コンテンツにスキップ

Lorentz 多様体の因果構造:因果的未来・局所理論・体積関数

対象読者: 本テーマの測地線の章(指数写像・Gauss の補題)と、一般相対論の計量・共変微分・測地線の記事を学んだ人。因果構造は仮定しません。

前提となる記事:測地線と完備性:指数写像・Gauss の補題・Hopf–Rinow の定理・第二変分、曲がった時空のテンソル解析:計量・共変微分・測地線・曲率を等価原理から組み立てる

生 Markdown

一般相対論の時空で、ある出来事 pp が別の出来事 qq に影響を与えられるかどうかは、「光より速くない速さで pp から qq へ行けるか」で決まります。この記事は、曲がった時空でもこの「行ける・行けない」を正確に定義し、ごく狭い範囲では平らな時空とほぼ同じ形をしていることを示します。そのうえで、過去へ戻る道がある時空や、「過去にどれだけの時空があるか」を数で測る方法まで進みます。読み終えると、次章の因果階層で使う道具が一通りそろいます。

  • 時間向き付けられた Lorentz 多様体(時空)では、各点の接空間の時間錐が未来と過去に分かれます。未来向きの時間的(因果的)曲線で pp から到達できる点の集合が時間的未来 I+(p)I^+(p)(因果的未来 J+(p)J^+(p))です。
  • 正規近傍の中では、pp から未来向き因果的曲線で行ける点は、ちょうど exp⁡p\exp_p が未来の閉じた光円錐を写した集合に入ります(定理 4.4)。証明の鍵は Lorentz 版の Gauss の補題で、位置ベクトルの 2 乗 q=g(P,P)q=g(P,P)(pp から測った「距離の 2 乗」にあたるもの)の勾配が動径ベクトル場になることです。
  • この局所理論から、I+(p)I^+(p) が開集合であること(系 4.5)、p≤q≪rp\le q\ll r なら p≪rp\ll r という押し上げ(系 4.6)、J+(p)⊂I+(p)‾J^+(p)\subset\overline{I^+(p)}(系 4.7)が従います。これらが次章の因果階層の証明の道具になります。
  • すべての点で p≪pp\ll p となる時空を全悪性(totally vicious)といい、I+(p)=MI^+(p)=M がすべての pp で成り立つことと同値です(命題 5.2)。コンパクトな時空には必ず閉じた時間的曲線があります(定理 5.3)。
  • 有限で開集合に正の値を与え、非時間的集合を零集合にする測度 μ\mu を作り(補題 6.3)、体積関数 t−(p)=μ(I−(p))t^-(p)=\mu(I^-(p)) の単調性と半連続性を示します(命題 6.5)。
  • 因果的測地線 γ\gamma に沿って潮汐作用素 R(⋅,γ˙)γ˙R(\cdot,\dot\gamma)\dot\gamma(近くを並んで進む測地線同士のずれ方を決める線形写像)がどこかで 00 でないことを generic 条件といいます。Ric⁡(γ˙,γ˙)≠0\operatorname{Ric}(\dot\gamma,\dot\gamma)\ne0 ならその点で成り立ちます(命題 7.2)。

特殊相対論では、事象 pp が事象 qq に影響を及ぼせるのは q−pq-p が未来向きの時間的またはヌルのベクトルのときに限られました。一般相対論の時空は曲がっているので「差 q−pq-p」は意味を持ちませんが、曲線の速度ベクトルなら各点の接空間の中で時間的かどうかを判定できます。そこで「pp から光速以下で進む曲線で qq に届くか」を因果関係の定義にします。

こう定義した関係は、計量の細部によらず時空の大域的な形をよく反映します。ブラックホールの事象の地平線は「無限遠に届く因果的曲線が出ない領域」の境界でしたし(ブラックホール)、時空全体で初期値問題がうまく解けるかどうかも、因果関係の性質で決まります。過去に戻る曲線(閉じた時間的曲線)がある時空では、初期データを決めても未来が決まりません。

本章ではまず、因果関係の基本的な性質を局所理論から導きます。曲がった時空でも、十分小さな近傍の中では因果関係は Minkowski 空間とほぼ同じ形をしています。その「ほぼ同じ」を指数写像と Gauss の補題で正確に言うのが §4 です。§5 以降では、因果関係が壊れる極端な例(全悪性時空)、因果関係を数値で測る体積関数、曲率と因果的測地線の関係(generic 条件)を扱います。これらは次章 因果階層 で、年代順的から大域双曲までの段階を比べるときに使います。

以下、VV を n+1n+1 次元(n≥1n\ge1)の実ベクトル空間、⟨⋅,⋅⟩\langle\cdot,\cdot\rangle を符号 (−,+,…,+)(-,+,\dots,+) の非退化対称双線形形式とします。v≠0v\ne0 は ⟨v,v⟩<0\langle v,v\rangle<0 のとき時間的、⟨v,v⟩=0\langle v,v\rangle=0 のときヌル、⟨v,v⟩>0\langle v,v\rangle>0 のとき空間的で、時間的またはヌルのとき因果的といいます(曲がった時空のテンソル解析 の用語と同じです)。

補題 2.1(時間錐の基本性質)✓

e0∈Ve_0\in V を ⟨e0,e0⟩=−1\langle e_0,e_0\rangle=-1 となるベクトルとし、T+={v:⟨v,v⟩<0, ⟨v,e0⟩<0}T^+=\{v:\langle v,v\rangle<0,\ \langle v,e_0\rangle<0\}、C+={v≠0:⟨v,v⟩≤0, ⟨v,e0⟩<0}C^+=\{v\ne0:\langle v,v\rangle\le0,\ \langle v,e_0\rangle<0\} と置く。

  1. 時間的ベクトル全体は互いに交わらない二つの開凸錐 T+T^+ と −T+-T^+ の和である。因果的ベクトル全体は C+C^+ と −C+-C^+ の交わらない和である。
  2. u,v∈C+u,v\in C^+ ならば ⟨u,v⟩≤0\langle u,v\rangle\le0 で、等号は u,vu,v がともにヌルで互いに正の定数倍のときに限る。とくに一方が時間的なら ⟨u,v⟩<0\langle u,v\rangle<0 である。
  3. C‾+=C+∪{0}\overline{C}^+=C^+\cup\{0\} は閉凸錐で、T+T^+ の閉包に等しい。C++T+⊂T+C^++T^+\subset T^+、また C+C^+ に属する時間的ベクトルは T+T^+ に属する。
  4. 因果的な vv と時間的な ww について ⟨v,w⟩≠0\langle v,w\rangle\ne0 である。w∈T+w\in T^+ なら、因果的な vv が C+C^+ に属することと ⟨v,w⟩<0\langle v,w\rangle<0 は同値である。
証明(補題 2.1)

e0e_0 を含む基底 e0,e1,…,ene_0,e_1,\dots,e_n を ⟨ea,eb⟩=diag⁡(−1,1,…,1)\langle e_a,e_b\rangle=\operatorname{diag}(-1,1,\dots,1) となるように取ります(e0⊥e_0^\perp 上で形式は正定値なので Gram–Schmidt で取れます)。v=v0e0+vv=v^0e_0+\boldsymbol{v}(v∈e0⊥\boldsymbol{v}\in e_0^\perp)と書くと ⟨v,v⟩=−(v0)2+∣v∣2\langle v,v\rangle=-(v^0)^2+|\boldsymbol{v}|^2、⟨v,e0⟩=−v0\langle v,e_0\rangle=-v^0 です。よって T+={v0>∣v∣}T^+=\{v^0>|\boldsymbol{v}|\}、C+={v0≥∣v∣, v0>0}C^+=\{v^0\ge|\boldsymbol{v}|,\ v^0>0\} です。

1。 時間的なら ∣v0∣>∣v∣≥0|v^0|>|\boldsymbol{v}|\ge0 なので v0≠0v^0\ne0 で、符号で二つに分かれます。T+T^+ は開で、u,v∈T+u,v\in T^+、s,t≥0s,t\ge0(同時に 00 でない)なら ∣su+tv∣≤s∣u∣+t∣v∣<su0+tv0|s\boldsymbol{u}+t\boldsymbol{v}|\le s|\boldsymbol{u}|+t|\boldsymbol{v}|<su^0+tv^0 なので凸錐です。因果的なベクトルも v≠0v\ne0 と v0≥∣v∣v^0\ge|\boldsymbol{v}| から v0≠0v^0\ne0 で、同様に分かれます。

