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ABC予想:足し算と掛け算を隔てる根基の不等式

Prerequisite:フェルマーの最終定理:フライ曲線とモジュラー性が閉じた 357 年

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  • 正整数 nn根基 rad(n)\operatorname{rad}(n) は、nn を割り切る相異なる素数の積です。nn の「素因数の集合」だけを残し、指数の情報をすべて捨てた量だと思ってください。
  • ABC 予想は、gcd(a,b)=1\gcd(a,b)=1a+b=ca+b=c を満たす正整数の三つ組について、ccrad(abc)1+ε\operatorname{rad}(abc)^{1+\varepsilon} を超えることは(ε>0\varepsilon > 0 を固定するごとに)有限回しか起こらない、と主張します。指数を 11 にすると偽になり、ε\varepsilon の余裕がどうしても必要です。
  • この主張は「足し算の結果が、高い冪をたくさん含む(=根基が極端に小さい)ことは稀である」という形で、加法と乗法の噛み合わなさを定量化しています。
  • ABC 予想を仮定すると、十分大きい nn に対するフェルマーの最終定理、フェルマー・カタラン方程式の解の有限性、Hall 予想の弱形、Szpiro 予想などが短い計算で従います。数論の多くの問題が 1 本の不等式に還元されるのです。
  • 多項式に対する類似(Mason–Stothers の定理)は ε\varepsilon なしの形で成立し、初等的に証明できます。整数版が難しいのは、整数には微分に相当する操作が無いからだと理解されています。
  • 望月新一による証明の主張(宇宙際 Teichmüller 理論)は 2021 年に学術誌に掲載されましたが、証明の要となる部分に専門家からの反論があり、本記事の執筆時点で数学界の合意には至っていません。

1. 動機:足し算は掛け算の構造を壊す

Section titled “1. 動機:足し算は掛け算の構造を壊す”

整数論の出発点は素因数分解の一意性(算術の基本定理(Theorem 4.2)[Primes and the Prime Number Theorem])です。これは掛け算についての定理であって、足し算については何も言いません。実際、aabb の素因数分解を完全に知っていても、a+ba+b の素因数分解については、ほとんど何も分かりません。

たとえば 35=2433^5 = 243114=1464111^4 = 14641 は、331111 という小さな素数の高い冪です。ところが和は

35+114=243+14641=14884=226123^5 + 11^4 = 243 + 14641 = 14884 = 2^2 \cdot 61^2

となり、突然 6161 という新しい素数が現れます。逆にこの例は「小さな素数の冪を足したら、また小さな素数の冪(しかも平方数 1222122^2)になった」珍しい例でもあります。

この「珍しさ」を測れないでしょうか。素朴な直観はこうです。aabb がともに高い冪を含む数だとすると、a+ba+b もまた高い冪を含む、ということは滅多に起こらないはずだ。なぜなら、和を取る操作は素因数分解の構造を完全に破壊するので、和がふたたび「構造のある数」になるのは偶然に頼るしかないからです。ABC 予想は、この直観を根基というたった一つの量で定量化したものです。

歴史的には、ABC 予想は 1985 年に J. Oesterlé と D. Masser によって定式化されました。Oesterlé は楕円曲線の判別式と導手を比較する Szpiro 予想を研究する中でこの形の不等式に到達し、Masser はそれを ε\varepsilon を含む一般の形に整えました。背景には、次に述べる多項式の世界での定理があります。

多項式 a(t),b(t),c(t)a(t), b(t), c(t) に対して「a+b=ca+b=c で、a,b,ca,b,c が高い重複度の根ばかり持つ」ことがどれくらい起こるかは、1981 年の W. W. Stothers と 1984 年の R. C. Mason によって完全に解決されていました。結論だけ先に言うと、a,b,ca,b,c が互いに素で全部は定数でなければ

max(dega,degb,degc)n0(abc)1\max(\deg a, \deg b, \deg c) \le n_0(abc) - 1

が成り立ちます。ここで n0(f)n_0(f)ff相異なる根の個数です(Theorem 5.1 で証明します)。「相異なる根の個数」は、多項式における根基の次数にほかなりません。つまり多項式の世界では、ε\varepsilon の余裕すら要らない鋭い不等式が、しかも初等的な計算で証明できるのです。

数体と関数体(多項式の世界)は多くの現象を共有します。ABC 予想は、この多項式版の定理を整数に翻訳したらどうなるか、という問いから生まれました。翻訳の辞書は

degf  logn,n0(f)  lograd(n)\deg f \ \longleftrightarrow\ \log |n|, \qquad n_0(f) \ \longleftrightarrow\ \log \operatorname{rad}(n)

です。この辞書で上の不等式を書き直すと logclograd(abc)\log c \le \log \operatorname{rad}(abc)、すなわち crad(abc)c \le \operatorname{rad}(abc) になります。Proposition 3.5 で見るように、この形は整数では偽です。しかし「ほんの少し」だけ緩めれば正しいだろう、というのが ABC 予想です。

Definition 2.1根基

正整数 nn に対し、nn を割り切る素数全体の積

rad(n)=pn, p:素数p\operatorname{rad}(n) = \prod_{p \mid n,\ p:\text{素数}} p

nn根基(radical)と呼びます。空積の約束により rad(1)=1\operatorname{rad}(1) = 1 とします。

素因数分解 n=p1e1pkekn = p_1^{e_1} \cdots p_k^{e_k}pip_i は相異なる素数、ei1e_i \ge 1)に対して rad(n)=p1p2pk\operatorname{rad}(n) = p_1 p_2 \cdots p_k です。指数 eie_i の情報は完全に捨てられます。したがって nn が「高い冪をたくさん含む」ほど rad(n)\operatorname{rad}(n)nn に比べて小さくなります。これが根基を使う理由です。

Example 2.2根基の計算

72=233272 = 2^3 \cdot 3^2 なので rad(72)=23=6\operatorname{rad}(72) = 2 \cdot 3 = 6 です。72/rad(72)=1272/\operatorname{rad}(72) = 12 で、7272 は根基よりずっと大きい数です。

1000=23531000 = 2^3 \cdot 5^3 なので rad(1000)=10\operatorname{rad}(1000) = 10221232^{21} \cdot 23 の根基は 223=462 \cdot 23 = 46 です。一方 30=23530 = 2 \cdot 3 \cdot 5 は平方因子を持たないので rad(30)=30\operatorname{rad}(30) = 30 となり、根基は元の数に一致します。

Proposition 2.3根基の基本性質

m,nm, n を正整数とします。次が成り立ちます。

  1. rad(n)n\operatorname{rad}(n) \mid n、特に rad(n)n\operatorname{rad}(n) \le n。等号が成り立つのは nn が平方因子を持たないとき、かつそのときに限る。
  2. 任意の正整数 k1k \ge 1 に対し rad(nk)=rad(n)\operatorname{rad}(n^k) = \operatorname{rad}(n)
  3. rad(mn)rad(m)rad(n)\operatorname{rad}(mn) \le \operatorname{rad}(m)\operatorname{rad}(n)。特に gcd(m,n)=1\gcd(m,n) = 1 ならば等号 rad(mn)=rad(m)rad(n)\operatorname{rad}(mn) = \operatorname{rad}(m)\operatorname{rad}(n) が成り立つ。
  4. p2np^2 \mid n となる素数 pp が存在すれば rad(n)n/p\operatorname{rad}(n) \le n/p
Proof(Proposition 2.3)

n=p1e1pkekn = p_1^{e_1}\cdots p_k^{e_k} と分解します。

(1) 各 iiei1e_i \ge 1 ですから p1pkp1e1pkekp_1 \cdots p_k \mid p_1^{e_1}\cdots p_k^{e_k}、つまり rad(n)n\operatorname{rad}(n) \mid n です。商は n/rad(n)=p1e11pkek1n/\operatorname{rad}(n) = p_1^{e_1-1}\cdots p_k^{e_k-1} で、これが 11 になるのは全ての ei=1e_i = 1 のとき、すなわち nn が平方因子を持たないときに限ります。

