概複素構造と Dolbeault コホモロジー:(p,q) 形式・可積分性・∂̄ の Poincaré の補題
対象読者: 本テーマ第 1 章の複素多様体と正則写像、微分形式と外微分、1 変数の Cauchy の積分公式を学んだ人。Dolbeault コホモロジーは仮定しません。
前提となる記事:複素多様体と正則写像:逆関数定理・Hartogs の延長・Weierstrass の準備定理、ベクトル場と微分形式:切断・外積代数・外微分、コーシーの積分定理と積分公式:正則関数の値は周囲の積分だけで決まる
0. この記事の要点
Section titled “0. この記事の要点”平面 の点に「 を掛ける」ことは、原点のまわりに 度回すことと同じです。この記事は、この回転だけを取り出して、複素数に頼らずに「複素的な構造」を調べ直します。すると、微分形式が二つの型に分かれ、関数が正則であることが「ある微分が になる」という一つの式で書けます。読み終えると、その微分の方程式 をいつ解けるかを判定でき、Hartogs の延長定理が方程式の解から出てくることが分かります。
- 実ベクトル空間の複素構造 ()は、複素化(実ベクトル空間の係数を複素数まで広げたもの)を 固有空間 に分け、複素数値の 形式を 型に分解します。多様体の各接空間に滑らかに を与えたものが概複素構造で、複素多様体は正則座標から決まる概複素構造をもちます。
- 外微分を型で分けて ( 成分)と ( 成分)を定めます。 が成り立つこと、 が括弧積で閉じること、、Nijenhuis テンソル( と括弧積の食い違いを測る量。§4)が であることはすべて同値で、これを可積分性といいます。複素多様体の概複素構造は可積分で、逆(Newlander–Nirenberg の定理)は主張だけを述べます。
- 可積分なとき なので、 閉形式を 完全形式で割った Dolbeault コホモロジー が定義できます。 は正則 形式の空間です。
- 1 変数の方程式 は、**Cauchy 核との畳み込み**で解けます。根拠は滑らかな関数に対する Cauchy–Pompeiu の公式(Cauchy の積分公式を、正則とは限らない関数に広げたもの)です。
- これを変数ごとに使うと の Poincaré の補題(Dolbeault–Grothendieck の補題)が得られ、多重円板と では で となります。
- では、コンパクト台の 閉 形式にコンパクト台の解があります。これから、コンパクト集合の補集合上の正則関数が全体に延びるという Hartogs の定理の一般形(穴の外の正則関数は、穴の中まで一通りに延びる)が出ます。
前章で、複素多様体を「変換関数が正則なアトラスをもつ多様体」として定義しました。この章では同じ対象を、滑らかな多様体の上の付加構造として捉え直します。複素多様体の各接空間は複素ベクトル空間で、「 を掛ける」という線型変換 をもっています。この だけを取り出したものが概複素構造です。
があると、複素数値の微分形式が型 に分解され、外微分 が と に分かれます。関数 が正則であることは と書けます。そうすると、de Rham コホモロジーが「 閉だが 完全でない形式」を測ったのと同じように、「 閉だが 完全でない形式」を測るコホモロジーを考えたくなります。これが Dolbeault コホモロジーです。de Rham コホモロジーが多様体の位相だけで決まるのに対して、Dolbeault コホモロジーは複素構造に依存し、たとえば は「局所的には解ける Cauchy–Riemann 型の方程式 が大域的に解けるか」の障害を表します。
de Rham 理論の土台が Poincaré の補題(星形領域では閉形式は完全)であったのと同じく、Dolbeault 理論の土台は の Poincaré の補題です。その証明は 1 変数の方程式 を解くことに帰着します。この章の後半はそのための解析です。
この章では層を使いません。Dolbeault コホモロジーと層コホモロジー の同一視は第 6 章で、調和形式による計算は第 5 章で行います。
2. 複素構造の線型代数
Section titled “2. 複素構造の線型代数”まず線型代数だけで考えます。 で を 度の回転とすると 、 で、 です。この の固有値は実数の範囲には無く、複素係数まで広げて初めて固有ベクトルが現れます。以下の定義と補題は、この観察を一般の次元で整理したものです。
を有限次元実ベクトル空間とする。線型写像 で を満たすものを の複素構造という。 により は複素ベクトル空間になる。 の複素化を と書き、 を複素線型に延ばす。 上の複素共役を で定める。
とおく。また、実線型写像 の全体を と書き( の複素双対と同一視される)、
とおく。
