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特殊相対性理論の原理:ガリレイの相対性から二つの公準へ

前提:ニュートン力学の基礎:三法則から運動量・エネルギー保存則へ

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  • ガリレイの相対性原理は、ニュートンの運動方程式がガリレイ変換で形を変えないという計算に支えられています。相対性原理は「絶対静止が存在しない」ではなく「絶対静止を検出する物理法則がない」という主張です。
  • マクスウェル方程式から出る波動方程式は、ガリレイ変換で形を変えます。したがって電磁気学には「特別な慣性系」があることになり、それがエーテルの静止系だと考えられました。
  • マイケルソン・モーリーの実験は、エーテル仮説が予言する干渉縞の移動(約 0.4 本)を検出しませんでした。地球のエーテルに対する運動は、二次の精度で見つかりません。
  • アインシュタインは二つの公準を置きました。特殊相対性原理(すべての物理法則がすべての慣性系で同じ形)と、光速度不変の原理(真空中の光速は光源にも観測者の慣性系にもよらない)です。
  • この二つを同時に認めると、絶対時間 t=tt' = t は数学的に維持できません。捨てられたのはガリレイ変換であって、相対性原理ではありませんでした。
  • その直接の帰結が同時刻の相対性です。「二つの事象が同時に起きた」という言明は、どの慣性系で見るかによって真偽が変わります。

1. 動機:成功した二つの理論が噛み合わなかった

Section titled “1. 動機:成功した二つの理論が噛み合わなかった”

19 世紀の終わり、物理学には二つの完成した体系がありました。ニュートン力学と、マクスウェルの電磁気学です。どちらも実験とよく合い、どちらも「これで終わりだ」と思わせる完結性を持っていました。問題は、この二つを同時に信じることができなかった点にあります。

ニュートン力学には、ガリレオ以来の深い性質があります。等速で走る船の船室の中では、どんな力学実験をしても船が動いていることを検出できない、という性質です。物理法則は、静止している実験室でも等速直線運動する実験室でも、まったく同じ形をしています。

一方、マクスウェル方程式には cc という速さが定数として現れます。真空の誘電率と透磁率だけから決まる、この理論に固有の値です。ところが「速さ」は、どの座標系で測るかによって値が変わる量のはずです。マクスウェル方程式に現れる cc は、いったいどの座標系で測った速さなのでしょうか。

自然な答えは「光を伝える媒質(エーテル)が静止している座標系」でした。音波が空気に対して一定の速さで伝わるように、光もエーテルに対して一定の速さで伝わる、というわけです。しかしこの答えを採ると、エーテルの静止系という特別な慣性系が存在することになり、ガリレオ以来の相対性原理は電磁気学には及ばないことになります。地球はエーテルの中を秒速 30 km で公転しているはずですから、地上には「エーテル風」が吹いているはずで、それは測定できるはずです。

アインシュタインは後年の自伝的な覚え書きの中で、16 歳のころに考えた疑問を書いています。光を光速で追いかけたら何が見えるのか、という疑問です。マクスウェル方程式によれば、光は振動しながら進む電磁場です。もし光と並走できたなら、振動しているが進まない電磁場、つまりマクスウェル方程式の解ではない何かが見えるはずです。しかしそんなものは誰も見たことがありません。

この記事では、この矛盾がどこまで深刻だったのかを計算で確かめ、アインシュタインが 1905 年に出した答え(二つの公準)が、なぜ絶対時間を捨てることを強制するのかを見ます。時間の遅れや空間の縮みそのものは次章の ローレンツ変換時間の遅れ(定理 3.3)[ローレンツ変換]ローレンツ収縮(定理 4.2)[ローレンツ変換])で扱います。

2. 準備:慣性系とガリレイの相対性原理

Section titled “2. 準備:慣性系とガリレイの相対性原理”

相対性理論では、まず「いつ・どこで」を一つにまとめた対象を基本に据えます。

定義 2.1事象

時空の 1 点、すなわち「どこで・いつ」の組を事象という。慣性系を一つ選ぶと、事象は 4 つの数 (t,x,y,z)(t, x, y, z) で表される。「電球が光った」「二つの粒子が衝突した」のように、広がりも持続も持たない出来事が事象である。

定義 2.2慣性系

外力の働かない質点がつねに等速直線運動をするように見える座標系(互いに静止した物差しと、同期した時計の組)を慣性系という。

慣性系という概念そのものは ニュートン力学の基礎 で導入したもの(慣性系の定義(定義 3.1)[ニュートン力学の基礎])と同じです。相対性理論で新しくなるのは、慣性系どうしを結ぶ変換則の方です。

定義 2.3ガリレイ変換

慣性系 SS の座標を (t,x,y,z)(t, x, y, z) とし、SS に対して xx 軸の正の向きに一定の速さ vv で動く座標系 SS' の座標を (t,x,y,z)(t', x', y', z') とする。t=0t = 0 で両者の原点が一致し、座標軸が平行であるとして、同じ事象の座標が

t=t,x=xvt,y=y,z=zt' = t,\qquad x' = x - vt,\qquad y' = y,\qquad z' = z

で結ばれるとき、この対応をガリレイ変換という。第 1 式は「時間はどの系でも共通である」という主張であり、これを絶対時間の仮定という。

公理 2.4ガリレイの相対性原理

すべての慣性系は力学法則に関して同等である。すなわち、力学の法則がある慣性系で成り立つならば、それに対して等速直線運動をするすべての慣性系においても、まったく同じ形の法則が成り立つ。

例 2.5ガリレオの船室

ガリレオは 1632 年の『天文対話』で、次のような情景を描きました。大きな船の船倉に閉じこもり、蝶や蠅を放し、金魚鉢を置き、天井から水滴を垂らす瓶を吊るす。船が止まっているとき、虫は部屋のどこへでも同じように飛び、水滴はまっすぐ下の器に落ち、床の上を跳ぶときはどちらの向きにも同じだけ跳べます。さて船を一定の速さでまっすぐ走らせる。すると、これらの現象はどれ一つとして変化しません。だから船室の中の観測だけからは、船が進んでいるか止まっているかを判定できないのです。

ここで効いているのは「一定の速さでまっすぐ」という条件です。船が加速したり旋回したりすれば、虫も水滴もただちに異常を示します。相対性原理が同等だと主張しているのは慣性系どうしであって、任意の座標系ではありません。

なぜ船室の中で何も変わらないのか。その理由は、ニュートンの運動方程式(第 2 法則(公理 3.3)[ニュートン力学の基礎])についての次の計算に尽きます。

定理 2.6ニュートンの運動方程式のガリレイ不変性

NN 個の質点からなる系を考え、質点 ii の質量を mim_i、慣性系 SS における位置を ri(t)\boldsymbol{r}_i(t) とする。質点 ii に働く力が、質点間の相対位置ベクトルだけの関数

