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平成11年度 東大院 物理学専攻 修士 物理学 解答

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平成10年8月26日に4時間で実施された「物理学」の試験です。前半の3問は量子力学・統計力学・電磁気学の標準的な骨格を問い、後半には検出器の設計やノイズ対策、熱電対による温度測定といった実験系の設問、および生体高分子を題材にした静電遮蔽と沈降平衡が並びます。計算量そのものは重くありませんが、実験問題の配点比重が高く、装置の原理を自分の言葉で説明できるかが分かれ目になります。最終問題の陽電子消滅は、自由電子模型と特殊相対論の運動学を接続する構成になっています。

問題分野主題
第1問量子力学井戸型ポテンシャル中の2電子系とスピン依存相互作用
第2問統計力学3次元イジング模型の平均場近似と相転移
第3問電磁気学静電遮蔽、変位電流、電磁波、電磁ポテンシャル
第4問原子核・実験技術電磁波の帯域、100 keV 光子の検出とノイズ対策
第5問電気回路・物性物理熱電能と熱電対による精密温度測定
第6問電磁気学・統計力学Debye-Hückel 理論と生体分子の静電遮蔽
第7問統計力学沈降平衡による高分子の分子量決定
第8問固体物理・素粒子自由電子模型と陽電子消滅による Fermi 面測定

8問から4問を選択する形式ですが、ここでは全問の解答を載せます。

第1問 井戸型ポテンシャル中の2電子系

Section titled “第1問 井戸型ポテンシャル中の2電子系”

a<x<a-a \lt x \lt aV=0V=0x=±ax=\pm a に無限に高い壁をもつ1次元井戸に電子を入れます。井戸幅は 2a2a です。ii 番目の電子の座標を xix_i、スピンを si\vec{s}_i とし、スピン波動関数は上向きが u(i)u_\uparrow(i)、下向きが u(i)u_\downarrow(i) です。電子の質量は mm とします。

以下、スピン演算子は \hbar を単位にとった無次元量として扱います(sisi=3/4\vec{s}_i\cdot\vec{s}_i = 3/4)。\hbar を明示する規約を使う場合は、SS\vec{S}\cdot\vec{S} の値に 2\hbar^2 を掛けてください。この規約では結合定数 ff の次元は(エネルギー)×\times(長さ)です。

壁の内側で自由粒子、x=±ax=\pm a で波動関数が 0 という境界条件です。φ(±a)=0\varphi(\pm a)=0 を満たす解は

φn(x)=1asinnπ(x+a)2a,n=1,2,\varphi_n(x) = \frac{1}{\sqrt{a}}\,\sin\frac{n\pi(x+a)}{2a},\qquad n=1,2,\dots

で、規格化は aaφn2dx=1\int_{-a}^{a}|\varphi_n|^2dx = 1 を満たします。波数は kn=nπ/2ak_n = n\pi/2a ですから、エネルギー固有値は

En=2kn22m=n2π228ma2.E_n = \frac{\hbar^2k_n^2}{2m} = \frac{n^2\pi^2\hbar^2}{8ma^2}.

答えは En=n2π22/(8ma2)E_n = n^2\pi^2\hbar^2/(8ma^2) です。井戸幅 L=2aL=2a とみれば通常の n2π22/2mL2n^2\pi^2\hbar^2/2mL^2 に一致します。井戸の中心について φn\varphi_nnn が奇数のとき偶関数、偶数のとき奇関数で、具体的には φ1=a1/2cos(πx/2a)\varphi_1 = a^{-1/2}\cos(\pi x/2a)φ2=a1/2sin(πx/a)\varphi_2 = -a^{-1/2}\sin(\pi x/a) です(全体の符号は任意)。以後の計算では符号を落として φ2=a1/2sin(πx/a)\varphi_2 = a^{-1/2}\sin(\pi x/a) と書きます。

電子はフェルミ粒子なので、2個の電子の入れ替えに対して全波動関数は反対称でなければなりません。座標とスピンをまとめて書けば

Ψ(x1,σ1;x2,σ2)=Ψ(x2,σ2;x1,σ1)\Psi(x_1,\sigma_1;x_2,\sigma_2) = -\,\Psi(x_2,\sigma_2;x_1,\sigma_1)

という条件が課されます。空間部分とスピン部分が積に分離できる場合は、空間部分が対称ならスピン部分は反対称(1重項)、空間部分が反対称ならスピン部分は対称(3重項)でなければなりません。この条件の直接の帰結が Pauli の排他原理で、2個の電子が空間軌道もスピン向きも同じ1粒子状態を占めることはできません。実際、両者が同じ状態 λ\lambda にある積状態を反対称化すると恒等的に 0 になります。

最低エネルギー状態は、2個の電子がともに n=1n=1 の軌道を占め、スピンが逆向きになった配置です。エネルギー固有値は

E=2E1=π224ma2.E = 2E_1 = \frac{\pi^2\hbar^2}{4ma^2}.

空間部分は φ1(x1)φ1(x2)\varphi_1(x_1)\varphi_1(x_2) で交換について対称ですから、設問2 よりスピン部分は反対称、すなわちスピン1重項でなければなりません。

Ψ0=φ1(x1)φ1(x2)12[u(1)u(2)u(1)u(2)].\Psi_0 = \varphi_1(x_1)\varphi_1(x_2)\cdot\frac{1}{\sqrt{2}}\bigl[u_\uparrow(1)u_\downarrow(2)-u_\downarrow(1)u_\uparrow(2)\bigr].

合成スピンについては、1重項は S=0S=0 の状態ですから

SS=S(S+1)=0.\langle \vec{S}\cdot\vec{S}\rangle = S(S+1) = 0.

答えは 0 です。直接確認するには SS=s12+s22+2s1s2=32+2s1s2\vec{S}\cdot\vec{S} = \vec{s}_1^2+\vec{s}_2^2+2\vec{s}_1\cdot\vec{s}_2 = \tfrac32 + 2\vec{s}_1\cdot\vec{s}_2 を使い、1重項で s1s2=3/4\langle\vec{s}_1\cdot\vec{s}_2\rangle = -3/4 であることを用いれば 3232=0\tfrac32-\tfrac32=0 となります。

2番目に低い配置は、1個が n=1n=1、もう1個が n=2n=2 の軌道を占めるものです。ϵπ22/8ma2\epsilon \equiv \pi^2\hbar^2/8ma^2 と置くと、可能な配置のエネルギーは 2E1=2ϵ2E_1 = 2\epsilonE1+E2=5ϵE_1+E_2 = 5\epsilon2E2=8ϵ2E_2 = 8\epsilonE1+E3=10ϵE_1+E_3 = 10\epsilon ですから、2番目に低いのは

E=E1+E2=5π228ma2.E = E_1+E_2 = \frac{5\pi^2\hbar^2}{8ma^2}.

この固有値に属する状態は、空間部分の対称・反対称の2通りとスピンの組み合わせで決まり、全部で4つあります。空間反対称かつスピン3重項のものが3つ、

Ψ1,M=12[φ1(x1)φ2(x2)φ2(x1)φ1(x2)]χ1,M,\Psi_{1,M} = \frac{1}{\sqrt{2}}\bigl[\varphi_1(x_1)\varphi_2(x_2)-\varphi_2(x_1)\varphi_1(x_2)\bigr]\chi_{1,M}, χ1,1=u(1)u(2),χ1,0=12[u(1)u(2)+u(1)u(2)],χ1,1=u(1)u(2),\chi_{1,1}=u_\uparrow(1)u_\uparrow(2),\quad \chi_{1,0}=\frac{1}{\sqrt{2}}\bigl[u_\uparrow(1)u_\downarrow(2)+u_\downarrow(1)u_\uparrow(2)\bigr],\quad \chi_{1,-1}=u_\downarrow(1)u_\downarrow(2),

空間対称かつスピン1重項のものが1つです。

Ψ0,0=12[φ1(x1)φ2(x2)+φ2(x1)φ1(x2)]12[u(1)u(2)u(1)u(2)].\Psi_{0,0} = \frac{1}{\sqrt{2}}\bigl[\varphi_1(x_1)\varphi_2(x_2)+\varphi_2(x_1)\varphi_1(x_2)\bigr]\cdot\frac{1}{\sqrt{2}}\bigl[u_\uparrow(1)u_\downarrow(2)-u_\downarrow(1)u_\uparrow(2)\bigr].

答えは上の4状態で、相互作用がなければ4重に縮退しています。

ff は十分小さいので1次の摂動論で扱います。V=f(s1s2)δ(x1x2)V = f\,(\vec{s}_1\cdot\vec{s}_2)\,\delta(x_1-x_2) はスピン部分と空間部分の積なので、期待値も積に分かれます。

スピン部分は設問3 で見たように s1s2=3/4\langle\vec{s}_1\cdot\vec{s}_2\rangle = -3/4 です。空間部分は

δ(x1x2)=aa ⁣ ⁣dx1aa ⁣ ⁣dx2φ1(x1)2φ1(x2)2δ(x1x2)=aaφ1(x)4dx.\langle\delta(x_1-x_2)\rangle = \int_{-a}^{a}\!\!dx_1\int_{-a}^{a}\!\!dx_2\, |\varphi_1(x_1)|^2|\varphi_1(x_2)|^2\delta(x_1-x_2) = \int_{-a}^{a}|\varphi_1(x)|^4dx.

φ12=a1cos2(πx/2a)|\varphi_1|^2 = a^{-1}\cos^2(\pi x/2a) を代入し、u=πx/2au=\pi x/2a と置くと

aacos4(πx/2a)a2dx=1a22aππ/2π/2cos4udu=2πa3π8=34a.\int_{-a}^{a}\frac{\cos^4(\pi x/2a)}{a^2}dx = \frac{1}{a^2}\cdot\frac{2a}{\pi}\int_{-\pi/2}^{\pi/2}\cos^4u\,du = \frac{2}{\pi a}\cdot\frac{3\pi}{8} = \frac{3}{4a}.

したがってエネルギー固有値の変化は

ΔE=f(34)34a=9f16a.\Delta E = f\left(-\frac{3}{4}\right)\cdot\frac{3}{4a} = -\frac{9f}{16a}.

答えは ΔE=9f/16a\Delta E = -9f/16a で、f>0f\gt 0 なのでエネルギーは 9f/16a9f/16a だけ下がります。ff の次元は(エネルギー)×\times(長さ)ですから f/af/a はエネルギーの次元をもち、辻褄が合っています。符号は物理的にも自然です。1重項では s1s2<0\vec{s}_1\cdot\vec{s}_2 \lt 0 なので、正の ff に対して接触相互作用は引力として働きます。

答えは「まったく混ざらない」です。理由は二つあり、独立に効いています。

第一に、VV のスピン部分 s1s2=12(S232)\vec{s}_1\cdot\vec{s}_2 = \tfrac12(\vec{S}^2-\tfrac32) は全スピンの関数なので、S2\vec{S}^2SzS_z と可換です。したがって VVS=0S=0S=1S=1 を混ぜません。設問4 の3重項3状態は、この理由だけで設問3 の1重項と混ざりません。

第二に、井戸は xxx\to -x について対称なので、全パリティ P:(x1,x2)(x1,x2)P:(x_1,x_2)\to(-x_1,-x_2) は保存量です。δ(x1x2)\delta(x_1-x_2)PP で不変なので、VV もパリティを保ちます。設問3 の状態は φ1\varphi_1 が偶関数なのでパリティ +1+1、設問4 の4状態はいずれも φ1\varphi_1(偶)と φ2\varphi_2(奇)の積を含むのでパリティ 1-1 です。パリティが異なる状態の間の行列要素は 0 になります。実際、設問4 の1重項との行列要素を書き下すと

Ψ0,0VΨ0=f(34)2aaφ1(x)3φ2(x)dx=0\langle \Psi_{0,0}|V|\Psi_0\rangle = f\left(-\frac{3}{4}\right)\sqrt{2}\int_{-a}^{a}\varphi_1(x)^3\varphi_2(x)\,dx = 0

で、被積分関数が奇関数なので確かに消えます。この結論は摂動の次数によらず、VV を含めた全ハミルトニアンの固有状態でも1重項・パリティ偶の分類が保たれることを意味します。

参考までに、設問4 の4重縮退は VV によって解けます。3重項は空間部分が反対称で x1=x2x_1=x_2 で消えるため δ(x1x2)=0\langle\delta(x_1-x_2)\rangle=0、すなわちエネルギーは変わりません。1重項は δ(x1x2)=2φ12φ22dx=1/a\langle\delta(x_1-x_2)\rangle = 2\int\varphi_1^2\varphi_2^2dx = 1/a なので ΔE=3f/4a\Delta E = -3f/4a だけ下がります。また、設問3 の状態が混ざる相手はパリティ偶の1重項、たとえば φ1\varphi_1φ3\varphi_3 からできる対称1重項(φ13φ3dx=1/4a0\int\varphi_1^3\varphi_3\,dx = -1/4a \neq 0)などです。

第2問 3次元イジング模型と平均場近似

Section titled “第2問 3次元イジング模型と平均場近似”