2。 Cauchy–Schwarz から ⟨u,v⟩=−u0v0+u⋅v≤−u0v0+∣u∣∣v∣≤−u0v0+u0v0=0\langle u,v\rangle=-u^0v^0+\boldsymbol{u}\cdot\boldsymbol{v}\le-u^0v^0+|\boldsymbol{u}||\boldsymbol{v}|\le-u^0v^0+u^0v^0=0。等号には ∣u∣=u0|\boldsymbol{u}|=u^0、∣v∣=v0|\boldsymbol{v}|=v^0(ともにヌル)と、u,v\boldsymbol{u},\boldsymbol{v} が同じ向きに平行であることが必要で、このとき u,vu,v は正の定数倍です。

3。 C‾+={v0≥∣v∣}\overline{C}^+=\{v^0\ge|\boldsymbol{v}|\} は閉で、1 と同じ計算で凸錐です。v0≥∣v∣v^0\ge|\boldsymbol{v}| なら v+εe0∈T+v+\varepsilon e_0\in T^+ で ε→0\varepsilon\to0 とすれば vv は T+T^+ の閉包に入り、逆に閉包は閉集合 C‾+\overline{C}^+ に含まれます。u∈C+u\in C^+、v∈T+v\in T^+ なら ∣u+v∣<u0+v0|\boldsymbol{u}+\boldsymbol{v}|<u^0+v^0 なので u+v∈T+u+v\in T^+ です。最後に、C+C^+ の元は ⟨v,e0⟩<0\langle v,e_0\rangle<0 を満たすので、それが時間的なら T+T^+ の定義の 2 条件をそのまま満たします。

4。 ww を時間的とすると、e0e_0 を w/−⟨w,w⟩w/\sqrt{-\langle w,w\rangle} に取り替えても上の議論が成り立ちます。vv の成分で v0≠0v^0\ne0(1)なので ⟨v,w⟩=−−⟨w,w⟩ v0≠0\langle v,w\rangle=-\sqrt{-\langle w,w\rangle}\,v^0\ne0 です。w∈T+w\in T^+ のとき、ww を基準にした C+C^+(⟨v,w⟩<0\langle v,w\rangle<0 の側)と e0e_0 を基準にした C+C^+ は、どちらも e0e_0 と ww を含む連結な T+T^+ を含む成分なので一致します(1 により因果的ベクトルの集合の成分は二つで、T+T^+ は連結なのでどちらか一方に含まれます)。

未来向き時間的過去向き時間的空間的空間的ヌルtx
1 + 1 次元の時間錐。縦軸が時間、横軸が空間で、原点から 45 度の線がヌルベクトルの方向。上の錐の内部が未来向き時間的、下の錐の内部が過去向き時間的、左右の領域が空間的である。

MM を連結・Hausdorff・第二可算な n+1n+1 次元多様体、gg を Lorentz 計量とします(定義は 定義 2.3[曲がった時空のテンソル解析]。そこでは 4 次元ですが、以下は n≥1n\ge1 で成り立ちます)。

定義 2.2(時間向き付けと時空)↗

MM 上の連続な時間的ベクトル場 TT を一つ固定することを時間向き付けという。因果的な v∈TpMv\in T_pM は g(v,Tp)<0g(v,T_p)<0 のとき未来向き、g(v,Tp)>0g(v,T_p)>0 のとき過去向きという。時間向き付けられた Lorentz 多様体 (M,g)(M,g) を時空という。pp での未来向き時間的ベクトルの集合を Tp+T^+_p、未来向き因果的ベクトルの集合を Cp+C^+_p と書く。

補題 2.1 の 4 により、TT を別の未来向き時間的ベクトル場に取り替えても未来向きのベクトルは変わりません。時間向き付けは常に存在するとは限りませんが(MM が単連結なら存在します)、存在しない場合も 2 重被覆に移れば存在するので、以下では仮定します。−T-T に取り替えた時間反転も時空で、以下の主張はすべて未来と過去を入れ替えても成り立ちます。

定義 3.1(因果的曲線)↗

区間 II 上の連続な曲線 α ⁣:I→M\alpha\colon I\to M が区分的に滑らかであるとは、II の各コンパクト部分区間を有限個の点で分けた各閉小区間で滑らか(端点では片側の微分)であることをいう。区分的に滑らかな曲線で、すべての点の(分点では左右両方の)速度ベクトルが未来向き時間的(因果的)であるものを未来向き時間的曲線(未来向き因果的曲線)という。過去向きも同様に定める。

定義 3.2(時間的未来・因果的未来)↗

p,q∈Mp,q\in M について、pp から qq への未来向き時間的曲線があるとき p≪qp\ll q、p=qp=q であるか pp から qq への未来向き因果的曲線があるとき p≤qp\le q と書く。p≤qp\le q かつ p≠qp\ne q を p<qp\lt q と書く。

I+(p)={q:p≪q},J+(p)={q:p≤q},I−(p)={q:q≪p},J−(p)={q:q≤p}I^+(p)=\{q:p\ll q\},\quad J^+(p)=\{q:p\le q\},\quad I^-(p)=\{q:q\ll p\},\quad J^-(p)=\{q:q\le p\}

をそれぞれ pp の時間的未来、因果的未来、時間的過去、因果的過去という。

命題 3.3(因果関係の推移性)✓

  1. p≪qp\ll q ならば p≤qp\le q である。
  2. p≪qp\ll q かつ q≪rq\ll r なら p≪rp\ll r、p≤qp\le q かつ q≤rq\le r なら p≤rp\le r である。
  3. q∈I+(p)q\in I^+(p) と p∈I−(q)p\in I^-(q) は同値で、J±J^\pm についても同様である。
証明(命題 3.3)

1 は時間的なベクトルが因果的であることから従います。2 は二つの曲線をつなげばよく、つないだ点は分点になって左右の速度ベクトルがともに未来向きなので、つないだ曲線も未来向き時間的(因果的)です。3 は定義の言い換えです。

p≪pp\ll p は pp を通る閉じた時間的曲線があることを意味します。Minkowski 空間では次のとおり、この関係が線形代数だけで計算できます。

命題 3.4(Minkowski 空間の因果関係)✓

R1,n\mathbb{R}^{1,n} に計量 −dt2+∑i(dxi)2-dt^2+\sum_i(dx^i)^2 と時間向き付け ∂t\partial_t を入れ、U⊂R1,nU\subset\mathbb{R}^{1,n} を凸開集合とする。UU を時空とみるとき、p∈Up\in U について

J+(p)=(p+C‾+)∩U,I+(p)=(p+T+)∩UJ^+(p)=(p+\overline{C}^+)\cap U,\qquad I^+(p)=(p+T^+)\cap U

である(C+C^+、T+T^+ は原点での錐を平行移動で同一視したもの)。さらに、UU 内の未来向き因果的曲線が pp から qq へ行き、q−pq-p がヌルならば、その曲線の像は線分 [p,q][p,q] に含まれる。

証明(命題 3.4)

α(s)=(t(s),x(s))\alpha(s)=(t(s),\boldsymbol{x}(s))(0≤s≤10\le s\le1)を未来向き因果的曲線とすると、各点で t˙≥∣x˙∣\dot t\ge|\dot{\boldsymbol{x}}|、t˙>0\dot t>0 です(補題 2.1 の成分表示)。積分すると

t(1)−t(0)=∫01t˙ ds ≥ ∫01∣x˙∣ ds ≥ ∣∫01x˙ ds∣=∣x(1)−x(0)∣t(1)-t(0)=\int_0^1\dot t\,ds\ \ge\ \int_0^1|\dot{\boldsymbol{x}}|\,ds\ \ge\ \Bigl|\int_0^1\dot{\boldsymbol{x}}\,ds\Bigr|=|\boldsymbol{x}(1)-\boldsymbol{x}(0)|

で、q−p∈C‾+q-p\in\overline{C}^+ です。時間的なら被積分関数の不等号が各小区間で狭義なので t(1)−t(0)>∣x(1)−x(0)∣t(1)-t(0)>|\boldsymbol{x}(1)-\boldsymbol{x}(0)|、すなわち q−p∈T+q-p\in T^+ です。逆に q−p∈C‾+q-p\in\overline{C}^+(T+T^+)なら線分 s↦p+s(q−p)s\mapsto p+s(q-p) は UU の凸性から UU に含まれ、速度一定の未来向き因果的(時間的)曲線です。これで二つの等式が示せました。

q−pq-p がヌルなら上の不等式はすべて等号です。e=(x(1)−x(0))/∣x(1)−x(0)∣\boldsymbol{e}=(\boldsymbol{x}(1)-\boldsymbol{x}(0))/|\boldsymbol{x}(1)-\boldsymbol{x}(0)| と置くと(q≠pq\ne p なら ∣x(1)−x(0)∣=t(1)−t(0)>0|\boldsymbol{x}(1)-\boldsymbol{x}(0)|=t(1)-t(0)>0)、∫01(∣x˙∣−e⋅x˙) ds=0\int_0^1(|\dot{\boldsymbol{x}}|-\boldsymbol{e}\cdot\dot{\boldsymbol{x}})\,ds=0 で被積分関数は非負かつ各小区間で連続なので x˙=∣x˙∣e\dot{\boldsymbol{x}}=|\dot{\boldsymbol{x}}|\boldsymbol{e}、また t˙=∣x˙∣\dot t=|\dot{\boldsymbol{x}}| です。よって α˙=t˙ (1,e)\dot\alpha=\dot t\,(1,\boldsymbol{e}) で、α(s)=p+(t(s)−t(0))(1,e)\alpha(s)=p+(t(s)-t(0))(1,\boldsymbol{e}) は線分 [p,q][p,q] の上にあります。

