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平成9年度 東大院 物理学専攻 修士 物理学 解答

対象読者: 学部の物理(力学・解析力学、電磁気学、量子力学、熱・統計力学)を一通り学び、東大物理学専攻の院試問題を自分で解いた、または解こうとしている人。問題文は載せていないので、出典の問題を手元に置いて読みます。

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4 時間で 8 問中 4 問という構成で、素粒子・原子核から生物物理までを広く並べた年度です。第1問と第2問は「水素原子の公式集」「デルタ関数ポテンシャル」という薄い道具立てから励起子・不純物準位・バンドの有効質量まで一気に登り、第6問は古典流体力学の液滴振動をそのまま調和振動子として量子化してコヒーレント状態に着地します。第3問の電車とトンネルは同時刻の相対性を数値で詰める問題、第4問は実際の散乱実験の設計そのもので、桁の見積もりが要求されます。第7問・第8問は生物からの出題です。

問題分野主題
第1問量子力学励起子の束縛エネルギー、デルタ関数摂動、重ね合わせ状態の測定統計
第2問固体物理・フーリエ解析デルタ関数格子の束縛状態・バンド・有効質量と不純物準位
第3問相対論ローレンツ変換の導出、ドップラー効果、電車とトンネルのパラドックス
第4問原子核ラザフォード散乱実験、クーロン障壁と α\alpha 崩壊、計数率と統計精度
第5問統計力学局在スピン相と縮退電子相の 1 次転移、有効質量の圧力依存性
第6問流体・量子力学液滴の四重極振動、その量子化とコヒーレント状態
第7問生物巻き貝の左右性と母性効果遺伝
第8問熱力学・生物物理蛋白質の変性の熱力学と低温変性の起源

8 問から 4 問を選択する形式ですが、ここでは全問の解答を載せます。

第1問 励起子・デルタ関数摂動・測定の統計

Section titled “第1問 励起子・デルタ関数摂動・測定の統計”

水素原子の相対運動について、換算質量 mm、cgs ガウス単位系で

[−ℏ22m∇2+V(r)]ψ=Eψ,V=−e2r\left[-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2+V(\boldsymbol{r})\right]\psi=E\psi,\qquad V=-\frac{e^2}{r}

の固有値・固有関数が既知であるとします。すなわち En=−Ry/n2E_n=-R_y/n^2、Ry≡me4/2ℏ2R_y\equiv me^4/2\hbar^2、ψnℓm=Rnℓ(r)Yℓm(θ,ϕ)\psi_{n\ell m}=R_{n\ell}(r)Y_{\ell m}(\theta,\phi) で、Bohr 半径 a≡ℏ2/me2a\equiv\hbar^2/me^2 を使って

R10=2a3e−r/a,R20=18a3(2−ra)e−r/2a,R21=124a5 r e−r/2a,\begin{aligned} R_{10}&=\frac{2}{\sqrt{a^3}}e^{-r/a}, \\ R_{20}&=\frac{1}{\sqrt{8a^3}}\left(2-\frac ra\right)e^{-r/2a}, \\ R_{21}&=\frac{1}{\sqrt{24a^5}}\,r\,e^{-r/2a}, \end{aligned}

Y00=1/4πY_{00}=1/\sqrt{4\pi} です。Ry=e2/2aR_y=e^2/2a という関係も以下でしばしば使います。

(i) 電子(質量 mem_e、電荷 −e-e)と正孔(質量 mhm_h、電荷 +e+e)の相対運動は、換算質量

μ=memhme+mh,1μ=1me+1mh\mu=\frac{m_em_h}{m_e+m_h},\qquad \frac1\mu=\frac1{m_e}+\frac1{m_h}

の 1 粒子問題になります。ポテンシャルは V=−(e2/ϵ)/rV=-(e^2/\epsilon)/r なので、水素原子の結果で m→μm\to\mu、e2→e2/ϵe^2\to e^2/\epsilon と置き換えればそのまま使えます。Ry=me4/2ℏ2R_y=me^4/2\hbar^2 は e2e^2 の 2 乗に比例するので、最低エネルギー状態(n=1n=1)のエネルギーは

E1=−μ (e2/ϵ)22ℏ2=−μe42ϵ2ℏ2.E_1=-\frac{\mu\,(e^2/\epsilon)^2}{2\hbar^2}=-\frac{\mu e^4}{2\epsilon^2\hbar^2}.

束縛エネルギー(電子と正孔をばらばらに引き離すのに要するエネルギー)はその符号を変えたもので、答えは

Eb=μe42ϵ2ℏ2=Ryϵ2⋅μmE_{\mathrm b}=\frac{\mu e^4}{2\epsilon^2\hbar^2}=\frac{R_y}{\epsilon^2}\cdot\frac{\mu}{m}

です。ϵ∼10\epsilon\sim10、μ∼0.1 me\mu\sim0.1\,m_e という典型的な半導体では Eb∼13.6×10−3 eVE_{\mathrm b}\sim 13.6\times10^{-3}\,\mathrm{eV} 程度、つまり meV のオーダーになり、励起子が室温で壊れやすいことに対応します。

(ii) 同じ置き換えで有効 Bohr 半径は

a∗=ϵℏ2μe2=a ϵ mμa^*=\frac{\epsilon\hbar^2}{\mu e^2}=a\,\epsilon\,\frac{m}{\mu}

です。最低状態は 1s1s なので、R10R_{10} を a→a∗a\to a^* として

⟨r⟩=∫0∞r3∣R10(r)∣2dr=4a∗3∫0∞r3e−2r/a∗dr=4a∗3⋅3!(2/a∗)4=32a∗.\langle r\rangle=\int_0^\infty r^3|R_{10}(r)|^2dr=\frac{4}{a^{*3}}\int_0^\infty r^3e^{-2r/a^*}dr=\frac{4}{a^{*3}}\cdot\frac{3!}{(2/a^*)^4}=\frac32a^*.

答えは

⟨r⟩=32a∗=3ϵℏ22μe2\langle r\rangle=\frac{3}{2}a^*=\frac{3\epsilon\hbar^2}{2\mu e^2}

です。ϵ\epsilon が大きく μ\mu が小さいほど広がりが大きくなり、束縛エネルギーは Eb=e2/2ϵa∗E_{\mathrm b}=e^2/2\epsilon a^* と広がりに反比例して小さくなります。ϵ=10\epsilon=10、μ=0.1me\mu=0.1m_e なら a∗=100a≃5 nma^*=100a\simeq5\,\mathrm{nm} で、格子定数よりずっと大きい「浅く広い」束縛状態になります。この事実が、そもそも連続体近似(有効質量と誘電率で置き換える扱い)を正当化しています。

摂動は V′=−λδ3(r)V'=-\lambda\delta^3(\boldsymbol{r}) で、行列要素は ⟨α∣V′∣β⟩=−λ ψα∗(0)ψβ(0)\langle\alpha|V'|\beta\rangle=-\lambda\,\psi_\alpha^*(0)\psi_\beta(0) という単純な形をとります。必要なのは原点での波動関数の値だけです。

ψ100(0)=2a314π=1πa3,ψ200(0)=28a314π=18πa3,ψ21m(0)=0.\psi_{100}(0)=\frac{2}{\sqrt{a^3}}\frac{1}{\sqrt{4\pi}}=\frac{1}{\sqrt{\pi a^3}},\qquad \psi_{200}(0)=\frac{2}{\sqrt{8a^3}}\frac{1}{\sqrt{4\pi}}=\frac{1}{\sqrt{8\pi a^3}},\qquad \psi_{21m}(0)=0 .

2p2p は R21∝rR_{21}\propto r なので原点で消えます。

(i) n=2n=2 は縮退していますが、⟨2s∣V′∣2p m⟩∝ψ200∗(0)ψ21m(0)=0\langle 2s|V'|2p\,m\rangle\propto\psi_{200}^*(0)\psi_{21m}(0)=0 なので摂動行列は (ℓ,m)(\ell,m) 基底で既に対角的です(V′V' が球対称で ℓ,m\ell,m を混ぜないことの反映)。したがって縮退がある場合でも対角要素をとればよく、λ\lambda の 1 次で

E1s=−Ry−λ∣ψ100(0)∣2=−Ry−λπa3,E2s=−Ry4−λ∣ψ200(0)∣2=−Ry4−λ8πa3,E2p=−Ry4.\begin{aligned} E_{1s}&=-R_y-\lambda|\psi_{100}(0)|^2=-R_y-\frac{\lambda}{\pi a^3},\\ E_{2s}&=-\frac{R_y}{4}-\lambda|\psi_{200}(0)|^2=-\frac{R_y}{4}-\frac{\lambda}{8\pi a^3},\\ E_{2p}&=-\frac{R_y}{4}. \end{aligned}

2p2p は λ\lambda の 1 次では変化しません。デルタ関数は原点にしか効かないので、原点で消える 2p2p は影響を受けず、2s2s と 2p2p の縮退が解けます。λ\lambda は「エネルギー×体積」の次元をもつので λ/a3\lambda/a^3 がエネルギーになっており、次元は合っています。

(ii) 1 次摂動で補正された状態は

∣1s′⟩=∣1s⟩+∑k≠1s⟨k∣V′∣1s⟩E1s−Ek∣k⟩|1s'\rangle=|1s\rangle+\sum_{k\ne 1s}\frac{\langle k|V'|1s\rangle}{E_{1s}-E_k}|k\rangle

です。問題の指示どおり 1s,2s,2p1s,2s,2p だけを考えると、⟨2p m∣V′∣1s⟩=0\langle 2p\,m|V'|1s\rangle=0 なので混ざるのは 2s2s だけです。

⟨2s∣V′∣1s⟩=−λ ψ200(0)ψ100(0)=−λ22 πa3,E1s−E2s=−Ry+Ry4=−34Ry\langle 2s|V'|1s\rangle=-\lambda\,\psi_{200}(0)\psi_{100}(0)=-\frac{\lambda}{2\sqrt2\,\pi a^3},\qquad E_{1s}-E_{2s}=-R_y+\frac{R_y}{4}=-\frac34R_y

より、混成係数は

c2s=−λ/(22 πa3)−34Ry=4λ3⋅22 πa3Ry=2 λ3πa3Ryc_{2s}=\frac{-\lambda/(2\sqrt2\,\pi a^3)}{-\tfrac34R_y}=\frac{4\lambda}{3\cdot2\sqrt2\,\pi a^3R_y}=\frac{\sqrt2\,\lambda}{3\pi a^3R_y}

となります。原点での値は

ψ′(0)=ψ100(0)+c2sψ200(0)=1πa3(1+λ6πa3Ry)\psi'(0)=\psi_{100}(0)+c_{2s}\psi_{200}(0)=\frac{1}{\sqrt{\pi a^3}}\left(1+\frac{\lambda}{6\pi a^3R_y}\right)

(c2sψ200(0)=2λ3πa3Ry122πa3=λ6πa3Ryπa3c_{2s}\psi_{200}(0)=\dfrac{\sqrt2\lambda}{3\pi a^3R_y}\dfrac{1}{2\sqrt2\sqrt{\pi a^3}}=\dfrac{\lambda}{6\pi a^3R_y\sqrt{\pi a^3}} を使いました)。規格化の補正は ∣c2s∣2=O(λ2)|c_{2s}|^2=O(\lambda^2) なので 1 次では不要です。よって

∣ψ′(0)∣2∣ψ100(0)∣2=1+λ3πa3Ry=1+2λ3πa2e2\frac{|\psi'(0)|^2}{|\psi_{100}(0)|^2}=1+\frac{\lambda}{3\pi a^3R_y}=1+\frac{2\lambda}{3\pi a^2e^2}

倍になります(Ry=e2/2aR_y=e^2/2a を使いました)。これが答えです。

(iii) 上の括弧の中は正なので、確率密度は増加します。

理由は次のとおりです。V′=−λδ3(r)V'=-\lambda\delta^3(\boldsymbol r) は原点だけに働く引力です。1 次のエネルギー変化 ΔE=−λ∣ψ(0)∣2\Delta E=-\lambda|\psi(0)|^2 が示すように、この摂動でエネルギーを下げる唯一の方法は原点での確率密度を大きくすることです。変分原理の立場でいえば、系は原点付近に振幅を集めることでエネルギーを稼ぎます。実際、混ぜ込まれた 2s2s は原点で 1s1s と同符号なので、両者は原点で強め合い、∣ψ(0)∣2|\psi(0)|^2 が増える向きに変形します。原点にある「井戸」に波動関数が吸い寄せられる、というのが直感的な描像です。

(i) t=t0t=t_0 で ψ=[ψ100+ψ200]/2\psi=[\psi_{100}+\psi_{200}]/\sqrt2 なので、時間発展は各固有状態に位相を付けるだけです。

ψ(r,t)=12[ψ100(r)e−iE1(t−t0)/ℏ+ψ200(r)e−iE2(t−t0)/ℏ],E1=−Ry, E2=−Ry4.\psi(\boldsymbol r,t)=\frac{1}{\sqrt2}\left[\psi_{100}(\boldsymbol r)e^{-iE_1(t-t_0)/\hbar}+\psi_{200}(\boldsymbol r)e^{-iE_2(t-t_0)/\hbar}\right],\qquad E_1=-R_y,\ E_2=-\frac{R_y}{4}.

ψ100,ψ200\psi_{100},\psi_{200} はともに実関数なので

∣ψ(r,t)∣2=12[ψ1002+ψ2002+2ψ100ψ200cos⁡(E2−E1)(t−t0)ℏ].|\psi(\boldsymbol r,t)|^2=\frac12\left[\psi_{100}^2+\psi_{200}^2+2\psi_{100}\psi_{200}\cos\frac{(E_2-E_1)(t-t_0)}{\hbar}\right].

tt 依存性は cos⁡\cos の因子だけに現れ、周期関数です。周期は

T=2πℏE2−E1=2πℏ34Ry=8πℏ3RyT=\frac{2\pi\hbar}{E_2-E_1}=\frac{2\pi\hbar}{\tfrac34R_y}=\frac{8\pi\hbar}{3R_y}

です。Ry=13.6 eVR_y=13.6\,\mathrm{eV} を入れると E2−E1=10.2 eVE_2-E_1=10.2\,\mathrm{eV}、T=4.1×10−16 sT=4.1\times10^{-16}\,\mathrm{s} 程度で、Lyman-α\alpha 光の周期そのものです。

(ii) 期待値は

⟨E⟩=12E1+12E2=12(−Ry−Ry4)=−58Ry\langle E\rangle=\frac12E_1+\frac12E_2=\frac12\left(-R_y-\frac{R_y}{4}\right)=-\frac58R_y

です。一方、1 回の測定で得られる値は H^\hat H の固有値のみで、しかも重ね合わせに含まれる 2 つだけです。すなわち

E=E1=−Ry  (確率 12),E=E2=−Ry4  (確率 12).E=E_1=-R_y\ \ (\text{確率}\ \tfrac12),\qquad E=E_2=-\frac{R_y}{4}\ \ (\text{確率}\ \tfrac12).

