1 杯の水で海を満たすようなものです。
ホワイトホール(何も入れず、出てくる一方の天体)も方程式の解としては存在します。しかしこれは、ブラックホールの時間を逆向きにしたものです。壊れたコップが元に戻る映像が現実に起きないのと同じ理由で、熱力学第二法則に反する初期条件が必要になり、自然にできるとは考えられていません。
ここまで理論の話をしてきましたが、ブラックホールが実在するという証拠は、この 10 年で決定的になりました。
第一に、重力波 です。2015 年 9 月 14 日、アメリカの LIGO が、太陽の 36 倍と 29 倍の質量をもつ二つの天体が合体して 62 倍の天体になる際の時空のさざ波をとらえました。差の 3 太陽質量分のエネルギーが、0.2 0.2 0.2 秒たらずのあいだに重力波として放出されたことになります。太陽質量の数十倍の天体が数百 km まで近づいて合体できる以上、それは中性子星でも恒星でもありえません。この観測を実現した業績に 2017 年のノーベル物理学賞が贈られました。
第二に、銀河中心の星の軌道 です。ラインハルト・ゲンツェルとアンドレア・ゲズのグループは、天の川銀河の中心付近の星を数十年にわたって追跡し、太陽系よりずっと狭い領域を周回していることを示しました。ケプラーの法則(ケプラー回転(命題 2.3)[ダークマターとダークエネルギー] )からその中心の質量は太陽の 430 430 430 万倍と求まります。この業績とロジャー・ペンローズの特異点定理に対して、2020 年のノーベル物理学賞が贈られました。
第三に、直接撮像 です。2019 年 4 月、事象の地平面望遠鏡(EHT)が M87 銀河の中心の「影」の画像を公開しました。2022 年には天の川銀河中心のいて座 A* も撮像されています。
例 7.1 (M87* の影は、なぜ 42 マイクロ秒角なのか )
一般相対性理論によれば、ブラックホールの「影」の半径は r s r_s r s そのものではありません。すぐそばを通る光が曲げられて吸い込まれるため、影は少し大きく
b crit = 3 3 G M c 2 = 3 3 2 r s ≃ 2.6 r s b_{\text{crit}} = 3\sqrt{3}\,\frac{GM}{c^2} = \frac{3\sqrt{3}}{2}\,r_s \simeq 2.6\,r_s b crit = 3 3 c 2 GM = 2 3 3 r s ≃ 2.6 r s になります。例 3.4 の M87* の値 r s = 1.9 × 10 10 k m r_s = 1.9\times10^{10}\ \mathrm{km} r s = 1.9 × 1 0 10 km を使うと、影の直径は
D = 2 × 2.6 × 1.9 × 10 10 = 9.9 × 10 10 k m . D = 2 \times 2.6 \times 1.9\times10^{10} = 9.9\times10^{10}\ \mathrm{km} . D = 2 × 2.6 × 1.9 × 1 0 10 = 9.9 × 1 0 10 km . M87 までの距離は 1680 1680 1680 万パーセク、すなわち 5.2 × 10 20 k m 5.2\times10^{20}\ \mathrm{km} 5.2 × 1 0 20 km です(パーセクという単位は 定義 3.1[なぜ星までの距離がわかるのか] で決められています。この距離をどうやって測るかは なぜ星までの距離がわかるのか? の 命題 4.2[なぜ星までの距離がわかるのか] を見てください)。見込む角度は
θ = D d = 9.9 × 10 10 5.2 × 10 20 = 1.9 × 10 − 10 r a d . \theta = \frac{D}{d} = \frac{9.9\times10^{10}}{5.2\times10^{20}} = 1.9\times10^{-10}\ \mathrm{rad} . θ = d D = 5.2 × 1 0 20 9.9 × 1 0 10 = 1.9 × 1 0 − 10 rad . 1 1 1 ラジアン = 2.06 × 10 11 = 2.06\times10^{11} = 2.06 × 1 0 11 マイクロ秒角なので
θ = 1.9 × 10 − 10 × 2.06 × 10 11 = 40 マイクロ秒角 . \theta = 1.9\times10^{-10} \times 2.06\times10^{11} = 40\ \text{マイクロ秒角} . θ = 1.9 × 1 0 − 10 × 2.06 × 1 0 11 = 40 マイクロ秒角 . EHT が実際に測ったリングの直径は 42 ± 3 42 \pm 3 42 ± 3 マイクロ秒角でした。質量と距離という独立な観測から予言した値と、画像から読み取った値が一致したのです。
ちなみに 40 40 40 マイクロ秒角がどれほど小さいかというと、月面に置いた直径 7.5 c m 7.5\ \mathrm{cm} 7.5 cm のドーナツを地球から見込む角度に相当します。これを撮るために、地球上の 8 台の電波望遠鏡を同時に動かし、地球サイズの一つの望遠鏡として合成しました。
