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正則関数とコーシー・リーマンの関係式:複素微分はなぜ強い条件なのか

対象読者: 学部 1 年の微積分(偏微分・全微分可能性)と、本テーマ第 1 章の複素数・複素平面の内容を学んだ人。複素関数の微分は初めてでも読めます。

前提となる記事:複素数と複素平面:虚数はなぜ必要になり、なぜ「回転」になるのか

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微分は、グラフの接線の傾きを求める操作として学びました。この記事では、同じ式を実数ではなく複素数(実数に虚数単位 ii を組み合わせた数)の関数に当てはめます。実数の世界では「0 に近づく道筋」は左右の 2 通りでしたが、複素数の世界では平面のあらゆる方向になります。そのため、微分できるという条件が驚くほど厳しくなります。読み終えると、その厳しさが具体的にどんな 2 本の式になるのかを説明でき、与えられた関数が微分できるかどうかを自分で判定できるようになります。

  • 複素微分の定義式は実 1 変数の場合とまったく同じですが、h→0h \to 0 の近づき方が平面的(無限個の方向)になるため、要求は桁違いに強くなります。
  • その強さの正体は「微分係数が 2×22 \times 2 実行列ではなく複素数 1 個である」ことです。実 2 変数の微分係数は 4 個の実パラメータを持ちますが、複素微分可能なら 2 個に減ります。この差 2 本の等式がコーシー・リーマンの関係式 ux=vy, uy=−vxu_x = v_y,\ u_y = -v_x です。
  • 偏微分が存在して関係式を満たすだけでは複素微分可能とは限りません(f(x+iy)=∣xy∣f(x+iy) = \sqrt{|xy|} が反例)。u,vu, v の全微分可能性(全微分可能:点の近くで 1 次式によって近似できること)を加えると、はじめて必要十分になります。
  • 実用上は「u,vu, v が C1C^1 級(偏導関数がすべて連続)で関係式を満たす」を確かめれば正則です。逆に正則なら u,vu, v は自動的に C∞C^\infty 級になりますが、これは後の章のコーシー積分公式に依存する深い事実です。
  • eze^z, cos⁡z\cos z, sin⁡z\sin z は C\mathbb{C} 全体で正則(整関数)、対数は主枝 Log⁡z\operatorname{Log} z(多価になる対数から値を 1 つに決めたもの)が C∖(−∞,0]\mathbb{C} \setminus (-\infty, 0] で正則で (Log⁡z)′=1/z(\operatorname{Log} z)' = 1/z です。

1. 動機:微分の定義を複素数にそのまま移すと何が起こるか

Section titled “1. 動機:微分の定義を複素数にそのまま移すと何が起こるか”

実関数の微分は、差分商の極限として定義されました(極限と連続性 (ε-δ論法)、導関数の定義と基本的な微分法)。

f′(a)=lim⁡h→0f(a+h)−f(a)h.f'(a) = \lim_{h \to 0} \frac{f(a+h) - f(a)}{h}.

この式を書くのに必要なのは、(i)関数値の引き算ができること、(ii)増分 hh で割り算ができること、(iii)「h→0h \to 0」を意味づける距離があること、の 3 点だけです。複素数はこの 3 つをすべて備えています。引き算も割り算(h≠0h \ne 0 なら)もでき、∣h∣|h| という絶対値が距離を与えます(複素数と複素平面)。ですから、上の式をそのまま複素数の世界に持ち込むことができます。

ところが、定義の形が同じでも中身はまったく違うものになります。実軸上では h→0h \to 0 の近づき方は本質的に右からと左からの 2 通りしかありません。しかし複素平面では、hh は原点のまわりのあらゆる方向から、しかも渦を巻きながらでも 00 に近づけます。「どの近づき方をしても差分商が同じ 1 つの複素数に収束する」という要求は、方向が 2 通りだった世界の要求とは比べものになりません。

実軸虚軸z₀どの方向からh → 0 としても差分商は同じ複素数 f′(z₀)に収束する
複素微分可能性:増分 h をどの向きから 0 に近づけても、差分商が同一の値に収束することを要求する

この違いを別の角度から見ると、もっとはっきりします。C\mathbb{C} を R2\mathbb{R}^2 と同一視すれば、複素関数 ff は平面から平面への写像です。多変数の微分(多変数関数の微分と偏微分、全微分可能性の定義(定義 4.1)[多変数関数の微分と偏微分])では、ff が微分可能とは「ff が点 z0z_0 の近くで実線形写像 R2→R2\mathbb{R}^2 \to \mathbb{R}^2 で近似できる」ことでした。実線形写像は 2×22 \times 2 実行列、すなわち 4 個の実パラメータで決まります。

一方、複素微分可能性は「ff が z0z_0 の近くである複素数 cc を掛ける写像 h↦chh \mapsto ch で近似できる」ことです。複素数を掛ける写像も実線形写像ですが、実パラメータは cc の実部と虚部の 2 個しかありません。つまり、複素微分可能性とは

4 次元の空間(実線形写像全体)のなかの 2 次元の部分空間(複素数倍全体)に、微分係数が入ることを要求する

条件なのです。複素数 c=a+ibc = a + ib を掛ける写像は、h=s+ith = s + it に対して ch=(as−bt)+i(bs+at)ch = (as - bt) + i(bs + at) ですから、行列で書けば (a−bba)\begin{pmatrix} a & -b \\ b & a \end{pmatrix} の形に限られます。一般の 2×22 \times 2 実行列は 4 個の成分が自由ですが、この形では a,ba, b の 2 個しか自由に選べません。

落ちた次元 4−2=24 - 2 = 2 の分だけ、余分な等式が課されます。それが本記事の主役、コーシー・リーマンの関係式です。

歴史的には、この関係式はコーシーやリーマンより前、18 世紀の流体力学と写像の研究のなかでダランベールやオイラーがすでに書き下していました。コーシーが 1814 年以降の一連の論文で複素積分の理論の基礎に据え、リーマンが 1851 年の学位論文で「複素関数を定めるのはこの偏微分方程式である」という視点を打ち出したことで、現在の位置づけが確立します。名前は後世の慣用です。

実 1 変数実 2 変数複素 1 変数
h→0h \to 0 の近づき方左右の 2 方向平面のあらゆる方向平面のあらゆる方向
微分係数の自由度実数 1 個2×22\times 2 行列(実 4 個)複素数 1 個(実 2 個)
1 回微分可能から従うこと連続連続(開集合上でなら)何回でも微分可能・べき級数展開可能

右下の欄が、複素関数論という分野が存在する理由そのものです。この驚くべき事実の証明はコーシーの積分定理と積分公式と正則関数の強力な性質で与えます。本記事では、そこへ至る出発点である「正則性とは何か」を、実部・虚部の言葉で完全に特徴づけることを目標にします。


2. 準備:複素平面での極限と連続性

Section titled “2. 準備:複素平面での極限と連続性”

以下、z=x+iyz = x + iy(x,y∈Rx, y \in \mathbb{R})と書き、C\mathbb{C} と R2\mathbb{R}^2 を対応 z↔(x,y)z \leftrightarrow (x, y) で同一視します。絶対値 ∣z∣=x2+y2|z| = \sqrt{x^2+y^2} はユークリッドノルムそのものですから、C\mathbb{C} の距離と R2\mathbb{R}^2 の距離は同じもので、開集合・収束・連続の概念もそのまま一致します。

a∈Ca \in \mathbb{C}, r>0r > 0 に対し D(a,r)={ z∈C:∣z−a∣<r }D(a, r) = \{\, z \in \mathbb{C} : |z - a| < r \,\} を開円板と呼びます。Ω⊂C\Omega \subset \mathbb{C} が開集合であるとは、各 a∈Ωa \in \Omega に対し D(a,r)⊂ΩD(a, r) \subset \Omega となる r>0r > 0 が取れることです。空でない連結な開集合を領域と呼びます。いずれも 定義 6.1[複素数と複素平面] と 定義 6.2[複素数と複素平面] で導入した概念そのものです。

定義 2.1(複素関数の極限)↗

Ω⊂C\Omega \subset \mathbb{C}、f:Ω→Cf : \Omega \to \mathbb{C} とし、a∈Ca \in \mathbb{C} は Ω\Omega の集積点、つまりどんな r>0r>0 に対しても Ω∩D(a,r)\Omega \cap D(a,r) が aa 以外の点を含むとする。複素数 LL について

∀ε>0, ∃δ>0, ∀z∈Ω,0<∣z−a∣<δ  ⟹  ∣f(z)−L∣<ε\forall \varepsilon > 0,\ \exists \delta > 0,\ \forall z \in \Omega,\quad 0 < |z - a| < \delta \implies |f(z) - L| < \varepsilon

が成り立つとき、lim⁡z→af(z)=L\displaystyle\lim_{z \to a} f(z) = L と書く。さらに a∈Ωa \in \Omega かつ lim⁡z→af(z)=f(a)\lim_{z\to a} f(z) = f(a) のとき、ff は aa で連続であるという。

定義の文字列は実関数のものと完全に同じで、∣⋅∣|\cdot| の意味だけが複素絶対値に変わっています。したがって、極限の一意性、和・差・積・商の極限法則、合成関数の極限、そして「連続関数の合成は連続」といった基本命題は、実関数の場合の証明を一字一句変えずに使えます。証明で使ったのは三角不等式 ∣α+β∣≤∣α∣+∣β∣|\alpha + \beta| \le |\alpha| + |\beta|(定理 3.4[複素数と複素平面])と積の絶対値 ∣αβ∣=∣α∣∣β∣|\alpha\beta| = |\alpha||\beta| だけで、これらは複素数でも成り立つからです。ここではその繰り返しは省き、実部・虚部への分解だけを確認しておきます。

命題 2.2(実部と虚部への分解)✓

f=u+ivf = u + iv(u=Re⁡fu = \operatorname{Re} f, v=Im⁡fv = \operatorname{Im} f は実数値関数)、L=A+iBL = A + iB(A,B∈RA, B \in \mathbb{R})とする。aa を Ω\Omega の集積点とするとき、

lim⁡z→af(z)=L⟺lim⁡(x,y)→(α,β)u(x,y)=A  かつ  lim⁡(x,y)→(α,β)v(x,y)=B\lim_{z \to a} f(z) = L \quad\Longleftrightarrow\quad \lim_{(x,y)\to(\alpha,\beta)} u(x,y) = A \ \text{ かつ } \ \lim_{(x,y)\to(\alpha,\beta)} v(x,y) = B

である。ここで a=α+iβa = \alpha + i\beta とした。

証明(命題 2.2)

実部・虚部と絶対値の関係

max⁡(∣u−A∣, ∣v−B∣) ≤ ∣f−L∣ ≤ ∣u−A∣+∣v−B∣\max\bigl(|u - A|,\ |v - B|\bigr) \ \le\ |f - L| \ \le\ |u - A| + |v - B|

を使います。左の不等式は ∣Re⁡w∣≤∣w∣|\operatorname{Re} w| \le |w| と ∣Im⁡w∣≤∣w∣|\operatorname{Im} w| \le |w|(w=f−Lw = f - L に適用)から、右の不等式は三角不等式と ∣i(v−B)∣=∣v−B∣|i(v-B)| = |v-B| からただちに従います。

(⇒\Rightarrow) ε>0\varepsilon > 0 を任意に取ります。仮定から δ>0\delta > 0 が存在して 0<∣z−a∣<δ0 < |z-a| < \delta ならば ∣f(z)−L∣<ε|f(z) - L| < \varepsilon です。このとき左の不等式より ∣u−A∣≤∣f−L∣<ε|u - A| \le |f - L| < \varepsilon かつ ∣v−B∣<ε|v - B| < \varepsilon が同時に成り立ちます。∣z−a∣|z - a| が点 (x,y)(x,y) と (α,β)(\alpha,\beta) のユークリッド距離に等しいことに注意すれば、これは u→Au \to A かつ v→Bv \to B を意味します。

(⇐\Leftarrow) ε>0\varepsilon > 0 を取ります。仮定から δ1,δ2>0\delta_1, \delta_2 > 0 が存在して、0<∣z−a∣<δ10 < |z - a| < \delta_1 なら ∣u−A∣<ε/2|u - A| < \varepsilon/2、0<∣z−a∣<δ20 < |z-a| < \delta_2 なら ∣v−B∣<ε/2|v - B| < \varepsilon/2 です。δ=min⁡(δ1,δ2)\delta = \min(\delta_1, \delta_2) と取れば、0<∣z−a∣<δ0 < |z-a| < \delta のとき右の不等式より ∣f−L∣<ε/2+ε/2=ε|f - L| < \varepsilon/2 + \varepsilon/2 = \varepsilon となります。