(2) nk=p1ke1pkkekn^k = p_1^{ke_1}\cdots p_k^{ke_k} で、素因数の集合は nn のそれと同じ(kei1ke_i \ge 1)ですから、根基は変わりません。

(3) mnmn の素因数は mm の素因数か nn の素因数のいずれかですから、rad(mn)\operatorname{rad}(mn)rad(m)rad(n)\operatorname{rad}(m)\operatorname{rad}(n) を割り切ります。よって不等式が従います。gcd(m,n)=1\gcd(m,n)=1 なら mmnn に共通の素因数が無く、rad(m)\operatorname{rad}(m)rad(n)\operatorname{rad}(n) の積に重複が生じないので等号です。

(4) p2np^2 \mid n なら、上の (1) の計算で pp の指数が 22 以上、すなわち pn/rad(n)p \mid n/\operatorname{rad}(n) です。よって n/rad(n)pn/\operatorname{rad}(n) \ge p、つまり rad(n)n/p\operatorname{rad}(n) \le n/p となります。

性質 (2) が重要です。nn をどれだけ高い冪に上げても根基は増えません。だから「ccrad(abc)\operatorname{rad}(abc) より大きい」という現象は、a,b,ca,b,c のどこかに高い冪が潜んでいることの証拠になります。

Definition 3.1ABC三つ組

正整数の三つ組 (a,b,c)(a,b,c)

a+b=c,gcd(a,b)=1a + b = c, \qquad \gcd(a,b) = 1

を満たすとき、(a,b,c)(a,b,c)ABC 三つ組と呼びます。

Lemma 3.2互いに素性は自動的に伝播する

(a,b,c)(a,b,c) が ABC 三つ組ならば、gcd(a,c)=gcd(b,c)=1\gcd(a,c) = \gcd(b,c) = 1、すなわち a,b,ca,b,c は対ごとに互いに素です。

Proof(Lemma 3.2)

素数 ppaacc をともに割り切るとします。b=cab = c - a ですから pbp \mid b となり、ppaabb の公約数です。これは gcd(a,b)=1\gcd(a,b)=1 に矛盾します。よって gcd(a,c)=1\gcd(a,c)=1gcd(b,c)=1\gcd(b,c)=1a=cba = c-b を使って同様です。

この補題により、Proposition 2.3 の (3) が使えて rad(abc)=rad(a)rad(b)rad(c)\operatorname{rad}(abc) = \operatorname{rad}(a)\operatorname{rad}(b)\operatorname{rad}(c) が成り立ちます。以後、断りなくこの分解を使います。

Example 3.3もっとも有名な三つ組 1 + 8 = 9

(a,b,c)=(1,8,9)(a,b,c) = (1,8,9)gcd(1,8)=1\gcd(1,8)=1 より ABC 三つ組です。abc=72=2332abc = 72 = 2^3\cdot 3^2 ですから Example 2.2 より rad(abc)=6\operatorname{rad}(abc) = 6 で、

c=9>6=rad(abc)c = 9 > 6 = \operatorname{rad}(abc)

となります。8=238 = 2^39=329 = 3^2 がともに高い冪であるために根基が小さく潰れ、cc が根基を追い越しました。連続する冪 8,98, 9 の存在(カタラン予想、現在は Mihăilescu の定理)が、そのままこの現象の源になっています。

Example 3.4質の高い小さな例

2400=253522400 = 2^5 \cdot 3 \cdot 5^211 を足すと 2401=742401 = 7^4 です。(1,2400,2401)(1, 2400, 2401) は ABC 三つ組で、

rad(124002401)=2357=210.\operatorname{rad}(1 \cdot 2400 \cdot 2401) = 2 \cdot 3 \cdot 5 \cdot 7 = 210 .

c=2401c = 2401rad(abc)=210\operatorname{rad}(abc) = 2101111 倍以上です。より精密には 2101.452329<2401<24572101.46210^{1.45} \approx 2329 < 2401 < 2457 \approx 210^{1.46} ですから、c>rad(abc)1.45c > \operatorname{rad}(abc)^{1.45} が成り立っています。このような三つ組は非常に稀です。

Example 3.3Example 3.4 は「crad(abc)c \le \operatorname{rad}(abc)」が偽であることを示しています。しかしそれだけなら例外が有限個かもしれません。実際には無限にあります。

Proposition 3.5指数 1 では成り立たない

cc がいくらでも大きくなるような ABC 三つ組の無限列 (an,bn,cn)(a_n,b_n,c_n) で、すべての nn に対して

rad(anbncn)<23cn\operatorname{rad}(a_nb_nc_n) < \frac{2}{3}\,c_n

を満たすものが存在します。特に c>rad(abc)c > \operatorname{rad}(abc) を満たす ABC 三つ組は無限に存在し、「任意の ABC 三つ組で crad(abc)c \le \operatorname{rad}(abc)」という主張は偽です。

Proof(Proposition 3.5)

n1n \ge 1 に対して

a=1,b=26n1,c=26na = 1, \qquad b = 2^{6n} - 1, \qquad c = 2^{6n}

とおきます。gcd(1,b)=1\gcd(1, b) = 1 ですから (a,b,c)(a,b,c) は ABC 三つ組です。

まず 9b9 \mid b を示します。26=64=79+12^6 = 64 = 7 \cdot 9 + 1 なので 261(mod9)2^6 \equiv 1 \pmod 9、したがって 合同式の四則(Proposition 3.3)[Congruences and Fermat's Little Theorem] より 26n=(26)n1(mod9)2^{6n} = (2^6)^n \equiv 1 \pmod 9、つまり 926n1=b9 \mid 2^{6n}-1 = b です。すると 32b3^2 \mid b ですから Proposition 2.3 の (4) を素数 p=3p=3 に適用して

rad(b)b3\operatorname{rad}(b) \le \frac{b}{3}

を得ます。次に bb は奇数、c=26nc = 2^{6n} の根基は 22 ですから、Proposition 2.3 の (3) と a=1a=1 より

rad(abc)=rad(b)rad(c)=2rad(b)2b3<2c3<c.\operatorname{rad}(abc) = \operatorname{rad}(b)\cdot \operatorname{rad}(c) = 2\operatorname{rad}(b) \le \frac{2b}{3} < \frac{2c}{3} < c .

よってすべての nnrad(abc)<23c\operatorname{rad}(abc) < \tfrac23 c、特に c>rad(abc)c > \operatorname{rad}(abc) が成り立ちます。c=26nc = 2^{6n}nn とともにいくらでも大きくなるので、これらは相異なる三つ組の無限列を与えます。

なお、n=1n=1 の場合を書き下すと 1+63=641 + 63 = 64rad(16364)=372=42<2364=42.67\operatorname{rad}(1\cdot 63\cdot 64) = 3\cdot7\cdot2 = 42 < \tfrac23\cdot 64 = 42.67 となり、確かに主張どおりです。

Remark 3.6

Proposition 3.5 は、crad(abc)c \le \operatorname{rad}(abc) という「多項式版の直訳」が整数では破れること、しかも例外が無限にあることを示しています。したがって ε\varepsilon を落とした形は反証されており、予想の述べ方として ε\varepsilon は省略できません。一方、破れ方は穏やかだと期待されています。ある三つ組の族が定数 λ1\lambda \ge 1 とともに rad(abc)c/λ\operatorname{rad}(abc) \ge c/\lambda を満たすなら、ccrad(abc)\operatorname{rad}(abc) の冪で表したときの指数は logc/(logclogλ)\log c/(\log c - \log\lambda) 以下となり、cc \to \infty11 に収束します。指数を 11 から一定量だけ引き離すには、根基を cc の定数倍ではなく cc の小さい冪まで潰す必要があり、それには a,b,ca,b,c に高い冪が集中していなければなりません。ABC 予想は「そのような集中は無限には続かない」と主張しているのです。

