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量子力学の誕生:黒体放射・光電効果・物質波が壊した古典像

前提:ニュートン力学の基礎:三法則から運動量・エネルギー保存則へベクトル空間と線形変換:8 つの公理から次元定理まで

生 Markdown
  • 空洞放射のスペクトルは、古典電磁気学とエネルギー等分配則だけからは決して出てきません。両者を組み合わせると u(ν,T)ν2Tu(\nu,T) \propto \nu^2 T となり、全エネルギー密度が発散します(紫外破綻)。
  • プランクは「各モードのエネルギーは En=nhνE_n = nh\nu という飛び飛びの値しか取れない」と仮定して、実験と完全に一致する u(ν,T)=8πhν3c31ehν/kBT1u(\nu,T) = \dfrac{8\pi h\nu^3}{c^3}\dfrac{1}{e^{h\nu/k_BT}-1} を導きました。この式からシュテファン・ボルツマンの法則とヴィーンの変位則が両方とも従います。
  • 光電効果の 4 つの実験事実(強度非依存、閾振動数、直線 Kmax=hνWK_{\max} = h\nu - W、瞬時性)は、光が E=hνE = h\nu のエネルギー塊として吸収されると考えると全部説明できます。古典波動論では放出開始まで 1 時間近くかかるはずです。
  • ド・ブロイは光の関係式 p=h/λp = h/\lambda を逆向きに読み替え、すべての粒子に波長 λ=h/p\lambda = h/p を割り当てました。これはダヴィソン・ガーマーの電子回折で 1 % 台の精度で確かめられます。
  • ボーアの量子条件 L=nL = n\hbar は、円軌道上にド・ブロイ波の定常波が立つ条件そのものです。ここまで来ると、次に必要なのは「その波が従う方程式」です。

1. 動機:19 世紀末に残された「二つの雲」

Section titled “1. 動機:19 世紀末に残された「二つの雲」”

1900 年、ケルヴィン卿は「熱と光の力学理論の上にかかる 19 世紀の二つの雲」と題する講演を行いました。一つ目の雲はエーテルに対する地球の運動(マイケルソン・モーリーの実験)、二つ目の雲はエネルギー等分配則が気体の比熱を正しく与えないことでした。前者は特殊相対論に、後者は量子論に至ります。

このとき物理学者が持っていた道具は、ニュートン力学とマクスウェル電磁気学、そしてボルツマンの統計力学です。この三つは、天体の運動から電波の伝播、気体の状態方程式までを驚くほど広くカバーしていました。にもかかわらず、次の三つの問いには一つも答えられませんでした。

  1. 熱せられた物体はなぜあの色で光るのか。温度を上げると赤から白へ変わる、あのスペクトルの形はどこから来るのか。
  2. 金属に紫外線を当てると電子が飛び出すのに、どんなに強い赤色光を当てても 1 個も飛び出さないのはなぜか。
  3. 原子はなぜ潰れないのか。マクスウェル方程式によれば、円運動する電子は電磁波を放射してエネルギーを失い、101110^{-11} 秒で原子核に落ち込むはずです。

この記事では、1 番目と 2 番目の問いを起点にして、量子論がどのような論理で立ち上がったかを追います。3 番目の問いへの部分的な答え(ボーアの量子条件)は、ド・ブロイの物質波の帰結として 命題 6.5 で得られます。

強調しておきたいのは、量子論が「古典物理学が近似的にしか合わなかったから」導入されたのではない、ということです。古典物理学は定性的にすら間違った答えを出したのです。空洞放射のエネルギー密度は有限値からずれたのではなく、無限大になりました。この「有限 vs 無限」という質的な破綻が、根本的な仮定の変更を要求しました。

flowchart TD
A["空洞放射の実験スペクトル(1890年代)"] --> B["古典電磁気学 + エネルギー等分配則"]
B --> C["レイリー・ジーンズ則 u ∝ ν²T"]
C --> D["高振動数で発散(紫外破綻)"]
D --> E["プランクの量子仮説 E = nhν(1900)"]
E --> F["プランクの放射法則:実験と完全一致"]
F --> G["光電効果 → 光量子仮説 E = hν(1905)"]
G --> H["ド・ブロイの物質波 λ = h/p(1924)"]
H --> I["電子回折で検証(1927)→ 波動方程式が必要"]
この記事で追う論理の流れ

定義 2.1黒体

入射するあらゆる振動数の電磁波を、反射も透過もせずに完全に吸収する物体を黒体といいます。

黒体は理想化ですが、実験室では良い近似が作れます。壁を一定温度 TT に保った空洞に小さな穴を開けると、穴から入った光はほぼ確実に内部で吸収され尽くします。したがってこの穴は黒体として振る舞い、逆に穴から漏れ出る放射は、空洞内部で壁と熱平衡にある電磁場のスペクトルをそのまま映します。これを空洞放射(黒体放射)といいます。

キルヒホッフが 1859 年に示したように、熱平衡にある空洞内の放射スペクトルは、壁の材質にも空洞の形にもよらず、温度だけの関数です。この普遍性が重要です。もし材質に依存するなら「この金属の性質」で済みますが、普遍関数であるからには、その形を決めているのは物質の詳細ではなく、電磁場と熱平衡そのものの一般法則だということになります。だからこそ、その形が説明できないことが致命傷になります。

定義 2.2スペクトルエネルギー密度

温度 TT の熱平衡にある空洞内で、単位体積あたり、振動数が ν\nuν+dν\nu + d\nu の間にある電磁場のエネルギーを u(ν,T)dνu(\nu,T)\,d\nu と書きます。この u(ν,T)u(\nu,T)スペクトルエネルギー密度といいます。全エネルギー密度は U(T)=0u(ν,T)dνU(T) = \int_0^\infty u(\nu,T)\,d\nu です。

古典的な計算は二段構えです。まず「振動数 ν\nu 付近に何個の自由度(モード)があるか」を数え、次に「1 個のモードが平均どれだけのエネルギーを持つか」を統計力学で決めます。前者は純粋に幾何と波動論の問題で、量子論になっても変わりません。

命題 2.3空洞のモード密度

一辺 LL の立方体の完全導体空洞の内部において、振動数が ν\nu 以下の電磁場の固有モード(定常波)の個数を N(ν)N(\nu) とすると、Lν/c1L\nu/c \gg 1 の極限で

N(ν)=8πL3ν33c3N(\nu) = \frac{8\pi L^3 \nu^3}{3c^3}

であり、したがって単位体積あたりの振動数 ν\nu でのモード密度は

g(ν)=1L3dNdν=8πν2c3g(\nu) = \frac{1}{L^3}\frac{dN}{d\nu} = \frac{8\pi \nu^2}{c^3}

となります。ここで cc は光速です。

証明(命題 2.3)

完全導体の壁では電場の接線成分が消えます。この境界条件を満たす立方体内の定常波は、正の整数の組 (nx,ny,nz)(n_x, n_y, n_z) で番号づけられ、波数ベクトルは

k=πL(nx,ny,nz),nx,ny,nzN\boldsymbol{k} = \frac{\pi}{L}(n_x, n_y, n_z), \qquad n_x, n_y, n_z \in \mathbb{N}

となります。真空中の分散関係 ν=ck/(2π)\nu = c|\boldsymbol{k}|/(2\pi) より

ν=c2Lnx2+ny2+nz2\nu = \frac{c}{2L}\sqrt{n_x^2 + n_y^2 + n_z^2}

です。したがって振動数が ν\nu 以下という条件は、整数格子点 (nx,ny,nz)(n_x,n_y,n_z) が半径 R=2Lν/cR = 2L\nu/c の球の内部にあることと同値です。

各格子点は単位体積の立方体 1 個に対応するので、条件を満たす格子点の個数は、R1R \gg 1 のとき「nx,ny,nz>0n_x, n_y, n_z > 0 の八分の一球の体積」で近似できます(誤差は表面積のオーダー O(R2)O(R^2) で、主項 O(R3)O(R^3) に対して相対的に O(1/R)O(1/R) です)。さらに各波数ベクトルに対して、k\boldsymbol{k} に垂直な独立した偏光が 2 つあります。よって

N(ν)=2184π3R3=π3(2Lνc)3=8πL3ν33c3.N(\nu) = 2 \cdot \frac{1}{8}\cdot \frac{4\pi}{3}R^3 = \frac{\pi}{3}\left(\frac{2L\nu}{c}\right)^3 = \frac{8\pi L^3\nu^3}{3c^3}.