Fi=Fi(r1r2, r1r3, , rN1rN)\boldsymbol{F}_i = \boldsymbol{F}_i(\boldsymbol{r}_1 - \boldsymbol{r}_2,\ \boldsymbol{r}_1 - \boldsymbol{r}_3,\ \ldots,\ \boldsymbol{r}_{N-1} - \boldsymbol{r}_N)

で与えられるとする。このとき、SS で運動方程式 mir¨i=Fim_i \ddot{\boldsymbol{r}}_i = \boldsymbol{F}_i が成り立つならば、SS とガリレイ変換で結ばれた任意の慣性系 SS' においても、同じ関数 Fi\boldsymbol{F}_i を用いて mir¨i=Fi(r1r2,)m_i \ddot{\boldsymbol{r}}\,'_i = \boldsymbol{F}_i(\boldsymbol{r}\,'_1 - \boldsymbol{r}\,'_2, \ldots) が成り立つ。

証明(定理 2.6)

定義 2.3 をベクトルで書けば、相対速度ベクトルを v\boldsymbol{v} として ri=rivt\boldsymbol{r}\,'_i = \boldsymbol{r}_i - \boldsymbol{v}tt=tt' = t である。

まず時間微分について、t=tt' = t だから ddt=ddt\dfrac{d}{dt'} = \dfrac{d}{dt} であり、微分の記号を付け替える必要はない。よって

r˙i=r˙iv,r¨i=r¨i.\dot{\boldsymbol{r}}\,'_i = \dot{\boldsymbol{r}}_i - \boldsymbol{v},\qquad \ddot{\boldsymbol{r}}\,'_i = \ddot{\boldsymbol{r}}_i .

v\boldsymbol{v} は定数ベクトルなので、2 回目の微分で消える。すなわち加速度はガリレイ変換で不変である。

次に力について、相対位置ベクトルは

rirj=(rivt)(rjvt)=rirj\boldsymbol{r}\,'_i - \boldsymbol{r}\,'_j = (\boldsymbol{r}_i - \boldsymbol{v}t) - (\boldsymbol{r}_j - \boldsymbol{v}t) = \boldsymbol{r}_i - \boldsymbol{r}_j

となり、vt\boldsymbol{v}t が打ち消し合って不変である。仮定より力は相対位置だけの関数だったから、Fi\boldsymbol{F}_i の値も不変である。

質量 mim_i はニュートン力学では座標系によらない定数である。以上を合わせると

mir¨i=mir¨i=Fi(r1r2,)=Fi(r1r2,)m_i \ddot{\boldsymbol{r}}\,'_i = m_i \ddot{\boldsymbol{r}}_i = \boldsymbol{F}_i(\boldsymbol{r}_1 - \boldsymbol{r}_2, \ldots) = \boldsymbol{F}_i(\boldsymbol{r}\,'_1 - \boldsymbol{r}\,'_2, \ldots)

が得られ、SS' でも同じ形の運動方程式が成り立つ。

万有引力もクーロン力もばねの弾性力も、相対位置だけの関数です。だからニュートン力学の実用的な場面はすべてこの定理の適用範囲に入り、船室の中の実験では船の速度が現れません。

系 2.7ガリレイの速度合成則

ある質点の SS における速度を u\boldsymbol{u}SS' における速度を u\boldsymbol{u}' とすると、u=uv\boldsymbol{u}' = \boldsymbol{u} - \boldsymbol{v} が成り立つ。

証明(系 2.7)

定義 2.3r=rvt\boldsymbol{r}\,' = \boldsymbol{r} - \boldsymbol{v}tt=tt' = t で微分すると

u=drdt=ddt(rvt)=uv\boldsymbol{u}' = \frac{d\boldsymbol{r}\,'}{dt'} = \frac{d}{dt}(\boldsymbol{r} - \boldsymbol{v}t) = \boldsymbol{u} - \boldsymbol{v}

である。ここで t=tt' = t という絶対時間の仮定を、微分の変数を取り替えるところで使っている。

注意 2.8相対性原理は何を主張しているか

相対性原理はしばしば「絶対静止は存在しない」と要約されますが、これは正確ではありません。原理が言うのは「絶対静止を検出する物理法則が存在しない」ということです。仮に絶対静止系が実在したとしても、そこに対する自分の速度を測る方法が原理的にないなら、その概念は物理学から追放してよい、という立場です。エーテルをめぐる論争が意味を持ったのは、まさに「エーテル風は測れるはずだ」と考えられたからでした。

3. マクスウェル方程式はガリレイ変換で形を変える

Section titled “3. マクスウェル方程式はガリレイ変換で形を変える”

真空中(電荷も電流もない領域)のマクスウェル方程式は

E=0,B=0,×E=Bt,×B=ε0μ0Et\nabla \cdot \boldsymbol{E} = 0,\qquad \nabla \cdot \boldsymbol{B} = 0,\qquad \nabla \times \boldsymbol{E} = -\frac{\partial \boldsymbol{B}}{\partial t},\qquad \nabla \times \boldsymbol{B} = \varepsilon_0 \mu_0 \frac{\partial \boldsymbol{E}}{\partial t}

です。ここから波動方程式が出ることを確認しておきます。

命題 3.1電磁波の波動方程式

真空中のマクスウェル方程式を満たす電場 E\boldsymbol{E}

2Et2=c22E,c=1ε0μ0\frac{\partial^2 \boldsymbol{E}}{\partial t^2} = c^2 \nabla^2 \boldsymbol{E},\qquad c = \frac{1}{\sqrt{\varepsilon_0 \mu_0}}

を満たす。磁場 B\boldsymbol{B} も同じ方程式を満たす。

証明(命題 3.1)

第 3 式の両辺の回転(rot)を取る。左辺にベクトル解析の恒等式 ×(×A)=(A)2A\nabla \times (\nabla \times \boldsymbol{A}) = \nabla(\nabla \cdot \boldsymbol{A}) - \nabla^2 \boldsymbol{A} を使うと

×(×E)=(E)2E=2E\nabla \times (\nabla \times \boldsymbol{E}) = \nabla(\nabla \cdot \boldsymbol{E}) - \nabla^2 \boldsymbol{E} = -\nabla^2 \boldsymbol{E}

となる。最後の等号で第 1 式 E=0\nabla \cdot \boldsymbol{E} = 0 を使った。

右辺は、時間微分と空間微分の順序を交換して

×(Bt)=t(×B)=ε0μ02Et2\nabla \times \left(-\frac{\partial \boldsymbol{B}}{\partial t}\right) = -\frac{\partial}{\partial t}(\nabla \times \boldsymbol{B}) = -\varepsilon_0\mu_0 \frac{\partial^2 \boldsymbol{E}}{\partial t^2}

となる。最後の等号で第 4 式を使った。両辺を等置し、符号を払えば主張の式を得る。B\boldsymbol{B} については第 4 式の回転を取り、第 2 式と第 3 式を使えば同様である。

例 3.2定数の組み合わせが光速になる

ε0=8.8542×1012 F/m\varepsilon_0 = 8.8542 \times 10^{-12}\ \mathrm{F/m}μ0=1.25664×106 N/A2\mu_0 = 1.25664 \times 10^{-6}\ \mathrm{N/A^2} を代入してみます。

ε0μ0=8.8542×1.25664×1018=1.11265×1017,\varepsilon_0 \mu_0 = 8.8542 \times 1.25664 \times 10^{-18} = 1.11265 \times 10^{-17},ε0μ0=3.3356×109,c=13.3356×109=2.998×108 m/s.\sqrt{\varepsilon_0\mu_0} = 3.3356 \times 10^{-9},\qquad c = \frac{1}{3.3356\times 10^{-9}} = 2.998 \times 10^{8}\ \mathrm{m/s}.

