測地線と完備性:指数写像・Gauss の補題・Hopf–Rinow の定理・第二変分
対象読者: 本テーマ第 2〜3 章の接続と曲率テンソルを学び、ベクトル場の流れと常微分方程式の解の存在・一意性を知っている人。測地線の理論は仮定しません。
前提となる記事:曲率テンソル:Riemann・Ricci・スカラー曲率と Bianchi 恒等式、ベクトル場の流れ・Lie 微分・Frobenius の定理:局所的に平らにできる条件
0. この記事の要点
Section titled “0. この記事の要点”地球儀の上で二つの都市に糸をぴんと張ると、糸は大円に沿います。この記事は、曲がった空間の上での「まっすぐな道」(測地線)を数学的に作り、近くの 2 点についてはそれが最短の道になること、空間がどこも途切れていなければどの 2 点も最短の道で結べることを示します。さらに、まっすぐな道が最短でなくなる場面(球面で反対側の点を越えたとき)を調べ、曲率から空間の大きさ(直径)の上限を導きます。
- 測地線は加速度 が の曲線です。接バンドル 上の測地流ベクトル場の積分曲線として構成でき、初速度ごとに極大な測地線がただ一つ存在します(命題 2.2)。 が指数写像 で、原点の近くで微分同相です(命題 2.4)。
- Jacobi 場は測地線の族の変分ベクトル場で、 を満たします。指数写像の微分は Jacobi 場で書けます(命題 3.4)。
- Gauss の補題(定理 4.1):動径方向の測地線は測地球面と直交します。ここから、短い測地線は端点を結ぶ曲線の中で最短であること(定理 4.2)、Riemann 距離が多様体の位相を与えること(命題 4.3)が従います。
- Hopf–Rinow の定理(定理 5.2):距離空間としての完備性、測地線がどこまでも延びること、有界閉集合のコンパクト性は同値で、このとき任意の 2 点は最短測地線で結べます。
- 第二変分公式(定理 6.3)により、共役点を越えた測地線は最短でなくなります(定理 6.5)。応用として、 の完備多様体の直径は 以下です(Bonnet–Myers、定理 6.6)。ここで完備多様体とは、距離空間として完備な多様体のことです。
- 応用として、双曲平面の測地線(垂直な半直線と実軸に中心を持つ半円)と距離の公式を決定し(定理 7.2)、射影が長さを縮める Riemann 沈め込み(命題 8.2)と、コンパクト距離空間の等長類の上の Gromov–Hausdorff 距離(定理 9.5)を扱います。
平面の直線には二つの特徴があります。「曲がらない(加速度が )」ことと、「2 点を結ぶ最短の曲線である」ことです。曲がった空間では、前者を共変微分で定式化したものが測地線で、後者が成り立つかどうかが問題になります。球面の大円は曲がらない曲線ですが、北極から南極を越えて進むと最短ではなくなります。逆に、平面から原点を取り除いた では、 と を結ぶ最短の曲線は存在しません。
一般相対論では、自由落下する粒子の世界線が時空の測地線です(時空のテンソルと測地線)。測地線がどこかで途切れること(測地的不完備性)は時空の特異点の定義そのものであり、Jacobi 場(測地偏差)が曲率で引き寄せられる現象は、潮汐力と特異点定理の基礎になっています。本記事では Riemann 計量(正定値)の場合に、これらの基本定理を証明します。
2. 測地線と指数写像
Section titled “2. 測地線と指数写像”以下 は 次元 Riemann 多様体、 は Levi-Civita 接続、 は曲線に沿った共変微分です(定理 4.3[Riemann 計量と Levi-Civita 接続])。
測地線の速さは一定です。実際、(定理 6.3[Riemann 計量と Levi-Civita 接続])。
- 上の滑らかなベクトル場 (測地流ベクトル場)で、その積分曲線がちょうど ( は測地線)の形の曲線になるものが存在する。
- 各 に対し、、 となる測地線 で、定義域 ( を含む開区間)が極大なものがただ一つ存在する。
- なら で、。