複素数値の交代 重線型形式の全体を と書きます。これは実数値の交代形式の空間(定義 5.1[ベクトル場と微分形式])の複素化 で、ウェッジ積(定義 5.2[ベクトル場と微分形式])を複素双線型に延ばします。結合律と次数付き可換性(定理 5.3[ベクトル場と微分形式])はそのまま成り立ちます。多重指数 について 、 と書きます。
を複素構造 をもつ実ベクトル空間とする。
- は偶数である。これを とすると、、、 で、 は から への複素線型同型である。
- 、 で、 の 成分は である。 は の上で になる形式の全体に等しい。
- が の 上の基底()ならば、 は の 上の基底である。
証明(補題 2.2)
(1) で、左辺は正なので は偶数です。 に対し で、 なので、第 1 項は 、第 2 項は に入ります。 の元は を満たすので です。 は実の写像なので で、 なら です。共役は実線型な全単射なので です。 は を満たすので複素線型で、実部が なので単射、次元が等しいので同型です。
(2) で、 です。第 2 項も同様に に入ります。共通部分が であること、共役で入れ替わることは (1) と同じです。 を に複素線型に延ばすと、(。 の元はすべてこの形)について なので、これが であることは と同値です。
(3) の実基底 を取ると、 は の実基底(定理 5.4[ベクトル場と微分形式])なので、 の複素基底で、次元は です。( は可逆な複素行列)と書き、 を多重線型性で展開すると、 の線型結合になります。添字に重複があれば 、なければ並べ替えて なので、 は を張ります。個数が なので基底です。
を の基底とすると、補題 2.2 の 2 により は の基底で、同じ補題の 3 により は の基底です。 は で張られるので、
が成り立ちます。 または なら です。 成分への射影を と書きます。
- を複素構造 をもつ 次元実ベクトル空間とする。 の複素基底 から作った実基底 が定める の向きは、複素基底の取り方によらない。
- 概複素多様体(定義 3.1)は偶数次元で、向き付け可能である。1 が各接空間に定める向きを標準的な向きという。
- 次元複素多様体 の正則アトラスは向きの合ったアトラスで、正則座標 について
は標準的な向きについて正である。
証明(命題 2.4)
(1) もう一つの複素基底を ()とします。実基底 から への変換行列は、複素線型写像 を実線型写像と見たものの行列 で、その行列式は です(補題 2.3[複素多様体と正則写像])。よって二つの実基底は同じ向きを定めます。
(2) 各接空間が複素構造をもつので、補題 2.2 の 1 により次元は偶数 です。 を連結なチャート で覆い、 とします。点 で の複素基底 を取り、座標について成分が定数のベクトル場 に延ばすと、 は の近傍で実基底のままで(一次独立性は開条件)、 は にならない連続関数です。よってその符号 は局所定数で、(1) により複素基底の取り方によらず、連結な 上で定数です。 は、標準的な向きの基底の上で正の値を取る 上の 形式です。被覆に従属する 1 の分割 (定理 6.3[部分多様体と正則値定理])を取り、 とおくと、各点で、標準的な向きの基底の上の値は非負の数の和で少なくとも一つは正です。よって はどこでも にならず、 は向き付け可能(定義 3.1[ストークスの定理])です。
(3) 正則な変換関数の実 Jacobi 行列式は正です(定理 3.1[複素多様体と正則写像] の 1 と、変換関数が可逆であること)。よって正則アトラスは向きの合ったアトラス(命題 3.2[ストークスの定理])です。 なので で、2 形式どうしは可換なので等式が従います。(定義 3.1 の後の説明)なので、 は (1) の形の実基底で、その上で左辺の値は です。
3. 概複素多様体と (p,q) 形式
Section titled “3. 概複素多様体と (p,q) 形式”を滑らかな多様体とする。接束(定義 8.1[接ベクトル空間と接バンドル])の滑らかな束準同型 で、各点で を満たすものを概複素構造といい、組 を概複素多様体という。各点で と分解し、 を正則接束という。複素数値の 形式( の滑らかな切断)の全体を と書き、各点での値が 型であるものの全体を と書く。
です( は実の 形式、定義 6.1[ベクトル場と微分形式])。外微分 (定理 6.2[ベクトル場と微分形式])、引き戻し、積分は実部と虚部に分けて複素線型に延ばし、Leibniz 則、、局所性(補題 6.3[ベクトル場と微分形式])、Stokes の定理がそのまま成り立ちます。複素数値のベクトル場( の切断)の括弧積も複素双線型に延ばします。
複素多様体の概複素構造。 を複素多様体とし、正則チャート 、、 を取ります。 は実線型同型なので、 と定めます。別の正則チャート については (定理 7.4[接ベクトル空間と接バンドル])で、正則な変換関数の微分は複素線型(補題 2.2[複素多様体と正則写像] の 1)なので 倍と可換であり、 はチャートによりません。座標で書くと
