- 微分係数 f′(a) は差分商 hf(a+h)−f(a) の h→0 における極限です。「割ってから極限を取る」という順序が本質で、これによって 0/0 という不定形の困難を回避します。
- 微分可能であることは、「f(a+h) を h の一次式 f(a)+Ah で近似したときの誤差が h より速く 0 に近づくこと」と同値です。この言い換えが多変数への一般化の入口になります。
- 微分可能ならば連続です。逆は成り立たず、∣x∣ が反例になります。
- xn、sinx、cosx、ex の導関数を定義から導きます。鍵になるのは limx→0xsinx=1 と limh→0heh−1=1 という二つの極限だけです。
- 線形性・積の法則・商の法則・連鎖律の四つを証明すれば、初等関数の微分は機械的な計算に還元されます。連鎖律の証明では 0 による除算を避ける工夫が必要です。
- 逆関数の微分公式 (f−1)′(b)=1/f′(a) によって、logx、x、arctanx、さらに実数指数の冪 xα まで一気に扱えるようになります。
17 世紀の数学者たちは、一見すると無関係な二つの問題を抱えていました。曲線に接する直線を引く接線問題(フェルマー、デカルト)と、刻々と変化する運動の瞬間速度を定めるという問題(ガリレオ、ニュートン)です。微分法とは、この二つが同じ一つの操作であることを見抜いたところに生まれた道具です。
まず接線問題を考えます。円であれば「円とちょうど 1 点を共有する直線」を接線と定義できます。しかしこの定義は一般の曲線ではまったく機能しません。放物線 y=x2 と y 軸は原点だけを共有しますが、y 軸を「接線」と呼びたくはありません。逆に、y=sinx の x=π/2 における接線であってほしい直線 y=1 は、x=π/2+2nπ(n は整数)という無限個の点で曲線と接触します。また y=x3 の原点における接線 y=0 は、曲線を貫いて反対側へ抜けます。共有点の個数という大域的な条件では、接線は捉えられないのです。
そこで発想を変えます。曲線上の 2 点 (a,f(a)) と (a+h,f(a+h)) を結ぶ直線(割線)の傾きは
(a+h)−af(a+h)−f(a)=hf(a+h)−f(a)
と、割り算だけで確定します。この 2 点目を 1 点目に近づけていったとき、割線の傾きが一つの値に落ち着くなら、その値を接線の傾きと呼ぼう、というわけです。
次に瞬間速度です。時刻 t における位置が x(t) で与えられているとき、時刻 a から a+h までの平均速度は hx(a+h)−x(a) です。では「時刻 a ちょうどの速度」は何でしょうか。h=0 を代入すると 00 となり、意味を持ちません。ニュートンの「流率」やライプニッツの「無限小 dx」は、dx=0 として割り算を実行した後に dx=0 とみなす、という論理的に一貫しない手続きを含んでいました。バークリは 1734 年の著作『解析家』でこれを痛烈に批判し、無限小を「消え去った量の亡霊」(ghosts of departed quantities)と呼んでいます。
この混乱に決着をつけたのが極限概念です。h を 0 にするのではなく、h=0 のまま割り算を実行し、その結果の h→0 における極限を取る。順序を入れ替えるだけで、0/0 の困難は消えます。割線の傾きも平均速度も同じ形の式ですから、二つの問題は一つの定義で片づきます。
以下では、極限の厳密な定義(ε-δ 論法)は既知とします。必要に応じて 極限と連続性 (ε-δ論法) を参照してください。
この記事を通じて I⊂R は開区間とし、関数はすべて実数値とします。a∈I が開区間の点であることから、十分小さい ∣h∣ に対して a+h∈I となります。したがって差分商 hf(a+h)−f(a) は h=0 を除いた 0 のある近傍で定義されており、h→0 の極限を考えることに意味があります。
証明の中では、極限に関する次の性質を既知として使います(すべて 極限と連続性 の結果です)。
誤差の大きさを手短に述べるために、次の記号を導入します。
定義 2.1(ランダウの小文字 o)
関数 r が 0 のある除外近傍で定義されているとします。
h→0limhr(h)=0が成り立つとき、r(h)=o(h) (h→0) と書き、r は h より高位の無限小であるといいます。より一般に、limh→0r(h)/hn=0 のとき r(h)=o(hn) と書きます。
この「等式」は左辺と右辺が等しいという意味ではなく、「左辺の関数はこの性質を持つ関数の一つである」という意味の記号の濫用です。したがって o(h)+o(h)=o(h) のような式は左から右へ読みます。実際、r1(h)/h→0 かつ r2(h)/h→0 ならば (r1(h)+r2(h))/h→0+0=0 ですから、和の極限法則だけでこの主張は従います。同様に、定数 c に対して c⋅o(h)=o(h) です。
定義 3.1(微分係数)
I を開区間、f:I→R、a∈I とします。極限
h→0limhf(a+h)−f(a)が有限の実数として存在するとき、f は点 a で微分可能であるといい、この極限値を f の a における微分係数と呼んで f′(a) と書きます。
x=a+h とおけば h→0 と x→a は同じことですから、
f′(a)=x→alimx−af(x)−f(a)
とも書けます。証明の場面によって使いやすい方を選びます。
f が a で微分可能なとき、直線
y=f(a)+f′(a)(x−a)
を、y=f(x) のグラフの点 (a,f(a)) における接線と定義します。「接する」という言葉を先に定義して傾きを求めるのではなく、割線の傾きの極限が存在することを微分可能性と呼び、その極限を傾きとする直線を接線と呼ぶ、という順序であることに注意してください。§1 で見たとおり、共有点の個数による定義は使いものにならないからです。
