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平成8年度 東大院 物理学専攻 修士 物理学 解答

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4 時間で 8 問中 4 問を選ぶ構成です。第1問から第5問までは量子力学・電磁気学・統計力学の標準的な題材ですが、いずれも最後に数値または閉じた式を出させる作りになっています。第6問は真空排気系という実験そのものの問題で、ロータリーポンプの模式図の穴埋めが含まれるため図の読み取りが要求されます。第7問と第8問は生物物理からの出題で、第7問は拡散時間の桁の見積もりと細胞生物学の知識、第8問はジッパーモデルと van’t Hoff プロットの熱力学です。

問題分野主題
第1問量子力学球対称井戸型ポテンシャルの浅い束縛状態と s 波位相のずれ
第2問電磁気学・力学磁場中の導体リング振り子、電磁制動と自己インダクタンス
第3問統計力学一次元自由電子系の比熱と帯磁率、Curie 則と Pauli 常磁性
第4問原子核・原子分子ミュー原子の X 線スペクトル、原子番号の推定と有限核半径
第5問固体物理・量子力学円筒面上の電子状態、状態密度と強結合近似の環
第6問熱力学真空排気系の操作手順、ロータリーポンプと油拡散ポンプ、平均自由行程
第7問生物物理細胞内拡散の時間スケールとモータータンパク質による輸送
第8問統計力学・生物物理ヘリックス-コイル転移のジッパーモデルと熱変性の van’t Hoff 解析

8 問から 4 問を選択する形式ですが、ここでは全問の解答を載せます。

第1問 井戸型ポテンシャルの浅い束縛状態と s 波位相のずれ

Section titled “第1問 井戸型ポテンシャルの浅い束縛状態と s 波位相のずれ”

質量 mm の粒子が、半径 aa、深さ V0V_0 の球対称井戸

V(r)={V0(ra)0(r>a)V(r)=\begin{cases}-V_0 & (r\le a)\\ 0 & (r>a)\end{cases}

の中を運動します。波動関数を Ψ(rθϕ)=R(r)Ym(θϕ)\Psi(r\theta\phi)=R_\ell(r)Y_{\ell m}(\theta\phi) と分離し、ラプラシアンは

Δ=1r2rr2r+Λ^r2,Λ^Ym=(+1)Ym\Delta=\frac{1}{r^2}\frac{\partial}{\partial r}r^2\frac{\partial}{\partial r}+\frac{\hat\Lambda}{r^2}, \qquad \hat\Lambda Y_{\ell m}=-\ell(\ell+1)Y_{\ell m}

を使います。設問(2) では、s 状態にただ一つの束縛状態があり、その束縛エネルギー ε\varepsilon0<εV00<\varepsilon\ll V_0 を満たすような V0V_0 を考えます。設問(3) では同じ V0V_0E=9V0/16E=9V_0/16 の散乱を考え、遠方での漸近形 RAsin(kr12π+δ)/rR_\ell\sim A_\ell\sin(kr-\tfrac12\ell\pi+\delta_\ell)/r から位相のずれ δ\delta_\ell を定義します。

22mΔΨ+VΨ=EΨ-\dfrac{\hbar^2}{2m}\Delta\Psi+V\Psi=E\PsiΨ=RYm\Psi=R_\ell Y_{\ell m} を代入し、Λ^Ym=(+1)Ym\hat\Lambda Y_{\ell m}=-\ell(\ell+1)Y_{\ell m} を使って YmY_{\ell m} で割ると、R(r)R_\ell(r) の従う方程式は

1r2ddr ⁣(r2dRdr)+[2m2(EV(r))(+1)r2]R=0\frac{1}{r^2}\frac{d}{dr}\!\left(r^2\frac{dR_\ell}{dr}\right) +\left[\frac{2m}{\hbar^2}\bigl(E-V(r)\bigr)-\frac{\ell(\ell+1)}{r^2}\right]R_\ell=0

です。u(r)rR(r)u_\ell(r)\equiv rR_\ell(r) と置くと、これは一次元の形

22md2udr2+[V(r)+2(+1)2mr2]u=Eu-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d^2u_\ell}{dr^2} +\left[V(r)+\frac{\hbar^2\ell(\ell+1)}{2mr^2}\right]u_\ell=Eu_\ell

になります。以下ではこの uu の形を使います。境界条件は原点で u(0)=0u_\ell(0)=0RR_\ell が有限)です。

(a) =0\ell=0E=εE=-\varepsilon とします。井戸の内外で

K2m(V0ε),κ2mεK\equiv\frac{\sqrt{2m(V_0-\varepsilon)}}{\hbar},\qquad \kappa\equiv\frac{\sqrt{2m\varepsilon}}{\hbar}

と置くと、u(0)=0u(0)=0rr\to\infty での減衰から

u(r)={AsinKr(ra)Beκr(r>a)u(r)=\begin{cases}A\sin Kr & (r\le a)\\ B e^{-\kappa r} & (r>a)\end{cases}

です。r=ar=auuuu' を接続すると、対数微分の連続として

KcotKa=κK\cot Ka=-\kappa

が得られます。これが束縛状態の条件です。εV0\varepsilon\ll V_0 すなわち κK\kappa\ll K の極限では右辺が 00^- なので cotKa0\cot Ka\to 0^-、つまり KaKaπ/2\pi/2 をわずかに超える値です。s 波の束縛状態がちょうど一つという条件が、この最初の解(Kaπ/2Ka\simeq\pi/2Ka3π/2Ka\ge 3\pi/2 になると 2 個目が現れます)を選ばせます。Ka=π/2Ka=\pi/2K2mV0/K\simeq\sqrt{2mV_0}/\hbar を使えば 2mV0a/=π/2\sqrt{2mV_0}\,a/\hbar=\pi/2 となり、

V0=π228ma2V_0=\frac{\pi^2\hbar^2}{8ma^2}

が答えです。2/ma2\hbar^2/ma^2 はエネルギーの次元をもつので次元は合っています。これは s 波の束縛状態がちょうど現れ始める閾値の深さで、有限の ε\varepsilon に対する補正は Ka=π/2+κ/KKa=\pi/2+\kappa/K から

V0=π228ma2[1+4πεV0+]V_0=\frac{\pi^2\hbar^2}{8ma^2}\left[1+\frac{4}{\pi}\sqrt{\frac{\varepsilon}{V_0}}+\cdots\right]

ε/V0\sqrt{\varepsilon/V_0} の相対補正になります。設問の仮定 εV0\varepsilon\ll V_0 のもとでこれは無視できます。

(b) =0\ell=0 では Ψ2d3r=0u2dr\int|\Psi|^2d^3r=\int_0^\infty|u|^2drY00Y_{00} は規格化済み)なので、内外の確率は uu の二乗積分で比較できます。r=ar=a での連続性から Beκa=AsinKaB e^{-\kappa a}=A\sin Ka と書けるので、A=1A=1 と規格化しないまま

Pin=0asin2 ⁣Krdr=a2sin2Ka4K,Pout=sin2 ⁣Kaae2κ(ra)dr=sin2 ⁣Ka2κP_{\rm in}=\int_0^a\sin^2\!Kr\,dr=\frac{a}{2}-\frac{\sin 2Ka}{4K}, \qquad P_{\rm out}=\sin^2\!Ka\int_a^\infty e^{-2\kappa(r-a)}dr=\frac{\sin^2\!Ka}{2\kappa}

