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古典的な不等式と関数方程式:Cauchy の関数方程式の正則性、Ptolemy と Hlawka の不等式

対象読者: 本テーマの L^p 空間の章、ヒルベルト空間の基礎(内積空間)、選択公理と Zorn の補題を学んだ人。関数方程式の予備知識は仮定しません。

前提となる記事:L^p 空間と関数解析への導入:ヘルダーの不等式から完備性・ヒルベルト空間まで、Hilbert 空間の基礎:射影定理・リースの表現定理・正規直交基底、選択公理と Zorn の補題:「無限個の選択」を極大元に置き換える

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f(x+y)=f(x)+f(y)f(x+y)=f(x)+f(y) を満たす関数は、f(x)=cxf(x)=cx という比例の形のものしかないのでしょうか。この記事の前半は、「条件をどこまで弱めても比例になるのか」と「弱めすぎると何が起きるのか」を調べます。後半では、円に内接する四角形について、対角線の積が向かい合う辺の積の和になるという平面幾何の事実が、長さを測れる空間の一般の 4 点では不等式の形で成り立つことを示します。読み終えると、関数が比例だと言い切るための条件と、その証明の流れを説明できるようになります。

  • Cauchy の関数方程式 f(x+y)=f(x)+f(y)f(x+y)=f(x)+f(y) の解は、そのままでは Q\mathbb{Q} 上でしか線形と分かりません。連続、ある点で連続、ある区間で上に有界、単調、Lebesgue 可測のどれか一つを加えると、f(x)=cxf(x)=cx に決まります。
  • 可測な場合の核心は Steinhaus の定理です。正測度の集合 EE の差集合 E−EE-E は 0 の近傍を含みます。証明は、平行移動が L2L^2 で連続であること(関数を少しずらしても、L2L^2 ノルムで測った変化は小さいこと)に帰着します。
  • 上の条件がどれも成り立たない解も、選択公理(Hamel 基底。実数全体を有理数を係数とするベクトル空間とみたときの基底)を使えば存在します。そのグラフは平面で稠密になり、どの区間でも非有界、どの点でも不連続、非可測です。
  • Pexider 方程式・Jensen 方程式・指数型・対数型は、すべて Cauchy の方程式に帰着します。正則性の仮定を一度だけ使えば、四つともまとめて解けます。
  • 内積空間では Ptolemy の不等式 ∥a−c∥∥b−d∥≤∥a−b∥∥c−d∥+∥a−d∥∥b−c∥\|a-c\|\|b-d\|\le\|a-b\|\|c-d\|+\|a-d\|\|b-c\| が成り立ちます。証明は反転(逆数をとる変換)で三角不等式に直します。平面での等号は 4 点が円周(または直線)上にこの順に並ぶときに限ります。
  • Hlawka の不等式 ∥x+y∥+∥y+z∥+∥z+x∥≤∥x∥+∥y∥+∥z∥+∥x+y+z∥\|x+y\|+\|y+z\|+\|z+x\|\le\|x\|+\|y\|+\|z\|+\|x+y+z\| は、Ptolemy の不等式を 3 回使った代数計算で出ます。

f(x+y)=f(x)+f(y)f(x+y)=f(x)+f(y) を満たす実関数は、f(x)=cxf(x)=cx のほかにあるでしょうか。ff が連続なら答えは「ない」で、証明は有理数での値を決めて稠密性で延ばすだけです。ところが、連続性を落とした途端に、事情は大きく変わります。この記事の前半は、「どこまで仮定を弱めれば線形性が残るか」と「それ以上弱めると何が起きるか」を調べます。連続性という位相的な条件の代わりに、測度論的な条件(可測性)を課しても結論が変わらないことは、ルベーグ測度の構造が実数の加法と深く結びついていることの表れです。

後半は、内積空間の不等式です。三角不等式 ∥x+y∥≤∥x∥+∥y∥\|x+y\|\le\|x\|+\|y\| は、ノルムさえあれば成り立ちます。これに対して Ptolemy の不等式と Hlawka の不等式は、内積があることを使って証明します。とくに Hlawka の不等式は、一般のノルム空間では成り立ちません(演習 4.3 を見てください)。平面幾何の円に内接する四角形の定理が、一般の内積空間の不等式に拡張される様子を追います。

この記事では、N={1,2,…}\mathbb{N}=\{1,2,\ldots\}、Q\mathbb{Q} は有理数全体、mm は R\mathbb{R} 上のルベーグ測度です。内積空間は実でも複素でもよく、内積は ⟨x,y⟩\langle x,y\rangle、ノルムは ∥x∥=⟨x,x⟩1/2\|x\|=\langle x,x\rangle^{1/2} と書きます(定義 2.1[Hilbert 空間の基礎])。

2.1. 加法的関数と Q\mathbb{Q} 上の線形性

Section titled “2.1. 加法的関数と Q\mathbb{Q}Q 上の線形性”

定義 2.1(加法的関数)↗

関数 f:R→Rf:\mathbb{R}\to\mathbb{R} が加法的であるとは、すべての x,y∈Rx,y\in\mathbb{R} について f(x+y)=f(x)+f(y)f(x+y)=f(x)+f(y) が成り立つことをいう。この等式を Cauchy の関数方程式という。

線形な関数 f(x)=cxf(x)=cx は加法的です。逆を考えるために、まず代数だけで言えることを確かめます。

命題 2.2(加法的関数は有理数倍と交換する)✓

ff が加法的ならば、f(0)=0f(0)=0、f(−x)=−f(x)f(-x)=-f(x) で、すべての有理数 qq と実数 xx について f(qx)=qf(x)f(qx)=qf(x) である。とくに f(q)=qf(1)f(q)=qf(1) である。

証明(命題 2.2)

f(0)=f(0+0)=2f(0)f(0)=f(0+0)=2f(0) から f(0)=0f(0)=0 です。f(x)+f(−x)=f(0)=0f(x)+f(-x)=f(0)=0 から f(−x)=−f(x)f(-x)=-f(x) です。n∈Nn\in\mathbb{N} について、f(nx)=nf(x)f(nx)=nf(x) を nn に関する帰納法で示します。n=1n=1 は自明で、f((n+1)x)=f(nx)+f(x)=(n+1)f(x)f((n+1)x)=f(nx)+f(x)=(n+1)f(x) です。nn が負の整数のときは奇関数性から従い、n=0n=0 のときも成り立ちます。有理数 q=m/nq=m/n(m∈Zm\in\mathbb{Z}、n∈Nn\in\mathbb{N})について、nf(qx)=f(nqx)=f(mx)=mf(x)nf(qx)=f(nqx)=f(mx)=mf(x) なので f(qx)=qf(x)f(qx)=qf(x) です。x=1x=1 とすれば最後の主張を得ます。