−58Ry-\tfrac58R_y という値そのものは決して観測されません。期待値は「多数回の平均」であって、測定値の候補ではありません。

(iii) 各測定は独立で、εi\varepsilon_i は平均 ⟨E⟩\langle E\rangle、分散

σ2=⟨E2⟩−⟨E⟩2=12(Ry2+Ry216)−2564Ry2=964Ry2\sigma^2=\langle E^2\rangle-\langle E\rangle^2=\frac12\left(R_y^2+\frac{R_y^2}{16}\right)-\frac{25}{64}R_y^2=\frac{9}{64}R_y^2

をもつ同分布の確率変数です(2 値が等確率なので σ=∣E2−E1∣/2=38Ry\sigma=|E_2-E_1|/2=\tfrac38R_y と直接読めます)。εˉN−⟨E⟩=1N∑i(εi−⟨E⟩)\bar\varepsilon_N-\langle E\rangle=\frac1N\sum_i(\varepsilon_i-\langle E\rangle) を 2 乗して期待値をとると、i≠ji\ne j の交差項は独立性から ⟨(εi−⟨E⟩)(εj−⟨E⟩)⟩=0\langle(\varepsilon_i-\langle E\rangle)(\varepsilon_j-\langle E\rangle)\rangle=0 で消え、

⟨δ2⟩=1N2∑i=1N⟨(εi−⟨E⟩)2⟩=σ2N=9Ry264N.\langle\delta^2\rangle=\frac{1}{N^2}\sum_{i=1}^N\langle(\varepsilon_i-\langle E\rangle)^2\rangle=\frac{\sigma^2}{N}=\frac{9R_y^2}{64N}.

これが答えです。N→∞N\to\infty で ⟨δ2⟩→0\langle\delta^2\rangle\to0 となり、εˉN\bar\varepsilon_N は ⟨E⟩\langle E\rangle に確率収束します。ゆらぎの大きさは ⟨δ2⟩=38Ry/N\sqrt{\langle\delta^2\rangle}=\tfrac38R_y/\sqrt N で、1 %1\,\% の精度を得るには ⟨δ2⟩/∣⟨E⟩∣=35/N=0.01\sqrt{\langle\delta^2\rangle}/|\langle E\rangle|=\tfrac35/\sqrt N=0.01、すなわち N≃3.6×103N\simeq3.6\times10^3 回の測定が必要です。

第2問 デルタ関数格子の束縛状態・バンド・不純物準位

Section titled “第2問 デルタ関数格子の束縛状態・バンド・不純物準位”

格子定数 aa の 1 次元結晶(格子点 x=nax=na)を考え、イオンからのポテンシャルと不純物ポテンシャルをともにデルタ関数で近似します。使うフーリエ変換の規約は問題文にあわせて

ϕ(x)=∫−∞∞dk2πe−ikxϕ(k),ϕ(k)=∫−∞∞dx eikxϕ(x)\phi(x)=\int_{-\infty}^{\infty}\frac{dk}{2\pi}e^{-ikx}\phi(k),\qquad \phi(k)=\int_{-\infty}^{\infty}dx\,e^{ikx}\phi(x)

とします。δ(x)=∫dk2πe−ikx\delta(x)=\displaystyle\int\frac{dk}{2\pi}e^{-ikx} も同じ規約から出ます。3 つの段階を順に扱います。まず自由電子に単独のデルタ井戸(強さのパラメータ λ0\lambda_0)、次に不純物のない完全結晶(強さのパラメータ λ\lambda)、最後に両方がある場合です。

(i) ΔV(x)=−ℏ2mλ0δ(x)\Delta V(x)=-\dfrac{\hbar^2}{m\lambda_0}\delta(x) のもとで、エネルギー固有値 E0 (<0)E_0\,(<0) の束縛状態 ϕ0(x)\phi_0(x) が満たす方程式は

−ℏ22md2ϕ0(x)dx2−ℏ2mλ0δ(x)ϕ0(x)=E0ϕ0(x)-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d^2\phi_0(x)}{dx^2}-\frac{\hbar^2}{m\lambda_0}\delta(x)\phi_0(x)=E_0\phi_0(x)

です。λ0>0\lambda_0>0 なので井戸は引力で、E0<0E_0<0 の束縛状態が(1 次元では必ず 1 つ)存在します。

(ii) 上の式に ϕ0(x)=∫dk2πe−ikxϕ0(k)\phi_0(x)=\int\frac{dk}{2\pi}e^{-ikx}\phi_0(k) を代入します。第 1 項は d2dx2e−ikx=−k2e−ikx\dfrac{d^2}{dx^2}e^{-ikx}=-k^2e^{-ikx} から

−ℏ22md2ϕ0dx2=∫dk2πe−ikx ℏ2k22mϕ0(k).-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d^2\phi_0}{dx^2}=\int\frac{dk}{2\pi}e^{-ikx}\,\frac{\hbar^2k^2}{2m}\phi_0(k).

第 2 項は δ(x)ϕ0(x)=δ(x)ϕ0(0)\delta(x)\phi_0(x)=\delta(x)\phi_0(0) と ϕ0(0)=∫dk′2πϕ0(k′)\phi_0(0)=\int\frac{dk'}{2\pi}\phi_0(k')、δ(x)=∫dk2πe−ikx\delta(x)=\int\frac{dk}{2\pi}e^{-ikx} から

−ℏ2mλ0δ(x)ϕ0(x)=∫dk2πe−ikx[−ℏ2mλ0∫dk′2πϕ0(k′)].-\frac{\hbar^2}{m\lambda_0}\delta(x)\phi_0(x)=\int\frac{dk}{2\pi}e^{-ikx}\left[-\frac{\hbar^2}{m\lambda_0}\int\frac{dk'}{2\pi}\phi_0(k')\right].

右辺も ∫dk2πe−ikxE0ϕ0(k)\int\frac{dk}{2\pi}e^{-ikx}E_0\phi_0(k) と書けるので、e−ikxe^{-ikx} の係数(フーリエ成分)を各 kk で比べて

ℏ2k22mϕ0(k)−ℏ2mλ0∫−∞∞dk′2πϕ0(k′)=E0ϕ0(k)\frac{\hbar^2k^2}{2m}\phi_0(k)-\frac{\hbar^2}{m\lambda_0}\int_{-\infty}^{\infty}\frac{dk'}{2\pi}\phi_0(k')=E_0\phi_0(k)

が得られます。デルタ関数のフーリエ変換が kk に依らない定数であるため、kk 空間では非局所項が「ϕ0\phi_0 の kk 積分」という 1 つの数に縮まるのが要点です。

(iii) E0=−ℏ2κ22mE_0=-\dfrac{\hbar^2\kappa^2}{2m}(κ>0\kappa>0)と置くと上式は

ℏ22m(k2+κ2)ϕ0(k)=ℏ2mλ0∫dk′2πϕ0(k′)\frac{\hbar^2}{2m}(k^2+\kappa^2)\phi_0(k)=\frac{\hbar^2}{m\lambda_0}\int\frac{dk'}{2\pi}\phi_0(k')

となり、右辺が kk に依らないことから ϕ0(k)=C0/(k2+κ2)\phi_0(k)=C_0/(k^2+\kappa^2)、C0=2λ0∫dk′2πϕ0(k′)C_0=\dfrac{2}{\lambda_0}\displaystyle\int\frac{dk'}{2\pi}\phi_0(k') という形(式 (3), (4))が出ます。これを式 (4) に自分自身で代入すると

∫−∞∞dk2πC0k2+κ2=C02π⋅πκ=C02κ\int_{-\infty}^{\infty}\frac{dk}{2\pi}\frac{C_0}{k^2+\kappa^2}=\frac{C_0}{2\pi}\cdot\frac{\pi}{\kappa}=\frac{C_0}{2\kappa}

なので

C0=2λ0⋅C02κ=C0λ0κ.C_0=\frac{2}{\lambda_0}\cdot\frac{C_0}{2\kappa}=\frac{C_0}{\lambda_0\kappa}.

C0≠0C_0\ne0(そうでなければ ϕ0≡0\phi_0\equiv0)より

κ=1λ0,E0=−ℏ22mλ02.\kappa=\frac{1}{\lambda_0},\qquad E_0=-\frac{\hbar^2}{2m\lambda_0^2}.

これが答えです。λ0\lambda_0 が小さいほど井戸が深く、束縛が強くなります。

(iv) 逆変換は標準的な積分で

ϕ0(x)=∫−∞∞dk2πC0e−ikxk2+κ2=C02κe−κ∣x∣=C0λ02 e−∣x∣/λ0.\phi_0(x)=\int_{-\infty}^{\infty}\frac{dk}{2\pi}\frac{C_0e^{-ikx}}{k^2+\kappa^2}=\frac{C_0}{2\kappa}e^{-\kappa|x|}=\frac{C_0\lambda_0}{2}\,e^{-|x|/\lambda_0}.

規格化は不要なので、ϕ0(x)∝e−∣x∣/λ0\phi_0(x)\propto e^{-|x|/\lambda_0} が答えです。

概形は次のとおりです。x=0x=0 に単一のピークをもつ偶関数で、節はありません。x>0x>0 でも x<0x<0 でも指数関数的に単調減少し、∣x∣=λ0|x|=\lambda_0 で頂点の 1/e1/e になります。x=0x=0 では左右の傾きが ∓ϕ0(0)/λ0\mp\phi_0(0)/\lambda_0 で不連続(尖点)になり、実際 ϕ0′(0+)−ϕ0′(0−)=−2λ0ϕ0(0)\phi_0'(0^+)-\phi_0'(0^-)=-\dfrac{2}{\lambda_0}\phi_0(0) はデルタ関数ポテンシャルの接続条件 ϕ′(0+)−ϕ′(0−)=−2mℏ2ℏ2mλ0ϕ(0)\phi'(0^+)-\phi'(0^-)=-\dfrac{2m}{\hbar^2}\dfrac{\hbar^2}{m\lambda_0}\phi(0) と一致します。∣x∣→∞|x|\to\infty で 0 に漸近します。

λ0\lambda_0 の物理的意味は、この束縛状態の局在長(波動関数の広がり)です。同時に E0=−ℏ2/2mλ02E_0=-\hbar^2/2m\lambda_0^2 なので、不確定性関係 Δx∼λ0\Delta x\sim\lambda_0、Δp∼ℏ/λ0\Delta p\sim\hbar/\lambda_0 の運動エネルギーがそのまま束縛エネルギーの大きさを与えている、という関係になっています。

(i) ポアソンの和公式(等間隔に並ぶデルタ関数の和を、波の和で書き直す公式)∑neinx=2π∑nδ(x−2πn)\sum_ne^{inx}=2\pi\sum_n\delta(x-2\pi n) で x→2πy/ax\to2\pi y/a と置くと

∑n=−∞∞δ(y−na)=1a∑n=−∞∞ei2πny/a\sum_{n=-\infty}^{\infty}\delta(y-na)=\frac1a\sum_{n=-\infty}^{\infty}e^{i2\pi ny/a}

なので、格子ポテンシャルは

Vion(x)=−ℏ2mλa∑n=−∞∞ei2πnx/aV_{\mathrm{ion}}(x)=-\frac{\hbar^2}{m\lambda a}\sum_{n=-\infty}^{\infty}e^{i2\pi nx/a}

と書けます。これを ϕ(x)=∫dk2πe−ikxϕ(k)\phi(x)=\int\frac{dk}{2\pi}e^{-ikx}\phi(k) に掛けると

ei2πnx/aϕ(x)=∫dk2πe−i(k−2πn/a)xϕ(k)=∫dk′2πe−ik′xϕ ⁣(k′+2πna)e^{i2\pi nx/a}\phi(x)=\int\frac{dk}{2\pi}e^{-i(k-2\pi n/a)x}\phi(k) =\int\frac{dk'}{2\pi}e^{-ik'x}\phi\!\left(k'+\frac{2\pi n}{a}\right)

となり、nn について和をとると(n→−nn\to-n と置き直して)∑nϕ(k−2πn/a)\sum_n\phi(k-2\pi n/a) が現れます。運動エネルギー項は設問1 と同じなので、e−ikxe^{-ikx} の係数を比べて

ℏ2k22mϕ(k)−ℏ2mλa∑n=−∞∞ϕ ⁣(k−2πan)=ϵ ϕ(k)\frac{\hbar^2k^2}{2m}\phi(k)-\frac{\hbar^2}{m\lambda a}\sum_{n=-\infty}^{\infty}\phi\!\left(k-\frac{2\pi}{a}n\right)=\epsilon\,\phi(k)

が得られます。単独のデルタ関数では ϕ\phi の全 kk 積分だったものが、格子では逆格子ベクトル 2πn/a2\pi n/a ずれた点での値の和に置き換わります。

(ii) ϵ=−ℏ2κ22m\epsilon=-\dfrac{\hbar^2\kappa^2}{2m} と置くと

ℏ22m(k2+κ2)ϕ(k)=ℏ2mλa∑nϕ ⁣(k−2πan)≡ℏ22mCk.\frac{\hbar^2}{2m}(k^2+\kappa^2)\phi(k)=\frac{\hbar^2}{m\lambda a}\sum_{n}\phi\!\left(k-\frac{2\pi}{a}n\right)\equiv\frac{\hbar^2}{2m}C_k .

右辺の和は k→k+2π/ak\to k+2\pi/a で不変(和の番号がずれるだけ)なので、CkC_k は kk の逆格子周期関数、つまり nn に依りません。したがって ϕ(k)=Ck/(k2+κ2)\phi(k)=C_k/(k^2+\kappa^2) で、kk を k−2πn/ak-2\pi n/a に置き換えれば式 (8) になります。

これを CkC_k の定義式 (9) に代入すると CkC_k が両辺から落ちて

1=2λa∑n=−∞∞1(k−2πna)2+κ21=\frac{2}{\lambda a}\sum_{n=-\infty}^{\infty}\frac{1}{\left(k-\frac{2\pi n}{a}\right)^2+\kappa^2}

という条件が残ります。(k−2πna)2=4π2a2(n−u)2\left(k-\frac{2\pi n}{a}\right)^2=\frac{4\pi^2}{a^2}(n-u)^2、u≡ka2πu\equiv\dfrac{ka}{2\pi}、v≡κa2πv\equiv\dfrac{\kappa a}{2\pi} とすれば

∑n1(k−2πna)2+κ2=a24π2⋅1v∑nv(n−u)2+v2=a24π2⋅πvsinh⁡2πvcosh⁡2πv−cos⁡2πu=a2κ⋅sinh⁡aκcosh⁡aκ−cos⁡ak\sum_n\frac{1}{\left(k-\frac{2\pi n}{a}\right)^2+\kappa^2}=\frac{a^2}{4\pi^2}\cdot\frac1v\sum_n\frac{v}{(n-u)^2+v^2} =\frac{a^2}{4\pi^2}\cdot\frac{\pi}{v}\frac{\sinh 2\pi v}{\cosh2\pi v-\cos2\pi u} =\frac{a}{2\kappa}\cdot\frac{\sinh a\kappa}{\cosh a\kappa-\cos ak}

と公式 (11) で和が閉じます(2πv=aκ2\pi v=a\kappa、2πu=ak2\pi u=ak)。これを代入して

1=2λa⋅a2κsinh⁡aκcosh⁡aκ−cos⁡ak⟹cos⁡(ak)=cosh⁡(aκ)−1κλsinh⁡(aκ)1=\frac{2}{\lambda a}\cdot\frac{a}{2\kappa}\frac{\sinh a\kappa}{\cosh a\kappa-\cos ak} \quad\Longrightarrow\quad \cos(ak)=\cosh(a\kappa)-\frac{1}{\kappa\lambda}\sinh(a\kappa)

が示されました。

(iii) λ≪a\lambda\ll a のとき、設問1 との対応から κ≃1/λ\kappa\simeq1/\lambda、すなわち aκ≃a/λ≫1a\kappa\simeq a/\lambda\gg1 です。式 (10) を指数で書き直すと

cos⁡(ak)=eaκ2(1−1κλ)+e−aκ2(1+1κλ).\cos(ak)=\frac{e^{a\kappa}}{2}\left(1-\frac{1}{\kappa\lambda}\right)+\frac{e^{-a\kappa}}{2}\left(1+\frac{1}{\kappa\lambda}\right).