とくに Minkowski 空間では I+(p)I^+(p) は開集合、J+(p)J^+(p) は閉集合で、J+(p)J^+(p) は I+(p)I^+(p) の閉包です。曲がった時空ではこのうち「I+(p)I^+(p) は開」と「J+(p)⊂I+(p)‾J^+(p)\subset\overline{I^+(p)}」だけが一般に残り、J+(p)J^+(p) の閉性は失われえます(次章で、Minkowski 空間から 1 点を除いた例を扱います)。

Lorentz 計量にも Levi-Civita 接続がただ一つあります(定理 3.4[曲がった時空のテンソル解析])。∇\nabla をそれとし、DtD_t を曲線に沿った共変微分とします。測地線は Dtγ˙=0D_t\dot\gamma=0 を満たす曲線で、g(γ˙,γ˙)g(\dot\gamma,\dot\gamma) は一定です。

補題 4.1(Lorentz 計量の指数写像と Jacobi 場)✓

測地線と完備性 の測地線の存在と一意性、指数写像の基本性質、対称性補題、Jacobi 場の基本性質、指数写像の微分の Jacobi 場による表示は、Lorentz 計量の Levi-Civita 接続についてもそのまま成り立つ。すなわち、exp⁡\exp は零切断を含む TMTM の開集合 E\mathcal{E} 上で定義された滑らかな写像で、exp⁡p(tv)=γv(t)\exp_p(tv)=\gamma_v(t)、d(exp⁡p)0=idd(\exp_p)_0=\mathrm{id} であり、J(0)=0J(0)=0、DtJ(0)=wD_tJ(0)=w の Jacobi 場は J(t)=d(exp⁡p)tv(tw)J(t)=d(\exp_p)_{tv}(tw) である。

証明(補題 4.1)

命題 2.2[測地線と完備性]、命題 2.4[測地線と完備性]、補題 3.1[測地線と完備性]、命題 3.3[測地線と完備性]、命題 3.4[測地線と完備性] の証明で使われているのは、∇\nabla が捩れのない接続であること、曲線に沿った共変微分の存在、流れと線形常微分方程式の基本定理、逆関数定理だけで、計量の正定値性は使われていません。ただ一か所、命題 3.3[測地線と完備性] の 2 では正規直交な平行枠を使っていますが、任意の基底を平行移動した枠でも Jacobi 方程式は係数が連続な 2 階線形常微分方程式になり、同じ議論が成り立ちます。

補題 4.2(Lorentz 版の Gauss の補題)✓

p∈Mp\in M、v∈Epv\in\mathcal{E}_p、w∈TpMw\in T_pM について g(d(exp⁡p)v(v),d(exp⁡p)v(w))=g(v,w)g\bigl(d(\exp_p)_v(v),d(\exp_p)_v(w)\bigr)=g(v,w) である。したがって、exp⁡p\exp_p が 00 の星形開近傍 BB 上で開集合 NN への微分同相のとき、P=(exp⁡p∣B)−1 ⁣:N→BP=(\exp_p|_B)^{-1}\colon N\to B、q(y)=gp(P(y),P(y))q(y)=g_p(P(y),P(y))、P~(y)=d(exp⁡p)P(y)(P(y))\tilde P(y)=d(\exp_p)_{P(y)}(P(y)) と置くと

dqy(w)=2 gy(P~(y),w)(y∈N, w∈TyM)dq_y(w)=2\,g_y\bigl(\tilde P(y),w\bigr)\qquad(y\in N,\ w\in T_yM)

であり、P~(y)\tilde P(y) は測地線 t↦exp⁡p(tP(y))t\mapsto\exp_p(tP(y)) の t=1t=1 での速度ベクトルである。さらに、P(y)∈Tp+P(y)\in T^+_p ならば P~(y)∈Ty+\tilde P(y)\in T^+_y である。また v∈Epv\in\mathcal{E}_p が未来向き因果的(時間的)ならば、測地線 t↦exp⁡p(tv)t\mapsto\exp_p(tv)(0≤t≤10\le t\le1)は未来向き因果的(時間的)曲線である。

証明(補題 4.2)

γ(t)=exp⁡p(tv)\gamma(t)=\exp_p(tv)、JJ を J(0)=0J(0)=0、DtJ(0)=wD_tJ(0)=w の Jacobi 場とすると、補題 4.1 により J(1)=d(exp⁡p)v(w)J(1)=d(\exp_p)_v(w)、γ˙(1)=d(exp⁡p)v(v)\dot\gamma(1)=d(\exp_p)_v(v) です。h(t)=g(γ˙,J)h(t)=g(\dot\gamma,J) は h¨=g(γ˙,Dt2J)=−g(R(J,γ˙)γ˙,γ˙)\ddot h=g(\dot\gamma,D_t^2J)=-g(R(J,\dot\gamma)\dot\gamma,\dot\gamma) を満たし、これは曲率テンソルの最初の 2 添字についての反対称性と対の対称性(定理 6.3[曲がった時空のテンソル解析])から 00 です。h(0)=0h(0)=0、h˙(0)=g(v,w)\dot h(0)=g(v,w) なので h(1)=g(v,w)h(1)=g(v,w) です。

後半:y∈Ny\in N、v=P(y)v=P(y)、u=dPy(w)u=dP_y(w) と置くと d(exp⁡p)v(u)=wd(\exp_p)_v(u)=w です。dqy(w)=2gp(v,u)dq_y(w)=2g_p(v,u) で、前半から gp(v,u)=gy(d(exp⁡p)v(v),d(exp⁡p)v(u))=gy(P~(y),w)g_p(v,u)=g_y(d(\exp_p)_v(v),d(\exp_p)_v(u))=g_y(\tilde P(y),w) です。P~(y)=ddt∣t=1exp⁡p(tv)\tilde P(y)=\frac{d}{dt}\big|_{t=1}\exp_p(tv) は 補題 4.1 の exp⁡p(tv)=γv(t)\exp_p(tv)=\gamma_v(t) から従います。

最後の主張:v∈Epv\in\mathcal{E}_p を未来向き因果的とし、γ(t)=exp⁡p(tv)\gamma(t)=\exp_p(tv) と置きます。計量適合性(定理 3.4[曲がった時空のテンソル解析])から ddtg(γ˙,γ˙)=2g(Dtγ˙,γ˙)=0\frac{d}{dt}g(\dot\gamma,\dot\gamma)=2g(D_t\dot\gamma,\dot\gamma)=0 なので、g(γ˙,γ˙)=g(v,v)≤0g(\dot\gamma,\dot\gamma)=g(v,v)\le0 は一定で、γ˙(t)≠0\dot\gamma(t)\ne0(測地線の初速度が 00 でないので)は因果的です。t↦g(γ˙(t),T)t\mapsto g(\dot\gamma(t),T) は連続で、補題 2.1 の 4 により 00 にならず、t=0t=0 で負なので負のままです。よって γ˙(t)\dot\gamma(t) はすべて未来向き因果的で、vv が時間的なら時間的です。v=P(y)∈Tp+v=P(y)\in T^+_p に適用し t=1t=1 とすれば P~(y)∈Ty+\tilde P(y)\in T^+_y です。

P~\tilde P を動径ベクトル場と呼びます。これは pp から出る測地線の各点での速度ベクトルを集めたものです。dq=2g(P~,⋅)dq=2g(\tilde P,\cdot) という式は、qq の勾配(gg で双対をとったベクトル)が動径方向を向く(qq が動径方向にだけ変化し、その変化率が 2g(P~,⋅)2g(\tilde P,\cdot) で与えられる)という意味で、Euclid 空間で ∣x∣2|x|^2 の勾配が 2x2x であることの Lorentz 版にあたります。

Lorentz 計量の g(v,v)g(v,v) はノルムにならないので、指数写像の定義域の大きさは補助の Riemann 計量 hh で測ります(hh の存在は 定理 3.6[Riemann 計量と Levi-Civita 接続])。Bδ(x)={v∈TxM:∣v∣h<δ}B_\delta(x)=\{v\in T_xM:|v|_h<\delta\} と書きます。