したがって、加法的関数は Q\mathbb{Q} 上のベクトル空間 R\mathbb{R} から R\mathbb{R} への Q\mathbb{Q}-線形写像にほかなりません。R\mathbb{R} 全体で f(x)=f(1)xf(x)=f(1)x を言うには、有理数から無理数へ延ばす仕組みが必要で、それが正則性の仮定です。

まず、局所的な有界性が連続性を生むことを示します。ここで加法性が効きます。一点の近くで制御できれば、平行移動で全体が制御できるからです。

補題 2.3(区間で上に有界な加法的関数は連続)✓

ff を加法的な関数とする。ある区間 [α,β][\alpha,\beta](α<β\alpha\lt\beta)と実数 KK について f≤Kf\le K が [α,β][\alpha,\beta] 上で成り立つなら、ff は R\mathbb{R} 上で連続である。

証明(補題 2.3)

c=(α+β)/2c=(\alpha+\beta)/2、δ=(β−α)/2\delta=(\beta-\alpha)/2 とおきます。∣t∣≤δ|t|\le\delta なら c+tc+t と c−tc-t はともに [α,β][\alpha,\beta] に入ります。加法性から f(c+t)+f(c−t)=f(2c)=2f(c)f(c+t)+f(c-t)=f(2c)=2f(c) なので、

f(c+t)=2f(c)−f(c−t)≥2f(c)−Kf(c+t)=2f(c)-f(c-t)\ge2f(c)-K

です。一方 f(c+t)≤Kf(c+t)\le K なので、f(t)=f(c+t)−f(c)f(t)=f(c+t)-f(c) について

f(c)−K≤f(t)≤K−f(c)(∣t∣≤δ)f(c)-K\le f(t)\le K-f(c)\qquad(|t|\le\delta)

を得ます。M=K−f(c)≥0M=K-f(c)\ge0 とおくと、∣t∣≤δ|t|\le\delta で ∣f(t)∣≤M|f(t)|\le M です。

ε>0\varepsilon\gt0 を任意にとり、アルキメデスの原理(定理 3.2[実数の完備性とコーシー列])で M/n<εM/n\lt\varepsilon となる n∈Nn\in\mathbb{N} をとります。∣t∣<δ/n|t|\lt\delta/n なら ∣nt∣<δ|nt|\lt\delta で、命題 2.2 から ∣f(t)∣=∣f(nt)∣/n≤M/n<ε|f(t)|=|f(nt)|/n\le M/n\lt\varepsilon です。つまり ff は 00 で連続です。任意の点 xx で f(x+h)−f(x)=f(h)→0f(x+h)-f(x)=f(h)\to0(h→0h\to0)なので、ff は xx で連続です。

命題 2.4(連続な加法的関数は線形)✓

ff が加法的で連続ならば、f(x)=f(1)xf(x)=f(1)x(x∈Rx\in\mathbb{R})である。

証明(命題 2.4)

c=f(1)c=f(1) とおくと、命題 2.2 から f(q)=cqf(q)=cq(q∈Qq\in\mathbb{Q})です。実数 xx に対して、有理数の稠密性(定理 5.2[実数の完備性とコーシー列])から qk→xq_k\to x となる有理数列がとれます。ff の連続性(点列による特徴づけ 命題 3.2[連続関数と一様連続性])から f(x)=lim⁡f(qk)=lim⁡cqk=cxf(x)=\lim f(q_k)=\lim cq_k=cx です。

可測性の場合には、次の定理が必要です。正測度の集合は、見かけよりずっと大きな構造を内に持ちます。

次の定理の証明は長いので、流れを先に述べます。集合 FF を横に xx だけずらしたとき、xx が 00 に近ければ、元の FF とのずれは小さいはずです。そこで重なり F∩(F+x)F\cap(F+x) の測度が、x=0x=0 のときの m(F)>0m(F)\gt0 に近いことを示します。重なりが空でなければ、FF の二点の差として xx が現れるので、00 の近くの数がすべて差集合に入ります。証明の大半は、この「ずらしても変わらない」ことを L2L^2 の言葉で確かめる作業です。

補題 2.5(Steinhaus の定理)✓

E⊆RE\subseteq\mathbb{R} をルベーグ可測集合で m(E)>0m(E)\gt0 とする。このとき η>0\eta\gt0 が存在して、(−η,η)⊆E−E={y−y′:y,y′∈E}(-\eta,\eta)\subseteq E-E=\{y-y':y,y'\in E\} である。

証明(補題 2.5)

有界化。 EN=E∩[−N,N]E_N=E\cap[-N,N] は EE に増加するので、測度の下からの連続性(命題 2.1[ルベーグ積分の定義と収束定理])から m(EN)→m(E)>0m(E_N)\to m(E)\gt0 です。m(EN)>0m(E_N)\gt0 となる NN を固定し、F=ENF=E_N とおきます。0<m(F)<∞0\lt m(F)\lt\infty で、E−E⊇F−FE-E\supseteq F-F です。h=1Fh=\mathbf{1}_F は L2(R)L^2(\mathbb{R}) の元で、∥h∥22=m(F)\|h\|_2^2=m(F) です。

平行移動の不変性。 測度の平行移動不変性 m(A+x)=m(A)m(A+x)=m(A) は、外測度の定義(区間による被覆)で被覆を平行移動しても長さの総和が変わらないこと(定義 3.1[可測集合とルベーグ測度])と、Carathéodory の条件(定義 4.1[可測集合とルベーグ測度])が平行移動で保たれることから従います。したがって AA が可測なら A+xA+x も可測で、1A+x(y)=1A(y−x)\mathbf{1}_{A+x}(y)=\mathbf{1}_A(y-x) に対して ∫1A(y−x)dy=∫1A\int\mathbf{1}_A(y-x)dy=\int\mathbf{1}_A です。これを単関数、さらに単調収束定理(定理 5.2[ルベーグ積分の定義と収束定理])で非負可測関数に延ばせば、(τxw)(y)=w(y−x)(\tau_xw)(y)=w(y-x) について ∥τxw∥2=∥w∥2\|\tau_xw\|_2=\|w\|_2 が従います。

L2L^2 での連続性。 g∈Cc(R)g\in C_c(\mathbb{R}) の台が [−R,R][-R,R] に入るとします。gg は有界閉区間 [−R−2,R+2][-R-2,R+2] で一様連続です(Heine–Cantor の定理 定理 7.1[連続関数と一様連続性])。その連続率を ω(δ)=sup⁡{∣g(y)−g(y′)∣:∣y−y′∣≤δ}\omega(\delta)=\sup\{|g(y)-g(y')|:|y-y'|\le\delta\}(y,y′∈[−R−2,R+2]y,y'\in[-R-2,R+2])とおくと ω(δ)→0\omega(\delta)\to0(δ→0\delta\to0)です。∣x∣≤1|x|\le1 のとき、τxg−g\tau_xg-g は [−R−1,R+1][-R-1,R+1] の外で 00 で、その中では ω(∣x∣)\omega(|x|) 以下です。よって