この命題は地味に見えますが、以降で「複素の 1 本の極限」と「実部・虚部の 2 本の極限」を行き来するたびに使います。


定義 3.1(複素微分可能性)↗

Ω⊂C\Omega \subset \mathbb{C} を開集合、f:Ω→Cf : \Omega \to \mathbb{C}、z0∈Ωz_0 \in \Omega とする。極限

lim⁡h→0f(z0+h)−f(z0)h\lim_{h \to 0} \frac{f(z_0 + h) - f(z_0)}{h}

(hh は 00 でない複素数を動く)が存在するとき、ff は z0z_0 で複素微分可能であるといい、その極限値を f′(z0)f'(z_0) と書く。

Ω\Omega は開集合なので、十分小さい ∣h∣|h| に対して z0+h∈Ωz_0 + h \in \Omega となり、差分商は定義されます。

定義 3.2(正則関数・整関数)↗

ff が開集合 Ω\Omega のすべての点で複素微分可能であるとき、ff は Ω\Omega 上正則であるという。点 z0z_0 について「ff が z0z_0 で正則」とは、z0z_0 のある開近傍上で ff が正則であることをいう。C\mathbb{C} 全体で正則な関数を整関数という。

定義を「極限」ではなく「1 次近似」の形に書き直しておくと、後の議論が楽になります。

命題 3.3(1 次近似としての複素微分可能性)✓

ff が z0z_0 で複素微分可能で f′(z0)=cf'(z_0) = c であることは、次と同値である:ある複素数 cc と、h→0h \to 0 のとき ε(h)→0\varepsilon(h) \to 0 となる関数 ε\varepsilon が存在して

f(z0+h)=f(z0)+c h+ε(h) ∣h∣(ε(0)=0)f(z_0 + h) = f(z_0) + c\,h + \varepsilon(h)\,|h| \qquad (\varepsilon(0) = 0)

が十分小さい ∣h∣|h| に対して成り立つ。

証明(命題 3.3)

(⇒\Rightarrow) h≠0h \ne 0 に対して

ε(h):=1∣h∣(f(z0+h)−f(z0)−c h)\varepsilon(h) := \frac{1}{|h|}\Bigl( f(z_0+h) - f(z_0) - c\,h \Bigr)

と定め、ε(0)=0\varepsilon(0) = 0 とおきます。すると等式は定義そのものです。あとは ε(h)→0\varepsilon(h) \to 0 を示せば十分です。

∣ε(h)∣=∣f(z0+h)−f(z0)−ch∣∣h∣=∣f(z0+h)−f(z0)h−c∣|\varepsilon(h)| = \frac{|f(z_0+h) - f(z_0) - ch|}{|h|} = \left| \frac{f(z_0+h)-f(z_0)}{h} - c \right|

であり(∣h∣|h| で割ることは、絶対値の中で hh で割ることと同じです)、右辺は複素微分可能性の仮定により h→0h \to 0 で 00 に収束します。

(⇐\Leftarrow) 逆に等式が成り立てば、h≠0h \ne 0 に対し

f(z0+h)−f(z0)h−c=ε(h)∣h∣h,∣ε(h)∣h∣h∣=∣ε(h)∣→0\frac{f(z_0+h)-f(z_0)}{h} - c = \frac{\varepsilon(h)|h|}{h}, \qquad \left|\frac{\varepsilon(h)|h|}{h}\right| = |\varepsilon(h)| \to 0

なので、差分商は cc に収束します。

命題 3.4(複素微分可能なら連続)✓

ff が z0z_0 で複素微分可能ならば、ff は z0z_0 で連続である。

証明(命題 3.4)

命題 3.3 の表示 f(z0+h)=f(z0)+f′(z0)h+ε(h)∣h∣f(z_0+h) = f(z_0) + f'(z_0)h + \varepsilon(h)|h| において h→0h \to 0 とします。∣f′(z0)h∣=∣f′(z0)∣∣h∣→0|f'(z_0) h| = |f'(z_0)||h| \to 0 であり、∣ε(h)∣h∣∣=∣ε(h)∣ ∣h∣→0|\varepsilon(h)|h|| = |\varepsilon(h)|\,|h| \to 0 です(ε(h)→0\varepsilon(h) \to 0 かつ ∣h∣→0|h| \to 0)。したがって f(z0+h)→f(z0)f(z_0+h) \to f(z_0)、すなわち ff は z0z_0 で連続です。

定理 3.5(複素微分の演算法則)✓

f,gf, g が z0z_0 で複素微分可能とする。このとき次が成り立つ。

  1. 任意の α,β∈C\alpha, \beta \in \mathbb{C} に対し αf+βg\alpha f + \beta g は z0z_0 で複素微分可能で (αf+βg)′(z0)=αf′(z0)+βg′(z0)(\alpha f + \beta g)'(z_0) = \alpha f'(z_0) + \beta g'(z_0)。
  2. fgfg は z0z_0 で複素微分可能で (fg)′(z0)=f′(z0)g(z0)+f(z0)g′(z0)(fg)'(z_0) = f'(z_0)g(z_0) + f(z_0)g'(z_0)。
  3. g(z0)≠0g(z_0) \ne 0 ならば f/gf/g は z0z_0 の近傍で定義され、z0z_0 で複素微分可能で (fg)′(z0)=f′(z0)g(z0)−f(z0)g′(z0)g(z0)2.\left(\frac{f}{g}\right)'(z_0) = \frac{f'(z_0)g(z_0) - f(z_0)g'(z_0)}{g(z_0)^2}.
  4. さらに gg が f(z0)f(z_0) の近傍で定義され f(z0)f(z_0) で複素微分可能ならば、g∘fg \circ f は z0z_0 で複素微分可能で (g∘f)′(z0)=g′(f(z0)) f′(z0)(g\circ f)'(z_0) = g'(f(z_0))\, f'(z_0)。
証明(定理 3.5)

証明は実 1 変数の場合とまったく同じ計算です。使うのは体の演算法則と極限法則だけで、R\mathbb{R} を C\mathbb{C} に置き換えても何も変わりません。代表として 2 と 4 を書きます。

2(積):h≠0h \ne 0 に対し

f(z0+h)g(z0+h)−f(z0)g(z0)h=f(z0+h)−f(z0)h g(z0+h)+f(z0) g(z0+h)−g(z0)h.\frac{f(z_0+h)g(z_0+h) - f(z_0)g(z_0)}{h} = \frac{f(z_0+h)-f(z_0)}{h}\,g(z_0+h) + f(z_0)\,\frac{g(z_0+h)-g(z_0)}{h}.

これは分子に −f(z0)g(z0+h)+f(z0)g(z0+h)-f(z_0)g(z_0+h) + f(z_0)g(z_0+h) を足し引きしただけの恒等式です。h→0h \to 0 とすると、第 1 項は(命題 3.4 により g(z0+h)→g(z0)g(z_0+h) \to g(z_0) なので)f′(z0)g(z0)f'(z_0)g(z_0) に、第 2 項は f(z0)g′(z0)f(z_0)g'(z_0) に収束します。

4(合成):命題 3.3 を使うのが簡明です。w0=f(z0)w_0 = f(z_0)、c=f′(z0)c = f'(z_0)、d=g′(w0)d = g'(w_0) とおくと

f(z0+h)=w0+ch+ε1(h)∣h∣,g(w0+k)=g(w0)+dk+ε2(k)∣k∣f(z_0 + h) = w_0 + ch + \varepsilon_1(h)|h|, \qquad g(w_0 + k) = g(w_0) + dk + \varepsilon_2(k)|k|

で、ε1(h)→0\varepsilon_1(h) \to 0(h→0h\to0)、ε2(k)→0\varepsilon_2(k)\to 0(k→0k \to 0)です。k=k(h):=ch+ε1(h)∣h∣k = k(h) := ch + \varepsilon_1(h)|h| とおくと ∣k∣≤(∣c∣+∣ε1(h)∣)∣h∣|k| \le (|c| + |\varepsilon_1(h)|)|h| で、特に h→0h \to 0 のとき k→0k \to 0 です。代入して

g(f(z0+h))=g(w0)+d(ch+ε1(h)∣h∣)+ε2(k)∣k∣=g(w0)+(dc)h+η(h)∣h∣,g(f(z_0+h)) = g(w_0) + d\bigl(ch + \varepsilon_1(h)|h|\bigr) + \varepsilon_2(k)|k| = g(w_0) + (dc)h + \eta(h)|h|,

ただし η(h):=d ε1(h)+ε2(k(h))⋅∣k(h)∣∣h∣\eta(h) := d\,\varepsilon_1(h) + \varepsilon_2(k(h))\cdot \dfrac{|k(h)|}{|h|}(h≠0h \ne 0)です。∣k(h)∣/∣h∣≤∣c∣+∣ε1(h)∣|k(h)|/|h| \le |c| + |\varepsilon_1(h)| は hh が小さいとき有界、ε2(k(h))→0\varepsilon_2(k(h)) \to 0、ε1(h)→0\varepsilon_1(h)\to 0 ですから η(h)→0\eta(h) \to 0。再び 命題 3.3 により (g∘f)′(z0)=dc(g\circ f)'(z_0) = dc が従います。

1 と 3 も同様に、実 1 変数の証明の R\mathbb{R} を C\mathbb{C} に読み替えれば得られます。

命題 3.6(多項式は整関数である)✓

n∈Nn \in \mathbb{N} に対し f(z)=znf(z) = z^n は整関数で f′(z)=nzn−1f'(z) = nz^{n-1} である。したがって任意の多項式 P(z)=a0+a1z+⋯+anznP(z) = a_0 + a_1 z + \cdots + a_n z^n は整関数で、P′(z)=a1+2a2z+⋯+nanzn−1P'(z) = a_1 + 2a_2 z + \cdots + n a_n z^{n-1} である。

証明(命題 3.6)

二項定理により (z0+h)n=z0n+nz0n−1h+∑k=2n(nk)z0 n−khk(z_0+h)^n = z_0^n + n z_0^{n-1} h + \sum_{k=2}^{n} \binom{n}{k} z_0^{\,n-k} h^k なので、h≠0h \ne 0 のとき

(z0+h)n−z0nh=nz0n−1+h∑k=2n(nk)z0 n−khk−2.\frac{(z_0+h)^n - z_0^n}{h} = n z_0^{n-1} + h \sum_{k=2}^{n} \binom{n}{k} z_0^{\,n-k} h^{k-2}.

∣h∣≤1|h| \le 1 のとき ∑\sum は ∑k=2n(nk)∣z0∣n−k\sum_{k=2}^n \binom{n}{k}|z_0|^{n-k} で押さえられるので、h→0h \to 0 で第 2 項は 00 に収束し、極限は nz0n−1nz_0^{n-1} です。多項式については 定理 3.5 の 1 により、各項の和として整関数で、導関数は項ごとの微分です。

例 3.7(べき関数の微分を定義から)

n∈Nn \in \mathbb{N} に対し f(z)=znf(z) = z^n とすると、ff は整関数で f′(z)=nzn−1f'(z) = nz^{n-1} です。実際、二項定理により

(z0+h)n=z0n+nz0n−1h+∑k=2n(nk)z0 n−khk(z_0+h)^n = z_0^n + n z_0^{n-1} h + \sum_{k=2}^{n} \binom{n}{k} z_0^{\,n-k} h^k

なので、h≠0h \ne 0 のとき

(z0+h)n−z0nh=nz0n−1+h∑k=2n(nk)z0 n−khk−2.\frac{(z_0+h)^n - z_0^n}{h} = n z_0^{n-1} + h \sum_{k=2}^{n} \binom{n}{k} z_0^{\,n-k} h^{k-2}.

第 2 項の ∑\sum は ∣h∣≤1|h| \le 1 のとき ∑k=2n(nk)∣z0∣n−k\sum_{k=2}^n \binom{n}{k}|z_0|^{n-k} で押さえられる(有界な)量ですから、hh が掛かった分だけ h→0h \to 0 で 00 に収束します。よって極限は nz0n−1nz_0^{n-1} です。

定理 3.5 の 1 と組み合わせれば、任意の多項式 P(z)=a0+a1z+⋯+anznP(z) = a_0 + a_1 z + \cdots + a_n z^n(ak∈Ca_k \in \mathbb{C})は整関数で、P′(z)=a1+2a2z+⋯+nanzn−1P'(z) = a_1 + 2a_2 z + \cdots + n a_n z^{n-1} となります。

例 3.8(共役 z の写像はどの点でも複素微分不可能)

f(z)=zˉf(z) = \bar{z} を考えます。z0z_0 を任意に固定すると、h≠0h \ne 0 に対して

f(z0+h)−f(z0)h=z0+h‾−z0ˉh=hˉh.\frac{f(z_0+h) - f(z_0)}{h} = \frac{\overline{z_0 + h} - \bar{z_0}}{h} = \frac{\bar{h}}{h}.