で、成分が定数なので は滑らかです。Wirtinger 微分(定義 4.4[正則関数とコーシー・リーマンの関係式])に対応するベクトル場と 1 形式
を使うと、 なので は の、 は の枠です。、 なので、 は 型、 は 型で、互いに双対な枠です。複素数値関数 について
が成り立ちます(両辺を 、 で評価して確かめられます)。
- を概複素多様体とする。各点のまわりに、 型の 1 形式の組 で各点で の基底になるもの(局所枠)がある。 の各点での 成分 は滑らかな形式で、
が成り立つ。 2. を複素多様体とする。 であることは、任意の正則座標 について
( は滑らかな複素数値関数、和は増加する多重指数を動く)と書けることと同値である。 3. を複素多様体の間の正則写像とすると、 である。
証明(命題 3.2)
(1) のまわりの実座標 を取ります。 は滑らかな 型の 1 形式です(補題 2.2 の 2)。 は を張るので、その射影 は を張り、そのうち 個が で基底になります。一次独立性は開条件なので、 の近傍でも基底です。これを とします。 は の滑らかな枠なので、 と書いたときの係数は滑らかで(実座標の枠 についての係数から、滑らかな可逆行列で変換されます)、 は滑らかです。分解と、共役・ウェッジ積との関係は、各点での対応する主張(定義 2.3 の後の式)から従います。
(2) 正則座標では が 型の局所枠なので、(1) の証明から従います。
(3) の微分は、正則チャートで複素線型写像(補題 2.2[複素多様体と正則写像] の 1)なので、 です。 が の 型の 1 形式なら なので は 型で、同様に 型は 型に引き戻されます。引き戻しはウェッジ積を保つ(補題 3.3[ベクトル場の流れ・Lie 微分・Frobenius の定理])ので、 型は 型に引き戻されます。
4. 作用素 ∂・∂̄ と可積分性
Section titled “4. 作用素 ∂・∂̄ と可積分性”は実の作用素なので で、型の共役(命題 3.2 の 1)と合わせて です。関数 については がつねに成り立ちます(1 形式は 型と 型の和だからです)。複素多様体の正則座標では 、 で、 が正則であること(各変数について Cauchy–Riemann の関係式を満たすこと。命題 4.5[正則関数とコーシー・リーマンの関係式]、定理 5.4[正則関数とコーシー・リーマンの関係式])は と同値です。
一般の 形式については、 は 4 つの型 、、、 の成分をもちえます(局所枠で と書いて Leibniz 則を使うと、 が 成分を、 が 成分をもちうるからです)。
次の定理のねらいは、「 が複素座標から来るか」を判定する、座標を使わない条件を集めることです。直感的には、 の切断どうしの括弧積がまた に入る(条件 3)ことが要で、これは Frobenius の定理で「部分束が積分できる」ための条件と同じ形です。条件 4 の Nijenhuis テンソルは、これを実ベクトル場だけで書き直したものです。証明の (3) ⇔ (4) では、実ベクトル場 から の切断 を作ることで、複素の条件を実の式に翻訳します。
を概複素多様体とする。次の条件は同値である。
- すべての で、 上 が成り立つ。
- 型の 1 形式 について、 の 成分はつねに である。
- の切断 について、 は の切断である。
- Nijenhuis テンソル は恒等的に である。
- すべての関数 について である。
これらが成り立つとき は可積分であるといい、、、 が 上で成り立つ。複素多様体の概複素構造は可積分である。
証明(定理 4.2)
準備。 2 形式 の 成分が点 で であることは、すべての で となることと同値です。実際、 型の 1 形式は の上で なので(補題 2.2 の 2)、 成分と 成分は の上で です。一方、 型の形式 は、 の双対基底( の基底) について で値 を取るので、 上で なら です。
(2) ⇔ (3)。 を 型の 1 形式、 を の切断とします。1 形式の外微分の公式(系 4.3[ベクトル場の流れ・Lie 微分・Frobenius の定理] を複素双線型に延ばしたもの)と から
です。 の任意の元は局所的な切断の値として実現でき、複素接ベクトルが に入ることはすべての 型の 1 形式で になることと同値です( 型の局所枠 の双対を考える)。準備と合わせて、(2) は「すべての で 」、つまり (3) と同値です。
(3) ⇔ (4)。 まず が関数について線型であること、つまり を確かめます。括弧積の性質(命題 2.2[ベクトル場の流れ・Lie 微分・Frobenius の定理] の 3)から
で、4 つを足すと です。 なので第 2 変数についても同じです。