割線の傾きの極限として接線の傾きを定める
例 3.2(放物線の接線を定義から求める)
f(x)=x2 とし、任意の a∈R における微分係数を定義に従って計算します。h=0 に対して
hf(a+h)−f(a)=h(a+h)2−a2=h2ah+h2=2a+h.途中で h による約分を行いましたが、これが許されるのは差分商をそもそも h=0 の範囲でしか考えていないからです。最後の式は h の一次式ですから h→0 で 2a に収束します。よって f はすべての点で微分可能で f′(a)=2a です。
a=1 における接線は y=1+2(x−1)=2x−1 です。念のため共有点を調べると x2−(2x−1)=(x−1)2=0 なので x=1 のみですが、§1 で述べたとおり、この「1 点だけを共有する」という性質は接線であることの理由ではなく、たまたま成り立つ結果にすぎません。
定義 3.3(導関数と高階導関数)
f:I→R が I のすべての点で微分可能であるとき、f は I 上で微分可能であるといい、各点 x∈I に f′(x) を対応させる関数 f′:I→R を f の導関数と呼びます。dxdf、dxdf(x)、Df とも書きます。
さらに f′ が I 上で微分可能なとき、その導関数を f′′=(f′)′ と書き、2 階導関数と呼びます。一般に f(0)=f、f(n)=(f(n−1))′ と帰納的に定め、これを n 階導関数といいます。f(n) が存在してさらに連続であるとき、f は Cn 級であるといいます。
微分可能性は、関数にかなり強い制約を課します。まずわかるのは次のことです。
定理 3.4(微分可能ならば連続)
I を開区間、f:I→R、a∈I とします。f が a で微分可能ならば、f は a で連続です。
証明(定理 3.4)
h=0 のとき、差分商に h を掛け戻すという恒等式
f(a+h)−f(a)=hf(a+h)−f(a)⋅hが成り立ちます。仮定より右辺の第 1 因子は h→0 で f′(a) に収束し、第 2 因子は 0 に収束します。積の極限法則(§2)より右辺は f′(a)⋅0=0 に収束します。よって limh→0f(a+h)=f(a) であり、これは f が a で連続であることにほかなりません。
∎
この定理は以後の証明で繰り返し使います。たとえば積の法則の証明では「g が微分可能だから g(a+h)→g(a)」という一歩が必要で、そこで 定理 3.4 を使います。
逆は成り立ちません。
例 3.5(絶対値関数は原点で微分可能でない)
f(x)=∣x∣ とします。f は R 上連続です。しかし a=0 における差分商は
hf(0+h)−f(0)=h∣h∣={1−1(h>0)(h<0)となり、右側極限は 1、左側極限は −1 です。両者が一致しないので h→0 の極限は存在せず、f は 0 で微分可能ではありません。グラフに角があるとき、割線の傾きは右から近づくか左から近づくかで異なる値に落ち着くのです。
差分商の極限という定義は計算には便利ですが、h で割るという操作を含むため、h がベクトルになる多変数の場合にはそのまま使えません。そこで、割り算を表に出さない同値な言い換えを用意しておきます。これは同時に「微分とは何をしている操作なのか」という問いへの答えでもあります。
定理 4.1(微分可能性と一次近似)
I を開区間、f:I→R、a∈I、A∈R とします。次の 2 条件は同値です。
(i) f は a で微分可能で、f′(a)=A である。
(ii) r(h):=f(a+h)−f(a)−Ah とおくと r(h)=o(h) (h→0) である。すなわち f(a+h)=f(a)+Ah+o(h) と書ける。
さらに、条件 (ii) を満たす実数 A は存在すれば一意です。
証明(定理 4.1)
a は開区間 I の点なので、ある ρ>0 に対して 0<∣h∣<ρ ならば a+h∈I です。この範囲の h について、r(h) の定義の両辺を h(=0)で割ると
hr(h)=hf(a+h)−f(a)−Aという恒等式が得られます。左辺が h→0 で 0 に収束することと、右辺の第 1 項が A に収束することは、和の極限法則により同値です(A は定数なので極限操作を通り抜けます)。これが (i) と (ii) の同値性です。
一意性を示します。A と B がともに (ii) を満たすとし、対応する誤差を rA,rB とします。差を取ると、0<∣h∣<ρ で
(B−A)h=rA(h)−rB(h)です。両辺を h で割ると B−A=hrA(h)−hrB(h) となり、右辺は h→0 で 0−0=0 に収束します。左辺は h によらない定数で、定数関数の極限はその定数自身ですから、極限の一意性より B−A=0、すなわち A=B です。
∎
定理 4.1 は「微分可能とは、f を局所的に一次関数で置き換えたときの誤差が h より高位の無限小になること」だと述べています。f′(a) は、その最良の一次関数の傾きです。この形には h による除算が現れないので、h をベクトル、A を線形写像に置き換えればそのまま多変数の微分の定義になります。詳しくは 多変数関数の微分と偏微分 の 全微分可能の定義(定義 4.1)[多変数関数の微分と偏微分] を参照してください。
三角関数と指数関数の微分は、それぞれ一つの極限に帰着します。まず三角関数です。以下、角はつねにラジアンで測ります。
補題 5.1(三角関数の基本極限)
x→0limxsinx=1,x→0limx1−cosx=0.
