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角運動量とスピン:交換関係から固有値・パウリ行列・合成則を導く

対象読者: 本テーマ第 1〜5 章(演算子・交換関係・水素原子の角度部分)と、学部の線形代数(行列の固有値・テンソル積の初歩)を学んだ人。群論の知識は仮定しません。

前提となる記事:水素原子:中心力場のシュレーディンガー方程式から n, l, m が現れるまで

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回転するものには「回転の勢い」を表す量があり、これを角運動量といいます。ミクロの世界では、この量が測ると必ずとびとびの値になります。しかも電子には、ものが空間を回っているのとは別に、もともと持っている小さな回転の勢い(スピン)があり、その値は軌道運動では出てこない半端な値です。この記事では、回転についての一つの関係式だけを出発点にして、とびとびの値がどう決まるのか、スピンはどう表されるのか、二つの角運動量を足すと何が起きるのかを順に調べます。読み終えると、原子のスペクトルが細かく割れる理由を計算で追えるようになります。

  • 角運動量演算子の本質は [Ji,Jj]=iℏ εijkJk[J_i, J_j] = i\hbar\,\varepsilon_{ijk}J_k という交換関係(二つの量を掛ける順序を入れ替えたときの差の関係)にあります。L=r×p\boldsymbol{L} = \boldsymbol{r}\times\boldsymbol{p} という具体形は、この関係を満たす一例にすぎません。
  • 交換関係とエルミート性だけから、J2\boldsymbol{J}^2 の固有値が ℏ2j(j+1)\hbar^2 j(j+1)、JzJ_z の固有値が ℏm\hbar m(m=−j,−j+1,…,jm = -j, -j+1, \ldots, j)に限られ、さらに jj が 0,12,1,32,…0, \tfrac12, 1, \tfrac32, \ldots に限られることが従います。微分方程式は一切使いません。
  • 半整数の jj が軌道角運動量に現れないのは、代数の都合ではなく「状態が R3\mathbb{R}^3 上の 1 価関数である」という要請のためです。この要請を外すと半整数が使えるようになります。
  • 電子は空間座標に依らない内部自由度としてスピン s=1/2s = 1/2 を持ちます。これはシュテルン=ゲルラッハ実験・アルカリ金属の二重線・異常ゼーマン効果が要求した実験事実で、パウリ行列 σi\sigma_i で表されます。
  • 二つの角運動量を合成すると j=∣j1−j2∣,∣j1−j2∣+1,…,j1+j2j = |j_1 - j_2|, |j_1-j_2|+1, \ldots, j_1+j_2 が各 1 回ずつ現れます。L⋅S=(J2−L2−S2)/2\boldsymbol{L}\cdot\boldsymbol{S} = (\boldsymbol{J}^2 - \boldsymbol{L}^2 - \boldsymbol{S}^2)/2 が結合基底で対角になることが、微細構造の計算の出発点です。

1. 動機:角運動量はどこから来るか

Section titled “1. 動機:角運動量はどこから来るか”

古典力学では、中心力のもとで運動する質点の角運動量 L=r×p\boldsymbol{L} = \boldsymbol{r}\times\boldsymbol{p} が保存します。惑星の軌道が 1 つの平面に収まるのも、面積速度が一定(ケプラーの第 2 法則(定理 3.3)[惑星の運動と中心力])なのも、この保存則の帰結でした(惑星の運動と中心力)。そして保存する理由は、ポテンシャルが回転で不変であることにあります(対称性と保存則(ネーターの定理)、全角運動量の保存(例 4.4)[対称性と保存則])。角運動量は、はじめから「回転対称性に付随する量」なのです。

量子力学ではこれが演算子になります。水素原子では、シュレーディンガー方程式を球座標で変数分離し、角度部分の固有値問題を解いて球面調和関数 Ylm(θ,φ)Y_{lm}(\theta,\varphi) を得ました。そこでは L2\boldsymbol{L}^2 の固有値が ℏ2l(l+1)\hbar^2 l(l+1)、LzL_z の固有値が ℏm\hbar m で m=−l,…,lm = -l, \ldots, l という結果が出ました(角度部分の固有値の量子化(定理 3.4)[水素原子])が、l(l+1)l(l+1) という一見奇妙な形も、mm の動く範囲も、ルジャンドルの微分方程式を解いた副産物のように見えたはずです。

ところが、これらは微分方程式とはまったく無関係に決まります。必要なのは交換関係 [Lx,Ly]=iℏLz[L_x, L_y] = i\hbar L_z とエルミート性だけです。この事実が重要なのは、逆にこの交換関係さえ満たせば何でも「角運動量」として扱えるからです。そして自然界には、r×p\boldsymbol{r}\times\boldsymbol{p} とは書けない角運動量が実在します。

歴史的にそれを突きつけたのが 1922 年のシュテルン=ゲルラッハの実験です。銀原子のビームを不均一磁場に通すと、ビームは連続的に広がるのではなく、ちょうど 2 本に分裂しました。当時はこれをボーア=ゾンマーフェルト理論の「空間量子化」(角運動量の向きが、磁場に対してとびとびの方向にしか取れないという考え)の証拠と読みましたが、この読みは二重に不自然でした。第一に、l=1l = 1 なら m=−1,0,1m = -1, 0, 1 の 3 本になるはずで、m=0m = 0 を捨てる理由がありません。第二に、銀原子の基底状態は最外殻が 5s5s 電子 1 個で l=0l = 0、つまり軌道角運動量はそもそもゼロです。分裂数 2 は 2j+1=22j+1 = 2、すなわち j=1/2j = 1/2 を意味しますが、これは半整数であり、L=r×p\boldsymbol{L} = \boldsymbol{r}\times\boldsymbol{p} からは決して出てきません。

同じ頃、アルカリ金属のスペクトル線が近接した 2 本組(ナトリウムの D 線など)になること、磁場中でスペクトル線が古典論の予想と合わない分裂を示すこと(異常ゼーマン効果)も未解決でした。1925 年、ウーレンベックとハウトスミットは、電子が大きさ ℏ/2\hbar/2 の「固有の」角運動量を持つと仮定すればこれらが一挙に説明できることを示します。これがスピンです。1927 年にパウリが 2 成分波動関数による定式化を与え、1928 年のディラック方程式では、スピン 1/21/2 が相対論的な要請から自動的に現れました(量子力学の誕生)。

この章では、次の順序で話を進めます。まず交換関係だけから固有値をすべて決定し、次に「なぜ軌道角運動量では整数しか現れないのか」を明らかにし、その隙間にスピンを置きます。最後に、複数の角運動量を合成する規則を導きます。

この章の論理の流れ。交換関係が中心にあり、整数・半整数の分岐は「状態空間が何か」で決まる

2. 準備:記号と軌道角運動量演算子

Section titled “2. 準備:記号と軌道角運動量演算子”

状態はヒルベルト空間 H\mathcal{H} のベクトル ∣ψ⟩\lvert\psi\rangle で表し、物理量はエルミート演算子で表します(演算子と物理量)。交換子は [A,B]=AB−BA[A, B] = AB - BA と書きます。以下で何度も使うのは、次の 2 つの恒等式です。

[AB,C]=A[B,C]+[A,C]B,[A,BC]=[A,B]C+B[A,C][AB, C] = A[B, C] + [A, C]B, \qquad [A, BC] = [A, B]C + B[A, C]

第 1 式は右辺を展開すると A(BC−CB)+(AC−CA)B=ABC−CABA(BC - CB) + (AC - CA)B = ABC - CAB となり、左辺 ABC−CABABC - CAB に一致します。第 2 式も同様です。

正準交換関係は

[xi,pj]=iℏ δij,[xi,xj]=[pi,pj]=0(i,j=1,2,3)[x_i, p_j] = i\hbar\,\delta_{ij}, \qquad [x_i, x_j] = [p_i, p_j] = 0 \quad (i, j = 1, 2, 3)

です(正準交換関係(定理 4.3)[演算子と物理量])。ここで (x1,x2,x3)=(x,y,z)(x_1, x_2, x_3) = (x, y, z)、(p1,p2,p3)=(px,py,pz)(p_1, p_2, p_3) = (p_x, p_y, p_z) とします。また、レビ・チビタ記号 εijk\varepsilon_{ijk} を、ε123=1\varepsilon_{123} = 1 で添字の互換について完全反対称な量として定めます。同じ添字が 2 回現れたら 11 から 33 まで和をとる規約(アインシュタインの規約)を使うと、外積は (a×b)i=εijkajbk(\boldsymbol{a}\times\boldsymbol{b})_i = \varepsilon_{ijk}a_jb_k と書けます。

定義 2.1(軌道角運動量演算子)↗

質点の軌道角運動量演算子を

Li=εijk xjpk,すなわちL=r×pL_i = \varepsilon_{ijk}\,x_j p_k, \qquad \text{すなわち}\quad \boldsymbol{L} = \boldsymbol{r}\times\boldsymbol{p}

で定める。成分で書けば Lx=ypz−zpyL_x = yp_z - zp_y、Ly=zpx−xpzL_y = zp_x - xp_z、Lz=xpy−ypxL_z = xp_y - yp_x である。位置表示では pk=−iℏ ∂/∂xkp_k = -i\hbar\,\partial/\partial x_k なので Lz=−iℏ(x∂y−y∂x)L_z = -i\hbar(x\partial_y - y\partial_x) などとなる。

古典的な r×p\boldsymbol{r}\times\boldsymbol{p} を演算子に置き換えるとき、一般には積の順序が問題になります。しかし Lz=xpy−ypxL_z = xp_y - yp_x に現れる組 (x,py)(x, p_y) と (y,px)(y, p_x) はいずれも異なる方向の位置と運動量なので [x,py]=0[x, p_y] = 0、[y,px]=0[y, p_x] = 0 であり、順序を気にする必要がありません。同じ理由で Lz†=(xpy)†−(ypx)†=pyx−pxy=xpy−ypx=LzL_z^\dagger = (xp_y)^\dagger - (yp_x)^\dagger = p_y x - p_x y = xp_y - yp_x = L_z となり、LiL_i はエルミートです。

命題 2.2(軌道角運動量の交換関係)✓

定義 2.1 の LiL_i は

[Li,Lj]=iℏ εijkLk[L_i, L_j] = i\hbar\,\varepsilon_{ijk}L_k

を満たす。とくに [Lx,Ly]=iℏLz[L_x, L_y] = i\hbar L_z、[Ly,Lz]=iℏLx[L_y, L_z] = i\hbar L_x、[Lz,Lx]=iℏLy[L_z, L_x] = i\hbar L_y である。

証明(命題 2.2)

添字の巡回対称性から [Lx,Ly]=iℏLz[L_x, L_y] = i\hbar L_z を示せば十分です(x→y→z→xx \to y \to z \to x と置き換えれば残りが出ます)。定義を代入して交換子を展開します。

[Lx,Ly]=[ ypz−zpy, zpx−xpz ]=[ypz,zpx]−[ypz,xpz]−[zpy,zpx]+[zpy,xpz][L_x, L_y] = [\,yp_z - zp_y,\ zp_x - xp_z\,] = [yp_z, zp_x] - [yp_z, xp_z] - [zp_y, zp_x] + [zp_y, xp_z]

第 1 項は、上の恒等式 [AB,C]=A[B,C]+[A,C]B[AB, C] = A[B,C] + [A,C]B を A=yA = y、B=pzB = p_z、C=zpxC = zp_x として使うと

[ypz,zpx]=y[pz,zpx]+[y,zpx]pz=y([pz,z]px+z[pz,px])+([y,z]px+z[y,px])pz=−iℏ ypx[yp_z, zp_x] = y[p_z, zp_x] + [y, zp_x]p_z = y\bigl([p_z, z]p_x + z[p_z, p_x]\bigr) + \bigl([y,z]p_x + z[y,p_x]\bigr)p_z = -i\hbar\, yp_x

となります。ここで [pz,z]=−iℏ[p_z, z] = -i\hbar、[pz,px]=[y,z]=[y,px]=0[p_z, p_x] = [y, z] = [y, p_x] = 0 を使いました。

第 2 項 [ypz,xpz][yp_z, xp_z] は、y,pz,xy, p_z, x が互いにすべて可換([y,x]=0[y, x] = 0、[y,pz]=0[y, p_z] = 0、[pz,x]=0[p_z, x] = 0)なので 00 です。第 3 項 [zpy,zpx][zp_y, zp_x] も同じ理由で 00 です。

第 4 項は

[zpy,xpz]=z[py,xpz]+[z,xpz]py=0+x[z,pz]py=iℏ xpy[zp_y, xp_z] = z[p_y, xp_z] + [z, xp_z]p_y = 0 + x[z, p_z]p_y = i\hbar\, xp_y

です([py,x]=[py,pz]=0[p_y, x] = [p_y, p_z] = 0、[z,x]=0[z, x] = 0、[z,pz]=iℏ[z, p_z] = i\hbar)。

以上を足すと

[Lx,Ly]=−iℏ ypx+iℏ xpy=iℏ (xpy−ypx)=iℏLz[L_x, L_y] = -i\hbar\,yp_x + i\hbar\,xp_y = i\hbar\,(xp_y - yp_x) = i\hbar L_z

となり、主張が示されました。

この計算で使ったのは正準交換関係だけです。L\boldsymbol{L} の具体的な形が本質的でないことは、次節でこの交換関係そのものを出発点に据えることで明確になります。

定義 3.1(角運動量演算子)↗

ヒルベルト空間 H\mathcal{H} 上のエルミート演算子の組 J=(J1,J2,J3)\boldsymbol{J} = (J_1, J_2, J_3) が

[Ji,Jj]=iℏ εijkJk(i,j=1,2,3)[J_i, J_j] = i\hbar\,\varepsilon_{ijk}J_k \qquad (i, j = 1, 2, 3)

