宇宙の年齢 138 億年は、地層のようにどこかから掘り出した数字ではありません。膨張の速さから逆算した 数字です。いちばん粗い見積もりは「今の膨張の速さで割り算する」こと、つまりハッブル定数の逆数 1 / H 0 1/H_0 1/ H 0 です。
H 0 = 67.4 k m / s / M p c H_0 = 67.4\ \mathrm{km/s/Mpc} H 0 = 67.4 km/s/Mpc を年に直すと 1 / H 0 = 145 1/H_0 = 145 1/ H 0 = 145 億年になります。実際の 138 億年はこれに 0.951 0.951 0.951 を掛けた値で、この 0.951 0.951 0.951 の中身に物質とダークエネルギーの綱引きが入っています。この記事ではその係数を手計算で出します。
観測可能な宇宙の半径は 138 億光年ではなく 、約 465 億光年です。光が飛んでいた 138 億年のあいだに、光の出発点そのものが遠ざかったからです。
いま光が届いている天体の大半は、現在、光速より速く私たちから遠ざかっています。これは相対性理論に反しません。
「宇宙そのものの果て」は「見える範囲の果て」とはまったく別の話です。空間は無限かもしれませんし、有限でも「端」が存在しない可能性があります。観測は、少なくとも半径 2300 億光年程度までは平坦だと告げています。
「宇宙は何歳ですか」と聞かれて「138 億歳です」と即答できる時代になりました。しかしこの数字、どうやって測ったのでしょうか。宇宙に年輪はありませんし、生まれた瞬間に立ち会った目撃者もいません。
手がかりはひとつだけあります。宇宙は膨張している という事実です。1929 年、エドウィン・ハッブルは遠くの銀河ほど速く遠ざかっていることを報告しました。遠ざかる速さ v v v と距離 d d d が比例する、という関係です。ならば話は簡単そうに見えます。すべての銀河がいまの速さのまま遠ざかってきたのなら、映像を巻き戻せば、いつか全員が一点に集まるはずです。その「巻き戻し時間」が宇宙の年齢の目安になります。
ところが、この素朴な計算はいきなり困ったことになりました。ハッブルが求めた比例定数は約 500 k m / s / M p c 500\ \mathrm{km/s/Mpc} 500 km/s/Mpc で、巻き戻し時間はおよそ 20 億年 。当時すでに放射性元素による年代測定で、地球の岩石が少なくとも 20 億年前のものだと分かっていました。宇宙が地球より若いという、なかなか気まずい結論です。
この矛盾の犯人は「距離」でした。ハッブルはセファイド変光星という「ものさし」を使って銀河までの距離を測っていましたが、そのものさしの目盛りが間違っていたのです。1952 年にヴァルター・バーデがセファイドに 2 種類あることを見抜き、距離は一気に倍以上に修正され、比例定数は半分以下になりました(この「目盛りの取り違え」については 注意 4.6[なぜ星までの距離がわかるのか] )。距離を測る技術がどれだけ苦労の塊かは なぜ星までの距離がわかるのか に譲りますが(はしごを継ぐたびに誤差がどう積み上がるかは 命題 6.1[なぜ星までの距離がわかるのか] にまとまっています)、宇宙の年齢は結局のところ距離の測定精度そのもの だ、ということは覚えておいてください。
そして年齢の話をすると、必ずセットで出てくるのが「では宇宙の果てはどこですか」という質問です。この質問には二つのまったく違う意味があり、混ざったまま議論すると必ず迷子になります。この記事では、年齢の計算を最後まで実行したあと、二つの「果て」をきちんと分けて説明します。
膨張する宇宙を「銀河が空間の中を飛び散っている」と考えると、ほぼ確実に間違えます。正しい描像は、空間そのものが伸び、銀河はそこに貼り付いたまま引き離される というものです。この描像を式にするのが次の定義です。
定義 2.1 (スケール因子と共動距離 )
宇宙が一様(どこも同じ)かつ等方(どの向きも同じ)に膨張しているとする。二つの銀河のあいだの実際の距離(固有距離 )d ( t ) d(t) d ( t ) が、時刻によらない定数 χ \chi χ と、すべての銀河対に共通のただ一つの関数 a ( t ) > 0 a(t) > 0 a ( t ) > 0 を使って
d ( t ) = a ( t ) χ d(t) = a(t)\,\chi d ( t ) = a ( t ) χ と書けるとき、a ( t ) a(t) a ( t ) をスケール因子 、χ \chi χ を共動距離 と呼ぶ。規格化として現在時刻 t 0 t_0 t 0 で a ( t 0 ) = 1 a(t_0) = 1 a ( t 0 ) = 1 と取る。したがって共動距離は「現在の距離に換算した値」に等しい。
要するに a ( t ) a(t) a ( t ) は宇宙という写真の拡大率です。a = 0.5 a = 0.5 a = 0.5 の時代には、すべての距離が今の半分でした。共動距離 χ \chi χ のほうは銀河に振った背番号のようなもので、膨張しても変わりません。
定義 2.2 (ハッブル定数 )
スケール因子の増加率を a a a 自身で割った量
H ( t ) = 1 a ( t ) d a d t H(t) = \frac{1}{a(t)}\frac{da}{dt} H ( t ) = a ( t ) 1 d t d a をハッブル定数 (正確にはハッブル・パラメータ)と呼ぶ。その現在値を H 0 = H ( t 0 ) H_0 = H(t_0) H 0 = H ( t 0 ) と書く。H H H は時間の逆数の次元をもつ。
命題 2.3 (ハッブル・ルメートルの法則 )
定義 2.1 の意味で宇宙が一様等方に膨張しているとする。このとき、任意の観測者から見て、距離 d d d にある銀河の遠ざかる速さ v v v は
v = H ( t ) d v = H(t)\,d v = H ( t ) d を満たす。比例定数 H ( t ) H(t) H ( t ) は方向にも相手の銀河にもよらない。
証明(命題 2.3) 定義 2.1 より、着目する銀河対の固有距離は d ( t ) = a ( t ) χ d(t) = a(t)\chi d ( t ) = a ( t ) χ で、χ \chi χ は時刻によらない定数です。遠ざかる速さは固有距離の時間変化率ですから、χ \chi χ を定数として微分して
v = d d t ( a ( t ) χ ) = d a d t χ . v = \frac{d}{dt}\bigl(a(t)\chi\bigr) = \frac{da}{dt}\,\chi . v = d t d ( a ( t ) χ ) = d t d a χ . ここで χ = d ( t ) / a ( t ) \chi = d(t)/a(t) χ = d ( t ) / a ( t ) を代入すると
v = d a d t ⋅ d ( t ) a ( t ) = ( 1 a d a d t ) d ( t ) = H ( t ) d ( t ) v = \frac{da}{dt}\cdot\frac{d(t)}{a(t)} = \left(\frac{1}{a}\frac{da}{dt}\right) d(t) = H(t)\,d(t) v = d t d a ⋅ a ( t ) d ( t ) = ( a 1 d t d a ) d ( t ) = H ( t ) d ( t ) となり、定義 2.2 の H H H が現れます。a ( t ) a(t) a ( t ) はすべての銀河対に共通の関数だと仮定したので、H H H は相手の銀河にも方向にもよりません。
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この証明で注目してほしいのは、特定の中心を一度も使っていない ことです。どの銀河を原点に選んでも同じ式が出ます。したがって「速く遠ざかる銀河が多いほうが宇宙の中心から遠い」といった推論は成り立ちません。
例 2.4 (レーズンパンで確かめる )
パン生地に 3 個のレーズン A, B, C が一直線に並び、A から B まで 1 c m 1\ \mathrm{cm} 1 cm 、A から C まで 3 c m 3\ \mathrm{cm} 3 cm 離れているとします。オーブンで 1 時間焼くと生地がちょうど 2 倍に膨らむとしましょう。つまり a a a が 1 時間で 1 → 2 1 \to 2 1 → 2 になります。
A から見ると、B は 1 c m → 2 c m 1\ \mathrm{cm} \to 2\ \mathrm{cm} 1 cm → 2 cm なので 1 c m / h 1\ \mathrm{cm/h} 1 cm/h 、C は 3 c m → 6 c m 3\ \mathrm{cm} \to 6\ \mathrm{cm} 3 cm → 6 cm なので 3 c m / h 3\ \mathrm{cm/h} 3 cm/h で遠ざかります。速さは距離に比例しており、比例定数は 1 h − 1 1\ \mathrm{h^{-1}} 1 h − 1 です。
