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電磁誘導と変位電流:マクスウェルが方程式系を閉じた瞬間

Prerequisite:Steady Currents and Magnetostatic Fields: From the Biot–Savart Law to curl B = μ0 J

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  • 磁束の時間変化は起電力を生みます。これがファラデーの電磁誘導の法則で、積分形は CEdl=ddtSBdS\displaystyle \oint_C \boldsymbol{E}\cdot d\boldsymbol{l} = -\frac{d}{dt}\int_S \boldsymbol{B}\cdot d\boldsymbol{S} です。ストークスの定理を使うと微分形 rotE=B/t\operatorname{rot}\boldsymbol{E} = -\partial \boldsymbol{B}/\partial t になります。
  • この一本の式によって、静電場で成り立っていた rotE=0\operatorname{rot}\boldsymbol{E}=\boldsymbol{0} は特殊な場合の話に格下げされます。時間変化する場では電位(スカラーポテンシャル)だけでは電場を記述できません。
  • 回路が動く場合、起電力の一部は電場ではなくローレンツ力の v×B\boldsymbol{v}\times\boldsymbol{B} 項から来ます。「磁束の変化率」という一つの量が両者をまとめて与えることが、フラックス則の内容です。
  • 静磁場のアンペールの法則 rotB=μ0j\operatorname{rot}\boldsymbol{B}=\mu_0\boldsymbol{j} は、電荷が溜まる状況では電荷保存則と矛盾します。コンデンサの充電がその典型例です。
  • 矛盾を消す最小の修正が変位電流 ε0E/t\varepsilon_0 \partial\boldsymbol{E}/\partial t の追加です。これでマクスウェル方程式が閉じ、そこから真空中の電磁波と c=1/ε0μ0c = 1/\sqrt{\varepsilon_0\mu_0} が出てきます。

1. 動機:静電場と静磁場だけでは足りない

Section titled “1. 動機:静電場と静磁場だけでは足りない”

1820 年にエルステッドが「電流のそばに置いた磁針が振れる」ことを発見しました。電流は磁場をつくる。ではその逆、磁場は電流をつくるのか。この素朴な問いに答えるまでに 11 年かかりました。答えが遅れた理由は単純です。磁石をコイルのそばに置いておくだけでは、何も起こらないからです。

1831 年、ファラデーは磁石を「動かした」瞬間だけ検流計の針が振れることを見つけました。定常状態ではなく、変化が原因だったのです。この発見は、それまでの電磁気学の構造を根本から変えました。静電場と静磁場は、静電場とガウスの法則定常電流と静磁場 で見たとおり、互いに独立な二つの理論として並立していました。電磁誘導は、その二つを初めて結びつける橋になります。

もう一つ、ファラデーの実験には注目すべき点があります。磁石を止めてコイルを動かしても、コイルを止めて磁石を動かしても、同じ起電力が観測されます。しかし当時の理論的な説明は二つの場合で全く別物でした。コイルが動く場合は導体中の電荷が受けるローレンツ力で説明され、磁石が動く場合は「渦電場」の発生で説明されます。原因の説明が違うのに結果が同じ。この不自然さこそが、1905 年のアインシュタインの論文「動いている物体の電気力学」の冒頭で問題にされたことでした。この記事の §5 では、その二つの説明が一つの式にまとまる様子を見ます。

さらに、電磁誘導だけでは話は終わりません。ファラデーの法則を加えた 4 本の法則を並べてみると、そのうちの 1 本、静磁場のアンペールの法則が電荷保存則と両立しないことが分かります。この矛盾を解消するためにマクスウェルが導入したのが変位電流です。§6 でこれを扱います。歴史の順序としては、電磁誘導の発見(1831)から変位電流の導入(1861–1865)まで 30 年です。この記事はその 30 年分を追体験する章になります。

2. 準備:記号と、これまでに得た法則

Section titled “2. 準備:記号と、これまでに得た法則”

SI 単位系を使います。電場 E\boldsymbol{E}(V/m)、磁束密度 B\boldsymbol{B}(T)、電荷密度 ρ\rho(C/m³)、電流密度 j\boldsymbol{j}(A/m²)、真空の誘電率 ε0\varepsilon_0、真空の透磁率 μ0\mu_0 とします。

前章までに得ている法則は次の 3 本です。

法則積分形微分形
ガウスの法則VEdS=1ε0VρdV\displaystyle\oint_{\partial V} \boldsymbol{E}\cdot d\boldsymbol{S} = \frac{1}{\varepsilon_0}\int_V \rho\, dVdivE=ρ/ε0\operatorname{div}\boldsymbol{E} = \rho/\varepsilon_0
磁場のガウスの法則VBdS=0\displaystyle\oint_{\partial V} \boldsymbol{B}\cdot d\boldsymbol{S} = 0divB=0\operatorname{div}\boldsymbol{B} = 0
アンペールの法則(静磁場)CBdl=μ0SjdS\displaystyle\oint_C \boldsymbol{B}\cdot d\boldsymbol{l} = \mu_0 \int_S \boldsymbol{j}\cdot d\boldsymbol{S}rotB=μ0j\operatorname{rot}\boldsymbol{B} = \mu_0\boldsymbol{j}

そして、電荷の保存を表す連続の式(Theorem 2.3)[Steady Currents and Magnetostatic Fields]

divj+ρt=0\operatorname{div}\boldsymbol{j} + \frac{\partial \rho}{\partial t} = 0

があります。これは実験法則というより、電荷が生成も消滅もしないという要請を局所的に書いたものです。ある領域から電流として流れ出た分だけ、その領域の電荷が減る、と読みます。

積分形と微分形を行き来するために、ベクトル解析の 2 つの定理を使います。VV を有界な領域、SS を区分的に滑らかな有向曲面、C=SC = \partial S をその境界とします。

VdivFdV=VFdS,SrotFdS=CFdl\int_V \operatorname{div}\boldsymbol{F}\, dV = \oint_{\partial V} \boldsymbol{F}\cdot d\boldsymbol{S}, \qquad \int_S \operatorname{rot}\boldsymbol{F}\cdot d\boldsymbol{S} = \oint_{C} \boldsymbol{F}\cdot d\boldsymbol{l}

前者がガウスの発散定理(Theorem 5.3)[Electrostatic Fields and Gauss's Law]、後者がストークスの定理(Theorem 5.3)[Steady Currents and Magnetostatic Fields]です。面積分の計算そのものについては 重積分と累次積分 を参照してください。

3. ファラデーの電磁誘導の法則(積分形)

Section titled “3. ファラデーの電磁誘導の法則(積分形)”

Definition 3.1磁束

有向曲面 SS(法線 n\boldsymbol{n})を貫く磁束 ΦB\Phi_B

ΦB=SBdS=SBndA\Phi_B = \int_S \boldsymbol{B}\cdot d\boldsymbol{S} = \int_S \boldsymbol{B}\cdot \boldsymbol{n}\, dA

