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非可換幾何学への動機:ゲルファント双対性が語る「空間 = 関数環」

前提:実数の完備性とコーシー列:解析学を支える「穴のなさ」位相空間の定義と基本概念:距離を捨てても「近さ」は残る群論入門:群の公理と、対称性を計算するための言葉

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  • 局所コンパクトハウスドルフ空間 XX の位相は、その上の「無限遠で消える」連続関数のなす可換 C*-代数 C0(X)C_0(X) に余すところなくエンコードされています。逆にすべての可換 C*-代数はこの形をしています。これがゲルファント・ナイマルクの定理です。
  • この対応は反変的な圏同値であり、空間と代数のあいだに完全な辞書が引けます。コンパクト性は単位元の存在、連結性は非自明な冪等元の非存在、点は極大イデアル、ベクトル束は有限生成射影加群、というように。
  • 「可換 C*-代数」と「局所コンパクトハウスドルフ空間」が同義語なら、可換性を捨てた C*-代数を非可換空間と呼んでよいはずです。これが非可換幾何学の出発点です。
  • 一般化が要る場面は二つあります。量子論では位置と運動量が可換でないため相空間の関数環が非可換代数に置き換わり、商空間では軌道空間のような「悪い空間」が点の集合としては潰れる一方、交叉積 C*-代数としては豊かな対象として残ります。
  • 中心的な例は無理数回転による円周の軌道空間です。商位相は密着位相になり連続関数は定数しかありませんが、対応する非可換トーラス AθA_\theta は単純な無限次元 C*-代数で、その K-理論は回転角 θ\theta を復元します。
  • 有界作用素の世界では abba=1ab - ba = \mathbf{1} は決して成り立ちません。交換関係を C*-代数で扱うにはワイル形式が必要で、その関係式は非可換トーラスの定義式と同じ形です。

1. 動機:点の集まりとしての空間から、関数環としての空間へ

Section titled “1. 動機:点の集まりとしての空間から、関数環としての空間へ”

デカルト以来、空間とは点の集まりであり、幾何とは点の間の関係を調べる学問でした。しかし 20 世紀の数学は、逆向きの見方を何度も再発見してきました。空間そのものではなく、その上の関数がなす環を第一の対象にするという見方です。

代数幾何ではこの転換が最も早く完成しました。体 kk 上のアフィン代数多様体 VV に座標環 k[V]k[V] を対応させると、VV の点は k[V]k[V] の極大イデアルに、多様体の射は環準同型に、向きを逆にして対応します(ヒルベルトの零点定理)。グロタンディークはこれを徹底し、任意の可換環 RR の素イデアル全体 SpecR\operatorname{Spec} R を「空間」とみなしました。環と空間はもはや区別されません(イデアルと剰余環)。測度論も同様で、(X,μ)(X, \mu)L(X,μ)L^\infty(X,\mu) を対応させると可測集合は冪等元に、測度は線形汎関数に翻訳されます(L^p 空間と関数解析への導入)。

では位相についてはどうでしょうか。位相空間 XX にその上の複素数値連続関数のなす環 C(X)C(X) を対応させるのは自然です。問題は、この対応がどこまで忠実か、すなわち C(X)C(X) から XX を復元できるかです。答えは、適切なノルムと対合を込みで考えれば「できる」であり、それがイズライル・ゲルファントとマルク・ナイマルクが 1943 年に確立した定理です。XX がコンパクトハウスドルフなら、C(X)C(X) というデータだけから XX が同相を除いて決まります。

1.2. 二つの困難:量子論と悪い商

Section titled “1.2. 二つの困難:量子論と悪い商”

ゲルファント・ナイマルクの定理を「空間 == 可換 C*-代数」という等式として読むと、直ちに次の問いが立ちます。可換性を落としたらどうなるのか。

この問いは好奇心だけから出てくるのではありません。むしろ、既存の数学が行き詰まっている二つの場所が、いずれも非可換代数を指し示しています。

第一は量子力学です。古典力学の相空間の上では物理量は関数であり、その積は可換です。ところが量子力学では位置 qq と運動量 ppqppq=iqp - pq = i\hbar を満たし、可換ではありません。ハイゼンベルクが 1925 年に到達した「物理量は数ではなく行列である」という洞察は、相空間の関数環が非可換代数に置き換わったことを意味します。可換 C*-代数が空間なのだとすれば、量子力学の物理量の代数は空間ではない何か、つまり「点を持たない相空間」です。

第二は商空間です。同値関係で割って商 X/X/\sim を作る操作は幾何のいたるところに現れます。群作用の軌道空間、葉層構造の葉の空間、タイル張りの並進による同値類などです。ところがこれらの商は、商位相を入れると壊れてしまう場合があります。例 5.1 で見るように、円周を無理数回転で割った空間は位相空間としては 1 点と区別がつきません。

アラン・コンヌの提案は明快です。商を取ってから関数環を作るのをやめ、同値関係そのものを代数に符号化する。 出てくる代数は非可換ですが、そのぶん情報を失いません。


2. 準備:バナッハ代数と C*-代数

Section titled “2. 準備:バナッハ代数と C*-代数”

以下、代数はすべて複素数体上のものとします。T={zC:z=1}\mathbb{T} = \{z \in \mathbb{C} : |z| = 1\} と書き、N={1,2,}\mathbb{N} = \{1, 2, \ldots\} とします。ヒルベルト空間 HH 上の有界線形作用素全体を B(H)B(H) と書きます。

定義 2.1バナッハ *-代数

複素代数 AA がノルム \|\cdot\| を備え、そのノルムに関して完備であり、かつすべての a,bAa, b \in A に対して

abab\|ab\| \le \|a\|\,\|b\|

を満たすとき、AAバナッハ代数といいます。乗法単位元 1\mathbf{1} を持ち 1=1\|\mathbf{1}\| = 1 であるとき、AA単位的であるといいます。

さらに写像 :AA*: A \to A が、すべての a,bAa, b \in AλC\lambda \in \mathbb{C} に対して

(a+b)=a+b,(λa)=λˉa,(ab)=ba,(a)=a(a+b)^* = a^* + b^*, \quad (\lambda a)^* = \bar{\lambda} a^*, \quad (ab)^* = b^* a^*, \quad (a^*)^* = a

を満たすとき、*対合といい、対合を備えたバナッハ代数をバナッハ *-代数といいます。

ノルムの完備性は、極限操作を代数の内部で行うための条件です(実数の完備性とコーシー列定理 7.3[実数の完備性とコーシー列])。

定義 2.2C*-代数

バナッハ *-代数 AA が、すべての aAa \in A に対して

aa=a2\|a^* a\| = \|a\|^2

を満たすとき、AAC*-代数といいます。この等式を C*-恒等式といいます。

AA が可換(すべての a,ba,bab=baab = ba)であるとき、AA可換 C*-代数といいます。

C*-恒等式は一見すると小さな追加条件ですが、これがすべての鍵を握ります。まず、この一本の等式から対合の等長性が従います。

注意 2.3

C*-代数において a=a\|a^*\| = \|a\| が成り立ちます。実際、C*-恒等式と劣乗法性から

a2=aaaa\|a\|^2 = \|a^* a\| \le \|a^*\|\,\|a\|

なので、a0a \ne 0 なら両辺を a\|a\| で割って aa\|a\| \le \|a^*\| を得ます(a=0a = 0 のときは両辺 00)。aaaa^* に置き換えると aa=a\|a^*\| \le \|a^{**}\| = \|a\| となり、合わせて等号が出ます。さらに 命題 3.5 のとおりノルムはスペクトル半径から復元されるので、C*-代数のノルムは代数構造から一意に決まり、実質的に純代数的な対象になります。

例 2.4連続関数環 C_0(X)

XX を局所コンパクトハウスドルフ空間とします。連続関数 f:XCf: X \to \mathbb{C}無限遠で消えるとは、任意の ε>0\varepsilon > 0{xX:f(x)ε}\{x \in X : |f(x)| \ge \varepsilon\} がコンパクトであることをいい、そのような ff の全体を C0(X)C_0(X) と書きます。XX がコンパクトならこの条件は自動的に成り立ち、C0(X)=C(X)C_0(X) = C(X) です。

C0(X)C_0(X) に各点ごとの和と積、ノルム f=supxXf(x)\|f\|_\infty = \sup_{x \in X} |f(x)|、対合 f(x)=f(x)f^*(x) = \overline{f(x)} を入れます。完備性は一様収束極限が連続であること(関数列と一様収束定理 4.1[関数列と一様収束])から従います。劣乗法性は、各点で f(x)g(x)fg|f(x)g(x)| \le \|f\|_\infty \|g\|_\infty が成り立つので左辺の上限を取れば出ます。C*-恒等式は

ff=supxf(x)f(x)=supxf(x)2=(supxf(x))2=f2\|f^* f\|_\infty = \sup_{x} |\overline{f(x)} f(x)| = \sup_x |f(x)|^2 = \left(\sup_x |f(x)|\right)^2 = \|f\|_\infty^2

