平成30年1月29日実施、全3問・試験時間2時間で、3問すべてに解答する形式です。第1問は矩形障壁の透過率を接続条件から丁寧に組み立て、最後にデルタ関数障壁への極限をとる量子力学の標準問題です。第2問は独立な二準位系の集まりの熱力学量を求めたあと、非対角遷移項を加えたハミルトニアンで同じ量を計算し直す統計力学の問題です。第3問はベクトルポテンシャルから Faraday の法則を導き、円筒内に閉じ込めた磁場を切るときの因果律と角運動量の行方を問う、Aharonov–Bohm 的な状況設定の電磁気学です。計算量は控えめで、各設問の物理的な意味づけを正確に述べられるかが差になります。
| 問題 | 分野 | 主題 |
|---|
| 第1問 | 量子力学 | 矩形障壁のトンネル透過率とデルタ関数障壁極限 |
| 第2問 | 統計力学・量子力学 | 二準位系の集団の熱力学と量子遷移がある場合の期待値 |
| 第3問 | 電磁気学 | ベクトルポテンシャル、Faraday の法則、因果律と角運動量 |
1次元空間を運動する質量 m の粒子を考えます。ポテンシャルは高さ V0>0、幅 a>0 の矩形障壁
V(x)=⎩⎨⎧0V00(x<0),(0≤x≤a),(a<x)
で、波動関数 Ψ(x,t) は時間依存シュレディンガー方程式
[−2mℏ2∂x2∂2+V(x)]Ψ(x,t)=iℏ∂t∂Ψ(x,t)
に従います。エネルギー 0<E<V0 の定常散乱状態を接続条件から構成し、透過率を求め、最後に aV0 を一定に保って a→0、V0→+∞ とする極限を調べます。
Ψ(x,t)=ψ(x)e−iEt/ℏ を時間依存シュレディンガー方程式に代入します。右辺は
iℏ∂t∂[ψ(x)e−iEt/ℏ]=iℏ(−ℏiE)ψ(x)e−iEt/ℏ=Eψ(x)e−iEt/ℏ
となり、左辺の微分演算子は x にしか作用しないので、両辺から共通因子 e−iEt/ℏ を落とせます。ψ(x) が従う t を含まない方程式は
[−2mℏ2dx2d2+V(x)]ψ(x)=Eψ(x)
すなわち時間に依存しないシュレディンガー方程式です。
x<0 および a<x では V(x)=0 なので、ψ(x)∝e±ikx を代入すると
−2mℏ2(±ik)2e±ikx=Ee±ikx
より、答えは
E=2mℏ2k2
です。0<E なので k>0 が実数で存在します。
0≤x≤a では V(x)=V0 で、ψ(x)∝e±κx を代入すると
−2mℏ2κ2+V0=E
となります。答えは
E=V0−2mℏ2κ2すなわちκ=ℏ2m(V0−E)
です。0<E<V0 の範囲では V0−E>0 なので κ>0 が実数で存在し、障壁内で波動関数は指数関数的に減衰・増大する形になります。
波動関数を
ψ(x)=⎩⎨⎧Aeikx+A′e−ikxBe−κx+B′eκxCeikx(x<0),(0≤x≤a),(a<x)
とおき、各接続点で ψ とその一階微分の連続を課します。
(i) x=a での連続条件は
Be−κa+B′eκa−κBe−κa+κB′eκa=Ceika,=ikCeika
です。第1式に κ を掛けて第2式と加減すると、答えは
B=2κκ−ikCeikaeκa,B′=2κκ+ikCeikae−κa
となります。
(ii) x=0 での連続条件は
A+A′ik(A−A′)=B+B′,=−κB+κB′
です。これを A、A′ について解くと、答えは
A=21[(1+kiκ)B+(1−kiκ)B′],A′=21[(1−kiκ)B+(1+kiκ)B′]
となります。
(iii) (ii) の A に (i) の B、B′ を代入します。
CA=4κeika[(κ−ik)(1+kiκ)eκa+(κ+ik)(1−kiκ)e−κa]=4κeika[(2κ+ikκ2−k2)eκa+(2κ−ikκ2−k2)e−κa]=eika[cosh(κa)+i2kκκ2−k2sinh(κa)]
したがって
CA2=cosh2(κa)+4k2κ2(κ2−k2)2sinh2(κa)=1+4k2κ2(k2+κ2)2sinh2(κa)