で定義する。単位はウェーバ(Wb == T·m²)である。

磁束が曲面 SS の取り方によらず境界 CC だけで決まることは、divB=0\operatorname{div}\boldsymbol{B}=0Theorem 4.4[Steady Currents and Magnetostatic Fields])の帰結です。同じ境界 CC を持つ 2 つの曲面 S1,S2S_1, S_2 を貼り合わせると閉曲面ができ、そこを通る正味の磁束が 00 なので、S1BdS=S2BdS\int_{S_1}\boldsymbol{B}\cdot d\boldsymbol{S} = \int_{S_2}\boldsymbol{B}\cdot d\boldsymbol{S} となります。したがって「閉曲線 CC を貫く磁束」と言ってよいわけです。この事実は §6 でもう一度、今度は電流について問い直されます。

Definition 3.2起電力

閉曲線 CC に沿った起電力(electromotive force, EMF)E\mathcal{E} を、単位電荷を CC に沿って一周させる間に非静電的な力がする仕事として定義する。CC 上の各点が速度 v\boldsymbol{v} で動いているとき、電荷 qq が受ける力は F=q(E+v×B)\boldsymbol{F} = q(\boldsymbol{E} + \boldsymbol{v}\times\boldsymbol{B}) なので

E=C(E+v×B)dl\mathcal{E} = \oint_C (\boldsymbol{E} + \boldsymbol{v}\times\boldsymbol{B})\cdot d\boldsymbol{l}

である。単位はボルト(V)。CC が静止しているときは E=CEdl\mathcal{E} = \oint_C \boldsymbol{E}\cdot d\boldsymbol{l} となる。

名前に「力」と付いていますが次元は電圧です。19 世紀の用語がそのまま残ったもので、力ではありません。

Axiom 3.3ファラデーの電磁誘導の法則

任意の閉曲線 CC(時間とともに変形・移動してよい)と、CC を境界とする任意の有向曲面 S(t)S(t) について

E=dΦBdt,ΦB(t)=S(t)BdS\mathcal{E} = -\frac{d\Phi_B}{dt}, \qquad \Phi_B(t) = \int_{S(t)} \boldsymbol{B}\cdot d\boldsymbol{S}

が成り立つ。ここで CC の向きと SS の法線は右ねじの規則で対応させる。

右辺のマイナス符号がレンツの法則です。誘導起電力は、それが駆動する電流がつくる磁場によって、元の磁束変化を打ち消す向きに生じます。もしこの符号がプラスだったらどうなるか考えてみてください。磁束がわずかに増えると、それを増やす向きの電流が流れ、磁束がさらに増え、電流がさらに増える。エネルギーが無限に湧き出します。マイナス符号はエネルギー保存の要請そのものです。

Example 3.4一様磁場中で回転するコイル(交流発電機)

一様な磁束密度 B=Bx^\boldsymbol{B} = B\hat{\boldsymbol{x}} の中に、面積 AA、巻数 NN の平面コイルを置き、zz 軸のまわりに一定の角速度 ω\omega で回転させます。時刻 tt でのコイルの法線を n(t)=(cosωt, sinωt, 0)\boldsymbol{n}(t) = (\cos\omega t,\ \sin\omega t,\ 0) とすると、1 巻きあたりの磁束は

Φ1(t)=Bn(t)A=BAcosωt\Phi_1(t) = \boldsymbol{B}\cdot\boldsymbol{n}(t)\, A = BA\cos\omega t

です。NN 巻きのコイルは同じ磁束を NN 回貫かせるので ΦB=NBAcosωt\Phi_B = NBA\cos\omega t、したがって Axiom 3.3 より

E=ddt(NBAcosωt)=NBAωsinωt\mathcal{E} = -\frac{d}{dt}\bigl(NBA\cos\omega t\bigr) = NBA\,\omega \sin\omega t

となります。振幅 NBAωNBA\omega、角周波数 ω\omega の正弦波、つまり交流です。数値を入れてみます。N=200N = 200A=2.0×102A = 2.0\times10^{-2} m²、B=0.50B = 0.50 T、f=50f = 50 Hz(ω=2πf=314\omega = 2\pi f = 314 rad/s)とすると

NBAω=200×0.50×2.0×102×314=6.3×102 VNBA\omega = 200 \times 0.50 \times 2.0\times 10^{-2} \times 314 = 6.3\times 10^{2}\ \text{V}

で、およそ 630 V の振幅になります。発電所の同期発電機はこの原理そのものです。

Theorem 4.1ファラデーの法則の微分形

E,B\boldsymbol{E}, \boldsymbol{B}C1C^1 級であるとする。静止した任意の閉曲線 CC とそれを境界とする任意の有向曲面 SS について Axiom 3.3 が成り立つことは、空間の各点で

rotE=Bt\operatorname{rot}\boldsymbol{E} = -\frac{\partial \boldsymbol{B}}{\partial t}

が成り立つことと同値である。

Proof(Theorem 4.1)

(積分形 \Rightarrow 微分形) CCSS は静止しているので、時間微分と面積分の順序を交換できます。B\boldsymbol{B}C1C^1 級で SS が有界であることから、微分と積分の交換が正当化されます。よって

ddtSBdS=SBtdS-\frac{d}{dt}\int_S \boldsymbol{B}\cdot d\boldsymbol{S} = -\int_S \frac{\partial\boldsymbol{B}}{\partial t}\cdot d\boldsymbol{S}

です。一方、CC が静止しているので Definition 3.2 より E=CEdl\mathcal{E} = \oint_C \boldsymbol{E}\cdot d\boldsymbol{l} であり、ストークスの定理(§2)から

CEdl=SrotEdS\oint_C \boldsymbol{E}\cdot d\boldsymbol{l} = \int_S \operatorname{rot}\boldsymbol{E}\cdot d\boldsymbol{S}

です。Axiom 3.3 を代入すると、任意の有向曲面 SS について

S(rotE+Bt)dS=0\int_S \left(\operatorname{rot}\boldsymbol{E} + \frac{\partial\boldsymbol{B}}{\partial t}\right)\cdot d\boldsymbol{S} = 0

が成り立ちます。ここで G:=rotE+B/t\boldsymbol{G} := \operatorname{rot}\boldsymbol{E} + \partial\boldsymbol{B}/\partial t と置き、ある点 PPG(P)0\boldsymbol{G}(P) \ne \boldsymbol{0} と仮定して矛盾を導きます。n0:=G(P)/G(P)\boldsymbol{n}_0 := \boldsymbol{G}(P)/|\boldsymbol{G}(P)| とおくと G(P)n0=G(P)>0\boldsymbol{G}(P)\cdot\boldsymbol{n}_0 = |\boldsymbol{G}(P)| > 0 です。G\boldsymbol{G} は連続なので、PP を含む十分小さい半径 aa の円板 DaD_a(法線 n0\boldsymbol{n}_0、中心 PP)を取れば、その上で Gn0>G(P)/2>0\boldsymbol{G}\cdot\boldsymbol{n}_0 > |\boldsymbol{G}(P)|/2 > 0 とできます。すると

