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グランドカノニカル集団:粒子数を手放して化学ポテンシャルを握る

対象読者: 本テーマ第 1〜4 章の熱力学・ミクロカノニカル集団・カノニカル集団(分配関数・自由エネルギー)を学んだ人。化学ポテンシャルは熱力学の復習から入るので既知とは仮定しません。

前提となる記事:カノニカル集団:ボルツマン因子と分配関数から熱力学を組み立てる

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容器の中の気体のほんの一角だけを眺めると、そこにいる分子の数は、分子が出入りするせいで刻々と変わります。粒子の数が決まっていないとき、その小さな領域の状態はどんな確率で現れるのでしょうか。この記事は、まわりの大きな気体と粒子もエネルギーもやりとりする小さな系の確率を求め、そこから圧力や粒子数のゆらぎを計算する方法を述べます。読み終えると、吸着する分子の数や、量子の粒子の占有数を、数式 1 本から出せるようになります。

  • 粒子数 NN とエネルギー EE の両方を交換できる系は、温度 TT・体積 VV・化学ポテンシャル μ\mu で指定されます。この設定に対応する確率分布がグランドカノニカル分布 pi∝e−β(Ei−μNi)p_i \propto e^{-\beta(E_i - \mu N_i)} です。
  • 規格化定数が大分配関数 Ξ(T,V,μ)=∑NeβμNZN(T,V)\Xi(T,V,\mu) = \sum_N e^{\beta\mu N} Z_N(T,V) で、これはカノニカル分配関数 ZNZ_N をフガシティー z=eβμz = e^{\beta\mu}(粒子を 1 個増やすときに掛かる重み)の母関数(数列を一つの関数の係数としてまとめたもの)にまとめたものです。
  • 対応する熱力学ポテンシャルはグランドポテンシャル J=−kBTln⁡ΞJ = -k_B T \ln \Xi で、J=U−TS−μNJ = U - TS - \mu N、dJ=−S dT−p dV−N dμdJ = -S\,dT - p\,dV - N\,d\mu、そして加法的な系では J=−pVJ = -pV、すなわち pV=kBTln⁡ΞpV = k_B T \ln \Xi が成り立ちます。
  • 粒子数のゆらぎは ⟨ΔN2⟩=kBT (∂⟨N⟩/∂μ)T,V\langle \Delta N^2\rangle = k_B T\,(\partial \langle N\rangle/\partial\mu)_{T,V} で与えられ、相対ゆらぎは N−1/2N^{-1/2} で消えます。これがカノニカル集団との同等性の根拠です。
  • 化学ポテンシャルは「粒子を 1 個増やすときのコスト」であり、粒子は μ\mu の高い側から低い側へ流れます。理想気体では μ=kBTln⁡(nλ3)\mu = k_B T\ln(n\lambda^3) で、常温常圧では負の値をとります。
  • 量子統計(ボース分布・フェルミ分布)は、この集団を使ってはじめて 1 行で導けます。カノニカル集団では ∑knk=N\sum_k n_k = N という拘束が邪魔をします。

1. 動機:粒子数が動く系をどう扱うか

Section titled “1. 動機:粒子数が動く系をどう扱うか”

これまでに 2 つの集団を扱いました。孤立系を記述するミクロカノニカル集団は (N,V,E)(N, V, E) を固定し、熱浴と接した系を記述するカノニカル集団は (N,V,T)(N, V, T) を固定します。後者は前者からエネルギーの固定を外し、代わりに強度変数である温度を固定したものでした。

しかし現実の系では、粒子数もしばしば固定されていません。いくつか例を挙げます。

  • 容器の中の気体の、ある一角を「系」とみなす。仕切りがないのですから、分子は自由に出入りします。
  • 金属表面に気体分子が吸着する。表面のサイトから見れば、粒子は気相との間を往復します。
  • 溶液中の化学反応 A+B⇌C\mathrm{A} + \mathrm{B} \rightleftharpoons \mathrm{C}。各化学種の分子数は反応によって変化します。
  • 半導体中の伝導電子。電子は不純物準位や電極との間で交換されます。
  • 光子気体。光子は壁に吸収・放出され、そもそも数が保存しません。

これらを NN 固定の集団で扱おうとすると苦しくなります。それだけではありません。計算技術としても 粒子数を固定しないほうが圧倒的に楽になる場面があります。理想量子気体を考えてみてください。1 粒子準位 ϵ1,ϵ2,…\epsilon_1, \epsilon_2, \ldots の占有数を n1,n2,…n_1, n_2, \ldots とすると、カノニカル分配関数は

ZN=∑{nk}′exp⁡(−β∑knkϵk),ただし ∑knk=NZ_N = \sum_{\{n_k\}}{}' \exp\Big(-\beta \sum_k n_k \epsilon_k\Big), \qquad \text{ただし } \sum_k n_k = N

です。プライムの付いた和は ∑knk=N\sum_k n_k = N を満たす配置に限る、という意味です。この拘束のせいで和は準位ごとに分解できず、ZNZ_N は初等的には計算できません。ところが NN を固定するのをやめ、代わりに μ\mu を固定すると、拘束が消えて和が準位ごとの積に分解します。第 6 章の量子統計はこの一点に依存しています。

つまりグランドカノニカル集団は、物理的な必要(開いた系)と技術的な必要(拘束の除去)の両方から要請されるものです。構造としては、カノニカル集団を作ったのと同じ手続き——示量変数の固定を外し、共役な強度変数を固定する——をもう一度繰り返すだけです。

3 つの集団の関係。固定する変数を示量変数から共役な強度変数へ移すたびに、熱力学ポテンシャルはルジャンドル変換で移り変わる

2. 準備:カノニカル集団と化学ポテンシャル

Section titled “2. 準備:カノニカル集団と化学ポテンシャル”

系が温度 TT の熱浴と接し、粒子数 NN が固定されているとき、系がミクロ状態 ii(エネルギー EiE_i)にある確率は

pi=e−βEiZN(T,V),ZN(T,V)=∑i∈ΓNe−βEi,β=1kBTp_i = \frac{e^{-\beta E_i}}{Z_N(T,V)}, \qquad Z_N(T,V) = \sum_{i \in \Gamma_N} e^{-\beta E_i}, \qquad \beta = \frac{1}{k_B T}

でした(定理 3.2[カノニカル集団])。ΓN\Gamma_N は粒子数 NN のミクロ状態全体の集合です。ヘルムホルツ自由エネルギーは F(T,V,N)=−kBTln⁡ZNF(T,V,N) = -k_B T \ln Z_N で(定理 5.1[カノニカル集団])、dF=−S dT−p dV+μ dNdF = -S\,dT - p\,dV + \mu\,dN が成り立ちます。以下、Z0=1Z_0 = 1(粒子が 1 個もない状態が 1 つだけある)と約束します。

定義 2.1(化学ポテンシャル)↗

熱力学の基本関係式

dU=T dS−p dV+μ dNdU = T\,dS - p\,dV + \mu\,dN

に現れる係数 μ\mu を化学ポテンシャルと呼びます。すなわち

μ=(∂U∂N)S,V=(∂F∂N)T,V=(∂G∂N)T,p=− T(∂S∂N)U,V\mu = \left(\frac{\partial U}{\partial N}\right)_{S,V} = \left(\frac{\partial F}{\partial N}\right)_{T,V} = \left(\frac{\partial G}{\partial N}\right)_{T,p} = -\,T\left(\frac{\partial S}{\partial N}\right)_{U,V}

です。ここで F=U−TSF = U - TS、G=U−TS+pVG = U - TS + pV です。単位は「1 粒子あたりのエネルギー」で、化学の慣習に合わせて 1 モルあたりで測ることもあります(その場合は kBk_B が気体定数 RR に置き換わります)。

4 つの表式が同じ μ\mu を与えることは、基本関係式を各ポテンシャルの自然な変数で書き直せば読み取れます。例えば dF=dU−T dS−S dT=−S dT−p dV+μ dNdF = dU - T\,dS - S\,dT = -S\,dT - p\,dV + \mu\,dN なので、T,VT, V を固定して NN で偏微分すれば μ\mu が出ます。詳しくは自由エネルギーと熱力学ポテンシャルの全微分の一覧(命題 4.2[自由エネルギーと熱力学ポテンシャル])を参照してください。