となります。途中で cosh2=1+sinh2 と (κ2−k2)2+4k2κ2=(k2+κ2)2 を使いました。答えは
AC2=[1+4k2κ2(k2+κ2)2sinh2(κa)]−1
です。κa→0(障壁が消える極限)で透過率が 1 に近づくこと、および補正項が常に正で透過率が 1 を超えないことが確認できます。
aV0 を一定に保って a→0、V0→+∞ とします。設問3 より κ2=2m(V0−E)/ℏ2→2mV0/ℏ2 ですから
(κa)2≃ℏ22mV0a2=ℏ22ma(aV0)→0
となり、κa≪1 なので sinh(κa)≃κa と近似できます。また κ→∞ に対して k は固定なので k2+κ2≃κ2 です。設問4(iii) の補正項は
4k2κ2(k2+κ2)2sinh2(κa)≃4k2κ4a2=4k2(κ2a)2⟶4k21(ℏ22m(aV0))2
となります(κ2a=2m(V0−E)a/ℏ2→2m(aV0)/ℏ2)。k2=2mE/ℏ2 を代入すると、答えは
AC2=[1+2ℏ2Em(aV0)2]−1
です。これは強さ λ=aV0 のデルタ関数障壁 V(x)=λδ(x) に対する透過率と一致します。補正項 m(aV0)2/(2ℏ2E) は、[aV0]=J⋅m に注意すると無次元であり、E→∞ で透過率が 1 に近づくという期待どおりの振る舞いを示します。
独立な N 個の二準位系からなる系を考えます。各二準位系は状態 A(エネルギー −ε)と状態 B(エネルギー ε)をとります(ε>0)。設問1では遷移のない場合の熱平衡量を、設問2では状態 A, B の間に強さ Γ の量子力学的遷移がある場合、すなわち各二準位系のハミルトニアンが
H=ε(100−1)+Γ(0110)
で与えられる場合を調べます。この行列表示では第1成分が状態 B(エネルギー +ε)、第2成分が状態 A(エネルギー −ε)に対応します。以下 β=1/(kBT) とします。
(i) 1 個の二準位系の分配関数は
z=eβε+e−βε=2cosh(βε)
です。系は独立なので全分配関数は Z=zN で、内部エネルギーは
E(T)=−∂β∂lnZ=−Nεtanh(βε)=−NεtanhkBTε
となります。熱容量は
C(T)=dTdE=−Nεsech2(kBTε)⋅(−kBT2ε)=kBT2Nε2sech2(kBTε)
です。C(T) は T→0 と T→∞ の両方で 0 になり、kBT∼ε に山を持つショットキー型の熱容量です。
(ii) 自由エネルギー F=−kBTlnZ=−NkBTln[2cosh(βε)] から
S(T)=TE−F=NkB[ln(2coshkBTε)−kBTεtanhkBTε]
が得られます。T→0 では βε→∞ で ln(2coshβε)→βε、tanhβε→1 なので両項が打ち消し合い
S(0)=0
です。T→∞ では βε→0 で ln2cosh→ln2、第2項は (βε)2 のオーダーで消えるので
S(∞)=NkBln2
です。ボルツマンの原理 S=kBlnW(W は微視的状態数)から説明すると、T=0 では全粒子が基底状態 A に落ちるので実現される微視的状態はただ 1 つ、W=1 で S(0)=kBln1=0 です。高温極限では各粒子が A, B を等確率でとり、実効的な状態数は W=2N になるので S(∞)=kBln2N=NkBln2 となり、上の計算と一致します。
(iii) 各粒子は独立に、確率
p=2cosh(βε)eβε
で状態 A にいます。したがって NA は二項分布に従い、答えは
P(NA)=(NAN)pNA(1−p)N−NA,p=2cosh(βε)eβε
です。二項分布の性質から期待値と分散は
⟨NA⟩=Np=2N[1+tanh(βε)],⟨NA2⟩−⟨NA⟩2=Np(1−p)=4Nsech2(βε)
となります。T→0 で ⟨NA⟩→N、分散 →0(全員 A で揺らぎなし)、T→∞ で ⟨NA⟩→N/2、分散 →N/4(公平なコイン投げ)となり、いずれも直観と合います。