DaGdS>G(P)2πa2>0\int_{D_a} \boldsymbol{G}\cdot d\boldsymbol{S} > \frac{|\boldsymbol{G}(P)|}{2}\,\pi a^2 > 0

となり、上の等式に反します。したがってすべての点で G=0\boldsymbol{G} = \boldsymbol{0}、すなわち rotE=B/t\operatorname{rot}\boldsymbol{E} = -\partial\boldsymbol{B}/\partial t です。

(微分形 \Rightarrow 積分形) 逆向きは上の計算をそのまま逆にたどります。任意の静止した SS について両辺を面積分し、左辺にストークスの定理、右辺に微分と積分の交換を適用すれば CEdl=dΦB/dt\oint_C\boldsymbol{E}\cdot d\boldsymbol{l} = -d\Phi_B/dt を得ます。

この「任意の曲面で積分が 00 なら被積分関数が 00」という論法は電磁気学で何度も使うので、上のように一度きちんと書いておく価値があります。使った仮定は G\boldsymbol{G}連続性だけです。連続性がなければ、たとえば一点でだけ値を変えた関数を考えると結論は成り立ちません。

Remark 4.2

静電場では rotE=0\operatorname{rot}\boldsymbol{E} = \boldsymbol{0} でした。これは E=gradϕ\boldsymbol{E} = -\operatorname{grad}\phi と書けること、つまりスカラーポテンシャル(電位)の存在と(単連結領域上で)同値です。Theorem 4.1 は、B/t0\partial\boldsymbol{B}/\partial t \ne \boldsymbol{0} の場では rotE0\operatorname{rot}\boldsymbol{E}\ne\boldsymbol{0} であることを言っています。したがって電位だけでは電場を表せません。閉路を一周して戻ってきたときの「電位差」が 00 にならないからです。これを救うにはベクトルポテンシャル A\boldsymbol{A} を併用して E=gradϕA/t\boldsymbol{E} = -\operatorname{grad}\phi - \partial\boldsymbol{A}/\partial t と書く必要があります。この形については 電磁ポテンシャルとゲージ変換Definition 3.2[電磁ポテンシャルとゲージ変換])で扱います。

Example 4.3ソレノイド内外に誘導される電場

半径 RR の無限に長いソレノイドがあり、内部に一様な磁束密度 B(t)=B(t)z^\boldsymbol{B}(t) = B(t)\hat{\boldsymbol{z}}、外部では B=0\boldsymbol{B}=\boldsymbol{0} とします。軸対称性から、誘導電場は方位角方向の成分 Eφ(r,t)E_\varphi(r,t) のみを持つと仮定できます。

半径 rr の円 CrC_r(軸に垂直、中心は軸上、z^\hat{\boldsymbol{z}} を法線とする向き)に Axiom 3.3 を適用します。CrC_r は静止しているので E=CrEdl=2πrEφ\mathcal{E} = \oint_{C_r}\boldsymbol{E}\cdot d\boldsymbol{l} = 2\pi r E_\varphi です。

r<Rr < R のとき、円板を貫く磁束は ΦB=πr2B(t)\Phi_B = \pi r^2 B(t) なので

2πrEφ=πr2dBdtEφ=r2dBdt2\pi r E_\varphi = -\pi r^2 \frac{dB}{dt} \quad\Longrightarrow\quad E_\varphi = -\frac{r}{2}\frac{dB}{dt}

r>Rr > R のとき、磁束はソレノイド内部の分しかないので ΦB=πR2B(t)\Phi_B = \pi R^2 B(t) であり

2πrEφ=πR2dBdtEφ=R22rdBdt2\pi r E_\varphi = -\pi R^2 \frac{dB}{dt} \quad\Longrightarrow\quad E_\varphi = -\frac{R^2}{2r}\frac{dB}{dt}

となります。注目すべきは後者です。ソレノイドの外では B=0\boldsymbol{B} = \boldsymbol{0} なのに、電場は 00 ではありません。「磁場のあるところに電場が生じる」のではなく、「磁束の変化を囲む経路に沿って電場が回る」のです。この誘導電場を使って電子を加速する装置がベータトロンです。

5. 動く回路:フラックス則とローレンツ力

Section titled “5. 動く回路:フラックス則とローレンツ力”

Theorem 4.1 は静止した回路の話でした。回路が動く場合、E\mathcal{E} には v×B\boldsymbol{v}\times\boldsymbol{B} の寄与も入ります。Axiom 3.3 はこの場合も含めて成り立つと主張していますが、それが微分形と整合することを確かめる必要があります。鍵は次の補題です。

Lemma 5.1運動する曲面上の磁束の時間微分

C(t)C(t) を、各点が速度場 v(r,t)\boldsymbol{v}(\boldsymbol{r},t) に従って運動する閉曲線とし、S(t)S(t) をそれを境界とする有向曲面(同じ速度場で運動する)とする。B\boldsymbol{B}C1C^1 級で divB=0\operatorname{div}\boldsymbol{B}=0 が成り立つとき

ddtS(t)BdS=S(t)BtdSC(t)(v×B)dl\frac{d}{dt}\int_{S(t)} \boldsymbol{B}\cdot d\boldsymbol{S} = \int_{S(t)} \frac{\partial\boldsymbol{B}}{\partial t}\cdot d\boldsymbol{S} - \oint_{C(t)} (\boldsymbol{v}\times\boldsymbol{B})\cdot d\boldsymbol{l}

が成り立つ。

Proof(Lemma 5.1)

時刻 tt から t+dtt+dt までの間に SS が掃く領域 VV を考えます。VV の境界は 3 つの部分からなります。S(t)S(t)(外向き法線は n-\boldsymbol{n})、S(t+dt)S(t+dt)(外向き法線は +n+\boldsymbol{n})、そして境界 CC が掃く帯 Σ\Sigma です。Σ\Sigma の外向き面積要素は dSΣ=dl×(vdt)d\boldsymbol{S}_\Sigma = d\boldsymbol{l}\times(\boldsymbol{v}\,dt) です(CC の向きと n\boldsymbol{n} の右ねじの関係から、この外積が外向きになります)。

時刻 t+dtt+dt の場 B\boldsymbol{B} について divB=0\operatorname{div}\boldsymbol{B}=0 とガウスの発散定理を VV に適用すると、閉曲面を通る正味の磁束が 00 なので

S(t+dt)B(t+dt)dSS(t)B(t+dt)dS+CB(t+dt)(dl×vdt)=0\int_{S(t+dt)}\boldsymbol{B}(t+dt)\cdot d\boldsymbol{S} - \int_{S(t)}\boldsymbol{B}(t+dt)\cdot d\boldsymbol{S} + \oint_C \boldsymbol{B}(t+dt)\cdot\bigl(d\boldsymbol{l}\times\boldsymbol{v}\,dt\bigr) = 0

が成り立ちます。第 1 項は ΦB(t+dt)\Phi_B(t+dt) です。第 2 項は、B(t+dt)=B(t)+(B/t)dt+O(dt2)\boldsymbol{B}(t+dt) = \boldsymbol{B}(t) + (\partial\boldsymbol{B}/\partial t)\,dt + O(dt^2) を代入して