まだ分かっていないこともあります。中心の特異点が本当に存在するのか(ペンローズの定理は一般相対性理論が正しい範囲でそれを保証しますが、その理論自身が特異点の近くで破綻します)、情報パラドックスがどう解決されるのか、そして最初期の宇宙に原始ブラックホールが作られたのか。最後の点はダークマターとダークエネルギー 、すなわち 定義 2.2[ダークマターとダークエネルギー] の候補としても議論されています。
演習 8.1 易
地球(質量 5.97 × 10 24 k g 5.97\times10^{24}\ \mathrm{kg} 5.97 × 1 0 24 kg )を質量を変えずに押し縮めてブラックホールにするには、半径を何 mm 以下にすればよいか。命題 3.1 を使って求めよ。また、そのときの平均密度を 命題 3.5 の考え方で求め、原子核の密度 2.3 × 10 17 k g / m 3 2.3\times10^{17}\ \mathrm{kg/m^3} 2.3 × 1 0 17 kg/ m 3 と比べよ。
解答 命題 3.1 より
r s = 2 G M c 2 = 2 × 6.674 × 10 − 11 × 5.97 × 10 24 ( 2.998 × 10 8 ) 2 = 7.97 × 10 14 8.99 × 10 16 = 8.9 × 10 − 3 m . r_s = \frac{2GM}{c^2} = \frac{2 \times 6.674\times10^{-11} \times 5.97\times10^{24}}{(2.998\times10^{8})^2}
= \frac{7.97\times10^{14}}{8.99\times10^{16}} = 8.9\times10^{-3}\ \mathrm{m} . r s = c 2 2 GM = ( 2.998 × 1 0 8 ) 2 2 × 6.674 × 1 0 − 11 × 5.97 × 1 0 24 = 8.99 × 1 0 16 7.97 × 1 0 14 = 8.9 × 1 0 − 3 m . 8.9 m m 8.9\ \mathrm{mm} 8.9 mm 、ビー玉ほどの大きさです。
平均密度は
V = 4 3 π ( 8.9 × 10 − 3 ) 3 = 2.95 × 10 − 6 m 3 , ρ = 5.97 × 10 24 2.95 × 10 − 6 = 2.0 × 10 30 k g / m 3 . V = \frac{4}{3}\pi (8.9\times10^{-3})^3 = 2.95\times10^{-6}\ \mathrm{m^3},
\qquad
\rho = \frac{5.97\times10^{24}}{2.95\times10^{-6}} = 2.0\times10^{30}\ \mathrm{kg/m^3} . V = 3 4 π ( 8.9 × 1 0 − 3 ) 3 = 2.95 × 1 0 − 6 m 3 , ρ = 2.95 × 1 0 − 6 5.97 × 1 0 24 = 2.0 × 1 0 30 kg/ m 3 . 原子核の密度の 10 13 10^{13} 1 0 13 倍です。命題 3.5 の ρ ∝ 1 / M 2 \rho \propto 1/M^2 ρ ∝ 1/ M 2 どおり、軽いブラックホールほど密度が高くなっています。太陽質量なら 例 3.6 のとおり 1.8 × 10 19 k g / m 3 1.8\times10^{19}\ \mathrm{kg/m^3} 1.8 × 1 0 19 kg/ m 3 でしたから、質量比 ( 1.99 × 10 30 / 5.97 × 10 24 ) 2 = 1.1 × 10 11 (1.99\times10^{30}/5.97\times10^{24})^2 = 1.1\times10^{11} ( 1.99 × 1 0 30 /5.97 × 1 0 24 ) 2 = 1.1 × 1 0 11 倍だけ地球のほうが密度が高い、と検算できます。
演習 8.2 標準
平均密度が水と同じ 1.0 × 10 3 k g / m 3 1.0\times10^{3}\ \mathrm{kg/m^3} 1.0 × 1 0 3 kg/ m 3 になるブラックホールの質量を、太陽質量を単位として求めよ。その質量は、いて座 A*(4.3 × 10 6 M ⊙ 4.3\times10^{6}\,M_\odot 4.3 × 1 0 6 M ⊙ )と M87*(6.5 × 10 9 M ⊙ 6.5\times10^{9}\,M_\odot 6.5 × 1 0 9 M ⊙ )のあいだにあるか。
解答 例 3.6 で求めたように、太陽質量のブラックホールの平均密度は ρ ⊙ = 1.8 × 10 19 k g / m 3 \rho_\odot = 1.8\times10^{19}\ \mathrm{kg/m^3} ρ ⊙ = 1.8 × 1 0 19 kg/ m 3 です。命題 3.5 より ρ ∝ 1 / M 2 \rho \propto 1/M^2 ρ ∝ 1/ M 2 なので、質量が M = N M ⊙ M = N M_\odot M = N M ⊙ のとき
