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リー群とリー環:連続的な対称性を接空間の線形代数へ翻訳する

対象読者: 本テーマ第 1〜4 章(多様体、ベクトル場、微分形式)と、学部の群論の基本(群・部分群・準同型)、行列の指数関数を知っている人。リー群は仮定しません。

前提となる記事:ストークスの定理:微分と境界の双対性

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円を回す、平面を平行移動する、といった「少しずつ連続的に動かせる対称性」は、動かし方の全体がそれ自体で一つの曲がった空間になっています。この記事では、そうした空間をその一点(何も動かさない状態)のまわりの平らな情報だけで調べる方法を学びます。読み終えると、回転などの対称性を行列の交換子の計算に置き換えられるようになります。

  • リー群とは、多様体であって、しかも積と逆元をとる操作が滑らかな群のことです。回転、平行移動、ローレンツ変換といった「連続的な対称性」はすべてこの枠組みに入ります。
  • 群であることの効果は絶大です。単位元 ee のまわりの情報が左移動 LgL_g によって群全体へ運ばれるため、無限個の元をもつ曲がった空間が、有限次元ベクトル空間 g=TeG\mathfrak{g} = T_eG のデータでほぼ決まってしまいます。
  • g\mathfrak{g} には左不変ベクトル場のリー括弧を通じてブラケット [⋅,⋅][\cdot,\cdot] が入り、リー環になります。行列でできた群では、このブラケットは交換子 AB−BAAB - BA にほかなりません。
  • 指数写像 exp⁡ ⁣:g→G\exp \colon \mathfrak{g} \to G が両者を橋渡しします。exp⁡\exp は 00 の近傍から ee の近傍への微分同相であり、連結なリー群は exp⁡(g)\exp(\mathfrak{g}) で生成されます。ただし exp⁡\exp は全射とは限らず、SL(2,R)SL(2,\mathbb{R}) が反例になります。
  • 古典群 GL(n,R)GL(n,\mathbb{R})、SL(n,R)SL(n,\mathbb{R})、O(n)O(n)、U(n)U(n) は正則値定理でまとめて多様体だと分かり、同じ計算から次元とリー環が同時に読み取れます。

1. 動機:連続的な対称性をどう扱うか

Section titled “1. 動機:連続的な対称性をどう扱うか”

ガロアは代数方程式の対称性を有限群として取り出し、解の公式の存在を群論の言葉に翻訳しました。1870 年代、ソフス・リーはこれと同じことを微分方程式に対して行おうとします。ところが微分方程式の対称性は「xx 軸方向に tt だけ平行移動する」「原点のまわりに角 θ\theta だけ回す」のように連続パラメータで動くため、有限群では捉えられません。パラメータの動く範囲そのものが空間になっているのです。

そこでリーが取った戦略が、この記事の主題です。連続的な対称性の集まりを、群であると同時に多様体である対象として扱い、単位元の近くだけを見て「無限小の対称性」を取り出す。この無限小の対称性たちがなす代数系が、のちにヘルマン・ワイルによってリー環(リー代数)と呼ばれるものです。

なぜ単位元の近くだけで十分なのか、直感的な理由を先に言っておきます。群の積は一般に非線形です。たとえば行列の積 (A,B)↦AB(A,B) \mapsto AB は成分について 2 次式であって、線形代数の道具がそのままでは使えません。しかし群には Lg(h)=ghL_g(h) = gh という左移動があり、これは群全体を自分自身へ写す微分同相です。したがって gg の近くの様子は ee の近くの様子を LgL_g で運んだものにすぎず、局所的な情報はすべて単位元に集約できます。単位元における接空間 TeGT_eG は有限次元のベクトル空間ですから、これで非線形な対象が線形代数の土俵に乗ります。

最も簡単な例で確かめておきます。単位円 S1={z∈C:∣z∣=1}S^1 = \{z \in \mathbb{C} : |z| = 1\} は複素数の積について群であり、1 次元の多様体です。e=1e = 1 における接空間は純虚数全体 iRi\mathbb{R} で、これは 1 次元の実ベクトル空間です。接ベクトル iθi\theta に対して曲線 t↦eitθt \mapsto e^{i t \theta} を対応させると、直線 iRi\mathbb{R} が円に巻きつきます。この「巻きつけ」が指数写像であり、この記事の最終目標です。

G = S¹eXexp(tX)接空間 = リー環
接空間(リー環)を指数写像で群に巻きつける。円周群 S¹ の場合。

物理でこの道具立てが要るのは、対称性が保存量を生むからです。時間並進の対称性はエネルギー保存を、空間回転の対称性は角運動量保存を与えます。ここで実際に効いているのは群そのものではなく「無限小の生成元」、すなわちリー環の元です。一般相対論のローレンツ群、素粒子論のゲージ群 SU(3)×SU(2)×U(1)SU(3) \times SU(2) \times U(1) も、計算の現場ではほとんどリー環の言葉で扱われます。

2. 準備:記号とベクトル場の括弧

Section titled “2. 準備:記号とベクトル場の括弧”

多様体、滑らかな写像、接空間については 微分可能多様体の定義(多様体の定義(定義 4.1)[微分可能多様体の定義])と 接ベクトル空間と接バンドル(接空間の三通りの定義の同値性(定理 6.1)[接ベクトル空間と接バンドル])を、ベクトル場と括弧積については ベクトル場と微分形式(ベクトル場の定義(定義 3.1)[ベクトル場と微分形式])を前提にします。以下、「滑らか」は C∞C^\infty の意味で使い、多様体は第二可算かつハウスドルフとします。

記号を固定します。Mn(R)M_n(\mathbb{R}) は実 nn 次正方行列全体で、成分を並べることで Rn2\mathbb{R}^{n^2} と線形同型です。この同型で Mn(R)M_n(\mathbb{R}) を n2n^2 次元の多様体とみなします。Mn(C)M_n(\mathbb{C}) も同様に実 2n22n^2 次元の多様体です。転置を ATA^{\mathsf{T}}、複素共役転置(随伴)を A∗A^{*}、単位行列を II、跡を tr⁡A\operatorname{tr} A と書きます。対称行列全体を Sym⁡(n)\operatorname{Sym}(n)、エルミート行列全体を Herm⁡(n)\operatorname{Herm}(n) と書き、それぞれ実ベクトル空間として

dim⁡RSym⁡(n)=n(n+1)2,dim⁡RHerm⁡(n)=n2\dim_{\mathbb{R}} \operatorname{Sym}(n) = \frac{n(n+1)}{2}, \qquad \dim_{\mathbb{R}} \operatorname{Herm}(n) = n^2

です。後者は、エルミート行列が実対角成分 nn 個と非対角の複素数 n(n−1)/2n(n-1)/2 個で決まることから n+2⋅n(n−1)/2=n2n + 2 \cdot n(n-1)/2 = n^2 と数えられます。

多様体 MM 上の滑らかなベクトル場全体を X(M)\mathfrak{X}(M) と書きます。X∈X(M)X \in \mathfrak{X}(M) は C∞(M)C^\infty(M) 上の微分作用素(導分)とみなせて、括弧積は

[X,Y]f=X(Yf)−Y(Xf)(f∈C∞(M))[X, Y] f = X(Yf) - Y(Xf) \qquad (f \in C^\infty(M))

で定義されます。右辺の 2 階微分の項が打ち消し合うので [X,Y][X,Y] は再び導分、すなわちベクトル場になります。括弧積は双線形かつ交代的 [X,Y]=−[Y,X][X,Y] = -[Y,X] であり、作用素の交換子であることからヤコビ恒等式

[X,[Y,Z]]+[Y,[Z,X]]+[Z,[X,Y]]=0[X,[Y,Z]] + [Y,[Z,X]] + [Z,[X,Y]] = 0

を満たします。実際、[X,Y]=XY−YX[X,Y] = XY - YX を任意の結合的代数の元とみて左辺を展開すると、XYZXYZ 型の 12 個の項が符号込みで打ち消し合います。

次の計算は、§5 で行列群のブラケットを具体的に求めるための準備です。二階微分(ヘッセ形式)が対称であるという一点だけが効いて、XX と YY を入れ替えて引くと余計な項が消えます。

有限次元ベクトル空間 VV の開集合 UU 上では、ベクトル場は滑らかな写像 X ⁣:U→VX \colon U \to V と同一視できます。このとき括弧積は次の形になります。ff を滑らかな関数とすると (Yf)(p)=dfp(Y(p))(Yf)(p) = df_p(Y(p)) であり、これをさらに XX で微分すると

X(Yf)(p)=D(Yf)p(X(p))=d2fp(Y(p),X(p))+dfp(DYp(X(p)))X(Yf)(p) = D(Yf)_p\bigl(X(p)\bigr) = d^2f_p\bigl(Y(p), X(p)\bigr) + df_p\bigl(DY_p(X(p))\bigr)

となります。ヘッセ形式 d2fpd^2 f_p は対称なので、XX と YY を入れ替えて引くと第 1 項が消え、

[X,Y]p=DYp(X(p))−DXp(Y(p))[X,Y]_p = DY_p\bigl(X(p)\bigr) - DX_p\bigl(Y(p)\bigr)

を得ます。この式は 命題 5.6 で使います。

3. リー群の定義と基本的な性質

Section titled “3. リー群の定義と基本的な性質”

定義 3.1(リー群)↗

集合 GG が次の 3 条件を満たすとき、GG をリー群といいます。

  1. GG は群である。
  2. GG は有限次元の滑らかな多様体である。
  3. 積 μ ⁣:G×G→G, μ(g,h)=gh\mu \colon G \times G \to G,\ \mu(g,h) = gh と逆元 ι ⁣:G→G, ι(g)=g−1\iota \colon G \to G,\ \iota(g) = g^{-1} がともに滑らかである(G×GG \times G には積多様体の構造を入れる)。

GG の単位元を ee と書きます。GG の次元とは多様体としての次元のことです。

注意 3.2

条件 3 のうち逆元の滑らかさは、実は積の滑らかさから従います。F ⁣:G×G→G×GF \colon G \times G \to G \times G を F(g,h)=(g,gh)F(g,h) = (g, gh) で定めると FF は滑らかで、全単射(逆写像は (g,k)↦(g,g−1k)(g,k) \mapsto (g, g^{-1}k))です。μ(g,e)=g\mu(g,e) = g と μ(e,h)=h\mu(e,h) = h から dμ(e,e)(u,v)=u+vd\mu_{(e,e)}(u,v) = u + v が従うので、dF(e,e)(u,v)=(u,u+v)dF_{(e,e)}(u,v) = (u, u+v) となり、これは可逆です。よって逆関数定理から F−1F^{-1} は (e,e)(e,e) の近傍で滑らかで、その第 2 成分をとれば ι\iota が ee の近傍で滑らかだと分かります。あとは 命題 3.4 の左移動で全体へ運べます。詳しい議論は Lee『Introduction to Smooth Manifolds』第 7 章にあります。