ν\nu で微分して L3L^3 で割れば g(ν)=8πν2/c3g(\nu) = 8\pi\nu^2/c^3 を得ます。この結果が空洞の形に依らないことは Appendix で確認します。

g(ν)g(\nu)ν2\nu^2 で増えることが、以降のすべての議論の鍵です。高い振動数ほどモードは圧倒的に多い。この「多さ」を各モードの平均エネルギーが抑え込めるかどうかが、有限と無限を分けます。

命題 3.1レイリー・ジーンズの法則と全エネルギーの発散

空洞内の電磁場の各モードが古典的な調和振動子として振る舞い、温度 TT の熱平衡でエネルギー等分配則に従うと仮定すると、

uRJ(ν,T)=8πν2c3kBTu_{\mathrm{RJ}}(\nu,T) = \frac{8\pi\nu^2}{c^3}k_B T

が成り立ちます。ここで kBk_B はボルツマン定数です。このとき、任意の T>0T > 0 に対して全エネルギー密度は発散します:

U(T)=0uRJ(ν,T)dν=.U(T) = \int_0^\infty u_{\mathrm{RJ}}(\nu,T)\,d\nu = \infty.
証明(命題 3.1)

空洞内の電磁場を固有モードに展開すると、各モードの振幅 qq は角振動数 ω=2πν\omega = 2\pi\nu の調和振動子の運動方程式(調和振動子の一般解(定理 5.2)[ニュートン力学の基礎])に従い、そのエネルギーは E=12q˙2+12ω2q2E = \frac{1}{2}\dot q^2 + \frac{1}{2}\omega^2 q^2 という、q˙\dot qqq について二次形式の和になります。古典統計力学のエネルギー等分配則は、ハミルトニアンに現れる各二次項が平均 12kBT\frac{1}{2}k_BT を持つと述べるので、1 モードあたりの平均エネルギーは

E古典=12kBT+12kBT=kBT\langle E\rangle_{\text{古典}} = \frac{1}{2}k_BT + \frac{1}{2}k_BT = k_BT

です。これは ν\nu に依りません。命題 2.3 のモード密度を掛けて

uRJ(ν,T)=g(ν)E古典=8πν2c3kBTu_{\mathrm{RJ}}(\nu,T) = g(\nu)\,\langle E\rangle_{\text{古典}} = \frac{8\pi\nu^2}{c^3}k_BT

を得ます。積分については、任意の Ω>0\Omega > 0 に対して

0Ω8πν2c3kBTdν=8πkBT3c3Ω3Ω\int_0^{\Omega} \frac{8\pi\nu^2}{c^3}k_BT\,d\nu = \frac{8\pi k_BT}{3c^3}\Omega^3 \xrightarrow[\Omega\to\infty]{} \infty

であり、被積分関数は非負なので、広義積分は ++\infty に発散します。

この結論は物理的に受け入れられません。室温の部屋にある空洞は、有限の熱容量しか持たない壁と平衡しているのですから、無限のエネルギーを蓄えることはできません。しかも発散は高振動数側から来ています。この意味で、エーレンフェストが 1911 年に付けた紫外破綻(Ultraviolettkatastrophe)という名前は的確です。

246810x = hν / (k_B T)スペクトルエネルギー密度(任意単位)ピーク x ≈ 2.82レイリー・ジーンズ則(古典論)x → ∞ で発散(紫外破綻)プランクの放射法則
プランクの放射法則とレイリー・ジーンズ則。横軸は無次元の振動数 x = hν/(k_B T)、縦軸は x³/(eˣ−1)(プランク)と x²(レイリー・ジーンズ)

注意 3.2

教科書では「プランクは紫外破綻を解決するために量子仮説を立てた」と語られがちですが、史実はもう少し複雑です。レイリーが uν2Tu \propto \nu^2 T を書いたのは 1900 年 6 月で、係数を正した完全形はジーンズの 1905 年の訂正を待ちます。プランクが 1900 年 10 月に放射公式を書いたとき、彼が突き合わせていたのは、高振動数側でよく合う経験式であるヴィーンの法則 uν3eaν/Tu \propto \nu^3 e^{-a\nu/T} と、ルーベンス・クールバウムが遠赤外で見つけた「uuTT に比例する」という新事実でした。プランクはエントロピーの二階微分をこの両極限の間で内挿し、得られた公式を後から統計力学的に基礎づける過程で、やむなくエネルギー要素 ε=hν\varepsilon = h\nu を導入したのです。この経緯の詳細は T. S. Kuhn の研究書 Black-Body Theory and the Quantum Discontinuity, 1894–1912(Oxford University Press, 1978)に詳しく書かれています。

4. プランクの量子仮説と放射法則

Section titled “4. プランクの量子仮説と放射法則”

公理 4.1プランクの量子仮説

振動数 ν\nu の電磁場のモード(あるいはそれと平衡する壁の振動子)が取りうるエネルギーは、連続的な値ではなく

En=nhν,n=0,1,2,E_n = n h \nu, \qquad n = 0, 1, 2, \ldots

に限られます。ここで hhν\nu にも TT にも依らない普遍定数で、プランク定数と呼ばれます。現在の SI では定義値として h=6.62607015×1034 Jsh = 6.62607015 \times 10^{-34}\ \mathrm{J\,s} です。

この仮定がなぜ発散を救うのか、先に直観を述べます。等分配則は「どのモードにも平等に kBTk_BT を配る」と言いますが、量子仮説の下では、あるモードにエネルギーを入れるには最低でも hνh\nu という「入場料」が必要です。hνkBTh\nu \gg k_BT のモードでは、熱ゆらぎがこの入場料を払えず、そのモードは事実上凍結します。ν2\nu^2 で増えるモードの数を、指数関数的に小さくなる占有率が押し切る。これが有限と無限を分けます。

定理 4.2プランクの放射法則

公理 4.1 の下で、振動数 ν\nu のモードが温度 TT のカノニカル分布 pneEn/kBTp_n \propto e^{-E_n/k_BT} に従うとき、そのモードの平均エネルギーは

Eν=hνehν/kBT1\langle E\rangle_\nu = \frac{h\nu}{e^{h\nu/k_BT}-1}

であり、スペクトルエネルギー密度は

u(ν,T)=8πhν3c31ehν/kBT1u(\nu,T) = \frac{8\pi h \nu^3}{c^3}\,\frac{1}{e^{h\nu/k_BT}-1}

となります。

証明(定理 4.2)

β=1/(kBT)\beta = 1/(k_BT)z=eβhνz = e^{-\beta h\nu} と置きます。ν>0\nu > 0T>0T > 0 より 0<z<10 < z < 1 です。分配関数は等比級数なので

Z=n=0eβnhν=n=0zn=11zZ = \sum_{n=0}^{\infty} e^{-\beta n h\nu} = \sum_{n=0}^{\infty} z^n = \frac{1}{1-z}

と閉じた形に書けます。平均エネルギーは

Eν=n=0(nhν)znn=0zn\langle E\rangle_\nu = \frac{\sum_{n=0}^\infty (nh\nu)z^n}{\sum_{n=0}^\infty z^n}

です。分子に現れる級数は、n0zn=(1z)1\sum_{n\ge 0} z^n = (1-z)^{-1}zz で微分して zz を掛けた

n=0nzn=zddz11z=z(1z)2\sum_{n=0}^\infty n z^n = z\frac{d}{dz}\frac{1}{1-z} = \frac{z}{(1-z)^2}

から求まります(z<1|z| < 1 なので項別微分ができます)。よって

Eν=hνz/(1z)21/(1z)=hνz1z=hνz11=hνehν/kBT1\langle E\rangle_\nu = h\nu \cdot \frac{z/(1-z)^2}{1/(1-z)} = h\nu\,\frac{z}{1-z} = \frac{h\nu}{z^{-1}-1} = \frac{h\nu}{e^{h\nu/k_BT}-1}

となります。あとは 命題 2.3 のモード密度 g(ν)=8πν2/c3g(\nu) = 8\pi\nu^2/c^3 を掛けて

u(ν,T)=8πν2c3hνehν/kBT1=8πhν3c31ehν/kBT1u(\nu,T) = \frac{8\pi\nu^2}{c^3}\cdot\frac{h\nu}{e^{h\nu/k_BT}-1} = \frac{8\pi h\nu^3}{c^3}\frac{1}{e^{h\nu/k_BT}-1}