では B から見るとどうでしょう。B から A は 1 c m → 2 c m 1\ \mathrm{cm} \to 2\ \mathrm{cm} 1 cm → 2 cm で 1 c m / h 1\ \mathrm{cm/h} 1 cm/h 、B から C は 2 c m → 4 c m 2\ \mathrm{cm} \to 4\ \mathrm{cm} 2 cm → 4 cm で 2 c m / h 2\ \mathrm{cm/h} 2 cm/h 。やはり比例定数は 1 h − 1 1\ \mathrm{h^{-1}} 1 h − 1 で、A から見たときとぴったり同じです。3 個のレーズンのどれも「自分が中心だ」と主張でき、しかも誰も間違っていません。宇宙の中心についての議論は、これでおしまいです。
H 0 H_0 H 0 は k m / s / M p c \mathrm{km/s/Mpc} km/s/Mpc (キロメートル毎秒毎メガパーセク)という妙な単位で書かれます。1 M p c 1\ \mathrm{Mpc} 1 Mpc (メガパーセク)は 3.0857 × 10 19 k m 3.0857\times10^{19}\ \mathrm{km} 3.0857 × 1 0 19 km 、光年に直すと約 326 万光年です。H 0 = 67.4 k m / s / M p c H_0 = 67.4\ \mathrm{km/s/Mpc} H 0 = 67.4 km/s/Mpc とは「1 M p c 1\ \mathrm{Mpc} 1 Mpc 離れるごとに遠ざかる速さが毎秒 67.4 k m 67.4\ \mathrm{km} 67.4 km ずつ増える」という意味で、k m \mathrm{km} km と M p c \mathrm{Mpc} Mpc はどちらも長さですから、約分すれば時間の逆数になります。この約分こそが、次節の主役です。
定義 3.1 (ハッブル時間 )
ハッブル定数の現在値の逆数
t H = 1 H 0 t_H = \frac{1}{H_0} t H = H 0 1 をハッブル時間 と呼ぶ。同様に c t H = c / H 0 c\,t_H = c/H_0 c t H = c / H 0 をハッブル半径 と呼ぶ。
例 3.2 (ハッブル時間を年に直す )
Planck 衛星の観測に基づく標準的な値 H 0 = 67.4 k m / s / M p c H_0 = 67.4\ \mathrm{km/s/Mpc} H 0 = 67.4 km/s/Mpc を使います。1 M p c = 3.0857 × 10 19 k m 1\ \mathrm{Mpc} = 3.0857\times10^{19}\ \mathrm{km} 1 Mpc = 3.0857 × 1 0 19 km を代入すると
H 0 = 67.4 k m / s 3.0857 × 10 19 k m = 2.184 × 10 − 18 s − 1 . H_0 = \frac{67.4\ \mathrm{km/s}}{3.0857\times10^{19}\ \mathrm{km}} = 2.184\times10^{-18}\ \mathrm{s^{-1}} . H 0 = 3.0857 × 1 0 19 km 67.4 km/s = 2.184 × 1 0 − 18 s − 1 . 長さの単位が約分されて、残ったのは「毎秒」だけです。逆数を取ると
t H = 1 2.184 × 10 − 18 s − 1 = 4.578 × 10 17 s . t_H = \frac{1}{2.184\times10^{-18}\ \mathrm{s^{-1}}} = 4.578\times10^{17}\ \mathrm{s} . t H = 2.184 × 1 0 − 18 s − 1 1 = 4.578 × 1 0 17 s . 1 年は 3.156 × 10 7 s 3.156\times10^{7}\ \mathrm{s} 3.156 × 1 0 7 s ですから
t H = 4.578 × 10 17 3.156 × 10 7 y e a r = 1.451 × 10 10 y e a r ≈ 145 億年 . t_H = \frac{4.578\times10^{17}}{3.156\times10^{7}}\ \mathrm{year} = 1.451\times10^{10}\ \mathrm{year} \approx 145\ \text{億年} . t H = 3.156 × 1 0 7 4.578 × 1 0 17 year = 1.451 × 1 0 10 year ≈ 145 億年 . 同じ数値はハッブル半径にも使えて、c t H = 145 c\,t_H = 145 c t H = 145 億光年です(c × 1 年 = 1 光年 c \times 1\ \text{年} = 1\ \text{光年} c × 1 年 = 1 光年 なので、数値はそのまま流用できます)。
145 億年。目的地の 138 億年に、いきなりかなり近い値が出ました。これは偶然ではありません。理由を順に見ていきます。
命題 3.3 (等速膨張する宇宙の年齢 )
スケール因子が時刻に比例して増える、すなわちある定数 k > 0 k > 0 k > 0 を用いて a ( t ) = k t a(t) = kt a ( t ) = k t と書けるとする。このとき a ( t 1 ) = 0 a(t_1) = 0 a ( t 1 ) = 0 となる時刻は t 1 = 0 t_1 = 0 t 1 = 0 であり、そこから現在 t 0 t_0 t 0 までの経過時間は
t 0 = 1 H 0 t_0 = \frac{1}{H_0} t 0 = H 0 1 に等しい。
証明(命題 3.3) 定義 2.2 に a ( t ) = k t a(t) = kt a ( t ) = k t を代入します。d a / d t = k da/dt = k d a / d t = k ですから
H ( t ) = 1 a d a d t = k k t = 1 t . H(t) = \frac{1}{a}\frac{da}{dt} = \frac{k}{kt} = \frac{1}{t} . H ( t ) = a 1 d t d a = k t k = t 1 . これを現在時刻 t 0 t_0 t 0 で評価すると H 0 = 1 / t 0 H_0 = 1/t_0 H 0 = 1/ t 0 、すなわち t 0 = 1 / H 0 t_0 = 1/H_0 t 0 = 1/ H 0 です。また a ( t ) = k t a(t) = kt a ( t ) = k t は t = 0 t = 0 t = 0 でのみ 0 0 0 になるので、「すべての距離が 0 0 0 だった瞬間」は t = 0 t = 0 t = 0 であり、そこから現在までの経過時間はちょうど t 0 t_0 t 0 です。
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つまりハッブル時間 定義 3.1 は、膨張の速さが昔から変わっていなかったと仮定したときの宇宙の年齢 です。実際の宇宙では膨張の速さは変化してきたので、1 / H 0 1/H_0 1/ H 0 はあくまで目安にすぎません。では、どれだけずれるのでしょうか。
命題 3.4 (宇宙の年齢の積分表示 )
スケール因子 a ( t ) a(t) a ( t ) が時間の狭義単調増加関数で、a → 0 a \to 0 a → 0 となる過去の時刻が存在するとする。H H H をスケール因子の関数として H ( a ) H(a) H ( a ) と表せるとき、a = 0 a = 0 a = 0 から現在(a = 1 a = 1 a = 1 )までに経過した時間は
t 0 = ∫ 0 1 d a a H ( a ) t_0 = \int_0^1 \frac{da}{a\,H(a)} t 0 = ∫ 0 1 a H ( a ) d a で与えられる。
証明(命題 3.4) 定義 2.2 の定義式 H = ( 1 / a ) ( d a / d t ) H = (1/a)(da/dt) H = ( 1/ a ) ( d a / d t ) を d t dt d t について解くと
d a d t = a H ⟹ d t = d a a H . \frac{da}{dt} = a H \quad\Longrightarrow\quad dt = \frac{da}{a H} . d t d a = a H ⟹ d t = a H d a . a a a は時間の狭義単調増加関数なので、t t t を a a a でパラメータ表示し直せます。a a a が 0 0 0 から 1 1 1 まで動くあいだの経過時間は、両辺を積分して