最初の例として、この記事の主役である一般線形群を丁寧に確認します。

例 3.3(一般線形群 GL(n,R))

GL(n,R)={A∈Mn(R):det⁡A≠0}GL(n,\mathbb{R}) = \{A \in M_n(\mathbb{R}) : \det A \neq 0\} とします。

多様体構造。det⁡ ⁣:Mn(R)→R\det \colon M_n(\mathbb{R}) \to \mathbb{R} は成分の多項式なので連続であり、GL(n,R)=det⁡−1(R∖{0})GL(n,\mathbb{R}) = \det^{-1}(\mathbb{R} \setminus \{0\}) は開集合の逆像として Mn(R)≅Rn2M_n(\mathbb{R}) \cong \mathbb{R}^{n^2} の開集合です。多様体の開集合は同じ次元の多様体なので、GL(n,R)GL(n,\mathbb{R}) は n2n^2 次元多様体で、包含写像が大域的なチャートを与えます。

積の滑らかさ。(AB)ij=∑k=1naikbkj(AB)_{ij} = \sum_{k=1}^{n} a_{ik} b_{kj} は 2n22n^2 個の変数の多項式なので、μ\mu は滑らかです。

逆元の滑らかさ。余因子行列を adj⁡(A)\operatorname{adj}(A) とすると A−1=(det⁡A)−1adj⁡(A)A^{-1} = (\det A)^{-1} \operatorname{adj}(A) です。adj⁡(A)\operatorname{adj}(A) の各成分は AA の成分の多項式((n−1)(n-1) 次小行列式)であり、分母 det⁡A\det A は GL(n,R)GL(n,\mathbb{R}) 上で消えません。したがって A−1A^{-1} の各成分は GL(n,R)GL(n,\mathbb{R}) 上の有理関数で、滑らかです。

以上より GL(n,R)GL(n,\mathbb{R}) は n2n^2 次元のリー群です。同じ議論で GL(n,C)GL(n,\mathbb{C}) は実 2n22n^2 次元のリー群になります。

他の基本例も挙げておきます。(Rn,+)(\mathbb{R}^n, +) は nn 次元の可換リー群です。円周群 S1={z∈C:∣z∣=1}S^1 = \{z \in \mathbb{C} : |z|=1\} は複素数の積についてコンパクトな 1 次元リー群で、U(1)U(1) とも書かれます。その直積 Tn=S1×⋯×S1T^n = S^1 \times \cdots \times S^1 は nn 次元トーラスで、コンパクト連結な可換リー群の典型です。逆に、コンパクト連結な可換リー群はトーラスに限ることが知られています。

命題 3.4(左移動による等質性)✓

GG をリー群、g∈Gg \in G とし、左移動 Lg ⁣:G→GL_g \colon G \to G を Lg(h)=ghL_g(h) = gh で定めます。このとき次が成り立ちます。

  1. LgL_g は微分同相であり、その逆写像は Lg−1L_{g^{-1}} である。
  2. 任意の g,h∈Gg, h \in G に対し、gg を hh に写す GG の微分同相が存在する(GG は等質である)。
  3. 微分 d(Lg)e ⁣:TeG→TgGd(L_g)_e \colon T_eG \to T_gG は線形同型である。
証明(命題 3.4)

(1) LgL_g は合成 h↦(g,h)↦ghh \mapsto (g,h) \mapsto gh であり、前半は滑らかな埋め込み、後半は 定義 3.1 の条件 3 で滑らかなので、LgL_g は滑らかです。群の結合律から Lg−1∘Lg(h)=g−1(gh)=hL_{g^{-1}} \circ L_g (h) = g^{-1}(gh) = h、同様に Lg∘Lg−1=idL_g \circ L_{g^{-1}} = \mathrm{id} なので、LgL_g は全単射で逆写像 Lg−1L_{g^{-1}} をもちます。Lg−1L_{g^{-1}} も同じ理由で滑らかですから、LgL_g は微分同相です。

(2) Lhg−1L_{hg^{-1}} は (1) より微分同相で、Lhg−1(g)=hg−1g=hL_{hg^{-1}}(g) = hg^{-1}g = h です。

(3) 微分同相の微分は線形同型です(系 7.5[接ベクトル空間と接バンドル])。Lg(e)=gL_g(e) = g なので、d(Lg)ed(L_g)_e は TeGT_eG から TgGT_gG への同型を与えます。

(3) が決定的です。TeGT_eG の 1 つのベクトルを決めれば、GG のすべての点に接ベクトルが 1 つずつ定まります。これが次節以降の出発点になります。

4. 行列群をつくる:正則値定理

Section titled “4. 行列群をつくる:正則値定理”

具体的なリー群をチャートの貼り合わせで直接構成するのは面倒です。実際には、既知のリー群の中の等式で定義された部分集合として作るのが普通で、その正当化を与えるのが正則値定理です。直感的には、各点で微分が全射なら、その近くで FF は座標の一部を取り出す写像に見えるため、等式 F=cF = c を満たす点の集まりは残りの座標が自由に動く「面」になります。

定理 4.1(正則値定理)✓

MM を mm 次元多様体、NN を kk 次元多様体、F ⁣:M→NF \colon M \to N を滑らかな写像とします。c∈Nc \in N が FF の正則値である、すなわち任意の p∈F−1(c)p \in F^{-1}(c) に対して微分 dFp ⁣:TpM→TcNdF_p \colon T_pM \to T_cN が全射であるとします。このとき F−1(c)F^{-1}(c) が空でなければ、F−1(c)F^{-1}(c) は MM の (m−k)(m-k) 次元埋め込み部分多様体であり、各 p∈F−1(c)p \in F^{-1}(c) において

TpF−1(c)=ker⁡dFpT_p F^{-1}(c) = \ker dF_p

が成り立ちます。

証明(定理 4.1)

部分多様体と正則値定理 の 定理 4.3[部分多様体と正則値定理] で、NN の次元を n=kn = k と読み替えたものがちょうどこの主張です。そこでは、F−1(c)F^{-1}(c) が閉な (m−k)(m-k) 次元埋め込み部分多様体であることと、各 p∈F−1(c)p \in F^{-1}(c) で TpF−1(c)=ker⁡dFpT_pF^{-1}(c) = \ker dF_p となることが示されています。

注意 4.2

証明は階数定理(あるいは陰関数定理)から得られます。dFpdF_p が全射なら適当な座標のもとで FF は (x1,…,xm)↦(x1,…,xk)(x^1,\dots,x^m) \mapsto (x^1,\dots,x^k) と表せ、F−1(c)F^{-1}(c) は残りの m−km-k 個の座標が動く切片になります。詳細は Lee『Introduction to Smooth Manifolds』第 5 章、または Warner『Foundations of Differentiable Manifolds and Lie Groups』第 1 章を参照してください。

例 4.3(特殊線形群 SL(n,R))

SL(n,R)={A∈GL(n,R):det⁡A=1}SL(n,\mathbb{R}) = \{A \in GL(n,\mathbb{R}) : \det A = 1\} を調べます。F=det⁡ ⁣:GL(n,R)→R∖{0}F = \det \colon GL(n,\mathbb{R}) \to \mathbb{R} \setminus \{0\} とおきます。

微分の計算。A∈GL(n,R)A \in GL(n,\mathbb{R})、X∈Mn(R)=TAGL(n,R)X \in M_n(\mathbb{R}) = T_A GL(n,\mathbb{R}) に対し

det⁡(A+tX)=det⁡(A)det⁡(I+tA−1X)\det(A + tX) = \det(A) \det(I + tA^{-1}X)

です。det⁡(I+tY)\det(I + tY) を tt の多項式として展開すると、定数項は 11、tt の係数は YY の対角成分の和すなわち tr⁡Y\operatorname{tr} Y です(det⁡(I+tY)=∏i(1+tλi)\det(I+tY) = \prod_i (1 + t\lambda_i) を C\mathbb{C} 上の固有値で書けば、tt の係数は ∑iλi=tr⁡Y\sum_i \lambda_i = \operatorname{tr} Y です)。よって

d(det⁡)A(X)=ddt∣t=0det⁡(A+tX)=det⁡(A) tr⁡(A−1X)d(\det)_A(X) = \frac{d}{dt}\Big|_{t=0} \det(A+tX) = \det(A)\,\operatorname{tr}(A^{-1}X)

となります(ヤコビの公式)。

正則値であること。s∈Rs \in \mathbb{R} を任意に取り、X=sndet⁡AAX = \dfrac{s}{n \det A} A とおくと

d(det⁡)A(X)=det⁡(A)tr⁡ ⁣(sndet⁡AI)=det⁡(A)⋅sndet⁡A⋅n=sd(\det)_A(X) = \det(A) \operatorname{tr}\!\left(\frac{s}{n\det A} I\right) = \det(A) \cdot \frac{s}{n \det A} \cdot n = s

なので d(det⁡)Ad(\det)_A は全射です。これは A∈GL(n,R)A \in GL(n,\mathbb{R}) 全体で成り立つので、特に 11 は正則値です。

結論。定理 4.1 より SL(n,R)SL(n,\mathbb{R}) は n2−1n^2 - 1 次元の埋め込み部分多様体です。単位元における接空間は

TISL(n,R)=ker⁡d(det⁡)I={X∈Mn(R):tr⁡X=0}T_I SL(n,\mathbb{R}) = \ker d(\det)_I = \{X \in M_n(\mathbb{R}) : \operatorname{tr} X = 0\}

であり、これを sl(n,R)\mathfrak{sl}(n,\mathbb{R}) と書きます。跡が 00 という 1 本の線形条件なので次元は n2−1n^2-1 で、確かに一致します。群演算は GL(n,R)GL(n,\mathbb{R}) の演算の制限なので滑らかであり、SL(n,R)SL(n,\mathbb{R}) はリー群です。

例 4.4(直交群 O(n) とユニタリ群 U(n))

O(n)={A∈GL(n,R):ATA=I}O(n) = \{A \in GL(n,\mathbb{R}) : A^{\mathsf{T}}A = I\} とします。F ⁣:GL(n,R)→Sym⁡(n)F \colon GL(n,\mathbb{R}) \to \operatorname{Sym}(n) を F(A)=ATAF(A) = A^{\mathsf{T}}A で定めます。値が対称行列であることは (ATA)T=ATA(A^{\mathsf{T}}A)^{\mathsf{T}} = A^{\mathsf{T}}A から分かります。

微分。(A+tX)T(A+tX)=ATA+t(XTA+ATX)+t2XTX(A+tX)^{\mathsf{T}}(A+tX) = A^{\mathsf{T}}A + t(X^{\mathsf{T}}A + A^{\mathsf{T}}X) + t^2 X^{\mathsf{T}}X より

dFA(X)=XTA+ATX.dF_A(X) = X^{\mathsf{T}}A + A^{\mathsf{T}}X .