補題 4.3(一様な正規近傍(Lorentz 版))✓

各 p∈Mp\in M に対し、pp の開近傍 WW と δ>0\delta>0 が存在して、すべての x∈Wx\in W について exp⁡x\exp_x は Bδ(x)B_\delta(x) 上で定義され、そこで開集合 Nx=exp⁡x(Bδ(x))N_x=\exp_x(B_\delta(x)) への微分同相であり、W⊂NxW\subset N_x となる。さらに Px=(exp⁡x∣Bδ(x))−1P_x=(\exp_x|_{B_\delta(x)})^{-1} と置くと、(x,y)↦Px(y)∈TM(x,y)\mapsto P_x(y)\in TM は W×WW\times W 上で連続である。

証明(補題 4.3)

補題 4.4[測地線と完備性] の証明を、ノルムを ∣⋅∣h|\cdot|_h に替えて繰り返します。F(v)=(π(v),exp⁡v)F(v)=(\pi(v),\exp v) は E\mathcal{E} 上で滑らかで(補題 4.1)、零ベクトル 0p0_p での微分はブロック三角行列 (I0II)\begin{pmatrix}I&0\\ I&I\end{pmatrix} なので可逆です。逆関数定理(系 2.2[部分多様体と正則値定理])から 0p0_p の近傍 V\mathcal{V} 上で FF は開集合への微分同相です。hh の連続性から {(x,v):x∈W′, ∣v∣h<δ}\{(x,v):x\in W',\ |v|_h<\delta\} の形の集合は 0p0_p の近傍基をなすので、V\mathcal{V} をこの形に取れます。F(V)F(\mathcal{V}) は (p,p)(p,p) の開近傍なので、W×W⊂F(V)W\times W\subset F(\mathcal{V}) となる開近傍 W⊂W′W\subset W' が取れます。x∈Wx\in W について exp⁡x\exp_x は Bδ(x)B_\delta(x) 上で単射で微分が可逆なので開集合への微分同相で、{x}×W⊂F(V)\{x\}\times W\subset F(\mathcal{V}) から W⊂NxW\subset N_x です。最後に Px(y)=(F∣V)−1(x,y)P_x(y)=(F|_{\mathcal{V}})^{-1}(x,y) で、右辺は連続です。

以下、この WW を pp の一様正規近傍と呼びます。WW を小さく取り直しても性質は保たれます。

この節の定理は、十分小さな範囲では、xx から因果的曲線で行ける点がちょうど exp⁡x\exp_x で写した光円錐の中に収まる、という主張です。1 は「光円錐の中の測地線は実際に因果的曲線になる」、2〜4 は逆に「因果的曲線は光円錐の外へ出ない」ことを言っています。2 の証明では、位置ベクトルの 2 乗 qq が曲線に沿って減ることを使い、qq が負である(時間的である)範囲が開かつ閉であることを確かめて、曲線の終点まで広げます。4 は、曲線の出発の向きが錐の境界すれすれかもしれないので、xx の少し過去の点 xεx_\varepsilon から見て 2 を使い、ε→0\varepsilon\to0 の極限を取ります。

定理 4.4(局所因果構造)✓

W,δW,\delta を 補題 4.3 のとおりとし、x∈Wx\in W とする。

  1. v∈Bδ(x)v\in B_\delta(x) が未来向き因果的(時間的)なら、cv(s)=exp⁡x(sv)c_v(s)=\exp_x(sv)(0≤s≤10\le s\le1)は xx から exp⁡x(v)\exp_x(v) への未来向き因果的(時間的)曲線である。
  2. x′∈Wx'\in W が Px′(x)∈Tx′+P_{x'}(x)\in T^+_{x'} を満たすとする。WW 内の未来向き因果的曲線 α ⁣:[0,1]→W\alpha\colon[0,1]\to W が α(0)=x\alpha(0)=x ならば、すべての ss で Px′(α(s))∈Tx′+P_{x'}(\alpha(s))\in T^+_{x'} である。
  3. WW 内の未来向き時間的曲線 α ⁣:[0,1]→W\alpha\colon[0,1]\to W が α(0)=x\alpha(0)=x ならば、0<s≤10\lt s\le1 で Px(α(s))∈Tx+P_x(\alpha(s))\in T^+_x である。
  4. WW 内の未来向き因果的曲線 α ⁣:[0,1]→W\alpha\colon[0,1]\to W が α(0)=x\alpha(0)=x ならば、すべての ss で Px(α(s))∈C‾x+P_x(\alpha(s))\in\overline{C}^+_x であり、α(s)≠x\alpha(s)\ne x なら Px(α(s))∈Cx+P_x(\alpha(s))\in C^+_x である。
証明(定理 4.4)

1。 Bδ(x)B_\delta(x) は星形で Ex\mathcal{E}_x に含まれるので、補題 4.2 の最後の主張そのものです。

2。 x′x' を中心とする q(y)=gx′(Px′(y),Px′(y))q(y)=g_{x'}(P_{x'}(y),P_{x'}(y)) と動径ベクトル場 P~\tilde P を 補題 4.2 のとおりに取ります(W⊂Nx′W\subset N_{x'} なので WW 上で定義されています)。A={s∈[0,1]:Px′(α(s′))∈Tx′+ (0≤s′≤s)}A=\{s\in[0,1]:P_{x'}(\alpha(s'))\in T^+_{x'}\ (0\le s'\le s)\} と置きます。0∈A0\in A で、Tx′+T^+_{x'} は開なので AA は [0,1][0,1] の中で開です。a=sup⁡Aa=\sup A とします。[0,a)[0,a) 上で P~(α(s))∈T+\tilde P(\alpha(s))\in T^+ なので(補題 4.2 の最後の主張)、α\alpha が滑らかな各小区間で

ddsq(α(s))=2 g(P~(α(s)),α˙(s))<0\frac{d}{ds}q(\alpha(s))=2\,g\bigl(\tilde P(\alpha(s)),\dot\alpha(s)\bigr)<0

です(補題 2.1 の 2。α˙\dot\alpha は未来向き因果的、P~\tilde P は未来向き時間的)。q∘αq\circ\alpha は連続なので [0,a][0,a] 上で単調減少し、q(α(a))≤q(α(0))<0q(\alpha(a))\le q(\alpha(0))<0 です。よって Px′(α(a))P_{x'}(\alpha(a)) は時間的で、Tx′+T^+_{x'} の閉包 C‾x′+\overline{C}^+_{x'}(補題 2.1 の 3)に入るので Tx′+T^+_{x'} に属し、a∈Aa\in A です。AA は開なので a=1a=1 です。

3。 Px(x)=0P_x(x)=0 で、d(Px)xd(P_x)_x は d(exp⁡x)0=idd(\exp_x)_0=\mathrm{id} の逆なので恒等写像です。よって s→0s\to0 で Px(α(s))/s→α˙(0)∈Tx+P_x(\alpha(s))/s\to\dot\alpha(0)\in T^+_x(右微分係数)で、Tx+T^+_x は開錐なので、小さな s0>0s_0\gt0 で Px(α(s0))∈Tx+P_x(\alpha(s_0))\in T^+_x です。α∣[s0,1]\alpha|_{[s_0,1]} に 2 を x′=xx'=x として適用すれば s≥s0s\ge s_0 で成り立ち、s0s_0 はいくらでも小さく取れます。

4。 τ∈Tx+\tau\in T^+_x を取り、ε>0\varepsilon\gt0 について xε=exp⁡x(−ετ)x_\varepsilon=\exp_x(-\varepsilon\tau) と置きます。ε\varepsilon が小さければ xε∈Wx_\varepsilon\in W です。測地線 c(s)=exp⁡x(−sετ)c(s)=\exp_x(-s\varepsilon\tau) を逆にたどった cˉ(s)=c(1−s)\bar c(s)=c(1-s) は xεx_\varepsilon から xx への測地線で、初速度 wε=−c˙(1)w_\varepsilon=-\dot c(1) は未来向き時間的です(1 を時間反転して使います)。c˙(1)=ε γ˙−τ(ε)→0\dot c(1)=\varepsilon\,\dot\gamma_{-\tau}(\varepsilon)\to0 なので、ε\varepsilon が小さければ ∣wε∣h<δ|w_\varepsilon|_h<\delta で、exp⁡xε(wε)=x\exp_{x_\varepsilon}(w_\varepsilon)=x と exp⁡xε\exp_{x_\varepsilon} の Bδ(xε)B_\delta(x_\varepsilon) 上での単射性から Pxε(x)=wε∈Txε+P_{x_\varepsilon}(x)=w_\varepsilon\in T^+_{x_\varepsilon} です。2 を x′=xεx'=x_\varepsilon として適用すると Pxε(α(s))∈Txε+P_{x_\varepsilon}(\alpha(s))\in T^+_{x_\varepsilon} です。