最後の表式 μ=−T(∂S/∂N)U,V\mu = -T(\partial S/\partial N)_{U,V} は、この記事の導出で直接使います。基本関係式を dS=1TdU+pTdV−μTdNdS = \frac{1}{T}dU + \frac{p}{T}dV - \frac{\mu}{T}dN と書き直せば読み取れます。統計力学の側から見れば、これはミクロカノニカル集団でエントロピーの偏微分として温度・圧力と一緒に定義された量(定義 4.5[ミクロカノニカル集団])にほかなりません。

3. グランドカノニカル分布の導出

Section titled “3. グランドカノニカル分布の導出”

着目する系 S を、はるかに大きい「浴」 R に接触させます。S と R の間ではエネルギーと粒子の両方をやりとりでき、合わせた全体 S + R は孤立しているとします。全エネルギー EtotE_{\mathrm{tot}} と全粒子数 NtotN_{\mathrm{tot}} は一定です。S と R の相互作用エネルギーは、界面の効果として体積に比べて無視できるものとします(短距離力の系では妥当です)。

孤立系 S + R:E_tot, N_tot 一定系 SE_i, N_i は変動体積 V は固定浴 R温度 T化学ポテンシャル μエネルギー粒子
系 S と粒子浴 R。エネルギーと粒子の両方を交換し、全体は孤立している

全体は孤立系ですから、ミクロカノニカル集団の等重率の原理(公理 3.1)[ミクロカノニカル集団]が使えます。すなわち、全体の許されるミクロ状態はすべて等確率です。したがって S が特定のミクロ状態 ii(エネルギー EiE_i、粒子数 NiN_i)にある確率は、そのとき浴が取りうる状態数に比例します。

pi  ∝  ΩR(Etot−Ei,  Ntot−Ni)p_i \;\propto\; \Omega_R\big(E_{\mathrm{tot}} - E_i,\; N_{\mathrm{tot}} - N_i\big)

右辺を評価するために、浴のエントロピー SR=kBln⁡ΩRS_R = k_B \ln \Omega_R を展開します。

次の補題のねらいは、浴が系に比べてずっと大きいので、系が少しのエネルギーと粒子を取っても浴のエントロピーは直線的にしか変わらない、と確かめることです。この直線の傾きが 1/T1/T と −μ/T-\mu/T であり、確率が指数関数になる理由はここにあります。証明は、テイラー展開の 1 階の項が欲しい形を与え、2 階以降の項は浴の大きさで割られて消える、という順に進みます。

補題 3.1(粒子浴の一次展開)✓

浴 R が NRN_R 個の粒子からなり、そのエントロピーが示量性

SR(E,N)=NR σ ⁣(ENR,NNR)S_R(E, N) = N_R\,\sigma\!\left(\frac{E}{N_R}, \frac{N}{N_R}\right)

を満たすとする。ここで σ\sigma は着目する点の近傍で 2 回連続微分可能で、σ\sigma とその 1 階・2 階偏導関数はその近傍で有界とする。浴の温度と化学ポテンシャルを

1T=(∂SR∂E)N,−μT=(∂SR∂N)E\frac{1}{T} = \left(\frac{\partial S_R}{\partial E}\right)_{N}, \qquad -\frac{\mu}{T} = \left(\frac{\partial S_R}{\partial N}\right)_{E}

で定義する(いずれも点 (Etot,Ntot)(E_{\mathrm{tot}}, N_{\mathrm{tot}}) で評価する)。このとき、Ei,NiE_i, N_i を固定して NR→∞N_R \to \infty とすると

ln⁡ΩR(Etot−Ei, Ntot−Ni)=ln⁡ΩR(Etot, Ntot)−β (Ei−μNi)+O(NR−1)\ln \Omega_R(E_{\mathrm{tot}} - E_i,\, N_{\mathrm{tot}} - N_i) = \ln \Omega_R(E_{\mathrm{tot}},\, N_{\mathrm{tot}}) - \beta\,(E_i - \mu N_i) + O(N_R^{-1})

が成り立つ。

証明(補題 3.1)

f(E,N)=SR(E,N)/kB=ln⁡ΩR(E,N)f(E,N) = S_R(E,N)/k_B = \ln \Omega_R(E,N) とおきます。2 変数のテイラーの定理(剰余項をラグランジュ形で書いたもの)により、ある θ∈(0,1)\theta \in (0,1) が存在して

f(Etot−Ei, Ntot−Ni)=f(Etot,Ntot)−Ei ∂Ef−Ni ∂Nf+12(Ei2 ∂E2f+2EiNi ∂E∂Nf+Ni2 ∂N2f)∣∗\begin{aligned} f(E_{\mathrm{tot}} - E_i,\, N_{\mathrm{tot}} - N_i) &= f(E_{\mathrm{tot}}, N_{\mathrm{tot}}) - E_i\,\partial_E f - N_i\,\partial_N f \\ &\quad + \tfrac{1}{2}\Big( E_i^2\,\partial_E^2 f + 2E_iN_i\,\partial_E\partial_N f + N_i^2\,\partial_N^2 f \Big)\Big|_{\ast} \end{aligned}

と書けます。ここで 1 階微分は (Etot,Ntot)(E_{\mathrm{tot}}, N_{\mathrm{tot}}) で、2 階微分は中間点 ∗=(Etot−θEi, Ntot−θNi)\ast = (E_{\mathrm{tot}} - \theta E_i,\, N_{\mathrm{tot}} - \theta N_i) で評価します。

1 階の項。 定義 2.1 の直後で見たとおり ∂ESR=1/T\partial_E S_R = 1/T、∂NSR=−μ/T\partial_N S_R = -\mu/T なので、∂Ef=β\partial_E f = \beta、∂Nf=−βμ\partial_N f = -\beta\mu です。したがってこれらの項は −βEi+βμNi=−β(Ei−μNi)-\beta E_i + \beta \mu N_i = -\beta(E_i - \mu N_i) を与えます。

2 階の項。 仮定した示量性から、u=E/NRu = E/N_R、ν=N/NR\nu = N/N_R とおくと f=(NR/kB) σ(u,ν)f = (N_R/k_B)\,\sigma(u,\nu) であり、連鎖律で

∂E2f=NRkB⋅1NR2 ∂u2σ=1kBNR ∂u2σ\partial_E^2 f = \frac{N_R}{k_B}\cdot\frac{1}{N_R^2}\,\partial_u^2\sigma = \frac{1}{k_B N_R}\,\partial_u^2 \sigma

となります。∂E∂Nf\partial_E\partial_N f、∂N2f\partial_N^2 f も同様に 1/NR1/N_R の因子を持ちます。仮定により ∂2σ\partial^2\sigma は有界ですから、2 階の項全体は Ei,NiE_i, N_i を固定したまま NR→∞N_R\to\infty とすると O(NR−1)O(N_R^{-1}) です。以上で主張が従います。

この補題が「浴は十分大きい」という言葉の中身です。1 階までで打ち切ってよい理由は、2 階微分が浴の大きさに反比例して小さくなることにあります。逆に言えば、浴が小さければこの展開は正当化されず、分布は指数型になりません。

浴のエントロピーE_i0接線(傾き −1/T)実際の曲線
浴のエントロピー(縦軸)を、系が取るエネルギー E_i(横軸)の関数として描いた模式図。原点の接線(破線)が 1 階の近似で、曲線との差が 2 階以降の項。系が取る量は浴全体に比べて小さいので、原点のごく近くだけが使われ、そこでは両者はほとんど重なる

定理 3.2(グランドカノニカル分布)✓

補題 3.1 の仮定の下で、NR→∞N_R \to \infty の極限において、系 S がミクロ状態 ii(エネルギー EiE_i、粒子数 NiN_i)にある確率は

pi=1Ξ e−β(Ei−μNi),Ξ=∑ie−β(Ei−μNi)p_i = \frac{1}{\Xi}\,e^{-\beta(E_i - \mu N_i)}, \qquad \Xi = \sum_{i} e^{-\beta(E_i - \mu N_i)}

で与えられる。ここで和は S のすべてのミクロ状態(あらゆる粒子数のものを含む)にわたる。

証明(定理 3.2)

