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内積空間とグラム・シュミット直交化:長さと角度を線形代数に持ち込む

前提:対角化とジョルダン標準形:変換が一番簡単に見える座標を探す

生 Markdown
  • ベクトル空間の公理には「長さ」も「角度」も入っていません。それらを追加で与える構造が内積であり、内積を持つベクトル空間を内積空間と呼びます。
  • 内積さえあれば、ノルム x=x,x\|x\| = \sqrt{\langle x,x\rangle} と、コーシー・シュワルツの不等式を経由して角度 cosθ=x,y/(xy)\cos\theta = \langle x,y\rangle/(\|x\|\|y\|) が定義できます。三角不等式もピタゴラスの定理も、そこから証明される定理になります。
  • 正規直交基底を使うと、ベクトルの座標が x=kx,ekekx = \sum_k \langle x, e_k\rangle e_k と内積だけで書けます。連立一次方程式を解く必要がなくなり、内積とノルムの計算が座標の言葉に翻訳されます。
  • グラム・シュミットの直交化は、任意の一次独立系から、各段階での張る空間を保ったまま正規直交系を作る手続きです。結果として、有限次元の内積空間には必ず正規直交基底が存在します。行列の言葉では QRQR 分解にあたります。
  • 有限次元部分空間 WW に対して V=WWV = W \oplus W^{\perp} が成り立ち、直交射影 PWP_WWW の中で xx に最も近い点を与えます。最小二乗法も主成分分析も、この一つの定理の応用です。

1. 動機 — ベクトル空間には、まだ「ものさし」がない

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ベクトル空間と線形変換 で見たとおり、ベクトル空間の公理(定義 3.1[ベクトル空間と線形変換])に登場する演算は和とスカラー倍だけです。この二つからは、一次独立・基底・次元・部分空間・線形写像といった概念がすべて出てきます。しかしそこには、高校で扱った「ベクトルの大きさ」や「なす角」は一度も現れていません。

これは欠陥ではなく、意図的な設計です。公理を弱くしておけば、多項式の空間・数列の空間・行列の空間・関数の空間といった、見た目のまったく違う対象を同じ言葉で扱えます。その代償として、公理だけでは次のような問いに答えられません。

  • 2 本のベクトルが「垂直」とはどういうことか。
  • 与えられた部分空間 WW の中で、点 xx最も近い点はどれか。
  • ある基底が「使いやすい」とはどういうことか。

3 つ目の問いは、直前の章と直結しています。対角化とジョルダン標準形 では、線形変換を対角行列で表す基底を探しました。対角化できる場合でも、得られる固有ベクトルの基底は一般には「斜め」で、基底ベクトル同士の角度もばらばらです。基底が直交していれば、座標を求める計算も、逆行列の計算も劇的に簡単になります。実対称行列がいつでも直交する固有ベクトルの基底を持つ、というのが次章の スペクトル定理系 4.3[スペクトル定理])ですが、そこへ進むには、まず「直交」という言葉を定義しなければなりません。

歴史的には、内積は R3\mathbb{R}^3 のベクトル解析(ギブス、ヘヴィサイド)で「仕事 =Fs= \boldsymbol{F}\cdot\boldsymbol{s}」を表す道具として定着し、その後、フーリエ級数と積分方程式の研究を通じて関数の空間へ持ち込まれました。この記事の主役である直交化の手続きは、グラム(1883 年、最小二乗法の研究)とシュミット(1907 年、積分方程式論の研究)の名前で呼ばれますが、同じ計算はそれ以前のラプラスやコーシーの仕事にも現れています。名前よりも重要なのは、有限次元でも無限次元でも、内積さえあれば同じ手続きが動くという一般性です。

flowchart LR
A["内積 ⟨x, y⟩"] --> B["ノルム ‖x‖<br/>長さ・距離"]
A --> C["直交性 ⟨x,y⟩ = 0<br/>角度"]
B --> D["正規直交基底"]
C --> D
D --> E["直交射影<br/>最良近似・最小二乗法"]
D --> F["直交行列・QR 分解<br/>スペクトル定理・主成分分析"]
内積から派生する概念の系図。この記事は左端から右端までを一本の道として辿ります

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