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C*-代数の基礎:スペクトル理論とゲルファント表現

前提:非可換幾何学への動機:ゲルファント双対性が語る「空間 = 関数環」

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  • 複素バナッハ代数の元 aa のスペクトル σ(a)\sigma(a) は、つねに空でないコンパクト集合です。リウヴィルの定理を経由するこの一点に「解析」が凝縮され、以後の理論はすべてここから派生します。
  • CC^*-代数の公理は aa=a2\|a^*a\| = \|a\|^2 というただ一本の等式です。これだけからノルムが *-代数構造によって一意に決まります。幾何学的情報がすべて代数に入っている、という非可換幾何学の出発点はここです。
  • 可換な CC^*-代数は C0(X)C_0(X)XX は局所コンパクトハウスドルフ空間)に限り、XX は代数から指標空間として復元できます(可換ゲルファント–ナイマルクの定理)。「局所コンパクトハウスドルフ空間」と「可換 CC^*-代数」は同じ情報なのです。
  • 非可換幾何学はこの辞書の代数側だけを残して可換性を捨て、一般の CC^*-代数を「非可換位相空間」と読みます。
  • 正規元 aa に対する連続関数計算 C(σ(a))AC(\sigma(a)) \to A が、正値性・射影元・ユニタリ元といった以後の道具(K-理論、スペクトル三つ組)の共通の土台になります。

1. 動機:なぜ関数環を非可換にするのか

Section titled “1. 動機:なぜ関数環を非可換にするのか”

位相空間 XX を調べるとき、私たちは XX そのものではなく連続関数のなす環 C(X)C(X) を調べることがよくあります。代数幾何学ではこの方針が徹底されていて、アフィン多様体はその座標環と完全に同じ情報をもちます。位相空間についても同じことが言えるでしょうか。つまり C(X)C(X) から XX を復元できるでしょうか。

1930 年代後半、ゲルファントはこの問いに答える枠組みを作りました。1941 年の論文「Normierte Ringe」で導入されたのが、可換バナッハ代数から「指標空間」を取り出す構成です。そして 1943 年、ゲルファントとナイマルクは、対合をもつバナッハ代数に aa=a2\|a^*a\| = \|a\|^2 という一本の等式を課しただけで、可換な場合には C0(X)C_0(X) 以外にあり得ないことを示しました。XX は代数から完全に復元されます。空間はもはや点の集合として与えられる必要がなく、関数環という代数的対象で十分だということです。

同じころ、量子力学は別の方向から代数を要求していました。観測量は交換せず、位置と運動量は [q,p]=i[q, p] = i\hbar を満たすので、「位相空間の点」という古典的描像は成立しません。フォン・ノイマンが作用素環の研究を始めたのはこの事情によります。ここで自然な問いが立ちます。可換な CC^*-代数が空間そのものだというなら、非可換な CC^*-代数は何なのか。

コンヌの答えは、それも空間だ、ただし非可換な空間だ、というものです。この立場が力を持つのは、古典的には潰れてしまう空間が現れる場面です。葉層構造の葉空間や群作用の軌道空間は、商位相を入れると点が分離されず連続関数がほとんど残りません。ところが対応する非可換 CC^*-代数は豊かで、K-理論も指数定理も動きます。詳しくは 非可換幾何学への動機、とくに 無理数回転による円周の軌道空間(例 5.1)[非可換幾何学への動機] を参照してください。

この記事はその土台を組みます。なぜバナッハ代数ではなく CC^*-代数なのか、という問いにも答えます。答えは 系 4.3 です。バナッハ代数のノルムは代数の外から与える追加データですが、CC^*-ノルムは代数構造だけで一意に決まります。位相が自動的に付いてくるからこそ、非可換空間を代数で定義してよいのです。

flowchart TD
BA["バナッハ代数"] --> SPEC["スペクトルは空でないコンパクト集合"]
SPEC --> RAD["スペクトル半径公式"]
BA --> INV["対合を入れる"]
INV --> CSTAR["C*-等式"]
RAD --> NORMAL["正規元ではノルム = スペクトル半径"]
CSTAR --> NORMAL
NORMAL --> UNIQ["C*-ノルムの一意性"]
BA --> GEL["ゲルファント変換"]
GEL --> GN["可換ゲルファント–ナイマルクの定理"]
NORMAL --> GN
GN --> FC["連続関数計算"]
FC --> NCG["K-理論・スペクトル三つ組へ"]
この記事の論理の流れ。左上のバナッハ代数から出発し、右下の連続関数計算まで一本道で降りていきます。

以下、代数はすべて複素数体 C\mathbb{C} 上で考えます。実数体上では 定理 3.3 が破れ(R\mathbb{R} 上の代数 C\mathbb{C} の元 ii は実スペクトルをもちません)、スペクトル理論が立ち上がりません。複素数を使うことは便宜ではなく必然です。

定義 2.1バナッハ代数

複素数体上の結合代数 AA にノルム \|\cdot\| が与えられ、次の二つを満たすとき、AAバナッハ代数といいます。

  1. (A,)(A, \|\cdot\|) はバナッハ空間である(ノルム空間として完備である)。
  2. 任意の a,bAa, b \in A に対し abab\|ab\| \le \|a\|\,\|b\|(劣乗法性)。

さらに乗法単位元 1A1 \in A が存在して 1=1\|1\| = 1 であるとき、AA単位的であるといいます。可換性は仮定しません。

劣乗法性は単なる技術的条件ではありません。aba0b0aa0b+a0bb0\|ab - a_0b_0\| \le \|a - a_0\|\,\|b\| + \|a_0\|\,\|b - b_0\| という評価がそこから出るので、乗法 A×AAA \times A \to A が同時連続になります。つまりこれは「AA が位相代数であること」をノルムの言葉で言い換えたものです。

例 2.2無限遠で消える連続関数の代数

XX を局所コンパクトハウスドルフ空間とします。連続関数 f:XCf : X \to \mathbb{C}無限遠で消えるとは、任意の ε>0\varepsilon > 0 にコンパクト集合 KXK \subset X があって xKx \notin Kf(x)<ε|f(x)| < \varepsilon となることです。そのような ff の全体を C0(X)C_0(X) と書き、各点ごとの演算と上限ノルム f=supxf(x)\|f\|_\infty = \sup_{x}|f(x)| を入れます。

劣乗法性は fgfg\|fg\|_\infty \le \|f\|_\infty \|g\|_\infty から、完備性は一様収束極限が連続であることと、C0(X)C_0(X)Cb(X)C_b(X) の閉部分空間であることから従います(fNf<ε/2\|f_N - f\|_\infty < \varepsilon/2 なる NN と、KK の外で fN<ε/2|f_N| < \varepsilon/2 なるコンパクト KK を取れば、KK の外で f<ε|f| < \varepsilon)。積は各点ごとなので可換です。

C0(X)C_0(X) が単位的であるのは XX がコンパクトなときに限ります。XX がコンパクトなら定数関数 11 が単位元で 1=1\|1\|_\infty = 1 です。逆に 1C0(X)1 \in C_0(X) なら、ε=1/2\varepsilon = 1/2 に対するコンパクト集合 KK について xKx \notin K1<1/21 < 1/2 となり矛盾するので X=KX = K です。XX がコンパクトのときは C0(X)=C(X)C_0(X) = C(X) と書きます。

例 2.3ヒルベルト空間上の有界作用素と行列環

HH を複素ヒルベルト空間(定義 6.1[L^p 空間と関数解析への導入])とし、B(H)B(H)HH 上の有界線形作用素全体、積を合成、ノルムを作用素ノルム T=supx1Tx\|T\| = \sup_{\|x\| \le 1}\|Tx\| とします。STxSTxSTx\|STx\| \le \|S\|\|Tx\| \le \|S\|\|T\|\|x\| より劣乗法的で、B(H)B(H) の作用素ノルムに関する完備性は標準的です。恒等作用素 II が単位元で I=1\|I\| = 1 ですから、B(H)B(H) は単位的バナッハ代数です。

H=CnH = \mathbb{C}^n のとき B(H)=Mn(C)B(H) = M_n(\mathbb{C}) です。n2n \ge 2 なら可換ではありません。行列単位 eije_{ij}(i,j)(i,j) 成分が 11 で他が 00)について e12e21=e11e22=e21e12e_{12}e_{21} = e_{11} \ne e_{22} = e_{21}e_{12} だからです。dimH2\dim H \ge 2 なら二次元部分空間に同じ議論が乗るので B(H)B(H) も可換ではありません。

注意 2.4単位元の添加

単位元をもたないバナッハ代数 AA にも、形式的に単位元を付け加えられます。ベクトル空間として A~=AC\tilde{A} = A \oplus \mathbb{C} とおき、積とノルムを

(a,λ)(b,μ)=(ab+λb+μa, λμ),(a,λ)=a+λ(a, \lambda)(b, \mu) = (ab + \lambda b + \mu a,\ \lambda\mu), \qquad \|(a,\lambda)\| = \|a\| + |\lambda|

で定めます。結合律は直接計算で確かめられ、(0,1)(0,1) が単位元でノルムは 11 です。劣乗法性は

(a,λ)(b,μ)=ab+λb+μa+λμab+λb+μa+λμ=(a,λ)(b,μ)\|(a,\lambda)(b,\mu)\| = \|ab + \lambda b + \mu a\| + |\lambda\mu| \le \|a\|\|b\| + |\lambda|\|b\| + |\mu|\|a\| + |\lambda||\mu| = \|(a,\lambda)\|\,\|(b,\mu)\|

と確かめられ、完備性は直和の完備性から従います。a(a,0)a \mapsto (a,0) は等長な単射で、像は余次元 11 の閉両側イデアルです。以後 AA~A \subset \tilde{A} と同一視し (a,λ)(a,\lambda)a+λ1a + \lambda 1 と書きます。なお AACC^*-代数のとき a+λ\|a\| + |\lambda|CC^*-等式を満たさないので、CC^*-代数としての単位化には別のノルムが必要です(Appendix で構成します)。

3. スペクトルとスペクトル半径

Section titled “3. スペクトルとスペクトル半径”

代数の元 aa に「固有値の集合」に相当するものを与えるのがスペクトルです。有限次元では固有多項式の根として定義できますが、無限次元ではその手が使えないので、可逆性で定義します。

定義 3.1スペクトルとレゾルベント

AA を単位的複素バナッハ代数、aAa \in A とします。

σA(a)={λC : λ1a は A の中で可逆でない}\sigma_A(a) = \{\lambda \in \mathbb{C} \ :\ \lambda 1 - a \text{ は } A \text{ の中で可逆でない}\}

aaスペクトルρ(a)=CσA(a)\rho(a) = \mathbb{C} \setminus \sigma_A(a)レゾルベント集合λρ(a)\lambda \in \rho(a) に対する Ra(λ)=(λ1a)1R_a(\lambda) = (\lambda 1 - a)^{-1}レゾルベントといいます。AA が単位的でないときは、単位化 注意 2.4 により σA(a):=σA~(a)\sigma_A(a) := \sigma_{\tilde{A}}(a) と定めます。添字は誤解のおそれがなければ省きます。

AA が単位的でないとき 00 はつねに σ(a)\sigma(a) に属します。aaA~\tilde{A} で可逆なら、AA がイデアルであることから 1=aa1A1 = a a^{-1} \in A、つまり A=A~A = \tilde{A} となって仮定に反するからです。