Axiom 3.7ABC予想(Masser–Oesterlé, 1985)

任意の実数 ε>0\varepsilon > 0 に対して、

c>rad(abc)1+εc > \operatorname{rad}(abc)^{1+\varepsilon}

を満たす ABC 三つ組 (a,b,c)(a,b,c) は高々有限個しか存在しない。

Remark 3.8

これは未証明の予想です。本記事では以下、ABC 予想を「仮定して使う主張」(作業仮説)として扱うので、公理の環境に置いてあります。定理として証明されたわけではありません。証明の現状は第 6 節で述べます。

実際に使うときは、有限性ではなく明示的な不等式の形が便利です。両者は同値です。

Proposition 3.9ABC予想の同値な言い換え

次の 2 条件は同値です。

(i) 任意の ε>0\varepsilon > 0 に対し、c>rad(abc)1+εc > \operatorname{rad}(abc)^{1+\varepsilon} を満たす ABC 三つ組は有限個である。

(ii) 任意の ε>0\varepsilon > 0 に対し、定数 Kε1K_\varepsilon \ge 1 が存在して、すべての ABC 三つ組 (a,b,c)(a,b,c) に対し

c<Kεrad(abc)1+εc < K_\varepsilon \cdot \operatorname{rad}(abc)^{1+\varepsilon}

が成り立つ。

Proof(Proposition 3.9)

(i) \Rightarrow (ii)。 ε>0\varepsilon > 0 を固定します。(i) より、c>rad(abc)1+εc > \operatorname{rad}(abc)^{1+\varepsilon} を満たす三つ組の集合 SεS_\varepsilon は有限です。そこで

Kε=2+max(a,b,c)Sεcrad(abc)1+εK_\varepsilon = 2 + \max_{(a,b,c)\in S_\varepsilon} \frac{c}{\operatorname{rad}(abc)^{1+\varepsilon}}

とおきます(Sε=S_\varepsilon = \varnothing のときは最大値を 00 と読み、Kε=2K_\varepsilon = 2 とします)。SεS_\varepsilon が有限なので最大値は存在し、Kε21K_\varepsilon \ge 2 \ge 1 です。任意の三つ組 (a,b,c)(a,b,c) について、(a,b,c)Sε(a,b,c) \in S_\varepsilon なら定義より c(Kε2)rad(abc)1+ε<Kεrad(abc)1+εc \le (K_\varepsilon - 2)\operatorname{rad}(abc)^{1+\varepsilon} < K_\varepsilon \operatorname{rad}(abc)^{1+\varepsilon}(a,b,c)Sε(a,b,c)\notin S_\varepsilon なら crad(abc)1+ε<Kεrad(abc)1+εc \le \operatorname{rad}(abc)^{1+\varepsilon} < K_\varepsilon\operatorname{rad}(abc)^{1+\varepsilon} です。いずれの場合も (ii) の不等式が成り立ちます。

(ii) \Rightarrow (i)。 ε>0\varepsilon > 0 を固定し、R=rad(abc)R = \operatorname{rad}(abc) と略記します。c>R1+εc > R^{1+\varepsilon} を満たす三つ組を任意に取ります。(ii) を ε/2\varepsilon/2 に対して適用すると、定数 K=Kε/2K = K_{\varepsilon/2} があって c<KR1+ε/2c < K R^{1+\varepsilon/2} です。二つを合わせると

R1+ε<c<KR1+ε/2Rε/2<KR<K2/ε.R^{1+\varepsilon} < c < K R^{1+\varepsilon/2} \quad\Longrightarrow\quad R^{\varepsilon/2} < K \quad\Longrightarrow\quad R < K^{2/\varepsilon}.

したがって RRε\varepsilon だけで決まる定数で上から抑えられ、ふたたび c<KR1+ε/2<KK(2/ε)(1+ε/2)c < K R^{1+\varepsilon/2} < K\cdot K^{(2/\varepsilon)(1+\varepsilon/2)} より cc も抑えられます。cc の上界を BB とすると、a+b=cBa + b = c \le B を満たす正整数の組 (a,b)(a,b) は高々 B2B^2 個しかありませんから、例外的な三つ組は有限個です。

例外の「ひどさ」を測る標準的な指標を導入します。

Definition 3.10ABC三つ組の質

ABC 三つ組 (a,b,c)(a,b,c)c2c \ge 2 となるものに対し、

q(a,b,c)=logclograd(abc)q(a,b,c) = \frac{\log c}{\log \operatorname{rad}(abc)}

を三つ組の(quality)と呼びます。

定義から c=rad(abc)qc = \operatorname{rad}(abc)^{q} ですから、q>1+εq > 1+\varepsilon であることと c>rad(abc)1+εc > \operatorname{rad}(abc)^{1+\varepsilon} であることは同値です。よって ABC 予想は「任意の ε>0\varepsilon>0 に対し q>1+εq > 1+\varepsilon となる三つ組は有限個」と言い換えられます。

Remark 3.11

Proposition 3.5 より q>1q > 1 となる三つ組は無限にありますから、cc に関する上極限は lim supq1\limsup q \ge 1 です。一方 ABC 予想が正しければ、各 ε>0\varepsilon>0 について q>1+εq > 1+\varepsilon となる三つ組が有限個しかないので lim supq1+ε\limsup q \le 1+\varepsilonε0\varepsilon \downarrow 0 として lim supq1\limsup q \le 1 です。したがって ABC 予想は

lim supcq(a,b,c)=1\limsup_{c \to \infty} q(a,b,c) = 1

と同値です(逆向きは、もし q>1+εq > 1+\varepsilon の三つ組が無限個あれば、その列に沿って上極限が 1+ε1+\varepsilon 以上になることから従います)。「質は 11 にいくらでも近づくが、11 を一定量超えることは有限回しかできない」というのが予想の直観的な内容です。

現在知られている質の高い三つ組を挙げます。第 1 位は E. Reyssat、第 2 位・第 3 位は B. de Weger による発見です。

順位aabbccrad(abc)\operatorname{rad}(abc)qq
1223101093^{10}\cdot 10923523^515042150421.62991.6299
211211^23256733^2\cdot 5^6\cdot 7^3221232^{21}\cdot 2353130531301.62601.6260
319130719\cdot 130772923187\cdot 29^2\cdot 31^828322542^8\cdot 3^{22}\cdot 5^4468822207046882220701.62351.6235
42832835111325^{11}\cdot 13^228381732^8\cdot 3^8\cdot 17^3187629018762901.58081.5808
5112372\cdot 3^75475^4\cdot 72102101.56791.5679

第 1 位を確かめておきます。310=590493^{10} = 5904959049109=643634159049 \cdot 109 = 6436341235=643634323^5 = 6436343 で、確かに 2+6436341=64363432 + 6436341 = 6436343 です。根基は 2310923=150422\cdot 3\cdot 109\cdot 23 = 15042、質は log6436343/log15042=15.6776/9.6186=1.6299\log 6436343/\log 15042 = 15.6776/9.6186 = 1.6299 です。第 5 位は 1+4374=43751 + 4374 = 4375rad=2357=210\operatorname{rad} = 2\cdot3\cdot5\cdot7 = 210log4375/log210=8.3838/5.3471=1.5679\log 4375/\log 210 = 8.3838/5.3471 = 1.5679 です。

1.01.11.21.31.41.51.61.7質 q = log c / log rad(abc)1 + 8 = 9(q ≈ 1.226)1 + 2400 = 2401(q ≈ 1.456)1 + 4374 = 4375(q ≈ 1.568)記録 q ≈ 1.630
既知の ABC 三つ組の質。右へ行くほど「例外的」。