と直接計算できます。積が各点ごとなので、C0(X)C_0(X) は可換 C*-代数です。

例 2.5作用素環 B(H) と行列環

HH をヒルベルト空間、B(H)B(H) を有界線形作用素全体とし、作用素ノルムと随伴 TTT \mapsto T^* を入れます。C*-恒等式は次のように示せます。任意の ξH\xi \in H に対し

Tξ2=Tξ,Tξ=TTξ,ξTTξ2\|T\xi\|^2 = \langle T\xi, T\xi \rangle = \langle T^* T \xi, \xi\rangle \le \|T^* T\|\,\|\xi\|^2

(コーシー・シュワルツの不等式)から T2TT\|T\|^2 \le \|T^* T\| を得ます。逆向きは劣乗法性と T=T\|T^*\| = \|T\| から TTTT=T2\|T^*T\| \le \|T^*\|\|T\| = \|T\|^2 です。

H=CnH = \mathbb{C}^n の場合が Mn(C)M_n(\mathbb{C}) で、n2n \ge 2 なら非可換な有限次元 C*-代数です。B(H)B(H) のノルム閉 -部分代数はすべて C-代数であり、逆もまた真というのが 定理 4.6 です。

最後に、この記事の中心となる概念を定めます。AA を単位的代数、aAa \in A とするとき、

σ(a)={λC:λ1a は A の中で可逆でない}\sigma(a) = \{\lambda \in \mathbb{C} : \lambda \mathbf{1} - a \text{ は } A \text{ の中で可逆でない}\}

aaスペクトルといいます。AA{0}\{0\} でない単位的バナッハ代数なら σ(a)\sigma(a) は空でないコンパクト集合であり(補題 8.5)、

r(a)=max{λ:λσ(a)}r(a) = \max\{|\lambda| : \lambda \in \sigma(a)\}

スペクトル半径といいます。A=Mn(C)A = M_n(\mathbb{C}) なら σ(a)\sigma(a) は固有値の集合、A=C(X)A = C(X) なら σ(f)=f(X)\sigma(f) = f(X)(値域)です。後者は、fλf - \lambda が可逆であることと「どこでも 00 にならない」ことが同値である(そのとき 1/(fλ)1/(f-\lambda) が連続)ことから出ます。


可換 C*-代数 AA からどうやって空間を作るか。A=C(X)A = C(X) の場合を手がかりにしましょう。点 xXx \in X は評価写像

evx:C(X)C,ff(x)\mathrm{ev}_x : C(X) \to \mathbb{C}, \qquad f \mapsto f(x)

を定め、これは 00 でない代数準同型です。逆に、C(X)C(X) から C\mathbb{C} への 00 でない代数準同型が必ず評価写像だと言えれば、XX を代数の言葉だけで再構成できます。これがゲルファント理論の筋書きです。

定義 3.1指標とゲルファントスペクトル

AA を可換バナッハ代数とします。線形かつ χ(ab)=χ(a)χ(b)\chi(ab) = \chi(a)\chi(b) を満たし恒等的に 00 でない写像 χ:AC\chi: A \to \mathbb{C}AA指標といい、指標全体の集合 Ω(A)\Omega(A)AAゲルファントスペクトル(指標空間)といいます。

Ω(A)\Omega(A) には双対空間 AA^* の弱 * 位相の相対位相を入れます。すなわち χiχ\chi_i \to \chi とは、すべての aAa \in Aχi(a)χ(a)\chi_i(a) \to \chi(a) となることです。

補題 3.2指標の基本性質

AA を単位的可換バナッハ代数とします。このとき次が成り立ちます。

  1. すべての χΩ(A)\chi \in \Omega(A) に対し χ(1)=1\chi(\mathbf{1}) = 1 であり、χ\chi は連続で χ1\|\chi\| \le 1 である。
  2. Ω(A)\Omega(A) は弱 * 位相についてコンパクトハウスドルフ空間である。
証明(補題 3.2)

(1) χ0\chi \ne 0 なので χ(a)0\chi(a) \ne 0 となる aa が存在し、χ(a)=χ(a1)=χ(a)χ(1)\chi(a) = \chi(a\mathbf{1}) = \chi(a)\chi(\mathbf{1}) から χ(1)=1\chi(\mathbf{1}) = 1 を得ます。次に、aa が可逆なら χ(a)χ(a1)=χ(1)=1\chi(a)\chi(a^{-1}) = \chi(\mathbf{1}) = 1 なので χ(a)0\chi(a) \ne 0 です。つまり指標は可逆元を 00 に送りません

いま χ(a)>a|\chi(a)| > \|a\| なる aa があったとします。λ=χ(a)\lambda = \chi(a) とおくと a/λ<1\|a/\lambda\| < 1 なので、AA の完備性からノイマン級数 n0(a/λ)n\sum_{n \ge 0} (a/\lambda)^n は絶対収束し、その和が (1a/λ)1(\mathbf{1} - a/\lambda)^{-1} を与えます。よって λ1a\lambda\mathbf{1} - a は可逆ですが、χ(λ1a)=λχ(a)=0\chi(\lambda \mathbf{1} - a) = \lambda - \chi(a) = 0 となっていま示したことに矛盾します。したがってすべての aaχ(a)a|\chi(a)| \le \|a\|、すなわち χ\chi は連続で χ1\|\chi\| \le 1 です。

(2) (1) より Ω(A)\Omega(A)AA^* の閉単位球 BB に含まれ、バナッハ・アラオグルの定理により BB は弱 * 位相でコンパクトです。あとは Ω(A)\Omega(A)BB の弱 * 閉部分集合であることを示せば十分です。

φB\varphi \in BΩ(A)\Omega(A) の弱 * 閉包に属するとします。弱 * 位相の定義から、a,bAa, b \in Aε>0\varepsilon > 0 を与えるごとに、φ(a)χ(a)|\varphi(a) - \chi(a)|φ(b)χ(b)|\varphi(b) - \chi(b)|φ(ab)χ(ab)|\varphi(ab) - \chi(ab)|φ(1)χ(1)|\varphi(\mathbf{1}) - \chi(\mathbf{1})| がすべて ε\varepsilon 未満となる χΩ(A)\chi \in \Omega(A) が取れます。χ(ab)=χ(a)χ(b)\chi(ab) = \chi(a)\chi(b)χ(1)=1\chi(\mathbf 1) = 1 を使って ε0\varepsilon \to 0 とすれば φ(ab)=φ(a)φ(b)\varphi(ab) = \varphi(a)\varphi(b)φ(1)=1\varphi(\mathbf{1}) = 1 が従い、とくに φ0\varphi \ne 0 なので φΩ(A)\varphi \in \Omega(A) です。ハウスドルフ性は、φψ\varphi \ne \psi に対し φ(a)ψ(a)\varphi(a) \ne \psi(a) なる aa が取れ、C\mathbb{C} の開集合で分離できることから出ます。

指標とスペクトルは、可換な世界では同じものの二つの顔です。

補題 3.3スペクトルの指標による記述

AA を単位的可換バナッハ代数、aAa \in A とします。このとき

σ(a)={χ(a):χΩ(A)}\sigma(a) = \{\chi(a) : \chi \in \Omega(A)\}

が成り立ちます。

証明(補題 3.3)

\supseteq χΩ(A)\chi \in \Omega(A) とし λ=χ(a)\lambda = \chi(a) とおくと χ(λ1a)=0\chi(\lambda\mathbf{1} - a) = 0 ですが、補題 3.2 の証明のとおり指標は可逆元を 00 に送りません。よって λ1a\lambda\mathbf{1} - a は非可逆、つまり λσ(a)\lambda \in \sigma(a) です。

\subseteq λσ(a)\lambda \in \sigma(a) とし、非可逆元 b=λ1ab = \lambda\mathbf{1} - a を取ります。AA は可換なので I=bAI = bA はイデアルです。もし 1I\mathbf{1} \in I なら 1=bc\mathbf{1} = bc なる cc があり、可換性から cb=bc=1cb = bc = \mathbf 1 となって bb が可逆になり矛盾します。よって II は真のイデアルです。

ツォルンの補題により II を含む極大イデアル MM が存在します。補題 8.8 より MM は閉なので商 A/MA/M は単位的可換バナッハ代数であり、MM の極大性から A/MA/M は体です(イデアルと剰余環定理 6.3[イデアルと剰余環])。ゲルファント・マズールの定理(定理 8.7)により A/MCA/M \cong \mathbb{C} です。