です。Ka=π/2Ka=\pi/2 を代入すると sinKa=1\sin Ka=1sin2Ka=0\sin 2Ka=0 なので Pin=a/2P_{\rm in}=a/2Pout=1/(2κ)P_{\rm out}=1/(2\kappa) となり、井戸の外に見出す確率は

Pout=1/(2κ)a/2+1/(2κ)=11+κa=11+π2εV01π2εV0P_{\rm out}=\frac{1/(2\kappa)}{a/2+1/(2\kappa)}=\frac{1}{1+\kappa a} =\frac{1}{1+\dfrac{\pi}{2}\sqrt{\dfrac{\varepsilon}{V_0}}} \simeq 1-\frac{\pi}{2}\sqrt{\frac{\varepsilon}{V_0}}

です。ここで κa=2mεa/=(π/2)ε/V0\kappa a=\sqrt{2m\varepsilon}\,a/\hbar=(\pi/2)\sqrt{\varepsilon/V_0} を使いました。ε/V0=103\varepsilon/V_0=10^{-3} なら Pout=0.953P_{\rm out}=0.953 で、浅い束縛状態の粒子はほとんどの時間を井戸の外の指数関数的な裾(広がり 1/κa1/\kappa\gg a)で過ごします。ε0\varepsilon\to0Pout1P_{\rm out}\to1 となるのが、束縛が切れる直前の状態が空間的に無限に広がることに対応します。

E=9V0/16>0E=9V_0/16>0 の散乱です。=0\ell=0 では井戸の内外の波数が

k=2mE=342mV0=3π8a,K=2m(E+V0)=542mV0=5π8ak=\frac{\sqrt{2mE}}{\hbar}=\frac{3}{4}\frac{\sqrt{2mV_0}}{\hbar}=\frac{3\pi}{8a}, \qquad K'=\frac{\sqrt{2m(E+V_0)}}{\hbar}=\frac{5}{4}\frac{\sqrt{2mV_0}}{\hbar}=\frac{5\pi}{8a}

となります(E+V0=25V0/16E+V_0=25V_0/16、および設問(2) の 2mV0a/=π/2\sqrt{2mV_0}\,a/\hbar=\pi/2 を使いました)。u=rR0u=rR_0

u(r)={AsinKr(ra)Bsin(kr+δ0)(r>a)u(r)=\begin{cases} A\sin K'r & (r\le a)\\ B\sin(kr+\delta_0) & (r>a)\end{cases}

で、r=ar=a での対数微分の連続 KcotKa=kcot(ka+δ0)K'\cot K'a=k\cot(ka+\delta_0) から

tan(ka+δ0)=kKtanKa\tan(ka+\delta_0)=\frac{k}{K'}\tan K'a

です。ka=3π/8ka=3\pi/8Ka=5π/8K'a=5\pi/8 なので tanKa=tan5π8=cotπ8=(1+2)\tan K'a=\tan\tfrac{5\pi}{8}=-\cot\tfrac{\pi}{8}=-(1+\sqrt2)tanka=tan3π8=1+2\tan ka=\tan\tfrac{3\pi}{8}=1+\sqrt2 です。s1+2s\equiv1+\sqrt2 と書くと tan(ka+δ0)=35s\tan(ka+\delta_0)=-\tfrac35 s で、加法定理から

tanδ0=35ss1+(35s)s=85s135s2=8(1+2)4+62=8+227\tan\delta_0=\frac{-\tfrac35 s-s}{1+\left(-\tfrac35 s\right)s} =\frac{-\tfrac85 s}{1-\tfrac35 s^2} =\frac{8(1+\sqrt2)}{4+6\sqrt2} =\frac{8+2\sqrt2}{7}

となります。したがって

tanδ0=8+2271.547\tan\delta_0=\frac{8+2\sqrt2}{7}\simeq1.547

が答えです(δ00.997rad57\delta_0\simeq0.997\,\mathrm{rad}\simeq57^\circπ\pi の整数倍の任意性を除く)。s2=3+22s^2=3+2\sqrt2 を使って 135s2=(5962)/5=(4+62)/51-\tfrac35 s^2=(5-9-6\sqrt2)/5=-(4+6\sqrt2)/5 としました。この井戸は E0E\to0 でちょうど束縛状態が現れる閾値にあり、散乱長が発散するので、低エネルギーの位相のずれが O(1)O(1) の大きさになるのは自然です。数値的に Schrödinger 方程式を r=0r=0 から直接積分して遠方で sin(kr+δ0)\sin(kr+\delta_0) に当てはめても tanδ0=1.5469\tan\delta_0=1.5469 が得られ、上の閉じた式と一致します。

第2問 磁場中の導体リング振り子

Section titled “第2問 磁場中の導体リング振り子”

半径 RR の導線の輪(リング)を絶縁体のワイヤーで吊った振り子が、リングの中心軸を xx 軸として xx 方向に一次元振動します。導線の太さは RR に比べて十分細く、振幅は十分小さいのでリングの中心軸は常に xx 軸に一致するとみなします。磁場がないときの運動方程式は

m(d2xdt2+ω02x)=f(t)m\left(\frac{d^2x}{dt^2}+\omega_0^2x\right)=f(t)

で、mm は質量、ω0\omega_0 は固有角振動数、f(t)f(t) は外力です。xx 軸に沿って置かれた細長い棒磁石が xx 軸まわりに軸対称な磁場をつくり、リングの導線の位置での磁束密度の半径方向成分を BrB_rxx 方向成分を BxB_x とします。BrB_r は振動の範囲では一様とみなせるとします。リング一周の抵抗値を rr とし、設問(1) から(3) では自己インダクタンスを無視します。

リングが振動すると鎖交磁束が変化し、誘導起電力によってリングに電流が流れます。この電流はリングの抵抗 rr でジュール熱になります。すなわち、最初にリングがもっていた運動エネルギーは、リングの導線のジュール熱(最終的には導線と周囲の熱エネルギー)に失われます。磁石は固定されており、磁場を介した仕事の収支は「リングが磁気力に逆らってする仕事=ジュール熱」で閉じるので、磁石の側にエネルギーが蓄えられることはありません(電磁波の放射は非相対論的な低周波振動では無視できます)。

損失の割合を大きくするには rr は小さい方がよいです。理由は、誘導起電力 e=2πRBrx˙e=-2\pi RB_r\dot x が抵抗値によらずリングの速度だけで決まることです。電流は I=e/r1/rI=e/r\propto 1/r、消費電力は

P=e2r=(2πRBr)2rx˙2P=\frac{e^2}{r}=\frac{(2\pi RB_r)^2}{r}\dot x^2

となり、rr が小さいほど大きくなります。後で見るように制動係数も (2πRBr)2/r(2\pi RB_r)^2/r に比例するので、rr を小さくするほど減衰は速くなります(ただし rr を小さくしすぎると設問(4) のインダクタンスの効果が現れ、この結論は成り立たなくなります)。

(a) リングの位置 xx での鎖交磁束を、リングを縁とする円板を通る磁束として

Φ(x)=discBx^dS\Phi(x)=\int_{\text{disc}}\boldsymbol{B}\cdot\hat{x}\,dS

と定義します。xxx+Δxx+\Delta x の 2 枚の円板と半径 RR の側面で囲まれた閉じた円筒に B=0\nabla\cdot\boldsymbol{B}=0 を適用すると、外向き法線に注意して

