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複素多様体と正則写像:逆関数定理・Hartogs の延長・Weierstrass の準備定理

対象読者: 学部の多変数複素関数論(多重円板の Cauchy 公式)と多様体論(逆関数定理)、環論の素因数分解の一意性を学んだ人。複素多様体そのものは仮定しません。

前提となる記事:多変数複素関数論:多重円板の Cauchy 公式から Hartogs の定理・Bochner の管定理まで、部分多様体と正則値定理:逆関数定理から 1 の分割・Sard・Whitney まで、多項式環と体の拡大:素因数分解の一意性から作図不能性まで

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多様体とは、近くだけを見れば Rn\mathbb{R}^n の一部のように見える図形のことでした。この記事では、その「近くの見え方」を複素数の世界 Cn\mathbb{C}^n に取り替えます。複素数で微分できる関数(正則関数)はとても硬く、ごく小さな範囲での値が決まると、つながった全体での値まで決まってしまいます。読み終えると、複素多様体の作り方と、この硬さから生じる現象(コンパクトなら関数は定数、2 変数以上では穴を越えて自動的に延びる)を説明でき、多変数の正則関数を多項式のように扱う準備定理も使えるようになります。

  • 複素多様体は、座標変換が正則写像であるようなアトラス(座標系の貼り合わせ)をもつ多様体です。正則写像は実の意味で滑らかで、微分は複素線型、実 Jacobi 行列式は複素 Jacobi 行列式の絶対値の 2 乗になります。ここから正則写像の逆関数定理・陰関数定理が実の逆関数定理に帰着し、正則値の逆像が複素部分多様体になります。
  • 射影空間 Pn\mathbb{P}^n、複素トーラス Cn/Λ\mathbb{C}^n/\Lambda、Hopf 多様体、岩澤多様体を、斉次座標と「自由で真性不連続な作用による商」の二つの方法で構成します。複素トーラスの間の正則写像は、格子を保つアフィン写像から来るものに限ります。
  • 連結なコンパクト複素多様体上の正則関数は定数です。したがって Cn\mathbb{C}^n の中には正の次元のコンパクト複素部分多様体はなく、コンパクト複素多様体の幾何は関数ではなく直線束の切断で調べることになります(第 3 章)。
  • 2 変数以上では正則関数が自動的に延びます。Hartogs 図形の上の正則関数は多重円板全体に延び、1 点や余次元 2 以上の複素部分多様体は正則関数の特異点になれません(Hartogs の延長定理)。余次元 1 の集合を越えるには有界性が要ります(Riemann の延長定理)。
  • Weierstrass の準備定理と割り算定理は、znz_n について正則な芽を「単元 × znz_n の多項式」に直し、多項式の割り算を可能にします。これにより nn についての帰納法が回り、正則関数の芽(一点のまわりだけで見た関数)の環 On\mathcal{O}_n が Noether な局所環で一意分解整域(Noether とは、どのイデアルも有限個の元で生成されること)であることが示せます。
  • その帰結として、解析的超曲面は各点の近くで「重複因子のない定義関数」の零点集合であり、その定義関数は単元倍を除いて一意です。これが第 3 章で因子と正則直線束を対応させるときの土台になります。

滑らかな多様体は、局所的に Rn\mathbb{R}^n の開集合と同一視でき、座標変換が C∞C^\infty 級であるような空間でした。座標変換に「正則である」というはるかに強い条件を課すと、複素多様体が得られます。条件が強い分だけ、複素多様体は硬い対象です。滑らかな関数は 1 の分割で自由に貼り合わせられますが、正則関数は一致の定理のために開集合上の値で全体が決まってしまい、コンパクトな複素多様体の上では定数しかありません。

この硬さは不便ではなく、情報の源です。大域的な正則関数がないので、代わりに「局所的には正則関数だが、貼り合わせにねじれがあるもの」、つまり正則直線束の切断を調べることになります。その空間は有限次元で、次元は多様体の位相と複素構造を反映します。このテーマの後半(Hodge 分解、Kodaira の消滅定理と埋め込み定理)は、この有限次元の空間を計算する理論です。

この章の役割は三つあります。第一に、複素多様体・正則写像・複素部分多様体を定義し、基本的な例を構成すること。第二に、1 変数にはない多変数特有の現象(Hartogs の延長)を確かめること。第三に、正則関数の芽の環 On\mathcal{O}_n の代数的な性質を調べることです。第三の点は、超曲面を「局所的に 1 つの方程式で定義された集合」として扱うときに、その方程式がどこまで一意に決まるかという問いに答えます。

多重円板の Cauchy 積分公式、べき級数展開、変数ごとの正則性から正則性が従うこと(Hartogs の定理)は 多変数複素関数論 で証明済みなので、再証明せずに使います。

記号を決めます。z=(z1,…,zn)∈Cnz=(z_1,\dots,z_n)\in\mathbb{C}^n、zj=xj+iyjz_j=x_j+iy_j とし、Cn\mathbb{C}^n を (x1,y1,…,xn,yn)(x_1,y_1,\dots,x_n,y_n) により R2n\mathbb{R}^{2n} と同一視します。∣z∣∞=max⁡j∣zj∣|z|_\infty=\max_j|z_j|、D(a,r)={ζ∈C:∣ζ−a∣<r}D(a,r)=\{\zeta\in\mathbb{C}:|\zeta-a|<r\}、多重円板を P(a,r)={z:∣zj−aj∣<rj (j=1,…,n)}P(a,r)=\{z:|z_j-a_j|<r_j\ (j=1,\dots,n)\}(r=(r1,…,rn)r=(r_1,\dots,r_n)、すべて等しいときは 1 つの数で書く)とします。開集合上の関数が正則であるとは、連続で各変数について正則であることでした(定義 2.1[多変数複素関数論])。正則関数 ff の zjz_j についての複素微分を ∂jf=∂f/∂zj\partial_jf=\partial f/\partial z_j と書きます。

定義 2.1(正則写像と複素 Jacobi 行列)↗

U⊆CnU\subseteq\mathbb{C}^n を開集合とする。写像 F=(F1,…,Fm):U→CmF=(F_1,\dots,F_m):U\to\mathbb{C}^m が正則であるとは、各成分 FiF_i が正則関数であることをいう。m×nm\times n 行列

JF(z)=(∂Fi∂zj(z))1≤i≤m, 1≤j≤nJ_F(z)=\Bigl(\frac{\partial F_i}{\partial z_j}(z)\Bigr)_{1\le i\le m,\ 1\le j\le n}

を FF の複素 Jacobi 行列という。Cn\mathbb{C}^n の開集合の間の全単射 F:U→VF:U\to V が双正則であるとは、FF と F−1F^{-1} がともに正則であることをいう。

補題 2.2(正則写像は滑らかで、微分は複素線型)✓

U⊆CnU\subseteq\mathbb{C}^n を開集合、F:U→CmF:U\to\mathbb{C}^m を正則写像とする。

  1. FF は R2n\mathbb{R}^{2n} の開集合から R2m\mathbb{R}^{2m} への写像として C∞C^\infty 級で、∂F/∂xj=∂jF\partial F/\partial x_j=\partial_jF、∂F/∂yj=i ∂jF\partial F/\partial y_j=i\,\partial_jF が成り立つ。したがって点 aa での実の微分 dFa:Cn→CmdF_a:\mathbb{C}^n\to\mathbb{C}^m は複素線型写像 v↦JF(a)vv\mapsto J_F(a)v である。
  2. V⊆CmV\subseteq\mathbb{C}^m を開集合、F(U)⊆VF(U)\subseteq V、G:V→ClG:V\to\mathbb{C}^l を正則写像とすると、G∘FG\circ F は正則で JG∘F(z)=JG(F(z)) JF(z)J_{G\circ F}(z)=J_G(F(z))\,J_F(z) である。
  3. 逆に、C1C^1 級の写像 H:U→CmH:U\to\mathbb{C}^m の微分 dHadH_a がすべての a∈Ua\in U で複素線型ならば、HH は正則である。
証明(補題 2.2)

成分ごとに考えればよいので m=1m=1 とし、F=fF=f と書きます。

(1) zjz_j 以外の変数を止めた 1 変数関数は正則なので、Cauchy–Riemann の関係式(定理 4.1[正則関数とコーシー・リーマンの関係式])の 3 番目の式から、f=u+ivf=u+iv について ∂f/∂xj=uxj+ivxj=∂jf\partial f/\partial x_j=u_{x_j}+iv_{x_j}=\partial_jf、∂f/∂yj=uyj+ivyj=i(vyj−iuyj)=i ∂jf\partial f/\partial y_j=u_{y_j}+iv_{y_j}=i(v_{y_j}-iu_{y_j})=i\,\partial_jf です。べき級数展開の定理(定理 2.3[多変数複素関数論])により ∂jf\partial_jf は正則で、とくに連続です。よって ff は C1C^1 級です。∂jf\partial_jf に同じ議論を繰り返すと、ff の実の偏導関数は何階でも存在して連続(∂αf\partial^\alpha f の定数倍)なので、ff は C∞C^\infty 級です。微分は、v=(v1,…,vn)v=(v_1,\dots,v_n)、vj=ξj+iηjv_j=\xi_j+i\eta_j について

dfa(v)=∑j(∂f∂xj(a)ξj+∂f∂yj(a)ηj)=∑j∂jf(a)(ξj+iηj)=Jf(a)vdf_a(v)=\sum_j\Bigl(\frac{\partial f}{\partial x_j}(a)\xi_j+\frac{\partial f}{\partial y_j}(a)\eta_j\Bigr)=\sum_j\partial_jf(a)(\xi_j+i\eta_j)=J_f(a)v

です。

(2) G=gG=g をスカラー値とします。g∘Fg\circ F は連続です。zkz_k 以外を止めると、ζ↦F(z1,…,ζ,…,zn)\zeta\mapsto F(z_1,\dots,\zeta,\dots,z_n) は 1 変数の円板から VV への写像で各成分が正則なので、円板との合成の性質(命題 2.4[多変数複素関数論] の 3)により g∘Fg\circ F は zkz_k について正則で、∂k(g∘F)=∑j(∂jg∘F) ∂kFj\partial_k(g\circ F)=\sum_j(\partial_jg\circ F)\,\partial_kF_j です。よって g∘Fg\circ F は連続かつ変数ごとに正則、すなわち正則で、Jacobi 行列の式も得られました。

(3) H=hH=h をスカラー値とします。dhadh_a が複素線型なので、eje_j を第 jj 標準基底として ∂h/∂yj(a)=dha(iej)=i dha(ej)=i ∂h/∂xj(a)\partial h/\partial y_j(a)=dh_a(ie_j)=i\,dh_a(e_j)=i\,\partial h/\partial x_j(a) です。h=u+ivh=u+iv と書けばこれは uyj=−vxju_{y_j}=-v_{x_j}、vyj=uxjv_{y_j}=u_{x_j}、つまり zjz_j についての Cauchy–Riemann の関係式です。hh は C1C^1 級なので、C1C^1 級による正則性の判定(系 5.3[正則関数とコーシー・リーマンの関係式])により hh は各変数について正則です。hh は連続なので正則です。

補題 2.3(複素線型写像の実行列式)✓

A∈Mn(C)A\in M_n(\mathbb{C}) とし、Cn=R2n\mathbb{C}^n=\mathbb{R}^{2n} 上の実線型写像 v↦Avv\mapsto Av の行列を AR∈M2n(R)A_{\mathbb{R}}\in M_{2n}(\mathbb{R}) とする。このとき det⁡AR=∣det⁡A∣2\det A_{\mathbb{R}}=|\det A|^2 である。

証明(補題 2.3)

行列式は基底の取り方によらないので、実座標を (x1,…,xn,y1,…,yn)(x_1,\dots,x_n,y_1,\dots,y_n) の順に並べます。A=B+iCA=B+iC(B,CB,C は実行列)と書くと、A(x+iy)=(Bx−Cy)+i(Cx+By)A(x+iy)=(Bx-Cy)+i(Cx+By) なので

AR=(B−CCB)A_{\mathbb{R}}=\begin{pmatrix}B&-C\\ C&B\end{pmatrix}

です。II を nn 次単位行列として、複素行列の範囲で計算すると

(IiI0I)(B−CCB)(I−iI0I)=(B+iC−C+iBCB)(I−iI0I)=(A0CAˉ)\begin{pmatrix}I&iI\\0&I\end{pmatrix}\begin{pmatrix}B&-C\\ C&B\end{pmatrix}\begin{pmatrix}I&-iI\\0&I\end{pmatrix} =\begin{pmatrix}B+iC&-C+iB\\ C&B\end{pmatrix}\begin{pmatrix}I&-iI\\0&I\end{pmatrix} =\begin{pmatrix}A&0\\ C&\bar A\end{pmatrix}

です(右上のブロックは −i(B+iC)+(−C+iB)=0-i(B+iC)+(-C+iB)=0、右下は −iC+B=Aˉ-iC+B=\bar A)。両側の三角行列の行列式は 11 なので、det⁡AR=det⁡A⋅det⁡Aˉ=∣det⁡A∣2\det A_{\mathbb{R}}=\det A\cdot\det\bar A=|\det A|^2 です。

次の補題は、Cauchy 型の積分で作った関数が径数について正則であることを保証します。この章の延長定理と準備定理はすべてこの形の積分で関数を作ります。

補題 2.4(径数つき積分の正則性)✓

Ω⊆Cm\Omega\subseteq\mathbb{C}^m を開集合、g:Ω×[a,b]→Cg:\Omega\times[a,b]\to\mathbb{C} を連続関数とし、各 t∈[a,b]t\in[a,b] について z↦g(z,t)z\mapsto g(z,t) が Ω\Omega 上で正則であるとする。このとき G(z)=∫abg(z,t) dtG(z)=\int_a^bg(z,t)\,dt は Ω\Omega 上で正則である。とくに、Ω×{ζ:∣ζ−c∣=r}\Omega\times\{\zeta:|\zeta-c|=r\} 上で連続で zz について正則な gg に対し、z↦∮∣ζ−c∣=rg(z,ζ) dζz\mapsto\oint_{|\zeta-c|=r}g(z,\zeta)\,d\zeta は正則である。

証明(補題 2.4)

tk=a+k(b−a)/Nt_k=a+k(b-a)/N とし、Riemann 和 GN(z)=∑k=1Ng(z,tk)(b−a)/NG_N(z)=\sum_{k=1}^Ng(z,t_k)(b-a)/N を考えます。GNG_N は正則関数の有限和なので正則です。L⊆ΩL\subseteq\Omega をコンパクト集合とすると、gg はコンパクト集合 L×[a,b]L\times[a,b] 上で一様連続なので、任意の ε>0\varepsilon>0 に対して δ>0\delta>0 があり、∣t−t′∣<δ|t-t'|<\delta ならすべての z∈Lz\in L で ∣g(z,t)−g(z,t′)∣<ε|g(z,t)-g(z,t')|<\varepsilon です。(b−a)/N<δ(b-a)/N<\delta のとき、z∈Lz\in L について

∣G(z)−GN(z)∣≤∑k=1N∫tk−1tk∣g(z,t)−g(z,tk)∣ dt≤ε(b−a)|G(z)-G_N(z)|\le\sum_{k=1}^N\int_{t_{k-1}}^{t_k}|g(z,t)-g(z,t_k)|\,dt\le\varepsilon(b-a)

です。よって GNG_N は GG に Ω\Omega 上で局所一様収束し、正則関数の局所一様収束極限は正則(命題 2.4[多変数複素関数論] の 2)なので GG は正則です。円周上の積分は ∮g(z,ζ) dζ=∫02πg(z,c+reit) ireit dt\oint g(z,\zeta)\,d\zeta=\int_0^{2\pi}g(z,c+re^{it})\,ire^{it}\,dt なので、前半の特別な場合です。

3. 正則写像の逆関数定理と陰関数定理

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定理 3.1(正則写像の逆関数定理・陰関数定理)✓

U⊆CnU\subseteq\mathbb{C}^n を開集合とする。

  1. (行列式の関係)F:U→CnF:U\to\mathbb{C}^n を正則写像とすると、FF を R2n\mathbb{R}^{2n} の開集合から R2n\mathbb{R}^{2n} への写像と見たときの実 Jacobi 行列式は ∣det⁡JF(z)∣2|\det J_F(z)|^2 に等しい。とくに非負である。
  2. (逆関数定理)F:U→CnF:U\to\mathbb{C}^n が正則で、a∈Ua\in U で det⁡JF(a)≠0\det J_F(a)\ne0 ならば、aa の開近傍 V⊆UV\subseteq U と F(a)F(a) の開近傍 WW があって、F∣V:V→WF|_V:V\to W は双正則である。
  3. (陰関数定理)n=m+kn=m+k とし、Cn\mathbb{C}^n の点を (z,w)(z,w)(z∈Cmz\in\mathbb{C}^m、w∈Ckw\in\mathbb{C}^k)と書く。F:U→CkF:U\to\mathbb{C}^k が正則で、(a,b)∈U(a,b)\in U で F(a,b)=0F(a,b)=0 かつ k×kk\times k 行列 (∂Fi/∂wj(a,b))\bigl(\partial F_i/\partial w_j(a,b)\bigr) が可逆ならば、aa の開近傍 V′V'、bb の開近傍 V′′V''(V′×V′′⊆UV'\times V''\subseteq U)と正則写像 g:V′→V′′g:V'\to V'' があって
{(z,w)∈V′×V′′:F(z,w)=0}={(z,g(z)):z∈V′}\{(z,w)\in V'\times V'':F(z,w)=0\}=\{(z,g(z)):z\in V'\}

が成り立つ。

証明(定理 3.1)

(1) 補題 2.2 の 1 により、FF の実の微分は複素線型写像 v↦JF(z)vv\mapsto J_F(z)v です。その実行列式は 補題 2.3 により ∣det⁡JF(z)∣2|\det J_F(z)|^2 です。