右辺は転置しても変わらないので、確かに Sym⁡(n)\operatorname{Sym}(n) に値をとります。

全射性。A∈O(n)A \in O(n)、S∈Sym⁡(n)S \in \operatorname{Sym}(n) を任意に取り、X=12ASX = \tfrac{1}{2}AS とおきます。ST=SS^{\mathsf{T}} = S と ATA=IA^{\mathsf{T}}A = I を使うと

dFA(X)=12(AS)TA+12AT(AS)=12SATA+12S=12S+12S=SdF_A(X) = \tfrac{1}{2}(AS)^{\mathsf{T}}A + \tfrac{1}{2}A^{\mathsf{T}}(AS) = \tfrac{1}{2}S A^{\mathsf{T}}A + \tfrac{1}{2}S = \tfrac{1}{2}S + \tfrac{1}{2}S = S

なので dFAdF_A は全射です。よって II は正則値です。

結論。定理 4.1 より O(n)O(n) は次元

n2−n(n+1)2=n(n−1)2n^2 - \frac{n(n+1)}{2} = \frac{n(n-1)}{2}

の部分多様体、したがってリー群です。接空間は

o(n)=TIO(n)={X∈Mn(R):XT+X=0}\mathfrak{o}(n) = T_I O(n) = \{X \in M_n(\mathbb{R}) : X^{\mathsf{T}} + X = 0\}

すなわち交代行列全体で、対角成分は 00、上三角の n(n−1)/2n(n-1)/2 個の成分が自由ですから次元は n(n−1)/2n(n-1)/2、確かに一致します。

O(n)O(n) は有界(ATA=IA^{\mathsf{T}}A = I から各列が単位ベクトルなので、フロベニウスノルムは n\sqrt{n} に等しい)かつ閉なので、ハイネ・ボレルの定理(定理 5.2)[コンパクト性] によりコンパクトです。また det⁡A=±1\det A = \pm 1 の 2 つの部分に分かれており、連結ではありません。単位元を含む成分が SO(n)=O(n)∩SL(n,R)SO(n) = O(n) \cap SL(n,\mathbb{R}) で、これは連結です。

ユニタリ群。U(n)={A∈GL(n,C):A∗A=I}U(n) = \{A \in GL(n,\mathbb{C}) : A^{*}A = I\} については、F ⁣:GL(n,C)→Herm⁡(n)F \colon GL(n,\mathbb{C}) \to \operatorname{Herm}(n)、F(A)=A∗AF(A) = A^{*}A に同じ議論を適用します(FF は実の意味で滑らかですが正則ではありません)。dFA(X)=X∗A+A∗XdF_A(X) = X^{*}A + A^{*}X であり、H∈Herm⁡(n)H \in \operatorname{Herm}(n) に対して X=12AHX = \tfrac12 AH とおけば dFA(X)=12HA∗A+12H=HdF_A(X) = \tfrac12 H A^{*}A + \tfrac12 H = H です。よって

dim⁡RU(n)=2n2−n2=n2,u(n)={X∈Mn(C):X∗+X=0}\dim_{\mathbb{R}} U(n) = 2n^2 - n^2 = n^2, \qquad \mathfrak{u}(n) = \{X \in M_n(\mathbb{C}) : X^{*} + X = 0\}

となります。u(n)\mathfrak{u}(n) は歪エルミート行列全体で、X=iHX = iH(HH エルミート)と書けるので実次元は n2n^2、確かに一致します。さらに det⁡\det の条件を課した SU(n)SU(n) は実 n2−1n^2-1 次元で、su(n)\mathfrak{su}(n) は跡が 00 の歪エルミート行列全体です。

注意 4.5

上の 3 例では毎回微分を計算しましたが、実はその手間は原理的には不要です。カルタンの閉部分群定理により、リー群 GG の部分群 HH が位相的に閉集合であれば、HH は自動的に GG の埋め込み部分多様体になり、リー群になります。O(n)O(n) も SL(n,R)SL(n,\mathbb{R}) も GL(n,R)GL(n,\mathbb{R}) の閉部分群ですから、この定理だけで多様体性が言えます。証明は Lee『Introduction to Smooth Manifolds』第 20 章、Warner 第 3 章、あるいは Knapp『Lie Groups Beyond an Introduction』にあります。ただし定理は次元やリー環を教えてくれないので、実際の計算では上のような直接の議論が結局必要になります。

主な古典群をまとめます。次元はすべて実次元です。

群定義する条件実次元コンパクト連結成分の個数リー環
GL(n,R)GL(n,\mathbb{R})det⁡A≠0\det A \neq 0n2n^2しない22Mn(R)M_n(\mathbb{R})
SL(n,R)SL(n,\mathbb{R})det⁡A=1\det A = 1n2−1n^2-1しない11tr⁡X=0\operatorname{tr}X = 0
O(n)O(n)ATA=IA^{\mathsf{T}}A = In(n−1)/2n(n-1)/2する22XT=−XX^{\mathsf{T}} = -X
SO(n)SO(n)ATA=I, det⁡A=1A^{\mathsf{T}}A=I,\ \det A = 1n(n−1)/2n(n-1)/2する11XT=−XX^{\mathsf{T}} = -X
U(n)U(n)A∗A=IA^{*}A = In2n^2する11X∗=−XX^{*} = -X
SU(n)SU(n)A∗A=I, det⁡A=1A^{*}A=I,\ \det A = 1n2−1n^2-1する11X∗=−X, tr⁡X=0X^{*}=-X,\ \operatorname{tr}X=0

O(n)O(n) と SO(n)SO(n) が同じ次元・同じリー環をもつことに注意してください。リー環は単位元の近くしか見ないので、連結成分の違いを検出できません。この「見えなさ」は §7 でもう一度問題になります。

5. リー環:左不変ベクトル場とブラケット

Section titled “5. リー環:左不変ベクトル場とブラケット”

命題 3.4 の (3) により、TeGT_eG の 1 つのベクトルは群全体にわたるベクトル場を生みます。これを定義にします。

定義 5.1(左不変ベクトル場)↗

リー群 GG 上のベクトル場 X∈X(G)X \in \mathfrak{X}(G) が左不変であるとは、任意の g,h∈Gg, h \in G に対して

d(Lg)h(Xh)=Xghd(L_g)_h (X_h) = X_{gh}

が成り立つことをいいます。左不変ベクトル場全体を XL(G)\mathfrak{X}_L(G) と書きます。

次の命題は、単位元の接ベクトル 1 本から群全体のベクトル場が作れて、しかもすべてがそれで尽きる、という主張です。後半の「平行化可能」とは、すべての点で接空間の基底を滑らかに同時に選べる、という意味です(証明の最後で、作ったベクトル場がその基底になることを使います)。

命題 5.2(左不変ベクトル場と接空間の対応)✓

GG をリー群とします。評価写像

ε ⁣:XL(G)→TeG,ε(X)=Xe\varepsilon \colon \mathfrak{X}_L(G) \to T_eG, \qquad \varepsilon(X) = X_e

は実ベクトル空間の同型です。さらに、写像 Φ ⁣:G×TeG→TG\Phi \colon G \times T_eG \to TG、Φ(g,v)=d(Lg)e(v)\Phi(g,v) = d(L_g)_e(v) はベクトル束の同型であり、GG は平行化可能です。

証明(命題 5.2)

ε\varepsilon が線形であることは定義から明らかです(各点での評価は線形)。

単射性。XX が左不変で Xe=0X_e = 0 とします。定義 5.1 で h=eh = e とおくと、任意の gg に対し Xg=d(Lg)e(Xe)=d(Lg)e(0)=0X_g = d(L_g)_e(X_e) = d(L_g)_e(0) = 0 です。よって X=0X = 0 となり、ker⁡ε=0\ker \varepsilon = 0 です。

全射性。v∈TeGv \in T_eG に対して Xgv:=d(Lg)e(v)X^v_g := d(L_g)_e(v) と定めます。まず左不変性を確かめます。Lg∘Lh=LghL_g \circ L_h = L_{gh} から連鎖律により d(Lg)h∘d(Lh)e=d(Lgh)ed(L_g)_h \circ d(L_h)_e = d(L_{gh})_e なので、

d(Lg)h(Xhv)=d(Lg)h(d(Lh)e(v))=d(Lgh)e(v)=Xghvd(L_g)_h(X^v_h) = d(L_g)_h \bigl(d(L_h)_e(v)\bigr) = d(L_{gh})_e(v) = X^v_{gh}

です。次に XvX^v が滑らかであることを示します。vv を初速にもつ滑らかな曲線 γ ⁣:(−δ,δ)→G\gamma \colon (-\delta,\delta) \to G、γ(0)=e\gamma(0)=e、γ′(0)=v\gamma'(0)=v を取ります。ff を GG 上の滑らかな関数とすると

(Xvf)(g)=d(Lg)e(v)f=ddt∣t=0f(gγ(t))(X^v f)(g) = d(L_g)_e(v) f = \frac{d}{dt}\Big|_{t=0} f\bigl(g\gamma(t)\bigr)

です。ここで (t,g)↦f(gγ(t))(t,g) \mapsto f(g\gamma(t)) は μ\mu と ff と γ\gamma の合成なので (−δ,δ)×G(-\delta,\delta) \times G 上滑らかであり、滑らかな関数の tt についての偏微分は残りの変数について滑らかです。よって XvfX^v f は滑らか、すなわち Xv∈X(G)X^v \in \mathfrak{X}(G) です。ε(Xv)=d(Le)e(v)=v\varepsilon(X^v) = d(L_e)_e(v) = v なので ε\varepsilon は全射です。