Φ(x+Δx)Φ(x)+2πRΔxBr=0\Phi(x+\Delta x)-\Phi(x)+2\pi R\,\Delta x\,B_r=0

すなわち

dΦdx=2πRBr\frac{d\Phi}{dx}=-2\pi RB_r

が得られます。これは「軸方向に磁束が減る分は側面から半径方向に漏れ出た分である」という関係です。BrB_r が振動の範囲で一様なら Φ\Phixx の一次関数で、Faraday の法則から

e=dΦdt=dΦdxdxdte=-\frac{d\Phi}{dt}=-\frac{d\Phi}{dx}\frac{dx}{dt}

の大きさは 2πRBrx˙2\pi RB_r|\dot x| になります。符号は起電力を測る周回の向き(円板の法線の向き)の取り方で決まるだけで、問題文の

e=2πRBrdxdte=-2\pi RB_r\frac{dx}{dt}

は法線を x^-\hat x 向きに取った場合の表式です。物理的に決まっているのは、大きさが 2πRBrx˙2\pi RB_r|\dot x| であることと、生じる力が必ず運動を妨げる向きになること(Lenz の法則)です。以下の計算では法線を +x^+\hat x、電流の正の向きを +x^+\hat x について右ねじの向き(+φ^+\hat\varphi)に取り、e=+2πRBrx˙e=+2\pi RB_r\dot x を使います。

(b) 電流は I=e/r=2πRBrx˙/rI=e/r=2\pi RB_r\dot x/r です。リングに働く力は dF=Idl×Bd\boldsymbol{F}=I\,d\boldsymbol{l}\times\boldsymbol{B} で、電流要素は方位角方向 IRdφφ^I R\,d\varphi\,\hat\varphi、磁場は Brr^+Bxx^B_r\hat r+B_x\hat x なので

dF=IRdφ(Br(φ^×r^)+Bx(φ^×x^))=IRdφ(Brx^+Bxr^)d\boldsymbol{F}=IR\,d\varphi\bigl(B_r(\hat\varphi\times\hat r)+B_x(\hat\varphi\times\hat x)\bigr) =IR\,d\varphi\bigl(-B_r\hat x+B_x\hat r\bigr)

です。r^\hat r 成分は φ\varphi 積分で打ち消し合い(リングを半径方向に押し広げる張力になるだけ)、軸方向成分だけが残って

Fx=2πRBrI=(2πRBr)2rx˙F_x=-2\pi RB_r I=-\frac{(2\pi RB_r)^2}{r}\dot x

となります。負符号が付いているので、これは確かに速度に逆らう制動力です。したがって磁場中の運動方程式は

m(d2xdt2+ω02x)=f(t)(2πRBr)2rdxdtm\left(\frac{d^2x}{dt^2}+\omega_0^2x\right)=f(t)-\frac{(2\pi RB_r)^2}{r}\frac{dx}{dt}

すなわち

d2xdt2+γdxdt+ω02x=f(t)m,γ(2πRBr)2mr\frac{d^2x}{dt^2}+\gamma\frac{dx}{dt}+\omega_0^2x=\frac{f(t)}{m}, \qquad \gamma\equiv\frac{(2\pi RB_r)^2}{mr}

です。(2πRBr)2/r(2\pi RB_r)^2/rWb2m2Ω1=Jsm2\mathrm{Wb}^2\mathrm{m}^{-2}\Omega^{-1}=\mathrm{J\,s\,m^{-2}} の次元をもち、γ\gamma は確かに s1\mathrm{s}^{-1} になります。

f(t)=p0δ(t)f(t)=p_0\delta(t)t<0t<0 で静止という条件です。t=0t=0 の前後で運動方程式を積分すると、xx は連続で x(0)=0x(0)=0、速度は

mx˙(0+)=p0x˙(0+)=p0mm\dot x(0^+)=p_0\quad\Longrightarrow\quad \dot x(0^+)=\frac{p_0}{m}

と跳びます。t>0t>0 では外力がないので減衰振動の解になり、γ<2ω0\gamma<2\omega_0(弱い制動)のとき

x(t)=p0mωeγt/2sinωt,ω=ω02γ24,γ=(2πRBr)2mrx(t)=\frac{p_0}{m\omega}e^{-\gamma t/2}\sin\omega t, \qquad \omega=\sqrt{\omega_0^2-\frac{\gamma^2}{4}},\qquad \gamma=\frac{(2\pi RB_r)^2}{mr}

が答えです(t<0t<0 では x=0x=0)。γ>2ω0\gamma>2\omega_0 なら ωiω\omega\to i\omega'ω=γ2/4ω02\omega'=\sqrt{\gamma^2/4-\omega_0^2} として x=(p0/mω)eγt/2sinhωtx=(p_0/m\omega')e^{-\gamma t/2}\sinh\omega' t で振動せずに減衰し、γ=2ω0\gamma=2\omega_0 では x=(p0/m)teγt/2x=(p_0/m)te^{-\gamma t/2} です。γ0\gamma\to0x(p0/mω0)sinω0tx\to(p_0/m\omega_0)\sin\omega_0t となり、制動のない場合の撃力応答に一致します。

概形(弱い制動の場合)は、原点から傾き p0/mp_0/m で立ち上がり、±(p0/mω)eγt/2\pm(p_0/m\omega)e^{-\gamma t/2} の指数包絡線の内側で t=nπ/ωt=n\pi/\omegan=1,2,n=1,2,\dots)を横切りながら振動が減衰していく曲線です。最初の極大は tanωt=2ω/γ\tan\omega t=2\omega/\gamma を満たす tt、つまり四分の一周期よりわずかに手前にあります。

pi/w2pi/w3pi/wtxenvelope (p0/mw) exp(-gt/2)

(a) 自己インダクタンス LL を入れると回路方程式は

LdIdt+rI=e=2πRBrx˙L\frac{dI}{dt}+rI=e=2\pi RB_r\dot x

です。振動の角振動数 ωω0\omega\simeq\omega_0 に対して左辺の 2 項の比は ωLI/rI=ω0L/r|\omega L I|/|rI|=\omega_0L/r なので、インダクタンスによる効果が支配的になる条件は

ω0Lr\omega_0 L\gg r

すなわち回路の時定数 L/rL/r が振動の周期 1/ω01/\omega_0 よりずっと長いことです。

(b) この条件のもとでは回路方程式の rIrI を落とせるので LI˙=2πRBrx˙L\dot I=2\pi RB_r\dot x、これを積分して(x=0x=0I=0I=0 とすると)

I=2πRBrLxI=\frac{2\pi RB_r}{L}x

となります。これは LI+Φext(x)=constLI+\Phi_{\rm ext}(x)=\text{const}、つまり完全導体のリングでは全鎖交磁束が凍結されることを表しています。設問(2)(b) と同じ力の式 Fx=2πRBrIF_x=-2\pi RB_rI に代入すると