ε→0\varepsilon\to0 とすると、補題 4.3 の連続性から Pxε(α(s))→Px(α(s))P_{x_\varepsilon}(\alpha(s))\to P_x(\alpha(s)) です。Txε+T^+_{x_\varepsilon} の元 uu は g(u,u)<0g(u,u)<0、g(u,T)<0g(u,T)<0 を満たし、これらの極限 u0u_0 は g(u0,u0)≤0g(u_0,u_0)\le0、g(u0,T)≤0g(u_0,T)\le0 を満たすので、u0=0u_0=0 か u0∈Cx+u_0\in C^+_x です(補題 2.1 の 4)。α(s)≠x\alpha(s)\ne x なら PxP_x の単射性から Px(α(s))≠0P_x(\alpha(s))\ne0 です。

Wxx_εαexp_x(未来の閉じた光円錐)
一様正規近傍 W の中の局所因果構造。x から W 内の未来向き因果的曲線(実線)で行ける点は、exp_x が未来の閉じた光円錐を写した領域(塗りつぶし)に入る。4 の証明では、x の少し過去の点 x_ε から見た位置ベクトルの 2 乗 q が曲線に沿って減ること(2)を使う。

系 4.5(時間的未来の開性)✓

任意の p∈Mp\in M について I+(p)I^+(p) と I−(p)I^-(p) は開集合である。

証明(系 4.5)

q∈I+(p)q\in I^+(p) とし、未来向き時間的曲線 α ⁣:[0,1]→M\alpha\colon[0,1]\to M が pp から qq へ行くとします。qq の一様正規近傍 WW(補題 4.3)を取り、α([s0,1])⊂W\alpha([s_0,1])\subset W となる s0∈(0,1)s_0\in(0,1) を選んで x=α(s0)x=\alpha(s_0) と置きます(α∣[0,s0]\alpha|_{[0,s_0]} により p≪xp\ll x です)。定理 4.4 の 3 を α∣[s0,1]\alpha|_{[s_0,1]} に使うと Px(q)∈Tx+P_x(q)\in T^+_x です。O={y∈W:Px(y)∈Tx+}O=\{y\in W:P_x(y)\in T^+_x\} は PxP_x の連続性から開で、qq を含みます。y∈Oy\in O なら 定理 4.4 の 1 により x≪yx\ll y で、p≪xp\ll x と合わせて p≪yp\ll y です(命題 3.3)。よって O⊂I+(p)O\subset I^+(p) です。I−(p)I^-(p) は時間反転した時空での I+(p)I^+(p) です。

次の押し上げ補題は、光速ぎりぎりの経路のあとに時間的な経路をつなぐと、全体を時間的な経路に取り替えられる、という主張です。証明は、曲線上で「その点から rr へ時間的に行ける」点の集合が開であることを使い、それが曲線の終点側から始点まで広がることを、下限 aa を取って示します。

系 4.6(押し上げ補題)✓

p≤qp\le q かつ q≪rq\ll r ならば p≪rp\ll r である。p≪qp\ll q かつ q≤rq\le r ならば p≪rp\ll r である。

証明(系 4.6)

前半を示します。p=qp=q なら結論は仮定 q≪rq\ll r そのものなので、α ⁣:[0,1]→M\alpha\colon[0,1]\to M を pp から qq への未来向き因果的曲線とします。A={s:α(s)∈I−(r)}A=\{s:\alpha(s)\in I^-(r)\} は 系 4.5 と α\alpha の連続性から [0,1][0,1] の中で開で、1∈A1\in A です。a=inf⁡{s:[s,1]⊂A}a=\inf\{s:[s,1]\subset A\} と置くと、(a,1]⊂A(a,1]\subset A です。

a∈Aa\in A を示します。y=α(a)y=\alpha(a) の一様正規近傍 WW を取り、s1∈(a,1]s_1\in(a,1] を α([a,s1])⊂W\alpha([a,s_1])\subset W となるように選び、w=α(s1)w=\alpha(s_1) と置きます。定理 4.4 の 4 から Py(w)∈C‾y+P_y(w)\in\overline{C}^+_y です。τ∈Ty+\tau\in T^+_y を固定すると、ε>0\varepsilon\gt0 が小さいとき vε=Py(w)+ετv_\varepsilon=P_y(w)+\varepsilon\tau は Bδ(y)B_\delta(y) に入り、補題 2.1 の 3 により Ty+T^+_y に属します。zε=exp⁡y(vε)z_\varepsilon=\exp_y(v_\varepsilon) は ε→0\varepsilon\to0 で ww に収束し、定理 4.4 の 1 から y≪zεy\ll z_\varepsilon です。w∈I−(r)w\in I^-(r) は開集合なので、小さな ε\varepsilon で zε≪rz_\varepsilon\ll r となり、y≪ry\ll r、すなわち a∈Aa\in A です。

a>0a\gt0 なら AA が開であることから [a−η,1]⊂A[a-\eta,1]\subset A となる η>0\eta\gt0 があり、aa の定義に反します。よって a=0a=0 で、p=α(0)∈I−(r)p=\alpha(0)\in I^-(r) です。後半は前半を時間反転した時空に適用したものです。

系 4.7(因果的未来と時間的未来の閉包)✓

J+(p)⊂I+(p)‾J^+(p)\subset\overline{I^+(p)} であり、したがって J+(p)‾=I+(p)‾\overline{J^+(p)}=\overline{I^+(p)} である。とくに p∈I+(p)‾p\in\overline{I^+(p)}。過去についても同様である。

証明(系 4.7)

q∈J+(p)q\in J^+(p) とし、τ∈Tq+\tau\in T^+_q を取ります。zε=exp⁡q(ετ)z_\varepsilon=\exp_q(\varepsilon\tau) は ε→0\varepsilon\to0 で qq に収束し、定理 4.4 の 1 により q≪zεq\ll z_\varepsilon です(ε\varepsilon が小さければ ετ∈Bδ(q)\varepsilon\tau\in B_\delta(q))。系 4.6 から p≪zεp\ll z_\varepsilon なので q∈I+(p)‾q\in\overline{I^+(p)} です。I+(p)⊂J+(p)I^+(p)\subset J^+(p) と合わせて閉包が一致します。

系 4.8(因果関係の局所的な閉性)✓

WW を一様正規近傍とし、WW の点列 xk→xx_k\to x、yk→yy_k\to y(x,y∈Wx,y\in W)について、各 kk で yk=xky_k=x_k であるか、WW 内の未来向き因果的曲線が xkx_k から yky_k へ行くとする。このとき y=xy=x であるか Px(y)∈Cx+P_x(y)\in C^+_x であり、いずれにせよ x≤yx\le y である。

証明(系 4.8)

定理 4.4 の 4 から Pxk(yk)∈C‾xk+P_{x_k}(y_k)\in\overline{C}^+_{x_k} です。補題 4.3 の連続性から Pxk(yk)→Px(y)P_{x_k}(y_k)\to P_x(y) で、定理 4.4 の 4 の証明の最後と同じく、極限は C‾x+\overline{C}^+_x に入ります。Px(y)=0P_x(y)=0 なら y=xy=x、そうでなければ Px(y)∈Cx+P_x(y)\in C^+_x で、定理 4.4 の 1 から x≤yx\le y です。

押し上げ補題の仮定で ≪\ll を一つも含まないとき、結論は成り立ちません。Minkowski 空間で q−pq-p がヌルなら p≤qp\le q ですが、命題 3.4 により p≪qp\ll q ではありません。因果的曲線は「光の速さぎりぎりで進む」ことができ、そのような曲線は時間的曲線に変形できない場合があるからです。

5. 全悪性時空と閉じた時間的曲線

Section titled “5. 全悪性時空と閉じた時間的曲線”

定義 5.1(全悪性時空)↗

すべての p∈Mp\in M で p≪pp\ll p(pp を通る閉じた時間的曲線がある)となる時空を全悪性(totally vicious)であるという。

命題 5.2(全悪性の言い換え)✓

時空 MM について次は同値である。

  1. MM は全悪性である。
  2. すべての p,q∈Mp,q\in M について p≪qp\ll q である。
  3. すべての pp について I+(p)=MI^+(p)=M である。
証明(命題 5.2)

2 と 3 は同じことの言い換えで、2 から 1 は q=pq=p とすれば従います。1 から 2 を示します。x∼yx\sim y を「x≪yx\ll y かつ y≪xy\ll x」で定めると、1 から反射的、定義から対称的、命題 3.3 から推移的なので同値関係です。xx の同値類は I+(x)∩I−(x)I^+(x)\cap I^-(x) で、系 4.5 により開集合です。MM は互いに交わらない開集合である同値類の和に分かれ、MM は連結なので同値類は一つです。よって任意の p,qp,q で p≪qp\ll q です。

定理 5.3(コンパクトな時空の閉じた時間的曲線)✓

コンパクトな時空には閉じた時間的曲線が存在する。

証明(定理 5.3)

