コンテンツにスキップ

Hilbert 空間の基礎:射影定理・リースの表現定理・正規直交基底

対象読者: 学部の線形代数(内積・直交・部分空間)と解析学の実数の完備性、コーシー列、位相空間の基本概念を学んだ人。ルベーグ積分や関数解析は仮定しません。

前提となる記事:実数の完備性とコーシー列:解析学を支える「穴のなさ」、ベクトル空間と線形変換:8 つの公理から次元定理まで、位相空間の定義と基本概念:距離を捨てても「近さ」は残る

生 Markdown

平面や空間で「点から直線へ垂線を下ろす」と、その直線上でいちばん近い点が見つかります。この記事は、同じことが無限次元の空間(関数の空間など)でもできるのか、できるなら何が必要か、を調べます。答えは「空間に穴がなければ(完備なら)できる」で、そこから、ベクトルを座標のように成分へ分けて扱う方法や、無限に続く列の中から収束するものを取り出す方法が得られます。読み終えると、関数を無限次元のベクトルとして直交分解する、という量子力学や偏微分方程式の基本の見方が使えるようになります。

  • Hilbert 空間とは、内積から定まるノルム(長さ)について完備(穴がない)な内積空間です。量子力学の状態空間 L2(R3)L^2(\mathbb{R}^3) も、Fock 空間も、すべてこの枠に入ります。
  • 射影定理: 閉部分空間 MM に対して、任意の xx は MM の中に最も近い点をただ 1 つ持ち、H=M⊕M⊥\mathcal{H} = M \oplus M^\perp と直交分解されます。完備性と平行四辺形則の両方が本質的に効いており、完備性を外すと分解は壊れます(反例を本文で構成します)。
  • リースの表現定理: 有界線形汎関数 φ\varphi はすべて φ(x)=⟨y,x⟩\varphi(x) = \langle y, x\rangle の形をしています。ブラ・ケット記法で ⟨y∣\langle y| を「線形汎関数」と読んでよい根拠がこれです。
  • 弱収束: 可分な Hilbert 空間の有界列は弱収束する部分列を持ちます。無限次元では有界閉集合はノルム位相でコンパクトにならないので、その代わりとして弱位相を使います。
  • 正規直交基底はツォルンの補題(極大なものの存在を保証する集合論の道具)で必ず存在し、パーセバルの等式 ∥x∥2=∑α∣⟨eα,x⟩∣2\|x\|^2 = \sum_\alpha |\langle e_\alpha, x\rangle|^2 を満たします。可分な無限次元 Hilbert 空間はすべて ℓ2\ell^2 とユニタリ同値です。

有限次元の線形代数で、内積空間の議論を支えていたのは「部分空間への直交射影がいつでも作れる」ことでした(内積空間とグラム・シュミット直交化 を参照してください)。最小二乗法も、スペクトル定理も、固有ベクトルによる展開も、最終的にはこの射影の存在に帰着します。

ところが量子力学や偏微分方程式で扱う空間は無限次元です。波動関数の空間 L2(Rd)L^2(\mathbb{R}^d) では、有限個の基底ベクトルで部分空間を張る議論は使えず、部分空間に最も近い点が本当に存在するかが自明ではなくなります。最小化列を取れば距離の下限には近づけますが、その列の極限が空間の中にあるかどうかは空間の完備性に依存します。これは Q\mathbb{Q} の中で 2\sqrt{2} に近づく列が Q\mathbb{Q} の中に極限を持たないのとまったく同じ問題です(実数の完備性とコーシー列)。

20 世紀初頭、Hilbert は積分方程式の研究で二乗総和可能な数列の空間 ℓ2\ell^2 を導入し、von Neumann は 1920 年代末に量子力学の数学的基礎として抽象的な Hilbert 空間を公理化しました。この章では、その公理化から直接出てくる 3 つの柱、すなわち射影定理・リースの表現定理・正規直交基底を、仮定を省略せずに証明します。これらはこのテーマの以後のすべての章(有界作用素・非有界作用素・スペクトル定理)の土台になります。

この章では、係数体は複素数体 C\mathbb{C} とします。実数体の場合も、共役を取る操作を恒等写像に置き換えればすべて成り立ちます。

定義 2.1(内積空間)↗

複素ベクトル空間 VV 上の写像 ⟨⋅,⋅⟩:V×V→C\langle\cdot,\cdot\rangle : V\times V\to\mathbb{C} が次を満たすとき、内積といい、組 (V,⟨⋅,⋅⟩)(V,\langle\cdot,\cdot\rangle) を内積空間(前 Hilbert 空間)という。すべての x,y,z∈Vx,y,z\in V、α,β∈C\alpha,\beta\in\mathbb{C} に対して

  1. ⟨x,αy+βz⟩=α⟨x,y⟩+β⟨x,z⟩\langle x, \alpha y + \beta z\rangle = \alpha\langle x,y\rangle + \beta\langle x,z\rangle(第 2 変数について線形)
  2. ⟨y,x⟩=⟨x,y⟩‾\langle y, x\rangle = \overline{\langle x, y\rangle}(エルミート対称性)
  3. ⟨x,x⟩≥0\langle x, x\rangle \ge 0 であり、⟨x,x⟩=0\langle x,x\rangle = 0 となるのは x=0x = 0 のときに限る(正定値性)

1 と 2 から、第 1 変数については共役線形 ⟨αx+βy,z⟩=αˉ⟨x,z⟩+βˉ⟨y,z⟩\langle \alpha x + \beta y, z\rangle = \bar\alpha\langle x,z\rangle + \bar\beta\langle y,z\rangle である。∥x∥=⟨x,x⟩1/2\|x\| = \langle x,x\rangle^{1/2} と置く。

この記事では物理の慣習に合わせ、第 1 変数について共役線形とします。数学の多くの教科書は逆なので、文献を読むときは注意してください。

命題 2.2(コーシー・シュワルツの不等式と三角不等式)✓

内積空間 VV の任意の x,yx, y に対して

∣⟨x,y⟩∣≤∥x∥ ∥y∥|\langle x, y\rangle| \le \|x\|\,\|y\|

が成り立ち、等号は xx と yy が線形従属のときに限る。さらに ∥x+y∥≤∥x∥+∥y∥\|x+y\| \le \|x\| + \|y\| であり、∥⋅∥\|\cdot\| は VV 上のノルムである。

証明(命題 2.2)

x=0x = 0 なら両辺 00 です。x≠0x\ne 0 とし、λ=⟨x,y⟩/∥x∥2\lambda = \langle x, y\rangle / \|x\|^2 と置きます。正定値性と第 2 変数の線形性・第 1 変数の共役線形性から

0≤∥y−λx∥2=∥y∥2−λ⟨y,x⟩−λˉ⟨x,y⟩+∣λ∣2∥x∥2=∥y∥2−∣⟨x,y⟩∣2∥x∥20 \le \|y - \lambda x\|^2 = \|y\|^2 - \lambda\langle y, x\rangle - \bar\lambda\langle x, y\rangle + |\lambda|^2\|x\|^2 = \|y\|^2 - \frac{|\langle x,y\rangle|^2}{\|x\|^2}

となり、不等式が出ます。等号は y=λxy = \lambda x のときに限ります。三角不等式は

∥x+y∥2=∥x∥2+2 Re ⟨x,y⟩+∥y∥2≤∥x∥2+2∥x∥∥y∥+∥y∥2=(∥x∥+∥y∥)2\|x+y\|^2 = \|x\|^2 + 2\,\mathrm{Re}\,\langle x,y\rangle + \|y\|^2 \le \|x\|^2 + 2\|x\|\|y\| + \|y\|^2 = (\|x\|+\|y\|)^2

から従います。斉次性 ∥αx∥=∣α∣∥x∥\|\alpha x\| = |\alpha|\|x\| は ⟨αx,αx⟩=αˉα⟨x,x⟩\langle\alpha x,\alpha x\rangle = \bar\alpha\alpha\langle x,x\rangle からわかります。

コーシー・シュワルツの不等式から、∣⟨x,y⟩−⟨x′,y′⟩∣≤∥x−x′∥∥y∥+∥x′∥∥y−y′∥|\langle x,y\rangle - \langle x',y'\rangle| \le \|x-x'\|\|y\| + \|x'\|\|y-y'\| が出るので、内積はノルム位相について連続です。以後これを断りなく使います。

命題 2.3(平行四辺形則と分極恒等式)✓

内積空間 VV の任意の x,yx,y に対して

∥x+y∥2+∥x−y∥2=2∥x∥2+2∥y∥2,⟨x,y⟩=14(∥x+y∥2−∥x−y∥2−i∥x+iy∥2+i∥x−iy∥2)\|x+y\|^2 + \|x-y\|^2 = 2\|x\|^2 + 2\|y\|^2, \qquad \langle x, y\rangle = \frac14\bigl(\|x+y\|^2 - \|x-y\|^2 - i\|x+iy\|^2 + i\|x-iy\|^2\bigr)

