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複素数と複素平面:虚数はなぜ必要になり、なぜ「回転」になるのか

前提:極限と連続性:ε-δ 論法を「誤差の契約」として読む

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  • 複素数は「1\sqrt{-1} という怪しい記号を天下り式に導入したもの」ではありません。平面 R2\mathbb{R}^2 に適切な積を入れると、実数体を含む体がただひとつの自然な形で得られます。ii はその体の中の具体的な元 (0,1)(0,1) です。
  • 複素数の積の意味は「絶対値どうしを掛け、偏角どうしを足す」、すなわち拡大と回転の合成です。この一点が複素関数論全体の幾何的直観を支えます。
  • 指数関数をべき級数で定義すると、オイラーの公式 eiθ=cosθ+isinθe^{i\theta} = \cos\theta + i\sin\theta が計算だけで証明できます。極形式 z=reiθz = re^{i\theta} はその帰結です。
  • ド・モアブルの定理から、00 でない複素数の nn 乗根はちょうど nn 個あり、原点を中心とする正 nn 角形の頂点をなすことが従います。
  • C\mathbb{C} には、体の演算と両立する大小の順序が入りません。複素数どうしは「大きい・小さい」ではなく、つねに絶対値で測ります。
  • C\mathbb{C} は距離空間 R2\mathbb{R}^2 と同一視でき、そこで開集合・連結性・領域が定義されます。以後の章で「正則関数は領域の上で考える」と言うときの舞台がここで整います。

1.1. 実数解を求めるために虚数を通らざるをえなかった

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負の数の平方根は、方程式 x2+1=0x^2 + 1 = 0 を解こうとして生まれた——という説明をよく見かけますが、歴史はそう単純ではありません。x2+1=0x^2+1=0 には実数解がない、で話は終わりにできます。実数の世界に留まっていられなくなったのは、実数解を持つ三次方程式を解こうとしたときでした。

16 世紀のイタリアで、カルダーノは『アルス・マグナ』(1545) に三次方程式 x3=px+qx^3 = px + q の解法を公表しました。現代の記号で書けば

x=q2+q24p3273+q2q24p3273x = \sqrt[3]{\frac{q}{2} + \sqrt{\frac{q^2}{4} - \frac{p^3}{27}}} + \sqrt[3]{\frac{q}{2} - \sqrt{\frac{q^2}{4} - \frac{p^3}{27}}}

です。ここで p=15, q=4p = 15,\ q = 4 を代入してみます。x3=15x+4x^3 = 15x + 4x=4x = 4 を解に持ちます(43=64=154+44^3 = 64 = 15\cdot 4 + 4)。ところが公式の内側の平方根は

q24p327=4125=121\frac{q^2}{4} - \frac{p^3}{27} = 4 - 125 = -121

となり、負の数の平方根が現れます。実数解 x=4x=4 を公式から取り出すには、121\sqrt{-121} を経由するしかありません。三つの相異なる実数解を持つ場合には必ずこうなることが知られており、この現象は casus irreducibilis(還元不能の場合)と呼ばれます。

ボンベリは『代数学』(1572) で、この「あってはならない量」を形式的に計算規則に従って扱えば、途中で虚部が打ち消し合って正しい実数解が出てくることを確かめました。例 2.3 でこの計算を最後まで実行します。虚数は「解きたいから導入した」のではなく、実数の問題を解く途中で通過せざるをえない場所として現れたのです。

1.2. 実数の世界では説明がつかない現象

Section titled “1.2. 実数の世界では説明がつかない現象”

複素数を導入する動機は代数だけではありません。次の二つの関数を考えます。

f(x)=11x2,g(x)=11+x2(xR)f(x) = \frac{1}{1-x^2}, \qquad g(x) = \frac{1}{1+x^2} \qquad (x \in \mathbb{R})

どちらも原点のまわりで等比級数の形に展開できます。

f(x)=n=0x2n,g(x)=n=0(1)nx2nf(x) = \sum_{n=0}^{\infty} x^{2n}, \qquad g(x) = \sum_{n=0}^{\infty} (-1)^n x^{2n}

いずれも収束半径は 11 で、x1|x| \ge 1 では発散します。ff については納得できます。x=±1x = \pm 1 で分母が 00 になり、関数自身が壊れているからです。しかし ggR\mathbb{R} 全体で何度でも微分可能な、どこにも壊れた点のない関数です。それなのに、なぜ x=1|x| = 1 でべき級数が発散するのでしょうか。実数直線の上を見渡すかぎり、11 という数に特別な意味はありません。

答えは実数直線の外にあります。gg の分母 1+z21+z^2z=±iz = \pm i00 になり、この二点は原点から距離 11 にあります。収束半径 11 は、複素平面上で最も近い特異点までの距離なのです(この事実は後の章で 収束半径と特異点の距離(系 5.3)[正則関数の強力な性質] として証明されます)。実数の言葉では答えられない実数の問いに、複素数が答えを与える——これは複素関数論全体で繰り返し起こることです。定積分 dx1+x2=π\int_{-\infty}^{\infty} \frac{dx}{1+x^2} = \pi を留数で一瞬で計算する話(留数定理と定積分への応用有理関数の広義積分(命題 6.2)[留数定理と定積分への応用])も、同じ構図の上にあります。

べき級数と収束半径そのものについては 級数と収束判定 を、テイラー展開の剰余項については 平均値の定理とテイラーの定理 を参照してください。

ii を「22 乗して 1-1 になる数」と定義する説明には循環があります。そんな数が存在するかどうかがまさに問題だからです。そこで、既に存在が確立している対象——実数の順序対——から出発し、そこに演算を定義します。

定義 2.1複素数体

集合 C:=R2={(a,b)a,bR}\mathbb{C} := \mathbb{R}^2 = \{(a,b) \mid a, b \in \mathbb{R}\} の上に、二つの演算を

(a,b)+(c,d):=(a+c, b+d),(a,b)(c,d):=(acbd, ad+bc)\begin{aligned} (a,b) + (c,d) &:= (a+c,\ b+d), \\ (a,b) \cdot (c,d) &:= (ac - bd,\ ad + bc) \end{aligned}

で定める。この演算を備えた C\mathbb{C}複素数体、その元を複素数という。

1:=(1,0)1 := (1,0)i:=(0,1)i := (0,1) と書く。複素数 z=(a,b)z = (a,b) に対し aa実部bb虚部といい、Rez:=a\operatorname{Re} z := aImz:=b\operatorname{Im} z := b と書く。Imz=0\operatorname{Im} z = 0 である複素数を実数と同一視し、Rez=0\operatorname{Re} z = 0 かつ z0z \ne 0 である複素数を純虚数という。

積の定義はいかにも唐突に見えますが、これは「(a,b)(a,b)a+bia + bi と書き、i2=1i^2 = -1 として分配法則どおりに展開する」という要請から一意に決まる式です。実際

(a+bi)(c+di)=ac+adi+bci+bdi2=(acbd)+(ad+bc)i(a+bi)(c+di) = ac + adi + bci + bd\,i^2 = (ac - bd) + (ad + bc)i

となります。つまり 定義 2.1 の積の式は、答えを先取りして書いたものではありません。「実数の演算を拡張し、分配法則を保ち、22 乗して 1-1 になる元を含む積」を平面に入れようとすると、その積は必然的にこの式になります。存在するかどうかが不明な ii から出発する代わりに、必然的に決まる式のほうを定義に採用した、というのが 定義 2.1 の意図です。

定理 2.2複素数体の基本性質

定義 2.1 の演算について、次が成り立つ。

  1. (C,+,)(\mathbb{C}, +, \cdot) は体である。すなわち加法・乗法はともに可換かつ結合的で、乗法は加法に対し分配的であり、加法単位元 (0,0)(0,0)、乗法単位元 1=(1,0)1 = (1,0) を持ち、(0,0)(0,0) でない任意の元は乗法逆元を持つ。
  2. 写像 ι:RC, a(a,0)\iota : \mathbb{R} \to \mathbb{C},\ a \mapsto (a,0) は単射であり、和と積を保つ。すなわち ι(a+b)=ι(a)+ι(b)\iota(a+b) = \iota(a) + \iota(b)ι(ab)=ι(a)ι(b)\iota(ab) = \iota(a)\iota(b) が成り立つ。
  3. i2=1i^2 = -1、すなわち (0,1)(0,1)=(1,0)(0,1)\cdot(0,1) = (-1,0) である。
  4. 任意の z=(a,b)Cz = (a,b) \in \mathbb{C}z=ι(a)+ι(b)iz = \iota(a) + \iota(b)\, i と書け、この表示における a,ba, b は一意である。
証明(定理 2.2)

(1) 加法。 成分ごとの和なので、R\mathbb{R} の加法の可換性・結合性がそのまま移り、単位元は (0,0)(0,0)(a,b)(a,b) の逆元は (a,b)(-a,-b) です。

(1) 乗法の可換性。 (c,d)(a,b)=(cadb, cb+da)(c,d)\cdot(a,b) = (ca - db,\ cb + da) であり、R\mathbb{R} の乗法が可換なのでこれは (acbd, ad+bc)=(a,b)(c,d)(ac-bd,\ ad+bc) = (a,b)\cdot(c,d) に等しくなります。