t 0 = ∫ t ( a = 0 ) t ( a = 1 ) d t = ∫ 0 1 d a a H ( a ) t_0 = \int_{t(a=0)}^{t(a=1)} dt = \int_0^1 \frac{da}{a\,H(a)} t 0 = ∫ t ( a = 0 ) t ( a = 1 ) d t = ∫ 0 1 a H ( a ) d a となります。命題 3.3 はこの式の特別な場合で、H ( a ) = H 0 / a H(a) = H_0/a H ( a ) = H 0 / a (a = k t a = kt a = k t のとき H = 1 / t = k / a = H 0 / a H = 1/t = k/a = H_0/a H = 1/ t = k / a = H 0 / a )を代入すると ∫ 0 1 d a / H 0 = 1 / H 0 \int_0^1 da/H_0 = 1/H_0 ∫ 0 1 d a / H 0 = 1/ H 0 が出ます。
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あとは H ( a ) H(a) H ( a ) さえ分かれば、年齢は積分するだけで求まります。そして H ( a ) H(a) H ( a ) を与えるのが、一般相対性理論から導かれるフリードマン方程式です。この記事では導出には立ち入らず、結果を使います。空間が平坦な宇宙では
H ( a ) = H 0 Ω m a 3 + Ω r a 4 + Ω Λ , Ω m + Ω r + Ω Λ = 1 H(a) = H_0\sqrt{\frac{\Omega_m}{a^3} + \frac{\Omega_r}{a^4} + \Omega_\Lambda}\,,
\qquad \Omega_m + \Omega_r + \Omega_\Lambda = 1 H ( a ) = H 0 a 3 Ω m + a 4 Ω r + Ω Λ , Ω m + Ω r + Ω Λ = 1
です。ここで Ω m \Omega_m Ω m は物質(普通の物質 + ダークマター)、Ω r \Omega_r Ω r は放射(光と軽いニュートリノ)、Ω Λ \Omega_\Lambda Ω Λ はダークエネルギーが現在の宇宙のエネルギーに占める割合です。a a a のべきの違いには理由があります。物質は体積 ∝ a 3 \propto a^3 ∝ a 3 で薄まるだけですが、光はそのうえ波長が a a a 倍に伸びてエネルギーを失うので a 4 a^4 a 4 。ダークエネルギーは薄まらないので定数、というわけです。Planck 衛星の観測から
Ω m = 0.315 , Ω Λ = 0.685 , Ω r ≈ 9.2 × 10 − 5 \Omega_m = 0.315,\qquad \Omega_\Lambda = 0.685,\qquad \Omega_r \approx 9.2\times10^{-5} Ω m = 0.315 , Ω Λ = 0.685 , Ω r ≈ 9.2 × 1 0 − 5
が得られています。この 3 つはいずれも臨界密度に対する比として定義された量で(定義 5.5[ダークマターとダークエネルギー] )、その素性は ダークマターとダークエネルギー を参照してください。
例 3.5 (ダークエネルギーを忘れると宇宙は若すぎる )
1990 年代半ばまで、多くの研究者は Ω m = 1 \Omega_m = 1 Ω m = 1 、Ω Λ = 0 \Omega_\Lambda = 0 Ω Λ = 0 (物質だけの平坦な宇宙)を標準と考えていました。この場合 H ( a ) = H 0 a − 3 / 2 H(a) = H_0 a^{-3/2} H ( a ) = H 0 a − 3/2 なので、命題 3.4 は
t 0 = ∫ 0 1 d a a ⋅ H 0 a − 3 / 2 = 1 H 0 ∫ 0 1 a 1 / 2 d a = 1 H 0 [ 2 3 a 3 / 2 ] 0 1 = 2 3 ⋅ 1 H 0 t_0 = \int_0^1 \frac{da}{a\cdot H_0 a^{-3/2}} = \frac{1}{H_0}\int_0^1 a^{1/2}\,da = \frac{1}{H_0}\left[\frac{2}{3}a^{3/2}\right]_0^1 = \frac{2}{3}\cdot\frac{1}{H_0} t 0 = ∫ 0 1 a ⋅ H 0 a − 3/2 d a = H 0 1 ∫ 0 1 a 1/2 d a = H 0 1 [ 3 2 a 3/2 ] 0 1 = 3 2 ⋅ H 0 1 となります。例 3.2 の 145 145 145 億年を代入すると
t 0 = 2 3 × 145 億年 = 96.7 億年 . t_0 = \frac{2}{3}\times 145\ \text{億年} = 96.7\ \text{億年} . t 0 = 3 2 × 145 億年 = 96.7 億年 . 一方、天の川銀河の球状星団に含まれる最古の星の年齢は 130 億年前後と見積もられています。宇宙が 97 億歳では、130 億歳の星が入りません。これが 1990 年代の「年齢問題」です。答えは 1998 年に出ました。宇宙の膨張は減速ではなく加速 していたのです。
定理 3.6 (物質とダークエネルギーからなる平坦な宇宙の年齢 )
空間が平坦で、放射を無視でき(Ω r = 0 \Omega_r = 0 Ω r = 0 )、Ω m + Ω Λ = 1 \Omega_m + \Omega_\Lambda = 1 Ω m + Ω Λ = 1 、0 < Ω Λ < 1 0 < \Omega_\Lambda < 1 0 < Ω Λ < 1 とする。このとき宇宙の年齢は
t 0 = 2 3 Ω Λ ln ( 1 + Ω Λ Ω m ) ⋅ 1 H 0 t_0 = \frac{2}{3\sqrt{\Omega_\Lambda}}\,
\ln\!\left(\frac{1+\sqrt{\Omega_\Lambda}}{\sqrt{\Omega_m}}\right)\cdot\frac{1}{H_0} t 0 = 3 Ω Λ 2 ln ( Ω m 1 + Ω Λ ) ⋅ H 0 1 で与えられる。
証明(定理 3.6) 命題 3.4 に H ( a ) = H 0 Ω m a − 3 + Ω Λ H(a) = H_0\sqrt{\Omega_m a^{-3} + \Omega_\Lambda} H ( a ) = H 0 Ω m a − 3 + Ω Λ を代入します。
t 0 = 1 H 0 ∫ 0 1 d a a Ω m a − 3 + Ω Λ . t_0 = \frac{1}{H_0}\int_0^1 \frac{da}{a\sqrt{\Omega_m a^{-3} + \Omega_\Lambda}} . t 0 = H 0 1 ∫ 0 1 a Ω m a − 3 + Ω Λ d a . 根号の中を通分すると Ω m a − 3 + Ω Λ = ( Ω m + Ω Λ a 3 ) / a 3 \Omega_m a^{-3} + \Omega_\Lambda = (\Omega_m + \Omega_\Lambda a^3)/a^3 Ω m a − 3 + Ω Λ = ( Ω m + Ω Λ a 3 ) / a 3 なので、根号を開いて a − 3 / 2 a^{-3/2} a − 3/2 を外に出し、前の 1 / a 1/a 1/ a と合わせると
t 0 = 1 H 0 ∫ 0 1 a 1 / 2 d a Ω m + Ω Λ a 3 . t_0 = \frac{1}{H_0}\int_0^1 \frac{a^{1/2}\,da}{\sqrt{\Omega_m + \Omega_\Lambda a^3}} . t 0 = H 0 1 ∫ 0 1 Ω m + Ω Λ a 3 a 1/2 d a . ここで u = a 3 / 2 u = a^{3/2} u = a 3/2 と置換します。d u = 3 2 a 1 / 2 d a du = \tfrac{3}{2}a^{1/2}\,da d u = 2 3 a 1/2 d a 、すなわち a 1 / 2 d a = 2 3 d u a^{1/2}\,da = \tfrac{2}{3}\,du a 1/2 d a = 3 2 d u であり、a : 0 → 1 a: 0 \to 1 a : 0 → 1 は u : 0 → 1 u: 0 \to 1 u : 0 → 1 に対応します。また a 3 = u 2 a^3 = u^2 a 3 = u 2 ですから
