コンテンツにスキップ

夜空はなぜ暗いのか:オルバースのパラドックスと宇宙の有限な年齢

生 Markdown
  • 宇宙が「無限に広く・星が一様に散らばり・永遠の昔からあり・静止している」なら、どの方向を見ても視線は必ずどこかの星の表面に突き当たります。すると夜空全体が太陽の表面と同じ明るさになるはずです。これがオルバースのパラドックスです。
  • その明るさは太陽定数のおよそ 18 万倍で、地球は約 5800 K まで熱せられます。岩も鉄も蒸発します。夜空が暗いという当たり前の事実は、上の 4 つの前提のどれかが間違っているという観測データなのです。
  • 「星間の塵が遠くの光を吸っている」という逃げ道は使えません。永遠の時間があれば塵は温まり、やがて星と同じ明るさで光り出すからです(熱力学第二法則)。
  • 実際に効いているのは「光の速さが有限で、宇宙には始まりがある」ことです。視線が星でふさがるには 5×10245 \times 10^{24} 光年ぶんの奥行きが必要なのに、宇宙が始まってから光が進めた距離は 138 億光年しかありません。夜空のうち星が覆っている面積の割合は 101510^{-15} 程度です。
  • もっと根本的には、エネルギーが足りません。夜空を星の表面と同じ明るさにするには約 0.84 J/m30.84\ \mathrm{J/m^3} の放射エネルギーが要りますが、宇宙の全物質をダークマターごと残らず光に変えても、必要量の 30 億分の 1 にしか届きません。
  • ただしオルバースの結論は、ある意味では正しかったのです。視線は本当にどれも「熱い壁」——宇宙誕生から 38 万年後の火の玉——に突き当たっています。宇宙膨張がその明るさを約 1.4 兆分の 1 に薄めた残りが、宇宙マイクロ波背景放射です。

1. 動機:なぜ「夜は暗い」が問題なのか

Section titled “1. 動機:なぜ「夜は暗い」が問題なのか”

夜空は暗いものです。これほど当たり前で、これほど説明の要らなさそうな事実もありません。「太陽が沈めば暗くなる。以上」——これで話は終わりそうに見えます。

ところが 400 年以上にわたって、天文学者たちはこの「当たり前」に悩まされてきました。ケプラーは 1610 年に、ガリレオが望遠鏡で見つけた無数の星について論じたなかで、夜空が暗いことは宇宙が無限ではない証拠だ、と書いています。エドモンド・ハレー(ハレー彗星の人です)は 1721 年に王立協会でこの問題を論じ、スイスのシェゾーは 1744 年に、そしてドイツの医師で天文学者だったハインリヒ・オルバースは 1823 年に、それぞれこの問題を定量的に扱いました。今日この問題が「オルバースのパラドックス」と呼ばれているのは、最後の人の名前が残ったからにすぎません。

彼らが困っていたのは、次の推論です。

宇宙が無限に広く、星がその全体に平均して同じ密度で散らばっているとしましょう。すると、どの方向に視線を伸ばしても、その視線はいつか必ずどこかの星の表面に当たります。森の中で立って周りを見ると、木が疎らでも十分遠くまで見通せば必ず幹が視界をふさぐのと同じです。そして——ここが肝心なところですが——星の表面は、遠くにあっても「単位面積あたりの明るさ」は変わりません。したがって、視線が必ず星に当たるなら、空のあらゆる点が太陽の表面と同じ明るさで輝くはずなのです。

これは「ちょっと明るすぎる」どころの話ではありません。後で計算しますが、地表が受け取るエネルギーは晴れた日の太陽光の 18 万倍になり、地球の温度は太陽表面と同じ約 5800 K に達します。そんな宇宙には海も大陸も、当然ながら私たちもいません。「夜」という言葉すら生まれなかったでしょう。

つまり「夜空が暗い」というのは、望遠鏡を使わずにできる最も強力な宇宙論の観測なのです。この記事では、パラドックスをきちんと式にして、逃げ道を一つずつ塞ぎ、最後に本物の答えにたどり着きます。

flowchart TD
A["前提1:宇宙は無限に広い"] --> E
B["前提2:星はどこでも同じ密度で分布する"] --> E
C["前提3:宇宙は永遠の昔から存在する"] --> E
D["前提4:宇宙は静止している(膨張しない)"] --> E
E["どの方向でも視線は必ず星の表面に当たる"] --> F["夜空は太陽の表面と同じ明るさになる"]
F --> G["観測事実:夜空は暗い"]
G --> H["前提 1〜4 のどれかが誤り"]
オルバースのパラドックスの論理構造。前提から結論が出るのに、結論が観測と矛盾する。したがって前提のどれかが偽である。

2. 準備:明るさ・立体角・逆二乗則

Section titled “2. 準備:明るさ・立体角・逆二乗則”

パラドックスを式にするために、「明るさ」を 2 種類に区別します。混同するとパラドックスの急所が見えなくなるので、ここは丁寧にいきます。

定義 2.1流束と面輝度

光源から観測者に届く単位時間・単位面積あたりのエネルギーを流束(flux)FF と呼び、単位は W/m2\mathrm{W/m^2} です。光度(総放出パワー)LL の光源が距離 rr にあり、光を全方向へ等しく出すなら、半径 rr の球面全体にエネルギーが広がるので

F=L4πr2F = \frac{L}{4\pi r^2}

となります。これが逆二乗則です(逆二乗の法則(命題 2.2)[なぜ星までの距離がわかるのか])。

一方、広がりをもつ天体については、単位立体角あたりの流束

B=FΩ[W/m2/sr]B = \frac{F}{\Omega} \qquad [\mathrm{W/m^2/sr}]

面輝度(surface brightness、放射強度とも)と呼びます。Ω\Omega はその天体が空で占める立体角です。

命題 2.2面輝度は距離によらない

広がりをもつ光源の表面の、ある一部分を考えます。その部分の面積を AA、観測者から見た距離を rr とし、AArr に比べて十分小さく、観測者に正対しているとします。途中に光を吸収する物質が無ければ、この部分の面輝度 BBrr によらず一定です。

証明(命題 2.2)

面積 AA の部分が観測者の方向へ出す単位時間あたりのエネルギーを PP とします。これは光源側で決まる量で、観測者がどこにいるかには依存しません。この部分だけを見たときの流束は逆二乗則から

F=P4πr21r2F = \frac{P}{4\pi r^2} \propto \frac{1}{r^2}

です。一方、この部分が観測者から見て占める立体角は、定義により

Ω=Ar21r2\Omega = \frac{A}{r^2} \propto \frac{1}{r^2}

です。したがって面輝度は

B=FΩ=P4πr2r2A=P4πAB = \frac{F}{\Omega} = \frac{P}{4\pi r^2} \cdot \frac{r^2}{A} = \frac{P}{4\pi A}