平行化可能性。Φ(g,v)=d(Lg)e(v)\Phi(g,v) = d(L_g)_e(v) は各 gg について線形同型(命題 3.4 の (3))であり、TeGT_eG の基底 v1,…,vnv_1,\dots,v_n を取れば Xv1,…,XvnX^{v_1},\dots,X^{v_n} は各点で TgGT_gG の基底を与える大域的な枠です。上で示したとおりこれらは滑らかなので、Φ\Phi は滑らかな束同型 G×TeG≅TGG \times T_eG \cong TG を与えます。

注意 5.3

平行化可能性は強い条件です。たとえば S2S^2 上には至るところ消えない連続なベクトル場が存在しません(毛玉定理、注意 3.4[ベクトル場と微分形式])。したがって S2S^2 は平行化可能でなく、命題 5.2 の対偶により、S2S^2 にはリー群の構造が入りません。球面のうちリー群になるのは S0S^0、S1S^1、S3S^3 だけで、S3≅SU(2)S^3 \cong SU(2) は演習で確かめます(S7S^7 は平行化可能ですが、積が結合的でないためリー群にはなりません)。

定義 5.4(リー環)↗

体 K\mathbb{K} 上のベクトル空間 g\mathfrak{g} と双線形写像 [⋅,⋅] ⁣:g×g→g[\cdot,\cdot] \colon \mathfrak{g} \times \mathfrak{g} \to \mathfrak{g} の組がリー環であるとは、次の 2 条件を満たすことをいいます。

  1. 交代性:すべての X∈gX \in \mathfrak{g} に対し [X,X]=0[X,X] = 0(双線形性と合わせると [X,Y]=−[Y,X][X,Y] = -[Y,X] が従う)。
  2. ヤコビ恒等式:すべての X,Y,Z∈gX,Y,Z \in \mathfrak{g} に対し
[X,[Y,Z]]+[Y,[Z,X]]+[Z,[X,Y]]=0.[X,[Y,Z]] + [Y,[Z,X]] + [Z,[X,Y]] = 0 .

この [⋅,⋅][\cdot,\cdot] をブラケットまたは括弧積と呼びます。K=R\mathbb{K} = \mathbb{R} のとき実リー環といいます。

定理 5.5(リー群のリー環)✓

GG をリー群とします。XL(G)\mathfrak{X}_L(G) はベクトル場の括弧積について閉じており、実リー環をなします。したがって 命題 5.2 の同型 ε\varepsilon によって g:=TeG\mathfrak{g} := T_eG にブラケット

[u,v]:=[Xu,Xv]e(u,v∈TeG)[u,v] := \bigl[X^u, X^v\bigr]_e \qquad (u,v \in T_eG)

が定まり、g\mathfrak{g} は dim⁡G\dim G 次元の実リー環になります。これを GG のリー環と呼びます。

証明の方針は、左不変ベクトル場の括弧がまた左不変になることを示すことです。そのために、ベクトル場を微分同相で運ぶ操作(押し出し)が括弧と両立することを先に確かめます。

証明(定理 5.5)

示すべき本質的な点は、左不変ベクトル場の括弧が再び左不変であることです。

まず一般に、微分同相 φ ⁣:M→M\varphi \colon M \to M とベクトル場 XX に対し押し出し φ∗X\varphi_{*}X は (φ∗X)φ(p)=dφp(Xp)(\varphi_{*}X)_{\varphi(p)} = d\varphi_p(X_p) で定まり、f∈C∞(M)f \in C^\infty(M) に対して

((φ∗X)f)∘φ=X(f∘φ)\bigl((\varphi_{*}X)f\bigr)\circ \varphi = X(f \circ \varphi)

が成り立ちます。この式を 2 回使うと

((φ∗X)(φ∗Y)f)∘φ=X(((φ∗Y)f)∘φ)=X(Y(f∘φ))\bigl((\varphi_{*}X)(\varphi_{*}Y)f\bigr)\circ\varphi = X\Bigl(\bigl((\varphi_{*}Y)f\bigr)\circ\varphi\Bigr) = X\bigl(Y(f\circ\varphi)\bigr)

となり、XX と YY を入れ替えて引けば

([φ∗X,φ∗Y]f)∘φ=[X,Y](f∘φ)=((φ∗[X,Y])f)∘φ\bigl([\varphi_{*}X, \varphi_{*}Y]f\bigr)\circ\varphi = [X,Y](f\circ\varphi) = \bigl((\varphi_{*}[X,Y])f\bigr)\circ\varphi

です。φ\varphi は全単射なので [φ∗X,φ∗Y]=φ∗[X,Y][\varphi_{*}X,\varphi_{*}Y] = \varphi_{*}[X,Y] を得ます(括弧積の自然性)。

さて XX が左不変であることは、定義 5.1 の式より、すべての gg について (Lg)∗X=X(L_g)_{*}X = X と言い換えられます。LgL_g は 命題 3.4 より微分同相ですから、上の自然性を φ=Lg\varphi = L_g に適用して

(Lg)∗[X,Y]=[(Lg)∗X,(Lg)∗Y]=[X,Y](L_g)_{*}[X,Y] = [(L_g)_{*}X, (L_g)_{*}Y] = [X,Y]

となり、[X,Y][X,Y] も左不変です。よって XL(G)\mathfrak{X}_L(G) は括弧積で閉じています。双線形性・交代性・ヤコビ恒等式は §2 で見たとおりベクトル場の括弧が一般にもつ性質なので、XL(G)\mathfrak{X}_L(G) は実リー環です。

最後に ε\varepsilon は線形同型(命題 5.2)なので、[u,v]:=ε([ε−1u,ε−1v])[u,v] := \varepsilon\bigl([\varepsilon^{-1}u, \varepsilon^{-1}v]\bigr) によって TeGT_eG に構造を移せば、双線形性・交代性・ヤコビ恒等式はそのまま保たれます。次元は dim⁡TeG=dim⁡G\dim T_eG = \dim G です。

命題 5.6(行列群のブラケットは交換子)✓

GG を GL(n,R)GL(n,\mathbb{R}) の埋め込みリー部分群とし、g=TIG⊂Mn(R)\mathfrak{g} = T_I G \subset M_n(\mathbb{R}) とみなします。このとき 定理 5.5 のブラケットは行列の交換子に一致します。すなわち A,B∈gA, B \in \mathfrak{g} に対して

[A,B]=AB−BA.[A,B] = AB - BA .
証明(命題 5.6)

まず G=GL(n,R)G = GL(n,\mathbb{R}) の場合を示します。GL(n,R)GL(n,\mathbb{R}) はベクトル空間 Mn(R)M_n(\mathbb{R}) の開集合なので、§2 の最後で見たとおりベクトル場は写像 GL(n,R)→Mn(R)GL(n,\mathbb{R}) \to M_n(\mathbb{R}) と同一視でき、括弧積は

[X,Y]g=DYg(Xg)−DXg(Yg)[X,Y]_g = DY_g(X_g) - DX_g(Y_g)

で与えられます。左移動は Lg(h)=ghL_g(h) = gh で、これは hh について線形ですから d(Lg)h(W)=gWd(L_g)_h(W) = gW です。よって A∈Mn(R)=TIGL(n,R)A \in M_n(\mathbb{R}) = T_I GL(n,\mathbb{R}) に対応する左不変ベクトル場は

XgA=d(Lg)I(A)=gAX^A_g = d(L_g)_I(A) = gA

です。XAX^A は gg について線形なので D(XA)g(W)=WAD(X^A)_g(W) = WA であり、

[XA,XB]g=D(XB)g(XgA)−D(XA)g(XgB)=(gA)B−(gB)A=g(AB−BA)[X^A, X^B]_g = D(X^B)_g\bigl(X^A_g\bigr) - D(X^A)_g\bigl(X^B_g\bigr) = (gA)B - (gB)A = g(AB-BA)

となります。g=Ig = I とおけば [A,B]=AB−BA[A,B] = AB - BA を得ます。

次に一般の埋め込みリー部分群 G⊂GL(n,R)G \subset GL(n,\mathbb{R}) を考えます。包含写像 ι ⁣:G↪GL(n,R)\iota \colon G \hookrightarrow GL(n,\mathbb{R}) は群準同型かつ埋め込みなので、A∈gA \in \mathfrak{g} に対する GG 上の左不変ベクトル場 XAX^A と GL(n,R)GL(n,\mathbb{R}) 上の左不変ベクトル場 X~A\tilde{X}^A は ι\iota で関連しています(dιg(XgA)=gA=X~ι(g)Ad\iota_g(X^A_g) = gA = \tilde{X}^A_{\iota(g)})。ι\iota で関連するベクトル場の括弧はまた ι\iota で関連するので、dιI([A,B]g)=[X~A,X~B]I=AB−BAd\iota_I([A,B]_{\mathfrak{g}}) = [\tilde X^A, \tilde X^B]_I = AB - BA です。dιId\iota_I は g\mathfrak{g} から Mn(R)M_n(\mathbb{R}) への包含なので、[A,B]g=AB−BA[A,B]_{\mathfrak{g}} = AB - BA となります。特に g\mathfrak{g} は交換子について閉じています。

この命題があるおかげで、古典群のリー環は具体的な行列の計算になります。たとえば X,YX, Y が交代行列なら (XY−YX)T=YTXT−XTYT=YX−XY=−(XY−YX)(XY-YX)^{\mathsf{T}} = Y^{\mathsf{T}}X^{\mathsf{T}} - X^{\mathsf{T}}Y^{\mathsf{T}} = YX - XY = -(XY-YX) なので交換子も交代行列であり、o(n)\mathfrak{o}(n) が確かにリー環になっていることが直接確認できます。

例 5.7(so(3) は 3 次元ベクトルの外積)

so(3)=o(3)\mathfrak{so}(3) = \mathfrak{o}(3) は 3×33 \times 3 交代行列全体で、次元は 3⋅2/2=33 \cdot 2/2 = 3 です。基底として

L1=(00000−1010),L2=(001000−100),L3=(0−10100000)L_1 = \begin{pmatrix} 0&0&0\\ 0&0&-1\\ 0&1&0\end{pmatrix},\quad L_2 = \begin{pmatrix} 0&0&1\\ 0&0&0\\ -1&0&0\end{pmatrix},\quad L_3 = \begin{pmatrix} 0&-1&0\\ 1&0&0\\ 0&0&0\end{pmatrix}