Fx=(2πRBr)2LxF_x=-\frac{(2\pi RB_r)^2}{L}x

で、速度ではなく変位に比例する復元力になります。したがって運動方程式は

md2xdt2+(mω02+(2πRBr)2L)x=f(t)m\frac{d^2x}{dt^2}+\left(m\omega_0^2+\frac{(2\pi RB_r)^2}{L}\right)x=f(t)

です。影響は次のとおりです。減衰はこの近似では現れず、代わりにばね定数が増えて固有角振動数が

ω=ω02+(2πRBr)2mL  (>ω0)\omega'=\sqrt{\omega_0^2+\frac{(2\pi RB_r)^2}{mL}}\;(>\omega_0)

に持ち上がります。磁束を凍結したままリングを動かすには磁気エネルギーを増やさねばならず、それが余分な復元力として働くためです。有限の rr を残して制動係数を評価すると

b(r)=(2πRBr)2rr2+ω2L2b(r)=\frac{(2\pi RB_r)^2\,r}{r^2+\omega^2L^2}

となり、rωLr\gg\omega L では設問(1) の 1/r\propto 1/rrωLr\ll\omega L では逆に r\propto r で、r=ωLr=\omega L で最大になります。「rr が小さいほどよく減衰する」という設問(1) の結論はインダクタンスを無視できる領域に限った話で、実際に減衰を最大にする抵抗値は rω0Lr\simeq\omega_0L です。

第3問 一次元自由電子系の比熱と帯磁率

Section titled “第3問 一次元自由電子系の比熱と帯磁率”

長さ LL、温度 TT、電子数 NN の一次元自由電子系を考えます。一様な磁場 HH のもとでハミルトニアンは

H=i=1N(pi22mμiH),μi=±μB\mathcal{H}=\sum_{i=1}^{N}\left(\frac{p_i^2}{2m}-\mu_iH\right), \qquad \mu_i=\pm\mu_B

で、μB\mu_B は Bohr 磁子です。LL は十分大きく境界の影響は無視できるものとします。設問(1) では電子が Boltzmann 統計に従うと仮定し、設問(2) では Fermi 統計を考慮します。以下 β=1/kBT\beta=1/k_BTn=N/Ln=N/L と書きます。

(a) 一粒子分配関数は、位相空間の体積要素を dxdp/hdxdp/h として

z1=σ=±1h0Ldxdpeβp2/2m=2Lh2πmβ=2Lλ,λh2πmkBTz_1=\sum_{\sigma=\pm}\frac{1}{h}\int_0^Ldx\int_{-\infty}^{\infty}dp\,e^{-\beta p^2/2m} =\frac{2L}{h}\sqrt{\frac{2\pi m}{\beta}}=\frac{2L}{\lambda}, \qquad \lambda\equiv\frac{h}{\sqrt{2\pi mk_BT}}

です(因子 2 はスピンの 2 状態。H=0H=0 では縮退しています)。Boltzmann 統計で同種粒子の数え過ぎを補正すると、NN 粒子の分配関数は

Z=z1NN!=1N!(2Lλ)N=1N!(2L2πmkBTh)NZ=\frac{z_1^{\,N}}{N!}=\frac{1}{N!}\left(\frac{2L}{\lambda}\right)^{N} =\frac{1}{N!}\left(\frac{2L\sqrt{2\pi mk_BT}}{h}\right)^{N}

です。1/N!1/N! は以下の内部エネルギーや比熱には影響しません。

(b) λβ1/2\lambda\propto\beta^{1/2} なので、β\beta に依存する部分だけ書けば lnZ=N2lnβ+const\ln Z=-\tfrac{N}{2}\ln\beta+\mathrm{const} です。したがって

U=lnZβ=N2β=12NkBTU=-\frac{\partial\ln Z}{\partial\beta}=\frac{N}{2\beta}=\frac{1}{2}Nk_BT

です。一次元の並進自由度 1 個あたり 12kBT\tfrac12k_BT というエネルギー等分配の結果に一致します。

(c) H0H\ne0 ではスピンの和が eβμBH+eβμBH=2cosh(βμBH)e^{\beta\mu_BH}+e^{-\beta\mu_BH}=2\cosh(\beta\mu_BH) になるので

Z=1N![2Lλcosh ⁣(μBHkBT)]NZ=\frac{1}{N!}\left[\frac{2L}{\lambda}\cosh\!\left(\frac{\mu_BH}{k_BT}\right)\right]^{N}

と書かれます。

(d) lnZ=N[ln(2L/λ)+lncoshβμBH]lnN!\ln Z=N\bigl[\ln(2L/\lambda)+\ln\cosh\beta\mu_BH\bigr]-\ln N! から

U=lnZβ=N2βNμBHtanh(βμBH)U=-\frac{\partial\ln Z}{\partial\beta}=\frac{N}{2\beta}-N\mu_BH\tanh(\beta\mu_BH)

です。aμBH/kBTa\equiv\mu_BH/k_BT と置くと a/T=a/T\partial a/\partial T=-a/T なので

C=UT=NkB[12+a2cosh2a],a=μBHkBTC=\frac{\partial U}{\partial T} =Nk_B\left[\frac{1}{2}+\frac{a^2}{\cosh^2a}\right], \qquad a=\frac{\mu_BH}{k_BT}

が答えです。第 1 項が並進自由度、第 2 項が 2 準位スピン系の Schottky 型の寄与です。H0H\to0 でも TT\to\infty でも CNkB/2C\to Nk_B/2 に戻り、T0T\to0 では a2/cosh2a4a2e2a0a^2/\cosh^2a\sim4a^2e^{-2a}\to0 と指数的に消えます。atanha=1a\tanh a=1、すなわち kBT0.83μBHk_BT\simeq0.83\,\mu_BH でスピン項は最大値 0.44NkB0.44Nk_B をとります。

(e) 1 個のスピンの熱平均は

μi=μBeβμBHeβμBHeβμBH+eβμBH=μBtanh ⁣(μBHkBT)\langle\mu_i\rangle=\mu_B\frac{e^{\beta\mu_BH}-e^{-\beta\mu_BH}}{e^{\beta\mu_BH}+e^{-\beta\mu_BH}} =\mu_B\tanh\!\left(\frac{\mu_BH}{k_BT}\right)

なので、磁化は

M=1Liμi=nμBtanh ⁣(μBHkBT),n=NLM=\frac{1}{L}\sum_i\langle\mu_i\rangle=n\mu_B\tanh\!\left(\frac{\mu_BH}{k_BT}\right), \qquad n=\frac{N}{L}

です。μBHkBT\mu_BH\gg k_BTMnμBM\to n\mu_B(飽和)になります。

(f) H0H\to0 では tanhxx\tanh x\simeq x なので

χ=limH0MH=nμB2kBT=NμB2LkBT\chi=\lim_{H\to0}\frac{M}{H}=\frac{n\mu_B^2}{k_BT}=\frac{N\mu_B^2}{Lk_BT}

で、Curie 則が得られます。T0T\to0 で発散します。

(a) スピンを含めた一次元自由電子の状態密度は、波数が k=2πn/Lk=2\pi n/Lnn は整数)と量子化されることと ε=2k2/2m\varepsilon=\hbar^2k^2/2m から

D(ε)=2×L2π×2dkdε=Lπ2mεD(\varepsilon)=2\times\frac{L}{2\pi}\times2\left|\frac{dk}{d\varepsilon}\right| =\frac{L}{\pi\hbar}\sqrt{\frac{2m}{\varepsilon}}