を満たすとき、J\boldsymbol{J} を角運動量演算子という。また

J2=J12+J22+J32\boldsymbol{J}^2 = J_1^2 + J_2^2 + J_3^2

とおく。以下 J3=JzJ_3 = J_z と書く。

注意 3.2

この交換関係は天下り的に見えますが、根拠があります。J\boldsymbol{J} は空間回転の生成子であり、軸 n\boldsymbol{n} のまわりの角 θ\theta の回転は U(θ,n)=exp⁡(−iθ n⋅J/ℏ)U(\theta, \boldsymbol{n}) = \exp(-i\theta\,\boldsymbol{n}\cdot\boldsymbol{J}/\hbar) で表されます。回転どうしが可換でないこと、より正確には xx 軸まわりと yy 軸まわりの微小回転の「ずれ」が zz 軸まわりの回転になることが、上の交換関係と等価です。導出は Appendix にまとめました。

J2\boldsymbol{J}^2 が特別な役割を果たすのは、それが 3 成分すべてと可換だからです。

命題 3.3(J² は各成分と可換)✓

定義 3.1 の J\boldsymbol{J} に対して [J2,Ji]=0[\boldsymbol{J}^2, J_i] = 0(i=1,2,3i = 1, 2, 3)が成り立つ。

証明(命題 3.3)

i=3i = 3 の場合を示せば、巡回対称性から残りも従います。[Jz,Jz]=0[J_z, J_z] = 0 なので

[J2,Jz]=[Jx2,Jz]+[Jy2,Jz][\boldsymbol{J}^2, J_z] = [J_x^2, J_z] + [J_y^2, J_z]

です。恒等式 [AB,C]=A[B,C]+[A,C]B[AB, C] = A[B,C] + [A,C]B を A=B=JxA = B = J_x、C=JzC = J_z として使い、定義 3.1 の交換関係 [Jx,Jz]=−iℏJy[J_x, J_z] = -i\hbar J_y を代入すると

[Jx2,Jz]=Jx[Jx,Jz]+[Jx,Jz]Jx=−iℏ (JxJy+JyJx)[J_x^2, J_z] = J_x[J_x, J_z] + [J_x, J_z]J_x = -i\hbar\,(J_xJ_y + J_yJ_x)

同様に [Jy,Jz]=iℏJx[J_y, J_z] = i\hbar J_x から

[Jy2,Jz]=Jy[Jy,Jz]+[Jy,Jz]Jy=iℏ (JyJx+JxJy)[J_y^2, J_z] = J_y[J_y, J_z] + [J_y, J_z]J_y = i\hbar\,(J_yJ_x + J_xJ_y)

となります。2 つを足すと JxJy+JyJxJ_xJ_y + J_yJ_x の項がちょうど打ち消し合い、[J2,Jz]=0[\boldsymbol{J}^2, J_z] = 0 を得ます。

したがって J2\boldsymbol{J}^2 と JzJ_z は同時に対角化でき、両者の固有値で状態にラベルを付けられます。JxJ_x と JyJ_y は JzJ_z と可換でないので同時には確定しません。3 成分すべてを同時に確定させることはできず、確定させられるのは「大きさ」と「1 つの成分」だけ、というのが量子的な角運動量の際立った特徴です。

定義 3.4(昇降演算子)↗

J+=Jx+iJy,J−=Jx−iJyJ_+ = J_x + iJ_y, \qquad J_- = J_x - iJ_y

を昇降演算子(ladder operator)という。Jx,JyJ_x, J_y がエルミートなので J±†=J∓J_\pm^\dagger = J_\mp である。

補題 3.5(昇降演算子の基本関係)✓

定義 3.4 の J±J_\pm について、次が成り立つ。

  1. [Jz,J±]=±ℏJ±[J_z, J_\pm] = \pm\hbar J_\pm
  2. [J2,J±]=0[\boldsymbol{J}^2, J_\pm] = 0
  3. J∓J±=J2−Jz2∓ℏJzJ_\mp J_\pm = \boldsymbol{J}^2 - J_z^2 \mp \hbar J_z
証明(補題 3.5)

(1) 定義 3.1 より [Jz,Jx]=iℏJy[J_z, J_x] = i\hbar J_y、[Jz,Jy]=−iℏJx[J_z, J_y] = -i\hbar J_x ですから

[Jz,J±]=[Jz,Jx]±i[Jz,Jy]=iℏJy±i(−iℏJx)=±ℏ (Jx±iJy)=±ℏJ±.[J_z, J_\pm] = [J_z, J_x] \pm i[J_z, J_y] = i\hbar J_y \pm i(-i\hbar J_x) = \pm\hbar\,(J_x \pm iJ_y) = \pm\hbar J_\pm .

最後から 2 つ目の等号では、++ の場合は ℏJx+iℏJy=ℏ(Jx+iJy)\hbar J_x + i\hbar J_y = \hbar(J_x + iJ_y)、−- の場合は −ℏJx+iℏJy=−ℏ(Jx−iJy)-\hbar J_x + i\hbar J_y = -\hbar(J_x - iJ_y) と整理しました。

(2) 命題 3.3 より [J2,Jx]=[J2,Jy]=0[\boldsymbol{J}^2, J_x] = [\boldsymbol{J}^2, J_y] = 0 なので、その線形結合である J±J_\pm とも可換です。

(3) 定義どおり展開します。

J∓J±=(Jx∓iJy)(Jx±iJy)=Jx2+Jy2±i(JxJy−JyJx)=Jx2+Jy2±i[Jx,Jy]J_\mp J_\pm = (J_x \mp iJ_y)(J_x \pm iJ_y) = J_x^2 + J_y^2 \pm i(J_xJ_y - J_yJ_x) = J_x^2 + J_y^2 \pm i[J_x, J_y]

ここで Jx2+Jy2=J2−Jz2J_x^2 + J_y^2 = \boldsymbol{J}^2 - J_z^2 であり、[Jx,Jy]=iℏJz[J_x, J_y] = i\hbar J_z なので ±i[Jx,Jy]=±i⋅iℏJz=∓ℏJz\pm i[J_x,J_y] = \pm i \cdot i\hbar J_z = \mp\hbar J_z です。よって J∓J±=J2−Jz2∓ℏJzJ_\mp J_\pm = \boldsymbol{J}^2 - J_z^2 \mp \hbar J_z となります。

定理 3.6(角運動量の固有値)✓

J\boldsymbol{J} を 定義 3.1 の意味の角運動量演算子とし、V⊂HV \subset \mathcal{H} を J1,J2,J3J_1, J_2, J_3 の作用で閉じた有限次元部分空間、JiJ_i は VV 上でエルミートとする。このとき次が成り立つ。

  1. VV における J2\boldsymbol{J}^2 の固有値は ℏ2j(j+1)\hbar^2 j(j+1) の形に限られる。ここで 2j2j は非負整数、すなわち j∈{0,12,1,32,…}j \in \{0, \tfrac12, 1, \tfrac32, \ldots\} である。
  2. J2\boldsymbol{J}^2 の固有値 ℏ2j(j+1)\hbar^2 j(j+1) に属し、同時に JzJ_z の固有ベクトルでもあるベクトルの JzJ_z 固有値は ℏm\hbar m の形で、m∈{−j,−j+1,…,j−1,j}m \in \{-j, -j+1, \ldots, j-1, j\}(2j+12j+1 個)に限られる。
  3. 位相を適当に選べば、規格化された同時固有ベクトル ∣j,m⟩\lvert j, m\rangle の族を
J±∣j,m⟩=ℏj(j+1)−m(m±1) ∣j,m±1⟩J_\pm \lvert j, m\rangle = \hbar\sqrt{j(j+1) - m(m\pm 1)}\ \lvert j, m\pm 1\rangle

が成り立つように取れる。

次の証明の方針を先に述べます。まず J2\boldsymbol{J}^2 と JzJ_z の同時固有ベクトルを 1 つ取ります。J±J_\pm を掛けると JzJ_z の固有値が 1 ずつ上下するので、固有値の「はしご」ができます。ところが JzJ_z の固有値の大きさには上限があるため、はしごは上でも下でも必ず止まります。止まる端でのノルムの条件から J2\boldsymbol{J}^2 の固有値と端の値が結びつき、そこから jj が決まります。ステップ 6 では二次方程式の解が 2 つ出ますが、片方は「下端の値は上端の値以下」という大小関係に反するので捨てられます。

証明(定理 3.6)

ステップ 1(同時固有ベクトルの存在). 命題 3.3 より J2\boldsymbol{J}^2 と JzJ_z は可換で、いずれも VV 上でエルミートです。有限次元空間上の可換なエルミート演算子は同時対角化できます(可換なエルミート演算子は同時対角化できる(定理 6.1)[演算子と物理量]、スペクトル定理)。そこで規格化されたベクトル ∣ψ⟩∈V\lvert\psi\rangle \in V で

J2∣ψ⟩=ℏ2λ∣ψ⟩,Jz∣ψ⟩=ℏμ∣ψ⟩\boldsymbol{J}^2\lvert\psi\rangle = \hbar^2\lambda\lvert\psi\rangle, \qquad J_z\lvert\psi\rangle = \hbar\mu\lvert\psi\rangle

となるものを取ります(λ,μ\lambda, \mu は実数)。

ステップ 2(λ≥μ2\lambda \ge \mu^2). Jx,JyJ_x, J_y のエルミート性より

ℏ2(λ−μ2)=⟨ψ∣ J2−Jz2 ∣ψ⟩=⟨ψ∣Jx2+Jy2∣ψ⟩=∥Jx∣ψ⟩∥2+∥Jy∣ψ⟩∥2≥0\hbar^2(\lambda - \mu^2) = \langle\psi\rvert\,\boldsymbol{J}^2 - J_z^2\,\lvert\psi\rangle = \langle\psi\rvert J_x^2 + J_y^2\lvert\psi\rangle = \lVert J_x\lvert\psi\rangle\rVert^2 + \lVert J_y\lvert\psi\rangle\rVert^2 \ge 0

です。よって λ≥μ2\lambda \ge \mu^2、すなわち ∣μ∣≤λ|\mu| \le \sqrt{\lambda} となります。これは同じ λ\lambda を持つどの同時固有ベクトルについても成り立ちます。

ステップ 3(はしごが 1 段動くこと). 補題 3.5 (2) より J2J±=J±J2\boldsymbol{J}^2 J_\pm = J_\pm\boldsymbol{J}^2 なので

J2(J±∣ψ⟩)=J±(J2∣ψ⟩)=ℏ2λ(J±∣ψ⟩)\boldsymbol{J}^2\bigl(J_\pm\lvert\psi\rangle\bigr) = J_\pm\bigl(\boldsymbol{J}^2\lvert\psi\rangle\bigr) = \hbar^2\lambda\bigl(J_\pm\lvert\psi\rangle\bigr)

です。また 補題 3.5 (1) より JzJ±=J±Jz±ℏJ±J_zJ_\pm = J_\pm J_z \pm \hbar J_\pm なので

Jz(J±∣ψ⟩)=(J±Jz±ℏJ±)∣ψ⟩=ℏ(μ±1)(J±∣ψ⟩)J_z\bigl(J_\pm\lvert\psi\rangle\bigr) = \bigl(J_\pm J_z \pm \hbar J_\pm\bigr)\lvert\psi\rangle = \hbar(\mu \pm 1)\bigl(J_\pm\lvert\psi\rangle\bigr)

です。つまり J±∣ψ⟩J_\pm\lvert\psi\rangle はゼロベクトルであるか、さもなければ (λ,μ±1)(\lambda, \mu\pm1) に属する同時固有ベクトルです。VV は JiJ_i の作用で閉じているので、これらも VV の元です。

ステップ 4(ノルムの計算). J±†=J∓J_\pm^\dagger = J_\mp と 補題 3.5 (3) から

∥J±∣ψ⟩∥2=⟨ψ∣J∓J±∣ψ⟩=⟨ψ∣ J2−Jz2∓ℏJz ∣ψ⟩=ℏ2(λ−μ2∓μ)\bigl\lVert J_\pm\lvert\psi\rangle \bigr\rVert^2 = \langle\psi\rvert J_\mp J_\pm\lvert\psi\rangle = \langle\psi\rvert\,\boldsymbol{J}^2 - J_z^2 \mp \hbar J_z\,\lvert\psi\rangle = \hbar^2\bigl(\lambda - \mu^2 \mp \mu\bigr)

を得ます。とくに J±∣ψ⟩=0J_\pm\lvert\psi\rangle = 0 となるのは λ=μ2±μ\lambda = \mu^2 \pm \mu のとき、そのときに限ります。

ステップ 5(はしごが両端で止まること). もしすべての n≥0n \ge 0 で J+n∣ψ⟩≠0J_+^n\lvert\psi\rangle \ne 0 なら、ステップ 3 より μ+n\mu + n がいくらでも大きな JzJ_z 固有値として現れます。しかしステップ 2 を (λ,μ+n)(\lambda, \mu+n) に適用すると λ≥(μ+n)2\lambda \ge (\mu+n)^2 が必要で、nn を大きく取れば矛盾します。よってある非負整数 NN が存在して

J+N∣ψ⟩≠0,J+N+1∣ψ⟩=0J_+^{N}\lvert\psi\rangle \ne 0, \qquad J_+^{N+1}\lvert\psi\rangle = 0

となります。j:=μ+Nj := \mu + N とおくと、J+N∣ψ⟩J_+^N\lvert\psi\rangle は (λ,j)(\lambda, j) の同時固有ベクトルで J+J_+ に消されるので、ステップ 4 の ++ の場合より λ=j2+j=j(j+1)\lambda = j^2 + j = j(j+1) です。

同じ議論を J−J_- に対して行うと、非負整数 MM が存在して J−M∣ψ⟩≠0J_-^{M}\lvert\psi\rangle \ne 0、J−M+1∣ψ⟩=0J_-^{M+1}\lvert\psi\rangle = 0 となり、m′:=μ−Mm' := \mu - M とおけばステップ 4 の −- の場合より λ=m′2−m′\lambda = m'^2 - m' です。

