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ダークマターとダークエネルギー:宇宙の 95% はまだ名前しかない

前提:ブラックホールの先にあるもの:事象の地平面、スパゲッティ化、そして蒸発

生 Markdown
  • 天体の重さは「光で測る」方法と「重力で測る」方法の 2 通りで測れます。この 2 つが 5 倍以上食い違うこと、それがダークマター問題の正体です。
  • 銀河の外縁で星の回転速度が落ちないこと(平坦な回転曲線)から、中心から半径 rr の内側にある質量が M(r)rM(r) \propto r で増え続けていると分かります。光る星はとっくに尽きているのに、です。
  • ダークマターは「暗いだけの普通の物質」ではありません。ビッグバン元素合成と宇宙マイクロ波背景放射が、陽子と中性子の総量を独立に測っているからです。足りない質量はその 5 倍以上あります。
  • 1998 年、遠方の Ia 型超新星は「予想より暗い」と観測されました。宇宙は減速するどころか加速していたのです。加速には負の圧力が必要で、条件は状態方程式パラメータが w<1/3w < -1/3 となることです。
  • 現在の内訳は、通常の物質 4.9%、ダークマター 26.4%、ダークエネルギー 68.5%。私たちが名前と性質を知っている物質は、宇宙の端数です。
  • 正体はどちらも未解決です。ダークマターの直接検出は 40 年間空振りが続き、ダークエネルギーの素朴な理論値は観測値と約 120 桁ずれています。

1. 動機:天体の重さは 2 通りに測れる

Section titled “1. 動機:天体の重さは 2 通りに測れる”

天文学者が「あの銀河は太陽 1000 億個ぶんの重さだ」と言うとき、その数字の出どころは大きく 2 つあります。

1 つめは、光で測る方法です。星の明るさは、その星の質量でほぼ決まります。重い星ほど中心の圧力が高く、核融合が激しく進み、明るく輝きます。ですから銀河から届く光を全部足し上げ、「明るさ 1 単位あたり何 kg か」という換算率を掛ければ、星の総質量が出ます。買い物のレシートを合計するようなものです。

2 つめは、重力で測る方法です。何かが何かの周りを回っていれば、その回り方が中心の質量を教えてくれます。地球が太陽の周りを秒速 29.8 km で回っているという事実から、太陽の質量が 2×10302 \times 10^{30} kg だと逆算できます。天体を体重計に乗せることはできませんが、周りのものがどれだけ引っ張られているかを見れば重さが分かるわけです。

同じ天体を測るのですから、この 2 つは同じ答えを返すはずです。ところが返しません。

1933 年、スイスで働いていたフリッツ・ツビッキーは、かみのけ座銀河団に属する銀河たちがどれくらいの速さで飛び回っているかを測りました。銀河団は重力で束ねられた集団ですから、中の銀河が速すぎれば束ねきれずにバラバラに飛び去ってしまいます。ところが測ってみると、光から見積もった質量では到底つなぎ止められない速度で銀河たちは飛び回っていました。ツビッキーは論文に dunkle Materie(暗黒物質) という言葉を書きつけます。

当時これはほとんど相手にされませんでした。銀河団は測りにくい対象ですし、「まだ見えていない暗い星がたくさんあるのだろう」で片づけられたのです。潮目が変わったのは 1970 年代、ヴェラ・ルービンとケント・フォードが渦巻銀河の回転を精密に測ってからでした。二人が調べたのは銀河団ではなく、たった 1 個の銀河の中身です。逃げ場のない、単純明快なデータでした。

まず、回転から質量を読み取る道具を用意します。高校で習う円運動の式だけで足ります。

定義 2.1回転曲線

円盤状の天体(渦巻銀河など)について、中心からの距離 rr にある星やガスの、中心の周りを回る速さ v(r)v(r)rr の関数として表したグラフを回転曲線といいます。

定義 2.2ダークマター

電磁波(光・電波・X 線など)を出しも吸いもせず、重力を通じてのみその存在が分かる物質成分をダークマターといいます。さらに、宇宙の構造形成の観測と合わせるために、その速度は光速に比べて十分遅い(「冷たい」)と考えられています。

命題 2.3ケプラー回転

質量 MM の天体が中心にあり、その外側では質量が無視できるとします。中心から距離 rr の位置で円運動する質量 mm の物体の速さ v(r)v(r)

v(r)=GMrr1/2v(r) = \sqrt{\frac{GM}{r}} \propto r^{-1/2}

となります。ここで G=6.674×1011 Nm2/kg2G = 6.674 \times 10^{-11}\ \mathrm{N\,m^2/kg^2} は万有引力定数です。とくに v(r)v(r)rr が大きくなると単調に減少します。

証明(命題 2.3)

半径 rr の円運動をする質量 mm の物体には、中心向きに大きさ mv2/rmv^2/r の向心力が必要です。この力を供給しているのが万有引力で、その大きさは GMm/r2GMm/r^2 です。両者が等しいので

mv2r=GMmr2.\frac{mv^2}{r} = \frac{GMm}{r^2}.

両辺を mm で割り(m0m \ne 0)、両辺に rr を掛けると v2=GM/rv^2 = GM/r を得ます。v>0v > 0 なので平方根をとって v=GM/rv = \sqrt{GM/r} となります。MM が定数なら vr1/2v \propto r^{-1/2} です。

この命題の要点は「外側に行くほど遅くなる」ことです。中心の重力が距離とともに弱まるのだから、遠くを回る天体はゆっくりでも振り落とされずに済む、と読めます。

例 2.4太陽系はきちんとケプラー回転している

太陽系では、質量のほぼ全部(99.86%)が中心の太陽に集中しています。ですから 命題 2.3 がそのまま使えるはずです。

地球は太陽から 1 au の距離を秒速 29.8 km で公転しています。海王星は 30.1 au の位置にいますから、予想される速さは

v海王星=29.8×130.1=29.85.49=5.43 km/sv_{\text{海王星}} = 29.8 \times \frac{1}{\sqrt{30.1}} = \frac{29.8}{5.49} = 5.43\ \mathrm{km/s}

です。実際に観測される海王星の公転速度は約 5.43 km/s。小数第 2 位まで一致します。ケプラー回転は空想ではなく、目の前で成り立っている法則です。

3. ダークマター(1):回転曲線という動かぬ証拠

Section titled “3. ダークマター(1):回転曲線という動かぬ証拠”

さて、銀河でも同じことが起こるはずです。渦巻銀河は中心のバルジに星が密集し、外に行くほど星がまばらになります。中心から十分離れれば、そこから先の質量はほとんどありませんから、命題 2.3 にしたがって回転速度は r1/2r^{-1/2} で落ちていくはずです。