ここで hh の近づけ方を 2 通り試します。h=th = t(tt は 00 でない実数)とすると hˉ/h=t/t=1\bar h / h = t/t = 1 で、t→0t \to 0 の極限は 11。h=ith = it(tt は 00 でない実数)とすると hˉ/h=it‾/(it)=(−it)/(it)=−1\bar h / h = \overline{it}/(it) = (-it)/(it) = -1 で、極限は −1-1。1≠−11 \ne -1 ですから、定義 3.1 の極限は存在しません。z0z_0 は任意でしたから、zˉ\bar z は複素平面のどの点でも複素微分可能ではありません。

zˉ\bar z は R2\mathbb{R}^2 の写像としては (x,y)↦(x,−y)(x,y) \mapsto (x, -y) という線形写像(実軸に関する鏡映)で、いくらでも滑らかです。滑らかさは十分でなく、向きを保つかどうかが効いている、というのが最初の警告です。

例 3.9(原点でだけ複素微分可能な関数)

f(z)=∣z∣2f(z) = |z|^2 とします。∣z∣2=zzˉ|z|^2 = z\bar z に注意して差分商を計算します。h≠0h \ne 0 のとき

∣z0+h∣2−∣z0∣2h=(z0+h)(z0ˉ+hˉ)−z0z0ˉh=z0hˉ+hz0ˉ+hhˉh=z0hˉh+z0ˉ+hˉ.\frac{|z_0+h|^2 - |z_0|^2}{h} = \frac{(z_0+h)(\bar{z_0}+\bar h) - z_0 \bar{z_0}}{h} = \frac{z_0 \bar h + h \bar{z_0} + h\bar h}{h} = z_0 \frac{\bar h}{h} + \bar{z_0} + \bar h .

h→0h \to 0 のとき hˉ→0\bar h \to 0 ですが、例 3.8 で見たとおり hˉ/h\bar h / h は極限を持ちません。したがって z0≠0z_0 \ne 0 なら第 1 項が振動して極限は存在しません。一方 z0=0z_0 = 0 のときは式全体が hˉ\bar h に等しく、h→0h \to 0 で 00 に収束します。

つまり f(z)=∣z∣2f(z) = |z|^2 は z0=0z_0 = 0 でのみ複素微分可能で f′(0)=0f'(0) = 0、そしてどの点でも正則ではありません(00 のどんな近傍を取っても、00 以外の点で微分不可能だからです)。


4. コーシー・リーマンの関係式

Section titled “4. コーシー・リーマンの関係式”

例 3.8 と 例 3.9 では「実軸方向」と「虚軸方向」の 2 つの近づけ方を比べて矛盾を出しました。この比較を一般の ff に対して行うと、実部と虚部が満たすべき偏微分方程式が出てきます。

以下、f=u+ivf = u + iv と実部・虚部に分け、u,vu, v は (x,y)(x,y) の実数値関数とみなします。偏微分は ux=∂u/∂xu_x = \partial u/\partial x のように略記します。

定理 4.1(コーシー・リーマンの関係式(必要性))✓

開集合 Ω⊂C\Omega \subset \mathbb{C} 上の関数 f=u+ivf = u + iv が点 z0=x0+iy0∈Ωz_0 = x_0 + i y_0 \in \Omega で複素微分可能であるとする。このとき

  1. uu と vv は点 (x0,y0)(x_0, y_0) で(実 2 変数の意味で)全微分可能であり、
  2. その偏微分はコーシー・リーマンの関係式 ux(x0,y0)=vy(x0,y0),uy(x0,y0)=− vx(x0,y0)u_x(x_0,y_0) = v_y(x_0,y_0), \qquad u_y(x_0,y_0) = -\,v_x(x_0,y_0) を満たし、
  3. 微分係数は f′(z0)=ux(x0,y0)+i vx(x0,y0)=vy(x0,y0)−i uy(x0,y0)f'(z_0) = u_x(x_0,y_0) + i\,v_x(x_0,y_0) = v_y(x_0,y_0) - i\,u_y(x_0,y_0) と表される。
証明(定理 4.1)

第 1 段:2 方向からの極限を比べて 2 と 3 を出す。

定義 3.1 の極限は h→0h \to 0 のあらゆる近づき方について成立しますから、特に hh を実軸上・虚軸上に制限したときの極限も f′(z0)f'(z_0) に等しくなります。

まず h=th = t(t∈Rt \in \mathbb{R}, t≠0t \ne 0)とすると

f(z0+t)−f(z0)t=u(x0+t,y0)−u(x0,y0)t+i v(x0+t,y0)−v(x0,y0)t.\frac{f(z_0+t)-f(z_0)}{t} = \frac{u(x_0+t, y_0) - u(x_0,y_0)}{t} + i\,\frac{v(x_0+t,y_0)-v(x_0,y_0)}{t}.

左辺は t→0t \to 0 で f′(z0)f'(z_0) に収束します。右辺の実部・虚部はどちらも実数値ですから、命題 2.2 により実部の極限と虚部の極限が別々に存在してそれぞれ Re⁡f′(z0)\operatorname{Re} f'(z_0), Im⁡f′(z0)\operatorname{Im} f'(z_0) に等しくなります。それらの極限は偏微分の定義そのものですから、ux(x0,y0)u_x(x_0,y_0) と vx(x0,y0)v_x(x_0,y_0) が存在して

f′(z0)=ux(x0,y0)+i vx(x0,y0)f'(z_0) = u_x(x_0,y_0) + i\,v_x(x_0,y_0)

が成り立ちます。これを「実軸方向の表示」と呼ぶことにします。

次に h=ith = it(t∈Rt \in \mathbb{R}, t≠0t \ne 0)とします。1/i=−i1/i = -i に注意して

f(z0+it)−f(z0)it=−i[u(x0,y0+t)−u(x0,y0)t+i v(x0,y0+t)−v(x0,y0)t].\frac{f(z_0+it)-f(z_0)}{it} = -i\left[\frac{u(x_0, y_0+t)-u(x_0,y_0)}{t} + i\,\frac{v(x_0,y_0+t)-v(x_0,y_0)}{t}\right].

角括弧の中は t→0t \to 0 で uy(x0,y0)+ivy(x0,y0)u_y(x_0,y_0) + i v_y(x_0,y_0) に収束します(同じく 命題 2.2 により、偏微分の存在も同時に従います)。したがって

f′(z0)=−i(uy+ivy)=vy(x0,y0)−i uy(x0,y0)f'(z_0) = -i\bigl(u_y + i v_y\bigr) = v_y(x_0,y_0) - i\,u_y(x_0,y_0)

が成り立ちます(「虚軸方向の表示」)。この 2 つは同じ複素数 f′(z0)f'(z_0) の 2 通りの表示ですから、実部どうし・虚部どうしを比べて

ux=vy,vx=−uyu_x = v_y, \qquad v_x = -u_y

を得ます。これがコーシー・リーマンの関係式です。主張 3 の 2 つの表示式も、いま得た 2 本の式そのものです。

第 2 段:1 を出す。

c=f′(z0)=a+ibc = f'(z_0) = a + ib(a,b∈Ra, b \in \mathbb{R})とおき、h=s+ith = s + it(s,t∈Rs,t\in\mathbb{R})と書きます。命題 3.3 より

f(z0+h)−f(z0)=c h+ε(h)∣h∣,ε(h)→0 (h→0).f(z_0+h) - f(z_0) = c\,h + \varepsilon(h)|h|, \qquad \varepsilon(h) \to 0 \ (h\to 0).

ここで ch=(a+ib)(s+it)=(as−bt)+i(bs+at)c h = (a+ib)(s+it) = (as - bt) + i(bs + at) です。両辺の実部・虚部を取り、ε=ε1+iε2\varepsilon = \varepsilon_1 + i\varepsilon_2(ε1,ε2\varepsilon_1,\varepsilon_2 は実数値)と書けば

u(x0+s,y0+t)−u(x0,y0)=as−bt+ε1(h)s2+t2,v(x0+s,y0+t)−v(x0,y0)=bs+at+ε2(h)s2+t2.\begin{aligned} u(x_0+s, y_0+t) - u(x_0,y_0) &= a s - b t + \varepsilon_1(h)\sqrt{s^2+t^2},\\ v(x_0+s, y_0+t) - v(x_0,y_0) &= b s + a t + \varepsilon_2(h)\sqrt{s^2+t^2}. \end{aligned}

∣h∣=s2+t2|h| = \sqrt{s^2+t^2} であり、∣εj(h)∣≤∣ε(h)∣→0|\varepsilon_j(h)| \le |\varepsilon(h)| \to 0 です。この 2 式はまさに、uu が線形写像 (s,t)↦as−bt(s,t)\mapsto as - bt で、vv が (s,t)↦bs+at(s,t)\mapsto bs+at で 1 次近似されること、すなわち u,vu, v が (x0,y0)(x_0,y_0) で全微分可能であることを述べています。ついでに勾配も読み取れて (ux,uy)=(a,−b)(u_x, u_y) = (a, -b), (vx,vy)=(b,a)(v_x, v_y) = (b, a) となり、ここからも第 1 段の結論が確認できます。

例 4.2(z の 2 乗で関係式を確かめる)

f(z)=z2f(z) = z^2 とすると f(x+iy)=(x+iy)2=(x2−y2)+i (2xy)f(x+iy) = (x+iy)^2 = (x^2 - y^2) + i\,(2xy) なので u=x2−y2u = x^2 - y^2, v=2xyv = 2xy です。偏微分は

ux=2x,uy=−2y,vx=2y,vy=2x.u_x = 2x,\quad u_y = -2y,\quad v_x = 2y,\quad v_y = 2x .

確かに ux=2x=vyu_x = 2x = v_y、uy=−2y=−(2y)=−vxu_y = -2y = -(2y) = -v_x で、コーシー・リーマンの関係式が平面全体で成り立っています。定理 4.1 の 3 から

f′(z)=ux+ivx=2x+i 2y=2(x+iy)=2zf'(z) = u_x + i v_x = 2x + i\,2y = 2(x+iy) = 2z

となり、命題 3.6 の結果と一致します。

例 4.3(共役写像で関係式が破れること)

例 3.8 の f(z)=zˉf(z) = \bar z は u=xu = x, v=−yv = -y です。ux=1u_x = 1, vy=−1v_y = -1 ですから ux=vyu_x = v_y はどの点でも成り立ちません(1≠−11 \ne -1)。定理 4.1 の対偶により、ff はどの点でも複素微分可能でないと結論できます。例 3.8 の差分商の計算が、機械的な偏微分の確認で置き換わりました。

同様に f(z)=∣z∣2=x2+y2f(z) = |z|^2 = x^2+y^2 は u=x2+y2u = x^2+y^2, v=0v = 0 で、ux=2xu_x = 2x, vy=0v_y = 0, uy=2yu_y = 2y, −vx=0-v_x = 0。関係式が成り立つのは x=y=0x = y = 0、つまり原点のみです。例 3.9 の結論と整合します。

4.1. ヴィルティンガー微分:「zˉ\bar z を含まない」という言い換え

Section titled “4.1. ヴィルティンガー微分:「zˉ\bar zzˉ を含まない」という言い換え”

コーシー・リーマンの関係式は 2 本の実の等式ですが、複素 1 本の等式にまとめると意味がはっきりします。ここで導入するヴィルティンガー微分は、x,yx, y の偏微分を ∂/∂z\partial/\partial z と ∂/∂zˉ\partial/\partial \bar z という 2 つの組み合わせに取り替える記法です。関係式が「zˉ\bar z の方向の微分が 0」という 1 本の式に書き換わることを、次の命題で確かめます。

定義 4.4(ヴィルティンガー微分)↗

u,vu, v が偏微分可能なとき、f=u+ivf = u+iv に対して

∂f∂z:=12(∂f∂x−i∂f∂y),∂f∂zˉ:=12(∂f∂x+i∂f∂y)\frac{\partial f}{\partial z} := \frac{1}{2}\left( \frac{\partial f}{\partial x} - i \frac{\partial f}{\partial y}\right), \qquad \frac{\partial f}{\partial \bar z} := \frac{1}{2}\left( \frac{\partial f}{\partial x} + i \frac{\partial f}{\partial y}\right)

と定める。ここで ∂f/∂x=ux+ivx\partial f/\partial x = u_x + i v_x、∂f/∂y=uy+ivy\partial f/\partial y = u_y + i v_y である。

命題 4.5(関係式の複素形)✓

上の記号のもとで、点 (x0,y0)(x_0,y_0) において

コーシー・リーマンの関係式  ⟺  ∂f∂zˉ(z0)=0\text{コーシー・リーマンの関係式} \iff \frac{\partial f}{\partial \bar z}(z_0) = 0

であり、このとき f′(z0)f'(z_0) が存在すれば f′(z0)=∂f∂z(z0)f'(z_0) = \dfrac{\partial f}{\partial z}(z_0) である。

証明(命題 4.5)

定義に従って計算します。

∂f∂zˉ=12[(ux+ivx)+i(uy+ivy)]=12[(ux−vy)+i (vx+uy)].\frac{\partial f}{\partial \bar z} = \frac{1}{2}\Bigl[(u_x + iv_x) + i(u_y + iv_y)\Bigr] = \frac{1}{2}\Bigl[(u_x - v_y) + i\,(v_x + u_y)\Bigr].