3次元単純立方格子の各格子点 iiσi=±1\sigma_i=\pm1 の磁気モーメントを置き、最近接対の相互作用エネルギーを Jσiσj-J\sigma_i\sigma_jJ>0J\gt0)、外部磁場との結合を hσi-h\sigma_i とします。

H=J(i,j)σiσjhiσi.H = -J\sum_{(i,j)}\sigma_i\sigma_j - h\sum_i\sigma_i .

hh はエネルギーの次元をもつ量とします。単純立方格子の最近接配位数は z=6z=6 で、格子は十分大きいものとします。設問2 では格子点数を NN と書きます。

問題冊子では設問2 の最後の小問も (c) と印字されています。ここでは区別のため (c’) と呼びます。

T0T\to0 では系は自由エネルギーの代わりにエネルギーだけを最小にするので、最近接対がすべて σiσj=+1\sigma_i\sigma_j=+1 となる配位、すなわち全モーメントが同じ向きに揃った強磁性的な整列状態が実現します。h>0h\gt0 なら全部 +1+1h<0h\lt0 なら全部 1-1 です。h=0h=0 のときは全部 +1+1 と全部 1-1 が縮退し、どちらか一方が自発的に選ばれます(自発磁化)。

TT\to\infty では H/kBT0H/k_BT\to0 となり、すべての配位の Boltzmann 重率が等しくなります。各格子点のモーメントは互いに無相関に ±1\pm1 をランダムにとり、σi=0\langle\sigma_i\rangle=0σiσj=δij\langle\sigma_i\sigma_j\rangle=\delta_{ij} の完全に無秩序な常磁性状態になります。

エントロピーは S=kBlnWS = k_B\ln WWW は与えられた条件下での配位数)で評価します。

T0T\to0 では基底状態のみが実現します。h0h\neq0 なら基底状態は1個なので W=1W=1h=0h=0 なら2個なので W=2W=2 です。いずれの場合も1格子点あたりのエントロピーは

SNkBlnWN0(N).\frac{S}{N} \to \frac{k_B\ln W}{N} \to 0 \qquad (N\to\infty).

答えは 0 です。これは Nernst の定理(熱力学第3法則)と整合しています。

TT\to\infty では 2N2^N 個の配位すべてが等重率で現れるので W=2NW=2^N、したがって

SN=kBln20.693kB.\frac{S}{N} = k_B\ln 2 \simeq 0.693\,k_B .

答えは kBln2k_B\ln2(1格子点あたり)です。

平衡状態は自由エネルギー F=ETSF = E - TS を最小にする状態です。EE は整列で下がり(1格子点あたり zJ/2=3J-zJ/2 = -3J)、SS は無秩序で上がります(1格子点あたり kBln2k_B\ln2)。この二つの寄与の相対的な重みが TT で決まる、というのが設問1(a) の内容です。

T0T\to0 では TS-TS の項が消えるので FEF\simeq E となり、FF の最小化はエネルギーの最小化と同じです。よって整列状態が選ばれます。1格子点あたりの整列状態の FF3Jh-3J-|h| 程度、無秩序状態の FF0TkBln20 - Tk_B\ln2 程度で、kBTJk_BT \ll J なら前者が低いことがわかります。

TT\to\infty では逆に TS-TS が支配的になり、FF の最小化はエントロピーの最大化と同じになります。よって無秩序状態が選ばれます。この二つの見積りが等しくなる温度、すなわち 3JkBTln23J \sim k_BT\ln2 の付近で秩序・無秩序の入れ替えが起こり、それが有限温度の相転移として現れます。設問2 で見るように、平均場近似はこの見積りと同じ桁の転移温度 kBTc=6Jk_BT_c = 6J を与えます。

原点のモーメント σ0\sigma_0 とその最近接 z=6z=6 個だけを取り出した部分系のハミルトニアンは、σ0\sigma_0 を含む項だけ書けば

H(σ0)=Jσ0j=1zσjhσ0.H(\sigma_0) = -J\sigma_0\sum_{j=1}^{z}\sigma_j - h\sigma_0 .

最近接のモーメントを定数 mm で置き換えると

H(σ0)=(zJm+h)σ0heffσ0,heff=6Jm+h.H(\sigma_0) = -(zJm+h)\,\sigma_0 \equiv -h_{\rm eff}\,\sigma_0, \qquad h_{\rm eff} = 6Jm+h .

σ0\sigma_0±1\pm1 の2値なので、分配関数は Z=2cosh(βheff)Z = 2\cosh(\beta h_{\rm eff})β=1/kBT\beta=1/k_BT)となり、

σ0=eβheffeβheffeβheff+eβheff=tanh ⁣(6Jm+hkBT).\langle\sigma_0\rangle = \frac{e^{\beta h_{\rm eff}}-e^{-\beta h_{\rm eff}}}{e^{\beta h_{\rm eff}}+e^{-\beta h_{\rm eff}}} = \tanh\!\left(\frac{6Jm+h}{k_BT}\right).

答えは σ0=tanh[(6Jm+h)/kBT]\langle\sigma_0\rangle = \tanh[(6Jm+h)/k_BT] です。周囲を定数で置き換えたことで、実効磁場 heffh_{\rm eff} 中の孤立スピンの問題に帰着しています。

原点は他の格子点と等価なので、自己無撞着性の要求 σ0=m\langle\sigma_0\rangle=m から

m=tanh ⁣(6Jm+hkBT).m = \tanh\!\left(\frac{6Jm+h}{k_BT}\right).

これが mm の満たす方程式です。hh が与えられたとき、この超越方程式を解いて mm を決めます。

h=0h=0 とすると m=tanh(6Jm/kBT)m = \tanh(6Jm/k_BT) です。m=0m=0 はつねに解ですが、TT が低いと m0m\neq0 の解が現れます。y=6Jm/kBTy = 6Jm/k_BT と置いたときの右辺の m=0m=0 における傾きは 6J/kBT6J/k_BT で、これが 1 を超える、すなわち

T<Tc6JkBT \lt T_c \equiv \frac{6J}{k_B}

のとき ±m\pm m の対の非自明解が現れ、こちらが自由エネルギーの低い安定解になります。TTcT\ge T_c では m=0m=0 のみです。

T0T\to0 では tanh\tanh が飽和して m1m\to1(設問1(a) の完全整列に一致)で、漸近形は m12e2Tc/Tm \simeq 1-2e^{-2T_c/T} です。TTcT\to T_c^- では tanhyyy3/3\tanh y \simeq y - y^3/3 を使うと

m23T2(TcT)Tc3  TTc  3(1TTc),m^2 \simeq 3\,\frac{T^2(T_c-T)}{T_c^3} \;\xrightarrow[T\to T_c]{}\; 3\left(1-\frac{T}{T_c}\right),

すなわち m(TcT)1/2m \propto (T_c-T)^{1/2} で、TcT_cmm は連続だが傾きは無限大になります。

以上をまとめると、グラフは次の形になります。T=0T=0m=1m=1 から出発し、低温側では長い間ほぼ 1 に張り付いたまま(T/Tc=0.5T/T_c=0.5 でまだ m=0.96m=0.96)、TcT_c に近づくと急速に落ち、TcT_c で垂直な接線をもって 0 に達し、TTcT\ge T_c では m0m\equiv0 です。m-m も同じ資格の解なので、グラフは横軸について対称な二つの枝をもちます(以下では正の枝だけ描きます)。

10mTcT

非自明解が現れる境界は、m=0m=0 の近傍で右辺を線形化した式 m(6J/kBT)mm \simeq (6J/k_BT)mm0m\neq0 の解をもつ条件、すなわち係数が 1 になる温度です。

6JkBTc=1Tc=6JkB=zJkB.\frac{6J}{k_BT_c}=1 \quad\Longrightarrow\quad T_c = \frac{6J}{k_B} = \frac{zJ}{k_B}.

答えは Tc=6J/kBT_c = 6J/k_B です。設問2(c) の展開から mmTcT_c(TcT)1/2(T_c-T)^{1/2} 的に立ち上がることがわかるので、TcT_cm(T)m(T) が解析性を失う特異点になっています。

次元は J/kBJ/k_B が温度なので合っています。なお、この平均場近似の値は 3次元イジング模型の厳密な転移温度 kBTc4.51Jk_BT_c \simeq 4.51J を約 33 パーセント過大評価します。周囲のスピンを定数 mm で置き換えたことで熱揺らぎ(σj\sigma_j のゆらぎと相関)を捨てており、秩序が実際より壊れにくくなっているためです。同じ理由で臨界指数も β=1/2\beta=1/2 と、厳密値 β0.326\beta\simeq0.326 からずれます。

真空中の Maxwell 方程式

E=ρϵ0,B=0,×E=Bt,1ϵ0μ0×B=jϵ0+Et\nabla\cdot\vec{E} = \frac{\rho}{\epsilon_0},\qquad \nabla\cdot\vec{B} = 0,\qquad \nabla\times\vec{E} = -\frac{\partial\vec{B}}{\partial t},\qquad \frac{1}{\epsilon_0\mu_0}\nabla\times\vec{B} = \frac{\vec{j}}{\epsilon_0}+\frac{\partial\vec{E}}{\partial t}

をそれぞれ (1)(2)(3)(4) と呼びます。(4) は両辺に ϵ0\epsilon_0 を掛ければ μ01×B=j+ϵ0E/t\mu_0^{-1}\nabla\times\vec{B} = \vec{j}+\epsilon_0\,\partial\vec{E}/\partial t と同じです。

導体が静電平衡にあるとき、導体内部では E=0\vec{E}=0 です(もし E0\vec{E}\neq0 なら i=σE\vec{i}=\sigma\vec{E} の電流が流れ続け、平衡に反します)。静電場では (3) の右辺が消えて ×E=0\nabla\times\vec{E}=0 なので、E=ϕ\vec{E} = -\nabla\phi とスカラーポテンシャルで書けます。導体内部で E=0\vec{E}=0 ということは、導体全体(中空をとりまく壁も)が一つの等電位で、その値を ϕ0\phi_0 とします。

中空の空間を Ω\Omega、その境界(導体の内壁)を Ω\partial\Omega とします。Ω\Omega には電荷がないので (1) より

2ϕ=ρϵ0=0(Ω の内部).\nabla^2\phi = -\frac{\rho}{\epsilon_0} = 0 \qquad (\Omega \text{ の内部}).

境界条件は ϕΩ=ϕ0\phi|_{\partial\Omega} = \phi_0(定数)です。ここで恒等式 (ϕϕ)=ϕ2+ϕ2ϕ\nabla\cdot(\phi\nabla\phi) = |\nabla\phi|^2+\phi\nabla^2\phiΩ\Omega で積分して Gauss の定理を使うと

Ωϕ2dV=ΩϕϕdSΩϕ2ϕdV=ϕ0ΩϕdS=ϕ0ΩEdS.\int_\Omega|\nabla\phi|^2dV = \oint_{\partial\Omega}\phi\,\nabla\phi\cdot d\vec{S} - \int_\Omega\phi\,\nabla^2\phi\,dV = \phi_0\oint_{\partial\Omega}\nabla\phi\cdot d\vec{S} = -\phi_0\oint_{\partial\Omega}\vec{E}\cdot d\vec{S}.

最後の面積分は、(1) の積分形(Gauss の法則)により Ω\partial\Omega が囲む電荷 QinQ_{\rm in} で決まりますが、中空にはもともと電荷がないので Qin=0Q_{\rm in}=0、したがって面積分は 0 です。よって

Ωϕ2dV=0.\int_\Omega|\nabla\phi|^2dV = 0 .

