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ベクトル空間と線形変換:8 つの公理から次元定理まで

前提:数学の国語:集合と論理を正確に読み書きする

生 Markdown
  • ベクトルは「向きと大きさをもつ矢印」ではありません。和とスカラー倍が定義され、8 つの公理を満たす集合の元がベクトルです。この抽象化のおかげで、数ベクトル・行列・多項式・関数・数列を、同じ定理で一度に扱えます。
  • 部分空間は「原点を含み、和とスカラー倍からはみ出さない」部分集合です。8 つの公理を確かめ直す必要はなく、3 つの条件だけで判定できます。
  • 基底とは「漏れなく、重複なく」空間を張る組のことで、基底を選ぶことは座標を入れることと同じです。基底に含まれるベクトルの個数は取り方によらず一定で、これを次元と呼びます。この一意性の心臓部が取り替え補題です。
  • 線形変換は和とスカラー倍を保つ写像です。回転・射影・拡大縮小・微分はすべて線形変換であり、行列はその座標表示にすぎません。
  • 次元定理 dimV=dimKerf+dimImf\dim V = \dim \operatorname{Ker} f + \dim \operatorname{Im} f は「つぶした分だけ像が痩せる」という保存則です。連立一次方程式の解の自由度も、主成分分析で捨てられる情報の量も、この 1 本の等式が説明します。

1. 動機:矢印を捨てると何が見えるか

Section titled “1. 動機:矢印を捨てると何が見えるか”

高校までのベクトルは「向きと大きさをもつ矢印」でした。この定義は平面や空間では申し分なく働きますが、少し先へ進むと三つの疑問に突き当たります。

第一に、nn 次元の nn とは何でしょうか。4 次元の矢印は誰も見たことがありません。それでも私たちは 4 次元空間や 100 次元空間の話をします。「次元」が矢印の絵と無関係に定義できていなければ、この議論は空語です。

第二に、多項式 a0+a1x+a2x2a_0 + a_1 x + a_2 x^2 の集まりや、区間 [0,1][0,1] 上の連続関数の集まりは、明らかに矢印ではありません。ところがこれらは足し算ができ、定数倍ができ、しかも平面ベクトルとまったく同じ計算規則に従います。なぜでしょうか。偶然でしょうか。

第三に、連立一次方程式の解の自由度は、しばしば「未知数の個数から独立な式の個数を引いた数」だと説明されます。この引き算はどこから来るのでしょうか。

これらの疑問には共通の答えがあります。大事なのは対象が何でできているかではなく、対象どうしがどう足され、どう定数倍されるかという構造だけ、というのが答えです。そこで、矢印であることをいっさい忘れ、「和とスカラー倍が定義されていて、いくつかの規則を満たす集合」を出発点に据えます。この立場を最初にはっきり書いたのはジュゼッペ・ペアノで、1888 年の著書でグラスマンの拡大論を整理し直したときに、現代とほとんど同じ公理を与えました。ペアノはそこで関数の空間まで例に挙げていますが、この定式化が広く使われるようになるのは、ワイルやバナッハが 20 世紀に入って線形空間を道具として使い始めてからです。

抽象化には即物的な見返りがあります。公理だけから定理を証明しておけば、その定理は公理を満たすすべての対象で無料で使えます。R3\mathbb{R}^3 で証明し、多項式で証明し直し、関数で証明し直す、という手間が消えます。実際、この記事で証明する次元定理は、平面の射影にも、多項式の微分にも、機械学習の次元圧縮にも、そのまま適用されます。

なお、証明の書き方(背理法、対偶、数学的帰納法)や「任意の」「存在する」の扱いに不安があれば、数学の国語 - 集合と論理(とくに 全称記号と存在記号(定義 5.2)[数学の国語])と 証明の技術 - 数学的帰納法と背理法(とくに 数学的帰納法の原理(定理 3.2)[証明の技術])を先に読んでください。この記事はそれらを使う側に回ります。

flowchart TD
A["ベクトル空間の 8 公理"] --> B["部分空間"]
A --> C["線形結合と張る空間"]
C --> D["線形独立"]
C --> E["生成系"]
D --> F["基底"]
E --> F
F --> G["取り替え補題"]
G --> H["次元は基底の取り方によらない"]
A --> I["線形写像"]
I --> J["核 Ker f と像 Im f"]
H --> K["次元定理 dim V = dim Ker f + dim Im f"]
J --> K
K --> L["連立一次方程式の自由度 / 主成分分析の圧縮率"]
この記事の論理の流れ。公理から出発し、次元定理まで一本道でつながる

2. 準備:係数の集合と写像の言葉

Section titled “2. 準備:係数の集合と写像の言葉”

ベクトルを「定数倍」するとき、その定数はどこから取ってくるのでしょうか。実数だけとは限りません。複素数を係数にすれば複素ベクトル空間になり、0011 だけの体を係数にすれば符号理論のベクトル空間になります。そこで係数の集合を先に決めておきます。

集合 KK に加法と乗法が定義されていて、次を満たすとき KKと呼びます。加法について結合律・交換律が成り立ち、零元 00 と各元の加法逆元があること。乗法について結合律・交換律が成り立ち、単位元 101 \ne 0 があり、00 でない各元 aa に乗法逆元 a1a^{-1} があること。そして分配律 a(b+c)=ab+aca(b+c) = ab+ac が成り立つこと。要するに、四則演算が自由にできる集合です。Q\mathbb{Q}R\mathbb{R}C\mathbb{C} は体ですが、Z\mathbb{Z}22 の逆数を欠くので体ではありません。

この記事では KK は任意の体でよく、迷ったら K=RK = \mathbb{R} だと思って読んでください。体の元をスカラーと呼びます。

写像についての言葉も確認します。写像 f:XYf : X \to Y単射であるとは、f(x1)=f(x2)f(x_1) = f(x_2) ならば x1=x2x_1 = x_2 が成り立つことです。全射であるとは、任意の yYy \in Y に対して f(x)=yf(x) = y となる xXx \in X が存在することです。両方を満たすとき全単射と呼びます。単射は「情報を失わない」、全射は「行き先を余さず埋める」と読むと、後の議論と対応がつきます。

記号は次のように使います。ベクトルは u,v,w\boldsymbol{u}, \boldsymbol{v}, \boldsymbol{w}、スカラーは a,b,ca, b, c、自然数は N={1,2,}\mathbb{N} = \{1, 2, \ldots\} とし、N\mathbb{N}00 は含めません。nn 個の元の和は i=1naivi\sum_{i=1}^{n} a_i \boldsymbol{v}_i と書きます。

定義 3.1ベクトル空間

KK を体とする。集合 VV と、二つの写像

+ ⁣:V×VV, ⁣:K×VV+ \colon V \times V \to V, \qquad \cdot \colon K \times V \to V

の組が次の 8 条件を満たすとき、VVKK 上のベクトル空間(線形空間)といい、VV の元をベクトルという。以下、u,v,w\boldsymbol{u}, \boldsymbol{v}, \boldsymbol{w}VV の任意の元、a,ba, bKK の任意の元とし、ava \cdot \boldsymbol{v}ava\boldsymbol{v} と略記する。

  • (V1) 加法の結合律: (u+v)+w=u+(v+w)(\boldsymbol{u} + \boldsymbol{v}) + \boldsymbol{w} = \boldsymbol{u} + (\boldsymbol{v} + \boldsymbol{w})
  • (V2) 加法の交換律: u+v=v+u\boldsymbol{u} + \boldsymbol{v} = \boldsymbol{v} + \boldsymbol{u}
  • (V3) 零ベクトルの存在: ある 0V\boldsymbol{0} \in V が存在して、すべての vV\boldsymbol{v} \in V に対し v+0=v\boldsymbol{v} + \boldsymbol{0} = \boldsymbol{v}
  • (V4) 加法逆元の存在: 各 vV\boldsymbol{v} \in V に対し、v+v=0\boldsymbol{v} + \boldsymbol{v}' = \boldsymbol{0} となる vV\boldsymbol{v}' \in V が存在する
  • (V5) ベクトルの和への分配律: a(u+v)=au+ava(\boldsymbol{u} + \boldsymbol{v}) = a\boldsymbol{u} + a\boldsymbol{v}
  • (V6) スカラーの和への分配律: (a+b)v=av+bv(a + b)\boldsymbol{v} = a\boldsymbol{v} + b\boldsymbol{v}
  • (V7) スカラー倍の結合律: (ab)v=a(bv)(ab)\boldsymbol{v} = a(b\boldsymbol{v})
  • (V8) 単位元の作用: 1v=v1\boldsymbol{v} = \boldsymbol{v}11KK の乗法単位元)

見落としやすい点を二つ補います。

一つめは、閉じていることが定義に埋め込まれていることです。加法を「V×VV \times V から VV への写像」と書いた時点で、u+v\boldsymbol{u} + \boldsymbol{v} が必ず VV の元であることを要求しています。スカラー倍も同様です。集合が公理を満たすかどうかを調べるとき、まず確認すべきはこの閉性です。

二つめは、(V1) から (V4) は VV が加法についてアーベル群であることを述べているだけで、線形代数らしさは (V5) から (V8) のスカラー倍にあるということです。とくに (V8) は「当たり前すぎて要らないのでは」と思われがちですが、後で見るとおり他の 7 条件からは導けません。

v\boldsymbol{v} の加法逆元は次に見るとおり一意なので、これを v-\boldsymbol{v} と書き、uv:=u+(v)\boldsymbol{u} - \boldsymbol{v} := \boldsymbol{u} + (-\boldsymbol{v}) と定めます。

公理には 0v=00\boldsymbol{v} = \boldsymbol{0} のような「当然の事実」が書かれていません。書かれていない以上、証明が必要です。ここでの証明は、どの公理をどこで使うかを追う練習にもなります。

命題 3.2ベクトル空間の初等的性質

VV を体 KK 上のベクトル空間、vV\boldsymbol{v} \in VaKa \in K とする。このとき次が成り立つ。

  1. (V3) の 0\boldsymbol{0} はただ一つである。
  2. v\boldsymbol{v} の加法逆元はただ一つである。
  3. 0v=00\boldsymbol{v} = \boldsymbol{0}(左辺の 00KK の零元、右辺は VV の零ベクトル)。
  4. a0=0a\boldsymbol{0} = \boldsymbol{0}
  5. (1)v=v(-1)\boldsymbol{v} = -\boldsymbol{v}
  6. av=0a\boldsymbol{v} = \boldsymbol{0} ならば a=0a = 0 または v=0\boldsymbol{v} = \boldsymbol{0} である。
証明(命題 3.2)