を取ります。これらは Liv=ei×vL_i \boldsymbol{v} = \boldsymbol{e}_i \times \boldsymbol{v} を満たします。実際 L3v=(−v2,v1,0)TL_3 \boldsymbol{v} = (-v_2, v_1, 0)^{\mathsf{T}} であり、e3×v=(0⋅v3−1⋅v2, 1⋅v1−0⋅v3, 0)T=(−v2,v1,0)T\boldsymbol{e}_3 \times \boldsymbol{v} = (0\cdot v_3 - 1 \cdot v_2,\ 1 \cdot v_1 - 0 \cdot v_3,\ 0)^{\mathsf{T}} = (-v_2, v_1, 0)^{\mathsf{T}} で一致します。

交換子を計算します。L1L2L_1 L_2 の第 2 行は L1L_1 の第 2 行 (0,0,−1)(0,0,-1) と L2L_2 の積なので −1-1 倍した L2L_2 の第 3 行 (−1,0,0)(-1,0,0)、すなわち (1,0,0)(1,0,0) です。第 1 行と第 3 行は同様に 00 になり

L1L2=(000100000),L2L1=(010000000)L_1L_2 = \begin{pmatrix} 0&0&0\\ 1&0&0\\ 0&0&0\end{pmatrix}, \qquad L_2L_1 = \begin{pmatrix} 0&1&0\\ 0&0&0\\ 0&0&0\end{pmatrix}

を得ます(L2L1L_2L_1 の第 1 行は L2L_2 の第 1 行 (0,0,1)(0,0,1) により L1L_1 の第 3 行 (0,1,0)(0,1,0) です)。したがって

[L1,L2]=L1L2−L2L1=(0−10100000)=L3.[L_1,L_2] = L_1L_2 - L_2L_1 = \begin{pmatrix} 0&-1&0\\ 1&0&0\\ 0&0&0\end{pmatrix} = L_3 .

添字の巡回で同様に [L2,L3]=L1[L_2,L_3] = L_1、[L3,L1]=L2[L_3,L_1] = L_2 が出ます。まとめると [Li,Lj]=∑kϵijkLk[L_i, L_j] = \sum_k \epsilon_{ijk} L_k です。

これは R3\mathbb{R}^3 の外積の関係式そのものです。すなわち Li↦eiL_i \mapsto \boldsymbol{e}_i は

(so(3),[⋅,⋅])  ≅  (R3,×)\bigl(\mathfrak{so}(3), [\cdot,\cdot]\bigr) \;\cong\; \bigl(\mathbb{R}^3, \times\bigr)

というリー環の同型を与えます。物理で角運動量の交換関係 [Ji,Jj]=iℏϵijkJk[J_i,J_j] = i\hbar \epsilon_{ijk}J_k が現れるのは、この関係式の(iℏi\hbar 倍された)反映です。

リー環は単位元における無限小の情報でした。これを積分して群に戻す操作が指数写像です。

定義 6.1(指数写像)↗

GG をリー群、g=TeG\mathfrak{g} = T_eG とします。滑らかな群準同型 γ ⁣:(R,+)→G\gamma \colon (\mathbb{R},+) \to G を1 パラメータ部分群といいます。各 X∈gX \in \mathfrak{g} に対し、γX′(0)=X\gamma_X'(0) = X を満たす 1 パラメータ部分群 γX\gamma_X がただ 1 つ存在します。そこで

exp⁡ ⁣:g→G,exp⁡X:=γX(1)\exp \colon \mathfrak{g} \to G, \qquad \exp X := \gamma_X(1)

と定め、これを指数写像と呼びます。

次の段落は、定義でいきなり述べた「ただ 1 つ存在する」ことの理由です。要点は、1 パラメータ部分群が左不変ベクトル場の積分曲線(矢印を速度として進む曲線)にほかならないことです。

存在と一意性の理由を述べておきます。γ\gamma が 1 パラメータ部分群で γ′(0)=X\gamma'(0) = X なら、γ(s+t)=γ(s)γ(t)=Lγ(s)(γ(t))\gamma(s+t) = \gamma(s)\gamma(t) = L_{\gamma(s)}(\gamma(t)) を tt で微分して t=0t=0 とおくと γ′(s)=d(Lγ(s))e(X)=Xγ(s)X\gamma'(s) = d(L_{\gamma(s)})_e(X) = X^X_{\gamma(s)} となり、γ\gamma は左不変ベクトル場 XXX^X の ee を通る積分曲線です。逆に積分曲線は常微分方程式の解の一意存在から一意に定まります。さらに左不変ベクトル場は完備です。実際、γ\gamma が (−δ,δ)(-\delta,\delta) 上の積分曲線なら、左不変性より t↦γ(s)γ(t)t \mapsto \gamma(s)\gamma(t) も積分曲線であり、これを貼り合わせることで定義域を R\mathbb{R} 全体へ延長できます。また γX(st)\gamma_X(st) は ss を固定すると初速 sXsX の 1 パラメータ部分群なので、一意性から

γX(st)=γsX(t),特にexp⁡(tX)=γX(t)\gamma_X(st) = \gamma_{sX}(t), \qquad \text{特に} \quad \exp(tX) = \gamma_X(t)

が成り立ちます。

定理 6.2(行列群の指数写像は行列指数関数)✓

GG を GL(n,R)GL(n,\mathbb{R}) の埋め込みリー部分群、g=TIG⊂Mn(R)\mathfrak{g} = T_IG \subset M_n(\mathbb{R}) とします。このとき任意の X∈gX \in \mathfrak{g} に対して

exp⁡X=eX:=∑k=0∞Xkk!\exp X = e^X := \sum_{k=0}^{\infty} \frac{X^k}{k!}

が成り立ちます。右辺の級数は Mn(R)M_n(\mathbb{R}) で絶対収束します。

証明(定理 6.2)

級数の収束と ddtetX=etXX\dfrac{d}{dt}e^{tX} = e^{tX}X は 補題 8.5 で示します。

X∈gX \in \mathfrak{g} とし、γX\gamma_X を 定義 6.1 の 1 パラメータ部分群とします。上で見たとおり γX\gamma_X は左不変ベクトル場 XXX^X の積分曲線であり、命題 5.6 の証明で計算したとおり XgX=gXX^X_g = gX ですから、γX\gamma_X を Mn(R)M_n(\mathbb{R}) の中の曲線とみなすと

γX′(t)=γX(t) X,γX(0)=I\gamma_X'(t) = \gamma_X(t)\,X, \qquad \gamma_X(0) = I

という線形常微分方程式を満たします。一方 c(t):=etXc(t) := e^{tX} は 補題 8.5 より同じ方程式と初期条件を満たします。線形常微分方程式の解の一意性から γX(t)=etX\gamma_X(t) = e^{tX} です。t=1t=1 とおけば exp⁡X=eX\exp X = e^X を得ます。

なお、この議論は γX\gamma_X が GG の中の曲線であることを前提にしています。したがって副産物として、X∈gX \in \mathfrak{g} ならば etX∈Ge^{tX} \in G がすべての tt について成り立つことも分かります。

例 6.3(回転群の指数写像とロドリゲスの公式)

2 次元。J=(0−110)∈so(2)J = \begin{pmatrix} 0&-1\\ 1&0\end{pmatrix} \in \mathfrak{so}(2) は J2=−IJ^2 = -I を満たすので、J2m=(−1)mIJ^{2m} = (-1)^m I、J2m+1=(−1)mJJ^{2m+1} = (-1)^m J です。よって

eθJ=∑m=0∞(−1)mθ2m(2m)!I+∑m=0∞(−1)mθ2m+1(2m+1)!J=cos⁡θ I+sin⁡θ J=(cos⁡θ−sin⁡θsin⁡θcos⁡θ)e^{\theta J} = \sum_{m=0}^{\infty}\frac{(-1)^m\theta^{2m}}{(2m)!}I + \sum_{m=0}^{\infty}\frac{(-1)^m\theta^{2m+1}}{(2m+1)!}J = \cos\theta\, I + \sin\theta\, J = \begin{pmatrix} \cos\theta & -\sin\theta \\ \sin\theta & \cos\theta \end{pmatrix}

となり、指数写像はちょうど角 θ\theta の回転を与えます。exp⁡ ⁣:so(2)→SO(2)\exp \colon \mathfrak{so}(2) \to SO(2) は全射ですが、θ\theta と θ+2π\theta + 2\pi が同じ回転を与えるので単射ではありません。

3 次元。単位ベクトル n=(n1,n2,n3)T\boldsymbol{n} = (n_1,n_2,n_3)^{\mathsf{T}} に対し K=n1L1+n2L2+n3L3∈so(3)K = n_1L_1 + n_2L_2 + n_3L_3 \in \mathfrak{so}(3) とおくと、例 5.7 より Kv=n×vK\boldsymbol{v} = \boldsymbol{n}\times\boldsymbol{v} です。ベクトル三重積の公式 n×(n×v)=n(n⋅v)−v\boldsymbol{n}\times(\boldsymbol{n}\times\boldsymbol{v}) = \boldsymbol{n}(\boldsymbol{n}\cdot\boldsymbol{v}) - \boldsymbol{v} から

K2=nnT−IK^2 = \boldsymbol{n}\boldsymbol{n}^{\mathsf{T}} - I

であり、Kn=n×n=0K\boldsymbol{n} = \boldsymbol{n}\times\boldsymbol{n} = \boldsymbol{0} を使うと

K3=K(nnT−I)=(Kn)nT−K=−KK^3 = K(\boldsymbol{n}\boldsymbol{n}^{\mathsf{T}} - I) = (K\boldsymbol{n})\boldsymbol{n}^{\mathsf{T}} - K = -K

を得ます。したがって m≥1m \ge 1 に対して K2m+1=(−1)mKK^{2m+1} = (-1)^m K、K2m=(−1)m−1K2K^{2m} = (-1)^{m-1}K^2 です。これを級数に代入すると

eθK=I+(∑m=0∞(−1)mθ2m+1(2m+1)!)K+(∑m=1∞(−1)m−1θ2m(2m)!)K2e^{\theta K} = I + \left(\sum_{m=0}^{\infty}\frac{(-1)^m\theta^{2m+1}}{(2m+1)!}\right)K + \left(\sum_{m=1}^{\infty}\frac{(-1)^{m-1}\theta^{2m}}{(2m)!}\right)K^2