被積分関数は非負なので、Ω\Omega のいたるところで ϕ=0\nabla\phi=0、すなわち E=0\vec{E}=0 です。外部の電荷がどこにどれだけあっても中空の電場は 0 であり、外部電場は侵入できません。

同じことを言葉で述べると次のようになります。導体内に中空を包む閉曲面をとると、そこでは E=0\vec{E}=0 だから (1) より内壁に現れる正味の電荷は 0 です。もし内壁の一部が正、別の一部が負に帯電していたら、中空を通って正から負へ向かう電場の線ができるので、その2点間に電位差が生じますが、内壁は等電位なので矛盾します。よって内壁の電荷はどこも 0 で、中空の電場も 0 です。

なお、この結論は導体が静電平衡にあること(E=0\vec{E}=0B/t=0\partial\vec{B}/\partial t=0)を使っています。時間変化する外場の場合は、遮蔽は完全ではなく、導体の厚さと表皮深さの比で効きが決まります(第4問設問5 参照)。

半径 R1R_1 の外側の中空導体球の中に、半径 R2R_2 の中空導体球を同心に置きます(R1>R2R_1\gt R_2)。設問1(a) の証明の要点は、外部電荷が作る電場は導体で囲まれた中空に侵入しないこと、言い換えれば外球に与えた電荷は内球にまったく影響しないことです。次の手順でこれを検証します。

外球に小さな穴を開け、外から操作できる導線(スイッチ)で内球と外球を一時的に電気的につないでおきます。この状態で外球に高電圧 VV をかけて電荷 QQ を与えます。二つの球は導線で結ばれた一つの導体になっているので、Gauss の法則が厳密に成り立つ(クーロン力が厳密に 1/r21/r^2 である)なら電荷はすべて最も外側の表面に分布し、内球には電荷が乗らず、両者に電位差も生じません。次に導線を外して内球を電気的に孤立させ、外球を接地して放電させます。最後に、内球の電荷(または内球と外球の電位差)を感度の高い静電計で測定します。

測定量は内球に残った電荷 qq、あるいは内球と外球の電位差です。Gauss の法則が成り立つなら測定値は厳密に 0 になります。有限の qq が観測されれば、その大きさが法則の破れの上限を与えます。定量的には、クーロン力を Fr(2+δ)F\propto r^{-(2+\delta)} と仮定すると内球に現れる電位差は δ\delta に比例するので、測定した残留電位差と印加電圧 VV の比から δ\delta の上限が決まります。R1R_1R2R_2 を変えて繰り返せば、距離依存性そのものも確かめられます。同心球を使う利点は、球対称性のため理論値がちょうど 0 という零位測定になり、感度が静電計の分解能だけで決まることです。

別のやり方として、内球に既知の電荷 QQ を与えて内球と外球を絶縁したまま置き、外球に誘導される電荷を静電計で測る方法もあります。Gauss の法則が成り立つなら、内球の位置や形によらず外球の内側表面の電荷はちょうど Q-Q になります。

定常電流に対する Ampère の法則は、閉曲線 CC とそれを縁とする曲面 SS について

CBμ0dl=I=SjdS\oint_C\frac{\vec{B}}{\mu_0}\cdot d\vec{l} = I = \int_S\vec{j}\cdot d\vec{S}

です。Stokes の定理より微分形は μ01×B=j\mu_0^{-1}\nabla\times\vec{B} = \vec{j} となります。

この式の両辺の発散をとると、左辺は恒等的に 0 なので j=0\nabla\cdot\vec{j}=0 が要求されます。ところが電荷の保存則は

j+ρt=0\nabla\cdot\vec{j} + \frac{\partial\rho}{\partial t} = 0

であり、非定常電流では ρ/t0\partial\rho/\partial t\neq0、したがって j0\nabla\cdot\vec{j}\neq0 です。定常電流に対する Ampère の法則はそのままでは非定常の場合に矛盾します。実例としては、コンデンサーを充電する回路で、導線を囲む閉曲線に対して導線を貫く曲面をとれば I0I\neq0 ですが、電極間を通る曲面をとれば I=0I=0 になり、右辺が曲面の取り方に依存してしまいます。

そこで右辺に補正項 jd\vec{j}_d を加え、μ01×B=j+jd\mu_0^{-1}\nabla\times\vec{B} = \vec{j}+\vec{j}_d の右辺の発散が恒等的に 0 になるよう要求します。保存則と (1) を使うと

jd=j=ρt=t(ϵ0E)=(ϵ0Et).\nabla\cdot\vec{j}_d = -\nabla\cdot\vec{j} = \frac{\partial\rho}{\partial t} = \frac{\partial}{\partial t}\bigl(\epsilon_0\nabla\cdot\vec{E}\bigr) = \nabla\cdot\left(\epsilon_0\frac{\partial\vec{E}}{\partial t}\right).

最も簡単な(発散のない項を付け加える自由度を使わない)選択は

jd=ϵ0Et\vec{j}_d = \epsilon_0\frac{\partial\vec{E}}{\partial t}

で、これが変位電流です。結果として

1μ0×B=j+ϵ0Et1ϵ0μ0×B=jϵ0+Et\frac{1}{\mu_0}\nabla\times\vec{B} = \vec{j}+\epsilon_0\frac{\partial\vec{E}}{\partial t} \quad\Longleftrightarrow\quad \frac{1}{\epsilon_0\mu_0}\nabla\times\vec{B} = \frac{\vec{j}}{\epsilon_0}+\frac{\partial\vec{E}}{\partial t}

となり、式 (4) が得られます。積分形では Cμ01Bdl=I+ϵ0dΦE/dt\oint_C\mu_0^{-1}\vec{B}\cdot d\vec{l} = I + \epsilon_0\,d\Phi_E/dt で、コンデンサーの例では電極間を通る曲面上の変位電流が導線の電流をちょうど埋め合わせ、曲面の取り方によらない値になります。

局所的に電流密度 j\vec{j} が立ち、短時間で消えたとします。まず (4) により、j\vec{j} が流れている間はそのまわりに B\vec{B} が生じます。電流が消えると B\vec{B} は減り始め、B/t0\partial\vec{B}/\partial t\neq0 になります。すると (3) により、その変化する B\vec{B} を取り巻くように E\vec{E} の渦が生じます。j\vec{j} はもう存在しないので、(4) の右辺で働くのは変位電流の項だけです。いま生じた E\vec{E} が時間変化していれば、それが B\vec{B} の渦を作ります。この B\vec{B} の変化がさらに外側に E\vec{E} の渦を作る、という連鎖が続きます。

こうして電場と磁場が互いを誘導し合いながら、源から外向きに広がる殻となって伝わっていきます。これが電磁波の放射です。源のあった場所は殻が通り過ぎたあとには場のない状態に戻り、放出されたエネルギーは戻ってきません。伝わる速さは設問2(c) で示すように c=1/ϵ0μ0c=1/\sqrt{\epsilon_0\mu_0} で、E\vec{E}B\vec{B} はともに進行方向に垂直かつ互いに垂直です。遠方(放射領域)では殻の面積が r2r^2 で増える一方エネルギーの総量が保存するので、場の振幅は 1/r1/r で減衰します。

ρ=0\rho=0j=0\vec{j}=0 とします。(3) の両辺の回転をとり、恒等式 ×(×E)=(E)2E\nabla\times(\nabla\times\vec{E}) = \nabla(\nabla\cdot\vec{E})-\nabla^2\vec{E} と (1) による E=0\nabla\cdot\vec{E}=0 を使うと

2E=t(×B)=ϵ0μ02Et2,-\nabla^2\vec{E} = -\frac{\partial}{\partial t}\bigl(\nabla\times\vec{B}\bigr) = -\epsilon_0\mu_0\frac{\partial^2\vec{E}}{\partial t^2},

ここで2番目の等号で (4) の ×B=ϵ0μ0E/t\nabla\times\vec{B} = \epsilon_0\mu_0\,\partial\vec{E}/\partial t を使いました。整理すると

(2ϵ0μ02t2)E=0.\left(\nabla^2-\epsilon_0\mu_0\frac{\partial^2}{\partial t^2}\right)\vec{E} = 0 .

(4) の回転をとって同様に計算すれば B\vec{B} も同じ方程式を満たします。これは波動方程式で、進行波解が存在します。実際、平面波 E=E0exp[i(krωt)]\vec{E} = \vec{E}_0\exp[i(\vec{k}\cdot\vec{r}-\omega t)] を代入すると k2+ϵ0μ0ω2=0-k^2+\epsilon_0\mu_0\omega^2 = 0、すなわち ω=k/ϵ0μ0\omega = k/\sqrt{\epsilon_0\mu_0} が成り立ちます。よって真空中を伝わる電磁波が存在し、その速度は

c=ωk=1ϵ0μ0.c = \frac{\omega}{k} = \frac{1}{\sqrt{\epsilon_0\mu_0}} .

答えは c=1/ϵ0μ0c=1/\sqrt{\epsilon_0\mu_0} です。ϵ0=8.85×1012F/m\epsilon_0=8.85\times10^{-12}\,\mathrm{F/m}μ0=4π×107H/m\mu_0=4\pi\times10^{-7}\,\mathrm{H/m} を入れると 3.00×108m/s3.00\times10^{8}\,\mathrm{m/s} となり、光速に一致します。これが電磁波と光の同一性を示した歴史的な結論です。あわせて E=0\nabla\cdot\vec{E}=0 から kE0=0\vec{k}\cdot\vec{E}_0=0(横波)、(3) から B0=(k×E0)/ω\vec{B}_0 = (\vec{k}\times\vec{E}_0)/\omega すなわち B0=E0/c|\vec{B}_0| = |\vec{E}_0|/cE\vec{E}B\vec{B}k\vec{k} が右手系をなすことも従います。

(2) は空間のどこでも B=0\nabla\cdot\vec{B}=0 を要求します。発散のないベクトル場は回転として書けます(Poincaré の補題)。実際に A\vec{A} を構成できます。z0z_0x0x_0 を任意の定数として

Ax(r)=z0zBy(x,y,z)dz,Ay(r)=z0zBx(x,y,z)dz+x0xBz(x,y,z0)dx,Az=0A_x(\vec{r}) = \int_{z_0}^{z}B_y(x,y,z')dz',\qquad A_y(\vec{r}) = -\int_{z_0}^{z}B_x(x,y,z')dz' + \int_{x_0}^{x}B_z(x',y,z_0)dx',\qquad A_z = 0

と置くと、

(×A)x=Ayz=Bx,(×A)y=Axz=By,(\nabla\times\vec{A})_x = -\frac{\partial A_y}{\partial z} = B_x,\qquad (\nabla\times\vec{A})_y = \frac{\partial A_x}{\partial z} = B_y, (×A)z=AyxAxy=z0z ⁣(Bxx+Byy)dz+Bz(x,y,z0)=z0zBzzdz+Bz(x,y,z0)=Bz,(\nabla\times\vec{A})_z = \frac{\partial A_y}{\partial x}-\frac{\partial A_x}{\partial y} = -\int_{z_0}^{z}\!\left(\frac{\partial B_x}{\partial x}+\frac{\partial B_y}{\partial y}\right)dz' + B_z(x,y,z_0) = \int_{z_0}^{z}\frac{\partial B_z}{\partial z'}dz' + B_z(x,y,z_0) = B_z ,

最後の変形で B=0\nabla\cdot\vec{B}=0 を使いました。よって B=×A\vec{B}=\nabla\times\vec{A} となる A\vec{A} が存在します。(全空間で B\vec{B} が減衰する場合は A(r)=14π×B(r)rrd3r\vec{A}(\vec{r}) = \dfrac{1}{4\pi}\nabla\times\displaystyle\int\frac{\vec{B}(\vec{r}\,')}{|\vec{r}-\vec{r}\,'|}d^3r' という Helmholtz 分解による表式でも同じことが言えます。)

これを (3) に代入すると

×E=t(×A)=×At×(E+At)=0.\nabla\times\vec{E} = -\frac{\partial}{\partial t}\bigl(\nabla\times\vec{A}\bigr) = -\nabla\times\frac{\partial\vec{A}}{\partial t} \quad\Longrightarrow\quad \nabla\times\left(\vec{E}+\frac{\partial\vec{A}}{\partial t}\right) = 0 .

回転が消えるベクトル場は(単連結な領域で)スカラー場の勾配として書けるので、そのスカラー場を ϕ-\phi と名付ければ

E+At=ϕE=ϕAt.\vec{E}+\frac{\partial\vec{A}}{\partial t} = -\nabla\phi \quad\Longrightarrow\quad \vec{E} = -\nabla\phi-\frac{\partial\vec{A}}{\partial t}.

これで示せました。ϕ\phiA\vec{A} は一意ではなく、任意のスカラー場 χ\chi について

AA+χ,ϕϕχt\vec{A}\to\vec{A}+\nabla\chi,\qquad \phi\to\phi-\frac{\partial\chi}{\partial t}

と変えても B\vec{B}E\vec{E} は変わりません。これがゲージ変換の自由度です。なお、この導出で使ったのは (2) と (3) だけで、(1) と (4) は ϕ\phiA\vec{A} が満たすべき運動方程式(源のある波動方程式)を与える側にまわります。

第4問 電磁波の帯域と 100 keV 光子の検出

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プランク定数を h=4×1015eVsh=4\times10^{-15}\,\mathrm{eV\cdot s}、光速を c=3×108m/sc=3\times10^8\,\mathrm{m/s} とし、νλ=c\nu\lambda=cE=hνE=h\nu を使います。A は周波数 80MHz80\,\mathrm{MHz}、B は波長 500nm500\,\mathrm{nm}、C はエネルギー 100keV100\,\mathrm{keV} の光子です。設問3 以降は C の光子をランダムに出す微弱線源のエネルギー精密測定と、そこに混入する A 帯のノイズへの対処を順に問われます。

A について、ν=8×107Hz\nu = 8\times10^{7}\,\mathrm{Hz} から

λ=cν=3×1088×107=3.75m,E=hν=4×1015×8×107=3.2×107eV.\lambda = \frac{c}{\nu} = \frac{3\times10^{8}}{8\times10^{7}} = 3.75\,\mathrm{m},\qquad E = h\nu = 4\times10^{-15}\times8\times10^{7} = 3.2\times10^{-7}\,\mathrm{eV}.

B について、λ=5×107m\lambda = 5\times10^{-7}\,\mathrm{m} から

ν=cλ=6.0×1014Hz,E=hν=4×1015×6.0×1014=2.4eV.\nu = \frac{c}{\lambda} = 6.0\times10^{14}\,\mathrm{Hz},\qquad E = h\nu = 4\times10^{-15}\times6.0\times10^{14} = 2.4\,\mathrm{eV}.