(2) (1) により FF の実 Jacobi 行列は aa で可逆です。FF は C∞C^\infty 級なので、実の逆関数定理(定理 2.1[部分多様体と正則値定理])により、aa の開近傍 VV と F(a)F(a) の開近傍 WW があって F∣V:V→WF|_V:V\to W は全単射で、逆写像 H:W→VH:W\to V は C∞C^\infty 級です。H∘F=idVH\circ F=\mathrm{id}_V を微分すると dHF(z)∘dFz=iddH_{F(z)}\circ dF_z=\mathrm{id} なので、dFzdF_z は可逆で dHF(z)=(dFz)−1dH_{F(z)}=(dF_z)^{-1} です。複素線型な全単射の逆写像は複素線型なので、dHdH は WW の各点で複素線型です。補題 2.2 の 3 により HH は正則です。

(3) Φ:U→Cm×Ck\Phi:U\to\mathbb{C}^m\times\mathbb{C}^k を Φ(z,w)=(z,F(z,w))\Phi(z,w)=(z,F(z,w)) で定めます。Φ\Phi は正則で、複素 Jacobi 行列は

JΦ=(Im0∂F/∂z∂F/∂w)J_\Phi=\begin{pmatrix}I_m&0\\ \partial F/\partial z&\partial F/\partial w\end{pmatrix}

なので、det⁡JΦ(a,b)=det⁡(∂Fi/∂wj(a,b))≠0\det J_\Phi(a,b)=\det\bigl(\partial F_i/\partial w_j(a,b)\bigr)\ne0 です。(2) により、(a,b)(a,b) の開近傍 V0V_0 と Φ(a,b)=(a,0)\Phi(a,b)=(a,0) の開近傍 W0W_0 があって Φ:V0→W0\Phi:V_0\to W_0 は双正則です。逆写像 Ψ\Psi は、Φ\Phi が第 1 成分を変えないので Ψ(z,u)=(z,G(z,u))\Psi(z,u)=(z,G(z,u)) の形で、GG は正則です。bb の開近傍 V′′V'' と aa の開近傍 V1′V_1' を V1′×V′′⊆V0V_1'\times V''\subseteq V_0 となるように取り、次に aa の開近傍 V′⊆V1′V'\subseteq V_1' を、z∈V′z\in V' ならば (z,0)∈W0(z,0)\in W_0 かつ G(z,0)∈V′′G(z,0)\in V'' となるように取ります(G(a,0)=bG(a,0)=b と連続性による)。g(z)=G(z,0)g(z)=G(z,0) とおきます。z∈V′z\in V' のとき Φ(z,g(z))=Φ(Ψ(z,0))=(z,0)\Phi(z,g(z))=\Phi(\Psi(z,0))=(z,0) なので F(z,g(z))=0F(z,g(z))=0 です。逆に (z,w)∈V′×V′′(z,w)\in V'\times V'' で F(z,w)=0F(z,w)=0 ならば Φ(z,w)=(z,0)=Φ(z,g(z))\Phi(z,w)=(z,0)=\Phi(z,g(z)) で、(z,w)(z,w) と (z,g(z))(z,g(z)) はともに V0V_0 の点なので、Φ∣V0\Phi|_{V_0} の単射性から w=g(z)w=g(z) です。

実の場合と違い、(1) により正則写像の実 Jacobi 行列式は負になりません。このことから複素多様体は自然な向きをもちます(次章)。また 1 変数では、単射な正則関数の微分は自動的に 00 になりませんでしたが、(2) はそれを仮定に置いた形です。

定義 4.1(正則アトラスと複素多様体)↗

XX を位相空間とする。XX の開集合 UU と、Cn\mathbb{C}^n の開集合の上への同相写像 φ:U→φ(U)\varphi:U\to\varphi(U) の組 (U,φ)(U,\varphi) を nn 次元複素チャートという。複素チャートの族 {(Uα,φα)}\{(U_\alpha,\varphi_\alpha)\} が nn 次元正則アトラスであるとは、⋃αUα=X\bigcup_\alpha U_\alpha=X で、すべての α,β\alpha,\beta について変換関数

φβ∘φα−1:φα(Uα∩Uβ)→φβ(Uα∩Uβ)\varphi_\beta\circ\varphi_\alpha^{-1}:\varphi_\alpha(U_\alpha\cap U_\beta)\to\varphi_\beta(U_\alpha\cap U_\beta)

が正則写像であることをいう。二つの正則アトラスは、合併がまた正則アトラスになるとき同値であるという。Hausdorff で第二可算な位相空間 XX と、その nn 次元正則アトラスの同値類の組を nn 次元複素多様体といい、dim⁡CX=n\dim_{\mathbb{C}}X=n と書く。同値類に属するアトラスのチャートを XX の正則チャート、その成分 φ=(z1,…,zn)\varphi=(z_1,\dots,z_n) を正則座標という。連結な 1 次元複素多様体を Riemann 面という。

正則アトラスは、Cn=R2n\mathbb{C}^n=\mathbb{R}^{2n} の同一視のもとで 2n2n 次元の C∞C^\infty アトラス(定義 3.3[微分可能多様体の定義])です。変換関数が正則なら C∞C^\infty 級だからです(補題 2.2 の 1)。同値な正則アトラスの合併は C∞C^\infty アトラスなので、どちらも同じ極大 C∞C^\infty アトラスに含まれます(命題 3.5[微分可能多様体の定義])。こうして nn 次元複素多様体は 2n2n 次元の滑らかな多様体(定義 4.1[微分可能多様体の定義])でもあり、接空間・微分形式・積分などの道具がそのまま使えます。

定義 4.2(正則関数・正則写像・双正則写像・複素 Lie 群)↗

X,YX,Y を複素多様体とする。連続写像 f:X→Yf:X\to Y が正則であるとは、XX の任意の正則チャート (U,φ)(U,\varphi) と YY の任意の正則チャート (V,ψ)(V,\psi) について、ψ∘f∘φ−1\psi\circ f\circ\varphi^{-1} が φ(U∩f−1(V))\varphi(U\cap f^{-1}(V)) 上で正則写像であることをいう。Y=CY=\mathbb{C} のとき ff を正則関数といい、XX の開集合 UU 上の正則関数の全体を O(U)\mathcal{O}(U) と書く。正則な全単射で逆写像も正則なものを双正則写像という。複素多様体 GG が群でもあり、積 G×G→GG\times G\to G と逆元 G→GG\to G が正則写像であるとき、GG を複素 Lie 群という。

変換関数が正則で、正則写像の合成は正則(補題 2.2 の 2)なので、正則性は各点のまわりで 1 組のチャートについて確かめれば十分です。同じ理由で、正則写像の合成は正則です。正則写像の複素 Jacobi 行列の階数は、チャートを取り替えると可逆行列が両側から掛かるだけなので、チャートによらず定まります。これを点 pp での ff の階数といい rank⁡pf\operatorname{rank}_pf と書きます。

補題 4.3(複素多様体上の一致の定理)✓

XX を連結な複素多様体、YY を複素多様体、f,g:X→Yf,g:X\to Y を正則写像とする。ff と gg が XX の空でない開集合の上で一致すれば、XX 全体で一致する。とくに、連結な複素多様体上の正則関数が空でない開集合の上で 00 ならば恒等的に 00 である。

証明(補題 4.3)

AA を、ff と gg がその点のある近傍で一致するような点 x∈Xx\in X の全体とします。AA は定義から開集合で、仮定により空ではありません。AA が閉集合であることを示します。x∈A‾x\in\overline{A} とします。f,gf,g は連続で YY は Hausdorff なので、一致する点の集合は閉集合で、f(x)=g(x)f(x)=g(x) です。f(x)f(x) のまわりの YY の正則チャート (V,ψ)(V,\psi) と、xx のまわりの XX の正則チャート (U,φ)(U,\varphi) で、φ(U)\varphi(U) が多重円板で f(U)∪g(U)⊆Vf(U)\cup g(U)\subseteq V となるものを取ります。ψ∘f∘φ−1−ψ∘g∘φ−1\psi\circ f\circ\varphi^{-1}-\psi\circ g\circ\varphi^{-1} の各成分は連結な開集合 φ(U)\varphi(U) 上の正則関数で、空でない開集合 φ(U∩A)\varphi(U\cap A) の上で 00 です。Cn\mathbb{C}^n の一致の定理(命題 2.4[多変数複素関数論] の 1)により φ(U)\varphi(U) 全体で 00、つまり UU 上で f=gf=g となり、x∈Ax\in A です。XX は連結なので A=XA=X です。

命題 4.4(複素射影空間)✓

Cn+1∖{0}\mathbb{C}^{n+1}\setminus\{0\} に同値関係 z∼λzz\sim\lambda z(λ∈C∖{0}\lambda\in\mathbb{C}\setminus\{0\})を入れた商空間を Pn\mathbb{P}^n と書き、商写像を π\pi、π(z0,…,zn)=[z0:⋯:zn]\pi(z_0,\dots,z_n)=[z_0:\dots:z_n] と書く。Uj={[z]:zj≠0}U_j=\{[z]:z_j\ne0\}、

φj:Uj→Cn,φj([z])=(z0zj,…,zjzj^,…,znzj)\varphi_j:U_j\to\mathbb{C}^n,\qquad\varphi_j([z])=\Bigl(\frac{z_0}{z_j},\dots,\widehat{\frac{z_j}{z_j}},\dots,\frac{z_n}{z_j}\Bigr)

(ハットは除くことを表す)とすると、次が成り立つ。

  1. {(Uj,φj)}j=0n\{(U_j,\varphi_j)\}_{j=0}^n は正則アトラスで、Pn\mathbb{P}^n は nn 次元のコンパクトな連結複素多様体である。π\pi は正則写像である。
  2. P1,…,PkP_1,\dots,P_k を z0,…,znz_0,\dots,z_n の斉次多項式とすると、V(P1,…,Pk)={[z]:P1(z)=⋯=Pk(z)=0}V(P_1,\dots,P_k)=\{[z]:P_1(z)=\dots=P_k(z)=0\} は well-defined な閉集合で、各 UjU_j の上では kk 個の正則関数の共通零点集合である。
証明(命題 4.4)

(1) 位相。 V⊆Cn+1∖{0}V\subseteq\mathbb{C}^{n+1}\setminus\{0\} が開集合なら π−1(π(V))=⋃λ≠0λV\pi^{-1}(\pi(V))=\bigcup_{\lambda\ne0}\lambda V は開集合なので、π\pi は開写像です。Cn+1∖{0}\mathbb{C}^{n+1}\setminus\{0\} の可算開基の π\pi による像は Pn\mathbb{P}^n の可算開基です(開集合 W∋[z]W\ni[z] に対し、z∈B⊆π−1(W)z\in B\subseteq\pi^{-1}(W) となる基の元 BB を取ると [z]∈π(B)⊆W[z]\in\pi(B)\subseteq W)。Hausdorff 性を見るために、写像 h:Pn→Mn+1(C)h:\mathbb{P}^n\to M_{n+1}(\mathbb{C})、h([z])=zz∗/∣z∣2h([z])=zz^{*}/|z|^2(zz を列ベクトルと見る。∣z∣|z| は Euclid ノルム)を考えます。zz を λz\lambda z に替えても値は変わらず、h∘πh\circ\pi が連続なので hh は商位相について連続です。行列 zz∗/∣z∣2zz^{*}/|z|^2 の像は直線 Cz\mathbb{C}z なので hh は単射です。Hausdorff 空間への連続な単射があるので、Pn\mathbb{P}^n は Hausdorff です(異なる 2 点の像を分離する開集合の逆像を取る)。単位球面 S2n+1⊆Cn+1S^{2n+1}\subseteq\mathbb{C}^{n+1} はコンパクトで連結で、π(S2n+1)=Pn\pi(S^{2n+1})=\mathbb{P}^n なので、Pn\mathbb{P}^n はコンパクト(定理 6.1[コンパクト性])で連結です。

チャート。 Uj=π({zj≠0})U_j=\pi(\{z_j\ne0\}) は開集合です。φj∘π\varphi_j\circ\pi は {zj≠0}\{z_j\ne0\} 上で連続で、π\pi は開写像なので φj\varphi_j は連続です。φj\varphi_j は全単射で、逆写像は w=(w1,…,wn)↦π(w1,…,wj,1,wj+1,…,wn)w=(w_1,\dots,w_n)\mapsto\pi(w_1,\dots,w_j,1,w_{j+1},\dots,w_n) という連続写像です。よって φj\varphi_j は同相写像です。j<kj<k のとき、φk∘φj−1\varphi_k\circ\varphi_j^{-1} は φj(Uj∩Uk)={w:wk≠0}\varphi_j(U_j\cap U_k)=\{w:w_k\ne0\} 上で

w↦(w1wk,…,wjwk,1wk,wj+1wk,…,wkwk^,…,wnwk)w\mapsto\Bigl(\frac{w_1}{w_k},\dots,\frac{w_j}{w_k},\frac{1}{w_k},\frac{w_{j+1}}{w_k},\dots,\widehat{\frac{w_k}{w_k}},\dots,\frac{w_n}{w_k}\Bigr)

で、各成分は正則です(j>kj>k も同様)。よって正則アトラスです。φj∘π\varphi_j\circ\pi の成分 zi/zjz_i/z_j は正則なので π\pi は正則写像です。

(2) PiP_i が did_i 次斉次なら Pi(λz)=λdiPi(z)P_i(\lambda z)=\lambda^{d_i}P_i(z) なので、Pi(z)=0P_i(z)=0 かどうかは [z][z] だけで決まります。π−1(V(P1,…,Pk))\pi^{-1}(V(P_1,\dots,P_k)) は連続関数の零点集合の共通部分なので閉集合で、その補集合の π\pi による像が V(P1,…,Pk)V(P_1,\dots,P_k) の補集合ですから、V(P1,…,Pk)V(P_1,\dots,P_k) は閉集合です。UjU_j の上では、φj−1(w)\varphi_j^{-1}(w) の代表元 (w1,…,wj,1,wj+1,…,wn)(w_1,\dots,w_j,1,w_{j+1},\dots,w_n) を使って、V(P1,…,Pk)∩UjV(P_1,\dots,P_k)\cap U_j は ww の多項式 pi(w)=Pi(w1,…,wj,1,wj+1,…,wn)p_i(w)=P_i(w_1,\dots,w_j,1,w_{j+1},\dots,w_n) の共通零点集合に写ります。

n=1n=1 のとき、P1=U0∪{[0:1]}\mathbb{P}^1=U_0\cup\{[0:1]\} で U0≅CU_0\cong\mathbb{C} です。変換関数は w↦1/ww\mapsto1/w で、P1\mathbb{P}^1 は Riemann 球面(定義 2.1[等角写像とリーマン写像定理])C^\hat{\mathbb{C}} に、[1:w]↦w[1:w]\mapsto w、[0:1]↦∞[0:1]\mapsto\infty によって同相で、∞\infty のまわりの座標は 1/w1/w です。

定義 5.1(複素部分多様体・解析的部分集合・解析的超曲面)↗

XX を nn 次元複素多様体とする。

  1. 部分集合 Y⊆XY\subseteq X が kk 次元複素部分多様体であるとは、各 p∈Yp\in Y に対して XX の正則チャート (U,φ)(U,\varphi) で、p∈Up\in U かつ φ(U∩Y)=φ(U)∩(Ck×{0})\varphi(U\cap Y)=\varphi(U)\cap(\mathbb{C}^k\times\{0\}) となるものがあることをいう。n−kn-k を余次元という。
  2. 閉集合 A⊆XA\subseteq X が解析的部分集合であるとは、各 p∈Ap\in A が開近傍 UU をもち、有限個の f1,…,fm∈O(U)f_1,\dots,f_m\in\mathcal{O}(U) によって A∩U={x∈U:f1(x)=⋯=fm(x)=0}A\cap U=\{x\in U:f_1(x)=\dots=f_m(x)=0\} と書けることをいう。
  3. 解析的部分集合 AA が解析的超曲面であるとは、2 で各点について m=1m=1 と取れ、しかも f1f_1 がどの点の近傍でも恒等的に 00 ではないことをいう。このような f1f_1 を AA の UU 上の局所定義関数という。
  4. 閉集合 A⊆XA\subseteq X が薄いとは、各 p∈Ap\in A が連結な開近傍 UU と、恒等的に 00 ではない h∈O(U)h\in\mathcal{O}(U) をもち、A∩U⊆{h=0}A\cap U\subseteq\{h=0\} となることをいう。

解析的超曲面は薄い集合です。薄い集合は内点をもちません(内点があれば hh が開集合上で 00 になり、補題 4.3 に反します)。したがって薄い集合の補集合は稠密です。

補題 5.2(複素部分多様体は複素多様体)✓

YY を nn 次元複素多様体 XX の kk 次元複素部分多様体とする。定義のチャート (U,φ)(U,\varphi) から作った (U∩Y, pr∘φ∣U∩Y)(U\cap Y,\ \mathrm{pr}\circ\varphi|_{U\cap Y})(pr:Ck×Cn−k→Ck\mathrm{pr}:\mathbb{C}^k\times\mathbb{C}^{n-k}\to\mathbb{C}^k は射影)の全体は、部分空間位相を入れた YY の kk 次元正則アトラスで、YY は kk 次元複素多様体になる。包含写像 Y→XY\to X は正則で、XX の開集合 WW 上の正則関数の W∩YW\cap Y への制限は正則である。

証明(補題 5.2)

YY は Hausdorff で第二可算な空間の部分空間なので、Hausdorff で第二可算です。φ∣U∩Y\varphi|_{U\cap Y} は U∩YU\cap Y から φ(U)∩(Ck×{0})\varphi(U)\cap(\mathbb{C}^k\times\{0\}) への同相写像で、pr\mathrm{pr} は Ck×{0}\mathbb{C}^k\times\{0\} と Ck\mathbb{C}^k の同相を与えるので、pr∘φ∣U∩Y\mathrm{pr}\circ\varphi|_{U\cap Y} は Ck\mathbb{C}^k の開集合の上への同相写像です。ι:Ck→Cn\iota:\mathbb{C}^k\to\mathbb{C}^n、ι(w)=(w,0)\iota(w)=(w,0) とします。もう一つの定義のチャート (V,ψ)(V,\psi) について、変換関数は w↦pr∘(ψ∘φ−1)∘ι(w)w\mapsto\mathrm{pr}\circ(\psi\circ\varphi^{-1})\circ\iota(w) で、正則写像 ι\iota、ψ∘φ−1\psi\circ\varphi^{-1}、pr\mathrm{pr} の合成なので正則です(補題 2.2 の 2)。よって正則アトラスです。包含写像は、これらのチャートで w↦(w,0)w\mapsto(w,0) と表されるので正則です。f∈O(W)f\in\mathcal{O}(W) の制限は ff と包含写像の合成なので正則です。

