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ブラックホール:Kruskal 拡張・Penrose 図・Kerr 解からホーキング放射まで

対象読者: 一般相対論入門と Schwarzschild 計量の形を学んだ人。測地線と計量の座標変換の基本を知っていれば足ります。Kerr 解や熱力学は前提にしません。

前提となる記事:曲がった時空と重力:アインシュタイン方程式から GPS の 38 マイクロ秒まで

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光でさえ外へ出られないほど重力が強い天体では、いったい何が起きるのでしょうか。この記事は、その素朴な疑問を一般相対論の言葉で正確に扱います。境目の面で何かが壊れるように見えるのは、実は座標の選び方のせいで式が発散するだけで、そこを落ちていく人は何事もなく通り過ぎることを示します。読み終えると、内側から出られない理由、落ちる人が感じる力、回転する場合の姿、そしてブラックホールが温度を持つことまでを、数値つきで説明できるようになります。

  • シュヴァルツシルト計量の r=rs=2GM/c2r = r_s = 2GM/c^2 での発散は座標特異点(時空の異常ではなく、座標の選び方のせいで式が発散して見えるもの)です。内向き Eddington–Finkelstein 座標(地平線をまたいで使えるように選び直した座標)では計量は r>0r > 0 で滑らかかつ非退化で、落下する観測者は有限の固有時で rsr_s を通過します。
  • Kruskal–Szekeres 座標に移ると時空は 4 つの領域(外部 2 つ、ブラックホール、ホワイトホール)に最大拡張され、Penrose 図に描けます。2 つの外部をつなぐ Einstein–Rosen 橋は、どんな因果的曲線(光、または光より遅く進む物体の軌跡)でも通り抜けられません。
  • r<rsr < r_s では未来向きの因果的曲線に沿って rr が必ず減少します。これが「事象の地平線の内側から出られない」ことの正確な意味で、特異点までの固有時は最大 πGM/c3\pi GM/c^3 です。
  • 潮汐加速度は厳密に 2GMh/r32GM h/r^3 で、地平線上では M−2M^{-2} に比例します。太陽質量では 20 億 gg、M87* では 5×10−11 g5\times10^{-11}\,g です。
  • 回転するブラックホール(Kerr 解)は r±=GM/c2±(GM/c2)2−a2r_\pm = GM/c^2 \pm \sqrt{(GM/c^2)^2 - a^2} に地平線を持ち、その外側に静止できないエルゴ領域があります。
  • 地平線の面積はエントロピー S=kBc3A/(4Gℏ)S = k_B c^3 A/(4G\hbar) のようにふるまい、ブラックホールは温度 TH=ℏc3/(8πGMkB)T_H = \hbar c^3/(8\pi G M k_B) で放射して M3M^3 に比例する時間で蒸発します。

「光さえ脱出できない星」という発想は一般相対論より古く、1783 年にミッチェルが、1796 年にラプラスが独立にニュートン力学で考えています。

注意 1.1(ニュートン力学での見積もりと、その偶然の一致)

質量 MM、半径 RR の球対称天体の表面から速さ vv で打ち出した粒子が無限遠に届く条件は、力学的エネルギー保存 12mv2−GMm/R=12mv∞2≥0\tfrac12 mv^2 - GMm/R = \tfrac12 m v_\infty^2 \ge 0 から v≥vesc=2GM/Rv \ge v_{\text{esc}} = \sqrt{2GM/R} です。vesc=cv_{\text{esc}} = c と置くと

R=2GMc2R = \frac{2GM}{c^2}

となり、一般相対論のシュヴァルツシルト半径 rsr_s と係数まで一致します。地球では vesc=11.2 km/sv_{\text{esc}} = 11.2\ \mathrm{km/s}、太陽では 618 km/s618\ \mathrm{km/s} で、光速にはほど遠い値です。

この一致は偶然で、証明ではありません。ニュートン流の光は減速しながら上昇して折り返す粒子なので、「暗い星」の上空には光が漂う領域があり、近づけば見えるはずです。相対論では光は局所的に常に cc で進み、それでも外向きに進めなくなります。この記事の主題は、後者を計量の言葉で正確に述べることです。

1916 年にシュヴァルツシルトが求めた真空解(曲がった時空と重力 の 定理 5.1[曲がった時空と重力])は、r=rsr = r_s で grrg_{rr} が発散し、r=0r = 0 で gttg_{tt} が発散します。長いあいだ「シュヴァルツシルト特異点」と呼ばれた r=rsr = r_s の扱いは 1960 年頃まで混乱していました。曲率不変量(座標の取り方によらない、時空の曲がり具合を表す量)RμνρσRμνρσ=12rs2/r6R_{\mu\nu\rho\sigma}R^{\mu\nu\rho\sigma} = 12 r_s^2/r^6 は r=rsr = r_s で有限なので(注意 5.6[曲がった時空と重力])、そこは時空の異常ではなく座標の選び方の問題だと予想できます。この記事では、

  1. 座標を取り替えて r=rsr = r_s を越える(§3, §4)、
  2. 越えた先からは戻れないことを証明する(§4)、
  3. 落下する観測者の経験と、回転・量子効果を加えた姿を調べる(§5〜§8)

という順に進みます。

記号を固定します。質量 MM のシュヴァルツシルト時空の線素は

ds2=−F(r) c2dt2+dr2F(r)+r2dΩ2,F(r)=1−rsr,dΩ2=dθ2+sin⁡2θ dφ2ds^2 = -F(r)\,c^2dt^2 + \frac{dr^2}{F(r)} + r^2 d\Omega^2, \qquad F(r) = 1 - \frac{r_s}{r}, \qquad d\Omega^2 = d\theta^2 + \sin^2\theta\,d\varphi^2

です。符号は (−,+,+,+)(-,+,+,+)、固有時は c2dτ2=−ds2c^2 d\tau^2 = -ds^2 で定めます(曲がった時空と重力 の 定義 2.2[曲がった時空と重力])。この座標は r>rsr > r_s と 0<r<rs0 < r < r_s のそれぞれで別々に使えますが、r=rsr = r_s をまたぐことはできません。

動径方向の測地線。 角度が一定の時間的測地線を考えます。計量が tt によらないので、測地線方程式(定義 2.3[曲がった時空と重力])の tt 成分は保存量

E=F(r) dtdτE = F(r)\,\frac{dt}{d\tau}

を与えます(EE は無次元。遠方で静止していた粒子なら E=1E = 1)。これを規格化条件 −Fc2t˙2+r˙2/F=−c2-F c^2 \dot t^2 + \dot r^2/F = -c^2(ドットは d/dτd/d\tau)に代入すると

r˙2=c2(E2−F(r))=c2(E2−1)+c2rsr\dot r^2 = c^2\bigl(E^2 - F(r)\bigr) = c^2(E^2 - 1) + \frac{c^2 r_s}{r}

となり、両辺を τ\tau で微分して r˙≠0\dot r \ne 0 で割ると

r¨=−c2rs2r2=−GMr2\ddot r = -\frac{c^2 r_s}{2r^2} = -\frac{GM}{r^2}

です。固有時と面積半径 rr で書く限り、動径方向の落下はニュートンの式と厳密に同じ形をしています。この式は r<rsr < r_s でも同じ計算で成り立ちます。

例 2.1(いろいろな質量のシュヴァルツシルト半径と平均密度)

G=6.674×10−11 m3 kg−1 s−2G = 6.674\times10^{-11}\ \mathrm{m^3\,kg^{-1}\,s^{-2}}、c=2.998×108 m/sc = 2.998\times10^{8}\ \mathrm{m/s}、M⊙=1.99×1030 kgM_\odot = 1.99\times10^{30}\ \mathrm{kg} とすると rs=2.95 km×(M/M⊙)r_s = 2.95\ \mathrm{km}\times(M/M_\odot) です。

天体質量 MMrs=2GM/c2r_s = 2GM/c^2
地球5.97×1024 kg5.97\times10^{24}\ \mathrm{kg}8.9 mm8.9\ \mathrm{mm}
太陽1 M⊙1\,M_\odot2.95 km2.95\ \mathrm{km}
いて座 A*4.3×106 M⊙4.3\times10^{6}\,M_\odot1.3×107 km1.3\times10^{7}\ \mathrm{km}
M87*6.5×109 M⊙6.5\times10^{9}\,M_\odot1.9×1010 km1.9\times10^{10}\ \mathrm{km}

M87* の rsr_s は約 130130 天文単位で、海王星軌道の 4 倍を超えます。

「平均密度」を素朴に ρ=M/(43πrs3)\rho = M/(\tfrac43\pi r_s^3) と定めると、rs3=8G3M3/c6r_s^3 = 8G^3M^3/c^6 より

ρ=3c632πG3M2\rho = \frac{3c^6}{32\pi G^3 M^2}

で、質量の 2 乗に反比例します。太陽質量では ρ=1.99×1030/(43π⋅29533)=1.8×1019 kg/m3\rho = 1.99\times10^{30}/(\tfrac43\pi\cdot 2953^3) = 1.8\times10^{19}\ \mathrm{kg/m^3}(原子核密度の約 80 倍)ですが、M87* では 1.8×1019/(6.5×109)2=0.44 kg/m31.8\times10^{19}/(6.5\times10^{9})^2 = 0.44\ \mathrm{kg/m^3} と空気の 3 分の 1 です。r<rsr < r_s の「体積」は座標によらない量ではないので、これは目安にすぎません。それでも、ブラックホールの本質が物質の密度ではなく時空の因果構造にあることはよく表れています。

