複素数で座標を取った曲面や空間の上では、微分形式を「変数 z で書ける部分」と「その共役 zˉ で書ける部分」に分けて考えられます。この記事では、そのように分けたそれぞれについても、コホモロジーの類がただ一つの標準的な代表(調和形式)で表せることを示します。さらに、計量が特別によい場合(Kähler 計量)には、コホモロジーが型ごとの直和にきれいに分かれ、対称な構造が現れます。読み終えると、Betti 数の偶奇などから「この多様体は Kähler 計量をもち得ない」と判定できるようになります。
- コンパクト Hermite 多様体 X と Hermite 正則ベクトル束 E について、2(∂ˉE+∂ˉE∗) は Dirac 型作用素(微分を一次までしか含まない楕円型の作用素)に 0 階の項を足したものです(補題 3.3)。ここから ∂ˉ の Hodge 定理 Ap,q(E)=Hp,q(E)⊕im∂ˉE⊕im∂ˉE∗ と Hp,q(X,E)≅Hp,q(X,E)、その有限次元性が出ます(定理 3.4)。
- 束係数の Hodge スターは調和形式を調和形式に写し、Kodaira–Serre 双対 Hp,q(X,E)≅Hn−p,n−q(X,E∗)∗ を与えます(定理 4.1)。ここまでは Kähler 性を使いません。
- X がコンパクト Kähler 多様体なら Δd=2Δ∂ˉ から Hodge 分解 Hk(X,C)=⨁p+q=kHp,q(X)、Hp,q=Hq,p が従い、分解は計量によりません(定理 5.1)。∂∂ˉ 補題(補題 5.2)がその裏付けです。
- 調和形式の空間は L、Λ、H により sl(2,C) の有限次元表現になり、難 Lefschetz 定理と Lefschetz 分解が表現論から出ます(定理 6.2、定理 6.4)。
- 原始類(Λ で 0 に写る類。→ Lefschetz 作用素)の上では交点形式の符号が決まります(Hodge–Riemann の双線形関係式、定理 7.2)。曲面では H1,1 上の交点形式の符号が (1,h1,1−1) になります(系 7.3)。
- Hodge 数の対称性 hp,q=hq,p は Kähler 性の位相的な制約を与えます。奇数次の Betti 数が奇数の多様体(Hopf 曲面など)は Kähler 計量をもちません(系 5.5)。
コンパクトな向き付けられた Riemann 多様体では、de Rham コホモロジーの各類がただ一つの調和形式で代表されます(Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素 の 定理 4.4[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素])。複素多様体には外微分 d のほかに ∂ˉ があり、Dolbeault コホモロジー Hp,q(X) が定まります(概複素構造と Dolbeault コホモロジー)。そこで二つの問いが生じます。
一つめは、Dolbeault コホモロジーにも調和形式による代表があるか、です。∂ˉ の Laplacian Δ∂ˉ=∂ˉ∂ˉ∗+∂ˉ∗∂ˉ は一般には Hodge Laplacian Δd と一致せず、Riemann 多様体の Hodge の定理をそのまま使うことはできません。この記事では、∂ˉ+∂ˉ∗ が Dirac 型作用素と 0 階の項の和であることを示し、既に証明済みの Dirac 型作用素の楕円型理論を 0 階の摂動つきで使い直して、∂ˉ の Hodge 定理を得ます。3 節の補題は、この帰着のための準備です。
二つめは、de Rham コホモロジーと Dolbeault コホモロジーの関係です。k 形式は (p,q) 型の成分に分かれますが、閉形式の (p,q) 成分は閉とは限らないので、Hk(X,C) が Hp,q(X) の直和になる理由は一般にはありません。実際 Hopf 曲面では b1=1 で、h1,0+h0,1 と b1 は一致しても対称性 h1,0=h0,1 が壊れます(例 8.1)。Kähler 多様体では前章の Kähler 恒等式から Δd=2Δ∂ˉ が成り立ち、「d について調和」と「∂ˉ について調和」が同じ条件になります。このとき Δd は型を保つので、調和形式の (p,q) 成分はまた調和で、分解がコホモロジーに降ります。これが Hodge 分解です。
さらに Kähler 形式 ω を掛ける作用素 L とその随伴 Λ は Δd と可換で、調和形式の空間に sl(2,C) の表現を定めます。Lie 環の表現論の最も基本的な結果が、コホモロジーの対称性(難 Lefschetz 定理)と交点形式の符号(Hodge–Riemann の双線形関係式)に翻訳されます。これらは次章の Lefschetz の (1,1) 定理、最終章の Kodaira の消滅定理と埋め込み定理の前提になります。
以下 X は n 次元の複素多様体(実 2n 次元)、J はその概複素構造、g は Hermite 計量(g(Ju,Jv)=g(u,v) をみたす Riemann 計量)、ω(u,v)=g(Ju,v) は基本形式とします(Kähler 多様体)。X には複素構造から定まる向きを入れます(命題 2.4[概複素構造と Dolbeault コホモロジー])。複素数値の k 形式の空間を Ak(X)、(p,q) 形式の空間を Ap,q(X) と書きます。(1,0) 形式は α(Jv)=iα(v) をみたす複素数値 1 形式です。
各点の近くで、g について正規直交な実の枠 e1,…,e2n を e2j=Je2j−1 となるように取れます(e1 を単位ベクトル場とし e2=Je1、その直交補空間は J で不変なので、そこから e3 を取り、と続ける Gram–Schmidt の直交化)。双対余枠を e1,…,e2n として
wj=21(e2j−1+ie2j)(j=1,…,n)
とおきます。wj(Je2j−1)=wj(e2j)=i/2=iwj(e2j−1)、wj(Je2j)=−wj(e2j−1)=iwj(e2j) なので wj は (1,0) 形式です。これをユニタリ余枠と呼びます。e2j−1=(wj+wˉj)/2、e2j=(wj−wˉj)/(2i) です。
実の形式の内積(定義 2.1[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素] の直前)を、第 1 変数について複素線形、第 2 変数について共役線形に延ばして、ΛCk=ΛkT∗X⊗C の Hermite 内積 ⟨α,β⟩ とします。w1,…,wn,wˉ1,…,wˉn は e1,…,e2n からユニタリ行列で移る基底なので ΛC1 の正規直交基底で、内積の行列式表示 ⟨α1∧⋯∧αk,β1∧⋯∧βk⟩=det(⟨αi,βj⟩) から
wI∧wˉJ=wi1∧⋯∧wip∧wˉj1∧⋯∧wˉjq(i1<⋯<ip, j1<⋯<jq)
の全体は ΛC∙ の正規直交基底です。とくに型の異なる形式は各点で直交し、ΛCk=⨁p+q=kΛp,q は直交分解です。また wj∧wˉj=−ie2j−1∧e2j から
ω=j∑e2j−1∧e2j=ij∑wj∧wˉj,vol=e1∧⋯∧e2n=n!ωn
です。Cn の標準計量では wj=dzj/2 で、∣dzj∣2=2、ω=2i∑jdzj∧dzˉj となります。
Hodge スター ⋆ は複素線形に延ばします。X がコンパクトなとき、L2 内積を (α,β)=∫X⟨α,β⟩vol とします。
補題 2.1(Hodge スターと型)✓
- ⋆α=⋆αˉ で、α,β∈ΛCk について α∧⋆βˉ=⟨α,β⟩vol。
- ΛCk 上で ⋆⋆=(−1)k。
- ⋆ は Λp,q を Λn−q,n−p に写す。
証明(補題 2.1)
1。 ⋆ は実の形式を実の形式に写す作用素の複素線形な延長なので、共役と可換です。実の形式 α,β について α∧⋆β=⟨α,β⟩vol(定義 2.1[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素])で、両辺は α について複素線形、β について共役線形に延びる(左辺は β↦⋆βˉ が共役線形)ので、複素数値の形式でも成り立ちます。
2。 命題 2.2[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素] の 2 から ⋆⋆=(−1)k(2n−k)=(−1)k です。
3。 β∈Λp,q、k=p+q とし、⋆βˉ=∑r+s=2n−kγr,s と型に分けます。(r,s)=(n−p,n−q) で γr,s=0 となるものがあったとします。ユニタリ余枠で γr,s=∑cIJwI∧wˉJ と書き、cIJ=0 なる (I,J) を一つ取って、α=wIc∧wˉJc∈Λn−r,n−s(Ic,Jc は補集合)とおくと、α∧wI′∧wˉJ′ は (I′,J′)=(I,J) のときだけ 0 でないので、α∧γr,s=±cIJw1∧⋯∧wn∧wˉ1∧⋯∧wˉn=0 です。α と γr′,s′((r′,s′)=(r,s))の積は型が (n,n) でないので 0 で、α∧⋆βˉ=α∧γr,s=0 です。一方 α の型 (n−r,n−s) は (p,q) と異なるので 1 から α∧⋆βˉ=⟨α,β⟩vol=0 となり、矛盾です。よって ⋆βˉ∈Λn−p,n−q です。α∈Λp,q なら αˉ∈Λq,p にこれを使って ⋆α=⋆αˉ∈Λn−q,n−p です。
∎
この節の目的は、∂ˉE の随伴作用素 ∂ˉE∗ を、Hodge スターを使って具体的に書き下すことです。随伴が分かれば Laplacian ∂ˉE∂ˉE∗+∂ˉE∗∂ˉE と調和形式が定義できます。符号の計算は長いですが、本質は「Stokes の定理で部分積分をし、⋆ を二回かけると ±1 に戻る」という二点です。
E→X を Hermite 計量 h(第 1 変数について複素線形)をもつ正則ベクトル束とします。E 係数の (p,q) 形式の空間を Ap,q(E)、その上の作用素を ∂ˉE:Ap,q(E)→Ap,q+1(E) とします。正則な局所枠 σ1,…,σr で ψ=∑aψa⊗σa と書くと ∂ˉEψ=∑a∂ˉψa⊗σa で、∂ˉE2=0 です(正則ベクトル束・Chern 接続・直線束と因子 の 命題 3.1[正則ベクトル束・Chern 接続・直線束と因子])。E 係数の Dolbeault コホモロジーは
Hp,q(X,E)=∂ˉEAp,q−1(E)ker(∂ˉE:Ap,q(E)→Ap,q+1(E))
です。E が自明な直線束のときが Hp,q(X) です。
Λp,q⊗E にはテンソル積の Hermite 内積 ⟨α⊗s,β⊗t⟩=⟨α,β⟩h(s,t) を入れ、X がコンパクトなとき (φ,ψ)=∫X⟨φ,ψ⟩vol とします。双対束 E∗ は正則ベクトル束で、σa の双対枠 σa が正則な局所枠です。s∈Ex に対し s♭=h(⋅,s)∈Ex∗ とおくと s↦s♭ は共役線形な全単射で、E∗ には h∗(t♭,s♭)=h(s,t) で Hermite 計量を入れます。このとき h∗(ξ,s♭)=ξ(s) です。E 係数の形式と E∗ 係数の形式のウェッジ積を、係数を縮約して
(α⊗s)∧(β⊗ξ)=ξ(s)α∧β
と定めます。値はスカラーの形式です。
定義 2.2(束係数の Hodge スター)↗
共役線形な束写像 ⋆ˉE:Λp,q⊗E→Λn−p,n−q⊗E∗ を
⋆ˉE(α⊗s)=⋆αˉ⊗s♭で定める。
補題 2.1 の 3 から ⋆αˉ∈Λn−p,n−q で、定義は意味をもちます。補題 2.1 の 1 から
(α⊗s)∧⋆ˉE(β⊗t)=h(s,t)α∧⋆βˉ=⟨α⊗s,β⊗t⟩vol
なので、φ,ψ∈Λp,q⊗E について φ∧⋆ˉEψ=⟨φ,ψ⟩vol です。また (s♭)♭=s(E∗∗=E とみなす)と 補題 2.1 の 1・2 から、k=p+q として