命題 5.3(正則値の逆像・階数一定の逆像・射影超曲面)✓

X,YX,Y を複素多様体(次元 n,mn,m)、F:X→YF:X\to Y を正則写像、c∈Yc\in Y、Z=F−1(c)≠∅Z=F^{-1}(c)\ne\emptyset とする。

  1. ZZ の各点 pp で rank⁡pF=m\operatorname{rank}_pF=m ならば、ZZ は XX の n−mn-m 次元の閉な複素部分多様体である。
  2. ZZ のある開近傍の上で FF の階数が一定値 rr ならば、ZZ は XX の n−rn-r 次元の閉な複素部分多様体である。
  3. PP を z0,…,znz_0,\dots,z_n の dd 次斉次多項式(d≥1d\ge1)とし、∂P/∂z0,…,∂P/∂zn\partial P/\partial z_0,\dots,\partial P/\partial z_n が Cn+1∖{0}\mathbb{C}^{n+1}\setminus\{0\} に共通零点をもたないとする。このとき V(P)⊆PnV(P)\subseteq\mathbb{P}^n は n−1n-1 次元の閉な複素部分多様体である。
証明(命題 5.3)

ZZ は連続写像による 1 点の逆像なので閉集合です。部分多様体であることは局所的な条件なので、p∈Zp\in Z のまわりの正則チャートと cc のまわりの正則チャートを使って、XX は Cn\mathbb{C}^n の開集合、Y=CmY=\mathbb{C}^m、c=0c=0、F=(F1,…,Fm)F=(F_1,\dots,F_m) として示します。

(2) を示します((1) は r=mr=m の場合です。階数が mm であるという条件は、ある mm 次小行列式が 00 でないということなので開条件で、ZZ の各点で階数が mm なら ZZ の近傍でも mm です)。JF(p)J_F(p) の階数は rr なので、zz の座標と FF の成分の番号を付け替えて、小行列 (∂Fi/∂zj(p))i,j≤r(\partial F_i/\partial z_j(p))_{i,j\le r} が可逆であるとしてよいです。Φ(z)=(F1(z),…,Fr(z),zr+1,…,zn)\Phi(z)=(F_1(z),\dots,F_r(z),z_{r+1},\dots,z_n) とおくと、JΦ(p)J_\Phi(p) はブロック三角行列で det⁡JΦ(p)=det⁡(∂Fi/∂zj(p))i,j≤r≠0\det J_\Phi(p)=\det(\partial F_i/\partial z_j(p))_{i,j\le r}\ne0 です。逆関数定理(定理 3.1 の 2)により、pp の開近傍 UU と多重円板 Q=P(Φ(p),ε)Q=P(\Phi(p),\varepsilon) があって Φ:U→Q\Phi:U\to Q は双正則で、UU の上で FF の階数は rr としてよいです。(U,Φ)(U,\Phi) は XX の正則チャートです。新しい座標 w=Φ(z)w=\Phi(z) で G=F∘Φ−1G=F\circ\Phi^{-1} を書くと、i≤ri\le r について Gi(w)=wiG_i(w)=w_i です。JGJ_G は左上に IrI_r、右上に 00 をもち、階数が rr なので、右下のブロック (∂Gi/∂wj)i>r, j>r(\partial G_i/\partial w_j)_{i>r,\,j>r} は QQ 上で恒等的に 00 です(00 でない成分があれば、その行・列と最初の rr 行・rr 列から 00 でない r+1r+1 次小行列式が作れます)。QQ は多重円板なので、w1,…,wrw_1,\dots,w_r を止めるごとに GiG_i(i>ri>r)を wr+1,…,wnw_{r+1},\dots,w_n のうち 1 変数だけの関数と見ると、円板上で導関数が 00 の正則関数なので定数です(命題 5.8[正則関数とコーシー・リーマンの関係式])。これを変数ごとに繰り返して、Gi(w)=Gi(w1,…,wr,Φr+1(p),…,Φn(p))G_i(w)=G_i(w_1,\dots,w_r,\Phi_{r+1}(p),\dots,\Phi_n(p)) は w1,…,wrw_1,\dots,w_r だけで決まります。したがって

Φ(Z∩U)={w∈Q:w1=⋯=wr=0, Gi(0,…,0,wr+1,…,wn)=0 (i>r)}\Phi(Z\cap U)=\{w\in Q:w_1=\dots=w_r=0,\ G_i(0,\dots,0,w_{r+1},\dots,w_n)=0\ (i>r)\}

で、後ろの条件は wr+1,…,wnw_{r+1},\dots,w_n によらず、w=Φ(p)w=\Phi(p) で成り立っているので、つねに成り立ちます。よって Φ(Z∩U)=Q∩{w1=⋯=wr=0}\Phi(Z\cap U)=Q\cap\{w_1=\dots=w_r=0\} です。座標の順序を入れ替えれば、これは ZZ が n−rn-r 次元複素部分多様体であるという定義の条件です。

(3) P(tz)=tdP(z)P(tz)=t^dP(z) を tt で微分して t=1t=1 とおくと、Euler の関係式 ∑jzj ∂P/∂zj(z)=d P(z)\sum_jz_j\,\partial P/\partial z_j(z)=d\,P(z) が得られます。U0U_0 の上で考えます(他の UjU_j も同様)。φ0(V(P)∩U0)\varphi_0(V(P)\cap U_0) は p(w)=P(1,w1,…,wn)p(w)=P(1,w_1,\dots,w_n) の零点集合です(命題 4.4 の 2)。p(w)=0p(w)=0 となる点 ww で ∂p/∂wj(w)=0\partial p/\partial w_j(w)=0(j=1,…,nj=1,\dots,n)と仮定します。これは z=(1,w)z=(1,w) で ∂P/∂zj(z)=0\partial P/\partial z_j(z)=0(j≥1j\ge1)ということで、Euler の関係式から ∂P/∂z0(z)=d P(z)−∑j≥1wj ∂P/∂zj(z)=0\partial P/\partial z_0(z)=d\,P(z)-\sum_{j\ge1}w_j\,\partial P/\partial z_j(z)=0 も成り立ちます。これは偏導関数が Cn+1∖{0}\mathbb{C}^{n+1}\setminus\{0\} に共通零点をもたないという仮定に反します。よって p:Cn→Cp:\mathbb{C}^n\to\mathbb{C} は p−1(0)p^{-1}(0) の各点で階数 11 で、(1) により p−1(0)p^{-1}(0) は n−1n-1 次元複素部分多様体です。V(P)V(P) は閉集合で(命題 4.4 の 2)、各 UjU_j の中で部分多様体の条件を満たすので、Pn\mathbb{P}^n の閉な複素部分多様体です。

(3) の V(P)V(P) を次数 dd の非特異射影超曲面といいます。(1) の ZZ の実の接空間は、実の正則値定理(定理 4.3[部分多様体と正則値定理])により ker⁡dFp\ker dF_p で、これは複素線型写像の核なので複素部分空間です。

定理 5.4(コンパクト複素多様体上の正則関数は定数)✓

XX を連結なコンパクト複素多様体とする。XX 上の正則関数は定数である。したがって、CN\mathbb{C}^N の連結でコンパクトな複素部分多様体は 1 点である。

証明(定理 5.4)

f∈O(X)f\in\mathcal{O}(X) とします。∣f∣|f| はコンパクト空間上の連続関数なので、ある点 pp で最大値を取ります。pp のまわりの正則チャート (U,φ)(U,\varphi) を φ(p)=0\varphi(p)=0、φ(U)⊇P(0,r)‾\varphi(U)\supseteq\overline{P(0,r)} となるように取り、g=f∘φ−1g=f\circ\varphi^{-1} とおきます。z∈P(0,r)z\in P(0,r) を固定します。1 変数関数 t↦g(tz)t\mapsto g(tz) は、tt が {∣t∣<1+ε}\{|t|<1+\varepsilon\}(ε>0\varepsilon>0 は tz∈φ(U)tz\in\varphi(U) となるように小さく取る)を動くとき正則で(命題 2.4[多変数複素関数論] の 3)、∣g(tz)∣≤∣g(0)∣|g(tz)|\le|g(0)| を満たします。最大値原理(定理 7.7[正則関数の強力な性質])によりこの関数は定数なので、t=1t=1 として g(z)=g(0)g(z)=g(0) です。よって ff は pp の近傍 φ−1(P(0,r))\varphi^{-1}(P(0,r)) の上で定数 f(p)f(p) に等しく、補題 4.3 を ff と定数関数 f(p)f(p) に使うと、XX 全体で f=f(p)f=f(p) です。

Y⊆CNY\subseteq\mathbb{C}^N を連結でコンパクトな複素部分多様体とします。座標関数 zjz_j の YY への制限は YY 上の正則関数(補題 5.2)なので、前半により定数です。すべての座標が定数なので YY は 1 点です。

この定理により、コンパクト複素多様体を CN\mathbb{C}^N に正則に埋め込むことはできません。埋め込み先の候補は射影空間 PN\mathbb{P}^N で、どのコンパクト複素多様体が PN\mathbb{P}^N に埋め込めるかという問いに答えるのが、このテーマの最後の章の Kodaira の埋め込み定理です。

6. 商による構成:複素トーラス・Hopf 多様体・岩澤多様体

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この節のねらいは、Cn\mathbb{C}^n のような既知の空間を群で割って新しい複素多様体を作ることです。割った結果が多様体になるには、(自由) 単位元以外のどの元もどの点も動かし、(真性不連続) どの 2 点 x,yx,y にも、それぞれの近傍 U,VU,V で γU∩V≠∅\gamma U\cap V\ne\emptyset となる γ\gamma が有限個しかないものがある、という二つが要ります。後者の「有限個」は、商空間で異なる 2 点を開集合で分けられる(Hausdorff になる)ために使われ、証明の「分離の補題」で γix≠y\gamma_ix\ne y となる有限個の組を一つずつ分けています。

補題 6.1(自由で真性不連続な作用による商)✓

XX を nn 次元複素多様体、Γ\Gamma を XX に双正則写像として作用する群とし、次を仮定する。

  • (自由)γ≠e\gamma\ne e ならば、どの x∈Xx\in X についても γx≠x\gamma x\ne x。
  • (真性不連続)任意の x,y∈Xx,y\in X に対して、xx の開近傍 UU と yy の開近傍 VV で、{γ∈Γ:γU∩V≠∅}\{\gamma\in\Gamma:\gamma U\cap V\ne\emptyset\} が有限集合となるものがある。

このとき商空間 X/ΓX/\Gamma は Hausdorff で第二可算で、商写像 π:X→X/Γ\pi:X\to X/\Gamma が局所的に双正則になるような nn 次元複素多様体の構造がただ一つある。π\pi は被覆写像である。コンパクト集合 K⊆XK\subseteq X で ΓK=X\Gamma K=X となるものがあれば、X/ΓX/\Gamma はコンパクトである。

証明(補題 6.1)

π\pi は開写像で、X/ΓX/\Gamma は第二可算。 W⊆XW\subseteq X が開なら π−1(π(W))=⋃γγW\pi^{-1}(\pi(W))=\bigcup_\gamma\gamma W は開です。XX の可算開基の像が X/ΓX/\Gamma の可算開基になることは、命題 4.4 の証明と同じ議論です(開集合 W′∋π(x)W'\ni\pi(x) に対し、x∈B⊆π−1(W′)x\in B\subseteq\pi^{-1}(W') となる基の元を取る)。

分離の補題。 x,y∈Xx,y\in X とし、γx≠y\gamma x\ne y がすべての γ∈S\gamma\in S について成り立つような Γ\Gamma の部分集合 SS を考えます。真性不連続性の U,VU,V を取り、γU∩V≠∅\gamma U\cap V\ne\emptyset となる γ∈S\gamma\in S を γ1,…,γk\gamma_1,\dots,\gamma_k とします。γix≠y\gamma_ix\ne y なので、XX の Hausdorff 性から γix\gamma_ix の開近傍 WiW_i と yy の開近傍 ViV_i で交わらないものがあります。U′=U∩⋂iγi−1WiU'=U\cap\bigcap_i\gamma_i^{-1}W_i、V′=V∩⋂iViV'=V\cap\bigcap_iV_i とおくと、すべての γ∈S\gamma\in S について γU′∩V′=∅\gamma U'\cap V'=\emptyset です。

Hausdorff 性。 π(x)≠π(y)\pi(x)\ne\pi(y) のとき、S=ΓS=\Gamma として補題を使うと、π(U′)\pi(U') と π(V′)\pi(V') は π(x)\pi(x) と π(y)\pi(y) の交わらない開近傍です(π(u)=π(v)\pi(u)=\pi(v) なら v=γuv=\gamma u となる γ\gamma があるからです)。

チャートと被覆。 x∈Xx\in X とします。作用は自由なので、y=xy=x、S=Γ∖{e}S=\Gamma\setminus\{e\} として補題が使え、xx の開近傍 Ux=U′∩V′U_x=U'\cap V' で、γ≠e\gamma\ne e ならば γUx∩Ux=∅\gamma U_x\cap U_x=\emptyset となるものが得られます。さらに UxU_x を小さくして、XX の正則チャート (Ux,φx)(U_x,\varphi_x) の定義域であるとしてよいです。π∣Ux\pi|_{U_x} は単射な連続開写像なので、開集合 π(Ux)\pi(U_x) の上への同相写像です。ψx=φx∘(π∣Ux)−1\psi_x=\varphi_x\circ(\pi|_{U_x})^{-1} を π(Ux)\pi(U_x) 上のチャートとします。π−1(π(Ux))=⋃γγUx\pi^{-1}(\pi(U_x))=\bigcup_\gamma\gamma U_x は互いに交わらない開集合の合併で(γUx∩γ′Ux≠∅\gamma U_x\cap\gamma'U_x\ne\emptyset なら γ−1γ′Ux∩Ux≠∅\gamma^{-1}\gamma'U_x\cap U_x\ne\emptyset なので γ=γ′\gamma=\gamma')、各 γUx\gamma U_x は π\pi で π(Ux)\pi(U_x) に同相に写るので、π\pi は被覆写像(定義 3.1[基本群と被覆空間])です。

変換関数。 q∈π(Ux)∩π(Uy)q\in\pi(U_x)\cap\pi(U_y)、q=π(u)=π(v)q=\pi(u)=\pi(v)(u∈Uxu\in U_x、v∈Uyv\in U_y)とすると、v=γuv=\gamma u となる γ\gamma があります。uu の近傍 N⊆Ux∩γ−1UyN\subseteq U_x\cap\gamma^{-1}U_y の上で、(π∣Uy)−1∘π∣Ux(\pi|_{U_y})^{-1}\circ\pi|_{U_x} は u′↦γu′u'\mapsto\gamma u' に一致します(γu′∈Uy\gamma u'\in U_y で π(γu′)=π(u′)\pi(\gamma u')=\pi(u') だからです)。よって ψy∘ψx−1=φy∘γ∘φx−1\psi_y\circ\psi_x^{-1}=\varphi_y\circ\gamma\circ\varphi_x^{-1} が φx(N)\varphi_x(N) 上で成り立ち、γ\gamma は双正則なのでこれは正則です。こうして {(π(Ux),ψx)}\{(\pi(U_x),\psi_x)\} は正則アトラスで、ψx∘π∘φx−1=id\psi_x\circ\pi\circ\varphi_x^{-1}=\mathrm{id} なので π\pi は局所的に双正則です。π\pi が局所的に双正則になる構造では (π∣Ux)−1(\pi|_{U_x})^{-1} が正則チャートを与えるので、構造は一意です。

コンパクト性。 ΓK=X\Gamma K=X なら π(K)=X/Γ\pi(K)=X/\Gamma で、コンパクト集合の連続像はコンパクトです(定理 6.1[コンパクト性])。

定義 6.2(格子と複素トーラス)↗

Cn\mathbb{C}^n の部分群 Λ\Lambda が格子であるとは、R\mathbb{R} 上の基底 ω1,…,ω2n\omega_1,\dots,\omega_{2n} によって Λ=Zω1+⋯+Zω2n\Lambda=\mathbb{Z}\omega_1+\dots+\mathbb{Z}\omega_{2n} と書けることをいう。Λ\Lambda を平行移動で Cn\mathbb{C}^n に作用させた商 Cn/Λ\mathbb{C}^n/\Lambda を複素トーラスという。n=1n=1 のときは楕円曲線ともいう。

n=1n=1 の場合に、商 C/Λ\mathbb{C}/\Lambda がどのような図形になるかを動画で見ます。基本平行四辺形の同じ色の対辺(矢印の向きまで同じ)を貼り合わせると、まず円柱になり、その両端の円を貼り合わせると円環面になります。

平行四辺形の赤い対辺を貼り合わせて円柱に巻き、その両端の円を貼り合わせて、円環面ができるまでの動画。左に基本平行四辺形、右に曲面の変形を示す。
格子 Λ = ℤ + ℤτ(τ = 0.3 + 1.5i)の基本平行四辺形から円環面を作る。赤の辺 ω₁ どうし、青の辺 ω₂ どうしを順に貼り合わせる。

命題 6.3(複素トーラスとその間の正則写像)✓

Λ⊆Cn\Lambda\subseteq\mathbb{C}^n、Λ′⊆Cm\Lambda'\subseteq\mathbb{C}^m を格子とし、商写像を π,π′\pi,\pi' と書く。