FF の逆数の原始関数として亀座標(tortoise coordinate)

r∗=r+rsln⁡∣rrs−1∣,dr∗dr=1F(r)r_* = r + r_s \ln\left|\frac{r}{r_s} - 1\right|, \qquad \frac{dr_*}{dr} = \frac{1}{F(r)}

を導入します(地平線までの距離を、無限に遠いものとして引き伸ばして測り直す座標です)。r→rsr \to r_s で r∗→−∞r_* \to -\infty です。動径方向の光線は ds2=0ds^2 = 0、dΩ=0d\Omega = 0 より c dt=±dr∗c\,dt = \pm dr_* なので、ct±r∗ct \pm r_* が光線に沿って一定になります。

命題 3.1(内向き Eddington–Finkelstein 座標)✓

r>rsr > r_s のシュヴァルツシルト座標から v=ct+r∗v = ct + r_* により座標 (v,r,θ,φ)(v, r, \theta, \varphi) に移ると、線素は

ds2=−F(r) dv2+2 dv dr+r2dΩ2ds^2 = -F(r)\,dv^2 + 2\,dv\,dr + r^2 d\Omega^2

となる。この式の係数は r>0r > 0 全体で滑らかで、計量の行列式は −r4sin⁡2θ≠0-r^4\sin^2\theta \ne 0 である。したがってこの式は 0<r<∞0 < r < \infty の時空を定め、r=rsr = r_s は何ら特別な点ではない。さらに、r0>rsr_0 > r_s で静止状態から落下する動径測地線は、有限の固有時で r=rsr = r_s を通過する。

証明(命題 3.1)

dv=c dt+dr/Fdv = c\,dt + dr/F より c dt=dv−dr/Fc\,dt = dv - dr/F です。これを代入して

−Fc2dt2+dr2F=−F(dv2−2 dv drF+dr2F2)+dr2F=−F dv2+2 dv dr.-F c^2 dt^2 + \frac{dr^2}{F} = -F\left(dv^2 - \frac{2\,dv\,dr}{F} + \frac{dr^2}{F^2}\right) + \frac{dr^2}{F} = -F\,dv^2 + 2\,dv\,dr .

係数 −F=−1+rs/r-F = -1 + r_s/r、22、r2r^2 は r>0r > 0 で滑らかで、r=rsr = r_s での 1/F1/F の発散は消えています。(v,r)(v, r) 部分の行列 (−F110)\begin{pmatrix} -F & 1 \\ 1 & 0\end{pmatrix} の行列式は FF によらず −1-1 なので、全体の行列式は −1⋅r2⋅r2sin⁡2θ-1\cdot r^2\cdot r^2\sin^2\theta です。

落下時間については §2 の式で E2=F(r0)E^2 = F(r_0) とすると r˙2=c2rs(1/r−1/r0)\dot r^2 = c^2 r_s(1/r - 1/r_0) です。区間 rs≤r≤r′r_s \le r \le r' (r′<r0r' < r_0)でこれは正の下限 c2rs(1/r′−1/r0)c^2 r_s(1/r' - 1/r_0) を持つので、r′r' から rsr_s までの固有時は ∫rsr′dr/∣r˙∣\int_{r_s}^{r'} dr/|\dot r| という有界な関数の積分で有限です。r0r_0 から r′r' までの部分も r0r_0 付近で ∣r˙∣∝r0−r|\dot r| \propto \sqrt{r_0 - r} なので可積分です。EF 座標では計量が r=rsr = r_s の近傍で滑らかなので測地線方程式の解はそこを越えて延長でき、r˙\dot r は r=rsr = r_s でも −c1−rs/r0≠0-c\sqrt{1 - r_s/r_0} \ne 0 のままです。したがって測地線は有限の固有時で r=rsr = r_s を横切ります。

行列式が 00 でないとは、各点で長さと角度が測れる、つまり座標がそこで退化せずに使えるということです。この命題は、r=rsr = r_s でも計量の行列式が 00 にならないので、そこが時空の異常ではなく座標の取り方の問題にすぎないことを述べています。

同じ落下をシュヴァルツシルト時間で測ると dt/dr=E/(Fr˙)dt/dr = E/(F\dot r) は r→rsr \to r_s で 1/(r−rs)1/(r - r_s) のように発散し、t→∞t \to \infty になります。「外から見ると地平線に到達しない」という言い方は、遠方の時計 tt が地平線をまたぐ座標になっていないことの言い換えです。

注意 3.2(遠方から見た落下)

落下者が一定の固有振動数で信号を送るとき、遠方で受ける振動数は重力赤方偏移(命題 5.4[曲がった時空と重力])とドップラー効果で減少します。地平線近くでは受信時刻 tt について ν∝e−ct/(2rs)\nu \propto e^{-ct/(2r_s)} と指数関数的に減ることが知られており、減光の時定数は 2rs/c2r_s/c、太陽質量で 2×10−5 s2\times10^{-5}\ \mathrm{s} です。したがって落下者は「地平線で凍りつく」のではなく、一瞬で赤く暗くなって消えます。旧ソ連で使われた「凍結星」という呼び名は、この時間スケールを考えない言い方でした。落下者自身は 命題 3.1 のとおり何事もなく通過します。

r = 0r = r_sv − r内側外部横軸 = r
内向き Eddington–Finkelstein 座標での光円錐の傾き(縦軸は v − r を取った模式図で、傾きは定性的なものです)。地平線では外向きの光線が r 一定にとどまり、内側では両方の光線が r を減らします。

4. Kruskal 拡張、Penrose 図、事象の地平線

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EF 座標は内向きの光線 v=v = 一定 を正則にしましたが、外向きの光線 u=ct−r∗u = ct - r_* のほうは r→rsr \to r_s で u→+∞u \to +\infty となり、まだ時空の端に見えます。両方を同時に正則にするのが Kruskal–Szekeres 座標です。u→+∞u \to +\infty や v→−∞v \to -\infty のような無限の先を、指数関数で有限の値に押し込めて見えるようにする、というのが次の座標の動機です。

定理 4.1(Kruskal–Szekeres 座標と最大拡張)✓

f(r)=(r/rs−1) er/rsf(r) = (r/r_s - 1)\,e^{r/r_s} とおく。

  1. ff は (0,∞)(0, \infty) から (−1,∞)(-1, \infty) への滑らかな狭義増加の全単射で、逆関数も滑らかである。
  2. r>rsr > r_s の領域で u=ct−r∗u = ct - r_*、v=ct+r∗v = ct + r_*、
U=−e−u/(2rs),V=ev/(2rs)U = -e^{-u/(2r_s)}, \qquad V = e^{v/(2r_s)}

とおくと、線素は

ds2=−4rs3r e−r/rs dU dV+r2dΩ2,UV=−f(r)ds^2 = -\frac{4r_s^3}{r}\,e^{-r/r_s}\,dU\,dV + r^2 d\Omega^2, \qquad UV = -f(r)

となる。T=(U+V)/2T = (U+V)/2、X=(V−U)/2X = (V-U)/2 とおけば −dU dV=−dT2+dX2-dU\,dV = -dT^2 + dX^2 である。 3. 上の式は、rr を r=f−1(−UV)r = f^{-1}(-UV) で定めることで、D={(U,V):UV<1}D = \{(U, V) : UV < 1\} と球面の積の上の滑らかなローレンツ計量を定める。これは r>0r > 0 のすべてを含み、UV→1UV \to 1 で r→0r \to 0 となる。

証明(定理 4.1)

(1) f′(r)=1rser/rs+(rrs−1)1rser/rs=rrs2 er/rs>0f'(r) = \dfrac{1}{r_s}e^{r/r_s} + \Bigl(\dfrac{r}{r_s} - 1\Bigr)\dfrac{1}{r_s}e^{r/r_s} = \dfrac{r}{r_s^2}\,e^{r/r_s} > 0 なので ff は狭義増加です。f(0+)=−1f(0^+) = -1、f(r)→∞f(r) \to \infty(r→∞r \to \infty)と中間値の定理から値域は (−1,∞)(-1, \infty) で、f′≠0f' \ne 0 なので逆関数定理により逆関数も滑らかです。

(2) シュヴァルツシルト座標で c dt=(du+dv)/2c\,dt = (du + dv)/2、dr∗=(dv−du)/2dr_* = (dv - du)/2 なので −Fc2dt2+dr2/F=−F(c2dt2−dr∗2)=−F du dv-F c^2 dt^2 + dr^2/F = -F(c^2dt^2 - dr_*^2) = -F\,du\,dv です。定義から dU=−U du/(2rs)dU = -U\,du/(2r_s)、dV=V dv/(2rs)dV = V\,dv/(2r_s) なので

du dv=−4rs2UV dU dV.du\,dv = -\frac{4r_s^2}{UV}\,dU\,dV .