証明の方針は次のとおりです。測地線の方程式は 2 階ですが、位置と速度の組を一つの点とみなすと 1 階の方程式(ベクトル場の積分曲線)になります。そこで常微分方程式の解の存在と一意性に帰着させます。
証明(命題 2.2)
1。 のチャート ()で
と置きます。積分曲線 は 、 を満たし、これは が測地線で であることと同値です。二つのチャートの重なりでは、二つの の積分曲線はどちらも「測地線とその速度」で、測地線の定義()は座標によりません。各点を通る積分曲線の初速度がベクトル場の値なので、二つの は一致し、 上の大域的なベクトル場が定まります。
2。 流れの基本定理(定理 2.5[ベクトル場の流れ・Lie 微分・Frobenius の定理])を に適用すると、 を通る極大積分曲線がただ一つ存在し、その第 1 成分が求める測地線です。
3。 は 、 を満たす測地線で、 です。一意性から で、極大性から定義域も一致します。
- は零切断を含む の開集合で、 は滑らかである。各 は について星形である。
- ()。
- は恒等写像である。したがって の近傍 と の近傍 があって は微分同相である。
証明(命題 2.4)
1。 の流れの定義域 は開集合で、流れ は滑らかです(定理 2.5[ベクトル場の流れ・Lie 微分・Frobenius の定理])。 は開集合で、( は射影)は滑らかです。零ベクトルの測地線は定値曲線で 上定義されるので、零切断は に含まれます。、 なら 命題 2.2 (3) により ()なので です。
2。 命題 2.2 (3) で 、時刻 とすれば です。
3。 2 から 。後半は逆関数定理(系 2.2[部分多様体と正則値定理])です。
を、 が開球 上で像への微分同相となるように取ったとき、像 を測地球、 の正規直交基底で を と同一視して得られる座標を正規座標と呼びます。正規座標では、原点を通る直線 が測地線なので、測地線の方程式に代入して が任意の について成り立ち、 と合わせて 、また です。これは物理でいう局所慣性系の存在に当たります。
例 2.5(球面の測地線)
単位球面 で、、単位ベクトル ()に対し は大円を描く。 は法線方向なので、命題 5.4[Riemann 計量と Levi-Civita 接続] により で測地線である。よって で、 は 全体で定義され、半径 の球面全体を対蹠点 に潰す。 は 上では像 への微分同相である。
3. 変分と Jacobi 場
Section titled “3. 変分と Jacobi 場”測地線を少しずつずらした族を調べるために、2 変数の写像 、 を考えます。、 は に沿ったベクトル場で、 を固定した曲線に沿った共変微分を 、 を固定した曲線に沿ったものを と書きます。このように曲線を少しずつずらした族を変分といい、ずれの向きと大きさを表すベクトル場 を変分ベクトル場といいます。
証明(補題 3.1)
座標で計算します。定理 4.3[Riemann 計量と Levi-Civita 接続] の表示から
で、(定理 7.1[多変数関数の微分と偏微分])と (捩れなし)から について対称です。これが 1 です。
2 は と書くと、Leibniz 則で の微分を含む項は と、 について対称な 1 階の項 に分かれて打ち消すので、(座標ベクトル場を に沿って見たもの)について示せば十分です。 なので
を入れ替えて引くと第 1 項は消え、 が残ります。
を測地線とする。
- 各 で が測地線であるような変分 ()の変分ベクトル場 は Jacobi 場である。
- 任意の に対し、、 となる Jacobi 場がただ一つ存在する。Jacobi 場の全体は 次元の線形空間である。
証明(命題 3.3)
1。 各 で です。補題 3.1 を使うと
で、 とすれば Jacobi 方程式です。
2。 の正規直交基底を平行移動して に沿った平行な枠 を作ります(定理 6.2[Riemann 計量と Levi-Civita 接続])。 と書くと で、Jacobi 方程式は 、すなわち係数が連続な 2 階線形常微分方程式です。 についての 1 階系に直せば 定理 2.1[線形微分方程式系] により、初期値 に対し 全体で解がただ一つ存在し、解の空間は 次元です。
証明(命題 3.4)