補題 3.2ノイマン級数

AA を単位的複素バナッハ代数とします。

  1. aAa \in Aa<1\|a\| < 1 を満たすなら 1a1 - a は可逆で、(1a)1=n=0an\displaystyle (1-a)^{-1} = \sum_{n=0}^{\infty} a^n かつ (1a)111a\displaystyle \|(1-a)^{-1}\| \le \frac{1}{1 - \|a\|}
  2. 可逆元全体 G(A)G(A)AA の開集合である。より正確に、bG(A)b \in G(A) かつ cb<b11\|c - b\| < \|b^{-1}\|^{-1} ならば cG(A)c \in G(A)
  3. 写像 G(A)G(A)G(A) \to G(A), bb1b \mapsto b^{-1} は連続である。
証明(補題 3.2)

1. 劣乗法性を帰納的に使うと anan\|a^n\| \le \|a\|^n なので nan(1a)1<\sum_n \|a^n\| \le (1-\|a\|)^{-1} < \infty、すなわち nan\sum_n a^n は絶対収束します。AA は完備(定義 2.1 の条件 1)なので絶対収束級数は収束し、和を ss とおけます。部分和 sN=n=0Nans_N = \sum_{n=0}^{N} a^n

(1a)sN=sN(1a)=1aN+1(1-a)s_N = s_N(1-a) = 1 - a^{N+1}

を満たし aN+10\|a^{N+1}\| \to 0、乗法は連続なので NN \to \infty として (1a)s=s(1a)=1(1-a)s = s(1-a) = 1 です。ノルム評価は snan=(1a)1\|s\| \le \sum_n \|a\|^n = (1-\|a\|)^{-1} です。

2. bb を可逆、cb<b11\|c - b\| < \|b^{-1}\|^{-1} とし、x:=b1(bc)x := b^{-1}(b-c) とおくと xb1bc<1\|x\| \le \|b^{-1}\|\,\|b-c\| < 1 かつ c=b(1x)c = b(1-x) です。1 より 1x1-x は可逆、bb も可逆なので cc は可逆です。

3. 同じ記号で c1=(1x)1b1c^{-1} = (1-x)^{-1}b^{-1} ですから、1 の級数表示を使って

c1b1=(n1xn)b1x1xb1\|c^{-1} - b^{-1}\| = \Big\|\Big(\sum_{n \ge 1} x^n\Big) b^{-1}\Big\| \le \frac{\|x\|}{1 - \|x\|}\,\|b^{-1}\|

となります。cbc \to b のとき xb1bc0\|x\| \le \|b^{-1}\|\|b-c\| \to 0 なので右辺は 00 に収束します。よって逆元を取る写像は bb で連続です。

定理 3.3スペクトルの非空コンパクト性

AA{0}\{0\} でない単位的複素バナッハ代数、aAa \in A とします。このとき σ(a)\sigma(a)C\mathbb{C} の空でないコンパクト部分集合であり、

σ(a){λC:λa}\sigma(a) \subset \{\lambda \in \mathbb{C} : |\lambda| \le \|a\|\}

が成り立ちます。

証明(定理 3.3)

有界性。 λ>a|\lambda| > \|a\| なら λ0\lambda \ne 0 かつ a/λ<1\|a/\lambda\| < 1 なので、補題 3.2 の 1 より 1a/λ1 - a/\lambda は可逆、したがって λ1a=λ(1a/λ)\lambda 1 - a = \lambda(1 - a/\lambda) も可逆で λσ(a)\lambda \notin \sigma(a) です。対偶が求める包含です。

閉性。 Φ(λ)=λ1a\Phi(\lambda) = \lambda 1 - a は連続(Φ(λ)Φ(μ)=λμ\|\Phi(\lambda) - \Phi(\mu)\| = |\lambda - \mu|)で、補題 3.2 の 2 より G(A)G(A) は開なので、σ(a)=Φ1(AG(A))\sigma(a) = \Phi^{-1}(A \setminus G(A)) は閉集合です。有界かつ閉なので、ハイネ–ボレルの定理(定理 5.2)[コンパクト性] より σ(a)\sigma(a) はコンパクトです。

非空性。 σ(a)=\sigma(a) = \emptyset と仮定します。すると R(λ)=(λ1a)1R(\lambda) = (\lambda 1 - a)^{-1}C\mathbb{C} 全体で定義されます。

まず RR が解析的であることを見ます。λ0ρ(a)\lambda_0 \in \rho(a) を固定し、λλ0<R(λ0)1|\lambda - \lambda_0| < \|R(\lambda_0)\|^{-1} とします。

λ1a=(λ01a)+(λλ0)1=(λ01a)(1+(λλ0)R(λ0))\lambda 1 - a = (\lambda_0 1 - a) + (\lambda - \lambda_0)1 = (\lambda_0 1 - a)\bigl(1 + (\lambda-\lambda_0)R(\lambda_0)\bigr)

であり、(λλ0)R(λ0)<1\|(\lambda - \lambda_0)R(\lambda_0)\| < 1 ですから 補題 3.2 の 1 より

R(λ)=n=0(1)n(λλ0)nR(λ0)n+1R(\lambda) = \sum_{n=0}^{\infty} (-1)^n (\lambda - \lambda_0)^n R(\lambda_0)^{n+1}

λλ0<R(λ0)1|\lambda - \lambda_0| < \|R(\lambda_0)\|^{-1} で成り立ちます。したがって任意の連続線形汎関数 φA\varphi \in A^{*} に対し、λφ(R(λ))\lambda \mapsto \varphi(R(\lambda)) は各点のまわりで収束冪級数に展開でき、C\mathbb{C} 全体で正則です。

次に無限遠での減衰を見ます。λ>a|\lambda| > \|a\| のとき R(λ)=λ1(1a/λ)1R(\lambda) = \lambda^{-1}(1 - a/\lambda)^{-1} なので、補題 3.2 の 1 のノルム評価から

R(λ)1λ11a/λ=1λaλ0.\|R(\lambda)\| \le \frac{1}{|\lambda|}\cdot\frac{1}{1 - \|a\|/|\lambda|} = \frac{1}{|\lambda| - \|a\|} \xrightarrow[|\lambda| \to \infty]{} 0 .

よって φR\varphi \circ R は整関数で無限遠で 00 に収束し、特に有界です。リウヴィルの定理よりこれは定数、その値は 00 です。φA\varphi \in A^{*} は任意なので、ハーン–バナッハの定理より全 λ\lambdaR(λ)=0R(\lambda) = 0 となります。しかし R(0)(01a)=1R(0)(0 \cdot 1 - a) = 1 より 1=01 = 0 となり、1=10\|1\| = 1 \ne 0 に矛盾します。したがって σ(a)\sigma(a) \ne \emptyset です。

系 3.4ゲルファント–マズールの定理

AA を単位的複素バナッハ代数とし、AA のすべての 00 でない元が可逆であるとします(すなわち AA は可除代数であるとします)。このとき A=C1A = \mathbb{C}1 であり、λ1λ\lambda 1 \mapsto \lambdaAA から C\mathbb{C} への等長な代数同型を与えます。

証明(系 3.4)

1=1\|1\| = 1 より 101 \ne 0、したがって A{0}A \ne \{0\} です。aAa \in A を取ると 定理 3.3 より σ(a)\sigma(a) \ne \emptyset なので λσ(a)\lambda \in \sigma(a) が選べます。λ1a\lambda 1 - a は可逆でないので、仮定より λ1a=0\lambda 1 - a = 0、すなわち a=λ1a = \lambda 1 です。λ1=μ1\lambda 1 = \mu 1 なら (λμ)1=0(\lambda-\mu)1 = 010\|1\| \ne 0 から λ=μ\lambda = \mu なので、この λ\lambda は一意です。写像 λ1λ\lambda 1 \mapsto \lambda は全単射で、乗法性は (λ1)(μ1)=(λμ)1(\lambda 1)(\mu 1) = (\lambda\mu)1、等長性は λ1=λ\|\lambda 1\| = |\lambda| です。

例 3.5二つの基本例でのスペクトル

C(X)C(X) の場合。 XX をコンパクトハウスドルフ空間、fC(X)f \in C(X) とすると σ(f)=f(X)\sigma(f) = f(X)(値域)です。実際 λf(X)\lambda \notin f(X) なら λf\lambda - f はどこでも 00 でないので 1/(λf)1/(\lambda-f) が連続で、λ1f\lambda 1 - f は可逆です。逆に λ=f(x0)\lambda = f(x_0) なら、g(λ1f)=1g(\lambda 1 - f) = 1 なる gg があると x0x_00=10 = 1 となって矛盾します。f(X)f(X) はコンパクトで、定理 3.3 と整合します。

Mn(C)M_n(\mathbb{C}) の場合。 aMn(C)a \in M_{n}(\mathbb{C}) について、λIa\lambda I - a が可逆であることと det(λIa)0\det(\lambda I - a) \ne 0 は同値ですから、σ(a)\sigma(a) は固有値の集合です。無限次元では固有値をもたない元がいくらでもあるので(L2[0,1]L^2[0,1] 上の掛け算作用素 (Mtf)(t)=tf(t)(M_t f)(t) = tf(t) がそうです)、スペクトルは固有値の集合の真の一般化です。

|λ| = ‖a‖σ(a)|λ| = r(a)ImRe
スペクトルと二つの半径。σ(a) は半径 ‖a‖ の閉円板に含まれ、それを含む中心 0 の最小の円の半径が r(a) です。C*-代数の正規元では外側の破線円が内側の実線円に一致します。

定理 3.6スペクトル半径公式(ゲルファント–ベーリング)

AA{0}\{0\} でない単位的複素バナッハ代数、aAa \in A とし、

r(a):=sup{λ:λσ(a)}r(a) := \sup\{|\lambda| : \lambda \in \sigma(a)\}

とおきます(定理 3.3 より σ(a)\sigma(a) は空でない有界閉集合なので、この上限は有限で達成されます)。このとき極限 limnan1/n\lim_{n \to \infty}\|a^n\|^{1/n} が存在して

r(a)=limnan1/n=infn1an1/nr(a) = \lim_{n \to \infty}\|a^n\|^{1/n} = \inf_{n \ge 1}\|a^n\|^{1/n}

が成り立ちます。r(a)r(a)aaスペクトル半径といいます。

証明(定理 3.6)

第 1 段:r(a)infnan1/nr(a) \le \inf_n \|a^n\|^{1/n} λσ(a)\lambda \in \sigma(a)n1n \ge 1 を固定し、q=k=0n1λn1kakq = \sum_{k=0}^{n-1}\lambda^{n-1-k}a^k とおきます。望遠鏡和により

(λ1a)q=k=0n1λnkakj=1nλnjaj=λn1an(\lambda 1 - a)q = \sum_{k=0}^{n-1}\lambda^{n-k}a^k - \sum_{j=1}^{n}\lambda^{n-j}a^{j} = \lambda^n 1 - a^n

となり、qqaa の多項式なので q(λ1a)=λn1anq(\lambda 1 - a) = \lambda^n 1 - a^n でもあります。もし λn1an\lambda^n 1 - a^n が可逆で逆元を bb とすると、右から bb を掛けて (λ1a)(qb)=1(\lambda 1 - a)(qb) = 1、左から掛けて (bq)(λ1a)=1(bq)(\lambda 1 - a) = 1 です。一般に xu=1xu = 1 かつ vx=1vx = 1 なら v=v(xu)=(vx)u=uv = v(xu) = (vx)u = uxx は可逆ですから、λ1a\lambda 1 - a が可逆となり λσ(a)\lambda \in \sigma(a) に矛盾します。したがって λnσ(an)\lambda^n \in \sigma(a^n) で、定理 3.3 より λnan|\lambda|^n \le \|a^n\|、すなわち λan1/n|\lambda| \le \|a^n\|^{1/n} です。上限を取れば任意の nnr(a)an1/nr(a) \le \|a^n\|^{1/n}、よって r(a)infnan1/nlim infnan1/nr(a) \le \inf_n \|a^n\|^{1/n} \le \liminf_n \|a^n\|^{1/n} です。