  1. Cn/Λ\mathbb{C}^n/\Lambda は、π\pi が局所的に双正則になるような nn 次元のコンパクトな連結複素多様体で、加法について複素 Lie 群である。
  2. f:Cn/Λ→Cm/Λ′f:\mathbb{C}^n/\Lambda\to\mathbb{C}^m/\Lambda' を正則写像とすると、AΛ⊆Λ′A\Lambda\subseteq\Lambda' を満たす m×nm\times n 複素行列 AA と b∈Cmb\in\mathbb{C}^m があって、f(π(z))=π′(Az+b)f(\pi(z))=\pi'(Az+b) がすべての zz で成り立つ。逆に、このような A,bA,b はこの式で正則写像を定める。
証明(命題 6.3)

(1) T:R2n→CnT:\mathbb{R}^{2n}\to\mathbb{C}^n、T(t)=∑jtjωjT(t)=\sum_jt_j\omega_j は実線型同型で、Λ=T(Z2n)\Lambda=T(\mathbb{Z}^{2n}) です。c=min⁡∣t∣=1∣T(t)∣>0c=\min_{|t|=1}|T(t)|>0 とすると、00 でない λ=T(m)∈Λ\lambda=T(m)\in\Lambda について ∣λ∣≥c∣m∣≥c|\lambda|\ge c|m|\ge c です。したがって有界集合に含まれる Λ\Lambda の元は有限個です(∣T(m)∣≤R|T(m)|\le R なら ∣m∣≤R/c|m|\le R/c)。平行移動は双正則で、作用は自由です。x,y∈Cnx,y\in\mathbb{C}^n に対し U=B(x,1)U=B(x,1)、V=B(y,1)V=B(y,1)(開球)とすると、(λ+U)∩V≠∅(\lambda+U)\cap V\ne\emptyset ならば ∣λ∣<∣x−y∣+2|\lambda|<|x-y|+2 なので、そのような λ\lambda は有限個で、作用は真性不連続です。K={T(t):t∈[0,1]2n}K=\{T(t):t\in[0,1]^{2n}\} はコンパクトで K+Λ=CnK+\Lambda=\mathbb{C}^n です。補題 6.1 により Cn/Λ\mathbb{C}^n/\Lambda はコンパクトな複素多様体で、連結な Cn\mathbb{C}^n の像なので連結です。加法と逆元は、π\pi の局所的な逆を使って Cn\mathbb{C}^n の加法と符号の反転(正則写像)で表されるので正則です。

(2) π′\pi' は被覆写像です(補題 6.1)。Cn\mathbb{C}^n は凸なので可縮で単連結、また局所道連結です(命題 2.9[基本群と被覆空間])。持ち上げ定理(定理 5.1[基本群と被覆空間])により、連続写像 f∘π:Cn→Cm/Λ′f\circ\pi:\mathbb{C}^n\to\mathbb{C}^m/\Lambda' は連続写像 F:Cn→CmF:\mathbb{C}^n\to\mathbb{C}^m に持ち上がり、π′∘F=f∘π\pi'\circ F=f\circ\pi です。

FF は正則です。実際、z0∈Cnz_0\in\mathbb{C}^n に対し、F(z0)F(z_0) の開近傍 WW で π′∣W\pi'|_W が開集合の上への双正則写像になるものを取ると、z0z_0 の近傍 F−1(W)F^{-1}(W) の上で F=(π′∣W)−1∘f∘πF=(\pi'|_W)^{-1}\circ f\circ\pi で、右辺は正則写像の合成です。

λ∈Λ\lambda\in\Lambda を固定します。π′(F(z+λ))=f(π(z+λ))=f(π(z))=π′(F(z))\pi'(F(z+\lambda))=f(\pi(z+\lambda))=f(\pi(z))=\pi'(F(z)) なので、z↦F(z+λ)−F(z)z\mapsto F(z+\lambda)-F(z) は Λ′\Lambda' に値を取る連続写像です。Λ′\Lambda' の各点は孤立している((1) の証明)ので、連結な Cn\mathbb{C}^n の上でこの写像は定数です。その値を ℓ(λ)∈Λ′\ell(\lambda)\in\Lambda' とします。F(z+λ)=F(z)+ℓ(λ)F(z+\lambda)=F(z)+\ell(\lambda) を zjz_j で微分すると、g=∂jFig=\partial_jF_i は Λ\Lambda 周期的な整関数です。gg はコンパクト集合 KK 上で有界で、K+Λ=CnK+\Lambda=\mathbb{C}^n なので Cn\mathbb{C}^n 全体で有界です。z∈Cnz\in\mathbb{C}^n を固定すると t↦g(tz)t\mapsto g(tz) は有界な 1 変数の整関数なので、Liouville の定理(定理 4.2[正則関数の強力な性質])により定数で、g(z)=g(0)g(z)=g(0) です。A=(∂jFi(0))A=(\partial_jF_i(0)) とおくと、h(z)=F(z)−Azh(z)=F(z)-Az はすべての ∂jhi\partial_jh_i が恒等的に 00 の正則写像です。t↦hi(tz)t\mapsto h_i(tz) の導関数は ∑j∂jhi(tz)zj=0\sum_j\partial_jh_i(tz)z_j=0 なので定数(命題 5.8[正則関数とコーシー・リーマンの関係式])で、h(z)=h(0)=:bh(z)=h(0)=:b です。よって F(z)=Az+bF(z)=Az+b で、Aλ=F(z+λ)−F(z)=ℓ(λ)∈Λ′A\lambda=F(z+\lambda)-F(z)=\ell(\lambda)\in\Lambda' です。

逆に、AΛ⊆Λ′A\Lambda\subseteq\Lambda' なら π′(A(z+λ)+b)=π′(Az+b)\pi'(A(z+\lambda)+b)=\pi'(Az+b) なので f(π(z))=π′(Az+b)f(\pi(z))=\pi'(Az+b) は well-defined で、π\pi の局所的な逆を使えば正則写像の合成として書けるので正則です。

(2) から、二つの複素トーラス Cn/Λ\mathbb{C}^n/\Lambda と Cn/Λ′\mathbb{C}^n/\Lambda' が双正則であるのは、AΛ=Λ′A\Lambda=\Lambda' となる A∈GLn(C)A\in GL_n(\mathbb{C}) があるときに限ります。滑らかな多様体としてはどれも (S1)2n(S^1)^{2n} に微分同相ですが、GL2n(R)GL_{2n}(\mathbb{R}) に比べて GLn(C)GL_n(\mathbb{C}) は小さいので、複素構造としては連続的に異なるものがあります。

例 6.4(楕円曲線 ℂ/Λ)

n=1n=1 とします。格子に 00 でない複素数を掛けても双正則類は変わらないので、Λτ=Z+Zτ\Lambda_\tau=\mathbb{Z}+\mathbb{Z}\tau(Im⁡τ>0\operatorname{Im}\tau>0)の形だけ考えれば十分です。命題 6.3 の 2 により、C/Λτ\mathbb{C}/\Lambda_\tau と C/Λτ′\mathbb{C}/\Lambda_{\tau'} が双正則であるのは aΛτ=Λτ′a\Lambda_\tau=\Lambda_{\tau'} となる a≠0a\ne0 があるときです。たとえば τ=i\tau=i と τ′=2i\tau'=2i を比べます。a(Z+Zi)=Z+2iZa(\mathbb{Z}+\mathbb{Z}i)=\mathbb{Z}+2i\mathbb{Z} とすると、a∈Λ2ia\in\Lambda_{2i} かつ ai∈Λ2iai\in\Lambda_{2i} です。a=p+2qia=p+2qi(p,q∈Zp,q\in\mathbb{Z})と書くと ai=−2q+piai=-2q+pi で、これが Λ2i\Lambda_{2i} に入るには pp が偶数でなければなりません。すると aΛi⊆2Z+2iZa\Lambda_i\subseteq2\mathbb{Z}+2i\mathbb{Z} となり、1∈Λ2i1\in\Lambda_{2i} を含みません。よって C/Λi\mathbb{C}/\Lambda_i と C/Λ2i\mathbb{C}/\Lambda_{2i} は双正則ではありません。

例 6.5(Hopf 曲面)

n≥2n\ge2 とし、Z\mathbb{Z} を X=Cn∖{0}X=\mathbb{C}^n\setminus\{0\} に k⋅z=2kzk\cdot z=2^kz で作用させます。作用は自由で、x,y∈Xx,y\in X に対し U={∣x∣/2<∣z∣<2∣x∣}U=\{|x|/2<|z|<2|x|\}、V={∣y∣/2<∣z∣<2∣y∣}V=\{|y|/2<|z|<2|y|\} とすれば 2kU∩V≠∅2^kU\cap V\ne\emptyset となる kk は有限個なので真性不連続です。K={1≤∣z∣≤2}K=\{1\le|z|\le2\} はコンパクトで ⋃k2kK=X\bigcup_k2^kK=X です。補題 6.1 により H=X/ZH=X/\mathbb{Z} はコンパクトな nn 次元複素多様体で、Hopf 多様体(n=2n=2 のとき Hopf 曲面)といいます。

写像 X→R×S2n−1X\to\mathbb{R}\times S^{2n-1}、z↦(log⁡2∣z∣,z/∣z∣)z\mapsto(\log_2|z|,z/|z|) は微分同相で、z↦2zz\mapsto2z は (t,u)↦(t+1,u)(t,u)\mapsto(t+1,u) に対応します。よって HH は (R/Z)×S2n−1=S1×S2n−1(\mathbb{R}/\mathbb{Z})\times S^{2n-1}=S^1\times S^{2n-1} に微分同相です。n=2n=2 なら S1×S3S^1\times S^3 で、2 次の Betti 数が 00 です。このことから Hopf 曲面は Kähler 計量をもたないことが第 4 章でわかります。

例 6.6(GLₙ(ℂ) と岩澤多様体)

GLn(C)GL_n(\mathbb{C}) は Mn(C)=Cn2M_n(\mathbb{C})=\mathbb{C}^{n^2} の開集合 {det⁡≠0}\{\det\ne0\} で、積は成分の多項式、逆行列は成分の有理式(分母は det⁡\det)なので、複素 Lie 群です。SLn(C)=det⁡−1(1)SL_n(\mathbb{C})=\det^{-1}(1) は、det⁡\det の微分が det⁡≠0\det\ne0 の点で 00 でない(t↦det⁡(tA)=tndet⁡At\mapsto\det(tA)=t^n\det A を t=1t=1 で微分すると ndet⁡An\det A)ので、命題 5.3 の 1 により n2−1n^2-1 次元の複素部分多様体で、複素 Lie 群です。

対角成分が 11 の上三角 3×33\times3 複素行列の全体 GG は、3 つの成分 (z1,z2,z3)(z_1,z_2,z_3)((1,2)(1,2)、(2,3)(2,3)、(1,3)(1,3) 成分)により C3\mathbb{C}^3 と同一視される複素 Lie 群で、積は

(a1,a2,a3)⋅(z1,z2,z3)=(a1+z1, a2+z2, a3+z3+a1z2)(a_1,a_2,a_3)\cdot(z_1,z_2,z_3)=(a_1+z_1,\ a_2+z_2,\ a_3+z_3+a_1z_2)

です。成分が Gauss 整数 Z[i]\mathbb{Z}[i] に入る元の全体 Γ\Gamma は部分群で、左からの積で GG に自由に作用します。Γ\Gamma の元で有界集合に入るものは有限個なので、作用は真性不連続です(γU∩V≠∅\gamma U\cap V\ne\emptyset なら γ∈VU−1\gamma\in VU^{-1} で、U,VU,V が有界なら VU−1VU^{-1} も有界です)。各成分の実部・虚部が [0,1][0,1] に入る元の全体 KK はコンパクトで、ΓK=G\Gamma K=G です(a1,a2a_1,a_2 で z1,z2z_1,z_2 を調整し、次に a3a_3 で第 3 成分を調整します)。補題 6.1 により Γ\G\Gamma\backslash G は 3 次元のコンパクト複素多様体で、岩澤多様体といいます。GG 上の正則 1 形式 dz1dz_1、dz2dz_2、dz3−z1 dz2dz_3-z_1\,dz_2 は左からの積で不変なので岩澤多様体に降りますが、3 つ目は閉形式ではありません。コンパクト Kähler 多様体では正則形式はすべて閉形式なので(第 5 章)、岩澤多様体は Kähler 計量をもちません。

例 6.7(Grassmann 多様体と Fermat 超曲面)

Cn\mathbb{C}^n の kk 次元複素部分空間の全体 Gk(Cn)G_k(\mathbb{C}^n) は、実の場合(命題 5.7[微分可能多様体の定義])と同じチャートで k(n−k)k(n-k) 次元の複素多様体になります。直和分解 Cn=P⊕Q\mathbb{C}^n=P\oplus Q に対し、QQ と 00 でしか交わらない部分空間を P→QP\to Q の線型写像のグラフと見て Hom⁡(P,Q)≅Ck(n−k)\operatorname{Hom}(P,Q)\cong\mathbb{C}^{k(n-k)} の点に対応させます。変換関数は行列の成分の有理式で、正則です。k=1k=1 のとき G1(Cn+1)=PnG_1(\mathbb{C}^{n+1})=\mathbb{P}^n です。

P=z0d+z1d+⋯+zndP=z_0^d+z_1^d+\dots+z_n^d(d≥1d\ge1)とすると、∂P/∂zj=d zjd−1\partial P/\partial z_j=d\,z_j^{d-1} の共通零点は原点だけです。命題 5.3 の 3 により、Fermat 超曲面 V(P)⊆PnV(P)\subseteq\mathbb{P}^n は n−1n-1 次元のコンパクト複素多様体です。n=2n=2、d=3d=3 は楕円曲線、n=3n=3、d=4d=4 は K3 曲面、n=4n=4、d=5d=5 は 5 次 3 次元多様体(Calabi–Yau 多様体)の例です。

7. Hartogs の延長定理と Riemann の延長定理

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1 変数では、どんな領域 Ω⊊C\Omega\subsetneq\mathbb{C} にも、Ω\Omega の外へ延びない正則関数があります(a∉Ωa\notin\Omega として 1/(z−a)1/(z-a))。2 変数以上では事情が変わります。

定理 7.1(Hartogs の延長定理)✓

n≥2n\ge2 とする。

  1. (Hartogs 図形)P′⊆Cn−1P'\subseteq\mathbb{C}^{n-1} を連結な開集合、V⊆P′V\subseteq P' を空でない開集合、0<ρ<r0<\rho<r、D=D(0,r)D=D(0,r) とし、
H=(V×D)∪(P′×{zn:ρ<∣zn∣<r})⊆CnH=(V\times D)\cup\bigl(P'\times\{z_n:\rho<|z_n|<r\}\bigr)\subseteq\mathbb{C}^n

とおく。HH 上の任意の正則関数は、P′×DP'\times D 上の正則関数にただ一通りに延長される。 2. (コンパクト集合の除去)P⊆CnP\subseteq\mathbb{C}^n を多重円板、K⊆PK\subseteq P をコンパクト集合とし、P∖KP\setminus K が連結であるとする。P∖KP\setminus K 上の任意の正則関数は、PP 上の正則関数にただ一通りに延長される。 3. (余次元 2 の集合の除去)XX を nn 次元複素多様体、A⊆XA\subseteq X を閉集合とし、AA の各点 aa のまわりに正則チャート (U,(z1,…,zn))(U,(z_1,\dots,z_n)) で A∩U⊆{zn−1=zn=0}A\cap U\subseteq\{z_{n-1}=z_n=0\} となるものがあるとする。このとき X∖AX\setminus A 上の任意の正則関数は、XX 上の正則関数にただ一通りに延長される。とくに、AA が 1 点の場合と、余次元 2 以上の閉な複素部分多様体の場合に成り立つ。

|z₁||z₂|rsρVP′延長される部分HH
n = 2 の Hartogs 図形を (|z₁|, |z₂|) 平面に描いたもの。色を付けた L 字形の部分が H で、ここで正則な関数は、白い部分を含む長方形全体(多重円板)に延びる。延長は、上側の帯にある円周 |z₂| = s の上の Cauchy 積分で与える。

証明の方針は次のとおりです。(1) では、HH が「円環 ρ<∣zn∣<r\rho<|z_n|<r 全体と z′z' の全範囲の積」を含むことを使い、その上の円周 ∣zn∣=s|z_n|=s での Cauchy 積分で、円板の内側にまで値を定めます。この積分が V×DV\times D で元の ff と一致することと一致の定理から、積分で作った関数と ff が貼り合わさります。(2)(3) は適切な V,ρV,\rho を選んで (1) の形に帰着させます。

証明(定理 7.1)

(1) f∈O(H)f\in\mathcal{O}(H) とし、ρ<s<r\rho<s<r となる ss を固定します。P′×{∣ζ∣=s}⊆HP'\times\{|\zeta|=s\}\subseteq H なので、(z′,zn)∈P′×D(0,s)(z',z_n)\in P'\times D(0,s) に対して

F(z′,zn)=12πi∮∣ζ∣=sf(z′,ζ)ζ−zn dζF(z',z_n)=\frac{1}{2\pi i}\oint_{|\zeta|=s}\frac{f(z',\zeta)}{\zeta-z_n}\,d\zeta

が定義できます。被積分関数は (P′×D(0,s))×{∣ζ∣=s}(P'\times D(0,s))\times\{|\zeta|=s\} 上で連続で、(z′,zn)(z',z_n) について正則なので、補題 2.4 により FF は P′×D(0,s)P'\times D(0,s) 上で正則です。

z′∈Vz'\in V のとき、f(z′,⋅)f(z',\cdot) は DD 全体で正則なので、Cauchy の積分公式(定理 6.1[コーシーの積分定理と積分公式])により ∣zn∣<s|z_n|<s で F(z′,zn)=f(z′,zn)F(z',z_n)=f(z',z_n) です。つまり開集合 V×D(0,s)V\times D(0,s) の上で F=fF=f です。