S(t)B(t+dt)dS=ΦB(t)+dtS(t)BtdS+O(dt2)\int_{S(t)}\boldsymbol{B}(t+dt)\cdot d\boldsymbol{S} = \Phi_B(t) + dt\int_{S(t)}\frac{\partial\boldsymbol{B}}{\partial t}\cdot d\boldsymbol{S} + O(dt^2)

です。第 3 項はすでに dtdt の 1 次なので B(t+dt)\boldsymbol{B}(t+dt)B(t)\boldsymbol{B}(t) で置き換えても誤差は O(dt2)O(dt^2) です。スカラー三重積の巡回性 B(dl×v)=dl(v×B)\boldsymbol{B}\cdot(d\boldsymbol{l}\times\boldsymbol{v}) = d\boldsymbol{l}\cdot(\boldsymbol{v}\times\boldsymbol{B}) を使うと、第 3 項は dtC(v×B)dldt\oint_C(\boldsymbol{v}\times\boldsymbol{B})\cdot d\boldsymbol{l} になります。以上をまとめて dtdt で割り、dt0dt\to 0 とすれば主張の式を得ます。

Theorem 5.2フラックス則

divB=0\operatorname{div}\boldsymbol{B}=0rotE=B/t\operatorname{rot}\boldsymbol{E} = -\partial\boldsymbol{B}/\partial t が成り立つとする。このとき、速度場 v\boldsymbol{v} で運動する任意の閉曲線 C(t)C(t) について

C(t)(E+v×B)dl=ddtS(t)BdS\oint_{C(t)} (\boldsymbol{E} + \boldsymbol{v}\times\boldsymbol{B})\cdot d\boldsymbol{l} = -\frac{d}{dt}\int_{S(t)}\boldsymbol{B}\cdot d\boldsymbol{S}

が成り立つ。すなわち Axiom 3.3 は、静止回路の微分形 Theorem 4.1 とローレンツ力から導かれる。

Proof(Theorem 5.2)

Lemma 5.1 より

dΦBdt=S(t)BtdS+C(t)(v×B)dl-\frac{d\Phi_B}{dt} = -\int_{S(t)}\frac{\partial\boldsymbol{B}}{\partial t}\cdot d\boldsymbol{S} + \oint_{C(t)}(\boldsymbol{v}\times\boldsymbol{B})\cdot d\boldsymbol{l}

です。ここで仮定 rotE=B/t\operatorname{rot}\boldsymbol{E} = -\partial\boldsymbol{B}/\partial t を第 1 項に使うと

S(t)BtdS=S(t)rotEdS=C(t)Edl-\int_{S(t)}\frac{\partial\boldsymbol{B}}{\partial t}\cdot d\boldsymbol{S} = \int_{S(t)}\operatorname{rot}\boldsymbol{E}\cdot d\boldsymbol{S} = \oint_{C(t)}\boldsymbol{E}\cdot d\boldsymbol{l}

となります(最後の等号はストークスの定理)。この 2 式を足し合わせれば主張が出ます。なお divB=0\operatorname{div}\boldsymbol{B}=0Lemma 5.1 の証明で使われています。

この定理が §1 で述べた「不自然さ」の正体です。磁石を動かすと B/t0\partial\boldsymbol{B}/\partial t \ne \boldsymbol{0} で誘導電場が生じ、コイルを動かすと v×B\boldsymbol{v}\times\boldsymbol{B} 項が効きます。物理的な起源は別ですが、両者の和がちょうど磁束の全微分になるので、結果は同じ式で書けます。この「偶然」は、後に相対論において E\boldsymbol{E}B\boldsymbol{B} が一つのテンソルの成分であることから説明されます。

Example 5.3レール上を滑る導体棒

間隔 LL の 2 本の平行なレール上を、導体棒が速度 vv で滑っています。一様な磁束密度 BB が回路面に垂直(紙面に入る向き)にかかっているとします。

棒の中の自由電子は棒とともに速度 v\boldsymbol{v} で動くので、ローレンツ力 qv×Bq\boldsymbol{v}\times\boldsymbol{B} を受けます。この力の大きさは単位電荷あたり vBvB で、向きは棒に沿った方向です。棒の長さ LL にわたって積分すると、Definition 3.2 より

E=0LvBdl=BLv\mathcal{E} = \int_0^L vB\, dl = BLv

です(レールの部分は動いていないので v×B\boldsymbol{v}\times\boldsymbol{B} の寄与がなく、静電場の寄与も一周すると打ち消し合います)。

一方、フラックスで計算すると、回路が囲む面積は A(t)=Lx(t)A(t) = L\,x(t)dx/dt=vdx/dt = v なので ΦB=BLx(t)\Phi_B = BLx(t)、したがって E=dΦB/dt=BLv\mathcal{E} = -d\Phi_B/dt = -BLv です。符号の違いは向きの取り方の違いで、大きさは一致します。Theorem 5.2 が保証するとおりです。

回路の全抵抗を RR とすると電流は I=BLv/RI = BLv/R、棒が受ける磁気力は F=BIL=B2L2v/RF = BIL = B^2L^2v/R で、レンツの法則どおり運動を妨げる向きです。単位時間あたりに外力がする仕事は Fv=B2L2v2/RFv = B^2L^2v^2/R で、これは回路で消費されるジュール熱 I2R=B2L2v2/RI^2R = B^2L^2v^2/R にちょうど等しくなります。エネルギーは帳尻が合っています。

6. 変位電流:アンペールの法則の破綻と修復

Section titled “6. 変位電流:アンペールの法則の破綻と修復”

Example 6.1平行板コンデンサを充電する回路

電池と抵抗と平行板コンデンサを直列につないだ回路を考えます。スイッチを入れた直後、導線には電流 I(t)I(t) が流れ、コンデンサの極板に電荷が溜まっていきます。ただし極板の間は真空(あるいは絶縁体)なので、そこには電流は流れません。

導線を囲む閉曲線 CC を取り、静磁場のアンペールの法則(Corollary 6.3[Steady Currents and Magnetostatic Fields]

CBdl=μ0SjdS\oint_C \boldsymbol{B}\cdot d\boldsymbol{l} = \mu_0 \int_S \boldsymbol{j}\cdot d\boldsymbol{S}

を適用します。CC を境界とする曲面として、まず導線を垂直に横切る平らな円板 S1S_1 を取ると、右辺は μ0I(t)\mu_0 I(t) です。次に、CC を境界としたまま袋のようにふくらませて、極板のを通る曲面 S2S_2 を取ります。S2S_2 はどの導線も横切らないので、右辺は 00 です。