∥τxg−g∥22≤2(R+1) ω(∣x∣)2→0(x→0)\|\tau_xg-g\|_2^2\le2(R+1)\,\omega(|x|)^2\to0\qquad(x\to0)

です。次に、ε>0\varepsilon\gt0 に対し、CcC_c が L2L^2 で稠密であること(命題 7.2[L^p 空間と関数解析への導入])から ∥h−g∥2<ε\|h-g\|_2\lt\varepsilon となる g∈Ccg\in C_c をとります。平行移動の不変性を使うと

∥τxh−h∥2≤∥τx(h−g)∥2+∥τxg−g∥2+∥g−h∥2≤2ε+∥τxg−g∥2\|\tau_xh-h\|_2\le\|\tau_x(h-g)\|_2+\|\tau_xg-g\|_2+\|g-h\|_2\le2\varepsilon+\|\tau_xg-g\|_2

なので、lim sup⁡x→0∥τxh−h∥2≤2ε\limsup_{x\to0}\|\tau_xh-h\|_2\le2\varepsilon です。ε\varepsilon は任意なので ∥τxh−h∥2→0\|\tau_xh-h\|_2\to0 です。

結論。 φ(x)=m(F∩(F+x))=∫h(y) h(y−x) dy\varphi(x)=m(F\cap(F+x))=\int h(y)\,h(y-x)\,dy とおきます。Cauchy–Schwarz の不等式(定理 4.2[L^p 空間と関数解析への導入] の p=2p=2)から

∣φ(x)−φ(0)∣=∣∫h (τxh−h)∣≤∥h∥2 ∥τxh−h∥2→0|\varphi(x)-\varphi(0)|=\Bigl|\int h\,(\tau_xh-h)\Bigr|\le\|h\|_2\,\|\tau_xh-h\|_2\to0

です。φ(0)=m(F)>0\varphi(0)=m(F)\gt0 なので、ある η>0\eta\gt0 があって ∣x∣<η|x|\lt\eta なら φ(x)>0\varphi(x)\gt0 です。このとき F∩(F+x)≠∅F\cap(F+x)\ne\emptyset なので、y∈Fy\in F かつ y−x∈Fy-x\in F となる yy があり、x=y−(y−x)∈F−Fx=y-(y-x)\in F-F です。

これで、主定理が示せます。

定理 2.6(正則性のある加法的関数は線形)✓

f:R→Rf:\mathbb{R}\to\mathbb{R} を加法的な関数とする。次の (a)〜(d) のどれか一つが成り立てば、ある定数 cc があって f(x)=cxf(x)=cx(すべての xx)である。

(a) ff は少なくとも一点で連続である。 (b) ff はある区間 [α,β][\alpha,\beta](α<β\alpha\lt\beta)上で上に有界である(下に有界でもよい)。 (c) ff はある区間 [α,β][\alpha,\beta] 上で単調である。 (d) ff はルベーグ可測である。

証明(定理 2.6)

(b) の場合を中心に、ほかを (b) に帰着します。

(a)⇒(b):ff が x0x_0 で連続なら、δ>0\delta\gt0 があって ∣x−x0∣<δ|x-x_0|\lt\delta で f(x)<f(x0)+1f(x)\lt f(x_0)+1 です。[x0−δ/2,x0+δ/2][x_0-\delta/2,x_0+\delta/2] 上で ff は上に有界です。

(c)⇒(b):非減少なら [α,β][\alpha,\beta] 上で f≤f(β)f\le f(\beta)、非増加なら f≤f(α)f\le f(\alpha) です。

(d)⇒(b):En={x:∣f(x)∣≤n}E_n=\{x:|f(x)|\le n\} は可測で、⋃nEn=R\bigcup_nE_n=\mathbb{R} です。すべての m(En)m(E_n) が 00 なら、可算劣加法性から m(R)=0m(\mathbb{R})=0 となって矛盾します。よって m(En)>0m(E_n)\gt0 となる nn があります。補題 2.5 から (−η,η)⊆En−En(-\eta,\eta)\subseteq E_n-E_n で、x=y−y′x=y-y'(y,y′∈Eny,y'\in E_n)と書けるなら ∣f(x)∣=∣f(y)−f(y′)∣≤2n|f(x)|=|f(y)-f(y')|\le2n です。したがって [−η/2,η/2][-\eta/2,\eta/2] 上で有界です。

(b)⇒結論:下に有界な場合は −f-f に読み替えます。補題 2.3 から ff は連続で、命題 2.4 から f(x)=f(1)xf(x)=f(1)x です。

仮定を一つずつ眺めると、(a)〜(d) はどれも「ff が Q\mathbb{Q}-線形写像であることを超えた何かを課す」仕掛けです。連続性や有界性は位相的な、可測性は測度論的な制約ですが、結論はいずれも同じ f(x)=cxf(x)=cx です。(b) は、一つの区間で片側から押さえるだけでよいという意味で、使いやすい形です。

では、(a)〜(d) のどれも満たさない加法的関数はあるのでしょうか。選択公理を認めればあります。R\mathbb{R} を Q\mathbb{Q} 上のベクトル空間と見て、その基底(Hamel 基底)を取ります。

イメージとしては、11 と 2\sqrt2 のように有理数倍では互いに表せない数を基準の方向として何本も立て、どの実数もそれらの有理数係数の組合せで一通りに書く、ということです。基準の方向ごとに係数を取り出す操作は足し算を保つので、加法的関数になります。基底は具体的に書き下せません。次の定理の証明では、基底の存在だけを使います。

定理 2.7(線形でない加法的関数の存在)✓

選択公理を仮定する。線形でない加法的関数 f:R→Rf:\mathbb{R}\to\mathbb{R} が存在する。さらに、線形でない任意の加法的関数 ff について次が成り立つ。

  1. ff のグラフ {(x,f(x))}\{(x,f(x))\} は R2\mathbb{R}^2 で稠密である。
  2. ff は、どの区間でも上にも下にも有界でなく、どの点でも連続でなく、ルベーグ可測でない。
証明(定理 2.7)

存在。 11 と 2\sqrt2 は Q\mathbb{Q} 上線形独立です。実際、a+b2=0a+b\sqrt2=0(a,b∈Qa,b\in\mathbb{Q})で b≠0b\ne0 なら 2=−a/b∈Q\sqrt2=-a/b\in\mathbb{Q} となり、定理 7.5[証明の技術] に反します。よって b=0b=0、続いて a=0a=0 です。Hamel 基底の存在定理(定理 6.3[選択公理と Zorn の補題])から、{1,2}\{1,\sqrt2\} を含む Q\mathbb{Q} 上の R\mathbb{R} の基底 BB がとれます。各 x∈Rx\in\mathbb{R} は BB の有限個の元の Q\mathbb{Q} 係数の一次結合として一意に書けます。2\sqrt2 の係数を f(x)f(x) と定めます。係数の一意性から f(x+y)=f(x)+f(y)f(x+y)=f(x)+f(y) で、f(1)=0f(1)=0、f(2)=1f(\sqrt2)=1 です。もし f(x)=cxf(x)=cx なら c=f(1)=0c=f(1)=0 となって f(2)=1f(\sqrt2)=1 に反するので、ff は線形でありません。