⋆ˉE∗⋆ˉE(α⊗s)=⋆⋆αˉ⊗s=⋆⋆α⊗s=(−1)kα⊗s
です。とくに ⋆ˉE は全単射です。
命題 2.3(∂̄_E の形式的随伴)✓
X をコンパクト Hermite 多様体、E を Hermite 正則ベクトル束とし、
∂ˉE∗=−⋆ˉE∗∂ˉE∗⋆ˉE:Ap,q(E)→Ap,q−1(E)とおく。φ∈Ap,q−1(E)、ψ∈Ap,q(E) について (∂ˉEφ,ψ)=(φ,∂ˉE∗ψ) であり、∂ˉE∗∂ˉE∗=0 である。
証明(命題 2.3)
η=⋆ˉEψ∈An−p,n−q(E∗) とおきます。正則な局所枠 σa と双対枠 σa で φ=∑φa⊗σa、η=∑ηa⊗σa と書くと φ∧η=∑aφa∧ηa で、∂ˉ の Leibniz 則から
∂ˉ(φ∧η)=a∑∂ˉφa∧ηa+(−1)p+q−1a∑φa∧∂ˉηa=∂ˉEφ∧η+(−1)p+q−1φ∧∂ˉE∗ηです。φ∧η は (n,n−1) 形式なので ∂(φ∧η) は (n+1,n−1) 型で 0、したがって d(φ∧η)=∂ˉ(φ∧η) です(d=∂+∂ˉ、定理 4.2[概複素構造と Dolbeault コホモロジー])。Stokes の定理(系 6.2[ストークスの定理])を実部と虚部に使うと ∫Xd(φ∧η)=0 で、k=p+q として
(∂ˉEφ,ψ)=∫X∂ˉEφ∧⋆ˉEψ=(−1)k∫Xφ∧∂ˉE∗⋆ˉEψです。ζ=∂ˉE∗⋆ˉEψ は E∗ 係数の 2n−k+1 次の形式なので、⋆ˉE⋆ˉE∗ζ=(−1)2n−k+1ζ=(−1)k+1ζ です。よって
(∂ˉEφ,ψ)=(−1)k(−1)k+1∫Xφ∧⋆ˉE(⋆ˉE∗ζ)=−(φ,⋆ˉE∗∂ˉE∗⋆ˉEψ)=(φ,∂ˉE∗ψ)です。∂ˉE∗∂ˉE∗=⋆ˉE∗∂ˉE∗⋆ˉE⋆ˉE∗∂ˉE∗⋆ˉE=±⋆ˉE∗∂ˉE∗∂ˉE∗⋆ˉE=0 です。
∎
E が自明な直線束で h=1 のとき、⋆ˉψ=⋆ψˉ=⋆ψ なので ∂ˉ∗=−⋆∂⋆ となり、前章の ∂ˉ∗ と一致します。同様に ∂∗=−⋆∂ˉ⋆ で、∂ˉ∗ψ=∂∗ψˉ です。
定義 2.4(∂̄ 調和形式)↗
X をコンパクト Hermite 多様体、E を Hermite 正則ベクトル束とする。Δ∂ˉE=∂ˉE∂ˉE∗+∂ˉE∗∂ˉE:Ap,q(E)→Ap,q(E) を ∂ˉE の Laplacian といい、
Hp,q(X,E)={ψ∈Ap,q(E):Δ∂ˉEψ=0}の元を E 係数の ∂ˉ 調和形式という。E が自明な直線束のときは Hp,q(X) と書く。
命題 2.5(∂̄ 調和形式の特徴づけと直交性)✓
- (Δ∂ˉEψ,ψ)=∥∂ˉEψ∥2+∥∂ˉE∗ψ∥2。したがって ψ∈Hp,q(X,E) は「∂ˉEψ=0 かつ ∂ˉE∗ψ=0」と同値である。
- Hp,q(X,E)、∂ˉEAp,q−1(E)、∂ˉE∗Ap,q+1(E) は L2 内積について互いに直交する。
- ⋆ˉE は Hp,q(X,E) から Hn−p,n−q(X,E∗) への共役線形な全単射である。
証明(命題 2.5)
1。 命題 2.3 から (∂ˉE∂ˉE∗ψ,ψ)=∥∂ˉE∗ψ∥2、(∂ˉE∗∂ˉEψ,ψ)=∥∂ˉEψ∥2 です。Δ∂ˉEψ=0 なら右辺の和が 0 で、両方が 0 です。逆は定義から従います。
2。 (∂ˉEα,∂ˉE∗β)=(∂ˉE∂ˉEα,β)=0 で、ψ∈Hp,q(X,E) なら 1 から (ψ,∂ˉEα)=(∂ˉE∗ψ,α)=0、(ψ,∂ˉE∗β)=(∂ˉEψ,β)=0 です。
3。 ψ∈Ap,q(E)、k=p+q とします。⋆ˉE∗⋆ˉE=(−1)k と、E と E∗ を入れ替えた ∂ˉE∗∗=−⋆ˉE∂ˉE⋆ˉE∗ から
∂ˉE∗⋆ˉEψ=(−1)k+1⋆ˉE⋆ˉE∗∂ˉE∗⋆ˉEψ=(−1)k⋆ˉE∂ˉE∗ψ,∂ˉE∗∗⋆ˉEψ=−⋆ˉE∂ˉE⋆ˉE∗⋆ˉEψ=(−1)k+1⋆ˉE∂ˉEψです(最初の式では ∂ˉE∗⋆ˉEψ が 2n−k+1 次であることを使った)。⋆ˉE は単射なので、1 から ψ が調和であることと ⋆ˉEψ が調和であることは同値です。⋆ˉE は全単射で、逆は (−1)k⋆ˉE∗ です。
∎
Clifford 加群と Dirac 型作用素(定義 5.2[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素])については、弱解の正則性・核の有限次元性・値域の特徴づけが証明済みです(定理 8.12[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素])。∂ˉE+∂ˉE∗ は Kähler でない計量では Dirac 型作用素そのものにならないので、0 階の項を許した形に拡張しておきます。記号は同記事の Appendix のものを使います。
この節の目的は、∂ˉE+∂ˉE∗ のように 0 階の項が混じった作用素でも、核が有限次元であることと、値域が核の直交補空間として決まることを、Dirac 型作用素のときと同じ形で示すことです。次の補題の証明は、(a) 弱解が滑らかになること(正則性)、(b) 核の有限次元性、(c) 値域の特徴づけ、の三段に分かれ、(a) は微分を一回ずつ重ねる帰納法で進みます。結論だけ先に知りたい場合は、補題の主張を読んで 3.3 節の Hodge 定理へ進んでも構いません。
M は向き付けられたコンパクトな Riemann 多様体、S は複素の Clifford 加群、Γ(S) は滑らかな切断の空間、H1(S) は 定義 8.7[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素] の Sobolev 空間です。
補題 3.1(0 階の項をもつ Dirac 型作用素)✓
S を Clifford 加群、D をその Dirac 型作用素、A を滑らかな束写像 S→S とし、P=D+A、P†=D+A∗(A∗ は各点での随伴)とおく。
- ψ,φ∈Γ(S) について (Pψ,φ)=(ψ,P†φ)。
- (正則性)u∈L2(S) と f∈Γ(S) がすべての φ∈Γ(S) について (u,P†φ)=(f,φ) をみたせば、u はほとんど至るところ滑らかな切断に一致し、Pu=f である。
- kerP={ψ∈Γ(S):Pψ=0} は有限次元である。
- (値域)f∈Γ(S) について、Pψ=f となる ψ∈Γ(S) が存在することと、f が kerP† に L2 直交することは同値である。
証明(補題 3.1)
CA を M 上の ∥A∥ の最大値とします。
1。 (Dψ,φ)=(ψ,Dφ)(補題 8.6[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素])と、各点での ⟨Aψ,φ⟩=⟨ψ,A∗φ⟩ の和です。
2。 φ∈Γ(S) について (u,Dφ)=(u,P†φ)−(u,A∗φ)=(f−Au,φ) で、f−Au∈L2(S) です。補題 8.10[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素] から u∈H1(S)、Du=f−Au です。
補題 8.11[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素] の記号 Sj=(T∗M)⊗j⊗S、Dj、Zj を使い、次を j についての帰納法で示します。v0=u から始めて、vi∈H1(Si)(i≤j)、vi+1=∇vi(i<j)であり、Djvj=gj。ここで gj=∇jf+∑i≤jAj,ivi、Aj,i:Si→Sj は滑らかな束写像です。j=0 は上で示しました(A0,0=−A)。j まで成り立つとし、vj+1=∇vj∈L2(Sj+1) とおきます。φ∈Γ(Sj+1) と、∥wm−vj∥1→0 となる wm∈Γ(Sj) を取ると、補題 8.6[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素](Dj+1 と ∇ について)と 補題 8.11[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素] から
(vj+1,Dj+1φ)=mlim(Dj+1∇wm,φ)=mlim[(Djwm,∇∗φ)+(Zjwm,φ)]=(gj,∇∗φ)+(Zjvj,φ)です(Dj:H1→L2 の連続性、補題 8.8[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素])。H1 の元 vi と滑らかな束写像 B について、滑らかな切断での近似と 補題 8.6[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素] から (Bvi,∇∗φ)=((∇B)vi+B∇vi,φ) で、i≤j なら ∇vi=vi+1 です。また (∇jf,∇∗φ)=(∇j+1f,φ) です。よって (vj+1,Dj+1φ)=(gj+1,φ)、
gj+1=∇j+1f+i≤j∑((∇Aj,i)vi+Aj,ivi+1)+Zjvjで、gj+1 は ∇j+1f と v0,…,vj+1 に滑らかな束写像を施したものの和なので L2(Sj+1) に入ります。補題 8.10[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素] から vj+1∈H1(Sj+1)、Dj+1vj+1=gj+1 で、帰納法が進みます。
次に座標で滑らかさを読み取ります。座標近傍 U 上で S の滑らかな枠 ea を取り、Sj の枠 dxi1⊗⋯⊗dxij⊗ea で成分を考えます。滑らかな枠 fB をもつ計量束の w∈H1 を滑らかな wm で近似すると、(∇∂iwm)B=∂iwmB+∑CΓBiCwmC の両辺が U のコンパクト集合上で L2 収束するので、wB は Lloc2 の弱微分(定義 2.1[Sobolev 空間])∂iwB=(∇∂iw)B−∑CΓBiCwC をもちます。w=vj に使うと、vj の成分の弱微分は vj と vj+1 の成分の滑らかな係数の 1 次結合です。滑らかな関数 c との積について ∂i(cw)=(∂ic)w+c∂iw なので、多重指数の長さについての帰納法で、u の成分 ua はすべての階数の弱微分をもち、∂βua は v0,…,v∣β∣ の成分の滑らかな係数の 1 次結合で Lloc2 に入ります。θ∈Cc∞(U) について θua(座標で Rm 上の関数とみなし 0 で延長する。m=dimM)はすべての階数の弱微分を L2(Rm) にもち、命題 3.2[Sobolev 空間] からすべての k について ⟨ξ⟩kθua∈L2 です。s>m/2 を固定すると Cauchy–Schwarz の不等式から ∫⟨ξ⟩k∣θua∣dξ≤∥⟨ξ⟩−s∥L2∥⟨ξ⟩k+sθua∥L2<∞ なので、反転公式(定理 3.3[ℝⁿ 上のフーリエ変換])と積分記号下の微分(系 7.4[ルベーグ積分の定義と収束定理])により θua はほとんど至るところ C∞ 関数に一致します。U と θ を動かして、u はほとんど至るところ滑らかな切断に一致します。Pu=Du+Au=f は最初の段落で示しました。
3。 K={u∈L2(S):(u,P†φ)=0 (φ∈Γ(S))} は連続な汎関数の核の共通部分なので L2(S) の閉部分空間です。2(f=0)と 1 から K=kerP です。u∈K なら Du=−Au で、補題 8.8[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素] から