C について、E=1×105eVE = 1\times10^{5}\,\mathrm{eV} から

ν=Eh=1054×1015=2.5×1019Hz,λ=cν=1.2×1011m=12pm=0.12A˚.\nu = \frac{E}{h} = \frac{10^{5}}{4\times10^{-15}} = 2.5\times10^{19}\,\mathrm{Hz},\qquad \lambda = \frac{c}{\nu} = 1.2\times10^{-11}\,\mathrm{m} = 12\,\mathrm{pm} = 0.12\,\text{Å}.

表は次のようになります。

波長周波数エネルギー名称
A3.75m3.75\,\mathrm{m}80MHz80\,\mathrm{MHz}3.2×107eV3.2\times10^{-7}\,\mathrm{eV}電波(VHF、FM 放送帯)
B500nm500\,\mathrm{nm}6.0×1014Hz6.0\times10^{14}\,\mathrm{Hz}2.4eV2.4\,\mathrm{eV}可視光(緑色)
C1.2×1011m1.2\times10^{-11}\,\mathrm{m}2.5×1019Hz2.5\times10^{19}\,\mathrm{Hz}100keV100\,\mathrm{keV}硬X線(原子核起源なら低エネルギーγ線)

B のエネルギーが室温の熱エネルギー kBT0.025eVk_BT\simeq0.025\,\mathrm{eV} の約 100 倍、原子の価電子の準位間隔と同程度であること、C の波長が原子間距離(11 Å 程度)より小さいことは、それぞれの検出法が異なる理由になっています。

原子の外殻電子(価電子)の準位間遷移による自然放出を挙げます。基本過程は次の通りです。放電やヒーターによる衝突、あるいは光吸収によって原子の価電子が励起準位 E2E_2 に上げられます。励起状態は準安定ではないので、典型的には 108s10^{-8}\,\mathrm{s} 程度の寿命で下の準位 E1E_1 へ自然放出により落ち、その差を1個の光子として放出します。エネルギー保存から hν=E2E1h\nu = E_2-E_1 で、原子の価電子の準位間隔は Rydberg エネルギー 13.6eV13.6\,\mathrm{eV} の数分の1、すなわち数 eV の程度なので、放出される光子は 2.4eV2.4\,\mathrm{eV} 前後、波長 500nm500\,\mathrm{nm} 付近の可視域に入ります。具体例はナトリウムランプの D 線(589nm589\,\mathrm{nm}3p3s3p\to3s 遷移)や水銀灯の輝線です。

同じ帯域を出す別の機構としては、半導体のバンド間発光(禁制帯幅 2.4eV2.4\,\mathrm{eV} 程度の半導体で伝導帯の電子と価電子帯の正孔が再結合し、hνEgh\nu\simeq E_g の光子を出す。緑色 LED)や、T6000KT\sim6000\,\mathrm{K} の物体の熱放射(Wien の変位則 λmaxT2.9×103mK\lambda_{\max}T\simeq2.9\times10^{-3}\,\mathrm{m\cdot K} より λmax500nm\lambda_{\max}\simeq500\,\mathrm{nm}。太陽光)があります。

100keV100\,\mathrm{keV} の光子を1個ずつ捉え、そのエネルギーを高い分解能で測るには、生成電荷量が入射エネルギーに比例する検出器と、その電荷を波高に変換して波高分布を作る回路を組み合わせます。

実験全体の構成は、線源、コリメータ、検出器、前置増幅器、整形増幅器、波高分析器(ADC と多重波高分析器)、計算機の順に接続した1本の系列になります。線源と検出器のあいだに鉛のコリメータを置いて検出器の有感体積の中心だけに光子を入れ、検出器のまわりは鉛(内側に銅の裏張り)で囲んで自然放射能・宇宙線・室内の散乱線によるバックグラウンドを落とします。微弱線源なので、統計を稼ぐには長時間測定になり、バックグラウンドを下げることが分解能と同じくらい重要になります。エネルギー校正には、既知のエネルギーの標準線源(241Am^{241}\mathrm{Am}59.5keV59.5\,\mathrm{keV}57Co^{57}\mathrm{Co}122keV122\,\mathrm{keV}133Ba^{133}\mathrm{Ba}81keV81\,\mathrm{keV} など)を同じ配置で測り、波高とエネルギーの直線関係を決めます。

中心となる検出器は、逆バイアスをかけた高純度ゲルマニウム半導体検出器(HPGe)が最適です。原理は次の通りです。入射光子は空乏層の中で光電吸収され(100keV100\,\mathrm{keV} の Ge では光電効果が主過程)、全エネルギーを光電子に与えます。光電子は結晶中で電子・正孔対を次々に作りながら止まり、生成される対の数は

N=Eε,ε2.96eV (Ge の1対あたり平均エネルギー)N = \frac{E}{\varepsilon},\qquad \varepsilon \simeq 2.96\,\mathrm{eV}\ (\text{Ge の1対あたり平均エネルギー})

で、E=100keVE=100\,\mathrm{keV} なら N3.4×104N\simeq3.4\times10^4 個です。NNEE に比例するので、バイアス電界で電子と正孔を反対の電極へドリフトさせて集めれば、収集電荷 Q=NeQ=Ne が入射エネルギーに比例します。この電荷を電荷感応型前置増幅器で積分して EE に比例した電圧段差に変え、整形増幅器で信号帯域を制限して雑音を抑えたうえで、波高分析器が波高をディジタル化してヒストグラム(エネルギースペクトル)を作ります。

分解能の見積りも書いておきます。電子・正孔対の生成数のゆらぎは Fano 因子 F0.13F\simeq0.13 を含めて FN\sqrt{FN} なので、統計限界の半値全幅は

ΔEFWHM=2.35FεE=2.350.13×2.96eV×105eV0.46keV,\Delta E_{\rm FWHM} = 2.35\sqrt{F\varepsilon E} = 2.35\sqrt{0.13\times2.96\,\mathrm{eV}\times10^{5}\,\mathrm{eV}} \simeq 0.46\,\mathrm{keV},

すなわち 0.5%0.5\,\% 程度です。同じ 100keV100\,\mathrm{keV} を NaI(Tl) シンチレータと光電子増倍管で測ると、1事象あたりの光電子数が数百個しかなく分解能は 10%10\,\% 程度にとどまるので、「エネルギーを精度よく」という要求には半導体検出器を選びます。半導体検出器は液体窒素で冷却して逆方向漏れ電流と熱雑音を抑え、真空クライオスタットに収めて薄いベリリウム窓から光子を入れます。100keV100\,\mathrm{keV} を全吸収させるには数 mm から 1 cm 程度の空乏層厚が要ります。

80MHz80\,\mathrm{MHz} 帯(波長 3.75m3.75\,\mathrm{m})の電磁波源を探す方法を、原理とともに挙げます。

第一の方法は指向性アンテナによる方向探知です。スペクトラムアナライザ(なければ広帯域オシロスコープ)に八木アンテナやループアンテナをつなぎ、80MHz80\,\mathrm{MHz} に同調させてアンテナの向きを回し、受信強度が最大(ループアンテナなら最小、すなわちヌル)になる方位を読みます。ループアンテナは8字形の指向性をもち、ヌルの方位が鋭いので方向決定精度が高くなります。建物内の離れた2、3か所で方位を測り、その方向線の交点を作図すれば源の位置が絞れます。

第二の方法は強度マッピングです。同軸ケーブルの芯線を数十 cm 出しただけの棒アンテナ、または小さな磁界ループプローブをスペクトラムアナライザにつなぎ、80MHz80\,\mathrm{MHz} の強度を読みながら建物内を歩き回って部屋ごとの値を記録します。源に近づくほど強度は急に増える(近傍界では距離のべきがさらに大きい)ので、最大値をとる部屋、さらに機器を絞り込めます。飽和しないよう入力に減衰器を入れます。

第三の方法は周波数と時間構造からの推定です。周波数カウンタやスペクトラムアナライザで中心周波数と線幅を精密に測り、連続波かパルス列か、変調がかかっているかを見ます。7676 から 90MHz90\,\mathrm{MHz} は FM 放送帯なので放送波の回り込みが疑われますし、80MHz80\,\mathrm{MHz}1.88T1.88\,\mathrm{T} における陽子の NMR 周波数でもあるので核磁気共鳴装置の送信系が候補になります。ディジタル回路のクロックやスイッチング電源の高調波であれば、基本波と多数の高調波が等間隔に並ぶ櫛状のスペクトルになります。候補装置が絞れたら、それを一時的に止めてノイズが消えるかを確認するのが最も確実な同定です。

第四の方法は電源を順に落とす相関法です。ノイズレベルを連続記録しながら、分電盤のブレーカーや各装置の電源を1つずつ切り、レベルが落ちる瞬間と対応づけます。装置を止められない場合でも、動作モードを切り替えたときのノイズ変化を見れば十分な手がかりになります。

第五に、ノイズが空間を伝わってきているのか電源線や信号線を伝導してきているのかを切り分けます。クランプ式の電流プローブ(高周波用 CT)で各ケーブルの 80MHz80\,\mathrm{MHz} 成分を測り、大きな電流が流れているケーブルを上流へたどります。空間伝播なら金属板をプローブと源のあいだに入れたときに強度が落ちるので、それで区別できます。

源を止められない場合の対策は、遮蔽・濾波・接地・距離の4点に整理できます。

遮蔽(シールド)は最も効果的です。検出器、前置増幅器、信号ケーブルを導体の箱で完全に囲みます。導体中では高周波電磁場が表皮効果で指数関数的に減衰し、表皮深さは

δ=2ωμ0σ\delta = \sqrt{\frac{2}{\omega\mu_0\sigma}}

です。銅(σ=5.8×107S/m\sigma=5.8\times10^{7}\,\mathrm{S/m})の 80MHz80\,\mathrm{MHz} における値は δ7μm\delta\simeq7\,\mu\mathrm{m} なので、0.1mm0.1\,\mathrm{mm} の銅板でも表皮深さの十数倍に相当し、減衰量は桁で効きます。問題は板厚ではなく隙間と開口で、電磁波は波長(3.75m3.75\,\mathrm{m})より十分小さい開口からはほとんど入れないので、継ぎ目を導電ガスケットで埋め、ケーブルの引き込みは同軸コネクタで壁を貫通させ、換気口には金属メッシュを張ります。部屋ごとシールドできればさらに確実です。

濾波(フィルタ)は周波数の分離を使います。検出器の信号は整形後で μs\mu\mathrm{s} の時間スケール、すなわち数百 kHz から数 MHz の帯域ですから、80MHz80\,\mathrm{MHz} はそれよりはるかに高く、LC ローパスフィルタで大きく落とせます。前置増幅器の入力と出力、電源ライン、高圧バイアスラインにローパスフィルタを入れ、信号ケーブルにはフェライトコアをかませてコモンモード成分を止めます。80MHz80\,\mathrm{MHz} 専用のノッチフィルタも併用できます。整形増幅器の時定数を必要以上に短くしないことも、高周波ノイズの平均化として働きます。

接地では、シールドを1点接地にしてグランドループを作らないようにします。ループがあるとそれ自体がアンテナになり、遮蔽の効果を打ち消します。信号は同軸またはシールド付きツイストペアで送り、可能なら差動伝送にしてコモンモードノイズを除去します。検出器の直後で十分に増幅して信号対雑音比を上げておくと、下流での混入の相対的な影響が小さくなります。

距離と配置も有効です。実験系を源からできるだけ離し、あいだに金属の壁や既存の装置を置きます。さらに、源がパルス的に動作している場合は、その動作タイミングを論理信号として受け取り、その期間だけデータ取得にゲート(アンチコインシデンス)をかけて事象を捨てれば、ノイズの混入した事象を系統的に除けます。

線源は 100keV100\,\mathrm{keV} の単色光子を出すので、1事象あたり検出器で生成される電荷量は事象ごとに同じです。したがって前置増幅器の出力波形は、波高も立ち上がり・立ち下がりの形も事象ごとに同一で、多数を重ね書きすると1本の細い曲線に重なって見えるべきです。具体的な形は、ベースライン(0 V)から出発し、電荷収集時間(数十から数百 ns)で決まる速い立ち下がりで一定の波高に達し、そのあと前置増幅器と整形回路の時定数(数 μs\mu\mathrm{s})で指数関数的にベースラインへ戻る、というものです。曲線の太さは、エネルギー分解能(設問3 の見積りで 0.5%0.5\,\% 程度)と電子雑音に対応する分だけで、500mV/div500\,\mathrm{mV/div} のスケールならほとんど1本の線に見えます。スケッチは次の形です(横軸 1μs/div1\,\mu\mathrm{s/div}、縦軸 500mV/div500\,\mathrm{mV/div} 相当)。