また UV=−e(v−u)/(2rs)=−er∗/rs=−(r/rs−1)er/rs=−f(r)UV = -e^{(v-u)/(2r_s)} = -e^{r_*/r_s} = -\bigl(r/r_s - 1\bigr)e^{r/r_s} = -f(r) です。以上から

−F du dv=r−rsr⋅4rs2UV dU dV=r−rsr⋅4rs2 dU dV−(r−rs)er/rs/rs=−4rs3r e−r/rs dU dV.-F\,du\,dv = \frac{r - r_s}{r}\cdot\frac{4r_s^2}{UV}\,dU\,dV = \frac{r - r_s}{r}\cdot\frac{4r_s^2\,dU\,dV}{-(r - r_s)e^{r/r_s}/r_s} = -\frac{4r_s^3}{r}\,e^{-r/r_s}\,dU\,dV .

T,XT, X については dU=dT−dXdU = dT - dX、dV=dT+dXdV = dT + dX より dU dV=dT2−dX2dU\,dV = dT^2 - dX^2 です。

(3) UV<1UV < 1 なら −UV>−1-UV > -1 なので (1) より r=f−1(−UV)>0r = f^{-1}(-UV) > 0 が滑らかに定まり、共形因子 4rs3e−r/rs/r4r_s^3 e^{-r/r_s}/r は正で滑らかです。(U,V)(U, V) 部分は −Ω2dU dV-\Omega^2 dU\,dV(Ω2>0\Omega^2 > 0)の形で、これは −Ω2(dT2−dX2)-\Omega^2(dT^2 - dX^2) に等しいので符号 (−,+)(-, +) の非退化計量です。UV→1UV \to 1 では f(r)→−1f(r) \to -1、すなわち r→0r \to 0 です。なお、0<r<rs0 < r < r_s の内部シュヴァルツシルト座標も U=e−u/(2rs)U = e^{-u/(2r_s)}、V=ev/(2rs)V = e^{v/(2r_s)} で同じ式に移り、U>0U > 0、V>0V > 0 の部分に対応します。

DD は 4 つの領域に分かれます。TT が増える向きを未来とし、光は UU または VV が一定の 45 度の線に沿って進みます。

領域範囲意味
IU<0<VU < 0 < V私たちのいる外部(r>rsr > r_s)
IIU>0U > 0, V>0V > 0, UV<1UV < 1ブラックホール内部(r<rsr < r_s)
IIIV<0<UV < 0 < Uもう 1 つの外部(r>rsr > r_s)
IVU<0U < 0, V<0V < 0, UV<1UV < 1ホワイトホール(r<rsr < r_s)

U=0U = 0 と V=0V = 0 がそれぞれ r=rsr = r_s の 2 枚の地平線で、両者は U=V=0U = V = 0 の球面(分岐球面)で交わります。測地線をどちらの向きに延ばしても、r→0r \to 0 に達するか、アフィン・パラメータが無限大になるまで DD の中で延長できます。この意味で DD は最大拡張と呼ばれます(詳しい議論は参考文献の Wald 第 6 章を参照してください)。

次に導入する Penrose 図は、無限に遠い所を有限の位置に描き直して、時空全体を 1 枚の紙に収める図です。光は常に 45 度の線で描かれるので、どの点からどの点へ信号が届くかという因果関係が、図の上でそのまま読み取れます。

定義 4.2(共形コンパクト化と Penrose 図)↗

時空 (M,g)(M, g) の座標で、動径方向の光線が ±45∘\pm 45^\circ の直線になり、かつ座標の値域が有界になるもの、すなわち g=Ω−2(−dT~2+dX~2)+r2dΩ2g = \Omega^{-2}\bigl(-d\tilde T^2 + d\tilde X^2\bigr) + r^2 d\Omega^2(Ω>0\Omega > 0)の形で (T~,X~)(\tilde T, \tilde X) が有界な領域を動くものを考える。この領域とその境界を描いた図を Penrose 図という。境界のうち、未来向きの外向き光線がアフィン・パラメータ →∞\to \infty で到達する部分を未来の光的無限遠 I+\mathscr I^+、過去向きに到達する部分を I−\mathscr I^-、空間的無限遠を i0i^0 と書く。

注意 4.3(Schwarzschild 時空の Penrose 図)

U~=arctan⁡U\tilde U = \arctan U、V~=arctan⁡V\tilde V = \arctan V とおくと dU=dU~/cos⁡2U~dU = d\tilde U/\cos^2\tilde U などから

ds2=−4rs3e−r/rsrcos⁡2U~cos⁡2V~ dU~ dV~+r2dΩ2ds^2 = -\frac{4r_s^3 e^{-r/r_s}}{r\cos^2\tilde U\cos^2\tilde V}\,d\tilde U\,d\tilde V + r^2 d\Omega^2

で、T~=U~+V~\tilde T = \tilde U + \tilde V、X~=V~−U~\tilde X = \tilde V - \tilde U が 定義 4.2 の座標になります。U,V>0U, V > 0 で UV→1UV \to 1 のとき tan⁡(U~+V~)=(U+V)/(1−UV)→+∞\tan(\tilde U + \tilde V) = (U + V)/(1 - UV) \to +\infty なので、未来の特異点 r=0r = 0 は水平な線分 T~=π/2\tilde T = \pi/2 に写ります。過去の特異点は T~=−π/2\tilde T = -\pi/2 です。領域 I の I+\mathscr I^+ は V→∞V \to \infty、すなわち V~=π/2\tilde V = \pi/2、−π/2<U~<0-\pi/2 < \tilde U < 0 の斜めの線分です。こうして下図が得られます。

IIIIIIIVr = 0(未来の特異点)r = 0(過去の特異点)𝒥⁺𝒥⁻𝒥⁺𝒥⁻i⁰i⁰U = 0V = 0
最大拡張したシュヴァルツシルト時空の Penrose 図。光は 45° に進みます。実線の矢印は領域 I から地平線を越えて特異点に達する観測者の世界線です。

定義 4.4(ブラックホール領域と事象の地平線)↗

Penrose 図を持つ時空と、その光的無限遠の 1 つの成分 I+\mathscr I^+ を考える。I+\mathscr I^+ に到達する未来向き因果的曲線が出ない点全体をブラックホール領域 B\mathcal B といい、その境界 ∂B\partial\mathcal B を事象の地平線という。

事象の地平線は時空の未来全体を知って初めて決まる大域的な概念で、局所的な測定では検出できません。地平線を通過する瞬間に「いま越えた」と分かる目印がないのはこのためです。

定理 4.5(ブラックホール内部からは出られない)✓

Kruskal 時空 定理 4.1 において、∂T\partial_T が未来を向くように時間の向きを定める。

  1. 任意の未来向き因果的曲線に沿って UU と VV は単調非減少である。
  2. 領域 II から出発する未来向き因果的曲線は領域 II にとどまり、その上で rr は狭義に減少する。
  3. 領域 I の各点から出る外向き動径光線 U=U = 一定 は、r→∞r \to \infty となって I+\mathscr I^+ に達する。

したがって領域 I の I+\mathscr I^+ に関するブラックホール領域は B={U≥0}\mathcal B = \{U \ge 0\} で、事象の地平線は U=0U = 0、領域 I の側から見れば r=rsr = r_s の面である。

証明(定理 4.5)

(1) 曲線の接ベクトルの成分を (U˙,V˙,θ˙,φ˙)(\dot U, \dot V, \dot\theta, \dot\varphi)、共形因子を C=4rs3e−r/rs/r>0C = 4r_s^3e^{-r/r_s}/r > 0 とします。因果的であることは −CU˙V˙+r2(θ˙2+sin⁡2θ φ˙2)≤0-C\dot U\dot V + r^2(\dot\theta^2 + \sin^2\theta\,\dot\varphi^2) \le 0、すなわち U˙V˙≥0\dot U\dot V \ge 0 を意味します。未来向きであることは g(γ˙,∂T)=−CT˙<0g(\dot\gamma, \partial_T) = -C\dot T < 0、すなわち U˙+V˙>0\dot U + \dot V > 0 です。積が 00 以上で和が正なので U˙≥0\dot U \ge 0、V˙≥0\dot V \ge 0 で、両方が 00 になることはありません。

(2) 領域 II では U,V>0U, V > 0 で、(1) より曲線上で U,VU, V は減らないので正のままです。さらに

d(UV)dλ=U˙V+UV˙>0\frac{d(UV)}{d\lambda} = \dot U V + U\dot V > 0

です(U˙,V˙≥0\dot U, \dot V \ge 0 のどちらかは正で、U,V>0U, V > 0)。UV=−f(r)UV = -f(r) と 定理 4.1 (1) の ff の単調性から rr は狭義に減少し、曲線は UV<1UV < 1 の範囲、すなわち領域 II にとどまります。

(3) 動径曲線 U=U0<0U = U_0 < 0、角度一定は ds2=0ds^2 = 0 なので光的で、2 次元の (U,V)(U, V) 平面内の光的曲線は(パラメータを取り直せば)測地線です。その上で V→∞V \to \infty とすると −UV=∣U0∣V→∞-UV = |U_0|V \to \infty、よって f(r)→∞f(r) \to \infty、r→∞r \to \infty です。