です(因子 2 はスピン、もう 1 つの因子 2 は ±k\pm k)。T=0T=0H=0H=0 では ε<εF\varepsilon<\varepsilon_F がすべて占有されるので

N=0εF ⁣Ddε=2Lπ2mεF,U=0εF ⁣εDdε=2L3π2mεF3/2N=\int_0^{\varepsilon_F}\!D\,d\varepsilon=\frac{2L}{\pi\hbar}\sqrt{2m\varepsilon_F}, \qquad U=\int_0^{\varepsilon_F}\!\varepsilon D\,d\varepsilon=\frac{2L}{3\pi\hbar}\sqrt{2m}\,\varepsilon_F^{3/2}

となり、両者を比べて

U=13NεFU=\frac{1}{3}N\varepsilon_F

が答えです(三次元なら 35NεF\tfrac35N\varepsilon_F にあたる一次元版です)。kF=2mεF/k_F=\sqrt{2m\varepsilon_F}/\hbar とすれば N=2LkF/πN=2Lk_F/\pi、つまり kF=πn/2k_F=\pi n/2 です。

(b) T=0T=0 で磁場をかけると、μ=+μB\mu=+\mu_B(多数スピン)と μ=μB\mu=-\mu_B のバンドがそれぞれ μBH\mp\mu_BH だけずれます。各バンドの運動エネルギーのフェルミ端を ε±=2k±2/2m\varepsilon_\pm=\hbar^2k_\pm^2/2m、粒子数を N±=Lk±/πN_\pm=Lk_\pm/\pi とすると、化学ポテンシャルが共通であることから

ε+μBH=ε+μBHε+ε=2μBH\varepsilon_+-\mu_BH=\varepsilon_-+\mu_BH \quad\Longrightarrow\quad \varepsilon_+-\varepsilon_-=2\mu_BH

であり、粒子数の保存から k++k=2kFk_++k_-=2k_F です。ε+ε=22m(k+k)(k++k)\varepsilon_+-\varepsilon_-=\dfrac{\hbar^2}{2m}(k_+-k_-)(k_++k_-) に代入すると

k+k=2μBH2kF/m=μBHεFkFk_+-k_-=\frac{2\mu_BH}{\hbar^2k_F/m}=\frac{\mu_BH}{\varepsilon_F}k_F

となるので、磁化は

M=μB(N+N)L=μB(k+k)π=nμB2H2εFM=\frac{\mu_B(N_+-N_-)}{L}=\frac{\mu_B(k_+-k_-)}{\pi} =\frac{n\mu_B^2H}{2\varepsilon_F}

です(kF=πn/2k_F=\pi n/2 を使いました)。この式は少数スピンのバンドが空になるまで、つまり k0k_-\ge0 の間だけ成り立ちます。k=0k_-=0 のとき k+=2kFk_+=2k_Fε+=4εF\varepsilon_+=4\varepsilon_Fε=0\varepsilon_-=0 なので 2μBH=4εF2\mu_BH=4\varepsilon_F、すなわち μBH=2εF\mu_BH=2\varepsilon_F が境目です。まとめると

M={nμB22εFH(μBH2εF)nμB(μBH2εF)M=\begin{cases} \dfrac{n\mu_B^2}{2\varepsilon_F}H & (\mu_BH\le2\varepsilon_F)\\[2mm] n\mu_B & (\mu_BH\ge2\varepsilon_F) \end{cases}

が答えです。μBH=2εF\mu_BH=2\varepsilon_F で両式は M=nμBM=n\mu_B となって連続につながり、完全分極(全電子が同じスピン)に達します。

(c) H0H\to0 の極限をとると

χ=nμB22εF=NμB22LεF=μB2D(εF)L\chi=\frac{n\mu_B^2}{2\varepsilon_F}=\frac{N\mu_B^2}{2L\varepsilon_F}=\mu_B^2\frac{D(\varepsilon_F)}{L}

で、これが Pauli 常磁性です。設問(1)(f) の Curie 則 χ=nμB2/kBT\chi=n\mu_B^2/k_BTT0T\to0 で発散するのに対し、こちらは温度に依らない有限値にとどまります。

物理的な理由は Pauli 原理による縮退です。Boltzmann 統計ではすべての電子のスピンが独立に磁場の方を向けるので、1 個あたりの寄与 μB2/kBT\mu_B^2/k_BTNN 個分そのまま足し上がります。Fermi 統計では、フェルミ面から深いところにある電子はスピンを反転させると同じ運動量状態に同じスピンの電子が来てしまうため反転できません。スピンを向け変えられるのはフェルミ面から kBT\sim k_BTT=0T=0 では μBH\sim\mu_BH)の範囲にある電子だけで、その割合は kBT/εF\sim k_BT/\varepsilon_F です。有効な電子数 N(kBT/εF)N(k_BT/\varepsilon_F) を Curie 則に入れると

χNLkBTεFμB2kBT=nμB2εF\chi\sim\frac{N}{L}\frac{k_BT}{\varepsilon_F}\frac{\mu_B^2}{k_BT}=\frac{n\mu_B^2}{\varepsilon_F}

となって温度が落ち、Pauli の結果の桁が出ます。kBTk_BT が分子と分母で打ち消すことが、発散の消える理由です。kBTεFk_BT\gg\varepsilon_F の高温側では縮退が解けて Curie 則に戻ります。

第4問 ミュー原子の X 線と有限核半径

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負ミュオン μ\mu^- を標的中で静止させると、原子核のクーロン場に μ\mu^- が束縛されたミュー原子ができます。生成直後は高い励起状態にありますが、1012s10^{-12}\,\mathrm{s} 程度で X 線を放出して基底状態に落ちます。電子の影響は無視し、ミュー原子を「水素様原子」とみなします。与えられた数値は

me=0.511MeV/c2,mμ=106MeV/c2,mp=938MeV/c2,m_e=0.511\,\mathrm{MeV}/c^2,\quad m_\mu=106\,\mathrm{MeV}/c^2,\quad m_p=938\,\mathrm{MeV}/c^2, a0=0.529×1010m,E1s(H)=13.6eVa_0=0.529\times10^{-10}\,\mathrm{m},\quad E_{1s}(\mathrm{H})=13.6\,\mathrm{eV}

です。図 2 は炭素中でのミュオンの飛程を入射運動量の関数として両対数目盛で示したグラフ、図 3 はミュー原子 X 線のエネルギースペクトル(模式図)で、強いピーク A、B、C が見えており、B は 3d2p3d\to2p 遷移と与えられています。

水素様原子の準位は、換算質量を mm^* として

En=Z2n2mme×13.6eVE_n=-\frac{Z^2}{n^2}\frac{m^*}{m_e}\times13.6\,\mathrm{eV}

です。標的核は重いので mmμm^*\simeq m_\mu とみなせ、mμ/me=106/0.511=207m_\mu/m_e=106/0.511=207 から

Rμmme×13.6eV2.82keVR_\mu\equiv\frac{m^*}{m_e}\times13.6\,\mathrm{eV}\simeq2.82\,\mathrm{keV}