ステップ 6(jj の可能な値). 2 つの表式を等置すると m′2−m′−j(j+1)=0m'^2 - m' - j(j+1) = 0、すなわち

m′=1±1+4j(j+1)2=1±(2j+1)2=j+1 または −jm' = \frac{1 \pm \sqrt{1 + 4j(j+1)}}{2} = \frac{1 \pm (2j+1)}{2} = j + 1 \ \text{または}\ -j

です(1+4j2+4j=(2j+1)21 + 4j^2 + 4j = (2j+1)^2 を使いました)。ここで m′=μ−M≤μ≤μ+N=jm' = \mu - M \le \mu \le \mu + N = j ですから m′=j+1m' = j+1 はあり得ず、m′=−jm' = -j に決まります。したがって

j−(−j)=(μ+N)−(μ−M)=N+M,すなわち2j=N+Mj - (-j) = (\mu + N) - (\mu - M) = N + M, \qquad \text{すなわち}\quad 2j = N + M

となり、2j2j は非負整数です。これで (1) が示せました。また μ\mu は −j-j から jj まで 1 刻みに動く値のどれかなので (2) も従います。

ステップ 7(規格化と位相). ∣j,j⟩\lvert j, j\rangle を (λ,j)(\lambda, j) に属する規格化された同時固有ベクトルとし、m=j,j−1,…m = j, j-1, \ldots の順に

∣j,m−1⟩:=1ℏj(j+1)−m(m−1) J−∣j,m⟩\lvert j, m-1\rangle := \frac{1}{\hbar\sqrt{j(j+1) - m(m-1)}}\,J_-\lvert j, m\rangle

と定めます。ステップ 4 より ∥J−∣j,m⟩∥=ℏλ−m2+m=ℏj(j+1)−m(m−1)\lVert J_-\lvert j,m\rangle\rVert = \hbar\sqrt{\lambda - m^2 + m} = \hbar\sqrt{j(j+1) - m(m-1)} なので、こう定めた ∣j,m−1⟩\lvert j, m-1\rangle は規格化されています。これが J−J_- についての主張です。J+J_+ については、補題 3.5 (3) の J+J−=J2−Jz2+ℏJzJ_+J_- = \boldsymbol{J}^2 - J_z^2 + \hbar J_z を使って

J+∣j,m−1⟩=J+J−∣j,m⟩ℏj(j+1)−m(m−1)=ℏ2(j(j+1)−m2+m)ℏj(j+1)−m(m−1)∣j,m⟩=ℏj(j+1)−(m−1)m ∣j,m⟩J_+\lvert j, m-1\rangle = \frac{J_+J_-\lvert j,m\rangle}{\hbar\sqrt{j(j+1)-m(m-1)}} = \frac{\hbar^2\bigl(j(j+1) - m^2 + m\bigr)}{\hbar\sqrt{j(j+1)-m(m-1)}}\lvert j,m\rangle = \hbar\sqrt{j(j+1)-(m-1)m}\ \lvert j, m\rangle

となり、m→m−1m \to m-1 と読み替えれば主張の形に一致します。

m = jm = j − 1m = −j + 1m = −j⋮⋮J₊ で消える(上端)J₋ で消える(下端)J₊J₋
角運動量多重項のはしご構造。J₊ は m を 1 だけ上げ、J₋ は 1 だけ下げる。両端でちょうど 0 になるという条件が j の値を決める

注意 3.7

定理 3.6 の証明で使ったのは交換関係とエルミート性だけで、J=r×p\boldsymbol{J} = \boldsymbol{r}\times\boldsymbol{p} という具体形はどこにも登場しません。その結果、jj として半整数 12,32,…\tfrac12, \tfrac32, \ldots が代数的には完全に許されています。にもかかわらず、水素原子の計算では整数の ll しか現れませんでした。この食い違いはどこから来るのでしょうか。次節で決着をつけます。

例 3.8(j = 1 の行列表現)

j=1j = 1 の多重項 {∣1,1⟩,∣1,0⟩,∣1,−1⟩}\{\lvert 1,1\rangle, \lvert 1,0\rangle, \lvert 1,-1\rangle\} を基底に取り、この順に成分を並べます。定理 3.6 (2) より JzJ_z は直ちに

Jz=ℏ(10000000−1)J_z = \hbar\begin{pmatrix} 1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & -1\end{pmatrix}

です。J+J_+ の行列要素は 定理 3.6 (3) から計算します。j=1j = 1 なので j(j+1)=2j(j+1) = 2 であり、

J+∣1,0⟩=ℏ2−0⋅1 ∣1,1⟩=2 ℏ∣1,1⟩,J+∣1,−1⟩=ℏ2−(−1)⋅0 ∣1,0⟩=2 ℏ∣1,0⟩J_+\lvert1,0\rangle = \hbar\sqrt{2 - 0\cdot1}\,\lvert1,1\rangle = \sqrt{2}\,\hbar\lvert1,1\rangle, \qquad J_+\lvert1,-1\rangle = \hbar\sqrt{2 - (-1)\cdot 0}\,\lvert1,0\rangle = \sqrt{2}\,\hbar\lvert1,0\rangle

となり、J+∣1,1⟩=0J_+\lvert1,1\rangle = 0 です。したがって

J+=2 ℏ(010001000),J−=J+†=2 ℏ(000100010)J_+ = \sqrt{2}\,\hbar\begin{pmatrix}0&1&0\\0&0&1\\0&0&0\end{pmatrix}, \qquad J_- = J_+^\dagger = \sqrt{2}\,\hbar\begin{pmatrix}0&0&0\\1&0&0\\0&1&0\end{pmatrix}

です。Jx=(J++J−)/2J_x = (J_+ + J_-)/2、Jy=(J+−J−)/(2i)J_y = (J_+ - J_-)/(2i) から

Jx=ℏ2(010101010),Jy=ℏ2(0−i0i0−i0i0)J_x = \frac{\hbar}{\sqrt{2}}\begin{pmatrix}0&1&0\\1&0&1\\0&1&0\end{pmatrix}, \qquad J_y = \frac{\hbar}{\sqrt{2}}\begin{pmatrix}0&-i&0\\i&0&-i\\0&i&0\end{pmatrix}

を得ます(1/i=−i1/i = -i を使いました)。検算として J2\boldsymbol{J}^2 の (1,1)(1,1) 成分を計算します。Jx2J_x^2 の (1,1)(1,1) 成分は (ℏ2/2)(0⋅0+1⋅1+0⋅0)=ℏ2/2(\hbar^2/2)(0\cdot0 + 1\cdot1 + 0\cdot0) = \hbar^2/2、Jy2J_y^2 の (1,1)(1,1) 成分は (ℏ2/2)(0⋅0+(−i)(i)+0⋅0)=ℏ2/2(\hbar^2/2)\bigl(0\cdot 0 + (-i)(i) + 0\cdot 0\bigr) = \hbar^2/2、Jz2J_z^2 の (1,1)(1,1) 成分は ℏ2\hbar^2 です。合計 2ℏ2=ℏ2⋅1⋅22\hbar^2 = \hbar^2\cdot 1\cdot 2 となり、定理 3.6 (1) の ℏ2j(j+1)\hbar^2 j(j+1) に一致します。

4. 軌道角運動量に戻る:なぜ l は整数か

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スピンのない 1 粒子の状態空間は L2(R3)L^2(\mathbb{R}^3)、つまり空間の各点に 1 つの複素数を対応させる関数の空間です(シュレーディンガー方程式と波動関数、状態と波動関数(定義 2.1)[シュレーディンガー方程式と波動関数])。この「関数である」という一言が、整数への制限を生みます。

命題 4.1(軌道角運動量の量子数は整数)✓

L=r×p\boldsymbol{L} = \boldsymbol{r}\times\boldsymbol{p} を L2(R3)L^2(\mathbb{R}^3) 上の軌道角運動量演算子とする。LzL_z の固有値は ℏm\hbar m の形で m∈Zm \in \mathbb{Z} に限られる。したがって 定理 3.6 の jj に相当する量子数 ll も非負整数に限られ、半整数は現れない。

直感的には次のとおりです。LzL_z の固有関数は、方位角 φ\varphi について eimφe^{im\varphi} のように振動する波です。φ\varphi を 1 周(2π2\pi)させると空間の同じ点に戻るので、波は 1 周したあとで元の値に戻らなければなりません。波の山の数が割り切れない半端な値だと、つなぎ目で値が食い違います。これが mm を整数に限る理由です。

証明(命題 4.1)

球座標 x=rsin⁡θcos⁡φx = r\sin\theta\cos\varphi、y=rsin⁡θsin⁡φy = r\sin\theta\sin\varphi、z=rcos⁡θz = r\cos\theta を使います。φ\varphi を動かしたときの各座標の変化は

∂x∂φ=−rsin⁡θsin⁡φ=−y,∂y∂φ=rsin⁡θcos⁡φ=x,∂z∂φ=0\frac{\partial x}{\partial\varphi} = -r\sin\theta\sin\varphi = -y, \qquad \frac{\partial y}{\partial\varphi} = r\sin\theta\cos\varphi = x, \qquad \frac{\partial z}{\partial\varphi} = 0

ですから、連鎖律より ∂φ=−y ∂x+x ∂y\partial_\varphi = -y\,\partial_x + x\,\partial_y です。これは 定義 2.1 の Lz=−iℏ(x∂y−y∂x)L_z = -i\hbar(x\partial_y - y\partial_x) とちょうど比例していて

Lz=−iℏ ∂∂φL_z = -i\hbar\,\frac{\partial}{\partial\varphi}

となります。固有値方程式 Lzψ=ℏmψL_z\psi = \hbar m\psi は ∂φψ=imψ\partial_\varphi\psi = im\psi と書けるので、r,θr, \theta を止めて φ\varphi の常微分方程式として解くと

ψ(r,θ,φ)=g(r,θ) eimφ\psi(r, \theta, \varphi) = g(r, \theta)\,e^{im\varphi}

です。ここで、球座標において φ\varphi と φ+2π\varphi + 2\pi は R3\mathbb{R}^3 の同じ点を表します。ψ\psi は R3\mathbb{R}^3 上の関数なので、同じ点では同じ値を取らねばなりません。g≢0g \not\equiv 0 ですから

eimφ=eim(φ+2π)  ⟺  e2πim=1  ⟺  m∈Ze^{im\varphi} = e^{im(\varphi + 2\pi)} \iff e^{2\pi i m} = 1 \iff m \in \mathbb{Z}

が必要です。

一方 定理 3.6 より、L2\boldsymbol{L}^2 の固有値 ℏ2l(l+1)\hbar^2 l(l+1) に属する多重項には m=lm = l という値が必ず現れます。mm が整数でなければならないので ll も整数です。l≥0l \ge 0 は L2\boldsymbol{L}^2 が非負(⟨ψ∣L2∣ψ⟩=∑i∥Liψ∥2≥0\langle\psi\rvert\boldsymbol{L}^2\lvert\psi\rangle = \sum_i\lVert L_i\psi\rVert^2 \ge 0)であることから従います。

注意 4.2

制限を生んだのは代数ではなく、「状態空間が R3\mathbb{R}^3 上の 1 価関数の空間である」という物理的な設定です。群論の言葉でいえば、jj が半整数の表現は回転群 SO(3)SO(3) の表現ではなく、その 2 重被覆 SU(2)SU(2) の表現になります。SU(2)→SO(3)SU(2) \to SO(3) が 2 対 1 であることが、後で見る「2π2\pi 回転で符号が変わる」現象の正体です。逆にいえば、状態空間を「空間の各点に複素数を 1 つ」ではなく「複素 2 成分の組を 1 つ」対応させる空間に取り替えれば、半整数を使う余地が生まれます。それがスピンです。

例 4.3(l = 1 の球面調和関数を昇降演算子で作る)

定理 3.6 の手続きを実際に走らせて Y1mY_{1m} を作ります。まず最上段 m=l=1m = l = 1 の状態は L+Y11=0L_+Y_{11} = 0 と LzY11=ℏY11L_zY_{11} = \hbar Y_{11} で特徴づけられます。デカルト座標で書くと 定義 2.1 から

L±=Lx±iLy=−iℏ y∂z+iℏ z∂y±ℏ z∂x∓ℏ x∂zL_\pm = L_x \pm iL_y = -i\hbar\,y\partial_z + i\hbar\,z\partial_y \pm \hbar\,z\partial_x \mp \hbar\,x\partial_z

です(Lx=−iℏ(y∂z−z∂y)L_x = -i\hbar(y\partial_z - z\partial_y)、±iLy=±i⋅(−iℏ)(z∂x−x∂z)=±ℏ(z∂x−x∂z)\pm i L_y = \pm i\cdot(-i\hbar)(z\partial_x - x\partial_z) = \pm\hbar(z\partial_x - x\partial_z) を足しました)。ここで単位球面上の関数

f=−c (x+iy),c>0f = -c\,(x + iy), \qquad c > 0

を試します。∂xf=−c\partial_x f = -c、∂yf=−ic\partial_y f = -ic、∂zf=0\partial_z f = 0 なので

L+f=iℏz(−ic)+ℏz(−c)=ℏcz−ℏcz=0L_+f = i\hbar z(-ic) + \hbar z(-c) = \hbar c z - \hbar c z = 0

となり、確かに最上段の条件を満たします。LzL_z については

Lzf=−iℏ(x∂y−y∂x)f=−iℏ(x(−ic)−y(−c))=−ℏcx−iℏcy=ℏfL_zf = -i\hbar(x\partial_y - y\partial_x)f = -i\hbar\bigl(x(-ic) - y(-c)\bigr) = -\hbar c x - i\hbar c y = \hbar f