t 0 = 2 3 H 0 ∫ 0 1 d u Ω m + Ω Λ u 2 . t_0 = \frac{2}{3H_0}\int_0^1 \frac{du}{\sqrt{\Omega_m + \Omega_\Lambda u^2}} . t 0 = 3 H 0 2 ∫ 0 1 Ω m + Ω Λ u 2 d u . この積分は公式 ∫ d u A + B u 2 = 1 B ln ( u + u 2 + A / B ) + C \displaystyle\int \frac{du}{\sqrt{A + Bu^2}} = \frac{1}{\sqrt{B}}\ln\!\left(u + \sqrt{u^2 + A/B}\right) + C ∫ A + B u 2 d u = B 1 ln ( u + u 2 + A / B ) + C (A , B > 0 A, B > 0 A , B > 0 )で計算できます。実際、右辺を u u u で微分すると
1 B ⋅ 1 + u u 2 + A / B u + u 2 + A / B = 1 B ⋅ 1 u 2 + A / B = 1 A + B u 2 \frac{1}{\sqrt{B}}\cdot\frac{1 + \dfrac{u}{\sqrt{u^2+A/B}}}{u+\sqrt{u^2+A/B}}
= \frac{1}{\sqrt{B}}\cdot\frac{1}{\sqrt{u^2+A/B}} = \frac{1}{\sqrt{A+Bu^2}} B 1 ⋅ u + u 2 + A / B 1 + u 2 + A / B u = B 1 ⋅ u 2 + A / B 1 = A + B u 2 1 となって被積分関数に戻ります。A = Ω m A = \Omega_m A = Ω m 、B = Ω Λ B = \Omega_\Lambda B = Ω Λ として代入すると
t 0 = 2 3 H 0 Ω Λ [ ln ( u + u 2 + Ω m Ω Λ ) ] 0 1 = 2 3 H 0 Ω Λ ln 1 + 1 + Ω m / Ω Λ Ω m / Ω Λ . t_0 = \frac{2}{3H_0\sqrt{\Omega_\Lambda}}
\left[\ln\!\left(u + \sqrt{u^2 + \frac{\Omega_m}{\Omega_\Lambda}}\right)\right]_0^1
= \frac{2}{3H_0\sqrt{\Omega_\Lambda}}
\ln\!\frac{1 + \sqrt{1 + \Omega_m/\Omega_\Lambda}}{\sqrt{\Omega_m/\Omega_\Lambda}} . t 0 = 3 H 0 Ω Λ 2 [ ln ( u + u 2 + Ω Λ Ω m ) ] 0 1 = 3 H 0 Ω Λ 2 ln Ω m / Ω Λ 1 + 1 + Ω m / Ω Λ . 最後に分母・分子に Ω Λ \sqrt{\Omega_\Lambda} Ω Λ を掛け、仮定 Ω m + Ω Λ = 1 \Omega_m + \Omega_\Lambda = 1 Ω m + Ω Λ = 1 を使うと Ω Λ + Ω m = 1 \sqrt{\Omega_\Lambda + \Omega_m} = 1 Ω Λ + Ω m = 1 となり
t 0 = 2 3 H 0 Ω Λ ln Ω Λ + Ω Λ + Ω m Ω m = 2 3 Ω Λ ln ( 1 + Ω Λ Ω m ) 1 H 0 t_0 = \frac{2}{3H_0\sqrt{\Omega_\Lambda}}\ln\frac{\sqrt{\Omega_\Lambda} + \sqrt{\Omega_\Lambda + \Omega_m}}{\sqrt{\Omega_m}}
= \frac{2}{3\sqrt{\Omega_\Lambda}}\ln\!\left(\frac{1+\sqrt{\Omega_\Lambda}}{\sqrt{\Omega_m}}\right)\frac{1}{H_0} t 0 = 3 H 0 Ω Λ 2 ln Ω m Ω Λ + Ω Λ + Ω m = 3 Ω Λ 2 ln ( Ω m 1 + Ω Λ ) H 0 1 を得ます。
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例 3.7 (実際に代入して 138 億年を出す )
定理 3.6 に Ω m = 0.315 \Omega_m = 0.315 Ω m = 0.315 、Ω Λ = 0.685 \Omega_\Lambda = 0.685 Ω Λ = 0.685 を入れます。まず平方根を計算して
Ω Λ = 0.685 = 0.8276 , Ω m = 0.315 = 0.5612. \sqrt{\Omega_\Lambda} = \sqrt{0.685} = 0.8276,\qquad \sqrt{\Omega_m} = \sqrt{0.315} = 0.5612 . Ω Λ = 0.685 = 0.8276 , Ω m = 0.315 = 0.5612. 対数の中身は
1 + 0.8276 0.5612 = 1.8276 0.5612 = 3.256 , ln 3.256 = 1.1806. \frac{1 + 0.8276}{0.5612} = \frac{1.8276}{0.5612} = 3.256,\qquad \ln 3.256 = 1.1806 . 0.5612 1 + 0.8276 = 0.5612 1.8276 = 3.256 , ln 3.256 = 1.1806. 前の係数は 2 3 × 0.8276 = 0.8054 \dfrac{2}{3\times 0.8276} = 0.8054 3 × 0.8276 2 = 0.8054 なので
t 0 = 0.8054 × 1.1806 × 1 H 0 = 0.9509 1 H 0 . t_0 = 0.8054 \times 1.1806 \times \frac{1}{H_0} = 0.9509\,\frac{1}{H_0} . t 0 = 0.8054 × 1.1806 × H 0 1 = 0.9509 H 0 1 . 例 3.2 の 1 / H 0 = 145.1 1/H_0 = 145.1 1/ H 0 = 145.1 億年を掛けて
t 0 = 0.9509 × 145.1 億年 = 138.0 億年 . t_0 = 0.9509 \times 145.1\ \text{億年} = 138.0\ \text{億年} . t 0 = 0.9509 × 145.1 億年 = 138.0 億年 . Planck 衛星による公式値 137.97 ± 0.23 137.97 \pm 0.23 137.97 ± 0.23 億年とみごとに一致します。放射(Ω r \Omega_r Ω r )を無視した影響は 0.05 % 0.05\% 0.05% 未満で、0.1 0.1 0.1 億年ほど年齢を減らす向きに効きます(例 6.3 で確認します)。
なぜ 0.9509 0.9509 0.9509 という「ほぼ 1」の係数になったのか、少し考えてみる価値があります。宇宙は前半で減速し(物質の重力が優勢だった時期は 例 3.5 のとおり係数を 2 / 3 2/3 2/3 に下げます)、後半でダークエネルギーによって加速しました。この減速と加速がたまたま打ち消し合い、「ずっと等速だったと仮定した年齢」1 / H 0 1/H_0 1/ H 0 にほぼ戻ってきた、というのが 0.9509 0.9509 0.9509 の正体です。私たちはその偶然が成立している時代に住んでいます。
宇宙が 138 億歳なら、光が飛べた距離は 138 億光年まで。だから見える範囲の半径は 138 億光年——と考えたくなります。残念ながら違います。光が旅していたあいだにも空間は伸び続けていたからです。
定義 4.1 (粒子的地平線(観測可能な宇宙の半径) )
宇宙の始まり(a = 0 a = 0 a = 0 )の瞬間に出発した光が現在(t 0 t_0 t 0 )までに到達できる最大の共動距離を χ h o r \chi_{\mathrm{hor}} χ hor とする。これに対応する現在の固有距離
d h o r ( t 0 ) = a ( t 0 ) χ h o r = χ h o r d_{\mathrm{hor}}(t_0) = a(t_0)\,\chi_{\mathrm{hor}} = \chi_{\mathrm{hor}} d hor ( t 0 ) = a ( t 0 ) χ hor = χ hor を粒子的地平線 、あるいは観測可能な宇宙の半径 と呼ぶ。これより遠くの天体からは、原理的にまだ 1 個の光子も届いていない。
証明(命題 4.2) 光が微小時間 d t dt d t のあいだに進む固有距離は c d t c\,dt c d t です。定義 2.1 より固有距離と共動距離は d = a χ d = a\chi d = a χ で結ばれるので、この移動に対応する共動距離の増分は
d χ = c d t a ( t ) d\chi = \frac{c\,dt}{a(t)} d χ = a ( t ) c d t です。t = 0 t = 0 t = 0 から t = t 0 t = t_0 t = t 0 まで足し合わせると、光が稼いだ共動距離の総和は χ h o r = ∫ 0 t 0 c d t / a ( t ) \chi_{\mathrm{hor}} = \int_0^{t_0} c\,dt/a(t) χ hor = ∫ 0 t 0 c d t / a ( t ) となります。a ( t 0 ) = 1 a(t_0) = 1 a ( t 0 ) = 1 という規格化から、現在の固有距離はこれと同じ値です。