複素数が 00 であることは実部と虚部がともに 00 であることですから、∂f/∂zˉ=0\partial f/\partial \bar z = 0 は ux−vy=0u_x - v_y = 0 かつ vx+uy=0v_x + u_y = 0、すなわち ux=vyu_x = v_y かつ uy=−vxu_y = -v_x と同値です。

同様に

∂f∂z=12[(ux+ivx)−i(uy+ivy)]=12[(ux+vy)+i (vx−uy)]\frac{\partial f}{\partial z} = \frac{1}{2}\Bigl[(u_x + iv_x) - i(u_y + iv_y)\Bigr] = \frac{1}{2}\Bigl[(u_x + v_y) + i\,(v_x - u_y)\Bigr]

で、関係式のもとでは ux+vy=2uxu_x + v_y = 2u_x、vx−uy=2vxv_x - u_y = 2v_x なので ∂f/∂z=ux+ivx\partial f/\partial z = u_x + i v_x。定理 4.1 の 3 よりこれは f′(z0)f'(z_0) に等しくなります。

定理 4.1 は「複素微分可能 ⇒\Rightarrow 偏微分が存在して関係式」という一方向の主張です。逆は成り立ちません。

例 4.6(関係式を満たすが複素微分可能でない連続関数)

f(x+iy)=∣xy∣f(x+iy) = \sqrt{|xy|}

(実数値、つまり u=∣xy∣u = \sqrt{|xy|}, v≡0v \equiv 0)とします。

(連続性) 相加相乗平均の不等式から ∣xy∣≤(x2+y2)/2|xy| \le (x^2+y^2)/2 なので 0≤u≤∣z∣/20 \le u \le |z|/\sqrt{2}。したがって z→0z \to 0 で u→0=u(0,0)u \to 0 = u(0,0) となり、ff は原点で連続です。原点以外では、uu は連続関数 (x,y)↦∣xy∣(x,y)\mapsto |xy| と連続関数 s↦ss \mapsto \sqrt{s}(s≥0s \ge 0)の合成なので連続です。

(原点での偏微分と関係式) u(t,0)=∣t⋅0∣=0u(t, 0) = \sqrt{|t\cdot 0|} = 0 がすべての tt で成り立つので

ux(0,0)=lim⁡t→0u(t,0)−u(0,0)t=lim⁡t→00−0t=0.u_x(0,0) = \lim_{t\to 0}\frac{u(t,0)-u(0,0)}{t} = \lim_{t\to0}\frac{0-0}{t} = 0 .

同様に u(0,t)=0u(0,t) = 0 から uy(0,0)=0u_y(0,0) = 0。v≡0v \equiv 0 なので vx(0,0)=vy(0,0)=0v_x(0,0) = v_y(0,0) = 0。よって原点で ux=0=vyu_x = 0 = v_y、uy=0=−vxu_y = 0 = -v_x となり、コーシー・リーマンの関係式は成り立っています。

(複素微分可能でないこと) 差分商は h=s+it≠0h = s + it \ne 0 に対し

f(h)−f(0)h=∣st∣s+it.\frac{f(h) - f(0)}{h} = \frac{\sqrt{|st|}}{s+it}.

h=th = t(実軸方向, t≠0t\ne0)では ∣t⋅0∣/t=0\sqrt{|t\cdot 0|}/t = 0。一方 h=t(1+i)h = t(1+i)(t>0t > 0)では s=ts = t なので

t2t(1+i)=tt(1+i)=11+i=1−i2≠0.\frac{\sqrt{t^2}}{t(1+i)} = \frac{t}{t(1+i)} = \frac{1}{1+i} = \frac{1-i}{2} \ne 0 .

2 つの近づき方で極限が異なるので、原点での複素微分は存在しません。

(何が起きているか) 定理 4.1 の 1 に照らせば、破綻しているのは uu の全微分可能性です。もし uu が原点で全微分可能なら勾配は (ux,uy)=(0,0)(u_x, u_y) = (0,0) ですから u(s,t)=o(s2+t2)u(s,t) = o(\sqrt{s^2+t^2}) でなければなりません。しかし s=t>0s = t > 0 に沿うと

u(t,t)t2+t2=t2 t=12\frac{u(t,t)}{\sqrt{t^2+t^2}} = \frac{t}{\sqrt{2}\,t} = \frac{1}{\sqrt 2}

で 00 に収束しません。偏微分の存在は 2 方向の情報にすぎず、全微分可能性(すべての方向を一様に扱う条件)とは別物である、という多変数微積分の基本的な注意が、そのままここで効いています。

ρu0y = x に沿う断面(傾き 1/√2)実軸に沿う断面(恒等的に 0)
原点を通る直線に沿った u = √|xy| の値(横軸は原点からの符号付き距離 ρ)。実軸に沿っては恒等的に 0 で平ら、直線 y = x に沿っては傾き 1/√2 の折れ線になる

注意 4.7(連続性すら落ちる例)

f(0)=0f(0) = 0、z≠0z \ne 0 で f(z)=e−z−4f(z) = e^{-z^{-4}} と定めると、実軸上でも虚軸上でも ff の値は e−1/t4e^{-1/t^4}(実数)となり、e−1/t4/t→0e^{-1/t^4}/t \to 0(t→0t\to0)なので原点での 4 つの偏微分はすべて 00、したがって関係式は成り立ちます。ところが z=teiπ/4z = t e^{i\pi/4} に沿うと z4=−t4z^4 = -t^4 なので f(z)=e1/t4→∞f(z) = e^{1/t^4} \to \infty となり、ff は原点で連続ですらありません。関係式を点でしか課さない限り、話は好きなだけ悪くできます。


足りなかったのは全微分可能性でした。それを補うと、逆向きが成り立ちます。

定理 5.1(コーシー・リーマンの関係式(十分性))✓

開集合 Ω\Omega 上の関数 f=u+ivf = u+iv と点 z0=x0+iy0∈Ωz_0 = x_0+iy_0 \in \Omega について、uu と vv が (x0,y0)(x_0,y_0) で全微分可能であり、かつその点でコーシー・リーマンの関係式

ux(x0,y0)=vy(x0,y0),uy(x0,y0)=− vx(x0,y0)u_x(x_0,y_0) = v_y(x_0,y_0), \qquad u_y(x_0,y_0) = -\,v_x(x_0,y_0)

が成り立つとする。このとき ff は z0z_0 で複素微分可能で、f′(z0)=ux(x0,y0)+i vx(x0,y0)f'(z_0) = u_x(x_0,y_0) + i\,v_x(x_0,y_0) である。

証明(定理 5.1)

a:=ux(x0,y0)a := u_x(x_0,y_0), b:=vx(x0,y0)b := v_x(x_0,y_0) とおきます。関係式より vy=av_y = a, uy=−bu_y = -b です。

u,vu, v の (x0,y0)(x_0,y_0) での全微分可能性とは、h=s+it→0h = s+it \to 0 のとき

u(x0+s,y0+t)−u(x0,y0)=uxs+uyt+ε1(h)∣h∣=as−bt+ε1(h)∣h∣,v(x0+s,y0+t)−v(x0,y0)=vxs+vyt+ε2(h)∣h∣=bs+at+ε2(h)∣h∣\begin{aligned} u(x_0+s,y_0+t) - u(x_0,y_0) &= u_x s + u_y t + \varepsilon_1(h)|h| = a s - b t + \varepsilon_1(h)|h|,\\ v(x_0+s,y_0+t) - v(x_0,y_0) &= v_x s + v_y t + \varepsilon_2(h)|h| = b s + a t + \varepsilon_2(h)|h| \end{aligned}

(ε1(h),ε2(h)→0\varepsilon_1(h), \varepsilon_2(h) \to 0、∣h∣=s2+t2|h| = \sqrt{s^2+t^2})と書けることでした。ここで 2 つ目の等号でコーシー・リーマンの関係式を使いました。

f=u+ivf = u + iv ですから、上の 2 式を 11 と ii で組み合わせて

f(z0+h)−f(z0)=(as−bt)+i (bs+at)+(ε1(h)+iε2(h))∣h∣.f(z_0+h) - f(z_0) = (as - bt) + i\,(bs + at) + \bigl(\varepsilon_1(h) + i\varepsilon_2(h)\bigr)|h| .

ここで鍵になるのが次の因数分解です。c:=a+ibc := a + ib とおくと

c h=(a+ib)(s+it)=(as−bt)+i (bs+at)c\,h = (a+ib)(s+it) = (as - bt) + i\,(bs + at)

であり、右辺は上式の第 1・第 2 項とちょうど一致します。すなわち

f(z0+h)−f(z0)=c h+ε(h)∣h∣,ε(h):=ε1(h)+i ε2(h)→0.f(z_0+h) - f(z_0) = c\,h + \varepsilon(h)|h|, \qquad \varepsilon(h) := \varepsilon_1(h) + i\,\varepsilon_2(h) \to 0 .

これは 命題 3.3 の条件そのものですから、ff は z0z_0 で複素微分可能で f′(z0)=c=ux+ivxf'(z_0) = c = u_x + i v_x です。

証明のどこで関係式を使ったかを確認しておきます。関係式がなければヤコビ行列は (uxuyvxvy)\begin{pmatrix} u_x & u_y \\ v_x & v_y\end{pmatrix} という一般の実行列で、これは「複素数 cc を掛ける」形には書けません。関係式は、この行列を (a−bba)\begin{pmatrix} a & -b \\ b & a\end{pmatrix} という複素数倍の形に強制するためだけに使われました。

系 5.2(点における必要十分条件)✓

開集合 Ω\Omega 上の f=u+ivf = u+iv と z0=x0+iy0∈Ωz_0 = x_0+iy_0 \in \Omega について、次は同値である。

  1. ff は z0z_0 で複素微分可能である。
  2. uu と vv は (x0,y0)(x_0,y_0) で全微分可能で、その点でコーシー・リーマンの関係式を満たす。
証明(系 5.2)

1 ⇒\Rightarrow 2 は 定理 4.1 の 1 と 2、2 ⇒\Rightarrow 1 は 定理 5.1 です。

実際に関数が与えられたとき、全微分可能性を直接確かめるのは面倒です。多変数微積分の標準的な十分条件(偏導関数が連続なら全微分可能)を経由するのが実用的です。

系 5.3(C¹ 級による正則性の判定)✓

Ω⊂C\Omega \subset \mathbb{C} を開集合、f=u+ivf = u + iv とする。u,vu, v が Ω\Omega 上で C1C^1 級(4 つの偏導関数 ux,uy,vx,vyu_x, u_y, v_x, v_y が存在して Ω\Omega 上連続)であり、Ω\Omega の各点でコーシー・リーマンの関係式を満たすならば、ff は Ω\Omega 上正則で f′=ux+ivxf' = u_x + i v_x である。

証明(系 5.3)

多変数微積分の定理により、偏導関数が点 (x0,y0)(x_0,y_0) の近傍で存在してその点で連続ならば、関数はその点で全微分可能です(定理 4.5[多変数関数の微分と偏微分])。仮定から u,vu, v は Ω\Omega の各点でこの条件を満たすので、各点で全微分可能です。そこで各点に 定理 5.1 を適用すれば、ff は Ω\Omega の各点で複素微分可能、すなわち 定義 3.2 により Ω\Omega 上正則です。