を「ミュオンの Rydberg エネルギー」として使います。

T=120MeVT=120\,\mathrm{MeV} のミュオンの全エネルギーは E=T+mμc2=226MeVE=T+m_\mu c^2=226\,\mathrm{MeV} なので、運動量は

pc=E2(mμc2)2=(226106)(226+106)MeV=120×332MeV=200MeVpc=\sqrt{E^2-(m_\mu c^2)^2}=\sqrt{(226-106)(226+106)}\,\mathrm{MeV} =\sqrt{120\times332}\,\mathrm{MeV}=200\,\mathrm{MeV}

です。図 2 で p=200MeV/cp=200\,\mathrm{MeV}/c を読むと、炭素中の飛程は約 16cm16\,\mathrm{cm} です。標的はその直後に置かれた薄板なので、減速材の厚さは飛程よりわずかに薄く、

d15cmd\simeq15\,\mathrm{cm}

程度に選べばよいことになります。飛程の統計的ゆらぎ(飛程分布の幅)は飛程の数 %\%、すなわち 1cm1\,\mathrm{cm} 弱なので、この程度の精度で厚さを合わせれば、ビームの大部分が薄い標的の中で止まります。厚すぎれば減速材の中で止まってしまい、薄すぎれば標的を通り抜けます。実際には薄板を重ねて厚さを 1cm1\,\mathrm{cm} 刻み程度で微調整し、標的の後方に置いたカウンターの計数が消えることで止まったことを確認します。

主量子数だけで決まる点電荷近似では、nnn\to n' 遷移のエネルギーは Z2Rμ(1/n21/n2)Z^2R_\mu\left(1/n'^2-1/n^2\right) です。B(3d2p3d\to2p)を基準にすると

E(43)E(32)=191161419=7/1445/36=720=0.35,E(21)E(32)=3/45/36=275=5.4\frac{E(4\to3)}{E(3\to2)}=\frac{\frac19-\frac1{16}}{\frac14-\frac19}=\frac{7/144}{5/36}=\frac{7}{20}=0.35, \qquad \frac{E(2\to1)}{E(3\to2)}=\frac{3/4}{5/36}=\frac{27}{5}=5.4

です。図 3 から読み取ると A 70keV\simeq70\,\mathrm{keV}、B 190keV\simeq190\,\mathrm{keV}、C 0.97MeV\simeq0.97\,\mathrm{MeV} なので

AB0.37 (0.35),CB5.1 (5.4)\frac{A}{B}\simeq0.37\ (\approx0.35),\qquad \frac{C}{B}\simeq5.1\ (\approx5.4)

となり、A は n=43n=4\to3、C は n=21n=2\to1 の遷移と同定できます。電気双極子遷移で、かつ次々に落ちてくる過程で最も強く出るのは角運動量が最大の「円軌道」どうしの遷移なので、

A:4f3d,C:2p1s\text{A}:4f\to3d,\qquad \text{C}:2p\to1s

と推測されます。C の比が予想値 5.45.4 よりやや小さいのは、後の設問(5) で述べる有限核半径の効果で 1s1s の束縛が弱まっているためです。実際、BB から決まる Z2Rμ=1.37MeVZ^2R_\mu=1.37\,\mathrm{MeV} を使うと 535\to397keV97\,\mathrm{keV}636\to3114keV114\,\mathrm{keV}424\to2257keV257\,\mathrm{keV}525\to2288keV288\,\mathrm{keV}3p1s3p\to1s1.22MeV1.22\,\mathrm{MeV}(有限核効果で 1.16MeV1.16\,\mathrm{MeV} 程度に下がる)となり、図 3 の A・B・C 以外の弱いピークの位置とよく対応します。

有限核半径の影響が小さい外側の遷移である B を使います。E(3d2p)=536Z2RμE(3d\to2p)=\tfrac{5}{36}Z^2R_\mu なので

Z2=365E(3d2p)Rμ=365×190keV2.82keV=4.9×102Z^2=\frac{36}{5}\frac{E(3d\to2p)}{R_\mu} =\frac{36}{5}\times\frac{190\,\mathrm{keV}}{2.82\,\mathrm{keV}}=4.9\times10^2

すなわち

Z22Z\simeq22

と推定されます。原子番号 22 はチタンです。A(4f3d4f\to3d)から同じ計算をすると Z2=(144/7)(70/2.82)=5.1×102Z^2=(144/7)(70/2.82)=5.1\times10^2Z23Z\simeq23 で、読み取り誤差の範囲で一致します。一方 C(2p1s2p\to1s)を点電荷の式に当てはめると Z2=(4/3)(970/2.82)=4.6×102Z^2=(4/3)(970/2.82)=4.6\times10^2Z21Z\simeq21 と小さめに出ます。1s1s は核の内部に大きく染み出しているため点電荷の式が使えず、ZZ の決定には BB のような外側の遷移を使うべきだということです。

Z=82Z=82A=208A=208(鉛)の場合です。水素様原子の 1s1s 軌道半径は

aμ=2mZe2=a0mem1Za_\mu=\frac{\hbar^2}{m^*Ze^2}=a_0\frac{m_e}{m^*}\frac{1}{Z}

です。換算質量は

m=mμMmμ+M,M=208×931.5MeV/c2=1.94×105MeV/c2m^*=\frac{m_\mu M}{m_\mu+M},\qquad M=208\times931.5\,\mathrm{MeV}/c^2=1.94\times10^5\,\mathrm{MeV}/c^2

から m=105.9MeV/c2m^*=105.9\,\mathrm{MeV}/c^2、すなわち me/m=4.82×103m_e/m^*=4.82\times10^{-3} なので

aμ=0.529×1010m×4.82×10382=3.1×1015m=3.1fma_\mu=0.529\times10^{-10}\,\mathrm{m}\times\frac{4.82\times10^{-3}}{82} =3.1\times10^{-15}\,\mathrm{m}=3.1\,\mathrm{fm}

です。一方、標的核の半径は R=r0A1/3R=r_0A^{1/3}r01.2fmr_0\simeq1.2\,\mathrm{fm})から

R=1.2×2081/3fm=1.2×5.93fm=7.1fmR=1.2\times208^{1/3}\,\mathrm{fm}=1.2\times5.93\,\mathrm{fm}=7.1\,\mathrm{fm}

です。したがって

aμ3fm<R7fma_\mu\simeq3\,\mathrm{fm}<R\simeq7\,\mathrm{fm}

で、ミュー原子の 1s1s 軌道半径は核半径より小さくなります。1s1s のミュオンは大部分の時間を原子核の内部で過ごしており、核を点電荷とみなす扱い自体が破綻しています。参考までに、この点電荷近似で 1s1s の束縛エネルギーを計算すると Z2Rμ=(82)2×2.82keV=19MeVZ^2R_\mu=(82)^2\times2.82\,\mathrm{keV}=19\,\mathrm{MeV} になりますが、実測は 10MeV10\,\mathrm{MeV} 程度で、半分近くまで小さくなります。

核内では電荷が広がっているため、ポテンシャルは Ze2/r-Ze^2/r より浅く(一様帯電球なら核内で放物線型に)なります。波動関数が核の内部に大きく染み出している状態ほど束縛が弱くなるので、影響を受ける順序は 1s2s2p>3p3d>1s\gg2s\sim2p>3p\sim3d>\cdots、つまり主量子数が小さく方位量子数が小さい準位ほど大きく持ち上がります。スペクトルには次のように現れます。