ρ = 1.8 × 10 19 N 2 k g / m 3 . \rho = \frac{1.8\times10^{19}}{N^2}\ \mathrm{kg/m^3} . ρ = N 2 1.8 × 1 0 19 kg/ m 3 . これが 1.0 × 10 3 1.0\times10^{3} 1.0 × 1 0 3 に等しいとして
N 2 = 1.8 × 10 19 1.0 × 10 3 = 1.8 × 10 16 , N = 1.3 × 10 8 . N^2 = \frac{1.8\times10^{19}}{1.0\times10^{3}} = 1.8\times10^{16},
\qquad
N = 1.3\times10^{8} . N 2 = 1.0 × 1 0 3 1.8 × 1 0 19 = 1.8 × 1 0 16 , N = 1.3 × 1 0 8 . 太陽質量の約 1.3 1.3 1.3 億倍です。いて座 A* の 4.3 × 10 6 4.3\times10^{6} 4.3 × 1 0 6 より大きく、M87* の 6.5 × 10 9 6.5\times10^{9} 6.5 × 1 0 9 より小さいので、確かに両者のあいだにあります。実際、いて座 A* の平均密度は 1.8 × 10 19 / ( 4.3 × 10 6 ) 2 = 1.0 × 10 6 k g / m 3 1.8\times10^{19}/(4.3\times10^{6})^2 = 1.0\times10^{6}\ \mathrm{kg/m^3} 1.8 × 1 0 19 / ( 4.3 × 1 0 6 ) 2 = 1.0 × 1 0 6 kg/ m 3 (水の 1000 倍)、M87* は 例 3.6 のとおり 0.44 k g / m 3 0.44\ \mathrm{kg/m^3} 0.44 kg/ m 3 (空気より薄い)です。
演習 8.3 標準
いて座 A*(4.3 × 10 6 M ⊙ 4.3\times10^{6}\,M_\odot 4.3 × 1 0 6 M ⊙ )の事象の地平面を越えた探査機に残された固有時の最大値 τ max = π G M / c 3 \tau_{\max} = \pi GM/c^3 τ m a x = π GM / c 3 を秒単位で求めよ。また、その時間に光が真空中を進む距離を求め、いて座 A* のシュワルツシルト半径と比べよ。
解答 注意 4.3 のとおり G M ⊙ / c 3 = 4.93 × 10 − 6 s GM_\odot/c^3 = 4.93\times10^{-6}\ \mathrm{s} G M ⊙ / c 3 = 4.93 × 1 0 − 6 s です。したがって
τ max = π × 4.93 × 10 − 6 × 4.3 × 10 6 = 3.1416 × 21.2 = 66.6 s . \tau_{\max} = \pi \times 4.93\times10^{-6} \times 4.3\times10^{6} = 3.1416 \times 21.2 = 66.6\ \mathrm{s} . τ m a x = π × 4.93 × 1 0 − 6 × 4.3 × 1 0 6 = 3.1416 × 21.2 = 66.6 s . 約 67 67 67 秒、1 分ちょっとです。
この時間に光が進む距離は
c τ max = 2.998 × 10 8 × 66.6 = 2.0 × 10 10 m = 2.0 × 10 7 k m . c\,\tau_{\max} = 2.998\times10^{8} \times 66.6 = 2.0\times10^{10}\ \mathrm{m} = 2.0\times10^{7}\ \mathrm{km} . c τ m a x = 2.998 × 1 0 8 × 66.6 = 2.0 × 1 0 10 m = 2.0 × 1 0 7 km . いて座 A* のシュワルツシルト半径は 例 3.4 より 1.3 × 10 7 k m 1.3\times10^{7}\ \mathrm{km} 1.3 × 1 0 7 km ですから、その約 1.6 1.6 1.6 倍です。τ max = π G M / c 3 = ( π / 2 ) ( r s / c ) \tau_{\max} = \pi GM/c^3 = (\pi/2)(r_s/c) τ m a x = π GM / c 3 = ( π /2 ) ( r s / c ) という関係があるので、比は必ず π / 2 = 1.57 \pi/2 = 1.57 π /2 = 1.57 になります。地平面の内側を横断するのに、光が半径分を走る程度の時間しかかからない、と覚えておくとよいでしょう。
演習 8.4 難