等重率の原理から pi=ΩR(Etot−Ei,Ntot−Ni)/Ωtotp_i = \Omega_R(E_{\mathrm{tot}} - E_i, N_{\mathrm{tot}} - N_i) / \Omega_{\mathrm{tot}} です。Ωtot\Omega_{\mathrm{tot}} は全体の状態数で、ii に依りません。補題 3.1 の両辺の指数をとると

ΩR(Etot−Ei,Ntot−Ni)=ΩR(Etot,Ntot) e−β(Ei−μNi) (1+O(NR−1))\Omega_R(E_{\mathrm{tot}} - E_i, N_{\mathrm{tot}} - N_i) = \Omega_R(E_{\mathrm{tot}}, N_{\mathrm{tot}})\, e^{-\beta(E_i - \mu N_i)}\,\big(1 + O(N_R^{-1})\big)

です。したがって NR→∞N_R\to\infty で pi∝e−β(Ei−μNi)p_i \propto e^{-\beta(E_i-\mu N_i)} となり、比例定数は ∑ipi=1\sum_i p_i = 1 から定まって 1/Ξ1/\Xi です。

注意 3.3(最大エントロピー原理からの見方)

同じ分布は、情報論的な変分問題からも出ます。シャノン=ギブスのエントロピー S=−kB∑ipiln⁡piS = -k_B\sum_i p_i \ln p_i を、3 つの制約 ∑ipi=1\sum_i p_i = 1、∑ipiEi=Eˉ\sum_i p_i E_i = \bar{E}、∑ipiNi=Nˉ\sum_i p_i N_i = \bar{N} の下で最大化してみます。ラグランジュ乗数を λ0,λ1,λ2\lambda_0, \lambda_1, \lambda_2 として

∂∂pi[−kB∑jpjln⁡pj−λ0∑jpj−λ1∑jpjEj−λ2∑jpjNj]=0\frac{\partial}{\partial p_i}\Big[-k_B\sum_j p_j\ln p_j - \lambda_0\sum_j p_j - \lambda_1 \sum_j p_j E_j - \lambda_2\sum_j p_j N_j\Big] = 0

を解くと −kB(ln⁡pi+1)−λ0−λ1Ei−λ2Ni=0-k_B(\ln p_i + 1) - \lambda_0 - \lambda_1 E_i - \lambda_2 N_i = 0、すなわち pi∝e−(λ1Ei+λ2Ni)/kBp_i \propto e^{-(\lambda_1 E_i + \lambda_2 N_i)/k_B} です。λ1=kBβ\lambda_1 = k_B\beta、λ2=−kBβμ\lambda_2 = -k_B\beta\mu と読み替えれば 定理 3.2 の分布に一致します。物理的導出と情報論的導出が同じ答えを与えるのは、統計力学の枠組みの整合性を示す事実です。

4. 大分配関数とグランドポテンシャル

Section titled “4. 大分配関数とグランドポテンシャル”

定義 4.1(大分配関数とフガシティー)↗

温度 TT、体積 VV、化学ポテンシャル μ\mu の系に対し

Ξ(T,V,μ)  =  ∑ie−β(Ei−μNi)  =  ∑N=0∞eβμN∑i∈ΓNe−βEi  =  ∑N=0∞zNZN(T,V)\Xi(T,V,\mu) \;=\; \sum_{i} e^{-\beta(E_i - \mu N_i)} \;=\; \sum_{N=0}^{\infty} e^{\beta\mu N} \sum_{i\in\Gamma_N} e^{-\beta E_i} \;=\; \sum_{N=0}^{\infty} z^{N} Z_N(T,V)

を大分配関数(grand partition function)と呼びます。z=eβμz = e^{\beta\mu} をフガシティー(絶対活動度)と呼びます。Ξ\Xi の代わりに ZGZ_G や Z\mathcal{Z} と書く文献もあります。

2 番目の等号では、ミクロ状態の集合を粒子数ごとに分類し直しただけです。この式は重要なので言い換えておきます。大分配関数は、カノニカル分配関数の列 {ZN}\{Z_N\} をフガシティー zz に関する母関数にまとめたものです。zNz^N の係数を取り出せば ZNZ_N が戻ります。母関数にすると和が積に分解することがあり、そこに計算上の利得が生まれます。

粒子数の確率分布は、この表式から直ちに読めます。

P(N)  =  ∑i∈ΓNpi  =  zNZN(T,V)Ξ(T,V,μ)P(N) \;=\; \sum_{i\in\Gamma_N} p_i \;=\; \frac{z^N Z_N(T,V)}{\Xi(T,V,\mu)}

定義 4.2(グランドポテンシャル)↗

J(T,V,μ)  =  −kBTln⁡Ξ(T,V,μ)J(T,V,\mu) \;=\; -k_B T \ln \Xi(T,V,\mu)

をグランドポテンシャルと呼びます。文献によっては Ω\Omega や ΦG\Phi_G と書きますが、この記事では状態数 Ω\Omega と紛らわしいので JJ を使います。

ミクロカノニカルで S=kBln⁡ΩS = k_B\ln\Omega、カノニカルで F=−kBTln⁡ZF = -k_BT\ln Z だったのと同じ位置にある量です。以下、これが確かに熱力学ポテンシャルとして働くことを確かめます。まず期待値の表式を作ります。Ξ\Xi を μ\mu で偏微分すると(T,VT, V 固定)

(∂Ξ∂μ)T,V=∑iβNi e−β(Ei−μNi)=β Ξ ⟨N⟩\left(\frac{\partial \Xi}{\partial \mu}\right)_{T,V} = \sum_i \beta N_i\, e^{-\beta(E_i - \mu N_i)} = \beta\, \Xi\,\langle N\rangle

なので、

⟨N⟩=1β(∂ln⁡Ξ∂μ)T,V=−(∂J∂μ)T,V\langle N \rangle = \frac{1}{\beta}\left(\frac{\partial \ln\Xi}{\partial \mu}\right)_{T,V} = -\left(\frac{\partial J}{\partial \mu}\right)_{T,V}

を得ます。ここで ⟨⋅⟩\langle \cdot \rangle はグランドカノニカル分布による平均です。以下では NN と書けば ⟨N⟩\langle N\rangle を、UU と書けば ⟨E⟩\langle E\rangle を意味することにします。

命題 4.3(グランドポテンシャルの熱力学的表式)✓

グランドカノニカル分布に対し、統計力学的エントロピーを S=−kB∑ipiln⁡piS = -k_B\sum_i p_i \ln p_i、内部エネルギーを U=⟨E⟩U = \langle E\rangle、粒子数を N=⟨N⟩N = \langle N\rangle と定義すると、恒等式

J  =  −kBTln⁡Ξ  =  U−TS−μNJ \;=\; -k_BT\ln\Xi \;=\; U - TS - \mu N

が成り立つ。

証明(命題 4.3)

定理 3.2 の分布の対数をとると

ln⁡pi=−β(Ei−μNi)−ln⁡Ξ\ln p_i = -\beta(E_i - \mu N_i) - \ln \Xi

です。これを S=−kB∑ipiln⁡piS = -k_B\sum_i p_i\ln p_i に代入します。∑ipi=1\sum_i p_i = 1 と、∑ipiEi=U\sum_i p_i E_i = U、∑ipiNi=N\sum_i p_i N_i = N を使うと

S=−kB∑ipi[−β(Ei−μNi)−ln⁡Ξ]=kBβ (U−μN)+kBln⁡Ξ=U−μNT+kBln⁡ΞS = -k_B\sum_i p_i\Big[-\beta(E_i-\mu N_i) - \ln\Xi\Big] = k_B\beta\,(U - \mu N) + k_B \ln\Xi = \frac{U - \mu N}{T} + k_B\ln\Xi

となります。両辺に TT を掛けて整理すると −kBTln⁡Ξ=U−TS−μN-k_BT\ln\Xi = U - TS - \mu N、すなわち J=U−TS−μNJ = U - TS - \mu N です。

F=U−TSF = U - TS を思い出すと J=F−μNJ = F - \mu N と書けます。これは F(T,V,N)F(T,V,N) の NN に関するルジャンドル変換にほかなりません。補題 3.1 から出発した確率論的な話が、熱力学のルジャンドル変換にきちんと着地したわけです。