分散計算プロジェクト ABC@Home などにより、cc101810^{18} 程度までの三つ組は網羅的に調べられていますが、質が 1.61.6 を超えるものは上の 3 組しか見つかっていません。ABC 予想が正しければ、qq の値は 11 に集積し、1.61.6 以上の三つ組は全部で有限個のはずです。逆に、qq がいくらでも大きくなる三つ組の族を 1 つでも構成できれば、予想は反証されます。

ABC 予想の魅力は、その帰結の広さにあります。仮定するだけで、独立に見えた多くのディオファントス問題が数行で片付きます。

flowchart TD
ABC["ABC予想"] --> FLT["漸近的フェルマーの最終定理"]
ABC --> FC["フェルマー・カタラン方程式の有限性"]
ABC --> CAT["カタラン型方程式の有限性"]
ABC --> HALL["Hall予想の弱形"]
ABC --> SZP["Szpiro予想(判別式と導手)"]
ABC --> MOR["Mordell予想の有効化(Elkies)"]
ABC --> WIE["非Wieferich素数の無限性(Silverman)"]
SZP --> ELL["楕円曲線とモジュラー形式の理論"]
ABC予想から従う主な結果

4.1. 漸近的フェルマーの最終定理

Section titled “4.1. 漸近的フェルマーの最終定理”

Theorem 4.1ABC予想から従う漸近的フェルマー

Axiom 3.7 を仮定します。このとき定数 NN が存在して、nNn \ge N なるすべての整数 nn に対し、方程式

xn+yn=znx^n + y^n = z^n

は正整数解 (x,y,z)(x,y,z) を持ちません。

Proof(Theorem 4.1)

n5n \ge 5 とし、xn+yn=znx^n + y^n = z^n が正整数解を持つとします。d=gcd(x,y)d = \gcd(x,y) とおくと dnxn+yn=znd^n \mid x^n + y^n = z^n であり、素因数を比較すれば dzd \mid z が従うので、x,y,zx,y,zdd で割ることにより gcd(x,y)=1\gcd(x,y)=1 と仮定してよいです。

a=xna = x^n, b=ynb = y^n, c=znc = z^n とおきます。gcd(x,y)=1\gcd(x,y)=1 より gcd(a,b)=1\gcd(a,b)=1 で、a+b=ca+b=c ですから (a,b,c)(a,b,c) は ABC 三つ組です(Definition 3.1)。Proposition 2.3 の (2) と (3)、および Lemma 3.2 より

rad(abc)=rad(xnynzn)=rad(xyz)xyz.\operatorname{rad}(abc) = \operatorname{rad}(x^n y^n z^n) = \operatorname{rad}(xyz) \le xyz .

さらに xn=znyn<znx^n = z^n - y^n < z^n から x<zx < z、同様に y<zy < z なので xyz<z3xyz < z^3、すなわち rad(abc)<z3\operatorname{rad}(abc) < z^3 です。

Proposition 3.9 の (ii) を ε=1/3\varepsilon = 1/3 に対して適用すると、定数 K=K1/31K = K_{1/3} \ge 1 があって

zn=c<Krad(abc)4/3<K(z3)4/3=Kz4.z^n = c < K \operatorname{rad}(abc)^{4/3} < K (z^3)^{4/3} = K z^4 .

したがって zn4<Kz^{n-4} < K です。n5n \ge 5 なら n41n - 4 \ge 1 かつ z2z \ge 2z>x1z > x \ge 1 より)ですから

2n4zn4<Kn<4+log2K.2^{n-4} \le z^{n-4} < K \quad\Longrightarrow\quad n < 4 + \log_2 K .

そこで N=max(5, 4+log2K)N = \max(5,\ 4 + \log_2 K) とおけば、nNn \ge N に対して解は存在しません。

Remark 4.2

この証明が与えるのは「十分大きい nn では解が無い」ことだけで、NN の値は K1/3K_{1/3} が明示されない限り計算できません。フェルマーの最終定理そのものは、A. Wiles により(Taylor との共著の補完を経て)すべての n3n \ge 3 について証明済みです(Theorem 6.4[フェルマーの最終定理])。証明の道具立てはまったく異なり、楕円曲線のモジュラー性(Theorem 6.1[楕円曲線とモジュラー形式])を経由します。詳しくは フェルマーの最終定理楕円曲線とモジュラー形式 を参照してください。ここで注目すべきは、ABC 予想を認めるだけで、十数行の計算から「十分大きい指数では解が無い」という結論が出てしまう点です。ABC 予想がいかに強い主張かが分かります。

4.2. フェルマー・カタラン方程式

Section titled “4.2. フェルマー・カタラン方程式”

フェルマー方程式の指数を 3 つとも別々にした一般化を考えます。

Theorem 4.3ABC予想から従うフェルマー・カタラン方程式の有限性

Axiom 3.7 を仮定します。x,y,zx,y,z を正整数、p,q,rp,q,r22 以上の整数とし、

xp+yq=zr,gcd(x,y)=1,1p+1q+1r<1x^p + y^q = z^r, \qquad \gcd(x,y) = 1, \qquad \frac{1}{p}+\frac{1}{q}+\frac{1}{r} < 1

を満たすものを考えます。このとき、値の三つ組 (xp,yq,zr)(x^p,\, y^q,\, z^r) として数えると、そのようなものは全体で有限個しか存在しません。

Proof(Theorem 4.3)

a=xpa = x^p, b=yqb = y^q, c=zrc = z^r とおくと、gcd(x,y)=1\gcd(x,y)=1 より gcd(a,b)=1\gcd(a,b)=1a+b=ca+b=c ですから、(a,b,c)(a,b,c) は ABC 三つ組です。θ=1/p+1/q+1/r\theta = 1/p+1/q+1/r と書きます。

第 1 段:θ41/42\theta \le 41/42 p,q,r2p,q,r \ge 2 を大きさの順に並べ替えて pqrp' \le q' \le r' とします(θ\theta は入れ替えで不変です)。p4p' \ge 4 なら θ3/4\theta \le 3/4p=3p'=3 のとき、q=3q'=3 なら 1/r<12/3=1/31/r' < 1-2/3 = 1/3 より r4r' \ge 4θ2/3+1/4=11/12\theta \le 2/3+1/4 = 11/12q4q'\ge 4 なら θ1/3+1/4+1/4=5/6\theta \le 1/3+1/4+1/4 = 5/6p=2p'=2 のとき、q=2q'=2 だと θ1\theta \ge 1 となり仮定に反するので q3q' \ge 3q=3q'=3 なら 1/r<15/6=1/61/r' < 1 - 5/6 = 1/6 より r7r' \ge 7θ1/2+1/3+1/7=41/42\theta \le 1/2+1/3+1/7 = 41/42q=4q'=4 なら 1/r<1/41/r' < 1/4 より r5r'\ge 5θ1/2+1/4+1/5=19/20\theta \le 1/2+1/4+1/5 = 19/20q5q'\ge 5 なら θ1/2+1/5+1/5=9/10\theta \le 1/2+1/5+1/5 = 9/10。以上のいずれの値も 41/4241/42 以下です。

第 2 段:根基の評価。 c=a+b>ac = a+b > a かつ c>bc > b ですから xp<cx^p < c, yq<cy^q < c, zr=cz^r = c、したがって

x<c1/p,y<c1/q,z=c1/r.x < c^{1/p}, \qquad y < c^{1/q}, \qquad z = c^{1/r} .