各点 qq は、qq から過去向きの時間的測地線を少し延ばした点 q′q' について q∈I+(q′)q\in I^+(q') を満たします(定理 4.4 の 1 を時間反転して使います)。よって {I+(p)}p∈M\{I^+(p)\}_{p\in M} は開被覆で(系 4.5)、有限部分被覆 I+(p1),…,I+(pk)I^+(p_1),\dots,I^+(p_k) があります。i0=1i_0=1 とし、pi0p_{i_0} が入る I+(pi1)I^+(p_{i_1}) を選び、pi1p_{i_1} が入る I+(pi2)I^+(p_{i_2}) を選び、と続けると、pim+1≪pimp_{i_{m+1}}\ll p_{i_m} がすべての mm で成り立ちます。添字は kk 個しかないので ij=ili_j=i_l(j<lj\lt l)となる番号が現れ、pil≪pil−1≪⋯≪pijp_{i_l}\ll p_{i_{l-1}}\ll\dots\ll p_{i_j} と推移性(命題 3.3)から pij≪pijp_{i_j}\ll p_{i_j} です。よって pijp_{i_j} を通る閉じた時間的曲線があります。

この定理は、時間的に閉じた宇宙モデルを考えるとき、空間だけでなく時間方向も含めてコンパクトにすると必ず因果律が破れることを示しています。現実的な時空モデルが非コンパクトであることの、一つの根拠です。

例 5.4(Lorentz トーラスは全悪性)

T2=R2/Z2T^2=\mathbb{R}^2/\mathbb{Z}^2 に −dt2+dx2-dt^2+dx^2 と時間向き付け ∂t\partial_t を入れる。p=[t0,x0]p=[t_0,x_0]、q=[t1,x1]q=[t_1,x_1] について、qq の持ち上げ (t1+m,x1)(t_1+m,x_1)(x1x_1 は ∣x1−x0∣≤1/2|x_1-x_0|\le1/2 となるように選ぶ)を t1+m−t0>1/2t_1+m-t_0>1/2 となる整数 mm で取れば、R2\mathbb{R}^2 の線分 (t0,x0)→(t1+m,x1)(t_0,x_0)\to(t_1+m,x_1) は 命題 3.4 により未来向き時間的で、その射影は pp から qq への時間的曲線である。よって 命題 5.2 の 2 が成り立ち、T2T^2 は全悪性である。時間方向だけを巻いた S1×RS^1\times\mathbb{R}(tt が周期的)も同じ理由で全悪性である。

全悪性はコンパクトな例に限りません。Gödel の回転宇宙は R4\mathbb{R}^4 上の Einstein 方程式の厳密解(負の宇宙定数と塵)で、全悪性であることが知られています(Hawking–Ellis の 5.7 節)。

定義 6.1(非時間的集合・識別性)↗

  1. A⊂MA\subset M が非時間的(achronal)であるとは、p≪qp\ll q となる p,q∈Ap,q\in A が存在しないことをいう。
  2. I−(p)=I−(q)I^-(p)=I^-(q) ならば p=qp=q が成り立つとき MM は過去識別的、I+(p)=I+(q)I^+(p)=I^+(q) ならば p=qp=q が成り立つとき未来識別的であるという。

補題 6.2(時間的過去の境界は非時間的)✓

任意の p∈Mp\in M について、∂I−(p)\partial I^-(p) は閉じた非時間的集合である。∂I+(p)\partial I^+(p) も同様である。

証明(補題 6.2)

境界は閉集合です。x,y∈∂I−(p)x,y\in\partial I^-(p)、x≪yx\ll y と仮定します。I+(x)I^+(x) は yy の開近傍で(系 4.5)、y∈I−(p)‾y\in\overline{I^-(p)} なので I+(x)I^+(x) は I−(p)I^-(p) と交わり、x≪z≪px\ll z\ll p となる zz があります。すると x∈I−(p)x\in I^-(p) ですが、I−(p)I^-(p) は開なので(系 4.5)その境界の点 xx は I−(p)I^-(p) に属しません。矛盾です。

次の補題は、MM の上に「どの開集合にも正の重みを与え、時間方向に 2 点を結べない集合には重み 00 を与える」測度を作ります。やることは、座標チャートごとの Lebesgue 測度を可算個足し合わせるだけです。可算個で足りるのは、第二可算な空間が Lindelöf(任意の開被覆から可算個を選べる性質。Lindelöf)だからです。因果構造が使われるのは、座標の時間方向の線が時間的曲線なので、非時間的集合との交わりが各線で高々 1 点になる、という一か所だけです。直積測度の部分は 直積 σ-加法族 の記事を参照してください。

補題 6.3(許容測度の存在)✓

MM の Borel 集合族上の有限測度 μ\mu で、次を満たすものが存在する。(i) 空でない開集合 OO について μ(O)>0\mu(O)\gt0。(ii) 閉じた非時間的集合 AA について μ(A)=0\mu(A)=0。

証明(補題 6.3)

チャートの選び方。 各点 pp で、チャート φ ⁣:U→Rn+1\varphi\colon U\to\mathbb{R}^{n+1} を、φ(U)⊃[−1,1]n+1\varphi(U)\supset[-1,1]^{n+1} かつ UU 上で座標ベクトル場 ∂0\partial_0 が時間的であるように取ります。実際、任意のチャートを φ(p)=0\varphi(p)=0 とし、線形変換で ∂0∣p\partial_0|_p を時間的にすれば、連続性から pp の近傍で ∂0\partial_0 は時間的で、座標を定数倍すれば φ−1((−2,2)n+1)\varphi^{-1}((-2,2)^{n+1}) がその近傍に入ります。UU をこの φ−1((−2,2)n+1)\varphi^{-1}((-2,2)^{n+1}) に取り直すと連結なので、∂0\partial_0 は UU 全体で未来向きか過去向きのどちらかです(補題 2.1 の 4 により g(∂0,T)g(\partial_0,T) は 00 にならない)。K=φ−1([−1,1]n+1)K=\varphi^{-1}([-1,1]^{n+1}) と置きます。

KK の内部は pp を含むので、MM を覆います。MM は第二可算なので Lindelöf で(命題 7.2[積位相・商位相と Tychonoff の定理])、可算個 (φk,Kk)k≥1(\varphi_k,K_k)_{k\ge1} で内部が MM を覆うものが取れます。ν\nu を R\mathbb{R} の Lebesgue 測度 λ1\lambda_1 の (n+1)(n+1) 重の直積測度とします(定理 3.2[直積測度と Fubini–Tonelli の定理]。Rn+1\mathbb{R}^{n+1} の Borel 集合族は直積 σ-加法族に一致します:命題 2.3[直積測度と Fubini–Tonelli の定理])。Borel 集合 E⊂ME\subset M に対し

μ(E)=∑k≥12−k ν(φk(E∩Kk))2n+1\mu(E)=\sum_{k\ge1}2^{-k}\,\frac{\nu\bigl(\varphi_k(E\cap K_k)\bigr)}{2^{n+1}}

と置きます。φk\varphi_k は同相写像なので φk(E∩Kk)\varphi_k(E\cap K_k) は Borel 集合で、μ\mu は測度の可算和として測度であり、μ(M)≤1\mu(M)\le1 です。

(i)。 空でない開集合 OO はある KkK_k の内部と交わり、φk(O∩int⁡Kk)\varphi_k(O\cap\operatorname{int}K_k) は Rn+1\mathbb{R}^{n+1} の空でない開集合なので開直方体を含み、その ν\nu 測度は辺の長さの積で正です。

(ii)。 AA を閉じた非時間的集合とし、kk を固定します。y′∈[−1,1]ny'\in[-1,1]^n ごとに s↦φk−1(s,y′)s\mapsto\varphi_k^{-1}(s,y')(−1≤s≤1-1\le s\le1)は速度 ∂0\partial_0 の曲線で、向きを適当に選べば未来向き時間的です。これが AA と 2 点で交われば、その 2 点は ≪\ll で結ばれるので非時間的性に反します。よって切り口 {s:(s,y′)∈φk(A∩Kk)}\{s:(s,y')\in\varphi_k(A\cap K_k)\} は高々 1 点で、λ1\lambda_1 測度は 00 です。φk(A∩Kk)\varphi_k(A\cap K_k) は閉集合なので、Tonelli の定理(定理 3.3[直積測度と Fubini–Tonelli の定理])を指示関数に適用すれば ν(φk(A∩Kk))=∫λ1(切り口) dy′=0\nu(\varphi_k(A\cap K_k))=\int\lambda_1(\text{切り口})\,dy'=0 です。kk について足して μ(A)=0\mu(A)=0 です。

定義 6.4(体積関数)↗

補題 6.3 の μ\mu を一つ固定し、t−(p)=μ(I−(p))t^-(p)=\mu(I^-(p))、t+(p)=−μ(I+(p))t^+(p)=-\mu(I^+(p)) と置く。これらを体積関数という。