を得ます。命題 3.1 との違いは、E\langle E\ranglekBTk_BT という定数から ν\nu 依存の関数に変わった点だけです。

系 4.3二つの極限

定理 4.2 のプランク分布は、次の二つの極限を持ちます。

  1. 低振動数極限 hνkBTh\nu \ll k_BT のとき u(ν,T)=8πν2c3kBT(1hν2kBT+O ⁣((hν/kBT)2))u(\nu,T) = \dfrac{8\pi\nu^2}{c^3}k_BT\left(1 - \dfrac{h\nu}{2k_BT} + O\!\left((h\nu/k_BT)^2\right)\right)。主項はレイリー・ジーンズ則 命題 3.1 に一致します。
  2. 高振動数極限 hνkBTh\nu \gg k_BT のとき u(ν,T)=8πhν3c3ehν/kBT(1+O ⁣(ehν/kBT))u(\nu,T) = \dfrac{8\pi h\nu^3}{c^3}e^{-h\nu/k_BT}\left(1 + O\!\left(e^{-h\nu/k_BT}\right)\right)。これはヴィーンの経験則の形です。
証明(系 4.3)

x=hν/(kBT)x = h\nu/(k_BT) と置きます。

(1) x0x \to 0 のとき、指数関数のテイラー展開 ex1=x+x22+O(x3)=x(1+x2+O(x2))e^x - 1 = x + \frac{x^2}{2} + O(x^3) = x\left(1 + \frac{x}{2}+O(x^2)\right) より

hνex1=kBTxx(1+x2+O(x2))=kBT(1x2+O(x2))\frac{h\nu}{e^x-1} = \frac{k_BT\,x}{x\left(1+\frac{x}{2}+O(x^2)\right)} = k_BT\left(1 - \frac{x}{2} + O(x^2)\right)

です(最後の等号は (1+u)1=1u+O(u2)(1+u)^{-1} = 1-u+O(u^2) による)。これに g(ν)g(\nu) を掛ければ主張の形になります。

(2) xx \to \infty のとき ex0e^{-x} \to 0 なので

1ex1=ex1ex=ex(1+ex+e2x+)=ex(1+O(ex))\frac{1}{e^x - 1} = \frac{e^{-x}}{1-e^{-x}} = e^{-x}\left(1 + e^{-x} + e^{-2x}+\cdots\right) = e^{-x}\left(1+O(e^{-x})\right)

です。これに 8πhν3/c38\pi h\nu^3/c^3 を掛ければよい。

つまりプランクの公式は、実験で確立していた両端の振る舞いを一つの式に統合しています。しかも中間領域まで含めて実験と合いました。これが決定的でした。

系 4.4シュテファン・ボルツマンの法則

定理 4.2 の下で全エネルギー密度は有限であり、

U(T)=0u(ν,T)dν=8π5kB415c3h3T4U(T) = \int_0^\infty u(\nu,T)\,d\nu = \frac{8\pi^5 k_B^4}{15c^3h^3}T^4

となります。したがって黒体の単位面積あたりの放射発散度は M=c4U=σT4M = \dfrac{c}{4}U = \sigma T^4σ=2π5kB415c2h3=5.670×108 Wm2K4\sigma = \dfrac{2\pi^5k_B^4}{15c^2h^3} = 5.670\times 10^{-8}\ \mathrm{W\,m^{-2}\,K^{-4}} です。

証明(系 4.4)

x=hν/(kBT)x = h\nu/(k_BT) と変数変換します。ν=kBTx/h\nu = k_BTx/hdν=(kBT/h)dxd\nu = (k_BT/h)dx なので

U(T)=8πhc30ν3dνehν/kBT1=8πhc3(kBTh)40x3ex1dx.U(T) = \frac{8\pi h}{c^3}\int_0^\infty \frac{\nu^3\,d\nu}{e^{h\nu/k_BT}-1} = \frac{8\pi h}{c^3}\left(\frac{k_BT}{h}\right)^4\int_0^\infty \frac{x^3}{e^x-1}\,dx.

残った積分を計算します。x>0x > 01ex1=ex1ex=n=1enx\dfrac{1}{e^x-1} = \dfrac{e^{-x}}{1-e^{-x}} = \sum_{n=1}^\infty e^{-nx} であり、被積分関数はすべて非負なので単調収束定理により項別積分ができます。0x3enxdx=3!/n4=6/n4\int_0^\infty x^3 e^{-nx}dx = 3!/n^4 = 6/n^4 を使うと

0x3ex1dx=n=16n4=6ζ(4)=6π490=π415\int_0^\infty \frac{x^3}{e^x-1}dx = \sum_{n=1}^\infty \frac{6}{n^4} = 6\,\zeta(4) = 6\cdot\frac{\pi^4}{90} = \frac{\pi^4}{15}

となります(ζ(4)=π4/90\zeta(4) = \pi^4/90 はオイラーの結果です)。よって

U(T)=8πhc3kB4T4h4π415=8π5kB415c3h3T4.U(T) = \frac{8\pi h}{c^3}\cdot\frac{k_B^4T^4}{h^4}\cdot\frac{\pi^4}{15} = \frac{8\pi^5k_B^4}{15c^3h^3}T^4.

等方的な放射場から面積 AA の穴を通って外へ出る流束が c4U\frac{c}{4}U になることは、立体角についての平均 ccosθ半球=c/4\langle c\cos\theta\rangle_{\text{半球}} = c/4 から従います。数値を入れると

σ=2π5(1.380649×1023)415(2.99792×108)2(6.62607×1034)3=5.670×108 Wm2K4\sigma = \frac{2\pi^5 (1.380649\times10^{-23})^4}{15(2.99792\times10^8)^2(6.62607\times10^{-34})^3} = 5.670\times10^{-8}\ \mathrm{W\,m^{-2}K^{-4}}

となり、シュテファンが 1879 年に実験から得た値と一致します。プランクが hhkBk_B の数値を初めて決定できたのは、まさにこの一致と後述のヴィーンの変位則を使ったからです。

命題 4.5ヴィーンの変位則

波長あたりのスペクトルエネルギー密度 uλ(λ,T)u_\lambda(\lambda,T)uλdλ=uνdνu_\lambda\,d\lambda = -u_\nu\,d\nu で定義)は

uλ(λ,T)=8πhcλ51ehc/λkBT1u_\lambda(\lambda,T) = \frac{8\pi hc}{\lambda^5}\frac{1}{e^{hc/\lambda k_BT}-1}

であり、これを最大にする波長 λmax\lambda_{\max}

λmaxT=hcx0kB=2.898×103 mK\lambda_{\max} T = \frac{hc}{x_0 k_B} = 2.898\times10^{-3}\ \mathrm{m\,K}

を満たします。ここで x04.9651x_0 \approx 4.9651 は方程式 x=5(1ex)x = 5(1-e^{-x}) の唯一の正の根です。

証明(命題 4.5)

ν=c/λ\nu = c/\lambda より dν/dλ=c/λ2|d\nu/d\lambda| = c/\lambda^2 なので uλ=uνc/λ2u_\lambda = u_\nu \cdot c/\lambda^2 です。定理 4.2uνu_\nuν=c/λ\nu = c/\lambda を代入して

uλ=8πh(c/λ)3c31ehc/λkBT1cλ2=8πhcλ51ehc/λkBT1.u_\lambda = \frac{8\pi h (c/\lambda)^3}{c^3}\frac{1}{e^{hc/\lambda k_BT}-1}\cdot\frac{c}{\lambda^2} = \frac{8\pi hc}{\lambda^5}\frac{1}{e^{hc/\lambda k_BT}-1}.