で m=1m = 1 です。規格化条件は、単位球面上で x+iy=sin⁡θ eiφx + iy = \sin\theta\,e^{i\varphi} なので

∫∣f∣2 dΩ=c2∫02π ⁣ ⁣dφ∫0πsin⁡2θ sin⁡θ dθ=c2⋅2π⋅43=8π3c2=1\int |f|^2\,d\Omega = c^2\int_0^{2\pi}\!\!d\varphi \int_0^{\pi}\sin^2\theta\,\sin\theta\,d\theta = c^2\cdot 2\pi\cdot\frac{4}{3} = \frac{8\pi}{3}c^2 = 1

より c=3/(8π)c = \sqrt{3/(8\pi)} です(∫0πsin⁡3θ dθ=4/3\int_0^\pi\sin^3\theta\,d\theta = 4/3)。よって

Y11(θ,φ)=−38π sin⁡θ eiφY_{11}(\theta,\varphi) = -\sqrt{\frac{3}{8\pi}}\,\sin\theta\,e^{i\varphi}

です(先頭の −- は慣用の位相の取り方で、コンドン=ショートレー位相と呼ばれます)。

次に L−L_- を作用させます。L−=−iℏy∂z+iℏz∂y−ℏz∂x+ℏx∂zL_- = -i\hbar y\partial_z + i\hbar z\partial_y - \hbar z\partial_x + \hbar x\partial_z なので

L−f=iℏz(−ic)−ℏz(−c)=ℏcz+ℏcz=2ℏc zL_-f = i\hbar z(-ic) - \hbar z(-c) = \hbar c z + \hbar c z = 2\hbar c\,z

です。一方 定理 3.6 (3) より L−Y11=ℏ1⋅2−1⋅0 Y10=2 ℏ Y10L_-Y_{11} = \hbar\sqrt{1\cdot2 - 1\cdot 0}\,Y_{10} = \sqrt{2}\,\hbar\,Y_{10} ですから

Y10=2ℏcz2 ℏ=2 c cos⁡θ=2⋅38π cos⁡θ=34π cos⁡θY_{10} = \frac{2\hbar c z}{\sqrt2\,\hbar} = \sqrt2\,c\,\cos\theta = \sqrt{2\cdot\frac{3}{8\pi}}\,\cos\theta = \sqrt{\frac{3}{4\pi}}\,\cos\theta

を得ます(単位球面上で z=cos⁡θz = \cos\theta)。検算すると ∫∣Y10∣2dΩ=34π⋅2π∫0πcos⁡2θsin⁡θ dθ=32⋅23=1\int|Y_{10}|^2d\Omega = \frac{3}{4\pi}\cdot2\pi\int_0^\pi\cos^2\theta\sin\theta\,d\theta = \frac{3}{2}\cdot\frac23 = 1 で、規格化されています。もう一度 L−L_- を掛ければ Y1,−1=3/(8π) sin⁡θ e−iφY_{1,-1} = \sqrt{3/(8\pi)}\,\sin\theta\,e^{-i\varphi} が出ます。水素原子の記事で表として与えられていた Y1mY_{1m}(低い l の球面調和関数(例 3.5)[水素原子])が、こうして交換関係だけから再現できました。

5. スピン:実験が要求した内部自由度

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注意 3.7 と 命題 4.1 で、半整数の jj が「代数的には許されるが軌道運動では実現しない」ことが分かりました。ここに実験が割って入ります。

  • シュテルン=ゲルラッハの実験(1922). 銀原子ビームが不均一磁場中で 2 本に分裂します。銀の基底状態は l=0l = 0 なので軌道磁気モーメントはゼロのはずです。分裂数 2=2j+12 = 2j+1 から j=1/2j = 1/2。
  • アルカリ金属の二重線. ナトリウムの D 線は λ=588.995 nm\lambda = 588.995\ \mathrm{nm}(D2_2)と 589.592 nm589.592\ \mathrm{nm}(D1_1)の 2 本に分かれます。波数差は約 17 cm−117\ \mathrm{cm^{-1}}、エネルギー差にして約 2.1 meV2.1\ \mathrm{meV} です。3p3p 準位(l=1l = 1)が 2 つに割れていることを意味します。
  • 異常ゼーマン効果. 磁場中の分裂パターンが、軌道磁気モーメントだけを考えた計算と合いません。

これらを一挙に説明するのが、電子が空間座標に依らない内部自由度としての角運動量を持つ、という仮定です。

定義 5.1(スピン角運動量)↗

粒子の状態空間を H=L2(R3)⊗C2s+1\mathcal{H} = L^2(\mathbb{R}^3)\otimes\mathbb{C}^{2s+1} とし、第 2 因子にのみ作用するエルミート演算子の組 S=(Sx,Sy,Sz)\boldsymbol{S} = (S_x, S_y, S_z) が

[Si,Sj]=iℏ εijkSk,[Si,xj]=[Si,pj]=0[S_i, S_j] = i\hbar\,\varepsilon_{ijk}S_k, \qquad [S_i, x_j] = [S_i, p_j] = 0

を満たすとき、S\boldsymbol{S} をスピン角運動量という。S2=ℏ2s(s+1)\boldsymbol{S}^2 = \hbar^2 s(s+1) は定数倍の演算子で、ss を粒子のスピン量子数という。電子・陽子・中性子は s=1/2s = 1/2、光子は s=1s = 1 である。

S\boldsymbol{S} は 定義 3.1 の意味の角運動量ですから、定理 3.6 がそのまま使えます。s=1/2s = 1/2 の場合、状態空間は 2 次元で、基底は

∣↑⟩=∣12,12⟩=(10),∣↓⟩=∣12,−12⟩=(01)\lvert\uparrow\rangle = \lvert\tfrac12, \tfrac12\rangle = \begin{pmatrix}1\\0\end{pmatrix}, \qquad \lvert\downarrow\rangle = \lvert\tfrac12, -\tfrac12\rangle = \begin{pmatrix}0\\1\end{pmatrix}

と取れます。定理 3.6 (2) より Sz=ℏ2diag(1,−1)S_z = \tfrac{\hbar}{2}\mathrm{diag}(1, -1)、(3) より s(s+1)=3/4s(s+1) = 3/4 を使って

S+∣↓⟩=ℏ34−(−12)(12) ∣↑⟩=ℏ∣↑⟩,S+∣↑⟩=0S_+\lvert\downarrow\rangle = \hbar\sqrt{\tfrac34 - \bigl(-\tfrac12\bigr)\bigl(\tfrac12\bigr)}\,\lvert\uparrow\rangle = \hbar\lvert\uparrow\rangle, \qquad S_+\lvert\uparrow\rangle = 0

なので S+=ℏ(0100)S_+ = \hbar\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix}、S−=S+†S_- = S_+^\dagger です。Sx=(S++S−)/2S_x = (S_++S_-)/2、Sy=(S+−S−)/(2i)S_y = (S_+-S_-)/(2i) から次を得ます。

S=ℏ2σ,σx=(0110),σy=(0−ii0),σz=(100−1)\boldsymbol{S} = \frac{\hbar}{2}\boldsymbol{\sigma}, \qquad \sigma_x = \begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix},\quad \sigma_y = \begin{pmatrix}0&-i\\i&0\end{pmatrix},\quad \sigma_z = \begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix}

この σi\sigma_i をパウリ行列といいます。2×22\times2 のエルミート・トレースレス行列であり、det⁡σi=−1\det\sigma_i = -1、固有値は ±1\pm1 です。

命題 5.2(パウリ行列の代数)✓

パウリ行列は

σiσj=δijI+i εijkσk\sigma_i\sigma_j = \delta_{ij}I + i\,\varepsilon_{ijk}\sigma_k

を満たす。とくに σi2=I\sigma_i^2 = I、σiσj=−σjσi\sigma_i\sigma_j = -\sigma_j\sigma_i(i≠ji \ne j)である。この結果、任意の(数の成分を持つ)ベクトル a,b\boldsymbol{a}, \boldsymbol{b} について

(σ⋅a)(σ⋅b)=(a⋅b) I+i σ⋅(a×b)(\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{a})(\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{b}) = (\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b})\,I + i\,\boldsymbol{\sigma}\cdot(\boldsymbol{a}\times\boldsymbol{b})

が成り立つ。

証明(命題 5.2)

直接掛け算します。まず対角成分(i=ji = j)は

σx2=(0110)2=(1001)=I,σy2=((−i)(i)00(i)(−i))=I,σz2=I\sigma_x^2 = \begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}^2 = \begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix} = I, \quad \sigma_y^2 = \begin{pmatrix}(-i)(i)&0\\0&(i)(-i)\end{pmatrix} = I, \quad \sigma_z^2 = I

です。次に非対角の組を計算します。

σxσy=(0110)(0−ii0)=(i00−i)=iσz\sigma_x\sigma_y = \begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}\begin{pmatrix}0&-i\\i&0\end{pmatrix} = \begin{pmatrix}i&0\\0&-i\end{pmatrix} = i\sigma_zσyσz=(0−ii0)(100−1)=(0ii0)=iσx\sigma_y\sigma_z = \begin{pmatrix}0&-i\\i&0\end{pmatrix}\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix} = \begin{pmatrix}0&i\\i&0\end{pmatrix} = i\sigma_xσzσx=(100−1)(0110)=(01−10)=iσy\sigma_z\sigma_x = \begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix}\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix} = \begin{pmatrix}0&1\\-1&0\end{pmatrix} = i\sigma_y

また

σyσx=(0−ii0)(0110)=(−i00i)=−iσz\sigma_y\sigma_x = \begin{pmatrix}0&-i\\i&0\end{pmatrix}\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix} = \begin{pmatrix}-i&0\\0&i\end{pmatrix} = -i\sigma_z

で、同様に σzσy=−iσx\sigma_z\sigma_y = -i\sigma_x、σxσz=−iσy\sigma_x\sigma_z = -i\sigma_y です。以上をまとめると、i=ji = j のとき右辺は II(εiik=0\varepsilon_{iik} = 0)、i≠ji \ne j のとき右辺は iεijkσki\varepsilon_{ijk}\sigma_k となり、主張の形に一致します。

最後の等式は、a,b\boldsymbol{a}, \boldsymbol{b} の成分が数(行列と可換)であることを使って

(σ⋅a)(σ⋅b)=aibj σiσj=aibj(δijI+iεijkσk)=(a⋅b)I+i σk εkijaibj(\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{a})(\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{b}) = a_ib_j\,\sigma_i\sigma_j = a_ib_j\bigl(\delta_{ij}I + i\varepsilon_{ijk}\sigma_k\bigr) = (\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b})I + i\,\sigma_k\,\varepsilon_{kij}a_ib_j

と計算すれば出ます(εijk=εkij\varepsilon_{ijk} = \varepsilon_{kij} は添字の巡回置換で、εkijaibj=(a×b)k\varepsilon_{kij}a_ib_j = (\boldsymbol{a}\times\boldsymbol{b})_k です)。

例 5.3(連続シュテルン=ゲルラッハ実験)

zz 方向の装置で ∣↑⟩\lvert\uparrow\rangle を選び出し、それを xx 方向の装置に通します。σx\sigma_x の固有ベクトルは

∣±x⟩=12(∣↑⟩±∣↓⟩)\lvert \pm x\rangle = \frac{1}{\sqrt2}\bigl(\lvert\uparrow\rangle \pm \lvert\downarrow\rangle\bigr)

です(σx(1,±1)T=(±1,1)T=±(1,±1)T\sigma_x(1, \pm1)^{\mathsf{T}} = (\pm1, 1)^{\mathsf{T}} = \pm(1,\pm1)^{\mathsf{T}} で確かめられます)。逆に解くと ∣↑⟩=(∣+x⟩+∣−x⟩)/2\lvert\uparrow\rangle = \bigl(\lvert+x\rangle + \lvert-x\rangle\bigr)/\sqrt2 なので、Sx=±ℏ/2S_x = \pm\hbar/2 が得られる確率はどちらも ∣1/2∣2=1/2|1/\sqrt2|^2 = 1/2 です。さらに ∣+x⟩\lvert+x\rangle をもう一度 zz 方向の装置に通すと、∣+x⟩=(∣↑⟩+∣↓⟩)/2\lvert+x\rangle = \bigl(\lvert\uparrow\rangle+\lvert\downarrow\rangle\bigr)/\sqrt2 ですから再び 1/21/2 ずつに分かれます。最初に確定させたはずの SzS_z の値が、SxS_x の測定によって失われるのです。

これは不確定性関係の飽和した例になっています。∣↑⟩\lvert\uparrow\rangle において

⟨Sx⟩=ℏ2⟨↑∣σx∣↑⟩=0,⟨Sx2⟩=ℏ24⟨↑∣σx2∣↑⟩=ℏ24\langle S_x\rangle = \frac{\hbar}{2}\langle\uparrow\rvert\sigma_x\lvert\uparrow\rangle = 0, \qquad \langle S_x^2\rangle = \frac{\hbar^2}{4}\langle\uparrow\rvert\sigma_x^2\lvert\uparrow\rangle = \frac{\hbar^2}{4}

(命題 5.2 の σx2=I\sigma_x^2 = I を使いました)なので ΔSx=ℏ/2\Delta S_x = \hbar/2、同様に ΔSy=ℏ/2\Delta S_y = \hbar/2 です。一方 ⟨Sz⟩=ℏ/2\langle S_z\rangle = \hbar/2 なので、不確定性関係 ΔA ΔB≥12∣⟨[A,B]⟩∣\Delta A\,\Delta B \ge \tfrac12\lvert\langle[A,B]\rangle\rvert(ロバートソンの不確定性関係(定理 5.3)[演算子と物理量])の右辺は 12ℏ∣⟨Sz⟩∣=ℏ2/4\tfrac12\hbar\lvert\langle S_z\rangle\rvert = \hbar^2/4 となり、左辺 ℏ2/4\hbar^2/4 とちょうど等しくなります。