0Vp246t

実際に観測されている図では、立ち下がりの時刻はトリガでおおよそ揃っているのに、波高が 0.2V0.2\,\mathrm{V} 程度から 1V1\,\mathrm{V} 程度まで連続的にばらつき、しかもピークに達する時刻も事象ごとに違って、扇形に広がっています。単色光子に対して出力波高が一定でないというのが問題の本質で、これでは波高分布が広がってエネルギー分解能が出ません。原因として次のものが考えられ、それぞれに対策があります。

第一に、検出器内での電荷収集が不完全な場合です。バイアス電圧が不足して空乏層が全体に広がっていないと、電界の弱い領域で電荷が捕獲されたり収集が遅れたりし、整形時定数の内側に電荷が集まりきらないぶんだけ波高が減ります(バリスティックデフィシット)。相互作用の位置によって収集時間が変わるので、波高とピーク時刻の両方が事象ごとにばらつきます。対策は、規定のバイアス電圧まで上げて完全空乏化を確認すること、整形時定数を電荷収集時間より十分長くとること、検出器の温度(Ge なら液体窒素の残量)を確認することです。

第二に、光子が検出器で全エネルギーを落としていない場合です。コンプトン散乱でエネルギーの一部だけを落として散乱光子が逃げると、連続的に低い波高が生じます。検出器が薄い、入射位置が端やデッドレイヤに近い、周囲の物質で散乱してから入っている、といった状況で顕著になります。対策は、十分に厚い検出器を使い、コリメータで有感体積の中心だけに入射させ、線源と検出器のあいだの散乱体を除き、周囲を遮蔽し、必要なら反同時計数で不完全吸収事象を落とすことです。

第三に、パイルアップとベースライン変動です。計数率が高いと前の事象の尾の上に次の事象が乗って波高が変わります。整形増幅器のポールゼロ調整が不適切でアンダーシュートが残っている場合も同じ効果になります。対策は、ポールゼロ調整、ベースライン復元回路の使用、パイルアップ除去回路の導入、線源強度や不要なバックグラウンドの低減です。

第四に、検出器や前置増幅器そのものの雑音です。漏れ電流の増加、冷却不足、コネクタや高圧ケーブルの接触不良、振動によるマイクロフォニック雑音、接地の不良などがベースラインを揺らし、波高のばらつきに直結します。対策は、冷却と真空の確認、配線の固定と短縮、コネクタの清掃と締結、1点接地の徹底です。

第五に、伝送系の問題です。同軸ケーブルの終端が整合していないと反射やリンギングで波形が歪みます。50Ω50\,\Omega 終端を入れ、ケーブルを短くします。またトリガレベル 200mV-200\,\mathrm{mV} が雑音の振幅に近いと雑音でトリガした偽事象が混ざるので、閾値を上げるか、整形後の信号でトリガします。

第六に、そもそもシンチレータと光電子増倍管を使っている場合は、100keV100\,\mathrm{keV} では光電子数が少なく、その統計ゆらぎ(分解能は 1/Npe1/\sqrt{N_{\rm pe}})で波高が本質的にばらつきます。この場合は検出器自体を半導体検出器に替えるのが対策です。

なお、精密なエネルギー測定を波形の目視で行うのは適切ではありません。整形増幅器と波高分析器を通してヒストグラムを取り、ピークの半値全幅で分解能を評価するのが正しい手順です。

金属中の電流密度は、電場による項と温度勾配による項の和で

i=σE+κσgradT\vec{i} = \sigma\vec{E} + \kappa\sigma\,\mathrm{grad}\,T

と書けます。σ\sigma は導電率、κ\kappa は熱電能で、金属の種類ごとに異なり、温度によらない定数とみなします。図1 の熱電対は上側の枝が金属 A(本文の M)、下側の枝が金属 B(本文の N)で、両者の接合部が P1P_1(左)と P2P_2(右)、QQ は下側の枝の途中の点です。図2 は電池 E、標準抵抗 R、可変抵抗 VR、検流計 G、電流計 A からなる回路で、端子 Q1Q_1 は R の左端(電池の一方の極)に、端子 Q2Q_2 は G を介して R の右端につながっています。電池の作る電流は R と VR の一部と A を直列に流れます。

1種類の金属の導線を両端が開いた状態(開回路)に保つと、定常状態では電流が流れないので i=0\vec{i}=0 です。上の式から

0=σE+κσTE=κT.0 = \sigma\vec{E}+\kappa\sigma\,\nabla T \quad\Longrightarrow\quad \vec{E} = -\kappa\,\nabla T .

静電場なので E=V\vec{E}=-\nabla V と書けて、

V=κTV=κT+const.\nabla V = \kappa\,\nabla T \quad\Longrightarrow\quad V = \kappa T + \text{const}.

したがって両端の電位差は

ΔV=κΔT,\Delta V = \kappa\,\Delta T,

ここで ΔV=V(高温端)V(低温端)\Delta V = V(\text{高温端})-V(\text{低温端})ΔT=T(高温端)T(低温端)\Delta T = T(\text{高温端})-T(\text{低温端}) です。

答えは ΔV=κΔT\Delta V = \kappa\Delta T で、比例係数は熱電能そのものです。κ\kappa の次元は(電圧)/(温度)で、実際の金属では μV/K\mathrm{\mu V/K} の程度です。

定性的な理由は次の通りです。高温端の電子は運動エネルギーが大きく、速度分布の裾が広がっています。そのため高温端から低温端へ向かって拡散する電子の流れが、逆向きの流れより多くなり、電子は正味で高温側から低温側へ流れます(ith=κσgradT\vec{i}_{\rm th} = \kappa\sigma\,\mathrm{grad}\,T は、負電荷である電子の流れが T-\nabla T 向きであることを、電流の向きに直したものです)。その結果、低温端に負電荷が溜まり高温端は正に帯電して、両端に電位差が生じます。生じた電場は電子をふたたび低温端から高温端へ押し戻す向きに働くので、拡散による流れと電場による流れが打ち消し合ったところで定常になります。その釣り合いの条件が i=0\vec{i}=0、すなわち ΔV=κΔT\Delta V = \kappa\Delta T で、開回路では持続的な電流は流れず電位差だけが残ります。

閉回路では静電場が保存力であることから Edl=0\oint\vec{E}\cdot d\vec{l}=0 が成り立ちます。E=i/σκT\vec{E} = \vec{i}/\sigma - \kappa\nabla T を代入すると

iσdl=κTdl.\oint\frac{\vec{i}}{\sigma}\cdot d\vec{l} = \oint \kappa\,\nabla T\cdot d\vec{l}.

左辺は Ohm の法則そのもので、回路を流れる電流 II と全抵抗 RtotR_{\rm tot} を使って IRtotI R_{\rm tot} です。右辺が起電力に当たります。P1P_1 から金属 M を通って P2P_2 へ、P2P_2 から金属 N を通って P1P_1 へ戻る経路をとると

κTdl=κM(T2T1)+κN(T1T2)=(κMκN)(T2T1).\oint\kappa\,\nabla T\cdot d\vec{l} = \kappa_M\bigl(T_2-T_1\bigr) + \kappa_N\bigl(T_1-T_2\bigr) = \bigl(\kappa_M-\kappa_N\bigr)\bigl(T_2-T_1\bigr).

したがって

I=(κMκN)(T2T1)Rtot.I = \frac{(\kappa_M-\kappa_N)(T_2-T_1)}{R_{\rm tot}} .

κMκN\kappa_M\neq\kappa_N かつ T1T2T_1\neq T_2 なら I0I\neq0 で、持続的な電流が流れます。要点は、κ\kappa が一周するあいだに接合部で不連続に飛ぶために κTdl\oint\kappa\nabla T\cdot d\vec{l} が 0 にならないことです。1種類の金属だけでできた回路なら κ\kappa が定数なので κTdl=κTdl=0\oint\kappa\nabla T\cdot d\vec{l} = \kappa\oint\nabla T\cdot d\vec{l}=0TT は一価関数)となって電流は流れません。これが設問1(a) の状況の言い換えでもあります。

物理的には次のように言えます。2本の枝はそれぞれ「両端の電位差が κΔT\kappa\Delta T になろうとする」性質をもちますが、κ\kappa が違うので二つの要求は両立しません。その食い違いのぶんが正味の起電力として残り、電流を駆動します。この電流を維持するエネルギーは、高温接合で熱として吸収され低温接合で放出されるペルチェ熱が供給しており、熱電対は熱機関として動作していることになります。

原理は零位法(ゼロ位法)です。図1 の点 QQ で金属 B の枝を切り、そこに図2 の端子 Q1Q_1Q2Q_2 を挿入します。VR を動かすと電池からの電流 II が変わり、標準抵抗 R の両端の電圧降下 RIRI が変わります。検流計 G の電流をゼロに調整したとき、次の二つが同時に成り立ちます。

第一に、G に電流が流れないということは熱電対の枝にも電流が流れないということなので、熱電対の導線と接合部の抵抗による電圧降下が存在せず、Q1Q_1Q2Q_2 のあいだの電位差は熱起電力そのもの

Eth=(κMκN)ΔTE_{\rm th} = (\kappa_M-\kappa_N)\,\Delta T

に等しくなります。第二に、図2 の側では G の枝に電流が流れないので、Q1Q_1Q2Q_2 の電位差は R の両端の電圧降下に等しく、VQ1VQ2=RIV_{Q_1}-V_{Q_2} = RI です。この二つを等置して

Eth=RI.E_{\rm th} = R\,I .

RR は既知の標準抵抗、II は電流計 A の読みなので、熱起電力が決まります。金属 M と N の組み合わせに対する熱起電力と温度差の関係(校正曲線)が既知なら、そこから ΔT=T試料TP2\Delta T = T_{\text{試料}} - T_{P_2} が求められます。

利点は次の点にあります。まず、平衡点で熱電対に電流が流れないので、熱電対の導線抵抗、接合部の接触抵抗、リード線の抵抗、検流計の内部抵抗が測定値に一切入りません。電圧計を直接つないで読む方法ではこれらが分流・電圧降下として誤差になりますが、零位法ではその心配がありません。次に、電流を流さないのでジュール熱やペルチェ熱で接合部の温度を乱すことがなく、測ろうとしている温度そのものを変えてしまう問題を避けられます。さらに、測定の精度が既知の標準抵抗 R と電流計 A の精度だけで決まり、検流計は目盛の正確さを要求されず零点を検出する感度だけあればよい、という構成になります。R を大きくとるのは、R の枝にある配線抵抗や接触抵抗(未知で変動しやすい)の寄与を相対的に無視できるようにし、同時に平衡電流を小さくして電池の消耗と R の自己発熱を抑えるためです。熱電対そのものの利点も付け加えれば、接合部を細く小さく作れるので測定点が局所的で熱容量が小さく、応答が速いことが挙げられます。

熱電対が測るのは2つの接合部の温度差だけなので、絶対温度を得るには基準接点 P2P_2 の絶対温度を独立に確定させる必要があります。

概念図としては、系を三つの部分に分けて直列につなぎます。左に試料と、それに熱的に密着させた測定接点 P1P_1、中央に基準接点 P2P_2 を入れた恒温槽、右に図2 の電位差計です。恒温槽には氷と純水の混合物(氷点、0C=273.15K0\,^\circ\mathrm{C} = 273.15\,\mathrm{K})を魔法瓶(デュワー)に入れたものを使い、P2P_2 をその中に十分深く浸します。氷と水が共存していれば温度は大気圧下の氷点に固定され、その値は mK\mathrm{mK} の精度で既知です。P2P_2 から出た2本の導線を QQ で切って Q1Q_1Q2Q_2 に接続し、電位差計で EthE_{\rm th} を測ります。校正曲線から ΔT\Delta T を得れば

T試料=273.15K+ΔTT_{\text{試料}} = 273.15\,\mathrm{K} + \Delta T

が絶対温度です。

要点は三つあります。基準接点の温度を熱力学温度目盛上で既知の固定点(氷点、あるいは液体窒素の沸点や水の三重点)に固定すること、Q1Q_1Q2Q_2 を含む端子部を等温に保って余分な異種金属接合による寄生起電力を作らないこと、そして校正曲線自体を複数の固定点(水の三重点、スズやアルミニウムの凝固点など)で確認しておくことです。基準接点を氷点に置く代わりに、P2P_2 の温度を別に校正した温度計(白金抵抗温度計など)で測り、その値を足して補正する方式(冷接点補償)でも構いません。

測定した試料温度の正しさを左右する要因を列挙します。

基準接点に関するもの。P2P_2 の温度の不確かさ(氷水の温度分布、氷が溶けきってしまう、不純物の混入、P2P_2 の浸漬深さ不足)と、冷接点補償方式ならその補償温度計の誤差。

試料と測定接点の熱的結合に関するもの。P1P_1 と試料の接触熱抵抗が大きく P1P_1 が試料温度になっていない。熱電対の導線を通じた熱の逃げ(熱リーク)で接合部の温度が引き下げられる(導線が太い、熱伝導率が高い、浸漬長が短いほど深刻)。放射や対流による周囲との熱交換。試料内部の温度が一様でない、あるいは定常に達していない。