落ちません。

回転速度 v中心からの距離 r星が見える範囲観測:外側まで平ら予想:ケプラー回転v は r の平方根に反比例して減る
銀河の回転曲線:見える物質からの予想(破線)と実際の観測(実線)

ルービンとフォードが見たのは、銀河の外縁部でも回転速度がほとんど落ちない、平らな回転曲線でした。しかもこれはアンドロメダ銀河だけの特殊事情ではなく、調べた渦巻銀河がことごとくそうだったのです。この事実を式に翻訳すると、次のことが言えます。

命題 3.1平坦な回転曲線が意味すること

ある銀河の回転曲線が、区間 r1rr2r_1 \le r \le r_2 で一定値 v0>0v_0 > 0 をとるとします。球対称な質量分布を仮定すると、半径 rr の球の内側に含まれる全質量 M(r)M(r) と、そこでの質量密度 ρ(r)\rho(r) は、この区間で

M(r)=v02rG,ρ(r)=v024πGr2M(r) = \frac{v_0^{2}\, r}{G}, \qquad \rho(r) = \frac{v_0^{2}}{4\pi G\, r^{2}}

を満たします。すなわち M(r)M(r)rr に比例して増え続け、密度は r2r^{-2} でゆっくりとしか薄まりません。

証明(命題 3.1)

球対称な質量分布では、半径 rr の位置に働く重力は、その内側の全質量 M(r)M(r) が中心に集まっているときと同じになります(ニュートンの球殻定理)。したがって 命題 2.3 の証明と同じ釣り合いの式が、MMM(r)M(r) に置き換えて成り立ちます。

v(r)2r=GM(r)r2M(r)=v(r)2rG.\frac{v(r)^2}{r} = \frac{G M(r)}{r^{2}} \quad \Longrightarrow \quad M(r) = \frac{v(r)^{2} r}{G}.

仮定より v(r)=v0v(r) = v_0(定数)なので M(r)=v02r/GM(r) = v_0^2 r / G を得ます。これが第 1 の主張です。

次に密度を出します。M(r)=0r4πs2ρ(s)dsM(r) = \displaystyle\int_0^r 4\pi s^2 \rho(s)\, ds の両辺を rr で微分すると

dMdr=4πr2ρ(r).\frac{dM}{dr} = 4\pi r^{2} \rho(r).

一方、いま得た M(r)=v02r/GM(r) = v_0^2 r/Grr で微分すると dM/dr=v02/GdM/dr = v_0^2/G です。この 2 つを等置して

4πr2ρ(r)=v02Gρ(r)=v024πGr24\pi r^{2}\rho(r) = \frac{v_0^{2}}{G} \quad \Longrightarrow \quad \rho(r) = \frac{v_0^{2}}{4\pi G r^{2}}

となります。

命題 3.1 が突きつけているのは、次のことです。星の光は銀河の中心付近に集中していて、外に行けば急激に暗くなります。ところが質量のほうは、外に行っても rr に比例して律儀に増え続けている。光っていない何かが、銀河を包む巨大な球(ダークマター・ハロー)として広がっているとしか考えられません。

例 3.2天の川銀河の重さを 2 か所で量る

私たちの太陽は、天の川銀河の中心から約 8 kpc(キロパーセク)の位置を、秒速 220 km で回っています。まず単位をそろえます。1 pc=3.086×10161\ \mathrm{pc} = 3.086 \times 10^{16} m なので、8 kpc=8000×3.086×1016=2.47×10208\ \mathrm{kpc} = 8000 \times 3.086 \times 10^{16} = 2.47 \times 10^{20} m です。命題 3.1 の式に入れると

M(8 kpc)=(2.2×105)2×2.47×10206.674×1011=1.20×10316.674×1011=1.79×1041 kg.M(8\ \mathrm{kpc}) = \frac{(2.2\times 10^{5})^{2} \times 2.47\times 10^{20}}{6.674\times 10^{-11}} = \frac{1.20\times 10^{31}}{6.674\times 10^{-11}} = 1.79\times 10^{41}\ \mathrm{kg}.

太陽質量 M=1.989×1030M_\odot = 1.989 \times 10^{30} kg で割ると、9.0×1010M9.0 \times 10^{10}\,M_\odot。太陽 900 億個ぶんです。ここまでは、見える星やガスの量とだいたい釣り合います。

問題はその外側です。銀河の円盤にある水素ガスの電波観測から、r=50r = 50 kpc でも回転速度は秒速 200 km 程度を保っています。同じ計算をすると 50 kpc=1.543×102150\ \mathrm{kpc} = 1.543\times10^{21} m で

M(50 kpc)=(2.0×105)2×1.543×10216.674×1011=9.25×1041 kg=4.7×1011M.M(50\ \mathrm{kpc}) = \frac{(2.0\times 10^{5})^{2} \times 1.543\times 10^{21}}{6.674\times 10^{-11}} = 9.25\times 10^{41}\ \mathrm{kg} = 4.7\times 10^{11}\,M_\odot.

質量は 5 倍以上に増えました。ところが 8 kpc から 50 kpc の間には、増えた 4 千億太陽質量に見合うだけの星はほとんどありません。星の光は 15 kpc あたりでほぼ尽きているからです。

さらに外側まで含めた天の川銀河の総質量は約 1×1012M1 \times 10^{12}\,M_\odot と見積もられており、星の総質量(約 6×1010M6 \times 10^{10}\,M_\odot)の 15〜20 倍にのぼります。

注意 3.3

太陽の近所でのダークマターの密度は、およそ 0.4 GeV/cm30.4\ \mathrm{GeV/cm^3}、キログラムに直すと 7×1022 kg/m37 \times 10^{-22}\ \mathrm{kg/m^3} 程度です。地球ひとつぶんの体積(1.08×1021 m31.08 \times 10^{21}\ \mathrm{m^3})に含まれるダークマターを合計しても 1 kg に届きません。「宇宙を支配する物質」の割にずいぶん薄いですが、銀河ハローの体積は地球の 104010^{40} 倍以上あるので、足し上げると星より重くなるわけです。薄さと総量は別の話です。

4. ダークマター(2):それは「光らない普通の物質」ではない

Section titled “4. ダークマター(2):それは「光らない普通の物質」ではない”

回転曲線だけなら「暗い星や冷たいガスが余分にあるのだろう」という逃げ道が残ります。この節では、その逃げ道が全部ふさがっていることを見ます。

4.1. 銀河団:ツビッキーの計算をやり直す

Section titled “4.1. 銀河団:ツビッキーの計算をやり直す”