となります。第 1 の括弧は sin⁡θ\sin\theta、第 2 の括弧は −(cos⁡θ−1)=1−cos⁡θ-(\cos\theta - 1) = 1-\cos\theta ですから

eθK=I+sin⁡θ K+(1−cos⁡θ) K2e^{\theta K} = I + \sin\theta\, K + (1-\cos\theta)\,K^2

です。これがロドリゲスの回転公式で、軸 n\boldsymbol{n} のまわりの角 θ\theta の回転を表します。exp⁡ ⁣:so(3)→SO(3)\exp \colon \mathfrak{so}(3) \to SO(3) は全射です(任意の回転は軸と角で表せるため)。

定理 6.4(指数写像は原点の近くで微分同相)✓

GG をリー群、g=TeG\mathfrak{g} = T_eG とします。exp⁡ ⁣:g→G\exp \colon \mathfrak{g} \to G は滑らかであり、T0g≅gT_0\mathfrak{g} \cong \mathfrak{g} という自然な同一視のもとで

d(exp⁡)0=idgd(\exp)_0 = \mathrm{id}_{\mathfrak{g}}

が成り立ちます。したがって 0∈g0 \in \mathfrak{g} のある開近傍 VV と e∈Ge \in G のある開近傍 UU が存在して、exp⁡∣V ⁣:V→U\exp|_V \colon V \to U は微分同相です。

証明(定理 6.4)

exp⁡\exp の滑らかさは、常微分方程式の解が初期値およびパラメータについて滑らかに依存することから従います(G×gG \times \mathfrak{g} 上のベクトル場の流れとして扱います。詳細は Lee 第 20 章)。

微分を計算します。X∈gX \in \mathfrak{g} を固定し、g\mathfrak{g} 内の直線 t↦tXt \mapsto tX に exp⁡\exp を合成すると、定義 6.1 の直後に述べた性質より exp⁡(tX)=γX(t)\exp(tX) = \gamma_X(t) です。よって

d(exp⁡)0(X)=ddt∣t=0exp⁡(tX)=γX′(0)=Xd(\exp)_0(X) = \frac{d}{dt}\Big|_{t=0}\exp(tX) = \gamma_X'(0) = X

となります。XX は任意だったので d(exp⁡)0=idgd(\exp)_0 = \mathrm{id}_{\mathfrak{g}} です。これは可逆な線形写像なので、逆関数定理から exp⁡\exp は 00 の近傍で微分同相です。

系 6.5(連結リー群は指数写像の像で生成される)✓

GG を連結なリー群とすると、任意の g∈Gg \in G は有限個の元の積

g=exp⁡(X1)exp⁡(X2)⋯exp⁡(Xm)(X1,…,Xm∈g)g = \exp(X_1)\exp(X_2)\cdots\exp(X_m) \qquad (X_1,\dots,X_m \in \mathfrak{g})

として表せます。

証明(系 6.5)

定理 6.4 により ee の開近傍 U=exp⁡(V)U = \exp(V) が取れます。VV は 00 の近傍なので、必要なら小さく取り直して V=−VV = -V(X∈V⇒−X∈VX \in V \Rightarrow -X \in V)としてよく、このとき exp⁡(−X)=γX(−1)=γX(1)−1=(exp⁡X)−1\exp(-X) = \gamma_X(-1) = \gamma_X(1)^{-1} = (\exp X)^{-1} より U=U−1U = U^{-1} です。

H:=⋃m≥1UmH := \bigcup_{m \ge 1} U^m(UmU^m は UU の元 mm 個の積全体)とおきます。HH は積と逆元について閉じているので GG の部分群です。HH は開集合です。実際 h∈Hh \in H なら hU⊂HhU \subset H であり、hU=Lh(U)hU = L_h(U) は微分同相 LhL_h(命題 3.4)による開集合の像なので開です。

開部分群は閉集合でもあります。G∖H=⋃g∉HgHG \setminus H = \bigcup_{g \notin H} gH は左剰余類の合併で、各 gH=Lg(H)gH = L_g(H) は開集合ですから、その合併も開です。よって HH は閉です。

HH は空でない開かつ閉な部分集合で、GG は連結ですから、連結性の特徴づけ(命題 3.1)[連結性] により H=GH = G です。U=exp⁡(V)U = \exp(V) なので主張が従います。

例 6.6(SL(2,R) では指数写像は全射でない)

G=SL(2,R)G = SL(2,\mathbb{R})、g=sl(2,R)={X∈M2(R):tr⁡X=0}\mathfrak{g} = \mathfrak{sl}(2,\mathbb{R}) = \{X \in M_2(\mathbb{R}) : \operatorname{tr}X = 0\} とします。GG は連結ですが、

A=(−110−1)∈SL(2,R)A = \begin{pmatrix} -1 & 1 \\ 0 & -1\end{pmatrix} \in SL(2,\mathbb{R})

は exp⁡\exp の像に入りません。実際 A=eXA = e^X、tr⁡X=0\operatorname{tr}X = 0 と仮定して矛盾を導きます。

XX は 22 次で跡が 00 なので、C\mathbb{C} 上の固有値は λ,−λ\lambda, -\lambda の形です。eXe^X の固有値は eλ,e−λe^{\lambda}, e^{-\lambda} です。一方 AA の固有値は −1-1(重複度 22)ですから eλ=e−λ=−1e^{\lambda} = e^{-\lambda} = -1 が必要で、e2λ=1e^{2\lambda} = 1 より λ∈iπZ\lambda \in i\pi\mathbb{Z} です。場合分けします。

(i) λ≠0\lambda \neq 0 のとき。λ\lambda と −λ-\lambda は相異なるので、系 3.4[対角化とジョルダン標準形] より XX は C\mathbb{C} 上対角化可能です。X=PDP−1X = PDP^{-1}、D=diag⁡(λ,−λ)D = \operatorname{diag}(\lambda,-\lambda) と書くと eX=PeDP−1=P(−I)P−1=−Ie^X = Pe^DP^{-1} = P(-I)P^{-1} = -I です。しかし A≠−IA \neq -I なので矛盾します。

(ii) λ=0\lambda = 0 のとき。XX の固有値はともに 00 で、ケーリー・ハミルトンの定理より X2−(tr⁡X)X+(det⁡X)I=X2=OX^2 - (\operatorname{tr}X)X + (\det X)I = X^2 = O です。よって

eX=I+Xe^X = I + X

となり、その固有値は 11(重複度 22)です。AA の固有値は −1-1 なので矛盾します。

いずれの場合も矛盾するので、A∉exp⁡(sl(2,R))A \notin \exp(\mathfrak{sl}(2,\mathbb{R})) です。系 6.5 が保証するのはあくまで「有限個の積で書ける」ことであって、1 個の exp⁡\exp で書けることではありません。実際 AA は exp⁡\exp の像の 2 個の元の積で書けます。

なお、コンパクト連結なリー群では exp⁡\exp が全射になることが知られています(リーマン計量を入れてホップ・リノウの定理を使う証明が標準的です)。例 6.3 の SO(3)SO(3) はその一例です。

注意 6.7

exp⁡\exp は一般には群準同型ではありません。XY=YXXY = YX ならば二項展開がそのまま使えて eXeY=eX+Ye^Xe^Y = e^{X+Y} ですが、交換しない場合は補正項が入ります。小さい X,YX,Y に対して

log⁡(eXeY)=X+Y+12[X,Y]+112[X,[X,Y]]−112[Y,[X,Y]]+⋯\log\bigl(e^Xe^Y\bigr) = X + Y + \frac{1}{2}[X,Y] + \frac{1}{12}\bigl[X,[X,Y]\bigr] - \frac{1}{12}\bigl[Y,[X,Y]\bigr] + \cdots

が成り立ち、これをベイカー・キャンベル・ハウスドルフ(BCH)の公式といいます。右辺がブラケットだけで書けている点が重要で、群の積がリー環の演算だけで(局所的に)復元できることを意味します。2 次の項は演習 4 で確かめます。全体の証明は Hall『Lie Groups, Lie Algebras, and Representations』第 5 章にあります。

7. 随伴表現とリー対応の全体像

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ブラケットが「群の非可換性の無限小版」であることを見ておきます。

定義 7.1(随伴表現)↗

GG をリー群、g\mathfrak{g} をそのリー環とします。g∈Gg \in G に対し共役 Cg ⁣:G→GC_g \colon G \to G、Cg(h)=ghg−1C_g(h) = ghg^{-1} は ee を固定する群同型なので、その微分

Ad⁡(g):=d(Cg)e ⁣:g→g\operatorname{Ad}(g) := d(C_g)_e \colon \mathfrak{g} \to \mathfrak{g}

は線形同型です。こうして得られる群準同型 Ad⁡ ⁣:G→GL(g)\operatorname{Ad} \colon G \to GL(\mathfrak{g}) を随伴表現といいます。さらにその単位元での微分

ad⁡:=d(Ad⁡)e ⁣:g→gl(g)\operatorname{ad} := d(\operatorname{Ad})_e \colon \mathfrak{g} \to \mathfrak{gl}(\mathfrak{g})

を g\mathfrak{g} の随伴表現といいます。

行列群 G⊂GL(n,R)G \subset GL(n,\mathbb{R}) では CgC_g は h↦ghg−1h \mapsto ghg^{-1} という hh について線形な写像なので、Ad⁡(g)Y=gYg−1\operatorname{Ad}(g)Y = gYg^{-1} です。ここで g=etXg = e^{tX} とおいて tt で微分すると、積の微分法と 補題 8.5 により

ddt∣t=0etXYe−tX=XY−YX=[X,Y]\frac{d}{dt}\Big|_{t=0} e^{tX}Y e^{-tX} = XY - YX = [X,Y]

となります。すなわち ad⁡XY=[X,Y]\operatorname{ad}_X Y = [X,Y] です。ブラケットとは共役の無限小版であり、GG が連結ならば、群が可換であることと Ad⁡\operatorname{Ad} が自明であること、そしてブラケットが恒等的に 00 であることが対応します。

リー群の圏とリー環の圏の対応。群準同型は微分でリー環準同型に、リー環の元は指数写像で群に戻る。

注意 7.2

リー群とリー環の対応は、次の 3 つの定理に集約されます(証明は Warner 第 3 章、Knapp 第 1 章、Hall 第 5 章などを参照してください)。