第 2 段:lim supnan1/nr(a)\limsup_n \|a^n\|^{1/n} \le r(a) φA\varphi \in A^{*} を固定します。定理 3.3 の証明のとおり R(λ)R(\lambda)ρ(a){λ>r(a)}\rho(a) \supset \{|\lambda| > r(a)\} 上で解析的です。そこで

h(z):=φ(R(1/z))(0<z<1/r(a)),h(0):=0h(z) := \varphi\bigl(R(1/z)\bigr) \quad (0 < |z| < 1/r(a)), \qquad h(0) := 0

とおきます(r(a)=0r(a) = 0 のときは 1/r(a)=1/r(a) = \infty と読み、円板は C\mathbb{C} 全体とします)。hh は穴あき円板上で正則です。さらに λ>a|\lambda| > \|a\| では 補題 3.2 の 1 より

R(λ)=λ1(1aλ)1=n=0anλn+1R(\lambda) = \lambda^{-1}\Bigl(1 - \frac{a}{\lambda}\Bigr)^{-1} = \sum_{n=0}^{\infty}\frac{a^n}{\lambda^{n+1}}

なので、z<1/a|z| < 1/\|a\| では h(z)=n0φ(an)zn+1h(z) = \sum_{n \ge 0}\varphi(a^n)z^{n+1} と収束冪級数で表され、その z=0z = 0 での値 00h(0)h(0) の定義と一致します。よって hhz=0z = 0 を含めて円板 z<1/r(a)|z| < 1/r(a) 全体で正則で、テイラー級数はその円板全体で収束するので、

n0φ(an)zn+1は z<1/r(a) で収束する\sum_{n \ge 0}\varphi(a^n)z^{n+1} \quad \text{は } |z| < 1/r(a) \text{ で収束する}

ことがわかります。

そこで λ>r(a)|\lambda| > r(a) を取り z=1/λz = 1/\lambda とおくと、収束級数の項は 00 に収束するので φ(an)/λn+10\varphi(a^n)/\lambda^{n+1} \to 0、したがって各 φA\varphi \in A^{*}supnφ(an/λn)<\sup_n |\varphi(a^n/\lambda^n)| < \infty です。正準埋め込み AAA \hookrightarrow A^{**} で見ると {an/λn}n\{a^n/\lambda^n\}_n はバナッハ空間 AA^{*} 上で各点有界な汎関数の族なので、一様有界性原理より Mλ:=supnan/λn<M_\lambda := \sup_n \|a^n/\lambda^n\| < \infty です(この埋め込みはハーン–バナッハより等長)。よって an1/nMλ1/nλλ\|a^n\|^{1/n} \le M_\lambda^{1/n}|\lambda| \to |\lambda|lim supnan1/nλ\limsup_n \|a^n\|^{1/n} \le |\lambda|λr(a)|\lambda| \downarrow r(a) として結論を得ます。

結論。 二つの段を合わせると

r(a)infnan1/nlim infnan1/nlim supnan1/nr(a)r(a) \le \inf_n \|a^n\|^{1/n} \le \liminf_n \|a^n\|^{1/n} \le \limsup_n \|a^n\|^{1/n} \le r(a)

となり、すべてが等号です。特に極限は存在し、inf\inf と一致します。

左辺 r(a)r(a) は可逆性という純代数的な条件で決まり、右辺はノルムだけで決まります。この二つが一致することが要点で、次節ではこれを CC^*-等式と組み合わせ、「ノルムが代数構造で決まる」という結論を導きます。

ここまでの話には、ヒルベルト空間の作用素に固有の構造である随伴 TTT \mapsto T^{*} が入っていません。これを公理化したのが対合です。

定義 4.1対合・バナッハ *-代数・C*-代数

  1. 複素代数 AA 上の写像 aaa \mapsto a^{*}対合であるとは、任意の a,bAa, b \in AλC\lambda \in \mathbb{C}(a+b)=a+b,(λa)=λˉa,(ab)=ba,(a)=a(a+b)^{*} = a^{*} + b^{*}, \quad (\lambda a)^{*} = \bar{\lambda}\,a^{*}, \quad (ab)^{*} = b^{*}a^{*}, \quad (a^{*})^{*} = a が成り立つことです。対合を備えた複素代数を *-代数といいます。
  2. バナッハ代数 AA が対合を備え、さらに a=a\|a^{*}\| = \|a\|aAa \in A)を満たすとき、AAバナッハ *-代数といいます。
  3. 対合を備えたバナッハ代数 AAaa=a2(aA)\|a^{*}a\| = \|a\|^{2} \qquad (\forall a \in A) を満たすとき、AACC^*-代数といいます。この等式を CC^*-等式といいます。

a=aa^{*} = a のとき自己共役aa=aaa^{*}a = aa^{*} のとき正規aa=aa=1a^{*}a = aa^{*} = 1 のときユニタリといいます。π(a)=π(a)\pi(a^{*}) = \pi(a)^{*} を満たす代数準同型を *-準同型、全単射なそれを *-同型といいます。

CC^*-等式は一本の等式にすぎませんが、そこから多くのことが従います。まず、対合の等長性は仮定しなくてよいことを見ます。

命題 4.2C*-等式から従うこと

AACC^*-代数とします。

  1. 任意の aAa \in Aa=a\|a^{*}\| = \|a\|。したがって CC^*-代数は自動的にバナッハ *-代数です。
  2. aAa \in A が正規なら r(a)=ar(a) = \|a\|。特に自己共役元とユニタリ元でこれが成り立ちます。
  3. A{0}A \ne \{0\} が単位元 11 をもつなら 1=11^{*} = 11=1\|1\| = 1
証明(命題 4.2)

1. 0=(0+0)=0+00^{*} = (0+0)^{*} = 0^{*} + 0^{*} より 0=00^{*} = 0 なので a=0a = 0 では等号です。a0a \ne 0 とすると CC^*-等式と劣乗法性から

a2=aaaa\|a\|^{2} = \|a^{*}a\| \le \|a^{*}\|\,\|a\|

となり、a>0\|a\| > 0 で割って aa\|a\| \le \|a^{*}\| を得ます。これを aa^{*} に適用すると a(a)=a\|a^{*}\| \le \|(a^{*})^{*}\| = \|a\| なので、等号です。

2. まず bb が自己共役の場合。CC^*-等式より b2=bb=b2\|b^{2}\| = \|b^{*}b\| = \|b\|^{2} です。(bm)=(b)m=bm(b^{m})^{*} = (b^{*})^{m} = b^{m} なので bmb^{m} もすべて自己共役であり、kk についての帰納法で

b2k+1=(b2k)2=b2k2=(b2k)2=b2k+1\|b^{2^{k+1}}\| = \|(b^{2^{k}})^{2}\| = \|b^{2^{k}}\|^{2} = \bigl(\|b\|^{2^{k}}\bigr)^{2} = \|b\|^{2^{k+1}}

が従います(k=0k = 0 は先ほど示した等式です)。定理 3.6 より極限 limnbn1/n\lim_n \|b^{n}\|^{1/n} は存在するので、部分列 n=2kn = 2^{k} に沿って計算してよく、

r(b)=limkb2k1/2k=br(b) = \lim_{k \to \infty}\|b^{2^{k}}\|^{1/2^{k}} = \|b\|

です。

次に aa を正規とします。aaaa^{*} は可換なので (aa)n=(a)nan=(an)an(a^{*}a)^{n} = (a^{*})^{n}a^{n} = (a^{n})^{*}a^{n} であり、CC^*-等式より (aa)n=an2\|(a^{*}a)^{n}\| = \|a^{n}\|^{2} です。aaa^{*}a は自己共役((aa)=aa=aa(a^{*}a)^{*} = a^{*}a^{**} = a^{*}a)ですから、前段と 定理 3.6 を使って

a2=aa=r(aa)=limn(aa)n1/n=limn(an1/n)2=r(a)2\|a\|^{2} = \|a^{*}a\| = r(a^{*}a) = \lim_{n}\|(a^{*}a)^{n}\|^{1/n} = \lim_{n}\bigl(\|a^{n}\|^{1/n}\bigr)^{2} = r(a)^{2}

となります。両辺非負なので a=r(a)\|a\| = r(a) です。

3. 任意の aa に対し a1=((1)a)=(1a)=aa\,1^{*} = \bigl((1^{*})^{*}a^{*}\bigr)^{*} = (1\,a^{*})^{*} = a、同様に 1a=a1^{*}a = a なので 11^{*} も単位元で、単位元の一意性から 1=11^{*} = 1 です。すると 1=11=12\|1\| = \|1^{*}1\| = \|1\|^{2} より 1{0,1}\|1\| \in \{0,1\} で、A{0}A \ne \{0\} より 1=1\|1\| = 1 です。

系 4.3C*-ノルムの一意性

AA*-代数とします。AA 上のノルムであって AACC^*-代数にするものは、存在すれば一つしかありません。すなわち 1\|\cdot\|_{1}2\|\cdot\|_{2} がともに AACC^*-代数にするならば 1=2\|\cdot\|_{1} = \|\cdot\|_{2} です。

証明(系 4.3)

元が可逆かどうかは AA の代数構造だけで決まり、ノルムには依存しません。単位化 A~=AC\tilde{A} = A \oplus \mathbb{C} も代数としてはノルムなしに定まるので、σ(a)\sigma(a) したがって r(a)r(a) もノルムに依存しません。aAa \in A を取ると、aaa^{*}a は自己共役なので 命題 4.2 の 2 を i\|\cdot\|_{i}i=1,2i = 1, 2)それぞれに適用でき、CC^*-等式と合わせて

ai2=aai=r(aa)(i=1,2)\|a\|_{i}^{2} = \|a^{*}a\|_{i} = r(a^{*}a) \qquad (i = 1, 2)

となります。右辺は ii に依らないので a1=a2\|a\|_{1} = \|a\|_{2} です。

注意 4.4この一意性が意味すること

系 4.3 は非可換幾何学にとって決定的です。ノルムは追加データではなく *-代数構造から一意に決まる従属物ですから、「非可換空間を CC^*-代数で定義する」方針は解析的な選択を持ち込みません。一般のバナッハ *-代数では事情が違います。例 5.51(Z)\ell^{1}(\mathbb{Z})C(T)C(\mathbb{T}) に稠密に埋め込まれる *-部分代数ですが、1\ell^{1} ノルムと上限ノルムは一致しません。ノルムを選ぶ自由があるとは、幾何学的情報が代数の外にあるということです。CC^*-等式はその自由を消します。

基本例を確かめます。まず 例 2.3B(H)B(H) です。TB(H)T \in B(H) にはリースの表現定理から随伴 TT^{*}Tx,y=x,Ty\langle Tx, y\rangle = \langle x, T^{*}y\rangle)が一意に定まり、対合の公理は内積の性質から従います。等長性は

Ty=supx1Ty,x=supx1y,TxyT\|T^{*}y\| = \sup_{\|x\| \le 1}|\langle T^{*}y, x\rangle| = \sup_{\|x\| \le 1}|\langle y, Tx\rangle| \le \|y\|\,\|T\|