稠密性 (1)。 ff を線形でない加法的関数とします。ある x2x_2 について f(x2)≠x2f(1)f(x_2)\ne x_2f(1) です。ベクトル v1=(1,f(1))v_1=(1,f(1)) と v2=(x2,f(x2))v_2=(x_2,f(x_2)) の行列式は f(x2)−x2f(1)≠0f(x_2)-x_2f(1)\ne0 なので、R2\mathbb{R}^2 の基底です。任意の (u,w)∈R2(u,w)\in\mathbb{R}^2 を sv1+tv2sv_1+tv_2(s,t∈Rs,t\in\mathbb{R})と書き、有理数 sk→ss_k\to s、tk→tt_k\to t をとります。命題 2.2 から f(sk+tkx2)=skf(1)+tkf(x2)f(s_k+t_kx_2)=s_kf(1)+t_kf(x_2) なので、点 skv1+tkv2s_kv_1+t_kv_2 はグラフ上にあり、(u,w)(u,w) に収束します。

非正則性 (2)。 ff がどこかの区間で上に有界なら、定理 2.6 (b) から線形になってしまいます。下に有界な場合は −f-f に同じ議論を使います。一点でも連続なら (a)、可測なら (d) からやはり線形です。

注意 2.8(選択公理は避けられない(証明は与えない))

この存在証明は選択公理に依存しており、本質的に避けられません。Solovay は、従属選択公理は成り立つが選択公理は成り立たず、すべての実数の部分集合がルベーグ可測になるような集合論のモデルがあることを示しました(R. M. Solovay, Annals of Mathematics 92 (1970), 1–56。構成には到達不能基数の存在を仮定します)。このモデルでは 定理 2.6 (d) により、すべての加法的関数が線形です。この事実の証明は本記事の範囲を超えるので、参考として述べるにとどめます。Cauchy の方程式の病的な解を具体的な式で書き下すことができないのは、この事情のためです。

例 2.9(指数型の病的な解)

ff を線形でない加法的関数とすると、F(x)=ef(x)F(x)=e^{f(x)} は F(x+y)=F(x)F(y)F(x+y)=F(x)F(y) を満たし、F>0F>0 ですが、ecxe^{cx} の形ではありません。実際 F(x)=ecxF(x)=e^{cx} なら f(x)=log⁡F(x)=cxf(x)=\log F(x)=cx となるからです。次の小節の 定理 2.13 は、FF が正則なら F=ecxF=e^{cx}(または F≡0F\equiv0)に限ることを述べており、この FF はその範囲に入らない解です。

2.4. 変形:Pexider・Jensen・指数・対数

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Cauchy の方程式の仲間は、変数や値を取り替えるだけで、定理 2.6 に帰着します。正則性の仮定を共通に扱うため、言葉を一つ決めます。

定義 2.10(正則な関数)↗

関数 ϕ:R→R\phi:\mathbb{R}\to\mathbb{R} が正則であるとは、ϕ\phi がルベーグ可測であるか、またはある区間 [α,β][\alpha,\beta](α<β\alpha\lt\beta)上で上に有界であることをいう。

ϕ\phi が正則なら、定数を足した ϕ+b\phi+b も正則です。また、定理 2.6 の (b)、(d) から、正則な加法的関数は線形です。

定理 2.11(Pexider 方程式)✓

関数 f,g,h:R→Rf,g,h:\mathbb{R}\to\mathbb{R} について、

f(x+y)=g(x)+h(y)(x,y∈R)f(x+y)=g(x)+h(y)\qquad(x,y\in\mathbb{R})

が成り立つことと、加法的関数 AA と定数 a,ba,b があって g=A+ag=A+a、h=A+bh=A+b、f=A+a+bf=A+a+b となることは同値である。さらに f,g,hf,g,h のうち一つでも正則なら、A(x)=cxA(x)=cx となる定数 cc があり、g(x)=cx+ag(x)=cx+a、h(x)=cx+bh(x)=cx+b、f(x)=cx+a+bf(x)=cx+a+b である。

証明(定理 2.11)

十分性は、A(x+y)=A(x)+A(y)A(x+y)=A(x)+A(y) から (A+a+b)(x+y)=(A(x)+a)+(A(y)+b)(A+a+b)(x+y)=(A(x)+a)+(A(y)+b) と確かめられます。必要性を示します。y=0y=0 とすると f(x)=g(x)+h(0)f(x)=g(x)+h(0)、x=0x=0 とすると f(y)=g(0)+h(y)f(y)=g(0)+h(y) です。特に f(0)=g(0)+h(0)f(0)=g(0)+h(0) です。A(x)=f(x)−f(0)A(x)=f(x)-f(0) とおくと、

A(x+y)=f(x+y)−f(0)=g(x)+h(y)−f(0)=(f(x)−h(0))+(f(y)−g(0))−f(0)=A(x)+A(y)A(x+y)=f(x+y)-f(0)=g(x)+h(y)-f(0)=\bigl(f(x)-h(0)\bigr)+\bigl(f(y)-g(0)\bigr)-f(0)=A(x)+A(y)

です(最後の等号は f(0)=g(0)+h(0)f(0)=g(0)+h(0) を使います)。よって AA は加法的で、a=g(0)a=g(0)、b=h(0)b=h(0) とすれば g=f−h(0)=A+f(0)−h(0)=A+ag=f-h(0)=A+f(0)-h(0)=A+a、同様に h=A+bh=A+b、f=A+f(0)=A+a+bf=A+f(0)=A+a+b です。

最後の主張:f,g,hf,g,h のどれかが正則なら、それとの差が定数である AA も正則です。AA は正則な加法的関数なので線形です。

定理 2.12(Jensen 方程式)✓

関数 f:R→Rf:\mathbb{R}\to\mathbb{R} について、

f(x+y2)=f(x)+f(y)2(x,y∈R)f\Bigl(\frac{x+y}{2}\Bigr)=\frac{f(x)+f(y)}{2}\qquad(x,y\in\mathbb{R})

が成り立つことと、加法的関数 AA と定数 bb があって f=A+bf=A+b となることは同値である。さらに ff が正則なら、f(x)=cx+bf(x)=cx+b の形(アフィン関数)である。