最後の主張: U≥0U \ge 0 の点から出る未来向き因果的曲線は (1) より U≥0U \ge 0 にとどまり、U<0U < 0 の側にある領域 I の I+\mathscr I^+ には届きません。逆に U<0U < 0 の点からは UU 一定の外向き光線を(領域 IV からは V>0V > 0 になるまで延ばして)使えば (3) により I+\mathscr I^+ に届きます。よって B={U≥0}\mathcal B = \{U \ge 0\}、∂B={U=0}\partial\mathcal B = \{U = 0\} です。

定理 4.5 (2) は、内部では rr が「時間」の役割を果たすことを述べています。実際、内部シュヴァルツシルト座標では grr=1/F<0g_{rr} = 1/F < 0、gtt=−Fc2>0g_{tt} = -Fc^2 > 0 で、rr が時間的座標、tt が空間的座標です。時間を止められないのと同じ意味で、rr が減るのを止めることはできません。外向きの方向が未来のなかに存在しない、というのが光でさえ出られないことの相対論的な理由です。

命題 4.6(内部での固有時の上限)✓

領域 II の中の任意の未来向き時間的曲線について、その上で経過する固有時は

τ≤πrs2c=πGMc3\tau \le \frac{\pi r_s}{2c} = \frac{\pi GM}{c^3}

を満たす。等号に限りなく近い値は、内部シュヴァルツシルト座標で tt と角度が一定の測地線(E=0E = 0 の動径測地線)で実現される。

証明(命題 4.6)

領域 II では内部シュヴァルツシルト座標 (t,r,θ,φ)(t, r, \theta, \varphi)、0<r<rs0 < r < r_s が使え、

c2dτ2=−ds2=dr2rs/r−1−(rsr−1)c2dt2−r2dΩ2≤dr2rs/r−1c^2 d\tau^2 = -ds^2 = \frac{dr^2}{r_s/r - 1} - \Bigl(\frac{r_s}{r} - 1\Bigr)c^2dt^2 - r^2 d\Omega^2 \le \frac{dr^2}{r_s/r - 1}

です。定理 4.5 (2) より rr は曲線上で狭義減少なので rr をパラメータに取れ、曲線が r1≤rsr_1 \le r_s から r2≥0r_2 \ge 0 まで動くとすると

τ≤1c∫0rsrrs−r dr.\tau \le \frac{1}{c}\int_{0}^{r_s}\sqrt{\frac{r}{r_s - r}}\,dr .

r=rssin⁡2ηr = r_s\sin^2\eta(0≤η≤π/20 \le \eta \le \pi/2)と置換すると dr=2rssin⁡ηcos⁡η dηdr = 2r_s\sin\eta\cos\eta\,d\eta、r/(rs−r)=tan⁡η\sqrt{r/(r_s - r)} = \tan\eta なので、積分は ∫0π/22rssin⁡2η dη=πrs/2\int_0^{\pi/2} 2r_s\sin^2\eta\,d\eta = \pi r_s/2 です。不等式で落とした項は dt=dΩ=0dt = d\Omega = 0 のときだけ 00 になり、§2 の保存量 E=F dt/dτE = F\,dt/d\tau が 00 の動径測地線がこれにあたります。

注意 4.7(残された時間の数値)

GM⊙/c3=4.93×10−6 sGM_\odot/c^3 = 4.93\times10^{-6}\ \mathrm{s} なので τmax⁡=1.55×10−5 s×(M/M⊙)\tau_{\max} = 1.55\times10^{-5}\ \mathrm{s}\times(M/M_\odot) です。

ブラックホール質量τmax⁡\tau_{\max}
恒星質量1 M⊙1\,M_\odot1.5×10−51.5\times10^{-5} 秒
いて座 A*4.3×106 M⊙4.3\times10^{6}\,M_\odot約 67 秒
M87*6.5×109 M⊙6.5\times10^{9}\,M_\odot約 28 時間

遠方から静止状態で落ちてきた観測者(E=1E = 1)が地平線から特異点までに使う固有時は 4GM/(3c3)4GM/(3c^3) で、τmax⁡\tau_{\max} の 4/(3π)≃0.424/(3\pi) \simeq 0.42 倍です(演習 10.2)。命題 4.6 の不等式は、内部でロケットを噴かして dt≠0dt \ne 0 の運動をすると固有時が短くなることも示しています。最も長く生きるには、EE が 00 に近くなるよう減速してから自由落下するのが最善です。

自由落下する観測者は局所的には無重力です(一般相対性理論への招待 の等価原理)。観測者が感じる重力の効果は、隣り合う測地線どうしの相対加速度、すなわち潮汐力だけです。

命題 5.1(動径方向の潮汐加速度)✓

シュヴァルツシルト時空で、同じ保存量 EE をもち、時間 tt の方向にずれた 2 本の動径測地線を考える。片方に乗った観測者の静止系で測った両者の動径方向の固有距離 ℓ\ell(の 1 次の量)は

d2ℓdτ2=2GMr3 ℓ\frac{d^2\ell}{d\tau^2} = \frac{2GM}{r^3}\,\ell

に従う。この式は r>rsr > r_s でも r<rsr < r_s でも、地平線上でも成り立つ。特に身長 hh の物体の両端の相対加速度は地平線上で

Δg=2GMhrs3=h c64G2M2\Delta g = \frac{2GMh}{r_s^3} = \frac{h\,c^6}{4G^2M^2}

となり、質量の 2 乗に反比例する。

証明の方針は次のとおりです。時間方向にずらした 2 本の動径測地線は、tt を平行移動すると互いに重なるので、2 本の間のずれのベクトルは ∂t\partial_t です。これを観測者の静止系で測った長さに直し、その時間変化を調べると、ニュートン力学の潮汐加速度と同じ形の式が出ます。

証明(命題 5.1)

測地線の族 t=t0(τ)+λt = t_0(\tau) + \lambda、r=r0(τ)r = r_0(\tau)(角度一定)を考えます。計量が tt によらないので、各 λ\lambda で測地線であり、すべて同じ EE を持ちます。隣り合う測地線へのずれのベクトルは ξ=∂t\xi = \partial_t です。観測者の 4 元速度 uu に直交する成分 ξ⊥=ξ+c−2g(ξ,u) u\xi_\perp = \xi + c^{-2}g(\xi, u)\,u の長さが観測者の静止系での距離で、

g(ξ⊥,ξ⊥)=gtt+g(∂t,u)2c2=−Fc2+(Fc2 t˙)2c2=c2(E2−F)=r˙2g(\xi_\perp, \xi_\perp) = g_{tt} + \frac{g(\partial_t, u)^2}{c^2} = -Fc^2 + \frac{(Fc^2\,\dot t)^2}{c^2} = c^2\bigl(E^2 - F\bigr) = \dot r^2

です(2 つ目の等号で g(∂t,u)=gttt˙=−Fc2t˙g(\partial_t, u) = g_{tt}\dot t = -Fc^2\dot t、3 つ目で E=Ft˙E = F\dot t、最後に §2 の r˙2=c2(E2−F)\dot r^2 = c^2(E^2 - F) を使いました)。ξ⊥\xi_\perp は uu に直交する (t,r)(t, r) 平面内のベクトルなので動径方向を向き、λ\lambda の幅 δλ\delta\lambda に対応する固有距離は ℓ=∣r˙∣ δλ\ell = |\dot r|\,\delta\lambda です。落下中は r˙<0\dot r < 0 なので ℓ=−r˙ δλ\ell = -\dot r\,\delta\lambda で、§2 の r¨=−GM/r2\ddot r = -GM/r^2 を使うと

d2ℓdτ2=−dr¨dτ δλ=−2GMr˙r3 δλ=2GMr3 ℓ.\frac{d^2\ell}{d\tau^2} = -\frac{d\ddot r}{d\tau}\,\delta\lambda = -\frac{2GM\dot r}{r^3}\,\delta\lambda = \frac{2GM}{r^3}\,\ell .

§2 の計算は r<rsr < r_s でも成り立ち、EF 座標では地平線をまたいで連続なので、r=rsr = r_s でも同じ式です。r=rs=2GM/c2r = r_s = 2GM/c^2 を代入すると 2GMh/rs3=2GMh c6/(8G3M3)=hc6/(4G2M2)2GMh/r_s^3 = 2GMh\,c^6/(8G^3M^3) = hc^6/(4G^2M^2) です。

ニュートン力学で g(r)−g(r+h)≃2GMh/r3g(r) - g(r + h) \simeq 2GMh/r^3 と近似した結果が、固有時と面積半径で表すと一般相対論でも厳密に成り立つのは、§2 の r¨=−GM/r2\ddot r = -GM/r^2 のおかげです。横方向には −GMh/r3-GMh/r^3 の圧縮が働くことも、測地線偏差の方程式から示せます。

例 5.2(スパゲッティ化はいつ始まるか)

身長 h=1.8 mh = 1.8\ \mathrm{m} の人が地平線を越えるときの潮汐加速度を 命題 5.1 で計算します。太陽質量では

Δg=1.8×(2.998×108)64×(6.674×10−11)2×(1.99×1030)2=1.31×10517.05×1040=1.9×1010 m/s2,\Delta g = \frac{1.8\times(2.998\times10^{8})^6}{4\times(6.674\times10^{-11})^2\times(1.99\times10^{30})^2} = \frac{1.31\times10^{51}}{7.05\times10^{40}} = 1.9\times10^{10}\ \mathrm{m/s^2},