∥u∥12≤∥Du∥2+(1+CR)∥u∥2≤(CA2+1+CR)∥u∥2です。よって K の単位球の点列は H1(S) で有界で、補題 8.9[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素] から L2 で収束する部分列をもち、極限は閉集合である K の単位球に入ります。K の閉単位球がコンパクトなので、系 2.2[Fredholm 理論] から K は有限次元です。
4。 P は有界作用素 H1(S)→L2(S) に延び、u∈H1(S)、φ∈Γ(S) について (Pu,φ)=(u,P†φ) です(補題 8.8[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素])。K†=kerP† とおきます。P† も同じ形の作用素(A を A∗ に替えたもの)で (P†)†=P なので、2 と 3 は P† にも使えます。
必要性。 Pψ=f、k∈K† なら 1 から (f,k)=(ψ,P†k)=0 です。
評価。 定数 C1 があって、u∈H1(S)、u⊥K なら ∥u∥≤C1∥Pu∥ です。そうでなければ ∥um∥=1、um⊥K、∥Pum∥→0 となる um∈H1(S) があり、∥Dum∥≤∥Pum∥+CA と 補題 8.8[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素] から H1 で有界で、補題 8.9[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素] から部分列が L2 で u に収束します。∥u∥=1、u⊥K で、(u,P†φ)=lim(um,P†φ)=lim(Pum,φ)=0 なので u∈K、したがって u=0 となり矛盾です。
値域は閉。 Pum→f(um∈H1(S)、L2 収束)とします。K は有限次元で滑らかな切断からなるので、K への直交射影(定理 3.4[Hilbert 空間の基礎])を引いて um⊥K としてよく、z=um−ul について ∥Dz∥≤∥Pz∥+CA∥z∥≤(1+CAC1)∥Pz∥ と 補題 8.8[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素] から ∥z∥12≤((1+CAC1)2+(1+CR)C12)∥Pz∥2 です。よって (um) は H1(S) の Cauchy 列で、極限 u について Pu=f です。
十分性。 g∈L2(S) が P(H1(S)) に直交すれば、(g,Pφ)=0(φ∈Γ(S))なので、P† に 2 を使って g∈K† です。値域が閉なので 系 3.7[Hilbert 空間の基礎] から P(H1(S))=(P(H1(S))⊥)⊥⊃(K†)⊥ です。f∈Γ(S) が K† に直交すれば f=Pu(u∈H1(S))で、(u,P†φ)=(Pu,φ)=(f,φ) なので 2 から u は滑らかです。
∎
この節の目的は、2(∂ˉE+∂ˉE∗) が Dirac 型作用素に 0 階の項を足した形をしていることを示し、前節の補題を使えるようにすることです。そのために、形式に「ベクトル v を掛ける」作用 c(v) を定め、c(v)2=−∣v∣2 を確かめます(これが Clifford 加群の条件です)。続く補題の証明にある行列の計算は、この条件と接続との両立を局所座標で確かめているだけです。
X を Hermite 多様体とします。実の接ベクトル v に対し、実 1 形式 v♭=g(v,⋅) の (0,1) 成分を θv=(v♭)0,1 と書きます。v♭=θv+θv で、型の異なる形式は直交し共役は長さを保つので ∣θv∣2=∣v∣2/2 です。形式 η を左から掛ける作用素を ε(η)ψ=η∧ψ と書き、Λp,∙=⨁qΛp,q の上で
c(v)=2(ε(θv)−ε(θv)∗)
とおきます(∗ は各点の Hermite 内積についての随伴)。ε(θv) は q を 1 上げ、ε(θv)∗ は 1 下げます。
補題 3.2((0,•) 形式の Clifford 加群の構造)✓
X を Hermite 多様体とする。
- c(v)∗=−c(v)、c(v)2=−∣v∣2 である。
- Λ0,∙ は、Hermite 内積と両立し、すべてのベクトル場 X,Y について ∇X(c(Y)ψ)=c(∇XY)ψ+c(Y)∇Xψ(右辺の ∇XY は Levi-Civita 接続)をみたす接続 ∇ をもつ。
- g が Kähler 計量なら、Levi-Civita 接続から Λp,∙ に誘導される接続は 2 の二つの性質をもつ。
証明(補題 3.2)
1。 c(v)∗=2(ε(θv)∗−ε(θv))=−c(v) です。2 乗を計算するため、ユニタリ余枠 wj を取り、wˉ1,…,wˉn と w1,…,wn を合わせた基底の双対基底のうち wˉj に対応する複素接ベクトルを wˉj とします(wˉk(wˉj)=δjk、wk(wˉj)=0)。内部積 ιj=ιwˉj は反導分(補題 4.1[ベクトル場の流れ・Lie 微分・Frobenius の定理] を複素線形に延ばす)なので、任意の形式 β について
ιk(wˉj∧β)+wˉj∧ιkβ=δjkβです。正規直交基底 wI∧wˉJ の上で、ε(wˉj) は j∈/J のとき基底の元を ±wI∧wˉJ∪{j} に写し、j∈J のとき 0 に写します。ιj は上の式(k=j)から、その逆向きの対応を同じ符号で与えます。したがって ε(wˉj)∗=ιj です。η=∑jηjwˉj について ε(η)∗=∑jηˉjιj なので
ε(η)ε(η)∗+ε(η)∗ε(η)=j,k∑ηjηˉk(ε(wˉj)ιk+ιkε(wˉj))=j∑∣ηj∣2=∣η∣2です。ε(η)2=0、(ε(η)∗)2=0 と合わせて c(v)2=−2(ε(θv)ε(θv)∗+ε(θv)∗ε(θv))=−2∣θv∣2=−∣v∣2 です。v を u+v に替えて展開すると c(u)c(v)+c(v)c(u)=−2g(u,v) も得られます。
2。 局所的な構成。 2.1 節の枠 ea とユニタリ余枠 wj が定義された開集合 U の上で考えます。e2j−1=(wj+wˉj)/2、e2j=(wj−wˉj)/(2i) から θe2j−1=wˉj/2、θe2j=iwˉj/2 で、εj=ε(wˉj) とおくと
c(e2j−1)=εj−εj∗,c(e2j)=i(εj+εj∗)です。Λ0,∙ の正規直交枠 wˉJ に関する εj、εj∗ の行列は成分が 0,±1 の定数行列なので、c(ea) の行列 γa も定数行列で、1 から γa∗=−γa、γaγb+γbγa=−2δab をみたします。この関係式から γbγd=−γdγb−2δbd を 2 回使って
[γaγb,γd]=γaγbγd−γdγaγb=2δadγb−2δbdγaです。Levi-Civita 接続の接続形式を ωab(X)=g(∇Xeb,ea) とすると、計量との両立から ωab=−ωba です。切断 ψ=∑JψJwˉJ の成分の列ベクトルをまた ψ と書いて
∇XUψ=X(ψ)+μ(X)ψ,μ(X)=−41a,b∑ωab(X)γaγbと定めます。これは U 上の Λ0,∙ の接続です。交換子の式と ωdb=−ωbd から
[μ(X),γd]=−21b∑ωdb(X)γb+21a∑ωad(X)γa=a∑ωad(X)γaで、右辺は c(∇Xed) の行列です。Y=∑dyded について ∇XY=∑dX(yd)ed+∑a,dydωad(X)ea なので
∇XU(c(Y)ψ)=d∑(X(yd)γd+yd[μ(X),γd])ψ+d∑ydγd(X(ψ)+μ(X)ψ)=c(∇XY)ψ+c(Y)∇XUψです。また μ(X)∗=−41∑ωab(X)γbγa=41∑ωab(X)γaγb=−μ(X)(添字を入れ替えて反対称性を使う)で、枠 wˉJ は正規直交なので、X⟨ψ,φ⟩=⟨∇XUψ,φ⟩+⟨ψ,∇XUφ⟩ です。
貼り合わせ。 このような開集合 Ui で X を覆い、従属する 1 の分割 ρi を取ります(定理 6.3[部分多様体と正則値定理])。∇Xψ=∑iρi∇XUiψ とおくと、∑iρi=1 から ∇X(fψ)=(Xf)ψ+f∇Xψ で、∇ は接続です。内積との両立と c との両立の式は、どちらも各 ∇Ui についての等式に ρi を掛けて足せば得られます。
3。 Kähler 計量では Levi-Civita 接続について ∇J=0 です(定理 3.1[Kähler 多様体])。このとき 1 形式 α について (∇Xα)∘J=∇X(α∘J) なので、∇X は (1,0) 形式を (1,0) 形式に、(0,1) 形式を (0,1) 形式に写し、ウェッジ積の導分なので各 Λp,q を保ちます。実の形式の内積と両立するので、その Hermite な延長とも両立します。∇X(Y♭)=(∇XY)♭ の (0,1) 成分を取って ∇XθY=θ∇XY、したがって
∇X(ε(θY)ψ)=ε(θ∇XY)ψ+ε(θY)∇Xψです。一般に、束写像 T が [∇X,T]=T′ をみたせば、X⟨Tψ,φ⟩ と X⟨ψ,T∗φ⟩ を内積との両立で展開して比べると ⟨T′ψ,φ⟩=⟨ψ,[∇X,T∗]φ⟩、すなわち [∇X,T∗]=(T′)∗ です。T=ε(θY) に使って ∇X(ε(θY)∗ψ)=ε(θ∇XY)∗ψ+ε(θY)∗∇Xψ を得、二つの式の差の 2 倍が求める式です。
∎
2 の局所的な式は、スピノル束のスピン接続(命題 6.8[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素])と同じ形です。Λ0,∙ は X の標準的な Spinc 構造のスピノル束にあたりますが、ここでは接続の存在だけを使うので、その言葉は導入しません。
補題 3.3(∂̄ + ∂̄* は Dirac 型作用素と 0 階の項の和)✓
X をコンパクト Hermite 多様体、E を Hermite 正則ベクトル束、p を整数とし、S=Λp,∙⊗E=⨁qΛp,q⊗E に c(v)⊗1 を作用させる(これも c(v) と書く)。
- S は、計量と両立する適当な接続により 定義 5.2[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素] の意味の Clifford 加群になる。
- 1 のどの接続についても、その Dirac 型作用素を D とすると、滑らかな束写像 A:S→S があって、Γ(S)=⨁qAp,q(E) の上で
2(∂ˉE+∂ˉE∗)=D+A,A∗=Aが成り立つ。
3. g が Kähler 計量のとき、S の接続として Levi-Civita 接続と E の Chern 接続のテンソル積を取れば、A=0 である。
証明(補題 3.3)
1。 W=Λp,0⊗E とおきます。W には Hermite 内積と両立する接続 ∇W があります(局所の正規直交枠 fa について ∇(∑safa)=∑dsa⊗fa と定めた接続は内積と両立し、それらを 1 の分割で貼り合わせたものも、補題 3.2 の 2 の貼り合わせと同じ理由で内積と両立する接続である)。束写像
Φ:Λ0,q⊗Λp,0⊗E→Λp,q⊗E,β⊗γ⊗s↦(β∧γ)⊗sは、正規直交基底 wˉJ⊗wI を正規直交基底 wˉJ∧wI=±wI∧wˉJ に写すので等長な同型です。θ∧(β∧γ)=(θ∧β)∧γ から Φ∘(ε(θ)⊗1)=ε(θ)∘Φ で、Φ は等長なので随伴についても同じ式が成り立ち、Φ∘(c(v)⊗1)=c(v)∘Φ です。補題 3.2 の 2 の接続 ∇0 を使って、Λ0,∙⊗W にテンソル積の接続 ∇0⊗1+1⊗∇W を入れ、Φ で S に移した接続を ∇ とします。∇ は内積と両立し、
∇X(c(Y)β⊗t)=(c(∇XY)β+c(Y)∇X0β)⊗t+c(Y)β⊗∇XWt=c(∇XY)(β⊗t)+c(Y)∇X(β⊗t)です。c(v)2=−∣v∣2、c(v)∗=−c(v) は 補題 3.2 の 1 です。