条件どうしの論理関係。実線は含意が成り立つ向き、点線は一般には成り立たない向き

図の上から下への流れが実用の判定手順です。逆向きについては、「複素微分可能」から「全微分可能かつ関係式」へは戻れます(定理 4.1)が、「偏微分可能かつ関係式」から「複素微分可能」へは戻れません(例 4.6)。この非対称性が、以下の 2 つの主張を分けています。

定理 5.4(正則性の特徴づけ)✓

Ω⊂C\Omega \subset \mathbb{C} を開集合、f=u+iv:Ω→Cf = u+iv : \Omega \to \mathbb{C} とする。このとき次は同値である。

  1. ff は Ω\Omega 上正則である。
  2. u,vu, v は Ω\Omega 上 C1C^1 級で、Ω\Omega の各点でコーシー・リーマンの関係式を満たす。

この定理は、ここまでの結果を開集合全体の言葉にまとめたものです。証明の方針は、2 ⇒\Rightarrow 1 は直前の系をそのまま使い、1 ⇒\Rightarrow 2 は関係式の部分を必要性の定理から出し、偏導関数が連続であることだけを後の章の事実に頼る、というものです。後の章の事実を使う箇所は、証明の中で明示されます。

証明(定理 5.4)

2 ⇒\Rightarrow 1 は 系 5.3 です。

1 ⇒\Rightarrow 2 のうち、関係式が各点で成り立つことは 定理 4.1 から直ちに従います。残るのは「偏導関数が連続である」ことですが、これは本記事の道具だけでは示せません。次の事実を使います:Ω\Omega 上正則な関数は Ω\Omega 上何回でも複素微分可能である(系 3.3[正則関数の強力な性質])。これはグルサの定理とコーシーの積分公式から導かれ、コーシーの積分定理と積分公式で証明します。これを認めれば f′f' も Ω\Omega 上正則、特に 命題 3.4 により連続です。定理 4.1 の 3 より ux=Re⁡f′u_x = \operatorname{Re} f', vx=Im⁡f′v_x = \operatorname{Im} f', vy=Re⁡f′v_y = \operatorname{Re} f', uy=−Im⁡f′u_y = -\operatorname{Im} f' ですから、4 つの偏導関数はすべて連続関数 f′f' の実部・虚部(に符号を付けたもの)として連続です。実際にはこの議論を繰り返して u,v∈C∞u, v \in C^\infty まで言えます。

注意 5.5(論理的な依存関係について)

定理 5.4 の 1 ⇒\Rightarrow 2 が後の章に依存していることは、意識しておく価値があります。積分定理の証明(グルサの議論)は正則性の定義、すなわち各点での複素微分可能性だけを使い、C1C^1 性を仮定しませんから、循環論法にはなっていません。仮定をどこまで弱められるかについては巻末の Appendix で触れます。

5.1. 関係式が語る幾何:回転と拡大

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命題 5.6(ヤコビ行列の形)✓

f=u+ivf = u+iv が z0z_0 で複素微分可能とし、ff を R2→R2\mathbb{R}^2 \to \mathbb{R}^2 の写像とみなしたときのヤコビ行列を

Jf(x0,y0)=(uxuyvxvy)J_f(x_0,y_0) = \begin{pmatrix} u_x & u_y \\ v_x & v_y \end{pmatrix}

とする(すべて (x0,y0)(x_0,y_0) での値)。このとき a=uxa = u_x, b=vxb = v_x とおくと

Jf(x0,y0)=(a−bba)=∣f′(z0)∣(cos⁡θ−sin⁡θsin⁡θcos⁡θ)(f′(z0)≠0, θ=arg⁡f′(z0))J_f(x_0,y_0) = \begin{pmatrix} a & -b \\ b & a \end{pmatrix} = |f'(z_0)| \begin{pmatrix} \cos\theta & -\sin\theta \\ \sin\theta & \cos\theta\end{pmatrix} \quad (f'(z_0) \ne 0,\ \theta = \arg f'(z_0))

であり、特に det⁡Jf(x0,y0)=a2+b2=∣f′(z0)∣2≥0\det J_f(x_0,y_0) = a^2 + b^2 = |f'(z_0)|^2 \ge 0 である。

証明(命題 5.6)

定理 4.1 より ux=vy=au_x = v_y = a, uy=−vx=−bu_y = -v_x = -b なので、行列は (a−bba)\begin{pmatrix} a & -b \\ b & a\end{pmatrix} の形になります。f′(z0)=a+ibf'(z_0) = a + ib を極形式 f′(z0)=reiθf'(z_0) = r e^{i\theta}(r=∣f′(z0)∣=a2+b2r = |f'(z_0)| = \sqrt{a^2+b^2})で書けば a=rcos⁡θa = r\cos\theta, b=rsin⁡θb = r\sin\theta なので、行列は rr 倍と角 θ\theta の回転行列の積になります。行列式は a⋅a−(−b)⋅b=a2+b2a\cdot a - (-b)\cdot b = a^2+b^2 です。

f′(z0)≠0f'(z_0) \ne 0 のとき、ff の z0z_0 における 1 次近似は「θ\theta だけ回転して rr 倍に拡大する」写像です。回転と拡大は角度を変えませんから、z0z_0 で交わる 2 曲線のなす角は ff で写しても(向きも込めて)保たれます。これが等角性で、等角写像とリーマン写像定理の出発点になります。例 3.8 の zˉ\bar z が複素微分可能でなかったのは、そのヤコビ行列 (100−1)\begin{pmatrix}1 & 0\\ 0& -1\end{pmatrix} が行列式 −1-1、つまり向きを反転する写像だったからだと理解できます。

系 5.7(実部・虚部は調和関数)✓

f=u+ivf = u + iv が開集合 Ω\Omega 上で正則ならば、u,vu, v は Ω\Omega 上 C∞C^\infty 級であり、ラプラス方程式

Δu=uxx+uyy=0,Δv=vxx+vyy=0\Delta u = u_{xx} + u_{yy} = 0, \qquad \Delta v = v_{xx} + v_{yy} = 0

を満たす。すなわち u,vu, v は調和関数である。

証明(系 5.7)

u,v∈C∞(Ω)u, v \in C^\infty(\Omega) は 定理 5.4 の証明中で述べた事実(正則関数は何回でも複素微分可能)から従います。C2C^2 級であれば偏微分の順序交換ができます(定理 7.1[多変数関数の微分と偏微分])。コーシー・リーマンの関係式 ux=vyu_x = v_y を xx で微分して uxx=vyxu_{xx} = v_{yx}、uy=−vxu_y = -v_x を yy で微分して uyy=−vxyu_{yy} = -v_{xy}。辺々加えると

uxx+uyy=vyx−vxy=0u_{xx} + u_{yy} = v_{yx} - v_{xy} = 0

です(最後の等号で v∈C2v \in C^2 による vyx=vxyv_{yx} = v_{xy} を使いました)。vv については ux=vyu_x = v_y を yy で、uy=−vxu_y = -v_x を xx で微分して uxy=vyyu_{xy} = v_{yy}, uyx=−vxxu_{yx} = -v_{xx}、辺々引いて vyy+vxx=uxy−uyx=0v_{yy} + v_{xx} = u_{xy} - u_{yx} = 0 を得ます。

なお、ラプラス方程式を満たす関数を調和関数と呼びます。この系は、静電場・定常熱伝導・非圧縮渦なし流れといった 2 次元のラプラス方程式の問題に複素関数論が使える理由です。逆に、単連結領域上の調和関数 uu に対しては共役調和関数 vv が構成でき、u+ivu + iv が正則になります(演習 7.4 でその手続きを実行します)。

実 1 変数では、区間上で導関数が 0 の関数は定数になります。複素関数でも同じことが言えますが、平面では「つながっている」ことが必要になります。証明の方針は、ff が f(a)f(a) に等しい点の集合 SS を考え、SS が空でなく、開集合かつ閉集合であることを示して、連結な領域では SS が全体になるとする、というものです。

命題 5.8(導関数が消えれば定数)✓

Ω\Omega を領域(連結な開集合)、ff を Ω\Omega 上正則で f′(z)=0f'(z) = 0(すべての z∈Ωz \in \Omega)とする。このとき ff は Ω\Omega 上定数である。

証明(命題 5.8)

定理 4.1 の 3 より ux=Re⁡f′=0u_x = \operatorname{Re} f' = 0, vx=Im⁡f′=0v_x = \operatorname{Im} f' = 0 が Ω\Omega 上で成り立ち、関係式から vy=ux=0v_y = u_x = 0, uy=−vx=0u_y = -v_x = 0 も成り立ちます。つまり u,vu, v の 4 つの偏導関数が Ω\Omega 上恒等的に 00 です。また 定理 4.1 の 1 より u,vu, v は各点で全微分可能です。

a∈Ωa \in \Omega を 1 つ固定し、S={ z∈Ω:f(z)=f(a) }S = \{\, z \in \Omega : f(z) = f(a) \,\} とおきます。

SS は空でありません(a∈Sa \in S)。ff は連続(命題 3.4)ですから S=f−1({f(a)})S = f^{-1}(\{f(a)\}) は Ω\Omega の相対閉集合です。

SS が開であることを示します。z0∈Sz_0 \in S を取り、D(z0,r)⊂ΩD(z_0, r) \subset \Omega となる r>0r>0 を選びます。z∈D(z0,r)z \in D(z_0,r) とすると、円板は凸なので線分 γ(t)=z0+t(z−z0)\gamma(t) = z_0 + t(z - z_0)(t∈[0,1]t \in [0,1])は D(z0,r)D(z_0,r) に含まれます。g(t):=u(γ(t))g(t) := u(\gamma(t)) とおくと、uu が全微分可能なので連鎖律が使えて

g′(t)=ux(γ(t)) Re⁡(z−z0)+uy(γ(t)) Im⁡(z−z0)=0g'(t) = u_x(\gamma(t))\,\operatorname{Re}(z-z_0) + u_y(\gamma(t))\,\operatorname{Im}(z-z_0) = 0

(ux=uy=0u_x = u_y = 0 による)。gg は [0,1][0,1] 上連続で (0,1)(0,1) 上微分係数 00 ですから、平均値の定理(定理 3.3[平均値の定理とテイラーの定理])により g(1)=g(0)g(1) = g(0)、すなわち u(z)=u(z0)u(z) = u(z_0)。vv についても同じ議論で v(z)=v(z0)v(z) = v(z_0)。よって f(z)=f(z0)=f(a)f(z) = f(z_0) = f(a) となり D(z0,r)⊂SD(z_0,r) \subset S です。

Ω\Omega は連結で、SS は Ω\Omega の空でない開かつ閉な部分集合ですから S=ΩS = \Omega。すなわち ff は Ω\Omega 上定数 f(a)f(a) です。

例 5.9(実部が定数なら関数そのものが定数)

ff が領域 Ω\Omega 上正則で u=Re⁡fu = \operatorname{Re} f が定数だとします。すると ux=uy=0u_x = u_y = 0 が Ω\Omega 上で成り立ちます。コーシー・リーマンの関係式から vy=ux=0v_y = u_x = 0、vx=−uy=0v_x = -u_y = 0。よって 定理 4.1 の 3 より f′=ux+ivx=0f' = u_x + iv_x = 0 となり、命題 5.8 から ff は定数です。

実 2 変数の世界ではこんなことは起こりません。たとえば F(x,y)=(0, x2+y3)F(x,y) = (0,\ x^2 + y^3) は R2→R2\mathbb{R}^2 \to \mathbb{R}^2 の C∞C^\infty 級写像で、第 1 成分は定数なのに第 2 成分は定数ではありません。実 2 成分は互いにまったく無関係に選べるからです。正則性を課した瞬間に、虚部は実部に(加える定数を除いて)完全に縛られます。この剛性が、正則関数の強力な性質で扱う一致の定理や最大値原理へつながっていきます。


例 6.1(多項式と有理関数)

命題 3.6 より多項式は整関数です。P,QP, Q を多項式、QQ が恒等的に 00 でないとすると、QQ の零点は有限個(代数学の基本定理により高々 deg⁡Q\deg Q 個)ですから、Ω={ z:Q(z)≠0 }\Omega = \{\, z : Q(z) \ne 0 \,\} は開集合です。定理 3.5 の 3 より有理関数 P/QP/Q は Ω\Omega 上正則で

(PQ)′=P′Q−PQ′Q2\left(\frac{P}{Q}\right)' = \frac{P'Q - PQ'}{Q^2}

です。たとえば f(z)=1/zf(z) = 1/z は C∖{0}\mathbb{C}\setminus\{0\} 上正則で f′(z)=−1/z2f'(z) = -1/z^2。

定義 6.2(複素指数関数)↗

z=x+iyz = x+iy に対して

ez:=ex(cos⁡y+isin⁡y)e^{z} := e^{x}\bigl(\cos y + i \sin y\bigr)

と定める(右辺の exe^x, cos⁡y\cos y, sin⁡y\sin y は実関数)。

y=0y = 0 とすれば実の指数関数に一致し、x=0x = 0 とすればオイラーの公式 eiy=cos⁡y+isin⁡ye^{iy} = \cos y + i\sin y になります(定理 4.2[複素数と複素平面])。べき級数 ∑n≥0zn/n!\sum_{n\ge0} z^n/n! で定義しても同じ関数が得られます(級数と収束判定)。

命題 6.3(指数関数は整関数)✓

eze^z は C\mathbb{C} 上正則(整関数)で、ddzez=ez\dfrac{d}{dz}e^z = e^z である。さらに任意の z,w∈Cz, w \in \mathbb{C} について ez+w=ezewe^{z+w} = e^z e^w、∣ez∣=eRe⁡z>0|e^z| = e^{\operatorname{Re} z} > 0(特に eze^z は決して 00 にならない)、ez+2πi=eze^{z + 2\pi i} = e^z が成り立つ。

証明(命題 6.3)

u(x,y)=excos⁡yu(x,y) = e^x\cos y, v(x,y)=exsin⁡yv(x,y) = e^x \sin y です。偏微分は

ux=excos⁡y,uy=−exsin⁡y,vx=exsin⁡y,vy=excos⁡y.u_x = e^x\cos y,\quad u_y = -e^x \sin y, \quad v_x = e^x\sin y, \quad v_y = e^x\cos y .