例 5.4(スピノルは 2π 回転で符号が変わる)

軸 n\boldsymbol{n}(単位ベクトル)まわりの角 θ\theta の回転は U=exp⁡(−iθ n⋅S/ℏ)=exp⁡(−iθ n⋅σ/2)U = \exp\bigl(-i\theta\,\boldsymbol{n}\cdot\boldsymbol{S}/\hbar\bigr) = \exp\bigl(-i\theta\,\boldsymbol{n}\cdot\boldsymbol{\sigma}/2\bigr) です。命題 5.2 で a=b=n\boldsymbol{a} = \boldsymbol{b} = \boldsymbol{n} とすると (σ⋅n)2=(n⋅n)I+iσ⋅(n×n)=I(\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{n})^2 = (\boldsymbol{n}\cdot\boldsymbol{n})I + i\boldsymbol{\sigma}\cdot(\boldsymbol{n}\times\boldsymbol{n}) = I です。そこで指数関数を級数に開き、偶数次と奇数次に分けると

U=∑k=0∞1(2k)!(−iθ2)2kI+∑k=0∞1(2k+1)!(−iθ2)2k+1(σ⋅n)=cos⁡θ2 I−isin⁡θ2 (σ⋅n)U = \sum_{k=0}^{\infty}\frac{1}{(2k)!}\Bigl(\frac{-i\theta}{2}\Bigr)^{2k}I + \sum_{k=0}^{\infty}\frac{1}{(2k+1)!}\Bigl(\frac{-i\theta}{2}\Bigr)^{2k+1}(\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{n}) = \cos\frac{\theta}{2}\,I - i\sin\frac{\theta}{2}\,(\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{n})

を得ます。θ=2π\theta = 2\pi を入れると cos⁡π=−1\cos\pi = -1、sin⁡π=0\sin\pi = 0 なので U=−IU = -I です。空間を 1 周させても元に戻らず、θ=4π\theta = 4\pi でようやく U=+IU = +I になります。注意 4.2 で述べた SU(2)SU(2) と SO(3)SO(3) の 2 対 1 対応が、ここに現れています。

符号は全体位相なので単独では観測できませんが、干渉させれば見えます。中性子干渉計の一方の経路にだけ磁場をかけて中性子スピンを回転させると、干渉縞の強度が回転角について周期 4π4\pi で変化することが 1975 年に観測されました。

注意 5.5

スピンが実験にかかるのは磁気モーメントを通じてです。電荷 −e-e(e>0e > 0)、質量 mem_e の電子では、軌道運動による磁気モーメントが μL=−μBL/ℏ\boldsymbol{\mu}_L = -\mu_{\mathrm B}\boldsymbol{L}/\hbar(μB=eℏ/(2me)\mu_{\mathrm B} = e\hbar/(2m_e) はボーア磁子)であるのに対し、スピンによるものは

μS=−ge μB Sℏ,ge=2.002319…\boldsymbol{\mu}_S = -g_e\,\mu_{\mathrm B}\,\frac{\boldsymbol{S}}{\hbar}, \qquad g_e = 2.002319\ldots

と、係数 ge≈2g_e \approx 2 が余分に付きます。この 2 倍が異常ゼーマン効果の原因です。ディラック方程式は g=2g = 2 をちょうど導き、0.002320.00232 のずれは量子電磁力学の輻射補正で説明されます。不均一磁場中の力は Fz=μz ∂Bz/∂zF_z = \mu_z\,\partial B_z/\partial z なので、μz\mu_z が 2 値しか取らないことがビームの 2 分裂になります。

なお、スピンを「電子の自転」と読むのは誤りです。電子の古典半径 re≈2.8×10−15 mr_e \approx 2.8\times10^{-15}\ \mathrm{m} の剛体球が角運動量 ℏ/2\hbar/2 を持つとすると、25mere2ω∼ℏ/2\tfrac25 m_e r_e^2\omega \sim \hbar/2 から表面速度は v=reω∼5ℏ/(4mere)≈5×1010 m/sv = r_e\omega \sim 5\hbar/(4m_er_e) \approx 5\times10^{10}\ \mathrm{m/s} となり、光速の 100 倍を超えてしまいます。スピンは内部空間 C2\mathbb{C}^2 の自由度であって、実空間の回転ではありません。

電子は軌道角運動量 L\boldsymbol{L} とスピン S\boldsymbol{S} の両方を持ちます。しかも相対論的効果から、ハミルトニアンには L⋅S\boldsymbol{L}\cdot\boldsymbol{S} に比例する項(スピン軌道相互作用)が現れます。この項は LzL_z とも SzS_z とも可換ではないので、mlm_l と msm_s は良い量子数でなくなります。何が良い量子数になるのかを決めるのが、角運動量の合成です。

定義 6.1(全角運動量)↗

J1\boldsymbol{J}_1、J2\boldsymbol{J}_2 をそれぞれ H1\mathcal{H}_1、H2\mathcal{H}_2 上の角運動量演算子とし、H=H1⊗H2\mathcal{H} = \mathcal{H}_1\otimes\mathcal{H}_2 上で

J=J1⊗I+I⊗J2\boldsymbol{J} = \boldsymbol{J}_1\otimes I + I\otimes\boldsymbol{J}_2

と定める。以下これを略して J=J1+J2\boldsymbol{J} = \boldsymbol{J}_1 + \boldsymbol{J}_2 と書く。

J\boldsymbol{J} が角運動量であることは確かめておきます。J1\boldsymbol{J}_1 と J2\boldsymbol{J}_2 は異なる因子に作用するので [J1i,J2j]=0[J_{1i}, J_{2j}] = 0 です。したがって

[Ji,Jj]=[J1i+J2i, J1j+J2j]=[J1i,J1j]+[J2i,J2j]=iℏεijk(J1k+J2k)=iℏεijkJk[J_i, J_j] = [J_{1i} + J_{2i},\ J_{1j} + J_{2j}] = [J_{1i}, J_{1j}] + [J_{2i}, J_{2j}] = i\hbar\varepsilon_{ijk}\bigl(J_{1k} + J_{2k}\bigr) = i\hbar\varepsilon_{ijk}J_k

となり、定義 3.1 の条件を満たします。よって 定理 3.6 が適用できます。

H1\mathcal{H}_1 が j1j_1 の多重項(次元 2j1+12j_1+1)、H2\mathcal{H}_2 が j2j_2 の多重項(次元 2j2+12j_2+1)のとき、テンソル積の次元は (2j1+1)(2j2+1)(2j_1+1)(2j_2+1) です。ここには 2 通りの自然な基底があります。

基底同時対角化される演算子基底ベクトル
非結合基底J12,J1z,J22,J2z\boldsymbol{J}_1^2, J_{1z}, \boldsymbol{J}_2^2, J_{2z}∣j1m1⟩∣j2m2⟩\lvert j_1 m_1\rangle\lvert j_2 m_2\rangle
結合基底J12,J22,J2,Jz\boldsymbol{J}_1^2, \boldsymbol{J}_2^2, \boldsymbol{J}^2, J_z∣j,m⟩\lvert j, m\rangle

J2=J12+J22+2J1⋅J2\boldsymbol{J}^2 = \boldsymbol{J}_1^2 + \boldsymbol{J}_2^2 + 2\boldsymbol{J}_1\cdot\boldsymbol{J}_2 は J1zJ_{1z} とは可換でない(たとえば [J1xJ2x,J1z]=[J1x,J1z]J2x=−iℏJ1yJ2x≠0[J_{1x}J_{2x}, J_{1z}] = [J_{1x}, J_{1z}]J_{2x} = -i\hbar J_{1y}J_{2x} \ne 0)ので、2 つの基底は本当に異なります。両者を結ぶ変換係数がクレブシュ・ゴルダン係数です。

定理 6.2(角運動量の合成則)✓

Hj1\mathcal{H}_{j_1}、Hj2\mathcal{H}_{j_2} をそれぞれ量子数 j1j_1、j2j_2 の角運動量多重項(次元 2j1+12j_1+1、2j2+12j_2+1)とし、J=J1+J2\boldsymbol{J} = \boldsymbol{J}_1 + \boldsymbol{J}_2 を 定義 6.1 の全角運動量とする。このとき Hj1⊗Hj2\mathcal{H}_{j_1}\otimes\mathcal{H}_{j_2} は J\boldsymbol{J} の作用について

Hj1⊗Hj2  ≅  ⨁j=∣j1−j2∣j1+j2Hj\mathcal{H}_{j_1}\otimes\mathcal{H}_{j_2} \;\cong\; \bigoplus_{j = |j_1-j_2|}^{j_1+j_2}\mathcal{H}_j

と分解する。ここで jj は ∣j1−j2∣|j_1-j_2| から j1+j2j_1+j_2 まで 1 刻みに動き、各 jj はちょうど 1 回ずつ現れる。

証明の方針は「数え上げ」です。非結合基底の各ベクトルは JzJ_z の固有値 ℏ(m1+m2)\hbar(m_1+m_2) を持つので、各 mm に何個のベクトルがあるか(d(m)d(m))が数えられます。一方、jj の多重項は m=−j,…,jm = -j, \ldots, j を 1 個ずつ含むので、各 jj の多重項が何回現れるか(N(j)N(j))が分かれば d(m)d(m) が決まります。この関係を逆に使って N(j)N(j) を求めます。たとえば j1=1j_1 = 1、j2=1/2j_2 = 1/2 では、m=3/2m = 3/2 を作る組は (m1,m2)=(1,12)(m_1, m_2) = (1, \tfrac12) の 1 個、m=1/2m = 1/2 を作る組は (1,−12)(1, -\tfrac12) と (0,12)(0, \tfrac12) の 2 個なので、j=3/2j = 3/2 が 1 回、j=1/2j = 1/2 が 1 回現れることになり、次元は 4+2=6=3×24 + 2 = 6 = 3\times2 で合います。

m = 3/2m = 1/2m = −1/2m = −3/2j = 3/2j = 1/23 × 2 = 6 = 4 + 2
j₁ = 1 と j₂ = 1/2 の合成。6 次元の空間が j = 3/2(4 状態)と j = 1/2(2 状態)に分かれる。横線は m の値を表す
証明(定理 6.2)

ステップ 1(完全可約性). W⊂Hj1⊗Hj2W \subset \mathcal{H}_{j_1}\otimes\mathcal{H}_{j_2} を JiJ_i の作用で閉じた部分空間とすると、その直交補空間 W⊥W^\perp も閉じています。実際、∣v⟩∈W⊥\lvert v\rangle \in W^\perp と ∣w⟩∈W\lvert w\rangle \in W に対し、JiJ_i のエルミート性から ⟨w∣Ji∣v⟩=⟨Jiw∣v⟩=0\langle w\rvert J_i\lvert v\rangle = \langle J_i w\rvert v\rangle = 0(Ji∣w⟩∈WJ_i\lvert w\rangle \in W だから)となり、Ji∣v⟩∈W⊥J_i\lvert v\rangle \in W^\perp です。空間は有限次元なので、これ以上分解できない不変部分空間(既約成分)の直交直和に分解できます。各既約成分は 定理 3.6 により、ある jj の多重項 Hj\mathcal{H}_j(次元 2j+12j+1)と同型です。

ステップ 2(JzJ_z 固有値の重複度). jj の多重項が現れる回数を N(j)N(j) とし、JzJ_z の固有値 ℏm\hbar m を持つ非結合基底ベクトルの個数を d(m)d(m) とします。Jz=J1z+J2zJ_z = J_{1z} + J_{2z} なので ∣j1m1⟩∣j2m2⟩\lvert j_1m_1\rangle\lvert j_2m_2\rangle の JzJ_z 固有値は ℏ(m1+m2)\hbar(m_1+m_2) であり、

d(m)=#{(m1,m2):m1+m2=m, ∣m1∣≤j1, ∣m2∣≤j2}d(m) = \#\{(m_1, m_2) : m_1 + m_2 = m,\ |m_1| \le j_1,\ |m_2| \le j_2\}

です。一方、Hj\mathcal{H}_j は mm を −j-j から jj まで 1 個ずつ含むので、ステップ 1 の分解を使うと

d(m)=∑j≥∣m∣N(j)d(m) = \sum_{j \ge |m|} N(j)

が成り立ちます。この式を mm と m+1m+1 について引き算すると

N(m)=d(m)−d(m+1)(m≥0)N(m) = d(m) - d(m+1) \qquad (m \ge 0)

を得ます。

ステップ 3(d(m)d(m) の計算). 一般性を失わず j1≥j2j_1 \ge j_2 とします。m≥0m \ge 0 のとき、m2m_2 を −j2-j_2 から j2j_2 まで動かし m1=m−m2m_1 = m - m_2 とすればよく、条件は ∣m−m2∣≤j1|m - m_2| \le j_1 です。

  • 0≤m≤j1−j20 \le m \le j_1 - j_2 のとき、m−m2m - m_2 は m−j2m - j_2 以上 m+j2m + j_2 以下で、m+j2≤j1m + j_2 \le j_1 かつ m−j2≥−j1m - j_2 \ge -j_1 なので全部が許されます。よって d(m)=2j2+1d(m) = 2j_2 + 1。
  • j1−j2≤m≤j1+j2j_1 - j_2 \le m \le j_1 + j_2 のとき、m1≤j1m_1 \le j_1 すなわち m2≥m−j1m_2 \ge m - j_1 が効き、m2m_2 は m−j1m - j_1 から j2j_2 まで動けます。よって d(m)=j1+j2−m+1d(m) = j_1 + j_2 - m + 1。
  • m>j1+j2m > j_1 + j_2 のとき d(m)=0d(m) = 0。