熱電対そのものに関するもの。校正曲線(熱起電力と温度差の関係)の精度と、κ\kappa の温度依存性を無視した線形近似の誤差。導線の不均質性(不純物、加工歪み、酸化、経年劣化、繰り返し使用による変質)があって、その部分に温度勾配がかかると余分な起電力が発生する(不均質誤差)。Q1Q_1Q2Q_2 や端子、切替スイッチのところで異種金属の接合ができ、そこに温度差があると寄生熱起電力が加わる。

電気計測系に関するもの。標準抵抗 R の値の正確さと温度係数、電流計 A の校正・線形性・内部抵抗、検流計の感度不足やゼロ点のドリフト(真の平衡からずれたまま読んでしまう)。リード線の絶縁不良や漏れ電流(高温部では絶縁抵抗が下がる)。電磁ノイズ、グランドループ、接触起電力による直流オフセット。

原理的なもの。平衡が完全でなく微小電流が残ると、ジュール熱とペルチェ熱で接合部温度が乱される。

第6問 Debye-Hückel 理論と生体分子の静電遮蔽

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電解質溶液中の静電ポテンシャル ϕ(r)\phi(r) が満たす Poisson-Boltzmann 方程式

2ϕ(r)=1ϵiniZiqexp ⁣[Ziqϕ(r)kT]\nabla^2\phi(r) = -\frac{1}{\epsilon}\sum_i n_iZ_iq\,\exp\!\left[-\frac{Z_iq\phi(r)}{kT}\right]

を (1) とします。ϵ\epsilon は電解質溶液の誘電率、qq は素電荷、kk は Boltzmann 定数、TT は絶対温度、nin_iZiZ_i は第 ii 種イオンのバルクでの数密度と電荷数です。線形化した式 2ϕ=κ2ϕ\nabla^2\phi = \kappa^2\phi を (2)、κ2(q2/ϵkT)iniZi2\kappa^2 \equiv (q^2/\epsilon kT)\sum_i n_iZ_i^2 とします。

空欄に入るのは「水の比誘電率が約 80 と大きいこと」です。より詳しく言えば、水分子が大きな永久双極子モーメントをもち、イオンの作る電場の中で配向分極(および電子分極)して逆向きの分極電荷を作るため、実効的な電場とポテンシャルが真空中の 1/εr1/\varepsilon_r に減る、という誘電遮蔽の効果です。εr80\varepsilon_r\simeq80(室温の水)なので、33 Å 離れた一価電荷間の静電エネルギーは 460kJ/mol460\,\mathrm{kJ/mol} から約 1/801/805.8kJ/mol5.8\,\mathrm{kJ/mol} になります。これは室温の熱エネルギー RT2.5kJ/molRT\simeq2.5\,\mathrm{kJ/mol} と同じ桁で、生体分子の相互作用が熱ゆらぎと競合する大きさに落ちることを意味します。

出発点は二つです。

第一に、溶媒を誘電率 ϵ\epsilon の一様な連続媒質とみなすと、静電ポテンシャルは電荷密度 ρ\rho に対する Poisson 方程式

2ϕ(r)=ρ(r)ϵ\nabla^2\phi(\vec r) = -\frac{\rho(\vec r)}{\epsilon}

を満たします。

第二に、可動イオンが温度 TT で熱平衡にあるとします。第 ii 種イオン1個が位置 r\vec r にあるときの静電エネルギーは Ziqϕ(r)Z_iq\phi(\vec r) なので、その局所的な数密度は Boltzmann 分布に従います。

ni(r)=niexp ⁣[Ziqϕ(r)kT],n_i(\vec r) = n_i\exp\!\left[-\frac{Z_iq\phi(\vec r)}{kT}\right],

ここで nin_iϕ=0\phi=0 となる十分遠方(バルク)での数密度です。局所的な電荷密度はこれを足し上げたもので、

ρ(r)=iZiqni(r)=iniZiqexp ⁣[Ziqϕ(r)kT].\rho(\vec r) = \sum_i Z_iq\,n_i(\vec r) = \sum_i n_iZ_iq\exp\!\left[-\frac{Z_iq\phi(\vec r)}{kT}\right].

これを Poisson 方程式に代入すれば (1) が得られます。

使った近似を明示しておきます。第一に平均場近似です。各イオンは他のすべてのイオンが作る平均のポテンシャル ϕ\phi の中を動くとし、イオン間の相関や、自分自身が ϕ\phi に寄与している分(自己エネルギー)を無視しています。第二に、溶媒を構造のない一様な誘電体として扱い、イオンの大きさや水和構造を無視して点電荷としています。第三に、系は熱平衡にあり、遠方でバルクの電気的中性 iniZi=0\sum_i n_iZ_i = 0 が成り立つとしています。Poisson 方程式(線形)と Boltzmann 分布(指数関数)を組み合わせたために、ϕ\phi について非線形な方程式になっているのがこの式の特徴です。

静電エネルギーが熱エネルギーより十分小さい、すなわち ZiqϕkT|Z_iq\phi|\ll kT のとき、指数関数を1次まで展開できます。

exp ⁣[ZiqϕkT]1ZiqϕkT.\exp\!\left[-\frac{Z_iq\phi}{kT}\right] \simeq 1-\frac{Z_iq\phi}{kT}.

これを (1) に代入すると

2ϕ1ϵiniZiq+q2ϵkT(iniZi2)ϕ.\nabla^2\phi \simeq -\frac{1}{\epsilon}\sum_i n_iZ_iq +\frac{q^2}{\epsilon kT}\left(\sum_i n_iZ_i^2\right)\phi .

第1項はバルクでの電気的中性条件 iniZi=0\sum_i n_iZ_i = 0 によって消えます(もし消えなければ、ϕ=0\phi=0 となる遠方で 2ϕ0\nabla^2\phi\neq0 となって矛盾します)。したがって

2ϕ(r)=κ2ϕ(r),κ2=q2ϵkTiniZi2\nabla^2\phi(r) = \kappa^2\phi(r),\qquad \kappa^2 = \frac{q^2}{\epsilon kT}\sum_i n_iZ_i^2

という線形微分方程式になります。これで示せました。κ2\kappa^2 の次元は(長さ)2^{-2} で、κ1\kappa^{-1} が長さのスケールを与えます。

原点に電荷数 Z0Z_0 の中心イオンを置き、球対称を仮定します。球座標のラプラシアンは 2ϕ=r1d2(rϕ)/dr2\nabla^2\phi = r^{-1}\,d^2(r\phi)/dr^2 なので、u(r)rϕ(r)u(r)\equiv r\phi(r) と置くと (2) は

d2udr2=κ2uu=Aeκr+Be+κr.\frac{d^2u}{dr^2} = \kappa^2 u \quad\Longrightarrow\quad u = A e^{-\kappa r}+Be^{+\kappa r}.

遠方で ϕ0\phi\to0 でなければならないので B=0B=0、よって

ϕ(r)=Aeκrr.\phi(r) = A\,\frac{e^{-\kappa r}}{r}.

AA は原点近傍の条件で決まります。イオンの大きさが無視できるほど小さいので、r0r\to0 では遮蔽イオン雲が半径 rr の球内に含む電荷が 0 に近づき、ポテンシャルは中心イオンの裸の Coulomb ポテンシャルに漸近します。

ϕ(r)  Z0q4πϵr(r0)A=Z0q4πϵ.\phi(r)\ \longrightarrow\ \frac{Z_0q}{4\pi\epsilon r}\qquad (r\to0) \quad\Longrightarrow\quad A = \frac{Z_0q}{4\pi\epsilon}.

したがって

ϕ(r)=Z0q4πϵreκr\phi(r) = \frac{Z_0q}{4\pi\epsilon r}\,e^{-\kappa r}

が答えです。遮蔽された Coulomb ポテンシャル(湯川型)で、κ1\kappa^{-1} を超える距離では指数関数的に消えます。

イオン濃度をゼロに近づけると iniZi20\sum_i n_iZ_i^2\to0 なので κ0\kappa\to0、指数因子が 1 になって

ϕ(r)  ϕ0(r)=Z0q4πϵr\phi(r)\ \longrightarrow\ \phi_0(r) = \frac{Z_0q}{4\pi\epsilon r}

です。すなわち遮蔽のない、誘電率 ϵ\epsilon の媒質中の裸の Coulomb ポテンシャルに戻ります(真空に比べて εr80\varepsilon_r\simeq80 分の1に落ちているぶんは残ります)。

ϕ(r)/ϕ0(r)=eκr\phi(r)/\phi_0(r) = e^{-\kappa r} ですから、これが 1/e1/e になるのは κr=1\kappa r = 1、すなわち

r=1κλDr = \frac{1}{\kappa} \equiv \lambda_D

のときです。イオン強度 I=12iniZi2I = \frac12\sum_i n_iZ_i^2 を使うと iniZi2=2I\sum_i n_iZ_i^2 = 2I なので

λD=1κ=ϵkT2Iq2.\lambda_D = \frac{1}{\kappa} = \sqrt{\frac{\epsilon kT}{2Iq^2}} .

数値を入れます。T=25C=298KT = 25\,^\circ\mathrm{C} = 298\,\mathrm{K}I=8.4×1025m3I = 8.4\times10^{25}\,\mathrm{m^{-3}}ϵ=7.0×1010Fm1\epsilon = 7.0\times10^{-10}\,\mathrm{F\,m^{-1}}q=1.6×1019Cq = 1.6\times10^{-19}\,\mathrm{C}k=1.38×1023JK1k = 1.38\times10^{-23}\,\mathrm{J\,K^{-1}} です。

ϵkT=7.0×1010×1.38×1023×298=2.88×1030,\epsilon kT = 7.0\times10^{-10}\times1.38\times10^{-23}\times298 = 2.88\times10^{-30}, 2Iq2=1.68×1026×(1.6×1019)2=4.30×1012,2Iq^2 = 1.68\times10^{26}\times(1.6\times10^{-19})^2 = 4.30\times10^{-12}, λD=2.88×10304.30×1012=6.69×1019=8.2×1010m.\lambda_D = \sqrt{\frac{2.88\times10^{-30}}{4.30\times10^{-12}}} = \sqrt{6.69\times10^{-19}} = 8.2\times10^{-10}\,\mathrm{m}.

答えは λD8.2×1010m=0.82nm=8.2\lambda_D \simeq 8.2\times10^{-10}\,\mathrm{m} = 0.82\,\mathrm{nm} = 8.2 Å(有効数字2桁)です。次元は (Fm1J)/(m3C2)=m2\mathrm{(F\,m^{-1}\cdot J)/(m^{-3}C^2)} = \mathrm{m^2} なので平方根が長さになり、辻褄が合います。与えられたイオン強度が 0.14mol/L0.14\,\mathrm{mol/L} に対応することも確認できます。1価:1価電解質なら II は塩の数密度に等しく、0.14×6.02×1023×103m3=8.4×1025m30.14\times6.02\times10^{23}\times10^{3}\,\mathrm{m^{-3}} = 8.4\times10^{25}\,\mathrm{m^{-3}} で一致します。生理条件下の Debye 長が 1nm1\,\mathrm{nm} 弱、つまり水分子数個ぶんという短さであることが、生体内で静電相互作用がごく近距離にしか及ばない理由です。

イオン強度を下げると、DNA の熱融解温度は下がると期待されます。

理由は次の通りです。λDI1/2\lambda_D \propto I^{-1/2} なので、イオン強度を下げると Debye 長が伸びて遮蔽が弱まります。DNA は2本の鎖の骨格に負電荷のリン酸基を約 1010 Å 間隔で並べており、これらは互いに反発し合っています。二重らせん状態では2本の鎖のリン酸基が接近しているので、遮蔽が弱まると静電反発のエネルギーが増え、二重らせん状態の自由エネルギーが1本鎖に解離した状態より相対的に上がります。反発によって二重らせんが不安定化するので、より低い温度で解離が起こり、融解温度 TmT_m は下がります。

大きさを見積もっておきます。1010 Å 離れた2個の一価電荷の遮蔽された相互作用エネルギーは

U=q24πϵrer/λD,r=10 A˚U = \frac{q^2}{4\pi\epsilon r}e^{-r/\lambda_D},\qquad r = 10\ \text{Å}

で、遮蔽がなければ U=2.9×1021J=0.71kTU = 2.9\times10^{-21}\,\mathrm{J} = 0.71\,kT です。生理条件(λD=8.2\lambda_D = 8.2 Å)では e1.22e^{-1.22} の因子が付いて 0.21kT0.21\,kT、イオン強度を 1/1001/100 にして λD=82\lambda_D = 82 Å にすると 0.63kT0.63\,kT になります。1組のリン酸対で 0.4kT0.4\,kT 程度の増加ですが、DNA1分子には塩基対の数だけリン酸基があるので、総和は TmT_m を大きく動かすのに十分です。実験的にも TmT_m はナトリウム濃度の対数に対してほぼ直線的に上がり、濃度が 10 倍で 1616 から 18C18\,^\circ\mathrm{C} 程度上昇することが知られています。逆に、蒸留水のような低イオン強度では室温でも DNA が変性しうることになります。

