直積測度と Fubini–Tonelli の定理:積分の順序交換と無限直積
対象読者: 本テーマの抽象測度の章(σ-有限測度、Carathéodory の拡張定理、π-λ 定理)とルベーグ積分の収束定理を学んだ人。確率論は仮定しません。
前提となる記事:測度空間と Carathéodory の拡張定理:前測度から測度を作り、一意性を示す、ルベーグ積分の定義と収束定理:値域を分割して極限と積分を交換する
0. この記事の要点
Section titled “0. この記事の要点”縦横に並んだ数表の合計を求めるとき、「行ごとに足してから全部足す」と「列ごとに足してから全部足す」で答えが変わってほしくありません。ところが無限に続く表や、連続的に広がる量では、この二通りの足し方が一致するとは限りません。この記事は、どんなときに足す順序を入れ替えてよいかを調べ、その条件を使って「二つの空間を掛け合わせた空間」の上で面積や体積の測り方を作ります。読み終えると、積分の順序交換を、条件を確かめて自信をもって使えるようになります。
- 2 変数関数の積分 を「先に で、次に で」積分してよいか、順序を入れ替えてよいか。リーマン積分では連続性などの条件が必要でしたが、ルベーグ積分では非負なら無条件に、可積分なら絶対可積分を確かめるだけで入れ替えられます。これが Tonelli の定理と Fubini の定理です。
- 舞台は、二つの測度空間 、 の直積 です。 が -有限なら、長方形 に を与える測度 はただ一つ存在します。存在は切断の測度の積分 で定義して示し、一意性は 測度空間と Carathéodory の拡張定理 の π-λ 定理で示します。
- σ-有限性と可積分性は外せません。非 σ-有限な反例(ルベーグ測度×数え上げ測度)と、可積分でない関数の反例( の二つの累次積分が )を確かめます。
- 応用として、層ケーキ公式(関数の積分を、値が を超える部分の測度を で積分した形に書き直す式)、ガウス積分、畳み込み の ノルム評価と近似単位元(質量を一点に集中させていく関数の族のこと)による近似を示します。
- 最後に、可算個の確率空間の無限直積測度(無限回のコイン投げなど)を、Carathéodory の拡張定理と Fubini の定理だけで構成します。これが独立確率変数列の存在の根拠で、ガウス測度・Wiener 測度の構成の土台です。
1. 動機 — 累次積分は交換できるか
Section titled “1. 動機 — 累次積分は交換できるか”微分積分学では、長方形上の連続関数 に対して
が成り立つ、という形で積分の順序交換を使いました。しかし解析学の多くの場面では、被積分関数は連続でなく(たとえば特性関数)、領域は長方形でなく、積分も区間でなく測度空間の上です。
- 確率論: を、 の同時分布から と書き、独立なら と分解する。
- 級数:。数え上げ測度に関する積分の入れ替えと見る。
- 畳み込み: の ノルムの評価。
条件なしには交換できないことは、次の二重級数でわかります。、、その他 とすると、 なのに なので、。何が交換を許す条件なのか。ルベーグ積分の答えは明快で、「非負、または絶対可積分」です。以下、その理論を証明つきで組み立てます。
2. 直積可測空間
Section titled “2. 直積可測空間”、 を可測空間とする。、 に対する を可測長方形という。可測長方形全体で生成される の σ-加法族を と書き、直積 σ-加法族という。 と 、 に対し、切断を 、 で定める。関数 には 、 と書く。
可測長方形全体は π-系です:。
証明(命題 2.2)
を固定し、 とおく。 は なら 、そうでなければ だから、可測長方形は に属する。、 だから は σ-加法族であり、。関数については、 から従う。、 も同様。
証明(命題 2.3)
() 射影 は連続である。 は σ-加法族で、開集合を含む(連続写像による開集合の逆像は開)から、ボレル集合を含む。したがって 、同様に はボレル集合で、 もボレル集合。() の開集合 は、 に含まれる有理数端点の開長方形 の可算和である(各点 について、 を含む有理数端点の開長方形で に含まれるものがとれる)。開長方形は可測長方形だから 。