2。 D=2(∂ˉE+∂ˉE∗)、T=D−D とおきます。f を実数値の滑らかな関数、ψ∈Ap,q(E) とします。∂ˉE の Leibniz 則から ∂ˉE(fψ)=∂ˉf∧ψ+f∂ˉEψ です。φ∈Ap,q−1(E) について、f が実数値であることと 命題 2.3 から
(∂ˉE∗(fψ),φ)=(ψ,f∂ˉEφ)=(ψ,∂ˉE(fφ)−∂ˉf∧φ)=(f∂ˉE∗ψ−ε(∂ˉf)∗ψ,φ)で、φ として両辺の差を取れば ∂ˉE∗(fψ)=f∂ˉE∗ψ−ε(∂ˉf)∗ψ です。∂ˉf=(df)0,1=θgradf なので
D(fψ)=fDψ+2(ε(θgradf)−ε(θgradf)∗)ψ=fDψ+c(gradf)ψです。一方 D=∑ac(ea)∇ea から D(fψ)=∑a(eaf)c(ea)ψ+fDψ=c(gradf)ψ+fDψ です。よって T(fψ)=fTψ がすべての実数値の f と ψ∈Γ(S) について成り立ちます。T は複素線形なので、複素数値の f についても同じです。
T が束写像で与えられることを示します。ψ∈Γ(S) が点 x で 0 になるとします。x の近傍 U 上の S の枠 s1,…,sN で ψ=∑bfbsb と書くと fb(x)=0 です。U にコンパクトな台をもち x の近傍で 1 になる滑らかな関数 χ(補題 6.1[部分多様体と正則値定理])を取ると、χ2ψ=∑b(χfb)(χsb) は X 上の切断の等式で、χ2Tψ=T(χ2ψ)=∑b(χfb)T(χsb) です。x での値を取って (Tψ)(x)=0 です。したがって (Tψ)(x) は ψ(x) だけで決まり、線形写像 Ax:Sx→Sx が (Tψ)(x)=Axψ(x) で定まります。x の近傍で A(sb)=T(χsb) は滑らかなので、A は滑らかな束写像です。
D は 命題 2.3 から、D は 補題 8.6[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素] から、(Dψ,φ)=(ψ,Dφ)、(Dψ,φ)=(ψ,Dφ) をみたすので、(Aψ,φ)=(ψ,Aφ) がすべての滑らかな切断について成り立ちます。ある点 x で Ax=Ax∗ なら、ψ,φ を x の近くに台をもつように取って ∫⟨(A−A∗)ψ,φ⟩vol=0 とできるので、A∗=A です。
3。 Λp,∙ に Levi-Civita 接続を入れると 補題 3.2 の 3 から c と両立するので、1 の計算と同じく、E の Chern 接続 ∇E とのテンソル積 ∇ により S は Clifford 加群です。εa=ε(θea) として
D=2(D′−D′′),D′=a∑εa∇ea,D′′=a∑εa∗∇eaと分けます。∇ は q を保つので、D′ は q を 1 上げ、D′′ は 1 下げます。
D′=∂ˉE を示します。局所的に Ap,q(E) の元は α⊗σ(α は (p,q) 形式、σ は E の正則な局所切断)の和なので、この形の切断で確かめます。
D′(α⊗σ)=(a∑θea∧∇eaα)⊗σ+a∑(θea∧α)⊗∇eaEσです。dα=∑aea∧∇eaα(補題 5.1[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素] を複素線形に延ばす)で、∇eaα は (p,q) 型、ea=θea+θea なので、dα の (p,q+1) 成分は ∑aθea∧∇eaα で、これは ∂ˉα です。第 2 項について、Chern 接続の (0,1) 成分は ∂ˉE で(定理 4.2[正則ベクトル束・Chern 接続・直線束と因子])、∂ˉEσ=0 なので、E 値 1 形式 ∇Eσ=∑aea⊗∇eaEσ の (0,1) 成分 ∑aθea⊗∇eaEσ は 0 です。よって第 2 項は 0 で、D′(α⊗σ)=∂ˉα⊗σ=∂ˉE(α⊗σ) です。
ψ∈Ap,q(E)、φ∈Ap,q+1(E) とします。次数の異なる成分は直交するので、D の対称性から
2(D′ψ,φ)=(Dψ,φ)=(ψ,Dφ)=−2(ψ,D′′φ)で、(∂ˉEψ,φ)=(ψ,−D′′φ) です。命題 2.3 と比べて (ψ,∂ˉE∗φ+D′′φ)=0 がすべての ψ で成り立ち、D′′=−∂ˉE∗ です。よって D=2(∂ˉE+∂ˉE∗) です。
∎
ここまでの補題をまとめる節です。P=2(∂ˉE+∂ˉE∗) に 3.1 節の補題を使うと核の有限次元性と値域の特徴づけが得られ、P2=2Δ∂ˉE から調和形式による直交分解に翻訳されます。
定理 3.4(∂̄ の Hodge 定理)✓
X を n 次元のコンパクト Hermite 多様体、E を Hermite 正則ベクトル束とする。
- Hp,q(X,E) は有限次元である。
- L2 直交分解
Ap,q(E)=Hp,q(X,E)⊕∂ˉEAp,q−1(E)⊕∂ˉE∗Ap,q+1(E)が成り立つ。
3. ker∂ˉE∩Ap,q(E)=Hp,q(X,E)⊕∂ˉEAp,q−1(E) で、各 Dolbeault 類はただ一つの調和代表元をもつ。したがって Hp,q(X,E)→Hp,q(X,E)、ψ↦[ψ] は同型で、Hp,q(X,E) は有限次元である。
証明(定理 3.4)
補題 3.3 の S=Λp,∙⊗E と P=2(∂ˉE+∂ˉE∗)=D+A に 補題 3.1 を使います。A∗=A なので P†=P です。∂ˉE2=0、(∂ˉE∗)2=0 から P2=2Δ∂ˉE です。
1。 ψ=∑qψq∈Γ(S)(ψq∈Ap,q(E))が Pψ=0 をみたせば Δ∂ˉEψ=0 で、Δ∂ˉE は q を保つので各 ψq が調和です。逆に各 ψq が調和なら 命題 2.5 の 1 から Pψ=0 です。よって kerP=⨁qHp,q(X,E) で、補題 3.1 の 3 から有限次元です。
2。 α∈Ap,q(E) を取ります。Hp,q(X,E) の L2 正規直交基底 h1,…,hm で h=∑i(α,hi)hi とおくと α−h⊥Hp,q(X,E) で、q の異なる成分は各点で直交するので α−h⊥kerP です。補題 3.1 の 4 から Pγ=α−h となる γ∈Γ(S) があります。γ から kerP への直交射影を引いても Pγ は変わらないので γ⊥kerP としてよく、再び 4 から Pβ′=γ となる β′∈Γ(S) があります。2Δ∂ˉEβ′=P2β′=α−h で、β′ の (p,q) 成分の 2 倍を β とすると Δ∂ˉEβ=α−h、すなわち
α=h+∂ˉE(∂ˉE∗β)+∂ˉE∗(∂ˉEβ)です。直交性は 命題 2.5 の 2 です。
3。 ∂ˉEα=0 とし、2 の分解 α=h+∂ˉEa+∂ˉE∗b を取ります。∂ˉEh=0 なので ∂ˉE∂ˉE∗b=0 で、∥∂ˉE∗b∥2=(b,∂ˉE∂ˉE∗b)=0 です。よって α=h+∂ˉEa で、[α]=[h] です。逆に Hp,q(X,E)⊕∂ˉEAp,q−1(E) の元は ∂ˉE 閉です。調和形式 h が ∂ˉE 完全なら、2 の直交性から h は自分自身と直交し h=0 です。したがって ψ↦[ψ] は全単射です。
∎
φ∈Ap,q(E) と η∈An−p,n−q(E∗) のウェッジ積 φ∧η は (n,n) 形式で、X 上で積分できます。
定理 4.1(Kodaira–Serre 双対)✓
X を n 次元のコンパクト複素多様体、E を正則ベクトル束とする。双線形写像
Hp,q(X,E)×Hn−p,n−q(X,E∗)→C,([φ],[η])↦∫Xφ∧ηは代表元の取り方によらずに定まり、完全ペアリングである。すなわち Hn−p,n−q(X,E∗)≅Hp,q(X,E)∗ で、とくに dimHp,q(X,E)=dimHn−p,n−q(X,E∗)。
証明(定理 4.1)
代表元によらないこと。 φ,η が ∂ˉ 閉で φ′=φ+∂ˉEα とすると、命題 2.3 の証明の Leibniz 則から ∂ˉEα∧η=∂ˉ(α∧η) で、α∧η は (n,n−1) 形式なので ∂ˉ(α∧η)=d(α∧η)、Stokes の定理(系 6.2[ストークスの定理])から ∫X∂ˉEα∧η=0 です。η を取り替える場合も同じです。
非退化性。 X と E に Hermite 計量を一つずつ入れます。X には、Riemann 計量 g0(定理 3.6[Riemann 計量と Levi-Civita 接続])から g(u,v)=g0(u,v)+g0(Ju,Jv) とおけばよく、E には、局所自明化で標準 Hermite 内積を入れたものを 1 の分割(定理 6.3[部分多様体と正則値定理])で足し合わせればよい(正定値な Hermite 形式の正の係数の和は正定値)。0 でない類 c∈Hp,q(X,E) の調和代表元を ψ=0 とします(定理 3.4)。命題 2.5 の 3 から ⋆ˉEψ は ∂ˉE∗ 閉で、
∫Xψ∧⋆ˉEψ=∥ψ∥2>0です。同様に 0 でない類 c′∈Hn−p,n−q(X,E∗) の調和代表元 η について、φ=⋆ˉE∗η は ∂ˉE 閉で、スカラーの形式の積の交換則から ∫Xφ∧η=±∫Xη∧⋆ˉE∗η=±∥η∥2=0 です。よってペアリングはどちらの変数についても非退化で、Hp,q(X,E)→Hn−p,n−q(X,E∗)∗ と Hn−p,n−q(X,E∗)→Hp,q(X,E)∗ はどちらも単射です。両辺は有限次元(定理 3.4)なので次元が等しく、どちらも同型です。
∎
主張には計量が現れません。計量は証明の中で調和代表元を選ぶためだけに使っています。E が自明な直線束のとき hp,q=hn−p,n−q です。p=0 の場合を標準束 KX=Λn,0T∗X で書き直した形 Hq(X,O(E))≅Hn−q(X,KX⊗E∗)∗ は、次章で層コホモロジーと結んだあとに述べます(系 5.2[層コホモロジーと直線束])。
以下 X は n 次元のコンパクト Kähler 多様体とします。前章の結果(系 6.4[Kähler 多様体])から
Δd=2Δ∂=2Δ∂ˉ
で、Δd は (p,q) 成分への射影 Πp,q、Lefschetz 作用素 L=ω∧、その随伴 Λ と可換です。
複素数値の形式の複体 (A∙(X),d) のコホモロジーを Hk(X,C) と書きます。実部と虚部に分ければ Hk(X,C)=HdRk(X)⊗C で、共役 [α]↦[αˉ] が定まります。Δd は実の作用素なので、複素数値の Δd 調和形式の空間 HCk は実の調和形式の空間 Hk の複素化で、Hodge の定理(定理 4.4[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素])を実部と虚部に使うと、L2 直交分解 Ak(X)=HCk⊕dAk−1(X)⊕d∗Ak+1(X) と同型 HCk≅Hk(X,C) が得られます(d∗ は余微分 δ の複素線形な延長)。p+q=k について
Kp,q={[α]∈Hk(X,C):α∈Ap,q(X), dα=0}
とおきます。これは d 閉な (p,q) 形式で代表される類の全体で、定義に計量は現れません。
定理 5.1(Hodge 分解)✓
X をコンパクト Kähler 多様体とする。
- HCk=⨁p+q=kHp,q(X) で、Hp,q(X)=Hq,p(X)。
- Hk(X,C)=⨁p+q=kKp,q で、Kp,q=Kq,p。この分解は Kähler 計量の取り方によらない。
- 各 Dolbeault 類は d 閉な代表元をもち、d 閉な代表元 α を使って [α]∂ˉ↦[α]d と定めた写像 Hp,q(X)→Kp,q は代表元の取り方によらない同型である。
したがって、3 の同型で同一視すれば
Hk(X,C)=p+q=k⨁Hp,q(X),Hp,q(X)=Hq,p(X).