第一に、np1snp\to1s という K 系列の線が、点電荷の Z2Z^2 則から外挿した値より低いエネルギーに現れます。ずれは ZZ とともに急速に大きくなり(おおよそ Z4R2Z^4R^2 に比例)、鉛のような重い核では数 MeV\mathrm{MeV} に達します。図 3 の場合、外側の遷移 B から決めた Z2RμZ^2R_\mu で予想される 2p1s2p\to1s1.02MeV1.02\,\mathrm{MeV} ですが、実測の C は 0.97MeV0.97\,\mathrm{MeV}5%5\,\% ほど低い側にずれています。一方 A(4f3d4f\to3d)と B(3d2p3d\to2p)は核から遠い軌道どうしの遷移なので点電荷の予想とよく合います。つまり「外側の線は Z2Z^2 則に乗るが、K 線だけが低い方にずれる」という形で現れます。逆にこのずれの大きさから核の電荷半径を決めることができ、これがミュー原子分光による核半径測定の原理です。

第二に、同じ nn の中の \ell 縮退が解けます。点電荷クーロン場では 2s2s2p2p が縮退していますが、有限核半径では 2s2s の方が大きく持ち上がるので、3d2p3d\to2p3p2s3p\to2s は別の位置に現れます。ZZ が大きい場合はさらに微細構造(2p3/21s1/22p_{3/2}\to1s_{1/2}2p1/21s1/22p_{1/2}\to1s_{1/2})が分解して見え、K 線が二重線になります。

第三に、重い核では 1s1s にいるミュオンが核に吸収される確率が大きくなるため 1s1s 準位が寿命による幅をもち、K 線が自然幅で広がります。変形核ではさらに 2p2p 状態と核の回転励起が E2E2 相互作用で混ざる(動的超微細構造)ため、K 線が複数本に分裂します。いずれも「核が点電荷でない」ことの直接の現れです。

第5問 円筒面上の電子状態と原子の環の強結合近似

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炭素原子からなる原子スケールの半径をもつ円筒状の物質(カーボンナノチューブ)の電子状態を、二段構えで調べます。前半(設問(1)(2))は原子構造を無視し、質量 mm の電子が半径 rr の円筒面上を自由に運動する模型です。円筒の軸方向には長さ LL の周期的境界条件を課します。後半(設問(3)〜(5))は円周方向だけ原子の連なりを取り入れ、円周に沿って切り出した NN 原子からなる孤立した環を強結合近似で扱います。各原子に局在した基底波動関数を ϕn\phi_n、隣り合う原子間の飛び移りの行列要素を ϕnHϕ=t\langle\phi_n|\mathcal{H}|\phi_\ell\rangle=tt<0t<0)、原子のエネルギー準位を ε\varepsilon、格子定数を aa とします。電子のスピンは無視します。

円筒面上の位置を軸方向座標 zz と方位角 φ\varphi で表すと、面に沿った Laplacian は 2/z2+r22/φ2\partial^2/\partial z^2+r^{-2}\partial^2/\partial\varphi^2 なので、Schrödinger 方程式は

22m(2z2+1r22φ2)ψ(z,φ)=Eψ(z,φ)-\frac{\hbar^2}{2m}\left(\frac{\partial^2}{\partial z^2}+\frac{1}{r^2}\frac{\partial^2}{\partial\varphi^2}\right)\psi(z,\varphi)=E\psi(z,\varphi)

です。zzφ\varphi について変数分離でき、φ\varphi の一価性(φφ+2π\varphi\to\varphi+2\pi で同じ点)と zz 方向の周期的境界条件 ψ(z+L,φ)=ψ(z,φ)\psi(z+L,\varphi)=\psi(z,\varphi) から

ψn(z,φ)=12πrLeiknzeiφ,kn=2πnL (n=0,±1,±2,),=0,±1,±2,\psi_{n\ell}(z,\varphi)=\frac{1}{\sqrt{2\pi rL}}\,e^{ik_nz}\,e^{i\ell\varphi}, \qquad k_n=\frac{2\pi n}{L}\ (n=0,\pm1,\pm2,\dots),\quad \ell=0,\pm1,\pm2,\dots

が固有関数で、固有値は

En=22m(kn2+2r2)=22m[(2πnL)2+2r2]E_{n\ell}=\frac{\hbar^2}{2m}\left(k_n^2+\frac{\ell^2}{r^2}\right) =\frac{\hbar^2}{2m}\left[\left(\frac{2\pi n}{L}\right)^2+\frac{\ell^2}{r^2}\right]

です。0\ell\ne0 の準位は ±\pm\ell の 2 重縮退をもちます。円周方向の量子化エネルギー ε12/2mr2\varepsilon_1\equiv\hbar^2/2mr^2 は、rr が原子スケールなので大きく(r=0.5nmr=0.5\,\mathrm{nm}ε10.15eV\varepsilon_1\simeq0.15\,\mathrm{eV})、軸方向の間隔 2(2π/L)2/2m\hbar^2(2\pi/L)^2/2mLL が大きいので極めて小さいことに注意します。

まず長さ LL の直線上の自由電子です。周期的境界条件から許される波数は k=2πn/Lk=2\pi n/L で、間隔は 2π/L2\pi/L、したがって kk の単位区間あたりの状態数は L/2πL/2\pi です。E=2k2/2mE=\hbar^2k^2/2m に対して同じ EE を与える kkk=±2mE/k=\pm\sqrt{2mE}/\hbar の 2 つあるので、

D(E)dE=2×L2πdkdEdED(E)\,dE=2\times\frac{L}{2\pi}\left|\frac{dk}{dE}\right|dE

です。dk/dE=m/2E/dk/dE=\sqrt{m/2E}/\hbar を入れて

D(E)=Lπm2E=L2π2mE(E>0)D(E)=\frac{L}{\pi\hbar}\sqrt{\frac{m}{2E}}=\frac{L}{2\pi\hbar}\sqrt{\frac{2m}{E}} \qquad(E>0)

が答えです(スピンは無視。E<0E<0 では 00)。一次元では状態密度が E1/2E^{-1/2} で発散するのが特徴です。

円筒の場合、設問(1) の固有値は E=E+2k2/2mE=E_\ell+\hbar^2k^2/2mE=2ε1E_\ell=\ell^2\varepsilon_1ε1=2/2mr2\varepsilon_1=\hbar^2/2mr^2 と書けます。\ell を固定すると軸方向の運動は上の一次元問題そのものなので、各 \ell を「サブバンド」として足し上げれば

D(E)=L2π2m=θ(EE)EE,E=222mr2D(E)=\frac{L}{2\pi\hbar}\sqrt{2m}\sum_{\ell=-\infty}^{\infty} \frac{\theta(E-E_\ell)}{\sqrt{E-E_\ell}}, \qquad E_\ell=\frac{\hbar^2\ell^2}{2mr^2}