これらは R2\mathbb{R}^2 全体で連続なので u,vu, v は C1C^1 級です。また

ux=excos⁡y=vy,uy=−exsin⁡y=−vxu_x = e^x\cos y = v_y, \qquad u_y = -e^x\sin y = -v_x

でコーシー・リーマンの関係式が全平面で成り立ちます。系 5.3 より eze^z は整関数で

ddzez=ux+ivx=excos⁡y+iexsin⁡y=ex(cos⁡y+isin⁡y)=ez.\frac{d}{dz}e^z = u_x + iv_x = e^x\cos y + i e^x \sin y = e^x(\cos y + i \sin y) = e^z .

加法定理は定義と実の指数法則・三角関数の加法定理から出ます。z=x+iyz = x+iy, w=s+itw = s+it とすると

ezew=exes(cos⁡y+isin⁡y)(cos⁡t+isin⁡t)=ex+s[cos⁡(y+t)+isin⁡(y+t)]=ez+we^z e^w = e^{x}e^{s}(\cos y + i\sin y)(\cos t + i \sin t) = e^{x+s}\bigl[\cos(y+t) + i \sin(y+t)\bigr] = e^{z+w}

(中辺の計算では (cos⁡y+isin⁡y)(cos⁡t+isin⁡t)=(cos⁡ycos⁡t−sin⁡ysin⁡t)+i(sin⁡ycos⁡t+cos⁡ysin⁡t)(\cos y + i \sin y)(\cos t + i\sin t) = (\cos y\cos t - \sin y \sin t) + i(\sin y\cos t + \cos y \sin t) を使いました)。

絶対値は ∣ez∣2=e2x(cos⁡2y+sin⁡2y)=e2x|e^z|^2 = e^{2x}(\cos^2 y + \sin^2 y) = e^{2x} より ∣ez∣=ex=eRe⁡z|e^z| = e^x = e^{\operatorname{Re} z}。これは正の数ですから ez≠0e^z \ne 0 です。周期性は cos⁡,sin⁡\cos, \sin の 2π2\pi 周期性から ez+2πi=ex(cos⁡(y+2π)+isin⁡(y+2π))=eze^{z+2\pi i} = e^x(\cos(y+2\pi) + i\sin(y+2\pi)) = e^z。

実の指数関数との最大の違いは周期性です。eze^z は 2πi2\pi i を周期に持ち、したがって単射ではありません。この事実が、後で対数を定義するときに厄介ごとを引き起こします。

定義 6.4(複素三角関数)↗

cos⁡z:=eiz+e−iz2,sin⁡z:=eiz−e−iz2i.\cos z := \frac{e^{iz} + e^{-iz}}{2}, \qquad \sin z := \frac{e^{iz} - e^{-iz}}{2i} .

zz が実数のときオイラーの公式からこれは実の cos⁡,sin⁡\cos, \sin に一致します。

命題 6.5(三角関数の正則性と基本性質)✓

cos⁡z\cos z, sin⁡z\sin z は整関数で

ddzcos⁡z=−sin⁡z,ddzsin⁡z=cos⁡z\frac{d}{dz}\cos z = -\sin z, \qquad \frac{d}{dz}\sin z = \cos z

であり、すべての z∈Cz \in \mathbb{C} で cos⁡2z+sin⁡2z=1\cos^2 z + \sin^2 z = 1 が成り立つ。

証明(命題 6.5)

z↦izz \mapsto iz は整関数(命題 3.6)、ewe^w は整関数(命題 6.3)ですから、定理 3.5 の 4 より eize^{iz} は整関数で、その導関数は eiz⋅i=ieize^{iz}\cdot i = ie^{iz}。同様に e−ize^{-iz} は整関数で導関数は −ie−iz-i e^{-iz}。定理 3.5 の 1(線形性)より cos⁡z\cos z, sin⁡z\sin z も整関数です。

導関数を計算します。まず sin⁡z=eiz−e−iz2i\sin z = \dfrac{e^{iz}-e^{-iz}}{2i} の両辺に ii を掛けて eiz−e−iz2=isin⁡z\dfrac{e^{iz}-e^{-iz}}{2} = i \sin z に注意しておきます。すると

ddzcos⁡z=ieiz+(−i)e−iz2=i⋅eiz−e−iz2=i⋅isin⁡z=−sin⁡z.\frac{d}{dz}\cos z = \frac{i e^{iz} + (-i) e^{-iz}}{2} = i\cdot\frac{e^{iz}-e^{-iz}}{2} = i \cdot i \sin z = -\sin z .

同様に

ddzsin⁡z=ieiz−(−i)e−iz2i=i(eiz+e−iz)2i=eiz+e−iz2=cos⁡z.\frac{d}{dz}\sin z = \frac{i e^{iz} - (-i)e^{-iz}}{2i} = \frac{i\bigl(e^{iz}+e^{-iz}\bigr)}{2i} = \frac{e^{iz}+e^{-iz}}{2} = \cos z .

最後に cos⁡2z+sin⁡2z=1\cos^2 z + \sin^2 z = 1 を示します。A=eizA = e^{iz}, B=e−izB = e^{-iz} とおくと 命題 6.3 の加法定理より AB=eiz−iz=e0=1AB = e^{iz - iz} = e^0 = 1 です。(2i)2=−4(2i)^2 = -4 に注意すると

cos⁡2z+sin⁡2z=(A+B)24+(A−B)2−4=(A2+2AB+B2)−(A2−2AB+B2)4=4AB4=AB=1\cos^2 z + \sin^2 z = \frac{(A+B)^2}{4} + \frac{(A-B)^2}{-4} = \frac{(A^2 + 2AB + B^2) - (A^2 - 2AB + B^2)}{4} = \frac{4AB}{4} = AB = 1

となります。

例 6.6(複素の sin は有界でない)

実軸上では ∣sin⁡x∣≤1|\sin x| \le 1 ですが、虚軸上では事情がまったく違います。z=iyz = iy(y∈Ry \in \mathbb{R})とすると

sin⁡(iy)=ei(iy)−e−i(iy)2i=e−y−ey2i=i ey−e−y2=isinh⁡y\sin(iy) = \frac{e^{i(iy)} - e^{-i(iy)}}{2i} = \frac{e^{-y} - e^{y}}{2i} = i\,\frac{e^{y}-e^{-y}}{2} = i \sinh y

(1/i=−i1/i = -i を使いました)。したがって ∣sin⁡(iy)∣=∣sinh⁡y∣=e∣y∣−e−∣y∣2→∞|\sin(iy)| = |\sinh y| = \dfrac{e^{|y|} - e^{-|y|}}{2} \to \infty(∣y∣→∞|y| \to \infty)です。たとえば y=10y = 10 なら ∣sin⁡(10i)∣=sinh⁡10≈1.1013×104|\sin(10 i)| = \sinh 10 \approx 1.1013 \times 10^{4}。

「有界な整関数は定数に限る」というリウヴィルの定理(定理 4.2[正則関数の強力な性質])を認めれば、sin⁡z\sin z が定数でない整関数である以上、非有界であることは必然です。実軸上での有界性は、実軸という「細い」集合の上でしか見ていなかったから生じた錯覚だった、ということになります。

eze^z は周期 2πi2\pi i を持つので単射でなく、その逆関数は 1 価に定まりません。w≠0w \ne 0 に対し eζ=we^{\zeta} = w を解いてみます。ζ=ξ+iη\zeta = \xi + i\eta とすると 命題 6.3 より ∣eζ∣=eξ|e^\zeta| = e^{\xi} なので ξ=ln⁡∣w∣\xi = \ln|w|(実対数)。さらに eiη=w/∣w∣e^{i\eta} = w/|w| より η\eta は ww の偏角で、2π2\pi の整数倍の不定性が残ります。つまり

{ ζ:eζ=w }={ ln⁡∣w∣+i(arg⁡w+2πn):n∈Z }\{\, \zeta : e^{\zeta} = w \,\} = \{\, \ln|w| + i(\arg w + 2\pi n) : n \in \mathbb{Z} \,\}

です。この不定性を 1 つに固定したものが枝(branch)です。

定義 6.7(対数の主枝)↗

z∈C∖{0}z \in \mathbb{C}\setminus\{0\} に対し、zz の偏角 arg⁡z\arg z の値(2π2\pi の整数倍だけ異なる無限個の実数)のうち区間 (−π,π](-\pi, \pi] に属するただ 1 つのものを偏角の主値と呼び Arg⁡z\operatorname{Arg} z と書く。そして

Log⁡z:=ln⁡∣z∣+iArg⁡z\operatorname{Log} z := \ln|z| + i \operatorname{Arg} z

を対数の主枝という。

主枝を正則性の対象にするには、Arg⁡\operatorname{Arg} が連続な範囲に制限する必要があります。負の実軸をまたぐと Arg⁡\operatorname{Arg} は π\pi から −π-\pi 近くへ飛ぶからです。そこで切断した領域

Ω0:=C∖(−∞,0]={ reiθ:r>0, −π<θ<π }\Omega_0 := \mathbb{C}\setminus(-\infty, 0] = \{\, r e^{i\theta} : r > 0,\ -\pi < \theta < \pi \,\}

を考えます。この上での正則性を示すには、極座標版の関係式が便利です。

Log⁡z=ln⁡r+iθ\operatorname{Log} z = \ln r + i\theta は極座標 (r,θ)(r, \theta) で書くと実部も虚部も単純な式になります。そこで、直交座標の関係式を r,θr, \theta の偏微分で書き直しておくのが次の補題のねらいです。証明の中心は、連鎖律で (ux,uy)(u_x, u_y) と (ur,uθ/r)(u_r, u_\theta/r) を結ぶ式を作ることで、両者は角 θ\theta の回転でつながっています。

補題 6.8(極座標のコーシー・リーマンの関係式)✓

U⊂(0,∞)×(−π,π)U \subset (0,\infty)\times(-\pi,\pi) を開集合とし、Φ(r,θ)=(rcos⁡θ, rsin⁡θ)\Phi(r,\theta) = (r\cos\theta,\, r\sin\theta) による像 Φ(U)\Phi(U) 上の関数 f=u+ivf = u+iv を考える。u,vu, v が (r,θ)(r,\theta) の関数として C1C^1 級であるとき、ff が Φ(U)\Phi(U) 上正則であることと

∂u∂r=1r∂v∂θ,∂v∂r=−1r∂u∂θ\frac{\partial u}{\partial r} = \frac{1}{r}\frac{\partial v}{\partial \theta}, \qquad \frac{\partial v}{\partial r} = -\frac{1}{r}\frac{\partial u}{\partial \theta}

が UU 上で成り立つことは同値である。さらにこのとき z=reiθz = re^{i\theta} において

f′(z)=e−iθ(∂u∂r+i∂v∂r).f'(z) = e^{-i\theta}\left( \frac{\partial u}{\partial r} + i \frac{\partial v}{\partial r}\right) .
証明(補題 6.8)