Proposition 2.3 より rad(abc)=rad(xpyqzr)=rad(xyz)xyz<c1/p+1/q+1/r=cθc41/42\operatorname{rad}(abc) = \operatorname{rad}(x^p y^q z^r) = \operatorname{rad}(xyz) \le xyz < c^{1/p+1/q+1/r} = c^{\theta} \le c^{41/42}

第 3 段:ABC の適用。 Proposition 3.9 の (ii) を ε=1/42\varepsilon = 1/42 に対して用いると、定数 K=K1/42K = K_{1/42} があって

c<Krad(abc)43/42<K(c41/42)43/42=Kc1763/1764.c < K \operatorname{rad}(abc)^{43/42} < K \left(c^{41/42}\right)^{43/42} = K\, c^{1763/1764} .

1763/1764<11763/1764 < 1 なので c1/1764<Kc^{1/1764} < K、すなわち c<K1764c < K^{1764} です。この上界は p,q,rp,q,r にも x,y,zx,y,z にも依存しません。

cK1764=:Bc \le K^{1764} =: B が分かれば、a+b=ca+b=c を満たす正整数の組は高々 B2B^2 個ですから、値の三つ組 (a,b,c)=(xp,yq,zr)(a,b,c) = (x^p,y^q,z^r) は有限個です。

Remark 4.4

定理の結論を「解 (x,y,z,p,q,r)(x,y,z,p,q,r) が有限個」とは書けません。たとえば 1p+23=321^p + 2^3 = 3^2 はすべての pp について成り立つので、指数の組としては無限個の解があります。しかし値の三つ組としては (1,8,9)(1,8,9) の 1 個です。x,y,zx,y,z がすべて 22 以上という条件を加えれば、2pxpcB2^p \le x^p \le c \le B から plog2Bp \le \log_2 B となり、指数も有限個に抑えられます。

Example 4.5既知の解

x,y,z2x,y,z \ge 21/p+1/q+1/r<11/p+1/q+1/r < 1 の条件下で知られている解は、次の 4 つを含めて 9 組だけです(この 4 つは直接計算で確かめられます)。

25+72=32+49=81=34,73+132=343+169=512=29,27+173=128+4913=5041=712,35+114=243+14641=14884=1222.\begin{aligned} 2^5 + 7^2 &= 32 + 49 = 81 = 3^4, \\ 7^3 + 13^2 &= 343 + 169 = 512 = 2^9, \\ 2^7 + 17^3 &= 128 + 4913 = 5041 = 71^2, \\ 3^5 + 11^4 &= 243 + 14641 = 14884 = 122^2 . \end{aligned}

残りの 5 組はいずれも cc10910^9 を超える大きな解です。これに x=1x = 1 を許した 1+23=321 + 2^3 = 3^2 を加えた「これら 10 組で全部だろう」というのがフェルマー・カタラン予想で、Theorem 4.3 はそれが少なくとも有限個であることを保証します。指数がすべて 22 以上でも 1/p+1/q+1/r11/p+1/q+1/r \ge 1 の場合(たとえば p=q=r=3p=q=r=3 以外の (2,2,r)(2,2,r), (2,3,3)(2,3,3) など)には無限個の解を持ちうるので、条件 θ<1\theta < 1 は本質的です。

ABC 予想からは、次のような結果も従います。証明のスタイルはどれも「与えられた方程式から ABC 三つ組を作り、根基を上から抑えて予想の不等式に代入する」というものです。

帰結内容出典・所在
漸近的フェルマー十分大きい nnxn+yn=znx^n+y^n=z^n は解を持たないTheorem 4.1
フェルマー・カタラン1/p+1/q+1/r<11/p+1/q+1/r < 1 の冪の三つ組は有限個Theorem 4.3
カタラン型方程式xpyq=1x^p - y^q = 1p,q2p,q\ge 2)の解は有限個Exercise 7.2
Hall 予想(弱形)x3y2κδx1/2δ\lvert x^3-y^2\rvert \ge \kappa_\delta\, x^{1/2-\delta}Exercise 7.4
Szpiro 予想楕円曲線の判別式が導手の 6+ε6+\varepsilon 乗で抑えられるAppendix
非 Wieferich 素数2p1≢1(modp2)2^{p-1}\not\equiv 1 \pmod{p^2} なる素数 pp が無限に存在Silverman (1988)
連続する powerful 数3 つ連続する powerful 数は有限個しかないGranville–Tucker
Mordell 予想の有効化種数 2\ge 2 の曲線の有理点の高さに明示的上界Elkies (1991)
Brocard の問題n!+1=m2n!+1 = m^2 の解は有限個Overholt (1993)

カタラン予想そのもの(8899 以外に連続する完全冪は存在しない)は、2002 年に P. Mihăilescu が円分体の理論を用いて完全に証明しました。ABC 予想からは有限性しか出ませんが、それでも独立な証明として意味があります。

5. 多項式版:Mason–Stothers の定理

Section titled “5. 多項式版:Mason–Stothers の定理”

ABC 予想が「もっともらしい」と信じられている最大の根拠は、多項式に対する完全な類似が定理として証明済みであることです。しかも証明は初等的です。

以下、KK を標数 00 の体(標数(Definition 5.7)[環と体の基礎]Q\mathbb{Q}, R\mathbb{R}, C\mathbb{C} など)とし、fK[t]f \in K[t]00 でないとき、代数閉包 K\overline{K} における ff相異なる根の個数を n0(f)n_0(f) と書きます。n0n_0 は根基の次数、すなわち n0(f)=deg(α(tα))n_0(f) = \deg \bigl(\prod_{\alpha}(t-\alpha)\bigr)(積は相異なる根 α\alpha すべてにわたる)です。

Theorem 5.1Mason–Stothers の定理

KK を標数 00 の体、a,b,cK[t]a,b,c \in K[t]00 でない多項式とし、

a+b=c,gcd(a,b)=1a + b = c, \qquad \gcd(a,b) = 1

が成り立ち、さらに a,b,ca,b,c の少なくとも 1 つは定数でない(すなわち 3 つとも定数ということはない)とします。このとき

max(dega,degb,degc)n0(abc)1\max(\deg a, \deg b, \deg c) \le n_0(abc) - 1

が成り立ちます。

Proof(Theorem 5.1)

まず、gcd(a,b)=1\gcd(a,b)=1a+b=ca+b=c から、Lemma 3.2 と同じ議論で a,b,ca,b,c は対ごとに互いに素です(共通因子は差 ca=bc-a=b などを割り切るため)。したがって n0(abc)=n0(a)+n0(b)+n0(c)n_0(abc) = n_0(a)+n_0(b)+n_0(c) です。

Wronskian の導入。 W=ababW = ab' - a'b とおきます。b=cab = c-ab=cab' = c'-a' を代入すると

W=a(ca)a(ca)=acacW = a(c'-a') - a'(c-a) = ac' - a'c

であり、a=cba = c-ba=cba' = c'-b' を代入すると

W=(cb)b(cb)b=cbcbW = (c-b)b' - (c'-b')b = cb' - c'b

です。つまり WW は、3 つの多項式のうちどの 2 つから作っても同じものになります。

W0W \ne 0 の確認。 W=0W = 0 とすると ab=abab' = a'b です。gcd(a,b)=1\gcd(a,b)=1 より aaba \mid a'b から aaa \mid a' が従います。a0a' \ne 0 なら dega=dega1<dega\deg a' = \deg a - 1 < \deg a となって aaa \mid a' に反するので a=0a' = 0、標数 00 ゆえ aa は定数です。同様に bb も定数となり、c=a+bc = a+b も定数です。これは「すべては定数でない」という仮定に反します。よって W0W \ne 0

次数の上からの評価。 deg(ab)dega+degb1\deg(ab') \le \deg a + \deg b - 1bb が定数なら b=0b'=0 で項が消えるので、いずれにせよ成立)、deg(ab)dega1+degb\deg(a'b) \le \deg a - 1 + \deg b ですから

degWdega+degb1.\deg W \le \deg a + \deg b - 1 .