証明(補題 5.1)
まず 0<x<π/2 とします。単位円の中心 O、x 軸上の点 A=(1,0)、円周上の点 P=(cosx,sinx) を取り、さらに A における接線と半直線 OP の交点を T=(1,tanx) とします。三角形 OAP、扇形 OAP、三角形 OAT はこの順に包含関係にあるので、面積について
21sinx≤2x≤21tanxが成り立ちます(扇形の面積は半径 1、中心角 x ラジアンより x/2 です)。各辺を 2 倍し、sinx>0 で割ると
1≤sinxx≤cosx1を得ます。0<x<π/2 では各辺とも正なので逆数を取って不等号を逆にすると
cosx≤xsinx≤1です。cos は連続で cos0=1 ですから、はさみうちの原理(§2)より右側極限は limx→+0xsinx=1 です。また −xsin(−x)=−x−sinx=xsinx より差分商は偶関数なので、左側極限も 1 です。両側極限が一致したので第 1 の主張が従います。
第 2 の主張は第 1 の主張に帰着します。1−cos2x=sin2x と 1+cosx=0(∣x∣<π/2 ならば cosx>0)を使って
x1−cosx=x(1+cosx)(1−cosx)(1+cosx)=x(1+cosx)sin2x=xsinx⋅1+cosxsinxと変形します。x→0 のとき第 1 因子は 1、第 2 因子は sin と cos の連続性と商の極限法則より 1+10=0 に収束します。積の極限法則より全体は 1⋅0=0 です。
∎
次に指数関数です。ここでは exp を冪級数
exp(x):=n=0∑∞n!xn(x∈R)
で定義したものとし、級数と収束判定 で示される次の 2 つの事実を使います。第一に、この級数はすべての x で絶対収束します(ダランベールの比判定法(定理 6.2)[級数と収束判定])。第二に、加法定理 exp(x+y)=exp(x)exp(y) が成り立ちます(絶対収束(定義 7.1)[級数と収束判定] する級数のコーシー積)。e:=exp(1)=2.71828… とおき、以後 exp(x) を ex とも書きます。
補題 5.3(指数関数の基本極限)
h→0limheh−1=1.
証明(補題 5.3)
まず e<3 を確かめます。n≥1 に対して n!=1⋅2⋅3⋯n≥2n−1 ですから
e=n=0∑∞n!1≤1+n=1∑∞2n−11=1+2=3であり、n=3 以降は不等号が真に成り立つので e<3 です。
次に 0<∣h∣≤1 とします。級数の最初の 2 項を分離すると eh−1−h=∑n=2∞n!hn なので、三角不等式(絶対収束するので項別に評価できます)より
∣eh−1−h∣≤n=2∑∞n!∣h∣n=∣h∣2n=2∑∞n!∣h∣n−2.ここで n≥2 のとき n!=n(n−1)⋅(n−2)!≥2⋅(n−2)! なので n!1≤2⋅(n−2)!1 です。m=n−2 と置き換えると
n=2∑∞n!∣h∣n−2≤21m=0∑∞m!∣h∣m=21exp(∣h∣).0≤∣h∣≤1 では各項が m!∣h∣m≤m!1 を満たすので exp(∣h∣)≤e<3 です。以上をまとめると
∣eh−1−h∣≤23h2(0<∣h∣≤1)となり、両辺を ∣h∣ で割って
heh−1−1≤23∣h∣.したがって ε>0 が与えられたとき δ:=min{1, 2ε/3} と取れば、0<∣h∣<δ なるすべての h に対して左辺は 23∣h∣<23δ≤ε となります。これが求める極限の定義そのものです。
∎
定理 5.4(基本関数の導関数)
次が成り立ちます。
(1) n を正の整数とし f(x)=xn(x∈R)とすると、f は R の各点で微分可能で f′(x)=nxn−1 です。ここで n=1 のときは x0=1(x=0 でも 1)と約束します。
(2) sin は R の各点で微分可能で (sin)′(x)=cosx です。
(3) cos は R の各点で微分可能で (cos)′(x)=−sinx です。
(4) exp は R の各点で微分可能で (exp)′(x)=exp(x)=ex です。
証明(定理 5.4)
(1) a∈R を固定します。x=a に対する因数分解
xn−an=(x−a)k=0∑n−1xkan−1−kを確かめます。右辺の和に (x−a) を分配すると
k=0∑n−1xk+1an−1−k−k=0∑n−1xkan−kとなり、第 1 の和で j=k+1 と置き換えると ∑j=1nxjan−j です。第 2 の和は ∑j=0n−1xjan−j ですから、両者の共通部分 j=1,…,n−1 が打ち消し合い、残るのは j=n の項 xn と j=0 の項 −an だけです。これで因数分解が示せました。
よって x=a のとき
x−af(x)−f(a)=x−axn−an=k=0∑n−1xkan−1−kです。右辺は x の多項式なので連続であり(§2)、x→a のとき
k=0∑n−1akan−1−k=k=0∑n−1an−1=nan−1に収束します。a は任意だったので (1) が示せました。