(1) 0\boldsymbol{0}0\boldsymbol{0}' がともに (V3) を満たすとする。0\boldsymbol{0}' が零ベクトルであることを v=0\boldsymbol{v} = \boldsymbol{0} に使うと 0+0=0\boldsymbol{0} + \boldsymbol{0}' = \boldsymbol{0}0\boldsymbol{0} が零ベクトルであることを v=0\boldsymbol{v} = \boldsymbol{0}' に使うと 0+0=0\boldsymbol{0}' + \boldsymbol{0} = \boldsymbol{0}' です。(V2) より左辺どうしが等しいので 0=0\boldsymbol{0} = \boldsymbol{0}' となります。

(2) v+v=0\boldsymbol{v} + \boldsymbol{v}' = \boldsymbol{0} かつ v+v=0\boldsymbol{v} + \boldsymbol{v}'' = \boldsymbol{0} とします。

v=v+0=v+(v+v)=(v+v)+v=(v+v)+v=0+v=v+0=v\boldsymbol{v}' = \boldsymbol{v}' + \boldsymbol{0} = \boldsymbol{v}' + (\boldsymbol{v} + \boldsymbol{v}'') = (\boldsymbol{v}' + \boldsymbol{v}) + \boldsymbol{v}'' = (\boldsymbol{v} + \boldsymbol{v}') + \boldsymbol{v}'' = \boldsymbol{0} + \boldsymbol{v}'' = \boldsymbol{v}'' + \boldsymbol{0} = \boldsymbol{v}''

です。順に (V3)、仮定、(V1)、(V2)、仮定、(V2)、(V3) を使いました。

(3) KK0+0=00 + 0 = 0 が成り立つので、(V6) より

0v+0v=(0+0)v=0v0\boldsymbol{v} + 0\boldsymbol{v} = (0 + 0)\boldsymbol{v} = 0\boldsymbol{v}

です。両辺に 0v0\boldsymbol{v} の加法逆元((V4) で存在が保証される)を加えると、左辺は (V1) と (V4) と (V3) により 0v+(0v+((0v)))=0v+0=0v0\boldsymbol{v} + (0\boldsymbol{v} + (-(0\boldsymbol{v}))) = 0\boldsymbol{v} + \boldsymbol{0} = 0\boldsymbol{v}、右辺は (V4) により 0\boldsymbol{0} です。よって 0v=00\boldsymbol{v} = \boldsymbol{0} を得ます。

(4) (V3) より 0+0=0\boldsymbol{0} + \boldsymbol{0} = \boldsymbol{0} なので、(V5) から a0+a0=a(0+0)=a0a\boldsymbol{0} + a\boldsymbol{0} = a(\boldsymbol{0} + \boldsymbol{0}) = a\boldsymbol{0} です。あとは (3) と同じ消去を行えば a0=0a\boldsymbol{0} = \boldsymbol{0} となります。

(5) (V8) と (V6) と (3) から

v+(1)v=1v+(1)v=(1+(1))v=0v=0\boldsymbol{v} + (-1)\boldsymbol{v} = 1\boldsymbol{v} + (-1)\boldsymbol{v} = (1 + (-1))\boldsymbol{v} = 0\boldsymbol{v} = \boldsymbol{0}

です。したがって (1)v(-1)\boldsymbol{v}v\boldsymbol{v} の加法逆元であり、(2) の一意性から (1)v=v(-1)\boldsymbol{v} = -\boldsymbol{v} が従います。ここで (V8) を使った点に注意してください。

(6) a0a \ne 0 とします。KK は体なので a1a^{-1} が存在し、

v=1v=(a1a)v=a1(av)=a10=0\boldsymbol{v} = 1\boldsymbol{v} = (a^{-1}a)\boldsymbol{v} = a^{-1}(a\boldsymbol{v}) = a^{-1}\boldsymbol{0} = \boldsymbol{0}

となります。順に (V8)、KK での計算、(V7)、仮定、(4) を使いました。よって a0a \ne 0 ならば v=0\boldsymbol{v} = \boldsymbol{0} であり、主張が示されました。

例 3.3数ベクトル空間 KnK^n

Kn={(x1,,xn)xiK}K^n = \{(x_1, \ldots, x_n) \mid x_i \in K\} に、成分ごとの演算

(x1,,xn)+(y1,,yn):=(x1+y1,,xn+yn),a(x1,,xn):=(ax1,,axn)(x_1, \ldots, x_n) + (y_1, \ldots, y_n) := (x_1 + y_1, \ldots, x_n + y_n), \qquad a(x_1, \ldots, x_n) := (ax_1, \ldots, ax_n)

を入れます。8 条件はすべて KK の四則演算の性質から成分ごとに従います。たとえば (V6) は、第 ii 成分どうしを比べると KK の分配律 (a+b)xi=axi+bxi(a+b)x_i = ax_i + bx_i そのものです。零ベクトルは 0=(0,,0)\boldsymbol{0} = (0, \ldots, 0)(x1,,xn)(x_1,\ldots,x_n) の逆元は (x1,,xn)(-x_1, \ldots, -x_n) です。

n=2,3n = 2, 3K=RK = \mathbb{R} の場合が高校の矢印に対応します。矢印の「和」は平行四辺形の対角線でしたが、成分で書けば上の定義と一致します。

例 3.4関数空間と、その特別な場合

XX を空でない集合とし、KXK^XXX から KK への写像全体とします。f,gKXf, g \in K^XaKa \in K に対し

(f+g)(x):=f(x)+g(x),(af)(x):=af(x)(xX)(f + g)(x) := f(x) + g(x), \qquad (af)(x) := a \cdot f(x) \quad (x \in X)

と定めます。零ベクトルは恒等的に 00 をとる関数、ff の逆元は xf(x)x \mapsto -f(x) です。8 条件は各点 xxKK の演算法則に帰着します。たとえば (V1) は、任意の xx について ((f+g)+h)(x)=(f(x)+g(x))+h(x)=f(x)+(g(x)+h(x))=(f+(g+h))(x)((f+g)+h)(x) = (f(x)+g(x))+h(x) = f(x)+(g(x)+h(x)) = (f+(g+h))(x) であり、値がすべて一致するので写像として等しい、と示せます。

この一つの例が多くの空間を含んでいます。

XX の取り方得られる空間
X={1,2,,n}X = \{1, 2, \ldots, n\}数ベクトル空間 KnK^nff(f(1),,f(n))(f(1), \ldots, f(n)) と読む)
X=NX = \mathbb{N}数列全体の空間 KNK^{\mathbb{N}}
X={1,,m}×{1,,n}X = \{1,\ldots,m\} \times \{1,\ldots,n\}m×nm \times n 行列全体の空間 Mm,n(K)M_{m,n}(K)
X=[0,1]X = [0,1]K=RK = \mathbb{R}区間上の実数値関数全体

行列の足し算とスカラー倍が成分ごとだったのは、行列が添字の組を変数とする関数だからです。

例 3.5公理を破る二つの例

(a) 第一象限は空間にならない。 W={(x,y)R2x0, y0}W = \{(x,y) \in \mathbb{R}^2 \mid x \ge 0,\ y \ge 0\} は和については閉じています。しかし (1,1)W(1,1) \in W に対し (1)(1,1)=(1,1)W(-1)(1,1) = (-1,-1) \notin W なので、スカラー倍が WW への写像になっていません。加法逆元も存在しないので (V4) も破れます。「向きが自由に反転できること」は公理の要求です。

(b) (V8) は他の 7 条件から導けない。 V=R2V = \mathbb{R}^2 に、加法は通常どおり、スカラー倍だけを

a(x,y):=(ax,0)a \odot (x, y) := (ax, 0)

と定めます。加法は普通なので (V1) から (V4) は成り立ちます。残りも確かめます。

a((x1,y1)+(x2,y2))=(a(x1+x2),0)=(ax1,0)+(ax2,0)=a(x1,y1)+a(x2,y2),(a+b)(x,y)=((a+b)x,0)=(ax,0)+(bx,0)=a(x,y)+b(x,y),(ab)(x,y)=(abx,0),a(b(x,y))=a(bx,0)=(abx,0).\begin{aligned} a \odot ((x_1,y_1) + (x_2,y_2)) &= (a(x_1+x_2),\, 0) = (ax_1, 0) + (ax_2, 0) = a \odot (x_1,y_1) + a \odot (x_2,y_2), \\ (a+b) \odot (x,y) &= ((a+b)x,\, 0) = (ax, 0) + (bx, 0) = a \odot (x,y) + b \odot (x,y), \\ (ab) \odot (x,y) &= (abx,\, 0), \qquad a \odot (b \odot (x,y)) = a \odot (bx, 0) = (abx, 0). \end{aligned}

よって (V5)、(V6)、(V7) は成り立ちます。ところが 1(0,1)=(0,0)(0,1)1 \odot (0,1) = (0,0) \ne (0,1) なので (V8) だけが破れています。この VV では 命題 3.2 の (5) も破れます。実際 (1)(0,1)=(0,0)(-1) \odot (0,1) = (0,0) ですが、(0,1)(0,1) の加法逆元は (0,1)(0,-1) です。(V8) を落とすと「スカラー倍と加法逆元の整合性」が失われます。

新しい空間を作るとき、毎回 8 条件を確かめるのは面倒です。幸い、すでにベクトル空間だと分かっている空間の内部を調べる場合は、確認すべきことがぐっと減ります。

定義 4.1部分空間

VVKK 上のベクトル空間とする。部分集合 WVW \subseteq V が、VV の加法とスカラー倍をそのまま制限して KK 上のベクトル空間になるとき、WWVV部分空間という。

命題 4.2部分空間の判定条件

VVKK 上のベクトル空間、WVW \subseteq V とする。WWVV の部分空間であるための必要十分条件は、次の 3 条件がすべて成り立つことである。

  1. 0W\boldsymbol{0} \in W(とくに WW \ne \emptyset)。
  2. 任意の u,vW\boldsymbol{u}, \boldsymbol{v} \in W に対し u+vW\boldsymbol{u} + \boldsymbol{v} \in W
  3. 任意の aKa \in KvW\boldsymbol{v} \in W に対し avWa\boldsymbol{v} \in W
証明(命題 4.2)

必要性。 WW が部分空間ならば、加法とスカラー倍が WW の中で定義されている以上、条件 2 と 3 は成り立ちます。また WW は空でなく(零ベクトルをもつので)、vW\boldsymbol{v} \in W を一つ取ると条件 3 より 0vW0\boldsymbol{v} \in W で、命題 3.2 の (3) からこれは VV の零ベクトル 0\boldsymbol{0} に等しいので、条件 1 が成り立ちます。ここで、WW 自身の零ベクトルが VV の零ベクトルと一致することも同時に分かりました。