実ベクトル場 に対し とおくと、 なので は の切断で、 の切断は局所的にこの形の切断の関数係数の結合です(補題 2.2 の 1 の共役)。実ベクトル場 について
です。実ベクトル について は 、つまり と同値です(虚部の等式 は に を施したものです)。よって は と同値で、両辺に を施して移項すると です。したがって (3) から (4) が出ます。逆に (4) を仮定すると、 の形の切断どうしの括弧積は に入り、一般の切断 、 については により に入ります。
(1) ⇒ (2) は (1) を 形式に使うだけです。(2) ⇒ (1)。 (2) の共役を取ると、 型の 1 形式 について の 成分は です。 形式は局所的に の和です(命題 3.2 の 1)。Leibniz 則で を計算すると、 は 型、 は 型、 は 型なので、どの項も 型と 型の和です。 は局所的な作用素なので、、つまり です。
(1) ⇒ (5) と最後の等式。 (1) のもとで、 について で、3 つの項は型 、、 なので、それぞれ です。
(5) ⇒ (2)。 関数 について なので、 の 成分を取ります。 の 成分は定義により なので、
です。写像 は 上で関数について線型です。実際 で、 は 型です。命題 3.2 の 1 の証明で見たように、各点のまわりに の形の 型の局所枠があるので、任意の 形式は局所的に と書け、 です。
複素多様体の場合。 正則座標で 形式は と書け、 なので は 型です。よって (2) が成り立ちます。
複素多様体では、正則座標で について
です( と の分解から)。 が Leibniz 則を満たすので、型を比べて ()も成り立ちます。 についても同じです。
定理 4.3(Newlander–Nirenberg の定理)※
を可積分な概複素多様体とする。このとき 上の複素多様体の構造で、その概複素構造が に一致するものがただ一つ存在する。すなわち、各点のまわりに、複素数値の滑らかな関数 で を満たし、 が の開集合の上への微分同相になるものがある。
注意 4.4(主張のみとする理由)
この定理は主張のみとし、このテーマでは使いません(以下で扱う概複素構造はすべて複素多様体から来るものです)。一意性は簡単で、二つの構造の正則座標は互いに で消える関数なので、変換関数の微分が複素線型になり、補題 2.2[複素多様体と正則写像] の 3 から正則です。存在の証明は、 が滑らかなだけの場合、非線型の楕円型方程式の解の存在と正則性の評価を必要とし、この章の道具の範囲を超えます。原論文は A. Newlander, L. Nirenberg, “Complex analytic coordinates in almost complex manifolds”, Annals of Mathematics 65 (1957) で、 方程式の 評価による証明が Hörmander の教科書(参考文献)の第 5 章にあります。 が実解析的な場合は、座標を複素化して を複素解析的な対合的分布と見なし、Frobenius の定理(定理 6.2[ベクトル場の流れ・Lie 微分・Frobenius の定理])の正則版で積分多様体の葉を定数にする関数を取ることで示せます。
次の例は、可積分でない概複素構造が実際にあることを示すものです。必要なのは下で定める積 の性質だけで、八元数を知らなくても、定義した積の表を使って計算を追えます。
例 4.5(S⁶ の概複素構造は可積分でない)
の標準基底 について、、、(添字は 7 を法として読む)と定め、反対称かつ双線型に延ばした積 を考えます(八元数の虚部の積です)。この積は 、 かつ のとき を満たします。そこで の点 と接ベクトル に対して と定めると、 で なので、 は の概複素構造です。
Nijenhuis テンソルを計算します。 の接ベクトル場 を の近傍に延ばし、 の方向微分を と書くと です。 を 方向に微分すると です。これを の定義に代入し、 を使って整理すると、 を含む項はすべて打ち消し合い、
となります。、、 とすると、、、、、、 なので
です。定理 4.2 により は可積分ではなく、複素多様体の構造から来ません。 が複素多様体の構造を一つでももつかどうかは未解決問題です。
注意 4.6(概複素構造をもたない多様体)
偶数次元で向き付け可能でも、概複素構造をもつとは限りません。球面 が概複素構造をもつのは のときだけです(A. Borel, J.-P. Serre, “Groupes de Lie et puissances réduites de Steenrod”, American Journal of Mathematics 75 (1953))。とくに は概複素構造をもちません。これは特性類の計算で示され、この章の範囲外です。
5. Dolbeault コホモロジー
Section titled “5. Dolbeault コホモロジー”以下、 は 次元複素多様体とします。