(2) a∈R と h=0 に対し、加法定理 sin(a+h)=sinacosh+cosasinh を使うと
hsin(a+h)−sina=sina⋅hcosh−1+cosa⋅hsinhです。補題 5.1 より第 1 項の分数は −h1−cosh→0、第 2 項の分数は →1 ですから、和と積の極限法則により全体は sina⋅0+cosa⋅1=cosa に収束します。
(3) 同様に cos(a+h)=cosacosh−sinasinh より
hcos(a+h)−cosa=cosa⋅hcosh−1−sina⋅hsinh⟶cosa⋅0−sina⋅1=−sina.(4) 加法定理 ea+h=eaeh より、h=0 に対して
hea+h−ea=ea⋅heh−1です。ea は h によらない定数で、補題 5.3 より右側の分数は 1 に収束しますから、積の極限法則により全体は ea に収束します。
∎
定理 5.4 (4) は、exp が「微分しても変わらない」という際立った性質を持つことを示しています。これが指数関数が微分方程式のいたるところに現れる理由です。
個々の関数を毎回定義に戻って微分するのは現実的ではありません。次の定理により、微分は「部品の微分」と「組み立て規則」に分解されます。
定理 6.1(微分の線形性・積の法則・商の法則)
I を開区間、f,g:I→R、a∈I とし、f と g はともに a で微分可能とします。このとき次が成り立ちます。
(1)(線形性) 任意の実数 α,β に対して αf+βg は a で微分可能で
(αf+βg)′(a)=αf′(a)+βg′(a).(2)(積の法則) 積 fg は a で微分可能で
(fg)′(a)=f′(a)g(a)+f(a)g′(a).(3)(商の法則) さらに g(a)=0 ならば、a を含むある開区間上で g は 0 にならず、そこで定義された f/g は a で微分可能で
(gf)′(a)=g(a)2f′(a)g(a)−f(a)g′(a).
証明(定理 6.1)
(1) h=0 に対し、差分商の定義から
h(αf+βg)(a+h)−(αf+βg)(a)=α⋅hf(a+h)−f(a)+β⋅hg(a+h)−g(a)です。仮定より右辺の 2 つの差分商はそれぞれ f′(a)、g′(a) に収束するので、和と定数倍の極限法則により左辺は αf′(a)+βg′(a) に収束します。
(2) 差分商の分子に f(a)g(a+h) を足して引く、という一手を加えます。h=0 に対し
hf(a+h)g(a+h)−f(a)g(a)=hf(a+h)g(a+h)−f(a)g(a+h)+f(a)g(a+h)−f(a)g(a)=hf(a+h)−f(a)g(a+h)+f(a)hg(a+h)−g(a).第 1 項について、差分商は f′(a) に収束し、g(a+h) は g(a) に収束します。後者は g が a で微分可能だから 定理 3.4 により a で連続であることによります。ここが「微分可能ならば連続」を使う場所です。第 2 項は定数 f(a) と g′(a) に収束する差分商の積です。積と和の極限法則より、全体は f′(a)g(a)+f(a)g′(a) に収束します。
(3) まず f/g が a の近くで定義されることを確認します。定理 3.4 より g は a で連続なので、連続性の定義で ε=∣g(a)∣/2>0 と取れば、ある δ>0 が存在して ∣x−a∣<δ(かつ x∈I)ならば ∣g(x)−g(a)∣<∣g(a)∣/2 となります。このとき三角不等式より
∣g(x)∣≥∣g(a)∣−∣g(x)−g(a)∣>∣g(a)∣−2∣g(a)∣=2∣g(a)∣>0なので、この近傍で g は 0 になりません。よって f/g はそこで定義されています。
次に 1/g を微分します。h=0 かつ ∣h∣<δ のとき、通分して
h1(g(a+h)1−g(a)1)=h1⋅g(a+h)g(a)g(a)−g(a+h)=−g(a+h)g(a)1⋅hg(a+h)−g(a)です。h→0 のとき g(a+h)→g(a)=0(再び 定理 3.4)なので、商の極限法則より第 1 因子は −g(a)21 に、第 2 因子は g′(a) に収束します。したがって 1/g は a で微分可能で (g1)′(a)=−g(a)2g′(a) です。
最後に gf=f⋅g1 と見て (2) を適用すると
(gf)′(a)=f′(a)⋅g(a)1+f(a)⋅(−g(a)2g′(a))=g(a)2f′(a)g(a)−f(a)g′(a)を得ます。
∎
積の法則が f′(a)g′(a) ではないことは、面積の描像で納得できます。辺の長さが f と g の長方形の面積が fg です。両辺をそれぞれ Δf、Δg だけ伸ばすと、面積の増加は「横に伸びた帯 Δf⋅g」+「縦に伸びた帯 f⋅Δg」+「角の小さな長方形 Δf⋅Δg」です。最後の項は h に対して二次の微小量なので o(h) となって消え、残る 2 本の帯が積の法則の 2 項に対応します。