まず、ツビッキーが使った道具を整備します。

命題 4.1ビリアル定理

互いの万有引力だけで束縛され、統計的に定常な状態にある NN 個の質点系について、全運動エネルギー TT と全重力ポテンシャルエネルギー UU の長時間平均は

2T+U=02\langle T \rangle + \langle U \rangle = 0

を満たします。とくに系の全質量を MM、典型的な広がりを RR、視線方向の速度分散を σ\sigma とし、速度分布が等方(v2=3σ2\langle v^2 \rangle = 3\sigma^2)で UGM2/RU \simeq -GM^2/R と近似できるなら、M3σ2R/GM \simeq 3\sigma^2 R / G と見積もれます。

証明(命題 4.1)

質点 ii の質量を mim_i、位置を ri\boldsymbol{r}_i、速度を vi\boldsymbol{v}_i、受ける合力を Fi\boldsymbol{F}_i とし、慣性モーメント風の量 I=imiri2I = \sum_i m_i |\boldsymbol{r}_i|^2 を考えます。時間で 2 回微分します。

dIdt=2imirivi,d2Idt2=2imivi2+2iriFi=4T+2iriFi.\frac{dI}{dt} = 2\sum_i m_i \boldsymbol{r}_i \cdot \boldsymbol{v}_i, \qquad \frac{d^2 I}{dt^2} = 2\sum_i m_i |\boldsymbol{v}_i|^2 + 2\sum_i \boldsymbol{r}_i \cdot \boldsymbol{F}_i = 4T + 2\sum_i \boldsymbol{r}_i \cdot \boldsymbol{F}_i.

2 つめの等号ではニュートンの運動方程式 miai=Fim_i \boldsymbol{a}_i = \boldsymbol{F}_i を使いました。右辺の第 2 項を計算します。万有引力は Fi=jiGmimj(rirj)/rirj3\boldsymbol{F}_i = -\sum_{j \ne i} G m_i m_j (\boldsymbol{r}_i - \boldsymbol{r}_j)/|\boldsymbol{r}_i - \boldsymbol{r}_j|^3 ですから、iijj の組ごとにまとめると

iriFi=Gi<jmimj(rirj)(rirj)rirj3=Gi<jmimjrirj=U.\sum_i \boldsymbol{r}_i \cdot \boldsymbol{F}_i = -G\sum_{i < j} m_i m_j \frac{(\boldsymbol{r}_i - \boldsymbol{r}_j)\cdot(\boldsymbol{r}_i - \boldsymbol{r}_j)}{|\boldsymbol{r}_i - \boldsymbol{r}_j|^{3}} = -G\sum_{i<j} \frac{m_i m_j}{|\boldsymbol{r}_i - \boldsymbol{r}_j|} = U.

したがって d2I/dt2=4T+2Ud^2 I/dt^2 = 4T + 2U です。系が束縛されていれば II は有界なので、長い時間で平均すると d2I/dt2d^2I/dt^2 の平均はゼロに近づきます。ゆえに 4T+2U=04\langle T\rangle + 2\langle U\rangle = 0、すなわち 2T+U=02\langle T\rangle + \langle U\rangle = 0 です。

後半の見積もりは、T=12Mv2=32Mσ2\langle T \rangle = \frac{1}{2}M\langle v^2\rangle = \frac{3}{2}M\sigma^2UGM2/R\langle U \rangle \simeq -GM^2/R を代入して 3Mσ2=GM2/R3M\sigma^2 = GM^2/R、両辺を MM で割って M3σ2R/GM \simeq 3\sigma^2 R/G となります。UU の係数は質量分布の形によって 1 前後で変わるので、これは桁の見積もりです。

例 4.2かみのけ座銀河団の重さ

かみのけ座銀河団の銀河たちの視線速度分散は σ1000\sigma \approx 1000 km/s、広がりは R1.4R \approx 1.4 Mpc です。1.4 Mpc=1.4×106×3.086×1016=4.32×10221.4\ \mathrm{Mpc} = 1.4\times10^{6}\times3.086\times10^{16} = 4.32\times10^{22} m なので、命題 4.1 より

M3×(1.0×106)2×4.32×10226.674×1011=1.94×1045 kg1×1015M.M \simeq \frac{3 \times (1.0\times10^{6})^{2} \times 4.32\times10^{22}}{6.674\times10^{-11}} = 1.94\times10^{45}\ \mathrm{kg} \approx 1\times10^{15}\,M_\odot.

一方、この銀河団の星の総質量は 1013M10^{13}\,M_\odot 程度です。X 線で光る高温ガスを足しても 1.5×1014M1.5 \times 10^{14}\,M_\odot ほどにしかなりません。つまり全体の 85% 前後が正体不明です。

ツビッキーは 1933 年の論文で「400 倍」という途方もない食い違いを報告しました。この数字が大きすぎたのは、当時のハッブル定数が今より 8 倍近く大きく見積もられており、銀河団までの距離を小さく取りすぎていたためです(距離のはかり方は なぜ星までの距離がわかるのか、とくに目盛りが狂っていた経緯は 目盛りは一度、間違ったことがある(注意 4.6)[なぜ星までの距離がわかるのか] を参照してください)。距離を現代の値に直すと約 6 倍。桁は下がりましたが、結論は生き残りました。

4.2. 弾丸銀河団:ダークマターが「見えた」瞬間

Section titled “4.2. 弾丸銀河団:ダークマターが「見えた」瞬間”

例 4.3弾丸銀河団 1E 0657-56

2 つの銀河団が正面衝突した現場が観測されています。銀河団の中身は 3 つに分けられます。(1) 星(銀河本体)、(2) 高温ガス、(3) 正体不明の質量です。

衝突すると何が起こるでしょうか。銀河同士はスカスカなのですれ違うだけでほとんど減速しません。ところが高温ガスは流体なので、正面からぶつかると衝撃波を立てて減速し、真ん中に取り残されます。実際、X 線で撮ると高温ガスは中央に、可視光で撮ると銀河たちは左右に分かれて見えます。

では、質量はどちらにあるのか。これは重力レンズで測れます。手前の質量が背後の銀河の像をゆがめる度合いから、質量分布の地図が描けるのです(重い天体のそばで光がどう曲がるかについては ブラックホールの先にあるもの、とくに M87* の影の大きさ(例 7.1)[ブラックホールの先にあるもの] も参照してください)。