十分性。 条件 2 と 3 は、加法とスカラー倍が W×WWW \times W \to W および K×WWK \times W \to W の写像を定めることを意味します。(V1)、(V2)、(V5)、(V6)、(V7)、(V8) は VV のすべての元について成り立つ等式なので、WW の元についても当然成り立ちます。(V3) は条件 1 から従います。(V4) については、vW\boldsymbol{v} \in W に対し条件 3 で a=1a = -1 とすると (1)vW(-1)\boldsymbol{v} \in W であり、命題 3.2 の (5) よりこれは v-\boldsymbol{v} です。よって逆元も WW に属します。以上で WW は 8 条件を満たします。

たとえば R3\mathbb{R}^3 の中で、原点を通る直線 {t(1,2,3)tR}\{t(1,2,3) \mid t \in \mathbb{R}\} と原点を通る平面 {(x,y,z)x+y+z=0}\{(x,y,z) \mid x + y + z = 0\} はどちらも部分空間です。後者を確認しておくと、(0,0,0)(0,0,0)0+0+0=00+0+0=0 を満たし、x1+y1+z1=0x_1+y_1+z_1 = 0x2+y2+z2=0x_2+y_2+z_2=0 なら和の成分は (x1+x2)+(y1+y2)+(z1+z2)=0(x_1+x_2)+(y_1+y_2)+(z_1+z_2) = 0 を満たし、aa 倍しても ax+ay+az=a0=0ax+ay+az = a\cdot 0 = 0 です。同様に、多項式空間 PnP_n は関数空間の部分空間であり、連続関数全体は R[0,1]\mathbb{R}^{[0,1]} の部分空間です(和と定数倍で連続性が保たれるからです)。

次に、いくつかのベクトルから空間を作る操作を定義します。

定義 4.3線形結合と張る空間

VVKK 上のベクトル空間、v1,,vmV\boldsymbol{v}_1, \ldots, \boldsymbol{v}_m \in Va1,,amKa_1, \ldots, a_m \in K とする。

a1v1+a2v2++amvma_1 \boldsymbol{v}_1 + a_2 \boldsymbol{v}_2 + \cdots + a_m \boldsymbol{v}_m

の形の元を v1,,vm\boldsymbol{v}_1, \ldots, \boldsymbol{v}_m線形結合(一次結合)という。部分集合 SVS \subseteq V に対し、SS有限個の元の線形結合全体の集合を span(S)\operatorname{span}(S) と書き、SS張る空間という。S=S = \emptyset のときは span():={0}\operatorname{span}(\emptyset) := \{\boldsymbol{0}\} と約束する。

注意 4.4

span(S)\operatorname{span}(S)SS を含む最小の部分空間です。実際、span(S)\operatorname{span}(S) が部分空間であることは 命題 4.2 で確かめられます。0\boldsymbol{0} は空和(あるいは係数をすべて 00 にした線形結合)として含まれ、線形結合どうしの和はやはり線形結合であり、線形結合の aa 倍は各係数を aa 倍した線形結合です。また WWSS を含む部分空間ならば、WW は和とスカラー倍で閉じているので SS の元の線形結合をすべて含み、span(S)W\operatorname{span}(S) \subseteq W となります。無限集合 SS に対しても有限個の線形結合しか許さない点が重要です。無限個の和は極限の概念を必要とし、それは代数だけでは定義できません。

span\operatorname{span} を使えば空間はいくらでも作れますが、無駄が生じます。R2\mathbb{R}^2(1,0),(0,1),(1,1)(1,0), (0,1), (1,1) の 3 本でも張れますが、3 本目は最初の 2 本から作れるので余計です。この「余計さ」を測る概念が線形独立性です。

定義 5.1線形独立・生成系・基底

VVKK 上のベクトル空間とする。

  1. (v1,,vm)(\boldsymbol{v}_1, \ldots, \boldsymbol{v}_m)線形独立(一次独立)であるとは、a1,,amKa_1, \ldots, a_m \in K について
a1v1++amvm=0    a1=a2==am=0a_1\boldsymbol{v}_1 + \cdots + a_m\boldsymbol{v}_m = \boldsymbol{0} \implies a_1 = a_2 = \cdots = a_m = 0

が成り立つことをいう。線形独立でないとき線形従属という。すなわち、すべてが 00 ではない係数 a1,,ama_1,\ldots,a_miaivi=0\sum_i a_i \boldsymbol{v}_i = \boldsymbol{0} となるものが存在するときである。無限集合 SVS \subseteq V については、その任意の有限個の相異なる元の組が線形独立であるとき SS は線形独立であるという。

  1. span(S)=V\operatorname{span}(S) = V となるとき、SSVV生成するといい、SSVV生成系という。

  2. 線形独立な生成系を VV基底という。有限個の場合は順序を込めて (v1,,vn)(\boldsymbol{v}_1, \ldots, \boldsymbol{v}_n) と組で書く。

定義の読み方を補足します。iaivi=0\sum_i a_i \boldsymbol{v}_i = \boldsymbol{0} は係数をすべて 00 にすれば必ず成り立ちます(命題 3.2 の (3))。これを自明な関係式といいます。線形独立とは「自明な関係式しかない」ことです。

幾何的には、線形従属は「どれか 1 本が残りの張る空間に入っている」ことと同じです。実際、iaivi=0\sum_i a_i \boldsymbol{v}_i = \boldsymbol{0}ak0a_k \ne 0 なら、両辺に ak1a_k^{-1} を掛けて移項することで

vk=ak1ikaivi\boldsymbol{v}_k = -a_k^{-1} \sum_{i \ne k} a_i \boldsymbol{v}_i

となり、vk\boldsymbol{v}_k は他の線形結合です。逆も同様に確かめられます。R2\mathbb{R}^2(1,0),(0,1),(1,1)(1,0), (0,1), (1,1)1(1,0)+1(0,1)+(1)(1,1)=(0,0)1\cdot(1,0) + 1\cdot(0,1) + (-1)\cdot(1,1) = (0,0) という非自明な関係式をもつので線形従属です。

命題 5.2基底による表示の一意性

VVKK 上のベクトル空間、v1,,vnV\boldsymbol{v}_1, \ldots, \boldsymbol{v}_n \in V とする。(v1,,vn)(\boldsymbol{v}_1, \ldots, \boldsymbol{v}_n)VV の基底であるための必要十分条件は、任意の xV\boldsymbol{x} \in V に対して

x=x1v1++xnvn\boldsymbol{x} = x_1\boldsymbol{v}_1 + \cdots + x_n\boldsymbol{v}_n

となるスカラーの組 (x1,,xn)Kn(x_1, \ldots, x_n) \in K^n がただ一つ存在することである。

証明(命題 5.2)

必要性。 (v1,,vn)(\boldsymbol{v}_1,\ldots,\boldsymbol{v}_n) を基底とします。生成系なので、任意の x\boldsymbol{x} は少なくとも一つの表示 x=ixivi\boldsymbol{x} = \sum_i x_i \boldsymbol{v}_i をもちます。もう一つの表示 x=ixivi\boldsymbol{x} = \sum_i x_i' \boldsymbol{v}_i があったとすると、辺々引いて

0=i=1n(xixi)vi\boldsymbol{0} = \sum_{i=1}^{n} (x_i - x_i')\boldsymbol{v}_i

となります。線形独立性より、すべての iixixi=0x_i - x_i' = 0、すなわち xi=xix_i = x_i' です。よって表示は一意です。

十分性。 任意の x\boldsymbol{x} が表示をもつので生成系です。線形独立性を見るために iaivi=0\sum_i a_i \boldsymbol{v}_i = \boldsymbol{0} とします。x=0\boldsymbol{x} = \boldsymbol{0} に対する表示は、係数をすべて 00 にしたものが一つあり、仮定よりそれがただ一つです。したがって ai=0a_i = 0 がすべての ii で成り立ちます。

この一意な組 (x1,,xn)(x_1, \ldots, x_n) を、基底 B=(v1,,vn)B = (\boldsymbol{v}_1,\ldots,\boldsymbol{v}_n) に関する x\boldsymbol{x}座標と呼び、[x]B[\boldsymbol{x}]_B と書きます。基底を選ぶことは座標系を入れることと同じであり、これによって抽象的なベクトルが KnK^n の数の組として計算可能になります。後で見るように、行列とはこの座標を使って線形写像を書き下したものです。

例 5.3多項式空間 PnP_n とその標準基底

Pn:={a0+a1x++anxnaiR}P_n := \{a_0 + a_1x + \cdots + a_nx^n \mid a_i \in \mathbb{R}\} を、nn 次以下の実係数多項式が定める関数の集合とします(00 多項式も含みます)。

まず部分空間であること。 PnP_n は関数空間 RR\mathbb{R}^{\mathbb{R}}例 3.4)の部分集合です。零関数は aia_i をすべて 00 にしたものとして PnP_n に属し、nn 次以下の多項式どうしの和は係数ごとの和なので再び nn 次以下、定数倍も同様です。よって 命題 4.2 により PnP_n はベクトル空間です。

次に (1,x,x2,,xn)(1, x, x^2, \ldots, x^n) が基底であること。 生成系であることは PnP_n の定義そのものです。線形独立性を示します。a0+a1x++anxn=0a_0 + a_1x + \cdots + a_nx^n = 0 がすべての実数 xx で成り立つとします。x=0x = 0 を代入すると a0=0a_0 = 0 です。残った等式 a1x++anxn=0a_1x + \cdots + a_nx^n = 0 の両辺を xx で微分すると a1+2a2x++nanxn1=0a_1 + 2a_2x + \cdots + na_nx^{n-1} = 0 がすべての xx で成り立ち、x=0x = 0 を代入して a1=0a_1 = 0 を得ます。同じ操作を繰り返すと、kk 回微分して x=0x = 0 を代入するたびに k!ak=0k!\,a_k = 0、すなわち ak=0a_k = 0 が順に得られます。よってすべての係数が 00 であり、線形独立です。

したがって PnP_n の基底は n+1n+1 個の元をもちます。多項式 32x+x33 - 2x + x^3 の基底 (1,x,x2,x3)(1,x,x^2,x^3) に関する座標は (3,2,0,1)(3, -2, 0, 1) です。

5.3. 取り替え補題と次元の一意性

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R2\mathbb{R}^2 の基底は ((1,0),(0,1))((1,0),(0,1)) のほかに ((1,1),(1,1))((1,1),(1,-1)) もあり、無数に存在します。しかしどの基底も 2 本です。これは偶然ではなく、次の補題から従います。線形代数のこの段階で最も重要な補題です。

