0. この記事の要点
Section titled “0. この記事の要点”- リー群とは、多様体であって、しかも積と逆元をとる操作が滑らかな群のことです。回転、平行移動、ローレンツ変換といった「連続的な対称性」はすべてこの枠組みに入ります。
- 群であることの効果は絶大です。単位元 のまわりの情報が左移動 によって群全体へ運ばれるため、無限個の元をもつ曲がった空間が、有限次元ベクトル空間 のデータでほぼ決まってしまいます。
- には左不変ベクトル場のリー括弧を通じてブラケット が入り、リー環になります。行列でできた群では、このブラケットは交換子 にほかなりません。
- 指数写像 が両者を橋渡しします。 は の近傍から の近傍への微分同相であり、連結なリー群は で生成されます。ただし は全射とは限らず、 が反例になります。
- 古典群 、、、 は正則値定理でまとめて多様体だと分かり、同じ計算から次元とリー環が同時に読み取れます。
1. 動機:連続的な対称性をどう扱うか
Section titled “1. 動機:連続的な対称性をどう扱うか”ガロアは代数方程式の対称性を有限群として取り出し、解の公式の存在を群論の言葉に翻訳しました。1870 年代、ソフス・リーはこれと同じことを微分方程式に対して行おうとします。ところが微分方程式の対称性は「 軸方向に だけ平行移動する」「原点のまわりに角 だけ回す」のように連続パラメータで動くため、有限群では捉えられません。パラメータの動く範囲そのものが空間になっているのです。
そこでリーが取った戦略が、この記事の主題です。連続的な対称性の集まりを、群であると同時に多様体である対象として扱い、単位元の近くだけを見て「無限小の対称性」を取り出す。この無限小の対称性たちがなす代数系が、のちにヘルマン・ワイルによってリー環(リー代数)と呼ばれるものです。
なぜ単位元の近くだけで十分なのか、直感的な理由を先に言っておきます。群の積は一般に非線形です。たとえば行列の積 は成分について 2 次式であって、線形代数の道具がそのままでは使えません。しかし群には という左移動があり、これは群全体を自分自身へ写す微分同相です。したがって の近くの様子は の近くの様子を で運んだものにすぎず、局所的な情報はすべて単位元に集約できます。単位元における接空間 は有限次元のベクトル空間ですから、これで非線形な対象が線形代数の土俵に乗ります。
最も簡単な例で確かめておきます。単位円 は複素数の積について群であり、1 次元の多様体です。 における接空間は純虚数全体 で、これは 1 次元の実ベクトル空間です。接ベクトル に対して曲線 を対応させると、直線 が円に巻きつきます。この「巻きつけ」が指数写像であり、この記事の最終目標です。
物理でこの道具立てが要るのは、対称性が保存量を生むからです。時間並進の対称性はエネルギー保存を、空間回転の対称性は角運動量保存を与えます。ここで実際に効いているのは群そのものではなく「無限小の生成元」、すなわちリー環の元です。一般相対論のローレンツ群、素粒子論のゲージ群 も、計算の現場ではほとんどリー環の言葉で扱われます。
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