証明(定理 5.1)
1。 α∈Ak(X) が Δdα=0 をみたせば、Δd と Πp,q の可換性から ΔdΠp,qα=0 で、Δd=2Δ∂ˉ から Πp,qα∈Hp,q(X) です。逆に Hp,q(X) の元は Δd 調和です。Δd は実の作用素なので Δdαˉ=Δdα で、共役は (p,q) 型を (q,p) 型に写すので Hp,q(X)=Hq,p(X) です。
2。 同型 HCk→Hk(X,C) による Hp,q(X) の像が Kp,q であることを示せば、1 から主張が従います。Δd 調和形式は d 閉かつ d∗ 閉(命題 3.4[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素])なので、像は Kp,q に入ります。逆に α を d 閉な (p,q) 形式とします。定理 4.4[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素] の 2 から α=h+dβ、h∈HCk と書けます。1 により h=∑r+s=khr,s、hr,s∈Hr,s(X) で、(r,s)=(p,q) なら、型の異なる形式の直交性と d∗hr,s=0 から
∥hr,s∥2=(h,hr,s)=(α,hr,s)−(β,d∗hr,s)=0です。よって h=hp,q∈Hp,q(X) で、[α]=[h] は像に入ります。Kp,q の定義は計量を含まないので、分解は計量によりません。
3。 Dolbeault 類 c∈Hp,q(X) の ∂ˉ 調和代表元(定理 3.4)は Δd 調和なので d 閉です。α を c の d 閉な代表元とし、2 のように α=h+dβ、h∈Hp,q(X) と書きます。dβ は HCk に直交するので、h は α の Hp,q(X) への L2 直交射影です。一方 定理 3.4 の 2・3 から α=h′+∂ˉa、h′∈Hp,q(X) と書け、∂ˉa は Hp,q(X) に直交するので h′ も同じ直交射影で、h=h′ は c のただ一つの調和代表元です。したがって [α]d=[h]d は c だけで決まり、写像 c↦[α]d は代表元によらず、同型 Hp,q(X)≅Hp,q(X) と 2 の同型 Hp,q(X)≅Kp,q の合成に等しくなります。
∎
証明の要は、Δd が型を保つという一点です。一般の Hermite 多様体では Δd は型を保たず、調和形式の (p,q) 成分が調和になる理由がありません。
補題 5.2(∂∂̄ 補題)✓
X をコンパクト Kähler 多様体、α∈Ap,q(X) を d 閉な形式とする。次は同値である。
- α は d 完全である。
- α は ∂ 完全である。
- α は ∂ˉ 完全である。
- α=∂∂ˉγ となる γ∈Ap−1,q−1(X) がある。
- α は Hp,q(X) に L2 直交する。
証明(補題 5.2)
4 ⇒ 1, 2, 3。 ∂∂ˉγ=d(∂ˉγ)=∂(∂ˉγ)=∂ˉ(−∂γ) です(∂2=∂ˉ2=0、∂∂ˉ=−∂ˉ∂)。
1, 2, 3 ⇒ 5。 h∈Hp,q(X) とします。Δd=2Δ∂=2Δ∂ˉ なので h は三つの Laplacian すべてについて調和で、(Δ∂h,h)=∥∂h∥2+∥∂∗h∥2 などから d∗h=0、∂∗h=0、∂ˉ∗h=0 です。よって (dβ,h)=(β,d∗h)=0、(∂β,h)=(β,∂∗h)=0、(∂ˉβ,h)=(β,∂ˉ∗h)=0 です。
5 ⇒ 4。 dα=0 の (p+1,q) 成分と (p,q+1) 成分を見て ∂α=0、∂ˉα=0 です。定理 3.4 の 3 と仮定 5 から α=∂ˉa、a∈Ap,q−1(X) です。
a を ∂ について分解します。aˉ∈Aq−1,p(X) に 定理 3.4 の 2 を使って aˉ=h′+∂ˉc′+∂ˉ∗e′ と書き、共役を取ると、∂ˉψ=∂ψˉ、∂ˉ∗ψ=∂∗ψˉ から
a=h′+∂c+∂∗e,c=c′∈Ap−1,q−1(X),e=e′∈Ap+1,q−1(X)です。h′ は 定理 5.1 の 1 から ∂ˉ 調和で、∂ˉh′=0 です。
Kähler 恒等式 [Λ,∂ˉ]=−i∂∗(定理 6.3[Kähler 多様体])から
∂ˉ∂∗+∂∗∂ˉ=i(∂ˉ(Λ∂ˉ−∂ˉΛ)+(Λ∂ˉ−∂ˉΛ)∂ˉ)=i(∂ˉΛ∂ˉ−∂ˉΛ∂ˉ)=0です。したがって
α=∂ˉa=∂ˉ∂c+∂ˉ∂∗e=−∂∂ˉc−∂∗∂ˉeです。∂α=0 と ∂∂∂ˉc=0 から ∂∂∗∂ˉe=0 で、∥∂∗∂ˉe∥2=(∂ˉe,∂∂∗∂ˉe)=0 です。よって α=∂∂ˉ(−c) です。
∎
この補題は「Kähler 多様体では、純型の閉形式が完全であることを、最も強い形 ∂∂ˉγ で実現できる」と述べています。同じ Kähler 類に属する二つの Kähler 形式の差が i∂∂ˉφ と書けること(演習 9.2)は、次章以降で直線束の計量を取り替えるときに繰り返し使います。
定義 5.3(Bott–Chern コホモロジー)↗
複素多様体 X について
HBCp,q(X)=∂∂ˉAp−1,q−1(X){α∈Ap,q(X):dα=0}を Bott–Chern コホモロジーという。
d 閉な (p,q) 形式は ∂ˉ 閉で、∂∂ˉγ=∂ˉ(−∂γ) は ∂ˉ 完全なので、自然な写像 HBCp,q(X)→Hp,q(X) があります。同様に HBCp,q(X)→Hp+q(X,C) もあります。
系 5.4(Kähler 多様体の Bott–Chern コホモロジー)✓
コンパクト Kähler 多様体 X では、自然な写像 HBCp,q(X)→Hp,q(X) と HBCp,q(X)→Kp,q⊂Hp+q(X,C) はどちらも同型である。
証明(系 5.4)
d 閉な (p,q) 形式 α が ∂ˉ 完全、または d 完全なら、補題 5.2 から α∈∂∂ˉAp−1,q−1(X) なので、どちらの写像も単射です。Hp,q(X) の各類は d 閉な代表元をもち(定理 5.1 の 3)、Kp,q の元は定義から d 閉な (p,q) 形式で代表されるので、どちらも全射です。
∎
hp,q=dimHp,q(X) を Hodge 数、bk=dimHk(X,C) を Betti 数といいます。Hodge 数を p+q が一定の行に並べた菱形の表を Hodge ダイヤモンドと呼びます。
系 5.5(Hodge 数の関係式)✓
X を n 次元のコンパクト Kähler 多様体とする。
- hp,q=hq,p=hn−p,n−q。
- bk=∑p+q=khp,q。
- 奇数次の Betti 数 b2m+1 は偶数である。
- 0≤p≤n について hp,p≥1。
- 正則 p 形式は d 閉であり、0 でなければ d 完全でない。
証明(系 5.5)
1。 hp,q=hq,p は 定理 5.1 の共役による同型、hp,q=hn−p,n−q は 定理 4.1(E が自明な直線束の場合)です。
2。 定理 5.1 です。
3。 b2m+1=∑p+q=2m+1hp,q で、p=q なので項は (p,q) と (q,p) の対に分かれ、1 から b2m+1=2∑p<q, p+q=2m+1hp,q です。
4。 ωp は d 閉な (p,p) 形式で、d 完全ではありません(定理 4.3[Kähler 多様体])。よって [ωp] は Kp,p の 0 でない元です。
5。 α を正則 p 形式、すなわち ∂ˉα=0 なる (p,0) 形式とします。∂ˉ∗α は (p,−1) 型なので 0 で、命題 2.5 の 1 から α∈Hp,0(X) です。Δdα=2Δ∂ˉα=0 なので α は d 閉で、α=dβ なら 補題 5.2 の 5 から α は自分自身と直交し α=0 です。
∎
コンパクト Kähler 多様体の Hodge ダイヤモンド(n = 2)。縦の軸に関する折り返しが共役 h^{p,q} = h^{q,p}、中心に関する点対称が Serre 双対 h^{p,q} = h^{n−p,n−q}。第 k 行の和が Betti 数 b_k。
Hodge 分解は、整係数コホモロジーの上の付加構造として次のようにまとめられます。
定義 5.6(純 Hodge 構造)↗
有限生成自由アーベル群 HZ と、HC=HZ⊗C の直和分解 HC=⨁p+q=kHp,q で Hp,q=Hq,p(共役は HZ⊗C の第 2 因子の共役)をみたすものの組を、重さ k の純 Hodge 構造という。
コンパクト Kähler 多様体では、Hk(X,Z) をねじれ部分で割った群と 定理 5.1 の分解が重さ k の純 Hodge 構造を与えます。k=1 の場合に H1(X,Z) の像が格子になることは、次章で Picard 多様体を作るときに証明します(定理 8.4[層コホモロジーと直線束])。
補題 5.7(複素射影空間の Betti 数)✓
n≥0 について、HdRk(Pn) は k が 0≤k≤2n の偶数のとき 1 次元、それ以外のとき 0 である。
証明(補題 5.7)
n についての帰納法で示します。P0 は 1 点です。n≥1 とし、p0=[1:0:⋯:0]、U=Pn∖{p0}、V={z0=0}≅Cn とおきます。Pn=U∪V で、U∩V≅Cn∖{0} です。