となり、rr が消えます。分子・分母がどちらも 1/r21/r^2 で減るので、比は距離によらないのです。

この命題は直感に反するように見えますが、身の回りで確かめられます。月面を望遠鏡で撮った写真と、月面に降り立って撮った写真を比べると、写っている地面の「1 画素あたりの明るさ」は同じです。遠い月が暗く見えないのは、遠いぶん小さく見えて、光が集まる面積も小さくなるからです。同じ理由で、遠くの星の表面も太陽の表面と同じ面輝度をもちます。星が暗く見えるのは小さく見えるからであって、表面が暗いからではありません。

ここがオルバースのパラドックスのエンジンです。もし空が星の表面で埋め尽くされてしまえば、「小さく見える」という逃げ場がなくなり、空全体が太陽表面の明るさになります。

定義 2.3オルバース宇宙

以下の 4 条件を満たす理想化された宇宙を、この記事ではオルバース宇宙と呼びます。

  1. 空間は無限に広く、ユークリッド的です。
  2. 星は数密度 nn(単位体積あたりの個数)で一様・等方に分布します。星はすべて半径 RR_*、光度 LL、表面温度 TT_* の同じ星とします。
  3. この状態が無限の過去から続いています。
  4. 空間は静止しています(膨張も収縮もしません)。星と観測者の相対運動も無視します。

さらに、星と星の間は完全に透明(吸収も散乱もない)とします。

3.1. 素朴な形:足しても足しても減らない

Section titled “3.1. 素朴な形:足しても足しても減らない”

まず、星が互いを隠すことを無視して、単純に光を足し上げてみます。

命題 3.1球殻の寄与は距離によらない

オルバース宇宙(定義 2.3) において、観測者を中心とする半径 rr、厚さ Δr\Delta r の球殻に含まれる星から届く流束の合計は

ΔF=nLΔr\Delta F = n L \,\Delta r

であり、rr に依存しません。したがって半径 RR 以内の全星からの流束は F(R)=nLRF(R) = nLR となり、RR \to \infty で無限大に発散します。

証明(命題 3.1)

球殻の体積は 4πr2Δr4\pi r^2 \Delta r です(球面の面積 4πr24\pi r^2 に厚さを掛ける)。定義 2.3 の条件 2 より星の数密度は一様に nn なので、この球殻に含まれる星の個数は

ΔN=4πr2nΔr\Delta N = 4\pi r^2 n\, \Delta r

です。星 1 個から届く流束は 定義 2.1 の逆二乗則より L/(4πr2)L/(4\pi r^2) です。よって球殻からの流束の合計は

ΔF=ΔN×L4πr2=4πr2nΔr×L4πr2=nLΔr.\Delta F = \Delta N \times \frac{L}{4\pi r^2} = 4\pi r^2 n \Delta r \times \frac{L}{4\pi r^2} = n L\, \Delta r .

r2r^2 がきれいに約分され、rr が消えました。あとは r=0r = 0 から RR まで足し上げるだけです。

F(R)=0RnLdr=nLRR.F(R) = \int_0^R n L \,dr = nLR \xrightarrow[R \to \infty]{} \infty .
どの殻からも同じ量の光が届く観測者殻 1(距離 r)殻 2(距離 2r)殻 3(距離 3r)星 1 個星 4 個星 9 個明るさ ×1明るさ ×1/4明るさ ×1/9
視線が作る円錐の中を、等しい厚さの殻に区切る。遠い殻ほど星の数は距離の 2 乗に比例して増え、1 個あたりの明るさは距離の 2 乗に反比例して減る。両者はちょうど打ち消し合い、どの殻からも同じだけの光が届く。

命題 3.1 の結論は「夜空は無限に明るい」ですが、これは行き過ぎです。実際には手前の星が奥の星を隠すので、無限大にはなりません。星が互いを隠す効果を入れると、答えは「無限大」ではなく「星の表面と同じ明るさ」という有限の値に落ち着きます。それでも十分に破滅的です。

3.2. 厳密な形:視線は必ず星に当たる

Section titled “3.2. 厳密な形:視線は必ず星に当たる”

定義 3.2星の平均自由行程(見通し距離)

オルバース宇宙(定義 2.3) において、星 1 個が視線をふさぐ断面積(幾何学的断面積)は σ=πR2\sigma = \pi R_*^2 です。このとき

λ=1nσ=1nπR2\lambda = \frac{1}{n\sigma} = \frac{1}{n \pi R_*^2}

を星の平均自由行程、あるいは宇宙の見通し距離と呼びます。これは「視線が平均してどれだけ進めば星の表面に当たるか」を表す長さです。

例 3.3森の中でどこまで見通せるか

平均自由行程の意味を、森で確かめてみます。地面を上から見た 2 次元の問題として、直径 d=0.3 md = 0.3\ \mathrm{m} の木が 1 平方メートルあたり n2=0.1n_2 = 0.1 本生えているとします。視線をふさぐ「断面」は木 1 本あたり幅 dd なので、2 次元版の見通し距離は

λ2=1n2d=10.1×0.3=33 m\lambda_2 = \frac{1}{n_2 d} = \frac{1}{0.1 \times 0.3} = 33\ \mathrm{m}

です。実際、そのくらいの密度の林の中では 30 メートルほど先で視界が幹に埋まります。木がもっと疎らでも、森が十分広ければいつかは必ず視界がふさがる——ここが重要な点です。オルバース宇宙は「無限に広い森」なのです。

定理 3.4オルバースのパラドックス

オルバース宇宙(定義 2.3) において、星の中心の分布が数密度 nn の一様ポアソン分布に従うとします。星の表面の面輝度を BB_* とすると、観測者から距離 RR 以内の星だけを考えたときの、空の平均面輝度は

Bsky(R)=B(1eR/λ),λ=1nπR2B_{\text{sky}}(R) = B_*\left(1 - e^{-R/\lambda}\right), \qquad \lambda = \frac{1}{n\pi R_*^2}

で与えられます。したがって RR \to \infty の極限で

Bsky=BB_{\text{sky}} = B_*

となり、夜空は星の表面とちょうど同じ明るさになります

証明(定理 3.4)

観測者から任意の方向に 1 本の視線(直線)を引きます。半径 RR_* の星がこの視線をさえぎるのは、その中心が視線から距離 RR_* 以内にあるとき、つまり視線を軸とする半径 RR_* の円柱の内部に中心があるときです。

観測者から距離 rr までのこの円柱の体積は πR2r=σr\pi R_*^2 \, r = \sigma r です。星の中心が数密度 nn の一様ポアソン分布に従うので、この体積に含まれる星の中心の個数の期待値は nσr=r/λn \sigma r = r/\lambda です(定義 3.2 の定義を使いました)。ポアソン分布では、期待値 μ\mu のとき個数が 00 である確率は eμe^{-\mu} ですから、距離 rr まで視線が 1 個の星にも当たらない確率