商写像 AA/MCA \to A/M \cong \mathbb{C}χ\chi と書けばこれは 00 でない代数準同型、すなわち指標であり、bIM=kerχb \in I \subseteq M = \ker\chi より χ(b)=0\chi(b) = 0、すなわち χ(a)=λ\chi(a) = \lambda です。

定義 3.4ゲルファント変換

AA を単位的可換バナッハ代数とします。aAa \in A に対し関数 a^:Ω(A)C\hat{a} : \Omega(A) \to \mathbb{C}

a^(χ)=χ(a)\hat{a}(\chi) = \chi(a)

で定めます。弱 * 位相の定義から a^\hat{a} は連続です。写像

Γ:AC(Ω(A)),Γ(a)=a^\Gamma : A \to C(\Omega(A)), \qquad \Gamma(a) = \hat{a}

ゲルファント変換といいます。ab^(χ)=χ(ab)=χ(a)χ(b)=a^(χ)b^(χ)\widehat{ab}(\chi) = \chi(ab) = \chi(a)\chi(b) = \hat a(\chi)\hat b(\chi) なので Γ\Gamma は代数準同型です。

補題 3.3 により a^(Ω(A))=σ(a)\hat{a}(\Omega(A)) = \sigma(a)、したがって a^=r(a)\|\hat{a}\|_\infty = r(a) です。つまり Γ\Gamma が等長になるかどうかは a=r(a)\|a\| = r(a) にかかっています。一般のバナッハ代数ではこれは偽で、M2(C)M_2(\mathbb{C})00 でない冪零行列はスペクトル半径 00 ですがノルムは 00 ではありません。ここで C*-恒等式が効きます。

命題 3.5正規元のノルムはスペクトル半径に等しい

AA を単位的 C*-代数、aAa \in A正規元aa=aaa^* a = a a^*)とすると

a=r(a)\|a\| = r(a)

が成り立ちます。とくに AA が可換ならすべての元が正規なので、任意の aAa \in Aa=r(a)\|a\| = r(a) です。

証明(命題 3.5)

まず bAb \in A が自己共役(b=bb^* = b)のとき、C*-恒等式から b2=bb=b2\|b^2\| = \|b^* b\| = \|b\|^2 です。

次に aa が正規のとき a2=a2\|a^2\| = \|a\|^2 を示します。a2a^2 に C*-恒等式を使うと

a22=(a2)a2=(a)2a2\|a^2\|^2 = \|(a^2)^* a^2\| = \|(a^*)^2 a^2\|

ですが、aa が正規なので aa^*aa は可換であり、(a)2a2=(aa)2(a^*)^2 a^2 = (a^* a)^2 と書き直せます。aaa^* a は自己共役ですから、いま示したことを b=aab = a^*a に適用して

(aa)2=aa2=(a2)2=a4\|(a^*a)^2\| = \|a^* a\|^2 = \left(\|a\|^2\right)^2 = \|a\|^4

を得ます。よって a2=a2\|a^2\| = \|a\|^2 です。

aa が正規なら a2a^2 も正規(aaaa^* が可換だから)なので、この議論を繰り返して帰納的に

a2n=a2n(n=0,1,2,)\|a^{2^n}\| = \|a\|^{2^n} \qquad (n = 0, 1, 2, \ldots)

を得ます。スペクトル半径公式(補題 8.9r(a)=limmam1/mr(a) = \lim_{m \to \infty} \|a^m\|^{1/m} では極限が存在するので、部分列 m=2nm = 2^n で計算してよく、

r(a)=limna2n1/2n=limna=ar(a) = \lim_{n \to \infty} \|a^{2^n}\|^{1/2^n} = \lim_{n \to \infty} \|a\| = \|a\|

となります。


4. ゲルファント・ナイマルクの定理

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定理 4.1ゲルファント・ナイマルクの定理(可換・単位的)

AA を単位的可換 C*-代数とします。このとき Ω(A)\Omega(A) はコンパクトハウスドルフ空間であり、ゲルファント変換

Γ:AC(Ω(A)),Γ(a)=a^\Gamma : A \longrightarrow C(\Omega(A)), \qquad \Gamma(a) = \hat{a}

は等長な *-同型(すなわち全単射な代数準同型で、Γ(a)=a\|\Gamma(a)\|_\infty = \|a\| かつ Γ(a)=Γ(a)\Gamma(a^*) = \overline{\Gamma(a)})です。

証明(定理 4.1)

Ω(A)\Omega(A) のコンパクトハウスドルフ性は 補題 3.2Γ\Gamma が代数準同型であることは 定義 3.4 で確認しました。残りを 4 段階で示します。

第 1 段:自己共役元の指標値は実数である。 bAb \in A を自己共役、χΩ(A)\chi \in \Omega(A) とし、χ(b)=α+iβ\chi(b) = \alpha + i\betaα,βR\alpha, \beta \in \mathbb{R})と書きます。任意の tRt \in \mathbb{R} に対して

χ(b+it1)=α+i(β+t)\chi(b + it\mathbf{1}) = \alpha + i(\beta + t)

です(補題 3.2χ(1)=1\chi(\mathbf 1) = 1 を使いました)。同じ補題の χ1\|\chi\| \le 1 より

α2+(β+t)2=χ(b+it1)2b+it12.\alpha^2 + (\beta+t)^2 = |\chi(b+it\mathbf{1})|^2 \le \|b + it\mathbf{1}\|^2 .

右辺を C*-恒等式で計算します。b=bb^* = b より (b+it1)=bit1(b + it\mathbf{1})^* = b - it\mathbf{1} なので

b+it12=(bit1)(b+it1)=b2+t21b2+t2\|b+it\mathbf{1}\|^2 = \|(b - it\mathbf{1})(b + it\mathbf{1})\| = \|b^2 + t^2 \mathbf{1}\| \le \|b\|^2 + t^2

です(最後は三角不等式と b2b2\|b^2\| \le \|b\|^21=1\|\mathbf 1\| = 1)。両者を合わせると

α2+β2+2βt+t2b2+t2,すなわちα2+β2+2βtb2\alpha^2 + \beta^2 + 2\beta t + t^2 \le \|b\|^2 + t^2, \qquad \text{すなわち} \qquad \alpha^2 + \beta^2 + 2\beta t \le \|b\|^2

がすべての tRt \in \mathbb{R} で成り立ちます。β0\beta \ne 0 なら t±t \to \pm\infty で左辺は ++\infty に発散するので不合理です。よって β=0\beta = 0、つまり χ(b)R\chi(b) \in \mathbb{R} です。

*第 2 段:Γ\Gamma-準同型である。 任意の aAa \in A

a=b+ic,b=a+a2,c=aa2ia = b + ic, \qquad b = \frac{a + a^*}{2}, \quad c = \frac{a - a^*}{2i}

と分解すると、b,cb, c はいずれも自己共役です(b=(a+a)/2=bb^* = (a^* + a)/2 = bc=(aa)/(2i)=cc^* = (a^* - a)/(-2i) = c)。第 1 段より χ(b),χ(c)R\chi(b), \chi(c) \in \mathbb{R} なので、a=bica^* = b - ic から

χ(a)=χ(b)iχ(c)=χ(b)+iχ(c)=χ(a).\chi(a^*) = \chi(b) - i\chi(c) = \overline{\chi(b) + i \chi(c)} = \overline{\chi(a)} .

すなわち a^=a^\widehat{a^*} = \overline{\hat{a}} です。

第 3 段:Γ\Gamma は等長である。 AA は可換なので全元が正規です。命題 3.5補題 3.3 から

a^=supχΩ(A)χ(a)=max{λ:λσ(a)}=r(a)=a.\|\hat{a}\|_\infty = \sup_{\chi \in \Omega(A)} |\chi(a)| = \max\{|\lambda| : \lambda \in \sigma(a)\} = r(a) = \|a\| .