(1) 乗法の結合性。 左から計算すると

((a,b)(c,d))(e,f)=(acbd, ad+bc)(e,f)=((acbd)e(ad+bc)f, (acbd)f+(ad+bc)e)=(acebdeadfbcf, acfbdf+ade+bce).\begin{aligned} \bigl((a,b)(c,d)\bigr)(e,f) &= (ac-bd,\ ad+bc)(e,f) \\ &= \bigl((ac-bd)e - (ad+bc)f,\ (ac-bd)f + (ad+bc)e\bigr) \\ &= (ace - bde - adf - bcf,\ acf - bdf + ade + bce). \end{aligned}

右から計算すると

(a,b)((c,d)(e,f))=(a,b)(cedf, cf+de)=(a(cedf)b(cf+de), a(cf+de)+b(cedf))=(aceadfbcfbde, acf+ade+bcebdf).\begin{aligned} (a,b)\bigl((c,d)(e,f)\bigr) &= (a,b)(ce-df,\ cf+de) \\ &= \bigl(a(ce-df) - b(cf+de),\ a(cf+de) + b(ce-df)\bigr) \\ &= (ace - adf - bcf - bde,\ acf + ade + bce - bdf). \end{aligned}

両者の第 1 成分・第 2 成分はそれぞれ同じ項の並べ替えなので一致します。

(1) 分配則。

(a,b)((c,d)+(e,f))=(a,b)(c+e, d+f)=(a(c+e)b(d+f), a(d+f)+b(c+e))=(acbd+aebf, ad+bc+af+be)=(acbd, ad+bc)+(aebf, af+be)=(a,b)(c,d)+(a,b)(e,f).\begin{aligned} (a,b)\bigl((c,d)+(e,f)\bigr) &= (a,b)(c+e,\ d+f) \\ &= \bigl(a(c+e) - b(d+f),\ a(d+f) + b(c+e)\bigr) \\ &= (ac - bd + ae - bf,\ ad + bc + af + be) \\ &= (ac-bd,\ ad+bc) + (ae-bf,\ af+be) \\ &= (a,b)(c,d) + (a,b)(e,f). \end{aligned}

(1) 単位元と逆元。 (a,b)(1,0)=(a1b0, a0+b1)=(a,b)(a,b)(1,0) = (a\cdot 1 - b\cdot 0,\ a\cdot 0 + b\cdot 1) = (a,b) なので 1=(1,0)1=(1,0) は乗法単位元です。(a,b)(0,0)(a,b) \ne (0,0) ならば a2+b2>0a^2+b^2 > 0 なので

(a,b)(aa2+b2, ba2+b2)=(a2+b2a2+b2, ab+baa2+b2)=(1,0)(a,b) \cdot \left( \frac{a}{a^2+b^2},\ \frac{-b}{a^2+b^2} \right) = \left( \frac{a^2 + b^2}{a^2+b^2},\ \frac{-ab + ba}{a^2+b^2} \right) = (1,0)

となり、逆元が存在します。以上で体の公理がすべて確かめられました。

(2) ι(a)=ι(b)\iota(a) = \iota(b)(a,0)=(b,0)(a,0)=(b,0)、すなわち a=ba=b を意味するので単射です。和については (a,0)+(b,0)=(a+b,0)(a,0)+(b,0) = (a+b,0)、積については (a,0)(b,0)=(ab0, 0+0)=(ab,0)(a,0)(b,0) = (ab - 0,\ 0 + 0) = (ab, 0) となり、いずれも保たれます。

(3) 定義に代入して (0,1)(0,1)=(0011, 01+10)=(1,0)(0,1)(0,1) = (0\cdot 0 - 1 \cdot 1,\ 0\cdot 1 + 1 \cdot 0) = (-1, 0) です。(1,0)=ι(1)(-1,0) = \iota(-1) は同一視のもとで 1-1 ですから i2=1i^2 = -1 が成り立ちます。

(4) ι(b)i=(b,0)(0,1)=(b001, b1+00)=(0,b)\iota(b)\,i = (b,0)(0,1) = (b\cdot 0 - 0 \cdot 1,\ b \cdot 1 + 0 \cdot 0) = (0,b) なので ι(a)+ι(b)i=(a,0)+(0,b)=(a,b)\iota(a) + \iota(b)i = (a,0)+(0,b) = (a,b) です。一意性は、(a,b)=(a,b)(a,b)=(a',b')a=aa=a' かつ b=bb=b' を意味することから従います。

(2) により R\mathbb{R}C\mathbb{C} の部分体とみなせ、(4) により以後は (a,b)(a,b)a+bia+bi と書きます。C\mathbb{C}R\mathbb{R} 上のベクトル空間としては 2 次元で、{1,i}\{1, i\} が基底です。

除法は逆元を掛けることです。定理 2.2 の証明で求めた逆元を使うと、c+di0c+di \ne 0 のとき

a+bic+di=(a+bi)(cdi)(c+di)(cdi)=(ac+bd)+(bcad)ic2+d2\frac{a+bi}{c+di} = \frac{(a+bi)(c-di)}{(c+di)(c-di)} = \frac{(ac+bd) + (bc-ad)i}{c^2+d^2}

となります。分母を実数にするために「共役を掛ける」という操作は、§3\S 3 で見る zzˉ=z2z\bar z = |z|^2 の応用です。

例 2.3ボンベリの計算:虚数を通って実数解に戻る

§1\S 1 の三次方程式 x3=15x+4x^3 = 15x + 4 にカルダーノの公式を適用します。p=15, q=4p=15,\ q=4 より

x=2+1213+21213=2+11i3+211i3x = \sqrt[3]{2 + \sqrt{-121}} + \sqrt[3]{2 - \sqrt{-121}} = \sqrt[3]{2 + 11i} + \sqrt[3]{2 - 11i}

です。ここで 2+11i2+11i の立方根を推測します。(2+i)2=4+4i+i2=3+4i(2+i)^2 = 4 + 4i + i^2 = 3 + 4i なので

(2+i)3=(2+i)(3+4i)=6+8i+3i+4i2=6+11i4=2+11i(2+i)^3 = (2+i)(3+4i) = 6 + 8i + 3i + 4i^2 = 6 + 11i - 4 = 2 + 11i

となり、2+i2+i2+11i2+11i の立方根のひとつだと分かります。同様に (2i)2=34i(2-i)^2 = 3-4i より (2i)3=211i(2-i)^3 = 2-11i です。したがって

x=(2+i)+(2i)=4x = (2+i) + (2-i) = 4

が得られます。虚部 +i+ii-i がちょうど打ち消し合い、実数解 x=4x=4 が現れました。途中に現れた ii は最終結果には残りませんが、通らずには到達できません。これがボンベリの発見です。

定義 2.1 により C\mathbb{C} は集合としては平面そのものですから、複素数 z=a+biz = a+bi を座標 (a,b)(a,b) の点として描けます。この平面を複素平面またはガウス平面、横軸を実軸、縦軸を虚軸と呼びます。

定義 3.1共役複素数と絶対値

z=a+bi (a,bR)z = a+bi\ (a,b\in\mathbb{R}) に対し

zˉ:=abi,z:=a2+b2\bar{z} := a - bi, \qquad |z| := \sqrt{a^2+b^2}

と定め、zˉ\bar zzz共役複素数z (0)|z| \ (\ge 0)zz絶対値という。

幾何的には、zˉ\bar zzz の実軸に関する鏡映であり、z|z| は原点から zz までのユークリッド距離です。zz が実数のときは z|z| は実数の絶対値に一致します。

z = a + bi共役(z の鏡映)Orθab実軸虚軸
複素平面上の点 z = a + bi。r は原点からの距離、θ は正の実軸から測った角。下側の点は共役 a - bi で、実軸に関する鏡映になっている。

命題 3.2共役と絶対値の基本法則

z,wCz, w \in \mathbb{C} とする。

  1. z+w=zˉ+wˉ\overline{z+w} = \bar z + \bar wzw=zˉwˉ\overline{zw} = \bar z\,\bar wzˉ=z\overline{\bar z} = z
  2. Rez=z+zˉ2\operatorname{Re} z = \dfrac{z + \bar z}{2}Imz=zzˉ2i\operatorname{Im} z = \dfrac{z - \bar z}{2i}。とくに zR    zˉ=zz \in \mathbb{R} \iff \bar z = z
  3. zzˉ=z2z\bar z = |z|^2。とくに z0z \ne 0 のとき z1=zˉz2z^{-1} = \dfrac{\bar z}{|z|^2}
  4. zw=zw|zw| = |z|\,|w|、および w0w \ne 0 のとき zw=zw\left| \dfrac{z}{w} \right| = \dfrac{|z|}{|w|}
  5. z=0    z=0|z| = 0 \iff z = 0zˉ=z|\bar z| = |z|
証明(命題 3.2)

z=a+bi, w=c+diz = a+bi,\ w = c+dia,b,c,dRa,b,c,d\in\mathbb{R})と書きます。

(1) 和については (a+c)+(b+d)i=(a+c)(b+d)i=(abi)+(cdi)\overline{(a+c)+(b+d)i} = (a+c) - (b+d)i = (a-bi)+(c-di) です。積については、zw=(acbd)+(ad+bc)izw = (ac-bd)+(ad+bc)i なので zw=(acbd)(ad+bc)i\overline{zw} = (ac-bd) - (ad+bc)i であり、一方

zˉwˉ=(abi)(cdi)=(acbd)+(a(d)+(b)c)i=(acbd)(ad+bc)i\bar z\,\bar w = (a-bi)(c-di) = (ac - bd) + \bigl(a(-d) + (-b)c\bigr)i = (ac-bd) - (ad+bc)i