同じ左辺に対して、右辺が μ0I\mu_0 I00 の二通り出てきました。矛盾です。

I(t)I(t)CS₁S₂+Q−Q
同じ境界 C をもつ 2 つの曲面。S₁ は導線を横切り、S₂ は極板の間を通る

Proposition 6.2静磁場のアンペールの法則の限界

B\boldsymbol{B}C2C^2 級であるとする。微分形 rotB=μ0j\operatorname{rot}\boldsymbol{B} = \mu_0\boldsymbol{j} が空間の各点で成り立つならば、その点で ρ/t=0\partial\rho/\partial t = 0 でなければならない。したがって、電荷密度が時間変化する状況ではこの法則は成立しえない。

Proof(Proposition 6.2)

任意の C2C^2 級ベクトル場 F\boldsymbol{F} について div(rotF)=0\operatorname{div}(\operatorname{rot}\boldsymbol{F}) = 0 が恒等的に成り立ちます。成分で確認すると

div(rotF)=x(yFzzFy)+y(zFxxFz)+z(xFyyFx)\operatorname{div}(\operatorname{rot}\boldsymbol{F}) = \partial_x(\partial_y F_z - \partial_z F_y) + \partial_y(\partial_z F_x - \partial_x F_z) + \partial_z(\partial_x F_y - \partial_y F_x)

で、xyFz\partial_x\partial_y F_zyxFz-\partial_y\partial_x F_z のように 6 項が偏微分の交換可能性によって 2 つずつ打ち消し合い、00 になります。

そこで rotB=μ0j\operatorname{rot}\boldsymbol{B} = \mu_0\boldsymbol{j} の両辺の発散を取ると 0=μ0divj0 = \mu_0\operatorname{div}\boldsymbol{j}、すなわち divj=0\operatorname{div}\boldsymbol{j} = 0 です。これを連続の式 divj+ρ/t=0\operatorname{div}\boldsymbol{j} + \partial\rho/\partial t = 0(§2)に代入すると ρ/t=0\partial\rho/\partial t = 0 を得ます。

つまりアンペールの法則は、静磁場という前提を外した瞬間に、電荷保存則と衝突します。Example 6.1 の逆理は、この一般的な事実が具体的な回路として現れたものにすぎません。

flowchart TD
A["アンペールの法則 rot B = μ0 j"] --> B["両辺の div をとる<br/>div(rot B) = 0 は恒等式"]
B --> C["div j = 0 が必要"]
D["電荷保存則<br/>div j + ∂ρ/∂t = 0"] --> E["ρ が変化する場では div j ≠ 0"]
C --> F["矛盾"]
E --> F
F --> G["補正項を足す<br/>rot B = μ0 (j + jd)"]
G --> H["div jd = ∂ρ/∂t が必要"]
I["ガウスの法則<br/>ρ = ε0 div E"] --> J["jd = ε0 ∂E/∂t"]
H --> J
変位電流が要請される論理

Definition 6.3変位電流密度

真空中で

jd:=ε0Et\boldsymbol{j}_{\mathrm{d}} := \varepsilon_0 \frac{\partial \boldsymbol{E}}{\partial t}

変位電流密度という。次元は電流密度と同じ A/m² である。曲面 SS を通る変位電流 IdI_{\mathrm{d}}Id=SjddSI_{\mathrm{d}} = \int_S \boldsymbol{j}_{\mathrm{d}}\cdot d\boldsymbol{S} で定義される。

「電流」と呼びますが、電荷が流れているわけではありません。マクスウェルは当時、真空を満たすエーテルの微小な変位(displacement)が生む電流としてこれを解釈しました。エーテルは否定されましたが、名前だけが残っています。実体は「電場の時間変化」です。

Proposition 6.4変位電流による修復

アンペールの法則を

rotB=μ0(j+ε0Et)\operatorname{rot}\boldsymbol{B} = \mu_0\left(\boldsymbol{j} + \varepsilon_0\frac{\partial\boldsymbol{E}}{\partial t}\right)

と修正すれば、ガウスの法則 divE=ρ/ε0\operatorname{div}\boldsymbol{E} = \rho/\varepsilon_0 のもとで、この式は連続の式と矛盾しない。さらに、修正項を jd\boldsymbol{j}_{\mathrm{d}} という未知のベクトル場として「任意の電荷分布に対して整合する」ことだけを要求すると、jd\boldsymbol{j}_{\mathrm{d}}ε0E/t\varepsilon_0\partial\boldsymbol{E}/\partial t と回転場(発散が 00 の場)の分だけしか違わない。

Proof(Proposition 6.4)

(整合性) 修正した式の両辺の発散を取ります。左辺は Proposition 6.2 の証明で示した恒等式により 00 です。右辺は

μ0(divj+ε0tdivE)=μ0(divj+ε0tρε0)=μ0(divj+ρt)\mu_0\left(\operatorname{div}\boldsymbol{j} + \varepsilon_0 \frac{\partial}{\partial t}\operatorname{div}\boldsymbol{E}\right) = \mu_0\left(\operatorname{div}\boldsymbol{j} + \varepsilon_0\frac{\partial}{\partial t}\frac{\rho}{\varepsilon_0}\right) = \mu_0\left(\operatorname{div}\boldsymbol{j} + \frac{\partial\rho}{\partial t}\right)

となり(2 番目の等号でガウスの法則、および時間微分と空間微分の交換可能性を使いました)、連続の式によりこれは 00 です。両辺とも 00 なので矛盾はありません。

(ほぼ一意) 修正項を jd\boldsymbol{j}_{\mathrm{d}} と書くと、上と同じ計算から整合の条件は divj+divjd=0\operatorname{div}\boldsymbol{j} + \operatorname{div}\boldsymbol{j}_{\mathrm{d}} = 0、すなわち連続の式と合わせて

divjd=ρt=ε0tdivE=div(ε0Et)\operatorname{div}\boldsymbol{j}_{\mathrm{d}} = \frac{\partial\rho}{\partial t} = \varepsilon_0\frac{\partial}{\partial t}\operatorname{div}\boldsymbol{E} = \operatorname{div}\left(\varepsilon_0\frac{\partial\boldsymbol{E}}{\partial t}\right)

です。よって div(jdε0E/t)=0\operatorname{div}\bigl(\boldsymbol{j}_{\mathrm{d}} - \varepsilon_0\partial\boldsymbol{E}/\partial t\bigr) = 0 となり、差は発散が 00 の場に限られます。

Remark 6.5

Proposition 6.4 の後半は「一意」ではなく「回転場の分だけ不定」であることに注意してください。数学だけからは変位電流項は決まりません。決めているのは 2 つの要請です。第一に、余分な回転場を加えない最も簡単な形を選ぶこと。第二に、そこから導かれる予言が実験と合うことです。マクスウェルはこの修正から真空中の波動方程式を導き、その伝播速度が 1/ε0μ03.0×1081/\sqrt{\varepsilon_0\mu_0} \approx 3.0\times10^8 m/s、つまり当時測定されていた光速と一致することを見出しました。この一致が変位電流項の正しさを支える最も強い証拠です。詳細は マクスウェル方程式と電磁波Theorem 4.1[マクスウェル方程式と電磁波])で扱います。

Example 6.6コンデンサの極板間の磁場

半径 RR の円形極板が間隔 dddRd \ll R)で向かい合っている平行板コンデンサに、一定電流 II が流れ込んでいるとします。極板上の電荷を Q(t)Q(t)dQ/dt=IdQ/dt = I とします。