ステップ 4(重複度の決定). ステップ 2 の式に代入します。j1−j2≤j≤j1+j2j_1 - j_2 \le j \le j_1+j_2 のとき

N(j)=d(j)−d(j+1)=(j1+j2−j+1)−(j1+j2−j)=1N(j) = d(j) - d(j+1) = (j_1+j_2-j+1) - (j_1+j_2-j) = 1

です(j=j1+j2j = j_1+j_2 のときは d(j+1)=0d(j+1) = 0 ですが、公式 j1+j2−(j+1)+1=0j_1+j_2-(j+1)+1 = 0 と一致するので同じ式が使えます)。0≤j<j1−j20 \le j < j_1 - j_2 のときは j+1≤j1−j2j + 1 \le j_1 - j_2 なので d(j)=d(j+1)=2j2+1d(j) = d(j+1) = 2j_2+1 となり N(j)=0N(j) = 0 です。以上から、jj は j1−j2=∣j1−j2∣j_1 - j_2 = |j_1-j_2| から j1+j2j_1+j_2 までの値をちょうど 1 回ずつ取ります。

ステップ 5(次元の検算). 項数は (j1+j2)−∣j1−j2∣+1=2j2+1(j_1+j_2) - |j_1-j_2| + 1 = 2j_2 + 1、各項の次元の和は等差数列の和なので

∑j=j1−j2j1+j2(2j+1)=(2j2+1)⋅(2(j1−j2)+1)+(2(j1+j2)+1)2=(2j2+1)(2j1+1)\sum_{j=j_1-j_2}^{j_1+j_2}(2j+1) = (2j_2+1)\cdot\frac{\bigl(2(j_1-j_2)+1\bigr) + \bigl(2(j_1+j_2)+1\bigr)}{2} = (2j_2+1)(2j_1+1)

となり、テンソル積の次元 (2j1+1)(2j2+1)(2j_1+1)(2j_2+1) に一致します。

補題 6.3(スピン 1/2 の 2 つの合成:三重項と一重項)✓

C2⊗C2\mathbb{C}^2\otimes\mathbb{C}^2 で J=S1+S2\boldsymbol{J}=\boldsymbol{S}_1+\boldsymbol{S}_2 とし、

∣1,1⟩=∣↑↑⟩,∣1,0⟩=12(∣↑↓⟩+∣↓↑⟩),∣1,−1⟩=∣↓↓⟩,∣0,0⟩=12(∣↑↓⟩−∣↓↑⟩)\lvert1,1\rangle=\lvert\uparrow\uparrow\rangle,\quad\lvert1,0\rangle=\tfrac{1}{\sqrt2}\bigl(\lvert\uparrow\downarrow\rangle+\lvert\downarrow\uparrow\rangle\bigr),\quad\lvert1,-1\rangle=\lvert\downarrow\downarrow\rangle,\quad\lvert0,0\rangle=\tfrac{1}{\sqrt2}\bigl(\lvert\uparrow\downarrow\rangle-\lvert\downarrow\uparrow\rangle\bigr)

とおく。

  1. これら 4 つは正規直交基底で、J2∣1,m⟩=2ℏ2∣1,m⟩\boldsymbol{J}^2\lvert1,m\rangle=2\hbar^2\lvert1,m\rangle、Jz∣1,m⟩=mℏ∣1,m⟩J_z\lvert1,m\rangle=m\hbar\lvert1,m\rangle、J2∣0,0⟩=0\boldsymbol{J}^2\lvert0,0\rangle=0 である。さらに Jx∣0,0⟩=Jy∣0,0⟩=Jz∣0,0⟩=0J_x\lvert0,0\rangle=J_y\lvert0,0\rangle=J_z\lvert0,0\rangle=0。
  2. 2 つのスピンを入れ替える交換演算子 P12P_{12}(P12∣ab⟩=∣ba⟩P_{12}\lvert ab\rangle=\lvert ba\rangle)は、三重項 ∣1,m⟩\lvert1,m\rangle では +1+1、一重項 ∣0,0⟩\lvert0,0\rangle では −1-1 として働く。したがって C2⊗C2\mathbb{C}^2\otimes\mathbb{C}^2 は三重項(交換で不変)と一重項(交換で符号が変わる)の直交和に分解する。
証明(補題 6.3)

1. 正規直交性は ∣↑↑⟩,∣↑↓⟩,∣↓↑⟩,∣↓↓⟩\lvert\uparrow\uparrow\rangle,\lvert\uparrow\downarrow\rangle,\lvert\downarrow\uparrow\rangle,\lvert\downarrow\downarrow\rangle の正規直交性から直ちに分かります。Jz=S1z+S2zJ_z=S_{1z}+S_{2z} の値は各ベクトルの ↑\uparrow と ↓\downarrow の数から読めます。J2=S12+S22+2S1⋅S2\boldsymbol{J}^2=\boldsymbol{S}_1^2+\boldsymbol{S}_2^2+2\boldsymbol{S}_1\cdot\boldsymbol{S}_2、S12=S22=34ℏ2\boldsymbol{S}_1^2=\boldsymbol{S}_2^2=\tfrac34\hbar^2 で、S1⋅S2=S1zS2z+12(S1+S2−+S1−S2+)\boldsymbol{S}_1\cdot\boldsymbol{S}_2=S_{1z}S_{2z}+\tfrac12(S_{1+}S_{2-}+S_{1-}S_{2+})(定義 3.4 から SxSx′+SySy′=12(S+S−′+S−S+′)S_xS'_x+S_yS'_y=\tfrac12(S_+S'_-+S_-S'_+))です。昇降演算子の作用(定理 3.6 (3)、スピン 12\tfrac12 では S+∣↓⟩=ℏ∣↑⟩S_+\lvert\downarrow\rangle=\hbar\lvert\uparrow\rangle、S−∣↑⟩=ℏ∣↓⟩S_-\lvert\uparrow\rangle=\hbar\lvert\downarrow\rangle、他は 00)から

S1⋅S2∣↑↑⟩=ℏ24∣↑↑⟩,S1⋅S2∣↑↓⟩=−ℏ24∣↑↓⟩+ℏ22∣↓↑⟩,\boldsymbol{S}_1\cdot\boldsymbol{S}_2\lvert\uparrow\uparrow\rangle=\tfrac{\hbar^2}4\lvert\uparrow\uparrow\rangle,\qquad\boldsymbol{S}_1\cdot\boldsymbol{S}_2\lvert\uparrow\downarrow\rangle=-\tfrac{\hbar^2}4\lvert\uparrow\downarrow\rangle+\tfrac{\hbar^2}2\lvert\downarrow\uparrow\rangle,

∣↓↓⟩\lvert\downarrow\downarrow\rangle、∣↓↑⟩\lvert\downarrow\uparrow\rangle も対称に同じです。よって三重項では S1⋅S2=ℏ24\boldsymbol{S}_1\cdot\boldsymbol{S}_2=\tfrac{\hbar^2}4、一重項では −3ℏ24-\tfrac{3\hbar^2}4 で、J2\boldsymbol{J}^2 はそれぞれ (32+12)ℏ2=2ℏ2(\tfrac32+\tfrac12)\hbar^2=2\hbar^2 と (32−32)ℏ2=0(\tfrac32-\tfrac32)\hbar^2=0 です。Jx,Jy,JzJ_x,J_y,J_z はエルミートなので ∥Jxψ∥2+∥Jyψ∥2+∥Jzψ∥2=⟨ψ,J2ψ⟩\|J_x\psi\|^2+\|J_y\psi\|^2+\|J_z\psi\|^2=\langle\psi,\boldsymbol{J}^2\psi\rangle で、ψ=∣0,0⟩\psi=\lvert0,0\rangle では 00 なので各 Ji∣0,0⟩=0J_i\lvert0,0\rangle=0。

2. P12P_{12} は ∣↑↓⟩\lvert\uparrow\downarrow\rangle と ∣↓↑⟩\lvert\downarrow\uparrow\rangle を入れ替え、∣↑↑⟩\lvert\uparrow\uparrow\rangle、∣↓↓⟩\lvert\downarrow\downarrow\rangle を変えないので、定義から直ちに従います。直交和の分解は 1 の正規直交基底によります。

例 6.4(スピン 1/2 を 2 つ合成する)

j1=j2=1/2j_1 = j_2 = 1/2 の場合、定理 6.2 は j=0j = 0 と j=1j = 1 が 1 回ずつ現れると言っています。次元は 1+3=4=2×21 + 3 = 4 = 2\times2 で合っています。実際に基底を作ります。

最大の mm を持つ状態は 1 つしかなく、∣1,1⟩=∣↑↑⟩\lvert 1, 1\rangle = \lvert\uparrow\uparrow\rangle です。これに J−=S1−+S2−J_- = S_{1-} + S_{2-} を作用させます。左辺は 定理 3.6 (3) より J−∣1,1⟩=ℏ2−1⋅0 ∣1,0⟩=2 ℏ∣1,0⟩J_-\lvert1,1\rangle = \hbar\sqrt{2 - 1\cdot0}\,\lvert1,0\rangle = \sqrt2\,\hbar\lvert1,0\rangle、右辺は各粒子に作用させて ℏ∣↓↑⟩+ℏ∣↑↓⟩\hbar\lvert\downarrow\uparrow\rangle + \hbar\lvert\uparrow\downarrow\rangle です。よって

∣1,0⟩=12(∣↑↓⟩+∣↓↑⟩),∣1,−1⟩=∣↓↓⟩\lvert 1, 0\rangle = \frac{1}{\sqrt2}\bigl(\lvert\uparrow\downarrow\rangle + \lvert\downarrow\uparrow\rangle\bigr), \qquad \lvert1,-1\rangle = \lvert\downarrow\downarrow\rangle

です(∣1,−1⟩\lvert1,-1\rangle はもう一度 J−J_- を作用させれば出ます)。残る 1 次元は m=0m = 0 の空間内で ∣1,0⟩\lvert1,0\rangle に直交する方向で、

∣0,0⟩=12(∣↑↓⟩−∣↓↑⟩)\lvert 0, 0\rangle = \frac{1}{\sqrt2}\bigl(\lvert\uparrow\downarrow\rangle - \lvert\downarrow\uparrow\rangle\bigr)

です。j=1j = 1 の 3 つを三重項、j=0j = 0 を一重項と呼びます。

∣0,0⟩\lvert0,0\rangle の J2\boldsymbol{J}^2 固有値が本当に 00 か確かめます。J2=S12+S22+2S1⋅S2\boldsymbol{J}^2 = \boldsymbol{S}_1^2 + \boldsymbol{S}_2^2 + 2\boldsymbol{S}_1\cdot\boldsymbol{S}_2 で、S12=S22=34ℏ2\boldsymbol{S}_1^2 = \boldsymbol{S}_2^2 = \tfrac34\hbar^2 です。また

S1⋅S2=S1zS2z+12(S1+S2−+S1−S2+)\boldsymbol{S}_1\cdot\boldsymbol{S}_2 = S_{1z}S_{2z} + \tfrac12\bigl(S_{1+}S_{2-} + S_{1-}S_{2+}\bigr)

(S1xS2x+S1yS2y=12(S1+S2−+S1−S2+)S_{1x}S_{2x} + S_{1y}S_{2y} = \tfrac12(S_{1+}S_{2-} + S_{1-}S_{2+}) を 定義 3.4 から確かめられます)。これを作用させると

S1⋅S2∣↑↓⟩=−ℏ24∣↑↓⟩+ℏ22∣↓↑⟩,S1⋅S2∣↓↑⟩=−ℏ24∣↓↑⟩+ℏ22∣↑↓⟩\boldsymbol{S}_1\cdot\boldsymbol{S}_2\lvert\uparrow\downarrow\rangle = -\frac{\hbar^2}{4}\lvert\uparrow\downarrow\rangle + \frac{\hbar^2}{2}\lvert\downarrow\uparrow\rangle, \qquad \boldsymbol{S}_1\cdot\boldsymbol{S}_2\lvert\downarrow\uparrow\rangle = -\frac{\hbar^2}{4}\lvert\downarrow\uparrow\rangle + \frac{\hbar^2}{2}\lvert\uparrow\downarrow\rangle

です(第 1 式では S1−S2+∣↑↓⟩=ℏ2∣↓↑⟩S_{1-}S_{2+}\lvert\uparrow\downarrow\rangle = \hbar^2\lvert\downarrow\uparrow\rangle、S1+S2−∣↑↓⟩=0S_{1+}S_{2-}\lvert\uparrow\downarrow\rangle = 0)。したがって

S1⋅S2∣0,0⟩=12[(−ℏ24−ℏ22)∣↑↓⟩−(−ℏ24−ℏ22)∣↓↑⟩]=−3ℏ24∣0,0⟩\boldsymbol{S}_1\cdot\boldsymbol{S}_2\lvert0,0\rangle = \frac{1}{\sqrt2}\Bigl[\Bigl(-\frac{\hbar^2}{4} - \frac{\hbar^2}{2}\Bigr)\lvert\uparrow\downarrow\rangle - \Bigl(-\frac{\hbar^2}{4} - \frac{\hbar^2}{2}\Bigr)\lvert\downarrow\uparrow\rangle\Bigr] = -\frac{3\hbar^2}{4}\lvert0,0\rangle

となり、J2∣0,0⟩=(34+34−32)ℏ2∣0,0⟩=0\boldsymbol{J}^2\lvert0,0\rangle = \bigl(\tfrac34 + \tfrac34 - \tfrac32\bigr)\hbar^2\lvert0,0\rangle = 0 です。同じ計算を ∣1,0⟩\lvert1,0\rangle に行うと S1⋅S2∣1,0⟩=+14ℏ2∣1,0⟩\boldsymbol{S}_1\cdot\boldsymbol{S}_2\lvert1,0\rangle = +\tfrac14\hbar^2\lvert1,0\rangle で、J2∣1,0⟩=(32+12)ℏ2∣1,0⟩=2ℏ2∣1,0⟩=ℏ2⋅1⋅2 ∣1,0⟩\boldsymbol{J}^2\lvert1,0\rangle = \bigl(\tfrac32 + \tfrac12\bigr)\hbar^2\lvert1,0\rangle = 2\hbar^2\lvert1,0\rangle = \hbar^2\cdot1\cdot2\,\lvert1,0\rangle となります。