Debye-Hückel 理論は、点電荷、平均場、線形化、一様な誘電率という近似の上に立っており、電荷をもたない部分の相互作用をまったく含みません。生体分子の立体構造安定性には、次のような要因が大きく寄与します。二つ以上挙げよという設問なので、主要な三つを述べます。

第一に水素結合です。N-H や O-H の水素が電気的に陰性な N、O の孤立電子対に配位する方向性の強い相互作用で、1本あたりのエネルギーは数 kJ/mol から 20kJ/mol20\,\mathrm{kJ/mol} 程度です。DNA では塩基対(A-T が2本、G-C が3本)が2本鎖を特異的に対合させ、蛋白質では主鎖の N-H\mathrm{N\text{-}H}C=O\mathrm{C{=}O} のあいだの水素結合が α\alpha ヘリックスや β\beta シートの骨格を作ります。方向性と距離依存性が鋭いため、構造の「特異性」(どの配列がどの相手と組むか、どの折れ方をするか)を決めるのは主にこの相互作用です。ただし水中では溶質同士の水素結合が水分子との水素結合と競合するため、正味の安定化寄与は見かけの結合エネルギーよりかなり小さくなります。

第二に疎水性相互作用(疎水効果)です。非極性の側鎖や塩基は水に露出していると周囲の水分子の水素結合網を制約し、水側のエントロピーを下げます。したがって非極性基が集まって水から隔離されるほうが全体の自由エネルギーが低くなります。駆動力が主にエントロピー的(TΔS-T\Delta S 由来)で、温度依存性が特徴的であることがこの相互作用の目印です。球状蛋白質が疎水性残基を内部に、親水性残基を表面に配置して折り畳む最大の駆動力はこれです。DNA でも、塩基が積み重なるスタッキング相互作用(疎水効果と芳香環間の分散力・π\pi 電子の重なりの複合)が、実は塩基対間の水素結合よりも大きく二重らせんを安定化していると考えられています。

第三に van der Waals(London 分散)力と立体的な詰め込み、およびそれと競合するコンフォメーションエントロピーです。折り畳まれた内部では原子が隙間なく詰まり、多数の原子対からの分散力が積み上がります。一方、折り畳みは主鎖と側鎖の回転自由度を失わせるので配置エントロピーの損失が大きく、天然構造と変性構造の自由エネルギー差は分子全体でも 2020 から 60kJ/mol60\,\mathrm{kJ/mol} 程度の小さな値に落ち着きます。安定性が「大きな寄与どうしのほぼ相殺の残り」で決まるため、定量的な予測が難しくなっています。

このほか、ジスルフィド結合による共有結合的な架橋、金属イオンや補因子の配位、特異的な塩橋、そして Debye-Hückel を超えるイオンの効果(表面電位が大きい場合の線形化の破れ、イオンの有限の大きさ、リン酸基まわりへの対イオン凝縮、Mg2+\mathrm{Mg^{2+}} やポリアミンのような多価カチオンによる強い安定化と凝縮)も重要です。

第7問 沈降平衡による高分子の分子量決定

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試験管の溶媒の上に高分子の稀薄溶液を薄く積層し、鉛直下向きに一定で強い実効重力加速度 gg が働くとします。液面からの距離を xx(下向きを正)、高分子の比容(単位質量あたりの体積)を VV、溶媒の密度を ρ\rho、分子量を MM、アボガドロ数を NAN_A、粘性抵抗の比例定数を β\beta、拡散定数を DD とします。高分子1個の質量は m1=M/NAm_1 = M/N_A、体積は m1V=MV/NAm_1V = MV/N_A です。

高分子1個に働く力は、下向きの重力 m1gm_1g、上向きの浮力(押しのけた溶媒の重さ)ρ(m1V)g\rho\,(m_1V)\,g、そして速度に比例する粘性抵抗 βx˙-\beta\dot x です。下向きを正として

MNAd2xdt2=MNAgρMVNAgβdxdt=MgNA(1ρV)βdxdt.\frac{M}{N_A}\frac{d^2x}{dt^2} = \frac{M}{N_A}g - \rho\frac{MV}{N_A}g - \beta\frac{dx}{dt} = \frac{Mg}{N_A}\bigl(1-\rho V\bigr) - \beta\frac{dx}{dt}.

これが運動方程式です。ρV\rho V は(密度)×\times(比容)で無次元量になっており、高分子の密度が溶媒より大きければ ρV<1\rho V \lt 1 で正味の力は下向き、小さければ上向き(浮上)です。

粘性抵抗が大きいので加速度の項はすぐに無視できるようになり、d2x/dt2=0d^2x/dt^2 = 0 の定常速度に達します。

0=MgNA(1ρV)βss=Mg(1ρV)NAβ.0 = \frac{Mg}{N_A}(1-\rho V) - \beta s \quad\Longrightarrow\quad s = \frac{Mg\,(1-\rho V)}{N_A\beta}.

答えは s=Mg(1ρV)/(NAβ)s = Mg(1-\rho V)/(N_A\beta) です。緩和時間は τ=m1/β=M/(NAβ)\tau = m_1/\beta = M/(N_A\beta) で、これが観測時間より十分短いことが「一定の速度で沈降する」ことの条件です。

液面から xx の深さにある水平な単位面積を、単位時間に上部から底部へ(下向きに)通過する高分子の数は、沈降による移流と拡散の和です。沈降は濃度 CC の高分子が速さ ss で下向きに動くので寄与は sCsC、拡散は Fick の法則により濃度勾配と逆向き(濃度の高いほうから低いほうへ)に流れるので下向き成分は DC/x-D\,\partial C/\partial x です。

j(x,t)=sC(x,t)DC(x,t)x.j(x,t) = s\,C(x,t) - D\,\frac{\partial C(x,t)}{\partial x}.

これが答えです。次元は(数密度)×\times(速度)==(個数)/(面積・時間)で一致しています。

高分子は生成も消滅もしないので、厚さ dxdx の薄い層に対する個数の収支から連続の方程式が成り立ちます。層に入る流れは j(x,t)j(x,t)、出る流れは j(x+dx,t)j(x+dx,t) なので、

Ct=jx.\frac{\partial C}{\partial t} = -\frac{\partial j}{\partial x}.

これが答えです。

設問2(a) の jj を設問2(b) に代入します。ssDD は定数なので

Ct=x(sCDCx)=sCx+D2Cx2.\frac{\partial C}{\partial t} = -\frac{\partial}{\partial x}\left(sC - D\frac{\partial C}{\partial x}\right) = -s\frac{\partial C}{\partial x} + D\frac{\partial^2C}{\partial x^2}.

これが沈降現象を記述する方程式(沈降を含む拡散方程式、移流拡散方程式)です。s=0s=0 なら通常の拡散方程式、D=0D=0 なら濃度分布が速さ ss で平行移動するだけの移流方程式に帰着します。

試験管は底で閉じており、液面から上へも高分子は出られないので、両端で流れが 0(j=0j=0)という境界条件が課され、高分子の総数は保存します。

はじめは濃度が上部に偏っているので、沈降によって高分子は底へ運ばれます。底に溜まると下向きに増える濃度勾配ができ、拡散はその勾配を均そうとして上向きの流れを作ります。沈降流は sCsC で濃度に比例、拡散流は DC/x-D\,\partial C/\partial x で勾配に比例するので、蓄積が進めば進むほど拡散による逆流が強くなります。したがってどこかで両者がちょうど打ち消し合い、j(x)=0j(x)=0 が全域で成り立つ状態に落ち着きます。この状態では C/t=j/x=0\partial C/\partial t = -\partial j/\partial x = 0 なので、濃度分布は時間に依存しません。

安定性も明らかです。ある場所で沈降が勝って余分に溜まれば勾配が急になって拡散の逆流が増え、逆に溜まりすぎが解消されれば勾配が緩んで沈降が勝ちます。負のフィードバックが働くので、系はこの分布に単調に近づいて留まります。熱力学的に言えば、この定常状態は実効重力場の中での熱平衡状態そのもので、外から仕事を加えない閉じた系は最終的にそこへ緩和します(設問2(e) で見るように、濃度分布は実効ポテンシャル中の Boltzmann 分布になります)。

定常状態では全域で j=0j=0 なので、

sC=DdCdxdlnCdx=sDC(x)=C(0)esx/D.sC = D\frac{dC}{dx} \quad\Longrightarrow\quad \frac{d\ln C}{dx} = \frac{s}{D} \quad\Longrightarrow\quad C(x) = C(0)\,e^{sx/D}.

したがって x=x1x=x_1x=x2x=x_2 の濃度の比は

C1C2=es(x1x2)/DsD=1x1x2lnC1C2.\frac{C_1}{C_2} = e^{s(x_1-x_2)/D} \quad\Longrightarrow\quad \frac{s}{D} = \frac{1}{x_1-x_2}\ln\frac{C_1}{C_2}.

x1x_1x2x_2 は既知、C1/C2C_1/C_2 は(たとえば吸光度の比として)測定できるので、ssDD を個別に測らずに比 s/Ds/D が決まります。これで示せました。深いほうが濃い(x2>x1x_2\gt x_1 なら C2>C1C_2\gt C_1)ので、s>0s\gt0 と整合しています。

設問1(b) の ss と Einstein の関係式 D=kBT/βD=k_BT/\beta を使うと

sD=Mg(1ρV)NAββkBT=Mg(1ρV)NAkBT=Mg(1ρV)RT,\frac{s}{D} = \frac{Mg(1-\rho V)}{N_A\beta}\cdot\frac{\beta}{k_BT} = \frac{Mg(1-\rho V)}{N_Ak_BT} = \frac{Mg(1-\rho V)}{RT},

ここで R=NAkBR = N_Ak_B は気体定数です。粘性抵抗の係数 β\beta が消えることが要点です。したがって

M=RTg(1ρV)sD=NAkBTg(1ρV)1x1x2lnC1C2.M = \frac{RT}{g(1-\rho V)}\cdot\frac{s}{D} = \frac{N_Ak_BT}{g(1-\rho V)}\cdot\frac{1}{x_1-x_2}\ln\frac{C_1}{C_2}.

右辺に現れるのは TT(溶液の温度)、gg(回転数と半径から計算できる実効重力加速度)、ρ\rho(溶媒の密度)、VV(高分子の比容)、x1x_1x2x_2(測定位置)、C1/C2C_1/C_2(濃度比)で、いずれも測定可能です。よって分子量 MM が求められます。これで示せました。次元は [RT][1/m]/[m/s2]=(J/mol)s2/m2=kg/mol[RT]\cdot[1/\mathrm{m}]/[\mathrm{m/s^2}] = \mathrm{(J/mol)\,s^2/m^2} = \mathrm{kg/mol} で、1モルあたりの質量になっています。

この方法(沈降平衡法)の長所は、β\beta が消えたおかげで高分子の形や水和状態に依存する摩擦係数を知る必要がないことです。分子量だけが幾何学的な形状によらず決まります。得られた濃度分布 Cesx/D=exp[m1g(1ρV)x/kBT]C\propto e^{sx/D} = \exp[m_1g(1-\rho V)x/k_BT] が、浮力で補正した重さ m1g(1ρV)m_1g(1-\rho V) をもつ粒子の実効重力ポテンシャル中の Boltzmann 分布(気圧の高度分布と同じ形)になっていることも、結果の妥当性の確認になります。

第8問 自由電子模型と陽電子消滅

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金属中の価電子を自由電子模型で扱い、温度は十分低い(TTFT\ll T_F)とします。前半では Fermi エネルギー εF\varepsilon_F と電子密度 nn の関係、およびナトリウムの εF\varepsilon_F の概算を求めます。後半では、金属に打ち込んで熱化した陽電子が電子と対消滅して出す2個の光子の角度相関から価電子の運動量分布を読み取る実験(角度相関測定)の原理を扱います。数値は 2/me2=0.529\hbar^2/me^2 = 0.529 Å、me4/2=27.2eVme^4/\hbar^2 = 27.2\,\mathrm{eV}NA=6.02×1023mol1N_A = 6.02\times10^{23}\,\mathrm{mol^{-1}} を使います。

εF\varepsilon_F を決める物理的な理由は、電子が Fermi 粒子であることに尽きます。1つの1粒子状態(波数とスピンの組)には電子は1個しか入れないので、T=0T=0 では電子はエネルギーの低い状態から順に1つずつ詰まっていき、最後の電子が入った状態のエネルギーが εF\varepsilon_F になります。つまり εF\varepsilon_F は、それ以下のエネルギーをもつ1粒子状態の総数が価電子の総数に等しくなるという条件で決まります。相互作用でも温度でもなく、電子数と状態数の勘定だけで決まる量です。

体積 Ω\Omega の箱に周期境界条件を課すと、許される波数は 2π/L2\pi/L 刻みの格子点になり、kk 空間の単位体積あたりの状態数はスピンの自由度2を含めて 2Ω/(2π)32\Omega/(2\pi)^3 です。分散関係は ε=2k2/2m\varepsilon = \hbar^2k^2/2m で等方的なので、占有領域は半径 kFk_F の球(Fermi 球)になります。電子の総数 NN

N=2Ω(2π)34π3kF3=ΩkF33π2n=NΩ=kF33π2,N = \frac{2\Omega}{(2\pi)^3}\cdot\frac{4\pi}{3}k_F^3 = \frac{\Omega k_F^3}{3\pi^2} \quad\Longrightarrow\quad n = \frac{N}{\Omega} = \frac{k_F^3}{3\pi^2},

すなわち kF=(3π2n)1/3k_F = (3\pi^2n)^{1/3} です。したがって

εF=2kF22m=22m(3π2n)2/3.\varepsilon_F = \frac{\hbar^2k_F^2}{2m} = \frac{\hbar^2}{2m}\bigl(3\pi^2n\bigr)^{2/3}.