答えは「銀河のほう」でした。質量の中心は、ガスではなく、素通りした銀河たちと一緒に左右へ抜けていたのです。バリオン(通常の物質)の大半はガスなのに、質量はガスと一緒にいない。これは「見える物質の分布に応じて重力法則が変わる」タイプの説明では非常に苦しく、「ぶつからずに素通りする質量成分が存在する」ことの直接的な証拠になりました。

4.3. 「普通の物質」候補が全部つぶれる理由

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候補なぜ却下されるか
暗い星・惑星・岩(MACHO)手前を横切ると背後の星が一時的に明るくなる(マイクロレンズ)。MACHO/EROS/OGLE などが数千万個の星を監視したが、ハローを埋めるほどの個数は検出されなかった
冷たい水素ガスガスは背後の光源を吸収するので、量が多ければ吸収線として必ず見える
ニュートリノ質量の上限(3 種の合計で 0.12 eV 未満)から、宇宙全体で Ων0.003\Omega_\nu \lesssim 0.003。必要量の 1% にも届かない。しかも速すぎて小さな構造をならしてしまう
ブラックホール(恒星質量)それを作るには元になる星が必要で、結局バリオンの総量の壁にぶつかる

そして決定打が 2 つあります。

バリオンの総量が独立に 2 通りで測られていること。 ビッグバンから 3 分後の元素合成では、陽子と中性子の密度が高いほど重水素が燃え尽きてヘリウムになります。ですから残った重水素の量を測れば、宇宙のバリオン密度が決まります。得られる値は Ωbh2=0.0224\Omega_b h^2 = 0.0224 程度。まったく別の物理である宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の温度ゆらぎからも Ωbh2=0.0224\Omega_b h^2 = 0.0224 が出ます。ところが CMB は同時に「重力で集まるが光と相互作用しない成分」の密度も測っており、そちらは Ωch2=0.120\Omega_c h^2 = 0.120、約 5.4 倍です。この差は、暗い星をいくら足しても埋まりません(ビッグバン元素合成の詳細は ビッグバンは本当にあったのか、重水素からバリオン密度を決める議論は 二つのまったく違う方法が同じ答えを出す(例 5.5)[ビッグバンは本当にあったのか] を参照してください)。

銀河が存在すること自体。 CMB が放たれた時期(宇宙誕生から 38 万年後、宇宙が晴れ上がった時刻(例 4.3)[ビッグバンは本当にあったのか] を参照)の物質の濃淡は 10 万分の 1 しかありませんでした。それ以前、バリオンは光と密に衝突していて、光の圧力に押し返されるため濃淡を成長させられません。もし宇宙にバリオンしかなければ、濃淡は自由に成長を始めてから今日までにせいぜい 1000 倍程度、つまり 105×103=10210^{-5} \times 10^{3} = 10^{-2} にしかなりません。1 に届かなければ天体はできません。実際に銀河があるということは、光と関わらないおかげでより早い時期から濃淡を育て始めた成分があり、その重力の谷にバリオンが後から落ち込んだ、と考えるほかありません。

ここまでは「ある」ことの証明でした。「何であるか」は分かっていません。有力な候補を並べます。

候補何者か有力な点苦しい点
WIMP陽子の 10〜1000 倍程度の質量をもつ未発見粒子素粒子物理の標準的な拡張から自然に出てきて、初期宇宙で残る量がちょうど観測値になる(「WIMP の奇跡」)地下実験も加速器も 30 年以上見つけられていない
アクシオン強い相互作用の CP 問題を解くために提案された超軽量粒子まったく別の問題の副産物として自然に現れる許される質量の幅が広大で、探索が終わらない
原始ブラックホールビッグバン直後の密度ゆらぎから直接生まれた小さなブラックホール新粒子を必要としないマイクロレンズ観測により、ほとんどの質量域が「主成分ではありえない」と否定済み
ステライルニュートリノ弱い相互作用すらしないニュートリノの仲間ニュートリノに質量がある理由も同時に説明できるX 線での兆候が確定していない

WIMP を探す地下実験(XENONnT、LUX-ZEPLIN など)は、液体キセノンの中で原子核が弾かれる微弱な光を捕まえようとしています。感度は年々上がり、断面積にして 1048 cm210^{-48}\ \mathrm{cm^2} という桁に達しました。それでも信号はありません。そろそろ太陽や大気から来るニュートリノが同じような信号として紛れ込む「ニュートリノ・フォグ」の領域に入りつつあり、探索は正念場です。

5. ダークエネルギー:宇宙は加速している

Section titled “5. ダークエネルギー:宇宙は加速している”

ダークマターは「重力が強すぎる」問題でした。次は逆に「重力が弱すぎる」問題です。

1990 年代、2 つの国際チームが同じ計画を立てました。遠くの Ia 型超新星を観測しようというのです。Ia 型超新星は白色矮星が限界質量を超えて爆発する現象で、爆発の規模がほぼ一定なので、見かけの明るさから距離が分かります(標準光源(定義 2.3)[なぜ星までの距離がわかるのか])。同時に、その光の赤方偏移から「爆発した当時の宇宙が今より何倍小さかったか」が分かります。この 2 つを並べれば、宇宙の膨張の歴史そのものが読めます。

狙いは「宇宙の減速の度合いを測ること」でした。物質は互いに引き合いますから、膨張は必ず減速しているはずです。あとはどれくらい減速しているかを決めれば、宇宙が将来つぶれるのか、永遠に広がるのかが決まる。そういう計画でした。

1998 年、両チームが同じ答えを出しました。遠方の超新星は、減速する宇宙を仮定した場合の予想より 暗かった。暗いということは遠いということ、遠いということは、その光が飛んでいる間に宇宙が予想以上に広がったということです。宇宙は減速していませんでした。加速していたのです。

この結果は、片方のチームの内部でさえ「どこかに間違いがあるはずだ」と疑われました。それでも消えず、2011 年のノーベル物理学賞になりました。

なぜ加速が驚きなのかを、式で確認します。

定義 5.1状態方程式パラメータ

一様に広がったある成分について、その圧力を pp、エネルギー密度を ρc2\rho c^2 とするとき、比

w=pρc2w = \frac{p}{\rho c^{2}}

をその成分の状態方程式パラメータといいます。ふつうの物質(塵)は圧力が無視できて w=0w = 0、光などの放射は w=1/3w = 1/3 です。

命題 5.2宇宙が加速する条件

一様等方な宇宙の大きさを表すスケール因子を a(t)a(t)、全エネルギー密度を ρc2\rho c^2、全圧力を pp とすると、アインシュタイン方程式から

a¨a=4πG3(ρ+3pc2)\frac{\ddot a}{a} = -\frac{4\pi G}{3}\left(\rho + \frac{3p}{c^{2}}\right)

が導かれます。したがって ρ>0\rho > 0 のとき、膨張が加速する(a¨>0\ddot a > 0)ための必要十分条件は w<1/3w < -1/3 です。

証明(命題 5.2)

式の第 1 項(ρ\rho の部分)はニュートン力学だけで出せます。密度 ρ\rho の一様な物質で満たされた半径 RR の球を考え、その表面にある質量 mm の粒子の運動を追います。球殻定理より、この粒子が受ける重力は内側の質量 M=4π3ρR3M = \frac{4\pi}{3}\rho R^3 が中心にあるときと同じなので

mR¨=GMmR2=4πG3ρmRR¨R=4πG3ρ.m\ddot R = -\frac{GMm}{R^{2}} = -\frac{4\pi G}{3}\rho m R \quad \Longrightarrow \quad \frac{\ddot R}{R} = -\frac{4\pi G}{3}\rho .