ここで x=hc/(λkBT)x = hc/(\lambda k_BT) と置くと、TT を固定したとき λx\lambda \mapsto x(0,)(0,\infty) 上の狭義単調減少な全単射なので、uλu_\lambdaλ\lambda について最大化することと

F(x)=x5ex1F(x) = \frac{x^5}{e^x-1}

xx について最大化することは同値です(uλ=8π(kBT)5h4c4F(x)u_\lambda = \dfrac{8\pi (k_BT)^5}{h^4c^4}F(x) で、比例係数は xx に依りません)。F(x)>0F(x) > 0 なので logF\log F を微分して

F(x)F(x)=5xexex1=0    5(ex1)=xex    x=5(1ex)\frac{F'(x)}{F(x)} = \frac{5}{x} - \frac{e^x}{e^x-1} = 0 \;\Longleftrightarrow\; 5(e^x-1) = xe^x \;\Longleftrightarrow\; x = 5(1-e^{-x})

を得ます。最後の同値変形は両辺を ex>0e^x > 0 で割りました。G(x)=5(1ex)xG(x) = 5(1-e^{-x}) - x とおくと G(0)=0G(0)=0G(x)=5ex1G'(x) = 5e^{-x}-1 なので GGx<log5x < \log 5 で増加、x>log5x > \log 5 で減少し、G(log5)=4log5>0G(\log 5) = 4-\log 5 > 0G(x)G(x)\to-\infty (x)(x\to\infty) です。よって正の根はただ一つ存在します。x=4.9x=4.9 を代入すると 5(1e4.9)=4.96285(1-e^{-4.9}) = 4.9628x=4.9651x = 4.96515(1e4.9651)=4.965115(1-e^{-4.9651}) = 4.96511 となり、x0=4.96511x_0 = 4.96511 に収束します。したがって

λmaxT=hcx0kB=(6.62607×1034)(2.99792×108)4.96511×1.380649×1023=2.8978×103 mK.\lambda_{\max}T = \frac{hc}{x_0k_B} = \frac{(6.62607\times10^{-34})(2.99792\times10^{8})}{4.96511\times1.380649\times10^{-23}} = 2.8978\times10^{-3}\ \mathrm{m\,K}.

例 4.6宇宙マイクロ波背景放射

宇宙マイクロ波背景放射(CMB)は、これまで測定されたなかで最も理想的な黒体スペクトルです。COBE 衛星の FIRAS による測定で、温度 T=2.7255 KT = 2.7255\ \mathrm{K} のプランク分布からのずれが 10410^{-4} 以下に抑えられています。命題 4.5 を使うと

λmax=2.8978×103 mK2.7255 K=1.063×103 m=1.06 mm\lambda_{\max} = \frac{2.8978\times10^{-3}\ \mathrm{m\,K}}{2.7255\ \mathrm{K}} = 1.063\times10^{-3}\ \mathrm{m} = 1.06\ \mathrm{mm}

です。振動数で見たピークは νmax=2.821kBT/h=2.821×(1.3806×1023)(2.7255)/(6.6261×1034)=1.602×1011 Hz=160.2 GHz\nu_{\max} = 2.821\,k_BT/h = 2.821\times(1.3806\times10^{-23})(2.7255)/(6.6261\times10^{-34}) = 1.602\times10^{11}\ \mathrm{Hz} = 160.2\ \mathrm{GHz} となります。この二つは c/νmax=1.87 mm1.06 mmc/\nu_{\max} = 1.87\ \mathrm{mm} \ne 1.06\ \mathrm{mm} で一致せず、上の注意どおりです。全エネルギー密度は 系 4.4 より

U=4σcT4=4(5.670×108)(2.7255)42.998×108=4.17×1014 Jm3U = \frac{4\sigma}{c}T^4 = \frac{4(5.670\times10^{-8})(2.7255)^4}{2.998\times10^8} = 4.17\times10^{-14}\ \mathrm{J\,m^{-3}}

で、eV\mathrm{eV} に直すと約 0.26 MeVm30.26\ \mathrm{MeV\,m^{-3}} です。

プランク自身は、量子仮説を「壁の振動子とエネルギーをやり取りする際の便宜的な計算法」と考え、電磁場そのものが粒子的だとは主張しませんでした。その一歩を踏み出したのがアインシュタインの 1905 年の論文です。舞台は光電効果でした。

1887 年にヘルツが発見し、1902 年にレーナルトが定量化した光電効果の実験事実は、次の四つに要約できます。表の中央列は「光が古典的な連続波であり、金属中の電子がその電場から少しずつエネルギーを蓄える」という描像の予想です。

実験事実古典波動論の予想実際
放出電子の運動エネルギーの最大値と光の強度の関係強度(電場振幅の 2 乗)に比例して増える強度によらず一定。強度は電子の個数だけを変える
運動エネルギーの最大値と振動数の関係振動数への依存はない振動数の一次関数。傾きは金属の種類によらない
閾値の有無どんな振動数でも、十分待てば放出されるある閾振動数より下ではまったく放出されない
照射から放出までの時間弱光では蓄積に長時間かかる10910^{-9} 秒以内

四つ目について具体的に見積もっておきます。強度 102 Wm210^{-2}\ \mathrm{W\,m^{-2}} の光を、原子 1 個の断面積 (1010 m)2=1020 m2\sim(10^{-10}\ \mathrm{m})^2 = 10^{-20}\ \mathrm{m^2} で受けるとすると、1 原子が受け取る仕事率は 1022 W10^{-22}\ \mathrm{W} です。電子を取り出すのに必要なエネルギーは典型的には数 eV\mathrm{eV}、たとえばナトリウムなら 2.28 eV=3.65×1019 J2.28\ \mathrm{eV} = 3.65\times10^{-19}\ \mathrm{J} なので、蓄積に必要な時間は 3.65×1019/10223.7×1033.65\times10^{-19}/10^{-22} \approx 3.7\times10^{3} 秒、約 1 時間になります。実験では即座に電流が流れます。3 桁や 4 桁ではなく、12 桁のずれです。

公理 5.1アインシュタインの光量子仮説

振動数 ν\nu の単色光は、エネルギー

E=hνE = h\nu

を持つ空間的に局在した独立なエネルギー塊(光量子、のちに光子)の集まりとして、生成・吸収されます。光の強度は単位時間あたりの光子の個数に比例し、1 個の光子のエネルギーには影響しません。

これは 公理 4.1 より強い主張です。プランクは「壁の振動子が hνh\nu 単位でしかエネルギーを授受しない」と言ったのに対し、アインシュタインは「自由空間を飛ぶ電磁場そのものが hνh\nu の塊でできている」と言いました。当時これはほとんど誰にも受け入れられませんでした。光の干渉・回折は波動論で完璧に説明されていたからです。プランクでさえ、1913 年にアインシュタインをプロイセン科学アカデミーに推薦する文書のなかで、光量子仮説だけは「行き過ぎ」だと擁護めいた但し書きを付けています。

定義 5.2仕事関数

金属内部の電子を、金属の外の静止状態まで取り出すのに必要な最小のエネルギーを、その金属の仕事関数 WW といいます。典型値はセシウムで 2.1 eV2.1\ \mathrm{eV}、ナトリウムで 2.28 eV2.28\ \mathrm{eV}、銅で 4.7 eV4.7\ \mathrm{eV}、白金で 5.6 eV5.6\ \mathrm{eV} 程度です。

命題 5.3アインシュタインの光電方程式

仕事関数 WW の金属に振動数 ν\nu の単色光を当てるとき、公理 5.1 の下で次が成り立ちます。

  1. hν<Wh\nu < W ならば、光の強度をどれだけ上げても電子は放出されません。
  2. hνWh\nu \ge W ならば電子が放出され、その運動エネルギーの最大値は
Kmax=hνWK_{\max} = h\nu - W

です。したがって、放出電子をちょうど食い止める阻止電圧 VsV_seVs=hνWeV_s = h\nu - W を満たし、VsV_sν\nu に対してプロットすると傾き h/eh/e の直線になります。この傾きは金属の種類によりません。

証明(命題 5.3)

公理 5.1 により、光子は 1 個ずつ独立に吸収されます。光の強度が低い通常の条件では、1 個の電子が同時に 2 個以上の光子を吸収する確率は無視できるほど小さい(強度の 2 乗以上に比例するため)ので、電子が得るエネルギーは 1 回の吸収あたり hνh\nu ちょうどです。

電子が金属から出るには、定義 5.2 よりエネルギー WW 以上を消費する必要があります。エネルギー保存より、放出後の運動エネルギーは

K=hν(脱出に実際に費やしたエネルギー)hνWK = h\nu - (\text{脱出に実際に費やしたエネルギー}) \le h\nu - W

です。したがって hν<Wh\nu < W なら KK が負になってしまい、いかなる電子も放出されません。これが (1) です。光子の個数を増やしても各光子のエネルギーは hνh\nu のままなので、強度を上げても状況は変わりません。