同様に W=acacW = ac'-a'c から degWdega+degc1\deg W \le \deg a + \deg c - 1W=cbcbW = cb'-c'b から degWdegb+degc1\deg W \le \deg b + \deg c - 1 を得ます。

次数の下からの評価。 a=i(tαi)eia = \prod_i (t-\alpha_i)^{e_i}K\overline{K} 上で分解し、a0=i(tαi)ei1a_0 = \prod_i (t-\alpha_i)^{e_i-1} とおきます。dega0=degan0(a)\deg a_0 = \deg a - n_0(a) です。積の微分法により

a=iei(tαi)ei1ji(tαj)eja' = \sum_i e_i (t-\alpha_i)^{e_i-1}\prod_{j\ne i}(t-\alpha_j)^{e_j}

で、各項は j(tαj)ej1=a0\prod_j (t-\alpha_j)^{e_j-1} = a_0 で割り切れます(j=ij = i の因子の指数は ei1e_i-1jij\ne i では ejej1e_j \ge e_j-1)。よって a0aa_0 \mid a かつ a0aa_0 \mid a' で、W=ababW = ab'-a'b の両項が a0a_0 で割り切れるので a0Wa_0 \mid W。まったく同様に b0Wb_0 \mid WW=ababW = ab'-a'b を使う)、c0Wc_0 \mid WW=acacW = ac'-a'c を使う)が成り立ちます。a,b,ca,b,c が対ごとに互いに素なので a0,b0,c0a_0,b_0,c_0 も対ごとに互いに素、したがって積 a0b0c0a_0b_0c_0WW を割り切ります。W0W \ne 0 より

degWdega0+degb0+degc0=dega+degb+degcn0(abc).\deg W \ge \deg a_0 + \deg b_0 + \deg c_0 = \deg a + \deg b + \deg c - n_0(abc) .

結論。 下からの評価と、上からの 3 つの評価を突き合わせます。degWdega+degb1\deg W \le \deg a+\deg b-1 と合わせると

dega+degb+degcn0(abc)dega+degb1degcn0(abc)1.\deg a + \deg b + \deg c - n_0(abc) \le \deg a + \deg b - 1 \quad\Longrightarrow\quad \deg c \le n_0(abc) - 1 .

degWdega+degc1\deg W \le \deg a + \deg c - 1 からは degbn0(abc)1\deg b \le n_0(abc)-1degWdegb+degc1\deg W \le \deg b+\deg c-1 からは degan0(abc)1\deg a \le n_0(abc)-1 が同じ計算で従います。3 つを合わせて主張を得ます。

Corollary 5.2多項式版フェルマーの最終定理

KK を標数 00 の体、n3n \ge 3 とします。互いに素で少なくとも 1 つが定数でない a,b,cK[t]a,b,c \in K[t](いずれも 00 でない)に対して

an+bn=cna^n + b^n = c^n

は成り立ちません。

Proof(Corollary 5.2)

成り立つと仮定します。an,bn,cna^n, b^n, c^nTheorem 5.1 を適用します。gcd(a,b)=1\gcd(a,b)=1 なら gcd(an,bn)=1\gcd(a^n,b^n)=1 であり、a,b,ca,b,c の少なくとも 1 つが定数でなければ an,bn,cna^n,b^n,c^n のすべてが定数ということはありません。また相異なる根の個数は冪を取っても変わらないので

n0(anbncn)=n0(abc)dega+degb+degcn_0(a^nb^nc^n) = n_0(abc) \le \deg a + \deg b + \deg c

です(相異なる根の個数は次数以下)。定理より

ndegan0(abc)1,ndegbn0(abc)1,ndegcn0(abc)1.n\deg a \le n_0(abc) - 1, \quad n\deg b \le n_0(abc)-1, \quad n \deg c \le n_0(abc)-1 .

3 式を辺々加え、S=dega+degb+degcS = \deg a+\deg b+\deg c とおくと

nS3n0(abc)33S3,nS \le 3\,n_0(abc) - 3 \le 3S - 3 ,

すなわち (n3)S3(n-3)S \le -3 です。S0S \ge 0 かつ n3n \ge 3 なら左辺は 00 以上なので矛盾します。

Example 5.3定理の評価は最良である

n1n \ge 1 とし、a=tna = t^n, b=1b = 1, c=tn+1c = t^n+1 とします(K=CK = \mathbb{C})。gcd(tn,1)=1\gcd(t^n,1)=1a+b=ca+b=c で、aa は定数ではありません。tn+1t^n+1C\mathbb{C} 上で相異なる nn 個の根 exp(iπ(2k+1)/n)\exp(i\pi(2k+1)/n) を持つので

n0(abc)=n0(tn)+n0(1)+n0(tn+1)=1+0+n=n+1.n_0(abc) = n_0(t^n) + n_0(1) + n_0(t^n+1) = 1 + 0 + n = n+1 .

一方 max(dega,degb,degc)=n=n0(abc)1\max(\deg a,\deg b,\deg c) = n = n_0(abc)-1 で、Theorem 5.1 の不等式は等号で成立します。したがって「1-1」を「2-2」に改良することはできません。

Remark 5.4なぜ整数では難しいのか

証明の要は Wronskian、すなわち微分でした。多項式 ff に対して ffff' の最大公約数が重根の情報をすべて持っている、というのが a0Wa_0 \mid W の正体です。整数にはこれに相当する自然な微分がありません。nn の素因数分解から形式的に定義する「算術微分」はありますが、deg\deg に相当する評価が成り立たず、上の証明は移植できません。この差が、多項式版が 1 ページで証明できるのに整数版が 40 年以上未解決である理由だと考えられています。ABC 予想における ε\varepsilon もまた、多項式版には無かった余裕であり、Proposition 3.5 が示すとおり整数では実際に必要です。

ABC 予想は現在も未解決です。無条件に知られている最良の評価は、C. L. Stewart と Kunrui Yu によるもので、ABC 三つ組に対して

logcKεrad(abc)1/3+ε\log c \le K_\varepsilon \cdot \operatorname{rad}(abc)^{1/3+\varepsilon}

の形をしています。ABC 予想が logc(1+ε)lograd(abc)+O(1)\log c \le (1+\varepsilon)\log \operatorname{rad}(abc) + O(1) を主張しているのに対し、既知の評価では右辺が rad(abc)\operatorname{rad}(abc)であり、隔たりは指数的です。この差を埋める見通しは、現在の解析的手法(Baker の対数一次形式の理論)の延長線上には見えていません。

2012 年、望月新一は宇宙際 Teichmüller 理論(IUT 理論)と呼ばれる枠組みを構築し、その帰結として ABC 予想(より正確には Szpiro 型の不等式)が従うと主張する一連の論文を公表しました。これらは 2021 年に京都大学数理解析研究所の学術誌 PRIMS に掲載されています。一方で 2018 年、P. Scholze と J. Stix は、証明の要となる系(Corollary 3.12)の議論に埋めがたい飛躍があるとする文書を公表し、望月による反論との間で見解の一致には至っていません。

数値的には、cc101810^{18} 程度までの全三つ組が計算され、質の分布は予想と整合的です。反例(質がいくらでも大きくなる族)は見つかっていません。ABC 予想は、状況証拠(多項式版の定理、数値実験、他の予想との整合性)に強く支えられた、しかし証明の見えない予想であり続けています。

Exercise 7.1

次の各組が ABC 三つ組であることを確かめ、rad(abc)\operatorname{rad}(abc) と質 qq を計算してください(log\log は自然対数、値は小数第 3 位まで)。

(1) (5,27,32)(5, 27, 32) (2) (1,80,81)(1, 80, 81) (3) (32,49,81)(32, 49, 81)