電気と磁気の実験だけから決まる二つの定数を組み合わせると、光の速さが出てきます。マクスウェル自身が 1862 年にこの計算をしたときの値は約 3.11×1083.11\times10^8 m/s で、当時知られていたフィゾーによる光速の測定値 3.15×1083.15\times10^8 m/s とよく一致していました。この一致から、光は電磁波であるという結論が導かれたのです。

同時にこの計算は、cc が「どの座標系で測った速さか」を何も指定していないことも示しています。ε0\varepsilon_0μ0\mu_0 も、方向を持たないただの数だからです。

さて、この波動方程式がガリレイ変換でどうなるかを見ます。話を見やすくするため、xx 方向にだけ変化する場合を考えます。

定理 3.3波動方程式はガリレイ変換で不変でない

1 次元の波動方程式

2ut2=c22ux2\frac{\partial^2 u}{\partial t^2} = c^2 \frac{\partial^2 u}{\partial x^2}

を、定義 2.3 によって (t,x)(t', x') の変数に書き直すと

2ut22v2uxt=(c2v2)2ux2\frac{\partial^2 u}{\partial t'^2} - 2v\,\frac{\partial^2 u}{\partial x' \partial t'} = (c^2 - v^2)\,\frac{\partial^2 u}{\partial x'^2}

となる。v0v \ne 0 である限り、これはもとの方程式と同じ形ではない。

証明(定理 3.3)

uuC2C^2 級として、合成関数の微分法を使う。t=tt' = tx=xvtx' = x - vt だから、tt を固定して xx で偏微分すると x/x=1\partial x'/\partial x = 1t/x=0\partial t'/\partial x = 0 より

x=x.\frac{\partial}{\partial x} = \frac{\partial}{\partial x'} .

一方、xx を固定して tt で偏微分すると x/t=v\partial x'/\partial t = -vt/t=1\partial t'/\partial t = 1 より

t=tvx.\frac{\partial}{\partial t} = \frac{\partial}{\partial t'} - v\frac{\partial}{\partial x'} .

この演算子を 2 回作用させる。uuC2C^2 級なので混合偏微分は交換でき、

2t2=(tvx)2=2t22v2xt+v22x2\frac{\partial^2}{\partial t^2} = \left(\frac{\partial}{\partial t'} - v\frac{\partial}{\partial x'}\right)^2 = \frac{\partial^2}{\partial t'^2} - 2v\frac{\partial^2}{\partial x' \partial t'} + v^2 \frac{\partial^2}{\partial x'^2}

となる。これらを波動方程式に代入すると

2ut22v2uxt+v22ux2=c22ux2\frac{\partial^2 u}{\partial t'^2} - 2v\frac{\partial^2 u}{\partial x' \partial t'} + v^2 \frac{\partial^2 u}{\partial x'^2} = c^2 \frac{\partial^2 u}{\partial x'^2}

であり、v22u/x2v^2 \partial^2 u/\partial x'^2 を右辺に移せば主張の式になる。

もとの形と比べると、交差項 2v2u/xt-2v\,\partial^2 u/\partial x'\partial t' が新たに現れ、右辺の係数が c2c^2 から c2v2c^2 - v^2 に変わっている。この二つは v0v \ne 0 では消せない。実際、もし SS' でも同じ形 t2u=c2x2u\partial_{t'}^2 u = c^2 \partial_{x'}^2 u が成り立つとすると、両者の差を取って 2v2u/xt=v22u/x22v\,\partial^2 u/\partial x'\partial t' = v^2 \partial^2 u /\partial x'^2 が任意の解について成り立つことになるが、これは解の集合を著しく制限する条件であって、一般には成り立たない。

系 3.4動く系での光の速さ

SS において +x+x 方向に速さ cc で進む波は、SS' では速さ cvc - v で進む。x-x 方向に進む波は SS' では速さ c+vc + v で進む。

証明(系 3.4)

1 次元波動方程式の一般解はダランベールの形 u=f(xct)+g(x+ct)u = f(x - ct) + g(x + ct) で与えられる。定義 2.3 を逆に解くと x=x+vtx = x' + vt't=tt = t' だから

xct=x+vtct=x(cv)t,x+ct=x+(c+v)tx - ct = x' + vt' - ct' = x' - (c - v)t',\qquad x + ct = x' + (c + v)t'

となる。よって SS' から見ると、ff の表す波形は速さ cvc - v で正の向きに、gg の表す波形は速さ c+vc + v で負の向きに進む。これは 系 2.7 をそのまま光に当てはめた結果と一致する。

つまりガリレイ変換を認める限り、光の速さは観測者の運動によって c±vc \pm v と変わらなければなりません。マクスウェル方程式が cc という単一の値を指定している以上、方程式がそのままの形で成り立つ慣性系は特別な一つだけ、ということになります。これがエーテル静止系です。

例 3.5エーテル風はどれくらいの大きさか

地球の公転速度は約 v=2.98×104v = 2.98\times10^4 m/s です。c=3.00×108c = 3.00\times10^8 m/s と比べると

βvc=2.98×1043.00×108=9.9×105,β2=9.9×109108\beta \equiv \frac{v}{c} = \frac{2.98\times10^4}{3.00\times10^8} = 9.9 \times 10^{-5},\qquad \beta^2 = 9.9\times10^{-9} \approx 10^{-8}

です。β\beta の 1 次の効果、つまり 10410^{-4} 程度の相対的な差なら、19 世紀末の光学測定でも十分に見える大きさでした。ただし後で見るように、光を往復させる測定では 1 次の効果が打ち消し合ってしまい、残るのは β2108\beta^2 \sim 10^{-8} という 1 億分の 1 の効果です。これを捕まえるには、干渉計という道具が必要になります。

flowchart TD
A["ニュートン力学:ガリレイ変換で形が変わらない"] --> C{"両立しない"}
B["マクスウェル方程式:光速 c が方程式の定数"] --> C
C --> D["応答 1:エーテルという特別な慣性系がある"]
C --> E["応答 2:マクスウェル方程式の方が不完全である"]
C --> F["応答 3:ガリレイ変換の方が誤りである"]
D --> G["マイケルソン・モーリーの実験が否定"]
E --> H["光行差・連星の観測と合わない"]
F --> I["特殊相対性理論"]
19 世紀末の論理的な行き詰まりと、そこから伸びる三つの道