が成り立つ(右の式が分極恒等式。第 1 変数について共役線形の規約に対応する形である)。

証明(命題 2.3)

∥x±y∥2=∥x∥2±2 Re⟨x,y⟩+∥y∥2\|x\pm y\|^2 = \|x\|^2 \pm 2\,\mathrm{Re}\langle x,y\rangle + \|y\|^2 を足すと平行四辺形則です。引くと ∥x+y∥2−∥x−y∥2=4 Re⟨x,y⟩\|x+y\|^2 - \|x-y\|^2 = 4\,\mathrm{Re}\langle x,y\rangle です。yy を iyiy に替えると ⟨x,iy⟩=i⟨x,y⟩\langle x, iy\rangle = i\langle x,y\rangle なので Re⟨x,iy⟩=−Im⟨x,y⟩\mathrm{Re}\langle x, iy\rangle = -\mathrm{Im}\langle x,y\rangle、したがって ∥x+iy∥2−∥x−iy∥2=−4 Im⟨x,y⟩\|x+iy\|^2 - \|x-iy\|^2 = -4\,\mathrm{Im}\langle x,y\rangle です。⟨x,y⟩=Re+i Im\langle x,y\rangle = \mathrm{Re} + i\,\mathrm{Im} に代入すると、主張の式になります。

分極恒等式は「ノルムを保つ線形写像は内積も保つ」ことを示すのに使います(定理 6.8 の証明)。平行四辺形則のほうは、次節の射影定理の証明の心臓部です。

注意 2.4

逆に、ノルム空間のノルムが平行四辺形則を満たせば、分極恒等式で定義した ⟨⋅,⋅⟩\langle\cdot,\cdot\rangle は内積になり、そのノルムを再現します(Jordan–von Neumann の定理)。たとえば R2\mathbb{R}^2 の最大値ノルム ∥(a,b)∥∞=max⁡(∣a∣,∣b∣)\|(a,b)\|_\infty = \max(|a|,|b|) では x=(1,0)x=(1,0), y=(0,1)y=(0,1) に対し左辺 1+1=21+1=2、右辺 2+2=42+2=4 となるので、このノルムはどんな内積からも来ません。

定義 2.5(Hilbert 空間・可分性)↗

内積空間 H\mathcal{H} が、ノルム ∥x∥=⟨x,x⟩1/2\|x\| = \langle x,x\rangle^{1/2} から定まる距離 d(x,y)=∥x−y∥d(x,y) = \|x-y\| について完備であるとき、H\mathcal{H} を Hilbert 空間 という。Hilbert 空間(より一般に距離空間)が可分であるとは、可算な稠密部分集合をもつことをいう。

例 2.6(ℓ² と L²)

(1) ℓ2={x=(xn)n∈N:xn∈C, ∑n∣xn∣2<∞}\ell^2 = \{ x = (x_n)_{n\in\mathbb{N}} : x_n\in\mathbb{C},\ \sum_n |x_n|^2 < \infty\} は、内積 ⟨x,y⟩=∑nxn‾ yn\langle x,y\rangle = \sum_n \overline{x_n}\,y_n で Hilbert 空間です。級数の収束はコーシー・シュワルツの不等式 ∑∣xn‾yn∣≤∥x∥∥y∥\sum|\overline{x_n}y_n| \le \|x\|\|y\| から従い、完備性は N\mathbb{N} 上の数え上げ測度に関する L2L^2 の完備性(リース–フィッシャーの定理)の特別な場合です(L^p空間と関数解析への導入)。有限個の有理数(実部・虚部とも有理数)成分だけが 00 でない数列全体は可算かつ稠密なので、ℓ2\ell^2 は可分です。

(2) 測度空間 (X,μ)(X,\mu) 上の L2(X,μ)L^2(X,\mu) は、⟨f,g⟩=∫Xf‾ g dμ\langle f, g\rangle = \int_X \overline{f}\,g\,d\mu で Hilbert 空間です。XX が Rd\mathbb{R}^d の開集合で μ\mu がルベーグ測度なら、有理係数の階段関数(有理座標の直方体の特性関数の有理係数 1 次結合)が稠密なので可分です。

(3) 非可分な例として、非可算集合 II 上の ℓ2(I)={x:I→C:∑i∈I∣x(i)∣2<∞}\ell^2(I) = \{x : I\to\mathbb{C} : \sum_{i\in I}|x(i)|^2 < \infty\} があります(和は有限部分和の上限)。i≠ji\ne j なら ∥δi−δj∥=2\|\delta_i - \delta_j\| = \sqrt{2} なので、半径 2/2\sqrt2/2 の開球 B(δi,2/2)B(\delta_i, \sqrt2/2) は互いに交わらず非可算個あり、可算集合はそのすべてと交わることができません。

定義 3.1(閉部分空間・直交補空間)↗

Hilbert 空間 H\mathcal{H} の線形部分空間 MM がノルム位相で閉集合であるとき、閉部分空間という。部分集合 S⊂HS\subset\mathcal{H} に対して

S⊥={x∈H:⟨s,x⟩=0 for all s∈S}S^\perp = \{ x\in\mathcal{H} : \langle s, x\rangle = 0 \ \text{for all } s\in S\}

を SS の直交補空間という。⟨x,y⟩=0\langle x, y\rangle = 0 のとき x⊥yx\perp y と書く。

命題 3.2

任意の部分集合 S⊂HS\subset\mathcal{H} に対して S⊥S^\perp は閉部分空間であり、S⊥=(span S‾)⊥S^\perp = (\overline{\mathrm{span}\,S})^\perp、S∩S⊥⊂{0}S\cap S^\perp\subset\{0\} が成り立つ。

証明(命題 3.2)

各 ss について x↦⟨s,x⟩x\mapsto\langle s,x\rangle は線形で連続(コーシー・シュワルツ)なので、その核は閉部分空間です。S⊥S^\perp はその共通部分なので閉部分空間です。x⊥Sx\perp S なら線形性で x⊥span Sx\perp\mathrm{span}\,S、内積の連続性で x⊥span S‾x\perp\overline{\mathrm{span}\,S} となり、逆向きの包含は S⊂span S‾S\subset\overline{\mathrm{span}\,S} から明らかです。x∈S∩S⊥x\in S\cap S^\perp なら ⟨x,x⟩=0\langle x,x\rangle = 0 なので x=0x=0 です。

まず、完備性を使わずに成り立つ「最近点の特徴づけ」を分けておきます。後で反例を作るときに、どこまでが完備性なしで言えるかを明確にしたいからです。直感的には、pp が最近点なら、pp から xx へ向かうベクトルと、pp から集合内の他の点 kk へ向かうベクトルは鈍角(または直角)をなす、ということです。もし鋭角なら、pp から kk のほうへ少し動くと xx に近づいてしまいます。実部だけを見るのは、角度に関わるのが内積の実部だからです。

補題 3.3(最近点の変分的特徴づけ)✓

VV を内積空間、K⊂VK\subset V を空でない凸集合、x∈Vx\in V、p∈Kp\in K とする。∥x−p∥=inf⁡k∈K∥x−k∥\|x - p\| = \inf_{k\in K}\|x - k\| であるための必要十分条件は、すべての k∈Kk\in K に対して Re ⟨x−p,k−p⟩≤0\mathrm{Re}\,\langle x - p, k - p\rangle \le 0 となることである。とくに K=MK = M が線形部分空間なら、この条件は x−p∈M⊥x - p\in M^\perp と同値である。

証明(補題 3.3)

k∈Kk\in K, t∈(0,1]t\in(0,1] に対して凸性から p+t(k−p)∈Kp + t(k-p)\in K です。

∥x−p−t(k−p)∥2=∥x−p∥2−2t Re⟨x−p,k−p⟩+t2∥k−p∥2.\|x - p - t(k-p)\|^2 = \|x-p\|^2 - 2t\,\mathrm{Re}\langle x-p, k-p\rangle + t^2\|k-p\|^2 .

pp が最近点なら左辺 ≥∥x−p∥2\ge\|x-p\|^2 なので、2 Re⟨x−p,k−p⟩≤t∥k−p∥22\,\mathrm{Re}\langle x-p,k-p\rangle \le t\|k-p\|^2 が全 t∈(0,1]t\in(0,1] で成り立ち、t→0t\to0 で条件が出ます。逆に条件が成り立てば、t=1t=1 の式から ∥x−k∥2≥∥x−p∥2\|x-k\|^2 \ge \|x-p\|^2 です。