Solution

(1) gcd(5,27)=1\gcd(5,27)=15+27=325+27=32 ✓。abc=53325abc = 5\cdot 3^3\cdot 2^5 なので rad(abc)=235=30\operatorname{rad}(abc) = 2\cdot3\cdot5 = 30q=log32/log30=3.466/3.401=1.019q = \log 32/\log 30 = 3.466/3.401 = 1.019。かろうじて 11 を超えます。

(2) gcd(1,80)=1\gcd(1,80)=11+80=811+80=81 ✓。80=24580 = 2^4\cdot 5, 81=3481 = 3^4 なので rad(abc)=235=30\operatorname{rad}(abc) = 2\cdot3\cdot5 = 30q=log81/log30=4.394/3.401=1.292q = \log 81/\log 30 = 4.394/3.401 = 1.292

(3) gcd(32,49)=1\gcd(32,49)=132+49=8132+49=81 ✓。32=2532=2^5, 49=7249=7^2, 81=3481=3^4 なので rad(abc)=237=42\operatorname{rad}(abc) = 2\cdot3\cdot7 = 42q=log81/log42=4.394/3.738=1.176q = \log 81/\log 42 = 4.394/3.738 = 1.176。これは Example 4.5 のフェルマー・カタラン解 25+72=342^5+7^2=3^4 に対応する三つ組です。3 つとも高い冪なので根基が小さくなっています。

Exercise 7.2標準

Axiom 3.7 を仮定して、方程式

xpyq=1(x,y2, p,q2 は整数)x^p - y^q = 1 \qquad (x,y \ge 2,\ p,q \ge 2 \text{ は整数})

の解に対応する値の組 (xp,yq)(x^p, y^q) が有限個しかないことを証明してください。

Solution

a=yqa = y^q, b=1b = 1, c=xpc = x^p とおくと a+b=ca+b=c で、gcd(a,b)=gcd(yq,1)=1\gcd(a,b)=\gcd(y^q,1)=1 ですから (a,b,c)(a,b,c) は ABC 三つ組です。

まず 1/p+1/q5/61/p + 1/q \le 5/6 を示します。p=q=2p=q=2 とすると x2y2=(xy)(x+y)=1x^2-y^2 = (x-y)(x+y) = 1 となり、x,y2x,y\ge 2 では x+y4>1x+y \ge 4 > 1 なので解がありません。よって p,qp,q の少なくとも一方は 33 以上で、1/p+1/q1/2+1/3=5/61/p+1/q \le 1/2+1/3 = 5/6 です。

次に根基を評価します。Proposition 2.3 より rad(abc)=rad(yq1xp)=rad(xy)xy\operatorname{rad}(abc) = \operatorname{rad}(y^q\cdot 1\cdot x^p) = \operatorname{rad}(xy) \le xyyq<xp=cy^q < x^p = c から y<c1/qy < c^{1/q}x=c1/px = c^{1/p} ですから

rad(abc)xy<c1/p+1/qc5/6.\operatorname{rad}(abc) \le xy < c^{1/p+1/q} \le c^{5/6} .

Proposition 3.9 の (ii) を ε=1/10\varepsilon = 1/10 で適用すると、定数 K=K1/10K = K_{1/10} があって

c<K(c5/6)11/10=Kc11/12.c < K\left(c^{5/6}\right)^{11/10} = K\, c^{11/12} .

よって c1/12<Kc^{1/12} < Kc<K12c < K^{12} です。c=xpc = x^p が有界なので、cc の値は有限通り、各 cc に対して a=c1a = c-1 も定まるので、値の組 (xp,yq)(x^p,y^q) は有限個です。

(補足:x,y2x,y \ge 2 より 2pc<K122^p \le c < K^{12} なので、指数 pp、同様に qq も有界です。したがって解 (x,y,p,q)(x,y,p,q) 自体も有限個になります。実際には Mihăilescu の定理により、解は 3223=13^2-2^3=1 のみであることが分かっています。)

Exercise 7.3標準

Theorem 5.1 において、仮定「a,b,ca,b,c の少なくとも 1 つは定数でない」を落とすと結論が偽になることを、反例を挙げて示してください。また、標数 00 という仮定を落とすと偽になることを、標数 pp の体上の例で示してください。

Solution

定数の場合。 a=1a = 1, b=1b = 1, c=2c = 2K=QK = \mathbb{Q})とすると a+b=ca+b=cgcd(a,b)=1\gcd(a,b)=1 です。abc=2abc = 2 は定数なので根を持たず n0(abc)=0n_0(abc) = 0、一方 max(dega,degb,degc)=0\max(\deg a,\deg b,\deg c) = 0 です。結論の不等式は 010 \le -1 となり偽です。証明では W=abab=0W = ab'-a'b = 0 となり、W0W \ne 0 の議論が破綻していました。

標数 pp の場合。 K=Fp(s)K = \mathbb{F}_p(s)ss は不定元)上で

a=tp,b=s,c=tpsa = t^p, \qquad b = -s, \qquad c = t^p - s

とすると a+b=ca+b=caabb は互いに素です(bbtt を含まない 00 でない定数)。c=tpsc = t^p - sK\overline{K} 上で c=(ts1/p)pc = (t - s^{1/p})^p と分解するので n0(c)=1n_0(c) = 1、また n0(a)=n0(tp)=1n_0(a) = n_0(t^p) = 1n0(b)=0n_0(b)=0 です。よって n0(abc)=2n_0(abc) = 2 ですが max(dega,degb,degc)=p\max(\deg a,\deg b,\deg c) = p であり、定理の結論は pn0(abc)1=1p \le n_0(abc)-1 = 1 となって、p2p \ge 2 では偽です。証明では、標数 ppa=(tp)=ptp1=0a' = (t^p)' = pt^{p-1} = 0 となり「a=0a'=0 ならば aa は定数」という一歩が使えなくなっています。

Exercise 7.4

Axiom 3.7 を仮定して、次を示してください。任意の δ>0\delta > 0 に対して定数 κδ>0\kappa_\delta > 0 が存在し、gcd(x,y)=1\gcd(x,y)=1 かつ x3y2x^3 \ne y^2 を満たすすべての正整数 x,yx,y について

x3y2κδx1/2δ\lvert x^3 - y^2 \rvert \ge \kappa_\delta\, x^{1/2-\delta}

が成り立つ。(これは Hall 予想 x3y2x1/2\lvert x^3-y^2\rvert \gg x^{1/2} の弱形です。)

Solution

h=x3y20h = x^3-y^2 \ne 0 とおきます。hx1/2\lvert h\rvert \ge x^{1/2} ならば hx1/2x1/2δ\lvert h \rvert \ge x^{1/2} \ge x^{1/2-\delta} となって κδ1\kappa_\delta \le 1 の下で主張が成り立つので、以下 h<x1/2\lvert h\rvert < x^{1/2} と仮定します。このとき y2=x3hx3+x1/22x3y^2 = x^3 - h \le x^3 + x^{1/2} \le 2x^3 なので y2x3/22x3/2y \le \sqrt{2}\,x^{3/2} \le 2x^{3/2} です。

ABC 三つ組を作ります。h>0h > 0 のときは (a,b,c)=(y2,h,x3)(a,b,c) = (y^2, h, x^3)h<0h < 0 のときは (a,b,c)=(x3,h,y2)(a,b,c) = (x^3, \lvert h\rvert, y^2) とします。いずれも a+b=ca+b=c を満たします。互いに素性を確かめます。素数 \elly2y^2hh を割り切れば y2+h=x3\ell \mid y^2+h = x^3 なので x\ell \mid x かつ y\ell \mid y となり gcd(x,y)=1\gcd(x,y)=1 に反します。よって gcd(y2,h)=1\gcd(y^2,h)=1 で、h<0h<0 の場合も同様に gcd(x3,h)=1\gcd(x^3,\lvert h\rvert)=1 です。

いずれの場合も cx3c \ge x^3 です(h>0h>0 なら c=x3c = x^3h<0h<0 なら c=y2>x3c = y^2 > x^3)。また Proposition 2.3 より

rad(abc)=rad(x3y2h)xyh2x5/2h.\operatorname{rad}(abc) = \operatorname{rad}\bigl(x^3 y^2 \lvert h\rvert\bigr) \le x\,y\,\lvert h\rvert \le 2x^{5/2}\lvert h\rvert .