極板間の電場は(縁の効果を無視すれば)一様で、大きさは面電荷密度 σ=Q/(πR2)\sigma = Q/(\pi R^2) を使って E=σ/ε0=Q/(ε0πR2)E = \sigma/\varepsilon_0 = Q/(\varepsilon_0 \pi R^2)、向きは正極板から負極板へ向かう軸方向です。よって変位電流密度の大きさは

jd=ε0Et=ε01ε0πR2dQdt=IπR2j_{\mathrm{d}} = \varepsilon_0\frac{\partial E}{\partial t} = \varepsilon_0 \cdot \frac{1}{\varepsilon_0 \pi R^2}\frac{dQ}{dt} = \frac{I}{\pi R^2}

です。極板の全断面 πR2\pi R^2 にわたって積分すると Id=II_{\mathrm{d}} = I極板間を「流れる」変位電流は、導線を流れる伝導電流にちょうど等しいわけです。これで Example 6.1 の逆理は消えます。S1S_1 では伝導電流 IIS2S_2 では変位電流 II で、どちらも同じ答えになります。

極板間、軸から距離 rr の点での磁束密度を求めます。軸を中心とする半径 rr の円 CrC_r に修正されたアンペールの法則(Proposition 6.4)の積分形を適用すると、r<Rr < R では

B(r)2πr=μ0IπR2πr2B(r)=μ0Ir2πR2B(r)\cdot 2\pi r = \mu_0 \cdot \frac{I}{\pi R^2}\cdot \pi r^2 \quad\Longrightarrow\quad B(r) = \frac{\mu_0 I r}{2\pi R^2}

r>Rr > R では変位電流の全量 II が囲まれるので

B(r)2πr=μ0IB(r)=μ0I2πrB(r)\cdot 2\pi r = \mu_0 I \quad\Longrightarrow\quad B(r) = \frac{\mu_0 I}{2\pi r}

となります。前者は一様な電流が流れる太い導線の内部の磁場(Example 6.5[Steady Currents and Magnetostatic Fields])と、後者は細い導線がつくる磁場(Example 3.3[Steady Currents and Magnetostatic Fields])と、それぞれ同じ形です。極板間には電荷の流れが一切ないのに、あたかも電流が流れているかのような磁場ができます。

数値を入れます。R=5.0R = 5.0 cm、I=1.0I = 1.0 A、r=Rr = R のとき

B=μ0I2πR=4π×107×1.02π×0.050=2×1070.050=4.0×106 TB = \frac{\mu_0 I}{2\pi R} = \frac{4\pi\times10^{-7}\times 1.0}{2\pi\times 0.050} = \frac{2\times10^{-7}}{0.050} = 4.0\times10^{-6}\ \text{T}

で、4.0 μT4.0\ \mu\text{T} です。地磁気(およそ 50 μT50\ \mu\text{T})の 10 分の 1 程度なので、注意深い実験なら測定できます。実際、この磁場は測定されています。

Example 6.7変位電流はいつ効くか(数値評価)

導体の中では、伝導電流と変位電流のどちらが優勢でしょうか。オームの法則 j=σE\boldsymbol{j} = \sigma\boldsymbol{E}σ\sigma は電気伝導率)が成り立ち、場が角周波数 ω\omega で振動しているとすると、大きさの比は

ε0E/tσE=ε0ωσ\frac{|\varepsilon_0 \partial\boldsymbol{E}/\partial t|}{|\sigma\boldsymbol{E}|} = \frac{\varepsilon_0\omega}{\sigma}

です。銅の場合 σ=5.96×107\sigma = 5.96\times10^7 S/m なので、f=1.0f = 1.0 GHz(ω=6.28×109\omega = 6.28\times10^9 rad/s)でも

ε0ωσ=8.85×1012×6.28×1095.96×107=5.56×1025.96×1079.3×1010\frac{\varepsilon_0\omega}{\sigma} = \frac{8.85\times10^{-12}\times 6.28\times10^{9}}{5.96\times10^{7}} = \frac{5.56\times10^{-2}}{5.96\times10^{7}} \approx 9.3\times10^{-10}

で、変位電流は伝導電流の 10 億分の 1 以下です。金属導体の中では、光の振動数に近づくまで変位電流は無視できます。

逆に、真空や良い絶縁体の中では σ=0\sigma = 0 なので、電流はすべて変位電流です。電磁波が真空中を伝わるとき、磁場をつくっているのは変位電流だけです。つまり変位電流項は、実験室の回路ではほとんど見えないのに、光の存在そのものを担っているという、極端な二面性を持っています。

これで 4 本が揃いました。

名称微分形積分形
ガウスの法則divE=ρε0\operatorname{div}\boldsymbol{E} = \dfrac{\rho}{\varepsilon_0}VEdS=Qinε0\displaystyle\oint_{\partial V}\boldsymbol{E}\cdot d\boldsymbol{S} = \frac{Q_{\text{in}}}{\varepsilon_0}
磁場のガウスの法則divB=0\operatorname{div}\boldsymbol{B} = 0VBdS=0\displaystyle\oint_{\partial V}\boldsymbol{B}\cdot d\boldsymbol{S} = 0
ファラデーの法則rotE=Bt\operatorname{rot}\boldsymbol{E} = -\dfrac{\partial\boldsymbol{B}}{\partial t}CEdl=ddtSBdS\displaystyle\oint_C \boldsymbol{E}\cdot d\boldsymbol{l} = -\frac{d}{dt}\int_S\boldsymbol{B}\cdot d\boldsymbol{S}
アンペール・マクスウェルの法則rotB=μ0j+ε0μ0Et\operatorname{rot}\boldsymbol{B} = \mu_0\boldsymbol{j} + \varepsilon_0\mu_0\dfrac{\partial\boldsymbol{E}}{\partial t}CBdl=μ0Iin+ε0μ0ddtSEdS\displaystyle\oint_C \boldsymbol{B}\cdot d\boldsymbol{l} = \mu_0 I_{\text{in}} + \varepsilon_0\mu_0\frac{d}{dt}\int_S\boldsymbol{E}\cdot d\boldsymbol{S}

これに、電荷が受ける力を与えるローレンツ力の式 F=q(E+v×B)\boldsymbol{F} = q(\boldsymbol{E} + \boldsymbol{v}\times\boldsymbol{B}) を加えると、古典電磁気学は完結します。

Corollary 7.1電荷保存則はマクスウェル方程式の帰結

マクスウェル方程式のうちガウスの法則とアンペール・マクスウェルの法則が成り立つならば、連続の式 divj+ρ/t=0\operatorname{div}\boldsymbol{j} + \partial\rho/\partial t = 0 が自動的に成り立つ。

Proof(Corollary 7.1)

アンペール・マクスウェルの法則の両辺の発散を取ります。左辺は恒等式 div(rotB)=0\operatorname{div}(\operatorname{rot}\boldsymbol{B}) = 0Proposition 6.2 の証明を参照)により 00 です。右辺は