例 6.2(負の冪、正接、有理関数)
(a) 負の整数冪。 n を正の整数、x=0 とします。f≡1(定数関数、f′=0 は定義から直ちに従います)、g(x)=xn として 定理 6.1 (3) を使うと
(xn1)′=(xn)20⋅xn−1⋅nxn−1=−x2nnxn−1=−nx−n−1.m=−n と書けば (xm)′=mxm−1 です。定数関数の場合 m=0 も含めて、x=0 ではすべての整数 m について公式 (xm)′=mxm−1 が成り立つことになりました。
(b) 正接。 cosx=0 なる x で tanx=cosxsinx です。定理 6.1 (3) と 定理 5.4 (2)(3) より
(tan)′(x)=cos2xcosx⋅cosx−sinx⋅(−sinx)=cos2xcos2x+sin2x=cos2x1=1+tan2x.最後の等号は cos2xcos2x+sin2x=1+tan2x と分けて読んだものです。
(c) 有理関数。 x=1 で F(x)=x−1x2+1 とすると、分子の導関数は 2x、分母の導関数は 1 ですから
F′(x)=(x−1)22x(x−1)−(x2+1)⋅1=(x−1)22x2−2x−x2−1=(x−1)2x2−2x−1.
残る組み立て規則は合成 x↦f(g(x)) です。直感的には、g が入力の変化を g′(a) 倍に拡大し、f がそれをさらに f′(g(a)) 倍に拡大するので、全体の拡大率は 2 つの積になるはずです。
flowchart LR
A["x の変化: h"] -->|"g による拡大率 g'(a)"| B["u の変化: およそ g'(a)h"] -->|"f による拡大率 f'(g(a))"| C["y の変化: およそ f'(g(a))g'(a)h"]
連鎖律:変化率は拡大率の積として合成される
定理 7.2(連鎖律)
I,J を開区間、g:I→R、f:J→R とし、g(I)⊂J とします。a∈I において g が微分可能であり、b:=g(a) において f が微分可能であるとします。このとき合成関数 f∘g:I→R は a で微分可能で
(f∘g)′(a)=f′(g(a))g′(a)が成り立ちます。
証明(定理 7.2)
補助関数 φ:J→R を
φ(y):=⎩⎨⎧y−bf(y)−f(b)f′(b)(y=b)(y=b)で定義します。この φ は次の 2 つの性質を持ちます。
第一に、φ は b で連続です。実際、limy→bφ(y) は f の b における差分商の極限そのものなので、f が b で微分可能という仮定より f′(b)=φ(b) に等しいからです。φ の y=b での値は、まさに連続になるように定めたものです。
第二に、すべての y∈J に対して
f(y)−f(b)=φ(y)(y−b)が成り立ちます。y=b のときは φ の定義式の分母を払っただけであり、y=b のときは両辺とも 0 だからです。0 による除算の危険を、この「掛け算の形」に書き直すことで回避したことになります。
さて h=0 を a+h∈I となるように取り、y=g(a+h)∈J を上の等式に代入すると
f(g(a+h))−f(g(a))=φ(g(a+h))(g(a+h)−g(a))です。両辺を h(=0)で割って
hf(g(a+h))−f(g(a))=φ(g(a+h))⋅hg(a+h)−g(a)を得ます。この等式は g(a+h)=g(a) となる h に対しても両辺が 0 となって正しく成り立つ点が要点です。
あとは h→0 とします。g は a で微分可能なので 定理 3.4 より a で連続で、g(a+h)→g(a)=b です。φ は b で連続ですから、連続関数との合成に関する極限の性質(§2)より φ(g(a+h))→φ(b)=f′(b) となります。また第 2 因子は定義より g′(a) に収束します。積の極限法則より
h→0limhf(g(a+h))−f(g(a))=f′(b)g′(a)=f′(g(a))g′(a)が成り立ち、これは f∘g が a で微分可能でその微分係数が右辺であることを意味します。
∎
例 7.4(連鎖律による計算)
(a) dxdsin(x2)。外側 f(u)=sinu、内側 g(x)=x2 とすると f′(u)=cosu、g′(x)=2x なので
dxdsin(x2)=cos(x2)⋅2x=2xcos(x2).(b) dxde−x2/2(正規分布の密度に現れる形)。外側 f(u)=eu、内側 g(x)=−x2/2 で、g′(x)=−x ですから
dxde−x2/2=e−x2/2⋅(−x)=−xe−x2/2.(c) dxd(1+x2)10。外側を u10、内側を 1+x2 と見て
10(1+x2)9⋅2x=20x(1+x2)9.展開してから微分すれば 11 項の多項式を扱うことになりますが、連鎖律なら 1 行です。
(d) 三重の合成。 dxdcos3(2x+1)。u=2x+1、v=cosu、y=v3 と分解すると、連鎖律を 2 回使って