左辺は O(1)O(1) なのに eaκe^{a\kappa} は指数関数的に大きいので、1−1/κλ1-1/\kappa\lambda が指数関数的に小さくなければなりません。そこで κ=1+ηλ\kappa=\dfrac{1+\eta}{\lambda}(∣η∣≪1|\eta|\ll1)と置くと

1−1κλ=1−11+η≃η,1+1κλ≃2,e−aκ≃e−a/λ1-\frac{1}{\kappa\lambda}=1-\frac{1}{1+\eta}\simeq\eta,\qquad 1+\frac{1}{\kappa\lambda}\simeq2,\qquad e^{-a\kappa}\simeq e^{-a/\lambda}

なので

cos⁡(ak)≃ea/λ2η+e−a/λ.\cos(ak)\simeq\frac{e^{a/\lambda}}{2}\eta+e^{-a/\lambda}.

第 2 項は O(e−a/λ)O(e^{-a/\lambda}) で無視でき、η=2e−a/λcos⁡(ak)\eta=2e^{-a/\lambda}\cos(ak)、すなわち

κ=1λ[1+2e−a/λcos⁡(ak)]\kappa=\frac{1}{\lambda}\left[1+2e^{-a/\lambda}\cos(ak)\right]

が得られます。eaκ=ea/λeaη/λe^{a\kappa}=e^{a/\lambda}e^{a\eta/\lambda} の補正が無視できるのは (a/λ)e−a/λ≪1(a/\lambda)e^{-a/\lambda}\ll1 だからで、これも λ≪a\lambda\ll a で成り立っています。

(iv) ϵk=−ℏ2κ22m\epsilon_k=-\dfrac{\hbar^2\kappa^2}{2m} に代入し、e−2a/λe^{-2a/\lambda} を落とすと

ϵk=−ℏ22mλ2[1+4e−a/λcos⁡(ak)].\epsilon_k=-\frac{\hbar^2}{2m\lambda^2}\left[1+4e^{-a/\lambda}\cos(ak)\right].

これは強束縛近似の分散 ϵk=ϵat−2tcos⁡(ak)\epsilon_k=\epsilon_{\mathrm{at}}-2t\cos(ak) そのもので、飛び移り積分は t=ℏ2mλ2e−a/λt=\dfrac{\hbar^2}{m\lambda^2}e^{-a/\lambda}、バンド幅は 4t=4ℏ2mλ2e−a/λ4t=\dfrac{4\hbar^2}{m\lambda^2}e^{-a/\lambda} という指数関数的に狭い値です。∣k∣≪π/a|k|\ll\pi/a では cos⁡(ak)≃1−12(ak)2\cos(ak)\simeq1-\tfrac12(ak)^2 を使って

ϵk=−ℏ22mλ2(1+4e−a/λ)+ℏ22mλ2⋅2a2e−a/λk2\epsilon_k=-\frac{\hbar^2}{2m\lambda^2}\left(1+4e^{-a/\lambda}\right)+\frac{\hbar^2}{2m\lambda^2}\cdot2a^2e^{-a/\lambda}k^2

となり、ϵk=ϵ0+ℏ2k22m∗\epsilon_k=\epsilon_0+\dfrac{\hbar^2k^2}{2m^*} の形になります。比べて

ϵ0=−ℏ22mλ2(1+4e−a/λ),m∗=mλ22a2 ea/λ\epsilon_0=-\frac{\hbar^2}{2m\lambda^2}\left(1+4e^{-a/\lambda}\right),\qquad m^*=\frac{m\lambda^2}{2a^2}\,e^{a/\lambda}

が答えです。ϵ0\epsilon_0 はバンドの底(k=0k=0)のエネルギーで、孤立井戸の −ℏ2/2mλ2-\hbar^2/2m\lambda^2 からバンド幅の半分だけ下がった値です。有効質量は ea/λe^{a/\lambda} という指数関数的に大きな因子をもち、隣の井戸へのトンネル確率が小さいほど電子は重くなります。λ=0.2a\lambda=0.2a で式 (10) を数値的に解くと κ\kappa は上の近似式と 0.1 %0.1\,\% 程度で一致し、このとき近似式の与える有効質量は m∗/m≃3.0m^*/m\simeq3.0 です。

x=0x=0 には格子イオンのデルタ井戸と不純物のデルタ井戸が重なっているので、その点でのポテンシャルは

−ℏ2m(1λ+1λ0)δ(x),1λ~≡1λ+1λ0-\frac{\hbar^2}{m}\left(\frac1\lambda+\frac1{\lambda_0}\right)\delta(x), \qquad \frac{1}{\tilde\lambda}\equiv\frac1\lambda+\frac1{\lambda_0}

とまとめられます。以下ではこの λ~\tilde\lambda を使います。

(i) λ≪a\lambda\ll a かつ λ0≪a\lambda_0\ll a の場合。λ~\tilde\lambda は λ\lambda と λ0\lambda_0 のどちらよりも小さいので λ~≪a\tilde\lambda\ll a です。局在長 λ~\tilde\lambda が格子間隔 aa よりずっと短いということは、x=0x=0 の合成井戸に捕らえられた波動関数が隣の格子点に届く前に減衰しきってしまうことを意味します。したがって周りの井戸の影響(設問2 でみたように e−a/λ~e^{-a/\tilde\lambda} のオーダー)は指数関数的に小さく、答えは設問1 の単独井戸の式に λ0→λ~\lambda_0\to\tilde\lambda を入れたもの、

Eˉ0≃−ℏ22mλ~2=−ℏ22m(1λ+1λ0)2\bar E_0\simeq-\frac{\hbar^2}{2m\tilde\lambda^2}=-\frac{\hbar^2}{2m}\left(\frac1\lambda+\frac1{\lambda_0}\right)^2

と予測されます。不純物が深いので、電子は 1 つのサイトに強く貼りついた原子的な状態になります。

(ii) λ≪a≪λ0\lambda\ll a\ll\lambda_0 の場合。格子井戸は深く(λ≪a\lambda\ll a)、設問2 の結果が使えて、バンドの底は ϵ0\epsilon_0、電子は有効質量 m∗=mλ22a2ea/λm^*=\dfrac{m\lambda^2}{2a^2}e^{a/\lambda} をもちます。一方、不純物井戸は浅く(λ0≫a\lambda_0\gg a)、それが作る束縛状態は多数の格子点にまたがって広がるので、格子を有効質量に押し込めた連続体近似(有効質量近似)が使えます。この近似では電子は質量 m∗m^*、バンド底を基準にした運動エネルギー、そして物理的な不純物ポテンシャル −ℏ2mλ0δ(x)-\dfrac{\hbar^2}{m\lambda_0}\delta(x) を感じる 1 粒子として振る舞います。井戸の強さを g≡ℏ2mλ0g\equiv\dfrac{\hbar^2}{m\lambda_0} と書けば、質量 MM の粒子に対する束縛エネルギーは −Mg2/2ℏ2-Mg^2/2\hbar^2 なので、M=m∗M=m^* として

Eˉ0≃ϵ0−m∗g22ℏ2=ϵ0−ℏ22mλ02⋅m∗m=−ℏ22mλ2(1+4e−a/λ)−ℏ2λ24ma2λ02ea/λ\bar E_0\simeq\epsilon_0-\frac{m^*g^2}{2\hbar^2} =\epsilon_0-\frac{\hbar^2}{2m\lambda_0^2}\cdot\frac{m^*}{m} =-\frac{\hbar^2}{2m\lambda^2}\left(1+4e^{-a/\lambda}\right)-\frac{\hbar^2\lambda^2}{4ma^2\lambda_0^2}e^{a/\lambda}

と予測されます。バンド底からの束縛エネルギーが m∗/m=λ22a2ea/λm^*/m=\dfrac{\lambda^2}{2a^2}e^{a/\lambda} 倍に増強されている点が特徴で、重いバンドほど浅い不純物でも深い準位を作ります。局在長は ℓ=ℏ2m∗g=mλ0m∗\ell=\dfrac{\hbar^2}{m^*g}=\dfrac{m\lambda_0}{m^*} で、有効質量近似が正当化されるのは ℓ≫a\ell\gg a、すなわちこの束縛エネルギーがバンド幅 4t4t より小さいときです。

第3問 ローレンツ変換と電車・トンネルのパラドックス

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SS 系に対して xx 軸方向に速度 vv で走る S′S' 系を考え、t=t′=0t=t'=0 で両者は完全に重なっているとします。以下 β≡v/c\beta\equiv v/c、γ≡(1−β2)−1/2\gamma\equiv(1-\beta^2)^{-1/2} と書きます。世界間隔

s122=−(ct2−ct1)2+(x2−x1)2+(y2−y1)2+(z2−z1)2s_{12}^2=-(ct_2-ct_1)^2+(x_2-x_1)^2+(y_2-y_1)^2+(z_2-z_1)^2

を不変にすること、相対性原理、β≪1\beta\ll1 でガリレイ変換に一致すること、の 3 条件からローレンツ変換を導き、後半では光速に近い電車を扱います。

時空の一様性から変換は座標の 1 次式でなければなりません。もし高次の項があると、SS で等速直線運動(世界線が直線)だったものが S′S' で直線にならず、S′S' が慣性系でなくなってしまいます。原点が t=t′=0t=t'=0 で一致しているので定数項もなく、変換は同次線形です。

まず横方向を片付けます。運動は xx 方向なので、xx 軸まわりの回転対称性から y′,z′y',z' が x,tx,t に混ざることはなく、y′=f(v)yy'=f(v)y、z′=f(v)zz'=f(v)z の形です。相対性原理により S′S' から見た SS は速度 −v-v で動くので、逆変換は y=f(−v)y′y=f(-v)y'、したがって f(v)f(−v)=1f(v)f(-v)=1。yy 軸まわりに π\pi 回転すれば yy は不変のまま xx と vv の符号が変わるので f(v)=f(−v)f(v)=f(-v)、よって f=±1f=\pm1 で、ガリレイ極限 f→+1f\to+1 から f=1f=1、すなわち y′=y, z′=zy'=y,\ z'=z です。世界間隔の不変性は残りの 2 次元で

−(ct′)2+x′2=−(ct)2+x2-(ct')^2+x'^2=-(ct)^2+x^2

に帰着します(原点を通る 2 点間の間隔をとりました)。

ct′=A ct+Bx,x′=C ct+Dxct'=A\,ct+Bx,\qquad x'=C\,ct+Dx

と置いて代入し、(ct)2(ct)^2、x2x^2、ct⋅xct\cdot x の係数を比べると

−A2+C2=−1,−B2+D2=1,−AB+CD=0.-A^2+C^2=-1,\qquad -B^2+D^2=1,\qquad -AB+CD=0 .

次に vv の定義を使います。S′S' の原点 x′=0x'=0 は SS で x=vtx=vt と動くので、C ct+D vt=0C\,ct+D\,vt=0 から

C=−βD.C=-\beta D .

これを第 1 式に入れると A2=1+β2D2A^2=1+\beta^2D^2、第 2 式から B2=D2−1B^2=D^2-1、第 3 式から AB=CD=−βD2AB=CD=-\beta D^2 です。A2B2=β2D4A^2B^2=\beta^2D^4 に代入して

(1+β2D2)(D2−1)=β2D4 ⟹ D2(1−β2)=1 ⟹ D=±11−β2.(1+\beta^2D^2)(D^2-1)=\beta^2D^4 \ \Longrightarrow\ D^2(1-\beta^2)=1 \ \Longrightarrow\ D=\pm\frac{1}{\sqrt{1-\beta^2}} .

β→0\beta\to0 でガリレイ変換 x′=x−vtx'=x-vt に一致するには D→+1D\to+1 が必要なので D=γD=\gamma。すると C=−βγC=-\beta\gamma、A2=1+β2γ2=γ2A^2=1+\beta^2\gamma^2=\gamma^2 で、t′→tt'\to t の要求から A=+γA=+\gamma、最後に B=−βD2/A=−βγB=-\beta D^2/A=-\beta\gamma です。整理すると

ct′=γ ct−βγ x=ct1−(v/c)2−v/c1−(v/c)2x,x′=−βγ ct+γ x,y′=y,z′=z,\begin{aligned} ct'&=\gamma\,ct-\beta\gamma\,x=\frac{ct}{\sqrt{1-(v/c)^2}}-\frac{v/c}{\sqrt{1-(v/c)^2}}x,\\ x'&=-\beta\gamma\,ct+\gamma\,x,\qquad y'=y,\qquad z'=z, \end{aligned}

で問題文の変換が再現されました。相対性原理との整合も確認できます。行列 Λ(β)=γ(1−β−β1)\Lambda(\beta)=\gamma\begin{pmatrix}1&-\beta\\-\beta&1\end{pmatrix} について Λ(−β)Λ(β)=γ2(1−β2)I=I\Lambda(-\beta)\Lambda(\beta)=\gamma^2(1-\beta^2)I=I なので、逆変換は v→−vv\to-v で得られ、両系は確かに同等です。β≪1\beta\ll1 では γ≃1\gamma\simeq1 で t′≃t−vx/c2→tt'\simeq t-vx/c^2\to t、x′≃x−vtx'\simeq x-vt となり、ガリレイ変換に帰着します。

(i) 電車(光源)の静止系での発光周期を T0=1/ν0T_0=1/\nu_0 とします。進行方向の線路上に立つ観測者から見ると、まず時間の伸びで発光の間隔は γT0\gamma T_0 になり、さらに次の波面は vγT0v\gamma T_0 だけ観測者に近い位置から出るので到着間隔は γT0(1−β)\gamma T_0(1-\beta) です。よって

ν1=1γT0(1−β)=ν0γ(1−β)=ν01+v/c1−v/c.\nu_1=\frac{1}{\gamma T_0(1-\beta)}=\frac{\nu_0}{\gamma(1-\beta)}=\nu_0\sqrt{\frac{1+v/c}{1-v/c}} .

近づく光源なので青方偏移です。v=45cv=\tfrac45c なら ν1=3ν0\nu_1=3\nu_0 になります。

線路と直交する道路の無限遠方の観測者に届く光は、地上系で線路にちょうど垂直に伝わる光です。上の一般式で「観測者に向かう方向」と速度のなす角を θ\theta とすると到着間隔は γT0(1−βcos⁡θ)\gamma T_0(1-\beta\cos\theta) で、θ=π/2\theta=\pi/2 では第 2 項が消え、時間の伸びだけが残ります。

ν2=1γT0=ν01−(v/c)2.\nu_2=\frac{1}{\gamma T_0}=\nu_0\sqrt{1-(v/c)^2} .