P(r)=er/λP(r) = e^{-r/\lambda}

です。したがって、視線が距離 RR までの間にどこかの星に当たる確率は 1eR/λ1 - e^{-R/\lambda} になります。

次に明るさです。視線が星に当たれば、その方向から届く光は星の表面から出たもので、命題 2.2 よりその面輝度は距離によらず BB_* です(定義 2.3 の「星の間は透明」という条件を使いました。途中で吸収があればこの結論は変わります)。視線が星に当たらなければ、その方向は暗いままです。

空全体を多数の方向に分けて平均すると、割合 1eR/λ1 - e^{-R/\lambda} の方向が明るさ BB_* で、残りが 00 です。よって平均面輝度は

Bsky(R)=B(1eR/λ)+0×eR/λ=B(1eR/λ).B_{\text{sky}}(R) = B_* \left(1 - e^{-R/\lambda}\right) + 0 \times e^{-R/\lambda} = B_*\left(1 - e^{-R/\lambda}\right).

RR \to \infty とすれば eR/λ0e^{-R/\lambda} \to 0 なので BskyBB_{\text{sky}} \to B_* です。

注意 3.5

命題 3.1 の「無限大」と 定理 3.4 の「BB_* で頭打ち」は矛盾しません。命題 3.1 は星が互いを隠さないと仮定したので発散し、定理 3.4 は隠す効果を入れたので飽和します。実際、RλR \ll \lambda のときは 1eR/λR/λ1 - e^{-R/\lambda} \approx R/\lambda なので BskyBR/λB_{\text{sky}} \approx B_* R/\lambda となり、RR に比例して増える 命題 3.1 の振る舞いと一致します。飽和が効き始めるのは RRλ\lambda に近づいてからです。この「RλR \ll \lambda の領域」こそ、私たちが実際に住んでいる場所です(第 5 節で確かめます)。

3.3. どれくらいひどいことになるのか

Section titled “3.3. どれくらいひどいことになるのか”

数字を入れましょう。太陽を代表的な星とします。太陽の光度は L=3.83×1026 WL_\odot = 3.83 \times 10^{26}\ \mathrm{W}、半径は R=6.96×108 mR_\odot = 6.96 \times 10^8\ \mathrm{m} です。表面から出る流束は

Fsurf=L4πR2=3.83×10264π×(6.96×108)2=6.3×107 W/m2F_\odot^{\text{surf}} = \frac{L_\odot}{4\pi R_\odot^2} = \frac{3.83\times10^{26}}{4\pi \times (6.96\times10^8)^2} = 6.3 \times 10^7\ \mathrm{W/m^2}

です。太陽表面をほぼ黒体とみなすと、この流束はシュテファン・ボルツマンの法則 F=σSBT4F = \sigma_{\mathrm{SB}} T^4σSB=5.67×108 W/m2/K4\sigma_{\mathrm{SB}} = 5.67\times10^{-8}\ \mathrm{W/m^2/K^4})から表面温度 T=5772 KT_\odot = 5772\ \mathrm{K} に対応します。面輝度は Appendix の関係式 B=Fsurf/πB = F^{\text{surf}}/\pi から

B=6.3×107π=2.0×107 W/m2/srB_\odot = \frac{6.3\times10^7}{\pi} = 2.0\times10^7\ \mathrm{W/m^2/sr}

です。もし全天(4π sr4\pi\ \mathrm{sr})がこの明るさなら、地表が受け取る流束は

Fsky=4πB=4π×2.0×107=2.5×108 W/m2F_{\text{sky}} = 4\pi B_\odot = 4\pi \times 2.0\times10^7 = 2.5\times10^{8}\ \mathrm{W/m^2}

になります。現在の太陽定数(地球が太陽から受け取る流束)は 1361 W/m21361\ \mathrm{W/m^2} ですから、その

2.5×10813611.8×105\frac{2.5\times10^8}{1361} \approx 1.8\times10^5

倍、およそ 18 万倍です。しかも四方八方から来るので、地球は逃げ場なく加熱され、最終的に放射と熱平衡になる温度、すなわち 5772 K5772\ \mathrm{K} に達します。鉄の沸点は約 3130 K、金属のなかで最も融点の高いタングステンでも融点は 3695 K です。5772 K の環境では、鉄は完全に蒸発し、タングステンですら液体でいられません。地球はほぼ丸ごと気体になります。

したがって 定理 3.4 は、単に「明るくて眠れない」という話ではなく、私たちが存在していること自体が、オルバース宇宙の 4 つの前提のどれかを否定している、ということを意味します。

歴史上、いくつもの「逃げ道」が提案され、そのつど潰されてきました。主なものを見ておきます。

4.1. 塵が吸っている(シェゾーとオルバースの答え)

Section titled “4.1. 塵が吸っている(シェゾーとオルバースの答え)”

シェゾーもオルバースも、星の間に薄い物質があって遠くの星の光を吸収している、と考えました。もっともらしく聞こえますし、実際に星間塵は存在します。しかしこの説明は、永遠に続く宇宙という前提と両立しません。

命題 4.1吸収体は逃げ道にならない

オルバース宇宙(定義 2.3) の条件 1〜4 のもとで、星の間に光を吸収する物質(塵)が一様に分布しているとします。この物質は星と物質のやりとり以外に熱を捨てる先をもたないとすると、無限の時間ののちに系は温度 TT_* の熱平衡に達し、空の面輝度はやはり BB_* になります。すなわち、吸収体を置いても夜空を暗くすることはできません。

証明(命題 4.1)

塵の粒 1 個に注目します。粒は星の光を吸収してエネルギーを受け取り、自分の温度 TdT_d に応じて熱放射を出してエネルギーを失います。定義 2.3 の条件 3(宇宙は永遠の昔から存在する)より、この粒はすでに無限の時間にわたって加熱され続けています。有限の熱容量をもつ粒が無限の時間で到達する状態は、吸収と放出が釣り合う定常状態です。

キルヒホッフの法則により、任意の波長で「吸収率=放射率」が成り立ちます。したがって粒が周囲の放射と釣り合うのは、粒の温度が周囲の放射の温度に等しくなったときです。周囲には温度 TT_* の星の表面から出た放射しかないので、定常状態では Td=TT_d = T_* です。

Td=TT_d = T_* の粒は、温度 TT_* の黒体(正確には、吸収率と同じ効率で放射する物体)として光ります。星と同じ温度で光る以上、その粒は視線をふさぎはしても、暗くはしません。粒が覆った立体角は、星に代わって面輝度 BB_* で輝きます。

これを熱力学第二法則の言い方に直すと次のようになります。もし塵が永久に星より低温であり続けるなら、星から塵へ熱が一方向に流れ続け、しかも塵の温度は上がらないことになります。これは孤立系のエントロピーに関する第二法則に反します。永遠の時間が与えられれば、閉じた系は必ず一様な温度に落ち着き、その中では黒体放射がすべてを満たします。

「宇宙は無限でも、星は有限個しかないのでは」という逃げ道は、定義 2.3 の条件 2 を捨てることに相当します。これは論理的には有効ですが、観測と合いません。銀河の分布は、およそ 3 億光年より大きなスケールで見れば一様・等方であることが、大規模な銀河サーベイによって確かめられています。宇宙全体で銀河が有限個しかない「島宇宙」だとすると、私たちがその中心近くにいることになり、特別扱いを避けたい現代宇宙論の立場(宇宙原理)とも衝突します。

4.3. 星が階層的(フラクタル的)に分布していたら?