積分変数を t t t から a a a に変えるには、命題 3.4 の証明で使った関係 d t = d a / ( a H ) dt = da/(aH) d t = d a / ( a H ) を代入すればよく
∫ 0 t 0 c d t a = ∫ 0 1 c a ⋅ d a a H ( a ) = ∫ 0 1 c d a a 2 H ( a ) \int_0^{t_0}\frac{c\,dt}{a} = \int_0^1 \frac{c}{a}\cdot\frac{da}{aH(a)} = \int_0^1\frac{c\,da}{a^2H(a)} ∫ 0 t 0 a c d t = ∫ 0 1 a c ⋅ a H ( a ) d a = ∫ 0 1 a 2 H ( a ) c d a を得ます。被積分関数に 1 / a 2 1/a^2 1/ a 2 が現れたことに注意してください。この 1 / a 1/a 1/ a の余分な因子が、「光が出発したあとに空間が 1 / a 1/a 1/ a 倍に伸びた」効果を表しています。
∎
例 4.3 (地平線を計算する )
(1) 物質だけの宇宙 (例 3.5 の設定)では a ( t ) = ( t / t 0 ) 2 / 3 a(t) = (t/t_0)^{2/3} a ( t ) = ( t / t 0 ) 2/3 です。命題 4.2 の左の形に代入すると
d h o r = ∫ 0 t 0 c ( t t 0 ) − 2 / 3 d t = c t 0 2 / 3 [ 3 t 1 / 3 ] 0 t 0 = 3 c t 0 . d_{\mathrm{hor}} = \int_0^{t_0} c\left(\frac{t}{t_0}\right)^{-2/3} dt
= c\,t_0^{2/3}\left[3t^{1/3}\right]_0^{t_0} = 3c\,t_0 . d hor = ∫ 0 t 0 c ( t 0 t ) − 2/3 d t = c t 0 2/3 [ 3 t 1/3 ] 0 t 0 = 3 c t 0 . 光が飛んだ時間 t 0 t_0 t 0 から素朴に予想される c t 0 c\,t_0 c t 0 の、ちょうど 3 倍 です。
(2) 実際の宇宙 では H ( a ) H(a) H ( a ) が上のフリードマン方程式で与えられ、積分は初等関数では書けないので数値計算します(例 6.3 )。結果は
d h o r ( t 0 ) ≈ 461 億光年 d_{\mathrm{hor}}(t_0) \approx 461\ \text{億光年} d hor ( t 0 ) ≈ 461 億光年 で、文献でよく引用される値は約 465 億光年 です。この 1% 程度の差は、宇宙初期の放射やニュートリノの扱いの細かい違いから来ます。いずれにせよ、c t 0 = 138 c\,t_0 = 138 c t 0 = 138 億光年のおよそ 3.3 3.3 3.3 倍です。直径にすれば約 930 億光年になります。
光が飛んだ距離(光速 × 138 億年) 138 億光年 ハッブル半径 c/H₀(後退速度が光速になる距離) 145 億光年 事象の地平線(いま出た光が届く限界) 167 億光年 背景放射を放った場所の いまの距離 452 億光年 観測可能な宇宙の半径(粒子的地平線) 465 億光年 背景放射を放った場所の 当時の距離 0.41 億光年 (4100 万光年。この幅では線 1 本ぶんもありません)
宇宙論に出てくる距離の比べ方。いちばん下の細い線は、いま届いている宇宙マイクロ波背景放射を放った場所の「当時の」距離です。
いま届いている宇宙マイクロ波背景放射は、宇宙が 38 万歳、a = 1 / 1100 a = 1/1100 a = 1/1100 程度だった時代に放たれた光です(この時刻の求め方は 例 4.3[ビッグバンは本当にあったのか] 、全体像は ビッグバンは本当にあったのか を参照)。この光を放った場所は、放射の瞬間には私たちからわずか 4100 万光年 しか離れていませんでした。その距離が 138 億年かけて 1100 倍に引き伸ばされ、いまでは 452 億光年 になっている、というのが上の図の意味です。宇宙の果てが遠いのは、光が長く飛んだからではなく、飛んでいるあいだに道が伸びたからなのです。
命題 2.3 によれば、距離 d d d の天体は v = H 0 d v = H_0 d v = H 0 d で遠ざかります。この v v v が c c c に等しくなる距離が、ちょうどハッブル半径 c / H 0 = 145 c/H_0 = 145 c / H 0 = 145 億光年です。ところが背景放射を放った場所はいま 452 億光年先にあり、後退速度は
v = H 0 × 452 億光年 = 452 145 c = 3.1 c v = H_0 \times 452\ \text{億光年} = \frac{452}{145}\,c = 3.1\,c v = H 0 × 452 億光年 = 145 452 c = 3.1 c
になります。光速の 3 倍で遠ざかっている場所から、光が届いてしまっているのです。
では、光速より速く遠ざかる場所からどうやって光が届くのでしょうか。次の例が、その仕組みをそのまま再現します。
例 4.4 (伸びるゴムひもの上を歩くアリ )
長さ L 0 = 1 m L_0 = 1\ \mathrm{m} L 0 = 1 m のゴムひもの左端にアリがいます。ひもは全体が均等に伸び、右端は毎秒 k = 1 m / s k = 1\ \mathrm{m/s} k = 1 m/s で遠ざかります。アリはひもに対して v = 1 c m / s = 0.01 m / s v = 1\ \mathrm{cm/s} = 0.01\ \mathrm{m/s} v = 1 cm/s = 0.01 m/s で右へ歩きます。アリの速さは伸びの速さの 100 分の 1 しかなく、右端との距離は最初のうち広がる一方です。アリは右端にたどり着けるでしょうか。
アリの位置を x ( t ) x(t) x ( t ) 、ひもの長さを L ( t ) = L 0 + k t L(t) = L_0 + kt L ( t ) = L 0 + k t とし、進んだ割合 s = x / L s = x/L s = x / L を追いかけます。s s s が増えるのはアリが自力で歩いたぶんだけで(伸びはアリも右端も同じ割合で運ぶので s s s を変えません)、
d s d t = v L ( t ) = v L 0 + k t . \frac{ds}{dt} = \frac{v}{L(t)} = \frac{v}{L_0 + kt} . d t d s = L ( t ) v = L 0 + k t v . 両辺を 0 0 0 から t t t まで積分すると
s ( t ) = v k ln ( 1 + k t L 0 ) . s(t) = \frac{v}{k}\ln\!\left(1 + \frac{kt}{L_0}\right) . s ( t ) = k v ln ( 1 + L 0 k t ) . 対数はゆっくりですが、上限なくいくらでも大きくなります。したがって s ( t ) = 1 s(t) = 1 s ( t ) = 1 となる有限の時刻が必ず存在し、それは
t = L 0 k ( e k / v − 1 ) = 1 × ( e 100 − 1 ) s ≈ 2.7 × 10 43 s t = \frac{L_0}{k}\left(e^{k/v} - 1\right) = 1\times\left(e^{100}-1\right)\ \mathrm{s} \approx 2.7\times10^{43}\ \mathrm{s} t = k L 0 ( e k / v − 1 ) = 1 × ( e 100 − 1 ) s ≈ 2.7 × 1 0 43 s です。年に直すと約 8.5 × 10 35 8.5\times10^{35} 8.5 × 1 0 35 年、宇宙の年齢のおよそ 10 26 10^{26} 1 0 26 倍。アリは必ず到着します 。ただし、待つ側にそれなりの覚悟が要ります。
宇宙の光もこのアリと同じです。遠方の銀河は光速を超える速さで遠ざかっていますが、光は共動距離を着実に稼ぎ続け、しかも宇宙初期は膨張が急速に減速していたためアリよりずっと有利でした。だから 3 倍の速さで逃げる場所から出た光でも、私たちに届いたのです。
ここまでの「果て」は、すべて見える範囲の果て でした。壁があるわけではありません。地平線の向こうにも銀河はあり、そこの住人は自分が宇宙の真ん中だと思っています。では、空間そのものはどこかで終わっているのでしょうか。
flowchart TD