となって一致します。zˉ=abi=a+bi=z\overline{\bar z} = \overline{a-bi} = a+bi = z です。

(2) z+zˉ=(a+bi)+(abi)=2az+\bar z = (a+bi)+(a-bi) = 2a なので Rez=(z+zˉ)/2\operatorname{Re} z = (z+\bar z)/2zzˉ=2biz - \bar z = 2bi なので Imz=b=(zzˉ)/(2i)\operatorname{Im} z = b = (z-\bar z)/(2i)。したがって zˉ=z\bar z = z2bi=02bi = 0 すなわち b=0b=0 と同値で、これは zRz \in \mathbb{R} と同値です。

(3) zzˉ=(a+bi)(abi)=a2(bi)2=a2+b2=z2z\bar z = (a+bi)(a-bi) = a^2 - (bi)^2 = a^2 + b^2 = |z|^2。ここで i2=1i^2=-1定理 2.2 (3))を使いました。z0z \ne 0 なら z20|z|^2 \ne 0 なので、両辺を z2|z|^2 で割って zzˉ/z2=1z \cdot \bar z /|z|^2 = 1、すなわち z1=zˉ/z2z^{-1} = \bar z/|z|^2 を得ます。

(4) (3) と (1) を使って

zw2=(zw)(zw)=zwzˉwˉ=(zzˉ)(wwˉ)=z2w2|zw|^2 = (zw)\overline{(zw)} = z w \bar z \bar w = (z\bar z)(w\bar w) = |z|^2|w|^2

です(途中で乗法の可換性、定理 2.2 (1) を使いました)。両辺は非負実数なので、平方根を取って zw=zw|zw| = |z||w| を得ます。商については z=(z/w)wz = (z/w)\cdot w に前半を適用して z=z/ww|z| = |z/w||w|w0|w| \ne 0 で割ればよいです。

(5) z=0|z| = 0a2+b2=0a^2+b^2 = 0 と同値で、実数の平方は非負なのでこれは a=b=0a=b=0 と同値です。また zˉ=a2+(b)2=a2+b2=z|\bar z| = \sqrt{a^2 + (-b)^2} = \sqrt{a^2+b^2} = |z| です。

例 3.3乗法性 |zw| = |z||w| が与える二平方和の恒等式

命題 3.2 (4) の両辺を 22 乗して成分で書き下すと、z=a+bi, w=c+diz=a+bi,\ w=c+di に対し

(a2+b2)(c2+d2)=(acbd)2+(ad+bc)2(a^2+b^2)(c^2+d^2) = (ac-bd)^2 + (ad+bc)^2

が得られます。これはブラーマグプタ・フィボナッチの恒等式と呼ばれ、「二つの平方数の和の積は、ふたたび二つの平方数の和である」ことを主張します。

具体例で確かめます。z=2+3i, w=1+4iz = 2+3i,\ w = 1+4i とすると z2=13|z|^2 = 13w2=17|w|^2 = 17 で、zw=(2134)+(24+31)i=10+11izw = (2\cdot 1 - 3\cdot 4) + (2\cdot 4 + 3 \cdot 1)i = -10 + 11i ですから

1317=221=(10)2+112=100+121=22113 \cdot 17 = 221 = (-10)^2 + 11^2 = 100 + 121 = 221

となり確かに成立します。なお ww の代わりに wˉ=14i\bar w = 1-4i を掛けると zwˉ=(2+12)+(8+3)i=145iz\bar w = (2+12) + (-8+3)i = 14 - 5i となり、221=142+52=196+25221 = 14^2+5^2 = 196+25 という別の表示も得られます。整数論で「二平方和で表せる数の集合が積で閉じている」ことを示すのに、この複素数の乗法性が使われます。

定理 3.4三角不等式

z,wCz, w \in \mathbb{C} とする。

  1. Rezz|\operatorname{Re} z| \le |z| かつ Imzz|\operatorname{Im} z| \le |z|
  2. z+wz+w|z + w| \le |z| + |w|。等号が成り立つのは、z=0z = 0 であるか、または w=tzw = tz を満たす実数 t0t \ge 0 が存在するとき、かつそのときに限る。
  3. zwzw\bigl|\,|z| - |w|\,\bigr| \le |z - w|(逆向きの三角不等式)。
証明(定理 3.4)

(1) z=a+biz=a+bi とすると a=a2a2+b2=z|a| = \sqrt{a^2} \le \sqrt{a^2+b^2} = |z| です(b20b^2 \ge 0  \sqrt{\ \cdot\ } の単調性による)。虚部も同様です。

(2) 命題 3.2 (3),(1),(2) を順に使って

z+w2=(z+w)(z+w)=(z+w)(zˉ+wˉ)=zzˉ+zwˉ+wzˉ+wwˉ=z2+(zwˉ+zwˉ)+w2=z2+2Re(zwˉ)+w2\begin{aligned} |z+w|^2 &= (z+w)\overline{(z+w)} = (z+w)(\bar z + \bar w) \\ &= z\bar z + z\bar w + w \bar z + w\bar w \\ &= |z|^2 + \bigl(z\bar w + \overline{z \bar w}\bigr) + |w|^2 \\ &= |z|^2 + 2\operatorname{Re}(z\bar w) + |w|^2 \end{aligned}

を得ます(wzˉ=wˉz=zwˉw\bar z = \overline{\bar w z} = \overline{z\bar w} を使いました)。ここで (1) と 命題 3.2 (4),(5) より

Re(zwˉ)zwˉ=zwˉ=zw\operatorname{Re}(z\bar w) \le |z\bar w| = |z||\bar w| = |z||w|

なので

z+w2z2+2zw+w2=(z+w)2|z+w|^2 \le |z|^2 + 2|z||w| + |w|^2 = (|z|+|w|)^2

となり、両辺の非負平方根を取って z+wz+w|z+w| \le |z|+|w| が従います。

等号成立を調べます。上の評価で等号が成り立つのは Re(zwˉ)=zwˉ\operatorname{Re}(z\bar w) = |z\bar w| のとき、すなわち ζ:=zwˉ\zeta := z\bar wReζ=ζ\operatorname{Re}\zeta = |\zeta| を満たすときです。ζ=α+βi\zeta = \alpha + \beta i と書くと α=α2+β2\alpha = \sqrt{\alpha^2+\beta^2} であり、両辺を 22 乗して β=0\beta = 0、さらに α0\alpha \ge 0 が必要十分です。つまり zwˉz\bar w が非負実数であることが条件です。

z=0z = 0 ならこれは自動的に成り立ちます。z0z \ne 0 のとき、zwˉ=sz\bar w = ss0s \ge 0 は実数)とすると wˉ=s/z\bar w = s/z であり、共役を取って 命題 3.2 (1),(3) より

w=(sz)=szˉ=szzˉz=sz2zw = \overline{\left(\frac{s}{z}\right)} = \frac{s}{\bar z} = \frac{s z}{\bar z z} = \frac{s}{|z|^2}\, z

なので、t:=s/z20t := s/|z|^2 \ge 0 とおけば w=tzw = tz です。逆に w=tz (t0)w = tz\ (t\ge 0) なら zwˉ=tzzˉ=tz20z\bar w = t z \bar z = t|z|^2 \ge 0 なので等号が成り立ちます。

(3) (2) を z=(zw)+wzw+w|z| = |(z-w) + w| \le |z-w| + |w| に使うと zwzw|z| - |w| \le |z-w| です。zzww を入れ替えると wzwz=zw|w| - |z| \le |w-z| = |z-w|ζ=ζ|-\zeta| = |\zeta|命題 3.2 (4) で 1=1|-1|=1 を使えばよい)。二つを合わせて主張を得ます。

三角不等式は、d(z,w):=zwd(z,w) := |z-w|C\mathbb{C} 上の距離になることを保証します。実際 d(z,w)=0    z=wd(z,w) = 0 \iff z=w命題 3.2 (5))、d(z,w)=d(w,z)d(z,w)=d(w,z)d(z,w)d(z,ζ)+d(ζ,w)d(z,w) \le d(z,\zeta)+d(\zeta,w) が成り立ちます。この距離はユークリッド平面 R2\mathbb{R}^2 の距離そのものですから、C\mathbb{C} の極限・連続性の議論は R2\mathbb{R}^2 のそれと完全に一致します。ε\varepsilon-δ\delta 論法の枠組みは 極限と連続性 のものをそのまま使えます。

4.1. 指数関数をべき級数で定義する

Section titled “4.1. 指数関数をべき級数で定義する”

複素数の積を幾何的に理解する鍵は指数関数です。実数の場合と同じ級数で定義します。

exp(z):=n=0znn!(zC)\exp(z) := \sum_{n=0}^{\infty} \frac{z^n}{n!} \qquad (z \in \mathbb{C})