H′=H∩(P′×D(0,s))=(V×D(0,s))∪(P′×{ρ<∣zn∣<s})H'=H\cap(P'\times D(0,s))=(V\times D(0,s))\cup(P'\times\{\rho<|z_n|<s\}) は連結です。実際、P′×{ρ<∣zn∣<s}P'\times\{\rho<|z_n|<s\} は連結集合の積なので連結で、V×D(0,s)V\times D(0,s) の各点 (z′,zn)(z',z_n) は、H′H' に含まれる円板 {z′}×D(0,s)\{z'\}\times D(0,s) の中で P′×{ρ<∣zn∣<s}P'\times\{\rho<|z_n|<s\} の点と結べます。F−fF-f は連結な開集合 H′H' 上の正則関数で、空でない開集合 V×D(0,s)V\times D(0,s) 上で 00 なので、一致の定理(補題 4.3)により H′H' 上で F=fF=f です。

P′×D=(P′×D(0,s))∪(P′×{ρ<∣zn∣<r})P'\times D=(P'\times D(0,s))\cup(P'\times\{\rho<|z_n|<r\}) で、後者は HH に含まれます。そこで P′×D(0,s)P'\times D(0,s) 上では FF、HH 上では ff とおけば、共通部分 H′H' で一致するので、P′×DP'\times D 上の正則関数が定まり、HH 上で ff に一致します。P′×DP'\times D は連結なので、延長の一意性は 補題 4.3 から従います。

(2) P=P(a,r)P=P(a,r) とします。z↦max⁡j∣zj−aj∣/rjz\mapsto\max_j|z_j-a_j|/r_j はコンパクト集合 KK 上で最大値 θ0<1\theta_0<1 を取ります。θ0<θ<1\theta_0<\theta<1 とし、P′=P((a1,…,an−1),(r1,…,rn−1))P'=P((a_1,\dots,a_{n-1}),(r_1,\dots,r_{n-1}))、V={z′∈P′:∣z1−a1∣>θr1}V=\{z'\in P':|z_1-a_1|>\theta r_1\}、D=D(an,rn)D=D(a_n,r_n)、ρ=θrn\rho=\theta r_n とします(n≥2n\ge2 なので z1z_1 は z′z' の成分です)。V×DV\times D の点は ∣z1−a1∣>θr1|z_1-a_1|>\theta r_1 を、P′×{ρ<∣zn−an∣<rn}P'\times\{\rho<|z_n-a_n|<r_n\} の点は ∣zn−an∣>θrn|z_n-a_n|>\theta r_n を満たすので KK に入らず、(1) の形の集合 HH(中心を ana_n に平行移動したもの)は P∖KP\setminus K に含まれます。f∈O(P∖K)f\in\mathcal{O}(P\setminus K) に対し、(1) により F∈O(P)F\in\mathcal{O}(P) で HH 上 F=fF=f となるものがあります。P∖KP\setminus K は連結で、F−fF-f は空でない開集合 HH 上で 00 なので、補題 4.3 により P∖KP\setminus K 上で F=fF=f です。一意性は (1) と同じです。

(3) a∈Aa\in A とし、仮定のチャートで aa が原点に対応するとして、ε>0\varepsilon>0 を多重円板 P=P(0,ε)P=P(0,\varepsilon) がチャートの像に含まれるように取ります。以下、チャートで PP を XX の開集合と同一視します。P′=P(0,ε)⊆Cn−1P'=P(0,\varepsilon)\subseteq\mathbb{C}^{n-1}、V={z′∈P′:zn−1≠0}V=\{z'\in P':z_{n-1}\ne0\}、D=D(0,ε)D=D(0,\varepsilon)、ρ=ε/2\rho=\varepsilon/2 として (1) の HH を作ると、HH の点は zn−1≠0z_{n-1}\ne0 か ∣zn∣>ρ|z_n|>\rho を満たすので {zn−1=zn=0}\{z_{n-1}=z_n=0\} に入らず、H⊆P∖AH\subseteq P\setminus A です。f∈O(X∖A)f\in\mathcal{O}(X\setminus A) に対し、(1) により Fa∈O(P)F_a\in\mathcal{O}(P) で HH 上 Fa=fF_a=f となるものがあります。V×D⊆HV\times D\subseteq H は PP で稠密なので、P∖AP\setminus A でも稠密で、FaF_a と ff はともに P∖AP\setminus A 上で連続ですから、P∖AP\setminus A 上で Fa=fF_a=f です。

AA の 2 点 a,ba,b について、対応する開集合 Pa,PbP_a,P_b の共通部分の上で、FaF_a と FbF_b は (Pa∩Pb)∖A(P_a\cap P_b)\setminus A 上でともに ff に等しく、AA は内点をもたない(局所的に {zn−1=zn=0}\{z_{n-1}=z_n=0\} に含まれる)ので、この集合は Pa∩PbP_a\cap P_b で稠密です。連続性から Pa∩PbP_a\cap P_b 上で Fa=FbF_a=F_b です。よって X∖AX\setminus A 上の ff と各 PaP_a 上の FaF_a は貼り合わさって XX 上の正則関数を定めます。X∖AX\setminus A は稠密なので延長は一意です。

AA が 1 点 aa のときは、aa を原点とする正則チャートで A∩U={0}⊆{zn−1=zn=0}A\cap U=\{0\}\subseteq\{z_{n-1}=z_n=0\} です。AA が余次元 k≥2k\ge2 の閉な複素部分多様体のときは、定義のチャートで A∩U={zn−k+1=⋯=zn=0}⊆{zn−1=zn=0}A\cap U=\{z_{n-k+1}=\dots=z_n=0\}\subseteq\{z_{n-1}=z_n=0\} です。

(2) で n≥2n\ge2 が効くのは、KK を避けながら「znz_n の円板全体を含む部分 V×DV\times D」が取れるところです。n=1n=1 では VV を取る余地がありません。一般の領域 Ω\Omega とコンパクト集合 KK(Ω∖K\Omega\setminus K が連結)についての延長定理は、次章でコンパクト台の ∂ˉ\bar\partial 方程式を解いて示します。

余次元 1 の集合は、1/zn1/z_n の例のように特異点になれます。延長には有界性の仮定が要ります。そのための座標の取り方を補題にしておきます。この補題は次節の準備定理でも使います。

定義 7.2(zₙ について正則な関数)↗

0∈Cn0\in\mathbb{C}^n の近傍で正則な関数 hh が znz_n について位数 dd で正則であるとは、1 変数関数 zn↦h(0,…,0,zn)z_n\mapsto h(0,\dots,0,z_n) が恒等的に 00 ではなく、zn=0z_n=0 でちょうど dd 位の零点をもつことをいう(d=0d=0 は h(0)≠0h(0)\ne0 を意味する)。

補題 7.3(正則な方向の存在と零点の個数)✓

  1. UU を 0∈Cn0\in\mathbb{C}^n の凸な開近傍、h1,…,hk∈O(U)h_1,\dots,h_k\in\mathcal{O}(U) をどれも恒等的に 00 ではない関数とする。このとき Cn\mathbb{C}^n の線型同型 TT で、h1∘T,…,hk∘Th_1\circ T,\dots,h_k\circ T がすべて znz_n について正則になるものがある。
  2. hh を 00 の開近傍 UU 上の正則関数で、znz_n について位数 dd で正則なものとする。このとき、十分小さい任意の r>0r>0 に対して δ>0\delta>0 があって、P(0,δ)‾×D(0,r)‾⊆U\overline{P(0,\delta)}\times\overline{D(0,r)}\subseteq U であり、∣z′∣∞≤δ|z'|_\infty\le\delta、∣zn∣=r|z_n|=r のとき h(z′,zn)≠0h(z',z_n)\ne0 で、しかも ∣z′∣∞<δ|z'|_\infty<\delta である各 z′z' について、h(z′,⋅)h(z',\cdot) の D(0,r)D(0,r) 内の零点の個数は重複度を込めてちょうど dd である。
証明(補題 7.3)

(1) UU は連結なので、各 hih_i の零点集合は内点をもちません(補題 4.3)。よって {hi≠0}\{h_i\ne0\} は稠密な開集合で、その有限個の共通部分も空ではありません。v∈Uv\in U を、すべての ii で hi(v)≠0h_i(v)\ne0 となるように取ります(v≠0v\ne0 としてよいです)。TT を T(en)=vT(e_n)=v となる線型同型とします。{t∈C:tv∈U}\{t\in\mathbb{C}:tv\in U\} は 00 と 11 を含む凸な開集合で、その上の 1 変数正則関数 t↦hi(T(0,…,0,t))=hi(tv)t\mapsto h_i(T(0,\dots,0,t))=h_i(tv) は t=1t=1 で 00 でないので、1 変数の一致の定理(定理 7.3[正則関数の強力な性質])により 00 の近傍で恒等的に 00 にはなりません。よって 00 での零点の位数は有限で、hi∘Th_i\circ T は znz_n について正則です。

(2) h(0,⋅)h(0,\cdot) は恒等的に 00 でないので、その零点は孤立しています(定理 7.3[正則関数の強力な性質])。r0>0r_0>0 を、{0}×D(0,r0)‾⊆U\{0\}\times\overline{D(0,r_0)}\subseteq U かつ 0<∣zn∣≤r00<|z_n|\le r_0 で h(0,zn)≠0h(0,z_n)\ne0 となるように取り、0<r≤r00<r\le r_0 とします。m=min⁡∣zn∣=r∣h(0,zn)∣>0m=\min_{|z_n|=r}|h(0,z_n)|>0 とおきます。UU は開集合なので、δ0>0\delta_0>0 を P(0,δ0)‾×D(0,r)‾⊆U\overline{P(0,\delta_0)}\times\overline{D(0,r)}\subseteq U となるように取れます。このコンパクト集合上で hh は一様連続なので、0<δ≤δ00<\delta\le\delta_0 を、∣z′∣∞≤δ|z'|_\infty\le\delta、∣zn∣=r|z_n|=r のとき ∣h(z′,zn)−h(0,zn)∣<m/2|h(z',z_n)-h(0,z_n)|<m/2 となるように取れます。このとき ∣h(z′,zn)∣>m/2>0|h(z',z_n)|>m/2>0 です。

∣z′∣∞<δ|z'|_\infty<\delta について、h(z′,⋅)h(z',\cdot) の D(0,r)D(0,r) 内の零点の個数(重複度込み)は、偏角の原理(定理 3.1[偏角の原理と Rouché の定理])により

N(z′)=12πi∮∣ζ∣=r∂nh(z′,ζ)h(z′,ζ) dζN(z')=\frac{1}{2\pi i}\oint_{|\zeta|=r}\frac{\partial_nh(z',\zeta)}{h(z',\zeta)}\,d\zeta

です。被積分関数は P(0,δ)×{∣ζ∣=r}P(0,\delta)\times\{|\zeta|=r\} 上で連続で z′z' について正則なので、補題 2.4 により NN は正則、とくに連続です。NN は整数値なので、連結な P(0,δ)P(0,\delta) 上で定数で、N(z′)=N(0)=dN(z')=N(0)=d です。

定理 7.4(Riemann の延長定理)✓

XX を複素多様体、A⊆XA\subseteq X を薄い閉集合(たとえば解析的超曲面)とする。ff を X∖AX\setminus A 上の正則関数とし、AA の各点 aa が開近傍 UaU_a をもって ff が Ua∖AU_a\setminus A 上で有界であるとする。このとき ff は XX 上の正則関数にただ一通りに延長される。

証明(定理 7.4)

a∈Aa\in A とします。aa を原点とする正則チャートを取り、その中の多重円板 UU(凸で連結)を、ff が U∖AU\setminus A 上で有界で、恒等的に 00 ではない h∈O(U)h\in\mathcal{O}(U) によって A∩U⊆{h=0}A\cap U\subseteq\{h=0\} となるように取ります(薄い集合の定義の hh は連結な近傍で恒等的に 00 でないので、一致の定理によりそれより小さい多重円板の上でも恒等的に 00 ではありません)。補題 7.3 の 1 により、線型な座標変換のあとで hh は znz_n について正則としてよく、同じ補題の 2 により r,δ>0r,\delta>0 があって、P′=P(0,δ)⊆Cn−1P'=P(0,\delta)\subseteq\mathbb{C}^{n-1}、D=D(0,r)D=D(0,r) とおくと P′‾×D‾⊆U\overline{P'}\times\overline{D}\subseteq U で、∣z′∣∞≤δ|z'|_\infty\le\delta、∣zn∣=r|z_n|=r のとき h(z′,zn)≠0h(z',z_n)\ne0 です。とくに P′×{∣ζ∣=r}P'\times\{|\zeta|=r\} は AA と交わらず、その近傍で ff は正則です。(z′,zn)∈P′×D(z',z_n)\in P'\times D に対して

F(z′,zn)=12πi∮∣ζ∣=rf(z′,ζ)ζ−zn dζF(z',z_n)=\frac{1}{2\pi i}\oint_{|\zeta|=r}\frac{f(z',\zeta)}{\zeta-z_n}\,d\zeta

とおくと、補題 2.4 により FF は P′×DP'\times D 上で正則です。

z′∈P′z'\in P' を固定します。h(z′,⋅)h(z',\cdot) の DD 内の零点は有限個です(補題 7.3 の 2)。f(z′,⋅)f(z',\cdot) はそれらを除いた DD の上で正則かつ有界なので、1 変数の Riemann の除去可能特異点定理(命題 6.3[正則関数の強力な性質])により DD 上の正則関数 fz′f_{z'} に延びます。fz′f_{z'} は円周 ∣ζ∣=r|\zeta|=r の近傍でも正則(そこでは f(z′,⋅)f(z',\cdot) そのもの)なので、Cauchy の積分公式(定理 6.1[コーシーの積分定理と積分公式])により fz′(zn)=F(z′,zn)f_{z'}(z_n)=F(z',z_n) です。したがって h(z′,zn)≠0h(z',z_n)\ne0 である点では F=fF=f です。

{h≠0}∩(P′×D)\{h\ne0\}\cap(P'\times D) は P′×DP'\times D で稠密(hh は連結な P′×DP'\times D 上で恒等的に 00 でないので零点集合は内点をもたない)で、(P′×D)∖A(P'\times D)\setminus A に含まれます。FF と ff は (P′×D)∖A(P'\times D)\setminus A 上で連続なので、そこで F=fF=f です。こうして ff は aa の近傍 P′×DP'\times D 上の正則関数 FaF_a に延びます。

薄い集合は内点をもたないので、定理 7.1 の 3 の証明の最後と同じ議論で、FaF_a たちは共通部分で一致し、XX 上の正則関数に貼り合わさります。X∖AX\setminus A は稠密なので延長は一意です。

8. Weierstrass の準備定理と割り算定理

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定義 8.1(正則関数の芽の環と Weierstrass 多項式)↗

0∈Cn0\in\mathbb{C}^n の開近傍 UU とその上の正則関数 ff の組 (U,f)(U,f) の全体に、「00 のある近傍の上で一致する」という同値関係を入れた商集合を On\mathcal{O}_n と書き、その元を正則関数の芽という。On\mathcal{O}_n は和と積について可換環である。複素多様体 XX の点 xx についても同様に芽の環 OX,x\mathcal{O}_{X,x} を定める。xx を原点に写す正則チャートにより OX,x≅On\mathcal{O}_{X,x}\cong\mathcal{O}_n(n=dim⁡CXn=\dim_{\mathbb{C}}X)である。

z′=(z1,…,zn−1)z'=(z_1,\dots,z_{n-1}) と書く。znz_n によらない関数の芽として On−1⊆On\mathcal{O}_{n-1}\subseteq\mathcal{O}_n と見なし、On−1\mathcal{O}_{n-1} 係数の znz_n の多項式の全体を On−1[zn]⊆On\mathcal{O}_{n-1}[z_n]\subseteq\mathcal{O}_n と書く。

W=znd+a1(z′)znd−1+⋯+ad(z′),ak∈On−1,ak(0)=0 (k=1,…,d)W=z_n^d+a_1(z')z_n^{d-1}+\dots+a_d(z'),\qquad a_k\in\mathcal{O}_{n-1},\quad a_k(0)=0\ (k=1,\dots,d)

の形の元を dd 次の Weierstrass 多項式という(d=0d=0 のときは W=1W=1)。

znz_n の多項式が関数として恒等的に 00 なら係数はすべて 00 なので、On−1[zn]\mathcal{O}_{n-1}[z_n] は実際に On−1\mathcal{O}_{n-1} 上の多項式環と同一視できます。Weierstrass 多項式は z′=0z'=0 で zndz_n^d になるので、znz_n について位数 dd で正則です(定義 7.2)。

補題 8.2(𝒪ₙ は整域で局所環)✓

On\mathcal{O}_n は整域である。f∈Onf\in\mathcal{O}_n が単元であることと f(0)≠0f(0)\ne0 は同値で、On\mathcal{O}_n は mn={f:f(0)=0}\mathfrak{m}_n=\{f:f(0)=0\} を極大イデアルとする局所環である。Cn\mathbb{C}^n の線型同型 TT は、f↦f∘Tf\mapsto f\circ T により環 On\mathcal{O}_n の自己同型を引き起こす。

証明(補題 8.2)

f,gf,g を 00 を中心とする多重円板 PP 上の正則関数とし、fg=0fg=0、ff は恒等的に 00 でないとします。{f≠0}\{f\ne0\} は空でない開集合で、その上で g=0g=0 なので、一致の定理(命題 2.4[多変数複素関数論] の 1)により PP 上で g=0g=0 です。よって整域です。f(0)≠0f(0)\ne0 なら 00 の近傍で f≠0f\ne0 で、1/f1/f は連続かつ各変数について正則なので ff は単元です。逆に fg=1fg=1 なら f(0)g(0)=1f(0)g(0)=1 です。非単元の全体 mn\mathfrak{m}_n は 00 での値を取る環準同型 On→C\mathcal{O}_n\to\mathbb{C} の核なのでイデアルで、局所環の判定(補題 3.9[局所化と素イデアルのスペクトル])により On\mathcal{O}_n は局所環(定義 3.8[局所化と素イデアルのスペクトル])です。最後の主張は、f↦f∘Tf\mapsto f\circ T が和と積を保ち、f↦f∘T−1f\mapsto f\circ T^{-1} が逆写像であることから従います(f∘Tf\circ T の正則性は 補題 2.2 の 2)。