Q["「宇宙の果て」とは?"] --> A["(1) 見える範囲の果て"]
Q --> B["(2) 空間そのものの果て"]
A --> A1["半径 約465億光年<br/>観測者を中心とする球面"]
A1 --> A2["確実に存在する<br/>ただし人によって場所が違う"]
B --> B1["空間が無限なら 端はない"]
B --> B2["有限でも 3次元球面やトーラスなら端はない"]
B --> B3["端があるなら「外」が必要"]
B3 --> B4["そんな証拠は見つかっていない"]
B1 --> C["観測: 曲率はほぼゼロ<br/>少なくとも半径2300億光年まで平坦"]
B2 --> C 「宇宙の果て」という一つの言葉に含まれる、二つの別々の問い
「有限なら端がある」というのは、実は直感の勇み足です。地球の表面を考えてください。面積は有限(約 5.1 × 10 8 k m 2 5.1\times10^{8}\ \mathrm{km^2} 5.1 × 1 0 8 k m 2 )ですが、どこまで歩いても崖はありません。2 次元の生き物が球面の上を暮らしていたら、「私たちの世界は有限だが端はない」と言うでしょう。
同じことが 3 次元でも起こります。空間が 3 次元球面(4 次元的に見たときの球の表面にあたるもの)なら、体積は有限で、しかも端はありません。まっすぐ飛び続ければ、いつか元の場所に帰ってきます。ドーナツ状のトーラスでも同様で、こちらは曲率が 0 0 0 のまま有限になります。ゲームの画面で右端から出たキャラクターが左端から現れるあの構造です。
「じゃあ宇宙は何かの中に入っているの?」という疑問が湧きますが、必要ありません。球面や 3 次元球面は、外の空間なしに、それ自体として数学的に定義できます。私たちが球面を紙に描くとき 3 次元の紙面を使うのは、単に描く側の都合です。
空間が閉じているか無限かは、曲率 を測れば分かります。曲率のある宇宙では、フリードマン方程式に
H ( a ) 2 = H 0 2 ( Ω m a 3 + Ω Λ + Ω K a 2 ) H(a)^2 = H_0^2\left(\frac{\Omega_m}{a^3} + \Omega_\Lambda + \frac{\Omega_K}{a^2}\right) H ( a ) 2 = H 0 2 ( a 3 Ω m + Ω Λ + a 2 Ω K )
という項が加わり、Ω K \Omega_K Ω K の符号が空間の形を決めます。Ω K < 0 \Omega_K < 0 Ω K < 0 なら閉じた(有限の)宇宙、Ω K > 0 \Omega_K > 0 Ω K > 0 なら開いた宇宙、Ω K = 0 \Omega_K = 0 Ω K = 0 なら平坦です。そして Ω K ≠ 0 \Omega_K \neq 0 Ω K = 0 のとき、曲率半径 R c R_c R c は
R c = c / H 0 ∣ Ω K ∣ R_c = \frac{c/H_0}{\sqrt{|\Omega_K|}} R c = ∣ Ω K ∣ c / H 0
で与えられます。Planck 衛星のデータと銀河分布の観測を合わせると
Ω K = 0.0007 ± 0.0019 \Omega_K = 0.0007 \pm 0.0019 Ω K = 0.0007 ± 0.0019
です。0 0 0 と誤差の範囲で一致しており、宇宙は平坦に見えます。ここから、宇宙が仮に閉じていたとしてもどれだけ大きいかが言えます。
命題 5.1 (曲率半径の下限 )
∣ Ω K ∣ ≤ 0.004 |\Omega_K| \le 0.004 ∣ Ω K ∣ ≤ 0.004 (上の測定値の 2 σ 2\sigma 2 σ 上限に相当)ならば、空間の曲率半径は
R c ≥ 2290 億光年 R_c \ge 2290\ \text{億光年} R c ≥ 2290 億光年 を満たす。これは観測可能な宇宙の半径のおよそ 4.9 4.9 4.9 倍であり、体積にすればおよそ 120 倍である。
証明(命題 5.1) R c = ( c / H 0 ) / ∣ Ω K ∣ R_c = (c/H_0)/\sqrt{|\Omega_K|} R c = ( c / H 0 ) / ∣ Ω K ∣ は ∣ Ω K ∣ |\Omega_K| ∣ Ω K ∣ の減少関数ですから、∣ Ω K ∣ |\Omega_K| ∣ Ω K ∣ が上限値を取るときに R c R_c R c は最小になります。例 3.2 より c / H 0 = 145 c/H_0 = 145 c / H 0 = 145 億光年、また 0.004 = 0.0632 \sqrt{0.004} = 0.0632 0.004 = 0.0632 なので
R c ≥ 145 億光年 0.0632 = 2294 億光年 . R_c \ge \frac{145\ \text{億光年}}{0.0632} = 2294\ \text{億光年} . R c ≥ 0.0632 145 億光年 = 2294 億光年 . 例 4.3 の 465 465 465 億光年と比べると 2294 / 465 = 4.93 2294/465 = 4.93 2294/465 = 4.93 倍、体積は半径の 3 乗に比例するので 4.93 3 = 120 4.93^3 = 120 4.9 3 3 = 120 倍です。
∎
つまり、宇宙は有限かもしれませんが、有限だとしても私たちが見ている範囲は全体の 1% 以下ということになります。地球が丸いことに気づかないまま生涯を過ごす、6 畳間のアリのようなものです。
さらに、有限性は曲率がなくても(トーラスのように)起こりえます。この場合は空間が「一周」しているので、同じ天体の光が別方向からも届き、宇宙マイクロ波背景放射の地図に同じ模様の円 が 2 か所現れるはずです。この「空に描かれた円」の探索は WMAP と Planck の地図に対して実行され、何も見つかりませんでした。したがって、もし宇宙が一周しているとしても、その一周は少なくとも観測可能な宇宙より大きいということになります。
最後にもうひとつの「果て」を紹介します。粒子的地平線 定義 4.1 が「過去から届いた光の限界」だったのに対し、こちらは「未来に届く光の限界」です。
定義 6.1 (事象の地平線 )
現在(t 0 t_0 t 0 )に出発した光が、t → ∞ t \to \infty t → ∞ までのあいだに到達できる最大の共動距離を χ e h \chi_{\mathrm{eh}} χ eh とする。これに対応する現在の固有距離
d e h ( t 0 ) = χ e h = ∫ t 0 ∞ c d t a ( t ) = ∫ 1 ∞ c d a a 2 H ( a ) d_{\mathrm{eh}}(t_0) = \chi_{\mathrm{eh}} = \int_{t_0}^{\infty}\frac{c\,dt}{a(t)} = \int_1^{\infty}\frac{c\,da}{a^2 H(a)} d eh ( t 0 ) = χ eh = ∫ t 0 ∞ a ( t ) c d t = ∫ 1 ∞ a 2 H ( a ) c d a を(宇宙論的な)事象の地平線 と呼ぶ。この距離より遠くで今日起きた出来事は、どれだけ待っても私たちには届かない。
命題 6.2 (加速膨張する宇宙には事象の地平線がある )
Ω Λ > 0 \Omega_\Lambda > 0 Ω Λ > 0 の平坦な宇宙では 定義 6.1 の積分は収束し、
d e h ( t 0 ) ≤ c H 0 Ω Λ d_{\mathrm{eh}}(t_0) \le \frac{c}{H_0\sqrt{\Omega_\Lambda}} d eh ( t 0 ) ≤ H 0 Ω Λ c を満たす。Ω m = 0.315 \Omega_m = 0.315 Ω m = 0.315 、Ω Λ = 0.685 \Omega_\Lambda = 0.685 Ω Λ = 0.685 、H 0 = 67.4 k m / s / M p c H_0 = 67.4\ \mathrm{km/s/Mpc} H 0 = 67.4 km/s/Mpc のとき、この上限は 175 億光年である。
証明(命題 6.2) フリードマン方程式 H ( a ) = H 0 Ω m a − 3 + Ω Λ H(a) = H_0\sqrt{\Omega_m a^{-3} + \Omega_\Lambda} H ( a ) = H 0 Ω m a − 3 + Ω Λ において、根号の中の第 1 項は非負なので、すべての a a a に対して
H ( a ) ≥ H 0 Ω Λ H(a) \ge H_0\sqrt{\Omega_\Lambda} H ( a ) ≥ H 0 Ω Λ が成り立ちます。したがって被積分関数は
c a 2 H ( a ) ≤ c a 2 H 0 Ω Λ \frac{c}{a^2 H(a)} \le \frac{c}{a^2 H_0\sqrt{\Omega_\Lambda}} a 2 H ( a ) c ≤ a 2 H 0 Ω Λ c で上から押さえられ、