定理 4.4(グランドポテンシャルの全微分)✓

系のミクロ状態のエネルギー EiE_i が体積 VV に滑らかに依存し、圧力をミクロには −∂Ei/∂V-\partial E_i/\partial V、マクロにはその平均 p=⟨−∂Ei/∂V⟩p = \langle -\partial E_i/\partial V\rangle で定義する。このとき J(T,V,μ)=−kBTln⁡ΞJ(T,V,\mu) = -k_BT\ln\Xi について

(∂J∂T)V,μ=−S,(∂J∂V)T,μ=−p,(∂J∂μ)T,V=−N\left(\frac{\partial J}{\partial T}\right)_{V,\mu} = -S, \qquad \left(\frac{\partial J}{\partial V}\right)_{T,\mu} = -p, \qquad \left(\frac{\partial J}{\partial \mu}\right)_{T,V} = -N

が成り立つ。すなわち dJ=−S dT−p dV−N dμdJ = -S\,dT - p\,dV - N\,d\mu である。

証明(定理 4.4)

3 番目の式はすでに示しました(⟨N⟩\langle N\rangle の表式)。

体積微分。 EiE_i だけが VV に依存するので

(∂ln⁡Ξ∂V)T,μ=1Ξ∑i(−β∂Ei∂V)e−β(Ei−μNi)=β⟨−∂Ei∂V⟩=βp\left(\frac{\partial \ln\Xi}{\partial V}\right)_{T,\mu} = \frac{1}{\Xi}\sum_i \left(-\beta\frac{\partial E_i}{\partial V}\right)e^{-\beta(E_i-\mu N_i)} = \beta\left\langle -\frac{\partial E_i}{\partial V}\right\rangle = \beta p

です。よって (∂J/∂V)T,μ=−kBT⋅βp=−p(\partial J/\partial V)_{T,\mu} = -k_BT\cdot \beta p = -p となります。

温度微分。 μ\mu を固定したまま TT で微分します。Ξ\Xi の TT 依存性は β\beta を通じてのみ現れ、dβ/dT=−1/(kBT2)d\beta/dT = -1/(k_BT^2) です。まず

(∂ln⁡Ξ∂β)μ,V=1Ξ∑i[−(Ei−μNi)]e−β(Ei−μNi)=−(U−μN)\left(\frac{\partial \ln\Xi}{\partial \beta}\right)_{\mu,V} = \frac{1}{\Xi}\sum_i \big[-(E_i - \mu N_i)\big] e^{-\beta(E_i-\mu N_i)} = -(U - \mu N)

に注意します。したがって

(∂J∂T)V,μ=−kBln⁡Ξ−kBT⋅(∂ln⁡Ξ∂β)μ,V⋅dβdT=−kBln⁡Ξ−kBT⋅(−(U−μN))⋅(−1kBT2)\left(\frac{\partial J}{\partial T}\right)_{V,\mu} = -k_B\ln\Xi - k_BT\cdot\left(\frac{\partial \ln\Xi}{\partial\beta}\right)_{\mu,V}\cdot\frac{d\beta}{dT} = -k_B\ln\Xi - k_BT\cdot\big(-(U-\mu N)\big)\cdot\left(-\frac{1}{k_BT^2}\right)

すなわち (∂J/∂T)V,μ=−kBln⁡Ξ−(U−μN)/T(\partial J/\partial T)_{V,\mu} = -k_B\ln\Xi - (U-\mu N)/T です。ここで 命題 4.3 の証明中に得た S=(U−μN)/T+kBln⁡ΞS = (U-\mu N)/T + k_B\ln\Xi を見比べると、右辺はちょうど −S-S に等しいことがわかります。

4.3. pV=kBTln⁡ΞpV = k_BT\ln\Xi

Section titled “4.3. pV=kBTln⁡ΞpV = k_BT\ln\XipV=kB​TlnΞ”

系 4.5(グランドポテンシャルと圧力)✓

系が加法的で、表面効果が無視でき、J(T,V,μ)J(T,V,\mu) が VV について 1 次同次(すなわち任意の λ>0\lambda > 0 に対し J(T,λV,μ)=λJ(T,V,μ)J(T,\lambda V,\mu) = \lambda J(T,V,\mu))であるとする。このとき

J(T,V,μ)=−p(T,μ) V,すなわちpV=kBTln⁡Ξ(T,V,μ)J(T,V,\mu) = -p(T,\mu)\,V, \qquad \text{すなわち}\qquad pV = k_B T \ln \Xi(T,V,\mu)

が成り立つ。

証明(系 4.5)

1 次同次性から、j(T,μ):=J(T,1,μ)j(T,\mu) := J(T,1,\mu) とおけば J(T,V,μ)=V j(T,μ)J(T,V,\mu) = V\,j(T,\mu) と書けます。実際、λ=V\lambda = V とすれば J(T,V,μ)=VJ(T,1,μ)J(T,V,\mu) = V J(T,1,\mu) です。これを VV で偏微分すると (∂J/∂V)T,μ=j(T,μ)(\partial J/\partial V)_{T,\mu} = j(T,\mu) となり、定理 4.4 によりこれは −p-p に等しいので j=−pj = -p です。よって J=−pVJ = -pV、つまり −kBTln⁡Ξ=−pV-k_BT\ln\Xi = -pV を得ます。

同次性の根拠は次のとおりです。JJ の自然な変数 (T,V,μ)(T, V, \mu) のうち示量変数は VV だけで、TT と μ\mu は強度変数です。系を 2 倍にしても T,μT, \mu は変わらず VV だけが 2 倍になるので、示量量である JJ も 2 倍になります。これは表面の寄与が体積の寄与に比べて無視できる場合の話で、微小系やクーロン系など長距離力が効く系では成り立ちません。

系 4.5 は実用上きわめて強力です。Ξ\Xi を計算しさえすれば、状態方程式が 微分をとらずに 出てくるからです。

例 4.6(古典理想気体の大分配関数)

質量 mm の同種粒子 NN 個からなる単原子理想気体を考えます。カノニカル分配関数は

ZN(T,V)=1N!(Vλ3)N,λ=h2πmkBTZ_N(T,V) = \frac{1}{N!}\left(\frac{V}{\lambda^3}\right)^{N}, \qquad \lambda = \frac{h}{\sqrt{2\pi m k_B T}}

でした(例 7.4[カノニカル集団]。λ\lambda は熱的ド・ブロイ波長、1/N!1/N! は同種粒子の数え過ぎを補正するギブス因子)。定義 4.1 に代入すると、指数関数のテイラー級数がそのまま現れます。

Ξ=∑N=0∞1N!(zVλ3)N=exp⁡ ⁣(zVλ3)\Xi = \sum_{N=0}^{\infty} \frac{1}{N!}\left(\frac{zV}{\lambda^3}\right)^{N} = \exp\!\left(\frac{zV}{\lambda^3}\right)

したがって ln⁡Ξ=zV/λ3\ln\Xi = zV/\lambda^3 です。粒子数の平均は

⟨N⟩=1β(∂ln⁡Ξ∂μ)T,V=1β⋅Vλ3⋅∂eβμ∂μ=zVλ3\langle N\rangle = \frac{1}{\beta}\left(\frac{\partial \ln \Xi}{\partial\mu}\right)_{T,V} = \frac{1}{\beta}\cdot \frac{V}{\lambda^3}\cdot \frac{\partial e^{\beta\mu}}{\partial \mu} = \frac{zV}{\lambda^3}

となり、ちょうど ln⁡Ξ\ln\Xi に一致します。一方 系 4.5 より pV=kBTln⁡Ξ=kBT ⟨N⟩pV = k_BT\ln\Xi = k_BT\,\langle N\rangle、すなわち

pV=⟨N⟩kBTpV = \langle N\rangle k_B T

です。理想気体の状態方程式が、微分を 1 回も使わずに出ました。またフガシティーを数密度 n=⟨N⟩/Vn = \langle N\rangle/V で表すと z=nλ3z = n\lambda^3 なので

μ=kBTln⁡ ⁣(nλ3)\mu = k_B T \ln\!\big(n\lambda^3\big)

を得ます。さらに粒子数分布は P(N)=zNZN/Ξ=e−NˉNˉN/N!P(N) = z^NZ_N/\Xi = e^{-\bar N}\bar N^N/N!(Nˉ=zV/λ3\bar N = zV/\lambda^3)となり、ポアソン分布です。理想気体で粒子が互いに独立に容器の一角に出入りする、という描像とよく合います。