Section titled “4.3. 星が階層的(フラクタル的)に分布していたら?”

19 世紀末から 20 世紀初めにかけて、シャルリエらは「星は階層構造をなしていて、大きなスケールほど密度が薄くなる」という宇宙像を提案しました。これは実はパラドックスを回避できます。演習 8.4 で計算しますが、半径 rr 以内の星の個数が N(r)rDN(r) \propto r^D と振る舞うとき、光の合計が有限にとどまる条件は DD22 より小さいことです。

しかし観測される銀河分布は、数千万光年以下のスケールでは確かに D2D \approx 2 前後のフラクタル的な振る舞いを示すものの、それ以上のスケールでは一様(D=3D = 3)に移行します。したがって現実の宇宙ではこの逃げ道も使えません。

5. 本当の答え(1):光は有限の速さで進み、宇宙には始まりがある

Section titled “5. 本当の答え(1):光は有限の速さで進み、宇宙には始まりがある”

残った前提は 3 と 4、すなわち「永遠」と「静止」です。実際に効いているのは主として前提 3 のほうです。

宇宙に始まりがあれば、そして光の速さ cc が有限なら、私たちが見ることのできる範囲には限りがあります。宇宙年齢を t0t_0 とすると、光が届く距離はおおよそ ct0c t_0 です。それより遠くの星は、たとえ存在していても光がまだ到着していないので、夜空に貢献しません。

命題 5.1有限の年齢をもつ静的宇宙の夜空

オルバース宇宙(定義 2.3) の条件 3 だけを外し、星が過去 t0t_0 の間だけ光っていたとします(他の条件はそのまま)。ct0λc t_0 \ll \lambda のとき、空の平均面輝度は

BskyBct0λB_{\text{sky}} \approx B_* \cdot \frac{c t_0}{\lambda}

で与えられます。すなわち、夜空のうち星が覆う割合は f=ct0/λf = c t_0/\lambda です。

証明(命題 5.1)

星が光り始めてから t0t_0 しか経っていないなら、距離 R=ct0R = c t_0 より遠い星の光はまだ届いていません。したがって夜空に寄与するのは距離 R=ct0R = ct_0 以内の星だけで、定理 3.4 の途中式がそのまま使えて

Bsky=B(1ect0/λ)B_{\text{sky}} = B_*\left(1 - e^{-ct_0/\lambda}\right)

です。x1x \ll 1 のとき ex=1x+x2/2e^{-x} = 1 - x + x^2/2 - \cdots なので 1exx1 - e^{-x} \approx x であり、x=ct0/λ1x = ct_0/\lambda \ll 1 の仮定のもとで

BskyBct0λB_{\text{sky}} \approx B_* \cdot \frac{ct_0}{\lambda}

を得ます。

あとは λ\lambdact0ct_0 の値を入れるだけです。

例 5.2宇宙の見通し距離を計算する

星の平均自由行程 λ=1/(nπR2)\lambda = 1/(n\pi R_*^2) を、実際の宇宙の値で見積もります。

ステップ 1:星の数密度 nn 宇宙の平均密度の基準になるのが臨界密度(定義 5.5)[ダークマターとダークエネルギー]です。ハッブル定数を H0=67.4 km/s/MpcH_0 = 67.4\ \mathrm{km/s/Mpc}(プランク衛星の値)とすると、1 Mpc=3.086×1022 m1\ \mathrm{Mpc} = 3.086\times10^{22}\ \mathrm{m} より H0=2.18×1018 s1H_0 = 2.18\times10^{-18}\ \mathrm{s^{-1}} で、

ρc=3H028πG=3×(2.18×1018)28π×6.674×1011=8.5×1027 kg/m3\rho_c = \frac{3H_0^2}{8\pi G} = \frac{3\times(2.18\times10^{-18})^2}{8\pi\times 6.674\times10^{-11}} = 8.5\times10^{-27}\ \mathrm{kg/m^3}

です。このうち通常の物質(バリオン)は約 4.9 % なので ρb=4.2×1028 kg/m3\rho_b = 4.2\times10^{-28}\ \mathrm{kg/m^3}、さらにそのうち星になっているのは 1 割弱(ここでは 7 % とします)なので

ρ3×1029 kg/m3\rho_* \approx 3\times10^{-29}\ \mathrm{kg/m^3}

です。太陽質量 M=1.99×1030 kgM_\odot = 1.99\times10^{30}\ \mathrm{kg} で割ると

n=3×10291.99×1030=1.5×1059 m3.n = \frac{3\times10^{-29}}{1.99\times10^{30}} = 1.5\times10^{-59}\ \mathrm{m^{-3}} .

1 立方メートルあたり 105910^{-59} 個。宇宙がどれほど空っぽかが分かります。

ステップ 2:断面積。

σ=πR2=π×(6.96×108)2=1.52×1018 m2.\sigma = \pi R_\odot^2 = \pi\times(6.96\times10^8)^2 = 1.52\times10^{18}\ \mathrm{m^2}.

ステップ 3:平均自由行程。

λ=1nσ=11.5×1059×1.52×1018=4.4×1040 m.\lambda = \frac{1}{n\sigma} = \frac{1}{1.5\times10^{-59}\times1.52\times10^{18}} = 4.4\times10^{40}\ \mathrm{m}.

1 光年 =9.46×1015 m= 9.46\times10^{15}\ \mathrm{m} で割ると

λ=4.6×1024 光年5×1024 光年.\lambda = 4.6\times10^{24}\ \text{光年} \approx 5\times10^{24}\ \text{光年}.

