0. この記事の要点
Section titled “0. この記事の要点”- 摂動論は、ハミルトニアンが と書けて の固有値・固有ベクトルが既知のとき、固有値問題の解を のべき級数として組み立てる方法です。
- 縮退がない準位では、エネルギーの 1 次補正は摂動の対角成分 、2 次補正は他の準位との混合の和 になります。基底状態の 2 次補正は必ず 以下です。
- 摂動論が使えるかどうかは「摂動の行列要素が準位間隔よりずっと小さいか」で決まります。分母が小さいと展開は破綻します。
- 縮退がある準位では、縮退部分空間に制限した行列 を対角化します。その固有値が 1 次のエネルギー、固有ベクトルが「正しい 0 次の状態」です。水素原子の線形シュタルク効果がその典型例です。
- 摂動級数は収束するとは限りません。非調和振動子や電場中の原子では収束半径が で、級数は漸近級数として最小項まで使うのが正しい扱いです。
1. 動機:厳密に解ける問題はほとんどない
Section titled “1. 動機:厳密に解ける問題はほとんどない”シュレーディンガー方程式を厳密に解ききれる系は、驚くほど少数です。これまでの章で扱った 1 次元の簡単な系(井戸型ポテンシャル、調和振動子(定理 5.3)[1次元の簡単な系])と 水素原子(エネルギー準位(定理 5.2)[水素原子])は、その数少ない例外でした。ところが、そこから一歩でも現実に近づけると解けなくなります。
たとえばヘリウム原子です。原子核(電荷 )のまわりに電子が 2 個あるだけの、周期表で 2 番目に単純な原子ですが、そのハミルトニアン
には、電子どうしの反発を表す最後の項があります。この項があるために変数分離ができず、厳密解は知られていません。同じことは、一様電場をかけた水素原子(シュタルク効果)、磁場中の原子(ゼーマン効果)、実在の分子振動(調和近似からのずれ)など、実験室で測る量のほとんどについて起こります。
そこで発想を変えます。解けない を、解ける と、小さな残り の和と見るのです。ヘリウムなら、 を「電子間反発を無視した 2 個の水素様原子」とし、 を電子間反発とします。すると の固有値・固有ベクトルは既知ですから、そこからの「ずれ」を の小さい量として順に求められそうです。
この考え方自体は量子力学の発明ではありません。18 世紀以降の天体力学では、惑星の運動を「太陽と 1 惑星の二体問題(厳密に解ける)+ 他惑星からの引力(小さな摂動)」として扱う手法が発達しており、これが perturbation(摂動)という語の出どころです。古典論での対応物は 正準変換とポアソン括弧 で扱う正準摂動論です。量子論版は 1926 年にシュレーディンガーが波動力学の第 3 論文で定式化しました。彼自身は、弦の固有振動に対するレイリーの摂動計算を下敷きにしたと述べています。この記事で扱う公式が レイリー–シュレーディンガーの摂動論 と呼ばれるのはそのためです。
この章では時間に依存しない(定常状態の)摂動論だけを扱います。エネルギー固有値と固有状態が、 とともにどう動くかを追いかけるのが目標です。
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