(2) について、等号は「最も浅く束縛された電子が、脱出の過程でそれ以外のエネルギー損失(格子との衝突など)を被らなかった場合」に達成されます。実際の電子分布はフェルミ準位より深い準位も含むので、放出される電子の運動エネルギーは 00 から KmaxK_{\max} までの連続分布になり、その上端が hνWh\nu - W です。

阻止電圧については、電極間に電位差 VV をかけると電子は仕事 eVeV を失うので、eVKmaxeV \ge K_{\max} で電流が完全に止まります。その最小値が VsV_s なので eVs=Kmax=hνWeV_s = K_{\max} = h\nu - W、すなわち Vs=(h/e)νW/eV_s = (h/e)\nu - W/e です。傾き h/eh/e に金属の情報は入らず、切片だけが WW を通じて金属に依存します。

この「傾きが物質によらない」という予言は極めて鋭いものです。ミリカンは 1916 年、アインシュタインの仮説を信じないまま 10 年がかりで精密測定を行い、直線関係を確認して h=6.57×1034 Jsh = 6.57\times10^{-34}\ \mathrm{J\,s} を得ました。これは当時プランクが放射法則から決めていた値と 0.5 % 以内で一致します。まったく別の現象から同じ定数が出てきたことが、光量子仮説を認めさせた決定打でした。

例 5.4ナトリウムの光電効果を数値で追う

W=2.28 eVW = 2.28\ \mathrm{eV} のナトリウム表面を考えます。hc=1239.84 eVnmhc = 1239.84\ \mathrm{eV\,nm} を使うと計算が楽になります。

閾波長。 hν0=Wh\nu_0 = W より

λ0=hcW=1239.84 eVnm2.28 eV=543.8 nm.\lambda_0 = \frac{hc}{W} = \frac{1239.84\ \mathrm{eV\,nm}}{2.28\ \mathrm{eV}} = 543.8\ \mathrm{nm}.

これは緑色の光です。したがって黄色・橙・赤の光をどれだけ強く当てても電子は出ません。

λ=400 nm\lambda = 400\ \mathrm{nm}(紫)の場合。 光子のエネルギーは

hν=1239.84400=3.100 eVh\nu = \frac{1239.84}{400} = 3.100\ \mathrm{eV}

なので 命題 5.3 より

Kmax=3.1002.28=0.82 eV,Vs=0.82 V.K_{\max} = 3.100 - 2.28 = 0.82\ \mathrm{eV}, \qquad V_s = 0.82\ \mathrm{V}.

最大速度は v=2Kmax/me=2(0.82)(1.602×1019)/(9.109×1031)=5.4×105 ms1v = \sqrt{2K_{\max}/m_e} = \sqrt{2(0.82)(1.602\times10^{-19})/(9.109\times10^{-31})} = 5.4\times10^{5}\ \mathrm{m\,s^{-1}} で、光速の 0.2 %0.2\ \% ですから非相対論的な扱いで十分です。

λ=300 nm\lambda = 300\ \mathrm{nm}(紫外)の場合。 hν=1239.84/300=4.133 eVh\nu = 1239.84/300 = 4.133\ \mathrm{eV}Kmax=1.85 eVK_{\max} = 1.85\ \mathrm{eV}。波長を 400300 nm400\to300\ \mathrm{nm} と変えると KmaxK_{\max} は 2.3 倍になりますが、光の強度を 2.3 倍にしても KmaxK_{\max}0.82 eV0.82\ \mathrm{eV} のままです。この非対称性こそが光量子仮説の指紋です。

注意 5.5

光子が運動量も持つことは、コンプトンが 1923 年に X 線の散乱で示しました。エネルギーと運動量の保存を、静止した自由電子と光子の 2 体衝突(電子は相対論的に扱う)に適用すると、散乱角 θ\theta に対する波長の増分が

Δλ=hmec(1cosθ),hmec=2.426 pm\Delta\lambda = \frac{h}{m_ec}(1-\cos\theta), \qquad \frac{h}{m_ec} = 2.426\ \mathrm{pm}

と導かれ、実験と一致します。導出は本記事の主筋から外れるので省きますが、Eisberg・Resnick の教科書の第 2 章に完全な計算があります。ここで使われたのは、光子に対する E=pcE = pcE=hνE = h\nu を組み合わせた

p=hνc=hλp = \frac{h\nu}{c} = \frac{h}{\lambda}

という関係です。次節はこの式の読み替えから始まります。

19 世紀の物理学は、世界を「粒子」と「波」に二分していました。前節までで、波であるはずの光が粒子的な側面を持つことが分かりました。ルイ・ド・ブロイは 1924 年の学位論文で、対称性を根拠にこの分割線をもう一方向へも越えました。自然が光に対して二面性を課すのなら、電子に対してもそうするのではないか、というのです。

公理 6.1ド・ブロイの関係式

運動量 p\boldsymbol{p}、エネルギー EE を持つあらゆる粒子には、波長

λ=hp\lambda = \frac{h}{|\boldsymbol{p}|}

と振動数 ν=E/h\nu = E/h の波が付随します。波数ベクトル k\boldsymbol{k}k=2π/λ|\boldsymbol{k}| = 2\pi/\lambda)と角振動数 ω=2πν\omega = 2\pi\nu を使えば、=h/2π\hbar = h/2\pi として

p=k,E=ω\boldsymbol{p} = \hbar \boldsymbol{k}, \qquad E = \hbar\omega

と書けます。この λ\lambdaド・ブロイ波長といいます。

注意 6.2

「粒子に波を対応させる」と言ったとき、その波の速さは粒子の速さと合うのでしょうか。相対論的な自由粒子では E2=p2c2+m2c4E^2 = p^2c^2 + m^2c^4 なので、位相速度は

v位相=ωk=Ep=γmc2γmv=c2v>cv_{\text{位相}} = \frac{\omega}{k} = \frac{E}{p} = \frac{\gamma mc^2}{\gamma mv} = \frac{c^2}{v} > c

となり、光速を超えてしまいます。しかし位相速度は情報を運びません。運ぶのは波束の群速度で、

v=dωdk=dEdp=ddpp2c2+m2c4=pc2p2c2+m2c4=pc2E=vv_{\text{群}} = \frac{d\omega}{dk} = \frac{dE}{dp} = \frac{d}{dp}\sqrt{p^2c^2+m^2c^4} = \frac{pc^2}{\sqrt{p^2c^2+m^2c^4}} = \frac{pc^2}{E} = v

です。つまり波束は粒子と同じ速さで進みます。ド・ブロイはこの一致を、自分の仮説が正しい方向を向いている証拠と見なしました。波束を作るには波長の異なる波を重ね合わせる必要があり、そこから位置と運動量の同時決定に限界が生じます。これが不確定性関係の起源で、詳しくは シュレーディンガー方程式と波動関数演算子と物理量(とくに ハイゼンベルクの不確定性原理(系 5.4)[演算子と物理量])で扱います。

例 6.3ド・ブロイ波長のスケール感

非相対論的な粒子では p=2mKp = \sqrt{2mK} なので λ=h/2mK\lambda = h/\sqrt{2mK} です。

電位差 VV で加速した電子。 K=eVK = eV より

λ=h2meeV=6.626×10342(9.109×1031)(1.602×1019)V=1.226 nmV/V.\lambda = \frac{h}{\sqrt{2m_e eV}} = \frac{6.626\times10^{-34}}{\sqrt{2(9.109\times10^{-31})(1.602\times10^{-19})V}} = \frac{1.226\ \mathrm{nm}}{\sqrt{V/\mathrm{V}}}.

V=100 VV = 100\ \mathrm{V} なら λ=0.123 nm\lambda = 0.123\ \mathrm{nm} で、原子間隔と同じオーダーです。だから結晶が回折格子として使えます。

室温の中性子。 熱平衡では K=32kBTK = \frac{3}{2}k_BT なので p=3mkBTp = \sqrt{3mk_BT} です。T=300 KT = 300\ \mathrm{K}mn=1.675×1027 kgm_n = 1.675\times10^{-27}\ \mathrm{kg} を入れると

p=3(1.675×1027)(1.381×1023)(300)=4.56×1024 kgms1,p = \sqrt{3(1.675\times10^{-27})(1.381\times10^{-23})(300)} = 4.56\times10^{-24}\ \mathrm{kg\,m\,s^{-1}},λ=6.626×10344.56×1024=1.45×1010 m=0.145 nm.\lambda = \frac{6.626\times10^{-34}}{4.56\times10^{-24}} = 1.45\times10^{-10}\ \mathrm{m} = 0.145\ \mathrm{nm}.