(i) 固有値方程式 det(H−E)=0 は
(ε−E)(−ε−E)−Γ2=E2−ε2−Γ2=0
なので、固有エネルギーは
E±=±λ,λ≡ε2+Γ2
です。状態 B, A を基底 ∣B⟩=(10)、∣A⟩=(01) にとると、固有状態は規格化して
∣+⟩=2λ(λ−ε)1(Γλ−ε),∣−⟩=2λ(λ+ε)1(Γ−(λ+ε))
です。規格化定数は Γ2+(λ∓ε)2=2λ(λ∓ε) を使って整理しました。直交性は Γ2−(λ−ε)(λ+ε)=Γ2−Γ2=0 から確認できます。Γ→0 では λ→ε となり、∣+⟩→∣B⟩、∣−⟩→∣A⟩ に戻ります。
(ii) エネルギー準位が ±λ の二準位系になったので、設問1(i) の結果で ε→λ と置き換えればよく、答えは
E(T)=−Nλtanh(βλ)=−Nε2+Γ2tanhkBTε2+Γ2
です。
(iii) 状態 A への射影演算子は PA=∣A⟩⟨A∣ で、⟨NA⟩=N⟨PA⟩ です。熱平均は固有状態で展開して
⟨PA⟩=e−βλ+eβλ∣⟨A∣+⟩∣2e−βλ+∣⟨A∣−⟩∣2eβλ
と書けます。(i) の固有ベクトルから
∣⟨A∣+⟩∣2=2λ(λ−ε)(λ−ε)2=2λλ−ε,∣⟨A∣−⟩∣2=2λ(λ+ε)(λ+ε)2=2λλ+ε
なので
⟨PA⟩=2λ⋅2cosh(βλ)(λ−ε)e−βλ+(λ+ε)eβλ=4λcosh(βλ)2λcosh(βλ)+2εsinh(βλ)=21+2λεtanh(βλ)
となります。答えは
⟨NA⟩=2N[1+ε2+Γ2εtanhkBTε2+Γ2]
です。Γ→0 で設問1(iii) の ⟨NA⟩=2N[1+tanh(βε)] に一致します。また T→0 でも遷移項のために基底状態 ∣−⟩ が A の純粋状態ではなく、⟨NA⟩→2N(1+ε/λ)<N に留まる点が設問1 との違いです。
電場をスカラーポテンシャル ϕ(x,t) とベクトルポテンシャル A(x,t) を用いて
E(x,t)=−∇ϕ(x,t)−∂t∂A(x,t)
と表します。位置 P から Q への 2 本の経路 Γ1、Γ2 とそれらを継いだ閉曲線 C≡Γ1−Γ2 を使って Faraday の法則を導いたのち、無限に長い半径 a の円筒内だけに z 軸方向の一様な磁束密度がある配位(円筒外は磁場ゼロ)を考えます。最後に、半径 R の円環上に固定された電荷 q の帯電球たちが、円筒内の磁場 B0 を 0 まで減少させたときに回り始める状況で、帯電球 1 個あたりの角運動量変化を求めます。
電場の表式を線積分に代入すると
−∫PQE(x,t)⋅dx=∫PQ∇ϕ⋅dx+∫PQ∂t∂A⋅dx=ϕ(Q,t)−ϕ(P,t)+∫PQ∂t∂A(x,t)⋅dx
となります。第1項は勾配の線積分なので経路によらず端点の値の差になります。ϕ と A が時間によらない場合は ∂A/∂t=0 なので第2項が消え、
−∫PQE⋅dx=ϕ(Q)−ϕ(P)
となります。右辺は端点 P, Q の位置だけで決まり経路の取り方に依存しないので、線積分は経路によらないことが示されました。
閉曲線 C=Γ1−Γ2(Γ1 で P から Q へ行き、Γ2 を逆向きにたどって P へ戻る)に沿った周回積分を考えます。∇ϕ の寄与は閉曲線上で
∮C∇ϕ⋅dx=0
と消えるので、
∮CE⋅dx=−∮C∂t∂A⋅dx=−dtd∮CA⋅dx
となります(閉曲線 C は時間によらず固定なので時間微分を積分の外に出せます)。ストークスの定理により、C の張る面 S に対して
∮CA⋅dx=∫S(∇×A)⋅dS=∫SB⋅dS≡Φ
は C を貫く磁束です。したがって
∮CE⋅dx=−dtdΦ
が得られます。閉曲線に沿った起電力が磁束の時間変化率の符号を変えたものに等しい、という Faraday の電磁誘導の法則です。