第 1 定理(部分群との対応)。GG を連結リー群、g\mathfrak{g} をそのリー環とすると、g\mathfrak{g} の部分リー環と GG の連結なリー部分群が一対一に対応します。

第 2 定理(準同型の持ち上げ)。GG が単連結ならば、任意のリー環準同型 ψ ⁣:g→h\psi \colon \mathfrak{g} \to \mathfrak{h} に対し dfe=ψd f_e = \psi を満たすリー群準同型 f ⁣:G→Hf \colon G \to H がただ 1 つ存在します。

第 3 定理(実現定理)。任意の有限次元実リー環は、あるリー群のリー環として実現されます(アドの定理と組み合わせて、行列群として実現できます)。

単連結性の仮定は外せません。例 5.7 で見た so(3)\mathfrak{so}(3) と、演習 3 で扱う su(2)\mathfrak{su}(2) は同型なリー環ですが、SO(3)SO(3) と SU(2)SU(2) は群として同型ではありません。実際 SU(2)≅S3SU(2) \cong S^3 は単連結ですが、SO(3)SO(3) は実射影空間 RP3\mathbb{R}P^3 と微分同相で単連結ではなく、SU(2)→SO(3)SU(2) \to SO(3) は 2 対 1 の被覆写像になります。リー環が同じでも群は違いうる。この現象は量子力学でスピノル(半整数スピン)が現れる理由でもあります。

演習 8.1易

sl(2,R)\mathfrak{sl}(2,\mathbb{R}) の基底として

H=(100−1),E=(0100),F=(0010)H = \begin{pmatrix} 1&0\\0&-1\end{pmatrix},\quad E = \begin{pmatrix} 0&1\\0&0\end{pmatrix},\quad F = \begin{pmatrix} 0&0\\1&0\end{pmatrix}

を取る。[H,E][H,E]、[H,F][H,F]、[E,F][E,F] を計算し、この 3 元についてヤコビ恒等式が成り立つことを確かめよ。

解答

命題 5.6 よりブラケットは交換子です。順に計算します。

HE=(0100),EH=(0−100) ⟹ [H,E]=(0200)=2E.HE = \begin{pmatrix} 0&1\\0&0\end{pmatrix},\quad EH = \begin{pmatrix} 0&-1\\0&0\end{pmatrix} \ \Longrightarrow\ [H,E] = \begin{pmatrix} 0&2\\0&0\end{pmatrix} = 2E .HF=(00−10),FH=(0010) ⟹ [H,F]=(00−20)=−2F.HF = \begin{pmatrix} 0&0\\-1&0\end{pmatrix},\quad FH = \begin{pmatrix} 0&0\\1&0\end{pmatrix} \ \Longrightarrow\ [H,F] = \begin{pmatrix} 0&0\\-2&0\end{pmatrix} = -2F .EF=(1000),FE=(0001) ⟹ [E,F]=(100−1)=H.EF = \begin{pmatrix} 1&0\\0&0\end{pmatrix},\quad FE = \begin{pmatrix} 0&0\\0&1\end{pmatrix} \ \Longrightarrow\ [E,F] = \begin{pmatrix} 1&0\\0&-1\end{pmatrix} = H .

ヤコビ恒等式を確かめます。[F,H]=−[H,F]=2F[F,H] = -[H,F] = 2F、[F,E]=−[E,F]=−H[F,E] = -[E,F] = -H を使うと

[H,[E,F]]+[E,[F,H]]+[F,[H,E]]=[H,H]+[E,2F]+[F,2E]=0+2H−2H=0\bigl[H,[E,F]\bigr] + \bigl[E,[F,H]\bigr] + \bigl[F,[H,E]\bigr] = [H,H] + [E,2F] + [F,2E] = 0 + 2H - 2H = 0

となり、成り立ちます。なお dim⁡sl(2,R)=22−1=3\dim \mathfrak{sl}(2,\mathbb{R}) = 2^2 - 1 = 3 なので、H,E,FH,E,F は確かに基底です(一次独立性は成分を見れば分かります)。

演習 8.2標準

任意の X∈Mn(R)X \in M_n(\mathbb{R}) に対して det⁡(eX)=etr⁡X\det\bigl(e^X\bigr) = e^{\operatorname{tr}X} が成り立つことを示せ。またこれを用いて、etX∈SL(n,R)e^{tX} \in SL(n,\mathbb{R}) がすべての t∈Rt \in \mathbb{R} で成り立つことと tr⁡X=0\operatorname{tr}X = 0 が同値であることを示せ。

解答

φ(t):=det⁡(etX)\varphi(t) := \det\bigl(e^{tX}\bigr) とおきます。補題 8.5 より ddtetX=etXX\dfrac{d}{dt}e^{tX} = e^{tX}X であり、また etXe^{tX} は可逆で (etX)−1=e−tX\bigl(e^{tX}\bigr)^{-1} = e^{-tX} です。例 4.3 で示したヤコビの公式 d(det⁡)A(Y)=det⁡(A)tr⁡(A−1Y)d(\det)_A(Y) = \det(A)\operatorname{tr}(A^{-1}Y) を A=etXA = e^{tX}、Y=etXXY = e^{tX}X に適用すると、連鎖律により

φ′(t)=det⁡(etX) tr⁡(e−tXetXX)=φ(t) tr⁡X\varphi'(t) = \det\bigl(e^{tX}\bigr)\,\operatorname{tr}\bigl(e^{-tX}e^{tX}X\bigr) = \varphi(t)\,\operatorname{tr}X

を得ます。φ(0)=det⁡I=1\varphi(0) = \det I = 1 なので、この 1 階線形常微分方程式の解は φ(t)=ettr⁡X\varphi(t) = e^{t\operatorname{tr}X} です(ψ(t)=φ(t)e−ttr⁡X\psi(t) = \varphi(t)e^{-t\operatorname{tr}X} とおくと ψ′=0\psi' = 0 から従います)。t=1t=1 として det⁡(eX)=etr⁡X\det(e^X) = e^{\operatorname{tr}X} を得ます。

後半。etX∈SL(n,R)e^{tX} \in SL(n,\mathbb{R}) がすべての tt で成り立つことは ettr⁡X=1e^{t \operatorname{tr}X} = 1 がすべての tt で成り立つことと同値で、これは tr⁡X=0\operatorname{tr}X = 0 と同値です(t=1t=1 を代入すれば tr⁡X=0\operatorname{tr}X = 0、逆は明らかに成り立ちます)。これは 例 4.3 で求めた sl(n,R)={tr⁡X=0}\mathfrak{sl}(n,\mathbb{R}) = \{\operatorname{tr}X = 0\} と、定理 6.2 の末尾で述べた「X∈gX \in \mathfrak{g} ならば etX∈Ge^{tX} \in G」と整合しています。

演習 8.3標準

(1) SU(2)SU(2) が S3⊂R4S^3 \subset \mathbb{R}^4 と微分同相であることを示せ。 (2) su(2)\mathfrak{su}(2) の基底 ek=−i2σke_k = -\tfrac{i}{2}\sigma_k(σk\sigma_k はパウリ行列)が [e1,e2]=e3[e_1,e_2] = e_3 などの関係を満たすことを示し、su(2)≅so(3)\mathfrak{su}(2) \cong \mathfrak{so}(3) を結論せよ。

解答

(1) A∈SU(2)A \in SU(2) とします。det⁡A=1\det A = 1 の 22 次行列に対しては余因子の公式から

A=(abcd) ⟹ A−1=(d−b−ca)A = \begin{pmatrix} a&b\\c&d\end{pmatrix} \ \Longrightarrow\ A^{-1} = \begin{pmatrix} d&-b\\-c&a\end{pmatrix}

です。一方 A∗A=IA^{*}A = I より A−1=A∗=(aˉcˉbˉdˉ)A^{-1} = A^{*} = \begin{pmatrix} \bar{a}&\bar{c}\\ \bar{b}&\bar{d}\end{pmatrix} です。両者を比較すると d=aˉd = \bar{a}、c=−bˉc = -\bar{b} を得ます。よって

A=(ab−bˉaˉ),det⁡A=aaˉ+bbˉ=∣a∣2+∣b∣2=1.A = \begin{pmatrix} a & b \\ -\bar{b} & \bar{a}\end{pmatrix}, \qquad \det A = a\bar{a} + b\bar{b} = |a|^2 + |b|^2 = 1 .

逆にこの形の行列は A∗A=IA^{*}A = I、det⁡A=1\det A = 1 を満たすので SU(2)SU(2) に属します(直接計算で確かめられます)。したがって A↦(a,b)∈C2≅R4A \mapsto (a,b) \in \mathbb{C}^2 \cong \mathbb{R}^4 は SU(2)SU(2) から S3={∣a∣2+∣b∣2=1}S^3 = \{|a|^2+|b|^2 = 1\} への全単射で、成分をそのまま取り出す写像なので両方向とも滑らかです。ゆえに微分同相です。次元も dim⁡SU(2)=22−1=3=dim⁡S3\dim SU(2) = 2^2 - 1 = 3 = \dim S^3 で一致します。

(2) パウリ行列は

σ1=(0110),σ2=(0−ii0),σ3=(100−1)\sigma_1 = \begin{pmatrix} 0&1\\1&0\end{pmatrix},\quad \sigma_2 = \begin{pmatrix} 0&-i\\ i&0\end{pmatrix},\quad \sigma_3 = \begin{pmatrix} 1&0\\0&-1\end{pmatrix}

で、σ1σ2=iσ3\sigma_1\sigma_2 = i\sigma_3、σ2σ1=−iσ3\sigma_2\sigma_1 = -i\sigma_3 が直接計算で確かめられます。よって [σ1,σ2]=2iσ3[\sigma_1,\sigma_2] = 2i\sigma_3 です。ek=−i2σke_k = -\tfrac{i}{2}\sigma_k とおくと

[e1,e2]=(−i2)2[σ1,σ2]=−14⋅2iσ3=−i2σ3=e3[e_1,e_2] = \left(-\frac{i}{2}\right)^2[\sigma_1,\sigma_2] = -\frac{1}{4}\cdot 2i\sigma_3 = -\frac{i}{2}\sigma_3 = e_3