K=MK=M が部分空間なら k−pk - p は MM 全体を動き、mm と −m-m, imim と −im-im を代入すると Re⟨x−p,m⟩=0\mathrm{Re}\langle x-p,m\rangle = 0 と Im⟨x−p,m⟩=0\mathrm{Im}\langle x-p, m\rangle = 0 が出るので、⟨m,x−p⟩=0\langle m, x-p\rangle = 0 すなわち x−p∈M⊥x-p\in M^\perp と同値です。

定理 3.4(射影定理)✓

H\mathcal{H} を Hilbert 空間とする。

  1. K⊂HK\subset\mathcal{H} を空でない閉凸集合とする。任意の x∈Hx\in\mathcal{H} に対して、∥x−p∥=inf⁡k∈K∥x−k∥\|x - p\| = \inf_{k\in K}\|x-k\| を満たす p∈Kp\in K がただ 1 つ存在する。
  2. M⊂HM\subset\mathcal{H} を閉部分空間とする。任意の x∈Hx\in\mathcal{H} は x=p+qx = p + q(p∈Mp\in M, q∈M⊥q\in M^\perp)とただ 1 通りに分解でき、pp は 1 の意味での MM における xx の最近点である。すなわち H=M⊕M⊥\mathcal{H} = M\oplus M^\perp。
証明(定理 3.4)

1(存在). d=inf⁡k∈K∥x−k∥d = \inf_{k\in K}\|x-k\| と置き、∥x−kn∥→d\|x - k_n\|\to d となる kn∈Kk_n\in K を取ります。平行四辺形則(命題 2.3)を x−knx - k_n と x−kmx - k_m に適用すると

∥kn−km∥2=2∥x−kn∥2+2∥x−km∥2−4∥x−kn+km2∥2.\|k_n - k_m\|^2 = 2\|x-k_n\|^2 + 2\|x-k_m\|^2 - 4\Bigl\|x - \tfrac{k_n+k_m}{2}\Bigr\|^2 .

KK が凸なので (kn+km)/2∈K(k_n+k_m)/2\in K、よって最後の項は ≥4d2\ge 4d^2 です。したがって

∥kn−km∥2≤2∥x−kn∥2+2∥x−km∥2−4d2→n,m→∞2d2+2d2−4d2=0\|k_n - k_m\|^2 \le 2\|x-k_n\|^2 + 2\|x-k_m\|^2 - 4d^2 \xrightarrow[n,m\to\infty]{} 2d^2 + 2d^2 - 4d^2 = 0

となり、(kn)(k_n) はコーシー列です。H\mathcal{H} の完備性により極限 pp が存在し、KK が閉なので p∈Kp\in K、ノルムの連続性から ∥x−p∥=d\|x-p\| = d です。

1(一意性). p,p′∈Kp, p'\in K がともに最近点なら、同じ恒等式で kn=pk_n = p, km=p′k_m = p' と置けば ∥p−p′∥2≤2d2+2d2−4d2=0\|p - p'\|^2 \le 2d^2 + 2d^2 - 4d^2 = 0 です。

2. 閉部分空間は閉凸集合なので、1 から最近点 p∈Mp\in M が取れます。補題 3.3 により q=x−p∈M⊥q = x - p\in M^\perp です。分解の一意性: p+q=p′+q′p + q = p' + q' なら p−p′=q′−q∈M∩M⊥={0}p - p' = q' - q\in M\cap M^\perp = \{0\}(命題 3.2)。

M0xp = P_M xkq = x − p ∈ M^⊥
射影定理の幾何。閉部分空間 M の中で x に最も近い点 p = P_M x では、残り q = x − p が M に直交する。M の他の点 k までの距離(破線)は ‖x − p‖ より長い。

証明で「完備性」「閉性」「平行四辺形則(すなわち内積)」の 3 つを使ったことに注意してください。どれを外しても結論は壊れます。完備性を外したときの反例は 例 3.8、内積を外したとき(一般の Banach 空間)の一意性の破れは演習 演習 7.2 で扱います。

定義 3.5(直交射影)↗

閉部分空間 M⊂HM\subset\mathcal{H} に対し、定理 3.4 の分解 x=p+qx = p+q の pp を PMxP_M x と書き、写像 PM:H→HP_M:\mathcal{H}\to\mathcal{H} を MM への直交射影という。

命題 3.6(直交射影の性質)✓

MM を Hilbert 空間 H\mathcal{H} の閉部分空間とする。P=PMP = P_M について

  1. PP は線形で、∥Px∥≤∥x∥\|Px\|\le\|x\|(M≠{0}M\ne\{0\} なら作用素ノルムはちょうど 11)。
  2. P2=PP^2 = P、Ran(P)=M\mathrm{Ran}(P) = M、Ker(P)=M⊥\mathrm{Ker}(P) = M^\perp。
  3. すべての x,yx,y に対して ⟨Px,y⟩=⟨x,Py⟩\langle Px, y\rangle = \langle x, Py\rangle。
  4. PM⊥=1−PMP_{M^\perp} = 1 - P_M。
証明(命題 3.6)

1: x=Px+(x−Px)x = Px + (x - Px), y=Py+(y−Py)y = Py + (y-Py) の分解を足し、スカラー倍すると αx+βy=(αPx+βPy)+(α(x−Px)+β(y−Py))\alpha x + \beta y = (\alpha Px+\beta Py) + (\alpha(x-Px)+\beta(y-Py)) が M⊕M⊥M\oplus M^\perp の分解になるので、一意性から P(αx+βy)=αPx+βPyP(\alpha x+\beta y) = \alpha Px + \beta Py です。ピタゴラスの定理 ∥x∥2=∥Px∥2+∥x−Px∥2\|x\|^2 = \|Px\|^2 + \|x-Px\|^2 から ∥Px∥≤∥x∥\|Px\|\le\|x\|、x∈M∖{0}x\in M\setminus\{0\} で等号です。 2: x∈Mx\in M なら分解は x=x+0x = x + 0 なので Px=xPx = x、よって P2=PP^2 = P かつ Ran(P)=M\mathrm{Ran}(P) = M。x∈M⊥x\in M^\perp なら分解は 0+x0 + x なので Px=0Px = 0。逆に Px=0Px = 0 なら x=x−Px∈M⊥x = x - Px\in M^\perp。 3: ⟨Px,y⟩=⟨Px,Py+(y−Py)⟩=⟨Px,Py⟩\langle Px, y\rangle = \langle Px, Py + (y - Py)\rangle = \langle Px, Py\rangle、同様に ⟨x,Py⟩=⟨Px,Py⟩\langle x, Py\rangle = \langle Px, Py\rangle。 4: x=(x−Px)+Pxx = (x - Px) + Px は M⊥⊕MM^\perp\oplus M の分解であり、M⊂(M⊥)⊥M\subset(M^\perp)^\perp なので M⊥⊕(M⊥)⊥M^\perp\oplus(M^\perp)^\perp の分解でもあります。M⊥M^\perp は閉なので 定理 3.4 の一意性から PM⊥x=x−PxP_{M^\perp}x = x - Px です。

系 3.7(二重直交補空間と稠密性の判定)✓

Hilbert 空間 H\mathcal{H} の線形部分空間 MM(閉とは限らない)に対して (M⊥)⊥=M‾(M^\perp)^\perp = \overline{M} である。とくに、MM が H\mathcal{H} で稠密であるための必要十分条件は M⊥={0}M^\perp = \{0\} である。

証明(系 3.7)

命題 3.2 より M⊥=M‾⊥M^\perp = \overline{M}^\perp なので、MM は閉と仮定してよいです。M⊂M⊥⊥M\subset M^{\perp\perp} は定義から明らかです。逆に x∈M⊥⊥x\in M^{\perp\perp} を 定理 3.4 で x=p+qx = p + q(p∈Mp\in M, q∈M⊥q\in M^\perp)と分解すると、q=x−p∈M⊥⊥q = x - p\in M^{\perp\perp}(M⊂M⊥⊥M\subset M^{\perp\perp} かつ部分空間なので)かつ q∈M⊥q\in M^\perp ですから q∈M⊥∩M⊥⊥={0}q\in M^\perp\cap M^{\perp\perp} = \{0\}、よって x=p∈Mx = p\in M。後半は M‾=H  ⟺  M⊥⊥=H  ⟺  M⊥={0}\overline{M} = \mathcal{H}\iff M^{\perp\perp} = \mathcal{H}\iff M^\perp = \{0\} から出ます(最後の同値は、M⊥≠{0}M^\perp\ne\{0\} なら 0≠y∈M⊥0\ne y\in M^\perp が y∉M⊥⊥y\notin M^{\perp\perp} となることによる)。