例 3.5(定曲率空間の Jacobi 場)
断面曲率が定数 の空間で を単位速さの測地線、 を に沿った平行な単位ベクトル場で とする。命題 4.2[曲率テンソル] から なので、 は のとき Jacobi 場である。、 の解は
である。正の曲率では近くの測地線が互いに引き寄せられ(球面では で再び交わる)、負の曲率では指数的に離れる。
4. Gauss の補題と局所最短性
Section titled “4. Gauss の補題と局所最短性”証明(定理 4.1)
とすれば 、 とすれば です。 は動径方向の長さを保ち、測地球面 は動径測地線と直交します(図)。接方向の長さは一般に保たれず、その伸び縮みを測るのが Jacobi 場です。
区分的に滑らかな曲線 の長さを とし、 が連結のとき を を結ぶ区分的に滑らかな曲線の長さの下限とします(連結な多様体の 2 点は区分的に滑らかな曲線で結べるので有限です)。
が 上で像 への微分同相であるとし、、 とする。 と を結ぶ任意の区分的に滑らかな曲線 について であり、等号は が動径測地線 の単調なパラメータ変換であるときに限る。とくに である。
証明の方針は次のとおりです。 を出る任意の曲線の動きを、中心からの距離が変わる動き(動径方向)と、球面に沿って動く動き(接方向)に分けます。Gauss の補題によりこの二つは直交するので、曲線の速さの二乗は動径方向の分以上になり、長さは 以上になります。
証明(定理 4.2)
としてよいです。 が最後に を通る時刻以降だけを考えれば長さは増えないので、 で と仮定します。
が に留まる場合。 上では (、)と滑らかに書けます( を極座標に分解)。 で、 なので、定理 4.1 から は単位ベクトルで と直交します。よって
です。等号のためには 、すなわち( は微分同相なので) で、かつ が必要です。これは が動径測地線の単調なパラメータ変換であることを意味します。
が を出る場合。 を取ります。 はコンパクト集合の連続像なのでコンパクトで、閉集合です。 が初めて の外に出る時刻を とすると、 なので、 の手前のある時刻で 、すなわち です。中間値の定理から となる があり、上の評価を に適用して です。等号は起こりません。
を連結な Riemann 多様体とする。 は 上の距離関数で、それが定める位相は多様体の位相に一致する。さらに 定理 4.2 の状況で、 に対し距離球 は測地球 に等しい。
証明(命題 4.3)
測地球の半径は中心ごとに変わりえますが、近くの中心については一様に取れます。
証明(補題 4.4)
、 と置きます。 のまわりの座標で の点を と書くと、零ベクトル での の微分は、命題 2.4 (3) と から
で可逆です。逆関数定理(系 2.2[部分多様体と正則値定理])により、 の近傍 上で は開集合への微分同相です。 が の近傍 を動き となる集合 は( の連続性により) の近傍基をなすので、 をこの形に取れます。 は の開近傍なので、 となる の開近傍 が取れます。 について、 は 上で単射( が単射)かつ微分が可逆( がブロック三角で可逆)なので像への微分同相で、 から像は を含みます。
証明(系 4.5)
5. Hopf–Rinow の定理
Section titled “5. Hopf–Rinow の定理”証明の方針は次のとおりです。 から出る適切な向きの測地線 を一本選び、 に沿って進むと までの距離がちょうど進んだ分だけ減っている時刻の集まりを とします。 の上限が 未満だとさらに先まで進めてしまうことを示して矛盾させ、 が に着くことを導きます。
証明(補題 5.1)
とします。 が 上で微分同相となる を取り、 とします。測地球面 はコンパクトで、 は連続なので(命題 4.3)、最小点 ()があります。 は仮定により 全体で定義された単位速さの測地線です。
と置き、 を示します。そうすれば で、 です。
。 から への任意の曲線 は、 から出発して、その外の (命題 4.3 により なので外にある)に到達します。 は閉で、その中から出るには境界 を通るので、 はある点 を通ります。よって (定理 4.2 により )。 について下限を取ると 、三角不等式と合わせて です。