より TT\|T^{*}\| \le \|T\| で、これを TT^{*} に適用して逆向きも得られます。CC^*-等式は、コーシー–シュワルツの不等式を使って

Tx2=Tx,Tx=TTx,xTTxxTTx2\|Tx\|^{2} = \langle Tx, Tx\rangle = \langle T^{*}Tx, x\rangle \le \|T^{*}Tx\|\,\|x\| \le \|T^{*}T\|\,\|x\|^{2}

から T2TT\|T\|^{2} \le \|T^{*}T\| が出て、逆向きは TTTT=T2\|T^{*}T\| \le \|T^{*}\|\|T\| = \|T\|^{2} です。したがって B(H)B(H)CC^*-代数、特に Mn(C)M_{n}(\mathbb{C}) は随伴を共役転置 (A)ij=Aji(A^{*})_{ij} = \overline{A_{ji}} として CC^*-代数で、n2n \ge 2 では非可換です。ノルム閉な *-部分代数はすべての公理を受け継ぐので、コンパクト作用素の全体 K(H)K(H)CC^*-代数です(dimH=\dim H = \infty なら単位元をもちません)。

次に 例 2.2C0(X)C_{0}(X) です。対合を複素共役 f(x)=f(x)f^{*}(x) = \overline{f(x)} とすると ff=supxf(x)2=f2\|f^{*}f\|_{\infty} = \sup_{x}|f(x)|^{2} = \|f\|_{\infty}^{2} なので CC^*-等式が成り立ちます。次節で見るように、これ以外の可換 CC^*-代数はありません。

例 4.5正規でない元ではノルムはスペクトルから見えない

A=M2(C)A = M_{2}(\mathbb{C})a=e12=(0100)a = e_{12} = \begin{pmatrix} 0 & 1 \\ 0 & 0\end{pmatrix} とします。

det(λIa)=λ2\det(\lambda I - a) = \lambda^{2} なので 例 3.5 より σ(a)={0}\sigma(a) = \{0\}、したがって r(a)=0r(a) = 0 です(a2=0a^{2} = 0定理 3.6 からも同じ結論が出ます)。一方 a(x1,x2)T=(x2,0)Ta(x_{1}, x_{2})^{\mathsf{T}} = (x_{2}, 0)^{\mathsf{T}} より ax=x2x\|a\boldsymbol{x}\| = |x_{2}| \le \|\boldsymbol{x}\| で、x=(0,1)T\boldsymbol{x} = (0,1)^{\mathsf{T}} で等号なので a=1\|a\| = 1 です。よって

r(a)=0<1=ar(a) = 0 < 1 = \|a\|

です。CC^*-等式そのものは破れていません。a=e21a^{*} = e_{21}aa=e22a^{*}a = e_{22}aa=1=a2\|a^{*}a\| = 1 = \|a\|^{2} です。破れているのは正規性で、aa=e11e22=aaaa^{*} = e_{11} \ne e_{22} = a^{*}a です。命題 4.2 の 2 が正規性を要求する理由がこれです。

注意 4.6非可換ゲルファント–ナイマルクの定理

上で挙げた例(B(H)B(H) のノルム閉 *-部分代数)が実はすべてです。任意の CC^*-代数 AA に対しヒルベルト空間 HH と等長 *-同型 Aπ(A)B(H)A \cong \pi(A) \subset B(H) が存在します。証明は正値汎関数から表現を作る GNS 構成によります(Murphy『C*-Algebras and Operator Theory』第 3 章)。この記事では使いませんが、「CC^*-代数とは作用素環のことである」という直観の根拠はここにあります。

注意 4.7*-準同型は自動的に連続

AA, BB を単位的 CC^*-代数、π:AB\pi : A \to B を単位元を単位元に写す *-準同型とすると、π\pi は縮小写像です。実際 aa が可逆なら π(a)π(a1)=π(a1)π(a)=1\pi(a)\pi(a^{-1}) = \pi(a^{-1})\pi(a) = 1 より π(a)\pi(a) も可逆なので、σ(π(a))σ(a)\sigma(\pi(a)) \subset \sigma(a)、したがって r(π(a))r(a)r(\pi(a)) \le r(a) です。aaa^{*}aπ(a)π(a)=π(aa)\pi(a)^{*}\pi(a) = \pi(a^{*}a) はともに自己共役なので 命題 4.2 の 2 より

π(a)2=π(a)π(a)=r(π(aa))r(aa)=aa=a2\|\pi(a)\|^{2} = \|\pi(a)^{*}\pi(a)\| = r(\pi(a^{*}a)) \le r(a^{*}a) = \|a^{*}a\| = \|a\|^{2}

を得ます。ノルムが代数構造で決まること(系 4.3)の写像版です。

5. ゲルファント表現と可換ゲルファント–ナイマルクの定理

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可換な場合に「空間を取り戻す」手続きを組み立てます。鍵は、代数から C\mathbb{C} への準同型の全体を点の集合とみなす発想です。C(X)C(X) なら各点 xx での評価 ff(x)f \mapsto f(x) がそのような準同型ですから、これは点を「点での評価」という代数的操作に置き換えることに相当します。

定義 5.1指標とゲルファントスペクトル

AA を可換バナッハ代数とします。線形かつ χ(ab)=χ(a)χ(b)\chi(ab) = \chi(a)\chi(b) を満たす 00 でない写像 χ:AC\chi : A \to \mathbb{C}AA指標といいます。指標全体の集合を Ω(A)\Omega(A) と書き、双対空間 AA^{*} の弱 * 位相からの相対位相を入れて AAゲルファントスペクトル(指標空間、極大イデアル空間)といいます。

補題 5.2指標の基本性質

AA を可換バナッハ代数、χΩ(A)\chi \in \Omega(A) とします。

  1. AA が単位的なら χ(1)=1\chi(1) = 1 です。
  2. 任意の aAa \in Aχ(a)σ(a)\chi(a) \in \sigma(a)、特に χ(a)r(a)a|\chi(a)| \le r(a) \le \|a\| です。したがって χ\chi は連続で χ1\|\chi\| \le 1AA が単位的なら χ=1\|\chi\| = 1 です。
  3. AA が単位的な可換 CC^*-代数なら、任意の aaχ(a)=χ(a)\chi(a^{*}) = \overline{\chi(a)}、すなわち χ\chi*-準同型です。
証明(補題 5.2)

1. χ0\chi \ne 0 なので χ(b)0\chi(b) \ne 0 なる bb があり、χ(b)=χ(b1)=χ(b)χ(1)\chi(b) = \chi(b \cdot 1) = \chi(b)\chi(1)χ(b)\chi(b) で割ると χ(1)=1\chi(1) = 1 です。

2. まず AA が単位的な場合。aa が可逆なら 1=χ(aa1)=χ(a)χ(a1)1 = \chi(aa^{-1}) = \chi(a)\chi(a^{-1}) より χ(a)0\chi(a) \ne 0 です。λ:=χ(a)\lambda := \chi(a) とおくと χ(λ1a)=0\chi(\lambda 1 - a) = 0 なので、いま示したことの対偶より λ1a\lambda 1 - a は可逆でなく、λσ(a)\lambda \in \sigma(a) です。したがって 定理 3.3 より χ(a)r(a)a|\chi(a)| \le r(a) \le \|a\| です。χ\chi は線形で χ(a)a|\chi(a)| \le \|a\| を満たすので連続であり、χ1\|\chi\| \le 1 です。単位的な場合は χ(1)=1\chi(1) = 11=1\|1\| = 1 より χ=1\|\chi\| = 1 です。

AA が単位的でないときは、χ~(a+λ1):=χ(a)+λ\tilde{\chi}(a + \lambda 1) := \chi(a) + \lambdaA~\tilde{A} の指標であることを見れば十分です。乗法性は

χ~((a+λ1)(b+μ1))=χ(ab+λb+μa)+λμ=χ(a)χ(b)+λχ(b)+μχ(a)+λμ=χ~(a+λ1)χ~(b+μ1)\tilde{\chi}\bigl((a+\lambda 1)(b + \mu 1)\bigr) = \chi(ab + \lambda b + \mu a) + \lambda\mu = \chi(a)\chi(b) + \lambda\chi(b) + \mu\chi(a) + \lambda\mu = \tilde{\chi}(a + \lambda 1)\tilde{\chi}(b + \mu 1)

から従います。単位的な場合を χ~\tilde{\chi} に適用すると χ(a)=χ~(a)σA~(a)=σ(a)\chi(a) = \tilde{\chi}(a) \in \sigma_{\tilde{A}}(a) = \sigma(a) です。

3. まず aa を自己共役とし、χ(a)=α+iβ\chi(a) = \alpha + i\betaα,βR\alpha, \beta \in \mathbb{R})と書きます。任意の tRt \in \mathbb{R} に対し 2 と 定理 3.3 より

χ(a+it1)2=α+i(β+t)2=α2+(β+t)2a+it12|\chi(a + it1)|^{2} = |\alpha + i(\beta + t)|^{2} = \alpha^{2} + (\beta+t)^{2} \le \|a + it1\|^{2}

です。右辺を CC^*-等式で評価します。(a+it1)=ait1=ait1(a + it1)^{*} = a^{*} - it1^{*} = a - it1命題 4.2 の 3 より 1=11^{*} = 1)なので

a+it12=(ait1)(a+it1)=a2+t21a2+t2\|a + it1\|^{2} = \|(a - it1)(a + it1)\| = \|a^{2} + t^{2}1\| \le \|a\|^{2} + t^{2}

です(三角不等式と 1=1\|1\| = 1a2a2\|a^{2}\| \le \|a\|^{2})。二つを合わせると、すべての tRt \in \mathbb{R}

α2+β2+2βt+t2a2+t2,すなわち2βta2α2β2\alpha^{2} + \beta^{2} + 2\beta t + t^{2} \le \|a\|^{2} + t^{2}, \qquad \text{すなわち} \qquad 2\beta t \le \|a\|^{2} - \alpha^{2} - \beta^{2}

です。右辺は tt に依らない定数なので、β0\beta \ne 0 なら t±t \to \pm\infty で矛盾します。よって χ(a)=αR\chi(a) = \alpha \in \mathbb{R} です。一般の aa については h=(a+a)/2h = (a + a^{*})/2k=(aa)/(2i)k = (a - a^{*})/(2i) が自己共役で a=h+ika = h + ika=hika^{*} = h - ikχ(h),χ(k)R\chi(h), \chi(k) \in \mathbb{R} なので

χ(a)=χ(h)iχ(k)=χ(h)+iχ(k)=χ(a)\chi(a^{*}) = \chi(h) - i\chi(k) = \overline{\chi(h) + i\chi(k)} = \overline{\chi(a)}

となります。

定義 5.3ゲルファント変換

AA を可換バナッハ代数とします。aAa \in A に対し

a^:Ω(A)C,a^(χ)=χ(a)\hat{a} : \Omega(A) \to \mathbb{C}, \qquad \hat{a}(\chi) = \chi(a)

aaゲルファント変換Γ:aa^\Gamma : a \mapsto \hat{a}AAゲルファント表現といいます。

定理 5.4ゲルファント表現

AA{0}\{0\} でない単位的可換バナッハ代数とします。

  1. Ω(A)\Omega(A) は弱 * 位相について空でないコンパクトハウスドルフ空間です。
  2. aAa \in Aa^\hat{a} は連続で、Γ:AC(Ω(A))\Gamma : A \to C(\Omega(A)) は単位元を単位元に写す代数準同型です。
  3. χkerχ\chi \mapsto \ker\chiΩ(A)\Omega(A) から AA の極大イデアル全体への全単射です。
  4. 任意の aaσ(a)=a^(Ω(A))\sigma(a) = \hat{a}(\Omega(A))、したがって a^=r(a)a\|\hat{a}\|_{\infty} = r(a) \le \|a\|Γ\Gamma は縮小写像です。
証明(定理 5.4)