稠密性の判定「M⊥={0}M^\perp = \{0\} を示せばよい」は、非有界作用素の定義域が稠密であることを確かめるときに繰り返し使います。

次の例は、射影定理の仮定から完備性を外すと何が壊れるかを示します。狙いは、「有限個の成分しか持たない数列」という穴だらけの空間の中に、MM のすべての元に直交するのが 00 だけ(M⊥={0}M^\perp = \{0\})なのに、全体ではない閉部分空間 MM を作ることです。そのために、ℓ2\ell^2 の中には居るが VV の外にある a=(1/n)a = (1/n) を使い、aa と直交する元だけを集めて MM とします。

例 3.8(完備でない内積空間で射影定理が破れる)

V=c00V = c_{00} を、有限個の成分を除いて 00 である複素数列全体とし、ℓ2\ell^2 の内積を入れます。VV は内積空間ですが完備ではありません(∑n≤Nn−1δn\sum_{n\le N} n^{-1}\delta_n は ℓ2\ell^2 でコーシー列で、その ℓ2\ell^2 での極限 (1/n)n(1/n)_n は VV に属しません)。

a=(1/n)n∈N∈ℓ2a = (1/n)_{n\in\mathbb{N}}\in\ell^2 と置き、

M={x∈V:∑n=1∞xnn=0}={x∈V:⟨a,x⟩=0}M = \Bigl\{ x\in V : \sum_{n=1}^\infty \frac{x_n}{n} = 0\Bigr\} = \{x\in V : \langle a, x\rangle = 0\}

と定めます。x↦⟨a,x⟩x\mapsto\langle a, x\rangle はコーシー・シュワルツにより VV 上連続なので、MM は VV の閉部分空間です。δ1∉M\delta_1\notin M なので M≠VM\ne V です。

主張: VV の中での直交補空間 M⊥={y∈V:y⊥M}M^\perp = \{y\in V : y\perp M\} は {0}\{0\} である。 n≠mn\ne m に対し nδn−mδm∈Mn\delta_n - m\delta_m\in M です(∑xk/k=1−1=0\sum x_k/k = 1 - 1 = 0)。y∈M⊥y\in M^\perp なら 0=⟨nδn−mδm,y⟩=nyn−mym0 = \langle n\delta_n - m\delta_m, y\rangle = n y_n - m y_m、すなわち nynn y_n は nn によらない定数 cc です。y∈Vy\in V は有限個を除いて 00 なので c=0c = 0、よって y=0y = 0。

したがって M⊕M⊥=M≠VM\oplus M^\perp = M\ne V となり、定理 3.4 の 2 は成り立ちません。さらに x=δ1x = \delta_1 は MM の中に最近点を持ちません。最近点 pp があれば 補題 3.3(これは完備性なしで成り立ちます)により δ1−p∈M⊥={0}\delta_1 - p\in M^\perp = \{0\}、すなわち δ1=p∈M\delta_1 = p\in M となって矛盾するからです。また M⊥⊥=V≠MM^{\perp\perp} = V\ne M なので、系 3.7 も破れています。

ℓ2\ell^2 の中で同じことを考えれば、δ1\delta_1 の M‾ℓ2={a}⊥\overline{M}^{\ell^2} = \{a\}^\perp への射影は δ1−⟨a,δ1⟩a/∥a∥2\delta_1 - \langle a,\delta_1\rangle a/\|a\|^2 ですが、これは無限個の成分を持ち、VV の外にあります。「最小化列の極限が空間から逃げる」ことが、ちょうど破れの原因です。

定義 4.1(有界線形汎関数・双対空間)↗

Hilbert 空間 H\mathcal{H} 上の線形写像 φ:H→C\varphi:\mathcal{H}\to\mathbb{C} が、ある C≥0C\ge0 について ∣φ(x)∣≤C∥x∥|\varphi(x)|\le C\|x\|(全 xx)を満たすとき、有界線形汎関数という。そのような CC の下限を ∥φ∥\|\varphi\| と書く。有界線形汎関数の全体を H∗\mathcal{H}^* と書き、双対空間という。

線形汎関数が有界であることと連続であることは同値です(一般のノルム空間で Banach 空間の基本定理 の章で証明します)。y∈Hy\in\mathcal{H} に対し φy(x)=⟨y,x⟩\varphi_y(x) = \langle y, x\rangle はコーシー・シュワルツにより ∥φy∥≤∥y∥\|\varphi_y\|\le\|y\| を満たし、x=yx = y を代入すれば ∥φy∥=∥y∥\|\varphi_y\| = \|y\| です。リースの表現定理は、有界線形汎関数はこれで尽きることを主張します。

定理 4.2(リースの表現定理)✓

H\mathcal{H} を Hilbert 空間とする。任意の φ∈H∗\varphi\in\mathcal{H}^* に対して、すべての x∈Hx\in\mathcal{H} について

φ(x)=⟨yφ,x⟩\varphi(x) = \langle y_\varphi, x\rangle

を満たす yφ∈Hy_\varphi\in\mathcal{H} がただ 1 つ存在し、∥yφ∥=∥φ∥\|y_\varphi\| = \|\varphi\| である。写像 φ↦yφ\varphi\mapsto y_\varphi は共役線形な全単射等長写像 H∗→H\mathcal{H}^*\to\mathcal{H} である。

証明(定理 4.2)

一意性. ⟨y,x⟩=⟨y′,x⟩\langle y, x\rangle = \langle y', x\rangle が全 xx で成り立てば、x=y−y′x = y - y' と置いて ∥y−y′∥2=0\|y-y'\|^2 = 0 です。

存在. φ=0\varphi = 0 なら yφ=0y_\varphi = 0 です。φ≠0\varphi\ne0 とし、N=Ker(φ)N = \mathrm{Ker}(\varphi) と置きます。φ\varphi は有界なので連続であり(∣φ(x)−φ(x′)∣≤∥φ∥∥x−x′∥|\varphi(x) - \varphi(x')|\le\|\varphi\|\|x - x'\|)、NN は閉部分空間です。φ≠0\varphi\ne0 なので N≠HN\ne\mathcal{H} です。射影定理 定理 3.4 により H=N⊕N⊥\mathcal{H} = N\oplus N^\perp なので N⊥≠{0}N^\perp\ne\{0\} であり、z∈N⊥z\in N^\perp で ∥z∥=1\|z\| = 1 となるものが取れます。z∉Nz\notin N(N∩N⊥={0}N\cap N^\perp = \{0\})なので φ(z)≠0\varphi(z)\ne0 です。

任意の xx について

φ(x−φ(x)φ(z)z)=φ(x)−φ(x)=0\varphi\Bigl(x - \frac{\varphi(x)}{\varphi(z)}z\Bigr) = \varphi(x) - \varphi(x) = 0

なので x−(φ(x)/φ(z))z∈Nx - (\varphi(x)/\varphi(z))z\in N であり、これは zz と直交します。よって

0=⟨z, x−φ(x)φ(z)z⟩=⟨z,x⟩−φ(x)φ(z),0 = \Bigl\langle z,\ x - \frac{\varphi(x)}{\varphi(z)}z\Bigr\rangle = \langle z, x\rangle - \frac{\varphi(x)}{\varphi(z)},

すなわち φ(x)=φ(z)⟨z,x⟩\varphi(x) = \varphi(z)\langle z, x\rangle です。yφ=φ(z)‾ zy_\varphi = \overline{\varphi(z)}\,z と置けば、第 1 変数の共役線形性から ⟨yφ,x⟩=φ(z)⟨z,x⟩=φ(x)\langle y_\varphi, x\rangle = \varphi(z)\langle z,x\rangle = \varphi(x) です。

等長性・共役線形性・全射性. 上で見たとおり ∥φy∥=∥y∥\|\varphi_y\| = \|y\| なので ∥φ∥=∥yφ∥\|\varphi\| = \|y_\varphi\|。φαy+βy′=αˉφy+βˉφy′\varphi_{\alpha y + \beta y'} = \bar\alpha\varphi_y + \bar\beta\varphi_{y'} と一意性から yαφ+βψ=αˉyφ+βˉyψy_{\alpha\varphi+\beta\psi} = \bar\alpha y_\varphi + \bar\beta y_\psi。任意の yy は y=yφyy = y_{\varphi_y} なので全射です。

注意 4.3

証明で完備性を使ったのは「N⊥≠{0}N^\perp\ne\{0\}」の 1 か所だけです。例 3.8 の V=c00V = c_{00} では、φ(x)=⟨a,x⟩\varphi(x) = \langle a, x\rangle は VV 上の有界線形汎関数(∥φ∥=∥a∥\|\varphi\| = \|a\|)ですが、φ(x)=⟨y,x⟩\varphi(x) = \langle y,x\rangle を満たす y∈Vy\in V は存在しません。そのような yy があれば δn\delta_n を代入して yn‾=1/n\overline{y_n} = 1/n となり、y∉Vy\notin V だからです。リースの表現定理も完備性なしでは破れます。