Proposition 3.9 の (ii) を ε>0\varepsilon > 0 に対して適用すると、K=KεK = K_\varepsilon を用いて

x3c<K(2x5/2h)1+ε=K21+εx52(1+ε)h1+ε.x^3 \le c < K\left(2x^{5/2}\lvert h\rvert\right)^{1+\varepsilon} = K\,2^{1+\varepsilon} x^{\frac52(1+\varepsilon)}\lvert h\rvert^{1+\varepsilon} .

h1+ε\lvert h\rvert^{1+\varepsilon} について解くと

h1+ε>x352(1+ε)21+εK=x1252ε21+εK,h>(121+εK)11+εx1/25ε/21+ε.\lvert h\rvert^{1+\varepsilon} > \frac{x^{3-\frac52(1+\varepsilon)}}{2^{1+\varepsilon}K} = \frac{x^{\frac12-\frac52\varepsilon}}{2^{1+\varepsilon}K}, \qquad \lvert h\rvert > \left(\frac{1}{2^{1+\varepsilon}K}\right)^{\frac{1}{1+\varepsilon}} x^{\frac{1/2-5\varepsilon/2}{1+\varepsilon}} .

指数 1/25ε/21+ε\dfrac{1/2-5\varepsilon/2}{1+\varepsilon}ε0+\varepsilon \to 0^{+}1/21/2 に収束するので、与えられた δ>0\delta>0 に対して十分小さい ε>0\varepsilon>0 を選べばこの指数は 1/2δ1/2-\delta 以上になります。そのような ε\varepsilon を 1 つ固定し、κδ=min(1,(21+εKε)1/(1+ε))\kappa_\delta = \min\bigl(1, (2^{1+\varepsilon}K_\varepsilon)^{-1/(1+\varepsilon)}\bigr) とおけば、x1x \ge 1 より x(1/25ε/2)/(1+ε)x1/2δx^{(1/2-5\varepsilon/2)/(1+\varepsilon)} \ge x^{1/2-\delta} となり、両方の場合を合わせて主張が従います。

  • A. Granville and T. J. Tucker, “It’s As Easy As abc”, Notices of the American Mathematical Society 49 (2002), no. 10, 1224–1231. ABC 予想の帰結(Fermat–Catalan、Hall、powerful 数、Wieferich 素数など)が網羅的に解説された、最良の入門記事です。
  • J. Oesterlé, “Nouvelles approches du « théorème » de Fermat”, Séminaire Bourbaki exp. no. 694, Astérisque 161–162 (1988), 165–186. 予想が公けに定式化された原典のひとつ。
  • S. Lang, “Old and new conjectured diophantine inequalities”, Bulletin of the American Mathematical Society 23 (1990), 37–75. ABC 予想を Hall 予想・Szpiro 予想・Vojta 予想の中に位置づけた総説。
  • R. C. Mason, Diophantine Equations over Function Fields, London Mathematical Society Lecture Note Series 96, Cambridge University Press, 1984. 多項式版(Theorem 5.1)の原典。W. W. Stothers, “Polynomial identities and hauptmoduln”, Quarterly Journal of Mathematics (Oxford) 32 (1981), 349–370 も参照。
  • C. L. Stewart and Kunrui Yu, “On the abc conjecture, II”, Duke Mathematical Journal 108 (2001), 169–181. 無条件に知られている最良の評価(第 6 節)。
  • 加藤文元『宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃』KADOKAWA、2019。IUT 理論の一般向け解説。証明の検証を目的とした文献ではない点に注意してください。

ABC 予想がどこから来たのか。 第 1 節で述べたとおり、Oesterlé がこの不等式に到達したのは楕円曲線を経由してでした。その道筋をたどっておきます。ABC 三つ組 (a,b,c)(a,b,c) に対して、Q\mathbb{Q} 上の楕円曲線

Ea,b:y2=x(xa)(x+b)E_{a,b} : \quad y^2 = x(x-a)(x+b)

を対応させます。これはフェルマーの最終定理の証明で本質的な役割を果たした Frey 曲線Definition 4.1[フェルマーの最終定理])と同じ形です(フェルマーの最終定理 を参照)。

判別式の計算。 3 次式 (xe1)(xe2)(xe3)(x-e_1)(x-e_2)(x-e_3) を右辺に持つ曲線の判別式は Δ=16(e1e2)2(e2e3)2(e3e1)2\Delta = 16\,(e_1-e_2)^2(e_2-e_3)^2(e_3-e_1)^2 で与えられます。いまの場合、根は e1=0e_1 = 0, e2=ae_2 = a, e3=be_3 = -b ですから、差は a-a, a+b=ca+b = c, b-b となり

Δ=16a2c2b2=16(abc)2.\Delta = 16\,a^2c^2b^2 = 16\,(abc)^2 .

この Δ\Delta は上の式で与えたモデルに対する判別式であり(Proposition 4.2[フェルマーの最終定理] の計算と同じものです)、最小判別式はこれを 22 の冪で割ったものになりますが、以下の評価には影響しません。一方、Ea,bE_{a,b}導手 NN は、悪い還元を起こす素数だけを(22 の寄与を別にすれば重複なしに)集めたものであり、NN22 の冪を除いて rad(abc)\operatorname{rad}(abc) に一致します。判別式は素因数の重複度を含み、導手は素因数の集合しか見ない、という対比は、ccrad(abc)\operatorname{rad}(abc) の対比とまったく同じ構造です。

ABC から Szpiro へ。 L. Szpiro は、Q\mathbb{Q} 上の楕円曲線の最小判別式 Δ\Delta と導手 NN について ΔKεN6+ε\lvert \Delta \rvert \le K_\varepsilon N^{6+\varepsilon} を予想しました。ABC 予想を仮定すると、Frey 曲線についてはこれが直ちに従います。実際、a<ca < c, b<cb < c より abc<c3abc < c^3 なので、Proposition 3.9 の (ii) を使って

Δ=16(abc)2<16c6<16(Kεrad(abc)1+ε)6=16Kε6rad(abc)6+6ε\lvert\Delta\rvert = 16(abc)^2 < 16\,c^6 < 16\,\bigl(K_\varepsilon \operatorname{rad}(abc)^{1+\varepsilon}\bigr)^6 = 16 K_\varepsilon^{6}\operatorname{rad}(abc)^{6+6\varepsilon}

が得られます。rad(abc)\operatorname{rad}(abc)NN と(22 の冪を除いて)等しいので、これは Szpiro の不等式にほかなりません。66 という指数がどこから来たのか、これで説明がつきます。判別式が差の平方の積で (abc)2(abc)^2 となり、abcabcc3c^3 で抑えられるので、合わせて cc66 乗が現れるのです。

逆向きの含意。 逆に、判別式の代わりに c4,c6c_4, c_6 という標準的な不変量を用いた「修正 Szpiro 予想」max(c43,c62)KεN6+ε\max(\lvert c_4\rvert^3, c_6^2) \le K_\varepsilon N^{6+\varepsilon} は、ABC 予想と同値であることが知られています(Oesterlé、詳細は Granville–Tucker の解説を参照)。すなわち ABC 予想は、整数の足し算に関する主張であると同時に、楕円曲線の幾何に関する主張でもあります。楕円曲線とモジュラー形式 で見た「数論の異なる領域が同一の対象を別の言葉で語っている」という現象が、ここでも起きているのです。

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