これもまた結晶の格子面間隔と同程度で、中性子回折が物質構造の標準的手法になっている理由です。

質量 1 g1\ \mathrm{g} の球が 1 ms11\ \mathrm{m\,s^{-1}} で動く場合。

λ=6.626×1034(103)(1)=6.6×1031 m.\lambda = \frac{6.626\times10^{-34}}{(10^{-3})(1)} = 6.6\times10^{-31}\ \mathrm{m}.

陽子の半径 1015 m\sim10^{-15}\ \mathrm{m} より 16 桁も小さく、いかなる実験でも回折は観測できません。古典力学が巨視的世界で成り立つのは、ド・ブロイ波長が系のスケールに比べて途方もなく小さいからです。

例 6.4ダヴィソン・ガーマーの実験

1927 年、ダヴィソンとガーマーはニッケル単結晶に電子線を当て、散乱電子の角度分布を測りました。54 eV54\ \mathrm{eV} に加速した電子について、入射方向から ϕ=50\phi = 50^\circ の方向に鋭い強度のピークが現れました。

表面の原子列の間隔は X 線回折から d=0.215 nmd = 0.215\ \mathrm{nm} と分かっています。表面での回折の強め合いの条件 dsinϕ=nλd\sin\phi = n\lambdan=1n=1 を入れると、必要な波長は

λ=(0.215 nm)×sin50=0.215×0.7660=0.1647 nm\lambda = (0.215\ \mathrm{nm})\times\sin 50^\circ = 0.215\times0.7660 = 0.1647\ \mathrm{nm}

です。一方 公理 6.1例 6.3 の公式から、54 eV54\ \mathrm{eV} の電子のド・ブロイ波長は

λ=1.226 nm54=1.2267.348=0.1669 nm\lambda = \frac{1.226\ \mathrm{nm}}{\sqrt{54}} = \frac{1.226}{7.348} = 0.1669\ \mathrm{nm}

です。両者の差は 1.3 %1.3\ \% で、結晶内部の屈折効果を補正すればさらに縮まります。電子という「粒子」が、独立に測られた格子定数と結びついて回折を起こした。これでド・ブロイの仮説は仮説でなくなりました。同じ年、G. P. トムソンは薄膜を透過させた電子線で同心円状の回折環を得ています。彼の父 J. J. トムソンは電子が粒子であることを示してノーベル賞を受けており、息子は同じ電子が波であることを示して受賞しました。

命題 6.5ボーアの量子条件のド・ブロイによる解釈

質量 mm の粒子が半径 rr の円軌道を速さ vv で回っているとし、その軌道に沿ってド・ブロイ波が定常波をなす(一周して位相がもとに戻る)条件

2πr=nλ,n=1,2,3,2\pi r = n\lambda, \qquad n = 1,2,3,\ldots

を課します。このとき 公理 6.1 の下で、角運動量の大きさは

L=mvr=nL = mvr = n\hbar

に量子化されます。これはボーアが 1913 年に水素原子のスペクトルを説明するために天下り的に仮定した条件と一致します。

証明(命題 6.5)

公理 6.1 より λ=h/p=h/(mv)\lambda = h/p = h/(mv) です。これを条件 2πr=nλ2\pi r = n\lambda に代入すると

2πr=nhmv.2\pi r = \frac{nh}{mv}.

両辺に mv/(2π)mv/(2\pi) を掛けて整理すると

mvr=nh2π=nmvr = \frac{nh}{2\pi} = n\hbar

となります。左辺は円軌道における角運動量の大きさ L=r×p=mvrL = |\boldsymbol{r}\times\boldsymbol{p}| = mvr そのものです(円運動では rp\boldsymbol{r} \perp \boldsymbol{p})。

ボーアの条件がなぜ整数を含むのかは、1913 年から 1924 年まで謎でした。ド・ブロイの解釈は、それを「一周して波がつながる」という、オルガンパイプの共鳴と同じ言葉で説明します。ここで初めて、原子内の量子数が波の節の数という幾何学的意味を持ちました。

例 6.6ボーア模型の水素原子

命題 6.5 を、電荷 e-e の電子が電荷 +e+e の陽子のまわりを回るクーロン引力の下での円運動に適用します。運動方程式は

mev2r=e24πε0r2\frac{m_ev^2}{r} = \frac{e^2}{4\pi\varepsilon_0 r^2}

です。L=mevr=nL = m_evr = n\hbar から v=n/(mer)v = n\hbar/(m_er) を代入すると、左辺は men22me2r21r=n22mer3m_e\cdot\dfrac{n^2\hbar^2}{m_e^2r^2}\cdot\dfrac{1}{r} = \dfrac{n^2\hbar^2}{m_er^3} となるので

n22mer3=e24πε0r2    rn=4πε02mee2n2=a0n2,\frac{n^2\hbar^2}{m_er^3} = \frac{e^2}{4\pi\varepsilon_0r^2} \;\Longrightarrow\; r_n = \frac{4\pi\varepsilon_0\hbar^2}{m_ee^2}n^2 = a_0 n^2,a0=4πε02mee2=5.29×1011 m=0.0529 nm.a_0 = \frac{4\pi\varepsilon_0\hbar^2}{m_ee^2} = 5.29\times10^{-11}\ \mathrm{m} = 0.0529\ \mathrm{nm}.

エネルギーは E=12mev2e24πε0rE = \frac{1}{2}m_ev^2 - \dfrac{e^2}{4\pi\varepsilon_0 r} ですが、運動方程式から 12mev2=e28πε0r\frac{1}{2}m_ev^2 = \dfrac{e^2}{8\pi\varepsilon_0 r} なので

En=e28πε0rne24πε0rn=e28πε0a01n2=13.606 eVn2.E_n = \frac{e^2}{8\pi\varepsilon_0 r_n} - \frac{e^2}{4\pi\varepsilon_0 r_n} = -\frac{e^2}{8\pi\varepsilon_0 a_0}\frac{1}{n^2} = -\frac{13.606\ \mathrm{eV}}{n^2}.

n=21n=2\to1 の遷移で放出される光子のエネルギーは 13.606(11/4)=10.20 eV13.606(1 - 1/4) = 10.20\ \mathrm{eV}、対応する波長は 1239.84/10.20=121.6 nm1239.84/10.20 = 121.6\ \mathrm{nm} で、観測されるライマン α\alpha 線と一致します。ただしこの模型は、電子軌道を古典的な円と見なす点で正しくありません。実際の基底状態の角運動量は \hbar ではなく 00 です。正しい取り扱いは 水素原子 で行い、ここで得た En=13.606 eV/n2E_n = -13.606\ \mathrm{eV}/n^2 という準位はシュレーディンガー方程式から 水素原子のエネルギー準位(定理 5.2)[水素原子] として導かれます。

ここまでで、光にも物質にも波と粒子の二面性があること、そしてその橋渡しが E=hνE = h\nup=h/λp = h/\lambda という 2 本の関係式で与えられることが分かりました。しかし、まだ理論と呼べるものは何もありません。持っているのは、特定の状況で答えを出す規則の寄せ集めです。

足りないのは次の二つです。

  1. 波の従う方程式。 電磁波にマクスウェル方程式があるように、物質波にも、任意の力の場のなかで波がどう時間発展するかを決める方程式が要ります。これが 時間依存シュレーディンガー方程式(定義 3.1)[シュレーディンガー方程式と波動関数] で、E=ωE = \hbar\omegap=k\boldsymbol{p} = \hbar\boldsymbol{k} を古典的なエネルギー関係 E=p2/(2m)+VE = p^2/(2m)+V に代入する形で書けます。ハミルトニアンという古典力学の道具(ハミルトン形式の力学ハミルトニアン(定義 3.6)[ハミルトン形式の力学])がここで効いてきます。
  2. 波の意味。 電子の波は何が振動しているのか。ボルンが 1926 年に与えた答えは「振幅の 2 乗が、そこに粒子を見出す確率密度」(ボルンの規則(定義 4.1)[シュレーディンガー方程式と波動関数])というものでした。これは古典物理学との最も深い断絶です。

この二つを シュレーディンガー方程式と波動関数 で扱い、さらに物理量を線形演算子として定式化する道筋を 演算子と物理量 で述べます。そこでは、ベクトル空間と線形変換線形写像(定義 6.1)[ベクトル空間と線形変換]スペクトル定理エルミート行列のスペクトル定理(定理 4.2)[スペクトル定理])で学ぶ線形代数が、そのまま物理の言葉になります。