横ドップラー効果で、これは近づく間も遠ざかる間も赤方偏移です。v=45cv=\tfrac45c なら ν2=35ν0\nu_2=\tfrac35\nu_0 になります。前方の観測者の ν1\nu_1 と後方の観測者の ν0(1−β)/(1+β)\nu_0\sqrt{(1-\beta)/(1+\beta)} の相乗平均が ν0\nu_0 になるのに対し、ν2\nu_2 は常に ν0\nu_0 より小さく、1/γ1/\gamma という純粋に時間の伸びの効果だけを表しています。

(ii) a) 固有長さ ℓ0\ell_0 の棒が観測者の系で xx 軸方向に速度 vv で動いているとします。棒の静止系 S′S' での両端を x′=0x'=0 と x′=ℓ0x'=\ell_0 とし、観測者の系 SS で同時刻(Δt=0\Delta t=0)に両端の位置を読みます。変換 x′=γ(x−vt)x'=\gamma(x-vt) から Δx′=γ(Δx−vΔt)=γΔx\Delta x'=\gamma(\Delta x-v\Delta t)=\gamma\Delta x なので

ℓ=Δx=Δx′γ=ℓ01−(v/c)2.\ell=\Delta x=\frac{\Delta x'}{\gamma}=\ell_0\sqrt{1-(v/c)^2}.

「同時刻に両端を測る」という手続きを SS で行うことが本質で、この同時刻の指定が系によって違うことが以下のパラドックスの正体になります。

b) v=45cv=\tfrac45c で γ=11−16/25=53\gamma=\dfrac{1}{\sqrt{1-16/25}}=\dfrac53 なので、地面に静止した座標系での電車の長さは

ℓ=500 m×35=300 m\ell=500\,\mathrm{m}\times\frac35=300\,\mathrm{m}

です。トンネルは地面に静止しているので長さは 400 m400\,\mathrm{m} のまま。300 m<400 m300\,\mathrm{m}<400\,\mathrm{m} なので、A 君の系では確かに電車全体がトンネル内に収まる瞬間があります。

c) B 君の系では電車が静止して長さ 500 m500\,\mathrm{m}、トンネルが速さ 45c\tfrac45c で動くので

400 m×35=240 m400\,\mathrm{m}\times\frac35=240\,\mathrm{m}

です。500 m>240 m500\,\mathrm{m}>240\,\mathrm{m} なので、B 君の系では電車全体がトンネルに入ることは決してありません。

d) 数値で突き合わせます。地上系 SS でトンネルの入口を x=0x=0、出口を x=400 mx=400\,\mathrm{m} とし、電車の先頭が入口に達した瞬間を t=0t=0、そのとき電車の系 S′S' でも t′=0t'=0、先頭の位置を x′=0x'=0 とします。v=45c=2.4×108 m/sv=\tfrac45c=2.4\times10^8\,\mathrm{m/s} です。

A 君の系では電車の長さが 300 m300\,\mathrm{m} なので、後尾が入口に来るのは

t1=300 mv=1.25 μs(x=0),t_1=\frac{300\,\mathrm{m}}{v}=1.25\ \mu\mathrm{s}\quad(x=0),

先頭が出口を出るのは

t2=400 mv=1.67 μs(x=400 m)t_2=\frac{400\,\mathrm{m}}{v}=1.67\ \mu\mathrm{s}\quad(x=400\,\mathrm{m})

です。t1<t2t_1<t_2 で、t2−t1=0.42 μst_2-t_1=0.42\ \mu\mathrm{s} のあいだ電車は完全にトンネルの中にあります。

同じ 2 つの事象を t′=γ(t−vx/c2)t'=\gamma(t-vx/c^2) で S′S' に移すと

t1′=γt1=53×1.25 μs=2.08 μs,t2′=γ(t2−v⋅400 mc2)=53(1.67−1.07)μs=1.00 μst_1'=\gamma t_1=\frac53\times1.25\ \mu\mathrm{s}=2.08\ \mu\mathrm{s},\qquad t_2'=\gamma\left(t_2-\frac{v\cdot400\,\mathrm{m}}{c^2}\right)=\frac53\left(1.67-1.07\right)\mu\mathrm{s}=1.00\ \mu\mathrm{s}

です(B 君の系で直接計算しても同じで、後尾が入口に達するのは 500/v=2.08 μs500/v=2.08\ \mu\mathrm{s}、先頭が出口に達するのは 240/v=1.00 μs240/v=1.00\ \mu\mathrm{s})。今度は t2′<t1′t_2'<t_1'、つまり後尾が入口に入るより先に先頭が出口から出てしまいます。

A 君も B 君もそれぞれの系では正しく、矛盾はありません。「電車全体がトンネル内にある」という言明は、先頭と後尾の位置を同時刻に比べる言明であり、同時刻の定め方は系ごとに違います。A 君が使っている 2 つの事象の組と B 君が使っている組は別物なので、両者の結論が食い違っても論理的な矛盾になりません。実際、上の 2 事象の世界間隔は

s122=−(cΔt)2+(Δx)2=−(125 m)2+(400 m)2=−(325 m)2+(500 m)2=1.44×105 m2>0s_{12}^2=-(c\Delta t)^2+(\Delta x)^2=-(125\,\mathrm{m})^2+(400\,\mathrm{m})^2=-(325\,\mathrm{m})^2+(500\,\mathrm{m})^2=1.44\times10^5\,\mathrm{m^2}>0

と両系で一致して空間的(spacelike)です。空間的に隔たった 2 事象の時間順序は系によって逆転してよく、逆転しても因果律には触れません。

観測可能な事実のレベルでも両者は一致します。たとえば A 君が t1<t<t2t_1<t<t_2 のある瞬間にトンネルの両端の扉を同時に閉めてすぐ開けても、電車は無傷で通り抜けます。B 君の系ではこの「同時」がずれ、出口の扉が閉じて開くのは先頭が到達する前、入口の扉が閉じて開くのは後尾が通過した後になるので、やはり電車は無傷です。長さの縮みは見かけの錯覚ではなく実在の測定結果ですが、その測定が同時刻の指定に依存している、というのが結論です。

真空箱の中に α\alpha 線源(84212Po^{212}_{84}\mathrm{Po})、スリット、金(79197Au^{197}_{79}\mathrm{Au})の薄膜標的、シリコン半導体検出器(SSD)を一列に並べ、標的から見た散乱角 θlab\theta_{\mathrm{lab}} の方向に SSD を置いて計数する配置です。α\alpha 粒子の運動エネルギーは Tα=9 MeVT_\alpha=9\,\mathrm{MeV}、標的核の反跳は無視します。使う数値は ℏc=200 MeV⋅fm\hbar c=200\,\mathrm{MeV\cdot fm}(1 fm=10−15 m1\,\mathrm{fm}=10^{-15}\,\mathrm{m})、e24πϵ0ℏc=1137\dfrac{e^2}{4\pi\epsilon_0\hbar c}=\dfrac1{137}、r=1.2A1/3 fmr=1.2A^{1/3}\,\mathrm{fm}、41/3=1.64^{1/3}=1.6、1971/3=5.8197^{1/3}=5.8、2121/3=6.0212^{1/3}=6.0、NA=6×1023 mol−1N_A=6\times10^{23}\,\mathrm{mol^{-1}} です。以下、α\alpha 粒子と電荷 ZAeZ_A e の核の間の正面衝突での最近接距離

d≡2ZAe24πϵ0Tαd\equiv\frac{2Z_Ae^2}{4\pi\epsilon_0T_\alpha}

を長さの基準に使います。

α\alpha 粒子は空気中の飛程が数 cm しかないので、空気があると標的や検出器に届く前に電離損失でエネルギーを失い、多重散乱で角度分布も崩れてしまうためです。

84212Po→82208Pb+α^{212}_{84}\mathrm{Po}\to{}^{208}_{82}\mathrm{Pb}+\alpha です。障壁の高さは α\alpha 粒子と鉛核が接触した配置、すなわち両者の半径の和を最近接距離としたときのクーロンエネルギーで評価します(この解釈を採用します)。2081/3≃2121/3=6.0208^{1/3}\simeq212^{1/3}=6.0、41/3=1.64^{1/3}=1.6 を使って

R=RPb+Rα=1.2 (6.0+1.6) fm=9.1 fm,R=R_{\mathrm{Pb}}+R_\alpha=1.2\,(6.0+1.6)\,\mathrm{fm}=9.1\,\mathrm{fm}, B=2⋅82 e24πϵ0R=2⋅82⋅ℏc137 R=164×200137×9.1 MeV≃26 MeV.B=\frac{2\cdot82\,e^2}{4\pi\epsilon_0R}=2\cdot82\cdot\frac{\hbar c}{137\,R} =\frac{164\times200}{137\times9.1}\,\mathrm{MeV}\simeq26\,\mathrm{MeV}.

答えは約 26 MeV26\,\mathrm{MeV} です(α\alpha 粒子の半径を無視して R=RPb=7.2 fmR=R_{\mathrm{Pb}}=7.2\,\mathrm{fm} とすれば 33 MeV33\,\mathrm{MeV} で、いずれにせよ数十 MeV のオーダーです)。

α\alpha 崩壊のメカニズムは次のように定性的に述べられます。放出される α\alpha 粒子のエネルギーは 9 MeV9\,\mathrm{MeV} 程度(この実験の線源がちょうどそれです)で、障壁の高さ 26 MeV26\,\mathrm{MeV} よりはるかに低く、古典力学では核外に出られません。実際に起きているのは、核内であらかじめ 2 陽子 2 中性子が α\alpha クラスターとして形成され、それが核表面の壁に何度も打ち当たり、幅の広いクーロン障壁を量子力学的にトンネルして外へ抜ける、という過程です。透過率は障壁の下の面積 exp⁡[−2ℏ∫2m(V−E) dr]\exp\left[-\frac2\hbar\int\sqrt{2m(V-E)}\,dr\right] で決まる指数関数的に小さな量なので、崩壊定数は α\alpha のエネルギーにきわめて敏感になり、半減期が同じ核種系列の中でも桁で変わります(Geiger–Nuttall 則。α\alpha 崩壊の半減期とエネルギーの関係を述べる経験則)。212Po^{212}\mathrm{Po} の α\alpha 線が 9 MeV9\,\mathrm{MeV} という例外的な高エネルギーであることと、その半減期が 0.3 μs0.3\,\mu\mathrm{s} と極端に短いことが対応しています。

古典軌道は反発クーロン場の双曲線です。エネルギーと角運動量の保存から、衝突径数 bb、最近接距離 b0b_0 は

Tα=L22mαb02+2ZAe24πϵ0b0,L=mαv∞b ⟹ b02−d b0−b2=0,T_\alpha=\frac{L^2}{2m_\alpha b_0^2}+\frac{2Z_Ae^2}{4\pi\epsilon_0 b_0},\qquad L=m_\alpha v_\infty b \ \Longrightarrow\ b_0^2-d\,b_0-b^2=0, b=d2cot⁡θ2,b0=d+d2+4b22=d2(1+1sin⁡(θ/2))b=\frac d2\cot\frac\theta2,\qquad b_0=\frac{d+\sqrt{d^2+4b^2}}{2}=\frac d2\left(1+\frac{1}{\sin(\theta/2)}\right)

を満たします。数値を入れると

θ=30∘:b=1.87 d,b0=2.43 d,θ=150∘:b=0.13 d,b0=1.02 d\begin{aligned} \theta=30^\circ&:\quad b=1.87\,d,\qquad b_0=2.43\,d,\\ \theta=150^\circ&:\quad b=0.13\,d,\qquad b_0=1.02\,d \end{aligned}

です。大小関係は b(30∘)≫b(150∘)b(30^\circ)\gg b(150^\circ)、b0(30∘)>b0(150∘)>db_0(30^\circ)>b_0(150^\circ)>d で、後方散乱するのは核のすぐ近くをかすめる(bb が小さい)粒子だけ、そのぶん最近接距離も小さくなって θ→180∘\theta\to180^\circ で下限 dd に達します。

図は次のようになります。左から入射する 2 本の軌道を同じ標的核(図の中央の小円)に対して描き、前方 30∘30^\circ に散乱する軌道は核から遠い高さ b=1.87db=1.87d の漸近線をもって緩やかに曲がり、後方 150∘150^\circ に散乱する軌道はほぼ軸上(b=0.13db=0.13d)を進んで核の直前で急に折り返します。破線の半円は最近接距離 b0b_0 を表し、30∘30^\circ の軌道は半径 2.43d2.43d の円に接し、150∘150^\circ の軌道は半径 1.02d1.02d の円に接します。

ααb = 1.87db = 0.13db₀ = 2.43db₀ = 1.02dθ = 30°θ = 150°標的核

(i) 標的の面密度が NN[個/m2^2]で薄膜なので、入射 1 個あたりの散乱確率は N dσdΩΔΩN\,\frac{d\sigma}{d\Omega}\Delta\Omega です。したがって計数率は

Y=I N(dσdΩ)RΔΩ[s−1].Y=I\,N\left(\frac{d\sigma}{d\Omega}\right)_R\Delta\Omega\quad[\text{s}^{-1}].

次元は s−1⋅m−2⋅m2 sr−1⋅sr=s−1\mathrm{s^{-1}\cdot m^{-2}\cdot m^2\,sr^{-1}\cdot sr=s^{-1}} で合っています。

(ii) 面密度 1 g/m21\,\mathrm{g/m^2}、モル質量 197 g/mol197\,\mathrm{g/mol} なので

N=1 g/m2197 g/mol×6×1023 mol−1=3.0×1021 m−2.N=\frac{1\,\mathrm{g/m^2}}{197\,\mathrm{g/mol}}\times6\times10^{23}\,\mathrm{mol^{-1}}=3.0\times10^{21}\,\mathrm{m^{-2}} .

(金の密度 19.3 g/cm319.3\,\mathrm{g/cm^3} で換算すると厚さ 52 nm52\,\mathrm{nm} で、単一散乱を仮定してよい薄さです。)

(iii) 有感面積 A=4×10−4 m2A=4\times10^{-4}\,\mathrm{m^2}、距離 L=0.2 mL=0.2\,\mathrm{m} なので

ΔΩ=AL2=4×10−4(0.2)2=1.0×10−2 sr.\Delta\Omega=\frac{A}{L^2}=\frac{4\times10^{-4}}{(0.2)^2}=1.0\times10^{-2}\,\mathrm{sr}.

(iv) 統計精度 1 %1\,\% とは、計数 NcN_c の相対誤差 1/Nc=0.011/\sqrt{N_c}=0.01、すなわち Nc=104N_c=10^4 個を溜めることです。まず微分断面積を評価します。

2ZAe24πϵ0Tα=2×79137×200 MeV⋅fm9 MeV=2.56×10−14 m (=d),\frac{2Z_Ae^2}{4\pi\epsilon_0T_\alpha}=\frac{2\times79}{137}\times\frac{200\,\mathrm{MeV\cdot fm}}{9\,\mathrm{MeV}}=2.56\times10^{-14}\,\mathrm{m}\ (=d),

θ=60∘\theta=60^\circ で sin⁡4(θ/2)=(1/2)4=1/16\sin^4(\theta/2)=(1/2)^4=1/16 なので、問題文で与えられた式をそのまま使って

(dσdΩ)R=d 2×16=(2.56×10−14)2×16=1.05×10−26 m2/sr.\left(\frac{d\sigma}{d\Omega}\right)_R=d^{\,2}\times16=(2.56\times10^{-14})^2\times16=1.05\times10^{-26}\,\mathrm{m^2/sr}.

