0. この記事の要点
Section titled “0. この記事の要点”- 複素線積分 は、曲線のパラメータ表示を使って実 1 変数の積分に翻訳することで定義します。値はパラメータの取り替えでは変わらず、曲線の向きを逆にすると符号だけが変わります。
- 原始関数 ()をもつ関数の積分は端点の値の差 だけで決まり、閉じた道の上では になります。逆に という計算は、 が原点を除いた平面全体では原始関数をもたないことの証明になります。
- コーシーの積分定理:穴のない領域で正則な関数は、その中の任意の閉じた道の上で積分すると になります。導関数 が連続だという余分な仮定を置けば、グリーンの定理とコーシー・リーマンの関係式から数行で従います。
- グルサの定理により、この「 が連続」という仮定は不要です。「各点で 1 回複素微分できる」という最小限の仮定だけから定理が出るという事実が、複素関数論の骨格を決めています。
- コーシーの積分公式 :円周上の値だけで内部の値がすべて決まります。実関数ではありえない剛性で、これ以降の理論(無限回微分可能性、一致の定理、留数定理)はすべてこの一つの式から流れ出します。
1. 動機:積分は道に依存するか
Section titled “1. 動機:積分は道に依存するか”実 1 変数の積分 には「道」という概念がありません。 から へ行く道は実軸上に一本しかないからです。ところが複素平面では、 から へ行く道は無数にあります。円弧を通っても、折れ線を通っても、大きく回り道をしてもよい。そこで、複素平面上の曲線 に沿った積分 を定義したとたん、次の素朴な疑問が生じます。
始点と終点を固定したとき、積分の値は途中の道の取り方に依存するのか。
答えは「関数による」です。 のように正則でない関数では、道を変えると値が変わります(例 2.6 で実際に計算します)。しかし が正則ならば、しかも領域に「穴」がなければ、値は道によらない。これがコーシーの積分定理です。同じことを閉じた道の言葉で言い換えると「正則関数を閉曲線に沿って一周積分すると 」となります。
この事実は 19 世紀前半に発見されました。ガウスは 1811 年のベッセル宛の手紙で、複素積分が道によらないことをすでに述べています。オーギュスタン・コーシーは 1825 年の論文「虚の限界の間でとった定積分について」で、この定理を長方形の周に沿った積分として定式化しました。当時の証明は現代の目で見ると導関数の連続性を暗黙に使っており、この仮定が本当に不要であることをエドゥアール・グルサが示すのは 1900 年前後のことです。
コーシーの積分定理そのものは「 になる」という消極的な主張に見えます。しかし、そこから一歩進めて被積分関数を に取り替えると、劇的な帰結が現れます。閉曲線 の内部の一点 における値 が、 上の値だけを使った積分で書けてしまうのです。実関数では考えられないことです。実際、区間 上の 級関数は、両端 の値を固定しても中身をいくらでも自由に動かせます。正則関数はそれができない。この「硬さ」こそが複素関数論の主役で、本章はその源泉を作る章です。
flowchart TD A["f が D 上で正則"] --> B["グルサの定理: 三角形の周上で積分が 0"] A --> C["グリーンの定理 + コーシー・リーマンの関係式"] B --> D["凸領域で原始関数が存在"] C --> E["コーシーの積分定理"] D --> E E --> F["積分路の変形定理"] F --> G["コーシーの積分公式"] G --> H["平均値の性質"] G --> I["高階導関数の公式・一致の定理・留数定理(次章以降)"]
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