系 6.5(スピン軌道相互作用の固有値)✓

L\boldsymbol{L} を量子数 l≥1l \ge 1 の軌道角運動量、S\boldsymbol{S} をスピン 1/21/2、J=L+S\boldsymbol{J} = \boldsymbol{L}+\boldsymbol{S} とする。L2,S2,J2,Jz\boldsymbol{L}^2, \boldsymbol{S}^2, \boldsymbol{J}^2, J_z の同時固有状態 ∣l,s=12; j,m⟩\lvert l, s = \tfrac12;\, j, m\rangle において

L⋅S=J2−L2−S22\boldsymbol{L}\cdot\boldsymbol{S} = \frac{\boldsymbol{J}^2 - \boldsymbol{L}^2 - \boldsymbol{S}^2}{2}

は対角的で、その固有値は

ℏ22[j(j+1)−l(l+1)−34]={ℏ2l2(j=l+12)−ℏ2(l+1)2(j=l−12)\frac{\hbar^2}{2}\Bigl[j(j+1) - l(l+1) - \frac34\Bigr] = \begin{cases} \dfrac{\hbar^2 l}{2} & \bigl(j = l + \tfrac12\bigr)\\ -\dfrac{\hbar^2 (l+1)}{2} & \bigl(j = l - \tfrac12\bigr) \end{cases}

である。l=0l = 0 のときは j=1/2j = 1/2 のみで、固有値は 00 である。

証明(系 6.5)

J2=(L+S)2=L2+S2+2L⋅S\boldsymbol{J}^2 = (\boldsymbol{L}+\boldsymbol{S})^2 = \boldsymbol{L}^2 + \boldsymbol{S}^2 + 2\boldsymbol{L}\cdot\boldsymbol{S} です(L\boldsymbol{L} と S\boldsymbol{S} は 定義 5.1 より可換なので交差項が 2L⋅S2\boldsymbol{L}\cdot\boldsymbol{S} にまとまります)。これを L⋅S\boldsymbol{L}\cdot\boldsymbol{S} について解けば表式が出ます。定理 6.2 より j1=lj_1 = l、j2=1/2j_2 = 1/2 の合成で許される jj は l+12l + \tfrac12 と l−12l - \tfrac12 の 2 つだけです(l≥1l \ge 1 のとき)。

j=l+12j = l + \tfrac12 を代入すると

j(j+1)=(l+12)(l+32)=l2+2l+34j(j+1) = \Bigl(l+\frac12\Bigr)\Bigl(l+\frac32\Bigr) = l^2 + 2l + \frac34

なので、括弧の中は l2+2l+34−l2−l−34=ll^2 + 2l + \tfrac34 - l^2 - l - \tfrac34 = l となり、固有値は ℏ2l/2\hbar^2l/2 です。

j=l−12j = l - \tfrac12 では

j(j+1)=(l−12)(l+12)=l2−14j(j+1) = \Bigl(l-\frac12\Bigr)\Bigl(l+\frac12\Bigr) = l^2 - \frac14

なので、括弧の中は l2−14−l2−l−34=−(l+1)l^2 - \tfrac14 - l^2 - l - \tfrac34 = -(l+1) となり、固有値は −ℏ2(l+1)/2-\hbar^2(l+1)/2 です。l=0l = 0 の場合は j=1/2j = 1/2 のみで、j(j+1)−0−34=34−34=0j(j+1) - 0 - \tfrac34 = \tfrac34 - \tfrac34 = 0 です。

例 6.6(ナトリウム D 線の二重項)

ナトリウム原子の最外殻電子が 3p3p 準位(l=1l = 1)にあるとき、定理 6.2 より全角運動量は j=3/2j = 3/2 と j=1/2j = 1/2 の 2 通りです。スピン軌道相互作用を HSO=ξ L⋅SH_{\mathrm{SO}} = \xi\,\boldsymbol{L}\cdot\boldsymbol{S}(ξ>0\xi > 0)と書くと、系 6.5 に l=1l = 1 を代入して

⟨HSO⟩j=3/2=ξℏ22,⟨HSO⟩j=1/2=−ξℏ2\langle H_{\mathrm{SO}}\rangle_{j=3/2} = \frac{\xi\hbar^2}{2}, \qquad \langle H_{\mathrm{SO}}\rangle_{j=1/2} = -\xi\hbar^2

です。3p3p 準位は 2 つに割れ、間隔は 32ξℏ2\tfrac32\xi\hbar^2、分裂比は 1:(−2)1 : (-2) になります。この分裂した 2 準位から基底状態 3s3s(l=0l = 0、j=1/2j = 1/2)への遷移が D2_2 線(j=3/2→1/2j = 3/2 \to 1/2、588.995 nm588.995\ \mathrm{nm})と D1_1 線(j=1/2→1/2j = 1/2 \to 1/2、589.592 nm589.592\ \mathrm{nm})です。観測される分裂 ΔE≈2.1 meV\Delta E \approx 2.1\ \mathrm{meV} から ξℏ2≈1.4 meV\xi\hbar^2 \approx 1.4\ \mathrm{meV} と読み取れます。

なお、縮退した準位の中でどの基底を取るべきかは 系 6.5 が教えてくれます。HSOH_{\mathrm{SO}} は結合基底で対角なので、縮退のある摂動論で必要な「正しいゼロ次の基底」がそのまま結合基底になっているのです(摂動論、縮退がある場合の 1 次摂動(定理 5.2)[摂動論])。

注意 6.7

非結合基底から結合基底への変換係数

∣j,m⟩=∑m1+m2=mCj1m1; j2m2 jm ∣j1m1⟩∣j2m2⟩\lvert j, m\rangle = \sum_{m_1 + m_2 = m} C^{\,j m}_{j_1m_1;\,j_2m_2}\ \lvert j_1m_1\rangle\lvert j_2m_2\rangle

がクレブシュ・ゴルダン係数です。JzJ_z が両基底で対角なので m=m1+m2m = m_1 + m_2 でない項は現れません。慣用として、m1m_1 が最大の項の係数を正の実数に取る(コンドン=ショートレー位相)と決めれば、係数はすべて実数になります。数表は角運動量を扱う標準的な参考書に載っています。

演習 7.1易

定義 2.1 の LzL_z について、[Lz,x]=iℏy[L_z, x] = i\hbar y、[Lz,y]=−iℏx[L_z, y] = -i\hbar x、[Lz,z]=0[L_z, z] = 0 を示してください。

解答

Lz=xpy−ypxL_z = xp_y - yp_x です。[Lz,x]=[xpy,x]−[ypx,x][L_z, x] = [xp_y, x] - [yp_x, x] を計算します。第 1 項は xx と pyp_y がともに xx と可換なので 00 です。第 2 項は恒等式 [AB,C]=A[B,C]+[A,C]B[AB, C] = A[B,C] + [A,C]B を A=yA = y、B=pxB = p_x、C=xC = x として使い、

[ypx,x]=y[px,x]+[y,x]px=y⋅(−iℏ)+0=−iℏy[yp_x, x] = y[p_x, x] + [y, x]p_x = y\cdot(-i\hbar) + 0 = -i\hbar y

です。よって [Lz,x]=0−(−iℏy)=iℏy[L_z, x] = 0 - (-i\hbar y) = i\hbar y となります。

同様に [Lz,y]=[xpy,y]−[ypx,y][L_z, y] = [xp_y, y] - [yp_x, y] で、第 2 項は 00、第 1 項は [xpy,y]=x[py,y]=−iℏx[xp_y, y] = x[p_y, y] = -i\hbar x なので [Lz,y]=−iℏx[L_z, y] = -i\hbar x です。最後に x,py,y,pxx, p_y, y, p_x はすべて zz と可換なので [Lz,z]=0[L_z, z] = 0 です。

これらをまとめると [Li,xj]=iℏεijkxk[L_i, x_j] = i\hbar\varepsilon_{ijk}x_k で、r\boldsymbol{r} が角運動量に対して「ベクトル演算子」として振る舞うことを表しています。

演習 7.2標準

一様磁場 B=Bez\boldsymbol{B} = B\boldsymbol{e}_z 中のスピン 1/21/2 の粒子のハミルトニアンを H=ωSzH = \omega S_z(ω\omega は実定数)とします。時刻 t=0t = 0 で状態が SxS_x の固有値 +ℏ/2+\hbar/2 の固有状態 ∣+x⟩=(∣↑⟩+∣↓⟩)/2\lvert +x\rangle = (\lvert\uparrow\rangle + \lvert\downarrow\rangle)/\sqrt2 であったとき、⟨Sx⟩(t)\langle S_x\rangle(t)、⟨Sy⟩(t)\langle S_y\rangle(t)、⟨Sz⟩(t)\langle S_z\rangle(t) を求めてください。

解答

HH の固有状態が ∣↑⟩\lvert\uparrow\rangle(固有値 ℏω/2\hbar\omega/2)と ∣↓⟩\lvert\downarrow\rangle(固有値 −ℏω/2-\hbar\omega/2)なので、時間発展は各成分に位相因子を掛けるだけです。

∣ψ(t)⟩=12(e−iωt/2∣↑⟩+e+iωt/2∣↓⟩)=(ab),a=e−iωt/22, b=eiωt/22\lvert\psi(t)\rangle = \frac{1}{\sqrt2}\Bigl(e^{-i\omega t/2}\lvert\uparrow\rangle + e^{+i\omega t/2}\lvert\downarrow\rangle\Bigr) = \begin{pmatrix} a \\ b\end{pmatrix}, \qquad a = \frac{e^{-i\omega t/2}}{\sqrt2},\ b = \frac{e^{i\omega t/2}}{\sqrt2}

です。パウリ行列の期待値を成分で書くと

⟨σx⟩=aˉb+bˉa=2 Re(aˉb),⟨σy⟩=−iaˉb+ibˉa=2 Im(aˉb),⟨σz⟩=∣a∣2−∣b∣2\langle\sigma_x\rangle = \bar a b + \bar b a = 2\,\mathrm{Re}(\bar a b), \qquad \langle\sigma_y\rangle = -i\bar a b + i\bar b a = 2\,\mathrm{Im}(\bar a b), \qquad \langle\sigma_z\rangle = |a|^2 - |b|^2

です。ここで aˉb=12eiωt\bar a b = \tfrac12 e^{i\omega t} なので 2 Re(aˉb)=cos⁡ωt2\,\mathrm{Re}(\bar ab) = \cos\omega t、2 Im(aˉb)=sin⁡ωt2\,\mathrm{Im}(\bar ab) = \sin\omega t、∣a∣2−∣b∣2=0|a|^2 - |b|^2 = 0 です。S=(ℏ/2)σ\boldsymbol{S} = (\hbar/2)\boldsymbol{\sigma} より

⟨Sx⟩=ℏ2cos⁡ωt,⟨Sy⟩=ℏ2sin⁡ωt,⟨Sz⟩=0\langle S_x\rangle = \frac{\hbar}{2}\cos\omega t, \qquad \langle S_y\rangle = \frac{\hbar}{2}\sin\omega t, \qquad \langle S_z\rangle = 0

となります。期待値ベクトルは xyxy 平面内を角速度 ω\omega で回り続けます。これがラーモア歳差運動で、磁気共鳴の基礎です。⟨S⟩\langle\boldsymbol{S}\rangle の大きさが ℏ/2\hbar/2 のまま一定である点も確かめておいてください。

演習 7.3標準

l=1l = 1 の軌道角運動量とスピン 1/21/2 を合成します。定理 6.2 より j=3/2j = 3/2 と j=1/2j = 1/2 が現れます。∣j=32,m=12⟩\lvert j{=}\tfrac32, m{=}\tfrac12\rangle と ∣j=12,m=12⟩\lvert j{=}\tfrac12, m{=}\tfrac12\rangle を非結合基底 ∣1,ml⟩∣ms⟩\lvert 1, m_l\rangle\lvert m_s\rangle で表してください。

解答

最大の mm を持つ状態は ∣32,32⟩=∣1,1⟩∣↑⟩\lvert\tfrac32, \tfrac32\rangle = \lvert1,1\rangle\lvert\uparrow\rangle の 1 つだけです。これに J−=L−+S−J_- = L_- + S_- を作用させます。左辺は 定理 3.6 (3) より

J−∣32,32⟩=ℏ154−32⋅12 ∣32,12⟩=3 ℏ∣32,12⟩J_-\Bigl\lvert\tfrac32,\tfrac32\Bigr\rangle = \hbar\sqrt{\tfrac{15}{4} - \tfrac32\cdot\tfrac12}\ \Bigl\lvert\tfrac32,\tfrac12\Bigr\rangle = \sqrt3\,\hbar\Bigl\lvert\tfrac32,\tfrac12\Bigr\rangle

です。右辺は

L−∣1,1⟩∣↑⟩+∣1,1⟩S−∣↑⟩=2 ℏ∣1,0⟩∣↑⟩+ℏ∣1,1⟩∣↓⟩L_-\lvert1,1\rangle\lvert\uparrow\rangle + \lvert1,1\rangle S_-\lvert\uparrow\rangle = \sqrt2\,\hbar\lvert1,0\rangle\lvert\uparrow\rangle + \hbar\lvert1,1\rangle\lvert\downarrow\rangle

です(L−∣1,1⟩=ℏ2−1⋅0∣1,0⟩L_-\lvert1,1\rangle = \hbar\sqrt{2 - 1\cdot 0}\lvert1,0\rangle、S−∣↑⟩=ℏ∣↓⟩S_-\lvert\uparrow\rangle = \hbar\lvert\downarrow\rangle)。両辺を比べて