dxdy=3v2⋅(−sinu)⋅2=−6sin(2x+1)cos2(2x+1).内側から外側へ「傾きを掛けていく」と覚えると間違えにくいと思います。
例 7.5(微分可能だが導関数が連続でない例)
f(x)=⎩⎨⎧x2sinx10(x=0)(x=0)とします。
まず x=0 での微分可能性を定義から調べます。h=0 に対して
hf(h)−f(0)=hsinh1≤∣h∣(∣sint∣≤1 を使いました)なので、はさみうちの原理より差分商は 0 に収束します。よって f は 0 で微分可能で f′(0)=0 です。
次に x=0 では、積の法則 定理 6.1 (2) と連鎖律 定理 7.2(sin と 1/x の合成、(x1)′=−x21 は 例 6.2 (a))により
f′(x)=2xsinx1+x2⋅cosx1⋅(−x21)=2xsinx1−cosx1.ここで xn=2nπ1(n=1,2,…)と取ると xn→0 ですが
f′(xn)=2xnsin(2nπ)−cos(2nπ)=0−1=−1なので、f′(xn)→−1=0=f′(0) です。つまり f は R 全体で微分可能でありながら、f′ は 0 で連続ではありません。微分可能であることと C1 級であることは違うのです。
なお、導関数はこのように不連続でありうる一方で、まったく自由なわけでもありません。導関数は中間値の性質を必ず持ちます(ダルブーの定理)。この話題は 平均値の定理とテイラーの定理 で扱います。
log や arctan のように、逆関数として定義される関数の導関数はどう求めればよいでしょうか。f−1 のグラフは f のグラフを直線 y=x について折り返したものですから、接線の傾きも逆数になるはずです。これを厳密にしたのが次の命題です。
命題 8.1(逆関数の微分法)
I を開区間、f:I→R を連続かつ狭義単調(増加または減少)な関数とします。このとき J:=f(I) は開区間であり、逆関数 f−1:J→I が存在して連続です(中間値の定理から従います)。
さらに a∈I で f が微分可能で f′(a)=0 ならば、f−1 は b:=f(a) で微分可能で
(f−1)′(b)=f′(a)1=f′(f−1(b))1が成り立ちます。
証明(命題 8.1)
前半(J が開区間であること、f−1 が存在して連続であること)は連続関数の性質なので、極限と連続性 に譲り、ここでは後半を示します。
y∈J、y=b とし、x:=f−1(y) とおきます。f は狭義単調なので単射であり、y=b から x=a が従います。したがって f(x)−f(a)=y−b=0 で、次の変形が可能です。
y−bf−1(y)−f−1(b)=f(x)−f(a)x−a=(x−af(x)−f(a))−1.ここで y→b とします。f−1 は b で連続なので x=f−1(y)→f−1(b)=a であり、しかも上で見たとおり y=b である限り x=a が保たれます。この「値が a に一致しない」という条件があるおかげで、x を変数とする関数の x→a での極限をそのまま代入してよいことになります(§2 の合成に関する性質を、除外近傍の条件つきで使っています)。f は a で微分可能ですから
x−af(x)−f(a)⟶f′(a)=0であり、商の極限法則(分母の極限が 0 でない場合)より、その逆数は f′(a)1 に収束します。よって f−1 は b で微分可能で (f−1)′(b)=f′(a)1 です。a=f−1(b) を代入すれば最後の表示になります。
∎
f′(a)=0 という仮定は落とせません。f(x)=x3 は R 上狭義単調増加で f′(0)=0 ですが、逆関数 f−1(y)=y1/3 は y=0 で差分商が yy1/3=y−2/3→+∞ となり、微分可能ではありません。接線が垂直になってしまうのです。
例 8.2(対数・平方根・逆正接)
(a) 自然対数。 まず exp が R 上狭義単調増加であることを確かめます。t>0 ならば級数 exp(t)=1+t+2t2+⋯ の各項は正なので exp(t)>1 です。また加法定理から exp(x)exp(−x)=exp(0)=1 なので exp(x)=0 であり、exp は 定理 5.4 (4) と 定理 3.4 より連続ですから、exp(0)=1>0 と中間値の定理を合わせて exp>0 が従います。したがって x<y のとき exp(y)−exp(x)=exp(x)(exp(y−x)−1)>0 です。値域が (0,∞) であることは級数の章に譲り、その逆関数を log と書きます。定理 5.4 (4) より exp′=exp は決して 0 にならないので、命題 8.1 が適用できて、b>0 に対し
(log)′(b)=exp(logb)1=b1.(b) 平方根。 f(x)=x2 を I=(0,∞) に制限すると狭義単調増加で J=(0,∞)、逆関数は f−1(y)=y です。f′(x)=2x は I 上 0 になりません。よって b>0 で