証明(定理 2.12)

f=A+bf=A+b ならば、加法的関数は A(z/2)=A(z)/2A(z/2)=A(z)/2 を満たす(命題 2.2)ので、Jensen 方程式が成り立ちます。逆に、b=f(0)b=f(0)、A=f−bA=f-b とおくと、A(0)=0A(0)=0 で、AA も同じ方程式を満たします(定数は両辺で相殺されます)。y=0y=0 とすると A(x/2)=A(x)/2A(x/2)=A(x)/2 です。したがって

A(x+y)=2A(x+y2)=A(x)+A(y)A(x+y)=2A\Bigl(\frac{x+y}{2}\Bigr)=A(x)+A(y)

で、AA は加法的です。ff が正則なら A=f−bA=f-b も正則で、線形です。

Jensen 方程式は、中点凸性(f(x+y2)≤f(x)+f(y)2f(\frac{x+y}2)\le\frac{f(x)+f(y)}2)の等号の場合です。凸関数の理論(定義 2.1[凸解析])では、凸性から連続性が出ます(定理 3.2[凸解析])。中点凸性だけでは、等号の場合でさえ連続性が出ず、上の正則性の仮定が必要になります。

定理 2.13(指数型の方程式)✓

f:R→Rf:\mathbb{R}\to\mathbb{R} が正則で f(x+y)=f(x)f(y)f(x+y)=f(x)f(y)(すべての x,yx,y)を満たすなら、f≡0f\equiv0 であるか、ある定数 cc があって f(x)=ecxf(x)=e^{cx} である。

証明(定理 2.13)

f(x)=f(x/2)2≥0f(x)=f(x/2)^2\ge0 です。ある x0x_0 で f(x0)=0f(x_0)=0 なら、f(x)=f(x0)f(x−x0)=0f(x)=f(x_0)f(x-x_0)=0(すべての xx)です。そうでなければ f>0f\gt0 で、g=log⁡fg=\log f は g(x+y)=g(x)+g(y)g(x+y)=g(x)+g(y) を満たします。ff が可測なら gg は連続関数との合成なので可測で、f≤Kf\le K が区間上で成り立つなら g≤log⁡Kg\le\log K がその区間上で成り立ちます。いずれの場合も gg は正則な加法的関数なので、g(x)=cxg(x)=cx です。よって f(x)=ecxf(x)=e^{cx} です。

定理 2.14(対数型の方程式)✓

f:(0,∞)→Rf:(0,\infty)\to\mathbb{R} が f(xy)=f(x)+f(y)f(xy)=f(x)+f(y)(すべての x,y>0x,y\gt0)を満たし、ボレル可測であるか、またはある区間 [α,β]⊂(0,∞)[\alpha,\beta]\subset(0,\infty) 上で上に有界ならば、ある定数 cc があって f(x)=clog⁡xf(x)=c\log x である。

証明(定理 2.14)

g(t)=f(et)g(t)=f(e^t)(t∈Rt\in\mathbb{R})とおくと、g(s+t)=f(eset)=g(s)+g(t)g(s+t)=f(e^se^t)=g(s)+g(t) で、gg は加法的です。ff がボレル可測なら g=f∘exp⁡g=f\circ\exp はボレル可測で、したがってルベーグ可測です(定理 5.1[可測集合とルベーグ測度])。ff が [α,β][\alpha,\beta] 上で上に有界なら、gg は [log⁡α,log⁡β][\log\alpha,\log\beta] 上で上に有界です。どちらの場合も gg は正則な加法的関数なので g(t)=ctg(t)=ct で、f(x)=g(log⁡x)=clog⁡xf(x)=g(\log x)=c\log x です。

例 2.15(対数の特徴づけ)

f(x)=log⁡xf(x)=\log x は f(xy)=f(x)+f(y)f(xy)=f(x)+f(y) を満たし、f(e)=1f(e)=1 です。定理 2.14 は、これを満たし、ある区間で上に有界な(あるいはボレル可測な)関数は、定数倍を除いて対数ただ一つであることを述べています。単調性や連続性を仮定する通常の導入(log⁡x=∫1xdtt\log x=\int_1^x\frac{dt}{t} の特徴づけ)より、仮定が弱い形になっています。

平面上の 4 点 A,B,C,DA,B,C,D について、「対角線の積は、向かい合う辺の積の和以下」という Ptolemy の不等式は、円に内接する四角形の定理(Ptolemy の定理)を一般の 4 点に拡張したものです。この小節では、これを内積空間の 4 点に対して証明します。以下、VV を実または複素の内積空間とします。ノルムの 2 乗は、内積の双線形性とエルミート対称性から

∥x±y∥2=∥x∥2±2 Re⟨x,y⟩+∥y∥2\|x\pm y\|^2=\|x\|^2\pm2\,\mathrm{Re}\langle x,y\rangle+\|y\|^2

と展開できます(定義 2.1[Hilbert 空間の基礎])。三角不等式は 命題 2.2[Hilbert 空間の基礎] です。

この不等式は、距離の積が混ざった形なので、そのままでは三角不等式に見えません。そこで、距離の積が「距離を割ったもの」に化けるような変換を探します。それが次の反転で、変換後の 3 点に三角不等式を使うと、元の不等式になります。

鍵は、原点を中心とする反転です。u≠0u\ne0 を u/∥u∥2u/\|u\|^2 に写す変換で、原点に近い点を遠くへ、遠い点を近くへ移します。この変換は距離を次のように変えます。

補題 3.1(反転と距離)✓

u,v∈Vu,v\in V を 00 でないベクトルとすると、

∥u∥u∥2−v∥v∥2∥=∥u−v∥∥u∥ ∥v∥\Bigl\|\frac{u}{\|u\|^2}-\frac{v}{\|v\|^2}\Bigr\|=\frac{\|u-v\|}{\|u\|\,\|v\|}

である。

証明(補題 3.1)

左辺の 2 乗を展開します。∥u/∥u∥2∥2=1/∥u∥2\|u/\|u\|^2\|^2=1/\|u\|^2 なので、

∥u∥u∥2−v∥v∥2∥2=1∥u∥2+1∥v∥2−2 Re⟨u,v⟩∥u∥2∥v∥2=∥v∥2+∥u∥2−2 Re⟨u,v⟩∥u∥2∥v∥2=∥u−v∥2∥u∥2∥v∥2\Bigl\|\frac{u}{\|u\|^2}-\frac{v}{\|v\|^2}\Bigr\|^2=\frac1{\|u\|^2}+\frac1{\|v\|^2}-\frac{2\,\mathrm{Re}\langle u,v\rangle}{\|u\|^2\|v\|^2}=\frac{\|v\|^2+\|u\|^2-2\,\mathrm{Re}\langle u,v\rangle}{\|u\|^2\|v\|^2}=\frac{\|u-v\|^2}{\|u\|^2\|v\|^2}