星の数密度の見積もりには数倍の不確かさがありますが、桁は 102410^{24}102510^{25} 光年で動きません。

さて、宇宙の年齢は t0=138t_0 = 138 億年 =1.38×1010= 1.38\times10^{10} 年なので、ct0=1.38×1010ct_0 = 1.38\times10^{10} 光年です。命題 5.1 の割合は

f=ct0λ=1.38×10104.6×1024=3.0×1015f = \frac{ct_0}{\lambda} = \frac{1.38\times10^{10}}{4.6\times10^{24}} = 3.0\times10^{-15}

となります。夜空のうち星が覆っているのは 1000 兆分の 3 ほど。オルバース宇宙が要求する「視線が必ず星に当たる」状態になるには、宇宙はあと 101510^{15} 倍——およそ 5×10245\times10^{24} 年——待たなければなりません。星の寿命がどんなに長くても 101310^{13} 年程度であることを思えば、この待ち時間はまったく現実的ではありません。

例 5.3見積もりを観測と突き合わせる

命題 5.1 の式に数値を入れると、予想される夜空の面輝度は

Bsky3.0×1015×2.0×107=6.0×108 W/m2/sr=60 nW/m2/srB_{\text{sky}} \approx 3.0\times10^{-15}\times 2.0\times10^7 = 6.0\times10^{-8}\ \mathrm{W/m^2/sr} = 60\ \mathrm{nW/m^2/sr}

です。

一方、実際に観測されている銀河系外背景光(宇宙が誕生してから今日までに星が出した光の総和で、可視光から遠赤外線までを合わせたもの)は、およそ 5050100 nW/m2/sr100\ \mathrm{nW/m^2/sr} と測定されています。

雑な仮定を重ねた見積もりが、観測値と同じ桁に収まりました。これは偶然ではありません。命題 5.1 の物理——「宇宙の年齢が有限だから夜空が暗い」——が正しいことの、直接的な確認になっています。

なお、この見積もりは赤方偏移による減光も、星が生まれては死ぬ歴史も、太陽より明るい星の寄与も無視しています。それらを入れると答えは数倍動きますが、101510^{15} という巨大な比を前にすれば誤差のうちです。

星までの距離をどうやって測るのかについては なぜ星までの距離がわかるのか?(出発点は 標準光源(定義 2.3)[なぜ星までの距離がわかるのか] の考え方です)を、宇宙の年齢 138 億年がどこから来たのかについては 宇宙の果てと年齢定理 3.6[宇宙の果てと年齢])を参照してください。

6. 本当の答え(2):そもそもエネルギーが足りない

Section titled “6. 本当の答え(2):そもそもエネルギーが足りない”

前節の議論は「まだ光が届いていない」という幾何学の話でした。しかしもっと乱暴で、もっと決定的な議論があります。エネルギー保存則です。この見方を強く押し出したのは宇宙論学者エドワード・ハリソンです。

定理 6.1夜空を明るくするエネルギーは宇宙に存在しない

夜空全体が温度 TT_* の黒体表面と同じ面輝度で輝いているとき、その放射のエネルギー密度は

ureq=4πBc=4σSBT4c=aT4,a=7.566×1016 J/m3/K4u_{\text{req}} = \frac{4\pi B_*}{c} = \frac{4\sigma_{\mathrm{SB}} T_*^4}{c} = a T_*^4, \qquad a = 7.566\times10^{-16}\ \mathrm{J/m^3/K^4}

です。T=5772 KT_* = 5772\ \mathrm{K}(太陽表面)のとき ureq=0.84 J/m3u_{\text{req}} = 0.84\ \mathrm{J/m^3} となります。一方、宇宙にある全物質(ダークマターを含む)の静止エネルギー密度は umat=Ωmρcc2=2.4×1010 J/m3u_{\text{mat}} = \Omega_m \rho_c c^2 = 2.4\times10^{-10}\ \mathrm{J/m^3} にすぎません。したがって

urequmat=3.5×109\frac{u_{\text{req}}}{u_{\text{mat}}} = 3.5\times10^{9}

であり、宇宙の全物質を余さず光に変えても、必要量の 30 億分の 1 にしか届きません

証明(定理 6.1)

まず urequ_{\text{req}} を求めます。等方な放射のエネルギー密度と面輝度の関係 u=4πB/cu = 4\pi B/c、および黒体表面の面輝度 B=σSBT4/πB = \sigma_{\mathrm{SB}}T^4/\pi は Appendix で導きます。この 2 つを合わせて

ureq=4πcσSBT4π=4σSBcT4=aT4.u_{\text{req}} = \frac{4\pi}{c}\cdot\frac{\sigma_{\mathrm{SB}}T_*^4}{\pi} = \frac{4\sigma_{\mathrm{SB}}}{c}T_*^4 = aT_*^4 .

数値を入れます。T4=(5772)4=1.11×1015 K4T_*^4 = (5772)^4 = 1.11\times10^{15}\ \mathrm{K^4} なので

ureq=7.566×1016×1.11×1015=0.84 J/m3.u_{\text{req}} = 7.566\times10^{-16}\times1.11\times10^{15} = 0.84\ \mathrm{J/m^3}.

次に umatu_{\text{mat}} です。例 5.2 で求めた臨界密度 ρc=8.5×1027 kg/m3\rho_c = 8.5\times10^{-27}\ \mathrm{kg/m^3} に、物質(バリオン+ダークマター)の割合 Ωm=0.315\Omega_m = 0.315 を掛けて ρm=2.7×1027 kg/m3\rho_m = 2.7\times10^{-27}\ \mathrm{kg/m^3}、これに c2=8.99×1016 m2/s2c^2 = 8.99\times10^{16}\ \mathrm{m^2/s^2} を掛けて

umat=2.7×1027×8.99×1016=2.4×1010 J/m3.u_{\text{mat}} = 2.7\times10^{-27}\times8.99\times10^{16} = 2.4\times10^{-10}\ \mathrm{J/m^3}.

比を取ると 0.84/(2.4×1010)=3.5×1090.84 / (2.4\times10^{-10}) = 3.5\times10^{9} です。

例 6.2核融合ならどれだけ足りないか

定理 6.1 は「全物質を 100 % 光に変えたら」という、実現不可能なほど気前のよい仮定での話です。現実に星が使える手段は水素の核融合で、水素 4 個がヘリウム 1 個になるときに解放されるエネルギーは元の静止エネルギーの約 0.7 % にすぎません。しかもダークマターは核融合しません。

使えるのはバリオンだけ、効率は 0.7 % なので、宇宙が生涯かけて生み出せる光のエネルギー密度は最大でも

uavail=0.007×ρbc2=0.007×4.2×1028×8.99×1016=2.6×1013 J/m3u_{\text{avail}} = 0.007 \times \rho_b c^2 = 0.007 \times 4.2\times10^{-28}\times8.99\times10^{16} = 2.6\times10^{-13}\ \mathrm{J/m^3}

です。必要量との比は

urequavail=0.842.6×1013=3.2×1012\frac{u_{\text{req}}}{u_{\text{avail}}} = \frac{0.84}{2.6\times10^{-13}} = 3.2\times10^{12}