この級数は任意の zz で絶対収束します。実際 n0zn/n!=n0zn/n!\sum_{n\ge 0} |z^n/n!| = \sum_{n \ge 0} |z|^n/n! は正項級数で、比の判定法(ダランベールの比判定法(定理 6.2)[級数と収束判定])により(zn+1/(n+1)!÷zn/n!=z/(n+1)0|z|^{n+1}/(n+1)! \div |z|^n/n! = |z|/(n+1) \to 0)収束するからです。絶対収束級数は項の順序を入れ替えても和が変わらず、また二つの絶対収束級数はコーシー積が使えます(級数と収束判定)。この二つの事実を以下で使います。

補題 4.1指数法則

任意の z,wCz, w \in \mathbb{C} に対し exp(z+w)=exp(z)exp(w)\exp(z+w) = \exp(z)\exp(w) が成り立つ。とくに exp(z)0\exp(z) \ne 0 であり exp(z)1=exp(z)\exp(z)^{-1} = \exp(-z) である。

証明(補題 4.1)

zn/n!\sum z^n/n!wn/n!\sum w^n/n! はともに絶対収束するので、そのコーシー積は積 exp(z)exp(w)\exp(z)\exp(w) に収束します。コーシー積の第 nn 項は

k=0nzkk!wnk(nk)!=1n!k=0nn!k!(nk)!zkwnk=1n!k=0n(nk)zkwnk=(z+w)nn!\sum_{k=0}^{n} \frac{z^k}{k!}\cdot\frac{w^{n-k}}{(n-k)!} = \frac{1}{n!}\sum_{k=0}^{n} \frac{n!}{k!\,(n-k)!} z^k w^{n-k} = \frac{1}{n!}\sum_{k=0}^{n} \binom{n}{k} z^k w^{n-k} = \frac{(z+w)^n}{n!}

です。最後の等号は二項定理で、C\mathbb{C} が可換環であること(定理 2.2)からそのまま成り立ちます。したがって

exp(z)exp(w)=n=0(z+w)nn!=exp(z+w)\exp(z)\exp(w) = \sum_{n=0}^{\infty} \frac{(z+w)^n}{n!} = \exp(z+w)

です。w=zw = -z とすると exp(z)exp(z)=exp(0)=1\exp(z)\exp(-z) = \exp(0) = 1 なので、exp(z)\exp(z)00 ではなく、逆元は exp(z)\exp(-z) です。

定理 4.2オイラーの公式

任意の実数 θ\theta に対し

exp(iθ)=cosθ+isinθ\exp(i\theta) = \cos\theta + i \sin\theta

が成り立つ。とくに exp(iθ)=1|\exp(i\theta)| = 1 であり、θ=π\theta = \pi とすれば exp(iπ)+1=0\exp(i\pi) + 1 = 0 を得る。

証明(定理 4.2)

ii の冪は周期 44 で巡回します。i0=1, i1=i, i2=1, i3=ii^0=1,\ i^1=i,\ i^2=-1,\ i^3=-i であり、一般に i2m=(i2)m=(1)mi^{2m} = (i^2)^m = (-1)^mi2m+1=(1)mii^{2m+1} = (-1)^m i です。

exp(iθ)\exp(i\theta) の級数は絶対収束するので、偶数番目の項と奇数番目の項に分けて和を取り直すことが許されます。

exp(iθ)=n=0(iθ)nn!=m=0(iθ)2m(2m)!+m=0(iθ)2m+1(2m+1)!=m=0(1)mθ2m(2m)!+im=0(1)mθ2m+1(2m+1)!.\begin{aligned} \exp(i\theta) &= \sum_{n=0}^{\infty} \frac{(i\theta)^n}{n!} = \sum_{m=0}^{\infty} \frac{(i\theta)^{2m}}{(2m)!} + \sum_{m=0}^{\infty} \frac{(i\theta)^{2m+1}}{(2m+1)!} \\ &= \sum_{m=0}^{\infty} \frac{(-1)^m \theta^{2m}}{(2m)!} + i\sum_{m=0}^{\infty} \frac{(-1)^m \theta^{2m+1}}{(2m+1)!}. \end{aligned}

右辺の二つの級数は、実数 θ\theta に対する cosθ\cos\thetasinθ\sin\theta のマクローリン展開そのものです(テイラーの定理の剰余項が θN+1/(N+1)!0|\theta|^{N+1}/(N+1)! \to 0 で評価できることによります。平均値の定理とテイラーの定理 を参照してください)。したがって exp(iθ)=cosθ+isinθ\exp(i\theta) = \cos\theta + i\sin\theta です。

絶対値については、定義 3.1 により exp(iθ)2=cos2θ+sin2θ=1|\exp(i\theta)|^2 = \cos^2\theta + \sin^2\theta = 1 なので exp(iθ)=1|\exp(i\theta)| = 1 です。θ=π\theta=\pi のとき cosπ=1, sinπ=0\cos\pi = -1,\ \sin\pi = 0 なので exp(iπ)=1\exp(i\pi) = -1 となります。

以後 exp(z)\exp(z)eze^z と書きます。補題 4.1定理 4.2 から、x,yx, y を実数として

ex+iy=ex(cosy+isiny),ex+iy=exe^{x+iy} = e^x(\cos y + i \sin y), \qquad |e^{x+iy}| = e^x

が従います。

定義 4.3偏角と極形式

z0z \ne 0 とする。z=r|z| = r とおくとき、実数 θ\thetaz=reiθz = r e^{i\theta} を満たすならば、θ\thetazz偏角といい θargz\theta \in \arg z と書く。表示 z=reiθz = re^{i\theta}zz極形式という。argz\arg z のうち π<θπ-\pi < \theta \le \pi を満たすものを偏角の主値といい Argz\operatorname{Arg} z と書く。

偏角がそもそも存在するのか、また何通りあるのかを確かめます。

注意 4.4

z0z \ne 0 に対し極形式は存在し、偏角は 2π2\pi の整数倍を除いて一意です。

存在。 r=z>0r=|z| > 0 とおき u:=z/ru := z/r とすると u=1|u| = 1命題 3.2 (4))なので、u=a+biu = a+bia2+b2=1a^2+b^2=1 を満たします。とくに a[1,1]a \in [-1,1] です。cos\cos[0,π][0,\pi] 上で連続かつ狭義単調減少で cos0=1, cosπ=1\cos 0 = 1,\ \cos\pi=-1 ですから、中間値の定理により cosθ0=a\cos\theta_0 = a を満たす θ0[0,π]\theta_0 \in [0,\pi] がただひとつ存在します(極限と連続性)。このとき sinθ0=1a2=b\sin\theta_0 = \sqrt{1-a^2} = |b| です([0,π][0,\pi] 上で sin0\sin \ge 0)。b0b \ge 0 なら θ:=θ0\theta := \theta_0b<0b < 0 なら θ:=θ0\theta := -\theta_0 と取れば、cosθ=a, sinθ=b\cos\theta = a,\ \sin\theta = b となり u=eiθu = e^{i\theta}、したがって z=reiθz = re^{i\theta} です。

一意性。 eiα=eiβe^{i\alpha} = e^{i\beta} とすると 補題 4.1 より ei(αβ)=1e^{i(\alpha-\beta)} = 1、すなわち cos(αβ)=1\cos(\alpha-\beta) = 1 かつ sin(αβ)=0\sin(\alpha-\beta)=0 です。cos\cos は周期 2π2\pi を持ち、(0,2π)(0,2\pi) 上では cost<1\cos t < 1(0,π)(0,\pi)11 から 1-1 へ狭義単調減少し、(π,2π)(\pi,2\pi)1-1 から 11 へ狭義単調増加する)ですから、cost=1\cos t = 1 となるのは t2πZt \in 2\pi\mathbb{Z} に限ります。よって αβ2πZ\alpha - \beta \in 2\pi\mathbb{Z} です。

5. ド・モアブルの定理と 1 の n 乗根

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定理 5.1ド・モアブルの定理

z1=r1eiθ1, z2=r2eiθ2z_1 = r_1 e^{i\theta_1},\ z_2 = r_2 e^{i\theta_2}r1,r2>0r_1, r_2 > 0θ1,θ2R\theta_1,\theta_2 \in \mathbb{R})とする。

  1. z1z2=r1r2ei(θ1+θ2)z_1 z_2 = r_1 r_2\, e^{i(\theta_1+\theta_2)}、および z1z2=r1r2ei(θ1θ2)\dfrac{z_1}{z_2} = \dfrac{r_1}{r_2} e^{i(\theta_1-\theta_2)}。すなわち複素数の積では絶対値は掛け算され、偏角は足し算される
  2. r>0r > 0θR\theta \in \mathbb{R} とするとき、任意の整数 nn に対し (reiθ)n=rneinθ\bigl(re^{i\theta}\bigr)^n = r^n e^{in\theta}

とくに 2 で r=1r = 1 とし三角関数で書き直すと、任意の実数 θ\theta と任意の整数 nn に対し (cosθ+isinθ)n=cosnθ+isinnθ(\cos\theta + i \sin\theta)^n = \cos n\theta + i \sin n\theta が成り立つ。

証明(定理 5.1)

(1) 補題 4.1 により eiθ1eiθ2=ei(θ1+θ2)e^{i\theta_1}e^{i\theta_2} = e^{i(\theta_1+\theta_2)} なので、実数 r1,r2r_1,r_2 が可換に括り出せることから z1z2=r1r2ei(θ1+θ2)z_1z_2 = r_1r_2 e^{i(\theta_1+\theta_2)} です。商については、補題 4.1 より (eiθ2)1=eiθ2(e^{i\theta_2})^{-1} = e^{-i\theta_2} なので

z1z2=r1eiθ11r2eiθ2=r1r2ei(θ1θ2)\frac{z_1}{z_2} = r_1 e^{i\theta_1}\cdot \frac{1}{r_2}e^{-i\theta_2} = \frac{r_1}{r_2}e^{i(\theta_1-\theta_2)}