です。両辺の平方根をとります。

定理 3.2(Ptolemy の不等式)✓

VV を内積空間とする。任意の a,b,c,d∈Va,b,c,d\in V について

∥a−c∥ ∥b−d∥≤∥a−b∥ ∥c−d∥+∥a−d∥ ∥b−c∥\|a-c\|\,\|b-d\|\le\|a-b\|\,\|c-d\|+\|a-d\|\,\|b-c\|

が成り立つ。

証明(定理 3.2)

不等式は差だけで書かれているので、a,b,c,da,b,c,d をすべて dd だけ平行移動して、d=0d=0 としてよいです。示すべきは

∥a−c∥ ∥b∥≤∥a−b∥ ∥c∥+∥b−c∥ ∥a∥(P)\|a-c\|\,\|b\|\le\|a-b\|\,\|c\|+\|b-c\|\,\|a\|\qquad\text{(P)}

です。a,b,ca,b,c のどれかが 00 の場合は、直接確かめます。b=0b=0 なら左辺は 00 です。a=0a=0 なら両辺とも ∥c∥∥b∥\|c\|\|b\| に等しく、c=0c=0 なら両辺とも ∥a∥∥b∥\|a\|\|b\| に等しいです。

a,b,ca,b,c がすべて 00 でないとします。a′=a/∥a∥2a'=a/\|a\|^2、b′=b/∥b∥2b'=b/\|b\|^2、c′=c/∥c∥2c'=c/\|c\|^2 とおくと、三角不等式から ∥a′−c′∥≤∥a′−b′∥+∥b′−c′∥\|a'-c'\|\le\|a'-b'\|+\|b'-c'\| です。補題 3.1 を 3 つの項に使うと

∥a−c∥∥a∥∥c∥≤∥a−b∥∥a∥∥b∥+∥b−c∥∥b∥∥c∥\frac{\|a-c\|}{\|a\|\|c\|}\le\frac{\|a-b\|}{\|a\|\|b\|}+\frac{\|b-c\|}{\|b\|\|c\|}

です。両辺に ∥a∥∥b∥∥c∥>0\|a\|\|b\|\|c\|>0 を掛ければ (P) を得ます。

不等式の意味は、反転を通せば、折れ線 a′→b′→c′a'\to b'\to c' が直線 a′→c′a'\to c' より長いという三角不等式そのものだ、ということです。距離の積という見かけは、反転が距離を ∥u−v∥/(∥u∥∥v∥)\|u-v\|/(\|u\|\|v\|) 倍するための副産物です。

命題 3.3(複素数についてのプトレマイオスの恒等式)✓

複素数 a,b,c,da,b,c,d について

(a−c)(b−d)=(a−b)(c−d)+(a−d)(b−c)(a-c)(b-d)=(a-b)(c-d)+(a-d)(b-c)

が成り立つ。

証明(命題 3.3)

右辺を展開すると ac−ad−bc+bd+ab−ac−bd+cd=ab−ad−bc+cdac-ad-bc+bd+ab-ac-bd+cd=ab-ad-bc+cd で、左辺の展開 ab−ad−bc+cdab-ad-bc+cd に一致します。

例 3.4(複素平面での恒等式)

C\mathbb{C} は実内積空間 R2\mathbb{R}^2 と見なせます。複素数 a,b,c,da,b,c,d について、次の恒等式が展開で確かめられます。

(a−c)(b−d)=(a−b)(c−d)+(a−d)(b−c).(a-c)(b-d)=(a-b)(c-d)+(a-d)(b-c).

右辺を展開すると ac−ad−bc+bd+ab−ac−bd+cd=ab−ad−bc+cdac-ad-bc+bd+ab-ac-bd+cd=ab-ad-bc+cd で、左辺の展開 ab−ad−bc+cdab-ad-bc+cd に一致します。両辺の絶対値をとって三角不等式を使えば、定理 3.2 の平面版がただちに得られます。一般の内積空間ではこの方法は使えないので、反転の議論が必要でした。

例 3.5(単位正方形)

頂点 a=0,b=1,c=1+i,d=ia=0,b=1,c=1+i,d=i では、∣a−c∣∣b−d∣=2⋅2=2|a-c||b-d|=\sqrt2\cdot\sqrt2=2 で、∣a−b∣∣c−d∣+∣a−d∣∣b−c∣=1+1=2|a-b||c-d|+|a-d||b-c|=1+1=2 です。円に内接する四角形ですから、等号が成り立ちます。次の小節で、等号が成り立つ場合を決定します。

等号が成り立つのはどんなときでしょうか。以下の証明は、等号を「ある複素数が正の実数になる」という条件に言い換え、それを交比で読み直して、4 点が円周(または直線)上にあるという幾何の条件に翻訳します。交比と一般化された円(円と直線をまとめた呼び名)を使いますが、必要な性質は引用先に書いてあります。複素平面で、例 3.4 の恒等式と交比(定義 4.5[等角写像とリーマン写像定理])を使うと、きれいに決まります。

ABCDACBD
円に内接する四角形 ABCD。対角線の積 AC·BD が、向かい合う辺の積の和 AB·CD + AD·BC に等しくなるのが等号の場合

定理 3.6(Ptolemy の不等式の等号条件(平面))✓

a,b,c,d∈Ca,b,c,d\in\mathbb{C} を相異なる 4 点とする。

∣a−c∣ ∣b−d∣=∣a−b∣ ∣c−d∣+∣a−d∣ ∣b−c∣|a-c|\,|b-d|=|a-b|\,|c-d|+|a-d|\,|b-c|

が成り立つための必要十分条件は、4 点が一つの円周または一つの直線の上にあり、その上で bb と dd が、aa と cc で分けられる二つの部分(弧)の別々の側にあること、すなわち円周上で a,b,c,da,b,c,d の順に並ぶことである。

証明(定理 3.6)

x=(a−b)(c−d)x=(a-b)(c-d)、y=(a−d)(b−c)y=(a-d)(b-c) とおきます。4 点は相異なるので x,y≠0x,y\ne0 で、命題 3.3 から (a−c)(b−d)=x+y(a-c)(b-d)=x+y です。等号は ∣x+y∣=∣x∣+∣y∣|x+y|=|x|+|y| と同値です。∣x+y∣2=∣x∣2+∣y∣2+2 Re(xyˉ)|x+y|^2=|x|^2+|y|^2+2\,\mathrm{Re}(x\bar y) なので、これは Re(xyˉ)=∣x∣∣y∣=∣xyˉ∣\mathrm{Re}(x\bar y)=|x||y|=|x\bar y|、すなわち xyˉx\bar y が正の実数であることと同値です。xyˉ=(x/y)∣y∣2x\bar y=(x/y)|y|^2 なので、結局

等号  ⟺  xy=(a−b)(c−d)(a−d)(b−c)>0\text{等号}\iff\frac{x}{y}=\frac{(a-b)(c-d)}{(a-d)(b-c)}\gt0