は閉で、。 は連続関数の等式で定まるので閉です。 とし、 と仮定します。 を中心に同じ議論を半径 ( での測地球の半径未満かつ 未満)で行うと、測地球面上の点 で 、すなわち となるものがあります。すると
一方、(長さ )と、 から への動径測地線(長さ )をつないだ曲線の長さは です。よってこの曲線は最短で、系 4.5 により折れ曲がりのない測地線です。測地線の一意性から、これは に一致し、、したがって となって に反します。
を連結な Riemann 多様体とする。次は同値である。
- の有界閉集合はコンパクトである。
- は完備な距離空間である。
- は測地的に完備である:すべての測地線が 全体に延長できる()。
- ある点 で が 全体で定義される。
さらにこれらが成り立つとき、任意の 2 点は長さが距離に等しい測地線で結べる。
証明は 4 ⇒ 1 ⇒ 2 ⇒ 3 ⇒ 4 と一周します。要は、一点から測地線がどこまでも延びるなら、その点から他の点へ最短の道があり、それらで有界な集合を覆える、ということです。
証明(定理 5.2)
4 ⇒ 1。 を有界閉集合とし、 とします。補題 5.1 により、 なら 、 と書けるので、 です。右辺は閉球(Heine–Borel の定理 定理 5.2[コンパクト性] によりコンパクト)の連続像なのでコンパクトで(定理 6.1[コンパクト性])、 はその閉部分集合なのでコンパクトです(定理 4.1[コンパクト性])。
1 ⇒ 2。 Cauchy 列 は有界なので、その閉包はコンパクトです。コンパクト距離空間の点列は収束部分列を持ちます(収束部分列がなければ、各点に有限個の項しか含まない開近傍があり、有限部分被覆が取れて矛盾)。Cauchy 列が収束部分列を持てば全体が収束します。
2 ⇒ 3。 単位速さの測地線 の極大定義域の右端 が有限だと仮定します。 なので、 で は Cauchy 条件を満たし、完備性から極限 を持ちます。 に対して 補題 4.4 の を取り、 を 、 となるように選びます。 は 上で定義されているので、 から速度 で出る測地線は で定義されます(命題 2.2 (3))。一意性からこれは の延長であり、 は まで延びて、極大性に反します。左端も同様です。
3 ⇒ 4 は自明です。最後の主張は、3 から 4 がすべての点 で成り立つので、補題 5.1 そのものです。
例 5.3(完備な例と完備でない例)
- コンパクトな Riemann 多様体は 1 を満たすので完備である。
- 双曲平面 は完備である。 の等長変換群 は推移的なので、ある について、すべての点で長さ までの測地線が存在する。すると 定理 5.2 の 2 ⇒ 3 の証明と同じ議論( が一様に取れる)で、すべての測地線が延長できる。
- は完備でない。 から への最短曲線は存在せず、線分 は原点で途切れる。 は Cauchy 列だが収束しない。
6. 共役点と第二変分公式
Section titled “6. 共役点と第二変分公式”単位球面では 例 3.5 の が で消えるので、 の共役点は対蹠点 で、例 2.5 で見たとおり は半径 の球面を一点に潰します。
区分的に滑らかな曲線 のエネルギーを とします。Cauchy–Schwarz の不等式から で、等号は速さが一定のときに限ります。
証明の方針は次のとおりです。 を少しずらした曲線の族 のエネルギーを で 2 回微分します。 と の微分の順序を入れ替えるたびに対称性補題から曲率の項が出てくるので、それが第二変分の曲率の項になります。
証明(定理 6.3)
は が小さければ のコンパクト部分集合に入るので( は零切断を含む開集合)、 が定義されます。 が滑らかな各区間 上で は滑らかです。、 で、端点では なので 、 です。また は測地線なので です。
各区間で、補題 3.1 (1) と計量との両立から
で なので被積分関数は で、各区間の積分を足すと、 と が連続であることから境界項が打ち消し合い、 が残ります。これが第一変分です。
もう一度 で微分し、補題 3.1 (2) を使うと