Φ\Phi は (0,∞)×(−π,π)(0,\infty)\times(-\pi,\pi) から Ω0\Omega_0 への C∞C^\infty 級の全単射で、そのヤコビ行列式は det⁡(cos⁡θ−rsin⁡θsin⁡θrcos⁡θ)=r>0\det\begin{pmatrix} \cos\theta & -r\sin\theta \\ \sin\theta & r\cos\theta\end{pmatrix} = r > 0 ですから、逆関数定理により Φ−1\Phi^{-1} も C∞C^\infty 級です。したがって「u,vu,v が (r,θ)(r,\theta) の関数として C1C^1」と「u,vu,v が (x,y)(x,y) の関数として C1C^1」は同値で、系 5.3 と 定理 5.4 により、示すべきことは直交座標の関係式と極座標の関係式の同値性だけです。

連鎖律から

ur=uxcos⁡θ+uysin⁡θ,1ruθ=−uxsin⁡θ+uycos⁡θ,vr=vxcos⁡θ+vysin⁡θ,1rvθ=−vxsin⁡θ+vycos⁡θ.\begin{aligned} u_r &= u_x \cos\theta + u_y \sin\theta, & \frac{1}{r}u_\theta &= -u_x\sin\theta + u_y\cos\theta,\\ v_r &= v_x \cos\theta + v_y \sin\theta, & \frac{1}{r}v_\theta &= -v_x\sin\theta + v_y\cos\theta . \end{aligned}

(x=rcos⁡θx = r\cos\theta, y=rsin⁡θy = r\sin\theta より xr=cos⁡θx_r = \cos\theta, yr=sin⁡θy_r = \sin\theta, xθ=−rsin⁡θx_\theta = -r\sin\theta, yθ=rcos⁡θy_\theta = r\cos\theta。)

(直交 ⇒\Rightarrow 極) ux=vyu_x = v_y, uy=−vxu_y = -v_x を代入します。

1rvθ=−vxsin⁡θ+vycos⁡θ=uysin⁡θ+uxcos⁡θ=ur,\frac{1}{r}v_\theta = -v_x\sin\theta + v_y\cos\theta = u_y\sin\theta + u_x\cos\theta = u_r ,1ruθ=−uxsin⁡θ+uycos⁡θ=−vysin⁡θ−vxcos⁡θ=−vr.\frac{1}{r}u_\theta = -u_x\sin\theta + u_y\cos\theta = -v_y\sin\theta - v_x\cos\theta = -v_r .

(極 ⇒\Rightarrow 直交) 上の 4 本の式は、(ux,uy)(u_x,u_y) から (ur,uθ/r)(u_r, u_\theta/r) への変換が回転行列 (cos⁡θsin⁡θ−sin⁡θcos⁡θ)\begin{pmatrix}\cos\theta & \sin\theta\\ -\sin\theta & \cos\theta\end{pmatrix} による、ということを述べています。回転行列は直交行列なので逆行列は転置で、

ux=urcos⁡θ−uθrsin⁡θ,uy=ursin⁡θ+uθrcos⁡θu_x = u_r\cos\theta - \frac{u_\theta}{r}\sin\theta, \qquad u_y = u_r \sin\theta + \frac{u_\theta}{r}\cos\theta

(vv も同様)が得られます。ここに極座標の関係式 ur=vθ/ru_r = v_\theta/r, uθ/r=−vru_\theta/r = -v_r を代入すると

ux=vθrcos⁡θ+vrsin⁡θ,vy=vrsin⁡θ+vθrcos⁡θu_x = \frac{v_\theta}{r}\cos\theta + v_r \sin\theta, \qquad v_y = v_r\sin\theta + \frac{v_\theta}{r}\cos\theta

で両者は一致し ux=vyu_x = v_y。また

uy=vθrsin⁡θ−vrcos⁡θ,vx=vrcos⁡θ−vθrsin⁡θ=−uyu_y = \frac{v_\theta}{r}\sin\theta - v_r\cos\theta, \qquad v_x = v_r\cos\theta - \frac{v_\theta}{r}\sin\theta = -u_y

です。

(導関数の表示) ff が正則なとき、z=reiθz = re^{i\theta} を固定し、h=Δr eiθh = \Delta r\, e^{i\theta}(Δr\Delta r は 00 でない実数)という動径方向の近づけ方をすると

f′(z)=lim⁡Δr→0f((r+Δr)eiθ)−f(reiθ)Δr eiθ=e−iθ∂∂r(u+iv)=e−iθ(ur+ivr)f'(z) = \lim_{\Delta r \to 0}\frac{f\bigl((r+\Delta r)e^{i\theta}\bigr) - f(re^{i\theta})}{\Delta r\, e^{i\theta}} = e^{-i\theta} \frac{\partial}{\partial r}\bigl(u + iv\bigr) = e^{-i\theta}\left(u_r + i v_r\right)

となります(複素微分の極限はどの近づき方でも同じ値なので、この制限した極限も f′(z)f'(z) に等しくなります)。

定理 6.9(対数の主枝の正則性)✓

Log⁡z\operatorname{Log} z は Ω0=C∖(−∞,0]\Omega_0 = \mathbb{C}\setminus(-\infty,0] 上で正則であり、

ddzLog⁡z=1z(z∈Ω0)\frac{d}{dz}\operatorname{Log} z = \frac{1}{z} \qquad (z \in \Omega_0)

が成り立つ。また eLog⁡z=ze^{\operatorname{Log} z} = z(z∈Ω0z \in \Omega_0)である。

証明(定理 6.9)

z=reiθz = re^{i\theta}(r>0r>0, −π<θ<π-\pi < \theta < \pi)に対して Arg⁡z=θ\operatorname{Arg} z = \theta ですから

u(r,θ)=ln⁡r,v(r,θ)=θ.u(r,\theta) = \ln r, \qquad v(r,\theta) = \theta .

これらは (0,∞)×(−π,π)(0,\infty)\times(-\pi,\pi) 上で C∞C^\infty 級です。偏微分は

ur=1r,uθ=0,vr=0,vθ=1.u_r = \frac{1}{r},\quad u_\theta = 0, \quad v_r = 0, \quad v_\theta = 1 .

極座標の関係式を確認します。第 1 式は 1rvθ=1r⋅1=1r=ur\dfrac{1}{r}v_\theta = \dfrac{1}{r}\cdot 1 = \dfrac{1}{r} = u_r で成立、第 2 式は −1ruθ=−1r⋅0=0=vr-\dfrac{1}{r}u_\theta = -\dfrac{1}{r}\cdot 0 = 0 = v_r で成立します。よって 補題 6.8 より Log⁡\operatorname{Log} は Ω0\Omega_0 上正則で

ddzLog⁡z=e−iθ(1r+i⋅0)=1reiθ=1z.\frac{d}{dz}\operatorname{Log} z = e^{-i\theta}\left(\frac{1}{r} + i\cdot 0\right) = \frac{1}{re^{i\theta}} = \frac{1}{z}.

最後に eLog⁡z=eln⁡r+iθ=eln⁡r(cos⁡θ+isin⁡θ)=reiθ=ze^{\operatorname{Log} z} = e^{\ln r + i\theta} = e^{\ln r}(\cos\theta + i \sin\theta) = r e^{i\theta} = z(定義 6.2 による)。

注意 6.10(切断は取り除けない)

切断 (−∞,0](-\infty,0] の選び方には任意性があります。原点から出る任意の半直線を除いた領域上で、同じように枝が作れます。しかし、切断そのものを完全に取り除くこと、すなわち C∖{0}\mathbb{C}\setminus\{0\} 全体で連続な対数を作ることはできません。

理由を書きます。仮に連続関数 L:C∖{0}→CL : \mathbb{C}\setminus\{0\} \to \mathbb{C} が eL(z)=ze^{L(z)} = z を満たすとします。単位円周上の点 γ(s)=eis\gamma(s) = e^{is}(s∈[0,2π]s \in [0, 2\pi])に沿って φ(s):=Im⁡L(γ(s))\varphi(s) := \operatorname{Im} L(\gamma(s)) を見ると、eL(γ(s))=eise^{L(\gamma(s))} = e^{is} より φ(s)−s\varphi(s) - s は 2π2\pi の整数倍です。φ\varphi は連続なので (φ(s)−s)/(2π)(\varphi(s)-s)/(2\pi) は連続な整数値関数、すなわち定数 nn です。ところが γ(0)=γ(2π)=1\gamma(0) = \gamma(2\pi) = 1 なので φ(0)=φ(2π)\varphi(0) = \varphi(2\pi) でなければならず、φ(2π)−φ(0)=2π\varphi(2\pi) - \varphi(0) = 2\pi と矛盾します。

この「1 周すると 2πi2\pi i ずれる」現象は、後に ∮∣z∣=1dzz=2πi\displaystyle\oint_{|z|=1}\frac{dz}{z} = 2\pi i という積分として定量化され、留数の理論の出発点になります(コーシーの積分定理と積分公式、留数定理と定積分への応用)。

一般のべき zαz^\alpha(α∈C\alpha \in \mathbb{C})も zα:=eαLog⁡zz^{\alpha} := e^{\alpha \operatorname{Log} z} と主枝で定義でき、定理 3.5 の 4 と 定理 6.9 から Ω0\Omega_0 上正則で

ddzzα=eαLog⁡z⋅αz=α zαz=αzα−1\frac{d}{dz} z^{\alpha} = e^{\alpha \operatorname{Log} z}\cdot \frac{\alpha}{z} = \alpha\, \frac{z^{\alpha}}{z} = \alpha z^{\alpha - 1}

となります(最後の等号でも同じ主枝を使っています)。


演習 7.1易

f(x+iy)=x2+iy2f(x+iy) = x^2 + i y^2 が複素微分可能な点をすべて求め、その点での f′f' を計算してください。また、ff はどこかの点で正則でしょうか。

解答

u=x2u = x^2, v=y2v = y^2 です。偏微分は ux=2xu_x = 2x, uy=0u_y = 0, vx=0v_x = 0, vy=2yv_y = 2y で、これらは平面全体で連続ですから u,vu, v は C1C^1 級、特に各点で全微分可能です。

コーシー・リーマンの関係式を調べます。第 2 式 uy=−vxu_y = -v_x は 0=00 = 0 で常に成立。第 1 式 ux=vyu_x = v_y は 2x=2y2x = 2y、すなわち y=xy = x です。

したがって 系 5.2(あるいは 定理 5.1)より、ff は直線 y=xy = x 上の点でのみ複素微分可能で、そこでは

f′(x+ix)=ux+ivx=2x+i⋅0=2x.f'(x + ix) = u_x + i v_x = 2x + i\cdot 0 = 2x .

y≠xy \ne x の点では 定理 4.1 の対偶により複素微分可能ではありません。

正則性については、直線 y=xy = x は内点を 1 つも持ちません(どんな点のどんな近傍も、直線から外れた点を含みます)。したがって 定義 3.2 の意味で ff が正則な点は 1 つもありません。「複素微分可能な点がたくさんあっても正則とは限らない」典型例です。

命題 7.2(絶対値が定数の正則関数は定数)✓

Ω\Omega を領域、ff を Ω\Omega 上の正則関数とする。∣f∣|f| が Ω\Omega 上定数ならば ff は定数である。

証明(命題 7.2)

f=u+ivf = u+iv とし、∣f∣2=u2+v2=c|f|^2 = u^2 + v^2 = c(c≥0c \ge 0 は定数)とします。c=0c = 0 のときは各点で u=v=0u = v = 0、すなわち f≡0f \equiv 0 です。以下 c>0c > 0 とします。

定理 4.1 の 1 により u,vu, v は Ω\Omega の各点で全微分可能(とくに偏微分可能)ですから、u2+v2=cu^2 + v^2 = c の両辺を xx および yy で偏微分して uux+vvx=0u u_x + v v_x = 0、uuy+vvy=0u u_y + v v_y = 0 を得ます。第 2 式にコーシー・リーマンの関係式 uy=−vxu_y = -v_x, vy=uxv_y = u_x(定理 4.1)を代入すると −uvx+vux=0-u v_x + v u_x = 0 です。これと第 1 式を (ux,vx)(u_x, v_x) についての連立 1 次方程式とみなすと、係数行列 (uvv−u)\begin{pmatrix} u & v \\ v & -u \end{pmatrix} の行列式は −u2−v2=−c≠0-u^2 - v^2 = -c \ne 0 なので、各点で ux=vx=0u_x = v_x = 0 です。定理 4.1 の 3 より f′=ux+ivx=0f' = u_x + i v_x = 0 が Ω\Omega 上で成り立ち、Ω\Omega は領域(連結)ですから 命題 5.8 により ff は定数です。

演習 7.3標準

Ω\Omega を領域、ff を Ω\Omega 上の正則関数とします。∣f∣|f| が Ω\Omega 上定数ならば ff が定数であることを示してください。

解答

f=u+ivf = u+iv とし、∣f∣2=u2+v2=c|f|^2 = u^2 + v^2 = c(c≥0c \ge 0 は定数)とします。

c=0c = 0 のときは u2+v2=0u^2 + v^2 = 0 から各点で u=v=0u = v = 0、すなわち f≡0f \equiv 0 で定数です。以下 c>0c > 0 とします。

定理 5.4 により u,vu, v は Ω\Omega 上 C1C^1 級ですから、u2+v2=cu^2 + v^2 = c の両辺を xx および yy で偏微分できて

2uux+2vvx=0,2uuy+2vvy=0,2u u_x + 2v v_x = 0, \qquad 2u u_y + 2v v_y = 0,

すなわち uux+vvx=0u u_x + v v_x = 0 と uuy+vvy=0u u_y + v v_y = 0 を得ます。第 2 式にコーシー・リーマンの関係式 uy=−vxu_y = -v_x, vy=uxv_y = u_x(定理 4.1)を代入すると

−uvx+vux=0.-u v_x + v u_x = 0 .