円筒座標 (ρ,φ,z) をとり、磁束密度を円筒内で B=Bz^(一様・定常)、円筒外でゼロとします。対称性から A=Aφ(ρ)φ^ とおけます。半径 ρ の同心円に沿って ∮A⋅dx=2πρAφ(ρ) を作ると、これはその円を貫く磁束に等しいので、
円筒内(ρ≤a)では貫く磁束が πρ2B なので
2πρAφ=πρ2B⟹Aφ(ρ)=2Bρ
円筒外(ρ>a)では貫く磁束が πa2B で一定なので
2πρAφ=πa2B⟹Aφ(ρ)=2ρBa2
となります。まとめると、答えは
A=⎩⎨⎧2Bρφ^2ρBa2φ^(ρ≤a),(ρ>a)
です。ρ=a で両者は連続につながり、ρ→∞ で A→0 という条件も満たします。円筒外では ∇×A=ρ1∂ρ∂(ρAφ)z^=0 となり磁場がないことも確認できます。磁場がゼロの領域でもベクトルポテンシャルはゼロでない点がこの配位の要です。
一見すると、円筒内の磁場を変化させた瞬間に、円筒から離れた閉曲線上に電場が「ただちに」現れて情報が瞬時に伝わるように見えます。これは次のように説明できます。
第一に、Faraday の法則が直接決めるのは閉曲線に沿った電場の周回積分(起電力)だけであり、閉曲線上の各点の電場そのものではありません。各点の電場は Maxwell 方程式の遅延解として決まり、円筒内の磁場変化の影響は電磁波として光速 c で外向きに伝わります。閉曲線上の点に波面が到達するまで、その点の電場はゼロのままです。
第二に、磁場が変化している過渡期には「円筒の外に磁場がない」という前提が崩れます。外向きに伝播する電磁波は電場とともに磁場も運ぶので、波面が閉曲線を横切るまでの間は、円筒内で減った磁束を波の領域の磁束がちょうど補い、閉曲線を貫く全磁束は変化しません。したがってその間は ∮E⋅dx=−dΦ/dt=0 となり、閉曲線上の電場がゼロであることと矛盾しません。閉曲線上に起電力が現れるのは波面が閉曲線に到達して以降です。
つまり、Faraday の法則(Maxwell 方程式の一つ)は各時刻で厳密に成り立っており、「ただちに電場が現れる」ように見えたのは、過渡期にも円筒外の磁場がゼロのままだと誤って仮定したためです。情報は光速で伝わり、因果律は破れていません。
帯電球は半径 R(R>a)の円周上にあり、円環ごと z 軸周りに自由に回転できます。磁場を B0=B0z^(B0=∣B0∣)から 0 まで減少させる間、対称性から誘導電場は E=Eφ(R,t)φ^ の形で、半径 R の円に Faraday の法則を適用すると
2πREφ=−dtdΦ,Φ(t)=πa2B(t)
です。帯電球 1 個に働く力のモーメント(z 成分)は τz=RqEφ なので、角運動量の変化は
ΔLz=∫τzdt=qR∫Eφdt=−2πq∫dtdΦdt=−2πq(0−πa2B0)
となります。答えは
ΔLz=2q∣B0∣a2
です。符号は、+z 向きの磁場を減らすと誘導電場が +φ 向きになり、正電荷が +z 向きの角運動量を得ることに対応します。B(t) の減らし方(時間変化の詳細)にはよらず、磁束の変化量だけで決まります。
次に設問3 のベクトルポテンシャルで表します。減磁前の帯電球の位置でのベクトルポテンシャルは Aφ(R)=2RB0a2、減磁後は 0 です。上の結果はこれを使って
ΔLz=qRAφ(R)initial=qR⋅2R∣B0∣a2=2q∣B0∣a2
と書けます。これは、軸対称な状況では正準角運動量 Lz+qRAφ(R) が保存することの現れです。はじめ静止していた帯電球(力学的角運動量 0、正準角運動量 qRAφ)は、磁場を切って A が 0 になると、正準角運動量がそのまま力学的角運動量 ΔLz=qRAφ(R) に転化して回転を始めます。磁場ゼロの領域に置かれた電荷の運動をベクトルポテンシャルが支配するという意味で、Aharonov–Bohm 効果の古典版に相当する状況です。
出典: 東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻 平成30年度 博士課程 入学試験問題 物理学。問題文は要約して引用しています。