演習 8.1

プランク分布の 1 モードあたりの平均エネルギー Eν=hν/(ex1)\langle E\rangle_\nu = h\nu/(e^{x}-1)x=hν/kBTx = h\nu/k_BT)について、次を示してください。

  1. Eν=kBT(1x2+x212+O(x4))\langle E\rangle_\nu = k_BT\left(1 - \dfrac{x}{2} + \dfrac{x^2}{12} + O(x^4)\right)
  2. x=0.1x = 0.1 のとき、この 3 項までの近似と厳密値の相対誤差を求めてください。
解答

(1) Eν=kBTxex1\langle E\rangle_\nu = k_BT\cdot\dfrac{x}{e^x-1} です。ex1=x+x22+x36+O(x4)e^x - 1 = x + \dfrac{x^2}{2}+\dfrac{x^3}{6}+O(x^4) より

xex1=11+x2+x26+O(x3).\frac{x}{e^x-1} = \frac{1}{1 + \frac{x}{2} + \frac{x^2}{6}+O(x^3)}.

u=x2+x26+O(x3)u = \frac{x}{2}+\frac{x^2}{6}+O(x^3) とおいて (1+u)1=1u+u2O(u3)(1+u)^{-1} = 1 - u + u^2 - O(u^3) を使うと、u2=x24+O(x3)u^2 = \frac{x^2}{4}+O(x^3) なので

xex1=1(x2+x26)+x24+O(x3)=1x2+x212+O(x3).\frac{x}{e^x-1} = 1 - \left(\frac{x}{2}+\frac{x^2}{6}\right) + \frac{x^2}{4} + O(x^3) = 1 - \frac{x}{2} + \frac{x^2}{12}+O(x^3).

x3x^3 の係数が 00 になること(したがって誤差が O(x4)O(x^4) であること)は、xex1+x2\dfrac{x}{e^x-1}+\dfrac{x}{2} が偶関数であることから従います。実際

xex1+x2=x22+ex1ex1=x2cothx2\frac{x}{e^x-1}+\frac{x}{2} = \frac{x}{2}\cdot\frac{2+e^x-1}{e^x-1} = \frac{x}{2}\coth\frac{x}{2}

であり、coth\coth は奇関数なので xcoth(x/2)x\coth(x/2) は偶関数です。

(2) 近似値は 10.05+0.0112=0.95083331 - 0.05 + \dfrac{0.01}{12} = 0.9508333。厳密値は e0.11=0.10517092e^{0.1} - 1 = 0.10517092 より 0.1/0.10517092=0.95083310.1/0.10517092 = 0.9508331。相対誤差は約 2×1072\times10^{-7}、すなわち 0.00002 %0.00002\ \% です。hνkBTh\nu \ll k_BT の領域でレイリー・ジーンズ則が実験とよく合っていたのは、この収束の速さのためです。

演習 8.2標準

ある金属表面に水銀ランプの 2 本の輝線を当てて阻止電圧を測ったところ、λ1=253.7 nm\lambda_1 = 253.7\ \mathrm{nm}Vs1=2.60 VV_{s1} = 2.60\ \mathrm{V}λ2=365.0 nm\lambda_2 = 365.0\ \mathrm{nm}Vs2=1.11 VV_{s2} = 1.11\ \mathrm{V} でした。この 2 点からプランク定数 hh、この金属の仕事関数 WW、閾波長 λ0\lambda_0 を求めてください。c=2.998×108 ms1c = 2.998\times10^{8}\ \mathrm{m\,s^{-1}}e=1.602×1019 Ce = 1.602\times10^{-19}\ \mathrm{C} とします。

解答

命題 5.3 より eVs=hνWeV_s = h\nu - W です。2 式の差を取ると WW が消えて

h=e(Vs1Vs2)ν1ν2.h = \frac{e(V_{s1}-V_{s2})}{\nu_1 - \nu_2}.

振動数は

ν1=2.998×108253.7×109=1.1817×1015 Hz,ν2=2.998×108365.0×109=8.213×1014 Hz\nu_1 = \frac{2.998\times10^8}{253.7\times10^{-9}} = 1.1817\times10^{15}\ \mathrm{Hz},\qquad \nu_2 = \frac{2.998\times10^8}{365.0\times10^{-9}} = 8.213\times10^{14}\ \mathrm{Hz}

なので ν1ν2=3.604×1014 Hz\nu_1-\nu_2 = 3.604\times10^{14}\ \mathrm{Hz}Vs1Vs2=1.49 VV_{s1}-V_{s2} = 1.49\ \mathrm{V}。よって

h=(1.602×1019)(1.49)3.604×1014=6.62×1034 Js.h = \frac{(1.602\times10^{-19})(1.49)}{3.604\times10^{14}} = 6.62\times10^{-34}\ \mathrm{J\,s}.

仕事関数は eV\mathrm{eV} 単位で計算すると楽です。hc=1239.84 eVnmhc = 1239.84\ \mathrm{eV\,nm} を使って

W=hcλ1eVs1=1239.84253.72.60=4.8872.60=2.29 eV.W = \frac{hc}{\lambda_1} - eV_{s1} = \frac{1239.84}{253.7} - 2.60 = 4.887 - 2.60 = 2.29\ \mathrm{eV}.

検算として λ2\lambda_2 からも W=1239.84/365.01.11=3.3971.11=2.29 eVW = 1239.84/365.0 - 1.11 = 3.397-1.11 = 2.29\ \mathrm{eV} となり一致します。閾波長は

λ0=hcW=1239.842.29=541 nm.\lambda_0 = \frac{hc}{W} = \frac{1239.84}{2.29} = 541\ \mathrm{nm}.

値からこの金属はナトリウムと考えられます。なお hh の推定に使ったのは阻止電圧のだけで、WW の値は一切使っていません。これが「傾きが物質によらない」という 命題 5.3 の主張の実用的な帰結です。

演習 8.3標準

太陽の放射スペクトルは、波長 λmax500 nm\lambda_{\max} \approx 500\ \mathrm{nm} にピークを持つ黒体放射でよく近似できます。

  1. 太陽表面の温度 TT を求めてください。
  2. 太陽半径 R=6.96×108 mR_\odot = 6.96\times10^{8}\ \mathrm{m} として、全放射量(光度)LL_\odot を求めてください。
  3. 太陽・地球間距離 d=1.496×1011 md = 1.496\times10^{11}\ \mathrm{m} における単位面積あたりの放射流束(太陽定数)を求めてください。
解答

(1) 命題 4.5 より

T=2.898×103 mK500×109 m=5.80×103 K.T = \frac{2.898\times10^{-3}\ \mathrm{m\,K}}{500\times10^{-9}\ \mathrm{m}} = 5.80\times10^{3}\ \mathrm{K}.

(2) 系 4.4M=σT4M = \sigma T^4 を球面全体にわたって積分します。T4=(5795)4=1.128×1015 K4T^4 = (5795)^4 = 1.128\times10^{15}\ \mathrm{K^4} なので

M=(5.670×108)(1.128×1015)=6.39×107 Wm2,M = (5.670\times10^{-8})(1.128\times10^{15}) = 6.39\times10^{7}\ \mathrm{W\,m^{-2}},L=4πR2M=4π(6.96×108)2(6.39×107)=3.9×1026 W.L_\odot = 4\pi R_\odot^2 M = 4\pi(6.96\times10^{8})^2(6.39\times10^{7}) = 3.9\times10^{26}\ \mathrm{W}.

天文学的に測定された値は 3.828×1026 W3.828\times10^{26}\ \mathrm{W} で、2 %2\ \% 以内で一致します。

(3) 光度は距離 dd の球面全体に広がるので

S=L4πd2=3.9×10264π(1.496×1011)2=3.9×10262.81×1023=1.4×103 Wm2.S = \frac{L_\odot}{4\pi d^2} = \frac{3.9\times10^{26}}{4\pi(1.496\times10^{11})^2} = \frac{3.9\times10^{26}}{2.81\times10^{23}} = 1.4\times10^{3}\ \mathrm{W\,m^{-2}}.