となります。

(2) まず n0n \ge 0 の場合を帰納法で示します。n=0n=0 のときは両辺 11 です。nn で成り立つとすると、(1) を z1=rneinθz_1 = r^n e^{in\theta}z2=reiθz_2 = re^{i\theta} に適用して

(reiθ)n+1=(reiθ)nreiθ=rneinθreiθ=rn+1ei(n+1)θ(re^{i\theta})^{n+1} = (re^{i\theta})^n \cdot re^{i\theta} = r^n e^{in\theta}\cdot re^{i\theta} = r^{n+1}e^{i(n+1)\theta}

を得ます。n<0n < 0 のときは m:=n>0m := -n > 0 とおき、既に示した場合と 補題 4.1 から

(reiθ)n=((reiθ)m)1=(rmeimθ)1=rmeimθ=rneinθ(re^{i\theta})^{n} = \bigl((re^{i\theta})^{m}\bigr)^{-1} = \bigl(r^m e^{im\theta}\bigr)^{-1} = r^{-m}e^{-im\theta} = r^n e^{in\theta}

です。最後に r=1r=1 とし、両辺に 定理 4.2 を適用すれば三角関数の形が出ます。

(1) が述べているのは、「z2z_2 を掛ける」という写像 zz2zz \mapsto z_2 z が、原点を中心とする r2r_2 倍の拡大と θ2\theta_2 の回転の合成だ、ということです。実数の掛け算が数直線の伸縮だったのに対し、複素数の掛け算は平面の拡大回転になります。この事実は後の章で、正則関数の微分が「局所的に拡大回転として振る舞う」=等角性という形で再登場します(正則関数とコーシー・リーマンの関係式等角写像とリーマン写像定理正則写像の局所的な角度(定理 3.2)[等角写像とリーマン写像定理])。

例 5.2極形式による冪乗計算

z=1+3iz = -1 + \sqrt{3}\,i に対し z10z^{10} を求めます。まず z=(1)2+(3)2=4=2|z| = \sqrt{(-1)^2 + (\sqrt3)^2} = \sqrt{4} = 2 です。z/2=12+32iz/2 = -\frac12 + \frac{\sqrt3}{2}i で、cosθ=12, sinθ=32\cos\theta = -\frac12,\ \sin\theta = \frac{\sqrt3}{2} を満たすのは θ=2π3\theta = \frac{2\pi}{3} ですから z=2e2πi/3z = 2e^{2\pi i/3} です。定理 5.1 (2) より

z10=210e20πi/3=1024ei(20π/36π)=1024e2πi/3z^{10} = 2^{10} e^{20\pi i/3} = 1024\, e^{i(20\pi/3 - 6\pi)} = 1024\, e^{2\pi i/3}

e6πi=1e^{-6\pi i} = 1 を使いました)。したがって

z10=1024(12+32i)=512+5123iz^{10} = 1024\left(-\frac12 + \frac{\sqrt3}{2}i\right) = -512 + 512\sqrt{3}\, i

です。(1+3i)10(-1+\sqrt3 i)^{10} を二項定理で展開すると 11 項の計算になりますが、極形式なら 22 行で済みます。

例 5.3倍角公式の一括生成

定理 5.1 (2) の左辺を二項定理で展開し、実部を比較すると cosnθ\cos n\thetacosθ,sinθ\cos\theta,\sin\theta の多項式で表せます。n=5n=5 でやってみます。c=cosθ, s=sinθc=\cos\theta,\ s=\sin\theta と略記すると

(c+is)5=c5+5c4(is)+10c3(is)2+10c2(is)3+5c(is)4+(is)5(c+is)^5 = c^5 + 5c^4(is) + 10c^3(is)^2 + 10c^2(is)^3 + 5c(is)^4 + (is)^5

であり、i2=1, i3=i, i4=1, i5=ii^2=-1,\ i^3=-i,\ i^4=1,\ i^5=i に注意して実部だけ取り出すと

cos5θ=c510c3s2+5cs4\cos 5\theta = c^5 - 10c^3s^2 + 5cs^4

です。s2=1c2s^2 = 1-c^2 を代入して

cos5θ=c510c3(1c2)+5c(1c2)2=c510c3+10c5+5c(12c2+c4)=c510c3+10c5+5c10c3+5c5=16c520c3+5c.\begin{aligned} \cos 5\theta &= c^5 - 10c^3(1-c^2) + 5c(1-c^2)^2 \\ &= c^5 - 10c^3 + 10c^5 + 5c(1 - 2c^2 + c^4) \\ &= c^5 - 10c^3 + 10c^5 + 5c - 10c^3 + 5c^5 \\ &= 16c^5 - 20c^3 + 5c. \end{aligned}

検算します。θ=0\theta = 0 なら右辺は 1620+5=1=cos016-20+5 = 1 = \cos 0θ=π\theta=\pi なら 16+205=1=cosπ-16+20-5 = -1 = \cos\pi となり合っています。この多項式は第 5 チェビシェフ多項式 T5T_5 にほかなりません。

定理 5.4複素数の n 乗根

nn を正の整数、w=ρeiφw = \rho e^{i\varphi}ρ>0\rho > 0φR\varphi\in\mathbb{R})を 00 でない複素数とする。このとき方程式 zn=wz^n = w の解はちょうど nn 個あり、それらは

zk=ρ1/nexp ⁣(iφ+2πkn)(k=0,1,,n1)z_k = \rho^{1/n}\, \exp\!\left( i\,\frac{\varphi + 2\pi k}{n} \right) \qquad (k = 0, 1, \ldots, n-1)

で与えられる。ここで ρ1/n\rho^{1/n} は正の実数の正の nn 乗根である。これらの点は原点を中心とする半径 ρ1/n\rho^{1/n} の円周上に等間隔に並び、n3n \ge 3 のとき正 nn 角形の頂点をなす。

とくに w=1w=1 の場合、解の全体 μn={1,ζ,ζ2,,ζn1}\mu_n = \{1, \zeta, \zeta^2, \ldots, \zeta^{n-1}\}ζ:=e2πi/n\zeta := e^{2\pi i/n})は乗法に関して位数 nn の巡回群をなし、n2n \ge 2 のとき

1+ζ+ζ2++ζn1=01 + \zeta + \zeta^2 + \cdots + \zeta^{n-1} = 0

が成り立つ。

証明(定理 5.4)

それぞれが解であること。 定理 5.1 (2) より

zkn=ρexp ⁣(inφ+2πkn)=ρei(φ+2πk)=ρeiφe2πik=wz_k^n = \rho\,\exp\!\left(i\, n\cdot \frac{\varphi+2\pi k}{n}\right) = \rho\, e^{i(\varphi + 2\pi k)} = \rho\, e^{i\varphi}e^{2\pi i k} = w

です。最後で e2πik=(cos2π+isin2π)k=1e^{2\pi i k} = (\cos 2\pi + i \sin 2\pi)^k = 1定理 4.2)を使いました。

相異なること。 0k<ln10 \le k < l \le n-1 に対し zk=zlz_k = z_l とすると、注意 4.4 の一意性より

φ+2πlnφ+2πkn=2π(lk)n2πZ\frac{\varphi+2\pi l}{n} - \frac{\varphi+2\pi k}{n} = \frac{2\pi(l-k)}{n} \in 2\pi\mathbb{Z}

すなわち (lk)/nZ(l-k)/n \in \mathbb{Z} が必要ですが、0<lkn10 < l-k \le n-1 よりこれは不可能です。よって z0,,zn1z_0,\ldots,z_{n-1} は相異なります。

他に解がないこと。 zn=w0z^n = w \ne 0 なら z0z \ne 0 なので、注意 4.4 により z=reiθz = re^{i\theta}r>0r>0)と書けます。定理 5.1 (2) より rneinθ=ρeiφr^n e^{in\theta} = \rho e^{i\varphi} で、両辺の絶対値を取ると(定理 4.2 より eit=1|e^{it}|=1rn=ρr^n = \rho です。ttnt \mapsto t^n は正の実数上で狭義単調増加なので r=ρ1/nr = \rho^{1/n} が確定します。残る einθ=eiφe^{in\theta} = e^{i\varphi} から、注意 4.4 の一意性より nθφ=2πkn\theta - \varphi = 2\pi k となる整数 kk が存在し、θ=(φ+2πk)/n\theta = (\varphi+2\pi k)/n です。kknn で割った余りに置き換えても θ\theta2π2\pi の整数倍しか変わらず zz は同じですから、z{z0,,zn1}z \in \{z_0,\ldots,z_{n-1}\} です。

幾何的配置。 zk=ρ1/n|z_k| = \rho^{1/n}kk によらず、隣り合う zk,zk+1z_k, z_{k+1} の偏角の差は 2π/n2\pi/n で一定です。したがって nn 点は同一円周上に等間隔に並び、n3n\ge3 なら正 nn 角形の頂点になります。