計数率は

Y=108×3.0×1021×1.05×10−26×1.0×10−2=32 s−1,Y=10^8\times3.0\times10^{21}\times1.05\times10^{-26}\times1.0\times10^{-2}=32\ \mathrm{s^{-1}},

必要な測定時間は

t=NcY=10432≃3.1×102 s (約 5 分)t=\frac{N_c}{Y}=\frac{10^4}{32}\simeq3.1\times10^2\,\mathrm{s}\ (\text{約 5 分})

です。なお、教科書的なラザフォードの式は分母が (4Tα)2(4T_\alpha)^2 で、問題文の式はその 16 倍にあたります。そちらを使えば断面積は 6.6×10−28 m2/sr6.6\times10^{-28}\,\mathrm{m^2/sr}、計数率 2.0 s−12.0\,\mathrm{s^{-1}}、測定時間は 16 倍の 5.0×103 s5.0\times10^3\,\mathrm{s}(約 1.4 時間)になります。

角度分布への影響は 2 つの経路で考えられ、どちらも実際に測る角度領域ではほとんど効きません。

第 1 は原子内電子による核電荷の遮蔽です。α\alpha 粒子が原子の外側(bb が原子半径より大きい)を通れば、見えるのは中性の原子であって ZAeZ_Ae ではありません。したがってラザフォード断面積の θ→0\theta\to0 での発散は打ち切られます。打ち切りが始まる角度は、遮蔽半径を Thomas–Fermi 半径 aTF≃0.885 a0ZA−1/3≃1.1×10−11 ma_{\mathrm{TF}}\simeq0.885\,a_0Z_A^{-1/3}\simeq1.1\times10^{-11}\,\mathrm{m} として

θmin⁡∼daTF≃2.6×10−141.1×10−11≃2×10−3 rad≃0.1∘\theta_{\min}\sim\frac{d}{a_{\mathrm{TF}}}\simeq\frac{2.6\times10^{-14}}{1.1\times10^{-11}}\simeq2\times10^{-3}\ \mathrm{rad}\simeq0.1^\circ

程度で、1∘1^\circ 以上の測定にはまったく影響しません。

第 2 は電子そのものとの衝突です。α\alpha 粒子は電子の約 73007300 倍重いので、自由電子との弾性衝突で α\alpha が曲がる角度は最大でも me/mα≃1.4×10−4 radm_e/m_\alpha\simeq1.4\times10^{-4}\,\mathrm{rad}、1 回の衝突で失うエネルギーも最大 4(me/mα)Tα≃5 keV4(m_e/m_\alpha)T_\alpha\simeq5\,\mathrm{keV} です。電子は α\alpha 粒子の向きをほとんど変えず、多数回の衝突による電離損失(阻止能)として標的中でのわずかなエネルギー減少をもたらすだけです。

結論として、測定される角度分布は実質的に裸の核電荷 ZA=79Z_A=79 が作るクーロン場を反映し、電子の効果は極端な前方(0.1∘0.1^\circ 以下)と入射エネルギーのわずかな目減りに限られます。ラザフォードが原子核の存在を結論できたのも、この分離が成り立っていたからです。

(i)(a) 小角では断面積が 1/sin⁡4(θ/2)1/\sin^4(\theta/2) で急激に大きくなり、計数率が桁で上がります。たとえば 60∘60^\circ で 32 s−132\,\mathrm{s^{-1}} だったものは 10∘10^\circ では sin⁡4\sin^4 の比で約 1.1×1031.1\times10^3 倍、3×104 s−13\times10^4\,\mathrm{s^{-1}} に達します。SSD と前置増幅器・波形整形回路の分解時間(数 μs\mu\mathrm{s})に対して入射間隔が短くなると、数え落とし(不感時間損失)とパルスの重なり(パイルアップによる波高のずれで窓外に出る)が起こり、真の計数率より少なく数えてしまいます。つまり検出器系の計数効率が 100 %100\,\% を割り、(dσ/dΩ)exp(d\sigma/d\Omega)_{\mathrm{exp}} が過小評価されるので、ラザフォード比は 1 より小さくなり、角度を小さくするほどその下がり方が大きくなります。

(b) 対策は計数率そのものを下げることです。線源を遠ざけるかスリットを絞って入射強度 II を落とす、より薄い標的を使う、検出器の立体角 ΔΩ\Delta\Omega を小さくする(アパーチャを絞る、距離を伸ばす)、といった手が使えます。あわせて、分解時間の短い電子回路を使い、パルサーやランダムパルス源を重ねて実測した不感時間で補正すること、固定角度に置いたモニター検出器の計数で規格化して相対測定にすること、標的の異なる位置・異なる II で測って計数率依存性がないことを確認することが実際に行われます。

(ii) 大きな散乱角でラザフォード比が 1 から急落している部分(図の 100∘100^\circ より後方)がそれです。最近接距離は b0=d2(1+1/sin⁡(θ/2))b_0=\frac d2\left(1+1/\sin(\theta/2)\right) で θ\theta の増加とともに単調に減り、θ=180∘\theta=180^\circ で最小値 dd になります。アルミニウム標的では

d=2×13137×200 MeV⋅fm9 MeV=4.2 fm,RAl+Rα=1.2 (3.0+1.6) fm=5.5 fmd=\frac{2\times13}{137}\times\frac{200\,\mathrm{MeV\cdot fm}}{9\,\mathrm{MeV}}=4.2\,\mathrm{fm},\qquad R_{\mathrm{Al}}+R_\alpha=1.2\,(3.0+1.6)\,\mathrm{fm}=5.5\,\mathrm{fm}

で、b0=5.5 fmb_0=5.5\,\mathrm{fm} となるのは θ≃76∘\theta\simeq76^\circ、それより後方では α\alpha 粒子が核表面に触れます。α+Al\alpha+\mathrm{Al} のクーロン障壁は 2×131372005.5≃6.9 MeV\dfrac{2\times13}{137}\dfrac{200}{5.5}\simeq6.9\,\mathrm{MeV} で、入射エネルギー 9 MeV9\,\mathrm{MeV} はこれを越えているので、後方散乱を担う粒子は障壁を乗り越えて核力の領域に入り、核反応(吸収)を起こします。その分の粒子が弾性散乱から抜けるので、測定断面積はラザフォードの予想より小さくなり、比が 1 から下がります。金標的で同じことが起きなかったのは、障壁が 26 MeV26\,\mathrm{MeV} と 9 MeV9\,\mathrm{MeV} よりはるかに高く、どの角度でも α\alpha 粒子が核に届かないからです。標的を軽い核に替えたのは、この効果を見るためです。

第5問 局在スピン相と縮退電子相の 1 次転移

Section titled “第5問 局在スピン相と縮退電子相の 1 次転移”

単位体積あたり nn 個の原子に 1 個ずつ電子があり、隣の原子との間で弱く相互作用している系を考えます。温度 TtT_t で 1 次相転移を示し、T≥TtT\ge T_t の高温相は「各原子に局在した相互作用のない電子」と同じ比熱・帯磁率を、T≤TtT\le T_t の低温相は「有効質量 m∗m^* をもつ縮退した自由電子ガス」と同じ振る舞いを示します。格子比熱と熱膨張は無視し、したがって nn は圧力に依りません。磁場との相互作用は

HZ=∑i2μBH⃗⋅S⃗i,μB=eℏ2mec\mathcal H_Z=\sum_i2\mu_B\vec H\cdot\vec S_i,\qquad \mu_B=\frac{e\hbar}{2m_ec}

で、電子はスピン 1/21/2 です。

高温相では電子は各原子に釘付けで、自由度はスピンだけです。1 個のスピンのエネルギー固有値は Sz=±1/2S_z=\pm1/2 に対して E=±μBHE=\pm\mu_BH(分裂幅 2μBH2\mu_BH)なので、1 スピンの分配関数は

z=2cosh⁡μBHkBT,f=−nkBTln⁡(2cosh⁡μBHkBT)z=2\cosh\frac{\mu_BH}{k_BT},\qquad f=-nk_BT\ln\left(2\cosh\frac{\mu_BH}{k_BT}\right)

(ff は単位体積あたりの自由エネルギー)です。磁化は

M=−∂f∂H=nμBtanh⁡μBHkBT,M=-\frac{\partial f}{\partial H}=n\mu_B\tanh\frac{\mu_BH}{k_BT},

弱磁場での帯磁率は tanh⁡x≃x\tanh x\simeq x より

χ=∂M∂H∣H→0=nμB2kBT\chi=\left.\frac{\partial M}{\partial H}\right|_{H\to0}=\frac{n\mu_B^2}{k_BT}

です。Curie 則で、χ∝1/T\chi\propto1/T です(g=2g=2、S=1/2S=1/2 の一般式 χ=ng2μB2S(S+1)/3kBT\chi=n g^2\mu_B^2S(S+1)/3k_BT と一致します)。

エネルギー密度は u=−nμBHtanh⁡(μBH/kBT)u=-n\mu_BH\tanh(\mu_BH/k_BT) なので、x≡μBH/kBTx\equiv\mu_BH/k_BT と書くと磁場中の比熱は

chigh=∂u∂T=nkB x2cosh⁡2x=nkB(μBHkBT)2sech⁡2 ⁣(μBHkBT)c_{\mathrm{high}}=\frac{\partial u}{\partial T}=nk_B\,\frac{x^2}{\cosh^2x} =nk_B\left(\frac{\mu_BH}{k_BT}\right)^2\operatorname{sech}^2\!\left(\frac{\mu_BH}{k_BT}\right)

です。これは 2 準位系の Schottky 型比熱(エネルギー準位が 2 つだけの系に特有の、山形の比熱)で、kBT∼μBHk_BT\sim\mu_BH(x≃1.2x\simeq1.2)で最大値 ≃0.44 nkB\simeq0.44\,nk_B をとり、kBT≫μBHk_BT\gg\mu_BH では nkBx2→0nk_Bx^2\to0、kBT≪μBHk_BT\ll\mu_BH では指数関数的に 0 になります。とくに H=0H=0 ではエネルギースケールがないので chigh=0c_{\mathrm{high}}=0 で、高温相のエントロピー密度は温度に依らず

shigh=nkBln⁡2s_{\mathrm{high}}=nk_B\ln2

です(単位体積あたり nn 個のスピンが独立に 2 状態をとり、H=0H=0 ではそれらが完全に縮退しているため)。この値を設問3 で使います。

有限温度の Fermi 分布 f(ϵ)=[e(ϵ−μ)/kBT+1]−1f(\epsilon)=\left[e^{(\epsilon-\mu)/k_BT}+1\right]^{-1} は、ϵF\epsilon_F から ±kBT\pm k_BT 程度の幅の中でだけ 1 から 0 へなまり、それより深いところは f=1f=1、浅いところは f=0f=0 で温度に依りません。つまり熱励起に参加できるのは Fermi 面から kBTk_BT 以内にいる電子だけで、その数密度は状態密度を g(ϵF)g(\epsilon_F) として ∼g(ϵF)kBT\sim g(\epsilon_F)k_BT、しかも 1 個が受け取るエネルギーも ∼kBT\sim k_BT です。したがって

u(T)−u(0)∼g(ϵF)(kBT)2,c=∂u∂T∼kB2 g(ϵF) T ∝Tu(T)-u(0)\sim g(\epsilon_F)(k_BT)^2,\qquad c=\frac{\partial u}{\partial T}\sim k_B^2\,g(\epsilon_F)\,T\ \propto T

となり、比熱は TT に比例します。古典的な 32nkB\tfrac32nk_B から kBT/ϵFk_BT/\epsilon_F という小さな因子だけ抑えられているのが縮退の効果です。係数まで正確に書けば c=π23kB2g(ϵF)Tc=\frac{\pi^2}{3}k_B^2g(\epsilon_F)T で、g(ϵF)=3n2ϵFg(\epsilon_F)=\frac{3n}{2\epsilon_F}、ϵF=ℏ2kF22m∗\epsilon_F=\frac{\hbar^2k_F^2}{2m^*} を入れると

clow=kB2m∗kF3ℏ2 Tc_{\mathrm{low}}=\frac{k_B^2m^*k_F}{3\hbar^2}\,T

という形になり、これが式 (2) の構造です(kFk_F が電子密度の 1/31/3 乗として書かれています)。以下では kF=(3π2n)1/3k_F=(3\pi^2n)^{1/3} を入れて

clow=γT,γ=kB2m∗3ℏ2(3π2n)1/3∝m∗c_{\mathrm{low}}=\gamma T,\qquad \gamma=\frac{k_B^2m^*}{3\hbar^2}\left(3\pi^2n\right)^{1/3}\propto m^*

と書いて使います。有効質量が大きいほど状態密度が大きく、γ\gamma も大きくなります。

1 次転移では両相の自由エネルギーが TtT_t で等しく、エントロピーが跳びます。TtT_t を上から下へ横切ると系は高温相から低温相に移るので、潜熱 L=Tt[shigh(Tt)−slow(Tt)]L=T_t\left[s_{\mathrm{high}}(T_t)-s_{\mathrm{low}}(T_t)\right] が正、すなわち高温相のほうがエントロピーが大きくなければなりません。

低温相のエントロピー密度は clow=γTc_{\mathrm{low}}=\gamma T から

slow(T)=∫0Tclow(T′)T′dT′=γTs_{\mathrm{low}}(T)=\int_0^T\frac{c_{\mathrm{low}}(T')}{T'}dT'=\gamma T

(T→0T\to0 で s→0s\to0、第 3 法則を満たします)。高温相は H=0H=0 で shigh=nkBln⁡2s_{\mathrm{high}}=nk_B\ln2 です。したがって条件は

γTt<nkBln⁡2,すなわちkB2m∗3ℏ2(3π2n)1/3Tt<nkBln⁡2.\gamma T_t<nk_B\ln2,\qquad\text{すなわち}\qquad \frac{k_B^2m^*}{3\hbar^2}\left(3\pi^2n\right)^{1/3}T_t<nk_B\ln2 .