補題 5.4取り替え補題

VVKK 上のベクトル空間とする。u1,,umV\boldsymbol{u}_1, \ldots, \boldsymbol{u}_m \in V が線形独立であり、かつ

u1,,umspan(w1,,wn)\boldsymbol{u}_1, \ldots, \boldsymbol{u}_m \in \operatorname{span}(\boldsymbol{w}_1, \ldots, \boldsymbol{w}_n)

を満たすならば、mnm \le n である。すなわち、線形独立な組の個数は、生成系の個数を超えない

証明(補題 5.4)

W:=span(w1,,wn)W := \operatorname{span}(\boldsymbol{w}_1, \ldots, \boldsymbol{w}_n) とおきます。次の主張を rr についての帰納法で示します。

主張。 0rm0 \le r \le m なる各 rr に対し、w1,,wn\boldsymbol{w}_1, \ldots, \boldsymbol{w}_n の番号を付け替えれば rnr \le n であり、かつ

Wspan(u1,,ur,wr+1,,wn)W \subseteq \operatorname{span}(\boldsymbol{u}_1, \ldots, \boldsymbol{u}_r, \boldsymbol{w}_{r+1}, \ldots, \boldsymbol{w}_n)

が成り立つ。

r=0r = 0 のときは右辺が WW そのものなので明らかに成り立ちます。

r<mr < m で主張が成り立つとして、r+1r+1 の場合を示します。仮定より ur+1Wspan(u1,,ur,wr+1,,wn)\boldsymbol{u}_{r+1} \in W \subseteq \operatorname{span}(\boldsymbol{u}_1, \ldots, \boldsymbol{u}_r, \boldsymbol{w}_{r+1}, \ldots, \boldsymbol{w}_n) なので、スカラー a1,,ar,br+1,,bna_1,\ldots,a_r, b_{r+1},\ldots,b_n を用いて

ur+1=i=1raiui+j=r+1nbjwj\boldsymbol{u}_{r+1} = \sum_{i=1}^{r} a_i \boldsymbol{u}_i + \sum_{j=r+1}^{n} b_j \boldsymbol{w}_j

と書けます。ここで bjb_j がすべて 00 だとすると(r=nr = nw\boldsymbol{w} が残っていない場合も含みます)、

1ur+1i=1raiui=01 \cdot \boldsymbol{u}_{r+1} - \sum_{i=1}^{r} a_i \boldsymbol{u}_i = \boldsymbol{0}

となり、ur+1\boldsymbol{u}_{r+1} の係数が 101 \ne 0 なのでこれは非自明な関係式です。r+1mr + 1 \le m なので、これは u1,,um\boldsymbol{u}_1, \ldots, \boldsymbol{u}_m の線形独立性に反します。よってある jjbj0b_j \ne 0 であり、とくに w\boldsymbol{w} が少なくとも 1 本残っている、すなわち r+1nr + 1 \le n です。番号を付け替えて br+10b_{r+1} \ne 0 としてよいので、上式を wr+1\boldsymbol{w}_{r+1} について解くと

wr+1=br+11(ur+1i=1raiuij=r+2nbjwj)\boldsymbol{w}_{r+1} = b_{r+1}^{-1}\left( \boldsymbol{u}_{r+1} - \sum_{i=1}^{r} a_i \boldsymbol{u}_i - \sum_{j=r+2}^{n} b_j \boldsymbol{w}_j \right)

を得ます。右辺は u1,,ur+1,wr+2,,wn\boldsymbol{u}_1, \ldots, \boldsymbol{u}_{r+1}, \boldsymbol{w}_{r+2}, \ldots, \boldsymbol{w}_n の線形結合なので、wr+1span(u1,,ur+1,wr+2,,wn)\boldsymbol{w}_{r+1} \in \operatorname{span}(\boldsymbol{u}_1, \ldots, \boldsymbol{u}_{r+1}, \boldsymbol{w}_{r+2}, \ldots, \boldsymbol{w}_n) です。したがって

span(u1,,ur,wr+1,,wn)span(u1,,ur+1,wr+2,,wn)\operatorname{span}(\boldsymbol{u}_1, \ldots, \boldsymbol{u}_r, \boldsymbol{w}_{r+1}, \ldots, \boldsymbol{w}_n) \subseteq \operatorname{span}(\boldsymbol{u}_1, \ldots, \boldsymbol{u}_{r+1}, \boldsymbol{w}_{r+2}, \ldots, \boldsymbol{w}_n)

となり(生成元がすべて右辺に属し、右辺は部分空間だからです。注意 4.4 を使いました)、帰納法の仮定と合わせて主張が r+1r+1 でも成り立ちます。

r=mr = m まで進めると、その過程で mnm \le n が示されています。

「取り替え」という名は、証明の中で wr+1\boldsymbol{w}_{r+1} を捨てて ur+1\boldsymbol{u}_{r+1} を 1 本ずつ入れていく操作から来ています。生成系の側は nn 本しかないので、取り替えは nn 回でネタ切れになります。

定理 5.5次元の一意性

VVKK 上のベクトル空間とし、VVmm 個の元からなる基底と nn 個の元からなる基底をともにもつとする(m,nm, n は有限)。このとき m=nm = n である。

証明(定理 5.5)

二つの基底を (u1,,um)(\boldsymbol{u}_1, \ldots, \boldsymbol{u}_m)(w1,,wn)(\boldsymbol{w}_1, \ldots, \boldsymbol{w}_n) とします。

前者は線形独立で、後者は生成系なので uiV=span(w1,,wn)\boldsymbol{u}_i \in V = \operatorname{span}(\boldsymbol{w}_1,\ldots,\boldsymbol{w}_n) です。補題 5.4 より mnm \le n を得ます。

役割を入れ替えます。後者は線形独立で、前者は生成系なので wjV=span(u1,,um)\boldsymbol{w}_j \in V = \operatorname{span}(\boldsymbol{u}_1,\ldots,\boldsymbol{u}_m) です。再び 補題 5.4 より nmn \le m です。

したがって m=nm = n です。

定義 5.6次元

ベクトル空間 VV が有限個の元からなる基底をもつとき、VV有限次元であるといい、その基底の元の個数を VV次元と呼んで dimV\dim V(係数体を明示するときは dimKV\dim_K V)と書く。定理 5.5 により、この値は基底の取り方によらない。有限個の基底をもたないとき VV無限次元であるという。V={0}V = \{\boldsymbol{0}\} の場合は空集合を基底とみなし、dim{0}=0\dim \{\boldsymbol{0}\} = 0 と定める。

いくつか値を確かめます。

dimKn=n\dim K^n = n です。実際、ei\boldsymbol{e}_i を第 ii 成分だけ 11 で他が 00 のベクトルとすると、任意の x=(x1,,xn)\boldsymbol{x} = (x_1,\ldots,x_n)x=ixiei\boldsymbol{x} = \sum_i x_i \boldsymbol{e}_i と書けるので生成系であり、iaiei=(a1,,an)=0\sum_i a_i\boldsymbol{e}_i = (a_1, \ldots, a_n) = \boldsymbol{0} からただちに ai=0a_i = 0 がすべての ii で従うので線形独立です。この (e1,,en)(\boldsymbol{e}_1,\ldots,\boldsymbol{e}_n)標準基底と呼びます。

例 5.3 より dimPn=n+1\dim P_n = n + 1 です。また Mm,n(K)M_{m,n}(K) は、(i,j)(i,j) 成分だけが 11 の行列 EijE_{ij} 全体を基底にもつので dimMm,n(K)=mn\dim M_{m,n}(K) = mn です。

一方、多項式全体 K[x]K[x] は無限次元です。もし NN 個の多項式で生成されるなら、線形独立な N+1N+1 個の元 1,x,,xN1, x, \ldots, x^{N} がその NN 個の張る空間に属することになり、補題 5.4 から N+1NN + 1 \le N となって矛盾します。より直接には、任意の nn に対して線形独立な n+1n+1 個の元 1,x,,xn1, x, \ldots, x^n が存在するので、有限個の基底はありえません。

次元定理の証明で使う道具をここでまとめて用意します。どれも取り替え補題の系です。

命題 5.7有限次元空間の基本性質

VVdimV=n\dim V = n の有限次元ベクトル空間とする。

  1. VVn+1n+1 個以上のベクトルの組は必ず線形従属である。
  2. VV の線形独立な組 (u1,,uk)(\boldsymbol{u}_1, \ldots, \boldsymbol{u}_k) は、適当なベクトルを付け加えて VV の基底に延長できる。
  3. VV の部分空間 UU は有限次元で dimUn\dim U \le n であり、dimU=n\dim U = n となるのは U=VU = V のときに限る。
証明(命題 5.7)

VV の基底を (w1,,wn)(\boldsymbol{w}_1, \ldots, \boldsymbol{w}_n) とします。

(1) 線形独立な組 (u1,,um)(\boldsymbol{u}_1,\ldots,\boldsymbol{u}_m) があれば、基底は生成系なので各 ui\boldsymbol{u}_iw1,,wn\boldsymbol{w}_1,\ldots,\boldsymbol{w}_n の線形結合であり、補題 5.4 から mnm \le n です。対偶を取れば、mn+1m \ge n+1 の組は線形従属です。

(2) 先に補助的な事実を確かめます。(u1,,uk)(\boldsymbol{u}_1,\ldots,\boldsymbol{u}_k) が線形独立で vspan(u1,,uk)\boldsymbol{v} \notin \operatorname{span}(\boldsymbol{u}_1,\ldots,\boldsymbol{u}_k) ならば、(u1,,uk,v)(\boldsymbol{u}_1,\ldots,\boldsymbol{u}_k,\boldsymbol{v}) も線形独立です。実際 iaiui+bv=0\sum_i a_i\boldsymbol{u}_i + b\boldsymbol{v} = \boldsymbol{0} とすると、b0b \ne 0 なら v=b1iaiuispan(u1,,uk)\boldsymbol{v} = -b^{-1}\sum_i a_i \boldsymbol{u}_i \in \operatorname{span}(\boldsymbol{u}_1,\ldots,\boldsymbol{u}_k) となって仮定に反するので b=0b = 0 であり、残る iaiui=0\sum_i a_i \boldsymbol{u}_i = \boldsymbol{0} から (ui)(\boldsymbol{u}_i) の線形独立性により aia_i もすべて 00 です。

さて、(u1,,uk)(\boldsymbol{u}_1,\ldots,\boldsymbol{u}_k) を含む線形独立な組のうち、元の個数が最大のものを取ります。(1) により個数は nn 以下に抑えられているので、最大のものが存在します。それを (u1,,uk,z1,,zs)(\boldsymbol{u}_1,\ldots,\boldsymbol{u}_k,\boldsymbol{z}_1,\ldots,\boldsymbol{z}_s) とします。もしこの組が VV を生成しなければ、vV\boldsymbol{v} \in V でその張る空間に属さないものが取れ、上の補助的事実からさらに 1 本長い線形独立な組ができて最大性に反します。よってこの組は生成系であり、線形独立でもあるので基底です。