これと第 1 式を (ux,vx)(u_x, v_x) についての連立 1 次方程式とみなすと、係数行列は

(uvv−u),det⁡=−u2−v2=−c≠0\begin{pmatrix} u & v \\ v & -u \end{pmatrix}, \qquad \det = -u^2 - v^2 = -c \ne 0

です。行列式が 00 でないので解は自明なものだけ、つまり Ω\Omega の各点で ux=vx=0u_x = v_x = 0。定理 4.1 の 3 より

f′=ux+ivx=0f' = u_x + i v_x = 0

が Ω\Omega 上で成り立ちます。Ω\Omega は領域(連結)ですから 命題 5.8 により ff は定数です。

なお、連結性は落とせません。Ω=D(0,1)∪D(3,1)\Omega = D(0,1) \cup D(3,1)(互いに交わらない 2 つの円板)の上で、f=1f = 1(左の円板)、f=−1f = -1(右の円板)と定めると、ff は正則で ∣f∣≡1|f| \equiv 1 ですが定数ではありません。

演習 7.4標準

u(x,y)=x3−3xy2u(x,y) = x^3 - 3xy^2 が R2\mathbb{R}^2 上調和であることを確かめ、f=u+ivf = u + iv が整関数となる実数値関数 vv をすべて求めてください。さらに、得られた ff を zz だけの式で表してください。

解答

調和性:ux=3x2−3y2u_x = 3x^2 - 3y^2 より uxx=6xu_{xx} = 6x。uy=−6xyu_y = -6xy より uyy=−6xu_{yy} = -6x。よって uxx+uyy=6x−6x=0u_{xx} + u_{yy} = 6x - 6x = 0 で uu は調和です。

vv の決定:f=u+ivf = u+iv が正則であるためには、vv が C1C^1 級でコーシー・リーマンの関係式を満たせば十分です(系 5.3)。第 1 式 vy=ux=3x2−3y2v_y = u_x = 3x^2 - 3y^2 を yy で積分すると

v(x,y)=3x2y−y3+φ(x)v(x,y) = 3x^2 y - y^3 + \varphi(x)

(積分定数は xx の関数 φ\varphi)。これを第 2 式 vx=−uy=6xyv_x = -u_y = 6xy に代入すると

vx=6xy+φ′(x)=6xy⟹φ′(x)=0.v_x = 6xy + \varphi'(x) = 6xy \quad\Longrightarrow\quad \varphi'(x) = 0 .

φ\varphi は R\mathbb{R} 上定義された微分可能関数で導関数が 00 ですから、平均値の定理より定数 C∈RC \in \mathbb{R} です。よって

v(x,y)=3x2y−y3+C.v(x,y) = 3x^2 y - y^3 + C .

この vv は多項式なので C∞C^\infty 級であり、実際に関係式を満たすので 系 5.3 により ff は整関数です。逆に ff が整関数なら関係式は必要(定理 4.1)ですから、上の vv 以外にはありません。

zz の式:(x+iy)3(x+iy)^3 を展開すると

z3=x3+3x2(iy)+3x(iy)2+(iy)3=(x3−3xy2)+i (3x2y−y3)z^3 = x^3 + 3x^2(iy) + 3x(iy)^2 + (iy)^3 = (x^3 - 3xy^2) + i\,(3x^2y - y^3)

なので、f(z)=u+iv=z3+iCf(z) = u + iv = z^3 + iC です。

演習 7.5標準

対数の主枝 Log⁡\operatorname{Log} について、次に答えてください。

  1. x0<0x_0 < 0 を実数とするとき、Log⁡(x0+iε)\operatorname{Log}(x_0 + i\varepsilon) と Log⁡(x0−iε)\operatorname{Log}(x_0 - i\varepsilon) の ε↓0\varepsilon \downarrow 0 での極限を求め、Log⁡\operatorname{Log} が負の実軸上で連続に延長できないことを確かめてください。
  2. Log⁡(z1z2)=Log⁡z1+Log⁡z2\operatorname{Log}(z_1 z_2) = \operatorname{Log} z_1 + \operatorname{Log} z_2 が成り立たない z1,z2z_1, z_2 の例を挙げ、両辺の差を求めてください。
解答

1:x0<0x_0 < 0 とし r0=∣x0∣=−x0r_0 = |x_0| = -x_0 とおきます。ε>0\varepsilon > 0 が小さいとき、x0+iεx_0 + i\varepsilon は第 2 象限にあり、∣x0+iε∣→r0|x_0 + i\varepsilon| \to r_0、Arg⁡(x0+iε)→π\operatorname{Arg}(x_0+i\varepsilon) \to \pi です(偏角は π\pi より少しだけ小さい値から π\pi に近づきます)。よって

lim⁡ε↓0Log⁡(x0+iε)=ln⁡r0+iπ.\lim_{\varepsilon\downarrow 0}\operatorname{Log}(x_0+i\varepsilon) = \ln r_0 + i\pi .

一方 x0−iεx_0 - i\varepsilon は第 3 象限にあり、Arg⁡(x0−iε)→−π\operatorname{Arg}(x_0 - i\varepsilon) \to -\pi なので

lim⁡ε↓0Log⁡(x0−iε)=ln⁡r0−iπ.\lim_{\varepsilon\downarrow 0}\operatorname{Log}(x_0-i\varepsilon) = \ln r_0 - i\pi .

2 つの極限の差は 2πi≠02\pi i \ne 0 ですから、x0x_0 における極限は存在せず、Log⁡\operatorname{Log} を x0x_0 で連続にすることはできません。定義 6.7 の主値は x0x_0 自身では ln⁡r0+iπ\ln r_0 + i\pi という値を取りますが、それは上からの極限と一致するだけで、連続性は回復しません。

2:z1=z2=e2πi/3z_1 = z_2 = e^{2\pi i/3} とします。∣z1∣=1|z_1| = 1, Arg⁡z1=2π/3∈(−π,π]\operatorname{Arg} z_1 = 2\pi/3 \in (-\pi,\pi] なので Log⁡z1=Log⁡z2=i 2π/3\operatorname{Log} z_1 = \operatorname{Log} z_2 = i\,2\pi/3、したがって

Log⁡z1+Log⁡z2=4πi3.\operatorname{Log} z_1 + \operatorname{Log} z_2 = \frac{4\pi i}{3}.

一方 z1z2=e4πi/3=e−2πi/3z_1 z_2 = e^{4\pi i /3} = e^{-2\pi i/3}(4π/3−2π=−2π/34\pi/3 - 2\pi = -2\pi/3)で、−2π/3∈(−π,π]-2\pi/3 \in (-\pi,\pi] ですから Arg⁡(z1z2)=−2π/3\operatorname{Arg}(z_1z_2) = -2\pi/3、

Log⁡(z1z2)=−2πi3.\operatorname{Log}(z_1 z_2) = -\frac{2\pi i}{3}.

差は

(Log⁡z1+Log⁡z2)−Log⁡(z1z2)=4πi3+2πi3=2πi.\bigl(\operatorname{Log} z_1 + \operatorname{Log} z_2\bigr) - \operatorname{Log}(z_1z_2) = \frac{4\pi i}{3} + \frac{2\pi i}{3} = 2\pi i .

偏角の和が主値の範囲 (−π,π](-\pi,\pi] をはみ出したぶん、2πi2\pi i のずれが生じたわけです。一般には Log⁡(z1z2)=Log⁡z1+Log⁡z2+2πin\operatorname{Log}(z_1z_2) = \operatorname{Log} z_1 + \operatorname{Log} z_2 + 2\pi i n(n∈{−1,0,1}n \in \{-1,0,1\})の形になります。


  • L. V. Ahlfors, Complex Analysis, 3rd ed., McGraw-Hill, 1979 — 第 2 章「Complex Functions」で複素微分可能性とコーシー・リーマンの関係式、初等関数を扱っています。
  • E. M. Stein and R. Shakarchi, Complex Analysis, Princeton University Press, 2003 — 第 1 章に本記事と同じ流れ(複素微分、コーシー・リーマン、ヴィルティンガー微分)の記述があります。
  • 高橋礼司『新版 複素解析』東京大学出版会、1990 — 正則関数の定義と基本性質を丁寧に扱った日本語の標準的教科書です。
  • 神保道夫『複素関数入門』岩波書店(現代数学への入門)、2003 — 第 1 章。指数関数・対数関数の枝の扱いが具体的です。
  • R. Narasimhan and Y. Nievergelt, Complex Analysis in One Variable, 2nd ed., Birkhäuser, 2001 — ルーマン・メンショフの定理の証明を含みます。
  • W. Rudin, Real and Complex Analysis, 3rd ed., McGraw-Hill, 1987 — 第 10 章。正則関数の定義から C∞C^\infty 性が導かれる論理の順序が明示されています。

Appendix: 関係式の仮定はどこまで弱められるか

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問題設定。 本文では「u,vu,v が C1C^1 級 ++ 関係式」で正則性が出ることを示し(系 5.3)、点での必要十分条件が「全微分可能 ++ 関係式」であること(系 5.2)を確かめました。他方、偏微分の存在だけでは足りないことを 例 4.6 で見ました。では、その中間にはどんな条件があるのでしょうか。この問いは 20 世紀前半に集中的に研究され、いくつかの決定的な答えが得られています。

グルサの定理。 歴史的に最初の改良は、コーシーの積分定理の仮定から f′f' の連続性を外したことです。コーシー自身の証明はグリーンの定理を経由するため u,v∈C1u,v \in C^1 を必要としましたが、グルサは 1900 年前後に、正則性(各点での複素微分可能性)だけから三角形上の積分が消えることを示しました。この改良のおかげで、「正則 ⇒\Rightarrow 何回でも微分可能 ⇒\Rightarrow u,v∈C∞u,v \in C^\infty」という論理が循環せずに回ります。定理 5.4 の 1 ⇒\Rightarrow 2 はこの成果の系にあたります。詳細はコーシーの積分定理と積分公式で扱います。

ルーマン・メンショフの定理。 さらに強い結果として、次が知られています。Ω\Omega を開集合、f:Ω→Cf : \Omega \to \mathbb{C} を連続とし、u=Re⁡fu = \operatorname{Re} f, v=Im⁡fv = \operatorname{Im} f の 4 つの偏微分が Ω\Omega のすべての点で存在してコーシー・リーマンの関係式を満たすならば、ff は Ω\Omega 上正則である。全微分可能性も偏導関数の連続性も要りません。ここで連続性の仮定を落とすことはできません。注意 4.7 の e−z−4e^{-z^{-4}} は、原点を除けば正則で、原点で偏微分が存在して関係式も満たしますが、原点で連続でないために正則になりません。証明はベールのカテゴリー定理などを使う実解析的なもので、複素関数論の標準的な流れからは外れます(Narasimhan–Nievergelt の本を参照してください)。

実務上の教訓。 これらの精密化は技術的な興味が中心で、通常の応用には 系 5.3 の C1C^1 判定で十分です。手元の u,vu, v が初等関数の四則と合成で書けているなら C1C^1 性は自動的なので、確かめるべきは関係式 2 本だけです。

このテーマの 100 本ノック(100 問)

執筆: Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 4 回(Claude Code)・最終 2026-10-12

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