有効質量と転移温度の積について書き直すと

m∗Tt<A,A≡3ℏ2ln⁡2kB⋅n2/3(3π2)1/3=3ℏ2ln⁡2kB(n23π2)1/3m^*T_t<A,\qquad A\equiv\frac{3\hbar^2\ln2}{k_B}\cdot\frac{n^{2/3}}{(3\pi^2)^{1/3}} =\frac{3\hbar^2\ln2}{k_B}\left(\frac{n^2}{3\pi^2}\right)^{1/3}

が条件です。AA は ℏ2n2/3/kB\hbar^2n^{2/3}/k_B の次元、つまり質量×温度の次元をもち、nn だけで決まる定数です。意味は明快で、遍歴電子相の電子エントロピーが TtT_t でスピンの混合エントロピー nkBln⁡2nk_B\ln2 に達しない限り、高温側の局在相のほうがエントロピーが大きく、加熱で局在相に移るという 1 次転移が成立します。逆に m∗Ttm^*T_t が大きすぎると TtT_t に達する前に低温相のエントロピーが nkBln⁡2nk_B\ln2 を越えてしまい、この形の転移は起こりません。

圧力を入れると

m∗Tt=m0∗Tt0(1+bP)1+aPm^*T_t=\frac{m_0^*T_{t0}(1+bP)}{1+aP}

です。nn は PP に依らない(熱膨張を無視)ので AA も PP に依らず、転移が存在する条件は設問3 のまま m∗Tt<Am^*T_t<A です。

ddP1+bP1+aP=b−a(1+aP)2\frac{d}{dP}\frac{1+bP}{1+aP}=\frac{b-a}{(1+aP)^2}

なので、m∗Ttm^*T_t が PP の増加関数になるのは b>ab>a のときだけです。さらに P→∞P\to\infty で 1+bP1+aP→ba\dfrac{1+bP}{1+aP}\to\dfrac ba と飽和するので、有限の PcP_c で m∗Ttm^*T_t が AA に達するには飽和値が AA を越えていなければなりません。P=0P=0 で転移が存在する(m0∗Tt0<Am_0^*T_{t0}<A)ことを前提に、求める条件は

ba m0∗Tt0>A,すなわちba>Am0∗Tt0=nkBln⁡2γ0Tt0 (>1)\frac ba\,m_0^*T_{t0}>A,\qquad\text{すなわち}\qquad \frac ba>\frac{A}{m_0^*T_{t0}}=\frac{nk_B\ln2}{\gamma_0T_{t0}}\ (>1)

です(γ0\gamma_0 は P=0P=0 での比熱係数)。この不等式は b>ab>a を自動的に含みます。物理的には、加圧で m∗m^* が減って電子エントロピーの係数 γ\gamma は下がるものの、TtT_t の上昇のほうが速いので、転移点における低温相のエントロピー γTt\gamma T_t がスピンエントロピーに追いついてしまう、ということです。

m∗(Pc)Tt(Pc)=Am^*(P_c)T_t(P_c)=A を解きます。

m0∗Tt0(1+bPc)=A(1+aPc) ⟹ Pc=A−m0∗Tt0b m0∗Tt0−a A.m_0^*T_{t0}(1+bP_c)=A(1+aP_c) \ \Longrightarrow\ P_c=\frac{A-m_0^*T_{t0}}{b\,m_0^*T_{t0}-a\,A}.

分子は P=0P=0 で転移が存在する条件から正、分母は設問4 の条件から正なので、Pc>0P_c>0 です。臨界温度は Tc=Tt0(1+bPc)T_c=T_{t0}(1+bP_c) に代入して

1+bPc=A(b−a)b m0∗Tt0−a A ⟹ Tc=A Tt0 (b−a)b m0∗Tt0−a A,A=3ℏ2ln⁡2kB(n23π2)1/3.1+bP_c=\frac{A(b-a)}{b\,m_0^*T_{t0}-a\,A} \ \Longrightarrow\ T_c=\frac{A\,T_{t0}\,(b-a)}{b\,m_0^*T_{t0}-a\,A}, \qquad A=\frac{3\hbar^2\ln2}{k_B}\left(\frac{n^2}{3\pi^2}\right)^{1/3}.

これが答えです。1+aPc=m0∗Tt0(b−a)b m0∗Tt0−aA1+aP_c=\dfrac{m_0^*T_{t0}(b-a)}{b\,m_0^*T_{t0}-aA} から Tc=Am∗(Pc)T_c=\dfrac{A}{m^*(P_c)} とも書け、臨界点では確かに m∗Tt=Am^*T_t=A、つまり γTc=nkBln⁡2\gamma T_c=nk_B\ln2 が成り立っています。ここで潜熱がゼロになって 1 次転移線が終端し、図の Tt(P)T_t(P) 曲線が臨界点で切れていることに対応します。また b/ab/a を下から A/(m0∗Tt0)A/(m_0^*T_{t0}) に近づけると分母が 0 に近づいて Pc→∞P_c\to\infty、Tc→∞T_c\to\infty となり、臨界点は無限遠に逃げます。設問4 の不等式がぎりぎり成り立たなくなる境目が、ちょうどこの発散に対応しています。

第6問 液滴の四重極振動とその量子化

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一様密度 ρ0\rho_0、非圧縮性の液滴の内部に渦なしの流れが生じ、表面が

R(θ,φ,t)=R0+q(t)Y20(θ,φ),∣q∣≪R0R(\theta,\varphi,t)=R_0+q(t)Y_{20}(\theta,\varphi),\qquad |q|\ll R_0

と四重極変形する運動を扱います。表面張力を σ\sigma、Y20=516π(3cos⁡2θ−1)Y_{20}=\sqrt{\dfrac{5}{16\pi}}(3\cos^2\theta-1) とします。前半で古典的な質量パラメータとばね定数を求め、後半でそれを 1 自由度の調和振動子として量子化します。以下、問題文の a^+\hat a^+ を a^†\hat a^\dagger と書きます。

(i) 連続の方程式は

∂ρ∂t+∇ ⁣⋅ ⁣(ρv⃗)=0\frac{\partial\rho}{\partial t}+\nabla\!\cdot\!(\rho\vec v)=0

です。非圧縮性で密度が一様な ρ=ρ0=\rho=\rho_0= 定数なら第 1 項が消え、ρ0\rho_0 を括り出して

div⁡v⃗(r⃗,t)=0\operatorname{div}\vec v(\vec r,t)=0

が非圧縮性の条件です。

渦なし、すなわち rot⁡v⃗=0\operatorname{rot}\vec v=0 のとき、液滴内部は単連結なので任意の閉曲線に沿う循環が 0 になり、v⃗\vec v は勾配で書けます。符号を問題文にあわせて v⃗=−grad⁡χ\vec v=-\operatorname{grad}\chi と置くと、これを上の条件に入れて

div⁡v⃗=−div⁡grad⁡χ=−Δχ=0 ⟹ Δχ(r⃗,t)=0\operatorname{div}\vec v=-\operatorname{div}\operatorname{grad}\chi=-\Delta\chi=0 \ \Longrightarrow\ \Delta\chi(\vec r,t)=0

となり、速度ポテンシャルはラプラス方程式を満たします。時間はパラメータとしてしか入らないので、各時刻で調和関数を解く問題になります。

(ii) fℓ(r)=rsf_\ell(r)=r^s と置くと

1r2ddrr2ddrrs=1r2ddr(s rs+1)=s(s+1)rs−2\frac{1}{r^2}\frac{d}{dr}r^2\frac{d}{dr}r^s=\frac{1}{r^2}\frac{d}{dr}\left(s\,r^{s+1}\right)=s(s+1)r^{s-2}

なので、方程式は

[s(s+1)−ℓ(ℓ+1)]rs−2=0 ⟹ s(s+1)=ℓ(ℓ+1).\left[s(s+1)-\ell(\ell+1)\right]r^{s-2}=0 \ \Longrightarrow\ s(s+1)=\ell(\ell+1).

2 次方程式 s2+s−ℓ(ℓ+1)=0s^2+s-\ell(\ell+1)=0 の解は s=ℓs=\ell と s=−(ℓ+1)s=-(\ell+1) の 2 つで、これが独立な 2 解を与えます。s=ℓs=\ell の解 fℓ=rℓf_\ell=r^\ell は原点で正則(ℓ≥1\ell\ge1 で 0、ℓ=0\ell=0 で定数)です。もう一方の fℓ=r−(ℓ+1)f_\ell=r^{-(\ell+1)} は ℓ≥0\ell\ge0 のすべてで r→0r\to0 で発散し(ℓ=0\ell=0 でも 1/r1/r)、原点で正則ではありません。液滴の内部には原点が含まれ、そこで速度が有限でなければならないので、採用できるのは fℓ(r)=rℓf_\ell(r)=r^\ell だけです。

(i) 表面の変形が Y20Y_{20} の 1 成分だけなので、χ\chi も (ℓ,m)=(2,0)(\ell,m)=(2,0) 成分だけをもち、設問1 の結果から

χ(r⃗,t)=a(t) r2Y20(θ,φ)\chi(\vec r,t)=a(t)\,r^2Y_{20}(\theta,\varphi)

と書けます。境界条件は

∂R∂t=q˙(t)Y20=−∂χ∂r∣r=R0=−2a(t)R0Y20\frac{\partial R}{\partial t}=\dot q(t)Y_{20} =-\left.\frac{\partial\chi}{\partial r}\right|_{r=R_0}=-2a(t)R_0Y_{20}

で、Y20Y_{20} の係数を比べて a=−q˙2R0a=-\dfrac{\dot q}{2R_0} です。したがって

χ(r⃗,t)=−q˙(t)2R0 r2 Y20(θ,φ).\chi(\vec r,t)=-\frac{\dot q(t)}{2R_0}\,r^2\,Y_{20}(\theta,\varphi).

(ii) r2Y20=516π(3r2cos⁡2θ−r2)=516π(2z2−x2−y2)r^2Y_{20}=\sqrt{\dfrac{5}{16\pi}}\left(3r^2\cos^2\theta-r^2\right)=\sqrt{\dfrac{5}{16\pi}}\left(2z^2-x^2-y^2\right) と直交座標で書けるので、

χ=−β 2z2−x2−y22,β≡q˙R0516π\chi=-\beta\,\frac{2z^2-x^2-y^2}{2},\qquad \beta\equiv\frac{\dot q}{R_0}\sqrt{\frac{5}{16\pi}}

(β\beta は tt のみの関数)。v⃗=−grad⁡χ\vec v=-\operatorname{grad}\chi から

vx=−βx,vy=−βy,vz=+2βz,β=q˙R0516π.v_x=-\beta x,\qquad v_y=-\beta y,\qquad v_z=+2\beta z, \qquad \beta=\frac{\dot q}{R_0}\sqrt{\frac{5}{16\pi}} .

div⁡v⃗=β(−1−1+2)=0\operatorname{div}\vec v=\beta(-1-1+2)=0 で非圧縮性を満たしています。q˙>0\dot q>0(zz 方向に伸びる変形)なら z>0z>0 で vz>0v_z>0、x,yx,y 方向には縮む、という素直な流れです。

全運動エネルギーは、半径 R0R_0 の球内で積分して

∫r<R0x2 dV=∫y2dV=∫z2dV=13∫r<R0r2dV=13∫0R04πr4dr=4πR0515\int_{r<R_0}x^2\,dV=\int y^2dV=\int z^2dV=\frac13\int_{r<R_0}r^2dV=\frac13\int_0^{R_0}4\pi r^4dr=\frac{4\pi R_0^5}{15}

を使うと

T=ρ02∫r<R0(vx2+vy2+vz2)dV=ρ0β22∫r<R0(x2+y2+4z2)dV=ρ0β22⋅6⋅4πR0515=4πρ0β2R055=4πρ0R055⋅5q˙216πR02=ρ0R034 q˙2.\begin{aligned} T&=\frac{\rho_0}{2}\int_{r<R_0}\left(v_x^2+v_y^2+v_z^2\right)dV =\frac{\rho_0\beta^2}{2}\int_{r<R_0}\left(x^2+y^2+4z^2\right)dV\\ &=\frac{\rho_0\beta^2}{2}\cdot6\cdot\frac{4\pi R_0^5}{15} =\frac{4\pi\rho_0\beta^2R_0^5}{5} =\frac{4\pi\rho_0R_0^5}{5}\cdot\frac{5\dot q^2}{16\pi R_0^2} =\frac{\rho_0R_0^3}{4}\,\dot q^2 . \end{aligned}

答えは T=14ρ0R03q˙2T=\dfrac14\rho_0R_0^3\dot q^2 です。qq は長さの次元をもつので ρ0R03q˙2\rho_0R_0^3\dot q^2 はエネルギーの次元をもち、T=12Mq˙2T=\tfrac12M\dot q^2 と見れば M=ρ0R03/2M=\rho_0R_0^3/2 という「換算質量」が読めます。

(iii) 体積を保存した変形に伴う表面積の増加が ΔA=2q2(t)\Delta A=2q^2(t) と与えられているので、表面エネルギーの増加は

ΔU=σ ΔA=2σq2(t)\Delta U=\sigma\,\Delta A=2\sigma q^2(t)

です。体積が保存されているので圧力による仕事はなく、これが変形のポテンシャル・エネルギーのすべてです。qq の 2 次で q=0q=0(球形)に極小をもつので、球形が安定な平衡点であることも分かります。

(i) H^=p^22M+12Mω2q^2\hat H=\dfrac{\hat p^2}{2M}+\dfrac12M\omega^2\hat q^2 と設問2 の結果を比べます。運動エネルギー 12Mq˙2=14ρ0R03q˙2\tfrac12M\dot q^2=\tfrac14\rho_0R_0^3\dot q^2 から

M=ρ0R032,M=\frac{\rho_0R_0^3}{2},

ポテンシャル 12Mω2q2=2σq2\tfrac12M\omega^2q^2=2\sigma q^2 から Mω2=4σM\omega^2=4\sigma、すなわち

ω=4σM=8σρ0R03=22σρ0R03 .\omega=\sqrt{\frac{4\sigma}{M}}=\sqrt{\frac{8\sigma}{\rho_0R_0^3}}=2\sqrt{\frac{2\sigma}{\rho_0R_0^3}}\ .

これが答えです。σ\sigma は単位面積あたりのエネルギー(kg/s2\mathrm{kg/s^2})なので σ/ρ0R03\sigma/\rho_0R_0^3 は s−2\mathrm{s^{-2}} で次元は合っています。また Rayleigh の液滴振動の一般式 ωℓ2=ℓ(ℓ−1)(ℓ+2)σρ0R03\omega_\ell^2=\dfrac{\ell(\ell-1)(\ell+2)\sigma}{\rho_0R_0^3} に ℓ=2\ell=2 を入れると 8σ/ρ0R038\sigma/\rho_0R_0^3 で、確かに一致します。

(ii) a^H(t)=eiH^t/ℏa^ e−iH^t/ℏ\hat a_H(t)=e^{i\hat Ht/\hbar}\hat a\,e^{-i\hat Ht/\hbar} を微分すると

da^Hdt=iℏeiH^t/ℏ[H^,a^]e−iH^t/ℏ.\frac{d\hat a_H}{dt}=\frac{i}{\hbar}e^{i\hat Ht/\hbar}\left[\hat H,\hat a\right]e^{-i\hat Ht/\hbar}.

[a^,a^†]=1\left[\hat a,\hat a^\dagger\right]=1 より

[H^,a^]=ℏω[a^†a^,a^]=ℏω[a^†,a^]a^=−ℏω a^\left[\hat H,\hat a\right]=\hbar\omega\left[\hat a^\dagger\hat a,\hat a\right] =\hbar\omega\left[\hat a^\dagger,\hat a\right]\hat a=-\hbar\omega\,\hat a

なので

da^Hdt=iℏ(−ℏω) eiH^t/ℏa^ e−iH^t/ℏ=−iω a^H(t).\frac{d\hat a_H}{dt}=\frac{i}{\hbar}(-\hbar\omega)\,e^{i\hat Ht/\hbar}\hat a\,e^{-i\hat Ht/\hbar}=-i\omega\,\hat a_H(t).