すなわち約 2×109 g2\times10^{9}\,g です。人体は地平線のはるか手前で縦に引き伸ばされます(スパゲッティ化)。M87* では Δg∝M−2\Delta g \propto M^{-2} より (6.5×109)2=4.2×1019(6.5\times10^9)^2 = 4.2\times10^{19} で割って 4.5×10−10 m/s24.5\times10^{-10}\ \mathrm{m/s^2}、5×10−11 g5\times10^{-11}\,g 程度で、地平線は何の予告もなく通過されます。

境目として Δg=100 g≃103 m/s2\Delta g = 100\,g \simeq 10^3\ \mathrm{m/s^2} になる質量を求めると M2=1.31×1051/(4×4.45×10−21×103)=7.3×1067 kg2M^2 = 1.31\times10^{51}/(4\times4.45\times10^{-21}\times10^{3}) = 7.3\times10^{67}\ \mathrm{kg^2}、M=8.6×1033 kg≃4×103 M⊙M = 8.6\times10^{33}\ \mathrm{kg} \simeq 4\times10^{3}\,M_\odot です。太陽の数千倍より重いブラックホールなら地平線を越える時点では無事ですが、内側では Δg∝r−3\Delta g \propto r^{-3} で増え続け、命題 4.6 の時間内に必ず特異点に達します。

6. Einstein–Rosen 橋とワームホール

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Kruskal 時空の T=0T = 0 の断面は UV=−X2UV = -X^2 なので f(r)=X2≥0f(r) = X^2 \ge 0、すなわち r≥rsr \ge r_s で、rr は X=0X = 0 で最小値 rsr_s をとります。この断面は、2 つの漸近的に平坦な外部(X>0X > 0 と X<0X < 0)を半径 rsr_s の「のど」でつないだ形で、1935 年に Einstein と Rosen が注目したことから Einstein–Rosen 橋と呼ばれます。

定理 6.1(シュヴァルツシルト・ワームホールは通り抜けられない)✓

Kruskal 時空 定理 4.1 において、領域 I の点と領域 III の点を結ぶ因果的曲線は存在しない。また ∣T∣<1|T| < 1 の断面 T=T = 一定 上での rr の最小値 rmin⁡(T)r_{\min}(T) は f(rmin⁡)=−T2f(r_{\min}) = -T^2 で決まり、∣T∣→1|T| \to 1 で rmin⁡→0r_{\min} \to 0 となる。

証明(定理 6.1)

領域 I から III への未来向き因果的曲線があったとすると、定理 4.5 (1) より VV は減らないので、V>0V > 0 から V<0V < 0 に移れず矛盾です。III から I への未来向き因果的曲線があったとすると、UU が U>0U > 0 から U<0U < 0 に減ることになり、やはり矛盾です。過去向きの曲線は向きを逆にすれば未来向きなので、これで全部です。

断面 T=T = 一定 上では UV=T2−X2UV = T^2 - X^2 で、−UV=X2−T2-UV = X^2 - T^2 は X=0X = 0 で最小値 −T2-T^2 をとります。ff が増加関数なので r=f−1(−UV)r = f^{-1}(-UV) も X=0X = 0 で最小になり、f(rmin⁡)=−T2f(r_{\min}) = -T^2 です。∣T∣→1|T| \to 1 で −T2→−1=f(0+)-T^2 \to -1 = f(0^+) なので rmin⁡→0r_{\min} \to 0 です。

注意 6.2(のどの開閉と文献)

定理 6.1 の後半は、のどが T=0T = 0 で最大半径 rsr_s に開き、∣T∣→1|T| \to 1 で特異点に挟まれて潰れることを述べています。前半はその帰結で、のどが閉じる前に光でさえ反対側に抜けられません。この結論は Fuller と Wheeler の論文 “Causality and Multiply Connected Space-Time”(Physical Review 128, 919, 1962)で示され、Misner–Thorne–Wheeler『Gravitation』第 31 章に詳しい解説があります。

開いたままのワームホールを作れないかという問題は、1988 年に Morris と Thorne が正面から扱いました。のどを通る光線束は入口で収束し出口で発散しなければなりませんが、通常の物質(ヌルエネルギー条件、すなわち光線に沿って測ったエネルギーが負にならないという条件 Tμνkμkν≥0T_{\mu\nu}k^\mu k^\nu \ge 0 を満たすもの)の重力は光線束を収束させる向きにしか働きません。したがってのどを支えるには、この条件を破る「負のエネルギー」が必要です。量子論ではカシミール効果のように局所的に負のエネルギー密度が実現しますが、人が通れる大きさのワームホールを支える量にはほど遠いと見積もられています。

注意 6.3

2017 年に Gao・Jafferis・Wall は、量子効果を使って通過可能になるワームホールの模型を提案しました。ただしその通過時間は、外の空間を回り込む時間より必ず長くなります。ワームホールが存在しても「近道」にはならず、因果律は守られる、という点は現在の理論からかなり強く示唆されています。

Kruskal 時空の領域 IV(ホワイトホール)は、定理 4.5 と時間反転の議論から、因果的曲線が出ていくだけで入れない領域です。ただし、星の重力崩壊でできる現実のブラックホールでは崩壊する物質の内部が別の計量で置き換わるので、領域 III と IV は現れません。最大拡張は真空解の数学的な完成形であって、天体の記述ではありません。

7. Kerr 解:回転するブラックホール

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定義 7.1(Kerr 計量)↗

質量 MM、角運動量 JJ に対し rg=GM/c2r_g = GM/c^2、a=J/(Mc)a = J/(Mc)(ともに長さの次元)とおき、

Σ=r2+a2cos⁡2θ,Δ=r2−2rgr+a2\Sigma = r^2 + a^2\cos^2\theta, \qquad \Delta = r^2 - 2r_g r + a^2

と定める。Boyer–Lindquist 座標 (t,r,θ,φ)(t, r, \theta, \varphi) での線素

ds2=−(1−2rgrΣ)c2dt2−4rgarsin⁡2θΣ c dt dφ+ΣΔ dr2+Σ dθ2+(r2+a2+2rga2rsin⁡2θΣ)sin⁡2θ dφ2\begin{aligned} ds^2 = {}& -\Bigl(1 - \frac{2r_g r}{\Sigma}\Bigr)c^2dt^2 - \frac{4r_g a r\sin^2\theta}{\Sigma}\,c\,dt\,d\varphi + \frac{\Sigma}{\Delta}\,dr^2 + \Sigma\,d\theta^2 \\ & + \Bigl(r^2 + a^2 + \frac{2r_g a^2 r\sin^2\theta}{\Sigma}\Bigr)\sin^2\theta\,d\varphi^2 \end{aligned}

を Kerr 計量という。a=0a = 0 でシュヴァルツシルト計量(rs=2rgr_s = 2r_g)に戻る。

式は長いですが、a=0a = 0 とおけばシュヴァルツシルト計量に戻り、aa は回転の速さを表す長さだと読めば十分です。Kerr 計量が真空の Einstein 方程式を満たすことは直接計算で確かめられますが、長い計算なのでここでは認めます(参考文献の Wald 第 12 章)。

命題 7.2(Kerr 時空の地平線とエルゴ領域)✓

定義 7.1 において 0≤a≤rg0 \le a \le r_g とする。

  1. r=r = 一定 の超曲面が光的になるのは Δ=0\Delta = 0、すなわち
r=r±=rg±rg2−a2r = r_\pm = r_g \pm \sqrt{r_g^2 - a^2}

のときに限る。外側の r+r_+ が事象の地平線である。 2. ∂t\partial_t が時間的である(遠方から見て静止した観測者が存在できる)のは r>rE(θ)=rg+rg2−a2cos⁡2θr > r_E(\theta) = r_g + \sqrt{r_g^2 - a^2\cos^2\theta} のときに限る。rE(θ)≥r+r_E(\theta) \ge r_+ で、等号は極(θ=0,π\theta = 0, \pi)でだけ成り立つ。r+<r<rE(θ)r_+ < r < r_E(\theta) の領域をエルゴ領域という。

証明(命題 7.2)

(1) 超曲面 r=r = 一定 の法線は drdr で、その長さの 2 乗は grrg^{rr} です。Kerr 計量では rr が他の座標と混ざらないので grr=1/grr=Δ/Σg^{rr} = 1/g_{rr} = \Delta/\Sigma です。超曲面が光的であることは法線が光的、すなわち grr=0g^{rr} = 0 と同値で、Σ>0\Sigma > 0(r≠0r \ne 0)より Δ=0\Delta = 0 です。Δ=r2−2rgr+a2=0\Delta = r^2 - 2r_g r + a^2 = 0 を解いて r±r_\pm を得ます。a≤rga \le r_g が実根の条件です。r>r+r > r_+ で Δ>0\Delta > 0 なので rr は空間的座標、r−<r<r+r_- < r < r_+ で Δ<0\Delta < 0 となり、シュヴァルツシルトの場合と同様に rr が時間的になります。r+r_+ が事象の地平線であること(外から I+\mathscr I^+ に届き、内からは届かないこと)の証明は 定理 4.5 と同じ型の議論で、ここでは省略します。