5. 粒子数のゆらぎと集団の同等性

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グランドカノニカル集団では NN は固定されず、ゆらぎます。ではどれくらいゆらぐのでしょうか。カノニカル集団でエネルギーゆらぎが熱容量に結び付いたのと同じ構造が、ここでも現れます。

命題 5.1(粒子数ゆらぎ)✓

グランドカノニカル分布において

⟨ΔN2⟩:=⟨N2⟩−⟨N⟩2=1β2(∂2ln⁡Ξ∂μ2)T,V=kBT(∂⟨N⟩∂μ)T,V\langle \Delta N^2\rangle := \langle N^2\rangle - \langle N\rangle^2 = \frac{1}{\beta^2}\left(\frac{\partial^2 \ln\Xi}{\partial\mu^2}\right)_{T,V} = k_B T\left(\frac{\partial \langle N\rangle}{\partial \mu}\right)_{T,V}

が成り立つ。とくに右辺は非負なので、⟨N⟩\langle N\rangle は μ\mu の非減少関数である。

証明(命題 5.1)

⟨N⟩=Ξ−1∑iNie−β(Ei−μNi)\langle N\rangle = \Xi^{-1}\sum_i N_i e^{-\beta(E_i - \mu N_i)} を μ\mu で偏微分します(T,VT, V 固定)。商の微分より

(∂⟨N⟩∂μ)T,V=1Ξ∑iβNi2e−β(Ei−μNi)  −  1Ξ2(∑iNie−β(Ei−μNi))⋅β∑iNie−β(Ei−μNi)\left(\frac{\partial \langle N\rangle}{\partial\mu}\right)_{T,V} = \frac{1}{\Xi}\sum_i \beta N_i^2 e^{-\beta(E_i-\mu N_i)} \;-\; \frac{1}{\Xi^2}\left(\sum_i N_i e^{-\beta(E_i-\mu N_i)}\right)\cdot \beta\sum_i N_i e^{-\beta(E_i-\mu N_i)}

となります。第 1 項は β⟨N2⟩\beta\langle N^2\rangle、第 2 項は −β⟨N⟩2-\beta\langle N\rangle^2 です。よって

(∂⟨N⟩∂μ)T,V=β(⟨N2⟩−⟨N⟩2)\left(\frac{\partial\langle N\rangle}{\partial \mu}\right)_{T,V} = \beta\big(\langle N^2\rangle - \langle N\rangle^2\big)

で、両辺を β\beta で割れば主張の後半の等号を得ます。前半は ⟨N⟩=β−1∂μln⁡Ξ\langle N\rangle = \beta^{-1}\partial_\mu\ln\Xi をもう一度 μ\mu で微分するだけです。分散は定義から非負なので ∂μ⟨N⟩≥0\partial_\mu\langle N\rangle \ge 0 です。

例 4.6 の理想気体で確かめます。⟨N⟩=eβμV/λ3\langle N\rangle = e^{\beta\mu}V/\lambda^3 なので ∂μ⟨N⟩=β⟨N⟩\partial_\mu \langle N\rangle = \beta \langle N\rangle、よって ⟨ΔN2⟩=kBT⋅β⟨N⟩=⟨N⟩\langle \Delta N^2\rangle = k_BT\cdot\beta\langle N\rangle = \langle N\rangle です。ポアソン分布の分散が平均に等しいという性質と一致しています。相対ゆらぎは

⟨ΔN2⟩⟨N⟩=1⟨N⟩\frac{\sqrt{\langle \Delta N^2\rangle}}{\langle N\rangle} = \frac{1}{\sqrt{\langle N\rangle}}

で、⟨N⟩∼1023\langle N\rangle \sim 10^{23} なら 10−11.510^{-11.5} 程度です。実験で検出できる量ではありません。

次の定理のねらいは、粒子数が固定されないグランドカノニカル集団でも、巨視的な系ではカノニカル集団と同じ熱力学が得られると示すことです。直感的には、NN について和をとるとき、e−βg(N)e^{-\beta g(N)} が最小点 N∗N^{\ast} のまわりの鋭い山をつくり、和はほぼその山の頂上の値で決まります。証明は、その山をガウス型で近似して面積を求める、という方針です。

定理 5.2(カノニカル集団との同等性)✓

F(T,V,N)=−kBTln⁡ZNF(T,V,N) = -k_BT\ln Z_N を実変数 NN に滑らかに延長できるとし、g(N):=F(T,V,N)−μNg(N) := F(T,V,N) - \mu N が N∗>0N^{\ast} > 0 で唯一の最小値をとり、そこで g′′(N∗)>0g''(N^{\ast}) > 0 であるとする。さらに N∗∼O(V)N^{\ast} \sim O(V)、g′′(N∗)∼O(1/V)g''(N^{\ast}) \sim O(1/V) という通常の示量性を仮定する。このとき

J(T,V,μ)=F(T,V,N∗)−μN∗+O(ln⁡V),μ=(∂F∂N)T,V∣N=N∗J(T,V,\mu) = F(T,V,N^{\ast}) - \mu N^{\ast} + O(\ln V), \qquad \mu = \left(\frac{\partial F}{\partial N}\right)_{T,V}\bigg|_{N = N^{\ast}}

が成り立つ。すなわち JJ は FF の NN に関するルジャンドル変換に、O(ln⁡V)O(\ln V) の誤差を除いて一致する。

証明(定理 5.2)

定義 4.1 より Ξ=∑N≥0e−βg(N)\Xi = \sum_{N\ge 0} e^{-\beta g(N)} です。gg の最小点を N∗N^\ast とし、その周りで 2 次まで展開すると g(N)≈g(N∗)+12g′′(N∗)(N−N∗)2g(N) \approx g(N^\ast) + \tfrac12 g''(N^\ast)(N-N^\ast)^2 です(1 次の項は g′(N∗)=0g'(N^\ast)=0 から消えます。この停留条件がそのまま μ=∂F/∂N\mu = \partial F/\partial N という主張の後半です)。和を積分で近似し、ガウス積分を実行すると

Ξ≃e−βg(N∗)∫−∞∞e−βg′′(N∗)x2/2 dx=e−βg(N∗)2πβg′′(N∗)\Xi \simeq e^{-\beta g(N^\ast)}\int_{-\infty}^{\infty} e^{-\beta g''(N^\ast) x^2/2}\,dx = e^{-\beta g(N^\ast)}\sqrt{\frac{2\pi}{\beta g''(N^\ast)}}

です。対数をとって −kBT-k_BT を掛けると

J=g(N∗)−kBT2ln⁡2πβg′′(N∗)J = g(N^\ast) - \frac{k_BT}{2}\ln\frac{2\pi}{\beta g''(N^\ast)}

となります。仮定 g′′(N∗)∼O(1/V)g''(N^\ast)\sim O(1/V) より第 2 項は O(kBTln⁡V)O(k_BT\ln V) です。第 1 項 g(N∗)=F(N∗)−μN∗g(N^\ast) = F(N^\ast)-\mu N^\ast は O(V)O(V) ですから、V→∞V\to\infty で第 2 項は相対的に無視できます。

なお、この証明のガウス幅は ⟨ΔN2⟩=1/(βg′′)\langle\Delta N^2\rangle = 1/(\beta g'') を意味しますが、g′′=∂2F/∂N2=∂μ/∂Ng'' = \partial^2 F/\partial N^2 = \partial\mu/\partial N なので ⟨ΔN2⟩=kBT ∂N/∂μ\langle\Delta N^2\rangle = k_BT\,\partial N/\partial\mu となり、命題 5.1 と整合します。

注意 5.3(同等性が破れる場合)

定理 5.2 の仮定「gg は唯一の最小点を持ち、そこで狭義凸」は、いつでも成り立つわけではありません。1 次相転移の共存線上では gg が広い範囲でほぼ平坦になり、⟨ΔN2⟩\langle \Delta N^2\rangle が O(N)O(N) を超えて発散します。理想ボース気体の凝縮相でも、基底準位の占有数のゆらぎが異常に大きくなることが知られています。これらの状況では、有限系での集団の選択が結果を変えるため、どの集団を使ったかを明示する必要があります。逆に言えば、通常の 1 相状態では 3 つの集団はすべて同じ熱力学を与えます。どれを使うかは計算の都合で決めてかまいません。