補題 8.3(根の評価)✓

  1. 複素数 a1,…,ada_1,\dots,a_d と bb が bd+a1bd−1+⋯+ad=0b^d+a_1b^{d-1}+\dots+a_d=0 を満たせば、∣b∣≤2max⁡k∣ak∣1/k|b|\le2\max_k|a_k|^{1/k} である。
  2. WW を P(0,δ0)⊆Cn−1P(0,\delta_0)\subseteq\mathbb{C}^{n-1} 上の正則関数を係数とする Weierstrass 多項式とする。任意の r>0r>0 に対して 0<δ≤δ00<\delta\le\delta_0 があって、∣z′∣∞<δ|z'|_\infty<\delta ならば W(z′,⋅)W(z',\cdot) の根はすべて D(0,r)D(0,r) に入る。
証明(補題 8.3)

(1) ∣b∣>2∣ak∣1/k|b|>2|a_k|^{1/k} がすべての kk で成り立つと仮定すると、∣akbd−k∣<2−k∣b∣d|a_kb^{d-k}|<2^{-k}|b|^d なので ∣a1bd−1+⋯+ad∣<∣b∣d∑k≥12−k=∣b∣d|a_1b^{d-1}+\dots+a_d|<|b|^d\sum_{k\ge1}2^{-k}=|b|^d となり、bd=−(a1bd−1+⋯+ad)b^d=-(a_1b^{d-1}+\dots+a_d) に反します。

(2) ak(0)=0a_k(0)=0 と連続性から、δ\delta を ∣z′∣∞<δ|z'|_\infty<\delta で 2∣ak(z′)∣1/k<r2|a_k(z')|^{1/k}<r(k=1,…,dk=1,\dots,d)となるように取れば、(1) により根は D(0,r)D(0,r) に入ります。

定理 8.4(Weierstrass の準備定理)✓

f∈Onf\in\mathcal{O}_n が znz_n について位数 dd で正則ならば、単元 u∈Onu\in\mathcal{O}_n と dd 次の Weierstrass 多項式 WW で f=uWf=uW となるものがただ一組存在する。

証明の方針は次のとおりです。ff の零点 b1(z′),…,bd(z′)b_1(z'),\dots,b_d(z') は、z′z' を動かすと互いに入れ替わりうるので、一つ一つは z′z' の正則関数になるとは限りません。しかし対称式なら、並べ方によらず値が決まります。そこで偏角の原理による積分で bjkb_j^k の和を正則関数として書き、そこから基本対称式を作って、∏(zn−bj)\prod(z_n-b_j) を Weierstrass 多項式 WW とします。

証明(定理 8.4)

存在。 ff を 00 の近傍で定義された正則関数とします。補題 7.3 の 2 により r,δ>0r,\delta>0 があって、P′=P(0,δ)⊆Cn−1P'=P(0,\delta)\subseteq\mathbb{C}^{n-1} とおくと、ff は P′‾×D(0,r)‾\overline{P'}\times\overline{D(0,r)} の近傍で正則で、z′∈P′z'\in P'、∣zn∣=r|z_n|=r で f(z′,zn)≠0f(z',z_n)\ne0、かつ各 z′∈P′z'\in P' について f(z′,⋅)f(z',\cdot) は D(0,r)D(0,r) 内に重複度を込めてちょうど dd 個の零点 b1(z′),…,bd(z′)b_1(z'),\dots,b_d(z') をもちます。k≥1k\ge1 について、偏角の原理(定理 3.1[偏角の原理と Rouché の定理]、g(ζ)=ζkg(\zeta)=\zeta^k とする)により

sk(z′):=∑j=1dbj(z′)k=12πi∮∣ζ∣=rζk ∂nf(z′,ζ)f(z′,ζ) dζs_k(z'):=\sum_{j=1}^db_j(z')^k=\frac{1}{2\pi i}\oint_{|\zeta|=r}\zeta^k\,\frac{\partial_nf(z',\zeta)}{f(z',\zeta)}\,d\zeta

で、右辺は 補題 2.4 により z′∈P′z'\in P' の正則関数です。b1,…,bdb_1,\dots,b_d の基本対称式 ek(z′)e_k(z') は、Newton の恒等式(定理 5.3[多項式の割り算と高次方程式])

k ek=∑j=0k−1(−1)k−1−jej sk−j(e0=1)k\,e_k=\sum_{j=0}^{k-1}(-1)^{k-1-j}e_j\,s_{k-j}\qquad(e_0=1)

により、kk についての帰納法で s1,…,sks_1,\dots,s_k の有理数係数の多項式として書けるので、P′P' 上で正則です。そこで

W(z′,zn)=∏j=1d(zn−bj(z′))=∑k=0d(−1)kek(z′) znd−kW(z',z_n)=\prod_{j=1}^d(z_n-b_j(z'))=\sum_{k=0}^d(-1)^ke_k(z')\,z_n^{d-k}

とおきます。z′=0z'=0 では f(0,⋅)f(0,\cdot) の D(0,r)D(0,r) 内の零点は 00(dd 位)だけなので bj(0)=0b_j(0)=0、ek(0)=0e_k(0)=0(k≥1k\ge1)で、WW は Weierstrass 多項式です。WW の根は D(0,r)D(0,r) の中にあるので、z′∈P′z'\in P'、∣ζ∣=r|\zeta|=r で W(z′,ζ)≠0W(z',\zeta)\ne0 です。

(z′,zn)∈P′×D(0,r)(z',z_n)\in P'\times D(0,r) に対して

u(z′,zn)=12πi∮∣ζ∣=rf(z′,ζ)W(z′,ζ)(ζ−zn) dζu(z',z_n)=\frac{1}{2\pi i}\oint_{|\zeta|=r}\frac{f(z',\zeta)}{W(z',\zeta)(\zeta-z_n)}\,d\zeta

とおくと、補題 2.4 により uu は正則です。z′∈P′z'\in P' を固定します。f(z′,⋅)f(z',\cdot) と W(z′,⋅)W(z',\cdot) は D(0,r)D(0,r) 内に重複度まで同じ零点をもつので、商 f(z′,⋅)/W(z′,⋅)f(z',\cdot)/W(z',\cdot) は各零点の近くで有界で 00 に近づかず、除去可能特異点定理(命題 6.3[正則関数の強力な性質])により D(0,r)‾\overline{D(0,r)} の近傍で正則な、D(0,r)D(0,r) 上に零点をもたない関数 qz′q_{z'} に延びます。Cauchy の積分公式(定理 6.1[コーシーの積分定理と積分公式])により u(z′,zn)=qz′(zn)u(z',z_n)=q_{z'}(z_n) です。よって uu は P′×D(0,r)P'\times D(0,r) 上に零点をもたず(単元)、f=uWf=uW です。

一意性。 f=u~W~f=\tilde u\tilde W をもう一つの表示とします。z′=0z'=0 とおくと f(0,zn)=u~(0,zn)znd~f(0,z_n)=\tilde u(0,z_n)z_n^{\tilde d} で u~(0,0)≠0\tilde u(0,0)\ne0 なので、W~\tilde W の次数 d~\tilde d は dd です。0<r′≤r0<r'\le r と 0<δ′≤δ0<\delta'\le\delta を、P(0,δ′)×D(0,r′)P(0,\delta')\times D(0,r') 上で u~\tilde u が正則で零点をもたず、f=u~W~f=\tilde u\tilde W が成り立ち、∣z′∣∞<δ′|z'|_\infty<\delta' のとき W~(z′,⋅)\tilde W(z',\cdot) の根がすべて D(0,r′)D(0,r') に入るように取ります(補題 8.3 の 2)。このとき W~(z′,⋅)\tilde W(z',\cdot) の dd 個の根は、重複度を込めて f(z′,⋅)f(z',\cdot) の D(0,r)D(0,r) 内の零点です。後者はちょうど dd 個なので、両者は重複度を込めて一致し、W~(z′,zn)=∏j(zn−bj(z′))=W(z′,zn)\tilde W(z',z_n)=\prod_j(z_n-b_j(z'))=W(z',z_n) です。よって芽として W~=W\tilde W=W で、On\mathcal{O}_n は整域なので u~=u\tilde u=u です。

準備定理は、ff の零点集合が 00 の近くで「z′z' の各点の上に dd 個の点が乗った、dd 枚重ねの分岐被覆」の形をしていることを述べています。零点 bj(z′)b_j(z') のひとつひとつは z′z' の正則関数になるとは限りませんが、対称式は正則になる、というのが証明の要点です。

定理 8.5(Weierstrass の割り算定理)✓

W∈On−1[zn]W\in\mathcal{O}_{n-1}[z_n] を dd 次の Weierstrass 多項式とする。任意の g∈Ong\in\mathcal{O}_n は

g=qW+ρ,q∈On,ρ∈On−1[zn],deg⁡znρ<dg=qW+\rho,\qquad q\in\mathcal{O}_n,\quad\rho\in\mathcal{O}_{n-1}[z_n],\quad\deg_{z_n}\rho<d

とただ一通りに書ける。

証明(定理 8.5)

W=∑k=0dak(z′)znd−kW=\sum_{k=0}^da_k(z')z_n^{d-k}(a0=1a_0=1)とします。

存在。 r>0r>0 と δ>0\delta>0 を、gg と aka_k が P(0,δ)‾×D(0,r)‾\overline{P(0,\delta)}\times\overline{D(0,r)} の近傍で正則で、∣z′∣∞<δ|z'|_\infty<\delta のとき W(z′,⋅)W(z',\cdot) の根がすべて D(0,r)D(0,r) に入るように取ります(補題 8.3 の 2)。P′=P(0,δ)P'=P(0,\delta) とし、(z′,zn)∈P′×D(0,r)(z',z_n)\in P'\times D(0,r) に対して

q(z′,zn)=12πi∮∣ζ∣=rg(z′,ζ)W(z′,ζ) dζζ−znq(z',z_n)=\frac{1}{2\pi i}\oint_{|\zeta|=r}\frac{g(z',\zeta)}{W(z',\zeta)}\,\frac{d\zeta}{\zeta-z_n}

とおきます。補題 2.4 により qq は正則です。gg に Cauchy の積分公式を使うと

ρ:=g−qW=12πi∮∣ζ∣=rg(z′,ζ)W(z′,ζ)⋅W(z′,ζ)−W(z′,zn)ζ−zn dζ\rho:=g-qW=\frac{1}{2\pi i}\oint_{|\zeta|=r}\frac{g(z',\zeta)}{W(z',\zeta)}\cdot\frac{W(z',\zeta)-W(z',z_n)}{\zeta-z_n}\,d\zeta

です。ζm−znm=(ζ−zn)∑j=0m−1ζm−1−jznj\zeta^m-z_n^m=(\zeta-z_n)\sum_{j=0}^{m-1}\zeta^{m-1-j}z_n^j なので

W(z′,ζ)−W(z′,zn)ζ−zn=∑k=0d−1ak(z′)∑j=0d−k−1ζd−k−1−jznj\frac{W(z',\zeta)-W(z',z_n)}{\zeta-z_n}=\sum_{k=0}^{d-1}a_k(z')\sum_{j=0}^{d-k-1}\zeta^{d-k-1-j}z_n^j

は znz_n について d−1d-1 次以下の多項式です。したがって ρ=∑j=0d−1cj(z′)znj\rho=\sum_{j=0}^{d-1}c_j(z')z_n^j で、係数

cj(z′)=12πi∮∣ζ∣=rg(z′,ζ)W(z′,ζ)∑k=0d−1−jak(z′)ζd−k−1−j dζc_j(z')=\frac{1}{2\pi i}\oint_{|\zeta|=r}\frac{g(z',\zeta)}{W(z',\zeta)}\sum_{k=0}^{d-1-j}a_k(z')\zeta^{d-k-1-j}\,d\zeta

は 補題 2.4 により P′P' 上で正則です。

一意性。 差を取って、qW+ρ=0qW+\rho=0、deg⁡znρ<d\deg_{z_n}\rho<d ならば q=ρ=0q=\rho=0 を示せば十分です。r,δr,\delta を、qq と ρ\rho の係数が P(0,δ)×D(0,r)P(0,\delta)\times D(0,r) 上で正則で、∣z′∣∞<δ|z'|_\infty<\delta のとき W(z′,⋅)W(z',\cdot) の根がすべて D(0,r)D(0,r) に入るように取ります。∣z′∣∞<δ|z'|_\infty<\delta を固定すると、ρ(z′,⋅)=−q(z′,⋅)W(z′,⋅)\rho(z',\cdot)=-q(z',\cdot)W(z',\cdot) は W(z′,⋅)W(z',\cdot) の各根でその重複度以上の位数の零点をもちます。ρ(z′,⋅)\rho(z',\cdot) は dd 次未満の多項式で、重複度を込めて dd 個以上の零点をもつので 00 です。よって ρ=0\rho=0、qW=0qW=0 で、On\mathcal{O}_n は整域なので q=0q=0 です。

補題 8.6(Weierstrass 多項式の因子)✓

W∈On−1[zn]W\in\mathcal{O}_{n-1}[z_n] を dd 次の Weierstrass 多項式(d≥1d\ge1)とする。

  1. g∈On−1[zn]g\in\mathcal{O}_{n-1}[z_n] が On\mathcal{O}_n の中で g=qWg=qW と書ければ、q∈On−1[zn]q\in\mathcal{O}_{n-1}[z_n] である。
  2. On\mathcal{O}_n の中で W=f1f2W=f_1f_2 ならば、Weierstrass 多項式 W1,W2W_1,W_2 と単元 u1,u2u_1,u_2 があって fi=uiWif_i=u_iW_i、W=W1W2W=W_1W_2 となる。
  3. WW が On\mathcal{O}_n の既約元であることと、On−1[zn]\mathcal{O}_{n-1}[z_n] の既約元であることは同値である。
証明(補題 8.6)

(1) WW はモニックなので、多項式環 On−1[zn]\mathcal{O}_{n-1}[z_n] の中で g=q~W+ρ~g=\tilde qW+\tilde\rho(deg⁡ρ~<d\deg\tilde\rho<d)と割り算できます。これは On\mathcal{O}_n での割り算の表示でもあり、g=qW+0g=qW+0 もそうなので、定理 8.5 の一意性から q=q~∈On−1[zn]q=\tilde q\in\mathcal{O}_{n-1}[z_n] です。

(2) z′=0z'=0 とおくと znd=f1(0,zn)f2(0,zn)z_n^d=f_1(0,z_n)f_2(0,z_n) なので、fi(0,⋅)f_i(0,\cdot) は恒等的に 00 でなく、fif_i は znz_n について正則です。準備定理(定理 8.4)により fi=uiWif_i=u_iW_i と書け、W=(u1u2)(W1W2)W=(u_1u_2)(W_1W_2) です。Weierstrass 多項式の積 W1W2W_1W_2 は Weierstrass 多項式(モニックで、z′=0z'=0 で znz_n のべき)なので、準備定理の一意性を W=1⋅WW=1\cdot W と比べて W=W1W2W=W_1W_2、u1u2=1u_1u_2=1 です。

(3) d≥1d\ge1 なので W(0)=0W(0)=0 で、WW は On\mathcal{O}_n でも On−1[zn]\mathcal{O}_{n-1}[z_n] でも 00 でも単元でもありません(整域上の多項式環の単元は次数 00 です)。

WW が On−1[zn]\mathcal{O}_{n-1}[z_n] で既約とし、On\mathcal{O}_n で W=f1f2W=f_1f_2 とします。(2) により W=W1W2W=W_1W_2 で、既約性から W1,W2W_1,W_2 の一方、たとえば W1W_1 が On−1[zn]\mathcal{O}_{n-1}[z_n] の単元です。モニックな単元は 11 なので f1=u1f_1=u_1 は On\mathcal{O}_n の単元です。よって WW は On\mathcal{O}_n で既約です。

逆に WW が On\mathcal{O}_n で既約とし、On−1[zn]\mathcal{O}_{n-1}[z_n] で W=g1g2W=g_1g_2 とします。最高次係数の積が 11 なので、それらは On−1\mathcal{O}_{n-1} の単元 c1,c2c_1,c_2(c1c2=1c_1c_2=1)で、g1/c1g_1/c_1、g2/c2g_2/c_2 に取り替えて g1,g2g_1,g_2 はモニックとしてよいです(単元かどうかは変わりません)。On\mathcal{O}_n での既約性から一方、たとえば g1g_1 が On\mathcal{O}_n の単元で、g1(0)≠0g_1(0)\ne0 です。一方 g1(0,zn)g2(0,zn)=zndg_1(0,z_n)g_2(0,z_n)=z_n^d なので、モニックな多項式 g1(0,zn)g_1(0,z_n) の根は 00 だけで、g1(0,zn)=znd1g_1(0,z_n)=z_n^{d_1} です。g1(0,0)≠0g_1(0,0)\ne0 から d1=0d_1=0、つまり g1=1g_1=1 です。よって WW は On−1[zn]\mathcal{O}_{n-1}[z_n] で既約です。

9. 𝒪ₙ は Noether な一意分解整域である

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補題 9.1(モニックな因子は係数環に入る)✓

RR を UFD、KK をその分数体とする。モニックな f∈R[x]f\in R[x] が K[x]K[x] の中でモニックな多項式の積 f=GHf=GH に分解すれば、G,H∈R[x]G,H\in R[x] である。

証明(補題 9.1)

内容の分離(補題 3.3[多項式環と体の拡大])により G=cG0G=cG_0、H=c′H0H=c'H_0(c,c′∈K×c,c'\in K^\times、G0,H0∈R[x]G_0,H_0\in R[x] は原始多項式)と書けます。f=cc′ G0H0f=cc'\,G_0H_0 で、G0H0G_0H_0 は原始多項式です(補題 3.2[多項式環と体の拡大])。ff はモニックなので原始多項式で、f=1⋅ff=1\cdot f でもあるので、内容の一意性から cc′∈R×cc'\in R^\times です。G,HG,H はモニックなので、G0G_0 の最高次係数は c−1c^{-1}、H0H_0 の最高次係数は c′−1c'^{-1} で、どちらも RR の元です。その積 (cc′)−1(cc')^{-1} が RR の単元なので、c−1c^{-1} と c′−1c'^{-1} は RR の単元です。よって c,c′∈Rc,c'\in R で、G=cG0G=cG_0、H=c′H0H=c'H_0 は R[x]R[x] に入ります。