命題 6.5(体積関数の性質)✓

  1. p≤qp\le q ならば t−(p)≤t−(q)t^-(p)\le t^-(q) である。
  2. MM が過去識別的で p<qp\lt q ならば t−(p)<t−(q)t^-(p)\lt t^-(q) である。
  3. t−t^- は下半連続である:pk→pp_k\to p ならば t−(p)≤lim inf⁡kt−(pk)t^-(p)\le\liminf_k t^-(p_k)。
  4. pk→pp_k\to p とし、無限個の kk で x∈I−(pk)x\in I^-(p_k) となる点 xx はすべて I−(p)‾\overline{I^-(p)} に属するとする。このとき lim sup⁡kt−(pk)≤t−(p)\limsup_k t^-(p_k)\le t^-(p) である。

t+t^+ についても、時間反転した主張が成り立つ。

証明(命題 6.5)

1。 x∈I−(p)x\in I^-(p) なら x≪p≤qx\ll p\le q なので 系 4.6 により x≪qx\ll q です。よって I−(p)⊂I−(q)I^-(p)\subset I^-(q) です。

2。 1 より I−(p)⊂I−(q)I^-(p)\subset I^-(q) です。μ(I−(q)∖I−(p))=0\mu(I^-(q)\setminus I^-(p))=0 と仮定します。I−(q)∖I−(p)‾I^-(q)\setminus\overline{I^-(p)} は開集合で測度 00 なので、補題 6.3 の (i) から空、すなわち I−(q)⊂I−(p)‾I^-(q)\subset\overline{I^-(p)} です。r∈I−(q)r\in I^-(q) を任意に取ると、r≪qr\ll q の時間的曲線上に r≪r′≪qr\ll r'\ll q となる点 r′r' があります。r′∈I−(p)‾r'\in\overline{I^-(p)} で、I+(r)I^+(r) は r′r' の開近傍なので、I+(r)∩I−(p)I^+(r)\cap I^-(p) の点 zz が取れ、r≪z≪pr\ll z\ll p です。よって I−(q)⊂I−(p)I^-(q)\subset I^-(p) となり I−(p)=I−(q)I^-(p)=I^-(q)、過去識別性から p=qp=q となって p<qp\lt q に反します。したがって μ(I−(q)∖I−(p))>0\mu(I^-(q)\setminus I^-(p))\gt0 で、t−(p)<t−(q)t^-(p)\lt t^-(q) です。

3。 x∈I−(p)x\in I^-(p) なら I+(x)I^+(x) は pp の開近傍なので、十分大きな kk で pk∈I+(x)p_k\in I^+(x)、すなわち x∈I−(pk)x\in I^-(p_k) です。よって指示関数について 1I−(p)≤lim inf⁡k1I−(pk)\mathbf{1}_{I^-(p)}\le\liminf_k\mathbf{1}_{I^-(p_k)} で、Fatou の補題(補題 6.1[ルベーグ積分の定義と収束定理])から μ(I−(p))≤lim inf⁡kμ(I−(pk))\mu(I^-(p))\le\liminf_k\mu(I^-(p_k)) です。

4。 仮定は lim sup⁡k1I−(pk)≤1I−(p)‾\limsup_k\mathbf{1}_{I^-(p_k)}\le\mathbf{1}_{\overline{I^-(p)}} ということです。Fatou の補題を 1−1I−(pk)≥01-\mathbf{1}_{I^-(p_k)}\ge0 に適用し、μ(M)<∞\mu(M)\lt\infty を使って両辺を μ(M)\mu(M) から引くと

lim sup⁡kμ(I−(pk))≤∫lim sup⁡k1I−(pk) dμ≤μ(I−(p)‾)=μ(I−(p))+μ(∂I−(p))\limsup_k\mu(I^-(p_k))\le\int\limsup_k\mathbf{1}_{I^-(p_k)}\,d\mu\le\mu\bigl(\overline{I^-(p)}\bigr)=\mu(I^-(p))+\mu(\partial I^-(p))

で、補題 6.2 と 補題 6.3 の (ii) から最後の項は 00 です。

体積関数は「過去にどれだけの時空があるか」を数えたもので、因果的曲線に沿って減りません。2 が言うように、過去の集合で点が区別できれば因果的曲線に沿って狭義に増加し、さらに連続なら次章で定義する時間関数になります。連続性は一般には成り立たず、4 の仮定を確かめることが次章の要になります。

γ\gamma を因果的測地線、k=γ˙(s)k=\dot\gamma(s) とし、Tγ(s)MT_{\gamma(s)}M 上の線形写像 Ek(X)=R(X,k)kE_k(X)=R(X,k)k を潮汐作用素と呼びます(曲率の規約は 定義 6.1[曲がった時空のテンソル解析]。測地線偏差方程式 定理 7.1[曲がった時空のテンソル解析] は D2ξ/dτ2=−Ek(ξ)D^2\xi/d\tau^2=-E_k(\xi) と書けます)。曲率の対称性から Ek(k)=0E_k(k)=0 で、g(Ek(X),k)=R(X,k,k,k)=0g(E_k(X),k)=R(X,k,k,k)=0 なので EkE_k は k⊥k^\perp を k⊥k^\perp に写します。kk がヌルのときは k∈k⊥k\in k^\perp なので、EkE_k は商空間 k⊥/Rkk^\perp/\mathbb{R}k 上の線形写像 Eˉk\bar E_k を引き起こします。ヌルベクトル kk は自分自身と直交する(g(k,k)=0g(k,k)=0)ので k∈k⊥k\in k^\perp で、kk の定数倍の方向は「実質的な向き」を表しません。そこで kk 方向を同一視した商空間に移すと、kk に直交する空間的な向きだけが残ります。

定義 7.1(generic 条件)↗

因果的測地線 γ\gamma が点 γ(s)\gamma(s) で generic 条件を満たすとは、k=γ˙(s)k=\dot\gamma(s) が時間的なら Ek∣k⊥≠0E_k|_{k^\perp}\ne0、ヌルなら Eˉk≠0\bar E_k\ne0 であることをいう。すべての非延長的な因果的測地線がどこかの点で generic 条件を満たすとき、時空は generic 条件を満たすという。

(非延長的の意味は次章で定義します。)generic 条件は「どの因果的測地線も、どこかで少なくとも一度は潮汐力を感じる」という条件です。Minkowski 空間は曲率が 00 なので満たしません。

命題 7.2(Ricci 曲率による十分条件)✓

因果的測地線 γ\gamma と k=γ˙(s)k=\dot\gamma(s) について、Ric⁡(k,k)\operatorname{Ric}(k,k) は kk が時間的なら Ek∣k⊥E_k|_{k^\perp} の跡、ヌルなら Eˉk\bar E_k の跡に等しい。とくに Ric⁡(k,k)≠0\operatorname{Ric}(k,k)\ne0 ならば γ\gamma はその点で generic 条件を満たす。

証明(命題 7.2)

Ricci テンソルの定義 Rνβ=RαναβR_{\nu\beta}=R^\alpha{}_{\nu\alpha\beta}(定義 2.1[Einstein 方程式])から、Ric⁡(k,k)\operatorname{Ric}(k,k) は線形写像 X↦R(X,k)k=Ek(X)X\mapsto R(X,k)k=E_k(X) の跡です。跡は基底によりません。

kk が時間的のとき。 e0=k/−g(k,k)e_0=k/\sqrt{-g(k,k)} と k⊥k^\perp の正規直交基底 e1,…,ene_1,\dots,e_n を取ります。X=∑axaeaX=\sum_ax^ae_a の成分は x0=−g(X,e0)x^0=-g(X,e_0)、xi=g(X,ei)x^i=g(X,e_i) なので、跡は −g(Eke0,e0)+∑ig(Ekei,ei)-g(E_ke_0,e_0)+\sum_ig(E_ke_i,e_i) で、Eke0=0E_ke_0=0 から第 1 項は消え、残りは Ek∣k⊥E_k|_{k^\perp} の跡です。

kk がヌルのとき。 g(k,l)=−1g(k,l)=-1 となるヌルベクトル ll と、k,lk,l の両方に直交する正規直交ベクトル e2,…,ene_2,\dots,e_n を取ります(span⁡(k,l)\operatorname{span}(k,l) は Lorentz 平面なので、その直交補空間は正定値です)。X=ak+bl+∑cieiX=ak+bl+\sum c^ie_i の成分は a=−g(X,l)a=-g(X,l)、b=−g(X,k)b=-g(X,k)、ci=g(X,ei)c^i=g(X,e_i) なので、跡は −g(Ekk,l)−g(Ekl,k)+∑ig(Ekei,ei)-g(E_kk,l)-g(E_kl,k)+\sum_ig(E_ke_i,e_i) です。Ekk=0E_kk=0、g(Ekl,k)=0g(E_kl,k)=0 なので最初の 2 項は消えます。k⊥=span⁡(k,e2,…,en)k^\perp=\operatorname{span}(k,e_2,\dots,e_n) で、[ei][e_i] は k⊥/Rkk^\perp/\mathbb{R}k の基底、EkeiE_ke_i の eje_j 成分は g(Ekei,ej)g(E_ke_i,e_j) なので、残りは Eˉk\bar E_k の跡です。