命題 5.2(Dolbeault コホモロジーの基本性質)✓
- である。 が正則 形式であることは、正則座標で と書いたとき係数 がすべて正則関数であることと同値である。
- 正則写像 による引き戻しは と可換で、線型写像 を引き起こす。
- ウェッジ積は双線型写像 を引き起こす。
- がコンパクトのとき、積分は線型写像 を定め、これは全射である。とくに 。
- がコンパクトで、 が恒等的に ではない正則 形式のとき、 は 完全ではなく、 は 閉で 完全ではない。とくに である。
証明(命題 5.2)
(1) なので です。 で、 は一次独立なので、 はすべての 、つまり が各変数について正則であること(命題 4.5[正則関数とコーシー・リーマンの関係式]、定理 5.4[正則関数とコーシー・リーマンの関係式])と同値です。
(2) は と可換(補題 3.3[ベクトル場の流れ・Lie 微分・Frobenius の定理])で型を保つ(命題 3.2 の 3)ので、 について の 成分を取って です。よって は 閉形式を 閉形式に、 完全形式を 完全形式に写します。
(3) 、 なら Leibniz 則から です。 なら 、 なら なので、類の積は代表元によりません。
(4) は標準的な向き(命題 2.4)で向き付けられています。 について なので で、Stokes の定理(定理 6.1[ストークスの定理])により です。よって積分は 上で定まります。座標近傍にコンパクトな台をもつ非負で でない関数 を取ると、 の積分は正なので、全射です。
(5) 正則座標で ( は正則)と書くと、
です( を の隣まで移すのに、 の順に 回ずつ、合計 回の入れ替えをします)。 と ( による)から
で、これは標準的な向きについて非負、 の点で正です。 は恒等的に でないので です。
と仮定します。 は 閉です(、)。よって で、Stokes の定理から積分が となり矛盾です。次に ()と仮定します。 なので ( を使う)で、やはり積分が となり矛盾です。 はすでに見ました。
(1) により、 は正則関数の空間 です。 が連結でコンパクトなら です(定理 5.4[複素多様体と正則写像])。
6. 1 変数の ∂̄ 方程式
Section titled “6. 1 変数の ∂̄ 方程式”上の Lebesgue 測度を と書きます。 は原点のまわりで可積分です(極座標で 。定理 6.3[ℝ^d の変数変換公式と極座標])。
を円板、 を の近傍で定義された 級の複素数値関数とする。 について
が成り立つ。とくに が 上の 級関数でコンパクトな台をもてば、すべての で
である。
証明(補題 6.1)
複素線積分に対する Green の公式(補題 4.2[コーシーの積分定理と積分公式])は、 について なので
と書けます。 を固定し、 を となるように取って、、 に使います。 は の閉包の近傍で正則なので で、境界は正の向きの と負の向きの円周 からなるので
です。 とします。左辺第 2 項は とおくと で、 の連続性から に収束します。右辺は、被積分関数の絶対値が可積分関数 で押さえられ、 上の積分は 以下なので、 上の積分に収束します。よって
で、 で割れば主張の式です。後半は、 と の台を含む大きな円板に前半を使うと、境界上で なので線積分の項が消えることによります。
が正則なら第 2 項が消えて Cauchy の積分公式に戻ります。第 2 項は「正則でない分の補正」で、 から を復元する式になっています。そこで、与えられた に対して同じ形の積分で を作れば が解けると期待できます。
定理 6.2(1 変数の ∂̄ 方程式の解と径数への依存)✓
を の開集合とし、 を 級関数で、あるコンパクト集合 について ならば となるものとする。
とおくと、 は 上で 級で、
を満たす。 と についての任意の偏微分は積分記号の下で に施してよい。とくに が の開集合で、 が の複素座標 について正則ならば、 も について正則である。
証明(定理 6.2)
二つの積分は という平行移動で移り合います。 とし、有界な開近傍 を、閉包がコンパクトで に含まれるように取ります。 を、、 ならば となるように取ります。 を の実座標の一つ(、、または の成分)とすると、被積分関数 の についての偏導関数は で、 のとき絶対値が
で押さえられます。これは によらない の可積分関数です。積分記号下の微分(系 7.4[ルベーグ積分の定義と収束定理] を実部と虚部に使う)により、 は について偏微分可能で、
です。右辺は を に替えた同じ形の積分で、 は と同じ仮定を満たすので、帰納的に のすべての偏導関数が存在して同じ形の積分で表されます。各偏導関数の連続性は、被積分関数が について連続で上の可積分関数で押さえられることから、優収束定理(定理 7.3[ルベーグ積分の定義と収束定理])によって従います。よって は 級です。