2. a^\hat{a} は弱 * 連続関数 φφ(a)\varphi \mapsto \varphi(a)Ω(A)\Omega(A) への制限なので連続です。Γ\Gamma の線形性と乗法性は a+b^(χ)=χ(a)+χ(b)\widehat{a+b}(\chi) = \chi(a)+\chi(b)ab^(χ)=χ(a)χ(b)\widehat{ab}(\chi) = \chi(a)\chi(b) から、単位性は 1^(χ)=χ(1)=1\hat{1}(\chi) = \chi(1) = 1補題 5.2 の 1)から従います。

1. 補題 5.2 の 2 より Ω(A)\Omega(A)AA^{*} の閉単位球 BB に含まれ、BB はバナッハ–アラオグルの定理により弱 * コンパクトです。さらに

Ω(A)={φB:φ(1)=1}a,bA{φB:φ(ab)φ(a)φ(b)=0}\Omega(A) = \{\varphi \in B : \varphi(1) = 1\} \cap \bigcap_{a, b \in A}\{\varphi \in B : \varphi(ab) - \varphi(a)\varphi(b) = 0\}

です(φ(1)=1\varphi(1) = 1 の条件が φ0\varphi \ne 0 を保証します)。各 cAc \in A について φφ(c)\varphi \mapsto \varphi(c) は弱 * 連続で、連続関数の積と差も連続ですから、右辺は閉集合の交わり、すなわち閉集合です。コンパクト集合の閉部分集合はコンパクト(定理 4.1[コンパクト性])なので Ω(A)\Omega(A) はコンパクトで、ハウスドルフ性は弱 * 位相のそれから従います。空でないことは 3 と、単位的可換代数には極大イデアルが存在すること(ツォルンの補題)から出ます。

3. χ\chiχ(1)=1\chi(1) = 1 より C\mathbb{C} の上への代数準同型なので A/kerχCA/\ker\chi \cong \mathbb{C} は体で、AA が可換単位的だから kerχ\ker\chi は極大イデアルです。

単射性。kerχ=kerψ=:M\ker\chi = \ker\psi =: M とすると、χ(aχ(a)1)=0\chi(a - \chi(a)1) = 0 より A=M+C1A = M + \mathbb{C}1 です。χ\chiψ\psi はともに MM001111 に写すので、AA 全体で一致します。

全射性。MM を極大イデアルとします。補題 3.2 の 1 より開球 {b:b1<1}\{b : \|b-1\| < 1\} は可逆元のみからなり、真のイデアル MM は可逆元を含まない(uMu \in M が可逆なら 1=u1uM1 = u^{-1}u \in M となり M=AM = A)ので、任意の mMm \in Mm11\|m - 1\| \ge 1 です。この不等式は閉包でも保たれるので 1M1 \notin \overline{M} で、演算の連続性から M\overline{M} はイデアルですから、MM の極大性より M=M\overline{M} = M、すなわち MM は閉です。

したがって商ノルム a+M=infmMam\|a + M\| = \inf_{m \in M}\|a-m\| により A/MA/M はバナッハ空間です。m1,m2Mm_{1}, m_{2} \in M に対し ab(am1)(bm2)Mab - (a-m_{1})(b-m_{2}) \in M なので

(a+M)(b+M)=infmMabmam1bm2\|(a+M)(b+M)\| = \inf_{m \in M}\|ab - m\| \le \|a - m_{1}\|\,\|b - m_{2}\|

となり、m1,m2m_{1}, m_{2} の下限を取れば劣乗法性が出ます。m11\|m-1\| \ge 1 から 1+M1\|1+M\| \ge 1、また 1+M1=1\|1+M\| \le \|1\| = 1 なので 1+M=1\|1+M\| = 1 です。MM が極大で AA が可換単位的なので A/MA/M は体、したがって 系 3.4 より等長同型 ι:A/MC\iota : A/M \to \mathbb{C} があります。商写像 π\pi との合成 χ:=ιπ\chi := \iota\circ\pi は指標で kerχ=M\ker\chi = M です。

4. λσ(a)\lambda \in \sigma(a) とすると (λ1a)A(\lambda 1 - a)A は真のイデアルです((λ1a)b=1(\lambda 1 - a)b = 1 なら AA が可換なので bb は両側逆元となり λ1a\lambda 1 - a が可逆になります)。真のイデアルからなる鎖の合併も真のイデアルなので、ツォルンの補題よりこれは極大イデアル MM に含まれます。3 より M=kerχM = \ker\chi なる χ\chi があり、0=χ(λ1a)=λχ(a)0 = \chi(\lambda 1 - a) = \lambda - \chi(a)、すなわち a^(χ)=λ\hat{a}(\chi) = \lambda です。逆に λ=χ(a)\lambda = \chi(a) の形なら 補題 5.2 の 2 より λσ(a)\lambda \in \sigma(a) です。よって σ(a)=a^(Ω(A))\sigma(a) = \hat{a}(\Omega(A)) となり、

a^=sup{λ:λσ(a)}=r(a)a\|\hat{a}\|_{\infty} = \sup\{|\lambda| : \lambda \in \sigma(a)\} = r(a) \le \|a\|

(最後の不等式は 定理 3.3)で、Γ\Gamma は縮小写像です。

例 5.5ウィーナー環 ℓ¹(Z):ゲルファント変換はフーリエ級数

A=1(Z)A = \ell^{1}(\mathbb{Z}) に畳み込み積 (ab)n=kakbnk(a * b)_{n} = \sum_{k}a_{k}b_{n-k} とノルム a1=nan\|a\|_{1} = \sum_{n}|a_{n}| を入れます。ab1a1b1\|a*b\|_{1} \le \|a\|_{1}\|b\|_{1} は三角不等式とトネリの定理から従います。可換で単位元は δ0\delta_{0}、対合 (a)n=an(a^{*})_{n} = \overline{a_{-n}} は等長なので、AA はバナッハ *-代数です。

指標を全部求めます。 χΩ(A)\chi \in \Omega(A) とし z:=χ(δ1)z := \chi(\delta_{1}) とおきます。δ1δ1=δ0\delta_{1} * \delta_{-1} = \delta_{0} なので δ1\delta_{1} は可逆で、補題 5.2 の 2 より zδ11=1|z| \le \|\delta_{1}\|_{1} = 1 かつ z1=χ(δ1)1|z^{-1}| = |\chi(\delta_{-1})| \le 1、したがって z=1|z| = 1 です。δn\delta_{n}δ±1\delta_{\pm 1}n|n| 重畳み込みなので全 nZn \in \mathbb{Z}χ(δn)=zn\chi(\delta_{n}) = z^{n}、有限台の数列は稠密で χ\chi は連続ですから、

χ(a)=nZanzn.\chi(a) = \sum_{n \in \mathbb{Z}} a_{n}z^{n} .

逆に z=1|z| = 1 なら右辺は絶対収束して指標を定めます(乗法性は畳み込みの定義から)。よって Ω(1(Z))\Omega(\ell^{1}(\mathbb{Z})) は単位円周 T\mathbb{T} と同一視され、ゲルファント変換 a^(z)=nanzn\hat{a}(z) = \sum_{n}a_{n}z^{n} は絶対収束フーリエ級数そのものです。

ウィーナーの定理。 f(z)=nanznf(z) = \sum_{n}a_{n}z^{n}nan<\sum_{n}|a_{n}| < \infty を満たし z=1|z| = 1 で消えないなら、1/f1/f も絶対収束フーリエ級数をもちます。実際 定理 5.4 の 4 より σ(a)=f(T)∌0\sigma(a) = f(\mathbb{T}) \not\ni 0 なので aa1(Z)\ell^{1}(\mathbb{Z}) で可逆で、b=a1b = a^{-1}b^a^=1\hat{b}\hat{a} = 1、つまり nbnzn=1/f(z)\sum_{n}b_{n}z^{n} = 1/f(z)nbn<\sum_{n}|b_{n}| < \infty を満たします。純粋に代数的な可逆性の議論から解析的な結論が出ています。

しかし CC^*-代数ではありません。 a=δ0+δ1δ2a = \delta_{0} + \delta_{1} - \delta_{2} を取ります。a1=3\|a\|_{1} = 3 です。自己相関の計算 (aa)m=jajaj+m(a^{*}*a)_{m} = \sum_{j}\overline{a_{j}}a_{j+m} より

(aa)0=3,(aa)±1=0,(aa)±2=1(a^{*}*a)_{0} = 3, \quad (a^{*}*a)_{\pm 1} = 0, \quad (a^{*}*a)_{\pm 2} = -1

なので aa1=59=a12\|a^{*}*a\|_{1} = 5 \ne 9 = \|a\|_{1}^{2} で、CC^*-等式が破れています。ゲルファント変換の側でも同じことが見えます。a^(eiθ)2=aa^(eiθ)=32cos2θ|\hat{a}(e^{i\theta})|^{2} = \widehat{a^{*}*a}(e^{i\theta}) = 3 - 2\cos 2\theta なので r(a)=a^=5<3=a1r(a) = \|\hat{a}\|_{\infty} = \sqrt{5} < 3 = \|a\|_{1} ですが、可換 CC^*-代数なら 命題 4.2 の 2 よりこの二つは一致しなければなりません。1(Z)\ell^{1}(\mathbb{Z})CC^* 完備化はちょうど C(T)C(\mathbb{T}) です。

定理 5.6ゲルファント–ナイマルクの定理(可換な場合)

  1. AA{0}\{0\} でない単位的可換 CC^*-代数とすると、Γ:AC(Ω(A))\Gamma : A \to C(\Omega(A)) は全射な等長 *-同型です。
  2. XX をコンパクトハウスドルフ空間とすると、evx(f)=f(x)\mathrm{ev}_{x}(f) = f(x) による xevxx \mapsto \mathrm{ev}_{x} は同相写像 XΩ(C(X))X \to \Omega(C(X)) です。
  3. AA{0}\{0\} でない(単位元をもつとは限らない)可換 CC^*-代数とすると、Ω(A)\Omega(A) は局所コンパクトハウスドルフ空間で Γ:AC0(Ω(A))\Gamma : A \to C_{0}(\Omega(A)) は全射な等長 *-同型です。AA の単位性と Ω(A)\Omega(A) のコンパクト性は同値です。
証明(定理 5.6)

1. *-準同型。 補題 5.2 の 3 より任意の χ\chia^(χ)=a^(χ)\widehat{a^{*}}(\chi) = \overline{\hat{a}(\chi)} なので Γ(a)=Γ(a)\Gamma(a^{*}) = \Gamma(a)^{*} です。代数準同型であることは 定理 5.4 の 2 で示しました。

等長性。 AA は可換なので全元が正規です。命題 4.2 の 2 より a=r(a)\|a\| = r(a)定理 5.4 の 4 より r(a)=a^r(a) = \|\hat{a}\|_{\infty} なので Γ(a)=a\|\Gamma(a)\|_{\infty} = \|a\|、特に Γ\Gamma は単射です。

全射性。 B:=Γ(A)B := \Gamma(A) は部分代数で、Γ(1)=1\Gamma(1) = 1 より定数を含み、上に見たとおり複素共役で閉じています。さらに χψ\chi \ne \psi なら定義より χ(a)ψ(a)\chi(a) \ne \psi(a) なる aa があるので、BBΩ(A)\Omega(A) の点を分離します。定理 5.4 の 1 より Ω(A)\Omega(A) はコンパクトハウスドルフなので、ストーン–ワイエルシュトラスの定理から BBC(Ω(A))C(\Omega(A)) で稠密です。一方 Γ\Gamma は等長で AA は完備なので BB は閉部分空間です。稠密かつ閉なので B=C(Ω(A))B = C(\Omega(A)) です。