跡が 00 でない線形写像は 00 でないので、最後の主張が従います。

例 7.3(完全流体を含む時空)

Einstein 方程式 Gμν=(8πG/c4)TμνG_{\mu\nu}=(8\pi G/c^4)T_{\mu\nu}(公理 3.1[Einstein 方程式])のもとで、ヌルな kk については g(k,k)=0g(k,k)=0 から Ric⁡(k,k)=G(k,k)=(8πG/c4)T(k,k)\operatorname{Ric}(k,k)=G(k,k)=(8\pi G/c^4)T(k,k) である。完全流体 Tμν=(ε+p)uμuν+pgμνT^{\mu\nu}=(\varepsilon+p)u^\mu u^\nu+pg^{\mu\nu} なら T(k,k)=(ε+p) g(u,k)2T(k,k)=(\varepsilon+p)\,g(u,k)^2 で、g(u,k)≠0g(u,k)\ne0(補題 2.1 の 4)だから、ε+p>0\varepsilon+p\gt0 である領域を通るヌル測地線は 命題 7.2 によりそこで generic 条件を満たす。宇宙論 の FLRW 時空で物質か放射があれば、すべてのヌル測地線がこの条件を満たす。

generic 条件の役割は、Raychaudhuri 方程式による測地線の収束を確実にすることです。エネルギー条件(Ric⁡(k,k)≥0\operatorname{Ric}(k,k)\ge0)だけでは、曲率がちょうど 00 の方向に沿って測地線の束が平行なまま進む可能性が残ります。generic 条件は、エネルギー条件と合わせて、完備な因果的測地線の上に必ず共役点が現れることを保証し(Beem–Ehrlich–Easley の第 12 章)、Hawking–Penrose の特異点定理の仮定の一つになっています。この定理は「強いエネルギー条件・generic 条件・閉じた時間的曲線がないこと・捕捉面などの存在」から因果的測地線の不完備性を結論するもので、証明は本 1 冊分の準備を要するため、ここでは主張の紹介にとどめます(Hawking–Ellis の 8.2 節)。

演習 8.1易

Minkowski 空間 R1,n\mathbb{R}^{1,n} で、∂I+(p)=p+(C‾+∖T+)\partial I^+(p)=p+(\overline{C}^+\setminus T^+)(pp を頂点とする未来の光円錐)であることを示し、これが非時間的であることを直接確かめよ。

解答

命題 3.4 を U=R1,nU=\mathbb{R}^{1,n} に使うと I+(p)=p+T+I^+(p)=p+T^+ です。T+={v0>∣v∣}T^+=\{v^0>|\boldsymbol{v}|\} の閉包は {v0≥∣v∣}=C‾+\{v^0\ge|\boldsymbol{v}|\}=\overline{C}^+(補題 2.1 の 3)で、T+T^+ は開なので境界は C‾+∖T+={v0=∣v∣}\overline{C}^+\setminus T^+=\{v^0=|\boldsymbol{v}|\} です。この集合の 2 点 u,wu,w で w−u∈T+w-u\in T^+ となるものがあったとすると、w0−u0>∣w−u∣≥∣w∣−∣u∣=w0−u0w^0-u^0>|\boldsymbol{w}-\boldsymbol{u}|\ge|\boldsymbol{w}|-|\boldsymbol{u}|=w^0-u^0 となり矛盾です。補題 6.2 の具体例になっています。

演習 8.2標準

S1×RS^1\times\mathbb{R}(t∈R/Zt\in\mathbb{R}/\mathbb{Z}、x∈Rx\in\mathbb{R})に −dt2+dx2-dt^2+dx^2 を入れた時空で、I+(p)=MI^+(p)=M だが、J+(p)J^+(p) の点を結ぶ因果的曲線に沿って tt を R\mathbb{R} に持ち上げた値は単調増加であることを示せ。この時空に 定義 6.4 の t−t^- を作ると定数になることを確かめよ。

解答

例 5.4 と同じく、持ち上げ (t1+m,x1)(t_1+m,x_1) を t1+m−t0>∣x1−x0∣t_1+m-t_0>|x_1-x_0| となる整数 mm で取れば時間的な線分が引けるので、I+(p)=MI^+(p)=M です。未来向き因果的曲線の速度は t˙≥∣x˙∣\dot t\ge|\dot x|、t˙>0\dot t>0(補題 2.1)なので持ち上げた tt は単調増加です。全悪性なので I−(p)=MI^-(p)=M もすべての pp で成り立ち(命題 5.2 を時間反転した形)、t−(p)=μ(M)t^-(p)=\mu(M) は定数です。体積関数が狭義に増加しないことは、命題 6.5 の 2 の仮定(過去識別性)がこの時空で破れていることと対応します。

演習 8.3難

M=R×S2M=\mathbb{R}\times S^2 に g=−dt2+r02 σg=-dt^2+r_0^2\,\sigma(σ\sigma は単位球面の計量、r0>0r_0\gt0 は定数)を入れる。(a) 時間的測地線 t↦(t,x0)t\mapsto(t,x_0) は generic 条件をどの点でも満たさないことを示せ。(b) k=∂t+ek=\partial_t+e(ee は r02σr_0^2\sigma についての単位接ベクトル)を初速度とするヌル測地線は、すべての点で generic 条件を満たすことを示せ。

解答

積計量の Christoffel 記号は tt を含む添字をもつものがすべて 00 で、残りは S2S^2 の計量のものです。よって曲率は S2S^2 方向の成分だけで、半径 r0r_0 の球面の断面曲率は 1/r021/r_0^2 なので R(X,Y)Z=r0−2(h(YS,ZS)XS−h(XS,ZS)YS)R(X,Y)Z=r_0^{-2}\bigl(h(Y_S,Z_S)X_S-h(X_S,Z_S)Y_S\bigr)(XSX_S は S2S^2 成分、h=r02σh=r_0^2\sigma)です。

(a) k=∂tk=\partial_t は S2S^2 成分が 00 なので Ek=0E_k=0 です。

(b) kk の S2S^2 成分は ee です。測地線に沿って ee は球面の大円の単位接ベクトルになり、ff をそれに直交する単位接ベクトルとすると f∈k⊥f\in k^\perp で、Ek(f)=R(f,k)k=r0−2(h(e,e)f−h(f,e)e)=r0−2fE_k(f)=R(f,k)k=r_0^{-2}\bigl(h(e,e)f-h(f,e)e\bigr)=r_0^{-2}f です。ff は Rk\mathbb{R}k に属さないので Eˉk[f]=r0−2[f]≠0\bar E_k[f]=r_0^{-2}[f]\ne0 です。Ric⁡(k,k)=r0−2\operatorname{Ric}(k,k)=r_0^{-2} を 命題 7.2 で読んでも同じ結論になります。

  • B. O’Neill, Semi-Riemannian Geometry with Applications to Relativity, Academic Press, 1983 — Chapter 5(Lorentz 版 Gauss の補題、局所因果構造)、Chapter 14(因果性)。
  • S. W. Hawking, G. F. R. Ellis, The Large Scale Structure of Space-Time, Cambridge University Press, 1973 — 6.2–6.4 節(因果関係、非時間的境界)、8.2 節(特異点定理)。
  • J. K. Beem, P. E. Ehrlich, K. L. Easley, Global Lorentzian Geometry, 2nd ed., Marcel Dekker, 1996 — Chapter 3(因果性)、Chapter 12(generic 条件と特異点定理)。
  • R. Penrose, Techniques of Differential Topology in Relativity, SIAM, 1972 — 因果関係と非時間的境界の古典的な扱い。
  • E. Minguzzi, “Lorentzian causality theory”, Living Reviews in Relativity 22 (2019), 3 — 因果関係の基本性質と体積関数の現代的な整理。
  • S. W. Hawking, R. K. Sachs, “Causally continuous spacetimes”, Communications in Mathematical Physics 35 (1974), 287–296 — 体積関数。

このテーマの 100 本ノック(100 問)

執筆: Claude Code(Opus 5.5)、Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 2 回(Claude Code)・最終 2026-10-12

この記事の誤りを報告する ・運営: 夢現技研合同会社 ・料金 ・利用条件 ・特定商取引法に基づく表記

© 2026 夢現技研合同会社 ・コード例は MIT ライセンスです。