コンテンツにスキップ

ゲージ理論と自発的対称性の破れ:ヒッグス機構はなぜ質量を生むのか

前提:くりこみ理論入門:ループ発散の正則化から、くりこみ群の流れまで

生 Markdown
  • 場の位相を時空の各点で独立に選び直す自由(局所対称性)を要請すると、それを補償する場としてゲージ場 AμA_\mu が必然的に現れます。電磁場はこの要請の帰結として導かれ、同じ要請が光子の質量項 12m2AμAμ\frac{1}{2}m^2A_\mu A^\mu を禁じます。
  • ラグランジアンが対称でも、最低エネルギー状態(真空)がその対称性を保つとは限りません。これが自発的対称性の破れで、メキシカンハット型ポテンシャルがその典型です。
  • 連続的な大域対称性が自発的に破れると、破れた生成子の数だけ質量ゼロの粒子(南部・ゴールドストーン粒子)が現れます。この記事ではこれを、ポテンシャルの質量行列の零固有ベクトルとして証明します。
  • 破れる対称性がゲージ対称性の場合、ゴールドストーン粒子は独立な粒子として現れず、ゲージ場の縦波自由度として吸収され、ゲージ場が質量を得ます(ヒッグス機構)。自由度の総数は前後で変わりません。
  • 標準模型では SU(2)L×U(1)YU(1)emSU(2)_L \times U(1)_Y \to U(1)_{\mathrm{em}} の破れにより W±,ZW^\pm, Z が質量を得、光子は質量ゼロのまま残ります。MW=gv/2M_W = gv/2MZ=vg2+g2/2M_Z = v\sqrt{g^2+g'^2}/2 から、実験でよく検証された関係 MW=MZcosθWM_W = M_Z\cos\theta_W が従います。

1. 動機:位相の自由度と、質量が書けないという困難

Section titled “1. 動機:位相の自由度と、質量が書けないという困難”

量子力学では、波動関数の全体位相は観測できません。ψeiαψ\psi \to e^{i\alpha}\psi としても ψ2|\psi|^2 は変わらず、期待値も変わりません。ところがこの α\alpha は時空全体で共通の一つの定数です。ここで位相の基準を決めると、アンドロメダ銀河での基準も同時に決まってしまう。ヘルマン・ワイルは 1918 年に長さの基準(Eichung、ゲージ)を各点で自由に選べるとする理論を提案し、1929 年にそれを位相の自由度として読み替えました。位相の基準は各点で勝手に選べるはずだ、という要請です。

この要請には代償があります。位相を各点で別々に回すと、微分 μψ\partial_\mu\psieiα(x)μψe^{i\alpha(x)}\partial_\mu\psi にはならず、余分な項 i(μα)ψi(\partial_\mu\alpha)\psi が出ます。ラグランジアンの微分項がこわれるのです。これを打ち消すには、同じ変換のもとで μα\partial_\mu\alpha だけずれる補償場を導入するしかありません。それが AμA_\mu であり、その正体は電磁ポテンシャルです。相互作用が「対称性の要請から導かれた」——これがゲージ原理で、1954 年のヤンとミルズによる非可換版を経て、現代の素粒子論の設計図になりました。

しかしこの美しい原理は、そのままでは自然を説明できません。弱い相互作用は到達距離がきわめて短く、その媒介粒子は重いはずです。実際 MW80.4 GeVM_W \simeq 80.4\ \mathrm{GeV} から到達距離を見積もると

RMWc=197.3 MeVfm8.04×104 MeV2.5×103 fmR \sim \frac{\hbar}{M_W c} = \frac{197.3\ \mathrm{MeV\cdot fm}}{8.04\times 10^{4}\ \mathrm{MeV}} \simeq 2.5\times 10^{-3}\ \mathrm{fm}

となり、陽子の半径(約 0.84 fm0.84\ \mathrm{fm})の 300 分の 1 以下です。ところが後で示すとおり、ゲージ不変性はゲージ場の質量項を禁じます。さらに悪いことに、弱い相互作用は左巻きフェルミオンだけに働くので、ディラック質量項 mψˉψ=m(ψˉLψR+ψˉRψL)m\bar\psi\psi = m(\bar\psi_L\psi_R + \bar\psi_R\psi_L) すらゲージ不変になりません。ゲージ原理を採用する限り、ゲージ場もフェルミオンも、ラグランジアンに質量を書き込めないのです。

出口は 1960 年前後に、素粒子論ではなく物性論から来ました。超伝導体の BCS 理論を眺めていた南部陽一郎は、「法則の対称性」と「状態の対称性」は別物だと気づきます。強磁性体のハミルトニアンは回転対称ですが、基底状態は特定の向きに磁化している。同じことが場の理論の真空でも起きるなら、ラグランジアンを対称に保ったまま真空だけが対称性を破れます。1964 年、アンダーソン、エングレール・ブラウト、ヒッグス、グラルニク・ヘーゲン・キッブルらは、この機構をゲージ理論と組み合わせるとゲージ場が質量を獲得することを見出しました。1967 年のワインバーグ「A Model of Leptons」がそれを弱い相互作用に適用し、2012 年のヒッグス粒子発見で話は閉じます。

以下ではこの筋道を、計算を省かずにたどります。

ここから先は Pro プランの内容です。

この章の続き(定義・定理・証明・例・演習)をすべて読むには Pro プランにご登録ください。無料の章は最後まで読めます。

プランを見る ログイン

この記事の誤りを報告する ・運営: 夢現技研合同会社料金プラン利用条件特定商取引法に基づく表記

© 2026 夢現技研合同会社 ・本文の LLM への入力は自由です。コード例は MIT ライセンスです。