(2) g(∂t,∂t)=gtt=−(1−2rgr/Σ)c2g(\partial_t, \partial_t) = g_{tt} = -(1 - 2r_g r/\Sigma)c^2 が負であることは Σ−2rgr>0\Sigma - 2r_g r > 0、すなわち r2−2rgr+a2cos⁡2θ>0r^2 - 2r_g r + a^2\cos^2\theta > 0 と同値です。この 2 次式の大きい方の根が rE(θ)r_E(\theta) で、r>rEr > r_E で正になります(小さい方の根 rg−rg2−a2cos⁡2θr_g - \sqrt{r_g^2 - a^2\cos^2\theta} は r−r_- 以下なので外部には関係しません)。a2cos⁡2θ≤a2a^2\cos^2\theta \le a^2 より rE(θ)≥r+r_E(\theta) \ge r_+ で、等号は cos⁡2θ=1\cos^2\theta = 1 または a=0a = 0 のときです。

エルゴ領域では ∂t\partial_t が空間的なので、どんな観測者も回転の向きに引きずられ、遠方に対して静止できません(慣性系の引きずり)。この領域では Killing ベクトル(計量を変えない向きの流れを表すベクトル)∂t\partial_t に関する「エネルギー」が負の軌道が存在し、Penrose 過程によってブラックホールの回転エネルギーを取り出せます。取り出せる量の上限は §8 の面積定理で決まります(演習 10.4)。

例 7.3(速く回るブラックホールの寸法)

無次元のスピン χ=a/rg=0.9\chi = a/r_g = 0.9 の場合を考えます。長さを rg=GM/c2r_g = GM/c^2 で測ると

r+=1+1−0.81=1.436,r−=0.564,rE(π/2)=2.r_+ = 1 + \sqrt{1 - 0.81} = 1.436, \qquad r_- = 0.564, \qquad r_E(\pi/2) = 2 .

赤道面のエルゴ領域の外縁は aa によらず 2rg=rs2r_g = r_s で、地平線は a=0a = 0 の 2rg2r_g から 1.44 rg1.44\,r_g に縮みます。地平線の面積は θ,φ\theta, \varphi 部分の計量を r=r+r = r_+(Δ=0\Delta = 0)で積分して

A=4π(r+2+a2)=8πrgr+=8π×1.436 rg2=36.1 rg2A = 4\pi(r_+^2 + a^2) = 8\pi r_g r_+ = 8\pi\times1.436\,r_g^2 = 36.1\,r_g^2

で、同じ質量のシュヴァルツシルトの 16πrg2=50.3 rg216\pi r_g^2 = 50.3\,r_g^2 の約 72 %72\ \% です(r+2+a2=2rgr+r_+^2 + a^2 = 2r_g r_+ は Δ(r+)=0\Delta(r_+) = 0 から従います)。χ=1\chi = 1(極限 Kerr)では r+=r−=rgr_+ = r_- = r_g となり、2 つの地平線が重なります。

8. ブラックホール熱力学と Hawking 放射

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熱いコーヒーをブラックホールに投げ込むと、コーヒーのエントロピーは外の宇宙から消え、エントロピー増大則(定理 8.4[熱力学の諸法則])が破れるように見えます。1972 年に Bekenstein は、ブラックホール自身が地平線の面積に比例するエントロピーを持つべきだと主張しました。その根拠が次の「力学法則」との対応です。

定義 8.1(表面重力)↗

静的なブラックホールの外部で、rr に静止した観測者の固有加速度を a(r)a(r)、遠方に対する時計の進みの比(赤方偏移因子)を V(r)=−gtt/cV(r) = \sqrt{-g_{tt}}/c とする。地平線に近づけた極限

κ=lim⁡r→rHV(r) a(r)\kappa = \lim_{r \to r_H} V(r)\,a(r)

を表面重力という。VaV a は、単位質量の物体を rr に静止させておくために遠方から糸で引く力にあたる。

シュヴァルツシルト時空では、静止観測者の 4 元速度は ut=1/Fu^t = 1/\sqrt F だけが成分で、加速度 aμ=Γμαβuαuβa^\mu = \Gamma^\mu{}_{\alpha\beta}u^\alpha u^\beta の rr 成分は

ar=Γrtt(ut)2=12Fc2rsr2⋅1F=GMr2a^r = \Gamma^r{}_{tt}(u^t)^2 = \frac{1}{2}F c^2\frac{r_s}{r^2}\cdot\frac{1}{F} = \frac{GM}{r^2}

です(Γrtt=−12grr∂rgtt=12Fc2rs/r2\Gamma^r{}_{tt} = -\tfrac12 g^{rr}\partial_r g_{tt} = \tfrac12 F c^2 r_s/r^2)。その大きさは a=grr ar=GM/(r2F)a = \sqrt{g_{rr}}\,a^r = GM/(r^2\sqrt F) で、地平線で発散します。しかし V=FV = \sqrt F を掛けると Va=GM/r2Va = GM/r^2 となり、

κ=GMrs2=c44GM\kappa = \frac{GM}{r_s^2} = \frac{c^4}{4GM}

という有限値が得られます。Kerr 時空では、地平線とともに回る観測者で同じ極限を取って κ=c2(r+−r−)/(2(r+2+a2))\kappa = c^2(r_+ - r_-)/\bigl(2(r_+^2 + a^2)\bigr) となることが知られています。

注意 8.2(ブラックホール力学の 4 法則)

Bardeen・Carter・Hawking(1973)は、定常なブラックホールについて次を示しました(ΩH\Omega_H は地平線の角速度、AA は地平線の面積)。

法則ブラックホール力学熱力学
第 0 法則κ\kappa は地平線上で一定平衡では温度が一様
第 1 法則d(Mc2)=κc28πG dA+ΩH dJd(Mc^2) = \dfrac{\kappa c^2}{8\pi G}\,dA + \Omega_H\,dJdE=T dS+仕事dE = T\,dS + \text{仕事}
第 2 法則dA≥0dA \ge 0(Hawking の面積定理)dS≥0dS \ge 0
第 3 法則有限回の操作で κ=0\kappa = 0 にできない有限回の操作で T=0T = 0 にできない

第 2 法則はヌルエネルギー条件を仮定した古典論の定理です。第 1 法則はシュヴァルツシルトの場合に直接確かめられます。A=4πrs2=16πG2M2/c4A = 4\pi r_s^2 = 16\pi G^2M^2/c^4 より dA=32πG2M dM/c4dA = 32\pi G^2 M\,dM/c^4 で、

κc28πG dA=c44GM⋅c28πG⋅32πG2Mc4 dM=c2 dM.\frac{\kappa c^2}{8\pi G}\,dA = \frac{c^4}{4GM}\cdot\frac{c^2}{8\pi G}\cdot\frac{32\pi G^2M}{c^4}\,dM = c^2\,dM .

古典論の範囲では、これは形式的な類似にすぎません。古典的なブラックホールは何も放射しないので、温度は 00 のはずだからです。

定義 8.3(Hawking 温度と Bekenstein–Hawking エントロピー)↗

表面重力 κ\kappa の定常なブラックホールに対して

TH=ℏκ2πc kB,SBH=kBc34Gℏ AT_H = \frac{\hbar\kappa}{2\pi c\,k_B}, \qquad S_{BH} = \frac{k_B c^3}{4G\hbar}\,A

を Hawking 温度、Bekenstein–Hawking エントロピーという。Hawking(1974–75)は、重力崩壊でできたブラックホールのまわりの量子場が、遠方で温度 THT_H の熱放射(Hawking 放射)として観測されることを示した。シュヴァルツシルトの場合は

TH=ℏc38πGMkB=6.2×10−8 K×M⊙MT_H = \frac{\hbar c^3}{8\pi G M k_B} = 6.2\times10^{-8}\ \mathrm{K}\times\frac{M_\odot}{M}

である。

TH dSBH=ℏκ2πckB⋅kBc34Gℏ dA=κc28πG dAT_H\,dS_{BH} = \dfrac{\hbar\kappa}{2\pi c k_B}\cdot\dfrac{k_Bc^3}{4G\hbar}\,dA = \dfrac{\kappa c^2}{8\pi G}\,dA なので、注意 8.2 の第 1 法則はそのまま熱力学の第 1 法則 d(Mc2)=TH dSBH+ΩH dJd(Mc^2) = T_H\,dS_{BH} + \Omega_H\,dJ になります。係数 1/41/4 は Hawking の計算で初めて決まりました。ℓP2=Gℏ/c3\ell_P^2 = G\hbar/c^3 を使えば SBH=kBA/(4ℓP2)S_{BH} = k_B A/(4\ell_P^2) です。

次の Remark は、時間を虚数に置き換えると地平線の近くが平面の極座標と同じ形になり、なめらかにつながるための周期の条件から温度が読み取れる、という近道を紹介します。

注意 8.4(温度を周期から読む(概要))