物理の記法では、φ∈H∗\varphi\in\mathcal{H}^* をブラ ⟨yφ∣\langle y_\varphi|、xx をケット ∣x⟩|x\rangle と書き、φ(x)=⟨yφ∣x⟩\varphi(x) = \langle y_\varphi | x\rangle と読みます。第 1 変数が共役線形の規約は、この読み方とちょうど整合します。

定義 5.1(弱収束)↗

Hilbert 空間 H\mathcal{H} の点列 (xn)(x_n) と x∈Hx\in\mathcal{H} について、すべての y∈Hy\in\mathcal{H} に対して ⟨y,xn⟩→⟨y,x⟩\langle y, x_n\rangle\to\langle y, x\rangle が成り立つとき、(xn)(x_n) は xx に弱収束するといい、xn⇀xx_n\rightharpoonup x または w-lim⁡xn=x\mathrm{w}\text{-}\lim x_n = x と書く。ノルムでの収束 ∥xn−x∥→0\|x_n - x\|\to0 を強収束ともいう。

リースの表現定理により、弱収束は「すべての有界線形汎関数 φ\varphi について φ(xn)→φ(x)\varphi(x_n)\to\varphi(x)」と言い換えられます。これは次章で導入する一般のノルム空間の弱位相と一致します。

例 5.2(弱収束するが強収束しない列)

ℓ2\ell^2 の標準基底 δn\delta_n を考えます。任意の y∈ℓ2y\in\ell^2 について ⟨y,δn⟩=yn‾→0\langle y,\delta_n\rangle = \overline{y_n}\to0(∑∣yn∣2<∞\sum|y_n|^2<\infty なので一般項は 00 に収束)なので δn⇀0\delta_n\rightharpoonup0 です。一方 ∥δn∥=1\|\delta_n\| = 1 なので強収束はしません。ノルムは弱収束で保たれず、極限で 11 から 00 に落ちています。量子力学では、波束が無限遠に逃げていく状態 ψ(⋅−nv)\psi(\cdot - n v) が同じ振る舞いをします。

y=(1/m)m∈Ny = (1/m)_{m\in\mathbb{N}} を固定して nn を増やしていくと、δn\delta_n の立つ位置は右へ逃げて yy との内積 ⟨y,δn⟩=1/n\langle y,\delta_n\rangle = 1/n は 00 に近づく一方、∥δn∥\|\delta_n\| は 11 のままであることを次の図で確かめられます。

n を 1 から 30 まで増やすと、赤い棒 δ_n が右へ移り、右のグラフでは内積 1/n が 0 に近づき、ノルムは 1 の水平線のままである。
標準基底 δ_n(赤)が右へ逃げていくと、y との内積 ⟨y, δ_n⟩ は 1/n で 0 に近づくが、ノルム ‖δ_n‖ は 1 のまま。

命題 5.3(弱極限の基本性質)✓

Hilbert 空間 H\mathcal{H} において xn⇀xx_n\rightharpoonup x とする。

  1. 弱極限は一意である。
  2. ∥x∥≤lim inf⁡n→∞∥xn∥\|x\|\le\liminf_{n\to\infty}\|x_n\|(ノルムの弱下半連続性)。
  3. xn→xx_n\to x(強収束)であるための必要十分条件は、xn⇀xx_n\rightharpoonup x かつ ∥xn∥→∥x∥\|x_n\|\to\|x\| となることである。
証明(命題 5.3)

1: xn⇀xx_n\rightharpoonup x かつ xn⇀x′x_n\rightharpoonup x' なら、全 yy で ⟨y,x−x′⟩=0\langle y, x - x'\rangle = 0、y=x−x′y = x - x' と置いて x=x′x = x'。 2: ∥x∥2=lim⁡n⟨x,xn⟩≤lim inf⁡n∥x∥∥xn∥\|x\|^2 = \lim_n\langle x, x_n\rangle\le\liminf_n\|x\|\|x_n\|(コーシー・シュワルツ)。x≠0x\ne0 なら ∥x∥\|x\| で割り、x=0x = 0 なら自明です。 3: 強収束なら内積の連続性で弱収束し、∣∥xn∥−∥x∥∣≤∥xn−x∥|\|x_n\| - \|x\||\le\|x_n - x\| でノルムも収束します。逆は

∥xn−x∥2=∥xn∥2−2 Re⟨x,xn⟩+∥x∥2→∥x∥2−2∥x∥2+∥x∥2=0.\|x_n - x\|^2 = \|x_n\|^2 - 2\,\mathrm{Re}\langle x, x_n\rangle + \|x\|^2\to\|x\|^2 - 2\|x\|^2 + \|x\|^2 = 0 .

注意 5.4

弱収束する列は必ず有界です(sup⁡n∥xn∥<∞\sup_n\|x_n\|<\infty)。これは H\mathcal{H} の完備性を使う一様有界性原理の帰結で、Banach 空間の基本定理 の章の 系 5.4[Banach 空間の基本定理] で証明します。

有限次元では有界列は収束部分列を持ちます(ボルツァーノ・ワイエルシュトラス)。無限次元では 例 5.2 の (δn)(\delta_n) が互いに距離 2\sqrt2 を保つので、強収束する部分列はありません(コンパクト性 の言葉でいえば、閉単位球はノルム位相でコンパクトでない)。その代わりに次が成り立ちます。

次の定理の証明の方針は次のとおりです。まず可算個の「見本の方向」dkd_k だけで内積が収束するように、部分列を取っては絞り込みます(kk 段目で dkd_k との内積が収束するようにします)。各段の部分列の kk 番目の項を並べると、すべての kk で収束する 1 本の列ができます(対角線論法)。最後に、稠密性で見本の方向から全方向へ広げ、リースの表現定理で極限のベクトルを取り出します。

定理 5.5(有界列の弱収束部分列)✓

H\mathcal{H} を可分な Hilbert 空間とし、(xn)(x_n) を有界列(sup⁡n∥xn∥≤C<∞\sup_n\|x_n\|\le C<\infty)とする。このとき弱収束する部分列 (xnj)(x_{n_j}) が存在し、その弱極限 xx は ∥x∥≤C\|x\|\le C を満たす。

証明(定理 5.5)

ステップ 1(対角線論法). 可算稠密集合 {d1,d2,…}\{d_1, d_2,\ldots\} を取ります。数列 (⟨xn,d1⟩)n(\langle x_n, d_1\rangle)_n は ∣⟨xn,d1⟩∣≤C∥d1∥|\langle x_n,d_1\rangle|\le C\|d_1\| で有界なので、収束部分列を持ちます。その部分列からさらに (⟨xn,d2⟩)(\langle x_n, d_2\rangle) が収束する部分列を取り、これを続けます。kk 段目の部分列の kk 番目の項を並べた対角列を (xnj)(x_{n_j}) とすると、各 kk について (⟨xnj,dk⟩)j(\langle x_{n_j}, d_k\rangle)_j は(有限個の項を除いて kk 段目の部分列の部分列なので)収束します。

ステップ 2(全 yy への拡張). 任意の y∈Hy\in\mathcal{H} と ε>0\varepsilon>0 に対し、∥y−dk∥<ε\|y - d_k\|<\varepsilon となる dkd_k を取ります。

∣⟨xni,y⟩−⟨xnj,y⟩∣≤∣⟨xni−xnj,y−dk⟩∣+∣⟨xni,dk⟩−⟨xnj,dk⟩∣≤2Cε+∣⟨xni,dk⟩−⟨xnj,dk⟩∣|\langle x_{n_i}, y\rangle - \langle x_{n_j}, y\rangle|\le|\langle x_{n_i} - x_{n_j}, y - d_k\rangle| + |\langle x_{n_i}, d_k\rangle - \langle x_{n_j}, d_k\rangle| \le 2C\varepsilon + |\langle x_{n_i}, d_k\rangle - \langle x_{n_j}, d_k\rangle|

で、右辺第 2 項は i,j→∞i,j\to\infty で 00 に行くので、(⟨xnj,y⟩)j(\langle x_{n_j}, y\rangle)_j はコーシー列であり収束します。

ステップ 3(極限の表現). φ(y)=lim⁡j⟨xnj,y⟩\varphi(y) = \lim_j\langle x_{n_j}, y\rangle と置くと、φ\varphi は yy について線形で、∣φ(y)∣≤C∥y∥|\varphi(y)|\le C\|y\| です。リースの表現定理 定理 4.2 により φ(y)=⟨x,y⟩\varphi(y) = \langle x, y\rangle となる xx が存在し、∥x∥=∥φ∥≤C\|x\| = \|\varphi\|\le C です。複素共役を取ると ⟨y,xnj⟩→⟨y,x⟩\langle y, x_{n_j}\rangle\to\langle y, x\rangle が全 yy で成り立つので、xnj⇀xx_{n_j}\rightharpoonup x です。