RaR \propto a なので a¨/a=4πG3ρ\ddot a/a = -\frac{4\pi G}{3}\rho です。圧力の項 3p/c23p/c^2 は一般相対論に固有のもので、「エネルギーと運動量が重力源になる」というアインシュタイン方程式の帰結です。ここではその結果を認めます。

さて、必要十分条件を確かめます。定義 5.1 より p=wρc2p = w\rho c^2 なので

ρ+3pc2=ρ+3wρ=ρ(1+3w).\rho + \frac{3p}{c^{2}} = \rho + 3w\rho = \rho\,(1 + 3w).

a¨>0\ddot a > 0 となるのは 4πG3ρ(1+3w)>0-\frac{4\pi G}{3}\rho(1+3w) > 0 のとき、すなわち ρ(1+3w)<0\rho(1+3w) < 0 のときです。ρ>0\rho > 0 と仮定したので両辺を ρ\rho で割ってよく、1+3w<01 + 3w < 0、つまり w<1/3w < -1/3 を得ます。逆にたどれば十分条件でもあります。

ふつうの物質は w=0w = 0、放射は w=1/3w = 1/3 ですから、どちらも w<1/3w < -1/3 を満たしません。宇宙にありふれた成分だけなら、膨張は必ず減速します。加速していたということは、大きな負の圧力をもつ成分が宇宙を満たしているということです。この成分に、1998 年にマイケル・ターナーが与えた名前がダークエネルギーです。

5.3. 真空のエネルギーという第一候補

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もっとも単純な候補は、アインシュタインが 1917 年に別の目的で導入した宇宙定数 Λ\Lambda、現代的な言い方では「真空そのものがもつ一定のエネルギー密度」です。この候補が加速を起こすことは、熱力学第一法則だけで確かめられます。

命題 5.3エネルギー密度が一定なら圧力は負

膨張する宇宙の中で、ある成分のエネルギー密度 ρc2\rho c^2 が体積によらず常に一定であるとします。この成分が外部と熱をやりとりしない(断熱的である)なら、その圧力は p=ρc2p = -\rho c^2、すなわち w=1w = -1 です。

証明(命題 5.3)

体積 VV の領域に含まれるこの成分のエネルギーは U=ρc2VU = \rho c^2 V です。仮定より ρc2\rho c^2 は定数なので、体積が dVdV だけ増えたときのエネルギーの変化は dU=ρc2dVdU = \rho c^2\, dV です。

一方、断熱変化に対する熱力学第一法則は dU=pdVdU = -p\, dV(外に押し広げた仕事のぶんだけ内部エネルギーが減る)です。この 2 式を等置すると

ρc2dV=pdV.\rho c^{2}\, dV = -p\, dV .

dV0dV \ne 0 なので両辺を dVdV で割って p=ρc2p = -\rho c^2、よって w=p/(ρc2)=1w = p/(\rho c^2) = -1 です。

直感的には、こういうことです。ふつうの気体は膨らむとエネルギーが薄まりますが、真空のエネルギーは薄まりません。増えた体積のぶんだけエネルギーが増えます。エネルギー保存則を守るには、誰かがその増加分の仕事をしたことにしなければならず、それができるのは「宇宙が真空を引き伸ばすのに仕事をした」場合だけです。引き伸ばすのに仕事が要る、それが負の圧力の正体です。

系 5.4真空のエネルギーは膨張を加速させる

エネルギー密度が一定の成分(ρΛ>0\rho_\Lambda > 0)だけからなる宇宙は、必ず加速膨張します。

証明(系 5.4)

命題 5.3 よりこの成分は w=1w = -1 です。1<1/3-1 < -1/3 なので、命題 5.2 の条件 w<1/3w < -1/3 が満たされます。実際に代入すると

a¨a=4πG3(ρΛ3ρΛ)=8πG3ρΛ>0\frac{\ddot a}{a} = -\frac{4\pi G}{3}\left(\rho_\Lambda - 3\rho_\Lambda\right) = \frac{8\pi G}{3}\rho_\Lambda > 0

となり、加速することが確かめられます。

では、そのダークエネルギーは実際どれくらい「濃い」のでしょうか。内訳を割合ではなく密度で書くために、宇宙論で使う基準の密度を用意します。

定義 5.5臨界密度と密度パラメータ

ハッブル定数を H0H_0 とするとき、ρc=3H028πG\rho_c = \dfrac{3H_0^{2}}{8\pi G}臨界密度といいます。空間が平坦(ユークリッド的)な宇宙では、全成分の密度(エネルギー密度を c2c^2 で割ったもの)の和がちょうどこの値に等しくなります。ある成分の密度 ρi\rho_i に対し、Ωi=ρi/ρc\Omega_i = \rho_i/\rho_c をその成分の密度パラメータといいます。定義から、平坦な宇宙では全成分の Ωi\Omega_i の和が 11 になります。

例 5.6ダークエネルギーはどれくらい濃いのか

観測されている宇宙は、測定精度の範囲で平坦です。そこで全成分の密度の和を臨界密度とみなして計算します。H0=67.4H_0 = 67.4 km/s/Mpc を SI 単位に直します。1 Mpc=3.086×10221\ \mathrm{Mpc} = 3.086\times10^{22} m なので

H0=6.74×104 m/s3.086×1022 m=2.184×1018 s1.H_0 = \frac{6.74\times10^{4}\ \mathrm{m/s}}{3.086\times10^{22}\ \mathrm{m}} = 2.184\times10^{-18}\ \mathrm{s^{-1}} .