μ0divj+ε0μ0tdivE=μ0divj+ε0μ0t(ρε0)=μ0(divj+ρt)\mu_0\operatorname{div}\boldsymbol{j} + \varepsilon_0\mu_0\frac{\partial}{\partial t}\operatorname{div}\boldsymbol{E} = \mu_0\operatorname{div}\boldsymbol{j} + \varepsilon_0\mu_0\frac{\partial}{\partial t}\left(\frac{\rho}{\varepsilon_0}\right) = \mu_0\left(\operatorname{div}\boldsymbol{j} + \frac{\partial\rho}{\partial t}\right)

です(2 番目の等号でガウスの法則を使いました)。μ00\mu_0 \ne 0 なので divj+ρ/t=0\operatorname{div}\boldsymbol{j} + \partial\rho/\partial t = 0 を得ます。

これは注目に値します。§6 では電荷保存則を外から課す制約として使って変位電流を導きました。ところが完成した方程式系では、電荷保存則は方程式から導かれる定理になっています。方程式系がそれだけ強く縛られている、ということです。

次章では、真空中(ρ=0\rho = 0, j=0\boldsymbol{j} = \boldsymbol{0})でこの 4 本から E\boldsymbol{E}B\boldsymbol{B} が波動方程式を満たすことを示します。そこで現れる速度 1/ε0μ01/\sqrt{\varepsilon_0\mu_0} が光速に一致することが、電磁気学と光学を統一する結論になります。

Exercise 8.1標準

半径 R=5.0R = 5.0 cm の円形極板をもつ平行板コンデンサに、一定の電流 I=2.0I = 2.0 A が流れ込んでいます。縁の効果は無視できるとして、(1) 極板間の変位電流密度の大きさ、(2) 軸から r=2.0r = 2.0 cm の点における磁束密度の大きさ、を求めてください。

Solution

(1) Example 6.6 と同じ計算です。極板間の電場は一様で E=Q/(ε0πR2)E = Q/(\varepsilon_0\pi R^2) なので

jd=ε0Et=IπR2=2.0π×(0.050)2=2.07.854×103=2.5×102 A/m2j_{\mathrm{d}} = \varepsilon_0\frac{\partial E}{\partial t} = \frac{I}{\pi R^2} = \frac{2.0}{\pi\times(0.050)^2} = \frac{2.0}{7.854\times10^{-3}} = 2.5\times10^{2}\ \text{A/m}^2

およそ 255255 A/m² です。

(2) r=2.0 cm<R=5.0 cmr = 2.0\ \text{cm} < R = 5.0\ \text{cm} なので、半径 rr の円が囲む変位電流は Id(r)=jdπr2=Ir2/R2I_{\mathrm{d}}(r) = j_{\mathrm{d}}\cdot\pi r^2 = I r^2/R^2 です。アンペール・マクスウェルの法則(Proposition 6.4)から

B2πr=μ0Ir2R2B=μ0Ir2πR2=(4π×107)(2.0)(0.020)2π×(0.050)2B\cdot 2\pi r = \mu_0 \frac{I r^2}{R^2} \quad\Longrightarrow\quad B = \frac{\mu_0 I r}{2\pi R^2} = \frac{(4\pi\times10^{-7})(2.0)(0.020)}{2\pi\times(0.050)^2}

分子は 4π×107×0.040=1.6π×1084\pi\times10^{-7}\times 0.040 = 1.6\pi\times10^{-8}、分母は 2π×2.5×103=5.0π×1032\pi\times 2.5\times10^{-3} = 5.0\pi\times10^{-3} なので

B=1.6×1085.0×103=3.2×106 TB = \frac{1.6\times10^{-8}}{5.0\times10^{-3}} = 3.2\times10^{-6}\ \text{T}

すなわち 3.2 μT3.2\ \mu\text{T} です。

Exercise 8.2標準

鉛直に立てた間隔 LL の 2 本の導体レールの上を、質量 mm の導体棒が摩擦なく滑り落ちます。水平方向に一様な磁束密度 BB が回路面に垂直にかかっており、回路の全抵抗は RR(一定)です。棒の自己インダクタンスは無視できるとします。棒の終端速度 vv_\infty を求め、m=10m = 10 g, L=0.20L = 0.20 m, B=0.50B = 0.50 T, R=0.10 ΩR = 0.10\ \Omega, g=9.8g = 9.8 m/s² のときの値を計算してください。

Solution

速度 vv で落下しているとき、Example 5.3 と同じ計算で起電力の大きさは E=BLv\mathcal{E} = BLv、電流は I=BLv/RI = BLv/R です。この電流が流れる棒は磁場から力 F=BIL=B2L2v/RF = BIL = B^2L^2v/R を受け、レンツの法則(Axiom 3.3 のマイナス符号)より向きは運動を妨げる向き、つまり上向きです。

運動方程式は

mdvdt=mgB2L2Rvm\frac{dv}{dt} = mg - \frac{B^2L^2}{R}v

です。終端速度は dv/dt=0dv/dt = 0 となる速度なので

v=mgRB2L2v_\infty = \frac{mgR}{B^2L^2}

数値を入れると

v=(0.010)(9.8)(0.10)(0.50)2(0.20)2=9.8×1030.25×0.040=9.8×1031.0×102=0.98 m/sv_\infty = \frac{(0.010)(9.8)(0.10)}{(0.50)^2(0.20)^2} = \frac{9.8\times10^{-3}}{0.25\times 0.040} = \frac{9.8\times10^{-3}}{1.0\times10^{-2}} = 0.98\ \text{m/s}

0.980.98 m/s です。なお上の 1 階線形微分方程式を解くと v(t)=v(1et/τ)v(t) = v_\infty\bigl(1 - e^{-t/\tau}\bigr)τ=mR/(B2L2)=0.10\tau = mR/(B^2L^2) = 0.10 s で、vv_\infty に指数関数的に近づきます。

Exercise 8.3標準

半径 RR の無限に長いソレノイドが単位長さあたり nn 回巻かれ、電流 I(t)=I0sinωtI(t) = I_0\sin\omega t が流れています。内部の磁束密度は B(t)=μ0nI(t)B(t) = \mu_0 n I(t)(軸方向、一様)、外部では 00 です。軸から距離 r>Rr > R の点における誘導電場の方位角成分 Eφ(r,t)E_\varphi(r,t) を求め、その振幅が rr とともにどう変化するかを述べてください。

Solution

Example 4.3r>Rr > R の場合をそのまま使います。軸を中心とする半径 rr の円 CrC_rAxiom 3.3 を適用すると、CrC_r を貫く磁束はソレノイド内部の分だけなので ΦB=πR2B(t)\Phi_B = \pi R^2 B(t) であり

2πrEφ=ddt(πR2μ0nI0sinωt)=πR2μ0nI0ωcosωt2\pi r E_\varphi = -\frac{d}{dt}\bigl(\pi R^2 \mu_0 n I_0\sin\omega t\bigr) = -\pi R^2\mu_0 n I_0\omega\cos\omega t