系 5.6(有界列の弱収束部分列(可分性なし))✓

H\mathcal{H} を Hilbert 空間(可分とは限らない)とし、(xn)(x_n) を sup⁡n∥xn∥≤C\sup_n\|x_n\|\le C を満たす列とする。このとき弱収束する部分列が存在し、その弱極限 xx は ∥x∥≤C\|x\|\le C を満たす。

証明(系 5.6)

H0=span‾{xn}\mathcal{H}_0 = \overline{\mathrm{span}}\{x_n\} と置きます。有理数(複素数なら実部・虚部が有理数)係数の有限一次結合 ∑kckxk\sum_k c_kx_k の全体は可算で H0\mathcal{H}_0 で稠密なので、H0\mathcal{H}_0 は可分な Hilbert 空間です(閉部分空間なので完備)。定理 5.5 を H0\mathcal{H}_0 で適用し、部分列 (xnj)(x_{n_j}) と x∈H0x\in\mathcal{H}_0、∥x∥≤C\|x\|\le C で、すべての z∈H0z\in\mathcal{H}_0 について ⟨z,xnj⟩→⟨z,x⟩\langle z, x_{n_j}\rangle\to\langle z, x\rangle となるものを得ます。y∈Hy\in\mathcal{H} を 定理 3.4 により y=PH0y+y′y = P_{\mathcal{H}_0}y + y'(y′∈H0⊥y'\in\mathcal{H}_0^\perp)と分解すると、xnj,x∈H0x_{n_j}, x\in\mathcal{H}_0 なので ⟨y′,xnj⟩=0=⟨y′,x⟩\langle y', x_{n_j}\rangle = 0 = \langle y', x\rangle で、⟨y,xnj⟩→⟨y,x⟩\langle y, x_{n_j}\rangle\to\langle y, x\rangle です。

注意 5.7

系 5.6 のとおり、可分性の仮定は外せます。列が張る閉部分空間がいつも可分であることがその理由です。一般の Banach 空間では、この主張は回帰的な空間に限られます(次章の Banach–Alaoglu の定理を参照)。

定義 6.1(正規直交系・正規直交基底)↗

Hilbert 空間 H\mathcal{H} の部分集合 {eα}α∈A\{e_\alpha\}_{\alpha\in A} が ⟨eα,eβ⟩=δαβ\langle e_\alpha, e_\beta\rangle = \delta_{\alpha\beta} を満たすとき正規直交系という。正規直交系が包含関係について極大であるとき(すなわち、これを真に含む正規直交系が存在しないとき)、正規直交基底(完全正規直交系)という。⟨eα,x⟩\langle e_\alpha, x\rangle を xx の eαe_\alpha 成分(フーリエ係数)という。

正規直交基底は線形代数の意味の基底(ハメル基底。有限個の一次結合だけですべてのベクトルを表す基底のこと)ではありません。無限次元 Hilbert 空間では、一般の元は基底ベクトルの有限一次結合では書けず、収束する無限和でしか書けません。

定理 6.2(ベッセルの不等式)✓

{eα}α∈A\{e_\alpha\}_{\alpha\in A} を Hilbert 空間 H\mathcal{H} の正規直交系とする。任意の x∈Hx\in\mathcal{H} に対して、⟨eα,x⟩≠0\langle e_\alpha, x\rangle\ne0 となる α\alpha は高々可算個であり、

∑α∈A∣⟨eα,x⟩∣2≤∥x∥2\sum_{\alpha\in A}|\langle e_\alpha, x\rangle|^2\le\|x\|^2

が成り立つ。ここで左辺は有限部分和の上限である。

証明(定理 6.2)

有限部分集合 F⊂AF\subset A に対し xF=∑α∈F⟨eα,x⟩eαx_F = \sum_{\alpha\in F}\langle e_\alpha,x\rangle e_\alpha と置くと、正規直交性から ⟨eβ,x−xF⟩=0\langle e_\beta, x - x_F\rangle = 0(β∈F\beta\in F)なので x−xF⊥xFx - x_F\perp x_F であり、ピタゴラスの定理から

∥x∥2=∥xF∥2+∥x−xF∥2≥∥xF∥2=∑α∈F∣⟨eα,x⟩∣2.\|x\|^2 = \|x_F\|^2 + \|x - x_F\|^2\ge\|x_F\|^2 = \sum_{\alpha\in F}|\langle e_\alpha, x\rangle|^2 .

FF について上限を取れば不等式です。とくに各 m∈Nm\in\mathbb{N} について ∣⟨eα,x⟩∣>1/m|\langle e_\alpha, x\rangle|>1/m となる α\alpha は高々 m2∥x∥2m^2\|x\|^2 個なので、mm について合併を取れば、00 でない係数は高々可算個です。

次の定理の証明は、「正規直交系を、これ以上大きくできなくなるまで広げる」ことを、ツォルンの補題(選択公理と Zorn の補題の章に定義があります)で保証するものです。有限次元で、直交するベクトルを足せなくなるまで足せば基底になるのと同じ発想です。ツォルンの補題は、順序のついた集合のどの鎖にも上界があれば極大元が存在する、という主張なので、鎖の合併が上界になることを確かめれば十分です。

定理 6.3(正規直交基底の存在)✓

H≠{0}\mathcal{H}\ne\{0\} を Hilbert 空間とする。任意の正規直交系は、ある正規直交基底に含まれる。とくに H\mathcal{H} は正規直交基底をもつ。

証明(定理 6.3)

与えられた正規直交系 S0S_0 を含む正規直交系全体の族 S\mathcal{S} を包含関係で順序づけます。S\mathcal{S} の全順序部分族 {Sλ}\{S_\lambda\} に対し、合併 S=⋃λSλS = \bigcup_\lambda S_\lambda は正規直交系です(e,e′∈Se,e'\in S はある共通の SλS_\lambda に入るので ⟨e,e′⟩=δ\langle e, e'\rangle = \delta)。よって全順序部分族は上界をもち、ツォルンの補題から極大元が存在します。これが正規直交基底です。H≠{0}\mathcal{H}\ne\{0\} なら x≠0x\ne0 を取り S0={x/∥x∥}S_0 = \{x/\|x\|\} から始めれば、後半が従います。

次の定理は、「極大」という捉えにくい条件が、直交補空間が 00 である・span が稠密である・展開できる・長さが成分の二乗和で書ける、という使いやすい条件と同じだと言っています。証明は 1⇒2⇒3⇒4⇒6⇒5⇒1 の順に一周します。3⇒4 では、「部分和の列がコーシー列になる」ことを示してから、完備性で極限を取ります。

定理 6.4(正規直交基底の特徴づけ(パーセバルの等式))✓

{eα}α∈A\{e_\alpha\}_{\alpha\in A} を Hilbert 空間 H\mathcal{H} の正規直交系とする。次は同値である。

  1. {eα}\{e_\alpha\} は正規直交基底である(極大)。
  2. {eα}⊥={0}\{e_\alpha\}^\perp = \{0\}。
  3. span{eα}\mathrm{span}\{e_\alpha\} は H\mathcal{H} で稠密である。
  4. 任意の x∈Hx\in\mathcal{H} について x=∑α∈A⟨eα,x⟩eαx = \sum_{\alpha\in A}\langle e_\alpha, x\rangle e_\alpha(係数が 00 でない高々可算個の項を任意の順に並べた級数がノルム収束する)。
  5. 任意の x∈Hx\in\mathcal{H} について ∥x∥2=∑α∈A∣⟨eα,x⟩∣2\|x\|^2 = \sum_{\alpha\in A}|\langle e_\alpha, x\rangle|^2(パーセバルの等式)。
  6. 任意の x,y∈Hx,y\in\mathcal{H} について ⟨x,y⟩=∑α∈A⟨eα,x⟩‾⟨eα,y⟩\langle x, y\rangle = \sum_{\alpha\in A}\overline{\langle e_\alpha, x\rangle}\langle e_\alpha, y\rangle。
証明(定理 6.4)

1⇒2. 0≠z⊥{eα}0\ne z\perp\{e_\alpha\} があれば {eα}∪{z/∥z∥}\{e_\alpha\}\cup\{z/\|z\|\} が真に大きい正規直交系になり、極大性に反します。

2⇒3. 系 3.7 を M=span{eα}M = \mathrm{span}\{e_\alpha\} に適用すると、M⊥={eα}⊥={0}M^\perp = \{e_\alpha\}^\perp = \{0\} なので MM は稠密です。