これを代入すると

ρc=3×(2.184×1018)28π×6.674×1011=1.431×10351.677×109=8.5×1027 kg/m3.\rho_c = \frac{3\times(2.184\times10^{-18})^{2}}{8\pi\times 6.674\times10^{-11}} = \frac{1.431\times10^{-35}}{1.677\times10^{-9}} = 8.5\times10^{-27}\ \mathrm{kg/m^{3}} .

水素原子 1 個は 1.67×10271.67\times10^{-27} kg ですから、宇宙全体の平均密度は 1 立方メートルあたり水素原子 5 個ぶん。史上最高の真空です。

ダークエネルギーはこのうち ΩΛ=0.685\Omega_\Lambda = 0.685 なので ρΛ=5.8×1027 kg/m3\rho_\Lambda = 5.8\times10^{-27}\ \mathrm{kg/m^3}、水素原子 3.5 個ぶんです。通常の物質は Ωb=0.049\Omega_b = 0.049 で、水素原子 4 立方メートルあたり 1 個。宇宙を動かしている当のダークエネルギーが、これほど薄いのに効くのは、宇宙が広くて他に何もないからです。

例 5.7加速はいつ始まったのか

物質は膨張とともに薄まり、ρma3\rho_m \propto a^{-3} で減ります。ダークエネルギーは薄まりません。ですから昔は物質が優勢で減速、あるところで逆転して加速に転じたはずです。その時期を求めます。

命題 5.2 の括弧の中身を、物質(w=0w=0)と宇宙定数(w=1w=-1)の和として書くと

ρ+3pc2=ρm+(ρΛ3ρΛ)=ρm2ρΛ.\rho + \frac{3p}{c^{2}} = \rho_m + (\rho_\Lambda - 3\rho_\Lambda) = \rho_m - 2\rho_\Lambda .

加速の条件はこれが負、すなわち ρm<2ρΛ\rho_m < 2\rho_\Lambda です。現在のスケール因子を a=1a=1 と規格化すると ρm=Ωmρc/a3\rho_m = \Omega_m \rho_c / a^{3}ρΛ=ΩΛρc\rho_\Lambda = \Omega_\Lambda \rho_c なので

Ωma3<2ΩΛa3>Ωm2ΩΛ=0.3152×0.685=0.230.\frac{\Omega_m}{a^{3}} < 2\Omega_\Lambda \quad \Longrightarrow \quad a^{3} > \frac{\Omega_m}{2\Omega_\Lambda} = \frac{0.315}{2\times 0.685} = 0.230 .

3 乗根をとって a>0.613a > 0.613。赤方偏移との関係 1+z=1/a1+z = 1/a から z<0.63z < 0.63 です。z=0.63z = 0.63 は光の飛行時間にしておよそ 60 億年前。宇宙が 138 億歳であることを思えば、宇宙はその生涯の半分以上を減速して過ごし、後半になってから加速に切り替わったことになります。私たちはたまたま切り替わった後の時代に住んでいます。

6. 宇宙の家計簿と、これからの謎

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CMB の温度ゆらぎ、超新星の距離、銀河分布の波(バリオン音響振動)という独立な 3 系統の観測を組み合わせると、宇宙の中身は次のように決まります。

通常の物質 4.9%(星・ガス・惑星・私たち)ダークマター 26.4%ダークエネルギー 68.5%
宇宙のエネルギー密度の内訳(Planck 2018 の結果)

この図の一番左、細い帯が「私たちが元素周期表に書ける物質」の全部です。星も、惑星も、この記事を読んでいるあなたの体も、全部この 4.9% に入っています。しかも星の形になっているのはそのうちの 1 割足らずで、残りは銀河間空間に漂う希薄なガスです。「宇宙の中心は地球だ」という考えが捨てられて 400 年、私たちは自分たちが宇宙のありふれた場所にいることを受け入れましたが、いまやありふれた材料でできてすらいないと分かりつつあります。

そして、この家計簿には未解決の項目が並んでいます。

ダークマターの正体。 存在の証拠は回転曲線・銀河団・重力レンズ・CMB・構造形成と 5 系統以上が独立に一致しており、ここは動きません。しかし直接検出は空振りが続いています。粒子であるという保証すら、実は観測からは出てきません。

ダークエネルギーの理論値がまるで合わないこと。 量子論では、真空はゼロ点振動のエネルギーをもちます。素朴にプランクスケールまで足し上げると、真空のエネルギー密度は 1096 kg/m310^{96}\ \mathrm{kg/m^3} 程度になります。観測値は 5.8×1027 kg/m35.8\times10^{-27}\ \mathrm{kg/m^3}。比を取ると約 1012210^{122}、桁数にして 120 桁の食い違いです。物理学史上、理論と観測がこれほど外れた例は他にありません。何かが打ち消し合っているはずですが、なぜ完全にゼロにならず 120 桁だけ残るのかが分からない、というのが問題の核心です。

ハッブル定数の不一致(ハッブル・テンション)。 CMB から間接的に求めた膨張率は 67.4±0.567.4 \pm 0.5 km/s/Mpc、近くの天体を積み上げて直接測ると 73.0±1.073.0 \pm 1.0 km/s/Mpc。誤差の見積もりが正しければ 5 標準偏差以上の食い違いで、偶然では説明しにくい水準です。どちらかに未知の系統誤差があるのか、それとも初期宇宙に私たちの知らない成分があるのか、決着していません(この不一致の現状は ハッブル定数はまだ揉めている(注意 3.8)[宇宙の果てと年齢] でも触れています)。

ww は本当に 1-1 か。 近年の大規模な銀河サーベイは、ww が時間とともに変化している可能性を示唆しています。もしこれが確定すれば、ダークエネルギーは「真空のエネルギー」ではなく、時間とともに変化する何らかの場だということになり、命題 5.3 の前提そのものが崩れます。今のところ示唆であって確定ではありません。

宇宙の年齢や果てがどう決まるのかは 宇宙の果てと年齢(観測できる範囲の境目は 粒子的地平線(定義 4.1)[宇宙の果てと年齢])で、夜空が暗いという素朴な事実がこの膨張とどう結びつくかは 夜空はなぜ暗いのかオルバースのパラドックス(定理 3.4)[夜空はなぜ暗いのか])で扱っています。

演習 7.1

天の川銀河の回転速度が、中心から 20 kpc の位置でも 220 km/s のまま一定だったとします。この半径の内側にある全質量を太陽質量単位で求めてください。1 pc=3.086×10161\ \mathrm{pc} = 3.086\times10^{16} m、M=1.989×1030M_\odot = 1.989\times10^{30} kg、G=6.674×1011 Nm2/kg2G = 6.674\times10^{-11}\ \mathrm{N\,m^2/kg^2} とします。

解答

命題 3.1 より M(r)=v02r/GM(r) = v_0^2 r/G です。まず距離を SI 単位に直します。

r=20×103×3.086×1016=6.17×1020 m.r = 20 \times 10^{3} \times 3.086\times10^{16} = 6.17\times10^{20}\ \mathrm{m}.