これが εF\varepsilon_Fnn の関係式です。nn が増えると εF\varepsilon_Fn2/3n^{2/3} で増えます。

Na は1価なので、電子密度は原子密度に等しいです。比重 0.97、平均原子量 23 より

n=0.97gcm323gmol1×6.02×1023mol1=2.54×1022cm3=2.54×102A˚3.n = \frac{0.97\,\mathrm{g\,cm^{-3}}}{23\,\mathrm{g\,mol^{-1}}}\times6.02\times10^{23}\,\mathrm{mol^{-1}} = 2.54\times10^{22}\,\mathrm{cm^{-3}} = 2.54\times10^{-2}\,\text{Å}^{-3}.

よって

kF=(3π2n)1/3=(29.6×2.54×102)1/3A˚1=(0.752)1/3A˚1=0.909 A˚1.k_F = \bigl(3\pi^2n\bigr)^{1/3} = \bigl(29.6\times2.54\times10^{-2}\bigr)^{1/3}\text{Å}^{-1} = (0.752)^{1/3}\,\text{Å}^{-1} = 0.909\ \text{Å}^{-1}.

与えられた数値から係数を作ります。2/m=(2/me2)2×(me4/2)\hbar^2/m = (\hbar^2/me^2)^2\times(me^4/\hbar^2) なので

22m=(0.529A˚)2×27.2eV2=3.81 eVA˚2.\frac{\hbar^2}{2m} = \frac{(0.529\,\text{Å})^2\times27.2\,\mathrm{eV}}{2} = 3.81\ \mathrm{eV}\cdot\text{Å}^2 .

したがって

εF=3.81×(0.909)2=3.1 eV.\varepsilon_F = 3.81\times(0.909)^2 = 3.1\ \mathrm{eV}.

答えは εF3.1eV\varepsilon_F \simeq 3.1\,\mathrm{eV} です(実測値 3.24eV3.24\,\mathrm{eV}、ここでは与えられた丸めた定数を使っています)。対応する Fermi 温度は TF=εF/kB3.7×104KT_F = \varepsilon_F/k_B \simeq 3.7\times10^4\,\mathrm{K} で、室温は TFT_F の 1 パーセント以下です。「温度が十分低い」という仮定が金属では常に成り立つことがこれで確認できます。あわせて Fermi 速度は vF=2εF/mv_F = \sqrt{2\varepsilon_F/m} から vF/c=2×3.1/(5.11×105)=3.5×103v_F/c = \sqrt{2\times3.1/(5.11\times10^5)} = 3.5\times10^{-3}vF1.1×106m/sv_F\simeq1.1\times10^6\,\mathrm{m/s} です。これは設問5 で使います。

陽電子が金属中で運動エネルギーを失う主な機構を3つ挙げます。

第一に、伝導電子(価電子)との非弾性散乱です。陽電子は Coulomb 相互作用で電子を Fermi 面より上へ叩き上げ、電子・正孔対を作ってエネルギーを渡します。集団励起であるプラズモン(Na なら ωp5.7eV\hbar\omega_p\simeq5.7\,\mathrm{eV})の励起もこの範疇で、入射直後の高エネルギー領域で最も効率のよい過程です。

第二に、原子の内殻電子のイオン化と励起です。入射エネルギーが keV 以上あるうちは、内殻電子を叩き出す(あるいは束縛状態間を励起する)過程が大きな阻止能をもちます。これは荷電粒子の電子的阻止能そのもので、Bethe の式で記述される領域です。

第三に、格子振動(フォノン)の励起です。陽電子のエネルギーが εF\varepsilon_F 程度以下まで落ちると、Pauli 原理のために電子を励起できる位相空間が急激に狭まり、電子系へのエネルギー移行が抑えられます。そこからさらに熱エネルギー kBTk_BT まで落ちる最後の過程は、格子との衝突によるフォノン放出が担います。

以上の連鎖により、陽電子は ps\mathrm{ps} の程度で熱化して運動量がほぼゼロになり、そのあと数百 ps の寿命で電子と対消滅します。陽電子が熱化していることが、設問4 以降で「静止した陽電子」と扱える根拠であり、観測される対の運動量が電子の運動量だけで決まる理由です。

陽電子は静止、電子は速さ vv で運動しているとします。全運動量は p=mv\vec p = m\vec vv/c1v/c\ll1 の1次までは γ1\gamma\simeq1)、全エネルギーは E2mc2E\simeq2mc^2 です。したがって重心系は電子の初速度方向へ速さ

V=pc2E=mvc22mc2=v2,βcm=v2cV = \frac{pc^2}{E} = \frac{mvc^2}{2mc^2} = \frac{v}{2}, \qquad \beta_{\rm cm} = \frac{v}{2c}

で動いています。重心系では2個の光子は正反対の向きに、それぞれエネルギー mc2\simeq mc^2 で放出されます。その方向を n^\hat n とし、n^\hat n が重心系の運動方向(電子の初速度方向)となす角を θ\theta とします。

重心系での光子の運動量成分を、重心系の運動方向を縦方向として(横、縦)=(psinθ, pcosθ)=(p^*\sin\theta,\ p^*\cos\theta) と書きます。光子は E=pcE^*=p^*c なので、実験室系へのローレンツ変換で横成分は不変、縦成分は

p=γcm(pcosθ+βcmp)p_\parallel = \gamma_{\rm cm}\bigl(p^*\cos\theta+\beta_{\rm cm}p^*\bigr)

となります。βcm\beta_{\rm cm} の1次までは γcm1\gamma_{\rm cm}\simeq1 なので、光子1の方向は(横、縦)(sinθ, cosθ+βcm)\propto(\sin\theta,\ \cos\theta+\beta_{\rm cm})、光子2は重心系で n^-\hat n 向きなので(横、縦)(sinθ, cosθ+βcm)\propto(-\sin\theta,\ -\cos\theta+\beta_{\rm cm}) です。

平面内の向きを重心系運動方向から測った角 α\alpha で表します。光子1については

tanα1=sinθcosθ+βcmtanθβcmsinθcos2θα1=θβcmsinθ.\tan\alpha_1 = \frac{\sin\theta}{\cos\theta+\beta_{\rm cm}} \simeq \tan\theta - \frac{\beta_{\rm cm}\sin\theta}{\cos^2\theta} \quad\Longrightarrow\quad \alpha_1 = \theta - \beta_{\rm cm}\sin\theta .

光子2については、無摂動で α2=θ+π\alpha_2 = \theta+\pi ですから、同様に展開して

tanα2=sinθcosθβcmα2=θ+π+βcmsinθ.\tan\alpha_2 = \frac{\sin\theta}{\cos\theta-\beta_{\rm cm}} \quad\Longrightarrow\quad \alpha_2 = \theta+\pi+\beta_{\rm cm}\sin\theta .

2個の光子のなす角は

α2α1=π+2βcmsinθ\alpha_2-\alpha_1 = \pi + 2\beta_{\rm cm}\sin\theta

なので、180 度からのずれは

Δθ=2βcmsinθ=2v2csinθ=vcsinθ.\Delta\theta = 2\beta_{\rm cm}\sin\theta = 2\cdot\frac{v}{2c}\sin\theta = \frac{v}{c}\sin\theta .

答えは Δθ=(v/c)sinθ\Delta\theta = (v/c)\sin\theta です(v/cv/c の1次)。この結果は運動量保存から直接読むこともできます。Δθ\Delta\theta は、光子の放出方向に垂直な向きの運動量を2個の光子が分担することによって生じるので、

Δθ=pmc,p=mvsinθ\Delta\theta = \frac{p_\perp}{mc},\qquad p_\perp = mv\sin\theta

であり、同じ式になります。θ=π/2\theta=\pi/2(光子が電子の運動方向に垂直に出る場合)で Δθ\Delta\theta は最大の v/cv/cθ=0\theta=0(光子が電子の運動方向に出る場合)では Δθ=0\Delta\theta=0 です。厳密なローレンツ変換で数値計算しても、v/c102v/c\lesssim10^{-2} では上式との差は 10410^{-4} 以下で、1次近似の範囲で正しいことが確かめられます。

設問4 の結果を Δθ=p/(mc)\Delta\theta = p_\perp/(m c) の形で読むのが要点です。陽電子は設問3 で述べたように熱化して運動量がほぼゼロですから、消滅する対の運動量は消滅相手の電子の運動量そのものです。したがって Δθ\Delta\theta を測ることは、光子の放出方向に垂直な電子の運動量成分 pp_\perp を測ることに等しく、多数の事象について Δθ\Delta\theta の分布を作れば、金属中の価電子の運動量分布がそのまま得られます。

自由電子模型では、低温の価電子は半径 pF=kFp_F = \hbar k_F の Fermi 球を一様に埋めています。ある1方向の運動量成分 pzp_z をもつ電子の数は、Fermi 球をその方向に投影したものなので

N(pz)  π(pF2pz2)(pzpF),N(p_z)\ \propto\ \pi\bigl(p_F^2-p_z^2\bigr) \qquad (|p_z|\le p_F),

すなわち上に凸の放物線で、pz=pF|p_z| = p_F で 0 になります。Δθpz\Delta\theta \propto p_z ですから、測定される角度相関曲線は放物線状で、

Δθmax=pFmc=vFc\Delta\theta_{\max} = \frac{p_F}{mc} = \frac{v_F}{c}

という鋭いカットオフ(打ち切り角)をもちます。この打ち切り角を読み取れば pFp_F が決まり、

εF=pF22m=mc22(Δθmax)2\varepsilon_F = \frac{p_F^2}{2m} = \frac{mc^2}{2}\bigl(\Delta\theta_{\max}\bigr)^2

から Fermi エネルギーがわかります。Fermi 面より上に電子がいないという Pauli 原理の帰結が、角度分布の鋭い端という測定可能な形で現れることが、この方法の原理です。

数値で確認します。設問2 の Na では vF/c=3.5×103v_F/c = 3.5\times10^{-3} なので Δθmax=3.5mrad\Delta\theta_{\max} = 3.5\,\mathrm{mrad}(約 12 分角)です。これは細いスリットと2台の検出器を数 m 離して置けば分解できる角度で、実際の角度相関測定はこのスケールで行われます。逆に Δθmax=3.5mrad\Delta\theta_{\max} = 3.5\,\mathrm{mrad} から εF=(5.11×105eV/2)×(3.5×103)2=3.1eV\varepsilon_F = (5.11\times10^5\,\mathrm{eV}/2)\times(3.5\times10^{-3})^2 = 3.1\,\mathrm{eV} となり、設問2 の値に戻ります。放物線からのずれや異方性からは、Fermi 面の形(フェルミオロジー)や電子相関の情報も得られます。

理由は二つあります。

第一に、陽電子は正電荷なので原子核の Coulomb 場に反発され、核の近傍に近づけません。金属中で熱化した陽電子の波動関数はイオン殻の領域から押し出され、格子間の隙間に局在します。したがって核近傍に強く局在した内殻電子との波動関数の重なりが非常に小さく、内殻電子と消滅する確率が価電子の場合に比べてはるかに小さくなります。全消滅事象のうち内殻成分は数パーセント程度で、統計的に取り出しにくくなります。

第二に、内殻電子の運動量分布は非常に広く、しかも鋭い構造をもちません。束縛の強い内殻電子は不確定性関係から p/acorep\sim\hbar/a_{\rm core} の大きな運動量をもち、たとえば束縛エネルギー 31eV31\,\mathrm{eV} の Na の 2p2p 電子なら p/mc1.1×102p/mc\simeq1.1\times10^{-2}、すなわち Δθ11mrad\Delta\theta\sim11\,\mathrm{mrad} と、価電子のカットオフ 3.5mrad3.5\,\mathrm{mrad} の3倍以上に広がります。そのため内殻成分は、価電子の作る鋭い放物線のまわりに広く薄く裾を引く、構造のないバックグラウンドとして現れます。設問5 の方法は「鋭いカットオフの位置を読む」ことに依存しているのに、内殻電子の分布にはそもそも読み取るべき鋭い端がありません。

以上により、陽電子消滅の角度相関は価電子(Fermi 面)の測定には非常に有効ですが、内殻電子の情報を得る手段としては使いにくいことになります。内殻電子を調べるには、X 線光電子分光や X 線吸収のように内殻に直接働きかける手法を使います。

出典: 東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻 平成11年度 修士課程 入学試験問題 物理学。問題文は要約して引用しています。

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