0. この記事の要点
Section titled “0. この記事の要点”- 測度空間 の上で を満たす可測関数を集め、ほとんど至るところ一致する関数どうしを同一視すると、線形空間 が得られます。この同一視をしないと が成り立たず、ノルムになりません。
- が三角不等式を満たすこと(ミンコフスキーの不等式)は 以外では自明ではありません。ヤングの不等式 → ヘルダーの不等式 → ミンコフスキーの不等式という順に積み上げて証明します。
- のとき は完備、すなわちバナッハ空間です(リース–フィッシャーの定理)。完備性はルベーグ積分の収束定理から出るもので、リーマン積分の枠内では得られません。ここが微分積分学と実解析の分かれ目です。
- のときに限り、ノルム は内積 から誘導されます。 はヒルベルト空間であり、フーリエ級数論・直交射影・量子力学の状態空間はすべてここに乗ります。
- 空間は「関数を空間の点とみなす」最初の本格的な例です。稠密性・双対性・弱収束といった関数解析の基本語彙が、この空間の上で具体的な計算として現れます。
1. 動機 — 関数を「点」とみなすということ
Section titled “1. 動機 — 関数を「点」とみなすということ”19 世紀の解析学は、関数を「変数 に値を対応させる規則」として扱ってきました。しかしフーリエ級数の研究が進むにつれて、別の見方が必要になります。三角級数 が「どういう意味で」もとの関数に収束するのかを論じるには、関数の集まりの上に距離を入れて、収束を論じる舞台を作らなければなりません。つまり、関数 1 個を空間の 1 点とみなすという発想の転換です。
このとき距離をどう入れるかが問題になります。素朴には、各点での値の差の上限 を距離にすればよさそうです。これは一様収束の距離(一様ノルム(定義 2.1)[関数列と一様収束])であり、扱いやすい性質をたくさん持っています(関数列と一様収束 を参照してください)。しかしフーリエ級数は一般には一様収束しません。連続関数のフーリエ級数がある点で発散しうることさえ知られています。一様収束の距離は、フーリエ解析にとっては細かすぎるのです。
そこで「平均としてどれだけ違うか」を測る距離、たとえば や を考えます。ところが、これらの距離を連続関数やリーマン可積分関数の全体に入れると、完備でないという致命的な欠陥が現れます。
例 1.1(連続関数の空間は平均距離で完備でない)
を 上の実数値連続関数全体とし、距離を で定めます。 に対して
と置くと、各 は連続です。 のとき は の外で であり、その上で ですから
となり、 はコーシー列です。ところが、この列が の元 に収束したとしましょう。 上では なので 、したがって が 上ほとんど至るところ成り立ちます。 は連続なので、 全体で です(連続関数がある区間上でほとんど至るところ なら、 となる点があれば連続性より の近傍全体で となり、正の測度の集合で となって矛盾します)。同様に、任意の に対して 上では十分大きい で なので が従い、連続性から 上で です。すると かつ となって矛盾します。
つまり は完備ではありません。
この状況は、有理数体 が完備でないのとまったく同じ構図です。 の穴を埋めて を作ったように、関数空間の穴も埋めなければなりません(実数の完備性とコーシー列、とくに 定理 7.3[実数の完備性とコーシー列] を参照してください)。そして決定的な事実として、ルベーグ積分を使って空間を作り直すと、穴はちょうど埋まります。例 1.1 の の「行き先」は不連続関数 であり、リーマン積分でも扱えますが、一般のコーシー列の極限はリーマン可積分とは限りません。ルベーグ可測関数まで広げて初めて閉じるのです。
この事実を 1907 年にほぼ同時に発見したのが F. リースと E. フィッシャーで、以後この定理はリース–フィッシャーの定理と呼ばれています。本章の目標は、この定理を含む 空間の基本性質を、定義から順に証明することです。
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