を積分記号の下で施し、 に戻すと
です。最後の等号は、 を止めた がコンパクトな台をもつ 級関数であることと 補題 6.1 の後半によります。 が について正則なら なので、 で、 は について 級で Cauchy–Riemann の関係式を満たし、正則です(系 5.3[正則関数とコーシー・リーマンの関係式])。
解 は一般にはコンパクトな台をもちません。 で なので、 なら は無限遠で の速さでしか減衰しません。この点が 2 変数以上との違いで、§8 で使います。
7. ∂̄ の Poincaré の補題と多重円板の Dolbeault コホモロジー
Section titled “7. ∂̄ の Poincaré の補題と多重円板の Dolbeault コホモロジー”半径 ()の多重円板 を考えます。 も許すので も含みます。(すべての )のとき と書きます。
次の定理のねらいは、 なら多重円板の中で(少し小さい多重円板の上で) と書ける、という 版の Poincaré の補題です。証明の方針は、変数を のうち一つずつ処理することです。 に現れる の添字が に収まるという条件を とし、 のときの主張を使って のときを示します。各段階では、前節の 1 変数の方程式を だけについて解きます。
証明(定理 7.1)
について、次の主張 を についての帰納法で示します。
:任意の多重円板 、有限な の 、および 閉な で、座標表示 に現れる がすべて に含まれるものに対して、 で 上 となるものがある。
が定理です。 は、 なので となる項がなく で、 とすればよいです。
とし、 を仮定します。 を の仮定を満たす形式とし、 を含む項と含まない項に分けて
と書きます。 と の座標表示には しか現れません。
係数は について正則。 ( は係数を で微分した形式)です。 のとき、 は を含まないので、 を含む基底の形式 は第 項にしか現れません。 から、 について 、したがって です。つまり と の係数はすべて について正則です。
について解く。 となる有限な を取り、 とします。滑らかなウリゾーンの補題(系 6.4[部分多様体と正則値定理])により、 で、 上で 、台が に含まれるコンパクト集合であるものが取れます( となる有限な を取り、閉集合 と開集合 に補題を使えば、台は有界な閉集合 に含まれます。以下でコンパクトな台の切り落とし関数を取るときも同様です)。 の各係数について、 を で として延ばすと、 と残りの変数(径数。 を動く)の滑らかな関数で、 について台がコンパクト集合 に含まれます。定理 6.2 により
は滑らかで、、かつ について正則です。 とおくと、 上で
です( の項は正則性から消え、 の項は 上で なので です)。したがって は 上の 閉な 形式で、座標表示には しか現れません。 を と に使うと、 で 上 となるものがあります。 とすれば 上 です。
証明(定理 7.2)
有限な半径の多重円板の増大列 を、、、 となるように取ります。、 とします。定理 7.1 を と に使って、 で 上 となるものを各 について取っておきます。これらを修正して貼り合わせます。
の場合。 ()で、 上 、 上 となるものを帰納的に作ります( とします)。 とします。 があるとき、 は 上の 閉な 形式で、 なので、定理 7.1 を と に使って、 で 上 となるものが取れます。 を、 上で 、台が に含まれるコンパクト集合である滑らかな関数(系 6.4[部分多様体と正則値定理])とし、 を の外で として 上の滑らかな形式と見なします。 とおくと、 上 で、 上では です。各 の上で は で によらないので、その共通の値を とすれば、 で です。
の場合。 で、 上 、かつ の各係数の 上の絶対値の上限が 未満であるものを帰納的に作ります。 とします。 があるとき、 は 上の 閉な 形式なので、係数は 上の正則関数です(命題 5.2 の 1)。各係数は原点を中心とするべき級数に展開され、それは のコンパクト部分集合 上で一様収束する(定理 2.3[多変数複素関数論])ので、多項式係数の 形式 で、 の各係数の 上の上限が 未満のものが取れます。 とおくと、 の係数は正則なので 上 で、 です。
を固定します。 のとき、 の係数は 上の正則関数で、 上の上限が 未満です。よって は 上で係数ごとに一様収束し、極限 の係数は正則関数です(命題 2.4[多変数複素関数論] の 2)。 上で とおくと、これは によらず 上の滑らかな 形式を定め、 です。
の場合だけ、差を完全形式で調整する余地()がないので、正則関数を多項式で近似して収束させる必要があります。この種の議論(Mittag-Leffler 型の論法)は、領域を取り尽くして大域的な解を作るときの定石です。任意の領域で同じ結論が成り立つわけではなく、 では が になりません(例 9.1)。