速さは v0=2.2×105v_0 = 2.2\times10^{5} m/s なので v02=4.84×1010 m2/s2v_0^2 = 4.84\times10^{10}\ \mathrm{m^2/s^2}。したがって

M=4.84×1010×6.17×10206.674×1011=2.99×10316.674×1011=4.48×1041 kg.M = \frac{4.84\times10^{10}\times6.17\times10^{20}}{6.674\times10^{-11}} = \frac{2.99\times10^{31}}{6.674\times10^{-11}} = 4.48\times10^{41}\ \mathrm{kg}.

太陽質量で割ると

4.48×10411.989×1030=2.25×1011M.\frac{4.48\times10^{41}}{1.989\times10^{30}} = 2.25\times10^{11}\,M_\odot .

約 2250 億太陽質量です。例 3.2 で求めた 8 kpc 以内の 9.0×1010M9.0\times10^{10}\,M_\odot の 2.5 倍にあたります。半径が 2.5 倍になったので質量も 2.5 倍、という比例関係がそのまま出ています。ところが 8 kpc から 20 kpc の間で星の光はほとんど増えません。

演習 7.2標準

(a) ダークエネルギーの状態方程式パラメータが w=1w = -1 ではなく w=1/2w = -1/2 だったとしたら、その成分だけの宇宙は加速するでしょうか。w=1/3w = -1/3 ちょうどのときはどうでしょうか。

(b) 一般に、状態方程式パラメータが定数 ww である成分のエネルギー密度は、スケール因子 aa に対して ρa3(1+w)\rho \propto a^{-3(1+w)} にしたがうことを、断熱変化の熱力学第一法則から示してください。この結果を使って、w=0w=0(物質)、w=1/3w=1/3(放射)、w=1w=-1(宇宙定数)の場合を確かめてください。

解答

(a) 命題 5.2 の条件は w<1/3w < -1/3 でした。w=1/2w = -1/21/2<1/3-1/2 < -1/3 を満たすので加速します。実際に計算すると ρ(1+3w)=ρ(13/2)=ρ/2<0\rho(1+3w) = \rho(1 - 3/2) = -\rho/2 < 0 となり、a¨/a=4πG3ρ2>0\ddot a/a = \frac{4\pi G}{3}\cdot\frac{\rho}{2} > 0 です。ただし w=1w=-1 のときほど強くは加速しません。

w=1/3w = -1/3 ちょうどのときは 1+3w=01 + 3w = 0 なので a¨=0\ddot a = 0。加速も減速もせず、この成分だけなら膨張速度が一定になります。w=1/3w = -1/3 は加速と減速のちょうど境目です。

(b) 体積 Va3V \propto a^3 の領域を考えます。この成分のエネルギーは U=ρc2VU = \rho c^2 V です。断熱変化なので

d(ρc2V)=pdV=wρc2dV.d(\rho c^{2} V) = -p\, dV = -w\rho c^{2}\, dV .

左辺を展開すると c2(Vdρ+ρdV)c^2(V d\rho + \rho\, dV) なので、両辺を c2c^2 で割って整理すると

Vdρ=ρdVwρdV=(1+w)ρdV.V\, d\rho = -\rho\,dV - w\rho\,dV = -(1+w)\rho\, dV .

ここで Va3V \propto a^3 より dV/V=3da/adV/V = 3\,da/a です。上の式の両辺を ρV\rho V で割ると

dρρ=(1+w)dVV=3(1+w)daa.\frac{d\rho}{\rho} = -(1+w)\frac{dV}{V} = -3(1+w)\frac{da}{a}.

ww が定数なので両辺を積分して lnρ=3(1+w)lna+const\ln \rho = -3(1+w)\ln a + \text{const}、すなわち ρa3(1+w)\rho \propto a^{-3(1+w)} を得ます。

確認します。w=0w = 0 なら ρa3\rho \propto a^{-3}。これは粒子数が変わらないまま体積が a3a^3 で増えるという描像と一致します。w=1/3w = 1/3 なら ρa4\rho \propto a^{-4}。体積で薄まる a3a^{-3} に加えて、光の波長が aa に比例して伸びエネルギーが 1/a1/a に落ちるぶんが掛かります。w=1w = -1 なら ρa0\rho \propto a^{0}、つまり一定。命題 5.3 の仮定そのものが再現されました。

演習 7.3標準

「ダークマターなど存在せず、遠方では重力の法則がニュートンの逆 2 乗則からずれるのだ」という立場(修正重力)を考えます。例 4.3 の弾丸銀河団の観測が、この立場にとってなぜ厳しいのかを説明してください。

解答

修正重力の立場では、重力を生む源はあくまで見える物質であり、その分布に応じて重力の強さが変わります。したがって「質量の中心」と「見える物質の中心」は必ず一致しなければなりません。

ところが弾丸銀河団では、バリオン(通常の物質)の大部分を占めるのは高温ガスであり、それは衝突により中央に取り残されています。もし重力源がバリオンだけなら、重力レンズで測った質量分布のピークは中央のガスの位置に来るはずです。

実際の観測では、質量のピークはガスではなく、素通りした銀河たちと一緒に左右に離れた位置にありました。つまり「重力を生んでいる何か」は、ガスとは別行動を取り、しかも衝突しても減速していません。これは、

  1. バリオン以外に質量の主成分が存在する
  2. その成分は自分同士でも、ガスとも、ほとんど衝突しない

という 2 点を同時に示しています。1 は修正重力の出発点そのものを否定し、2 はその成分が「暗い星や冷たいガス」のような通常の物質ではありえないことを示します(通常の物質なら衝突して減速するからです)。

ただし公平を期すと、これは修正重力の完全な反証ではありません。「修正重力に加えて、少量の見えない物質もある」という折衷案は論理的には残ります。しかしその場合、修正重力を導入した当初の動機(見えない物質を仮定しないで済ませたい)が失われます。

演習 7.4

Ωm=0.315\Omega_m = 0.315ΩΛ=0.685\Omega_\Lambda = 0.685w=1w=-1)とします。

(a) 物質のエネルギー密度とダークエネルギーの密度がちょうど等しかったのは、赤方偏移 zz がいくらのときですか。

(b) 遠い将来、物質のエネルギー密度が現在のダークエネルギー密度の 1000 分の 1 まで薄まるのは、スケール因子がいくつになったときですか。

解答

(a) 現在を a=1a=1 と規格化します。演習 7.2 で見たように ρm=Ωmρca3\rho_m = \Omega_m \rho_c\, a^{-3}ρΛ=ΩΛρc\rho_\Lambda = \Omega_\Lambda \rho_c(一定)です。等しくなる条件は

Ωma3=ΩΛa3=ΩmΩΛ=0.3150.685=0.460.\frac{\Omega_m}{a^{3}} = \Omega_\Lambda \quad \Longrightarrow \quad a^{3} = \frac{\Omega_m}{\Omega_\Lambda} = \frac{0.315}{0.685} = 0.460 .