巡回群であること。 w=1w=1 のとき φ=0,ρ=1\varphi=0,\rho=1 と取れて zk=e2πik/n=ζkz_k = e^{2\pi i k/n} = \zeta^k です(定理 5.1 (2))。ζn=1\zeta^n = 1 なので μn\mu_n は積で閉じ、(ζk)1=ζnkμn(\zeta^k)^{-1} = \zeta^{n-k} \in \mu_n ですから群であり、生成元 ζ\zeta を持つ位数 nn の巡回群です。

和が 00 であること。 n2n \ge 2 のとき ζ1\zeta \ne 1 です(2π/n2πZ2\pi/n \notin 2\pi\mathbb{Z} なので 注意 4.4 による)。体における等比数列の和の公式(C\mathbb{C} が体であること、定理 2.2)から

k=0n1ζk=ζn1ζ1=11ζ1=0\sum_{k=0}^{n-1}\zeta^k = \frac{\zeta^n - 1}{\zeta - 1} = \frac{1-1}{\zeta-1} = 0

となります。

1ζζ²ζ³ζ⁴O2π/5
1 の 5 乗根。ζ = exp(2πi/5) の冪が単位円周上に等間隔に並び、正五角形の頂点をなす。5 点の和は 0 になる。

例 5.51 の 5 乗根から cos(2π/5) を求める

ζ=e2πi/5\zeta = e^{2\pi i/5} とします。定理 5.4 より 1+ζ+ζ2+ζ3+ζ4=01+\zeta+\zeta^2+\zeta^3+\zeta^4 = 0 です。ここで 定理 4.2ζk=ζk=ζ5k\overline{\zeta^k} = \zeta^{-k} = \zeta^{5-k} を使うと

ζ+ζ4=2cos2π5,ζ2+ζ3=2cos4π5\zeta + \zeta^4 = 2\cos\frac{2\pi}{5}, \qquad \zeta^2 + \zeta^3 = 2\cos\frac{4\pi}{5}

です。u:=ζ+ζ4u := \zeta+\zeta^4v:=ζ2+ζ3v := \zeta^2+\zeta^3 とおきます。和は

u+v=(ζ+ζ2+ζ3+ζ4)=1u + v = (\zeta+\zeta^2+\zeta^3+\zeta^4) = -1

です。積は、ζ5=1\zeta^5=1 に注意して

uv=(ζ+ζ4)(ζ2+ζ3)=ζ3+ζ4+ζ6+ζ7=ζ3+ζ4+ζ+ζ2=1uv = (\zeta+\zeta^4)(\zeta^2+\zeta^3) = \zeta^3 + \zeta^4 + \zeta^6 + \zeta^7 = \zeta^3+\zeta^4+\zeta+\zeta^2 = -1

となります。したがって u,vu, vt2+t1=0t^2 + t - 1 = 0 の二解で、t=1±52t = \dfrac{-1\pm\sqrt5}{2} です。2π/5=722\pi/5 = 72^\circ は第 1 象限の角なので u=2cos(2π/5)>0u = 2\cos(2\pi/5) > 0、よって

u=1+52,cos2π5=514.u = \frac{-1+\sqrt5}{2}, \qquad \cos\frac{2\pi}{5} = \frac{\sqrt5 - 1}{4}.

数値で確かめると (51)/4=(2.23606791)/4=0.3090169(\sqrt5-1)/4 = (2.2360679\ldots-1)/4 = 0.3090169\ldots で、cos72=0.309016\cos 72^\circ = 0.309016\ldots と一致します。5\sqrt5 という平方根だけで書けたことは、正五角形が定規とコンパスで作図できることの代数的な理由になっています。

6. 複素平面のトポロジー:開集合と領域

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§3\S 3 で見たとおり C\mathbb{C} の距離は R2\mathbb{R}^2 のユークリッド距離と一致します。以後の章で「Ω\Omega 上で正則な関数」と言うときの Ω\Omega を正確に述べるために、必要な位相の言葉をここで固定します。

定義 6.1円板・開集合・閉集合

aCa \in \mathbb{C}r>0r > 0 に対し

D(a,r):={zC:za<r}D(a,r) := \{ z \in \mathbb{C} : |z - a| < r \}

aa を中心とする半径 rr開円板という。集合 SCS \subseteq \mathbb{C} について:

  • aSa \in SSS内点であるとは、ある r>0r>0 が存在して D(a,r)SD(a,r) \subseteq S となること。
  • SS開集合であるとは、SS のすべての点が SS の内点であること。
  • SS閉集合であるとは、補集合 CS\mathbb{C}\setminus S が開集合であること。
  • SS有界であるとは、ある M>0M>0 が存在して、すべての zSz \in S に対し zM|z| \le M となること。
  • aCa \in \mathbb{C}SS境界点であるとは、任意の r>0r>0 に対し D(a,r)D(a,r)SS の点と CS\mathbb{C}\setminus S の点をともに含むこと。境界点全体を S\partial S と書く。

定義 6.2連結性と領域

開集合 ΩC\Omega \subseteq \mathbb{C}連結であるとは、Ω=UV\Omega = U \cup VUV=U \cap V = \varnothingU,VU, V はともに開集合、と書いたときに必ず U=U = \varnothing または V=V = \varnothing となること。

空でない連結開集合を領域 (domain) という。

連結性の定義は「二つに分けられない」という否定形なので、そのままでは使いにくいものです。開集合に限れば、次のように具体的な言い換えができます。

命題 6.3開集合の連結性と折れ線連結性

ΩC\Omega \subseteq \mathbb{C} を空でない開集合とする。次の二条件は同値である。

  1. Ω\Omega定義 6.2 の意味で連結である。
  2. 任意の p,qΩp, q \in \Omega に対し、pp を始点、qq を終点とし、すべての線分が Ω\Omega に含まれる折れ線が存在する。
証明(命題 6.3)

(2) \Rightarrow (1)。 対偶を示します。Ω=UV\Omega = U \cup VUV=U\cap V = \varnothingU,VU,V は開かつともに空でないとします。pUp \in UqVq \in V を取り、仮定 (2) の折れ線を p=p0,p1,,pm=qp = p_0, p_1, \ldots, p_m = q とします。p0Up_0 \in UpmVp_m \in V なので、pjUp_j \in U かつ pj+1Vp_{j+1}\in V となる添字 jj が存在します。

線分を γ(t):=pj+t(pj+1pj) (t[0,1])\gamma(t) := p_j + t(p_{j+1}-p_j)\ (t\in[0,1]) と表し、S:={t[0,1]:γ(t)U}S := \{t \in [0,1] : \gamma(t) \in U\}t:=supSt^* := \sup S とおきます。0S0 \in S なので SS \ne \varnothing、また S[0,1]S \subseteq [0,1] は上に有界なので上限が存在します。c:=γ(t)Ω=UVc := \gamma(t^*) \in \Omega = U \cup V について、二つの場合を排除します。

cUc \in U の場合。UU は開なので D(c,ε)UD(c,\varepsilon)\subseteq U となる ε>0\varepsilon>0 があります。γ(t)γ(t)=ttpj+1pj|\gamma(t)-\gamma(t^*)| = |t-t^*|\,|p_{j+1}-p_j| なので、tt|t - t^*| が十分小さければ γ(t)U\gamma(t) \in U です。t=1t^* = 1 なら c=pj+1UV=c = p_{j+1} \in U \cap V = \varnothing で矛盾。t<1t^* < 1 なら tt^* より大きい tSt \in S が取れて上限であることに反します。

cVc \in V の場合。同様に D(c,ε)VD(c,\varepsilon)\subseteq V となる ε>0\varepsilon>0 を取ると、ある δ>0\delta>0 があって tt<δ|t-t^*| < \delta なる t[0,1]t\in[0,1] に対し γ(t)V\gamma(t)\in V、したがって γ(t)U\gamma(t)\notin UUV=U\cap V=\varnothing)です。すると S(tδ,t]=S \cap (t^*-\delta, t^*] = \varnothing となるので supStδ<t\sup S \le t^* - \delta < t^* となり、tt^* の定義に反します。なお t>0t^*>00S0 \in SUU が開であることから従います(γ(0)=pjU\gamma(0)=p_j\in U の近くの ttSS に入る)。

どちらの場合も矛盾するので、そのような分割 U,VU, V は存在せず、Ω\Omega は連結です。

(1) \Rightarrow (2)。 aΩa \in \Omega を一つ固定し

U:={zΩ:a と z を Ω 内の折れ線で結べる},V:=ΩUU := \{ z\in\Omega : a \text{ と } z \text{ を } \Omega \text{ 内の折れ線で結べる}\}, \qquad V := \Omega\setminus U

とおきます。aUa \in U(長さ 00 の折れ線)なので UU \ne \varnothing です。

UU が開であること。zUz \in U に対し Ω\Omega が開だから D(z,r)ΩD(z,r)\subseteq\Omega となる r>0r>0 があります。円板は凸なので、任意の wD(z,r)w \in D(z,r) に対し線分 [z,w][z,w]D(z,r)ΩD(z,r)\subseteq\Omega に含まれます。aa から zz への折れ線にこの線分を継ぎ足せば aa から ww への折れ線が得られ、wUw \in U です。よって D(z,r)UD(z,r)\subseteq U