d e h ( t 0 ) ≤ c H 0 Ω Λ ∫ 1 ∞ d a a 2 = c H 0 Ω Λ [ − 1 a ] 1 ∞ = c H 0 Ω Λ . d_{\mathrm{eh}}(t_0) \le \frac{c}{H_0\sqrt{\Omega_\Lambda}}\int_1^\infty \frac{da}{a^2}
= \frac{c}{H_0\sqrt{\Omega_\Lambda}}\left[-\frac{1}{a}\right]_1^\infty = \frac{c}{H_0\sqrt{\Omega_\Lambda}} . d eh ( t 0 ) ≤ H 0 Ω Λ c ∫ 1 ∞ a 2 d a = H 0 Ω Λ c [ − a 1 ] 1 ∞ = H 0 Ω Λ c . 数値は 例 3.2 の c / H 0 = 145 c/H_0 = 145 c / H 0 = 145 億光年と 0.685 = 0.8276 \sqrt{0.685} = 0.8276 0.685 = 0.8276 から 145 / 0.8276 = 175 145/0.8276 = 175 145/0.8276 = 175 億光年です。
なお、命題 4.2 の粒子的地平線の積分にこの議論は使えません。過去に向かう積分では a → 0 a \to 0 a → 0 で H H H が発散し、収束するかどうかは物質と放射の効き方で決まるからです。実際、加速膨張する宇宙では両方の地平線が同時に存在します。
∎
数値積分すると、事象の地平線の現在値は約 167 億光年 です。上の上限 175 億光年よりわずかに小さく、宇宙が完全にダークエネルギー優勢になる遠い未来には、この値に近づいていきます。
ここから、少し寂しい結論が出ます。いま私たちが見ている銀河のうち、現在の距離が 167 億光年を超えるもの——赤方偏移でいえばおよそ z > 1.8 z > 1.8 z > 1.8 の天体——が今日 発した光は、永遠に地球に届きません。それらの銀河はいまも見えていますが、それは過去の姿であり、時間が経つほど古い姿だけが引き伸ばされて暗く赤くなっていきます。加速膨張が続けば、およそ 1000 億年後には局所銀河群の外の銀河はすべて見えなくなり、その時代の天文学者は「宇宙は私たちの銀河ひとつでできており、静止している」と結論するでしょう。私たちは、宇宙の歴史を読み解ける限られた時期に居合わせたことになります。
例 6.3 (自分で数値積分してみる )
命題 3.4 と 命題 4.2 の積分は、どちらも a → 0 a \to 0 a → 0 で被積分関数が急激に変化します。そこで a = u 2 a = u^2 a = u 2 と置換して(d a = 2 u d u da = 2u\,du d a = 2 u d u )刻みを細かくし、台形則で計算します。
Om, OL , Or = 0.315 , 0.685 , 9.2e-5
Mpc_km = 3.0857e19 # 1 Mpc [km]
yr_s = 3.1557e7 # 1 年 [s]
tH = Mpc_km / H0 / yr_s # ハッブル時間 [年]
print ( f "1/H0 = {tH / 1e8 :.1f } 億年" )
return np. sqrt ( Om / a ** 3 + OL + Or / a ** 4 )
u = np. linspace ( 1e-8 , 1.0 , 2_000_001 ) # a = u^2 と置換
age = np. trapezoid ( 2 * u / (a * E ( a ) ) , u ) * tH
hor = np. trapezoid ( 2 * u / (a ** 2 * E ( a ) ) , u ) * tH
print ( f "年齢 = {age / 1e8 :.1f } 億年" )
print ( f "粒子的地平線 = {hor / 1e8 :.0f } 億光年" )
出力は次のとおりです。
年齢は 例 3.7 の手計算 138.0 億年と、放射を入れたぶんだけ 0.1 0.1 0.1 億年小さくなっています。地平線の 461 億光年は、よく引用される 465 億光年とは 1% ほど違います。この差は Ω r \Omega_r Ω r の値、特にニュートリノを放射として扱うか物質として扱うかの選択から来るもので、Ω r = 4.2 × 10 − 5 \Omega_r = 4.2\times10^{-5} Ω r = 4.2 × 1 0 − 5 (光子のみ)とすると 464 億光年になります。「465 億光年」を有効数字 3 桁の確定値だと思わないでください。
演習 7.1 易
超新星とセファイド変光星による直接測定の値 H 0 = 73.0 k m / s / M p c H_0 = 73.0\ \mathrm{km/s/Mpc} H 0 = 73.0 km/s/Mpc を採用したとき、(1) ハッブル時間 1 / H 0 1/H_0 1/ H 0 を年で求めてください。(2) 定理 3.6 の係数 0.9509 0.9509 0.9509 (Ω m = 0.315 \Omega_m = 0.315 Ω m = 0.315 、Ω Λ = 0.685 \Omega_\Lambda = 0.685 Ω Λ = 0.685 )を掛けて宇宙の年齢を求め、最古の球状星団の年齢 130 億年と比べてください。
解答 (1) 例 3.2 と同じ手順です。1 M p c = 3.0857 × 10 19 k m 1\ \mathrm{Mpc} = 3.0857\times10^{19}\ \mathrm{km} 1 Mpc = 3.0857 × 1 0 19 km より
H 0 = 73.0 3.0857 × 10 19 s − 1 = 2.366 × 10 − 18 s − 1 , H_0 = \frac{73.0}{3.0857\times10^{19}}\ \mathrm{s^{-1}} = 2.366\times10^{-18}\ \mathrm{s^{-1}}, H 0 = 3.0857 × 1 0 19 73.0 s − 1 = 2.366 × 1 0 − 18 s − 1 , 1 H 0 = 4.227 × 10 17 s = 4.227 × 10 17 3.156 × 10 7 年 = 1.339 × 10 10 年 = 134 億年 . \frac{1}{H_0} = 4.227\times10^{17}\ \mathrm{s} = \frac{4.227\times10^{17}}{3.156\times10^{7}}\ \text{年} = 1.339\times10^{10}\ \text{年} = 134\ \text{億年} . H 0 1 = 4.227 × 1 0 17 s = 3.156 × 1 0 7 4.227 × 1 0 17 年 = 1.339 × 1 0 10 年 = 134 億年 . H 0 H_0 H 0 が 67.4 67.4 67.4 の 1.083 1.083 1.083 倍になったので、ハッブル時間は 145.1 / 1.083 = 134 145.1/1.083 = 134 145.1/1.083 = 134 億年と、割り算でも確認できます。
(2) t 0 = 0.9509 × 133.9 億年 = 127.3 億年 t_0 = 0.9509 \times 133.9\ \text{億年} = 127.3\ \text{億年} t 0 = 0.9509 × 133.9 億年 = 127.3 億年 です。最古の球状星団の年齢 130 億年前後を、下回ってしまいます。星の年齢推定にも 5 億年程度の誤差があるので即座に矛盾とは言えませんが、余裕はほとんどありません。注意 3.8 のハッブル・テンションが単なる測定誤差では済まないかもしれない、と考えられている理由のひとつがこれです。
演習 7.2 標準
物質だけからなる平坦な宇宙(Ω m = 1 \Omega_m = 1 Ω m = 1 、Ω Λ = Ω r = 0 \Omega_\Lambda = \Omega_r = 0 Ω Λ = Ω r = 0 )を考えます。(1) 命題 3.4 と同じ方法で、この宇宙のスケール因子が a ( t ) = ( t / t 0 ) 2 / 3 a(t) = (t/t_0)^{2/3} a ( t ) = ( t / t 0 ) 2/3 と書けることを確かめてください。(2) 命題 4.2 の右側の形(a a a による積分)から粒子的地平線を計算し、3 c t 0 3c\,t_0 3 c t 0 になることを示してください。
解答 (1) Ω m = 1 \Omega_m = 1 Ω m = 1 のときフリードマン方程式は H ( a ) = H 0 a − 3 / 2 H(a) = H_0 a^{-3/2} H ( a ) = H 0 a − 3/2 です。定義 2.2 より d a / d t = a H = H 0 a − 1 / 2 da/dt = aH = H_0 a^{-1/2} d a / d t = a H = H 0 a − 1/2 なので、変数分離して