8. コンパクト台の ∂̄ 方程式と Hartogs の延長
Section titled “8. コンパクト台の ∂̄ 方程式と Hartogs の延長”証明(命題 8.1)
と書きます。 は (すべての )ということです。 を径数として
とおきます。 の台はコンパクトなので 定理 6.2 が使え、 は滑らかで です。 について、積分記号の下で微分し、閉形式の条件と 補題 6.1 の後半( はコンパクトな台をもつ)を使うと
です。よって です。
となる を取ります。 の上で なので は正則です。 のとき、 は恒等的に なので です。ここで を使いました( という変数があること)。 の非有界な連結成分 は、連結集合 を含み、 はその空でない開部分集合 上で なので、一致の定理(補題 4.3[複素多様体と正則写像])により 上で です。とくに の台は に含まれコンパクトです。
一意性。コンパクトな台をもつ二つの解の差 は 上の正則関数で、大きな球の外で なので、一致の定理により恒等的に です。
証明(系 8.2)
なら示すことはないので とし、 とします。 を、 の近傍で 、台 が に含まれるコンパクト集合であるように取ります(系 6.4[部分多様体と正則値定理] を、 のコンパクトな近傍に使う)。 を 上で として延ばすと、 上の滑らかな関数です。 は 上の 閉な 形式で、台は に含まれるので、 の外で として 上のコンパクト台の 閉形式に延びます。命題 8.1 により、コンパクト台の で となるものがあり、 は の非有界な連結成分 ( の非有界成分に含まれる)の上で です。 は 上で なので正則です。
の点のうち が最大のもの を取ります( は空でない の近傍を含むので 1 点ではなく、 です)。 が小さいとき、 の近傍は に入り( で は開)、 と交わらず、 を避けて無限遠まで動径方向に結べるので に入ります。したがって は空でない開集合で、その上で 、 なので です。この集合は に含まれ、 は連結なので、一致の定理により 上で です。一意性は、 が の各連結成分と交わる開集合であることと一致の定理から従います( の連結成分が に含まれることは、 がコンパクトで成分が開集合なのでありえません)。
これは前章の 定理 7.1[複素多様体と正則写像] の 2 を、多重円板から一般の開集合に広げたものです。証明の構造は「滑らかに延ばしてから、正則になるように 方程式の解で補正する」というもので、複素解析で大域的な正則関数を作るときの基本的な方法です。第 7 章の Kodaira の埋め込み定理でも、同じ方法で切断を作ります。
例 9.1(ℂ² ∖ {0} の は無限次元)
、、 とし、被覆 に従属する 1 の分割から、滑らかな関数 で 、( の中での閉包)となるものを作ります。 上の正則関数 に対して、
と定めます。 は の外で として 上の滑らかな関数に延び、 上では が正則なので二つの定義は一致します。 は 上の 閉な 形式です。
()と仮定すると、 は 上、 は 上で正則で、 上 です。整数 について線型汎関数
を考えます。 は を止めるごとに 全体で正則なので、内側の積分が Cauchy の積分定理で になり です。 については積分の順序を入れ替えて(連続関数の累次積分)同様に です。よって がすべての で必要です。
については です。有限和 について が 完全なら、 です。したがって類 ()は の中で一次独立で、 は無限次元です。 上の正則関数は に延びる(Hartogs)ので関数の側からは原点の穴が見えませんが、 は穴を検出しています。
例 9.2(ℙ¹ の Dolbeault コホモロジー)
、 の座標を 、 の座標を とします。 です。
:正則 1 形式は 上で ( は整関数)で、 では から です。これが で正則であるには ( が大きいとき)が必要で、Liouville の定理から です。よって 。
: とします()。、 なので、定理 7.2 により で となるものがあります。 は 上の正則関数で、Laurent 展開 をもちます。 は 上、 は 上で正則で、 が 上で成り立ちます。これは 上の関数 を定め、 です。よって 。
: に対し、同様に で となるものを取ります。、 は 上の正則 1 形式です。 の項は に、 の項は なので に正則に延びます。残るのは だけです。一方、1 次元では 形式について なので、Stokes の定理から
です( の境界としての円周は逆向きです)。したがって なら で、上と同じ貼り合わせで は 完全です。命題 5.2 の 4 と合わせて、積分は同型 を与え、 です。
まとめると 、 で、、、 となっています。これは第 5 章の Hodge 分解の最初の例です。
例 9.3(複素トーラスの不変形式)
