0. この記事の要点
Section titled “0. この記事の要点”- 対角化とは「行列を変形する」ことではなく、同じ線形変換を、それが一番素直に見える座標系(固有ベクトルの基底)から眺め直すことです。座標を替えると表現行列は に変わり、うまい を選ぶと対角行列になります。
- 次行列 が対角化可能であることと、 の固有ベクトルからなる基底が取れることは同値です。判定は重複度で完結します。すなわち、固有多項式が 1 次式の積に分解し、かつ各固有値で幾何的重複度と代数的重複度が一致することが必要十分です。
- 対角化できれば となり、べき乗・行列指数関数・線形漸化式・線形微分方程式がすべて固有値のスカラー計算に還元されます。フィボナッチ数列の一般項もこれで出ます。
- 実対称行列は必ず直交行列で対角化できます。この定理が二次形式の主軸変換を保証し、データ解析の主成分分析(PCA)を支えています。
- 対角化できない行列でも、複素数の範囲ではジョルダン標準形(対角成分の 1 つ上に が並ぶだけの形)まで簡単にできます。細胞の大きさは の階差だけで決まります。
1. 動機:なぜ「一番簡単な行列」を探すのか
Section titled “1. 動機:なぜ「一番簡単な行列」を探すのか”ベクトル空間と線形変換 で見たとおり、行列は数を並べた四角い表そのものではなく、基底を 1 つ固定したときの線形変換の影です。同じ変換でも、基底を替えれば行列の見た目は変わります。ここから自然な問いが出てきます。
与えられた線形変換 に対して、その行列表示が最も簡単になるような基底を選べるだろうか。そして「最も簡単」とは何だろうか。
いちばん簡単な行列は対角行列です。対角行列 が表す変換は、 本の座標軸のそれぞれを独立に 倍に伸縮するだけで、軸どうしが混ざりません。つまり 次元の問題が 1 次元の問題 個に分解されるということです。この分解ができれば、変換を何回も繰り返す計算も、指数関数を取る計算も、各軸ごとのスカラー計算になります。
具体的な御利益を 1 つ挙げます。 に対して を求めたいとします。素朴に掛け算を繰り返すのは(繰り返し二乗法を使っても)成分の一般式を与えてくれません。しかし後で見るように、 の固有値 を使えば
という閉じた式が一気に出ます。 を代入するだけです。
歴史的にも、この問いは天下り的に生まれたものではありません。19 世紀前半、コーシーは二次曲面の主軸問題、すなわち という曲面の軸の方向を決める問題を研究し、実対称行列の固有値がつねに実数であることを示しました。一方、対角化がいつでもできるわけではないことも早くから知られていました。「対角化できない行列は、どこまで簡単にできるのか」という問いに完全な答えを与えたのがワイエルシュトラスの単因子論(1868 年)とジョルダンの著作(1870 年)で、そこから得られる標準形が本記事後半の主役です。
この記事では、固有値と固有ベクトル で導入した固有値・固有ベクトル(定義 3.1[固有値と固有ベクトル])を道具として、次の 3 つに答えます。
- どんなときに対角化できるか(判定条件)。
- 対角化できると何が嬉しいか(応用)。
- 対角化できないとき、代わりに何が得られるか(ジョルダン標準形)。
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