定理 9.2(𝒪ₙ は Noether な局所環で UFD)✓

すべての n≥0n\ge0 について、On\mathcal{O}_n は Noether 環であり、局所環であり、一意分解整域である。したがって、複素多様体 XX の各点 xx で OX,x\mathcal{O}_{X,x} もそうである。

証明の方針は次のとおりです。準備定理は znz_n について正則な芽にしか使えないので、線型な座標変換で、考える芽を同時に znz_n について正則にします。座標変換は環 On\mathcal{O}_n の自己同型を引き起こすだけで、イデアルの有限生成性や既約性といった環の性質は変わらないので、変換したあとで調べれば十分です。あとは、準備定理と割り算定理で On\mathcal{O}_n の問題を On−1[zn]\mathcal{O}_{n-1}[z_n] の問題に落とし、帰納法を使います。

証明(定理 9.2)

局所環で整域であることは 補題 8.2 で示しました。残りを nn についての帰納法で示します。O0=C\mathcal{O}_0=\mathbb{C} は体なので成り立ちます。n≥1n\ge1 とし、On−1\mathcal{O}_{n-1} が Noether な UFD であると仮定します。このとき On−1[zn]\mathcal{O}_{n-1}[z_n] は Noether 環(系 4.1[Noether 環と Artin 環] の 3)で、UFD(定理 3.5[多項式環と体の拡大])です。

以下で「座標を取り替える」とは、線型同型 TT による環の自己同型 f↦f∘Tf\mapsto f\circ T(補題 8.2)を施すことです。自己同型はイデアルの有限生成性、既約性、素元であること、整除関係を保つので、取り替えたあとで示せば十分です。00 でない有限個の芽は、座標を取り替えて同時に znz_n について正則にできます(補題 7.3 の 1)。

Noether 性。 I⊆OnI\subseteq\mathcal{O}_n を 00 でないイデアルとし、00 でない f∈If\in I を取ります。座標を取り替えて ff は znz_n について正則とし、準備定理で f=uWf=uW と書くと W=u−1f∈IW=u^{-1}f\in I です。J=I∩On−1[zn]J=I\cap\mathcal{O}_{n-1}[z_n] は Noether 環 On−1[zn]\mathcal{O}_{n-1}[z_n] のイデアルなので、有限個の元 ρ1,…,ρk\rho_1,\dots,\rho_k で生成されます。g∈Ig\in I を割り算定理で g=qW+ρg=qW+\rho と書くと、ρ=g−qW∈J\rho=g-qW\in J です。よって I=(W,ρ1,…,ρk)I=(W,\rho_1,\dots,\rho_k) は有限生成です。

既約元への分解の存在。 f∈Onf\in\mathcal{O}_n を 00 でも単元でもない元とします。座標を取り替えて f=uWf=uW(WW は dd 次の Weierstrass 多項式、f(0)=0f(0)=0 なので d≥1d\ge1)とします。UFD On−1[zn]\mathcal{O}_{n-1}[z_n] の中で W=p1⋯pmW=p_1\cdots p_m と既約元の積に分解します。最高次係数の積が 11 なので各 pip_i の最高次係数は On−1\mathcal{O}_{n-1} の単元で、それで割って pip_i はモニックとしてよいです。pip_i は単元でないので次数は 11 以上です。∏ipi(0,zn)=znd\prod_ip_i(0,z_n)=z_n^d から pi(0,zn)=zndip_i(0,z_n)=z_n^{d_i} で、pip_i は Weierstrass 多項式です。補題 8.6 の 3 により pip_i は On\mathcal{O}_n の既約元です。よって f=(up1)p2⋯pmf=(up_1)p_2\cdots p_m は既約元の積です。

既約元は素元。 p∈Onp\in\mathcal{O}_n を既約元とし、p∣ghp\mid gh とします。g=0g=0 または h=0h=0 なら示すことはないので、どちらも 00 でないとします。座標を取り替えて p,g,hp,g,h を同時に znz_n について正則にし、準備定理で p=u0Pp=u_0P、g=u1Gg=u_1G、h=u2Hh=u_2H(P,G,HP,G,H は Weierstrass 多項式)と書きます。PP は On\mathcal{O}_n で既約で、On\mathcal{O}_n の中で P∣GHP\mid GH です。補題 8.6 の 1 により、これは On−1[zn]\mathcal{O}_{n-1}[z_n] の中での整除関係です。同じ補題の 3 により PP は On−1[zn]\mathcal{O}_{n-1}[z_n] の既約元で、UFD では既約元は素元(補題 2.3[多項式環と体の拡大])なので、P∣GP\mid G または P∣HP\mid H です。したがって p∣gp\mid g または p∣hp\mid h です。

分解が存在し、既約元がすべて素元なので、補題 2.3[多項式環と体の拡大] により On\mathcal{O}_n は UFD(定義 2.2[多項式環と体の拡大])です。OX,x≅On\mathcal{O}_{X,x}\cong\mathcal{O}_n なので最後の主張も従います。

On\mathcal{O}_n の 2 元が互いに素であるとは、共通の約元が単元だけであることをいいます。f∈Onf\in\mathcal{O}_n が重複因子をもたないとは、非単元 φ\varphi で φ2∣f\varphi^2\mid f となるものがないことをいいます。UFD なので、これは ff の既約分解に同じ既約元(単元倍を同一視して)が 2 度現れないということです。

補題 9.3(互いに素な Weierstrass 多項式の Bézout 関係式)✓

n≥1n\ge1 とし、G,H∈On−1[zn]G,H\in\mathcal{O}_{n-1}[z_n] を Weierstrass 多項式とする。

  1. GG と HH が On\mathcal{O}_n で互いに素ならば、A,B∈On−1[zn]A,B\in\mathcal{O}_{n-1}[z_n] と 00 でない R∈On−1R\in\mathcal{O}_{n-1} があって AG+BH=RAG+BH=R となる。
  2. GG が On\mathcal{O}_n で重複因子をもたなければ、A,B∈On−1[zn]A,B\in\mathcal{O}_{n-1}[z_n] と 00 でない R∈On−1R\in\mathcal{O}_{n-1} があって AG+B ∂nG=RAG+B\,\partial_nG=R となる。

証明の方針は次のとおりです。On−1\mathcal{O}_{n-1} の分数体 KK 上の多項式環 K[zn]K[z_n] では、互いに素な 2 つの多項式に対して aG+bH=1aG+bH=1 となる a,ba,b が取れます(K[zn]K[z_n] は単項イデアル整域なので)。ただし a,ba,b の係数には分母が現れるので、その分母の積 RR を両辺に掛けて分母を払い、On−1[zn]\mathcal{O}_{n-1}[z_n] の中の関係式 AG+BH=RAG+BH=R にします。

証明(補題 9.3)

KK を On−1\mathcal{O}_{n-1} の分数体とします。K[zn]K[z_n] は単項イデアル整域です(命題 7.2[イデアルと剰余環])。

準備。 モニックな F∈On−1[zn]F\in\mathcal{O}_{n-1}[z_n] が、K[zn]K[z_n] のモニックな既約多項式 π\pi で割り切れるとします。F=πF1F=\pi F_1(F1∈K[zn]F_1\in K[z_n] はモニック)なので、補題 9.1 により π,F1∈On−1[zn]\pi,F_1\in\mathcal{O}_{n-1}[z_n] です。さらに FF が Weierstrass 多項式なら、π(0,zn)F1(0,zn)=zndeg⁡F\pi(0,z_n)F_1(0,z_n)=z_n^{\deg F} から π(0,zn)=zndeg⁡π\pi(0,z_n)=z_n^{\deg\pi} で、deg⁡π≥1\deg\pi\ge1 なので π(0)=0\pi(0)=0、つまり π\pi は On\mathcal{O}_n の非単元です。

(1) K[zn]K[z_n] のイデアル (G,H)(G,H) の生成元を cc とします。cc が K[zn]K[z_n] の単元でなければ、cc を割るモニックな既約多項式 π\pi があり(定理 2.5[多項式環と体の拡大])、π\pi は GG と HH を K[zn]K[z_n] で割ります。準備により、π\pi は On\mathcal{O}_n の非単元で、G=πG1G=\pi G_1、H=πH1H=\pi H_1(G1,H1∈On−1[zn]G_1,H_1\in\mathcal{O}_{n-1}[z_n])です。これは G,HG,H が On\mathcal{O}_n で互いに素であることに反します。よって (G,H)=K[zn](G,H)=K[z_n] で、aG+bH=1aG+bH=1 となる a,b∈K[zn]a,b\in K[z_n] があります。a,ba,b の係数の分母の積 R∈On−1∖{0}R\in\mathcal{O}_{n-1}\setminus\{0\} を掛け、A=RaA=Ra、B=RbB=Rb とすればよいです。

(2) GG と ∂nG\partial_nG が K[zn]K[z_n] で共通の既約因子をもたないことを示せば、(1) と同じ議論で結論が出ます。モニックな既約多項式 π∈K[zn]\pi\in K[z_n] が両方を割るとします。準備により π\pi は On\mathcal{O}_n の非単元で、G=πG1G=\pi G_1、G1∈On−1[zn]G_1\in\mathcal{O}_{n-1}[z_n] はモニックです。∂nG=∂nπ⋅G1+π ∂nG1\partial_nG=\partial_n\pi\cdot G_1+\pi\,\partial_nG_1 なので π∣∂nπ⋅G1\pi\mid\partial_n\pi\cdot G_1 です。∂nπ\partial_n\pi は最高次の項が (deg⁡π)zndeg⁡π−1(\deg\pi)z_n^{\deg\pi-1} で 00 でなく、次数が π\pi より低いので π\pi で割り切れません。π\pi は K[zn]K[z_n] の素元(補題 2.4[多項式環と体の拡大])なので π∣G1\pi\mid G_1 です。準備を F=G1F=G_1 に使うと G1=πG2G_1=\pi G_2、G2∈On−1[zn]G_2\in\mathcal{O}_{n-1}[z_n] で、G=π2G2G=\pi^2G_2 となり、重複因子をもたないことに反します。

系 9.4(解析的超曲面の局所的な構造)✓

UU を 0∈Cn0\in\mathbb{C}^n の開近傍、f,g,h∈O(U)f,g,h\in\mathcal{O}(U) とし、Z(f)={f=0}Z(f)=\{f=0\} と書く。

  1. (既約成分への分解)ff の 00 での芽が 00 でも単元でもなく、On\mathcal{O}_n で f=u p1a1⋯pkakf=u\,p_1^{a_1}\cdots p_k^{a_k}(uu は単元、pip_i は互いに単元倍でない既約元)と分解するとき、00 の近傍で Z(f)=Z(p1)∪⋯∪Z(pk)=Z(p1⋯pk)Z(f)=Z(p_1)\cup\dots\cup Z(p_k)=Z(p_1\cdots p_k) である。
  2. (零点集合が定義関数を決める)ff の 00 での芽が重複因子をもたず、gg が 00 のある近傍で Z(f)Z(f) の上で 00 ならば、On\mathcal{O}_n で f∣gf\mid g である。とくに、重複因子をもたない二つの芽が 00 の近傍で同じ零点集合をもてば、両者は単元倍の違いしかない。
  3. (近くの点への伝播)g,hg,h の 00 での芽が On\mathcal{O}_n で互いに素ならば、00 の近傍 U′⊆UU'\subseteq U があって、すべての a∈U′a\in U' で g,hg,h の aa での芽は OCn,a\mathcal{O}_{\mathbb{C}^n,a} で互いに素である。ff の 00 での芽が重複因子をもたなければ、00 の近傍 U′U' があって、すべての a∈U′a\in U' で ff の aa での芽は重複因子をもたない。
  4. (被約な局所定義関数)XX を複素多様体、A⊆XA\subseteq X を解析的超曲面とする。AA の各点は開近傍 VV と、A∩V=Z(fV)A\cap V=Z(f_V) で、VV の各点での芽が重複因子をもたないような fV∈O(V)f_V\in\mathcal{O}(V) をもつ。このような二つの組 (V,fV)(V,f_V)、(V′,fV′)(V',f_{V'}) について、fV/fV′f_V/f_{V'} は V∩V′V\cap V' 上の零点をもたない正則関数に延びる。
証明(系 9.4)

(1) 分解の等式が成り立つ 00 の近傍で、uu は零点をもたないとしてよいので、f(z)=0f(z)=0 はある ii で pi(z)=0p_i(z)=0 となることと同値です。

(2) 補題 7.3 の 1 により、座標を取り替えて ff は znz_n について正則としてよいです(f=0f=0 なら重複因子をもつので f≠0f\ne0。ff が単元なら主張は自明です)。準備定理で f=uWf=uW と書くと、WW も重複因子をもちません。補題 9.3 の 2 により AW+B ∂nW=RAW+B\,\partial_nW=R、R≠0R\ne0 です。割り算定理で g=qW+ρg=qW+\rho、ρ=∑j<dcj(z′)znj\rho=\sum_{j<d}c_j(z')z_n^j と書きます。r,δ>0r,\delta>0 を、P′=P(0,δ)P'=P(0,\delta) として、これらの等式がすべて P′×D(0,r)P'\times D(0,r) 上で成り立ち、uu が零点をもたず、gg が Z(f)∩(P′×D(0,r))Z(f)\cap(P'\times D(0,r)) 上で 00 で、z′∈P′z'\in P' のとき W(z′,⋅)W(z',\cdot) の dd 個の根がすべて D(0,r)D(0,r) に入るように取ります(補題 8.3)。R(z′)≠0R(z')\ne0 である z′∈P′z'\in P' では、W(z′,⋅)W(z',\cdot) と ∂nW(z′,⋅)\partial_nW(z',\cdot) は共通根をもたないので、W(z′,⋅)W(z',\cdot) は相異なる dd 個の根 b1,…,bd∈D(0,r)b_1,\dots,b_d\in D(0,r) をもちます。(z′,bj)∈Z(f)(z',b_j)\in Z(f) なので g(z′,bj)=0g(z',b_j)=0、したがって ρ(z′,bj)=0\rho(z',b_j)=0 です。dd 次未満の多項式が相異なる dd 個の根をもつので ρ(z′,⋅)=0\rho(z',\cdot)=0、つまり cj(z′)=0c_j(z')=0 です。{R≠0}\{R\ne0\} は P′P' で稠密なので、連続性から cj=0c_j=0 が P′P' 上で成り立ち、g=qW=(qu−1)fg=qW=(qu^{-1})f です。

後半は、f∣f~f\mid\tilde f かつ f~∣f\tilde f\mid f から、整域なので f~=vf\tilde f=vf、vv は単元、となることによります。

(3) 前半。g,hg,h は 00 でないとしてよいです(一方が 00 なら、互いに素であることから他方が単元で、近くの点でも単元です)。座標を取り替えて g=u1Gg=u_1G、h=u2Hh=u_2H(G,HG,H は Weierstrass 多項式)と書くと、G,HG,H は On\mathcal{O}_n で互いに素で、補題 9.3 の 1 により AG+BH=RAG+BH=R、R≠0R\ne0 です。U′=P′×DU'=P'\times D を、これらがすべて定義されて等式が成り立ち、u1,u2u_1,u_2 が零点をもたないような多重円板とします。a=(a′,an)∈U′a=(a',a_n)\in U' とし、OCn,a\mathcal{O}_{\mathbb{C}^n,a} の非単元 φ\varphi が gg と hh の aa での芽を割ると仮定します。u1,u2u_1,u_2 は単元なので φ\varphi は G,HG,H を割り、したがって RR を割ります。R=φψR=\varphi\psi と書きます。φ\varphi は GG を割り、G(a′,⋅)G(a',\cdot) はモニックな多項式で恒等的に 00 でないので、φ(a′,⋅)\varphi(a',\cdot) も ana_n の近傍で恒等的に 00 ではありません。つまり φ\varphi は(aa を原点とする座標で)znz_n について位数 kk で正則で、φ(a)=0\varphi(a)=0 なので k≥1k\ge1 です。補題 7.3 の 2 により、a′a' に十分近いすべての z′z' について、φ(z′,b)=0\varphi(z',b)=0 となる bb が ana_n の近くにあります。すると R(z′)=φ(z′,b)ψ(z′,b)=0R(z')=\varphi(z',b)\psi(z',b)=0 です。RR は a′a' の近傍で 00 になり、一致の定理により連結な P′P' 上で恒等的に 00 となって、R≠0R\ne0 に反します。

後半。座標を取り替えて f=uWf=uW とし、補題 9.3 の 2 の AW+B ∂nW=RAW+B\,\partial_nW=R が成り立つ多重円板 U′=P′×DU'=P'\times D(uu は零点をもたない)を取ります。a∈U′a\in U' で非単元 φ\varphi について φ2∣f\varphi^2\mid f とすると、W=φ2ψW=\varphi^2\psi と書けて、∂nW=φ(2 ∂nφ⋅ψ+φ ∂nψ)\partial_nW=\varphi(2\,\partial_n\varphi\cdot\psi+\varphi\,\partial_n\psi) なので、φ\varphi は WW と ∂nW\partial_nW を割り、RR を割ります。φ∣W\varphi\mid W で W(a′,⋅)W(a',\cdot) はモニックな多項式なので、前半と同じ議論で RR が恒等的に 00 となり、矛盾します。

(4) a∈Aa\in A とし、aa の近傍での局所定義関数を f0f_0 とします。f0(a)=0f_0(a)=0 で、f0f_0 の芽は 00 でないので、OX,a\mathcal{O}_{X,a} で f0=u p1a1⋯pkakf_0=u\,p_1^{a_1}\cdots p_k^{a_k} と分解できます(定理 9.2)。f=p1⋯pkf=p_1\cdots p_k は重複因子をもたず、(1) により aa の近傍で Z(f)=Z(f0)=AZ(f)=Z(f_0)=A です。(3) の後半により、aa の近傍 VV を小さく取れば fV=ff_V=f は VV の各点で重複因子をもちません。