超平面 {z0=0}≅Pn−1 への写像 r:U→Pn−1、r([z0:z′])=[0:z′] と包含 ι について、r∘ι=id で、Ft([z0:z′])=[tz0:z′] は ι∘r と idU を結ぶ滑らかなホモトピーです。よって Hk(U)≅Hk(Pn−1) です(系 3.3[de Rham コホモロジー])。V は星形なので k≥1 で Hk(V)=0(定理 3.4[de Rham コホモロジー])、Hk(U∩V)≅Hk(S2n−1) は k=0,2n−1 で 1 次元、他は 0 です(系 3.5[de Rham コホモロジー]、定理 5.1[de Rham コホモロジー])。
Mayer–Vietoris 完全系列(定理 4.3[de Rham コホモロジー])
Hk−1(U)⊕Hk−1(V)→Hk−1(U∩V)→Hk(Pn)→Hk(U)⊕Hk(V)→Hk(U∩V)を使います。k=1 のとき、U、V、U∩V は連結で、最初の写像 (a,b)↦b−a は全射なので、H1(Pn)→H1(U)≅H1(Pn−1)=0 が単射で、H1(Pn)=0 です。2≤k≤2n−2 のとき Hk−1(U∩V)=Hk(U∩V)=0 なので Hk(Pn)≅Hk(U)≅Hk(Pn−1) で、帰納法の仮定から主張が従います。k=2n−1(n≥2)のとき H2n−2(U∩V)=0、H2n−1(U)≅H2n−1(Pn−1)=0(次元が 2n−2)なので H2n−1(Pn)=0 です。k=0 と k=2n では、Pn が連結で向き付けられたコンパクト多様体なので 1 次元です(系 6.5[コホモロジーと双対性] の 1)。
∎
命題 5.8(射影空間・複素トーラス・Riemann 面の Hodge 数)✓
- Pn では 0≤p≤n について hp,p=1 で、p=q なら hp,q=0。
- 複素トーラス X=Cn/Γ(Γ は格子)では hp,q=(pn)(qn) で、Hp,q(X) は定数係数の形式 dzI∧dzˉJ(∣I∣=p、∣J∣=q)の類を基底にもつ。
- 連結なコンパクト Riemann 面 X は Kähler 多様体で、g=h1,0 とおくと h0,1=g、b1=2g、h0,0=h1,1=1。
証明(命題 5.8)
1。 Pn は Fubini–Study 計量によりコンパクト Kähler 多様体です(命題 4.1[Kähler 多様体])。系 5.5 の 2・4 と 補題 5.7 から、0≤m≤n について 1=b2m=∑p+q=2mhp,q≥hm,m≥1 なので hm,m=1、p+q=2m、p=q なら hp,q=0 です。p+q が奇数なら bp+q=0 から hp,q=0 です。
2。 Cn の標準計量は平行移動で不変なので X に降り、基本形式 2i∑jdzj∧dzˉj は閉なので Kähler 計量です。Cn=R2n の座標 x1,…,x2n について dxa は X 上の大域的な正規直交余枠で、Levi-Civita 接続について平行です。補題 5.1[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素] から、形式 α=∑KfKdxK について dα=∑adxa∧∂aα、d∗α=−∑aι∂a∂aα(∂a は係数の偏微分)で、ι∂b(dxa∧β)+dxa∧ι∂bβ=δabβ から
Δdα=−a,b∑(dxa∧ι∂b+ι∂bdxa∧)∂a∂bα=K∑(−a∑∂a2fK)dxKです。よって α が調和であることは各係数 fK が調和関数であることと同値で、連結なコンパクト多様体上の調和関数は定数です(命題 3.4[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素])。複素数値の定数係数の形式は dzI∧dzˉJ を基底にもつので、Hp,q(X) は dzI∧dzˉJ(∣I∣=p、∣J∣=q)で張られ、次元は (pn)(qn) です。定理 3.4 から主張が従います。
3。 X に Hermite 計量を入れると、dω は実 2 次元の多様体上の 3 形式なので 0 で、計量は Kähler です。系 5.5 の 1・2 から h0,1=h1,0=g、b1=2g で、h0,0=b0=1、h1,1=h0,0=1 です。
∎
3 の g を Riemann 面の種数といいます。g=dimH1,0(X) は正則 1 形式の空間の次元です(命題 5.2[概複素構造と Dolbeault コホモロジー])。
Hermite ベクトル空間の外積代数の上で、L、Λ と次数作用素 H(ΛCk 上で (k−n) 倍)は
[L,Λ]=H,[H,L]=2L,[H,Λ]=−2Λ
をみたします(補題 5.3[Kähler 多様体])。この関係式だけから従う事実を、抽象的な形でまとめておきます。
補題 6.1(sl(2) 加群の原始分解)✓
V を有限次元の複素ベクトル空間、L,Λ,H を上の関係式をみたす V の線形変換とし、Vν={v:Hv=νv}、Pν={v∈Vν:Λv=0} とおく。
- V=⨁ν∈ZVν で、LVν⊂Vν+2、ΛVν⊂Vν−2。
- m≥0 なら Lm:V−m→Vm は同型である。
- m≥0 なら P−m=ker(Lm+1:V−m→Vm+2) であり、ν>0 なら Pν=0。
- 各整数 ν について Vν=⨁j≥max(0,ν)LjPν−2j で、この範囲の j について Lj は Pν−2j の上で単射である。
- L と Λ は冪零で、w=eLe−ΛeL とおくと、α∈P−m、0≤j≤m について
w(Ljα)=(−1)j(m−j)!j!Lm−jα.
証明(補題 6.1)
e↦Λ、f↦L、h↦−H とおくと [e,f]=[Λ,L]=−H=h、[h,e]=−[H,Λ]=2Λ=2e、[h,f]=−[H,L]=−2L=−2f なので、V は sl(2,C) の有限次元加群です。Weyl の完全可約性定理(定理 9.2[Lie 環の構造論])と既約表現の分類(定理 10.1[Lie 環の構造論])から、V は既約加群 V(m′) の直和で、V(m′) は基底 v0,…,vm′ をもち
Hvk=(2k−m′)vk,Lvk=(k+1)vk+1,Λvk=(m′−k+1)vk−1(v−1=vm′+1=0)です。L,Λ,H は各直和因子を保つので、Vν、Pν、kerLm+1 は直和因子との共通部分の直和です。したがって 1〜4 は各 V(m′) について確かめれば足ります。
1。 上の式から従います。
2。 V(m′)∩V−m は、k=(m′−m)/2 が 0 以上の整数のとき Cvk、そうでなければ 0 です。前者のとき Lmvk=(k+1)(k+2)⋯(k+m)vk+m で、k+m=(m′+m)/2≤m′ なので、これは V(m′)∩Vm=Cvk+m の 0 でない元です。V(m′)∩Vm=0 となる条件も同じなので、Lm は同型です。
3。 2 の k について、Λvk=(m′−k+1)vk−1 が 0 になるのは k=0、すなわち m′=m のときに限ります。一方 Lm+1vk は vk+m+1 の 0 でない倍数で、これが 0 になるのは k+m+1>m′、すなわち m′<m+2 のときです。m′≥m で m′−m は偶数なので、これも m′=m と同値です。ν>0 のとき、V(m′)∩Vν の基底 vk は 2k−m′=ν>0 から k≥1 で、Λvk=0 です。
4。 V(m′) では kerΛ=Cv0⊂V−m′ で、vk=Lkv0/k!(0≤k≤m′)です。よって V(m′)∩Vν は、j=(m′+ν)/2 が 0≤j≤m′ の整数のとき Lj(Pν−2j∩V(m′)) に等しく、Lj は Cv0 の上で単射です。条件 0≤j≤m′=2j−ν は j≥max(0,ν) と同値です。j が異なれば m′=2j−ν が異なり、別の直和因子に属するので、和は直和です。
5。 1 から L と Λ は H の固有値を 2 ずつ動かすので冪零で、指数関数は有限和です。α=0 としてよく、uj=Ljα/j!(0≤j≤m)とおきます。3 から Lm+1α=0 なので Luj=(j+1)uj+1(um+1=0)です。ΛL=LΛ−H と HLj−1α=(2j−2−m)Lj−1α から、ΛLjα=ajLj−1α、aj=aj−1+m−2j+2、a0=0 が帰納的に得られ、aj=j(m−j+1) です。よって Λuj=(m−j+1)uj−1 です。
2 変数 x,y の m 次斉次多項式の空間 Rm の上で F=y∂x、E=x∂y とおき、pj=(jm)xm−jyj とすると
Fpj=(jm)(m−j)xm−j−1yj+1=(j+1)pj+1,Epj=(jm)jxm−j+1yj−1=(m−j+1)pj−1です。線形写像 ϕ:Rm→V を ϕ(pj)=uj で定めると ϕF=Lϕ、ϕE=Λϕ で、したがって ϕeFe−EeF=wϕ です。多項式の Taylor 展開から (etFp)(x,y)=∑kk!(ty)k∂xkp=p(x+ty,y)、同様に (etEp)(x,y)=p(x,y+tx) なので