(3) UU の中の線形独立な組は VV の中の線形独立な組でもあるので、(1) より元の個数は nn 以下です。そこで UU に含まれる線形独立な組のうち個数最大のものを (u1,,uk)(\boldsymbol{u}_1,\ldots,\boldsymbol{u}_k)knk \le n)とします。任意の uU\boldsymbol{u} \in U に対し (u1,,uk,u)(\boldsymbol{u}_1,\ldots,\boldsymbol{u}_k,\boldsymbol{u}) は最大性より線形従属なので、(2) の補助的事実の対偶から uspan(u1,,uk)\boldsymbol{u} \in \operatorname{span}(\boldsymbol{u}_1,\ldots,\boldsymbol{u}_k) です。よってこの組は UU の基底であり、dimU=kn\dim U = k \le n が成り立ちます。

dimU=n\dim U = n とします。UU の基底は VV の中の線形独立な nn 個の組なので、(2) により VV の基底に延長できます。延長後の組の個数は 定理 5.5 により nn でなければならないので、実際には 1 本も付け加わっていません。つまり UU の基底がそのまま VV の基底であり、U=span(その基底)=VU = \operatorname{span}(\text{その基底}) = V となります。逆に U=VU = V なら dimU=n\dim U = n は明らかです。

空間そのものを定義したら、次は空間どうしを結ぶ写像です。ベクトル空間の構造は和とスカラー倍だけなので、「構造を保つ写像」も自動的に決まります。

定義 6.1線形写像

V,WV, W を同じ体 KK 上のベクトル空間とする。写像 f:VWf : V \to W が次の 2 条件を満たすとき、ff線形写像という。

  • 加法性: 任意の u,vV\boldsymbol{u}, \boldsymbol{v} \in V に対し f(u+v)=f(u)+f(v)f(\boldsymbol{u} + \boldsymbol{v}) = f(\boldsymbol{u}) + f(\boldsymbol{v})
  • 斉次性: 任意の aKa \in KvV\boldsymbol{v} \in V に対し f(av)=af(v)f(a\boldsymbol{v}) = a f(\boldsymbol{v})

とくに V=WV = W のとき ffVV 上の線形変換(一次変換)という。

2 条件は、次の 1 条件にまとめられます。任意の a,bKa, b \in Ku,vV\boldsymbol{u}, \boldsymbol{v} \in V に対し

f(au+bv)=af(u)+bf(v).f(a\boldsymbol{u} + b\boldsymbol{v}) = a f(\boldsymbol{u}) + b f(\boldsymbol{v}).

実際、加法性と斉次性からこの式が出ることは f(au+bv)=f(au)+f(bv)=af(u)+bf(v)f(a\boldsymbol{u}+b\boldsymbol{v}) = f(a\boldsymbol{u}) + f(b\boldsymbol{v}) = af(\boldsymbol{u}) + bf(\boldsymbol{v}) と計算すれば分かります。逆に、この式で a=b=1a = b = 1 とすれば加法性、b=0b = 0 とすれば f(au)=af(u)+0f(v)=af(u)f(a\boldsymbol{u}) = af(\boldsymbol{u}) + 0\cdot f(\boldsymbol{v}) = af(\boldsymbol{u}) となって斉次性が出ます(命題 3.2 の (3) を使いました)。帰納法によって、有限個の線形結合についても f(iaivi)=iaif(vi)f(\sum_i a_i \boldsymbol{v}_i) = \sum_i a_i f(\boldsymbol{v}_i) が成り立ちます。

線形写像は必ず f(0)=0f(\boldsymbol{0}) = \boldsymbol{0} を満たします。f(0)=f(00)=0f(0)=0f(\boldsymbol{0}) = f(0 \cdot \boldsymbol{0}) = 0 \cdot f(\boldsymbol{0}) = \boldsymbol{0} とすればよく、ここでも 命題 3.2 の (3) を使っています。この一言は反例の判定にすぐ使えます。

例 6.2平面の線形変換とそうでない写像

R2\mathbb{R}^2 上の写像をいくつか調べます。

(a) 原点まわりの回転 Rθ(x,y)=(xcosθysinθ, xsinθ+ycosθ)R_\theta(x, y) = (x\cos\theta - y\sin\theta,\ x\sin\theta + y\cos\theta)。線形性を確かめます。

Rθ(a(x1,y1)+b(x2,y2))=Rθ(ax1+bx2, ay1+by2)=((ax1+bx2)cosθ(ay1+by2)sinθ, (ax1+bx2)sinθ+(ay1+by2)cosθ)=a(x1cosθy1sinθ, x1sinθ+y1cosθ)+b(x2cosθy2sinθ, x2sinθ+y2cosθ)=aRθ(x1,y1)+bRθ(x2,y2).\begin{aligned} R_\theta\bigl(a(x_1,y_1) + b(x_2,y_2)\bigr) &= R_\theta(ax_1 + bx_2,\ ay_1 + by_2) \\ &= \bigl((ax_1+bx_2)\cos\theta - (ay_1+by_2)\sin\theta,\ (ax_1+bx_2)\sin\theta + (ay_1+by_2)\cos\theta\bigr) \\ &= a\bigl(x_1\cos\theta - y_1\sin\theta,\ x_1\sin\theta + y_1\cos\theta\bigr) + b\bigl(x_2\cos\theta - y_2\sin\theta,\ x_2\sin\theta + y_2\cos\theta\bigr) \\ &= a R_\theta(x_1,y_1) + b R_\theta(x_2,y_2). \end{aligned}

効いているのは、各成分が x,yx, y について 1 次の同次式であることだけです。

(b) xx 軸への射影 P(x,y)=(x,0)P(x,y) = (x, 0)P(a(x1,y1)+b(x2,y2))=(ax1+bx2,0)=a(x1,0)+b(x2,0)P(a(x_1,y_1)+b(x_2,y_2)) = (ax_1+bx_2, 0) = a(x_1,0) + b(x_2,0) なので線形です。この写像は yy 方向の情報を捨てます。

(c) 軸方向の拡大縮小 S(x,y)=(c1x,c2y)S(x,y) = (c_1 x, c_2 y)(d) せん断 T(x,y)=(x+ky,y)T(x,y) = (x + ky, y)。どちらも成分が 1 次同次式なので (a) と同じ計算で線形です。

標準基底に関する行列表示を並べます。f(x,y)f(x,y) の値を縦ベクトルとみて A(xy)A\begin{pmatrix} x \\ y\end{pmatrix} と書いたときの AA です。

変換行列
回転(xcosθysinθ, xsinθ+ycosθ)(x\cos\theta - y\sin\theta,\ x\sin\theta+y\cos\theta)(cosθsinθsinθcosθ)\begin{pmatrix}\cos\theta & -\sin\theta \\ \sin\theta & \cos\theta\end{pmatrix}{0}\{\boldsymbol{0}\}R2\mathbb{R}^2
xx 軸への射影(x,0)(x, 0)(1000)\begin{pmatrix}1 & 0 \\ 0 & 0\end{pmatrix}yyxx
拡大縮小(c1x,c2y)(c_1x, c_2y)(c100c2)\begin{pmatrix}c_1 & 0 \\ 0 & c_2\end{pmatrix}c1c20c_1c_2 \ne 0 なら {0}\{\boldsymbol{0}\}c1c20c_1c_2 \ne 0 なら R2\mathbb{R}^2
せん断(x+ky, y)(x + ky,\ y)(1k01)\begin{pmatrix}1 & k \\ 0 & 1\end{pmatrix}{0}\{\boldsymbol{0}\}R2\mathbb{R}^2

線形でない例。 平行移動 Tb(x,y)=(x+1,y)T_{\boldsymbol{b}}(x,y) = (x+1, y)Tb(0)=(1,0)0T_{\boldsymbol{b}}(\boldsymbol{0}) = (1,0) \ne \boldsymbol{0} なので線形ではありません。線形写像に定ベクトルを足した写像はアフィン写像と呼ばれ、線形写像とは区別します。また g(x,y)=(x2,y)g(x,y) = (x^2, y) も、g(2,0)=(4,0)g(2,0) = (4,0) でありながら 2g(1,0)=(2,0)2g(1,0) = (2,0) なので斉次性を破り、線形ではありません。

注意 6.3

(v1,,vn)(\boldsymbol{v}_1, \ldots, \boldsymbol{v}_n)VV の基底とすると、線形写像 f:VWf : V \to Wf(v1),,f(vn)f(\boldsymbol{v}_1), \ldots, f(\boldsymbol{v}_n) だけで完全に決まります。実際、任意の xV\boldsymbol{x} \in V命題 5.2 により x=ixivi\boldsymbol{x} = \sum_i x_i \boldsymbol{v}_i と一意に書けるので、線形性から f(x)=ixif(vi)f(\boldsymbol{x}) = \sum_i x_i f(\boldsymbol{v}_i) が決まってしまいます。

逆に、w1,,wnW\boldsymbol{w}_1, \ldots, \boldsymbol{w}_n \in W を勝手に選んだとき、f(x):=ixiwif(\boldsymbol{x}) := \sum_i x_i \boldsymbol{w}_i(ここで (xi)(x_i)x\boldsymbol{x} の座標)と定めると ff は線形写像になり、f(vi)=wif(\boldsymbol{v}_i) = \boldsymbol{w}_i を満たします。座標が一意なのでこの定義に曖昧さはなく、座標が x+y\boldsymbol{x} + \boldsymbol{y}axa\boldsymbol{x} に対して成分ごとの和・定数倍になることから線形性も従います。この事実を座標写像の同型性として述べ直したものが 座標同型と、基底による線形写像の決定(命題 2.1)[行列と連立一次方程式] です。

つまり、線形写像を作ることと、基底の行き先を nn 個指定することは同じです。WW にも基底を取って各 f(vj)f(\boldsymbol{v}_j) を座標で表し、それを列に並べたものが行列です。行列は線形写像そのものではなく、基底を固定したときの表現だと理解してください。基底を変えれば同じ写像が別の行列になります。この対応関係と計算法は 行列と連立一次方程式線形写像と行列の対応(定理 3.2)[行列と連立一次方程式] で、基底をうまく選んで行列を最も簡単な形にする問題は 固有値と固有ベクトル対角化とジョルダン標準形 で扱います。