VV が開であること。zVz\in V に対し同様に D(z,r)ΩD(z,r)\subseteq\Omega を取ります。もしある wD(z,r)w\in D(z,r)UU に属せば、aa から ww への折れ線に線分 [w,z][w,z] を継ぎ足して zUz \in U となり矛盾です。よって D(z,r)VD(z,r)\subseteq V

U,VU, VΩ\Omega の開被覆による分割で UV=U\cap V=\varnothingUU\ne\varnothing ですから、(1) より V=V=\varnothing、すなわち Ω\Omega の任意の点は aa と折れ線で結べます。二点 p,qΩp,q\in\Omega については、pp から aa への折れ線(aa から pp への折れ線を逆にたどる)と aa から qq への折れ線をつなげばよいです。

例 6.4開・閉・領域の判定

(a) 円環 A={z:1<z<2}A = \{ z : 1 < |z| < 2 \} は領域です。 開であることを示します。aAa \in A に対し r:=min{a1, 2a}>0r := \min\{\,|a|-1,\ 2-|a|\,\} > 0 とおくと、za<r|z-a| < r のとき 定理 3.4 (3) より zaza<r\bigl||z|-|a|\bigr| \le |z-a| < r なので

z>ara(a1)=1,z<a+ra+(2a)=2|z| > |a| - r \ge |a| - (|a|-1) = 1, \qquad |z| < |a| + r \le |a| + (2-|a|) = 2

となり zAz \in A、すなわち D(a,r)AD(a,r)\subseteq A です。連結性は 命題 6.3 で確かめられます。AA の任意の二点は、まず円周 z=3/2|z| = 3/2 上の点まで半径方向に線分で移動し、次にその円周に内接する折れ線をたどれば結べます(各線分は AA の内部に取れます)。

(b) 閉円板 D={z:z1}\overline{D} = \{ z : |z| \le 1\} は閉集合ですが開集合ではありません。 補集合 {z>1}\{|z| > 1\} が開であることは (a) と同じ評価で分かります。開でないことは、1D1 \in \overline{D} が内点でないことから従います。任意の r>0r > 0 に対し z:=1+min{r,1}/2z := 1 + \min\{r,1\}/2 を取ると z1<r|z - 1| < r かつ z>1|z| > 1 なので、D(1,r)⊈DD(1,r) \not\subseteq \overline D です。

(c) H={z:Rez0}H = \{ z : \operatorname{Re} z \ne 0 \} は開集合ですが領域ではありません。 開であることを示します。aHa \in H に対し r:=Rea>0r := |\operatorname{Re} a| > 0 とおくと、za<r|z-a| < r のとき 定理 3.4 (1) より

RezRea=Re(za)za<r=Rea|\operatorname{Re} z - \operatorname{Re} a| = |\operatorname{Re}(z-a)| \le |z-a| < r = |\operatorname{Re} a|

です。もし Rez=0\operatorname{Re} z = 0 なら左辺は Rea|\operatorname{Re} a| に等しくなり、この不等式に反します。よって Rez0\operatorname{Re} z \ne 0、すなわち D(a,r)HD(a,r)\subseteq H です。しかし H={Rez>0}{Rez<0}H = \{\operatorname{Re} z > 0\} \cup \{\operatorname{Re} z < 0\} は二つの空でない開集合の交わらない和なので、定義 6.2 の意味で連結ではありません。実際、1-111 を結ぶ HH 内の折れ線は存在しません(虚軸を横切らざるをえないからです)。

(d) 穴あき円板 D(0,1){0}D(0,1)\setminus\{0\} は領域です。 開であることを示します。0<a<10 < |a| < 1 に対し r:=min{a, 1a}>0r := \min\{\,|a|,\ 1-|a|\,\} > 0 とおくと、za<r|z-a| < r のとき (a) と同じく 定理 3.4 (3) から z>ar0|z| > |a| - r \ge 0 かつ z<a+r1|z| < |a| + r \le 1 が従い、とくに z>0|z| > 0 すなわち z0z \ne 0 です。連結性は、二点が同じ半直線上にない限り原点を通らない折れ線で直接結べ、同じ半直線上にあるときは一度わずかに横へずらせばよいことから分かります。この集合は、後の章で ローラン展開(定理 6.1)[正則関数の強力な性質] と留数を考える標準的な舞台になります。

注意 6.5

C\mathbb{C} の距離は R2\mathbb{R}^2 のユークリッド距離と一致するので(§3\S 3)、R2\mathbb{R}^2 の位相的性質はそのまま C\mathbb{C} の性質になります。とくに次が成り立ちます。

  • 完備性: 複素数列 (zn)(z_n) がコーシー列ならば収束する。実部と虚部がそれぞれ R\mathbb{R} のコーシー列になること(定理 3.4 (1) による)と、R\mathbb{R} の完備性から従います。
  • ボルツァーノ・ワイエルシュトラスの定理: 有界な複素数列は収束部分列を持つ。
  • ハイネ・ボレルの定理: KCK\subseteq\mathbb{C} がコンパクト(任意の開被覆が有限部分被覆を持つ)であることと、KK が有界閉集合であることは同値。

いずれも証明は R2\mathbb{R}^2 に対する標準的なものと同じ(実部・虚部に分けて R\mathbb{R} の結果を適用する)なので、参考文献に挙げた教科書に譲ります。

演習 7.1標準

C\mathbb{C} 上には、体の演算と両立する全順序 \le(すなわち、xyx \le y ならば任意の zz に対し x+zy+zx+z \le y+z、かつ 0x, 0y0 \le x,\ 0\le y ならば 0xy0 \le xy、を満たす全順序)が存在しないことを示してください。したがって「z<wz < w」という不等式は、z,wz, w が実数でない限り意味を持ちません。

解答

そのような順序 \le が存在したと仮定します。

補題: x0x \ne 0 ならば 0<x20 < x^2 全順序なので 0x0 \le xx0x \le 0 のいずれかが成り立ちます。0x0 \le x の場合は、両立条件(0x, 0y0xy0\le x,\ 0\le y \Rightarrow 0 \le xy)を y=xy=x に使って 0x20 \le x^2 です。x0x \le 0 の場合は、平行移動の条件を z=xz = -x として使うと x+(x)0+(x)x + (-x) \le 0 + (-x)、すなわち 0x0 \le -x が従うので、同じ両立条件から 0(x)(x)=x20 \le (-x)(-x) = x^2 です。いずれにせよ 0x20 \le x^2 であり、x0x \ne 0 なら x20x^2 \ne 0(体には零因子がありません、定理 2.2)なので 0<x20 < x^2 です。

補題を x=1x=1 に適用すると 0<12=10 < 1^2 = 1x=ix=i に適用すると 0<i2=10 < i^2 = -1定理 2.2 (3))を得ます。後者の両辺に 11 を足すと 1<01 < 0 となり、0<10 < 1 と矛盾します。よってそのような順序は存在しません。

この結果があるため、複素数の「大きさ」はつねに絶対値 z|z|(実数)で測ります。§3\S 3 以降で不等式が出てくる場所を見返すと、不等号の両側は必ず実数になっているはずです。

演習 7.2

任意の z,wCz, w \in \mathbb{C} に対し

z+w2+zw2=2(z2+w2)|z+w|^2 + |z-w|^2 = 2\bigl(|z|^2 + |w|^2\bigr)

が成り立つことを示し、この等式の幾何的な意味を述べてください。

解答

命題 3.2 (3),(1) を使って両方を展開します。定理 3.4 の証明中に示したとおり

z+w2=z2+2Re(zwˉ)+w2|z+w|^2 = |z|^2 + 2\operatorname{Re}(z\bar w) + |w|^2

であり、www-w に置き換えると Re(z(w))=Re(zwˉ)\operatorname{Re}(z\overline{(-w)}) = -\operatorname{Re}(z\bar w)w=w|-w| = |w| なので

zw2=z22Re(zwˉ)+w2|z-w|^2 = |z|^2 - 2\operatorname{Re}(z\bar w) + |w|^2

です。二式を加えると Re(zwˉ)\operatorname{Re}(z\bar w) の項が打ち消し合い、z+w2+zw2=2z2+2w2|z+w|^2+|z-w|^2 = 2|z|^2+2|w|^2 を得ます。

幾何的には、0, z, z+w, w0,\ z,\ z+w,\ w を頂点とする平行四辺形において、z+w|z+w|zw|z-w| は二本の対角線の長さ、z,w|z|,|w| は二組の辺の長さです。したがってこの等式は「平行四辺形の二本の対角線の平方和は、四辺の平方和に等しい」という**中線定理(平行四辺形則)**を述べています。ノルム空間論では、この等式が成り立つことがノルムが内積から誘導されるための必要十分条件であることが知られています。

演習 7.3標準

方程式 z4=4z^4 = -4 の解をすべて求め、その結果を用いて実係数の多項式 x4+4x^4+4 を実数の範囲で二つの二次式の積に因数分解してください。

解答

4=4eiπ-4 = 4e^{i\pi} なので、定理 5.4n=4, ρ=4, φ=πn=4,\ \rho=4,\ \varphi=\pi に適用すると、解は 41/4=24^{1/4} = \sqrt2 を絶対値として

zk=2exp ⁣(iπ+2πk4)(k=0,1,2,3)z_k = \sqrt{2}\,\exp\!\left(i\,\frac{\pi + 2\pi k}{4}\right)\qquad (k=0,1,2,3)