以降 上の連続関数 などとボレル関数との合成は -可測です(開集合の逆像が開集合であることから従います)。
3. 直積測度と Tonelli・Fubini の定理
Section titled “3. 直積測度と Tonelli・Fubini の定理”次の補題は、直積測度を「切り口の測度を積分する」ことで定義するための準備です。切り口の測度 が の関数として可測でなければ、それを積分できないからです。まず有限測度の場合に、可測長方形から出発して全体へ広げ、最後に σ-有限へ移ります。
証明(補題 3.1)
まず が有限測度のとき、 が λ-系であることを示す。( は定数)。 なら が可測。互いに素な なら は可測関数の級数の和で可測(命題 3.4[ルベーグ積分の定義と収束定理])。可測長方形は で に属し、π-系だから、定理 4.4[測度空間と Carathéodory の拡張定理] により 。
一般の σ-有限 では、( は増加、)とし、 は有限測度である。上により は可測で、下からの連続性(命題 2.3[測度空間と Carathéodory の拡張定理] (3))から も可測。
証明(定理 3.2)
(存在) 補題 3.1 により は定義できる。。互いに素な について であり、非負可測関数の項別積分(系 5.3[ルベーグ積分の定義と収束定理] (2))により 。よって は測度で、。同様に も長方形で同じ値をとる測度である。
(一意性と二つの式の一致) 、( は増加、)とすると、 は可測長方形で増加し、、。長方形全体は π-系で を生成するから、定理 4.5[測度空間と Carathéodory の拡張定理] により、長方形上で となる測度は 上でただ一つ。したがって がその測度であり、 と定める。
証明(定理 3.3)
()のときは 定理 3.2 そのもの: である。非負係数の有限一次結合(単関数)では、積分の線型性(系 5.3[ルベーグ積分の定義と収束定理] (1))から従う。一般の は、定理 3.7[ルベーグ積分の定義と収束定理] の単関数 (各 は -可測な単関数)をとる。 について三つの等式が成り立ち、各 で だから単調収束定理(定理 5.2[ルベーグ積分の定義と収束定理])により 。左辺の関数は可測な関数の増加極限だから可測(命題 3.4[ルベーグ積分の定義と収束定理])。再び単調収束定理を について、および について適用すると、三つの量の の極限がそれぞれ三つの積分になる。
、 を -有限な測度空間とし、(または )を -可測で とする。このとき
- -ほとんどすべての で 、-ほとんどすべての で 。
- (上の例外集合では と定める)は に、 は に属する。
- 。
証明(定理 3.4)
が実数値のときに示す(複素数値は実部・虚部に分けて足せばよい)。 とする。
定理 3.3 を に適用すると 。可測関数 の積分が有限だから -a.e.(命題 6.4[ルベーグ積分の定義と収束定理] (3))、すなわち は零集合で、 で 。これが (1) の前半で、後半も同様。
は 定理 3.3 により可測で 。 では で、。 は可測で だから 、かつ
についても同様で、(2)(3) を得る。
次の例の (a) では、図のように対角線 を縦に切ると 1 点、横に切っても 1 点ですが、測り方(数え上げ測度とルベーグ測度)が異なるため、先に測る方向で答えが変わります。
例 3.5(仮定が外れると順序交換は壊れる)
例 4.1(層ケーキ公式)
を -有限な測度空間、 を可測とする。このとき
は に属する( は可測。命題 3.4[ルベーグ積分の定義と収束定理] (3))。 を で積分すると 、 で積分すると だから、定理 3.3(ルベーグ測度は -有限)により等式を得る。この公式は、確率変数 について を与え、関数 の積分を「 の優位集合の測度の積分」で書く見方(注意 5.4[ルベーグ積分の定義と収束定理])の証明になる。
例 4.2(ガウス積分)
とすると である。 は ()などから明らか。 を固定し、 と置換すると 。ゆえに
被積分関数は非負連続だから、Tonelli で積分順序を交換できる。 で先に積分すると だから 。極座標を使わず、順序交換だけでガウス積分が求まる。