線形写像を調べるとき、真っ先に見るべき二つの部分空間があります。「何がつぶれるか」と「どこまで届くか」です。

定義 7.1核と像

f:VWf : V \to WKK 上のベクトル空間の間の線形写像とする。

Kerf:={vVf(v)=0},Imf:={f(v)vV}\operatorname{Ker} f := \{\boldsymbol{v} \in V \mid f(\boldsymbol{v}) = \boldsymbol{0}\}, \qquad \operatorname{Im} f := \{f(\boldsymbol{v}) \mid \boldsymbol{v} \in V\}

をそれぞれ ff(kernel)、(image)という。Imf\operatorname{Im} f が有限次元のとき、rankf:=dimImf\operatorname{rank} f := \dim \operatorname{Im} fff階数という。

命題 7.2核と像の基本性質

f:VWf : V \to W を線形写像とする。

  1. Kerf\operatorname{Ker} fVV の部分空間であり、Imf\operatorname{Im} fWW の部分空間である。
  2. ff が単射であるための必要十分条件は Kerf={0}\operatorname{Ker} f = \{\boldsymbol{0}\} である。
証明(命題 7.2)

(1) 命題 4.2 の 3 条件を確かめます。核について、f(0)=0f(\boldsymbol{0}) = \boldsymbol{0} なので 0Kerf\boldsymbol{0} \in \operatorname{Ker} f です。u,vKerf\boldsymbol{u}, \boldsymbol{v} \in \operatorname{Ker} f なら f(u+v)=f(u)+f(v)=0+0=0f(\boldsymbol{u}+\boldsymbol{v}) = f(\boldsymbol{u}) + f(\boldsymbol{v}) = \boldsymbol{0} + \boldsymbol{0} = \boldsymbol{0}aKa \in K なら f(av)=af(v)=a0=0f(a\boldsymbol{v}) = af(\boldsymbol{v}) = a\boldsymbol{0} = \boldsymbol{0} です(最後は 命題 3.2 の (4))。

像について、0=f(0)Imf\boldsymbol{0} = f(\boldsymbol{0}) \in \operatorname{Im} f です。y1=f(x1)\boldsymbol{y}_1 = f(\boldsymbol{x}_1)y2=f(x2)\boldsymbol{y}_2 = f(\boldsymbol{x}_2) なら y1+y2=f(x1+x2)Imf\boldsymbol{y}_1 + \boldsymbol{y}_2 = f(\boldsymbol{x}_1 + \boldsymbol{x}_2) \in \operatorname{Im} fay1=f(ax1)Imfa\boldsymbol{y}_1 = f(a\boldsymbol{x}_1) \in \operatorname{Im} f です。

(2) ff が単射とします。vKerf\boldsymbol{v} \in \operatorname{Ker} f なら f(v)=0=f(0)f(\boldsymbol{v}) = \boldsymbol{0} = f(\boldsymbol{0}) なので、単射性から v=0\boldsymbol{v} = \boldsymbol{0} です。よって Kerf={0}\operatorname{Ker} f = \{\boldsymbol{0}\} です。

逆に Kerf={0}\operatorname{Ker} f = \{\boldsymbol{0}\} とします。f(u)=f(v)f(\boldsymbol{u}) = f(\boldsymbol{v}) ならば、線形性より f(uv)=f(u)f(v)=0f(\boldsymbol{u} - \boldsymbol{v}) = f(\boldsymbol{u}) - f(\boldsymbol{v}) = \boldsymbol{0} なので uvKerf={0}\boldsymbol{u} - \boldsymbol{v} \in \operatorname{Ker} f = \{\boldsymbol{0}\}、すなわち u=v\boldsymbol{u} = \boldsymbol{v} です。

(2) は使い出のある言い換えです。一般の写像の単射性は「任意の 2 点について」調べる必要がありますが、線形写像なら原点に落ちる点だけを調べれば済みます。連立一次方程式でいえば、解の一意性を判定するのに右辺が 0\boldsymbol{0} の場合(斉次方程式)だけを見ればよい、ということです。

定理 7.3次元定理

V,WV, W を体 KK 上のベクトル空間、f:VWf : V \to W を線形写像とする。VV が有限次元ならば Kerf\operatorname{Ker} fImf\operatorname{Im} f はともに有限次元であり、

dimV=dimKerf+dimImf\dim V = \dim \operatorname{Ker} f + \dim \operatorname{Im} f

が成り立つ。

証明(定理 7.3)

n:=dimVn := \dim V とします。Kerf\operatorname{Ker} f命題 7.2 より VV の部分空間なので、命題 5.7 の (3) により有限次元です。そこで k:=dimKerfnk := \dim \operatorname{Ker} f \le n とおき、Kerf\operatorname{Ker} f の基底を (u1,,uk)(\boldsymbol{u}_1, \ldots, \boldsymbol{u}_k) とします(k=0k = 0 のときは空の組とします)。

これは VV の中の線形独立な組でもあるので、命題 5.7 の (2) により VV の基底に延長できます。延長後の基底を

(u1,,uk,z1,,zr)(\boldsymbol{u}_1, \ldots, \boldsymbol{u}_k, \boldsymbol{z}_1, \ldots, \boldsymbol{z}_r)

とします。定理 5.5 より k+r=nk + r = n です。

主張: (f(z1),,f(zr))(f(\boldsymbol{z}_1), \ldots, f(\boldsymbol{z}_r))Imf\operatorname{Im} f の基底である。

生成すること。 yImf\boldsymbol{y} \in \operatorname{Im} f を任意に取り、y=f(x)\boldsymbol{y} = f(\boldsymbol{x}) とします。x\boldsymbol{x} を上の基底で展開して x=i=1kaiui+j=1rbjzj\boldsymbol{x} = \sum_{i=1}^{k} a_i \boldsymbol{u}_i + \sum_{j=1}^{r} b_j \boldsymbol{z}_j と書くと、ff の線形性から

y=f(x)=i=1kaif(ui)+j=1rbjf(zj)=j=1rbjf(zj)\boldsymbol{y} = f(\boldsymbol{x}) = \sum_{i=1}^{k} a_i f(\boldsymbol{u}_i) + \sum_{j=1}^{r} b_j f(\boldsymbol{z}_j) = \sum_{j=1}^{r} b_j f(\boldsymbol{z}_j)

です。uiKerf\boldsymbol{u}_i \in \operatorname{Ker} f なので f(ui)=0f(\boldsymbol{u}_i) = \boldsymbol{0} となり、第 1 項が消えました。よって Imf=span(f(z1),,f(zr))\operatorname{Im} f = \operatorname{span}(f(\boldsymbol{z}_1), \ldots, f(\boldsymbol{z}_r)) です。とくに Imf\operatorname{Im} f は有限次元です。

線形独立であること。 j=1rcjf(zj)=0\sum_{j=1}^{r} c_j f(\boldsymbol{z}_j) = \boldsymbol{0} とします。線形性より f(jcjzj)=0f\left(\sum_j c_j \boldsymbol{z}_j\right) = \boldsymbol{0} なので jcjzjKerf\sum_j c_j \boldsymbol{z}_j \in \operatorname{Ker} f です。(ui)(\boldsymbol{u}_i) は核の基底なので、あるスカラー d1,,dkd_1, \ldots, d_k

j=1rcjzj=i=1kdiui,すなわちi=1kdiuij=1rcjzj=0\sum_{j=1}^{r} c_j \boldsymbol{z}_j = \sum_{i=1}^{k} d_i \boldsymbol{u}_i, \qquad \text{すなわち} \qquad \sum_{i=1}^{k} d_i \boldsymbol{u}_i - \sum_{j=1}^{r} c_j \boldsymbol{z}_j = \boldsymbol{0}

と書けます。右の式は VV の基底 (u1,,uk,z1,,zr)(\boldsymbol{u}_1,\ldots,\boldsymbol{u}_k,\boldsymbol{z}_1,\ldots,\boldsymbol{z}_r) についての関係式なので、その線形独立性からすべての係数が 00 です。とくに c1==cr=0c_1 = \cdots = c_r = 0 を得ます。

以上より dimImf=r=nk=dimVdimKerf\dim \operatorname{Im} f = r = n - k = \dim V - \dim \operatorname{Ker} f であり、移項して主張の等式を得ます。k=nk = nr=0r = 0)のときは Imf=span()={0}\operatorname{Im} f = \operatorname{span}(\emptyset) = \{\boldsymbol{0}\}dimImf=0\dim \operatorname{Im} f = 0 となり、等式は n=n+0n = n + 0 として成り立ちます。

証明の中身を絵にすると次のようになります。VV の基底を「核の基底」と「それ以外」に分け、後者が像の基底に 1 対 1 で移る、というのが要点です。

V (次元 n)残りの n-k 次元分Ker f(次元 k)WIm f(次元 n-k)01 対 1 に対応まとめて 0 へ
次元定理の見取り図。核はまとめて 0 につぶれ、残りの n-k 次元分がそっくり像になる

例 7.4微分作用素で次元定理を確かめる

D:P3P3D : P_3 \to P_3 を微分 D(p)=pD(p) = p' で定めます。例 5.3 より dimP3=4\dim P_3 = 4 です。

線形性。 p=i=03aixip = \sum_{i=0}^{3} a_i x^iq=i=03bixiq = \sum_{i=0}^{3} b_i x^i に対し ap+bqap + bq の係数は aai+bbia a_i + b b_i であり、

D(ap+bq)=i=13i(aai+bbi)xi1=ai=13iaixi1+bi=13ibixi1=aD(p)+bD(q)D(ap + bq) = \sum_{i=1}^{3} i(a a_i + b b_i)x^{i-1} = a\sum_{i=1}^{3} i a_i x^{i-1} + b \sum_{i=1}^{3} i b_i x^{i-1} = aD(p) + bD(q)

なので線形です。行き先が P3P_3 に収まることも、次数が 1 下がるので問題ありません。

核。 D(a0+a1x+a2x2+a3x3)=a1+2a2x+3a3x2=0D(a_0 + a_1x + a_2x^2 + a_3x^3) = a_1 + 2a_2x + 3a_3x^2 = 0 とします。例 5.3 で示した 1,x,x21, x, x^2 の線形独立性から a1=2a2=3a3=0a_1 = 2a_2 = 3a_3 = 0、すなわち a1=a2=a3=0a_1 = a_2 = a_3 = 0 です。よって KerD={a0a0R}\operatorname{Ker} D = \{a_0 \mid a_0 \in \mathbb{R}\} は定数多項式全体で、基底は (1)(1) ですから dimKerD=1\dim \operatorname{Ker} D = 1 です。

像。 DD の値は常に 2 次以下なので ImDP2\operatorname{Im} D \subseteq P_2 です。逆に b0+b1x+b2x2P2b_0 + b_1 x + b_2 x^2 \in P_2 を任意に取ると