です。 なので第 1 項は消えます。 で (命題 3.1[曲率テンソル] 2)を使い、区間ごとに積分して足せば第二変分公式を得ます。部分積分を使っていないので、区分的に滑らかな でも境界項は現れません。
証明(補題 6.4)
定理 6.3 から、小さな で です。 は速さ一定なので 、よって です。
証明(定理 6.5)
を の Jacobi 場とし、( 上)、( 上)と置きます。 で部分積分すると、Jacobi 方程式から
かつ なので、一意性(命題 3.3 (2))から です。 を 、 となる滑らかな場とします。 は対称双線形形式で、
(同じく部分積分と Jacobi 方程式、 の対称性 命題 3.1[曲率テンソル] 4 による )。よって が小さければ
で、補題 6.4 から結論を得ます。
を 次元()の連結な完備 Riemann 多様体とし、ある に対し、すべての単位ベクトル で とする。このとき の直径は 以下であり、 はコンパクトである。
証明(定理 6.6)
単位球面()では直径はちょうど で、評価は最良です。完備性の仮定は外せません。たとえば単位球面から 1 点を除いたものは同じ曲率条件を満たし直径も 以下ですが、コンパクトではありません(Hopf–Rinow の 1 が成り立たない)。また条件を断面曲率 や (一様な下界なし)に弱めると結論は成り立ちません(放物面 は で完備だがコンパクトでない)。
7. 双曲平面の幾何
Section titled “7. 双曲平面の幾何”ここまでの道具で、曲率 の双曲平面 、(例 6.4[曲率テンソル])の測地線と距離を完全に決められます。Euclid 幾何の平行線の公理が成り立たない幾何(双曲幾何)の、最も具体的なモデルです。接ベクトルを複素数で表し、 での のノルムは です。
証明(命題 7.1)
(1) の虚部は なので
です( なら )。 は分数の代入を整理する直接計算で、 が逆写像なので は の微分同相です。 は正則で 、微分 は複素数 を掛ける写像なので、
でノルムが保たれ、極化恒等式から も保たれます。
(2) とし、()とすると 、 は 倍です。 については から で、 です。(。 での単位ベクトルは Euclid の長さが )と書き、 とすれば が求めるものです。
- は単位速さの測地線で、 である。
- の極大な測地線は 全体で定義され( は完備)、その像は、実軸に垂直な半直線 か、中心が実軸上にある半円 である。逆にこれらはすべて測地線の像である。
- 異なる 2 点を通る測地線はただ一つで、距離は
で与えられる。
証明(定理 7.2)
(1) から への区分的に滑らかな曲線 について
で、 の部分弧は等号を達成します。 なので、 は速さ一定で、どの部分弧でも長さが端点間の距離に等しく、系 4.5 により測地線です。 も示されました。
(2) 等長変換 は曲線の長さを保つので距離を保ち、 の像 も同じ性質(速さ一定で部分弧が最短)を持つので、系 4.5 により測地線です。単位接ベクトル に対し、命題 7.1 の 2 で 、 となる を取れば、 は初速度 の測地線で 全体で定義されています。一意性(命題 2.2)から で、すべての測地線が 上に延び、定理 5.2 から は完備です。
像の形を調べます。 による正の虚軸の像を求めます。 なら の実部は で一定、 なら から の実部は で一定で、どちらも垂直な半直線の全体を動きます。 なら 、()とおき、 について
です。 ならこの比は純虚数です。一般に について比 が純虚数であることは、ベクトル と が直交すること、すなわち (Thales の定理。内積 を展開)と同値です。比を与える写像 は単射で、この円から を除いたものを の上に写し、上半分の弧(連結)は一方の半直線 または に入ります。 が を動くと比 は一方の半直線全体を動き、 なので、像は中心 の半円全体です。逆に、垂直な半直線 は による像、端点 の半円は 、(、、)による像です。
(3) 異なる 2 点 について、 なら垂直な半直線が 1 本通り、半円は通りません(中心は垂直二等分線上にあるが、それは水平で実軸と交わらない)。 なら垂直二等分線が実軸とただ 1 点 で交わり、 を中心とする半円がただ一つ通り、垂直な半直線は通りません。よって (2) から 2 点を通る測地線(の像)はただ一つです。