すなわち 3 兆分の 1 です。

言い換えれば、たとえ宇宙が無限に古くても、星がいくら長生きしても、燃料が尽きるので夜空は決して明るくなりません。オルバース宇宙は、幾何学以前にエネルギー収支の点で成り立たないのです。

注意 6.3

「夜空が暗いのは宇宙が膨張していて光が赤方偏移するから」という説明をよく見かけます。これは主要な理由ではありません。ウェッソンらの定量的な解析によれば、膨張を止めて年齢だけそのままにした宇宙を考えても、背景光の明るさは 2 倍程度しか変わりません。101510^{15} という比の圧倒的な部分を担っているのは、あくまで「宇宙が若い」ことと「星の燃料が有限」ことです。赤方偏移は仕上げの一押しにすぎません。

ただし次節で見るように、赤方偏移が主役になる場面がちゃんとあります。

7. オルバースは正しかった:空を本当に埋めている光

Section titled “7. オルバースは正しかった:空を本当に埋めている光”

ここまでの話には、意地の悪いオチがあります。

定理 3.4 の幾何学的な結論——「どの方向を見ても視線は熱い表面に突き当たる」——は、実は現実の宇宙で成り立っています。ただし突き当たる先は星ではありません。

宇宙が誕生してから約 38 万年の間、宇宙は電子と陽子がばらばらのプラズマで満たされていて、光は電子に散乱されてまっすぐ進めませんでした。霧の中と同じで、その時代の宇宙は不透明だったのです。温度が約 3000 K まで下がると電子と陽子が結合して水素原子になり、霧が晴れて光が自由に飛べるようになりました(この時刻の見積もりは 例 4.3[ビッグバンは本当にあったのか] にあります)。この「霧が晴れた瞬間」の面を最終散乱面と呼びます。

どの方向を見ても、十分遠くまで視線を伸ばせば、必ずこの最終散乱面に突き当たります。そしてその面は温度 3000 K の、まさに星の表面のような輝きをもっていました。つまりオルバースの言うとおり、空は文字どおり隙間なく「星の表面」で埋め尽くされているのです。

例 7.1宇宙マイクロ波背景放射:1.4 兆分の 1 に薄まった夜空

では、なぜその 3000 K の輝きで焼かれずに済んでいるのでしょうか。ここで初めて宇宙膨張が主役になります。

宇宙の膨張によって、光の波長は (1+z)(1+z) 倍に引き伸ばされます。ここで zz赤方偏移(定義 2.1)[ビッグバンは本当にあったのか]です。黒体放射は膨張しても黒体放射のままで、温度は T(1+z)T \propto (1+z) に従って下がります(命題 4.2[ビッグバンは本当にあったのか])。最終散乱面の赤方偏移は z1090z \simeq 1090 なので、当時 3000 K だった放射は現在

T0=2973 K1+1090=2.73 KT_0 = \frac{2973\ \mathrm{K}}{1 + 1090} = 2.73\ \mathrm{K}

まで冷えています。実際に測定された値は T0=2.7255±0.0006 KT_0 = 2.7255 \pm 0.0006\ \mathrm{K} です。ウィーンの変位則 λmax=2.898×103 mK/T\lambda_{\max} = 2.898\times10^{-3}\ \mathrm{m\cdot K} / T を使うと、この放射がいちばん強い波長は

λmax=2.898×1032.7255=1.06 mm\lambda_{\max} = \frac{2.898\times10^{-3}}{2.7255} = 1.06\ \mathrm{mm}

で、マイクロ波の領域です。これが宇宙マイクロ波背景放射(CMB)です。

明るさがどれだけ薄まったかを見ます。放射のエネルギー密度は u=aT4u = aT^4 なので、温度が 1/(1+z)1/(1+z) になれば

utodayuthen=1(1+z)4=110914=11.4×1012\frac{u_{\text{today}}}{u_{\text{then}}} = \frac{1}{(1+z)^4} = \frac{1}{1091^4} = \frac{1}{1.4\times10^{12}}

すなわち 1.4 兆分の 1 です。実際、現在の CMB のエネルギー密度は

uCMB=aT04=7.566×1016×(2.7255)4=4.2×1014 J/m3u_{\text{CMB}} = a T_0^4 = 7.566\times10^{-16}\times(2.7255)^4 = 4.2\times10^{-14}\ \mathrm{J/m^3}

で、最終散乱面での値 a×(2973)4=5.9×102 J/m3a\times(2973)^4 = 5.9\times10^{-2}\ \mathrm{J/m^3}1.4×10121.4\times10^{12} 分の 1 になっています。

ちなみに 5.9×102 J/m35.9\times10^{-2}\ \mathrm{J/m^3} は、定理 6.1ureq=0.84 J/m3u_{\text{req}} = 0.84\ \mathrm{J/m^3} の 14 分の 1 です。オルバースが想定した「太陽表面で埋まった空」と、実際の最終散乱面は、明るさで 1 桁ちょっとしか違わなかったのです。私たちを救ったのは、その後の 1.4 兆分の 1 の減光でした。

CMB がビッグバンの証拠としてどう使われるかは ビッグバンは本当にあったのか? で扱います。また、「なぜ静かなのか」という似た形の問いを宇宙人について立てたものが 宇宙人はどのくらいいるのか?(フェルミのパラドックス)定義 5.4[宇宙人はどのくらいいるのか] です。「当たり前に見える観測事実から宇宙の構造を絞り込む」という発想は、宇宙論の最も強力な道具の一つです。

演習 8.1

一様な密度 nn で光度 LL の星が分布する静的な無限宇宙で、星が互いを隠す効果を無視します。観測者から距離 r1r_1 以上 r2r_2 以下の範囲にある星から届く流束の合計を求めてください。また r1=10r_1 = 10 光年、r2=20r_2 = 20 光年の場合と、r1=1000r_1 = 1000 光年、r2=1010r_2 = 1010 光年の場合を比べてください。

解答

命題 3.1 より、厚さ drdr の球殻からの寄与は nLdrnL\,drrr によりません。したがって

F(r1,r2)=r1r2nLdr=nL(r2r1)F(r_1, r_2) = \int_{r_1}^{r_2} nL\,dr = nL\,(r_2 - r_1)

となり、答えは殻の厚さだけで決まります。

r1=10r_1 = 10r2=20r_2 = 20 光年の殻は厚さ 10 光年、r1=1000r_1 = 1000r2=1010r_2 = 1010 光年の殻も厚さ 10 光年なので、両者から届く光の総量は等しいです。後者の殻は前者より 100 倍遠いので星 1 個は 1002=104100^2 = 10^4 分の 1 に暗く見えますが、殻の体積が (1000/10)2=104(1000/10)^2 = 10^4 倍あるため星の個数も 10410^4 倍あり、ちょうど相殺します。