∣32,12⟩=13(2 ∣1,0⟩∣↑⟩+∣1,1⟩∣↓⟩)\Bigl\lvert\tfrac32,\tfrac12\Bigr\rangle = \frac{1}{\sqrt3}\Bigl(\sqrt2\,\lvert1,0\rangle\lvert\uparrow\rangle + \lvert1,1\rangle\lvert\downarrow\rangle\Bigr)

を得ます。m=1/2m = 1/2 の空間は ∣1,0⟩∣↑⟩\lvert1,0\rangle\lvert\uparrow\rangle と ∣1,1⟩∣↓⟩\lvert1,1\rangle\lvert\downarrow\rangle が張る 2 次元なので、∣12,12⟩\lvert\tfrac12,\tfrac12\rangle は上に直交する規格化ベクトルです。mlm_l が最大の項の係数を正に取る慣用(注意 6.7)に従うと

∣12,12⟩=13(2 ∣1,1⟩∣↓⟩−∣1,0⟩∣↑⟩)\Bigl\lvert\tfrac12,\tfrac12\Bigr\rangle = \frac{1}{\sqrt3}\Bigl(\sqrt2\,\lvert1,1\rangle\lvert\downarrow\rangle - \lvert1,0\rangle\lvert\uparrow\rangle\Bigr)

です。内積が (2⋅1+1⋅(−2))/3=0(\sqrt2\cdot1 + 1\cdot(-\sqrt2))/3 = 0 で直交、係数の 2 乗和が (2+1)/3=1(2+1)/3 = 1 で規格化されています。

検算として L⋅S\boldsymbol{L}\cdot\boldsymbol{S} を作用させます。L⋅S=LzSz+12(L+S−+L−S+)\boldsymbol{L}\cdot\boldsymbol{S} = L_zS_z + \tfrac12(L_+S_- + L_-S_+) なので

L⋅S ∣1,0⟩∣↑⟩=ℏ22∣1,1⟩∣↓⟩,L⋅S ∣1,1⟩∣↓⟩=−ℏ22∣1,1⟩∣↓⟩+ℏ22∣1,0⟩∣↑⟩\boldsymbol{L}\cdot\boldsymbol{S}\,\lvert1,0\rangle\lvert\uparrow\rangle = \frac{\hbar^2}{\sqrt2}\lvert1,1\rangle\lvert\downarrow\rangle, \qquad \boldsymbol{L}\cdot\boldsymbol{S}\,\lvert1,1\rangle\lvert\downarrow\rangle = -\frac{\hbar^2}{2}\lvert1,1\rangle\lvert\downarrow\rangle + \frac{\hbar^2}{\sqrt2}\lvert1,0\rangle\lvert\uparrow\rangle

です。これを ∣32,12⟩\lvert\tfrac32,\tfrac12\rangle に適用すると固有値 ℏ2/2\hbar^2/2、∣12,12⟩\lvert\tfrac12,\tfrac12\rangle に適用すると固有値 −ℏ2-\hbar^2 が出て、系 6.5 に l=1l = 1 を入れた値と一致します。

演習 7.4難

∣j,m⟩\lvert j, m\rangle を 定理 3.6 の同時固有ベクトルとします。

  1. ⟨Jx⟩=⟨Jy⟩=0\langle J_x\rangle = \langle J_y\rangle = 0 と ⟨Jx2⟩=⟨Jy2⟩=ℏ22[j(j+1)−m2]\langle J_x^2\rangle = \langle J_y^2\rangle = \tfrac{\hbar^2}{2}\bigl[j(j+1) - m^2\bigr] を示してください。
  2. これを用いて ΔJx ΔJy≥12∣⟨[Jx,Jy]⟩∣\Delta J_x\,\Delta J_y \ge \tfrac12\bigl|\langle[J_x, J_y]\rangle\bigr| を直接確かめ、等号が成り立つ条件を求めてください。
解答

(1) Jx=(J++J−)/2J_x = (J_+ + J_-)/2 です。定理 3.6 (3) より J±∣j,m⟩J_\pm\lvert j,m\rangle は ∣j,m±1⟩\lvert j, m\pm1\rangle に比例し、これは ∣j,m⟩\lvert j,m\rangle と直交します(JzJ_z の異なる固有値に属するため)。よって ⟨j,m∣J±∣j,m⟩=0\langle j,m\rvert J_\pm\lvert j,m\rangle = 0 で、⟨Jx⟩=0\langle J_x\rangle = 0 です。Jy=(J+−J−)/(2i)J_y = (J_+-J_-)/(2i) も同じ理由で ⟨Jy⟩=0\langle J_y\rangle = 0 です。

2 乗については

Jx2=14(J+2+J−2+J+J−+J−J+)J_x^2 = \frac{1}{4}\bigl(J_+^2 + J_-^2 + J_+J_- + J_-J_+\bigr)

です。J±2∣j,m⟩J_\pm^2\lvert j,m\rangle は ∣j,m±2⟩\lvert j, m\pm2\rangle に比例するので、期待値には寄与しません。残りは 補題 3.5 (3) から

J+J−+J−J+=(J2−Jz2+ℏJz)+(J2−Jz2−ℏJz)=2(J2−Jz2)J_+J_- + J_-J_+ = \bigl(\boldsymbol{J}^2 - J_z^2 + \hbar J_z\bigr) + \bigl(\boldsymbol{J}^2 - J_z^2 - \hbar J_z\bigr) = 2\bigl(\boldsymbol{J}^2 - J_z^2\bigr)

なので

⟨Jx2⟩=14⋅2ℏ2[j(j+1)−m2]=ℏ22[j(j+1)−m2]\langle J_x^2\rangle = \frac{1}{4}\cdot 2\hbar^2\bigl[j(j+1) - m^2\bigr] = \frac{\hbar^2}{2}\bigl[j(j+1)-m^2\bigr]

です。Jy2=−14(J+−J−)2=−14(J+2+J−2−J+J−−J−J+)J_y^2 = -\tfrac14(J_+ - J_-)^2 = -\tfrac14(J_+^2 + J_-^2 - J_+J_- - J_-J_+) でも、J±2J_\pm^2 の項が落ちて同じ値になります。

(2) ⟨Jx⟩=⟨Jy⟩=0\langle J_x\rangle = \langle J_y\rangle = 0 なので ΔJx=ΔJy=ℏ[j(j+1)−m2]/2\Delta J_x = \Delta J_y = \hbar\sqrt{\bigl[j(j+1)-m^2\bigr]/2} です。よって

ΔJx ΔJy=ℏ22[j(j+1)−m2]\Delta J_x\,\Delta J_y = \frac{\hbar^2}{2}\bigl[j(j+1) - m^2\bigr]

一方 [Jx,Jy]=iℏJz[J_x, J_y] = i\hbar J_z なので右辺は 12ℏ⋅ℏ∣m∣=ℏ22∣m∣\tfrac12\hbar\cdot\hbar|m| = \tfrac{\hbar^2}{2}|m| です。したがって示すべきは

j(j+1)−m2≥∣m∣,すなわちj(j+1)≥∣m∣(∣m∣+1)j(j+1) - m^2 \ge |m|, \qquad \text{すなわち}\quad j(j+1) \ge |m|\bigl(|m|+1\bigr)

です。定理 3.6 (2) より ∣m∣≤j|m| \le j であり、関数 x↦x(x+1)x \mapsto x(x+1) は x≥0x \ge 0 で単調増加ですから、この不等式が成り立ちます。

等号は ∣m∣=j|m| = j のとき、そのときに限ります。つまり多重項の両端の状態 ∣j,±j⟩\lvert j, \pm j\rangle が最小不確定状態です。例 5.3 の j=1/2j = 1/2、m=1/2m = 1/2 はこの場合にあたり、実際に等号が成り立っていました。

  • J. J. Sakurai and J. Napolitano, Modern Quantum Mechanics, 3rd ed., Cambridge University Press, 2020 — Chapter 3 “Theory of Angular Momentum”。交換関係からの固有値決定、回転演算子、合成までが一貫した書き方で扱われています。
  • L. D. Landau and E. M. Lifshitz, Quantum Mechanics: Non-Relativistic Theory, 3rd ed., Pergamon Press, 1977 — Chapter IV(Angular momentum)と Chapter VIII(Spin)。
  • A. R. Edmonds, Angular Momentum in Quantum Mechanics, Princeton University Press, 1957 — クレブシュ・ゴルダン係数と既約テンソル演算子の標準的な参考書。
  • W. Gerlach und O. Stern, “Der experimentelle Nachweis der Richtungsquantelung im Magnetfeld”, Zeitschrift für Physik 9 (1922), 349–352. doi:10.1007/BF01326983
  • G. E. Uhlenbeck und S. Goudsmit, “Ersetzung der Hypothese vom unmechanischen Zwang durch eine Forderung bezüglich des inneren Verhaltens jedes einzelnen Elektrons”, Die Naturwissenschaften 13 (1925), 953–954. doi:10.1007/BF01558878
  • H. Rauch, A. Zeilinger, G. Badurek, A. Wilfing, W. Bauspiess and U. Bonse, “Verification of coherent spinor rotation of fermions”, Physics Letters A 54 (1975), 425–427 — 中性子干渉計でスピノルの 4π4\pi 周期性を確認した実験。

Appendix: 回転の生成子としての角運動量

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定義 3.1 の交換関係が「回転の非可換性」から来ることを見ておきます。

3 次元の回転行列を成分で書きます。zz 軸まわりの角 θ\theta の回転は

Rz(θ)=(cos⁡θ−sin⁡θ0sin⁡θcos⁡θ0001)R_z(\theta) = \begin{pmatrix}\cos\theta & -\sin\theta & 0\\ \sin\theta & \cos\theta & 0 \\ 0&0&1\end{pmatrix}

で、θ=0\theta = 0 で微分すると生成子

Az=dRzdθ∣θ=0=(0−10100000)A_z = \left.\frac{dR_z}{d\theta}\right|_{\theta=0} = \begin{pmatrix}0&-1&0\\1&0&0\\0&0&0\end{pmatrix}

を得ます。同様に

Ax=(00000−1010),Ay=(001000−100)A_x = \begin{pmatrix}0&0&0\\0&0&-1\\0&1&0\end{pmatrix}, \qquad A_y = \begin{pmatrix}0&0&1\\0&0&0\\-1&0&0\end{pmatrix}

です。これらの積を計算すると

AxAy=(000100000),AyAx=(010000000)A_xA_y = \begin{pmatrix}0&0&0\\1&0&0\\0&0&0\end{pmatrix}, \qquad A_yA_x = \begin{pmatrix}0&1&0\\0&0&0\\0&0&0\end{pmatrix}

なので

[Ax,Ay]=(0−10100000)=Az[A_x, A_y] = \begin{pmatrix}0&-1&0\\1&0&0\\0&0&0\end{pmatrix} = A_z

です。Ri(ε)=I+εAi+O(ε2)R_i(\varepsilon) = I + \varepsilon A_i + O(\varepsilon^2) を使うと、この関係は

Rx(ε)Ry(ε)Rx(ε)−1Ry(ε)−1=I+ε2[Ax,Ay]+O(ε3)=Rz(ε2)+O(ε3)R_x(\varepsilon)R_y(\varepsilon)R_x(\varepsilon)^{-1}R_y(\varepsilon)^{-1} = I + \varepsilon^2[A_x, A_y] + O(\varepsilon^3) = R_z(\varepsilon^2) + O(\varepsilon^3)

と書けます。「xx 軸まわりに少し回し、yy 軸まわりに少し回し、それぞれを戻すと、zz 軸まわりに 2 次の微小角だけ回ったことになる」という、回転の非可換性そのものです。

量子力学では、回転 RR に状態空間上のユニタリ演算子 U(R)U(R) が対応し、U(R)U(R′)=U(RR′)U(R)U(R') = U(RR')(位相の不定性を除く)が成り立ちます。生成子を J\boldsymbol{J} として U(Ri(θ))=exp⁡(−iθJi/ℏ)U(R_i(\theta)) = \exp(-i\theta J_i/\hbar) と書き、上の等式の両辺を ε\varepsilon について 2 次まで展開します。左辺は

eXeYe−Xe−Y=I+[X,Y]+O(ε3),X=−iεJxℏ, Y=−iεJyℏe^{X}e^{Y}e^{-X}e^{-Y} = I + [X, Y] + O(\varepsilon^3), \qquad X = -\frac{i\varepsilon J_x}{\hbar},\ Y = -\frac{i\varepsilon J_y}{\hbar}

なので I−ε2ℏ2[Jx,Jy]+O(ε3)I - \dfrac{\varepsilon^2}{\hbar^2}[J_x, J_y] + O(\varepsilon^3)、右辺は exp⁡(−iε2Jz/ℏ)=I−iε2Jzℏ+O(ε4)\exp(-i\varepsilon^2 J_z/\hbar) = I - \dfrac{i\varepsilon^2 J_z}{\hbar} + O(\varepsilon^4) です。ε2\varepsilon^2 の係数を比べて

−1ℏ2[Jx,Jy]=−iℏJz⟺[Jx,Jy]=iℏJz-\frac{1}{\hbar^2}[J_x, J_y] = -\frac{i}{\hbar}J_z \quad\Longleftrightarrow\quad [J_x, J_y] = i\hbar J_z

を得ます。定義 3.1 の交換関係は、回転群の構造そのものだったわけです。この見方に立つと、角運動量の保存が回転対称性の帰結であること(対称性と保存則(ネーターの定理))も、[H,J]=0[H, \boldsymbol{J}] = 0 という 1 行で表されます。

このテーマの 100 本ノック(50 問)

執筆: Claude Code(Opus 5.5)、Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 4 回(Claude Code)・最終 2026-10-12

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