二つの組について、x∈V∩V′x\in V\cap V' とします。x∉Ax\notin A なら fV(x)≠0f_V(x)\ne0、fV′(x)≠0f_{V'}(x)\ne0 です。x∈Ax\in A なら、fVf_V と fV′f_{V'} の xx での芽は重複因子をもたず、xx の近傍で同じ零点集合 AA をもつので、(2) により xx の近傍で fV=vfV′f_V=vf_{V'}(vv は零点をもたない正則関数)です。よって fV/fV′f_V/f_{V'} は (V∩V′)∖A(V\cap V')\setminus A 上の零点をもたない正則関数で、AA の各点の近傍で零点をもたない正則関数 vv に一致するので、V∩V′V\cap V' 全体に延びます。

(4) の fVf_V を AA の被約な局所定義関数といいます。被約な局所定義関数の比 fV/fV′f_V/f_{V'} は、第 3 章で超曲面 AA に伴う正則直線束 O(A)\mathcal{O}(A) の変換関数になります。

命題 9.5(互いに素な 2 つの関数の共通零点を越える延長)✓

XX を次元 n≥2n\ge2 の複素多様体、g,h∈O(X)g,h\in\mathcal{O}(X) とし、Z={g=h=0}Z=\{g=h=0\} の各点 aa で g,hg,h の芽が OX,a\mathcal{O}_{X,a} で互いに素であるとする。このとき X∖ZX\setminus Z 上の任意の正則関数は、XX 上の正則関数にただ一通りに延長される。

証明(命題 9.5)

a∈Za\in Z とします。g(a)=h(a)=0g(a)=h(a)=0 で、gg の芽が 00 なら hh が g,hg,h の共通の非単元の約元になるので、g,hg,h の芽は 00 ではありません。aa を原点とする正則チャートで、系 9.4 の 3 の証明と同じく g=u1Gg=u_1G、h=u2Hh=u_2H、AG+BH=RAG+BH=R(R≠0R\ne0)と書きます。r>0r>0 と多重円板 P′⊆Cn−1P'\subseteq\mathbb{C}^{n-1} を、これらが P′×D(0,r)P'\times D(0,r) 上で成り立ち、z′∈P′z'\in P' のとき G(z′,⋅)G(z',\cdot) の根がすべて D(0,r/2)D(0,r/2) に入るように取ります(補題 8.3)。Z∩(P′×D(0,r))Z\cap(P'\times D(0,r)) の点 (z′,zn)(z',z_n) は G(z′,zn)=H(z′,zn)=0G(z',z_n)=H(z',z_n)=0 を満たすので、R(z′)=0R(z')=0 かつ ∣zn∣<r/2|z_n|<r/2 です。したがって V={z′∈P′:R(z′)≠0}V=\{z'\in P':R(z')\ne0\}(空でない開集合)、ρ=r/2\rho=r/2 として作った Hartogs 図形 H0=(V×D(0,r))∪(P′×{ρ<∣zn∣<r})H_0=(V\times D(0,r))\cup(P'\times\{\rho<|z_n|<r\}) は ZZ と交わりません。f∈O(X∖Z)f\in\mathcal{O}(X\setminus Z) に対し、定理 7.1 の 1 により P′×D(0,r)P'\times D(0,r) 上の正則関数 FaF_a で H0H_0 上 Fa=fF_a=f となるものがあります。V×D(0,r)V\times D(0,r) は P′×D(0,r)P'\times D(0,r) で稠密なので、連続性から (P′×D(0,r))∖Z(P'\times D(0,r))\setminus Z 上で Fa=fF_a=f です。ZZ は内点をもたない(Z⊆{g=0}Z\subseteq\{g=0\})ので、定理 7.1 の 3 の証明の最後と同じ議論で FaF_a たちは貼り合わさり、延長は一意です。

定義 9.6(有理型関数)↗

XX を複素多様体とする。XX の開被覆 {Uα}\{U_\alpha\} と、gα,hα∈O(Uα)g_\alpha,h_\alpha\in\mathcal{O}(U_\alpha) で、hαh_\alpha がどの点の近傍でも恒等的に 00 でなく、Uα∩UβU_\alpha\cap U_\beta 上で gαhβ=gβhαg_\alpha h_\beta=g_\beta h_\alpha を満たすものの組 {(Uα,gα,hα)}\{(U_\alpha,g_\alpha,h_\alpha)\} を考える。二つの組は、合併がまた同じ条件を満たすとき同値であるという。同値類を XX 上の有理型関数といい、UαU_\alpha 上で gα/hαg_\alpha/h_\alpha と書く。有理型関数の全体を M(X)\mathcal{M}(X) と書く。

XX が連結なら M(X)\mathcal{M}(X) は体です(00 でない有理型関数は、一致の定理によりどの gαg_\alpha も近傍で恒等的に 00 でないので、hα/gαh_\alpha/g_\alpha が逆元です)。1 変数では、これは極の集合が離散的な関数という定義(定義 2.1[偏角の原理と Rouché の定理])と一致します。2 変数以上では、z1/z2z_1/z_2 の原点のように、値が定まらない点(不確定点)が現れます。

補題 9.7(有理型関数の既約表示)✓

ff を複素多様体 XX 上の有理型関数、x∈Xx\in X とする。xx の開近傍 UU と g,h∈O(U)g,h\in\mathcal{O}(U) で、UU 上 f=g/hf=g/h であり、UU の各点で g,hg,h の芽が互いに素であるものが存在する。このような (g,h)(g,h) は、xx の近傍で、零点をもたない共通の正則関数倍を除いて一意である。ff が xx の近傍で正則関数で表されることと h(x)≠0h(x)\ne0 は同値である。

証明(補題 9.7)

xx の近傍で f=g0/h0f=g_0/h_0 とします。UFD OX,x\mathcal{O}_{X,x} で g0,h0g_0,h_0 を素元分解し、共通の素因子をすべて約して g0=cgg_0=cg、h0=chh_0=ch、g,hg,h は互いに素、とします(g0=0g_0=0 のときは g=0g=0、h=1h=1 とします)。f=g/hf=g/h で、系 9.4 の 3 により、xx の近傍 UU の各点で g,hg,h の芽は互いに素です。f=g~/h~f=\tilde g/\tilde h をもう一つのそのような表示とすると、xx の近傍で gh~=g~hg\tilde h=\tilde gh です。hh の各素因子は gg を割らないので、素元分解の一意性から h∣h~h\mid\tilde h で、同様に h~∣h\tilde h\mid h です。よって h~=vh\tilde h=vh(vv は単元)で、g~=vg\tilde g=vg です。ff が正則関数 FF で表されるなら F/1F/1 も互いに素な表示なので、一意性から hh は単元、つまり h(x)≠0h(x)\ne0 です。逆は f=g/hf=g/h から従います。

演習 10.1易

P2\mathbb{P}^2 のチャート (U0,φ0)(U_0,\varphi_0)、(U2,φ2)(U_2,\varphi_2) について、変換関数 φ2∘φ0−1\varphi_2\circ\varphi_0^{-1} とその複素 Jacobi 行列式を求めよ。また実 Jacobi 行列式が正であることを確かめよ。

解答

φ0([z])=(z1/z0,z2/z0)=(w1,w2)\varphi_0([z])=(z_1/z_0,z_2/z_0)=(w_1,w_2)、φ2([z])=(z0/z2,z1/z2)\varphi_2([z])=(z_0/z_2,z_1/z_2) です。φ0−1(w)=[1:w1:w2]\varphi_0^{-1}(w)=[1:w_1:w_2] なので、w2≠0w_2\ne0 で

φ2∘φ0−1(w1,w2)=(1w2,w1w2)\varphi_2\circ\varphi_0^{-1}(w_1,w_2)=\Bigl(\frac{1}{w_2},\frac{w_1}{w_2}\Bigr)

です。複素 Jacobi 行列は、1 行目が (0,−1/w22)(0,-1/w_2^2)、2 行目が (1/w2,−w1/w22)(1/w_2,-w_1/w_2^2) なので、行列式は 0⋅(−w1/w22)−(−1/w22)(1/w2)=1/w230\cdot(-w_1/w_2^2)-(-1/w_2^2)(1/w_2)=1/w_2^3 です。定理 3.1 の 1 により実 Jacobi 行列式は 1/∣w2∣6>01/|w_2|^6>0 です。

演習 10.2標準

t∈Ct\in\mathbb{C} とし、Pt=z03+z13+z23−3t z0z1z2P_t=z_0^3+z_1^3+z_2^3-3t\,z_0z_1z_2 とする。V(Pt)⊆P2V(P_t)\subseteq\mathbb{P}^2 について、命題 5.3 の 3 の仮定が成り立たない tt をすべて求め、そのときの偏導関数の共通零点を t=1t=1 の場合に 1 つ挙げよ。

解答

∂Pt/∂z0=3(z02−tz1z2)\partial P_t/\partial z_0=3(z_0^2-tz_1z_2) などから、共通零点の条件は z02=tz1z2z_0^2=tz_1z_2、z12=tz0z2z_1^2=tz_0z_2、z22=tz0z1z_2^2=tz_0z_1 です。t=0t=0 なら解は原点だけです。t≠0t\ne0 とします。ある zjz_j が 00 なら、たとえば z0=0z_0=0 のとき z12=0z_1^2=0、z22=0z_2^2=0 となって原点だけです。すべて 00 でないとき、3 式を掛けて (z0z1z2)2=t3(z0z1z2)2(z_0z_1z_2)^2=t^3(z_0z_1z_2)^2 から t3=1t^3=1 が必要です。逆に t3=1t^3=1 のとき、z=(1,1,t−1)z=(1,1,t^{-1}) を代入すると z02=1=t⋅1⋅t−1z_0^2=1=t\cdot1\cdot t^{-1}、z12=1=t⋅1⋅t−1z_1^2=1=t\cdot1\cdot t^{-1}、z22=t−2=t=t⋅1⋅1z_2^2=t^{-2}=t=t\cdot1\cdot1(t3=1t^3=1 より t−2=tt^{-2}=t)で、共通零点です。よって仮定が成り立たないのは t3=1t^3=1 のときで、それ以外の tt では V(Pt)V(P_t) は 1 次元のコンパクト複素多様体です。t=1t=1 のとき [1:1:1][1:1:1] が共通零点です。実際 P1=(z0+z1+z2)(z02+z12+z22−z0z1−z1z2−z2z0)P_1=(z_0+z_1+z_2)(z_0^2+z_1^2+z_2^2-z_0z_1-z_1z_2-z_2z_0) と分解し、後ろの因子は ω=e2πi/3\omega=e^{2\pi i/3} として (z0+ωz1+ω2z2)(z0+ω2z1+ωz2)(z_0+\omega z_1+\omega^2z_2)(z_0+\omega^2z_1+\omega z_2) とさらに分解するので、V(P1)V(P_1) は 3 本の直線の合併です。[1:1:1][1:1:1] は後ろの 2 本の交点です。

演習 10.3標準

f(z1,z2)=z22+z1z2+z13+z23f(z_1,z_2)=z_2^2+z_1z_2+z_1^3+z_2^3 を O2\mathcal{O}_2 の元と見る。ff が z2z_2 について正則である位数 dd を求め、f=uWf=uW の Weierstrass 多項式 W=z22+a1(z1)z2+a2(z1)W=z_2^2+a_1(z_1)z_2+a_2(z_1) の係数 a1,a2a_1,a_2 を z1z_1 の 2 次の項まで求めよ。

解答

f(0,z2)=z22(1+z2)f(0,z_2)=z_2^2(1+z_2) なので d=2d=2 です。u=c0+c1z1+c2z2+…u=c_0+c_1z_1+c_2z_2+\dots、a1=α1z1+α2z12+…a_1=\alpha_1z_1+\alpha_2z_1^2+\dots、a2=β1z1+β2z12+…a_2=\beta_1z_1+\beta_2z_1^2+\dots とおいて f=u(z22+a1z2+a2)f=u(z_2^2+a_1z_2+a_2) の低次の項を比べます。z1=0z_1=0 とおくと z22(1+z2)=u(0,z2)z22z_2^2(1+z_2)=u(0,z_2)z_2^2 なので u(0,z2)=1+z2u(0,z_2)=1+z_2、つまり c0=1c_0=1、c2=1c_2=1 です。

z1z_1 の 1 次の項:左辺に z1z_1 の項はないので c0β1=0c_0\beta_1=0、β1=0\beta_1=0。z1z2z_1z_2 の項:左辺の係数は 11、右辺は c0α1+c2β1=α1c_0\alpha_1+c_2\beta_1=\alpha_1 なので α1=1\alpha_1=1。z12z_1^2 の項:左辺は 00、右辺は c0β2+c1β1=β2c_0\beta_2+c_1\beta_1=\beta_2 なので β2=0\beta_2=0。z13z_1^3 の項から a2a_2 の 3 次の係数が 11 になることもわかります。z1z22z_1z_2^2 の項:左辺は 00、右辺は c1c_1(uu の z1z_1 の項と z22z_2^2)+c2α1+c_2\alpha_1(uu の z2z_2 の項と a1z2a_1z_2)+u+u の z22z_2^2 の係数 ×β1\times\beta_1 で、u(0,z2)=1+z2u(0,z_2)=1+z_2 から uu の z22z_2^2 の係数は 00 なので c1+1=0c_1+1=0、c1=−1c_1=-1。z12z2z_1^2z_2 の項:左辺は 00、右辺は c0α2+c1α1+c2β2+(u の z1z2 の係数)β1=α2−1c_0\alpha_2+c_1\alpha_1+c_2\beta_2+(u\text{ の }z_1z_2\text{ の係数})\beta_1=\alpha_2-1 なので α2=1\alpha_2=1。

よって a1(z1)=z1+z12+…a_1(z_1)=z_1+z_1^2+\dots、a2(z1)=0⋅z1+0⋅z12+z13+…a_2(z_1)=0\cdot z_1+0\cdot z_1^2+z_1^3+\dots です。z1z_1 が小さいとき、W(z1,⋅)W(z_1,\cdot) の 2 根はおよそ −z1-z_1 と −z12-z_1^2 で、零点集合は原点で交わる 2 本の滑らかな曲線の枝からなります。

演習 10.4標準

Λ=Z+Zi⊆C\Lambda=\mathbb{Z}+\mathbb{Z}i\subseteq\mathbb{C} とする。E=C/ΛE=\mathbb{C}/\Lambda から EE への正則写像で π(0)\pi(0) を π(0)\pi(0) に写すものの全体は、a∈Z[i]a\in\mathbb{Z}[i] による π(z)↦π(az)\pi(z)\mapsto\pi(az) の全体であることを示せ。また、Im⁡τ>0\operatorname{Im}\tau>0 である τ\tau が整数係数の 2 次方程式を満たさないとき、Λτ=Z+Zτ\Lambda_\tau=\mathbb{Z}+\mathbb{Z}\tau について、C/Λτ\mathbb{C}/\Lambda_\tau から自分自身への同様の写像は a∈Za\in\mathbb{Z} によるものに限ることを示せ。

解答

命題 6.3 の 2 により、正則写像は π(z)↦π(az+b)\pi(z)\mapsto\pi(az+b)(aΛ⊆Λa\Lambda\subseteq\Lambda)の形です。π(0)\pi(0) を π(0)\pi(0) に写すので b∈Λb\in\Lambda で、b=0b=0 としてよいです。aΛ⊆Λa\Lambda\subseteq\Lambda は a⋅1∈Λa\cdot1\in\Lambda かつ a⋅i∈Λa\cdot i\in\Lambda と同値です。a⋅1∈Λa\cdot1\in\Lambda から a=p+qia=p+qi(p,q∈Zp,q\in\mathbb{Z})が必要で、このとき ai=−q+pi∈Λai=-q+pi\in\Lambda はつねに成り立ちます。よって条件は a∈Z[i]a\in\mathbb{Z}[i] です。

Λτ\Lambda_\tau の場合、aΛτ⊆Λτa\Lambda_\tau\subseteq\Lambda_\tau なら a=p+qτa=p+q\tau(p,q∈Zp,q\in\mathbb{Z})で、aτ=pτ+qτ2∈Λτa\tau=p\tau+q\tau^2\in\Lambda_\tau から pτ+qτ2=r+sτp\tau+q\tau^2=r+s\tau となる整数 r,sr,s があります。q≠0q\ne0 なら τ\tau が 2 次方程式 qτ2+(p−s)τ−r=0q\tau^2+(p-s)\tau-r=0 を満たすことになり仮定に反するので、q=0q=0、a=p∈Za=p\in\mathbb{Z} です。逆に整数 aa は条件を満たします。τ=i\tau=i のように 2 次方程式を満たす場合に限って、整数倍以外の自己準同型(虚数乗法)が現れます。

  • P. Griffiths, J. Harris, Principles of Algebraic Geometry, Wiley, 1978 — Chapter 0(多変数関数論の基礎、Weierstrass の定理、複素多様体)。
  • D. Huybrechts, Complex Geometry: An Introduction, Springer, 2005 — Chapter 1(局所理論)、Chapter 2 の §2.1(複素多様体の定義と例)。
  • R. C. Gunning, H. Rossi, Analytic Functions of Several Complex Variables, Prentice-Hall, 1965 — Chapter II(芽の環の代数的性質)。
  • L. Hörmander, An Introduction to Complex Analysis in Several Variables, 3rd ed., North-Holland, 1990 — Chapter II(Hartogs の現象)、Chapter VI(準備定理)。
  • 小平邦彦『複素多様体論』岩波書店、1992 — 第 1 章・第 2 章。
  • J.-P. Demailly, Complex Analytic and Differential Geometry(著者のウェブサイトで公開されている教科書)— Chapter I・II。

このテーマの 100 本ノック(50 問)

執筆: Claude Code(Opus 5.5)、Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 2 回(Claude Code)・最終 2026-10-12

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