3⇒4. xx の 00 でない係数を持つ添字を α1,α2,…\alpha_1,\alpha_2,\ldots と並べ(定理 6.2)、sN=∑k≤N⟨eαk,x⟩eαks_N = \sum_{k\le N}\langle e_{\alpha_k}, x\rangle e_{\alpha_k} と置きます。N<N′N<N' で ∥sN′−sN∥2=∑N<k≤N′∣⟨eαk,x⟩∣2\|s_{N'} - s_N\|^2 = \sum_{N<k\le N'}|\langle e_{\alpha_k},x\rangle|^2 はベッセルの不等式から 00 に行くので、(sN)(s_N) はコーシー列で、完備性により極限 ss を持ちます。内積の連続性から全 β\beta で ⟨eβ,x−s⟩=0\langle e_\beta, x - s\rangle = 0 です(β\beta が並べた添字なら ⟨eβ,x⟩−⟨eβ,x⟩\langle e_\beta,x\rangle - \langle e_\beta, x\rangle、そうでなければ 0−00 - 0)。よって x−s∈{eα}⊥=(span‾{eα})⊥=H⊥={0}x - s\in\{e_\alpha\}^\perp = (\overline{\mathrm{span}}\{e_\alpha\})^\perp = \mathcal{H}^\perp = \{0\}(命題 3.2)で x=sx = s。並べ方を替えても同じ論法で極限は xx です。

4⇒6. sN→xs_N\to x、同様に yy の部分和 tN→yt_N\to y(両者の添字を合わせて並べてよい)とすると、内積の連続性と正規直交性から ⟨x,y⟩=lim⁡N⟨sN,tN⟩=lim⁡N∑k≤N⟨eαk,x⟩‾⟨eαk,y⟩\langle x, y\rangle = \lim_N\langle s_N, t_N\rangle = \lim_N\sum_{k\le N}\overline{\langle e_{\alpha_k}, x\rangle}\langle e_{\alpha_k}, y\rangle。

6⇒5. y=xy = x と置けばよい。

5⇒1. 極大でなければ、zz で ∥z∥=1\|z\| = 1 かつ全 α\alpha で z⊥eαz\perp e_\alpha となるものがあり、1=∥z∥2≠∑∣⟨eα,z⟩∣2=01 = \|z\|^2\ne\sum|\langle e_\alpha, z\rangle|^2 = 0 となって 5 に反します。

例 6.5(フーリエ基底)

L2(−π,π)L^2(-\pi,\pi) で en(t)=(2π)−1/2einte_n(t) = (2\pi)^{-1/2}e^{int}(n∈Zn\in\mathbb{Z})は正規直交系です(m≠nm\ne n なら ∫−ππei(n−m)tdt=0\int_{-\pi}^{\pi}e^{i(n-m)t}dt = 0)。これが正規直交基底であること、すなわち三角多項式が L2L^2 で稠密であることは、連続関数がフェイェールの定理(またはストーン・ワイエルシュトラスの定理)で三角多項式により一様近似でき、両端で一致する連続関数が L2L^2 で稠密であることから従います。定理 6.4 の 5 は古典的なパーセバルの等式 ∫−ππ∣f∣2dt=2π∑n∣cn∣2\int_{-\pi}^{\pi}|f|^2dt = 2\pi\sum_n|c_n|^2(cn=(2π)−1∫−ππf(t)e−intdtc_n = (2\pi)^{-1}\int_{-\pi}^{\pi} f(t)e^{-int}dt)そのものです。

定義 6.6(ユニタリ写像・ユニタリ同値)↗

Hilbert 空間 H1,H2\mathcal{H}_1,\mathcal{H}_2 の間の線形写像 U:H1→H2U:\mathcal{H}_1\to\mathcal{H}_2 が全射で、すべての x,yx,y について ⟨Ux,Uy⟩=⟨x,y⟩\langle Ux, Uy\rangle = \langle x,y\rangle を満たすとき、ユニタリ写像という。ユニタリ写像が存在するとき H1\mathcal{H}_1 と H2\mathcal{H}_2 はユニタリ同値であるという。

命題 6.7(可分性と可算基底)✓

Hilbert 空間 H\mathcal{H} について、次は同値である。

  1. H\mathcal{H} は可分である。
  2. H\mathcal{H} は高々可算な正規直交基底をもつ。

さらに H\mathcal{H} が可分なら、H\mathcal{H} のすべての正規直交基底は高々可算である。

証明(命題 6.7)

1⇒2. 可算稠密集合 {dk}\{d_k\} から、前の項たちの 1 次結合になっているものを順に取り除いて、線形独立な列 (dk′)(d'_k) で span{dk′}=span{dk}\mathrm{span}\{d'_k\} = \mathrm{span}\{d_k\} となるものを作ります。これにグラム・シュミットの直交化を施すと、正規直交系 (ek)(e_k) で各 NN について span{e1,…,eN}=span{d1′,…,dN′}\mathrm{span}\{e_1,\ldots,e_N\} = \mathrm{span}\{d'_1,\ldots,d'_N\} となるものが得られます(内積空間とグラム・シュミット直交化)。span{ek}⊃{dk}\mathrm{span}\{e_k\}\supset\{d_k\} は稠密なので、定理 6.4 の 3⇒1 から (ek)(e_k) は正規直交基底です。

2⇒1. {ek}\{e_k\} が可算な正規直交基底なら、実部・虚部が有理数の係数による有限一次結合の全体は可算で、定理 6.4 の 3 により稠密です。

後半. 正規直交基底 {eα}\{e_\alpha\} の異なる 2 元の距離は ∥eα−eβ∥=2\|e_\alpha - e_\beta\| = \sqrt2 なので、開球 B(eα,2/2)B(e_\alpha,\sqrt2/2) は互いに交わりません。可算稠密集合はそれぞれの球と交わるので、球の個数、すなわち基底の濃度は高々可算です。

定理 6.8(可分な無限次元 Hilbert 空間の分類)✓

H\mathcal{H} を可分な無限次元 Hilbert 空間とし、(en)n∈N(e_n)_{n\in\mathbb{N}} をその正規直交基底とする。写像

U:H→ℓ2,Ux=(⟨en,x⟩)n∈NU:\mathcal{H}\to\ell^2,\qquad Ux = \bigl(\langle e_n, x\rangle\bigr)_{n\in\mathbb{N}}

はユニタリ写像である。とくに、可分な無限次元 Hilbert 空間はすべて互いにユニタリ同値であり、ℓ2\ell^2 とユニタリ同値である。

証明(定理 6.8)

命題 6.7 より正規直交基底は可算で、H\mathcal{H} が無限次元なので無限集合です(有限なら H\mathcal{H} はその span に等しく有限次元になる)。よって N\mathbb{N} で番号づけできます。

well-defined かつ等長. パーセバルの等式(定理 6.4 の 5)から ∑n∣⟨en,x⟩∣2=∥x∥2<∞\sum_n|\langle e_n, x\rangle|^2 = \|x\|^2<\infty なので Ux∈ℓ2Ux\in\ell^2 かつ ∥Ux∥=∥x∥\|Ux\| = \|x\|。UU の線形性は内積の第 2 変数の線形性から従います。

内積を保つ. 命題 2.3 の分極恒等式で ⟨x,y⟩\langle x, y\rangle はノルムだけで書け、UU は線形かつノルムを保つので ⟨Ux,Uy⟩=⟨x,y⟩\langle Ux, Uy\rangle = \langle x,y\rangle です(定理 6.4 の 6 からも直接わかります)。

全射. c=(cn)∈ℓ2c = (c_n)\in\ell^2 を任意に取ります。sN=∑n≤Ncnens_N = \sum_{n\le N}c_ne_n は N<N′N<N' で ∥sN′−sN∥2=∑N<n≤N′∣cn∣2→0\|s_{N'} - s_N\|^2 = \sum_{N<n\le N'}|c_n|^2\to0 を満たすのでコーシー列であり、H\mathcal{H} の完備性から極限 xx を持ちます。内積の連続性から ⟨em,x⟩=lim⁡N⟨em,sN⟩=cm\langle e_m, x\rangle = \lim_N\langle e_m, s_N\rangle = c_m、すなわち Ux=cUx = c です。

後半は、ユニタリ写像の合成と逆写像がまたユニタリであることから従います。

注意 6.9

同じ論法で、任意の Hilbert 空間は、正規直交基底の添字集合 AA に対する ℓ2(A)\ell^2(A) とユニタリ同値になります。正規直交基底の濃度は基底の取り方によらないこと(Hilbert 次元)も示せます。量子力学で「状態空間は L2(R3)L^2(\mathbb{R}^3) でも ℓ2\ell^2 でもよい」(Schrödinger の波動力学と Heisenberg の行列力学の同値性)と言われるのは、この定理の帰結です。一方、場の量子論の無限自由度の系では、同じ Hilbert 空間の中で作用素の表現がユニタリ同値でなくなる現象が起きます。それは空間の同値性ではなく表現の問題であり、後の章で扱います。

演習 7.1易

L2(−1,1)L^2(-1,1)(実数値、ルベーグ測度)において、f(t)=t2f(t) = t^2 の閉部分空間 M=span{1,t}M = \mathrm{span}\{1, t\} への直交射影 PMfP_Mf と、距離 inf⁡g∈M∥f−g∥\inf_{g\in M}\|f - g\| を求めてください。

解答

11 と tt は直交(∫−11t dt=0\int_{-1}^1 t\,dt = 0)で、∥1∥2=2\|1\|^2 = 2, ∥t∥2=2/3\|t\|^2 = 2/3 です。直交系への射影は成分ごとに求められ、

PMf=⟨1,t2⟩∥1∥2⋅1+⟨t,t2⟩∥t∥2 t=2/32+0=13.P_Mf = \frac{\langle 1, t^2\rangle}{\|1\|^2}\cdot1 + \frac{\langle t, t^2\rangle}{\|t\|^2}\,t = \frac{2/3}{2} + 0 = \frac13 .