6. 化学ポテンシャルの物理的意味

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定義 2.1 の μ=(∂F/∂N)T,V\mu = (\partial F/\partial N)_{T,V} をそのまま読めば、化学ポテンシャルは「温度と体積を保ったまま粒子を 1 個追加するときの自由エネルギーの増分」です。F=U−TSF = U - TS ですから、これは 2 つの寄与の差になります。

μ=(∂U∂N)T,V−T(∂S∂N)T,V\mu = \left(\frac{\partial U}{\partial N}\right)_{T,V} - T\left(\frac{\partial S}{\partial N}\right)_{T,V}

第 1 項は「粒子を入れるとエネルギーがどれだけ増えるか」、第 2 項は「粒子を入れると系がどれだけ乱雑になるか」です。薄い気体では入れる場所がいくらでもあるので第 2 項が大きく、μ\mu は負になります。密になるほど第 2 項の利得が減り、μ\mu は上がります。

次の命題のねらいは、「粒子は μ\mu の高いほうから低いほうへ流れる」という向きを、エントロピーが増える向きから決めることです。2 つの系の間で粒子を dN1dN_1 だけ動かしたとき全エントロピーがどう変わるかを書き、その符号を読むだけで結論が出ます。

命題 6.1(化学ポテンシャルの等値)✓

温度 TT で熱平衡にある 2 つの系 1, 2 が粒子を交換でき、全粒子数 N1+N2N_1 + N_2 が一定であるとする。各系の体積と内部エネルギーは固定されているとし、両系のエントロピーは NN について微分可能とする。このとき全エントロピー Stot=S1+S2S_{\mathrm{tot}} = S_1 + S_2 が最大になる条件は

μ1=μ2\mu_1 = \mu_2

である。また平衡から外れているとき、粒子は μ\mu の大きい系から小さい系へ移動する。

証明(命題 6.1)

N2=Ntot−N1N_2 = N_{\mathrm{tot}} - N_1 なので dN2=−dN1dN_2 = -dN_1 です。定義 2.1 の (∂S/∂N)U,V=−μ/T(\partial S/\partial N)_{U,V} = -\mu/T を使うと

dStot=(∂S1∂N1)dN1+(∂S2∂N2)dN2=(−μ1T+μ2T)dN1=μ2−μ1T dN1dS_{\mathrm{tot}} = \left(\frac{\partial S_1}{\partial N_1}\right) dN_1 + \left(\frac{\partial S_2}{\partial N_2}\right)dN_2 = \left(-\frac{\mu_1}{T} + \frac{\mu_2}{T}\right) dN_1 = \frac{\mu_2 - \mu_1}{T}\,dN_1

です。StotS_{\mathrm{tot}} が停留する条件は、任意の dN1dN_1 に対して dStot=0dS_{\mathrm{tot}} = 0 となること、すなわち μ1=μ2\mu_1 = \mu_2 です。

平衡でないときは、熱力学第二法則により実際の過程で dStot>0dS_{\mathrm{tot}} > 0 が成り立ちます(熱力学の諸法則のエントロピー増大則(定理 8.4)[熱力学の諸法則])。T>0T > 0 なので、μ2>μ1\mu_2 > \mu_1 なら dN1>0dN_1 > 0、つまり粒子は系 2 から系 1 へ、μ\mu の大きいほうから小さいほうへ流れます。

温度が「熱の流れる向き」を決める強度変数であるのと完全に平行に、化学ポテンシャルは「粒子の流れる向き」を決める強度変数です。μ\mu を「粒子に対する圧力のようなもの」と考えると直観が働きます。ただし空間的な圧力とは別物で、μ\mu が高いのに圧力が低いという状況もありえます。

例 6.2(常温常圧のヘリウムの化学ポテンシャル)

例 4.6 の μ=kBTln⁡(nλ3)\mu = k_BT\ln(n\lambda^3) に数値を入れてみます。ヘリウム原子の質量は m=6.65×10−27 kgm = 6.65\times10^{-27}\ \mathrm{kg}、T=300 KT = 300\ \mathrm{K}、p=1.013×105 Pap = 1.013\times10^{5}\ \mathrm{Pa} とします。

まず熱的ド・ブロイ波長は

λ=h2πmkBT=6.626×10−342π⋅6.65×10−27⋅1.381×10−23⋅300≈5.0×10−11 m\lambda = \frac{h}{\sqrt{2\pi m k_B T}} = \frac{6.626\times10^{-34}}{\sqrt{2\pi \cdot 6.65\times10^{-27}\cdot 1.381\times10^{-23}\cdot 300}} \approx 5.0\times10^{-11}\ \mathrm{m}

です(分母の平方根の中は 1.73×10−461.73\times10^{-46}、その平方根が 1.32×10−231.32\times10^{-23})。原子間隔よりずっと小さい、およそ 0.5 A˚0.5\ \text{Å} です。次に数密度は

n=pkBT=1.013×1051.381×10−23⋅300≈2.45×1025 m−3n = \frac{p}{k_BT} = \frac{1.013\times10^{5}}{1.381\times10^{-23}\cdot 300} \approx 2.45\times10^{25}\ \mathrm{m^{-3}}

なので、

nλ3=2.45×1025×(5.0×10−11)3≈3.1×10−6n\lambda^3 = 2.45\times10^{25} \times (5.0\times10^{-11})^3 \approx 3.1\times10^{-6}

となります。したがって

μ=kBTln⁡(3.1×10−6)≈−12.7 kBT≈−0.33 eV\mu = k_BT\ln(3.1\times10^{-6}) \approx -12.7\,k_BT \approx -0.33\ \mathrm{eV}

です(kBT=0.0259 eVk_BT = 0.0259\ \mathrm{eV})。負の値であることに注意してください。nλ3≪1n\lambda^3 \ll 1、つまり古典的(非縮退)な領域では必ず μ<0\mu < 0 になります。逆に nλ3n\lambda^3 が 1 に近づくと μ\mu は 0 に近づき、そこで古典近似が破れて量子統計が必要になります。この nλ3n\lambda^3 が縮退の度合いを測る無次元量です。

グランドカノニカル集団がいちばん自然に働くのは、「小さな系が大きな粒子源と平衡にある」状況です。典型例が吸着です。

例 7.1(ラングミュアの吸着等温式)

固体表面に、互いに独立な吸着サイトが MM 個あるとします。各サイトは空(エネルギー 0、粒子数 0)か、分子 1 個を吸着した状態(エネルギー −ϵ-\epsilon、粒子数 1)のどちらかを取ります(ϵ>0\epsilon > 0 が吸着エネルギー)。表面は温度 TT、化学ポテンシャル μ\mu の気相と平衡にあります。

サイトは独立なので、1 サイトの大分配関数

Ξ1=1⏟空+e−β(−ϵ−μ)⏟占有=1+eβ(μ+ϵ)\Xi_1 = \underbrace{1}_{\text{空}} + \underbrace{e^{-\beta(-\epsilon - \mu)}}_{\text{占有}} = 1 + e^{\beta(\mu+\epsilon)}

を使って Ξ=Ξ1M\Xi = \Xi_1^{M} となります。1 サイトあたりの平均占有率 θ=⟨N⟩/M\theta = \langle N\rangle/M は

θ=1M⋅1β∂∂μ(Mln⁡Ξ1)=eβ(μ+ϵ)1+eβ(μ+ϵ)=1e−β(μ+ϵ)+1\theta = \frac{1}{M}\cdot\frac{1}{\beta}\frac{\partial}{\partial\mu}\big(M\ln \Xi_1\big) = \frac{e^{\beta(\mu+\epsilon)}}{1 + e^{\beta(\mu+\epsilon)}} = \frac{1}{e^{-\beta(\mu+\epsilon)} + 1}

です。分母の +1+1 に見覚えがあるでしょうか。これはフェルミ分布と同じ形です。1 つのサイトが 0 個か 1 個しか粒子を持てない、という排他性が同じだからです。

ここで気相を古典理想気体とみなすと、例 4.6 より z=eβμ=nλ3=pλ3/(kBT)z = e^{\beta\mu} = n\lambda^3 = p\lambda^3/(k_BT) です。命題 6.1 により、平衡では表面と気相の μ\mu が等しいので、この zz をそのまま代入できます。