です。定理 4.2 で書き下すと、cos(π/4)=sin(π/4)=22\cos(\pi/4)=\sin(\pi/4)=\frac{\sqrt2}{2} より

z0=2(22+22i)=1+i,z1=1+i,z2=1i,z3=1iz_0 = \sqrt2\left(\tfrac{\sqrt2}{2}+\tfrac{\sqrt2}{2}i\right) = 1+i,\quad z_1 = -1+i,\quad z_2 = -1-i,\quad z_3 = 1-i

となります(z1,z2,z3z_1,z_2,z_3z0z_0 を順に π/2\pi/2 ずつ回転したもの、定理 5.1 (1))。検算すると (1+i)2=2i(1+i)^2 = 2i なので (1+i)4=(2i)2=4(1+i)^4 = (2i)^2 = -4 で、確かに解です。

因数分解します。x4+4x^4+4 の複素根は上の 4 つで、互いに共役なものを組にすると実係数の二次式が得られます。

(x(1+i))(x(1i))=(x1)2i2=x22x+2\bigl(x-(1+i)\bigr)\bigl(x-(1-i)\bigr) = (x-1)^2 - i^2 = x^2-2x+2(x(1+i))(x(1i))=(x+1)2i2=x2+2x+2\bigl(x-(-1+i)\bigr)\bigl(x-(-1-i)\bigr) = (x+1)^2 - i^2 = x^2+2x+2

よって x4+4=(x22x+2)(x2+2x+2)x^4+4 = (x^2-2x+2)(x^2+2x+2) です。検算します。

(x2+22x)(x2+2+2x)=(x2+2)2(2x)2=x4+4x2+44x2=x4+4(x^2+2-2x)(x^2+2+2x) = (x^2+2)^2 - (2x)^2 = x^4+4x^2+4-4x^2 = x^4+4

確かに一致します(これはソフィー・ジェルマンの恒等式 a4+4b4=(a22ab+2b2)(a2+2ab+2b2)a^4+4b^4 = (a^2-2ab+2b^2)(a^2+2ab+2b^2)b=1b=1 の場合です)。

演習 7.4

θ\theta2π2\pi の整数倍でない実数、nn を正の整数とします。等比数列の和を使って k=0n1eikθ\sum_{k=0}^{n-1} e^{ik\theta} を閉じた形で表し、そこから

k=0n1coskθ,k=0n1sinkθ\sum_{k=0}^{n-1}\cos k\theta, \qquad \sum_{k=0}^{n-1}\sin k\theta

を求めてください。

解答

仮定より eiθ1e^{i\theta}\ne 1 です(注意 4.4 の一意性)。C\mathbb{C} は体なので(定理 2.2)等比数列の和の公式が使え、定理 5.1 (2) より (eiθ)k=eikθ(e^{i\theta})^k = e^{ik\theta} ですから

S:=k=0n1eikθ=einθ1eiθ1S := \sum_{k=0}^{n-1} e^{ik\theta} = \frac{e^{in\theta}-1}{e^{i\theta}-1}

です。分子・分母を「半角でくくる」のが定石です。補題 4.1定理 4.2 から

eiα1=eiα/2(eiα/2eiα/2)=eiα/22isinα2e^{i\alpha}-1 = e^{i\alpha/2}\bigl(e^{i\alpha/2}-e^{-i\alpha/2}\bigr) = e^{i\alpha/2}\cdot 2i\sin\frac{\alpha}{2}

eiβeiβ=(cosβ+isinβ)(cosβisinβ)=2isinβe^{i\beta}-e^{-i\beta} = (\cos\beta+i\sin\beta)-(\cos\beta-i\sin\beta) = 2i\sin\beta を使いました)。これを分子は α=nθ\alpha = n\theta、分母は α=θ\alpha=\theta に適用すると、sin(θ/2)0\sin(\theta/2)\ne0θ2πZ\theta\notin2\pi\mathbb{Z} より)に注意して

S=einθ/22isin(nθ/2)eiθ/22isin(θ/2)=ei(n1)θ/2sin(nθ/2)sin(θ/2)S = \frac{e^{in\theta/2}\cdot 2i\sin(n\theta/2)}{e^{i\theta/2}\cdot 2i \sin(\theta/2)} = e^{i(n-1)\theta/2}\,\frac{\sin(n\theta/2)}{\sin(\theta/2)}

を得ます。sin(nθ/2)/sin(θ/2)\sin(n\theta/2)/\sin(\theta/2) は実数なので、定理 4.2 により実部と虚部を読み取って

k=0n1coskθ=cos(n1)θ2sin(nθ/2)sin(θ/2),k=0n1sinkθ=sin(n1)θ2sin(nθ/2)sin(θ/2)\sum_{k=0}^{n-1}\cos k\theta = \cos\frac{(n-1)\theta}{2}\cdot\frac{\sin(n\theta/2)}{\sin(\theta/2)}, \qquad \sum_{k=0}^{n-1}\sin k\theta = \sin\frac{(n-1)\theta}{2}\cdot\frac{\sin(n\theta/2)}{\sin(\theta/2)}

です。

検算します。n=2n=2 のとき右辺の第一式は

cosθ2sinθsin(θ/2)=cosθ22sin(θ/2)cos(θ/2)sin(θ/2)=2cos2θ2=1+cosθ\cos\frac{\theta}{2}\cdot\frac{\sin\theta}{\sin(\theta/2)} = \cos\frac\theta2\cdot\frac{2\sin(\theta/2)\cos(\theta/2)}{\sin(\theta/2)} = 2\cos^2\frac\theta2 = 1+\cos\theta

となり、左辺 cos0+cosθ=1+cosθ\cos 0 + \cos\theta = 1 + \cos\theta と一致します。三角関数の和を直接扱うのは面倒ですが、複素指数にまとめると等比数列の和ひとつで片付きます。ここで得た核 sin(nθ/2)/sin(θ/2)\sin(n\theta/2)/\sin(\theta/2) はフーリエ級数論に現れるディリクレ核の主要部分です。

  • L. V. Ahlfors, Complex Analysis, 3rd ed., McGraw-Hill, 1979 — Chapter 1(複素数の代数と幾何、複素平面の位相)。標準的な英語の教科書です。
  • E. M. Stein and R. Shakarchi, Complex Analysis (Princeton Lectures in Analysis II), Princeton University Press, 2003 — Chapter 1。複素平面の位相と正則関数への導入が簡潔にまとまっています。
  • R. Remmert, Theory of Complex Functions, Graduate Texts in Mathematics 122, Springer, 1991 — 複素数の歴史的経緯(カルダーノ、ボンベリ、ガウス、ハミルトン)についての記述が詳しい文献です。
  • 高木貞治『解析概論』改訂第三版、岩波書店、1983 — 複素数と初等関数のべき級数による扱い。
  • 神保道夫『複素関数入門』岩波書店、2003 — 日本語で書かれた入門書。複素平面と極形式から留数計算まで一貫した記述です。

Appendix: 複素数の「その先」はあるのか

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C\mathbb{C} で打ち止めになる理由。 実数から複素数へ拡張したのだから、さらに拡張できるのではないか——と考えるのは自然です。実際ハミルトンは 10 年以上その問題に取り組み、1843 年に 4 次元の四元数 H\mathbb{H} を発見しました。ただしその代償として乗法の可換性を捨てる必要がありました(ij=jiij = -ji)。8 次元の八元数ではさらに結合法則も失われます。

これは偶然ではありません。フロベニウスの定理 (1878) によれば、R\mathbb{R} 上有限次元の結合的な可除代数は R\mathbb{R}C\mathbb{C}H\mathbb{H} の 3 つに限られます。そのうち可換なものは R\mathbb{R}C\mathbb{C} だけです。つまり「実数を含み、可換な体で、実数上有限次元」という条件を課すかぎり、C\mathbb{C} より真に大きいものは存在しません。複素数は、行き止まりだからこそ特別なのです。

代数学の基本定理。 C\mathbb{C} を導入する動機は「x2+1=0x^2+1=0 を解くため」でしたが、得られたものはそれよりはるかに大きいものでした。代数学の基本定理(ガウス、1799 年の学位論文ほか)は、複素数係数の 11 次以上の多項式が C\mathbb{C} の中に必ず根を持つことを主張します。ii を一つ添加しただけで、あらゆる代数方程式が解けるようになるのです。この定理の最も短い証明のひとつは、リューヴィルの定理(定理 4.2)[正則関数の強力な性質](有界な整関数は定数)を使うもので、複素関数論の道具立てが揃ってから与えられます(コーシーの積分定理と積分公式正則関数の強力な性質)。

次章への橋渡し。 舞台は整いました。次章では、複素平面の領域 Ω\Omega の上で定義された関数 f:ΩCf : \Omega \to \mathbb{C} について、微分

f(z0)=limh0f(z0+h)f(z0)h(hC)f'(z_0) = \lim_{h\to 0}\frac{f(z_0+h)-f(z_0)}{h} \qquad (h \in \mathbb{C})

を考えます。形は実関数の微分と同じですが、hh複素平面のあらゆる方向から 00 に近づけることが決定的な違いを生みます。その帰結が コーシー・リーマンの関係式(定理 4.1)[正則関数とコーシー・リーマンの関係式] であり、そこから「一度微分できれば何度でも微分できる」という、実関数論ではありえない現象が始まります(正則関数とコーシー・リーマンの関係式)。

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