実際 t2−1/3t^2 - 1/3 は 11 とも tt とも直交するので、補題 3.3 により最近点です。距離の 2 乗は

∫−11(t2−13)2dt=25−49+29=845\int_{-1}^1\Bigl(t^2 - \frac13\Bigr)^2dt = \frac25 - \frac49 + \frac29 = \frac{8}{45}

なので、距離は 8/45=210/15\sqrt{8/45} = 2\sqrt{10}/15 です。t2−1/3t^2 - 1/3 は(定数倍を除いて)2 次の Legendre 多項式です。

演習 7.2易

R2\mathbb{R}^2 に最大値ノルム ∥(a,b)∥∞=max⁡(∣a∣,∣b∣)\|(a,b)\|_\infty = \max(|a|,|b|) を入れます(完備です)。閉部分空間 M={(t,0):t∈R}M = \{(t, 0) : t\in\mathbb{R}\} と点 x=(0,1)x = (0,1) について、xx の MM への最近点が一意でないことを示してください。定理 3.4 の証明のどこが使えなくなっているかも答えてください。

解答

∥x−(t,0)∥∞=max⁡(∣t∣,1)\|x - (t,0)\|_\infty = \max(|t|, 1) なので、距離の下限は 11 で、∣t∣≤1|t|\le1 のすべての (t,0)(t,0) で達成されます。最近点は無数にあります。証明で一意性を出したのは平行四辺形則 命題 2.3 による ∥kn−km∥\|k_n - k_m\| の評価でしたが、注意 2.4 で見たとおりこのノルムは平行四辺形則を満たしません。存在のほうは有限次元のコンパクト性から別に従いますが、一意性は内積の構造に依存しています。

演習 7.3標準

Hilbert 空間 H\mathcal{H} 上の線形写像 PP が、P2=PP^2 = P と、すべての x,yx,y について ⟨Px,y⟩=⟨x,Py⟩\langle Px, y\rangle = \langle x, Py\rangle を満たすとします。M=Ran(P)M = \mathrm{Ran}(P) は閉部分空間であり、P=PMP = P_M であることを示してください(PP の有界性は仮定しません)。

解答

まず M=Ran(P)=Ker(1−P)M = \mathrm{Ran}(P) = \mathrm{Ker}(1-P) です。実際、x=Pzx = Pz なら (1−P)x=Pz−P2z=0(1-P)x = Pz - P^2z = 0、逆に (1−P)x=0(1-P)x = 0 なら x=Px∈Ran(P)x = Px\in\mathrm{Ran}(P)。次に Ker(1−P)\mathrm{Ker}(1-P) が閉であることを示します。xn∈Mx_n\in M, xn→xx_n\to x とします。任意の yy について

⟨(1−P)x,y⟩=⟨x,(1−P)y⟩=lim⁡n⟨xn,(1−P)y⟩=lim⁡n⟨(1−P)xn,y⟩=0\langle (1-P)x, y\rangle = \langle x, (1-P)y\rangle = \lim_n\langle x_n, (1-P)y\rangle = \lim_n\langle (1-P)x_n, y\rangle = 0

(1 番目と 3 番目の等号は仮定の対称性、2 番目は内積の連続性)なので (1−P)x=0(1-P)x = 0、x∈Mx\in M です。よって MM は閉部分空間です。

任意の xx を x=Px+(x−Px)x = Px + (x - Px) と書くと、Px∈MPx\in M であり、任意の Py∈MPy\in M に対して

⟨Py,x−Px⟩=⟨y,Px−P2x⟩=0\langle Py, x - Px\rangle = \langle y, Px - P^2x\rangle = 0

なので x−Px∈M⊥x - Px\in M^\perp です。定理 3.4 の分解の一意性から Px=PMxPx = P_Mx です。(とくに PP は自動的に有界で、∥P∥≤1\|P\|\le1 になります。命題 3.6 を参照してください。)

演習 7.4標準

(ek)k∈N(e_k)_{k\in\mathbb{N}} を可分な Hilbert 空間 H\mathcal{H} の正規直交基底とします。

(a) 有界列 (xn)(x_n) と x∈Hx\in\mathcal{H} が、各 kk について ⟨ek,xn⟩→⟨ek,x⟩\langle e_k, x_n\rangle\to\langle e_k, x\rangle を満たすなら、xn⇀xx_n\rightharpoonup x であることを示してください。

(b) 有界性の仮定を外すと (a) が成り立たないことを、H=ℓ2\mathcal{H} = \ell^2, xn=nδnx_n = n\delta_n で示してください。

解答

(a) sup⁡n∥xn∥≤C\sup_n\|x_n\|\le C とし、∥x∥≤C\|x\|\le C としても一般性を失いません(CC を大きく取り直す)。y∈Hy\in\mathcal{H} と ε>0\varepsilon>0 を取ります。定理 6.4 の 4 により、ある NN で yN=∑k≤N⟨ek,y⟩eky_N = \sum_{k\le N}\langle e_k, y\rangle e_k が ∥y−yN∥<ε\|y - y_N\|<\varepsilon を満たします。

∣⟨y,xn−x⟩∣≤∣⟨y−yN,xn−x⟩∣+∑k≤N∣⟨ek,y⟩∣ ∣⟨ek,xn⟩−⟨ek,x⟩∣≤2Cε+∑k≤N∣⟨ek,y⟩∣ ∣⟨ek,xn−x⟩∣.|\langle y, x_n - x\rangle|\le|\langle y - y_N, x_n - x\rangle| + \sum_{k\le N}|\langle e_k, y\rangle|\,|\langle e_k, x_n\rangle - \langle e_k, x\rangle|\le2C\varepsilon + \sum_{k\le N}|\langle e_k,y\rangle|\,|\langle e_k, x_n - x\rangle| .

右辺第 2 項は有限和で、仮定から n→∞n\to\infty で 00 に行きます。ε\varepsilon は任意なので ⟨y,xn⟩→⟨y,x⟩\langle y, x_n\rangle\to\langle y,x\rangle です。

(b) 各 kk について ⟨δk,nδn⟩=0\langle\delta_k, n\delta_n\rangle = 0(n>kn>k)なので、成分ごとには 00 に収束します。しかし y=(1/m)m∈N∈ℓ2y = (1/m)_{m\in\mathbb{N}}\in\ell^2 に対して ⟨y,nδn⟩=n⋅(1/n)=1\langle y, n\delta_n\rangle = n\cdot(1/n) = 1 なので、nδn⇀0n\delta_n\rightharpoonup0 ではありません。そもそも ∥nδn∥=n\|n\delta_n\| = n は有界でないので、注意 5.4 によりどんな点にも弱収束しません。

  • M. Reed, B. Simon, Methods of Modern Mathematical Physics I: Functional Analysis, revised and enlarged edition, Academic Press, 1980 — Chapter II(Hilbert 空間)。
  • 黒田成俊『関数解析』共立出版、1980 — Hilbert 空間の章。
  • 新井朝雄『ヒルベルト空間と量子力学』改訂増補版、共立出版、2014 — 第 1 章。
  • W. Rudin, Real and Complex Analysis, 3rd edition, McGraw-Hill, 1987 — Chapter 4(Elementary Hilbert Space Theory)。
  • J. von Neumann, Mathematische Grundlagen der Quantenmechanik, Springer, 1932 — Kapitel II。

このテーマの 100 本ノック(100 問)

執筆: Claude Code(Opus 5.5)、Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 3 回(Claude Code)・最終 2026-10-12

この記事の誤りを報告する ・運営: 夢現技研合同会社 ・料金 ・利用条件 ・特定商取引法に基づく表記

© 2026 夢現技研合同会社 ・コード例は MIT ライセンスです。