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フェルマーの最終定理:フライ曲線とモジュラー性が閉じた 357 年

前提:楕円曲線とモジュラー形式:谷山・志村予想への道

生 Markdown
  • n3n \ge 3 に対する xn+yn=znx^n + y^n = z^n の非自明整数解の非存在は、n=4n = 4 の場合と n=pn = p(奇素数)の場合に帰着します。n=4n = 4 はフェルマー自身が無限降下法で証明しました。
  • 19 世紀の主戦場は円分体 Q(ζp)\mathbb{Q}(\zeta_p) の整数環 Z[ζp]\mathbb{Z}[\zeta_p] でした。ここで素因数分解の一意性が壊れることが発覚し、クンマーは「イデアル数」を導入して正則素数に対する証明を与えました。しかし 37,59,6737, 59, 67 のような非正則素数は取りこぼされます。
  • 決定的な転回は 1985 年のフライのアイデアです。解 ap+bp=cpa^p + b^p = c^p があれば、楕円曲線 y2=x(xap)(x+bp)y^2 = x(x - a^p)(x + b^p) が作れます。この曲線の判別式は pp 乗数だけで書けるため、極端に「素因数の重複度が pp で割れる」性質を持ちます。
  • リベットのレベル下げ定理は、この曲線に付随する mod pp ガロア表現がレベル 22 の重さ 22 の新形式から来ることを強制します。ところが S2(Γ0(2))=0S_2(\Gamma_0(2)) = 0 です。つまりフライ曲線は存在できません。
  • 残る穴は「フライ曲線がモジュラーであること」でした。ワイルズは半安定な楕円曲線がすべてモジュラーであることを証明し(テイラーとの共同論文で最後の障害を除去)、1995 年に論証が閉じました。

1637 年ごろ、ピエール・ド・フェルマーはディオファントス『算術』のバシェ版の余白に、次の書き込みを残しました。立方数を二つの立方数の和に、四乗数を二つの四乗数の和に、一般に二乗より高いべきを同じべきの二つの和に分けることはできない。そして「私はこの命題の真に驚くべき証明を見つけたが、余白が狭すぎて書けない」と続けます。この書き込みは、フェルマーの死後 1670 年に息子サミュエルが出版した『算術』の注釈付き版で世に出ました。

主張自体はきわめて単純です。

x2+y2=z2x^2 + y^2 = z^2

には 32+42=523^2 + 4^2 = 5^2 をはじめ無限個の整数解があります。ところが指数を 33 に上げた途端、解が一つもなくなる。指数 22 と指数 33 の間で何が変わるのか。この問いに答えるのに 357 年かかりました。

途中経過だけ並べても、数論の主要な道具がほぼすべて動員されたことが分かります。オイラーの n=3n = 3(1770 年、Z[3]\mathbb{Z}[\sqrt{-3}] の扱いに欠陥があり後に補完)、ソフィ・ジェルマンの第一種の場合の定理、ディリクレとルジャンドルの n=5n = 5(1825 年)、ラメの n=7n = 7(1839 年)、クンマーの正則素数(1847 年)。そして 20 世紀後半、問題は数論の別の大陸——楕円曲線とモジュラー形式——へ接続され、そこで解決されます。

この章では、その接続をできるだけ具体的に追います。特に、フライ曲線の判別式の計算と、最後に矛盾を生む S2(Γ0(2))=0S_2(\Gamma_0(2)) = 0 という「次元 00 の空間」の計算は、実際に手を動かして確かめられる部分なので、省略せずに書きます。楕円曲線とモジュラー形式の基本語彙は 楕円曲線とモジュラー形式 を前提にします(特に 楕円曲線の定義(定義 2.1)[楕円曲線とモジュラー形式])。

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