dydyy=b=2b1.(c) 逆正接。 tan を I=(−π/2,π/2) に制限すると狭義単調増加で値域は R です。その逆関数を arctan と書きます。例 6.2 (b) より (tan)′(x)=1+tan2x>0 なので 命題 8.1 が使えて、b∈R に対し
(arctan)′(b)=1+tan2(arctanb)1=1+b21.tan(arctanb)=b を代入しただけですが、右辺に三角関数が残らないのが面白いところです。
対数が手に入ったので、実数指数の冪も微分できます。x>0、α∈R に対して xα:=eαlogx と定義するのが標準的です。連鎖律 定理 7.2 と 例 8.2 (a) より
(xα)′=eαlogx⋅xα=xα⋅xα=αxα−1
となり、定理 5.4 (1) の公式が任意の実数指数まで拡張されました。同様に a>0 に対して ax:=exloga とすれば (ax)′=axloga です。a=e のときだけ係数 loga が 1 になる、というのが「e を底に選ぶ理由」の一つの説明になっています。
演習 9.1易
f(x)=x とします。
(1) x>0 における導関数を、定義(差分商の極限)から求めてください。
(2) f は x=0 において右微分可能でない、すなわち limh→+0hf(h)−f(0) が有限の値として存在しないことを示してください。
解答
(1) x>0 を固定し、∣h∣ を x+h>0 となるほど小さく取ります。h=0 に対して分子を有理化すると
hx+h−x=h(x+h+x)(x+h−x)(x+h+x)=h(x+h+x)(x+h)−x=x+h+x1です(x>0 より分母は正で、0 で割ってはいません)。 は (0,∞) 上連続なので h→0 で x+h→x となり、商の極限法則より
f′(x)=2x1.これは 例 8.2 (b) を 命題 8.1 なしで直接確かめたことになります。
(2) h>0 のとき hh−0=h1 です。任意の M>0 に対して 0<h<1/M2 ならば h1>M となるので、この差分商は h→+0 で +∞ に発散し、有限の極限を持ちません。よって f は 0 で(右)微分可能ではありません。グラフの原点における接線は垂直になります。
演習 9.2標準
実数 a,b に対して
f(x)={x2+ax+b3x(x≤1)(x>1)と定めます。f が x=1 で微分可能となるような a,b をすべて求めてください。
解答
必要条件(連続性)。 定理 3.4 より、微分可能なら x=1 で連続でなければなりません。f(1)=1+a+b、右側極限は limx→1+03x=3 ですから
1+a+b=3すなわち b=2−a でなければなりません。以下この条件を条件 (C) と呼びます。
片側差分商の計算。 条件 (C) のもとで f(1)=3 です。h>0 のとき
hf(1+h)−f(1)=h3(1+h)−3=h3h=3なので右側極限は 3 です。h<0(かつ ∣h∣ が小さい)のときは 1+h≤1 なので
hf(1+h)−f(1)=h(1+h)2+a(1+h)+b−3=h(1+2h+h2)+a+ah+b−3.条件 (C) より 1+a+b−3=0 なので分子は 2h+h2+ah となり、h で割って 2+h+a です。h→−0 でこれは 2+a に収束します。
結論。 両側の極限が一致することが微分可能性の条件ですから 2+a=3、すなわち a=1。条件 (C) より b=1 です。このとき f′(1)=3 となります。逆にこの a,b に対して上の計算から両側極限がともに 3 であることが確かめられるので、a=b=1 が求める答えです。
演習 9.3標準
x>0 で
y=(x+2)5(x2+1)3xとします。対数微分法、すなわち両辺の対数を取ってから微分する方法で y′ を求めてください。連鎖律をどこで使ったかを明示してください。
解答
x>0 では y>0 なので logy が定義でき、対数の性質から
logy=3log(x2+1)+21logx−5log(x+2)です。左辺を x の関数として微分します。u↦logu と x↦y(x) の合成なので、定理 7.2 と 例 8.2 (a) より dxdlogy(x)=y(x)y′(x) です。右辺の各項も同じく合成関数で、dxdlog(x2+1)=x2+12x、dxdlogx=x1、dxdlog(x+2)=x+21 です。線形性 定理 6.1 (1) を使ってまとめると
yy′=x2+16x+2x1−x+25.したがって
y′=(x+2)5(x2+1)3x(x2+16x+2x1−x+25).積の法則と商の法則を直接使っても同じ答えに至りますが、積・商・冪が混ざった式では対数微分法のほうが計算量が少なくて済みます。
演習 9.4難
f,g が開区間 I 上で n 回微分可能であるとき、積 fg も n 回微分可能で