θ=zeβϵ1+zeβϵ=pp+p0(T),p0(T)=kBTλ3 e−βϵ\theta = \frac{z e^{\beta\epsilon}}{1 + z e^{\beta\epsilon}} = \frac{p}{p + p_0(T)}, \qquad p_0(T) = \frac{k_BT}{\lambda^3}\,e^{-\beta\epsilon}

これがラングミュアの吸着等温式です。p≪p0p \ll p_0 では θ≈p/p0\theta \approx p/p_0 と圧力に比例し、p≫p0p \gg p_0 では θ→1\theta \to 1 で飽和します。p=p0p = p_0 でちょうど半分が埋まります。p0p_0 は温度が下がると e−βϵe^{-\beta\epsilon} の因子で急激に小さくなるので、低温ほど低い圧力で飽和します。冷やすと吸着が進むという日常的な事実が、式の中に入っています。

θ=1θ=0.501510p / p₀θ
ラングミュアの吸着等温式 θ = p/(p + p₀)。横軸は p/p₀、破線は飽和値 θ = 1 と半飽和点

例 7.2(1 粒子準位の占有数)

例 7.1 の計算は、そのまま量子統計の入口になります。理想量子気体では粒子間に相互作用がないので、系全体を「1 粒子準位 ϵk\epsilon_k ごとの独立な小さな系」に分解できます。準位 kk の占有数を nkn_k とすると、その準位だけの大分配関数は

Ξk=∑nke−β(ϵk−μ)nk\Xi_k = \sum_{n_k} e^{-\beta(\epsilon_k - \mu)n_k}

です。和の範囲は統計性で決まります。

フェルミ粒子では nk∈{0,1}n_k \in \{0, 1\}(パウリの排他原理)なので Ξk=1+e−β(ϵk−μ)\Xi_k = 1 + e^{-\beta(\epsilon_k-\mu)}、したがって

⟨nk⟩=1β∂ln⁡Ξk∂μ=e−β(ϵk−μ)1+e−β(ϵk−μ)=1eβ(ϵk−μ)+1\langle n_k\rangle = \frac{1}{\beta}\frac{\partial \ln\Xi_k}{\partial\mu} = \frac{e^{-\beta(\epsilon_k-\mu)}}{1+e^{-\beta(\epsilon_k-\mu)}} = \frac{1}{e^{\beta(\epsilon_k-\mu)}+1}

でフェルミ=ディラック分布が出ます。ボース粒子では nk=0,1,2,…n_k = 0,1,2,\ldots なので等比級数となり、e−β(ϵk−μ)<1e^{-\beta(\epsilon_k-\mu)} < 1 すなわち μ<ϵk\mu < \epsilon_k のとき収束して Ξk=(1−e−β(ϵk−μ))−1\Xi_k = \big(1 - e^{-\beta(\epsilon_k-\mu)}\big)^{-1}、したがって

⟨nk⟩=1eβ(ϵk−μ)−1\langle n_k\rangle = \frac{1}{e^{\beta(\epsilon_k-\mu)}-1}

でボース=アインシュタイン分布が出ます。全体の大分配関数は Ξ=∏kΞk\Xi = \prod_k \Xi_k です。

第 1 節で述べた拘束 ∑knk=N\sum_k n_k = N が、μ\mu の導入によって消えたおかげで、各準位の和が独立に実行できたことに注意してください。粒子数は ⟨N⟩=∑k⟨nk⟩\langle N\rangle = \sum_k \langle n_k\rangle という条件から μ\mu を逆に決めます。詳しくは量子統計(定理 4.3[量子統計])で扱います。

演習 8.1易

大分配関数を 定義 4.1 の形 Ξ=∑N≥0zNZN\Xi = \sum_{N\ge0} z^N Z_N に書いたとき、

⟨N⟩=z ∂ln⁡Ξ∂z\langle N\rangle = z\,\frac{\partial \ln\Xi}{\partial z}

が成り立つことを示してください。また 例 4.6 の理想気体でこの式を実行し、⟨N⟩=zV/λ3\langle N\rangle = zV/\lambda^3 を確かめてください。

解答

粒子数の分布は P(N)=zNZN/ΞP(N) = z^NZ_N/\Xi でした。Ξ\Xi を zz で微分すると

z∂Ξ∂z=z∑N≥0NzN−1ZN=∑N≥0NzNZNz\frac{\partial \Xi}{\partial z} = z\sum_{N\ge0} N z^{N-1}Z_N = \sum_{N\ge 0} N z^N Z_N

なので、両辺を Ξ\Xi で割ると

z∂ln⁡Ξ∂z=1Ξ∑N≥0NzNZN=∑N≥0N P(N)=⟨N⟩z\frac{\partial \ln\Xi}{\partial z} = \frac{1}{\Xi}\sum_{N\ge0} N z^N Z_N = \sum_{N\ge0} N\,P(N) = \langle N\rangle

です。これは ⟨N⟩=β−1∂μln⁡Ξ\langle N\rangle = \beta^{-1}\partial_\mu \ln\Xi と同じ内容です。実際 z=eβμz = e^{\beta\mu} より ∂μ=βz ∂z\partial_\mu = \beta z\,\partial_z なので、β−1∂μ=z∂z\beta^{-1}\partial_\mu = z\partial_z となります。

理想気体では ln⁡Ξ=zV/λ3\ln\Xi = zV/\lambda^3 なので z ∂zln⁡Ξ=z⋅V/λ3=zV/λ3z\,\partial_z \ln\Xi = z\cdot V/\lambda^3 = zV/\lambda^3 で、確かに ⟨N⟩\langle N\rangle に一致します。

演習 8.2標準

2 つの吸着サイトがあり、各サイトは 0 個か 1 個の粒子を保持できます。1 個吸着するごとにエネルギーが −ϵ-\epsilon だけ下がり、さらに両方が同時に占有されたときには相互作用エネルギー UU が加わります(U>0U > 0 なら反発)。温度 TT、化学ポテンシャル μ\mu の粒子浴と平衡にあるとして、大分配関数 Ξ\Xi と平均粒子数 ⟨N⟩\langle N\rangle を求めてください。さらに U→+∞U \to +\infty と U→0U \to 0 の極限で結果を解釈してください。

解答

ミクロ状態は 4 つです。z=eβμz = e^{\beta\mu}、t:=zeβϵt := z e^{\beta\epsilon} とおきます。

状態EENNボルツマン因子 e−β(E−μN)e^{-\beta(E-\mu N)}
両方空000011
片方だけ占有(2 通り)−ϵ-\epsilon11eβ(ϵ+μ)=te^{\beta(\epsilon+\mu)} = t
両方占有−2ϵ+U-2\epsilon + U22eβ(2ϵ+2μ−U)=t2e−βUe^{\beta(2\epsilon+2\mu-U)} = t^2 e^{-\beta U}

したがって

Ξ=1+2t+t2e−βU\Xi = 1 + 2t + t^2 e^{-\beta U}

です。演習 8.1 の公式は zz と tt が比例するので tt についても同じ形で使えて(z∂z=t∂tz\partial_z = t\partial_t)、

⟨N⟩=t ∂ln⁡Ξ∂t=2t+2t2e−βU1+2t+t2e−βU\langle N\rangle = t\,\frac{\partial \ln \Xi}{\partial t} = \frac{2t + 2t^2e^{-\beta U}}{1 + 2t + t^2e^{-\beta U}}

を得ます。

U→+∞U\to+\infty。 e−βU→0e^{-\beta U}\to 0 なので Ξ→1+2t\Xi \to 1 + 2t、⟨N⟩→2t/(1+2t)\langle N\rangle \to 2t/(1+2t) です。この値は常に 1 より小さく、二重占有が完全に禁止されたこと(ハードコア相互作用)を表します。t→∞t\to\infty でも ⟨N⟩→1\langle N\rangle\to 1 で頭打ちになります。

U→0U\to 0。 Ξ→1+2t+t2=(1+t)2\Xi \to 1 + 2t + t^2 = (1+t)^2 となり、1 サイトあたりの大分配関数 (1+t)(1+t) の 2 乗に分解します。これはサイトが独立になったことを意味し、⟨N⟩=2t/(1+t)=2θ\langle N\rangle = 2t/(1+t) = 2\theta で 例 7.1 の結果(M=2M=2 の場合)に一致します。相互作用がないときにだけ Ξ\Xi が積に分解する、という一般的な事実の具体例です。