とくに Γ\Gamma は単射であり、AA が完備なので像 Γ(A)\Gamma(A)C(Ω(A))C(\Omega(A)) の閉部分集合です。

第 4 段:Γ\Gamma は全射である。 Γ(A)\Gamma(A)C(Ω(A))C(\Omega(A)) の部分代数で、第 2 段より複素共役で閉じており、Γ(1)\Gamma(\mathbf{1}) は定数関数 11 です。また Γ(A)\Gamma(A)Ω(A)\Omega(A) の点を分離します。実際 χψ\chi \ne \psi なら定義から χ(a)ψ(a)\chi(a) \ne \psi(a) なる aa が存在し、a^(χ)a^(ψ)\hat{a}(\chi) \ne \hat{a}(\psi) となるからです。

Ω(A)\Omega(A) はコンパクトハウスドルフなので、ストーン・ワイエルシュトラスの定理により Γ(A)\Gamma(A) は稠密です。第 3 段より Γ(A)\Gamma(A) は閉なので Γ(A)=C(Ω(A))\Gamma(A) = C(\Omega(A)) です。

注意 4.2

単位元を仮定しない可換 C*-代数 AA でも同じ結論が成り立ちます。Ω(A)\Omega(A) は(コンパクトとは限らない)局所コンパクトハウスドルフ空間になり、ゲルファント変換は等長 *-同型 AC0(Ω(A))A \cong C_0(\Omega(A)) を与えます。証明は、単位元を添加した A~=AC1\tilde{A} = A \oplus \mathbb{C}\mathbf{1} に本定理を適用し、Ω(A~)=Ω(A){}\Omega(\tilde A) = \Omega(A) \cup \{\infty\} が一点コンパクト化であることを見ればつきます。

定理 4.1 は「可換 C*-代数は必ず関数環である」と言っています。逆向きの「空間は関数環から復元される」を確認しましょう。

系 4.3点は指標である

XX をコンパクトハウスドルフ空間とします。写像

ε:XΩ(C(X)),ε(x)=evx\varepsilon : X \to \Omega(C(X)), \qquad \varepsilon(x) = \mathrm{ev}_x

evx(f)=f(x)\mathrm{ev}_x(f) = f(x))は同相写像です。

証明(系 4.3)

well-defined: C(X)C(X) の演算が各点ごとなので evx(fg)=f(x)g(x)=evx(f)evx(g)\mathrm{ev}_x(fg) = f(x)g(x) = \mathrm{ev}_x(f)\mathrm{ev}_x(g) であり、和とスカラー倍も同様なので evx\mathrm{ev}_x は代数準同型です。evx(1)=10\mathrm{ev}_x(\mathbf{1}) = 1 \ne 0 なので 00 写像ではなく、指標です。

単射性: xyx \ne y とします。コンパクトハウスドルフ空間は正規なので、ウリゾーンの補題(補題 6.1)[分離公理と距離づけ可能性] により f(x)=0,f(y)=1f(x) = 0, f(y) = 1 なる fC(X)f \in C(X) が存在し(分離公理と距離づけ可能性)、evxevy\mathrm{ev}_x \ne \mathrm{ev}_y です。

全射性: χΩ(C(X))\chi \in \Omega(C(X)) とし M=kerχM = \ker \chi とおき、すべての fMf \in M が同時に消える点 xx の存在を示します。存在しないとすると、各 xx に対し fx(x)0f_x(x) \ne 0 なる fxMf_x \in M が取れます。Ux={y:fx(y)0}U_x = \{y : f_x(y) \ne 0\}xx を含む開集合なので {Ux}\{U_x\} は開被覆であり、XX のコンパクト性から有限個 Ux1,,UxnU_{x_1}, \ldots, U_{x_n} で被覆できます(コンパクト性)。そこで

g=k=1nfxkfxkg = \sum_{k=1}^{n} \overline{f_{x_k}} f_{x_k}

とおくと、gg はどの点でも 00 にならない連続関数、すなわち可逆元です。ところが MM はイデアルなので gMg \in M であり、指標が可逆元を 00 に送らないこと(補題 3.2 の証明)に矛盾します。

よって、すべての fMf \in Mf(x)=0f(x) = 0 を満たす点 xx が存在します。任意の fC(X)f \in C(X)fχ(f)1Mf - \chi(f)\mathbf{1} \in M ですから、この点 xxf(x)χ(f)=0f(x) - \chi(f) = 0、すなわち χ=evx\chi = \mathrm{ev}_x です。

同相性: 弱 * 位相は各 ff について χχ(f)\chi \mapsto \chi(f) が連続となる最弱の位相であり、xf(x)x \mapsto f(x) は連続なので ε\varepsilon も連続です。XX はコンパクト、Ω(C(X))\Omega(C(X)) はハウスドルフ(補題 3.2)なので、連続全単射は同相写像です(系 6.5[コンパクト性]連続写像と同相写像)。

系 4.4同相と *-同型の同値

X,YX, Y をコンパクトハウスドルフ空間とします。XXYY が同相であることと、C(X)C(X)C(Y)C(Y)-同型な C-代数であることは同値です。

証明(系 4.4)

\Rightarrow 同相写像 φ:XY\varphi : X \to Y に対し φ(f)=fφ\varphi^*(f) = f \circ \varphi と定めると、φ\varphi^* は *-同型で逆写像は (φ1)(\varphi^{-1})^* です。

\Leftarrow *-同型 Φ:C(X)C(Y)\Phi: C(X) \to C(Y) が与えられたとします。双対 Φ(χ)=χΦ\Phi^\vee(\chi) = \chi \circ \PhiΩ(C(Y))Ω(C(X))\Omega(C(Y)) \to \Omega(C(X)) の写像で、Φ\Phi が全単射準同型なので Φ\Phi^\vee も全単射、弱 * 位相の定義から Φ\Phi^\vee とその逆はともに連続、よって同相写像です。系 4.3 により XΩ(C(X))X \cong \Omega(C(X))YΩ(C(Y))Y \cong \Omega(C(Y)) なので、合成して YXY \cong X を得ます。

flowchart LR
X["空間 X"] -->|"固有連続写像 φ"| Y["空間 Y"]
CY["可換 C*-代数 C₀(Y)"] -->|"φ* : f ↦ f∘φ"| CX["C₀(X)"]
X -.->|"C₀(−)"| CX
Y -.->|"C₀(−)"| CY
ゲルファント双対性:幾何の圏と代数の圏が、矢印の向きを逆にして対応する

対応は射についても成立します。固有連続写像 φ:XY\varphi: X \to Y(コンパクト集合の逆像がコンパクト)は φ:C0(Y)C0(X)\varphi^*: C_0(Y) \to C_0(X) を定め、逆にすべての非退化 -準同型 C0(Y)C0(X)C_0(Y) \to C_0(X) はこの形をしていて、合成の順序は逆転します。すなわち**局所コンパクトハウスドルフ空間と固有連続写像の圏は、可換 C*-代数と非退化 -準同型の圏に反変的に同値です

圏同値があれば、幾何的な性質はすべて代数的な性質に翻訳されます。実際にやってみましょう。

命題 4.5コンパクト性と連結性の代数的特徴づけ

  1. XX を局所コンパクトハウスドルフ空間とする。C0(X)C_0(X) が乗法単位元を持つことと XX がコンパクトであることは同値である。
  2. XX をコンパクトハウスドルフ空間とする。XX が連結であることと、C(X)C(X) の冪等元(p2=pp^2 = p を満たす元)が 001\mathbf{1} しかないことは同値である。
証明(命題 4.5)

(1)(\Leftarrow XX がコンパクトなら定数関数 11C0(X)C_0(X) に属し、これが単位元です。

(1)(\Rightarrow uC0(X)u \in C_0(X) を単位元とします。局所コンパクトハウスドルフ空間ではウリゾーンの補題により、各 xx に対し f(x)0f(x) \ne 0 なる fC0(X)f \in C_0(X) が存在します。uf=fuf = fxx で評価して f(x)f(x) で割ると u(x)=1u(x) = 1xx は任意なので u1u \equiv 1 です。uC0(X)u \in C_0(X) の定義を ε=1/2\varepsilon = 1/2 に適用すると {x:u(x)1/2}=X\{x : |u(x)| \ge 1/2\} = X がコンパクトでなければなりません。

(2)(\Rightarrow pC(X)p \in C(X)p2=pp^2 = p なる元とすると、各点で p(x)2=p(x)p(x)^2 = p(x) なので p(x){0,1}p(x) \in \{0, 1\} です。よって U=p1(1)U = p^{-1}(1)V=p1(0)V = p^{-1}(0) はともに開で X=UVX = U \sqcup V という分割を与えます。XX が連結なら一方が空であり、p=1p = \mathbf{1} または p=0p = 0 です。

(2)(\Leftarrow XX が連結でないとし、X=UVX = U \sqcup VU,VU, V は空でない開集合)と書きます。UU は開かつ閉なので指示関数 1U\mathbf{1}_U は連続で、1U2=1U\mathbf{1}_U^2 = \mathbf{1}_U、かつ U,VU, V がともに空でないので 1U0,1\mathbf{1}_U \ne 0, \mathbf{1} です。