D(b0x+b12x2+b23x3)=b0+b1x+b2x2D\left(b_0 x + \frac{b_1}{2}x^2 + \frac{b_2}{3}x^3\right) = b_0 + b_1 x + b_2 x^2

であり、括弧の中身は P3P_3 の元です。よって ImD=P2\operatorname{Im} D = P_2dimImD=3\dim \operatorname{Im} D = 3 です。

検算。 dimP3=4=1+3=dimKerD+dimImD\dim P_3 = 4 = 1 + 3 = \dim\operatorname{Ker} D + \dim\operatorname{Im} D となり、定理 7.3 のとおりです。微分は「定数の情報だけを捨てる」写像であり、捨てた 1 次元分だけ像が痩せています。

系 7.5有限次元での単射・全射・全単射の一致

V,WV, W を体 KK 上の有限次元ベクトル空間、f:VWf : V \to W を線形写像とし、dimV=dimW=n\dim V = \dim W = n とする。このとき次の 3 条件は同値である。

  1. ff は単射である。
  2. ff は全射である。
  3. ff は全単射である。
証明(系 7.5)

(1)(2)(1) \Leftrightarrow (2) を示せば、(3)(3) との同値は定義から従います。

ff が単射であることは 命題 7.2 より Kerf={0}\operatorname{Ker} f = \{\boldsymbol{0}\}、すなわち dimKerf=0\dim \operatorname{Ker} f = 0 と同値です。定理 7.3 により、これは dimImf=dimV=n\dim \operatorname{Im} f = \dim V = n と同値です。

一方 Imf\operatorname{Im} fWW の部分空間なので、命題 5.7 の (3) を WW に適用すると、dimImf=n=dimW\dim \operatorname{Im} f = n = \dim W であることと Imf=W\operatorname{Im} f = W であることが同値です。そして Imf=W\operatorname{Im} f = Wff が全射であることにほかなりません。

以上をつなぐと (1)(2)(1) \Leftrightarrow (2) が得られます。

この系は「有限次元では、情報を失わない写像は必ず行き先を埋め尽くす」と読めます。nn 個の未知数と nn 本の方程式からなる連立一次方程式について、「解がいつも高々 1 つ」と「解がいつも少なくとも 1 つ」が同値になる、という事実の正体がこれです。演習 8.4 で見るように、この主張は無限次元では成り立ちません。有限次元性は 命題 5.7 を通じて本質的に使われています。

注意 7.6

連立一次方程式 Ax=bA\boldsymbol{x} = \boldsymbol{b}AAm×nm \times n 行列)は、線形写像 fA:KnKmf_A : K^n \to K^m, fA(x)=Axf_A(\boldsymbol{x}) = A\boldsymbol{x} を使って fA(x)=bf_A(\boldsymbol{x}) = \boldsymbol{b} と書き直せます。すると、解が存在する条件は bImfA\boldsymbol{b} \in \operatorname{Im} f_A、解の自由度は dimKerfA\dim \operatorname{Ker} f_A であり、定理 7.3 から

dimKerfA=nrankfA\dim \operatorname{Ker} f_A = n - \operatorname{rank} f_A

となります。動機の節で挙げた「未知数の個数から独立な式の個数を引く」という経験則は、この等式の言い換えです。「独立な式の個数」の正体が rankfA\operatorname{rank} f_A で、それを 掃き出し法(定理 7.4)[行列と連立一次方程式] で計算する方法は 行列と連立一次方程式 で扱います。

7.3. データサイエンスでの読み方

Section titled “7.3. データサイエンスでの読み方”

pp 個の特徴量をもつデータは Rp\mathbb{R}^p のベクトルです。主成分分析(PCA)は、あらかじめ平均を引いて中心化したデータに対し、長さ 1 で互いに直交する方向 u1,,ukRp\boldsymbol{u}_1, \ldots, \boldsymbol{u}_k \in \mathbb{R}^p を選び、

f(x)=(u1,x,,uk,x)Rkf(\boldsymbol{x}) = \bigl(\langle \boldsymbol{u}_1, \boldsymbol{x}\rangle, \ldots, \langle \boldsymbol{u}_k, \boldsymbol{x}\rangle\bigr) \in \mathbb{R}^k

によって pp 次元を kk 次元へ圧縮します。内積は第 2 変数について線形なので ff は線形写像です。uj\boldsymbol{u}_j が正規直交なら f(uj)=ejf(\boldsymbol{u}_j) = \boldsymbol{e}_jRk\mathbb{R}^k の標準基底)となるので Imf=Rk\operatorname{Im} f = \mathbb{R}^k であり、rankf=k\operatorname{rank} f = k です。したがって 定理 7.3 から

dimKerf=pk\dim \operatorname{Ker} f = p - k

です。この pkp - k 次元が「圧縮で捨てられた情報」の正体です。方向 uj\boldsymbol{u}_j をどれほど賢く選んでも、次元の意味では必ず pkp-k 次元分が失われます。PCA が答えるのは「どの kk 次元を残せばデータの散らばりの損失が最小になるか」という最適化の問題で、その答えは共分散行列の固有ベクトルであり、これは レイリー商の最大・最小(定理 7.1)[スペクトル定理] が保証します。この点は 固有値と固有ベクトル内積空間とグラム・シュミット直交化スペクトル定理 へ続きます。

もう一つ実務的な例を挙げます。線形回帰で説明変数の 1 つが他の説明変数の線形結合になっていると(多重共線性)、データ行列の定める線形写像の核が {0}\{\boldsymbol{0}\} でなくなります。命題 7.2 の (2) により写像は単射でなくなり、同じ予測値を与える係数ベクトルが無数に存在してしまいます。「係数が不安定になる」という現象は、核が消えていないことの帰結です。

演習 8.1

R2\mathbb{R}^2 の次の部分集合について、部分空間であるかどうかを判定し、理由を述べてください。

  1. W1={(x,y)R22x3y=0}W_1 = \{(x,y) \in \mathbb{R}^2 \mid 2x - 3y = 0\}
  2. W2={(x,y)R2xy=0}W_2 = \{(x,y) \in \mathbb{R}^2 \mid xy = 0\}
解答

1. 部分空間です。 命題 4.2 の 3 条件を確かめます。2030=02\cdot 0 - 3\cdot 0 = 0 なので (0,0)W1(0,0) \in W_1 です。(x1,y1),(x2,y2)W1(x_1,y_1), (x_2,y_2) \in W_1 とすると

2(x1+x2)3(y1+y2)=(2x13y1)+(2x23y2)=0+0=02(x_1+x_2) - 3(y_1+y_2) = (2x_1 - 3y_1) + (2x_2 - 3y_2) = 0 + 0 = 0

なので和も W1W_1 に属します。aRa \in \mathbb{R} に対しては 2(ax1)3(ay1)=a(2x13y1)=a0=02(ax_1) - 3(ay_1) = a(2x_1 - 3y_1) = a \cdot 0 = 0 なのでスカラー倍も属します。なお W1=span((3,2))W_1 = \operatorname{span}((3,2)) であり、原点を通る直線です。

2. 部分空間ではありません。 xy=0xy = 0 は「x=0x = 0 または y=0y = 0」を意味するので、W2W_2 は 2 本の座標軸の合併です。(1,0)W2(1,0) \in W_2y=0y=0 より)かつ (0,1)W2(0,1) \in W_2x=0x=0 より)ですが、和は (1,1)(1,1)11=101 \cdot 1 = 1 \ne 0 なので W2W_2 に属しません。よって和について閉じておらず、条件 2 が破れています。零ベクトルを含むこととスカラー倍で閉じることは成り立つので、3 条件のうち 1 つだけが破れる例になっています。

演習 8.2標準

実数上の実数値関数全体のなすベクトル空間 RR\mathbb{R}^{\mathbb{R}}例 3.4)の中で、f1(x)=1f_1(x) = 1f2(x)=cos2xf_2(x) = \cos^2 xf3(x)=cos2xf_3(x) = \cos 2x を考えます。

  1. (f1,f2,f3)(f_1, f_2, f_3) が線形従属であることを示してください。
  2. (f1,f2)(f_1, f_2) が線形独立であることを示してください。
  3. span(f1,f2,f3)\operatorname{span}(f_1, f_2, f_3) の次元を求めてください。
解答

1. 倍角の公式 cos2x=2cos2x1\cos 2x = 2\cos^2 x - 1 より、すべての xx

1f1(x)2f2(x)+1f3(x)=12cos2x+cos2x=01 \cdot f_1(x) - 2 \cdot f_2(x) + 1 \cdot f_3(x) = 1 - 2\cos^2 x + \cos 2x = 0

が成り立ちます。関数として f12f2+f3=0f_1 - 2f_2 + f_3 = 0 であり、係数 (1,2,1)(1,-2,1) はすべてが 00 ではないので非自明な関係式です。よって線形従属です。

2. af1+bf2=0a f_1 + b f_2 = 0、すなわちすべての xxa+bcos2x=0a + b\cos^2 x = 0 とします。x=π/2x = \pi/2 を代入すると cos(π/2)=0\cos(\pi/2) = 0 なので a=0a = 0 です。次に x=0x = 0 を代入すると cos0=1\cos 0 = 1 なので a+b=0a + b = 0、ここに a=0a = 0 を入れて b=0b = 0 を得ます。よって線形独立です。

3. 1 より f3=2f2f1f_3 = 2f_2 - f_1 なので span(f1,f2,f3)=span(f1,f2)\operatorname{span}(f_1,f_2,f_3) = \operatorname{span}(f_1,f_2) です(f3f_3 を含む線形結合はすべて f1,f2f_1, f_2 の線形結合に書き直せるからです)。2 よりこの 2 つは線形独立なので (f1,f2)(f_1,f_2) は基底であり、次元は 22 です。

演習 8.3標準

M2(R)M_2(\mathbb{R}) を実 2×22 \times 2 行列全体のなすベクトル空間とし、トレース

tr(abcd):=a+d\operatorname{tr} \begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix} := a + d

を考えます。tr:M2(R)R\operatorname{tr} : M_2(\mathbb{R}) \to \mathbb{R} が線形写像であることを示し、Ker(tr)\operatorname{Ker}(\operatorname{tr}) の基底と次元、Im(tr)\operatorname{Im}(\operatorname{tr}) の次元を求め、定理 7.3 を確かめてください。