「遠くの星は暗いから無視できる」という直感が、なぜこの問題で通用しないのかがここに現れています。

演習 8.2標準

太陽と同じ大きさの星(半径 R=6.96×108 mR_\odot = 6.96\times10^8\ \mathrm{m})が数密度 n=1.5×1059 m3n = 1.5\times10^{-59}\ \mathrm{m^{-3}} で一様に分布しているとします。

  1. 平均自由行程 λ\lambda を光年単位で求めてください。
  2. 光が距離 ct0=1.38×1010ct_0 = 1.38\times10^{10} 光年だけ進んだとき、視線が星に当たっている確率(=夜空の被覆率)を求めてください。
  3. 被覆率が 50 %50\ \% になるには、宇宙は何年待つ必要がありますか。
解答

1. 断面積は σ=πR2=π×(6.96×108)2=1.52×1018 m2\sigma = \pi R_\odot^2 = \pi\times(6.96\times10^8)^2 = 1.52\times10^{18}\ \mathrm{m^2}。よって

λ=1nσ=11.5×1059×1.52×1018=4.4×1040 m.\lambda = \frac{1}{n\sigma} = \frac{1}{1.5\times10^{-59}\times1.52\times10^{18}} = 4.4\times10^{40}\ \mathrm{m}.

11 光年 =9.46×1015 m= 9.46\times10^{15}\ \mathrm{m} で割って λ=4.6×1024\lambda = 4.6\times10^{24} 光年です。

2. 定理 3.4 の証明中の式より、視線が当たる確率は 1eR/λ1 - e^{-R/\lambda}。ここで

Rλ=1.38×10104.6×1024=3.0×1015\frac{R}{\lambda} = \frac{1.38\times10^{10}}{4.6\times10^{24}} = 3.0\times10^{-15}

11 に比べて極めて小さいので 1exx1 - e^{-x} \approx x が使えて、被覆率は 3.0×10153.0\times10^{-15}、すなわち約 1000 兆分の 3 です。

3. 1eR/λ=0.51 - e^{-R/\lambda} = 0.5 を解くと eR/λ=0.5e^{-R/\lambda} = 0.5、つまり R/λ=ln2=0.693R/\lambda = \ln 2 = 0.693。よって

R=0.693×4.6×1024=3.2×1024 光年R = 0.693 \times 4.6\times10^{24} = 3.2\times10^{24}\ \text{光年}

であり、光がこれだけ進むのに 3.2×10243.2\times10^{24} 年かかります。宇宙年齢の 2.3×10142.3\times10^{14} 倍です。しかも星の寿命はどんなに長くても 101310^{13} 年程度なので、その頃には光る星は 1 つも残っていません(そして 例 6.2 のとおり、そもそも燃料が足りません)。

演習 8.3標準

宇宙マイクロ波背景放射の現在の温度は T0=2.7255 KT_0 = 2.7255\ \mathrm{K} です。膨張する宇宙では黒体放射の温度は T=T0(1+z)T = T_0(1+z) に従います。

  1. 最終散乱面(z=1090z = 1090)での放射の温度と、ウィーンの変位則によるピーク波長を求めてください。定数は 2.898×103 mK2.898\times10^{-3}\ \mathrm{m\cdot K} とします。
  2. 放射のエネルギー密度は u=aT4u = aT^4a=7.566×1016 J/m3/K4a = 7.566\times10^{-16}\ \mathrm{J/m^3/K^4})です。最終散乱面での uu と現在の uu を求め、その比を確かめてください。
  3. 現在の CMB のエネルギー密度を、星の光(銀河系外背景光、面輝度 60 nW/m2/sr60\ \mathrm{nW/m^2/sr})のエネルギー密度と比べてください。等方な放射のエネルギー密度は u=4πB/cu = 4\pi B/c です。
解答

1. T=2.7255×(1+1090)=2.7255×1091=2973 KT = 2.7255\times(1+1090) = 2.7255\times1091 = 2973\ \mathrm{K}、およそ 3000 K です。ピーク波長は

λmax=2.898×1032973=9.75×107 m=975 nm\lambda_{\max} = \frac{2.898\times10^{-3}}{2973} = 9.75\times10^{-7}\ \mathrm{m} = 975\ \mathrm{nm}

で、近赤外線です(人間の目で見えるぎりぎり外側、赤よりわずかに長い波長)。当時の宇宙は、この波長で輝く「霧」だったわけです。

2. 最終散乱面では T4=(2973)4=7.81×1013 K4T^4 = (2973)^4 = 7.81\times10^{13}\ \mathrm{K^4} なので

uthen=7.566×1016×7.81×1013=5.9×102 J/m3.u_{\text{then}} = 7.566\times10^{-16}\times7.81\times10^{13} = 5.9\times10^{-2}\ \mathrm{J/m^3}.

現在は T04=(2.7255)4=55.2 K4T_0^4 = (2.7255)^4 = 55.2\ \mathrm{K^4} なので

unow=7.566×1016×55.2=4.2×1014 J/m3.u_{\text{now}} = 7.566\times10^{-16}\times55.2 = 4.2\times10^{-14}\ \mathrm{J/m^3}.

比は 5.9×102/(4.2×1014)=1.4×10125.9\times10^{-2} / (4.2\times10^{-14}) = 1.4\times10^{12} です。一方 (1+z)4=10914=1.42×1012(1+z)^4 = 1091^4 = 1.42\times10^{12} なので、uT4(1+z)4u \propto T^4 \propto (1+z)^{-4} が確かに成り立っています。

3. 星の光のエネルギー密度は

ustar=4πBc=4π×6.0×1083.00×108=2.5×1015 J/m3.u_{\text{star}} = \frac{4\pi B}{c} = \frac{4\pi\times 6.0\times10^{-8}}{3.00\times10^8} = 2.5\times10^{-15}\ \mathrm{J/m^3}.

したがって

uCMBustar=4.2×10142.5×101517.\frac{u_{\text{CMB}}}{u_{\text{star}}} = \frac{4.2\times10^{-14}}{2.5\times10^{-15}} \approx 17 .

宇宙を満たす光のエネルギーは、星が 138 億年かけて出したものより、ビッグバンの残り火のほうが十数倍多いのです。夜空を「明るさ」で語るなら、可視光ではなくマイクロ波こそが主役です。

演習 8.4

星が階層的に分布していて、観測者から半径 rr 以内にある星の個数が rr0r \ge r_0 の範囲で N(r)=ArDN(r) = A r^DAA は正の定数、0<D30 < D \le 3)と書けるとします。D=3D = 3 が一様分布に対応します。星の光度はすべて LL とし、星が互いを隠す効果は無視します。

  1. 距離 r0r_0 より遠い全星から届く流束の合計を積分で表し、それが有限になる DD の条件を求めてください。
  2. その条件は現実の宇宙で満たされているでしょうか。
解答

1. N(r)=ArDN(r) = Ar^D より、半径 rrr+drr+dr の間にある星の個数は

dN=N(r)dr=ADrD1dr.dN = N'(r)\,dr = A D r^{D-1}\,dr .