演習 8.3標準

例 7.2 のフェルミ分布とボース分布について、次を示してください。

  1. eβ(ϵk−μ)≫1e^{\beta(\epsilon_k - \mu)} \gg 1 のとき、両者はともに ⟨nk⟩≈e−β(ϵk−μ)\langle n_k\rangle \approx e^{-\beta(\epsilon_k-\mu)}(マクスウェル=ボルツマン形)に帰着する。
  2. ボース粒子の場合、Ξk\Xi_k が有限であるためには全ての準位で μ<ϵk\mu < \epsilon_k、とくに基底準位のエネルギーを ϵ0\epsilon_0 として μ<ϵ0\mu < \epsilon_0 が必要である。
  3. 上の 1 の条件は、例 4.6 の記号で nλ3≪1n\lambda^3 \ll 1 と同じ意味である。
解答

1. x:=eβ(ϵk−μ)x := e^{\beta(\epsilon_k-\mu)} とおくと、フェルミ分布は 1/(x+1)1/(x+1)、ボース分布は 1/(x−1)1/(x-1) です。x≫1x \gg 1 のとき

1x±1=1x⋅11±1/x=1x(1∓1x+O(x−2))\frac{1}{x\pm1} = \frac{1}{x}\cdot\frac{1}{1 \pm 1/x} = \frac{1}{x}\left(1 \mp \frac{1}{x} + O(x^{-2})\right)

なので、いずれも先頭項は 1/x=e−β(ϵk−μ)1/x = e^{-\beta(\epsilon_k-\mu)} です。差は O(x−2)O(x^{-2}) で、1/x1/x に対して相対的に 1/x1/x の大きさしかありません。統計性(±1\pm1)の違いが見えなくなる、これが古典極限です。

2. ボース粒子では Ξk=∑n=0∞(e−β(ϵk−μ))n\Xi_k = \sum_{n=0}^{\infty} \big(e^{-\beta(\epsilon_k-\mu)}\big)^n という等比級数です。公比が e−β(ϵk−μ)e^{-\beta(\epsilon_k-\mu)} なので、収束の必要十分条件は e−β(ϵk−μ)<1e^{-\beta(\epsilon_k-\mu)} < 1、すなわち β(ϵk−μ)>0\beta(\epsilon_k - \mu) > 0、つまり μ<ϵk\mu < \epsilon_k です。これがすべての kk で成り立つ必要があるので、最小の ϵk\epsilon_k である ϵ0\epsilon_0 について μ<ϵ0\mu < \epsilon_0 が要求されます。ϵ0=0\epsilon_0 = 0 と取れば μ<0\mu < 0 です。μ\mu が ϵ0\epsilon_0 に近づくと ⟨n0⟩\langle n_0\rangle が発散し、これがボース=アインシュタイン凝縮の入口になります。

3. 古典理想気体では 例 4.6 より eβμ=nλ3e^{\beta\mu} = n\lambda^3 でした。基底準位付近(ϵk≈0\epsilon_k \approx 0)で条件 eβ(ϵk−μ)≫1e^{\beta(\epsilon_k-\mu)}\gg1 を書き下すと e−βμ≫1e^{-\beta\mu}\gg1、すなわち eβμ=nλ3≪1e^{\beta\mu} = n\lambda^3 \ll 1 です。例 6.2 の数値では nλ3≈3×10−6n\lambda^3 \approx 3\times10^{-6} でしたから、常温常圧のヘリウムは十分に古典的だと確認できます。

  • 久保亮五編『大学演習 熱学・統計力学(修訂版)』裳華房、1998 — 第 5 章(グランドカノニカル分布と応用)。豊富な演習問題とその解答が付いています。
  • F. Reif, Fundamentals of Statistical and Thermal Physics, McGraw-Hill, 1965 — 第 6 章・第 9 章。粒子浴との接触からの導出が丁寧です。
  • K. Huang, Statistical Mechanics, 2nd ed., Wiley, 1987 — 第 7 章(The Grand Canonical Ensemble)。集団の同等性とその破れを扱っています。
  • R. K. Pathria and P. D. Beale, Statistical Mechanics, 4th ed., Academic Press, 2021 — 第 4 章・第 6 章。大分配関数から量子統計への接続がまとまっています。
  • 田崎晴明『統計力学 II』培風館、2008 — グランドカノニカル分布と量子理想気体の章。数学的な前提の置き方が明示的です。

この付録のねらいは、粒子数のゆらぎという統計力学の量を、圧縮のしやすさ(等温圧縮率)という実験で測れる量に結び付けることです。途中で、化学ポテンシャルと圧力の変化をつなぐギブス=デュエムの関係式を一度だけ使います。

命題 5.1 の右辺は μ\mu の微分でしたが、これは実験で測れる量である等温圧縮率

κT=−1V(∂V∂p)T,N\kappa_T = -\frac{1}{V}\left(\frac{\partial V}{\partial p}\right)_{T,N}

に書き換えられます。結果は

⟨ΔN2⟩=kBT ⟨N⟩2 κTV\langle \Delta N^2\rangle = \frac{k_B T\, \langle N\rangle^2\,\kappa_T}{V}

です。導出は次のとおりです。数密度を n=N/Vn = N/V と書きます。μ\mu は強度変数なので、1 成分系では TT と nn だけの関数です。よって VV を固定して NN で微分すると (∂μ/∂N)T,V=(1/V)(∂μ/∂n)T(\partial\mu/\partial N)_{T,V} = (1/V)(\partial\mu/\partial n)_T となります。次にギブス=デュエムの関係式 S dT−V dp+N dμ=0S\,dT - V\,dp + N\,d\mu = 0(命題 2.2[自由エネルギーと熱力学ポテンシャル])を等温条件 dT=0dT = 0 で使うと dμ=(V/N) dp=dp/nd\mu = (V/N)\,dp = dp/n、したがって (∂μ/∂n)T=(1/n)(∂p/∂n)T(\partial \mu/\partial n)_T = (1/n)(\partial p/\partial n)_T です。最後に κT\kappa_T を nn で書き直します。NN 固定では n∝1/Vn \propto 1/V なので dn/n=−dV/Vdn/n = -dV/V、ゆえに

κT=−1V(∂V∂p)T,N=1n(∂n∂p)T⟹(∂p∂n)T=1n κT\kappa_T = -\frac{1}{V}\left(\frac{\partial V}{\partial p}\right)_{T,N} = \frac{1}{n}\left(\frac{\partial n}{\partial p}\right)_{T} \quad\Longrightarrow\quad \left(\frac{\partial p}{\partial n}\right)_T = \frac{1}{n\,\kappa_T}

です。これらを合わせると

(∂μ∂N)T,V=1V⋅1n⋅1nκT=VN2κT\left(\frac{\partial \mu}{\partial N}\right)_{T,V} = \frac{1}{V}\cdot\frac{1}{n}\cdot\frac{1}{n\kappa_T} = \frac{V}{N^2\kappa_T}

となり、命題 5.1 の ⟨ΔN2⟩=kBT (∂N/∂μ)T,V\langle\Delta N^2\rangle = k_BT\,(\partial N/\partial\mu)_{T,V} に代入して主張の式を得ます。

検算。 理想気体では p=nkBTp = nk_BT なので κT=1/p=V/(NkBT)\kappa_T = 1/p = V/(Nk_BT) です。代入すると

⟨ΔN2⟩=kBT N2V⋅VNkBT=N\langle \Delta N^2\rangle = \frac{k_BT\,N^2}{V}\cdot\frac{V}{Nk_BT} = N

となり、例 4.6 で見たポアソン分布の性質と一致します。

意味。 この関係は、ミクロなゆらぎとマクロな応答が同じ量で結ばれるという一般則(ゆらぎ・応答関係、あるいは揺動散逸定理)の一例です。カノニカル集団での ⟨ΔE2⟩=kBT2CV\langle \Delta E^2\rangle = k_BT^2 C_V と完全に同じ構造をしています。気液臨界点では κT\kappa_T が発散するので ⟨ΔN2⟩\langle\Delta N^2\rangle も発散し、密度ゆらぎが可視光の波長スケールまで成長します。臨界点近傍で流体が白く濁って見える臨界タンパク光は、この発散の直接の帰結です。

このテーマの 100 本ノック(100 問)

執筆: Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 3 回(Claude Code)・最終 2026-10-12

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