Hawking の元の計算(崩壊する星の時空での量子場の Bogoliubov 変換)は長いので、Gibbons と Hawking(1977)による近道を示します。地平線の近くで r−rs≪rsr - r_s \ll r_s とし、地平線からの固有距離 ρ=∫rsrdr′/F≃2rs(r−rs)\rho = \int_{r_s}^r dr'/\sqrt{F} \simeq 2\sqrt{r_s(r - r_s)} を使うと F≃(r−rs)/rs=ρ2/(4rs2)F \simeq (r - r_s)/r_s = \rho^2/(4r_s^2) なので、(t,r)(t, r) 部分は

ds2≃−ρ24rs2 c2dt2+dρ2ds^2 \simeq -\frac{\rho^2}{4r_s^2}\,c^2dt^2 + d\rho^2

です。時間を虚数 t=−itEt = -it_E にすると ds2≃dρ2+ρ2 dϑ2ds^2 \simeq d\rho^2 + \rho^2\,d\vartheta^2、ϑ=ctE/(2rs)\vartheta = ct_E/(2r_s) という平面の極座標の形になり、ρ=0\rho = 0 で円錐特異点を持たないためには ϑ\vartheta の周期が 2π2\pi、すなわち tEt_E の周期が 4πrs/c4\pi r_s/c でなければなりません。量子統計力学では、虚時間方向に周期 ℏ/(kBT)\hbar/(k_BT) を持つことが温度 TT の熱平衡状態を表すので

ℏkBT=4πrsc⟹T=ℏc4πkBrs=ℏc38πGMkB\frac{\hbar}{k_B T} = \frac{4\pi r_s}{c} \quad\Longrightarrow\quad T = \frac{\hbar c}{4\pi k_B r_s} = \frac{\hbar c^3}{8\pi G M k_B}

となり、定義 8.3 に一致します。κ=c2/(2rs)\kappa = c^2/(2r_s) と書けば一般形 T=ℏκ/(2πckB)T = \hbar\kappa/(2\pi c k_B) です。

例 8.5(太陽質量ブラックホールの温度とエントロピー)

定義 8.3 の係数を検算します。ℏc3/(8πGkB)=(1.055×10−34)(2.998×108)3/(8π×6.674×10−11×1.381×10−23)=1.23×1023 K kg\hbar c^3/(8\pi G k_B) = (1.055\times10^{-34})(2.998\times10^{8})^3/(8\pi\times6.674\times10^{-11}\times1.381\times10^{-23}) = 1.23\times10^{23}\ \mathrm{K\,kg} なので、M=M⊙M = M_\odot で TH=6.2×10−8 KT_H = 6.2\times10^{-8}\ \mathrm{K} です。宇宙マイクロ波背景放射は 2.725 K2.725\ \mathrm{K} と 4400 万倍熱いので、恒星質量のブラックホールは現在の宇宙では放射より吸収が勝り、太っていきます。正味で蒸発するのは TH>2.725 KT_H > 2.725\ \mathrm{K}、すなわち M<1.23×1023/2.725=4.5×1022 kgM < 1.23\times10^{23}/2.725 = 4.5\times10^{22}\ \mathrm{kg}(月の質量 7.35×1022 kg7.35\times10^{22}\ \mathrm{kg} より軽い)ものだけです。

エントロピーは、A=4π(2953 m)2=1.10×108 m2A = 4\pi(2953\ \mathrm{m})^2 = 1.10\times10^{8}\ \mathrm{m^2}、ℓP2=2.61×10−70 m2\ell_P^2 = 2.61\times10^{-70}\ \mathrm{m^2} より SBH/kB=A/(4ℓP2)=1.0×1077S_{BH}/k_B = A/(4\ell_P^2) = 1.0\times10^{77} です。太陽はおよそ 105710^{57} 個の粒子でできており、粒子 1 個あたりのエントロピーが kBk_B の数十倍程度なので S⊙∼1058kBS_\odot \sim 10^{58}k_B です。同じ質量をブラックホールにすると、エントロピーは 101910^{19} 倍に増えます。

命題 8.6(蒸発時間は質量の 3 乗に比例する)✓

シュヴァルツシルト・ブラックホールが、面積 A=4πrs2A = 4\pi r_s^2、温度 THT_H の黒体として光子だけを放射し、外から何も吸収しないとする。このとき質量が M0M_0 から 00 になるまでの時間は

tev=5120 πG2M0 3ℏc4t_{\text{ev}} = \frac{5120\,\pi G^2 M_0^{\,3}}{\hbar c^4}

である。

証明(命題 8.6)

黒体の放射パワーはシュテファン=ボルツマンの法則 P=σAT4P = \sigma A T^4、σ=π2kB4/(60ℏ3c2)\sigma = \pi^2k_B^4/(60\hbar^3c^2) です(系 4.4[量子力学の誕生]。そこでの σ=2π5kB4/(15c2h3)\sigma=2\pi^5k_B^4/(15c^2h^3) に h=2πℏh=2\pi\hbar を入れると 2π5/(15⋅8π3)=π2/602\pi^5/(15\cdot8\pi^3)=\pi^2/60 でこの形になります。プランク分布の統計力学からの導出は量子統計の光子気体の例を参照)。A=16πG2M2/c4A = 16\pi G^2M^2/c^4 と TH4=ℏ4c12/((8π)4G4M4kB4)T_H^4 = \hbar^4c^{12}/\bigl((8\pi)^4G^4M^4k_B^4\bigr) を代入すると

P=π2kB460ℏ3c2⋅16πG2M2c4⋅ℏ4c124096 π4G4M4kB4=ℏc615360 πG2M2P = \frac{\pi^2 k_B^4}{60\hbar^3c^2}\cdot\frac{16\pi G^2M^2}{c^4}\cdot\frac{\hbar^4c^{12}}{4096\,\pi^4G^4M^4k_B^4} = \frac{\hbar c^6}{15360\,\pi G^2 M^2}

です。放射したエネルギーだけ質量が減るので

dMdt=−Pc2=−KM2,K=ℏc415360 πG2.\frac{dM}{dt} = -\frac{P}{c^2} = -\frac{K}{M^2}, \qquad K = \frac{\hbar c^4}{15360\,\pi G^2} .

d(M3)dt=3M2dMdt=−3K\dfrac{d(M^3)}{dt} = 3M^2\dfrac{dM}{dt} = -3K は定数なので M(t)3=M0 3−3KtM(t)^3 = M_0^{\,3} - 3Kt で、M=0M = 0 となるのは tev=M0 3/(3K)=5120πG2M0 3/(ℏc4)t_{\text{ev}} = M_0^{\,3}/(3K) = 5120\pi G^2M_0^{\,3}/(\hbar c^4) です。

実際の放射には光子以外の粒子も含まれ、地平線の外の曲がった時空による散乱(灰色体因子)もあるので、係数は数倍変わります。M3M^3 に比例するという結論は変わりません。

例 8.7(太陽質量ブラックホールの寿命と原始ブラックホール)

命題 8.6 に M0=M⊙M_0 = M_\odot を入れると

tev=5120π×(6.674×10−11)2×(1.99×1030)31.055×10−34×(2.998×108)4=5.65×10740.852=6.6×1074 st_{\text{ev}} = \frac{5120\pi\times(6.674\times10^{-11})^2\times(1.99\times10^{30})^3}{1.055\times10^{-34}\times(2.998\times10^{8})^4} = \frac{5.65\times10^{74}}{0.852} = 6.6\times10^{74}\ \mathrm{s}

で、2.1×10672.1\times10^{67} 年です。宇宙年齢 1.38×10101.38\times10^{10} 年の 105710^{57} 倍で、しかも 例 8.5 のとおり現在は吸収が勝っています。逆に tevt_{\text{ev}} が宇宙年齢に等しい初期質量は 1.7×1011 kg1.7\times10^{11}\ \mathrm{kg} で(演習 10.3)、宇宙初期にできた原始ブラックホールのうちこの質量のものは、いま最期を迎えているはずです。

蒸発は加速します。質量が減るほど温度が上がり、温度が上がるほど放射が強まる正のフィードバックです。

注意 8.8(情報パラドックス)

Hawking 放射は温度だけで決まる熱放射なので、落ちた物質の情報を含まないように見えます。ブラックホールが蒸発しきったあとに純粋状態が混合状態に変わるなら、量子力学のユニタリ性と衝突します。これがブラックホール情報パラドックスです。近年の半古典的な計算は、放射のエンタングルメント・エントロピーが Page 曲線に従って最後に 00 に戻ること、すなわち情報が放射に符号化されて出てくることを支持していますが、その微視的な仕組みは未解決です。

ブラックホールの存在は、この 10 年で次の 3 つの独立な観測によって確かめられました。

  • 重力波: 2015 年 9 月 14 日、LIGO が太陽の約 36 倍と 29 倍の天体の合体による重力波を検出しました(GW150914)。波形は Einstein 方程式の 2 体ブラックホール合体の数値解と一致し、2017 年のノーベル物理学賞につながりました。
  • 銀河中心の星の軌道: Genzel と Ghez のグループは天の川銀河中心を回る星の軌道から、中心に 4.3×106 M⊙4.3\times10^{6}\,M_\odot の小さな天体があることを示し、2020 年のノーベル物理学賞を Penrose の特異点定理とともに受けました。
  • 直接撮像: Event Horizon Telescope が 2019 年に M87*、2022 年にいて座 A* の「影」を撮像しました。

例 9.1(M87* の影の角径)

光の動径方程式は、保存量 E=F c dt/dλE = F\,c\,dt/d\lambda、L=r2 dφ/dλL = r^2\,d\varphi/d\lambda(λ\lambda はアフィン・パラメータ、θ=π/2\theta = \pi/2)を使うと ds2=0ds^2 = 0 から