(fg)(n)=k=0∑n(kn)f(k)g(n−k)が成り立つことを、n に関する数学的帰納法で証明してください(ライプニッツの公式)。
解答
帰納法の詳しい作法については 証明の技術 - 数学的帰納法と背理法 の 数学的帰納法の原理(定理 3.2)[証明の技術] を参照してください。
n=1 のとき。 定理 6.1 (2) より (fg)′=f′g+fg′ であり、右辺は (01)f(0)g(1)+(11)f(1)g(0) に一致します((01)=(11)=1、f(0)=f)。
n で成立を仮定して n+1 を示す。 f,g が n+1 回微分可能とします。帰納法の仮定より
(fg)(n)=k=0∑n(kn)f(k)g(n−k)であり、右辺の各 f(k),g(n−k) はさらに 1 回微分可能です。両辺を微分し、線形性 定理 6.1 (1) と積の法則 定理 6.1 (2) を使うと
(fg)(n+1)=k=0∑n(kn)(f(k+1)g(n−k)+f(k)g(n−k+1))=k=0∑n(kn)f(k+1)g(n−k)+k=0∑n(kn)f(k)g(n+1−k).第 1 の和で j=k+1 と置き換えると ∑j=1n+1(j−1n)f(j)g(n+1−j)、第 2 の和は添字を j と書き直して ∑j=0n(jn)f(j)g(n+1−j) です。j=0 の項(第 2 の和だけに現れる)と j=n+1 の項(第 1 の和だけに現れる)を分離し、1≤j≤n の部分をまとめると
(fg)(n+1)=f(0)g(n+1)+j=1∑n((j−1n)+(jn))f(j)g(n+1−j)+f(n+1)g(0).パスカルの法則 (j−1n)+(jn)=(jn+1) を使い、さらに (0n+1)=(n+1n+1)=1 に注意すると、分離した 2 項もちょうど j=0 と j=n+1 の項として和に組み込めます。よって
(fg)(n+1)=j=0∑n+1(jn+1)f(j)g(n+1−j)となり、n+1 の場合が示せました。数学的帰納法よりすべての正の整数 n で公式が成り立ちます。
二項定理 (x+y)n=∑k(kn)xkyn−k とまったく同じ形をしているのは偶然ではありません。どちらも「2 つの対象への操作を n 回繰り返し、各回でどちらを選ぶかを数え上げる」という同じ構造から来ています。
- 杉浦光夫『解析入門 I』東京大学出版会、1980 — 第 II 章「微分法」。ε-δ を徹底した標準的な教科書で、この記事の議論はおおむねこの構成に沿っています。
- 高木貞治『解析概論』改訂第三版、岩波書店、1983 — 第 2 章「微分法」。古典的名著で、導関数と接線の関係の記述が丁寧です。
- W. Rudin, Principles of Mathematical Analysis, 3rd ed., McGraw-Hill, 1976 — Chapter 5 “Differentiation”。連鎖律の証明は本記事と同じ補助関数の方法です。
- M. Spivak, Calculus, 4th ed., Publish or Perish, 2008 — Chapters 9–10。微分の定義に至る動機づけの議論が非常に詳しく書かれています。
- G. Berkeley, The Analyst, 1734 — 無限小に対する批判の原典。§1 で触れた歴史的経緯の一次資料です。
dxdy という記法は、dy と dx という 2 つの量の比に見えます。この見え方は計算の助けになる一方で、初学者を混乱させる原因にもなります。現段階での正確な立場を確認しておきます。
第一に、dxd は「x で微分する」という演算子を表す 1 個の記号であり、dxdy は y をその演算子で写した結果です。分子と分母に分解して単独に意味を与えているわけではありません。したがって dxdy=dudydxdu が約分のように見えるのは、定理 7.2 の主張が偶然そういう形をしているからです。約分は証明ではありません。
第二に、それでもこの記法が信頼できるのには理由があります。定理 4.1 によれば、微分可能性とは Δy=f′(a)Δx+o(Δx) と書けることでした。dx を「x の微小な増分そのもの」、dy を「一次近似で予測される y の増分 f′(a)dx」と読むことにすれば、dy=f′(a)dx は定義として意味を持ち、両辺を dx で割れば確かに dxdy=f′(a) になります。連鎖律の約分も、この読み方のもとでは一次近似の合成として正当化されます。この立場を一般化すると微分形式の理論になり、多変数の積分(置換積分やヤコビアン)で本領を発揮します。
第三に、dx2d2y は (dxdy)2 とは何の関係もありません。dxd を 2 回施すという意味を、演算子を 2 乗した記法で表しているだけです。この記法だけは分数として読もうとしないでください。
微分の道具立てはこれで揃いました。次章では、微分係数という「1 点の情報」から関数の大域的な振る舞いを取り出す 平均値の定理とテイラーの定理 に進みます。