応答 2 にはいくつかの変種がありました。エーテルが地球に完全に引きずられるとする説は、恒星の光行差(ブラッドリーが 1728 年に発見した、星の見かけの位置が公転にともなって年周変化する現象)と合いません。光の速さが光源の速度に加算されるとする放出説は、マクスウェル方程式を捨てることになるうえ、デ・シッターが 1913 年に指摘したように、連星の見かけの運動が観測と食い違ってしまいます。1851 年のフィゾーの流水実験は、水の中を進む光がフレネルの随伴係数 11/n21 - 1/n^2 の分だけ引きずられることを示し、完全随伴も単純な放出説も支持しませんでした。こうして応答 1、すなわち「地球に対して静止していないエーテルが存在する」が最有力候補として残ったのです。

4. マイケルソン・モーリーの実験

Section titled “4. マイケルソン・モーリーの実験”

エーテル風が実在するなら、それは光の往復時間の差として現れるはずです。マイケルソンが考案した干渉計は、直角に交わる二つの腕に光を往復させ、その時間差を干渉縞として読み取る装置でした。

光源検出器鏡 M1鏡 M2半透鏡腕 1(長さ L)腕 2(長さ L)エーテル風 v
マイケルソン干渉計。光源から出た光は半透鏡で二つに分かれ、それぞれの鏡で反射して戻り、再び重なって干渉縞をつくる

命題 4.1エーテル仮説が予言する干渉縞の移動

長さがともに LL の二本の腕を持つ干渉計が、エーテルに対して速さ vv で腕 1 の方向に動いているとする。エーテル静止系では光の速さが cc であり、干渉計から見た光の速さは 系 2.7 に従うとする。β=v/c\beta = v/c と書くとき、二本の腕を光が往復する時間は

t1=2Lc11β2,t2=2Lc11β2t_1 = \frac{2L}{c}\cdot\frac{1}{1 - \beta^2},\qquad t_2 = \frac{2L}{c}\cdot\frac{1}{\sqrt{1 - \beta^2}}

で与えられ、β1\beta \ll 1 のとき

t1t2Lβ2c=Lv2c3t_1 - t_2 \simeq \frac{L\beta^2}{c} = \frac{Lv^2}{c^3}

である。装置を 9090^\circ 回転させると二本の腕の役割が入れ替わるので、波長 λ\lambda の光を使ったとき、回転にともなって観測される干渉縞の移動量は

ΔN=2c(t1t2)λ2Lv2λc2\Delta N = \frac{2c\,(t_1 - t_2)}{\lambda} \simeq \frac{2Lv^2}{\lambda c^2} \quad \text{本}

である。

証明(命題 4.1)

腕 1(エーテル風に平行). 干渉計から見ると、行きの光は風に逆らうので速さ cvc - v、帰りの光は風に乗るので速さ c+vc + v である(系 2.7)。よって

t1=Lcv+Lc+v=L(c+v)+L(cv)(cv)(c+v)=2Lcc2v2=2Lc11β2.t_1 = \frac{L}{c - v} + \frac{L}{c + v} = \frac{L(c+v) + L(c-v)}{(c-v)(c+v)} = \frac{2Lc}{c^2 - v^2} = \frac{2L}{c}\cdot\frac{1}{1-\beta^2}.

腕 2(エーテル風に垂直). こちらはエーテル静止系で考えるのが早い。片道にかかる時間を τ\tau とすると、光はこの間に cτc\tau だけ進む。その間に鏡は干渉計の進行方向(風とは逆向き)に vτv\tau だけ動くが、光は長さ LL の腕の先端に届かねばならないので、光の経路は直角三角形の斜辺になる。三平方の定理から

(cτ)2=(vτ)2+L2τ=Lc2v2.(c\tau)^2 = (v\tau)^2 + L^2 \quad\Longrightarrow\quad \tau = \frac{L}{\sqrt{c^2 - v^2}} .

往復では

t2=2Lc2v2=2Lc11β2.t_2 = \frac{2L}{\sqrt{c^2 - v^2}} = \frac{2L}{c}\cdot\frac{1}{\sqrt{1-\beta^2}} .

差の評価. β1\beta \ll 1 として (1β2)1=1+β2+O(β4)(1-\beta^2)^{-1} = 1 + \beta^2 + O(\beta^4)(1β2)1/2=1+12β2+O(β4)(1-\beta^2)^{-1/2} = 1 + \tfrac{1}{2}\beta^2 + O(\beta^4) を使うと

t1t2=2Lc[(1+β2)(1+12β2)]+O(β4)=Lβ2c+O(β4).t_1 - t_2 = \frac{2L}{c}\left[\left(1 + \beta^2\right) - \left(1 + \tfrac{1}{2}\beta^2\right)\right] + O(\beta^4) = \frac{L\beta^2}{c} + O(\beta^4).

1 次の項 β\beta が現れないことに注意する。往復させたために打ち消えたのである(例 3.5)。

回転による効果. 装置を 9090^\circ 回転すると腕 1 が風に垂直、腕 2 が風に平行になるので、時間差は符号を変えて (t1t2)-(t_1 - t_2) になる。したがって回転の前後で光路差は c(t1t2)c((t1t2))=2c(t1t2)c\,(t_1-t_2) - c\,(-(t_1-t_2)) = 2c(t_1-t_2) だけ変化する。干渉縞は光路差が λ\lambda 変わるごとに 1 本ずれるから、移動量は ΔN=2c(t1t2)/λ=2Lβ2/λ=2Lv2/(λc2)\Delta N = 2c(t_1-t_2)/\lambda = 2L\beta^2/\lambda = 2Lv^2/(\lambda c^2) 本である。

例 4.21887 年の実験がねらった数値

マイケルソンとモーリーは、光を何度も往復させることで実効的な腕の長さを L=11L = 11 m まで伸ばしました。vv には地球の公転速度 3.0×1043.0\times10^4 m/s を、λ\lambda には 5.9×1075.9\times10^{-7} m(ナトリウムの黄色い光)を使うと、命題 4.1 より

ΔN=2×11×(3.0×104)2(5.9×107)×(3.0×108)2=1.98×10105.31×1010=0.37\Delta N = \frac{2 \times 11 \times (3.0\times10^4)^2}{(5.9\times10^{-7}) \times (3.0\times10^8)^2} = \frac{1.98\times10^{10}}{5.31\times10^{10}} = 0.37