2. 線形性と乗法性は各点演算の定義そのもの、evx(1)=10\mathrm{ev}_{x}(1) = 1 \ne 0 より evx\mathrm{ev}_{x} は指標です。

単射性。 xyx \ne y なら、コンパクトハウスドルフ空間は正規なので ウリゾーンの補題(補題 6.1)[分離公理と距離づけ可能性] から f(x)=1f(x) = 1, f(y)=0f(y) = 0 なる ff が取れ、evxevy\mathrm{ev}_{x} \ne \mathrm{ev}_{y} です。

連続性。 xixx_{i} \to x なら各 fff(xi)f(x)f(x_{i}) \to f(x)、これはまさに弱 * 位相での evxievx\mathrm{ev}_{x_{i}} \to \mathrm{ev}_{x} です。

全射性。 χΩ(C(X))\chi \in \Omega(C(X)) とし M=kerχM = \ker\chi とおきます。もし各 xXx \in Xfx(x)0f_{x}(x) \ne 0 なる fxMf_{x} \in M があるとします。MM はイデアルなので gx:=fx2Mg_{x} := |f_{x}|^{2} \in M で、gx0g_{x} \ge 0gx(x)>0g_{x}(x) > 0 です。開集合 Ux={y:gx(y)>0}U_{x} = \{y : g_{x}(y) > 0\}XX を覆うので、コンパクト性より X=inUxiX = \bigcup_{i \le n}U_{x_{i}} とでき、g:=igxiMg := \sum_{i}g_{x_{i}} \in M はいたるところ正です。すると gg は可逆となり、MM が真のイデアルであることに反します。よってある x0x_{0} が存在して全 fMf \in Mf(x0)=0f(x_{0}) = 0、つまり Mkerevx0M \subset \ker\mathrm{ev}_{x_{0}} です。定理 5.4 の 3 より両者とも極大イデアルなので M=kerevx0M = \ker\mathrm{ev}_{x_{0}}、同じく 3 の単射性から χ=evx0\chi = \mathrm{ev}_{x_{0}} です。

以上より xevxx \mapsto \mathrm{ev}_{x} は連続な全単射で、XX はコンパクト、Ω(C(X))\Omega(C(X)) はハウスドルフ(定理 5.4 の 1)なので同相です(系 6.5[コンパクト性])。

3. 単位化を経由します。Appendix で証明します。

1 と 2 を合わせると、Ω(A)\Omega(A)C()C(-) を施すと AA に戻り、C(X)C(X)Ω()\Omega(-) を施すと XX に戻ります。コンパクトハウスドルフ空間の圏と単位的可換 CC^*-代数の圏は反変同値なのです(射の対応は 演習 7.4)。この対応の下で位相的概念はすべて代数的概念に翻訳されます。

位相空間 XX の側可換 CC^*-代数 A=C0(X)A = C_{0}(X) の側
XX がコンパクトAA が単位元をもつ
xXx \in X指標 evxΩ(A)\mathrm{ev}_{x} \in \Omega(A)(余次元 11 の極大イデアル)
固有連続写像 φ:XY\varphi : X \to Y*-準同型 C0(Y)C0(X)C_{0}(Y) \to C_{0}(X)
開集合 UXU \subset X閉両側イデアル C0(U)AC_{0}(U) \subset A
閉集合 FXF \subset X商代数 A/C0(XF)C0(F)A/C_{0}(X \setminus F) \cong C_{0}(F)
XX がコンパクトかつ連結AA の射影元(p=p=p2p = p^{*} = p^{2})は 0011 のみ
XX がコンパクト距離化可能AA が可分
XX 上の複素ベクトル束AA 上の有限生成射影加群(セール–スワンの定理(定理 4.1)[K-理論入門]

右の列はどれも可換性を使わずに述べられます。ここが非可換幾何学の出発点です。一般の CC^*-代数 AA を「非可換空間上の C0C_{0}」だと思い、右列の概念をそのまま定義に採用します。最後の行が K-理論への入口で、詳しくは K-理論入門 を参照してください。非可換な具体例としては 非可換トーラスの例 が最も見通しがよいと思います。

可換ゲルファント–ナイマルクの定理は可換な CC^*-代数についての定理ですが、非可換な CC^*-代数でも、正規元 aa ひとつを取れば aaaa^{*} は可換なので、aa が生成する部分代数は可換です。ここに可換の定理を適用すると、非可換な世界でも使える道具が得られます。aa に連続関数 ff を「代入」できるようになるのです。

注意 6.1スペクトルの不変性

AA を単位的 CC^*-代数、BAB \subset A を同じ単位元をもつ CC^*-部分代数(ノルム閉 *-部分代数)とすると、任意の bBb \in BσB(b)=σA(b)\sigma_{B}(b) = \sigma_{A}(b) です。σA(b)σB(b)\sigma_{A}(b) \subset \sigma_{B}(b)BB で可逆なら AA でも可逆であることから従いますが、逆向きは非自明で、一般のバナッハ代数では偽です。演習 7.3 のディスク代数は最大値原理により C(T)C(\mathbb{T}) の閉部分代数とみなせますが、座標関数 zz のスペクトルは C(T)C(\mathbb{T}) では T\mathbb{T}、ディスク代数では閉円板 D\overline{\mathbb{D}} で、部分代数の側で穴が埋まっています。CC^*-代数でこれが起きないのは、自己共役元のスペクトルが実数直線に含まれ、埋めるべき穴を持たないからです。証明は Murphy『C*-Algebras and Operator Theory』第 2 章にあります。以下この事実を使い、単に σ(b)\sigma(b) と書きます。

系 6.2連続関数計算

AA を単位的 CC^*-代数、aAa \in A を正規元とし、C(a,1)C^{*}(a,1)aa, aa^{*}, 11 を含む最小のノルム閉 *-部分代数とします。

  1. C(a,1)C^{*}(a,1) は可換な単位的 CC^*-代数で、a^:Ω(C(a,1))σ(a)\hat{a} : \Omega(C^{*}(a,1)) \to \sigma(a) は同相写像です。
  2. 単位元を単位元に写す *-同型 Φ:C(σ(a))C(a,1)\Phi : C(\sigma(a)) \to C^{*}(a,1) で恒等関数 id\mathrm{id}aa に写すものがただ一つ存在し、等長です。fC(σ(a))f \in C(\sigma(a)) に対し f(a):=Φ(f)f(a) := \Phi(f) と書きます。
  3. (スペクトル写像定理)任意の fC(σ(a))f \in C(\sigma(a))σ(f(a))=f(σ(a))\sigma(f(a)) = f(\sigma(a))、さらに gC(σ(f(a)))g \in C(\sigma(f(a)))(gf)(a)=g(f(a))(g \circ f)(a) = g(f(a)) です。
証明(系 6.2)

1. aa, aa^{*}, 11 が生成する *-部分代数 PP は、aaaa^{*} の多項式全体です。aa は正規なので aaaa^{*} は可換、したがって PP の任意の二元は可換で、乗法の連続性から閉包も可換です。よって B:=C(a,1)=PB := C^{*}(a,1) = \overline{P} は可換な、ノルム閉 *-部分代数すなわち CC^*-代数です。

定理 5.4 の 4 を BB に適用すると a^(Ω(B))=σB(a)\hat{a}(\Omega(B)) = \sigma_{B}(a) で、注意 6.1 よりこれは σ(a)\sigma(a) に等しく、a^:Ω(B)σ(a)\hat{a} : \Omega(B) \to \sigma(a) は全射です(連続性は同 2)。単射性は次のとおりです。χ(a)=ψ(a)\chi(a) = \psi(a) とすると 補題 5.2 の 3 より χ(a)=χ(a)=ψ(a)\chi(a^{*}) = \overline{\chi(a)} = \psi(a^{*})、同 1 より χ(1)=ψ(1)=1\chi(1) = \psi(1) = 1 なので、χ\chiψ\psi は代数準同型として PP 上一致し、連続(同 2)で PP が稠密だから BB 全体で一致します。Ω(B)\Omega(B) はコンパクト、σ(a)\sigma(a) はハウスドルフなので、連続な全単射 a^\hat{a} は同相です。

2. 引き戻し a^:C(σ(a))C(Ω(B))\hat{a}^{\sharp} : C(\sigma(a)) \to C(\Omega(B)), ffa^f \mapsto f \circ \hat{a} は単位的な等長 *-同型です(全単射性は a^\hat{a} が同相だから、等長性は fa^=f\|f \circ \hat{a}\|_{\infty} = \|f\|_{\infty} から)。定理 5.6 の 1 より Γ:BC(Ω(B))\Gamma : B \to C(\Omega(B)) も等長 *-同型なので、

Φ:=Γ1a^:C(σ(a))B\Phi := \Gamma^{-1} \circ \hat{a}^{\sharp} : C(\sigma(a)) \longrightarrow B

とおけば、これは単位的な等長 *-同型で Φ(id)=Γ1(a^)=a\Phi(\mathrm{id}) = \Gamma^{-1}(\hat{a}) = a です。

一意性。Ψ:C(σ(a))A\Psi : C(\sigma(a)) \to A を単位的 *-準同型で Ψ(id)=a\Psi(\mathrm{id}) = a なるものとすると、Ψ(id)=a\Psi(\overline{\mathrm{id}}) = a^{*} なので、zzzˉ\bar{z} の多項式の全体では Φ\Phi と一致します。この多項式全体は σ(a)\sigma(a) の点を分離し定数を含み複素共役で閉じているので、ストーン–ワイエルシュトラスの定理より C(σ(a))C(\sigma(a)) で稠密です。Φ\PhiΨ\Psi はともに連続(注意 4.7)なので、両者は一致します。

3. Φ\Phi*-同型なので可逆性を保ち、したがってスペクトルを保ちます。よって

σB(f(a))=σC(σ(a))(f)=f(σ(a))\sigma_{B}(f(a)) = \sigma_{C(\sigma(a))}(f) = f(\sigma(a))

です(最後の等号は 例 3.5σ(a)\sigma(a) はコンパクトハウスドルフ空間)。注意 6.1 より σB(f(a))=σA(f(a))\sigma_{B}(f(a)) = \sigma_{A}(f(a)) です。

合成については、f(a)Bf(a) \in B は正規なので f(a)f(a) に対する 2 の写像 Φf(a):C(σ(f(a)))A\Phi_{f(a)} : C(\sigma(f(a))) \to A が定まります。一方 gΦa(gf)g \mapsto \Phi_{a}(g \circ f) も同じ始域と終域をもつ単位的 *-準同型です(ggfg \mapsto g\circ fΦa\Phi_{a} の合成)。両者とも id\mathrm{id}f(a)f(a) に写すので、2 の一意性より一致します。すなわち (gf)(a)=g(f(a))(g\circ f)(a) = g(f(a)) です。

例 6.3平方根を実際に計算する

有限次元の場合。 A=M2(C)A = M_{2}(\mathbb{C})a=(2112)a = \begin{pmatrix} 2 & 1 \\ 1 & 2\end{pmatrix} とします。aa は自己共役なので正規で、固有多項式 (2λ)21=λ24λ+3(2-\lambda)^{2} - 1 = \lambda^{2}-4\lambda+3 から 例 3.5 より σ(a)={1,3}\sigma(a) = \{1, 3\} です。f(t)=tf(t) = \sqrt{t}σ(a)\sigma(a) 上連続なので f(a)f(a) が定まります。σ(a)\sigma(a) は二点なので C(σ(a))C2C(\sigma(a)) \cong \mathbb{C}^{2} で、ff は多項式で正確に再現できます。ラグランジュ補間で p(t)=312t+332p(t) = \frac{\sqrt{3}-1}{2}t + \frac{3-\sqrt{3}}{2} とおくと

p(1)=312+332=22=1=1,p(3)=3332+332=232=3p(1) = \frac{\sqrt{3}-1}{2} + \frac{3-\sqrt{3}}{2} = \frac{2}{2} = 1 = \sqrt{1}, \qquad p(3) = \frac{3\sqrt{3}-3}{2} + \frac{3-\sqrt{3}}{2} = \frac{2\sqrt{3}}{2} = \sqrt{3}

なので σ(a)\sigma(a) 上で p=fp = f、したがって f(a)=p(a)f(a) = p(a) です。計算すると

f(a)=312(2112)+332(1001)=12(3+131313+1).f(a) = \frac{\sqrt{3}-1}{2}\begin{pmatrix} 2 & 1 \\ 1 & 2\end{pmatrix} + \frac{3-\sqrt{3}}{2}\begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 1\end{pmatrix} = \frac{1}{2}\begin{pmatrix} \sqrt{3}+1 & \sqrt{3}-1 \\ \sqrt{3}-1 & \sqrt{3}+1\end{pmatrix} .