です。交比の定義(定義 4.5[等角写像とリーマン写像定理])で (z1,z2,z3)=(c,d,a)(z_1,z_2,z_3)=(c,d,a) とした一次分数変換 N(z)=(z−c)(d−a)(z−a)(d−c)N(z)=\frac{(z-c)(d-a)}{(z-a)(d-c)} は、N(c)=0N(c)=0、N(d)=1N(d)=1、N(a)=∞N(a)=\infty を満たします。N(b)N(b) を分子分母の符号を整理して書くと

N(b)=(b−c)(d−a)(b−a)(d−c)=−(a−d)(b−c)(a−b)(c−d)=−yxN(b)=\frac{(b-c)(d-a)}{(b-a)(d-c)}=-\frac{(a-d)(b-c)}{(a-b)(c-d)}=-\frac{y}{x}

です。したがって、等号は N(b)N(b) が負の実数であることと同値です。

一般化された円 Γ=N−1(R^)\Gamma=N^{-1}(\hat{\mathbb{R}}) は a,c,da,c,d を通ります(定理 4.3[等角写像とリーマン写像定理])。a,c,da,c,d を通る一般化された円は Γ\Gamma だけです。実際、そのような円 Γ′\Gamma' の像 N(Γ′)N(\Gamma') は一般化された円で、∞,0,1\infty,0,1 を通るので、00 と 11 を通る直線に ∞\infty を足した R^\hat{\mathbb{R}} に限ります。NN は C^\hat{\mathbb{C}} の同相写像なので、Γ∖{a,c}\Gamma\setminus\{a,c\} を R^∖{∞,0}=(−∞,0)∪(0,∞)\hat{\mathbb{R}}\setminus\{\infty,0\}=(-\infty,0)\cup(0,\infty) へ写し、Γ∖{a,c}\Gamma\setminus\{a,c\} の二つの弧(連結成分)が (−∞,0)(-\infty,0) と (0,∞)(0,\infty) に対応します。N(d)=1∈(0,∞)N(d)=1\in(0,\infty) です。

以上より、等号   ⟺  N(b)∈(−∞,0)  ⟺  b∈Γ\iff N(b)\in(-\infty,0)\iff b\in\Gamma かつ bb は dd と反対側の弧にある、です。b∈Γb\in\Gamma のとき a,b,c,da,b,c,d はすべて Γ\Gamma 上の点で、Γ\Gamma が円なら円周上に a,b,c,da,b,c,d の順に、直線なら直線上で(無限遠点を通る円と見て)同じ意味で並びます。

等号が成り立たないときは、N(b)N(b) が負の実数でないので、4 点が同一円周上にないか、あるいは同一円周上でも b,db,d が同じ側の弧にある(四角形が自己交差する)かのどちらかです。

注意 3.7(一般の内積空間での等号)

Rn\mathbb{R}^n(あるいは一般の内積空間)の 4 点でも、等号の議論は同様に進みます。d=0d=0 として反転すると、等号は ∥a′−c′∥=∥a′−b′∥+∥b′−c′∥\|a'-c'\|=\|a'-b'\|+\|b'-c'\| で、これは b′b' が線分 a′c′a'c' 上にあることと同値です。実際、u=a′−b′u=a'-b'、v=b′−c′v=b'-c' が共に 00 でないとき、∥u+v∥=∥u∥+∥v∥\|u+v\|=\|u\|+\|v\| は展開式から Re⟨u,v⟩=∥u∥∥v∥\mathrm{Re}\langle u,v\rangle=\|u\|\|v\| と同値で、∥ ∥v∥u−∥u∥v ∥2=2∥u∥2∥v∥2−2∥u∥∥v∥Re⟨u,v⟩=0\bigl\|\,\|v\|u-\|u\|v\,\bigr\|^2=2\|u\|^2\|v\|^2-2\|u\|\|v\|\mathrm{Re}\langle u,v\rangle=0 から uu と vv は同じ向きの正の倍数の関係になります。このとき bb は a,ca,c の張る平面に含まれるので、4 点は一つの平面に入り、平面の場合の定理に帰着します。したがって、相異なる 4 点について、等号は 4 点が同一平面内の円周(または直線)上にこの順に並ぶときに限ります。

三角不等式は ∥x+y∥≤∥x∥+∥y∥\|x+y\|\le\|x\|+\|y\| という 2 つのベクトルの不等式です。3 つのベクトルについての次の不等式は、内積空間に特有の性質を表します。

補題 3.8(Hlawka の恒等式)✓

内積空間 VV の任意の x,y,zx,y,z について

∥x+y∥2+∥y+z∥2+∥z+x∥2=∥x∥2+∥y∥2+∥z∥2+∥x+y+z∥2.\|x+y\|^2+\|y+z\|^2+\|z+x\|^2=\|x\|^2+\|y\|^2+\|z\|^2+\|x+y+z\|^2.
証明(補題 3.8)

S=Re⟨x,y⟩+Re⟨y,z⟩+Re⟨z,x⟩S=\mathrm{Re}\langle x,y\rangle+\mathrm{Re}\langle y,z\rangle+\mathrm{Re}\langle z,x\rangle、Q=∥x∥2+∥y∥2+∥z∥2Q=\|x\|^2+\|y\|^2+\|z\|^2 とおきます。展開式から、左辺は 2Q+2S2Q+2S です。右辺は Q+∥x+y+z∥2Q+\|x+y+z\|^2 で、∥x+y+z∥2=Q+2S\|x+y+z\|^2=Q+2S なので、やはり 2Q+2S2Q+2S です。

定理 3.9(Hlawka の不等式)✓

内積空間 VV の任意の x,y,zx,y,z について

∥x+y∥+∥y+z∥+∥z+x∥≤∥x∥+∥y∥+∥z∥+∥x+y+z∥\|x+y\|+\|y+z\|+\|z+x\|\le\|x\|+\|y\|+\|z\|+\|x+y+z\|

が成り立つ。

証明の方針は、左辺の 3 つの長さの組合せを Ptolemy の不等式で上から押さえ、前の恒等式(長さの 2 乗の和の関係)と合わせて長さそのものの不等式に戻すことです。Ptolemy の不等式に入れる 4 点は、各項に ∥x∥\|x\|、∥y∥\|y\|、∥z∥\|z\|、∥x+y+z∥\|x+y+z\| と ∥y+z∥\|y+z\|、∥z+x∥\|z+x\| がちょうど現れるように選んであります。

証明(定理 3.9)

記号を a=∥x∥a=\|x\|、b=∥y∥b=\|y\|、c=∥z∥c=\|z\|、d=∥x+y+z∥d=\|x+y+z\|、p=∥y+z∥p=\|y+z\|、q=∥z+x∥q=\|z+x\|、r=∥x+y∥r=\|x+y\| とします。示すのは p+q+r≤a+b+c+dp+q+r\le a+b+c+d です。