翻訳をまとめると次の辞書になります。右端の列は可換性を捨てたときの対応物です。

空間 XX(コンパクトハウスドルフ)可換 C*-代数 C(X)C(X)一般の C*-代数 AA
極大イデアル、指標既約表現、純粋状態、原始イデアル
コンパクト単位元を持つ単位元を持つ
連結冪等元は 0,10, \mathbf 1 のみ射影の構造、K0K_0
開集合 UU閉イデアル C0(U)C_0(U)閉両側イデアル
閉集合 FFC(F)C(F)商 C*-代数
距離づけ可能可分可分
ベクトル束有限生成射影加群(スワンの定理)有限生成射影加群、K0K_0
ラドン測度正線形汎関数(リースの表現定理)状態、トレース
微分構造・計量(関数環だけでは見えない)スペクトル三つ組 (A,H,D)(A, H, D)

最後の 2 行がこの理論の射程を示しています。測度論的な情報は状態とトレースに、微分幾何的な情報はスペクトル三つ組に翻訳されます(K-理論入門スペクトル三つ組 (A, H, D))。ベクトル束と有限生成射影加群の対応を与えるのは セール–スワンの定理(定理 4.1)[K-理論入門] です。

最後に、C*-代数が「作用素環」と同義であることを述べます。

定理 4.6ゲルファント・ナイマルクの定理(一般)

AA を任意の C*-代数とする。このとき、あるヒルベルト空間 HH と等長な単射 *-準同型 π:AB(H)\pi: A \to B(H) が存在し、π(A)\pi(A)B(H)B(H) のノルム閉 *-部分代数である。AA が可分ならば HH も可分に取れる。

注意 4.7

証明は GNS 構成(Gelfand–Naimark–Segal)によります。状態 φ\varphi から内積 a,b=φ(ba)\langle a, b\rangle = \varphi(b^* a) を作って零空間で割り、完備化してヒルベルト空間を得る操作を十分多くの状態で行い、直和を取ります(C*-代数の基礎)。

この定理と 定理 4.1 を合わせると、次の構図が得られます。C*-代数とは作用素環のことであり、そのうち可換なものが空間である。 非可換な C*-代数とは「作用素環でありながら空間ではないもの」であり、これを空間とみなそうというのが非可換幾何学の主張です。


非可換代数が必要になる典型例を、最後まで計算して見せます。

例 5.1無理数回転による円周の軌道空間

θRQ\theta \in \mathbb{R} \setminus \mathbb{Q} を固定し、円周 T\mathbb{T} 上の回転

Rθ:TT,Rθ(z)=e2πiθzR_\theta : \mathbb{T} \to \mathbb{T}, \qquad R_\theta(z) = e^{2\pi i \theta} z

を考えます。これは Z\mathbb{Z} の作用 nz=e2πinθzn \cdot z = e^{2\pi i n\theta} z を定めます(群論入門 - 群の定義と例)。軌道空間 T/Z\mathbb{T}/\mathbb{Z} を商位相で考えます。

第 1 段:すべての軌道は稠密である。 まず zn=e2πinθz_n = e^{2\pi i n \theta}nZn \in \mathbb{Z})はすべて相異なります。実際 zn=zmz_n = z_m なら (nm)θZ(n-m)\theta \in \mathbb{Z} ですが、θ\theta が無理数なので n=mn = m です。

T\mathbb{T} はコンパクトなので無限集合 {zn}nN\{z_n\}_{n \in \mathbb{N}} は集積点を持ち、任意の ε>0\varepsilon > 0 に対し nmn \ne m かつ znzm<ε|z_n - z_m| < \varepsilon なるものが存在します。k=nm0k = n - m \ne 0 とおくと、回転が等長なので zk1=znzm<ε|z_k - 1| = |z_n - z_m| < \varepsilon です。したがって zkz_k00 でない角度の回転で、その弦の長さは ε\varepsilon 未満です。ゆえに {zkj}jZ\{z_{kj}\}_{j\in\mathbb{Z}} は隣り合う距離 ε\varepsilon 未満で円周を一周し、T\mathbb{T}ε\varepsilon-網になります。ε\varepsilon は任意なので {zn}nZ\{z_n\}_{n \in \mathbb{Z}} は稠密であり、任意の xx の軌道 {znx}\{z_n x\} も、回転が等長な全単射であることから稠密です。

第 2 段:商位相は密着位相である。 FTF \subseteq \mathbb{T} を空でない RθR_\theta-不変な閉集合とします。xFx \in F を取ると不変性から軌道全体が FF に含まれ、第 1 段よりその軌道は稠密です。FF は閉なので F{znx}=TF \supseteq \overline{\{z_n x\}} = \mathbb{T}、すなわち F=TF = \mathbb{T} です。補集合を取れば RθR_\theta-不変な開集合は \emptysetT\mathbb{T} だけであり、商位相の定義(開集合とは逆像が不変開集合であるもの)から T/Z\mathbb{T}/\mathbb{Z} の位相は密着位相です。

第 3 段:連続関数は定数のみである。 商位相の普遍性から、T/Z\mathbb{T}/\mathbb{Z} 上の連続関数は T\mathbb{T} 上の RθR_\theta-不変な連続関数と一対一に対応します。fC(T)f \in C(\mathbb{T}) が不変ならすべての nnf(znx)=f(x)f(z_n x) = f(x) なので、第 1 段より ff は稠密集合の上で値 f(x)f(x) を取り、連続性から ff(x)f \equiv f(x) です。よって

C(T/Z)=C.C(\mathbb{T}/\mathbb{Z}) = \mathbb{C} .

結論。 C\mathbb{C} は 1 点空間の関数環です(Ω(C)\Omega(\mathbb{C}) は恒等写像ただ 1 つ)。関数環から見ると T/Z\mathbb{T}/\mathbb{Z}1 点と区別がつかずθ\theta の情報は完全に失われています。

R_θx
無理数回転 R_θ による 1 つの軌道(θ は黄金比の小数部)。21 点だけでも円周を均等に埋めはじめる。軌道が稠密なので、不変閉集合は空集合と全体しかない

例 5.1 の失敗の原因は明確です。C(T/Z)C(\mathbb{T}/\mathbb{Z})C(T)C(\mathbb{T})不変元だけを取り出す操作で、不変元が少なすぎたのです。

コンヌの処方箋は、不変元を取る代わりに C(T)C(\mathbb{T}) へ「作用を実装する新しい元」を付け加えることです。回転 RθR_\theta を代数の言葉に直すと *-自己同型

α:C(T)C(T),α(f)=fRθ1\alpha : C(\mathbb{T}) \to C(\mathbb{T}), \qquad \alpha(f) = f \circ R_\theta^{-1}

になります。そこで C(T)C(\mathbb{T}) とユニタリ元 vvvv=vv=1v^* v = v v^* = \mathbf{1})を含み、関係式

vfv=α(f)(fC(T))v f v^* = \alpha(f) \qquad (f \in C(\mathbb{T}))

を満たす最大の C*-代数を作ります。これを交叉積 C(T)αZC(\mathbb{T}) \rtimes_\alpha \mathbb{Z} といいます。vvff は一般に可換でないので非可換です。

C(T)C(\mathbb{T}) は座標関数 u(z)=zu(z) = z で生成される(ストーン・ワイエルシュトラス)ので、交叉積は 2 つのユニタリ u,vu, v で生成され、関係式は

(vuv)(z)=α(u)(z)=u(Rθ1z)=e2πiθz=e2πiθu(z)(vuv^*)(z) = \alpha(u)(z) = u(R_\theta^{-1}z) = e^{-2\pi i\theta} z = e^{-2\pi i \theta}\, u(z)

から vuv=e2πiθuvuv^* = e^{-2\pi i\theta} u、書き直して uv=e2πiθvuuv = e^{2\pi i \theta} v u です。

定義 5.2非可換トーラス(無理数回転環)

θR\theta \in \mathbb{R} に対し、2 つのユニタリ元 u,vu, v と関係式

uu=uu=1,vv=vv=1,uv=e2πiθvuu^* u = u u^* = \mathbf{1}, \quad v^* v = v v^* = \mathbf{1}, \quad uv = e^{2\pi i \theta}\, vu

で生成される普遍 C*-代数を AθA_\theta と書き、非可換トーラスθ\theta が無理数のときは無理数回転環)といいます。「普遍」とは、この関係式を満たすユニタリの組 (U,V)(U, V) を含む任意の C*-代数 BB に対し、uUu \mapsto U, vVv \mapsto V を延長する *-準同型 AθBA_\theta \to B がただ一つ存在するという意味です。AθA_\theta は交叉積 C(T)αZC(\mathbb{T}) \rtimes_{\alpha} \mathbb{Z} と *-同型です。

例 5.3非可換トーラスの具体的な表現

H=L2(T)H = L^2(\mathbb{T})(正規化ハール測度に関する二乗可積分関数、L^p 空間と関数解析への導入)に 2 つの作用素を定めます。

(Uf)(z)=zf(z),(Vf)(z)=f(e2πiθz).(Uf)(z) = z f(z), \qquad (Vf)(z) = f(e^{-2\pi i \theta} z) .