5. 畳み込みと近似単位元
Section titled “5. 畳み込みと近似単位元”畳み込みは、二つの関数 から「 を反転して動かしながら に重ね、重なりを積分する」ことで新しい関数を作る操作です。この節ではまず、畳み込みがきちんと定義でき に入ることを Fubini–Tonelli から示し、次に、畳み込みで関数を「ならして」元の関数に近づける方法(近似単位元)を扱います。
以下、 にルベーグ測度 (ボレル集合への制限)を考え、関数はボレル可測とします。ルベーグ可測関数はボレル可測関数とほとんど至るところ等しく(補題 6.7[可測集合とルベーグ測度]。ルベーグ可測集合がボレル集合と零集合の差を除いて一致する 命題 6.6[可測集合とルベーグ測度] から従います)、 の元の代表元としてはボレル可測関数で十分です。ルベーグ測度の平行移動不変性(系 4.7[可測集合とルベーグ測度])から、ボレル可測な について ( は定数)が成り立つことを使います(特性関数 から単関数、単調収束定理へ)。
証明(定理 5.2)
次の補題は、近似単位元の定理の証明で使う二つの事実です。(1) は、可積分な関数を、台がコンパクトな連続関数でいくらでも近く( ノルムで)近似できるという主張で、(2) は、関数を少しずらしても ノルムでは少ししか変わらないという主張です。証明は、まず集合の指示関数の場合に示し、そこから一般の関数へ進みます。
証明(補題 5.4)
(1) 単関数近似定理(定理 3.7[ルベーグ積分の定義と収束定理])と優収束定理(定理 7.3[ルベーグ積分の定義と収束定理]、優関数 )により、 は可積分な単関数で 近似できる。よって ( は有限測度のボレル集合)の場合に示せばよい。 を となるようにとり、 を考える。ルベーグ外測度の定義から(可算個の開区間による被覆)、開集合 で となるものがある。 としてよい(共通部分をとる)。同様に有界集合 に対して開集合 、 をとり、 とおくと、 は有界閉でコンパクト、、かつ だから 。( は集合までの距離)は連続で、 上 、 上 、、台は に含まれる。 で、 だから 。
(2) の場合: とし、 なら は の外で 、 は一様連続だから 。一般の には、(1) の と平行移動不変性 により 。
証明(定理 5.5)
例 5.6(移動平均と熱核)
ならば は幅 の移動平均で、定理 5.5 は「平均の幅を縮めると で元の関数に近づく」ことを意味する。(ガウス積分の値は 例 4.2 から )なら は平均 、分散 の正規分布の密度で、 は熱方程式の基本解である。 の導関数がすべて有界なので、 のとき は積分記号下の微分(系 7.4[ルベーグ積分の定義と収束定理])により無限回微分可能で、 で を近似する。これが関数の「ならし」の原理である。
6. 確率測度の無限直積
Section titled “6. 確率測度の無限直積”()を確率空間とする。有限個の積は、帰納的に で定義する。確率測度は有限だから -有限であり、定理 3.2 の一意性から、 は長方形 に を与える唯一の測度である。この性質は も満たすから( は二つのまとまりの直積 σ-加法族と一致する)、 について が成り立つ。また、定理 3.3 から、 と について、
が成り立つ(直前の等式と 定理 3.2 による)。ここで である。
上で、柱集合を (、)と定め、柱集合全体を とする。 は代数である(二つの柱集合は共通の で表せ、補集合・共通部分は の側でとればよい)。無限直積 σ-加法族 は で定める。
証明の方針は、柱集合(有限個の座標だけで決まる集合)の上で確率を定め、Carathéodory の拡張定理で全体へ延ばすことです。拡張定理を使うには、柱集合の上の確率が可算加法的であることを示す必要があります。それは「柱集合の減少列で確率が一定以上のものは、共通部分が空にならない」ことに言い換えられ、座標を一つずつ選んでいく帰納法で示します。
証明(定理 6.1)
(前測度の定義) 柱集合 に対し と定める。()とも書けるとき で、 から だから、 は表し方によらない。また は 上で有限加法的で である。