本となります。分子は 2×11×9.0×108=1.98×10102\times11\times9.0\times10^8 = 1.98\times10^{10}、分母は 5.9×107×9.0×1016=5.31×10105.9\times10^{-7}\times9.0\times10^{16} = 5.31\times10^{10} です。

装置の感度は縞 0.01 本のずれを読み取れるところまで追い込まれていました。予想される 0.4 本は、感度の 40 倍です。ところが実際に観測されたずれは 0.01 本を下回りました。二人は、地球のエーテルに対する相対速度は公転速度の 6 分の 1 以下であろうと結論しています。ΔN\Delta Nv2v^2 に比例しますから、速度が 6 分の 1 なら縞のずれは 36 分の 1、つまり 0.01 本になります。

注意 4.3この実験は何を否定したのか

マイケルソン・モーリーの実験は、光速度不変の原理を直接証明したわけではありません。この実験が示したのは「二次の精度でエーテル風が検出されない」という一つの否定的事実です。

同じ結果を説明する方法は、実は他にもありました。ローレンツとフィッツジェラルドは、エーテル中を速さ vv で運動する物体は運動方向に 1β2\sqrt{1-\beta^2} 倍だけ縮む、という仮説を立てました。これを 命題 4.1 に入れると零結果がぴたりと再現されます(Appendix を参照)。エーテルは生き残れたのです。

アインシュタインの 1905 年の論文は、冒頭で「光を伝える媒質に対する地球の運動を検出しようとする試みが失敗してきたこと」に触れていますが、マイケルソン・モーリーの実験を名指しはしていません。彼が最初の動機として挙げているのは、次の例に述べる磁石と導体の非対称性です。

5. アインシュタインの二つの公準

Section titled “5. アインシュタインの二つの公準”

例 5.1磁石と導体:説明だけが二つある

磁石とコイルを相対的に動かすと、コイルに電流が流れます。このとき、どちらが動いているかによって電磁気学の説明はまったく異なります。

磁石を止めてコイルを速さ vv で動かす場合、コイルの中の電荷は磁場 B\boldsymbol{B} の中を動くので、ローレンツ力 qv×Bq\boldsymbol{v}\times\boldsymbol{B} を受けて動きます。このとき電場は登場しません。

逆にコイルを止めて磁石を速さ vv で動かす場合、コイルの位置で磁場が時間変化するので、×E=B/t\nabla \times \boldsymbol{E} = -\partial \boldsymbol{B}/\partial t によって電場 E\boldsymbol{E} が生じ、その電場が電荷を押します。今度は磁場による力は登場しません。

原因として持ち出される場は違うのに、生じる電流は相対速度だけで決まり、二つの場合を実験的に区別することはできません。アインシュタインは 1905 年の論文の第一段落でこの非対称性を挙げ、これは「絶対静止」という概念が自然界に対応物を持たないことの徴候だと述べました。理論の中には非対称性があるのに、現象には非対称性がない。それなら理論の側を直すべきだ、という判断です。

そこで置かれたのが、次の二つの公準です。

公理 5.2特殊相対性原理

すべての慣性系は、力学だけでなく電磁気学を含むあらゆる物理法則に関して同等である。すなわち、物理法則を表す方程式は、互いに等速直線運動をするすべての慣性系において、方程式に現れる定数まで込めて同じ形をとる。

公理 5.3光速度不変の原理

真空中を進む光の速さは、光源が運動しているか静止しているかによらず、また、どの慣性系で測っても、つねに同じ値 cc をとる。

注意 5.4二つの公準の役割の違い

第一公準は、公理 2.4 の適用範囲を電磁気学まで広げただけのもので、内容としては保守的です。ラディカルなのは第二公準の方です。

なお第二公準は、注意深く見ると二つの主張を含んでいます。(a) 一つの慣性系において、光の速さは光源の運動によらない。(b) その速さの値はどの慣性系でも同じである。実は (b) は (a) と第一公準から従います。慣性系 SS で (a) が物理法則として成り立つとしましょう。公理 5.2 により、同じ法則が任意の慣性系 SS' でも同じ形で成り立ちます。法則に現れる定数 cc命題 3.1 のとおり ε0,μ0\varepsilon_0, \mu_0 という普遍定数から決まる値であり、「同じ形」とは定数の値まで同じという意味ですから、SS' でも光の速さは同じ cc です。

そして (a) の方は、波動という描像からはむしろ自然な性質です。空気中の音の速さが、音源が動いているかどうかによらないのと同じことです。だから第二公準は、まったく根拠のない大胆な仮定ではなく、「光は波動である」と「相対性原理」を素直につないだ結果だと見ることができます。

二つの公準を認めると、ガリレイ変換は即座に破綻します。しかも破綻するのは x=xvtx' = x - vt の部分ではなく、t=tt' = t の部分です。

定理 5.5絶対時間と光速度不変は両立しない

慣性系 SSSS' が、定数 a,ba, b を用いて

t=t,x=ax+btt' = t,\qquad x' = ax + bt

という変換で結ばれているとする。SS でも SS' でも、真空中の光が +x+x 方向にも x-x 方向にも同じ速さ cc で進むならば、a=1a = 1 かつ b=0b = 0 であり、したがって x=xx' = x、すなわち SS'SS に対して静止している。

証明(定理 5.5)

+x+x 方向に進む光を考える。SS での軌跡は、定数 x0x_0 を用いて x=x0+ctx = x_0 + ct と書ける。これを変換に代入すると

x=a(x0+ct)+bt=ax0+(ac+b)t=ax0+(ac+b)tx' = a(x_0 + ct) + bt = ax_0 + (ac + b)\,t = ax_0 + (ac + b)\,t'

となる。最後の等号で仮定 t=tt' = t を使った。よって SS' から見たこの光の速さは ac+bac + b である。これが cc に等しいという条件から

ac+b=c.(i)ac + b = c. \tag{i}

同様に x-x 方向に進む光の軌跡 x=x0ctx = x_0 - ct を代入すると

x=ax0+(ac+b)tx' = ax_0 + (-ac + b)\,t'

となり、SS' での速さは ac+b|-ac+b| である。負の向きに速さ cc で進むという条件から

ac+b=c.(ii)-ac + b = -c. \tag{ii}

(i) と (ii) を辺々加えると 2b=02b = 0、すなわち b=0b = 0。辺々引くと 2ac=2c2ac = 2c であり、c0c \ne 0 だから a=1a = 1。よって x=xx' = x である。

SS' の原点は x=0x' = 0 で定義されるが、これは SS において x=0x = 0 を意味する。SS' の原点は SS の中で動かないので、両者の相対速度は 00 である。