(drdλ)2=E2−L2 F(r)r2\Bigl(\frac{dr}{d\lambda}\Bigr)^2 = E^2 - L^2\,\frac{F(r)}{r^2}

です。遠方から衝突径数 b=L/Eb = L/E で入射した光は 1/b2>max⁡rF/r21/b^2 > \max_r F/r^2 なら折り返さずに地平線へ落ちます。ddr(1r2−rsr3)=0\dfrac{d}{dr}\Bigl(\dfrac{1}{r^2} - \dfrac{r_s}{r^3}\Bigr) = 0 より最大は r=32rsr = \tfrac32 r_s(光子球)で、値は 4/(27rs2)4/(27r_s^2) なので、臨界衝突径数は

bcrit=332 rs≃2.60 rsb_{\text{crit}} = \frac{3\sqrt3}{2}\,r_s \simeq 2.60\,r_s

です。遠方の観測者には半径 bcritb_{\text{crit}} の暗い円盤が見えます。M87* では rs=1.92×1010 kmr_s = 1.92\times10^{10}\ \mathrm{km} なので直径は 2×2.60×1.92×1010=9.97×1010 km2\times2.60\times1.92\times10^{10} = 9.97\times10^{10}\ \mathrm{km}、距離 16.8 Mpc=5.18×1020 km16.8\ \mathrm{Mpc} = 5.18\times10^{20}\ \mathrm{km} で割ると 1.92×10−10 rad1.92\times10^{-10}\ \mathrm{rad}、1 rad=2.06×10111\ \mathrm{rad} = 2.06\times10^{11} マイクロ秒角を掛けて約 4040 マイクロ秒角です。EHT が測ったリングの直径 42±342 \pm 3 マイクロ秒角とよく一致します(回転の影響は直径を数 % しか変えません)。

演習 10.1易

例 2.1 の意味での平均密度が水と同じ 1.0×103 kg/m31.0\times10^{3}\ \mathrm{kg/m^3} になるブラックホールの質量を、太陽質量を単位として求めてください。それはいて座 A* と M87* のあいだにありますか。

解答

太陽質量で ρ⊙=1.8×1019 kg/m3\rho_\odot = 1.8\times10^{19}\ \mathrm{kg/m^3}、ρ∝M−2\rho \propto M^{-2} なので、M=NM⊙M = NM_\odot として 1.8×1019/N2=1.0×1031.8\times10^{19}/N^2 = 1.0\times10^{3}、N2=1.8×1016N^2 = 1.8\times10^{16}、N=1.3×108N = 1.3\times10^{8} です。いて座 A*(4.3×1064.3\times10^6)より大きく M87*(6.5×1096.5\times10^9)より小さいので、両者のあいだにあります。いて座 A* の平均密度は 1.8×1019/(4.3×106)2=1.0×106 kg/m31.8\times10^{19}/(4.3\times10^6)^2 = 1.0\times10^{6}\ \mathrm{kg/m^3} で水の 1000 倍です。

演習 10.2標準

遠方で静止していた観測者(E=1E = 1)が動径方向に自由落下するとき、r=rsr = r_s から r=0r = 0 までの固有時が 4GM/(3c3)4GM/(3c^3) であることを示し、いて座 A* について秒で求めて 命題 4.6 の上限と比べてください。

解答

§2 の式で E=1E = 1 とすると r˙2=c2rs/r\dot r^2 = c^2r_s/r、落下中は r˙=−crs/r\dot r = -c\sqrt{r_s/r} です。よって

τ=∫0rsdrcrs/r=1crs⋅23rs3/2=2rs3c=4GM3c3.\tau = \int_0^{r_s}\frac{dr}{c\sqrt{r_s/r}} = \frac{1}{c\sqrt{r_s}}\cdot\frac{2}{3}r_s^{3/2} = \frac{2r_s}{3c} = \frac{4GM}{3c^3} .

いて座 A* では GM/c3=4.93×10−6×4.3×106=21.2 sGM/c^3 = 4.93\times10^{-6}\times4.3\times10^{6} = 21.2\ \mathrm{s} なので τ=28 s\tau = 28\ \mathrm{s}、上限は π×21.2=67 s\pi\times21.2 = 67\ \mathrm{s} です。比は 4/(3π)=0.424/(3\pi) = 0.42 で、遠方から何もせずに落ちると、使える時間の 4 割ほどしか使えません。

演習 10.3標準

宇宙年齢 1.38×10101.38\times10^{10} 年でちょうど蒸発しきる原始ブラックホールの初期質量を、例 8.7 の太陽質量での値 2.1×10672.1\times10^{67} 年と 命題 8.6 の tev∝M03t_{\text{ev}} \propto M_0^3 から求めてください。そのシュヴァルツシルト半径と Hawking 温度も求めてください。

解答

(M0/M⊙)3=1.38×1010/2.1×1067=6.57×10−58=657×10−60(M_0/M_\odot)^3 = 1.38\times10^{10}/2.1\times10^{67} = 6.57\times10^{-58} = 657\times10^{-60} なので M0/M⊙=6571/3×10−20=8.69×10−20M_0/M_\odot = 657^{1/3}\times10^{-20} = 8.69\times10^{-20}、M0=1.7×1011 kgM_0 = 1.7\times10^{11}\ \mathrm{kg} です(一辺 400 m400\ \mathrm{m} ほどの岩塊の質量)。rs=2.95 km×8.69×10−20=2.6×10−16 mr_s = 2.95\ \mathrm{km}\times8.69\times10^{-20} = 2.6\times10^{-16}\ \mathrm{m} で陽子の直径(1.7×10−15 m1.7\times10^{-15}\ \mathrm{m})の約 7 分の 1、TH=1.23×1023/1.7×1011=7×1011 KT_H = 1.23\times10^{23}/1.7\times10^{11} = 7\times10^{11}\ \mathrm{K} で、kBTH≈60 MeVk_BT_H \approx 60\ \mathrm{MeV} のガンマ線を中心に放射します。

演習 10.4難

質量 MM、スピン χ=a/rg\chi = a/r_g の Kerr ブラックホールから、Penrose 過程などで回転エネルギーを取り出して最終的に J=0J = 0 にするとします。注意 8.2 の面積定理を使って、取り出せるエネルギーの上限を求めてください。χ=1\chi = 1 と χ=0.9\chi = 0.9 ではそれぞれ Mc2Mc^2 の何 % ですか。

解答

例 7.3 と同じく A=8πrgr+=8π(GM/c2)2(1+1−χ2)A = 8\pi r_g r_+ = 8\pi(GM/c^2)^2\bigl(1 + \sqrt{1 - \chi^2}\bigr) です。最終状態は質量 MfM_f のシュヴァルツシルトで Af=16π(GMf/c2)2A_f = 16\pi(GM_f/c^2)^2、面積定理 Af≥AA_f \ge A から

Mf≥Mirr=M1+1−χ22M_f \ge M_{\text{irr}} = M\sqrt{\frac{1 + \sqrt{1 - \chi^2}}{2}}

(既約質量)です。取り出せるエネルギーは (M−Mf)c2≤(M−Mirr)c2(M - M_f)c^2 \le (M - M_{\text{irr}})c^2 です。χ=1\chi = 1 では Mirr=M/2M_{\text{irr}} = M/\sqrt2 で 1−1/2=29 %1 - 1/\sqrt2 = 29\ \%、χ=0.9\chi = 0.9 では 1.436/2=0.847\sqrt{1.436/2} = 0.847 で 15 %15\ \% です。核融合で取り出せる静止エネルギーが 0.7 %0.7\ \% 程度であることと比べると、回転するブラックホールは桁違いのエネルギー源です。

  • R. M. Wald, General Relativity, University of Chicago Press, 1984 — 第 6 章(Schwarzschild 解と Kruskal 拡張)、第 12 章(ブラックホール、Kerr 解、ブラックホール熱力学)、第 14 章(Hawking 放射)。
  • S. M. Carroll, Spacetime and Geometry: An Introduction to General Relativity, Addison-Wesley, 2004 — 第 5 章(Schwarzschild 解、Kruskal 座標、Penrose 図)、第 6 章(Kerr 解、ブラックホール力学)。
  • C. W. Misner, K. S. Thorne, J. A. Wheeler, Gravitation, W. H. Freeman, 1973 — 第 31 章(Schwarzschild 幾何と Einstein–Rosen 橋)、第 33 章(Kerr–Newman ブラックホール)。
  • J. M. Bardeen, B. Carter, S. W. Hawking, “The four laws of black hole mechanics”, Communications in Mathematical Physics 31 (1973), 161–170. DOI: 10.1007/BF01645742
  • S. W. Hawking, “Particle creation by black holes”, Communications in Mathematical Physics 43 (1975), 199–220. DOI: 10.1007/BF02345020
  • Event Horizon Telescope Collaboration, “First M87 Event Horizon Telescope Results. I. The Shadow of the Supermassive Black Hole”, The Astrophysical Journal Letters 875 (2019), L1. DOI: 10.3847/2041-8213/ab0ec7

このテーマの 100 本ノック(50 問)

執筆: Claude Code(Opus 5.5)、Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 3 回(Claude Code)・最終 2026-10-12

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