距離の式の両辺は等長変換 で不変です。左辺は等長変換が距離を保つからで、右辺は と (通分して を使う)からです。命題 7.1 の 2 により、 を に、 から への測地線の初速度を虚軸方向に写す等長変換があり、そのとき は正の虚軸上の点 に移ります。(1) から で、右辺の と一致します。
例 7.3(平行線の公理が成り立たない)
測地線 と、 上にない点 を考える。中心 で を通る半円の半径は で、この半円が と交わるのは のときである。 なら 、すなわち なので交わらない。したがって を通り と交わらない測地線は、垂直な半直線 のほかに の半円が無数にあり、Euclid の平行線の公理(「交わらない直線はただ一本」)は成り立たない。
例 7.4(Poincaré 円板モデル)
Cayley 変換 は を単位円板 に双正則に写す(等角写像)。 とすると 、 なので
すなわち に計量 を入れると は等長写像で、測地線は境界の円に直交する円弧と直径になる( は円と直線を円と直線に、直交性を保って写すため)。
8. Riemann 沈め込み
Section titled “8. Riemann 沈め込み”商空間や射影に計量を載せるときの基本的な形が Riemann 沈め込みです。
、 を Riemann 多様体、 を全射な沈め込み(定義 3.1[部分多様体と正則値定理])とする。 で を垂直空間、その直交補空間 を水平空間という。すべての で が内積を保つ(等長な線形同型である)とき、 を Riemann 沈め込みという。速度がつねに水平な曲線を水平曲線という。
を Riemann 沈め込みとする。
- について で、等号は が水平のときに限る。
- 区分的に滑らかな曲線 について で、 が水平なら等号が成り立つ。
- が連結なら も連結で、 である。
証明(命題 8.2)
(1) と直交分解すると で、、等号は のときです。(2) (1) を速度に適用して積分します。(3) は連結空間の連続像です。 を結ぶ曲線 について は を結び、(2) から 。 について下限を取ります。
Lie 群 が Riemann 多様体 に右から等長に作用し、全射な沈め込み のファイバーがちょうど の軌道であるとする。このとき 上の Riemann 計量 で が Riemann 沈め込みになるものがただ一つ存在する。
証明(命題 8.3)
一意性と定義. が Riemann 沈め込みなら、 と について、 を による逆像(水平持ち上げ)として でなければなりません。これを定義とします。
によらないこと. 同じファイバーの点は と ()の形です。作用 は等長で なので、 は を に、したがって直交補空間 を に等長に写し、 です。よって での水平持ち上げを で送ったものが での水平持ち上げで、内積は等しくなります。
滑らかさ. の近くで滑らかな局所切断 ()が、沈め込みの局所標準形(定理 3.2[部分多様体と正則値定理])から取れます。標準形の座標 ()では は で張られる滑らかな部分束なので、Gram–Schmidt で の滑らかな正規直交枠 が取れ、水平成分への射影 は滑らかです。 なので は の での水平持ち上げで、 は滑らかな対称テンソルです。正定値性は が同型であることから従います。
例 8.4(Riemann 沈め込みの例)
- 積 の射影 。垂直空間は 、水平空間は で、 は水平空間上で恒等写像である。
- 平坦トーラス: は の平行移動(等長)による商で、垂直空間が の Riemann 沈め込み、すなわち局所等長写像である。
- Fubini–Study 計量。 は にスカラー倍で等長に作用し、商 は全射な沈め込みでファイバーは軌道である(チャートは 例 5.4[微分可能多様体の定義] と同様に斉次座標で作る)。命題 8.3 で得られる の計量が Fubini–Study 計量である。 は Hopf 写像(定義 4.1[ホモトピー群とファイブレーション])で、 は半径 の球面と等長になる。