注意 5.6なぜ 1 次式に限ってよいのか

定理 5.5 では変換が xxtt の 1 次式であると仮定しました。この仮定には理由があります。慣性系の定義(定義 2.2)から、一方の系で等速直線運動をする質点は、他方の系でも等速直線運動をしていなければなりません。つまり座標変換は「時空の直線を直線に写す」写像です。加えて時空が一様である(どの点も特別でない)ことを認めると、この写像はアフィン変換、座標原点を合わせれば 1 次式に限られます。この点の詳しい議論と、そこから実際にローレンツ変換を導く手続きは ローレンツ変換ローレンツ変換(ブースト)(定理 6.1)[ローレンツ変換])で扱います。

系 5.7絶対時間の放棄

公理 5.2公理 5.3 を認めるならば、相対速度が 00 でない二つの慣性系を結ぶ座標変換は、t=tt' = t を満たさない。すなわち時間の進み方は慣性系によらない、という仮定は捨てなければならない。

証明(系 5.7)

注意 5.6 により、慣性系を結ぶ変換は 1 次式としてよい。もし t=tt' = t が成り立つとすると、定理 5.5 の仮定がすべて満たされる。実際、光速がどちらの系でも cc であることは 公理 5.3 が保証する。したがって結論として相対速度が 00 となり、仮定に反する。

ここが分岐点です。19 世紀の物理学者たちは t=tt' = t を疑いませんでした。時間は世界に一つだけあって、すべての観測者が共有するもの、というのがニュートン以来の前提だったからです。アインシュタインは、この前提こそが二つの理論を衝突させている真犯人だと見抜きました。

絶対時間を捨てるとは、具体的に何を捨てることなのでしょうか。まず失われるのが「同時刻」の絶対性です。

定理 5.8同時刻の相対性

地上の慣性系で測った長さが \ell の車両が、地上に対して一定の速さ vv0<v<c0 < v < c)でまっすぐ走っている。車両の中央に置かれた光源から、前方と後方に向けて同時に光の信号を出す。このとき、

  1. 車両とともに動く慣性系では、二つの信号は前端と後端に同時に到達する。
  2. 地上の慣性系では、後端への到達が前端への到達より
Δt=vc2v2\Delta t = \frac{\ell v}{c^2 - v^2}

だけ早い。

したがって「二つの事象が同時に起きた」という言明の真偽は、どの慣性系で判定するかに依存する。

証明(定理 5.8)

1 の証明. 車両とともに動く系では、光源から前端までの距離と後端までの距離は等しい(中央に置いたから)。この系でも 公理 5.3 により光は前後どちらにも同じ速さ cc で進む。等しい距離を等しい速さで進むのだから、所要時間は等しい。よって同時に到達する。

2 の証明. 地上の慣性系で計算する。信号を出した瞬間を t=0t = 0、そのときの光源の位置を x=0x = 0 とする。公理 5.3 により、光源が動いていても地上系での光の速さは cc である。ここが古典論との決定的な違いで、系 2.7 のように c+vc + vcvc - v にはならない。

前端は t=0t = 0x=/2x = \ell/2 にあり、速さ vv で進むので位置は /2+vt\ell/2 + vt である。前向きの光は x=ctx = ct にあるから、到達時刻 t+t_+

ct+=2+vt+t+=2(cv).c\,t_+ = \frac{\ell}{2} + v\,t_+ \quad\Longrightarrow\quad t_+ = \frac{\ell}{2(c - v)} .

後端は /2+vt-\ell/2 + vt にあり、後ろ向きの光は x=ctx = -ct にあるから、到達時刻 tt_-

ct=2+vtt=2(c+v).-c\,t_- = -\frac{\ell}{2} + v\,t_- \quad\Longrightarrow\quad t_- = \frac{\ell}{2(c + v)} .

0<v<c0 < v < c より cv<c+vc - v < c + v なので t+>tt_+ > t_- であり、後端への到達が先である。差は

t+t=2(1cv1c+v)=2(c+v)(cv)c2v2=vc2v2t_+ - t_- = \frac{\ell}{2}\left(\frac{1}{c-v} - \frac{1}{c+v}\right) = \frac{\ell}{2}\cdot\frac{(c+v)-(c-v)}{c^2 - v^2} = \frac{\ell v}{c^2 - v^2}

となる。これが主張の Δt\Delta t である。

1 と 2 より、「光が前端に到達した」「光が後端に到達した」という二つの事象は、車両の系では同時刻に起き、地上の系では同時刻ではない。

注意 5.9ここから先に起きること

同時刻の相対性は、単なる奇妙な現象ではなく、相対論のほとんどすべての帰結の源です。

たとえば「棒の長さ」を測るには、棒の両端の位置を同時刻に読まなければなりません。同時刻の意味が慣性系ごとに違うのですから、長さも慣性系ごとに違って当然です。「離れた二つの時計が合っている」ことの意味も慣性系ごとに違いますから、時計の進み方の比較にも同じことが起こります。長さの収縮と時間の遅れを定量的に導く作業は、ローレンツ変換(同時刻のずれを一般の形で書き下したものが 同時刻の相対性(定理 5.1)[ローレンツ変換] です)で行います。

同時刻の相対性が因果律を壊さないことも重要です。Δt\Delta t の式は、光が届く前の事象と後の事象の順序までは入れ替えません。順序が入れ替わりうるのは、光でも結べないほど離れた二つの事象、つまり互いに影響を及ぼしあえない事象だけです(因果構造の絶対性(命題 7.3)[ローレンツ変換])。

6. 何が捨てられ、何が残ったのか

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整理しておきます。

概念特殊相対性理論での扱い
相対性原理力学から全物理法則へ拡張。むしろ強化された
絶対時間 t=tt' = t放棄(系 5.7
ガリレイ変換放棄。ただし β1\beta \ll 1 では良い近似として残る
エーテル検出手段がないので不要(注意 2.8
マクスウェル方程式そのまま。修正の必要なし
ニュートンの運動方程式修正が必要。次々章で扱う
因果律保たれる

捨てられたのは電磁気学ではなく力学の側の枠組みだった、というのがこの章の結論です。運動方程式をどう直すかは 相対論的力学 の主題で、出発点は ニュートン的な運動量保存が慣性系に依存してしまうこと(例 1.1)[相対論的力学]、鍵になるのは 4元運動量(定義 4.1)[相対論的力学]その保存則の系独立性(定理 4.2)[相対論的力学] です。

現代の検証は当時とは桁違いの精度に達しています。マイケルソン・モーリー型の実験は、光共振器を回転させる形で繰り返されており、光速の方向依存性は Δc/c1017\Delta c/c \lesssim 10^{-17} の水準まで否定されています。

最後に、相対性原理を「対称性」として見る視点を挙げておきます。慣性系を移り変わる変換の下で法則が不変であるという性質は、時空の対称性そのものです。そして対称性は保存則と結びつきます(ネーターの定理定理 4.1[対称性と保存則])。特殊相対性理論が最終的に運動量やエネルギーの定義を書き換えることになるのは、対称性の群がガリレイ群からローレンツ群に取り替わるからです。