UU は絶対値 11 の関数を掛ける作用素、VV は回転による平行移動なので、いずれもユニタリです。

(UVf)(z)=z(Vf)(z)=zf(e2πiθz),(UVf)(z) = z\,(Vf)(z) = z\, f(e^{-2\pi i\theta} z),(VUf)(z)=(Uf)(e2πiθz)=e2πiθzf(e2πiθz).(VUf)(z) = (Uf)(e^{-2\pi i\theta}z) = e^{-2\pi i\theta} z \, f(e^{-2\pi i \theta} z) .

したがって VU=e2πiθUVVU = e^{-2\pi i\theta}\, UV、すなわち UV=e2πiθVUUV = e^{2\pi i\theta}\, VU であり、定義 5.2 の関係式が成り立ちます。U,VU, V の生成する B(H)B(H) のノルム閉 *-部分代数が AθA_\theta の具体的なモデルです(θ\theta が無理数なら 命題 5.4 の単純性からこの表現は自動的に単射です)。

命題 5.4無理数回転環の単純性と一意トレース

θ\theta を無理数とする。このとき AθA_\theta は単純である。すなわち閉両側イデアルは {0}\{0\}AθA_\theta しかない。さらに AθA_\theta 上のトレース状態はただ一つで、

τ(m,namnumvn)=a00\tau\left(\sum_{m,n} a_{mn} u^m v^n\right) = a_{00}

で与えられる。

注意 5.5

証明は、トーラス T2\mathbb{T}^2AθA_\theta への自然な作用 γ(s,t)(u)=su, γ(s,t)(v)=tv\gamma_{(s,t)}(u) = su,\ \gamma_{(s,t)}(v) = tv を平均した条件付き期待値 E(a)=T2γ(s,t)(a)dsdtE(a) = \int_{\mathbb{T}^2} \gamma_{(s,t)}(a)\, ds\, dt を用い、θ\theta の無理数性から EE の像が C1\mathbb{C}\mathbf{1} になることを使います。詳細は 無理数回転代数の単純性と一意トレース(定理 4.5)[非可換トーラス A_θ]非可換トーラスの例)とリーフェルの原論文(参考文献 5)を参照してください。

閉イデアルが開集合に対応するという辞書に照らすと、単純性は「点が 1 つしかない」ことに当たります。しかし AθA_\theta は無限次元で、Mn(C)M_n(\mathbb{C}) のような単純代数とは構造がまるで違います。「点は 1 つだが、その 1 点が無限に豊かである」という状況こそ非可換空間の特徴です。

例 5.6θ が有理数のとき何が起きるか

θ=0\theta = 0 のとき関係式は uv=vuuv = vu となり、A0A_0 は 2 つの可換なユニタリで生成される普遍可換 C*-代数、すなわち A0C(T2)A_0 \cong C(\mathbb{T}^2) です。ゲルファント双対性を通せば、これは 2 次元トーラスにほかなりません。AθA_\theta を「非可換トーラス」と呼ぶ理由がここにあります。

θ=p/q\theta = p/q(既約分数、q1q \ge 1)のときは中間的です。関係式を繰り返し使うと

uqv=e2πiθqvuq=e2πipvuq=vuqu^q v = e^{2\pi i \theta q}\, v u^q = e^{2\pi i p}\, v u^q = v u^q

であり(pp は整数なので e2πip=1e^{2\pi i p} = 1)、同様に vqv^quu と可換です。よって uq,vqu^q, v^q は可換なユニタリで、生成する部分代数は C(T2)C(\mathbb{T}^2) と同型です。実際 Ap/qA_{p/q} の中心はちょうどこれに等しく、Ap/qA_{p/q} は 2 次元トーラス上の Mq(C)M_q(\mathbb{C})-束の連続切断のなす代数と同型であることが知られています。

つまり有理数 θ\theta では非可換性が q×qq \times q 行列の中に閉じ込められ、中心のスペクトルとして「点」が復活します。無理数 θ\theta にこの逃げ道はなく(命題 5.4)、非可換性が本質的になります。これは、有理数回転の軌道が有限集合で商がふつうの円周になるのに対し、無理数回転では 例 5.1 の状況になるという違いに対応しています。

同じ処方箋が広い範囲で機能します。離散群 Γ\Gamma の空間 XX への作用には交叉積 C0(X)ΓC_0(X) \rtimes \Gamma、葉層構造には葉層 C*-代数、ペンローズ・タイル張りには亜群 C*-代数、というように「悪い商」はいずれも非可換 C*-代数として復活します。共通の枠組みは亜群 C*-代数で、同値関係のグラフそのものを代数化する操作だと理解できます。


非可換代数へ向かうもう一方の道は物理からきます。ハイゼンベルクの正準交換関係 qppq=i1qp - pq = i\hbar \mathbf{1} を C*-代数の枠組みでそのまま扱えるでしょうか。答えは否です。

定理 6.1ヴィーラントの定理

AA{0}\{0\} でない単位的バナッハ代数とする。このとき

abba=1ab - ba = \mathbf{1}

を満たす a,bAa, b \in A は存在しない。とくに、有界作用素 Q,PB(H)Q, P \in B(H)QPPQ=iIQP - PQ = i\hbar I0\hbar \ne 0)を満たすものは存在しない。

証明(定理 6.1)

abba=1ab - ba = \mathbf{1} を満たす a,ba, b が存在したとします。

第 1 段:abnbna=nbn1ab^n - b^n a = n b^{n-1}n1n \ge 1)の帰納法。 n=1n = 1 は仮定そのものです(b0=1b^0 = \mathbf{1})。nn で成り立つとすると、

abn+1bn+1a=(abn)bbn+1a=(bna+nbn1)bbn+1a=bn(ab)+nbnbn+1a=bn(ba+1)+nbnbn+1a=bn+1a+bn+nbnbn+1a=(n+1)bn.\begin{aligned} a b^{n+1} - b^{n+1} a &= (a b^n) b - b^{n+1} a \\ &= (b^n a + n b^{n-1}) b - b^{n+1} a \\ &= b^n (ab) + n b^n - b^{n+1}a \\ &= b^n (ba + \mathbf{1}) + n b^n - b^{n+1} a \\ &= b^{n+1} a + b^n + n b^n - b^{n+1}a = (n+1) b^n . \end{aligned}

2 行目で帰納法の仮定、4 行目で ab=ba+1ab = ba + \mathbf{1} を使いました。

第 2 段:ノルムの評価。 第 1 段と三角不等式・劣乗法性から

nbn1=abnbna2abn2abbn1n \|b^{n-1}\| = \|ab^n - b^n a\| \le 2\|a\|\,\|b^n\| \le 2\|a\|\,\|b\|\,\|b^{n-1}\|

であり、bn10b^{n-1} \ne 0 なら両辺を bn1>0\|b^{n-1}\| > 0 で割って n2abn \le 2\|a\|\,\|b\| を得ます。右辺は nn によらない定数なので、nn を十分大きく取ればこの不等式は破れます。したがって、ある nnbn1=0b^{n-1} = 0、すなわち bm=0b^m = 0 となる整数 m0m \ge 0 が存在します。

第 3 段:矛盾。 bm=0b^m = 0 となる最小の m0m \ge 0m0m_0 とします。m0=0m_0 = 0 なら 1=b0=0\mathbf{1} = b^0 = 0 となり A={0}A = \{0\} で仮定に反します。よって m01m_0 \ge 1 であり、最小性から bm010b^{m_0 - 1} \ne 0 です。ところが第 1 段を n=m0n = m_0 で使うと

0=abm0bm0a=m0bm010 = a b^{m_0} - b^{m_0} a = m_0\, b^{m_0 - 1}

となり、m01m_0 \ge 1 なので bm01=0b^{m_0-1} = 0 が従います。これは bm010b^{m_0-1} \ne 0 に矛盾します。

否定的な結果に見えますが、これは指針でもあります。位置と運動量は有界作用素として実現できず、非有界作用素を使うか関係式の形を変えるかしかない。 C*-代数の枠内にとどまる後者の道がワイル形式です。

例 6.2ワイル形式と非可換トーラスの一致

q,pq, pqppq=i1qp - pq = i\hbar\mathbf 1 を満たすとし、指数関数

Us=eisq,Vt=eitp(s,tR)U_s = e^{isq}, \qquad V_t = e^{itp} \qquad (s, t \in \mathbb{R})