検算します。u=(3+1)/2u = (\sqrt{3}+1)/2, v=(31)/2v = (\sqrt{3}-1)/2 とおくと u2+v2=(4+23)+(423)4=2u^{2}+v^{2} = \frac{(4+2\sqrt{3}) + (4-2\sqrt{3})}{4} = 22uv=2314=12uv = 2\cdot\frac{3-1}{4} = 1 なので、確かに f(a)2=(2112)=af(a)^{2} = \begin{pmatrix} 2 & 1 \\ 1 & 2\end{pmatrix} = a です。

無限次元の場合。 H=L2[0,1]H = L^{2}[0,1]a=Mta = M_{t}(Mtξ)(t)=tξ(t)(M_{t}\xi)(t) = t\,\xi(t))とします。MtM_{t} は自己共役で、λ[0,1]\lambda \notin [0,1] なら M1/(λt)M_{1/(\lambda-t)} が逆作用素、λ[0,1]\lambda \in [0,1] なら MλtM_{\lambda-t} の像は稠密ですが全射でないので可逆ではありません。よって σ(a)=[0,1]\sigma(a) = [0,1] です。fMff \mapsto M_{f}C[0,1]B(H)C[0,1] \to B(H) の単位的 *-準同型で idMt\mathrm{id} \mapsto M_{t} なので、系 6.2 の 2 の一意性から f(a)=Mff(a) = M_{f}、特に a=Mt\sqrt{a} = M_{\sqrt{t}} です。t\sqrt{t}[0,1][0,1] 上のどんな多項式とも一致しないので、a\sqrt{a} は一様近似の極限としてはじめて手に入ります。連続関数計算が「多項式計算の完備化」であることが見て取れます。

連続関数計算はこの理論の主力道具です。aa が自己共役なら σ(a)R\sigma(a) \subset \mathbb{R} が示せ(補題 5.2 の 3 と 定理 5.4 の 4 より、可換部分代数上で指標の値が実数になるため)、さらに σ(a)[0,)\sigma(a) \subset [0,\infty) のとき aa正値といい、b=ab = \sqrt{a} として a=bba = b^{*}b と書けます。連続関数計算は射影元(σ(a){0,1}\sigma(a) \subset \{0,1\})やユニタリ元(σ(a)T\sigma(a) \subset \mathbb{T})を作り出す機械であり、そこから K-理論の群 K0K_{0}, K1K_{1} が組み立てられます。スペクトル三つ組で使う D|D|D(1+D2)1/2D(1+D^{2})^{-1/2} も同じ関数計算(非有界の場合はその拡張)で定義されます。スペクトル三つ組 (A, H, D)定義 3.1[スペクトル三つ組 (A, H, D)])と 指数定理への応用 を参照してください。

演習 7.1

AA を単位的複素バナッハ代数、aAa \in AμC\mu \in \mathbb{C} とします。

  1. σ(μ1+a)=μ+σ(a):={μ+λ:λσ(a)}\sigma(\mu 1 + a) = \mu + \sigma(a) := \{\mu + \lambda : \lambda \in \sigma(a)\} を示してください。
  2. aa が可逆なら 0σ(a)0 \notin \sigma(a) であり、σ(a1)={λ1:λσ(a)}\sigma(a^{-1}) = \{\lambda^{-1} : \lambda \in \sigma(a)\} であることを示してください。
解答

1. λ1(μ1+a)=(λμ)1a\lambda 1 - (\mu 1 + a) = (\lambda - \mu)1 - a ですから、λσ(μ1+a)\lambda \in \sigma(\mu 1 + a)λμσ(a)\lambda - \mu \in \sigma(a)、すなわち λμ+σ(a)\lambda \in \mu + \sigma(a) は同値です。

2. 01a=a0 \cdot 1 - a = -aaa が可逆なら可逆なので 0σ(a)0 \notin \sigma(a)、同じ理由で 0σ(a1)0 \notin \sigma(a^{-1}) です。λ0\lambda \ne 0 に対し次の恒等式が成り立ちます。

λa(λ11a1)=λ(λ1aaa1)=a+λ1=λ1a.-\lambda\, a\,(\lambda^{-1}1 - a^{-1}) = -\lambda\bigl(\lambda^{-1}a - aa^{-1}\bigr) = -a + \lambda 1 = \lambda 1 - a .

λ0-\lambda \ne 0 はスカラー、aa は可逆ですから、可逆元を掛けても可逆性は変わりません。したがって λ1a\lambda 1 - aλ11a1\lambda^{-1}1 - a^{-1} の可逆性は同値、対偶を取れば λσ(a)\lambda \in \sigma(a)λ1σ(a1)\lambda^{-1} \in \sigma(a^{-1}) が同値です。どちらのスペクトルも 00 を含まないので、λλ1\lambda \mapsto \lambda^{-1}σ(a)\sigma(a) から σ(a1)\sigma(a^{-1}) への全単射です。

演習 7.2標準

AACC^*-代数とします。

  1. aAa \in Aaa=0a^{*}a = 0 を満たすなら a=0a = 0 であることを示してください。
  2. bAb \in A が自己共役で、ある n1n \ge 1 について bn=0b^{n} = 0 ならば b=0b = 0 であることを示してください。
  3. 2 の結論が「自己共役」という仮定なしには成り立たないことを、反例で示してください。
解答

1. CC^*-等式(定義 4.1 の 3)より a2=aa=0\|a\|^{2} = \|a^{*}a\| = 0、したがって a=0a = 0 です。

2. 命題 4.2 の 2 の証明の中で、自己共役元 bb について b2k=b2k\|b^{2^{k}}\| = \|b\|^{2^{k}}k=0,1,2,k = 0,1,2,\ldots)が示されています。2kn2^{k} \ge n となる kk を取ると b2k=bnb2kn=0b^{2^{k}} = b^{n}\,b^{2^{k}-n} = 0 なので b2k=0\|b\|^{2^{k}} = 0、すなわち b=0b = 0 です。同じことは 命題 4.2 の 2 と 定理 3.6 からも出ます。b=r(b)=limmbm1/m=0\|b\| = r(b) = \lim_{m}\|b^{m}\|^{1/m} = 0mnm \ge nbm=0b^{m} = 0)です。

3. 例 4.5a=e12M2(C)a = e_{12} \in M_{2}(\mathbb{C}) が反例です。a2=0a^{2} = 0 かつ a0a \ne 0 で、aa は自己共役ではありません(a=e21e12a^{*} = e_{21} \ne e_{12})。実際 a=1\|a\| = 1 である一方 r(a)=0r(a) = 0 で、b=r(b)\|b\| = r(b) が破れています。可換 CC^*-代数 C0(X)C_{0}(X) で言えば 1 も 2 も「f2=0|f|^{2} = 0 なら f=0f = 0」という当たり前のことですが、それが公理だけから出るところが CC^*-等式の強さです。

演習 7.3標準

D={zC:z<1}\mathbb{D} = \{z \in \mathbb{C} : |z| < 1\} とし、その閉包を D\overline{\mathbb{D}} とします。

A(D)={fC(D):fD は正則}A(\mathbb{D}) = \{f \in C(\overline{\mathbb{D}}) : f|_{\mathbb{D}} \text{ は正則}\}

ディスク代数といいます。

  1. A(D)A(\mathbb{D}) は上限ノルムについて単位的可換バナッハ代数であることを示してください。
  2. wDw \in \overline{\mathbb{D}} に対し evw\mathrm{ev}_{w}A(D)A(\mathbb{D}) の指標であることを示してください。逆に A(D)A(\mathbb{D}) のすべての指標がこの形であることは認めてよいものとします(Ω(A(D))D\Omega(A(\mathbb{D})) \cong \overline{\mathbb{D}})。
  3. A(D)A(\mathbb{D}) が上限ノルムに関して CC^*-代数になることはないことを示してください。
解答

1. D\overline{\mathbb{D}} はコンパクトなので 例 2.2 より C(D)C(\overline{\mathbb{D}}) は単位的可換バナッハ代数で、正則関数の和・積・スカラー倍は正則、定数 11 も正則なので A(D)A(\mathbb{D}) はその部分代数です。fnA(D)f_{n} \in A(\mathbb{D})ff に一様収束すれば D\mathbb{D} 上でも一様収束するので、局所一様収束極限は正則というワイエルシュトラスの定理から fA(D)f \in A(\mathbb{D})、つまり閉部分代数です。閉部分代数はバナッハ代数なので主張が従います。

2. evw\mathrm{ev}_{w} は線形かつ evw(fg)=evw(f)evw(g)\mathrm{ev}_{w}(fg) = \mathrm{ev}_{w}(f)\mathrm{ev}_{w}(g) で、evw(1)=10\mathrm{ev}_{w}(1) = 1 \ne 0 なので指標です。

3. A(D)A(\mathbb{D}) が上限ノルムとある対合について CC^*-代数になったとします。可換なので 定理 5.6 の 1 よりゲルファント表現 Γ\GammaC(Ω(A(D)))C(\Omega(A(\mathbb{D}))) の上への等長 *-同型です。2 で認めた同一視の下では f^(evw)=f(w)\hat{f}(\mathrm{ev}_{w}) = f(w)、つまり Γ\Gammaff をそれ自身に写すので、全射性は A(D)=C(D)A(\mathbb{D}) = C(\overline{\mathbb{D}}) を意味します。

ところがこれは偽です。g(z)=zˉg(z) = \bar{z}D\overline{\mathbb{D}} 上連続ですが、z=x+iyz = x+iy に対し u(x,y)=xu(x,y) = xv(x,y)=yv(x,y) = -y でコーシー–リーマンの方程式 ux=vyu_{x} = v_{y}1=11 = -1 となるので D\mathbb{D} 上正則ではありません。よって gC(D)A(D)g \in C(\overline{\mathbb{D}}) \setminus A(\mathbb{D}) で矛盾します。

この例は「ゲルファント変換が等長であること」と「CC^*-代数であること」が別物であることも示します。A(D)A(\mathbb{D}) のゲルファント変換は上の同一視の下で恒等写像なので等長ですが、像が複素共役で閉じていないため CC^*-代数にはなりません。CC^*-等式が効くのはまさにこの部分(補題 5.2 の 3)です。