演習 7.1

音波は空気に対して速さ csc_s で伝わる。したがって風速 ww の中で地面に固定した観測者が測る音速は、風下向きに cs+wc_s + w、風上向きに cswc_s - w となり、方向によって異なる。これは相対性原理と矛盾しないのか。光の場合と何が違うのかを述べよ。

解答

矛盾しません。相対性原理は「物理法則の形」がすべての慣性系で同じであるという主張であって、「あらゆる測定値がすべての慣性系で同じ」という主張ではありません。空気は実在する物質であり、その分布と運動は各慣性系での初期条件・境界条件の一部です。風が吹いているという事実は法則ではなく状況ですから、方向によって音速が違っても法則の形は変わりません。実際、空気の運動方程式(流体の法則)はガリレイ変換で不変です。

光の場合の問題点は二つあります。第一に、エーテルは「光を伝えるためだけに要請され、それ以外のどんな効果も持たない」媒質でした。空気なら風速計で独立に測れますが、エーテルには光以外の検出手段がありません。第二に、それでも光の伝播そのものを使えば測れるはずだ、というのがマイケルソン・モーリーの実験でしたが、その速度は検出されませんでした(例 4.2)。検出手段が原理的に存在しない量は、物理学から追放してよい、というのが 注意 2.8 で述べた立場です。

演習 7.2標準

干渉計の二本の腕の長さが等しくなく、それぞれ L1L_1(初めエーテル風に平行)、L2L_2(初め垂直)であるとする。命題 4.1 と同じ仮定の下で、装置を 9090^\circ 回転させたときの干渉縞の移動量が

ΔN(L1+L2)v2λc2\Delta N \simeq \frac{(L_1 + L_2)v^2}{\lambda c^2}

となることを示せ。L1=L2=LL_1 = L_2 = L のとき 命題 4.1 の結果を再現することも確かめよ。

解答

回転前の往復時間は、命題 4.1 の証明と同じ計算により

t1=2L1c11β2,t2=2L2c11β2t_1 = \frac{2L_1}{c}\cdot\frac{1}{1-\beta^2},\qquad t_2 = \frac{2L_2}{c}\cdot\frac{1}{\sqrt{1-\beta^2}}

です。β2\beta^2 の 1 次まで展開すると

t1t22c[L1(1+β2)L2(1+12β2)]=2(L1L2)c+β2c(2L1L2).t_1 - t_2 \simeq \frac{2}{c}\left[L_1(1+\beta^2) - L_2\left(1+\tfrac{1}{2}\beta^2\right)\right] = \frac{2(L_1 - L_2)}{c} + \frac{\beta^2}{c}\left(2L_1 - L_2\right).

回転後は腕 1 が垂直、腕 2 が平行になるので、同じ式で役割を入れ替えて

t1t22c[L1(1+12β2)L2(1+β2)]=2(L1L2)c+β2c(L12L2).t'_1 - t'_2 \simeq \frac{2}{c}\left[L_1\left(1+\tfrac{1}{2}\beta^2\right) - L_2(1+\beta^2)\right] = \frac{2(L_1-L_2)}{c} + \frac{\beta^2}{c}\left(L_1 - 2L_2\right).

腕の長さの違いによる項 2(L1L2)/c2(L_1-L_2)/c は両方に共通で、差を取ると消えます。残るのは

(t1t2)(t1t2)=β2c[(2L1L2)(L12L2)]=β2c(L1+L2).(t_1 - t_2) - (t'_1 - t'_2) = \frac{\beta^2}{c}\left[(2L_1 - L_2) - (L_1 - 2L_2)\right] = \frac{\beta^2}{c}(L_1 + L_2).

光路差に直して波長で割ると

ΔN=cλ[(t1t2)(t1t2)]=β2(L1+L2)λ=(L1+L2)v2λc2\Delta N = \frac{c}{\lambda}\left[(t_1-t_2)-(t'_1-t'_2)\right] = \frac{\beta^2 (L_1+L_2)}{\lambda} = \frac{(L_1+L_2)v^2}{\lambda c^2}

です。L1=L2=LL_1 = L_2 = L とすれば 2Lv2/(λc2)2Lv^2/(\lambda c^2) となり、命題 4.1 と一致します。腕の長さが揃っていなくても効果は消えない、というのがこの計算の要点です。

演習 7.3標準

慣性系 SS の原点で、時刻 t=0t = 0 に閃光が発せられた。公理 5.3 により、時刻 tt における波面は

x2+y2+z2=c2t2x^2 + y^2 + z^2 = c^2 t^2

を満たす球面である。t=0t' = 0 に原点が一致する慣性系 SS' でも、同じ理由で波面は x2+y2+z2=c2t2x'^2 + y'^2 + z'^2 = c^2 t'^2 を満たさなければならない。ガリレイ変換(定義 2.3)がこの要請を満たさないことを、直接代入して確かめよ。

解答

定義 2.3 を逆に解くと x=x+vtx = x' + vt'y=yy = y'z=zz = z't=tt = t' です。これを SS での波面の式の左辺から右辺を引いた量に代入します。

x2+y2+z2c2t2=(x+vt)2+y2+z2c2t2=x2+2vxt+v2t2+y2+z2c2t2=(x2+y2+z2c2t2)+2vxt+v2t2.\begin{aligned} x^2 + y^2 + z^2 - c^2t^2 &= (x' + vt')^2 + y'^2 + z'^2 - c^2 t'^2\\ &= x'^2 + 2vx't' + v^2t'^2 + y'^2 + z'^2 - c^2t'^2\\ &= \left(x'^2 + y'^2 + z'^2 - c^2t'^2\right) + 2vx't' + v^2 t'^2 . \end{aligned}

左辺は SS の波面上で 00 です。したがって SS' でも波面が x2+y2+z2c2t2=0x'^2+y'^2+z'^2-c^2t'^2 = 0 を満たすためには、余分な項が消えなければなりません。

2vxt+v2t2=vt(2x+vt)=0.2vx't' + v^2t'^2 = vt'\left(2x' + vt'\right) = 0 .