実測値は 1361 Wm21361\ \mathrm{W\,m^{-2}} です。プランク定数を含む一つの公式から、太陽の温度・光度・地表に届く日射量までが 1 桁の誤差もなく出てくる、という点を味わってください。

演習 8.4

温度 TT の黒体放射に含まれる光子の数密度が

n(T)=8πc3(kBTh)32ζ(3)n(T) = \frac{8\pi}{c^3}\left(\frac{k_BT}{h}\right)^3\cdot 2\zeta(3)

となることを示し、T=2.7255 KT = 2.7255\ \mathrm{K} の CMB について数値を求めてください。ここで ζ(3)=1.20206\zeta(3) = 1.20206 です。また、光子 1 個あたりの平均エネルギーを kBTk_BT の単位で求めてください。

解答

振動数 ν\nu のモードのエネルギーは 公理 4.1 より nhνnh\nu なので、そのモードにある光子の平均個数は n=Eν/(hν)\langle n\rangle = \langle E\rangle_\nu/(h\nu) です。定理 4.2 より

nν=1ehν/kBT1\langle n\rangle_\nu = \frac{1}{e^{h\nu/k_BT}-1}

(これがボース・アインシュタイン分布です)。命題 2.3 のモード密度を掛けて積分すると

n(T)=08πν2c3dνehν/kBT1=8πc3(kBTh)30x2ex1dx.n(T) = \int_0^\infty \frac{8\pi\nu^2}{c^3}\frac{d\nu}{e^{h\nu/k_BT}-1} = \frac{8\pi}{c^3}\left(\frac{k_BT}{h}\right)^3\int_0^\infty\frac{x^2}{e^x-1}dx.

系 4.4 の証明と同じく 1ex1=n1enx\dfrac{1}{e^x-1} = \sum_{n\ge1}e^{-nx} と展開し、0x2enxdx=2/n3\int_0^\infty x^2e^{-nx}dx = 2/n^3 を使えば

0x2ex1dx=2n=11n3=2ζ(3)=2.4041.\int_0^\infty\frac{x^2}{e^x-1}dx = 2\sum_{n=1}^\infty\frac{1}{n^3} = 2\zeta(3) = 2.4041.

数値を入れます。kBT/h=(1.3806×1023)(2.7255)/(6.6261×1034)=5.678×1010 s1k_BT/h = (1.3806\times10^{-23})(2.7255)/(6.6261\times10^{-34}) = 5.678\times10^{10}\ \mathrm{s^{-1}}、その 3 乗は 1.831×10321.831\times10^{32}8π/c3=25.13/(2.694×1025)=9.328×10258\pi/c^3 = 25.13/(2.694\times10^{25}) = 9.328\times10^{-25} なので

n=(9.328×1025)(1.831×1032)(2.4041)=4.1×108 m3=411 cm3.n = (9.328\times10^{-25})(1.831\times10^{32})(2.4041) = 4.1\times10^{8}\ \mathrm{m^{-3}} = 411\ \mathrm{cm^{-3}}.

宇宙のあらゆる場所で 1 立方センチメートルあたり約 411 個の CMB 光子が飛び交っています。バリオン数密度は約 2.5×107 cm32.5\times10^{-7}\ \mathrm{cm^{-3}} ですから、光子は核子より 9 桁多いことになります。

平均エネルギーは 系 4.4UUnn で割って

Un=(8πh/c3)(kBT/h)4π4/15(8π/c3)(kBT/h)32ζ(3)=kBTπ4/152ζ(3)=kBT6.49392.4041=2.701kBT.\frac{U}{n} = \frac{(8\pi h/c^3)(k_BT/h)^4\cdot\pi^4/15}{(8\pi/c^3)(k_BT/h)^3\cdot2\zeta(3)} = k_BT\cdot\frac{\pi^4/15}{2\zeta(3)} = k_BT\cdot\frac{6.4939}{2.4041} = 2.701\,k_BT.

E2.70kBT\langle E\rangle \approx 2.70\,k_BT は覚えておくと便利な数値です。

  • 朝永振一郎『量子力学 I(第 2 版)』みすず書房、1969 — 第 I 章「前期量子論」。黒体放射から前期量子論までの経緯を、原論文に即して丁寧に追っています。
  • R. Eisberg, R. Resnick, Quantum Physics of Atoms, Molecules, Solids, Nuclei, and Particles, 2nd ed., Wiley, 1985 — Chapters 1–3(黒体放射、光子、ド・ブロイ波)。コンプトン散乱の完全な導出もここにあります。
  • M. Planck, “Zur Theorie des Gesetzes der Energieverteilung im Normalspectrum”, Verhandlungen der Deutschen Physikalischen Gesellschaft 2 (1900), 237–245.
  • A. Einstein, “Über einen die Erzeugung und Verwandlung des Lichtes betreffenden heuristischen Gesichtspunkt”, Annalen der Physik 17 (1905), 132–148. DOI: 10.1002/andp.19053220607
  • R. A. Millikan, “A Direct Photoelectric Determination of Planck’s ‘h’”, Physical Review 7 (1916), 355–388. DOI: 10.1103/PhysRev.7.355
  • C. Davisson, L. H. Germer, “Diffraction of Electrons by a Crystal of Nickel”, Physical Review 30 (1927), 705–740. DOI: 10.1103/PhysRev.30.705

境界条件の取り替え。 命題 2.3 では完全導体の壁(電場の接線成分が消える)を課しましたが、周期境界条件を課しても同じ答えになります。周期境界条件では波数は

k=2πL(nx,ny,nz),nx,ny,nzZ\boldsymbol{k} = \frac{2\pi}{L}(n_x,n_y,n_z), \qquad n_x,n_y,n_z\in\mathbb{Z}

と、間隔が 2 倍になる代わりに負の整数も許されます。k\boldsymbol{k} 空間での格子点の密度は (L/2π)3(L/2\pi)^3 で、今度は八分の一ではなく球全体を使うので、k2πν/c|\boldsymbol{k}| \le 2\pi\nu/c を満たす点の個数は

2(L2π)34π3(2πνc)3=8πL3ν33c32 \cdot \left(\frac{L}{2\pi}\right)^3\cdot\frac{4\pi}{3}\left(\frac{2\pi\nu}{c}\right)^3 = \frac{8\pi L^3\nu^3}{3c^3}

(先頭の 2 は偏光)となり、完全に一致します。これは偶然ではありません。空洞が波長に比べて十分大きいとき、境界の詳細は表面積のオーダーの補正しか与えないからです。

形状に依らないこと。 より一般に、体積 VV の有界領域におけるラプラシアンの固有値の数え上げについて、ワイルの漸近公式

N(ν)4πVν33c3(ν)N(\nu) \sim \frac{4\pi V \nu^3}{3c^3} \quad (\nu\to\infty)

(偏光を含めない場合)が成り立ちます。主項が体積のみで決まり、形状に依らないことがここから保証されます。キルヒホッフの普遍性(第 2 節)と整合する結果です。

なぜ「振動子」と見なせるのか。 真空中のマクスウェル方程式からベクトルポテンシャル A\boldsymbol{A} が波動方程式 2A=c2t2A\nabla^2\boldsymbol{A} = c^{-2}\partial_t^2\boldsymbol{A} に従います。A\boldsymbol{A} を空洞の固有モードで展開し A(r,t)=αqα(t)uα(r)\boldsymbol{A}(\boldsymbol{r},t) = \sum_\alpha q_\alpha(t)\boldsymbol{u}_\alpha(\boldsymbol{r}) と書くと、モード関数の直交性から各係数は独立に q¨α=ωα2qα\ddot q_\alpha = -\omega_\alpha^2 q_\alpha を満たし、場の全エネルギーは

ε0E2+B2/μ02dV=α12(q˙α2+ωα2qα2)\int \frac{\varepsilon_0 E^2 + B^2/\mu_0}{2}\,dV = \sum_\alpha \frac{1}{2}\left(\dot q_\alpha^2 + \omega_\alpha^2 q_\alpha^2\right)

の形(適当な規格化の下で)になります。これが 命題 3.1 の証明で「各モードは調和振動子」と述べた根拠です。公理 4.1 は、この振動子のエネルギー準位が (n+12)ω\left(n+\frac12\right)\hbar\omega という等間隔のはしごを成すという、後の量子論の結論(調和振動子のスペクトル(定理 5.3)[1次元の簡単な系])を先取りしていたことになります(零点エネルギー 12ω\frac12\hbar\omega は温度に依らない定数なので、u(ν,T)u(\nu,T) の温度依存部分には現れません)。

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