Riemann 沈め込みでは、一点で水平な測地線は水平のままで、底空間の測地線に写ります。また水平な 2 平面の断面曲率について O’Neill の公式 ( は正規直交な水平ベクトル場)が成り立ち、沈め込みで曲率は増えます。Fubini–Study 計量の断面曲率が と の間にあるのはこの公式からです。証明は接続の水平・垂直成分の計算で、本サイトではまだ扱っていません(B. O’Neill, “The fundamental equations of a submersion”, Michigan Math. J. 13 (1966), 459–469)。
9. Gromov–Hausdorff 距離
Section titled “9. Gromov–Hausdorff 距離”Riemann 多様体は距離空間でもあります(命題 4.3)。距離空間どうしの「近さ」を測る距離を入れると、計量の族の極限(たとえば円周方向がつぶれていくトーラスの極限)を考えられます。ここではコンパクト距離空間の間の Gromov–Hausdorff 距離を定義し、それが等長類の上の距離であることを証明します。
コンパクト距離空間 、 に対し、互いに素な合併 上の距離 で、 と への制限がそれぞれ に一致するものを許容距離という。
を と の Gromov–Hausdorff 距離という( は での Hausdorff 距離)。
考え方は、二つの空間を一つの大きな空間の中に並べて置き、その中でどれだけ重ねられるかで「近さ」を測る、というものです。許容距離は、そのような置き方を距離として表したものです。
証明(補題 9.3)
とし、 とします。 上で、 と の中では元の距離、、 については と置きます。 で、三角不等式は の三角不等式に の項を足し引きして確かめられます(例:、)。各 に対し となる があり 、逆も同様なので です。 について下限を取ると主張の不等式を得ます。後半は、許容距離をもつ そのものが の一つであることと合わせて従います。
証明(命題 9.4)
(1) 対称性は定義から明らかです。下からの評価:許容距離 で とすると、 に対し 、 となる があり、。よって で、対称に入れ替えて下限を取ります。上からの評価:、()とし、 と置きます。、 などから許容距離で、すべての が距離 にあるので 。 とします( なら )。
(2) 許容距離 ( 上)、( 上)で 、 とします。 上で、、 に対し
と置きます( はコンパクトで右辺は の連続関数なので最小値があり、 なので正)。三角不等式: は の三角不等式から、 は、最小を与える について ( はともに 上で )から従い、 側も同様です。 に対し となる 、さらに となる を取れば 、逆向きも同様なので です。下限を取ります。
(3) を取り、、 に対し
と置きます。 です。三角不等式のうち非自明なものを確かめます。、 について、下限を近似する を取ると
(、 は近似の誤差)で、右辺は が小さければ 以上です。、 についても同様に ()。 と は定義の下限と三角不等式から直ちに従います。()で は全射なので、。 とします。等長写像は の場合です。
証明(定理 9.5)
コンパクト距離空間は点列コンパクトかつ完備です(定理 4.3[距離空間])。すなわち点列は収束部分列を持ち、Cauchy 列は収束します。また各 について半径 の開球の有限個で覆えるので、その中心を集めた可算集合 は稠密です。
等長埋め込みの構成. 各 について許容距離 で となるものを取り、 を となるように選びます。三角不等式から です。 について、 が収束する部分列、その中で が収束する部分列、…と取り、対角線の部分列 を取れば、すべての で は収束します。極限を とすると です。 に対し ()を取ると は Cauchy 列なので収束し、その極限は の取り方によりません(二つの列を交互に並べても Cauchy 列)。これを とすれば、距離の連続性から は距離を保ちます。対称に、距離を保つ があります。
全射性. 距離を保つ写像 は全射です。実際 なら、 はコンパクトで閉なので で、 は について を満たし、収束部分列を持たないので矛盾です。 に適用すると は全射で、距離を保つ全射なので等長写像です。