これが波面上のすべての点 (t,x,y,z)(t', x', y', z') で成り立つ必要がありますが、t>0t' > 0 の波面には xx' の値が異なる点がいくつもあるので、2x+vt=02x' + vt' = 0 をすべての点で満たすことはできません。よって v=0v = 0 でなければならず、相対運動する慣性系ではガリレイ変換は要請を満たしません。これは 定理 5.5 を 3 次元で言い直したものです。

なお、この計算は次章への橋渡しでもあります。x2+y2+z2c2t2x^2+y^2+z^2-c^2t^2 という組み合わせ(世界間隔(定義 7.1)[ローレンツ変換])を不変に保つ 1 次変換は何か、と問えばローレンツ変換が出てきます(世界間隔の不変性(定理 7.2)[ローレンツ変換])。

演習 7.4標準

定理 5.8Δt=v/(c2v2)\Delta t = \ell v/(c^2-v^2) について、次の二つの場合の数値を求め、結果を比較して考察せよ。c=3.0×108c = 3.0\times10^8 m/s とする。

  1. 長さ =100\ell = 100 m の宇宙船が v=0.50cv = 0.50c で飛んでいる場合。
  2. 長さ =400\ell = 400 m の列車が時速 300 km で走っている場合。
解答

1. v=0.50cv = 0.50c なので c2v2=c2(10.25)=0.75c2c^2 - v^2 = c^2(1 - 0.25) = 0.75\,c^2 です。

Δt=100×0.50c0.75c2=100×0.500.75c=66.73.0×108=2.2×107 秒\Delta t = \frac{100 \times 0.50\,c}{0.75\,c^2} = \frac{100 \times 0.50}{0.75\,c} = \frac{66.7}{3.0\times10^8} = 2.2\times10^{-7}\ \text{秒}

すなわち約 0.22 マイクロ秒です。光が 67 m 進む時間に相当し、宇宙船の長さと同じオーダーですから、船内の出来事の順序を論じるうえで無視できません。

2. 時速 300 km は v=300×103/3600=83.3v = 300\times10^3/3600 = 83.3 m/s です。vcv \ll c なので c2v2c2=9.0×1016c^2 - v^2 \approx c^2 = 9.0\times10^{16} としてよく、

Δt=400×83.39.0×1016=3.33×1049.0×1016=3.7×1013 秒\Delta t = \frac{400 \times 83.3}{9.0\times10^{16}} = \frac{3.33\times10^{4}}{9.0\times10^{16}} = 3.7\times10^{-13}\ \text{秒}

すなわち約 0.37 ピコ秒です。

考察. Δt\Delta tvv の 1 次に比例するので、2 の場合でも厳密には 00 ではありません。同時刻の相対性は「速い場合にだけ起きる新現象」ではなく、つねに起きているのに小さすぎて気づかれなかった効果です。0.37 ピコ秒は人間の感覚では絶対に検出できませんが、光の振動周期(可視光でおよそ 2 フェムト秒)を基準にすれば約 180 周期分にあたり、光学的な手段なら十分に測れる量でもあります。日常で絶対時間が疑われなかったのは、cc が大きいために v/c2\ell v/c^2 が小さいというそれだけの理由です。

  • A. Einstein, “Zur Elektrodynamik bewegter Körper”, Annalen der Physik 17 (1905), 891–921. — 特殊相対性理論の原論文。冒頭の導入と第 1 部 §1〜§2 が、本記事の第 5 章に対応します。
  • A. A. Michelson and E. W. Morley, “On the Relative Motion of the Earth and the Luminiferous Ether”, American Journal of Science 34 (1887), 333–345. — 干渉計の構成、期待される縞の移動量、観測結果がすべて記されています。
  • E. F. Taylor and J. A. Wheeler, Spacetime Physics, 2nd ed., W. H. Freeman, 1992 — 第 1 章。同時刻の相対性を最初に据える構成が本記事と近いです。
  • 佐藤勝彦『相対性理論』(岩波基礎物理シリーズ 9)岩波書店、1996 — 第 1 章。日本語で読める標準的な入門。
  • R. P. Feynman, R. B. Leighton, M. Sands, The Feynman Lectures on Physics, Vol. I, Ch. 15 “The Special Theory of Relativity”. 全文が 公式サイト で公開されています。
  • S. Herrmann et al., “Rotating optical cavity experiment testing Lorentz invariance at the 101710^{-17} level”, Physical Review D 80 (2009), 105011. — 現代版のマイケルソン・モーリー実験。

Appendix: ローレンツ=フィッツジェラルド収縮という「もう一つの説明」

Section titled “Appendix: ローレンツ=フィッツジェラルド収縮という「もう一つの説明」”

注意 4.3 で触れた、エーテルを残したまま零結果を説明する道筋を確認しておきます。

フィッツジェラルド(1889 年)とローレンツ(1892 年)は、エーテル中を速さ vv で運動する物体は運動方向の長さが 1β2\sqrt{1-\beta^2} 倍になる、という仮説を立てました。干渉計の腕 1 は風に平行なので LL1β2L \to L\sqrt{1-\beta^2} と縮み、腕 2 は垂直なので LL のままです。命題 4.1t1t_1 に代入すると

t1=2L1β2c11β2=2Lc11β2=t2t_1 = \frac{2L\sqrt{1-\beta^2}}{c}\cdot\frac{1}{1-\beta^2} = \frac{2L}{c}\cdot\frac{1}{\sqrt{1-\beta^2}} = t_2

となり、時間差はぴたりと 00 になります。装置をどう回しても縞は動きません。エーテルは実在するが、測定器が縮むせいで風が測れない、という説明です。

この仮説には二つの弱点がありました。一つは、それが観測を救うためだけに導入された仮定で、なぜ物体が縮むのかを説明していない点です(ローレンツは後に、分子間力が電磁的な起源を持つならこうなるはずだ、という力学的な理由づけを試みています)。もう一つは、この収縮だけでは実験のすべてを説明しきれない点です。

実際、ケネディとソーンダイクは 1932 年に、腕の長さをわざと大きく違えた干渉計を使い、地球の速度が季節とともに変わっても縞が動かないことを確かめました。演習 7.2 で見たように、腕の長さが違うと収縮だけでは効果が消えず、時間の進み方そのものが 1β2\sqrt{1-\beta^2} 倍になること(時間の遅れ(定理 3.3)[ローレンツ変換])まで認めて初めて零結果になります。時間の遅れの直接測定は、アイヴスとスティルウェルが 1938 年に、運動する原子から出る光のドップラー偏移を前方と後方の両方で測ることによって達成しました。

これら三つの実験(マイケルソン・モーリー、ケネディ・ソーンダイク、アイヴス・スティルウェル)を合わせると、慣性系を結ぶ変換はローレンツ変換に一意に定まります。ローレンツ自身の 1904 年の理論は、観測にかかる量についてはアインシュタインと同じ予言を与えました。違いは物理的解釈です。ローレンツにとって収縮も時間の遅れも、検出不可能なエーテル静止系に対する運動が引き起こす力学的効果でした。アインシュタインにとっては、それらは時間と空間の構造そのものの性質であり、二つの公準から運動学として出てくるものでした。検出できない構造を仮定しないほうを選ぶ、という判断がここで働いています。同じ判断は、後に等価原理から重力の理論を組み立てるときにも繰り返されます(一般相対性理論への招待アインシュタインの等価原理(定義 3.3)[一般相対性理論への招待])。

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