ビッグバン直後に作られたブラックホールが、宇宙年齢 1.38 × 10 10 1.38\times10^{10} 1.38 × 1 0 10 年をかけてちょうどいま蒸発しきるとする。その初期質量を求めよ。ただし、太陽質量のブラックホールの蒸発時間が 2.1 × 10 67 2.1\times10^{67} 2.1 × 1 0 67 年であること(例 5.4 )と、命題 5.3 の比例関係を使ってよい。求めた質量のシュワルツシルト半径も計算し、陽子の直径 1.7 × 10 − 15 m 1.7\times10^{-15}\ \mathrm{m} 1.7 × 1 0 − 15 m と比べよ。
解答 命題 5.3 より t ev ∝ M 0 3 t_{\text{ev}} \propto M_0^3 t ev ∝ M 0 3 ですから、太陽質量の場合との比を取ると
1.38 × 10 10 2.1 × 10 67 = ( M 0 1.99 × 10 30 ) 3 . \frac{1.38\times10^{10}}{2.1\times10^{67}} = \left(\frac{M_0}{1.99\times10^{30}}\right)^3 . 2.1 × 1 0 67 1.38 × 1 0 10 = ( 1.99 × 1 0 30 M 0 ) 3 . 左辺は 6.57 × 10 − 58 6.57\times10^{-58} 6.57 × 1 0 − 58 です。3 乗根を取ります。指数を 3 の倍数に直すため 6.57 × 10 − 58 = 657 × 10 − 60 6.57\times10^{-58} = 657\times10^{-60} 6.57 × 1 0 − 58 = 657 × 1 0 − 60 と書き直すと
( 657 × 10 − 60 ) 1 / 3 = 657 1 / 3 × 10 − 20 = 8.69 × 10 − 20 . (657\times10^{-60})^{1/3} = 657^{1/3} \times 10^{-20} = 8.69\times10^{-20} . ( 657 × 1 0 − 60 ) 1/3 = 65 7 1/3 × 1 0 − 20 = 8.69 × 1 0 − 20 . したがって
M 0 = 1.99 × 10 30 × 8.69 × 10 − 20 = 1.7 × 10 11 k g . M_0 = 1.99\times10^{30} \times 8.69\times10^{-20} = 1.7\times10^{11}\ \mathrm{kg} . M 0 = 1.99 × 1 0 30 × 8.69 × 1 0 − 20 = 1.7 × 1 0 11 kg . 1.7 1.7 1.7 億トンほど、一辺 400 m 400\ \mathrm{m} 400 m 程度の岩塊の質量です。
シュワルツシルト半径は 命題 3.1 より
r s = 2 × 6.674 × 10 − 11 × 1.7 × 10 11 8.99 × 10 16 = 22.7 8.99 × 10 16 = 2.5 × 10 − 16 m . r_s = \frac{2 \times 6.674\times10^{-11} \times 1.7\times10^{11}}{8.99\times10^{16}} = \frac{22.7}{8.99\times10^{16}} = 2.5\times10^{-16}\ \mathrm{m} . r s = 8.99 × 1 0 16 2 × 6.674 × 1 0 − 11 × 1.7 × 1 0 11 = 8.99 × 1 0 16 22.7 = 2.5 × 1 0 − 16 m . 陽子の直径 1.7 × 10 − 15 m 1.7\times10^{-15}\ \mathrm{m} 1.7 × 1 0 − 15 m の約 1 / 7 1/7 1/7 です。山ひとつ分の質量が陽子より小さい領域に押し込まれている、という奇妙な天体になります。
なお 定義 5.1 でこの天体の温度を計算すると T H = 1.23 × 10 23 / 1.7 × 10 11 = 7 × 10 11 K T_H = 1.23\times10^{23}/1.7\times10^{11} = 7\times10^{11}\ \mathrm{K} T H = 1.23 × 1 0 23 /1.7 × 1 0 11 = 7 × 1 0 11 K で、放射はガンマ線になります。原始ブラックホールの最期はガンマ線バーストとして見えるはずだ、というのがこの手の探索の基本的な考え方です。
佐藤文隆・原哲也『一般相対性理論』岩波書店、2000 — シュワルツシルト解と事象の地平面の標準的な導出。
キップ・ソーン『ブラックホールと時空の歪み』林一・塚原周信 訳、白揚社、1997 — ブラックホール研究の歴史とワームホールの章。一般向けだが内容は本格的。
S. W. Hawking, “Black hole explosions?”, Nature 248 (1974), 30–31. DOI: 10.1038/248030a0 — ホーキング放射の原論文。