となり、添字の巡回で [e2,e3]=e1[e_2,e_3] = e_1、[e3,e1]=e2[e_3,e_1] = e_2 も同様に出ます。σk\sigma_k はエルミートで跡が 00 なので ek∗=i2σk=−eke_k^{*} = \tfrac{i}{2}\sigma_k = -e_k、tr⁡ek=0\operatorname{tr}e_k = 0 であり、ek∈su(2)e_k \in \mathfrak{su}(2) です。dim⁡Rsu(2)=3\dim_{\mathbb{R}}\mathfrak{su}(2) = 3 で e1,e2,e3e_1,e_2,e_3 は実一次独立ですから、これらは基底です。

例 5.7 の LkL_k が満たす関係 [L1,L2]=L3[L_1,L_2]=L_3 等と完全に同じ形なので、ek↦Lke_k \mapsto L_k で定まる実線形同型はブラケットを保ち、su(2)≅so(3)\mathfrak{su}(2) \cong \mathfrak{so}(3) です。それでも SU(2)≅S3SU(2) \cong S^3 は単連結、SO(3)≅RP3SO(3) \cong \mathbb{R}P^3 は単連結でないので、両群は同型ではありません(注意 7.2)。

演習 8.4難

X,Y∈Mn(R)X, Y \in M_n(\mathbb{R}) とする。十分小さい tt に対し etXetY=eZ(t)e^{tX}e^{tY} = e^{Z(t)} を満たす滑らかな Z(t)Z(t) が存在することを述べ、

Z(t)=t(X+Y)+t22[X,Y]+O(t3)Z(t) = t(X+Y) + \frac{t^2}{2}[X,Y] + O(t^3)

を示せ。

解答

存在。定理 6.4 を G=GL(n,R)G = GL(n,\mathbb{R}) に適用すると、00 の近傍 VV と II の近傍 UU があって exp⁡∣V ⁣:V→U\exp|_V \colon V \to U は微分同相です。t↦etXetYt \mapsto e^{tX}e^{tY} は t=0t=0 で II をとる連続写像なので、十分小さい tt に対して値は UU に入ります。そこで Z(t):=(exp⁡∣V)−1(etXetY)Z(t) := (\exp|_V)^{-1}\bigl(e^{tX}e^{tY}\bigr) とおけば、ZZ は滑らかで Z(0)=0Z(0)=0 です。

展開。左辺を tt の 2 次まで展開します。補題 8.5 の級数から etX=I+tX+t22X2+O(t3)e^{tX} = I + tX + \tfrac{t^2}{2}X^2 + O(t^3) なので

etXetY=I+t(X+Y)+t2(X22+XY+Y22)+O(t3).e^{tX}e^{tY} = I + t(X+Y) + t^2\left(\frac{X^2}{2} + XY + \frac{Y^2}{2}\right) + O(t^3) .

右辺は Z(0)=0Z(0)=0 と滑らかさから Z(t)=tA+t2B+O(t3)Z(t) = tA + t^2B + O(t^3) と書けて

eZ(t)=I+Z(t)+Z(t)22+O(t3)=I+tA+t2B+t2A22+O(t3)e^{Z(t)} = I + Z(t) + \frac{Z(t)^2}{2} + O(t^3) = I + tA + t^2 B + \frac{t^2 A^2}{2} + O(t^3)

です。tt の係数を比較して A=X+YA = X + Y。t2t^2 の係数を比較して

B+(X+Y)22=X22+XY+Y22.B + \frac{(X+Y)^2}{2} = \frac{X^2}{2} + XY + \frac{Y^2}{2} .

(X+Y)2=X2+XY+YX+Y2(X+Y)^2 = X^2 + XY + YX + Y^2 を代入すると

B=X22+XY+Y22−X2+XY+YX+Y22=XY−XY+YX2=XY−YX2=12[X,Y]B = \frac{X^2}{2} + XY + \frac{Y^2}{2} - \frac{X^2 + XY + YX + Y^2}{2} = XY - \frac{XY+YX}{2} = \frac{XY - YX}{2} = \frac{1}{2}[X,Y]

を得ます。以上より Z(t)=t(X+Y)+t22[X,Y]+O(t3)Z(t) = t(X+Y) + \tfrac{t^2}{2}[X,Y] + O(t^3) です。

特に [X,Y]=0[X,Y]=0 ならば 2 次の補正が消えます。実際このとき etXetY=et(X+Y)e^{tX}e^{tY} = e^{t(X+Y)} が厳密に成り立ちます。逆に、群の積が exp⁡\exp の下で単純な足し算にならないずれが、最低次でちょうどブラケットとして現れる。これが 注意 6.7 の BCH 公式の出発点です。

  • J. M. Lee, Introduction to Smooth Manifolds, 2nd ed., Graduate Texts in Mathematics 218, Springer, 2013 — 第 5 章に正則値定理と部分多様体、第 7 章にリー群の定義と例、第 8 章にベクトル場と左不変ベクトル場。指数写像とカルタンの閉部分群定理は後半の章で扱われる。
  • F. W. Warner, Foundations of Differentiable Manifolds and Lie Groups, Graduate Texts in Mathematics 94, Springer, 1983 — 第 3 章がリー群・リー環・指数写像・閉部分群定理を簡潔にまとめている。
  • B. C. Hall, Lie Groups, Lie Algebras, and Representations: An Elementary Introduction, 2nd ed., Graduate Texts in Mathematics 222, Springer, 2015 — 第 1 章「行列リー群」、第 2 章「行列指数関数」、第 3 章「リー環」、第 5 章「BCH 公式」。多様体論を最小限にして行列群から入る構成。
  • A. W. Knapp, Lie Groups Beyond an Introduction, 2nd ed., Progress in Mathematics 140, Birkhäuser, 2002 — リー対応の詳細と半単純リー環の構造論。
  • 松島与三『多様体入門』裳華房、1965 — 多様体論の標準的な和書。後半でリー群とリー変換群を扱う。
  • 佐武一郎『リー環の話』日本評論社 — リー環そのものの構造論への入門。古典群のリー環の具体例が豊富。

Appendix: 行列指数関数の収束と微分

Section titled “Appendix: 行列指数関数の収束と微分”

技術的補題。本文の 定理 6.2 と演習で使った行列指数関数の基本性質をまとめて証明しておきます。Mn(R)M_n(\mathbb{R}) に作用素ノルム

∥A∥=sup⁡v≠0∣Av∣∣v∣\|A\| = \sup_{\boldsymbol{v} \neq \boldsymbol{0}} \frac{|A\boldsymbol{v}|}{|\boldsymbol{v}|}

を入れます。これは ∥AB∥≤∥A∥ ∥B∥\|AB\| \le \|A\|\,\|B\| を満たし(∣ABv∣≤∥A∥∣Bv∣≤∥A∥∥B∥∣v∣|AB\boldsymbol{v}| \le \|A\| |B\boldsymbol{v}| \le \|A\|\|B\||\boldsymbol{v}| から従います)、Mn(R)M_n(\mathbb{R}) は有限次元なのでこのノルムについて完備です。

補題 8.5(行列指数関数の基本性質)✓

A∈Mn(R)A \in M_n(\mathbb{R}) とする。

  1. 級数 eA=∑k=0∞Akk!\displaystyle e^{A} = \sum_{k=0}^{\infty}\frac{A^k}{k!} は絶対収束し、∥eA∥≤e∥A∥\|e^A\| \le e^{\|A\|} を満たす。
  2. 写像 t↦etAt \mapsto e^{tA} は R\mathbb{R} 上滑らかで、ddtetA=AetA=etAA\dfrac{d}{dt}e^{tA} = A e^{tA} = e^{tA}A が成り立つ。
  3. e(s+t)A=esAetAe^{(s+t)A} = e^{sA}e^{tA} であり、特に eAe^{A} は可逆で (eA)−1=e−A\bigl(e^{A}\bigr)^{-1} = e^{-A}。
証明(補題 8.5)

(1) ∥Ak/k!∥≤∥A∥k/k!\|A^k/k!\| \le \|A\|^k/k! であり、∑k∥A∥k/k!=e∥A∥\sum_k \|A\|^k/k! = e^{\|A\|} は収束します。Mn(R)M_n(\mathbb{R}) は完備なので絶対収束級数は収束し、三角不等式から ∥eA∥≤e∥A∥\|e^A\| \le e^{\|A\|} です。

(2) R>0R > 0 を固定し ∣t∣≤R|t| \le R を考えます。各項 tkAk/k!t^kA^k/k! のノルムは Rk∥A∥k/k!R^k\|A\|^k/k! 以下で、この数列の和は収束するので、ワイエルシュトラスの MM 判定法により級数は ∣t∣≤R|t| \le R 上一様収束します。項別微分した級数

∑k=1∞ktk−1Akk!=A∑k=1∞tk−1Ak−1(k−1)!=AetA\sum_{k=1}^{\infty}\frac{k t^{k-1}A^k}{k!} = A\sum_{k=1}^{\infty}\frac{t^{k-1}A^{k-1}}{(k-1)!} = A e^{tA}

についても、各項のノルムが ∥A∥Rk−1∥A∥k−1/(k−1)!\|A\| R^{k-1}\|A\|^{k-1}/(k-1)! 以下なので同じく一様収束します。一様収束する導関数列をもつ関数列は項別微分できるので、ddtetA=AetA\dfrac{d}{dt}e^{tA} = Ae^{tA} です。AA は級数の各項と交換するので AetA=etAAAe^{tA} = e^{tA}A も成り立ちます。同じ議論を繰り返せば任意階微分可能です。

(3) ss を固定し f(t):=e(s+t)Af(t) := e^{(s+t)A}、g(t):=esAetAg(t) := e^{sA}e^{tA} とおくと、(2) より両者はともに u′(t)=u(t)Au'(t) = u(t)A を満たし、f(0)=g(0)=esAf(0) = g(0) = e^{sA} です。線形常微分方程式の解の一意性から f=gf = g です。s=−ts = -t、t=tt = t として eO=I=e−tAetAe^{O} = I = e^{-tA}e^{tA} を得るので、etAe^{tA} は可逆で逆行列は e−tAe^{-tA} です。

なお (3) を一般の 2 つの行列に拡張することはできず、eAeB≠eA+Be^Ae^B \neq e^{A+B} となるのが普通です。上の証明では esAe^{sA} と etAe^{tA} が同じ AA から作られていて交換することが本質的に効いています。交換しない場合の正しい関係が 注意 6.7 の BCH 公式です。

このテーマの 100 本ノック(100 問)

執筆: Claude Code(Opus 5.5)、Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 3 回(Claude Code)・最終 2026-10-12

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