3 乗根をとると a=0.772a = 0.772 です。赤方偏移は 1+z=1/a1+z = 1/a から

z=10.7721=1.2961=0.2960.30.z = \frac{1}{0.772} - 1 = 1.296 - 1 = 0.296 \approx 0.30 .

およそ 35 億年前にあたります。例 5.7 で求めた加速開始時期(z0.63z \approx 0.63)より後であることに注意してください。密度が並ぶ前から加速は始まっています。これは、圧力が ρ\rho の 3 倍の重みで効く(ρ+3p/c2\rho + 3p/c^2)ため、ダークエネルギーが少数派のうちから加速に持ち込めるからです。

(b) 条件は Ωma3=103ΩΛ\Omega_m a^{-3} = 10^{-3}\,\Omega_\Lambda です。したがって

a3=Ωm103ΩΛ=0.3156.85×104=460.a^{3} = \frac{\Omega_m}{10^{-3}\,\Omega_\Lambda} = \frac{0.315}{6.85\times10^{-4}} = 460 .

3 乗根をとって a=7.72a = 7.72。(a) の答えのちょうど 10 倍になっているのは、10001000 の 3 乗根が 1010 だからです。宇宙があと 7.7 倍広がると、物質はダークエネルギーに比べて完全に無視できるようになります。

なお、そのころにはダークエネルギーだけが残るので膨張は指数関数的 aeHΛta \propto e^{H_\Lambda t}HΛ=H0ΩΛ=0.83H0H_\Lambda = H_0\sqrt{\Omega_\Lambda} = 0.83\,H_0)になります。1/H01451/H_0 \approx 145 億年を使うと、aa が 1 から 7.72 になるまでの時間は

t=ln7.720.83H0=2.040.83×145 億年360 億年t = \frac{\ln 7.72}{0.83\,H_0} = \frac{2.04}{0.83} \times 145\ \text{億年} \approx 360\ \text{億年}

です。現在の宇宙年齢 138 億年の 2.6 倍ほど先の話になります。

  • F. Zwicky, “Die Rotverschiebung von extragalaktischen Nebeln”, Helvetica Physica Acta 6 (1933), 110–127. ダークマターを最初に指摘した論文。かみのけ座銀河団へのビリアル定理の適用。
  • V. C. Rubin and W. K. Ford Jr., “Rotation of the Andromeda Nebula from a Spectroscopic Survey of Emission Regions”, The Astrophysical Journal 159 (1970), 379. 平坦な回転曲線を決定づけた観測。
  • A. G. Riess et al., “Observational Evidence from Supernovae for an Accelerating Universe and a Cosmological Constant”, The Astronomical Journal 116 (1998), 1009 (arXiv:astro-ph/9805201)、および S. Perlmutter et al., “Measurements of Ω and Λ from 42 High-Redshift Supernovae”, The Astrophysical Journal 517 (1999), 565 (arXiv:astro-ph/9812133). 加速膨張を独立に報告した 2 本。
  • D. Clowe et al., “A Direct Empirical Proof of the Existence of Dark Matter”, The Astrophysical Journal Letters 648 (2006), L109 (arXiv:astro-ph/0608407). 弾丸銀河団の解析。
  • Planck Collaboration, “Planck 2018 results. VI. Cosmological parameters”, Astronomy & Astrophysics 641 (2020), A6 (arXiv:1807.06209). 本記事の宇宙論パラメータの出典。
  • 松原隆彦『現代宇宙論 — 時空と物質の共進化』東京大学出版会、2010 — フリードマン方程式と密度パラメータの扱いは第 1〜3 章。

発想。 1983 年、モルデハイ・ミルグロムは「ダークマターを足す」のではなく「重力の法則のほうを変える」道を提案しました。修正ニュートン力学(MOND)と呼ばれます。加速度が非常に小さい領域、具体的には a01.2×1010 m/s2a_0 \approx 1.2\times10^{-10}\ \mathrm{m/s^2} を下回る領域で、重力による加速度が GM/r2GM/r^2 ではなく GMa0/r\sqrt{GMa_0}/r に切り替わる、という仮説です。

なぜ回転曲線が平らになるか。 この仮説のもとで円運動の釣り合いを書くと v2/r=GMa0/rv^2/r = \sqrt{GMa_0}/r となり、両辺に rr を掛けて v2=GMa0v^2 = \sqrt{GMa_0}、すなわち v=(GMa0)1/4v = (GMa_0)^{1/4} です。右辺に rr が現れません。つまり回転曲線が平らになることが、仮定から自動的に出てきます。さらに v4=GMa0v^4 = GMa_0 という関係は、渦巻銀河の明るさと回転速度の間に観測されている経験則(タリー・フィッシャー関係)と形が一致します。個々の銀河の回転曲線を再現する精度は、実のところダークマター模型より高いことすらあります。

それでも主流にならない理由。 銀河 1 個のスケールを離れると苦しくなります。銀河団に適用すると、MOND だけでは質量がまだ 2 倍ほど足りません。例 4.3 の弾丸銀河団は、見える物質と質量の中心がずれているという意味で、原理的に説明が困難です。そして最大の壁は CMB です。宇宙マイクロ波背景放射の温度ゆらぎのパワースペクトルには複数のピークが並んでおり、その相対的な高さ(とくに第 3 ピーク)は「光と相互作用しない質量成分」がどれだけあるかで決まります。この観測を、追加の暗い成分なしで再現する MOND 系の理論は今のところありません。

それでも学ぶ価値があること。 MOND が生き残ってきたのは、銀河スケールで驚くほどよく当たるからです。ダークマター模型の側は、なぜ「加速度 a0a_0」という特別な値のあたりで振る舞いが切り替わって見えるのかを、いまだ第一原理から説明できていません。a0a_0 がおおむね cH0/(2π)cH_0/(2\pi) 程度の値であることも、偶然なのか意味があるのか分かっていません。少数派の理論が投げかけている問いのほうが正しい、という事態は科学史で何度も起きています。

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