演習 7.4

XX, YY をコンパクトハウスドルフ空間とします。

  1. 連続写像 φ:XY\varphi : X \to Y に対し φ:C(Y)C(X)\varphi^{\sharp} : C(Y) \to C(X), φ(f)=fφ\varphi^{\sharp}(f) = f \circ \varphi は、単位元を単位元に写す *-準同型であることを示してください。
  2. 逆に、単位元を単位元に写す任意の *-準同型 Ψ:C(Y)C(X)\Psi : C(Y) \to C(X) は、ある連続写像 φ:XY\varphi : X \to Y によって Ψ=φ\Psi = \varphi^{\sharp} と書けることを示してください。
  3. φ\varphi が全射であることと φ\varphi^{\sharp} が単射であることは同値であることを示してください。
解答

1. fφf\circ\varphi は連続なので C(X)C(X) の元で、(f+λg)φ=fφ+λ(gφ)(f+\lambda g)\circ\varphi = f\circ\varphi + \lambda(g\circ\varphi)(fg)φ=(fφ)(gφ)(fg)\circ\varphi = (f\circ\varphi)(g\circ\varphi)fφ=fφ\overline{f}\circ\varphi = \overline{f\circ\varphi}1φ=11\circ\varphi = 1 がいずれも各点で確かめられます。

2. xXx \in X を固定すると evxΨ\mathrm{ev}_{x}\circ\Psi は代数準同型で 1111 に写すので C(Y)C(Y) の指標です。定理 5.6 の 2 より Ω(C(Y))={evy}yY\Omega(C(Y)) = \{\mathrm{ev}_{y}\}_{y \in Y}yevyy \mapsto \mathrm{ev}_{y} は単射ですから、evxΨ=evφ(x)\mathrm{ev}_{x}\circ\Psi = \mathrm{ev}_{\varphi(x)} なる φ(x)Y\varphi(x) \in Y がただ一つ定まります。すなわち

Ψ(f)(x)=f(φ(x))(fC(Y), xX)\Psi(f)(x) = f(\varphi(x)) \qquad (f \in C(Y),\ x \in X)

つまり Ψ=φ\Psi = \varphi^{\sharp} です。

残るは φ\varphi の連続性です。xixx_{i} \to x をネットとすると、Ψ(f)\Psi(f) は連続なので各 fff(φ(xi))=Ψ(f)(xi)Ψ(f)(x)=f(φ(x))f(\varphi(x_{i})) = \Psi(f)(x_{i}) \to \Psi(f)(x) = f(\varphi(x)) です。もし φ(xi)φ(x)\varphi(x_{i}) \to \varphi(x) でないとすると、φ(x)\varphi(x) の開近傍 UU と部分ネット (xj)(x_{j})φ(xj)U\varphi(x_{j}) \notin U なるものが取れます。YY は正規なのでウリゾーンの補題により f(φ(x))=1f(\varphi(x)) = 1 かつ YUY \setminus Uf=0f = 0 なる ff が取れ、f(φ(xj))=0↛1f(\varphi(x_{j})) = 0 \not\to 1 となって矛盾します。

3. ()(\Rightarrow) φ\varphi が全射で fφ=0f\circ\varphi = 0 なら、任意の y=φ(x)y = \varphi(x)f(y)=0f(y) = 0、つまり f=0f = 0 なので φ\varphi^{\sharp} は単射です。

()(\Leftarrow) 対偶を示します。φ\varphi が全射でないとすると、φ(X)\varphi(X) はコンパクトの連続像なのでコンパクト、YY はハウスドルフなので閉集合です。y0Yφ(X)y_{0} \in Y \setminus \varphi(X) を取ると、ウリゾーンの補題により f(y0)=1f(y_{0}) = 1 かつ φ(X)\varphi(X)f=0f = 0 なる fC(Y)f \in C(Y) があります。f0f \ne 0 なのに φ(f)=0\varphi^{\sharp}(f) = 0 なので、φ\varphi^{\sharp} は単射ではありません。

この演習と 定理 5.6 を合わせると、コンパクトハウスドルフ空間の圏は単位的可換 CC^*-代数の圏と反変同値です。3 は「全射と単射が入れ替わる」という反変性の現れです。

  • G. J. Murphy『C*-Algebras and Operator Theory』Academic Press, 1990 — 第 1 章(バナッハ代数とスペクトル理論)、第 2 章(CC^*-代数、ゲルファント理論、連続関数計算)、第 3 章(GNS 構成)。この記事にもっとも近い構成です。
  • W. Rudin『Functional Analysis』2nd ed., McGraw-Hill, 1991 — 第 10 章(バナッハ代数)、第 11 章(可換バナッハ代数、ウィーナーの定理)。定理 3.6 の証明はこの本の流儀に近いものです。
  • R. V. Kadison, J. R. Ringrose『Fundamentals of the Theory of Operator Algebras I: Elementary Theory』Academic Press, 1983 — 第 3 章、第 4 章。
  • J. Dixmier『C*-algebras』North-Holland, 1977(原著 Les C*-algèbres et leurs représentations, Gauthier-Villars, 1964)— 第 1 章、第 2 章。
  • I. M. Gelfand, M. A. Naimark, “On the imbedding of normed rings into the ring of operators in Hilbert space”, Mat. Sbornik 12 (54) (1943), 197–213. — 可換・非可換両方のゲルファント–ナイマルク定理の原論文。
  • A. Connes『Noncommutative Geometry』Academic Press, 1994 — 序章および第 II 章。CC^*-代数を非可換空間として使う立場が展開されます。

本文では 定理 5.6 の 3 の証明を先送りにしました。ここで補います。鍵は CC^*-代数の単位化に正しい CC^*-ノルムを入れることで、注意 2.4 のノルム a+λ\|a\| + |\lambda|CC^*-等式を満たさないので使えません。

左正則表現による単位化。 AA を単位元をもたない CC^*-代数とし、*-代数 A~=AC\tilde{A} = A \oplus \mathbb{C}注意 2.4 の積と対合 (a,λ)=(a,λˉ)(a,\lambda)^{*} = (a^{*}, \bar{\lambda}) を入れます。x=(a,λ)x = (a,\lambda) に対しバナッハ空間 AA 上の有界作用素 Lx(b)=ab+λbL_{x}(b) = ab + \lambda b を考え、xop:=LxB(A)\|x\|_{\mathrm{op}} := \|L_{x}\|_{B(A)} とおきます。Lxy=LxLyL_{xy} = L_{x}L_{y} は積の定義から直ちに従うので、op\|\cdot\|_{\mathrm{op}} は劣乗法的な半ノルムです。

LL が単射であること。 Lx=0L_{x} = 0 とします。λ=0\lambda = 0 なら ab=0ab = 0 が全 bb で成り立ち、b=ab = a^{*} と取れば a2=aa=0\|a\|^{2} = \|aa^{*}\| = 0命題 4.2 の 1 と CC^*-等式)より a=0a = 0 です。λ0\lambda \ne 0 なら e:=a/λe := -a/\lambdaeb=beb = b(全 bb)を満たします。随伴を取ると ce=cce^{*} = c(全 cc)で、前者に b=eb = e^{*}、後者に c=ec = e を代入すると ee=eee^{*} = e^{*}ee=eee^{*} = e を得るので e=ee = e^{*}、したがって be=be=bbe = be^{*} = b も成り立ち eeAA の単位元になります。これは仮定に反します。

AA 上で元のノルムと一致すること。 Laa\|L_{a}\| \le \|a\| は劣乗法性から。逆に a0a \ne 0 なら b=a/ab = a^{*}/\|a\|b=1\|b\| = 1La(b)=aa/a=a\|L_{a}(b)\| = \|aa^{*}\|/\|a\| = \|a\| なので Laa\|L_{a}\| \ge \|a\| です。よって AA~A \subset \tilde{A} は等長に埋め込まれます。

CC^*-等式。 xA~x \in \tilde{A}b1\|b\| \le 1 なる bAb \in A に対し xbAxb \in A なので、AACC^*-等式が使えて

xb2=(xb)(xb)=b(xx)bb(xx)bxxop\|xb\|^{2} = \|(xb)^{*}(xb)\| = \|b^{*}(x^{*}x)b\| \le \|b^{*}\|\,\|(x^{*}x)b\| \le \|x^{*}x\|_{\mathrm{op}}

です。上限を取ると xop2xxop\|x\|_{\mathrm{op}}^{2} \le \|x^{*}x\|_{\mathrm{op}}。劣乗法性と合わせて xop2xopxop\|x\|_{\mathrm{op}}^{2} \le \|x^{*}\|_{\mathrm{op}}\|x\|_{\mathrm{op}}、すなわち xopxop\|x\|_{\mathrm{op}} \le \|x^{*}\|_{\mathrm{op}} で、xx^{*} に適用して逆向きも得られ xop=xop\|x^{*}\|_{\mathrm{op}} = \|x\|_{\mathrm{op}} です。よって

xop2xxopxopxop=xop2\|x\|_{\mathrm{op}}^{2} \le \|x^{*}x\|_{\mathrm{op}} \le \|x^{*}\|_{\mathrm{op}}\|x\|_{\mathrm{op}} = \|x\|_{\mathrm{op}}^{2}

はすべて等号です。完備性は、AA が閉部分空間として完備で A~=AC1\tilde{A} = A \oplus \mathbb{C}1 が有限次元の追加であることから従います。以上で A~\tilde{A} は単位的 CC^*-代数です。

指標空間の一点コンパクト化。 AA を単位元をもたない可換 CC^*-代数とします。χ(a+λ1):=λ\chi_{\infty}(a + \lambda 1) := \lambdaA~\tilde{A} の指標で核は AA です。χχ\chi \ne \chi_{\infty} なら χAΩ(A)\chi|_{A} \in \Omega(A) で、逆に 補題 5.2 の 2 の証明のとおり Ω(A)\Omega(A) の元は A~\tilde{A} の指標に一意に延長されます。この対応 Ω(A~){χ}Ω(A)\Omega(\tilde{A})\setminus\{\chi_{\infty}\} \to \Omega(A) は全単射で、どちらも弱 * 位相なので同相です。よって Ω(A~)\Omega(\tilde{A})Ω(A)\Omega(A) の一点コンパクト化で、Ω(A)\Omega(A) はコンパクトハウスドルフ空間の開集合として局所コンパクトハウスドルフです。

証明の完成。 定理 5.6 の 1 を A~\tilde{A} に適用すると ΓA~:A~C(Ω(A~))\Gamma_{\tilde{A}} : \tilde{A} \to C(\Omega(\tilde{A})) は等長 *-同型で、この同型の下で

A=kerχ  {F:F(χ)=0}=C0(Ω(A~){χ})=C0(Ω(A))A = \ker\chi_{\infty} \ \longleftrightarrow\ \{F : F(\chi_{\infty}) = 0\} = C_{0}\bigl(\Omega(\tilde{A})\setminus\{\chi_{\infty}\}\bigr) = C_{0}(\Omega(A))

が対応します(コンパクト空間から一点を除いた開集合上で、無限遠で消える連続関数とは、その点で 00 になる連続関数の制限にほかなりません)。制限 ΓA~A\Gamma_{\tilde{A}}|_{A} はちょうど ΓA\Gamma_{A} ですから、ΓA:AC0(Ω(A))\Gamma_{A} : A \to C_{0}(\Omega(A)) は等長 *-同型です。単位性とコンパクト性の同値は、AC0(Ω(A))A \cong C_{0}(\Omega(A))例 2.2 の最後の主張から従います。

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