を考えます。自己共役作用素の指数関数なのでこれらはユニタリです。交換子 [isq,itp][isq, itp] は中心的なので、ベーカー・キャンベル・ハウスドルフの公式は

eAeB=eA+Be[A,B]/2e^{A}e^{B} = e^{A+B}e^{[A,B]/2}

という形に退化します。A=isqA = isq, B=itpB = itp とすると [A,B]=(is)(it)[q,p]=sti1[A,B] = (is)(it)[q,p] = -st\cdot i\hbar\,\mathbf{1} なので

UsVt=eA+Beist/2,VtUs=eA+Be+ist/2U_s V_t = e^{A+B} e^{-i\hbar st/2}, \qquad V_t U_s = e^{A+B} e^{+i\hbar st /2}

であり、割り算して

UsVt=eistVtUsU_s V_t = e^{-i\hbar s t}\, V_t U_s

を得ます。これがワイル形式の正準交換関係です。非有界作用素は現れず、ユニタリ元の関係式だけが残ります。

s,ts, t を固定して u=Usu = U_s, v=Vtv = V_t とおき、θ\thetast/2π-\hbar st / 2\pi の小数部とすれば、関係式は

uv=e2πiθvuuv = e^{2\pi i \theta} vu

となり、これは 定義 5.2 の関係式そのものです。つまり非可換トーラスは、量子力学の相空間を格子上の平行移動に制限したものにほかなりません。無理数回転という力学系の問題と正準交換関係という量子論の問題が、同じ C*-代数に行き着くわけです。

注意 6.3

古典極限 0\hbar \to 0θ0\theta \to 0)で AθA_\theta は可換な C(T2)C(\mathbb{T}^2) に近づきます(例 5.6)。可換な関数環の族が非可換な代数の族に「変形」され、そのパラメータが \hbar である、というのが変形量子化の描像であり、非可換幾何学は変形された対象を幾何学的に扱う言語を与えます。AθA_\theta は 2 次元量子ホール系のモデルとしても現れ、ホール伝導度の整数量子化が AθA_\theta の K-理論と指数定理から導かれます(非可換トーラスと整数量子ホール効果(例 4.10)[指数定理への応用]指数定理への応用)。


出発点は整いました。空間とは可換 C*-代数であり、可換性を落とせば量子論の相空間や悪い商が視野に入る、というのが基本方針です。残る仕事は幾何の道具立てを非可換な設定へ移植することで、この先の章立てはその作業にあたります。

  • C*-代数の基礎:正元、状態、表現、イデアル、テンソル積。
  • K-理論入門:辞書の「ベクトル束 = 有限生成射影加群」を出発点に、K0,K1K_0, K_1 とボット周期性。
  • スペクトル三つ組 (A, H, D):ディラック作用素 DD を「距離を測る道具」と読み替え、微分構造と計量を移植する。
  • 非可換トーラスの例:この記事で構成した AθA_\theta の射影・トレース・K-理論の計算。
  • 指数定理への応用:アティヤ・シンガーの指数定理の非可換版とその帰結。

演習 8.1

AA を単位的可換 C*-代数とする。次を示せ。

  1. bAb \in A が自己共役(b=bb^* = b)ならば σ(b)R\sigma(b) \subseteq \mathbb{R}
  2. wAw \in A がユニタリ(ww=ww=1w^* w = w w^* = \mathbf{1})ならば σ(w)T\sigma(w) \subseteq \mathbb{T}
解答

定理 4.1 により Γ\Gamma は *-同型、補題 3.3 により σ(a)=a^(Ω(A))\sigma(a) = \hat{a}(\Omega(A)) です。

(1) 定理 4.1 の証明の第 1 段で、自己共役元 bb とすべての指標 χ\chi に対し χ(b)R\chi(b) \in \mathbb{R} を示しました。したがって

σ(b)={χ(b):χΩ(A)}R.\sigma(b) = \{\chi(b) : \chi \in \Omega(A)\} \subseteq \mathbb{R} .

(2) Γ\Gamma は *-準同型なので w^w^=ww^=1\hat{w}\,\overline{\hat{w}} = \widehat{w w^*} = 1、すなわち各 χ\chiχ(w)=1|\chi(w)| = 1 です。よって

σ(w)={χ(w):χΩ(A)}T.\sigma(w) = \{\chi(w): \chi \in \Omega(A)\} \subseteq \mathbb{T} .

なお、これらは AA が可換でなくても正しく、その場合は bb(あるいは ww)と 1\mathbf{1} の生成する可換な C*-部分代数に本問の結果を適用し、部分代数でのスペクトルが全体でのスペクトルと一致すること(スペクトル置換不変性、注意 6.1[C*-代数の基礎])を使います。

演習 8.2標準

XX をコンパクトハウスドルフ空間とする。C(X)C(X) が有限次元であることと XX が有限集合であることは同値であり、そのとき X=n|X| = n ならば C(X)CnC(X) \cong \mathbb{C}^n(成分ごとの積)であることを示せ。

解答

XX 有限 \Rightarrow XXnn 点なら、有限ハウスドルフ空間は離散なのですべての関数が連続で、C(X)=CXCnC(X) = \mathbb{C}^X \cong \mathbb{C}^n、次元は nn です。積は各点ごとなので Cn\mathbb{C}^n の成分ごとの積と一致します。

\Rightarrow XX 有限) XX が相異なる n+1n+1x1,,xn+1x_1, \ldots, x_{n+1} を含むとします。コンパクトハウスドルフ空間は正規なので、ウリゾーンの補題により各 kk に対して

fk(xk)=1,fk(xj)=0 (jk)f_k(x_k) = 1, \qquad f_k(x_j) = 0 \ (j \ne k)

なる fkC(X)f_k \in C(X) が取れます({xk}\{x_k\} と有限閉集合 {xj:jk}\{x_j : j \ne k\} を分離すればよい)。kckfk=0\sum_k c_k f_k = 0xjx_j で評価すると cj=0c_j = 0 が出るので、これらは一次独立であり dimC(X)n+1\dim C(X) \ge n+1 です。

したがって dimC(X)=n\dim C(X) = n が有限ならば XX の点は nn 個以下であり、逆向きの評価と合わせて X=n|X| = n、そして C(X)CnC(X) \cong \mathbb{C}^n です。

演習 8.3標準

X,YX, Y をコンパクトハウスドルフ空間、φ:XY\varphi: X \to Y を連続写像とし、φ:C(Y)C(X)\varphi^*: C(Y) \to C(X)φ(f)=fφ\varphi^*(f) = f \circ \varphi で定める。φ\varphi が全射であることと φ\varphi^* が単射であることが同値であることを示せ。

解答

\Rightarrow φ\varphi が全射で φ(f)=0\varphi^*(f) = 0 とすると、すべての xXx \in Xf(φ(x))=0f(\varphi(x)) = 0 であり、全射性からすべての yYy \in Yf(y)=0f(y) = 0、すなわち f=0f = 0 です。

\Leftarrow 対偶を示します。φ\varphi が全射でないとすると、φ(X)\varphi(X)XX のコンパクト性から YY のコンパクト部分集合、YY がハウスドルフなので閉集合であり、Yφ(X)Y \setminus \varphi(X) は空でない開集合です。y0Yφ(X)y_0 \in Y \setminus \varphi(X) を取り、ウリゾーンの補題で f(y0)=1f(y_0) = 1 かつ φ(X)\varphi(X) 上で 00 なる fC(Y)f \in C(Y) を作れば、f0f \ne 0 でありながら φ(f)=0\varphi^*(f) = 0 です。よって φ\varphi^* は単射でありません。

同様に「φ\varphi が単射であることと φ\varphi^* が全射であることが同値」も示せます(ティーツェの拡張定理を使います)。系 4.4 の背後にある圏同値が射のレベルでも働いていることの現れです。

演習 8.4

θ\theta を無理数とし、AθA_\theta定義 5.2 の非可換トーラスとする。AθA_\theta の各元 aa は形式的フーリエ級数

am,nZamnumvn,amn=τ(avnum)a \sim \sum_{m, n \in \mathbb{Z}} a_{mn}\, u^m v^n, \qquad a_{mn} = \tau(a\, v^{-n} u^{-m})

を持ち、係数 (amn)(a_{mn})aa を一意に決めることが知られている(τ\tau は一意トレース)。これを用いて AθA_\theta の中心が C1\mathbb{C}\mathbf{1} であることを示せ。

解答

aAθa \in A_\theta が中心に属するとします。とくに uu とも vv とも可換です。

基本関係式 uv=e2πiθvuuv = e^{2\pi i\theta} vu から uvu1=e2πiθvu v u^{-1} = e^{2\pi i \theta} v が従い、これを繰り返して

uvnu1=e2πinθvn(nZ)u v^n u^{-1} = e^{2\pi i n\theta} v^n \qquad (n \in \mathbb{Z})