後半は、命題 9.4 の対称性・三角不等式・等長なら と合わせて従います。
例 9.6(崩壊するトーラス)
Gromov–Hausdorff 距離の重要な応用は、Ricci 曲率が下に有界で直径が上に有界な 次元 Riemann 多様体の族が Gromov–Hausdorff 距離について相対コンパクトである、という Gromov のプレコンパクト性定理です。証明には Bishop–Gromov の体積比較定理が要り、本サイトではまだ扱っていません。Gromov–Hausdorff 距離の一般論は D. Burago, Yu. Burago, S. Ivanov, A Course in Metric Geometry, AMS GSM 33, 2001 の第 7 章にあります。
10. 演習
Section titled “10. 演習”演習 10.1標準
双曲平面 で、虚軸 が単位速さの測地線であることを示し、 を示せ。(ヒント: の外を通る曲線の長さを下から評価する。)
解答
Christoffel 記号は 、、(例 5.3[Riemann 計量と Levi-Civita 接続])。、 を測地線の方程式に代入すると、 成分は 、 成分は です。速さは です。
任意の曲線 、、 に対し
で、等号は虚軸に沿うときに成り立ちます。よって です。境界 までの距離は無限大で、 が完備であることと整合します。
平坦トーラス で、点 と を結ぶ最短測地線はいくつあるか。また には共役点が存在しないことを示せ。
解答
の直線が射影されたものが測地線です。 の持ち上げ のうち原点に最も近いものは の 4 つで、長さ の最短測地線が 4 本あります。 なので Jacobi 方程式は 、平行な枠で 型(成分が 1 次関数)で、 かつ なら です。よって共役点はありません。最短測地線が一意でないことと共役点の存在は別の現象であることがわかります。
を満たす完備多様体 の基本群は有限であることを、定理 6.6 を普遍被覆に適用して示せ。
解答
普遍被覆 に引き戻し計量 を入れると、 は局所等長なので も同じ Ricci 曲率の下界を持ちます。完備性: の測地線は に持ち上がり、 の測地線は の測地線の持ち上げなので、 の測地的完備性から の測地線もすべて 上に延びます(定理 5.2 3)。定理 6.6 により はコンパクトです。被覆写像のファイバー は の離散閉集合なので有限で、被覆変換群はファイバーに単純推移的に作用し、基本群と同型です(定理 7.2[基本群と被覆空間])。よって基本群の位数はファイバーの点の個数に等しく、有限です。
- M. P. do Carmo, Riemannian Geometry, Birkhäuser, 1992 — Chapter 3(測地線、Gauss の補題)、Chapter 5(Jacobi 場)、Chapter 7(Hopf–Rinow)、Chapter 9(変分公式、Bonnet–Myers)。
- J. Milnor, Morse Theory, Princeton University Press, 1963 — Part II(第一・第二変分、共役点、Hopf–Rinow の証明)。
- J. M. Lee, Introduction to Riemannian Manifolds, 2nd ed., Springer (GTM 176), 2018 — Chapter 6, 10, 12。
- 酒井隆『リーマン幾何学』裳華房、1992 — 第 II–III 章。
- S. Gallot, D. Hulin, J. Lafontaine, Riemannian Geometry, 3rd ed., Springer (Universitext), 2004 — Chapter 2, 3。
執筆: Claude Code(Opus 5.5)、Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 3 回(Claude Code)・最終 2026-10-12
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