a 1 / 2 d a = H 0 d t ⟹ 2 3 a 3 / 2 = H 0 t a^{1/2}\,da = H_0\,dt \quad\Longrightarrow\quad \frac{2}{3}a^{3/2} = H_0 t a 1/2 d a = H 0 d t ⟹ 3 2 a 3/2 = H 0 t (t = 0 t = 0 t = 0 で a = 0 a = 0 a = 0 という条件を使いました)。よって a = ( 3 H 0 t / 2 ) 2 / 3 a = (3H_0t/2)^{2/3} a = ( 3 H 0 t /2 ) 2/3 です。現在 t = t 0 t = t_0 t = t 0 で a = 1 a = 1 a = 1 となる条件から 3 H 0 t 0 / 2 = 1 3H_0t_0/2 = 1 3 H 0 t 0 /2 = 1 、すなわち t 0 = ( 2 / 3 ) / H 0 t_0 = (2/3)/H_0 t 0 = ( 2/3 ) / H 0 が出て、これは 例 3.5 と一致します。この H 0 = 2 / ( 3 t 0 ) H_0 = 2/(3t_0) H 0 = 2/ ( 3 t 0 ) を戻すと a ( t ) = ( t / t 0 ) 2 / 3 a(t) = (t/t_0)^{2/3} a ( t ) = ( t / t 0 ) 2/3 を得ます。
(2) 命題 4.2 に H ( a ) = H 0 a − 3 / 2 H(a) = H_0a^{-3/2} H ( a ) = H 0 a − 3/2 を代入すると
d h o r = ∫ 0 1 c d a a 2 ⋅ H 0 a − 3 / 2 = c H 0 ∫ 0 1 a − 1 / 2 d a = c H 0 [ 2 a 1 / 2 ] 0 1 = 2 c H 0 . d_{\mathrm{hor}} = \int_0^1 \frac{c\,da}{a^2\cdot H_0a^{-3/2}}
= \frac{c}{H_0}\int_0^1 a^{-1/2}\,da
= \frac{c}{H_0}\Bigl[2a^{1/2}\Bigr]_0^1 = \frac{2c}{H_0} . d hor = ∫ 0 1 a 2 ⋅ H 0 a − 3/2 c d a = H 0 c ∫ 0 1 a − 1/2 d a = H 0 c [ 2 a 1/2 ] 0 1 = H 0 2 c . 被積分関数は a → 0 a \to 0 a → 0 で発散しますが、a − 1 / 2 a^{-1/2} a − 1/2 の発散は積分可能なので値は有限です。ここに (1) の 1 / H 0 = ( 3 / 2 ) t 0 1/H_0 = (3/2)t_0 1/ H 0 = ( 3/2 ) t 0 を代入すると
d h o r = 2 c ⋅ 3 2 t 0 = 3 c t 0 d_{\mathrm{hor}} = 2c\cdot\frac{3}{2}t_0 = 3c\,t_0 d hor = 2 c ⋅ 2 3 t 0 = 3 c t 0 となり、例 4.3 の (1) と一致します。
演習 7.3 標準
宇宙マイクロ波背景放射は a = 1 / 1100 a = 1/1100 a = 1/1100 の時代に放たれた光で、それを放った場所の現在の距離は 452 億光年です。(1) 光が放たれた瞬間、その場所は私たちからどれだけ離れていましたか。(2) その場所の現在の後退速度を 命題 2.3 で求め、光速と比べてください。(3) (2) の答えが特殊相対性理論と矛盾しない理由を、例 4.4 を使って説明してください。
解答 (1) 定義 2.1 より固有距離は d ( t ) = a ( t ) χ d(t) = a(t)\chi d ( t ) = a ( t ) χ で、共動距離 χ \chi χ は変わりません。現在 a = 1 a = 1 a = 1 での距離が 452 億光年なので χ = 452 \chi = 452 χ = 452 億光年、放射の瞬間は a = 1 / 1100 a = 1/1100 a = 1/1100 だったので
d = 1 1100 × 452 億光年 = 0.411 億光年 = 4110 万光年 . d = \frac{1}{1100}\times 452\ \text{億光年} = 0.411\ \text{億光年} = 4110\ \text{万光年} . d = 1100 1 × 452 億光年 = 0.411 億光年 = 4110 万光年 . 天文学のスケールでは「すぐ隣」と言ってよい距離です。この光は 4100 万光年先から出発したのに、138 億年もかかって到着しました。空間が伸び続けて、道のりが増え続けたからです。
(2) 命題 2.3 に H 0 = 1 / ( 145 億年 ) H_0 = 1/(145\ \text{億年}) H 0 = 1/ ( 145 億年 ) と d = 452 d = 452 d = 452 億光年を代入して
v = H 0 d = 452 億光年 145 億年 = 3.12 光年/年 = 3.1 c . v = H_0 d = \frac{452\ \text{億光年}}{145\ \text{億年}} = 3.12\ \text{光年/年} = 3.1\,c . v = H 0 d = 145 億年 452 億光年 = 3.12 光年 / 年 = 3.1 c . 光速の 3.1 倍です。
(3) アリのゴムひもと同じ状況です。ひもの右端はアリの 100 倍の速さで遠ざかっていましたが、アリは進んだ割合 s s s を着実に増やし、有限時間で到達しました。宇宙でも、光は各地点で必ず光速で進んでおり、追い越されている物体はひとつもありません。後退速度 3.1 c 3.1c 3.1 c は「離れた 2 点のあいだの空間が伸びる量」を距離で割った値であって、誰かの横をすれ違う速さではありません。特殊相対論が禁じるのは後者だけです。
E. Hubble, “A relation between distance and radial velocity among extra-galactic nebulae”, Proceedings of the National Academy of Sciences 15 (1929), 168–173. 膨張の発見を報告した原論文。比例定数として約 500 k m / s / M p c 500\ \mathrm{km/s/Mpc} 500 km/s/Mpc が与えられている。
Planck Collaboration, “Planck 2018 results. VI. Cosmological parameters”, Astronomy & Astrophysics 641 (2020), A6. arXiv:1807.06209 — この記事で使った H 0 H_0 H 0 、Ω m \Omega_m Ω m 、Ω Λ \Omega_\Lambda Ω Λ 、Ω K \Omega_K Ω K 、宇宙年齢の値の出典。
A. G. Riess et al., “A Comprehensive Measurement of the Local Value of the Hubble Constant with 1 km/s/Mpc Uncertainty from the Hubble Space Telescope and the SH0ES Team”, The Astrophysical Journal Letters 934 (2022), L7. arXiv:2112.04510 — ハッブル・テンションの一方の当事者。
T. M. Davis and C. H. Lineweaver, “Expanding Confusion: Common Misconceptions of Cosmological Horizons and the Superluminal Expansion of the Universe”, Publications of the Astronomical Society of Australia 21 (2004), 97–109. arXiv:astro-ph/0310808 — 地平線と超光速後退の誤解を正した定番論文。図が非常に分かりやすい。
Planck Collaboration, “Planck 2013 results. XXVI. Background geometry and topology of the Universe”, Astronomy & Astrophysics 571 (2014), A26. arXiv:1303.5086 — 「空に描かれた円」の探索結果。
松原隆彦『現代宇宙論 ― 時空と物質の共進化』東京大学出版会、2010 — 第 2 章・第 3 章にフリードマン方程式と各種の距離・地平線が丁寧に書かれている。