を得ます(n0n \ge 0 は帰納法、n<0n < 0 は両辺の逆元を取ればよい)。uuumu^m と可換なので u(umvn)u1=e2πinθumvnu (u^m v^n) u^{-1} = e^{2\pi i n \theta} u^m v^n です。

γ(x)=uxu1\gamma(x) = uxu^{-1}AθA_\theta の *-自己同型で、τ\tau がただ一つのトレース状態であることから τγ=τ\tau \circ \gamma = \tau です。よってフーリエ係数は (γ(a))mn=e2πinθamn(\gamma(a))_{mn} = e^{2\pi i n\theta} a_{mn} を満たします。aauu と可換なら γ(a)=a\gamma(a) = a なので、係数の一意性から

amn(e2πinθ1)=0(m,n)a_{mn}\left(e^{2\pi i n \theta} - 1\right) = 0 \qquad (\forall m, n)

です。θ\theta が無理数なので e2πinθ=1e^{2\pi i n\theta} = 1 となるのは n=0n = 0 に限り、n0n \ne 0 なら amn=0a_{mn} = 0 です。

同様に vxv1v x v^{-1} を考えます。uv=e2πiθvuuv = e^{2\pi i\theta}vuv1v^{-1} で挟むと vuv1=e2πiθuv u v^{-1} = e^{-2\pi i \theta} u、繰り返して v(umvn)v1=e2πimθumvnv (u^m v^n) v^{-1} = e^{-2\pi i m\theta} u^m v^n なので、aavv と可換なら同じ議論で m0m \ne 0 のとき amn=0a_{mn} = 0 です。

合わせて aa のフーリエ係数は a00a_{00} を除きすべて 00 です。1\mathbf{1} の係数は a00=1a_{00} = 1、他は 00 ですから、一意性より a=a001a = a_{00}\mathbf{1}、すなわち中心は C1\mathbb{C}\mathbf{1} です。

補足。 θ=p/q\theta = p/q なら e2πinθ=1e^{2\pi i n\theta} = 1nqZn \in q\mathbb{Z} で成り立つので、この議論は m,nm, n がともに qq の倍数の項を排除できず、中心に uq,vqu^q, v^q の生成する C(T2)C(\mathbb{T}^2) が残ります(例 5.6)。無理数性がどこで効くかがはっきりします。


  1. A. Connes, Noncommutative Geometry, Academic Press, 1994 — 第 I 章(非可換空間の例:ペンローズ・タイル張り、葉層、群作用の商)および第 II 章。この記事の全体の設計図にあたる本です。全文が著者のサイトで公開されています(alainconnes.org)。
  2. G. J. Murphy, C*-Algebras and Operator Theory, Academic Press, 1990 — 第 1 章(バナッハ代数とゲルファント理論)、第 2 章(C*-代数、可換ゲルファント・ナイマルクの定理、GNS 構成)。この記事の §2〜§4 の標準的な教科書です。
  3. K. R. Davidson, C*-Algebras by Example, Fields Institute Monographs 6, American Mathematical Society, 1996 — 無理数回転環を扱う章。命題 5.4例 5.6 の詳細な証明があります。
  4. I. Gelfand and M. Naimark, “On the imbedding of normed rings into the ring of operators in Hilbert space”, Matematicheskii Sbornik 12 (1943), 197–213 — 定理 4.1定理 4.6 の原論文。
  5. M. A. Rieffel, “C*-algebras associated with irrational rotations”, Pacific Journal of Mathematics 93 (1981), 415–429. doi:10.2140/pjm.1981.93.415 — 無理数回転環の射影の構成と K-理論。
  6. H. Wielandt, “Über die Unbeschränktheit der Operatoren der Quantenmechanik”, Mathematische Annalen 121 (1949), 21 — 定理 6.1 の原論文。

Appendix: スペクトル理論からの補題

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本文で用いた、可換バナッハ代数のゲルファント理論に必要な基本事実をまとめます。いずれも標準的で、参考文献 2 の第 1 章に証明があります。

スペクトルの非空性。 単位的バナッハ代数の元のスペクトルは空でないコンパクト集合です。

補題 8.5スペクトルの非空性

AA{0}\{0\} でない単位的複素バナッハ代数、aAa \in A とする。このとき σ(a)\sigma(a) は空でないコンパクト集合であり、σ(a){λ:λa}\sigma(a) \subseteq \{\lambda : |\lambda| \le \|a\|\} である。

注意 8.6

有界性は、λ>a|\lambda| > \|a\| なら λ1a=λ(1a/λ)\lambda\mathbf{1} - a = \lambda(\mathbf{1} - a/\lambda) がノイマン級数で可逆になることから、閉性は可逆元全体が開集合であることから従います。

非空性は複素解析によります。σ(a)=\sigma(a) = \emptyset とすると、レゾルベント λ(λ1a)1\lambda \mapsto (\lambda\mathbf{1} - a)^{-1}C\mathbb{C} 全体で正則な AA 値関数で、λ|\lambda| \to \infty でノルムが 00 に収束するので有界です。リウヴィルの定理(任意の φA\varphi \in A^* に合成して適用)からこれは定数関数 00 ですが、レゾルベントは可逆元の値を取るので 00 になりません。

ゲルファント・マズールの定理。 これは 補題 3.3 の証明の要です。

定理 8.7ゲルファント・マズールの定理

AA を単位的複素バナッハ代数とし、00 でない元がすべて可逆であるとする。このとき λλ1\lambda \mapsto \lambda \mathbf{1}C\mathbb{C} から AA への等長な代数同型である。すなわち ACA \cong \mathbb{C} である。

証明(定理 8.7)

aAa \in A を任意に取ります。補題 8.5 により λσ(a)\lambda \in \sigma(a) が存在し、定義から λ1a\lambda\mathbf{1} - a は可逆でありません。仮定により可逆でない元は 00 のみなので a=λ1a = \lambda\mathbf{1} です。

したがって A=C1A = \mathbb{C}\mathbf{1} であり λλ1\lambda \mapsto \lambda\mathbf{1} は全射、単射性は 10\mathbf 1 \ne 0 から、等長性は λ1=λ1=λ\|\lambda\mathbf{1}\| = |\lambda|\,\|\mathbf{1}\| = |\lambda| から従います。

極大イデアルの閉性。 商をバナッハ代数にするために必要でした。

補題 8.8極大イデアルは閉集合である

AA を単位的バナッハ代数、MAM \subseteq A を極大な真の(両側、AA が可換なら単に)イデアルとする。このとき MM は閉集合である。

証明(補題 8.8)

まず、真のイデアル II は可逆元を含みません(xIx \in I が可逆なら 1=x1xI\mathbf{1} = x^{-1}x \in I となり I=AI = A)。1y<1\|\mathbf{1} - y\| < 1 ならノイマン級数で yy は可逆なので、1\mathbf{1} を中心とする半径 11 の開球 BB は可逆元からなります。よって IB=I \cap B = \emptyset であり、BB は開なので閉包 Iˉ\bar{I}BB と交わらず、1Iˉ\mathbf{1} \notin \bar{I} です。

一方、和と積の連続性からイデアルの閉包はイデアルです。したがって Mˉ\bar{M}MM を含む真のイデアルであり、MM の極大性から Mˉ=M\bar{M} = M、すなわち MM は閉集合です。

スペクトル半径公式。 命題 3.5 で使いました。

補題 8.9ベーリング・ゲルファントのスペクトル半径公式

AA を単位的バナッハ代数、aAa \in A とする。このとき極限 limnan1/n\lim_{n\to\infty}\|a^n\|^{1/n} が存在し、

r(a)=limnan1/n=infn1an1/nr(a) = \lim_{n \to \infty} \|a^n\|^{1/n} = \inf_{n \ge 1} \|a^n\|^{1/n}

が成り立つ。

注意 8.10

極限の存在は logan\log\|a^n\| の劣加法性とフェケテの補題から従います。r(a)liman1/nr(a) \le \lim \|a^n\|^{1/n} は、因数分解 λn1an=(λ1a)(λn11++an1)\lambda^n \mathbf{1} - a^n = (\lambda\mathbf{1} - a)(\lambda^{n-1}\mathbf{1} + \cdots + a^{n-1}) から λσ(a)λnσ(an)\lambda \in \sigma(a) \Rightarrow \lambda^n \in \sigma(a^n) を導き、補題 8.5 の有界性を使えば出ます。逆向きはレゾルベントのローラン展開が λ>r(a)|\lambda| > r(a) で収束することから係数を評価します。詳細は参考文献 2 にあります。

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