M. S. Morris and K. S. Thorne, “Wormholes in spacetime and their use for interstellar travel: A tool for teaching general relativity”, American Journal of Physics 56 (1988), 395–412. DOI: 10.1119/1.15620 — 通過可能ワームホールと負エネルギーの必要性。
C. W. Misner, K. S. Thorne, J. A. Wheeler, Gravitation , Princeton University Press, 2017 (原著 1973) — 第 31 章にシュワルツシルト・ワームホールが通り抜け不能であることの議論がある。
Event Horizon Telescope Collaboration, “First M87 Event Horizon Telescope Results. I. The Shadow of the Supermassive Black Hole”, The Astrophysical Journal Letters 875 (2019), L1. DOI: 10.3847/2041-8213/ab0ec7 — 影の角径の測定値。
本文の話がどこから来ているのかを、式の形で確認しておきます。 一般相対性理論では、時空の 2 点の「隔たり」を測る規則(計量)が重力そのものです。質量 M M M の球対称な天体の外側では、それは次の形になります。
d s 2 = − ( 1 − r s r ) c 2 d t 2 + d r 2 1 − r s / r + r 2 ( d θ 2 + sin 2 θ d φ 2 ) , r s = 2 G M c 2 . ds^2 = -\left(1 - \frac{r_s}{r}\right)c^2\,dt^2 + \frac{dr^2}{1 - r_s/r} + r^2\left(d\theta^2 + \sin^2\theta\, d\varphi^2\right),
\qquad r_s = \frac{2GM}{c^2} . d s 2 = − ( 1 − r r s ) c 2 d t 2 + 1 − r s / r d r 2 + r 2 ( d θ 2 + sin 2 θ d φ 2 ) , r s = c 2 2 GM .
t t t は遠方の観測者の時計、r r r は「その半径の球の面積が 4 π r 2 4\pi r^2 4 π r 2 になるように決めた」座標です。
時間の遅れは第 1 項から読めます。 半径 r r r の位置に静止している時計(d r = d θ = d φ = 0 dr = d\theta = d\varphi = 0 d r = d θ = d φ = 0 )では d s 2 = − ( 1 − r s / r ) c 2 d t 2 ds^2 = -(1 - r_s/r)c^2 dt^2 d s 2 = − ( 1 − r s / r ) c 2 d t 2 なので、その時計が刻む固有時 τ \tau τ は
d τ = 1 − r s r d t d\tau = \sqrt{1 - \frac{r_s}{r}}\; dt d τ = 1 − r r s d t
となります。遠方の d t dt d t に比べて d τ d\tau d τ は小さい。つまり重力が強い場所では時間がゆっくり進みます。そこから放たれた光の振動数も同じ因子だけ下がるので、これが 注意 4.4 で使った赤方偏移の式です。r → r s r \to r_s r → r s で因子は 0 0 0 になり、外の観測者から見て「時間が止まる」ように見えます。
r = r s r = r_s r = r s で第 2 項の分母が 0 0 0 になりますが、これは時空が壊れているのではありません。 座標の取り方が悪いだけで、クルスカル座標などに移れば r = r s r = r_s r = r s は何事もない滑らかな面になります。実際、そこでの潮汐力は 命題 4.1 のとおり有限です。本当に発散するのは r = 0 r = 0 r = 0 で、そちらは座標をどう取り替えても消えません。
内側で何が起こるかは、符号を見れば分かります。 r < r s r < r_s r < r s では 1 − r s / r 1 - r_s/r 1 − r s / r が負になるので、d t 2 dt^2 d t 2 の係数が正に、d r 2 dr^2 d r 2 の係数が負になります。つまり t t t と r r r の役割が入れ替わり、r r r が時間のような座標になるのです。時間を止められないのと同じ意味で、r r r が減るのを止めることはできません。中心へ向かうことが「未来へ進む」ことと同じになる。これが、事象の地平面の内側から出られないことの、いちばん正確な言い方です。
「なぜ光は出られないのか」という問いに対して、ニュートン流の答えは「重力が強すぎて引き戻されるから」でした。相対論の答えはまったく違います。出られないのは、外向きの方向が未来のなかに存在しなくなるからです。