星 1 個あたりの流束は L/(4πr2)L/(4\pi r^2) なので、r0r_0 より遠い全星からの流束は

F=r0ADrD1L4πr2dr=ADL4πr0rD3dr.F = \int_{r_0}^{\infty} ADr^{D-1}\cdot\frac{L}{4\pi r^2}\,dr = \frac{ADL}{4\pi}\int_{r_0}^{\infty} r^{D-3}\,dr .

r0rsdr\int_{r_0}^{\infty} r^{s}\,dr が収束するのは s<1s < -1 のときですから、条件は D3<1D - 3 < -1、すなわち

D<2.D < 2 .

このとき値は

F=ADL4πr0D22DF = \frac{ADL}{4\pi}\cdot\frac{r_0^{D-2}}{2-D}

と具体的に求まります。D=3D = 3(一様分布)では発散し、命題 3.1 と一致します。D=2D = 2 はちょうど境界で、r1dr=lnr\int r^{-1}dr = \ln r が対数的に発散します。

2. 銀河の分布は、数千万光年程度までのスケールでは D2D \approx 2 前後のフラクタル的な振る舞いを示すことが知られていますが、それより大きなスケール(およそ 3 億光年以上)では一様、すなわち D=3D = 3 に移行することが大規模な銀河サーベイで確かめられています。したがって現実の宇宙では D<2D < 2 という条件は満たされず、階層宇宙はオルバースのパラドックスの答えにはなりません。

(なお D<2D < 2 の宇宙では、観測者の位置によって見える景色が大きく変わるため、宇宙原理とも折り合いが悪くなります。)

  • Harrison, E. R., Darkness at Night: A Riddle of the Universe, Harvard University Press, 1987. — オルバースのパラドックスの歴史と物理を一冊かけて扱った標準的な文献。邦訳もあります(地人書館)。
  • Harrison, E. R., Cosmology: The Science of the Universe, 2nd ed., Cambridge University Press, 2000. — 「Darkness at Night」の章に、この記事の 定理 3.4定理 6.1 に対応する議論があります。
  • Wesson, P. S., Valle, K., Stabell, R., “The extragalactic background light and a definitive resolution of Olbers’s paradox”, The Astrophysical Journal 317 (1987), 601. — 有限の年齢と赤方偏移の寄与を分離して定量比較し、赤方偏移の効果が 2 倍程度にとどまることを示した論文。注意 6.3 の根拠です。
  • Hauser, M. G., Dwek, E., “The Cosmic Infrared Background: Measurements and Implications”, Annual Review of Astronomy and Astrophysics 39 (2001), 249. — 宇宙背景光の観測値について。例 5.3 の比較に使いました。
  • Fixsen, D. J., “The Temperature of the Cosmic Microwave Background”, The Astrophysical Journal 707 (2009), 916. — CMB 温度 T0=2.7255±0.0006 KT_0 = 2.7255 \pm 0.0006\ \mathrm{K} の出典。
  • Planck Collaboration, “Planck 2018 results. VI. Cosmological parameters”, Astronomy & Astrophysics 641 (2020), A6. — H0H_0Ωm\Omega_mΩb\Omega_b、宇宙年齢、最終散乱面の赤方偏移の値の出典。

Appendix: 面輝度と放射エネルギー密度

Section titled “Appendix: 面輝度と放射エネルギー密度”

本文の 定理 6.1 で使った 2 つの関係式を導いておきます。どちらも高校物理の範囲を少し超えますが、必要なのは「単位を追いかける」ことだけです。

(A-1)等方放射のエネルギー密度 u=4πB/cu = 4\pi B / c

面積 AA の小さな平面を考え、それに垂直な方向を含む立体角 dΩd\Omega の範囲から面輝度 BB の放射が入ってくるとします。面輝度の定義(定義 2.1)より、時間 dtdt の間にこの面を通過するエネルギーは

dE=BAdΩdtdE = B \, A \, d\Omega \, dt

です。このエネルギーは、dtdt の直前には面の手前にある「底面積 AA、長さ cdtc\,dt の柱」の中にありました。柱の体積は AcdtA c\,dt なので、この方向から来る放射が担うエネルギー密度は

du=dEAcdt=BdΩcdu = \frac{dE}{A c \, dt} = \frac{B\, d\Omega}{c}

です。あらゆる方向について足し合わせます。等方(どの方向でも BB が同じ)なら

u=1cBdΩ=Bc×4π=4πBc.u = \frac{1}{c}\int B \, d\Omega = \frac{B}{c}\times 4\pi = \frac{4\pi B}{c} .

(A-2)黒体表面の面輝度 B=σSBT4/πB = \sigma_{\mathrm{SB}} T^4/\pi

温度 TT の黒体表面から単位面積・単位時間に出るエネルギーは、シュテファン・ボルツマンの法則より F=σSBT4F = \sigma_{\mathrm{SB}}T^4 です。黒体表面はランバート面、つまりどの角度から見ても面輝度 BB が同じ面です。表面の法線から角度 θ\theta の方向へ出る放射を考えると、その方向へ「見える」有効面積は cosθ\cos\theta 倍になるので、外向き半球にわたって足し合わせた流束は

F=半球BcosθdΩ=B02π ⁣ ⁣0π/2cosθsinθdθdφ=B2π[sin2θ2]0π/2=πBF = \int_{\text{半球}} B\cos\theta \, d\Omega = B\int_0^{2\pi}\!\!\int_0^{\pi/2} \cos\theta \sin\theta \, d\theta \, d\varphi = B \cdot 2\pi \cdot \left[\frac{\sin^2\theta}{2}\right]_0^{\pi/2} = \pi B

となります。したがって

B=Fπ=σSBT4π.B = \frac{F}{\pi} = \frac{\sigma_{\mathrm{SB}}T^4}{\pi}.

この π\pi4π4\pi ではなく π\pi)は、cosθ\cos\theta の重みを掛けて半球で積分した結果です。本文で太陽の面輝度を 6.3×107/π=2.0×107 W/m2/sr6.3\times10^7/\pi = 2.0\times10^7\ \mathrm{W/m^2/sr} と計算したのは、この関係を使っています。

この記事の誤りを報告する ・運営: 夢現技研合同会社料金プラン利用条件特定商取引法に基づく表記

© 2026 夢現技研合同会社 ・本文の LLM への入力は自由です。コード例は MIT ライセンスです。