Ptolemy の不等式を 3 回使う。 定理 3.2 を 4 点 0, −x, y+z, z0,\ -x,\ y+z,\ z に使います。順に A,B,C,DA,B,C,D とすると、A−C=−(y+z)A-C=-(y+z)、B−D=−(x+z)B-D=-(x+z)、A−B=xA-B=x、C−D=yC-D=y、A−D=−zA-D=-z、B−C=−(x+y+z)B-C=-(x+y+z) なので、

pq≤ab+cdpq\le ab+cd

を得ます。(x,y,z)(x,y,z) を (y,z,x)(y,z,x) に取り替えると p,q,rp,q,r は q,r,pq,r,p に、a,b,ca,b,c は b,c,ab,c,a に変わるので、同じ議論から

qr≤bc+ad,rp≤ca+bdqr\le bc+ad,\qquad rp\le ca+bd

です。3 つを足すと、a,b,c,da,b,c,d の 6 通りの積の和 T=ab+bc+ca+ad+bd+cdT=ab+bc+ca+ad+bd+cd について

pq+qr+rp≤Tpq+qr+rp\le T

です。

恒等式を使う。 補題 3.8 は p2+q2+r2=a2+b2+c2+d2p^2+q^2+r^2=a^2+b^2+c^2+d^2 です。よって

(a+b+c+d)2−(p+q+r)2=2T−2(pq+qr+rp)≥0(a+b+c+d)^2-(p+q+r)^2=2T-2(pq+qr+rp)\ge0

です。a+b+c+da+b+c+d と p+q+rp+q+r はともに非負なので、p+q+r≤a+b+c+dp+q+r\le a+b+c+d です。

例 3.10(特別な場合)

z=−xz=-x とおくと、x+y+z=yx+y+z=y、y+z=y−xy+z=y-x、z+x=0z+x=0 なので、不等式は

∥x+y∥+∥y−x∥≤2∥x∥+2∥y∥\|x+y\|+\|y-x\|\le2\|x\|+2\|y\|

になります。平行四辺形の二本の対角線の長さの和が周の長さ以下、という主張で、この場合は三角不等式を 2 回使えば直接も出ます。一般の x,y,zx,y,z では 3 つのベクトルが同時に関わるので、三角不等式だけでは出ません。なお一般の不等式では、x=y=zx=y=z のとき等号が成り立ち、左辺は 6∥x∥6\|x\|、右辺は 3∥x∥+3∥x∥3\|x\|+3\|x\| です。

注意 3.11

Hlawka の不等式はノルム空間では一般には成り立ちません。ノルムが内積から来ることは、証明で 定理 3.2 と 補題 3.8 を通じて使われています。成り立たない例は 演習 4.3 で調べます。

演習 4.1標準

f:R→Rf:\mathbb{R}\to\mathbb{R} が加法的で、すべての xx について f(x2)=f(x)2f(x^2)=f(x)^2 を満たすなら、f≡0f\equiv0 または f(x)=xf(x)=x であることを示せ。

解答

t≥0t\ge0 に対して t=x2t=x^2 とおけるので f(t)=f(x)2≥0f(t)=f(x)^2\ge0 です。x≥yx\ge y なら f(x)−f(y)=f(x−y)≥0f(x)-f(y)=f(x-y)\ge0 なので、ff は非減少です。定理 2.6 (c) から f(x)=cxf(x)=cx です。f(1)=f(1)2f(1)=f(1)^2 から c=c2c=c^2、すなわち c=0c=0 または c=1c=1 です。逆に f≡0f\equiv0 と f(x)=xf(x)=x は条件を満たします。

演習 4.2易

正五角形の一辺の長さを 11、対角線の長さを δ\delta とする。Ptolemy の定理(定理 3.6)で δ\delta を求めよ。

解答

正五角形 ABCDEABCDE の 4 頂点 A,B,C,DA,B,C,D は外接円上にこの順に並ぶので、定理 3.6 から等号が成り立ちます。AC=BD=AD=δAC=BD=AD=\delta、AB=BC=CD=1AB=BC=CD=1 なので δ⋅δ=1⋅1+δ⋅1\delta\cdot\delta=1\cdot1+\delta\cdot1 です。δ2−δ−1=0\delta^2-\delta-1=0、δ>0\delta\gt0 から δ=1+52\delta=\frac{1+\sqrt5}2 です。

演習 4.3標準

R3\mathbb{R}^3 に最大値ノルム ∥v∥∞=max⁡i∣vi∣\|v\|_\infty=\max_i|v_i| を入れる。x=(1,−1,1)x=(1,-1,1)、y=(−1,1,1)y=(-1,1,1)、z=(−1,−1,−1)z=(-1,-1,-1) について Hlawka の不等式の両辺を計算し、成り立たないことを示せ。最大値ノルムが内積から定まらないことを導け。

解答

∥x∥∞=∥y∥∞=∥z∥∞=1\|x\|_\infty=\|y\|_\infty=\|z\|_\infty=1 で、x+y+z=(−1,−1,1)x+y+z=(-1,-1,1) から ∥x+y+z∥∞=1\|x+y+z\|_\infty=1 です。右辺は 1+1+1+1=41+1+1+1=4 です。x+y=(0,0,2)x+y=(0,0,2)、y+z=(−2,0,0)y+z=(-2,0,0)、z+x=(0,−2,0)z+x=(0,-2,0) なので、左辺は 2+2+2=62+2+2=6 です。6>46\gt4 で Hlawka の不等式が成り立ちません。最大値ノルムが内積から ∥v∥=⟨v,v⟩1/2\|v\|=\langle v,v\rangle^{1/2} として定まるなら 定理 3.9 が成り立つはずなので、定まりません。

  • H. Steinhaus, “Sur les distances des points dans les ensembles de mesure positive”, Fundamenta Mathematicae 1 (1920), 93–104. — Steinhaus の定理の原論文。
  • J. Aczél, Lectures on Functional Equations and Their Applications, Academic Press, 1966. — Cauchy の方程式とその変形(Pexider、Jensen、指数・対数型)の古典的な解説。
  • M. Kuczma, An Introduction to the Theory of Functional Equations and Inequalities, 2nd ed., Birkhäuser, 2009. — Cauchy の方程式の章。正則性条件と Hamel 基底。
  • D. S. Mitrinović, Analytic Inequalities, Springer, 1970. — Ptolemy の不等式と Hlawka の不等式を含む古典的な不等式の集成。
  • R. M. Solovay, “A model of set theory in which every set of reals is Lebesgue measurable”, Annals of Mathematics 92 (1970), 1–56.

このテーマの 100 本ノック(100 問)

執筆: Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 3 回(Claude Code)・最終 2026-10-12

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