0. この記事の要点
Section titled “0. この記事の要点”- ルベーグ積分は値域を分割して定義します。指示関数から出発し、単関数 → 非負可測関数 → 一般の可積分関数、という 3 段階で積分を拡張します。
- 可測関数の全体は各点収束で閉じています。リーマン可積分関数の全体はそうではありません。この一点の差が、以下のすべての収束定理を生みます。
- 本章の目標は 3 つの定理です。単調収束定理(増加列なら無条件で交換可)、ファトゥの補題(不等式は常に成り立つ)、優収束定理(可積分な優関数があれば交換可)。一様収束は不要です。
- 有界関数が閉区間でリーマン可積分ならばルベーグ可積分で、積分値は一致します。逆は成り立たず、ディリクレ関数が反例です。リーマン可積分性は「不連続点の集合が測度 」と同値です。
- 積分は零集合を見分けません。 に対し と「 ほとんど至るところ」は同値であり、この視点が収束定理の仮定を「ほとんど至るところ」に緩めることを可能にします。
1. 動機:リーマン積分はなぜ極限に弱いのか
Section titled “1. 動機:リーマン積分はなぜ極限に弱いのか”リーマン積分は、定義域 を細かい小区間に切り、各小区間上で関数をほぼ定数とみなして短冊の面積を足し上げる、という発想でできています。この発想は関数が連続なときには申し分なく働きますが、極限操作と組み合わせた途端に破綻します。次の例がその典型です。
の有理数全体は可算なので と並べられます(濃度と無限 を参照)。そこで
とおきます。各 は有限個の点を除いて ですから、リーマン積分可能で です。しかも と単調増加し、各点で
に収束します。ところが極限のディリクレ関数 は、どんな小区間でも上限が 、下限が ですから、上積分が 、下積分が となってリーマン積分可能ではありません。リーマン可積分関数の増加列の各点極限が、リーマン可積分でないのです。これでは「積分できる関数の空間」として使い物になりません。
同じ弱さは、極限と積分の交換定理にも現れます。微分積分学では「 が一様収束ならば 」という形の定理しか得られません(項別積分(定理 5.2)[関数列と一様収束])。しかし一様収束は非常に強い要求で、フーリエ級数や確率論に出てくる関数列はたいてい一様には収束しません。
もう一つ、より深い理由があります。リーマン可積分関数の全体に という距離を入れると、この空間は完備ではありません。上の はコーシー列ですが、極限はこの空間の外にあります。これは有理数体 が完備でないのと同じ状況で、実数の構成が必要だったのとまったく同じ理由から、積分の側にも「完備化」が必要になります(実数の完備性とコーシー列)。ルベーグ積分はこの完備化を与えます(リース–フィッシャーの定理(定理 5.3)[L^p 空間と関数解析への導入])。
ルベーグ (Henri Lebesgue) が 1902 年の学位論文で導入した処方は、驚くほど単純な発想の転換でした。定義域ではなく値域を分割するのです。硬貨を数えるとき、受け取った順に足していくのがリーマン流、まず額面ごとに仕分けてから「額面 × 枚数」を足すのがルベーグ流だ、という比喩でしばしば説明されます。値域を と切り、各層について「その層に落ちる の集合の大きさ」を測って高さを掛ける。ここで「集合の大きさ」を測る道具が測度であり、それを前章で用意しました(可測集合とルベーグ測度)。
この転換の見返りは大きく、次の表にまとめられます。本章を読み終える頃には、右列のすべてが定理として手に入ります。
| リーマン積分 | ルベーグ積分 | |
|---|---|---|
| 分割する対象 | 定義域 | 値域 |
| 積分できる関数 | 有界かつ不連続点が少ない関数 | 可測関数(各点極限で閉じる) |
| 極限との交換 | 一様収束が必要 | 各点収束 + 優関数で十分 |
| 舞台 | 区間 | 任意の測度空間 |
| による完備性 | 完備でない | 完備(リース–フィッシャーの定理) |
| 広義積分 | 別枠の理論が必要 | 定義に最初から含まれる |
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