初期条件 a^H(0)=a^\hat a_H(0)=\hat a で積分して a^H(t)=e−iωta^\hat a_H(t)=e^{-i\omega t}\hat a が示されました。古典的な複素振幅がそのまま位相回転するのと同じ形です。

(iii) ∣ψ(t)⟩=e−iH^t/ℏ∣z0⟩|\psi(t)\rangle=e^{-i\hat Ht/\hbar}|z_0\rangle に a^\hat a を作用させ、間に 1=e−iH^t/ℏeiH^t/ℏ1=e^{-i\hat Ht/\hbar}e^{i\hat Ht/\hbar} を挟みます。

a^∣ψ(t)⟩=e−iH^t/ℏ(eiH^t/ℏa^ e−iH^t/ℏ)∣z0⟩=e−iH^t/ℏa^H(t)∣z0⟩=e−iωte−iH^t/ℏa^∣z0⟩.\hat a|\psi(t)\rangle=e^{-i\hat Ht/\hbar}\left(e^{i\hat Ht/\hbar}\hat a\,e^{-i\hat Ht/\hbar}\right)|z_0\rangle =e^{-i\hat Ht/\hbar}\hat a_H(t)|z_0\rangle =e^{-i\omega t}e^{-i\hat Ht/\hbar}\hat a|z_0\rangle .

a^∣z0⟩=z0∣z0⟩\hat a|z_0\rangle=z_0|z_0\rangle を使うと

a^∣ψ(t)⟩=z0e−iωt e−iH^t/ℏ∣z0⟩=z0e−iωt∣ψ(t)⟩.\hat a|\psi(t)\rangle=z_0e^{-i\omega t}\,e^{-i\hat Ht/\hbar}|z_0\rangle=z_0e^{-i\omega t}|\psi(t)\rangle .

したがって ∣ψ(t)⟩|\psi(t)\rangle は任意の時刻で a^\hat a の固有状態のままで、固有値は

z(t)=z0e−iωt=iMω2ℏA0 e−iωtz(t)=z_0e^{-i\omega t}=i\sqrt{\frac{M\omega}{2\hbar}}A_0\,e^{-i\omega t}

です。複素平面上を半径 ∣z0∣|z_0| で回るだけで、コヒーレント状態はコヒーレント状態にとどまります。

(iv) ∣ψ(t)⟩|\psi(t)\rangle は規格化されており、a^∣ψ⟩=z∣ψ⟩\hat a|\psi\rangle=z|\psi\rangle から ⟨a^⟩=z(t)\langle\hat a\rangle=z(t)、⟨a^†⟩=z∗(t)\langle\hat a^\dagger\rangle=z^*(t) です。ie−iωt=sin⁡ωt+icos⁡ωtie^{-i\omega t}=\sin\omega t+i\cos\omega t より

Re⁡z(t)=Mω2ℏA0sin⁡ωt,Im⁡z(t)=Mω2ℏA0cos⁡ωt\operatorname{Re}z(t)=\sqrt{\frac{M\omega}{2\hbar}}A_0\sin\omega t,\qquad \operatorname{Im}z(t)=\sqrt{\frac{M\omega}{2\hbar}}A_0\cos\omega t

なので

⟨q^⟩=ℏ2Mω(z∗+z)=2ℏ2MωRe⁡z(t)=A0sin⁡ωt,⟨p^⟩=iℏMω2(z∗−z)=2ℏMω2Im⁡z(t)=MωA0cos⁡ωt.\begin{aligned} \langle\hat q\rangle&=\sqrt{\frac{\hbar}{2M\omega}}\left(z^*+z\right)=2\sqrt{\frac{\hbar}{2M\omega}}\operatorname{Re}z(t)=A_0\sin\omega t,\\ \langle\hat p\rangle&=i\sqrt{\frac{\hbar M\omega}{2}}\left(z^*-z\right)=2\sqrt{\frac{\hbar M\omega}{2}}\operatorname{Im}z(t)=M\omega A_0\cos\omega t . \end{aligned}

⟨p^⟩=Md⟨q^⟩dt\langle\hat p\rangle=M\dfrac{d\langle\hat q\rangle}{dt} が成り立っており、期待値は古典解そのものです。

したがって A0A_0 は、変形パラメータ qq の古典的な振動の振幅を意味します。表面は

R(θ,φ,t)=R0+A0sin⁡(ωt) Y20(θ,φ)R(\theta,\varphi,t)=R_0+A_0\sin(\omega t)\,Y_{20}(\theta,\varphi)

と振動し、極方向(θ=0\theta=0)の半径の振幅は A0 Y20(0)=5/4π A0≃0.63A0A_0\,Y_{20}(0)=\sqrt{5/4\pi}\,A_0\simeq0.63A_0 です。A0≪R0A_0\ll R_0 という仮定は、この振動が微小変形の範囲にあるという条件です。ゆらぎは ⟨q^2⟩−⟨q^⟩2=ℏ2Mω\langle\hat q^2\rangle-\langle\hat q\rangle^2=\dfrac{\hbar}{2M\omega}、⟨p^2⟩−⟨p^⟩2=ℏMω2\langle\hat p^2\rangle-\langle\hat p\rangle^2=\dfrac{\hbar M\omega}{2} で時間に依らず、積は ℏ2/4\hbar^2/4、つまり最小不確定の波束が形を変えずに古典軌道を回っていることになります。

エネルギーは ⟨a^†a^⟩=∣z0∣2=Mω2ℏA02\langle\hat a^\dagger\hat a\rangle=|z_0|^2=\dfrac{M\omega}{2\hbar}A_0^2 から

⟨H^⟩=ℏω(∣z0∣2+12)=12Mω2A02+ℏω2\langle\hat H\rangle=\hbar\omega\left(|z_0|^2+\frac12\right)=\frac12M\omega^2A_0^2+\frac{\hbar\omega}{2}

で、第 1 項はちょうど振幅 A0A_0 の古典振動のエネルギーです。A0→0A_0\to0 ではこの項が消え、∣z0⟩→∣0⟩|z_0\rangle\to|0\rangle(基底状態)となって

⟨H^⟩→ℏω2=ℏ28σρ0R03\langle\hat H\rangle\to\frac{\hbar\omega}{2}=\frac\hbar2\sqrt{\frac{8\sigma}{\rho_0R_0^3}}

というゼロ点エネルギーが残ります。古典的な変形振動が完全に止まっていても、⟨q^2⟩=ℏ/2Mω\sqrt{\langle\hat q^2\rangle}=\sqrt{\hbar/2M\omega} のゼロ点形状ゆらぎは消えず、量子的な液滴は厳密な球形にはなれません。原子核の表面振動でこのゼロ点変形が実際に観測量に効く、というのがこの問題の背景です。

第7問 巻き貝の左右性と母性効果遺伝

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巻き貝 Limnaea の巻き方が 1 遺伝子座の 2 つの対立遺伝子(SS: 左巻き型、ss: 右巻き型)で決まるとします。実験(1) は、左右非対称性が第 2 卵割の様式(左巻き型と右巻き型で鏡像関係になる)として現れ、それ以降の発生は鏡像対称的に進むこと、そして第 2 卵割の頃には受精卵の染色体からの mRNA 合成がまだまったく行われていないことを示しています。実験(2) は交配実験で、純系右巻き (s/s)(s/s) 雄 × 純系左巻き (S/S)(S/S) 雌から F1 は全個体が左巻き、F1 同士の交配で F2 も全個体が左巻き、F2 同士の交配で F3 に両型が約 3:13:1 で現れた、というものです。

以下では F3 の比を「左巻き : 右巻き =3:1=3:1」と読みます。F2 が全個体左巻きであることから SS が優性であると決まり、後述の母性効果の枠組みではこの読み方以外は F2 の結果と両立しないためです。

鍵は、実験(1) が示す「巻き方が決まる時期」です。第 2 卵割の時点で受精卵自身のゲノムはまだ転写されていないのだから、卵割の面の向き、すなわち左右性を決めている因子は、その個体の遺伝子型がつくったものではありえません。それは卵形成の過程で母親が卵の細胞質に蓄えた遺伝子産物(mRNA と蛋白質)でなければなりません。したがって

個体の表現型(巻き方)は、その個体の遺伝子型ではなく母親の遺伝子型で決まります。

これが母性効果です。遺伝子そのものはメンデルの法則どおりに分離・伝達され、表現型の発現だけが 1 世代遅れて現れます。この 1 世代のずれを入れると実験(2) は次のように完全に説明できます。

交配は S/SS/S 雌 × s/ss/s 雄です。F1 の遺伝子型は全個体 S/sS/s で、これはメンデルの法則どおりです。F1 の表現型は母親(S/SS/S)の遺伝子型で決まるので全個体が左巻きになります。これが実験(2) の 1) です。

F1 同士(S/s×S/sS/s\times S/s)の交配で F2 の遺伝子型は S/S:S/s:s/s=1:2:1S/S:S/s:s/s=1:2:1 に分離します。ところが F2 の表現型を決めるのは母親である F1 の遺伝子型 S/sS/s であり、SS が優性なので卵には SS 産物が入っています。したがって遺伝子型が s/ss/s の個体まで含めて F2 は全個体が左巻きになります。これが 2) で、「遺伝子型は分離しているのに表現型が分離しない」という一見変則的な結果の正体です。

F2 同士の交配で F3 の表現型を決めるのは母親である F2 の遺伝子型です。F2 の雌は 14 S/S\tfrac14\,S/S、12 S/s\tfrac12\,S/s、14 s/s\tfrac14\,s/s なので、

母が S/S (14) → 子は左巻き,母が S/s (12) → 子は左巻き,母が s/s (14) → 子は右巻き\begin{aligned} \text{母が }S/S\ (\tfrac14)&\ \to\ \text{子は左巻き},\\ \text{母が }S/s\ (\tfrac12)&\ \to\ \text{子は左巻き},\\ \text{母が }s/s\ (\tfrac14)&\ \to\ \text{子は右巻き} \end{aligned}

となり、F3 は左巻き : 右巻き =3:1=3:1 です。これが 3) です。3:13:1 という比自体はメンデルの分離比そのままで、ただそれが F2 ではなく F3 に現れているだけ、つまり「表現型が 1 世代遅れる」ことを認めれば、実験(2) は完全にメンデル遺伝で理解できます。

なお、同じ母親から生まれた 1 腹の子はすべて同じ巻き方になり(母親の遺伝子型は 1 つなので)、遺伝子型が異なっていても表現型が揃うことも母性効果の特徴的な予言です。

逆交配、すなわち純系左巻き (S/S)(S/S) 雄 × 純系右巻き (s/s)(s/s) 雌の場合を、同じ規則(表現型は母の遺伝子型で決まる、SS が優性)で追います。

F1 の遺伝子型は全個体 S/sS/s です。母は s/ss/s なので卵には SS 産物がなく、F1 は全個体が右巻きになります。

F2 の遺伝子型は S/S:S/s:s/s=1:2:1S/S:S/s:s/s=1:2:1 です。母である F1 の遺伝子型は S/sS/s なので、F2 は遺伝子型にかかわらず全個体が左巻きになります。

F3 の表現型は母である F2 の遺伝子型で決まり、F2 雌は 14 S/S\tfrac14\,S/S、12 S/s\tfrac12\,S/s、14 s/s\tfrac14\,s/s なので、F3 は左巻き : 右巻き =3:1=3:1 になります。

答えは、F1 は全個体右巻き、F2 は全個体左巻き、F3 は左巻き : 右巻き =3:1=3:1 です。実験(2) との違いは F1 だけで、F2 以降は同一になります。母性効果では最初の 1 世代だけが母親(純系)の型を反映し、その後は父方由来の SS が母の遺伝子型に入った時点で表現型に現れる、という構造がはっきり見えます。

調べるべきことを箇条書きにします。

  • 遺伝子の同定と単離。SS 座を連鎖解析で絞り込み、クローニングして塩基配列を決め、コードされる蛋白質の一次構造とドメイン構造、既知蛋白質との相同性を調べる。ss 対立遺伝子との配列の違い(ナンセンス変異か、機能を変えるミスセンス変異か、発現量の変化か)を確定する。
  • 産物が存在する時期の決定。卵形成期の卵母細胞、未受精卵、受精卵、2 細胞期、4 細胞期について、mRNA をノーザン解析や in situ ハイブリダイゼーションで、蛋白質を抗体による免疫染色やウェスタン解析で定量する。母性効果である以上、産物は受精以前の卵に既に存在し、第 2 卵割の頃に働いていなければならない。
  • 産物の細胞内局在とその左右性。卵の皮質(コルテックス)、動物極・植物極、紡錘体や分裂溝の周辺のどこに蓄積するかを共焦点顕微鏡で追い、S/SS/S 母由来の卵と s/ss/s 母由来の卵で局在パターンが鏡像的に違うかどうかを比べる。
  • 機能の直接検証。s/ss/s 母由来の卵(右巻きになる卵)に SS の mRNA または蛋白質を顕微注入して左巻きに変換できるか(レスキュー)、逆に S/SS/S 母由来の卵でアンチセンス核酸や抗体注入によって産物を除くと右巻きになるか(機能阻害)を調べる。注入する時期を変えて、効果が現れる時間窓が第 2 卵割の前に限られることを示す。
  • 相互作用因子の探索。免疫沈降や生化学的分画で結合相手を同定し、アクチンや微小管、紡錘体の配向を決める装置(中心体、皮質のアンカー蛋白質)と結合するか、あるいは低分子量 GTP アーゼやキナーゼとしての酵素活性をもつかを調べる。
  • 変形の物理の記述。産物の有無で第 2 卵割の紡錘体の傾き、割球の接触関係、皮質の細胞骨格の走り方がどう変わるかを定量し、キラルな構造が存在するかを探す。

SS 遺伝子産物の働きの可能性としては、次のようなものが考えられます。

  • 第 2 卵割における分裂軸(紡錘体)の傾きの向きを決める因子。細胞骨格の配向を制御して、4 つの割球の配置を左手系か右手系のどちらかに固定する。
  • それ自身がキラルな分子集合体(らせん状のアクチン束や微小管の束、あるいは一方向にしか動かない分子モーター)を組み立て、その分子レベルのキラリティを細胞・個体レベルのキラリティに増幅する装置。
  • 卵の皮質に非対称に局在する位置情報として働き、割球の配置の鏡像対称性を破る目印になる。
  • SS が優性で、SS 産物がないと右巻きになるという事実から、SS 産物は左巻きのねじれを能動的に与える因子であり、右巻きは産物がない場合の既定状態(あるいは別の既定機構が現れた状態)である、という描像が最も素直です。逆に ss が機能低下型の対立遺伝子で、産物の量や活性がしきい値を下回ると既定の右巻きになる、という可能性も同じ遺伝学的結果を与えるため、両者は上のレスキュー実験と定量で区別する必要があります。

第8問 蛋白質の変性の熱力学と低温変性

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蛋白質の天然状態(以下 N)から変性状態(以下 D)への構造変化を熱力学で扱います。安定性は ΔGu=GD−GN\Delta G^u=G^D-G^N で議論し、ΔGu=ΔHu−TΔSu\Delta G^u=\Delta H^u-T\Delta S^u です。TmT_m は変性中点の温度、ΔHm\Delta H_m はそこでの潜熱、ΔCp\Delta C_p は 2 状態の比熱の差(温度に依らない定数)です。後半では ΔGu,ΔHu,ΔSu\Delta G^u,\Delta H^u,\Delta S^u を、真空中の蛋白質構造由来の項(添字 c)と水和の項(添字 h)に分解します。

ΔCp\Delta C_p が定数なので積分はそのまま実行できます。

 a :ΔHu=ΔHm+∫TmTΔCp dT=ΔHm+ΔCp(T−Tm).\boxed{\ \mathrm a\ }:\qquad \Delta H^u=\Delta H_m+\int_{T_m}^T\Delta C_p\,dT=\Delta H_m+\Delta C_p\left(T-T_m\right).  b :ΔSu=ΔHmTm+∫TmTΔCp d(ln⁡T)=ΔHmTm+ΔCpln⁡TTm.\boxed{\ \mathrm b\ }:\qquad \Delta S^u=\frac{\Delta H_m}{T_m}+\int_{T_m}^T\Delta C_p\,d(\ln T)=\frac{\Delta H_m}{T_m}+\Delta C_p\ln\frac{T}{T_m}.