p(x,y) eF p(x+y,y) e−E p(x+(y−x),y−x)=p(y,y−x) eF p(y,y−(x+y))=p(y,−x)です。よって eFe−EeFpj=(jm)ym−j(−x)j=(−1)jpm−j で、w(uj)=(−1)jum−j、すなわち w(Ljα)=(−1)j(m−j)!j!Lm−jα です。
∎
X をコンパクト Kähler 多様体とします。ω は閉形式なので、L[α]=[ω∧α] はコホモロジーの上の写像 L:Hk(X,C)→Hk+2(X,C) を定め、実係数のコホモロジーを保ちます。
定理 6.2(難 Lefschetz 定理)✓
X を n 次元のコンパクト Kähler 多様体、ω をその Kähler 形式とする。0≤k≤n について
Ln−k:Hk(X,R)→H2n−k(X,R),[α]↦[ωn−k∧α]は同型である。
証明(定理 6.2)
V=⨁kHCk とおきます。V は有限次元です(定理 4.4[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素])。L と Λ は Δd と可換なので(系 6.4[Kähler 多様体])V を保ち、H も次数ごとのスカラー倍なので V を保ちます。各点で成り立つ関係式 [L,Λ]=H、[H,L]=2L、[H,Λ]=−2Λ は V の上でも成り立ち、Vν=HCn+ν です。補題 6.1 の 2(m=n−k)から Ln−k:HCk→HC2n−k は同型です。調和形式 h について Ln−kh は調和で Ln−k[h]=[Ln−kh] なので、同型 HCj≅Hj(X,C) を通して Ln−k:Hk(X,C)→H2n−k(X,C) は同型です。この写像は共役と可換なので、実の類の空間の間の同型に制限されます。
∎
位相的には、Hk と H2n−k の次元が等しいことは Poincaré 双対から分かります。難 Lefschetz 定理はそれより強く、同型が Kähler 類のカップ積という具体的な写像で与えられることを主張しています。
定義 6.3(原始コホモロジー)↗
0≤k≤n について
Pk(X)=ker(Ln−k+1:Hk(X,C)→H2n−k+2(X,C)),Pp,q(X)=Pp+q(X)∩Hp,q(X)とおき、Pk(X) の元を原始類という。k>n または k<0 では Pk(X)=0 とする。
定理 6.4(Lefschetz 分解)✓
X を n 次元のコンパクト Kähler 多様体とする。
- k≤n のとき、類 c∈Hk(X,C) が原始類であることと、その調和代表元 h が各点で Λh=0 をみたすことは同値である。
- 各 k について Hk(X,C)=⨁j≥max(0,k−n)LjPk−2j(X) で、この範囲の j について Lj は Pk−2j(X) の上で単射である。
- Pk(X)=⨁p+q=kPp,q(X) で、Hp,q(X)=⨁j≥max(0,p+q−n)LjPp−j,q−j(X)。
証明(定理 6.4)
定理 6.2 の証明の V=⨁kHCk に 補題 6.1 を使います。
1。 Ln−k+1h は調和形式なので、その類が 0 であることと形式として 0 であることは同値です。補題 6.1 の 3(m=n−k)から、h∈Vk−n について Ln−k+1h=0 と Λh=0 は同値です。
2。 1 から、同型 HCk≅Hk(X,C) で Pk−n は Pk(X) に対応します。補題 6.1 の 4 を ν=k−n に使えば、Pν−2j が Pk−2j(X) に対応することから主張を得ます。
3。 ω は (1,1) 形式なので L は (p,q) 型を (p+1,q+1) 型に写します。調和形式 h=∑p+q=khp,q について、Ln−k+1h=0 は型ごとに Ln−k+1hp,q=0 と同値なので、Pk(X)=⨁Pp,q(X) です。2 の分解の (p,q) 成分を取れば後半を得ます。
∎
原始形式の上では、Hodge スターが L の冪で書けます。これを作用素の恒等式として証明します。J=∑p,qip−qΠp,q とおきます。
証明(補題 7.1)
1 点 x を固定し、T=TxX、εd=(−1)d(d+1)/2、w=eLe−ΛeL と書きます。
1。 n についての帰納法で示します。
n=1 の場合。 2.1 節の記号で、ΛC∙ の基底は 1、w1、wˉ1、ω=e1∧e2 です。⋆1=ω、⋆ω=1、⋆e1=e2、⋆e2=−e1 から ⋆w1=−iw1、⋆wˉ1=iwˉ1 です。L1=ω で、L は他の基底を 0 に写します。⟨Λω,1⟩=⟨ω,L1⟩=1 から Λω=1 で、Λ は他の基底を 0 に写します。よって
w(1)=eLe−Λ(1+ω)=eL(1+ω−1)=ω,w(ω)=eLe−Λω=eL(ω−1)=−1,w(w1)=w1,w(wˉ1)=wˉ1です。ε0=1、ε1=−1、ε2=−1、Jw1=iw1、Jwˉ1=−iwˉ1 なので、εdJw は 1↦ω、w1↦−iw1、wˉ1↦iwˉ1、ω↦1 で、⋆ に一致します。
帰納法の段。 n≥2 とし、T=T1⊕T2 を、T1=span(e1,e2) とその直交補空間 T2 への分解とします。どちらも J で不変で、g の制限により次元 1 と n−1 の Hermite ベクトル空間です。射影による引き戻しで Λ∙Ti∗ を Λ∙T∗ の部分空間とみなすと、α1⊗α2↦α1∧α2 は同型 Λ∙T1∗⊗Λ∙T2∗→Λ∙T∗ です(正規直交基底 eK1∧eK2 を見る)。Ti に関する作用素を Li、Λi、Ji、⋆i、wi と書き、αi,βi∈ΛdiTi∗⊗C とします。
(a) ⟨α1∧α2,β1∧β2⟩=⟨α1,β1⟩⟨α2,β2⟩ で、次数の組 (d1,d2) が異なる元は直交します。基底 eK1∧eK2 が正規直交だからです。
(b) ω=ω1+ω2 で、2 形式は任意の形式と可換なので L(α1∧α2)=L1α1∧α2+α1∧L2α2 です。(a) から随伴を取って Λ(α1∧α2)=Λ1α1∧α2+α1∧Λ2α2 です。すなわち L=L1⊗1+1⊗L2、Λ=Λ1⊗1+1⊗Λ2 で、添字 1 の作用素と添字 2 の作用素は可換なので
w=eL1eL2e−Λ1e−Λ2eL1eL2=(eL1e−Λ1eL1)⊗(eL2e−Λ2eL2)=w1⊗w2です。
(c) 型は加法的なので J(α1∧α2)=J1α1∧J2α2 です。
(d) ⋆(α1∧α2)=(−1)d1d2⋆1α1∧⋆2α2 です。実際、vol=vol1∧vol2 で、次数 d2 の β2 と次数 2−d1 の ⋆1αˉ1 を入れ替えると符号 (−1)d2(2−d1)=(−1)d1d2 が出るので、(a) と 補題 2.1 の 1 から
(β1∧β2)∧(⋆1αˉ1∧⋆2αˉ2)=(−1)d1d2⟨β1,α1⟩⟨β2,α2⟩vol=(−1)d1d2⟨β1∧β2,α1∧α2⟩volです。βi の次数の組が (d1,d2) と異なり全次数が等しいとき、左辺は T1 か T2 のどちらかについて最高次を超える次数をもつので 0 で、右辺も (a) から 0 です。β1∧β2 の形の元は全体を張るので、(d) が従います。
帰納法の仮定から ⋆i=εdiJiwi です。(b)・(c)・(d) と、2(d1+d2)(d1+d2+1)=2d1(d1+1)+2d2(d2+1)+d1d2 から得られる εd1+d2=εd1εd2(−1)d1d2 により
εd1+d2Jw(α1∧α2)=εd1+d2J1w1α1∧J2w2α2=(−1)d1d2⋆1α1∧⋆2α2=⋆(α1∧α2)です。α1∧α2 の形の元が ΛC∙ を張るので、1 が示されました。
2。 V=Λ∙T∗⊗C に 補題 6.1 の 5 を使います。α∈Pk−n なので、m=n−k として w(Ljα)=(−1)j(m−j)!j!Lm−jα です。Lm−jα は (p+m−j,q+m−j) 型なので J は ip−q 倍で作用します。Ljα の次数は d=k+2j で、2d(d+1)=2k(k+1)+j(2k+2j+1) から εd=(−1)k(k+1)/2+j です。1 に代入して
⋆Ljα=(−1)k(k+1)/2+jip−q(−1)j(m−j)!j!Lm−jα=(−1)k(k+1)/2ip−q(n−k−j)!j!Ln−k−jαです。
∎
X をコンパクト Kähler 多様体とし、k≤n について Hk(X,C) 上の形式
Q(a,b)=∫Xα∧βˉ∧ωn−k(a=[α], b=[β])
を考えます。ω が閉なので、Stokes の定理から Q は代表元の取り方によりません。Q は a について線形、b について共役線形です。
定理 7.2(Hodge–Riemann の双線形関係式)✓
X を n 次元のコンパクト Kähler 多様体、k≤n とする。
- a∈Hp,q(X)、b∈Hp′,q′(X)(p+q=p′+q′=k)で (p,q)=(p′,q′) なら Q(a,b)=0。
- 0 でない原始類 a∈Pp,q(X)(p+q=k)について
ip−q(−1)k(k−1)/2Q(a,a)=ip−q(−1)k(k−1)/2∫Xα∧αˉ∧ωn−k>0.