(可算加法性) 互いに素な で とする。 は減少列で 、 だから、 が示せれば を得る。したがって次を示せば十分である:
主張. が柱集合の減少列で (すべての )ならば 。
が最初の 個の座標だけで決まるとする。(そのような がなければ )とおき、 と置き換える。 は減少列で、、(各 は有限だから が大きければ )で、 は最初の 個の座標だけで決まる。そこで最初から ()と仮定してよい。 と に対し
とおく( のときは )。これは 補題 3.1 により可測である。 から だから、。したがって極限 が存在して可測。 を に使うと、 で
(左辺は を で切って積分したもの)。 で単調減少だから、優収束定理(定理 7.3[ルベーグ積分の定義と収束定理])により で
同様に (変数なし)では 。
点 を、 がすべての で成り立つように帰納的に選ぶ。 は上のとおり。 まで選べたとして、 より である。もし全 で ならば積分は 以下となり矛盾するから、 となる がある。
こうして得た について、各 で 。指示関数だから値は 、すなわち 。ゆえに 。これで主張が示された。
(結論) は代数 上の前測度で有限()だから、定理 4.2[測度空間と Carathéodory の拡張定理] と 系 4.6[測度空間と Carathéodory の拡張定理] により 上にただ一つの拡張 がある。長方形の条件を満たす測度は、柱集合の値を決めるから の拡張にほかならず、一意である。
例 6.2(無限回のコイン投げ)
、、(すべての )とすると、 上に確率測度 が存在する。 は独立同分布(ベルヌーイ)確率変数列で、任意の有限列 に対し 。確率空間とコルモゴロフの公理 の 例 3.6[確率空間とコルモゴロフの公理] で「存在する」とだけ述べた確率空間は、この定理が与える。同じ構成で、任意の確率分布列 (たとえば )に対し、座標関数が独立で分布 をもつ確率空間が得られる。独立な標準正規確率変数列の存在は、ガウス過程やブラウン運動の構成の出発点になる。
演習 7.2標準
-有限な 、 と について、 ならば、-ほとんどすべての で であることを示せ。
解答
定理 3.2 により 。 は非負可測で積分が だから、命題 6.4[ルベーグ積分の定義と収束定理] (1) により a.e.。
演習 7.3標準
を示せ。
解答
演習 7.4標準
とし、 a.e. on 、 a.e. on とする。 a.e. on であり、 では となることを示せ。
解答
、 は零集合である。固定した について、 で となる は の元、 で となる は の元( を反転・平行移動した零集合)で、どちらも零集合だから、 の外では が a.e. で成り立つ。したがって なら 、 なら積分域 が空か 1 点だから (1 点の測度は )。
- G. B. Folland, Real Analysis: Modern Techniques and Their Applications, 2nd ed., Wiley, 1999 — Chapter 2 §2.5(直積測度、Fubini–Tonelli)、§8.2(畳み込みと近似単位元)。
- W. Rudin, Real and Complex Analysis, 3rd ed., McGraw–Hill, 1987 — Chapter 8(積空間上の積分)。
- P. Billingsley, Probability and Measure, 3rd ed., Wiley, 1995 — 積測度とコルモゴロフの存在定理を扱う節。
- E. M. Stein and R. Shakarchi, Real Analysis, Princeton University Press, 2005 — Chapter 2(Fubini の定理)、Chapter 3(近似単位元)。
- 伊藤清三『ルベーグ積分入門』裳華房、1963 — 直積測度とフビニの定理を扱う章。
執筆: Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 2 回(Claude Code)・最終 2026-10-12
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