解答

線形性。 X=(a1b1c1d1)X = \begin{pmatrix} a_1 & b_1 \\ c_1 & d_1\end{pmatrix}Y=(a2b2c2d2)Y = \begin{pmatrix} a_2 & b_2 \\ c_2 & d_2\end{pmatrix}s,tRs, t \in \mathbb{R} とすると sX+tYsX + tY(1,1)(1,1) 成分は sa1+ta2sa_1 + ta_2(2,2)(2,2) 成分は sd1+td2sd_1 + td_2 なので

tr(sX+tY)=(sa1+ta2)+(sd1+td2)=s(a1+d1)+t(a2+d2)=str(X)+ttr(Y)\operatorname{tr}(sX + tY) = (sa_1 + ta_2) + (sd_1 + td_2) = s(a_1+d_1) + t(a_2+d_2) = s\operatorname{tr}(X) + t\operatorname{tr}(Y)

です。よって線形です。

像。 Im(tr)\operatorname{Im}(\operatorname{tr})R\mathbb{R} の部分空間(命題 7.2)で、tr(1000)=10\operatorname{tr}\begin{pmatrix}1&0\\0&0\end{pmatrix} = 1 \ne 0 なので {0}\{0\} ではありません。dimR=1\dim \mathbb{R} = 1 なので 命題 5.7 の (3) より Im(tr)=R\operatorname{Im}(\operatorname{tr}) = \mathbb{R} であり、dimIm(tr)=1\dim \operatorname{Im}(\operatorname{tr}) = 1 です。より直接に、任意の λR\lambda \in \mathbb{R}tr(λ000)=λ\operatorname{tr}\begin{pmatrix}\lambda & 0\\ 0 & 0\end{pmatrix} = \lambda として得られるので全射だと分かります。

核。 a+d=0a + d = 0 すなわち d=ad = -a なので

Ker(tr)={(abca)  |  a,b,cR}=span((1001),(0100),(0010)).\operatorname{Ker}(\operatorname{tr}) = \left\{ \begin{pmatrix} a & b \\ c & -a\end{pmatrix} \;\middle|\; a,b,c \in \mathbb{R} \right\} = \operatorname{span}\left( \begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix}, \begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix}, \begin{pmatrix}0&0\\1&0\end{pmatrix} \right).

この 3 つは線形独立です。実際、線形結合は (αβγα)\begin{pmatrix} \alpha & \beta \\ \gamma & -\alpha \end{pmatrix} の形で、これが零行列になるのは α=β=γ=0\alpha = \beta = \gamma = 0 のときに限ります。よってこの 3 つが基底であり dimKer(tr)=3\dim \operatorname{Ker}(\operatorname{tr}) = 3 です。

検算。 dimM2(R)=4\dim M_2(\mathbb{R}) = 4(基底は E11,E12,E21,E22E_{11}, E_{12}, E_{21}, E_{22})であり、4=3+14 = 3 + 1 が成り立ちます。

演習 8.4

V=RNV = \mathbb{R}^{\mathbb{N}} を実数列全体のなすベクトル空間とし、

S(a1,a2,a3,):=(0,a1,a2,),T(a1,a2,a3,):=(a2,a3,a4,)S(a_1, a_2, a_3, \ldots) := (0, a_1, a_2, \ldots), \qquad T(a_1, a_2, a_3, \ldots) := (a_2, a_3, a_4, \ldots)

を右シフトと左シフトとします。

  1. SSTT が線形写像であることを確かめてください。
  2. SS は単射だが全射でないこと、TT は全射だが単射でないことを示してください。
  3. VV が無限次元であることを示し、系 7.5 において有限次元の仮定が外せないことを説明してください。
解答

1. 数列の和とスカラー倍は成分ごとに定義されています。a=(ai)\boldsymbol{a} = (a_i)b=(bi)\boldsymbol{b} = (b_i)s,tRs,t \in \mathbb{R} とすると、S(sa+tb)S(s\boldsymbol{a} + t\boldsymbol{b}) の第 1 成分は 0=s0+t00 = s\cdot 0 + t \cdot 0、第 i+1i+1 成分は sai+tbisa_i + tb_i であり、これは sS(a)+tS(b)sS(\boldsymbol{a}) + tS(\boldsymbol{b}) の対応する成分と一致します。TT についても T(sa+tb)T(s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}) の第 ii 成分は sai+1+tbi+1sa_{i+1} + tb_{i+1} で、sT(a)+tT(b)sT(\boldsymbol{a}) + tT(\boldsymbol{b}) の第 ii 成分と一致します。

2. S(a)=0S(\boldsymbol{a}) = \boldsymbol{0} とすると、第 i+1i+1 成分を見て ai=0a_i = 0 がすべての ii で成り立つので a=0\boldsymbol{a} = \boldsymbol{0} です。よって 命題 7.2 より SS は単射です。一方、ImS\operatorname{Im} S の元はすべて第 1 成分が 00 なので (1,0,0,)ImS(1,0,0,\ldots) \notin \operatorname{Im} S であり、SS は全射ではありません。

TT については、任意の b=(b1,b2,)\boldsymbol{b} = (b_1,b_2,\ldots) に対し T(0,b1,b2,)=bT(0, b_1, b_2, \ldots) = \boldsymbol{b} なので全射です。しかし T(1,0,0,)=(0,0,)=0T(1,0,0,\ldots) = (0,0,\ldots) = \boldsymbol{0} なので KerT{0}\operatorname{Ker} T \ne \{\boldsymbol{0}\} であり、単射ではありません。なお TS=idVT \circ S = \mathrm{id}_V ですが、ST(a)=(0,a2,a3,)S \circ T(\boldsymbol{a}) = (0, a_2, a_3, \ldots) なので a10a_1 \ne 0 の数列では STidVS \circ T \ne \mathrm{id}_V です。片側だけの逆写像が存在する状況は、有限次元では起こりません。

3.nn に対し、第 nn 成分だけが 11 で他が 00 の数列 en\boldsymbol{e}_n を考えます。i=1Nciei=0\sum_{i=1}^{N} c_i \boldsymbol{e}_i = \boldsymbol{0} なら第 ii 成分を見て ci=0c_i = 0 なので、(e1,,eN)(\boldsymbol{e}_1, \ldots, \boldsymbol{e}_N) は任意の NN について線形独立です。もし VV が有限次元で dimV=n\dim V = n ならば、命題 5.7 の (1) により n+1n+1 個の線形独立な組は存在しないはずですが、(e1,,en+1)(\boldsymbol{e}_1,\ldots,\boldsymbol{e}_{n+1}) が反例になります。よって VV は無限次元です。

SSVV から VV への線形写像で、単射でありながら全射ではありません。系 7.5 の結論が破れているので、その仮定である有限次元性は外せません。証明のどこで有限次元性を使ったかを振り返ると、dimImf=dimW\dim \operatorname{Im} f = \dim W から Imf=W\operatorname{Im} f = W を導く箇所(命題 5.7 の (3))と、そもそも 定理 7.3 が有限次元を仮定している箇所です。SS の場合は KerS={0}\operatorname{Ker} S = \{\boldsymbol{0}\} かつ ImSV\operatorname{Im} S \subsetneq V で、「真部分空間なのに元の空間と同じだけ大きい」という無限次元特有の状況が起きています。

  • 齋藤正彦『線型代数入門』東京大学出版会、1966 — 線型空間・基底・次元・線型写像を扱う章。日本語の標準的な教科書です。
  • 佐武一郎『線型代数学』裳華房、新装版 2015(原著 1958)— ベクトル空間と線型写像の章。抽象化の水準が高く、公理からの議論が丁寧です。
  • Sheldon Axler, Linear Algebra Done Right, 4th ed., Springer, 2024 — Chapter 1 (Vector Spaces), Chapter 2 (Finite-Dimensional Vector Spaces), Chapter 3 (Linear Maps)。行列式を使わずに構造を組み立てる方針で、この記事の構成に近い本です。オープンアクセス版が linear.axler.net で公開されています。
  • Gilbert Strang, Introduction to Linear Algebra, 6th ed., Wellesley-Cambridge Press, 2023 — ベクトル空間と部分空間の章、および四つの基本部分空間の章。数値計算とデータ解析への応用に重点があります。
  • Giuseppe Peano, Calcolo geometrico secondo l’Ausdehnungslehre di H. Grassmann, Fratelli Bocca, Torino, 1888 — 第 IX 章で「線形システム」の公理が与えられており、現代のベクトル空間の定義の原型として知られています。
  • I. T. Jolliffe, Principal Component Analysis, 2nd ed., Springer, 2002 — 主成分分析の標準的な参考書。§7.3 で触れた圧縮の考え方の背景です。

Appendix: 無限次元では何が変わるか

Section titled “Appendix: 無限次元では何が変わるか”

基底の存在。 この記事では有限次元の空間について基底の存在を 命題 5.7 で示しました。一般のベクトル空間についても「任意のベクトル空間は基底をもつ」という主張は正しいのですが、その証明にはツォルンの補題(選択公理と同値)が必要です。逆に、この主張から選択公理が導けることも知られています。つまり基底の存在は集合論の公理系に依存する命題であり、有限次元の場合のような構成的な議論では届きません。

書き下せない基底。 選択公理で存在が保証される基底は、具体的に書き下せるとは限りません。有名な例は、R\mathbb{R}Q\mathbb{Q} 上のベクトル空間とみなしたときの基底(ハメル基底)です。存在はしますが、その元を一つも明示できません。無限次元空間を扱うときに「基底を取る」という操作が有限次元ほど気軽でないのは、このためです。

代数的基底の限界。 定義 4.3 で見たとおり、線形結合はつねに有限個の和です。したがって、フーリエ級数のような無限和は代数的な意味では線形結合ではありません。関数解析では、収束の概念を持ち込んだうえで「完全直交系」を使い、f=ncnenf = \sum_{n} c_n e_n という無限和を極限として意味づけます。これは代数的基底とは別物です。ヒルベルト空間の完全直交系については 内積空間とグラム・シュミット直交化 が入口になります。その有限次元での対応物が 正規直交基底による展開(定理 5.3)[内積空間とグラム・シュミット直交化] です。

次元の代わりになるもの。 無限次元では 定理 7.3 のような等式は使えません。演習 8.4 の右シフトが示すとおり、単射と全射も分離します。代わりに、作用素の像が閉じているかどうか、核と余核の次元の差(指数)が有限かどうかといった、より繊細な量が主役になります。無限集合の「大きさ」を比べること自体に注意が要る点については、濃度と無限 - 無限にも大小がある対等(等濃)(定義 3.1)[濃度と無限] を参照してください。

この記事で有限性を使った場所。 振り返っておくと、有限次元性が効いたのは 補題 5.4 の「生成系が有限個だから取り替えが尽きる」という部分と、そこから導かれた 命題 5.7 の 3 つの主張だけです。それ以外の議論、たとえば 命題 3.2命題 4.2命題 5.2命題 7.2 は、次元を仮定せずに成り立ちます。

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