証明(定理 7.2)
1。 代表元を d 閉な (p,q) 形式 α と (p′,q′) 形式 β に取ると(定理 5.1)、α∧βˉ∧ωn−k は (p+q′+n−k, q+p′+n−k) 型です。p+q′=k となるのは q′=q のときだけなので、(p,q)=(p′,q′) ならこの形式は (n,n) 型でない 2n 形式で、0 です。
2。 α を a の調和代表元とします。α は (p,q) 型で、定理 6.4 の 1 から各点で Λα=0 です。Λ は実の作用素なので Λαˉ=0 で、αˉ は (q,p) 型です。補題 7.1 の 2(j=0)を αˉ に使うと
⋆αˉ=(−1)k(k+1)/2iq−p(n−k)!1ωn−k∧αˉです。補題 2.1 の 1 から ∥α∥2=∫Xα∧⋆αˉ なので、ωn−k が偶数次であることを使って
∫Xα∧αˉ∧ωn−k=(n−k)!(−1)k(k+1)/2ip−q∥α∥2です。両辺に ip−q(−1)k(k−1)/2 を掛けると、2k(k+1)+2k(k−1)=k2≡k(mod2) と i2(p−q)=(−1)p−q から、右辺の係数は (−1)k+p−q=(−1)2p=1 で、
ip−q(−1)k(k−1)/2Q(a,a)=(n−k)!∥α∥2>0です。
∎
n=1、k=1 で確かめておきます。Riemann 面上の 0 でない正則 1 形式 α(p=1、q=0)について、主張は i∫Xα∧αˉ>0 です。局所的に α=fdz と書くと iα∧αˉ=i∣f∣2dz∧dzˉ=2∣f∣2dx∧dy で、確かに正です。
曲面の場合が、代数曲面の交叉理論で基本になる Hodge 指数定理です。コンパクトで連結な複素曲面 X(n=2)について、H2(X,R) 上の対称双線形形式 (a,b)↦∫Xα∧β を交点形式といい、これが正定値になる部分空間の最大次元を b+、負定値になる部分空間の最大次元を b− として、σ(X)=b+−b− を X の符号数といいます。
系 7.3(Hodge 指数定理)✓
X をコンパクトで連結な Kähler 曲面とし、H1,1(X,R)=K1,1∩H2(X,R) とおく。
- H1,1(X,R) は実 h1,1 次元で、その上の交点形式の符号は (1,h1,1−1) である。すなわち [ω] の上で正で、[ω] の直交補空間の上で負定値である。
- b+=2h2,0+1、b−=h1,1−1 で、σ(X)=∑p,q(−1)php,q。
証明(系 7.3)
K1,1 と K2,0⊕K0,2 は共役で不変なので(定理 5.1)、それぞれ実の類の空間 H1,1(X,R)、W={a+aˉ:a∈K2,0} の複素化で、
H2(X,R)=W⊕H1,1(X,R),dimRW=2h2,0,dimRH1,1(X,R)=h1,1です。定理 6.4 の 3(n=2、p=q=1)から K1,1=P1,1(X)⊕C[ω] で、L と共役は可換なので P1,1(X) も共役で不変です。その実の類の空間を PR とすると H1,1(X,R)=R[ω]⊕PR、dimPR=h1,1−1 です。
三つの空間 W、R[ω]、PR は交点形式について互いに直交します。W と H1,1(X,R) の元の積は (3,1) 型と (1,3) 型の形式の和で 0 です。b∈PR について ∫Xω∧β は類 Lb∈H4(X,C) の積分で、原始類の定義(n−k+1=1)から Lb=0 です。
符号を調べます。∫Xω2=2∫Xvol>0 です。0=b∈PR について、定理 7.2 の 2(p=q=1、k=2)から −∫Xβ∧βˉ>0 で、b は実なので ∫Xβ∧β<0 です。0=a∈K2,0 について、La は (3,1) 型の形式で代表されるので 0 で、a∈P2,0(X) です。定理 7.2 の 2(p=2、q=0)から i2(−1)∫Xα∧αˉ=∫Xα∧αˉ>0 で、α∧α と αˉ∧αˉ は型から 0 なので ∫X(α+αˉ)2=2∫Xα∧αˉ>0 です。
以上から、交点形式は W⊕R[ω](2h2,0+1 次元)の上で正定値、PR(h1,1−1 次元)の上で負定値で、これらは直交して全体を張ります。よって b+=2h2,0+1、b−=h1,1−1 で、1 も従います。最後に h0,1=h1,0、h1,2=h2,1、h0,2=h2,0、h0,0=h2,2=1(系 5.5)から
p,q∑(−1)php,q=(1+h0,1+h0,2)−(h1,0+h1,1+h1,2)+(h2,0+h2,1+1)=2+2h2,0−h1,1=σ(X)です。
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1 は、代数曲面の因子の交点数についての Hodge 指数定理(豊富な因子 H と D⋅H=0 なる因子 D について D2≤0)の解析版です。因子の類は H1,1(X,R) に入るからです(次章の 定理 8.2[層コホモロジーと直線束])。
例 8.1(Hopf 曲面は Kähler でなく、Hodge 数は対称でない)
Hopf 曲面 X=(C2∖{0})/⟨z↦2z⟩ は S1×S3 と微分同相なコンパクト複素曲面である(複素多様体と正則写像)。Künneth の公式(系 5.7[コホモロジーと双対性])と球面のコホモロジー(定理 5.1[de Rham コホモロジー])から b1=1、b2=0 で、b1 が奇数なので 系 5.5 の 3 により X は Kähler 計量をもたない。b2=0 からも同じ結論が出る(系 5.5 の 4)。
h1,0=0 を確かめる。X 上の正則 1 形式を C2∖{0} に引き戻すと f1dz1+f2dz2(fj は正則)で、z↦2z で不変なので fj(z)=2fj(2z) をみたす。fj は C2 全体に正則に延び(定理 7.1[複素多様体と正則写像])、fj(z)=2−Nfj(2−Nz) で N→∞ とすると、fj は原点の近くで有界なので fj(z)=0 である。一方 h0,1=1 であることが知られている(Barth–Hulek–Peters–Van de Ven の第 V 章)。したがって h1,0=h0,1 で、Hodge 数の対称性は Kähler 性なしには成り立たない。Serre 双対 hp,q=h2−p,2−q は Kähler 性を使わないので、この場合も成り立つ。
例 8.2(岩澤多様体:閉でない正則形式)
G を複素数を成分とする 3 次の上三角冪単行列の群(成分を z1,z2,z3 とし C3 と同一視する)、Γ を成分が Gauss 整数のものからなる部分群とすると、X=Γ\G はコンパクトな 3 次元複素多様体である(岩澤多様体)。g−1dg の成分 dz1、dz2、φ=dz3−z1dz2 は左移動で不変な正則 1 形式で、X に降りる。dφ=−dz1∧dz2=0 なので、系 5.5 の 5 により X は Kähler 計量をもたない。この例では b1=4 は偶数で、Betti 数の偶奇だけでは判定できない。
例 8.3(奇数次元球面の積)
S2a+1×S2b+1(a+b≥1)は Calabi–Eckmann による複素構造をもつが、Künneth の公式から b2=0 なので、どの複素構造についても Kähler 計量をもたない(系 5.5 の 4)。a=0、b=1 が Hopf 曲面である。a=b=1 の S3×S3 では b1=0 で、奇数次 Betti 数の条件は役に立たず、h1,1≥1 のほうが効く。
例 8.4(K3 曲面と 5 次 3 次元多様体の Hodge ダイヤモンド)
P3 の非特異な 4 次曲面 S(K3 曲面の一例)と P4 の非特異な 5 次超曲面 Y の Hodge ダイヤモンドは次のとおりである。
S:1001201001Y:10001010111101010001どちらも射影多様体なので Kähler で(命題 4.2[Kähler 多様体])、この記事の対称性をみたしている。個々の数値は後の章の結果から出る。随伴公式から標準束が自明なので h2,0(S)=h3,0(Y)=1(定理 6.3[正則ベクトル束・Chern 接続・直線束と因子])、弱 Lefschetz 定理から中間次元より下の Hodge 数は射影空間と同じ(系 4.4[Kodaira の消滅定理と埋め込み定理])で、残る h1,1(S)=20 と h2,1(Y)=101 は Euler 数 e(S)=24、e(Y)=−200 から決まる(計算は参考文献の Griffiths–Harris と Huybrechts にある)。S の符号数は 系 7.3 から σ=2+2−20=−16 である。
演習 9.1易
次の (1)(2) を示してください。(1) コンパクト Kähler 多様体 X について b1(X)=3 となることはない。(2) n 次元のコンパクト Kähler 多様体 X が b2(X)=1 をみたせば、h2,0(X)=0 で、正則 2 形式は 0 だけである。
解答
(1) 系 5.5 の 3 から b1=2h1,0 は偶数です。
(2) 系 5.5 の 1・2・4 から 1=b2=h2,0+h1,1+h0,2=2h2,0+h1,1、h1,1≥1 なので h2,0=0 です。H2,0(X) は正則 2 形式の空間(命題 5.2[概複素構造と Dolbeault コホモロジー])なので、正則 2 形式は 0 だけです。
演習 9.2標準
コンパクト Kähler 多様体 X 上の二つの Kähler 形式 ω,ω′ が同じ de Rham 類を定めるとします。実数値の滑らかな関数 φ で ω′=ω+i∂∂ˉφ となるものが存在し、X が連結なら φ は定数の差を除いて一意であることを示してください。
解答
α=ω′−ω は d 閉かつ d 完全な実 (1,1) 形式です。補題 5.2(1 ⇒ 4)から α=∂∂ˉγ となる複素数値の関数 γ があります。共役を取ると α=αˉ=∂ˉ∂γˉ=−∂∂ˉγˉ なので、二つの式の平均を取って
α=21∂∂ˉ(γ−γˉ)=i∂∂ˉφ,φ=Imγです。一意性:i∂∂ˉψ=0 となる実数値の ψ を考えます。関数に対して ∂ˉ∗∂ˉψ=−i[Λ,∂]∂ˉψ=−iΛ∂∂ˉψ(Kähler 恒等式 [Λ,∂]=i∂ˉ∗ と、Λ が 1 形式を 0 に写すこと)なので Δ∂ˉψ=−Λ(i∂∂ˉψ)=0、したがって Δdψ=0 で、ψ は定数です(命題 3.4[Hodge 理論と Laplace–Beltrami 作用素])。
演習 9.3標準
C2 の標準計量(ω=2i(dz1∧dzˉ1+dz2∧dzˉ2))について、α=dz1∧dzˉ1 を原始形式と ω の倍数の和に分解してください。得られた原始形式 β について、補題 7.1 の 2 と 定理 7.2 の符号を各点で確かめてください。
解答
Λ は L の随伴なので Λα=⟨Λα,1⟩=⟨α,ω⟩ です。∣dzj∣2=2 から ∣dz1∧dzˉ1∣2=4 で、dz1∧dzˉ1 と dz2∧dzˉ2 は直交するので ⟨α,ω⟩=(i/2)⋅4=−2i です。また Λω=ΛL1=−H1=2 です([L,Λ]=H と Λ1=0)。よって β=α+iω は Λβ=−2i+2i=0 をみたし、
α=β−iω,β=21(dz1∧dzˉ1−dz2∧dzˉ2)が求める分解です。
dzj∧dzˉj=−2idxj∧dyj、vol=dx1∧dy1∧dx2∧dy2 を使います。βˉ=−β で、β∧β=−21dz1∧dzˉ1∧dz2∧dzˉ2=−21(−2i)2vol=2vol なので β∧βˉ=−2vol です。一方 ∣β∣2=41(4+4)=2 です。補題 7.1 の 2(n=k=2、p=q=1、j=0)は ⋆β=(−1)3β=−β を主張し、⋆βˉ=−βˉ=β、β∧⋆βˉ=β∧β=2vol=∣β∣2vol と合っています。定理 7.2 の符号は i0(−1)1β∧βˉ=2vol>0 で、(n−k)!∣β∣2=2 に一致します。
演習 9.4標準
系 7.3 を使って、次の Kähler 曲面の b+、b−、符号数を求めてください。(1) P2。(2) 複素 2 次元トーラス。(3) P1×P1。
解答
(1) 命題 5.8 の 1 から h2,0=0、h1,1=1 で、b+=1、b−=0、σ=1 です。
(2) 命題 5.8 の 2 から h2,0=1、h1,1=4 で、b+=3、b−=3、σ=0 です。
(3) 積は Kähler です(命題 4.2[Kähler 多様体])。Künneth の公式(系 5.7[コホモロジーと双対性])と 補題 5.7 から b2=2 で、H2 は二つの因子の Fubini–Study 形式の引き戻し ω1,ω2 の類で張られます。これらは d 閉な (1,1) 形式なので h1,1≥2、したがって h1,1=2、h2,0=0 です。b+=1、b−=1、σ=0 です。実際、交点形式は ∫ω12=∫ω22=0、∫ω1∧ω2=1 で、[ω1]+[ω2] の上で正、[ω1]−[ω2] の上で負です。
- D. Huybrechts, Complex Geometry: An Introduction, Universitext, Springer, 2005 — 第 1 章(Hermite ベクトル空間の線形代数と Lefschetz 分解)、第 3 章(Kähler 恒等式と Hodge 理論)、第 4 章(束係数の Hodge 理論と Serre 双対)。
- P. Griffiths, J. Harris, Principles of Algebraic Geometry, Wiley, 1978 — 第 0 章(Hodge の定理、Kähler 多様体、Lefschetz 分解と Hodge–Riemann の双線形関係式)。
- C. Voisin, Hodge Theory and Complex Algebraic Geometry I, Cambridge Studies in Advanced Mathematics 76, Cambridge University Press, 2002 — 第 5〜7 章。
- R. O. Wells, Differential Analysis on Complex Manifolds, Graduate Texts in Mathematics 65, Springer — 第 IV 章(楕円型作用素の理論)、第 V 章(コンパクト複素多様体)。
- H. B. Lawson, M.-L. Michelsohn, Spin Geometry, Princeton University Press, 1989 — Dirac 型作用素と Clifford 加群の一般論、Kähler 多様体上の 2(∂ˉ+∂ˉ∗) と Dirac 作用素の関係。
- W. Barth, K. Hulek, C. Peters, A. Van de Ven, Compact Complex Surfaces, 第 2 版, Springer, 2004 — 第 IV 章(曲面の Hodge 理論と符号数)、第 V 章(Hopf 曲面)。
- 小平邦彦『複素多様体論』岩波書店、1992。
執筆: Claude Code(Opus 5.5)、Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 2 回(Claude Code)・最終 2026-10-12