(T=TmT=T_m では ΔGu=0\Delta G^u=0、すなわち ΔSu(Tm)=ΔHm/Tm\Delta S^u(T_m)=\Delta H_m/T_m であることが積分定数を決めています。)これらを ΔGu=ΔHu−TΔSu\Delta G^u=\Delta H^u-T\Delta S^u に代入して

 c :ΔGu=ΔHm(1−TTm)+ΔCp[(T−Tm)−Tln⁡TTm].\boxed{\ \mathrm c\ }:\qquad \Delta G^u=\Delta H_m\left(1-\frac{T}{T_m}\right)+\Delta C_p\left[\left(T-T_m\right)-T\ln\frac{T}{T_m}\right].

これが Gibbs–Helmholtz の式です。ΔCp=0\Delta C_p=0 なら ΔGu\Delta G^u は TT の 1 次式で TmT_m で 1 回だけ 0 を切りますが、ΔCp>0\Delta C_p>0 の第 2 項は T=TmT=T_m で 0、それ以外では常に負(T−Tm−Tln⁡TTm=−T[TmT−1+ln⁡TTm]T-T_m-T\ln\dfrac{T}{T_m}=-T\left[\dfrac{T_m}{T}-1+\ln\dfrac{T}{T_m}\right] で、角括弧の中は x−1−ln⁡x≥0x-1-\ln x\ge0 に x=Tm/Tx=T_m/T を入れた形なので非負)なので、ΔGu\Delta G^u は上に凸になり 0 点が 2 つになります。これが低温変性の数学的な起源です。

ΔHm=100 kcal/mol\Delta H_m=100\,\mathrm{kcal/mol}、ΔCp=2.3 kcal/(mol⋅K)\Delta C_p=2.3\,\mathrm{kcal/(mol\cdot K)}、Tm=57 ∘C=330 KT_m=57\,^\circ\mathrm{C}=330\,\mathrm{K} を入れると

ΔHu(T)=100+2.3 (T−330)  kcal/mol,ΔSu(T)=0.303+2.3ln⁡T330  kcal/(mol⋅K),ΔGu(T)=100(1−T330)+2.3[(T−330)−Tln⁡T330]  kcal/mol\begin{aligned} \Delta H^u(T)&=100+2.3\,(T-330)\ \ \mathrm{kcal/mol},\\ \Delta S^u(T)&=0.303+2.3\ln\frac{T}{330}\ \ \mathrm{kcal/(mol\cdot K)},\\ \Delta G^u(T)&=100\left(1-\frac{T}{330}\right)+2.3\left[(T-330)-T\ln\frac{T}{330}\right]\ \ \mathrm{kcal/mol} \end{aligned}

(TT は K)。図示すべき 3 本の概形は次のようになります。

ΔHu\Delta H^u は傾き 2.3 kcal/(mol⋅K)2.3\,\mathrm{kcal/(mol\cdot K)} の直線で、Tm=57 ∘CT_m=57\,^\circ\mathrm{C} で 100 kcal/mol100\,\mathrm{kcal/mol}、T=330−100/2.3=287 K=13.5 ∘CT=330-100/2.3=287\,\mathrm{K}=13.5\,^\circ\mathrm{C} で 0 を切り、それより低温では負になります。

ΔSu\Delta S^u は ln⁡T\ln T の形で単調増加、上に凸(d2ΔSu/dT2=−ΔCp/T2<0d^2\Delta S^u/dT^2=-\Delta C_p/T^2<0)です。TmT_m での値は ΔHm/Tm=0.303 kcal/(mol⋅K)=303 cal/(mol⋅K)\Delta H_m/T_m=0.303\,\mathrm{kcal/(mol\cdot K)}=303\,\mathrm{cal/(mol\cdot K)} で、T=289 K=16 ∘CT=289\,\mathrm{K}=16\,^\circ\mathrm{C} で 0 を切ります。

ΔGu\Delta G^u は上に凸の山型で、T=289 KT=289\,\mathrm{K} で最大値 6.3 kcal/mol6.3\,\mathrm{kcal/mol} をとり、T=250 K=−23 ∘CT=250\,\mathrm{K}=-23\,^\circ\mathrm{C} と T=330 K=57 ∘CT=330\,\mathrm{K}=57\,^\circ\mathrm{C} の 2 点で 0 を切ります。この 2 点の外側(高温側と低温側の両方)で ΔGu<0\Delta G^u<0、つまり変性状態が安定になります。高温側が通常の熱変性、低温側が低温変性です。

最安定状態の温度  d \boxed{\ \mathrm d\ } は ΔGu\Delta G^u が最大になる温度です。Gibbs–Helmholtz の式を微分すると

dΔGudT=−ΔHmTm+ΔCp[1−ln⁡TTm−1]=−[ΔHmTm+ΔCpln⁡TTm]=−ΔSu\frac{d\Delta G^u}{dT}=-\frac{\Delta H_m}{T_m}+\Delta C_p\left[1-\ln\frac{T}{T_m}-1\right] =-\left[\frac{\Delta H_m}{T_m}+\Delta C_p\ln\frac{T}{T_m}\right]=-\Delta S^u

なので、極大条件 dΔGu/dT=0d\Delta G^u/dT=0 はそのまま ΔSu=0\Delta S^u=0 です。これで「この温度で ΔSu=0\Delta S^u=0 となる」ことが示されました(一般に (∂G/∂T)P=−S(\partial G/\partial T)_P=-S なので、ΔG\Delta G の極値では ΔS=0\Delta S=0 です)。この条件を解くと

ΔHmTm+ΔCpln⁡TTm=0 ⟹ T=Tmexp⁡(−ΔHmTmΔCp)=330×e−100/(330×2.3)=330×e−0.132=289 K\frac{\Delta H_m}{T_m}+\Delta C_p\ln\frac{T}{T_m}=0 \ \Longrightarrow\ T=T_m\exp\left(-\frac{\Delta H_m}{T_m\Delta C_p}\right) =330\times e^{-100/(330\times2.3)}=330\times e^{-0.132}=289\,\mathrm{K}

で、答えは T≃2.9×102 KT\simeq2.9\times10^2\,\mathrm{K}、すなわち約 16 ∘C16\,^\circ\mathrm{C} です。ちょうど室温よりやや低いあたりでリゾチームは最も安定で、そこから温めても冷やしても不安定化します。

構造由来の項が温度に依らないとすると ΔGcu=ΔHcu−TΔScu\Delta G_c^u=\Delta H_c^u-T\Delta S_c^u は TT の 1 次式で、0 点は 1 つだけです。ΔHcu=870 kcal/mol\Delta H_c^u=870\,\mathrm{kcal/mol}、ΔScu=1700 cal/(mol⋅K)=1.70 kcal/(mol⋅K)\Delta S_c^u=1700\,\mathrm{cal/(mol\cdot K)}=1.70\,\mathrm{kcal/(mol\cdot K)} を代入して

 e :T=ΔHcuΔScu=870 kcal/mol1.70 kcal/(mol⋅K)=5.1×102 K (≃2.4×102 ∘C)\boxed{\ \mathrm e\ }:\qquad T=\frac{\Delta H_c^u}{\Delta S_c^u}=\frac{870\,\mathrm{kcal/mol}}{1.70\,\mathrm{kcal/(mol\cdot K)}}=5.1\times10^2\,\mathrm{K}\ (\simeq2.4\times10^2\,^\circ\mathrm{C})

です。約 512 K512\,\mathrm{K}、239 ∘C239\,^\circ\mathrm{C} で、水中の 57 ∘C57\,^\circ\mathrm{C} よりはるかに高い。真空中では蛋白質はきわめて安定で、しかも低温側に不安定化する点はありません。

6 本の曲線は符号と傾き、そして加法関係 ΔGcu=ΔHcu+(−TΔScu)\Delta G_c^u=\Delta H_c^u+(-T\Delta S_c^u)、ΔGhu=ΔHhu+(−TΔShu)\Delta G_h^u=\Delta H_h^u+(-T\Delta S_h^u) で一意に決まります。

構造由来の項は、内部の水素結合やファンデルワールス接触を切るので ΔHcu>0\Delta H_c^u>0 で大きく、鎖が自由度を得るので ΔScu>0\Delta S_c^u>0 で大きい。よって −TΔScu<0-T\Delta S_c^u<0 で TT に比例して下がり、ΔGcu=ΔHcu−TΔScu\Delta G_c^u=\Delta H_c^u-T\Delta S_c^u は図の温度範囲(−100-100 〜 150 ∘C150\,^\circ\mathrm{C})では正で単調減少し、0 を切るのは設問iii) の 239 ∘C239\,^\circ\mathrm{C}、つまり図の外です。

水和の項は表の値から符号が読めます。変性で水と接する基の総数は増えるので AiD−AiN>0A_i^D-A_i^N>0 であり、h1=−20h_1=-20、h2=−13 kcal/molh_2=-13\,\mathrm{kcal/mol} から ΔHhu<0\Delta H_h^u<0 で絶対値が大きい、s1=s2=−40 cal/(mol⋅K)s_1=s_2=-40\,\mathrm{cal/(mol\cdot K)} から ΔShu<0\Delta S_h^u<0、g1=−8g_1=-8、g2=−1 kcal/molg_2=-1\,\mathrm{kcal/mol} から ΔGhu<0\Delta G_h^u<0 です。さらに温度依存性を担う ΔCp>0\Delta C_p>0 はすべて水和項に入っているので、ΔHhu\Delta H_h^u は傾き +ΔCp+\Delta C_p で上昇し、−TΔShu-T\Delta S_h^u は正の値をとります。ΔGhu\Delta G_h^u の傾きは −ΔShu>0-\Delta S_h^u>0 で、負の値のまま上昇します。

以上を図と突き合わせると、対応は次のようになります。値は −100 ∘C-100\,^\circ\mathrm{C} と 150 ∘C150\,^\circ\mathrm{C} での読み取りの目安で、単位は kcal/mol です。

記号熱力学量図での特徴両端での値
fΔHcu\Delta H_c^u最上部、正で緩やかに減少+950→+780+950\to+780
g−TΔShu-T\Delta S_h^u正、緩やかに減少+590→+270+590\to+270
hΔGcu\Delta G_c^u正、減少+570→+200+570\to+200
iΔGhu\Delta G_h^u負、上昇−670→−220-670\to-220
jΔHhu\Delta H_h^u最下部、負で急上昇−1250→−430-1250\to-430
k−TΔScu-T\Delta S_c^u負、減少(ほぼ直線)−400→−570-400\to-570

実際に加法関係が成り立っています。f+k\mathrm f+\mathrm k は +550→+210+550\to+210 で h\mathrm h に一致し、j+g\mathrm j+\mathrm g は −660→−160-660\to-160 で i\mathrm i に一致します。左の図(全体量)と比べても、f+j=ΔHu\mathrm f+\mathrm j=\Delta H^u が −300→+350-300\to+350、g+k=−TΔSu\mathrm g+\mathrm k=-T\Delta S^u が +190→−300+190\to-300、h+i=ΔGu\mathrm h+\mathrm i=\Delta G^u がほぼ 0 の近傍という具合に整合します。図のプロット記号も、同じ熱力学量に同じ形(ΔH\Delta H が四角、ΔG\Delta G が丸、−TΔS-T\Delta S が三角)を使い、白抜きが構造項 c、塗りつぶしが水和項 h という対応になっており、上の割り当てを裏づけます。

低温変性の起源は、水和項の温度依存性、すなわち水和に伴う大きな正の ΔCp\Delta C_p にあります。

まず構造項だけでは低温変性は出ません。ΔHcu\Delta H_c^u、ΔScu\Delta S_c^u が温度に依らなければ ΔGcu\Delta G_c^u は TT の 1 次式で、239 ∘C239\,^\circ\mathrm{C} という 1 点でだけ符号を変えるだけです(設問iii))。低温側で ΔGu\Delta G^u が再び負になるためには、ΔGu(T)\Delta G^u(T) が上に凸に曲がらなければならず、その曲率は d2ΔGudT2=−ΔCpT\dfrac{d^2\Delta G^u}{dT^2}=-\dfrac{\Delta C_p}{T} で決まります。ΔCp>0\Delta C_p>0 を供給しているのは、変性で露出した基(とくに非極性基)の水和なので、曲率の起源は水和項です。

物理的な内容は次のようになります。天然状態は非極性側鎖を内部に埋めて水から隠しており、変性でそれが水に露出します。非極性基の周りでは水分子が水素結合網を組み替えて秩序化するため、水和のエントロピー変化は負(s1=s2=−40 cal/(mol⋅K)s_1=s_2=-40\,\mathrm{cal/(mol\cdot K)})で、−TΔShu>0-T\Delta S_h^u>0 が変性を妨げます。これが疎水効果で、室温では蛋白質を折り畳ませる主要な駆動力です。一方で水和のエンタルピー変化は負(h1=−20h_1=-20、h2=−13 kcal/molh_2=-13\,\mathrm{kcal/mol})で、これは変性を助ける向きに働きます。

ここで温度依存性が効きます。変性を妨げる項 −TΔShu-T\Delta S_h^u は TT に比例するので、冷やせば必ず小さくなります。つまり疎水効果は低温で弱まります。他方、変性を助ける ΔHhu\Delta H_h^u は ΔCp>0\Delta C_p>0 のため低温でますます負に大きくなります。両者が競り合った結果、ΔGu=ΔHu−TΔSu\Delta G^u=\Delta H^u-T\Delta S^u は ΔSu=0\Delta S^u=0 となる温度(リゾチームでは 16 ∘C16\,^\circ\mathrm{C})で最大となり、そこから冷やしていくと ΔSu<0\Delta S^u<0 の領域に入って −TΔSu-T\Delta S^u が負に転じ、ついに ΔGu<0\Delta G^u<0 になります。リゾチームの数値では −23 ∘C-23\,^\circ\mathrm{C} 付近で、水が凍る温度より下なので通常は観測できず、変性剤や圧力を加えたり過冷却状態を作ったりして初めて見えます。

結局、低温変性は「低温では物質は安定」という直感が破れる例ではなく、疎水効果というエントロピー起源の安定化力が温度に比例して弱まる一方、水和エンタルピーが低温でますます変性を有利にするために起こる現象です。蛋白質の安定性が蛋白質自身ではなく溶媒である水の性質に支配されていることを、これほど直接に示す現象は他にありません。

出典: 東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻 平成9年度 修士課程 入学試験問題 物理学。問題文は要約して引用しています。

執筆: Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 3 回(Claude Code)・最終 2026-10-12

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