したがって

Eφ(r,t)=μ0nR2I0ω2rcosωtE_\varphi(r,t) = -\frac{\mu_0 n R^2 I_0 \omega}{2r}\cos\omega t

です。振幅は rr に反比例して減衰します。B=0\boldsymbol{B} = \boldsymbol{0} の領域なのに電場が生じており、しかもその大きさは囲まれた磁束の変化率だけで決まっています。これは電場が「その場の磁場」ではなく「囲んだ磁束の変化」に応答することの表れです。

(補足:ここでは準定常近似、すなわち ωr/c1\omega r/c \ll 1 を仮定しています。rr が大きくなると変位電流の効果と遅延が効き、上の式は補正を受けます。)

Exercise 8.4

アンペール・マクスウェルの法則の積分形に現れる量

S(j+ε0Et)dS\int_S \left(\boldsymbol{j} + \varepsilon_0\frac{\partial\boldsymbol{E}}{\partial t}\right)\cdot d\boldsymbol{S}

が、境界 CC を共有する任意の 2 つの曲面 S1,S2S_1, S_2 について同じ値をとることを、ガウスの法則と連続の式から示してください(S1,S2S_1, S_2 は互いに交わらず、貼り合わせて閉曲面 V\partial V をつくるとします)。

Solution

K:=j+ε0E/t\boldsymbol{K} := \boldsymbol{j} + \varepsilon_0\partial\boldsymbol{E}/\partial t と置きます。まず divK=0\operatorname{div}\boldsymbol{K} = 0 を示します。ガウスの法則 divE=ρ/ε0\operatorname{div}\boldsymbol{E} = \rho/\varepsilon_0 と、時間微分と空間微分の交換可能性から

divK=divj+ε0tdivE=divj+ρt=0\operatorname{div}\boldsymbol{K} = \operatorname{div}\boldsymbol{j} + \varepsilon_0\frac{\partial}{\partial t}\operatorname{div}\boldsymbol{E} = \operatorname{div}\boldsymbol{j} + \frac{\partial\rho}{\partial t} = 0

(最後の等号は連続の式)です。

次に S1S_1S2S_2 を貼り合わせて閉曲面 V\partial V をつくります。両者は同じ境界 CC を持ち、CC 上で同じ向きづけを共有しているので、閉曲面 V\partial V の外向き法線で見ると、一方(S2S_2 とします)は元の法線と同じ向き、他方(S1S_1)は逆向きになります。したがってガウスの発散定理より

S2KdSS1KdS=VKdS=VdivKdV=0\int_{S_2}\boldsymbol{K}\cdot d\boldsymbol{S} - \int_{S_1}\boldsymbol{K}\cdot d\boldsymbol{S} = \oint_{\partial V}\boldsymbol{K}\cdot d\boldsymbol{S} = \int_V \operatorname{div}\boldsymbol{K}\, dV = 0

となり、2 つの面積分は等しくなります。

これが Example 6.1 の逆理が解消される理由の一般形です。逆理が生じたのは K\boldsymbol{K} ではなく j\boldsymbol{j} だけを使ったからで、divj0\operatorname{div}\boldsymbol{j}\ne 0 のときには j\boldsymbol{j} の面積分は曲面の取り方に依存してしまいます。

  • R. P. Feynman, R. B. Leighton, M. Sands, The Feynman Lectures on Physics, Vol. II — Chapter 17 “The Laws of Induction”, Chapter 18 “The Maxwell Equations”. 全文が 公式サイト で公開されています。フラックス則が使えない例(ファラデーの円盤など)の議論は第 17 章にあります。
  • D. J. Griffiths, Introduction to Electrodynamics, 4th ed., Cambridge University Press, 2017 — Chapter 7 “Electrodynamics”。電磁誘導と変位電流の標準的な扱い。
  • J. D. Jackson, Classical Electrodynamics, 3rd ed., Wiley, 1999 — Chapter 5, Chapter 6。より進んだ扱いと、準定常近似の適用範囲。
  • 砂川重信『理論電磁気学 第3版』紀伊國屋書店、1999 — 日本語の標準的な教科書。積分形と微分形の対応を丁寧に扱っています。
  • J. C. Maxwell, “A Dynamical Theory of the Electromagnetic Field”, Philosophical Transactions of the Royal Society of London 155 (1865), 459–512. 変位電流と電磁波の予言が提示された原論文。
  • A. Einstein, “Zur Elektrodynamik bewegter Körper”, Annalen der Physik 17 (1905), 891–921. 冒頭で「磁石と導体の相対運動」の非対称性が問題提起されています。

Appendix: フラックス則が使えない場合

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フラックス則は「回路」の概念に依存しています。 Theorem 5.2 は、速度場 v\boldsymbol{v} で連続的に運動する閉曲線 C(t)C(t) について証明されました。証明で本質的だったのは、時刻 tt の曲線と時刻 t+dtt+dt の曲線が、掃かれる帯 Σ\Sigma によって滑らかにつながることです。この前提が崩れる状況では、dΦB/dt-d\Phi_B/dt という計算が起電力を与えるとは限りません。

典型例はファラデーの円盤(単極誘導)です。 一様な磁場 BB の中で、導体の円板を軸のまわりに角速度 ω\omega で回転させ、軸と円板の縁にブラシで導線を接触させて回路をつくります。この装置には確かに起電力が生じます。半径 rr の位置にある電子は速度 v=ωrv = \omega r で動き、単位電荷あたり ωrB\omega r B の径方向の力を受けるので、Definition 3.2 に従って軸から縁(半径 aa)まで積分すると

E=0aωrBdr=12ωBa2\mathcal{E} = \int_0^a \omega r B\, dr = \frac{1}{2}\omega B a^2

となり、これが実測値と一致します。ところがこの回路で「磁束」を計算しようとすると困ります。回路の形(軸 → 円板 → ブラシ → 外部導線 → 軸)は時間とともに変化しておらず、磁場も一定なので、素朴に描いた回路が囲む磁束は変化しません。それでも起電力は出ます。

この矛盾は、円板の中で「どの経路が回路なのか」が一意に決まらないことから来ています。 円板は連続体なので、電流の経路を特定の閉曲線として指定できません。Theorem 5.2 の前提である「物質とともに動く閉曲線」が定義できないのです。

したがって、より基本的なのは微分形とローレンツ力です。 rotE=B/t\operatorname{rot}\boldsymbol{E} = -\partial\boldsymbol{B}/\partial tF=q(E+v×B)\boldsymbol{F} = q(\boldsymbol{E}+\boldsymbol{v}\times\boldsymbol{B}) の 2 つは、回路の概念を一切使わずに場と粒子の言葉だけで書かれており、上の円盤にもそのまま適用できます。実際、上で行った計算は v×B\boldsymbol{v}\times\boldsymbol{B} を積分しただけで、磁束は一度も使っていません。フラックス則は多くの場合に便利な導かれた規則であって、法則の本体ではない、と理解しておいてください。

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