複素トーラス の上では、 の形式 が平行移動で不変なので、トーラス上の形式を定めます。これらは 閉で、したがって 閉です。とくに は一次独立な正則 1 形式で、 です。逆に、正則 1 形式 の係数 はトーラス上の正則関数なので定数で、 です。一般に (、)が の基底になること、したがって であることは、第 5 章で調和形式を使って示します。
10. 演習
Section titled “10. 演習”上の関数 について 、、 を求めよ。また実 1 形式 を 成分と 成分に分け、 の型を答えよ。
解答
なので 、 です。 です。
、、、 を代入すると
です()。 成分は 、 成分は で、互いに複素共役です。 は 型です。
演習 10.2標準
上で、、 とおく。(a) 各点で が複素余接空間の基底であることを示し、 を 型の枠とする概複素構造 が定まることを説明せよ。(b) が可積分でないことを示せ。
解答
(a) です。 から への変換は、、 と逆に解けるので可逆です。よって基底です。各点で は を満たす 次元部分空間です。 の上で 、 の上で となる複素線型変換は複素共役と可換なので実の余接空間を保ち、その転置として ( が で成り立つ実線型変換)が定まり、 です。係数が滑らかなので は滑らかです。
(b) です。、 を代入すると
で、 成分 が ではありません。定理 4.2 の条件 2 が破れているので、 は可積分ではありません。
演習 10.3標準
を滑らかな関数、 とする。(a) ()、 は 上で滑らかで を満たすことを示せ。(b) がコンパクトな台をもち のとき、 のコンパクト台の解 は存在しないことを示せ。
解答
(a) 、 と書け、 は滑らかです。よって は 上で滑らかです。 で、 は正則なので です。両辺は連続なので でも成り立ちます。
(b) がコンパクト台の解なら、 は整関数です。 の台が に含まれるとすると、 で 、 です。 が大きいとき なので で、これは で に収束します。有界な整関数は定数(Liouville)で、無限遠で に収束するので です。すると大きな で となり、 に矛盾します。 では 命題 8.1 によりコンパクト台の解がつねにあるので、これは 1 変数に特有の障害です。
演習 10.4標準
岩澤多様体(例 6.6[複素多様体と正則写像])の上の 1 形式 について、(a) が の作用で不変な正則 1 形式であること、(b) であること、(c) (、)が零点をもたない正則 3 形式であり、岩澤多様体の が 以上であることを示せ。
解答
(a) による左からの積は です。、、 なので
です。係数が正則な 形式なので正則 1 形式で、不変なので商に降ります。
(b) です。 は 閉ですが です。
(c) ( の項は で消える)で、零点をもたない不変な正則 3 形式です。岩澤多様体はコンパクトなので、命題 5.2 の 5 により、その共役は の でない類を定め、 です。
- D. Huybrechts, Complex Geometry: An Introduction, Springer, 2005 — Chapter 1 の §1.2–1.3(線型代数と局所理論)、Chapter 2 の §2.6(概複素構造と Dolbeault コホモロジー)。
- P. Griffiths, J. Harris, Principles of Algebraic Geometry, Wiley, 1978 — Chapter 0 の §1–2( の Poincaré の補題)。
- L. Hörmander, An Introduction to Complex Analysis in Several Variables, 3rd ed., North-Holland, 1990 — Chapter I・II(Cauchy–Pompeiu の公式、コンパクト台の 方程式と Hartogs の定理)、Chapter V(Newlander–Nirenberg の定理)。
- A. Newlander, L. Nirenberg, “Complex analytic coordinates in almost complex manifolds”, Annals of Mathematics 65 (1957).
- 小林昭七『複素幾何』岩波書店、2005 — 第 1 章・第 2 章。
- R. O. Wells, Differential Analysis on Complex Manifolds, 3rd ed., Springer, 2008 — Chapter I。
執筆: Claude Code(Opus 5.5)、Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 2 回(Claude Code)・最終 2026-10-12
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