です(θ\theta は階段関数)。LrL\gg r のとき ε1\varepsilon_1 は軸方向の準位間隔よりはるかに大きいので、概形は次のようになります。E=0, ε1, 4ε1, 9ε1,E=0,\ \varepsilon_1,\ 4\varepsilon_1,\ 9\varepsilon_1,\dotsE=2ε1E_\ell=\ell^2\varepsilon_1)というサブバンドの底で (EE)1/2(E-E_\ell)^{-1/2} の発散(van Hove 特異点)が立ち、そこから EE が増えるにつれ (EE)1/2(E-E_\ell)^{-1/2} で減衰します。次の底に達すると新しい発散が重なるので、鋸歯状のスパイクが 2\ell^2 の間隔(1:4:9:161:4:9:16)で並ぶ形になります。0\ell\ne0 のスパイクは ±\pm\ell の縮退のため =0\ell=0 の 2 倍の重みをもちます。エネルギーが大きくなるとサブバンドの数が増え、平均値は二次元自由電子の一定値

D2D=m2π2×(2πrL)=mrL2D_{2\mathrm{D}}=\frac{m}{2\pi\hbar^2}\times(2\pi rL)=\frac{mrL}{\hbar^2}

に近づきます。

149E / eps1D(E)m r L / hbar^2l = 0l = +-1l = +-2l = +-3

3 原子の環では、基底 (ϕ1,ϕ2,ϕ3)(\phi_1,\phi_2,\phi_3)

H=(εtttεtttε)=(εt)I+tJ,J=(111111111)\mathcal{H}=\begin{pmatrix}\varepsilon & t & t\\ t & \varepsilon & t\\ t & t & \varepsilon\end{pmatrix} =(\varepsilon-t)I+tJ, \qquad J=\begin{pmatrix}1&1&1\\1&1&1\\1&1&1\end{pmatrix}

と書けます。JJ(1,1,1)(1,1,1) を固有値 33 で、それに直交する 2 次元空間を固有値 00 でもつので、固有エネルギーは

E=ε+2t,E=εtE=\varepsilon+2t,\qquad E=\varepsilon-t

です。前者は 1 重、後者は 2 重縮退です。固有ベクトルは前者が (1,1,1)/3(1,1,1)/\sqrt3、後者は (1,1,0)/2(1,-1,0)/\sqrt2(1,1,2)/6(1,1,-2)/\sqrt6 など(ncn=0\sum_nc_n=0 を満たす任意の 2 次元空間)です。t<0t<0 なので ε+2t\varepsilon+2t が最低エネルギーで、位相のそろった状態が基底状態になります。この 3 準位は次の設問の E(k)=ε+2tcoskaE(k)=\varepsilon+2t\cos kaN=3N=3k=0,±2π/3ak=0,\pm2\pi/3a を入れたもの(cos0=1\cos0=1cos(±2π/3)=1/2\cos(\pm2\pi/3)=-1/2)に一致します。

NN 原子の環では、H\mathcal{H} の非零要素は対角の ε\varepsilon と最近接の tt だけで、環なので添字は n+Nnn+N\equiv n と巡回的に同一視されます。固有値方程式 Hnc=Ecn\sum_\ell\mathcal{H}_{n\ell}c_\ell=Ec_n

εcn+t(cn1+cn+1)=Ecn\varepsilon c_n+t\,(c_{n-1}+c_{n+1})=Ec_n

です。cn=einkac_n=e^{inka} を代入すると cn±1=e±ikacnc_{n\pm1}=e^{\pm ika}c_n なので左辺は [ε+t(eika+eika)]cn\bigl[\varepsilon+t(e^{ika}+e^{-ika})\bigr]c_n となり、cnc_n に比例します。すなわち cneinkac_n\propto e^{inka} は確かに解であり(環の並進対称性の帰結です)、固有エネルギーは

E(k)=ε+2tcoskaE(k)=\varepsilon+2t\cos ka

です。kk の取り得る値は巡回条件 cn+N=cnc_{n+N}=c_n、つまり eiNka=1e^{iNka}=1 から

k=2πjNa(j=0,1,,N1)k=\frac{2\pi j}{Na}\qquad(j=0,1,\dots,N-1)

に限られます。π/a<kπ/a-\pi/a<k\le\pi/a の第一 Brillouin 帯に取り直せば jj の代わりに j=N/2+1,,N/2j=-N/2+1,\dots,N/2 と数えても同じで、独立な状態は全部で NN 個、基底の数と一致します。NaNa は環の全周長なので、kk の間隔 2π/(Na)2\pi/(Na) は周期的境界条件から出る通常の刻みです。t<0t<0 なのでバンドの底は k=0k=0E=ε+2tE=\varepsilon+2t)、頂上は k=±π/ak=\pm\pi/aE=ε2tE=\varepsilon-2t)で、バンド幅は 4t4|t| です。

NN が大きいと kk の刻みが細かくなり、ka1|k|a\ll1 の状態が存在します。そこで coska=112(ka)2+O(k4)\cos ka=1-\tfrac12(ka)^2+O(k^4) を使うと

E(k)=ε+2tta2k2+O(k4)=(ε+2t)+ta2k2+O(k4)E(k)=\varepsilon+2t-t\,a^2k^2+O(k^4) =(\varepsilon+2t)+|t|a^2k^2+O(k^4)

です(t<0t<0 なので t=t>0-t=|t|>0)。定数項 ε+2t\varepsilon+2t を別にすれば EEk2k^2 に比例し、自由電子の 2k2/2m\hbar^2k^2/2m^* と同じ形です。両者を比べて

22m=ta2m=22ta2=22ta2  (>0)\frac{\hbar^2}{2m^*}=|t|a^2 \qquad\Longrightarrow\qquad m^*=\frac{\hbar^2}{2|t|a^2}=-\frac{\hbar^2}{2ta^2}\;(>0)

が電子の質量に対応する量(有効質量)です。一般には 1/m=2d2E/dk21/m^*=\hbar^{-2}d^2E/dk^2 で定義され、ここでは k=0k=0 での値がこれになります。飛び移りが大きい(t|t| が大きい)ほど、また格子定数が大きいほど有効質量は小さく、電子は軽く振る舞います。バンド幅 4t4|t| が大きいほど軽いという直観と一致します。

第6問 真空排気系と平均自由行程

Section titled “第6問 真空排気系と平均自由行程”

図 1 は、ロータリー・ポンプ P1 と油拡散ポンプ P2 を組み合わせて測定槽 C を 104105Pa10^{-4}\sim10^{-5}\,\mathrm{Pa} 程度まで排気する装置です。S1、S2 はポンプの電源スイッチ、V1〜V5 は真空バルブ、W は給水バルブ、G1、G2 は真空計です。1Pa=1N/m2=7.5×103Torr1\,\mathrm{Pa}=1\,\mathrm{N/m^2}=7.5\times10^{-3}\,\mathrm{Torr} です。

図 1 の配管を読むと、P1 の吸気側から立ち上がった粗排気ラインに G1 が付き、そこから V3 が C へ、V2 が P2 の排気(背圧)側へ分岐しています。V4 は P2 の吸気側と C をつなぐ主バルブ、V1 と V5 はそれぞれ粗排気ラインと C を大気に開放するためのリークバルブ、W は P2 の冷却水です。設問(1) の初期状態は「S1、S2 は off、V1〜V5 と W はすべて閉」と解釈します(問題文の「V1〜V2」は V1〜V5 の意と取りました)。

C を排気するための操作を順に書きます。

  1. W を開く。P2 の冷却水を流す。目的は、拡散ポンプの筒壁を冷やして油蒸気を凝縮させ、油の熱分解と高真空側への蒸気の逆流を防ぐこと。ヒーターを入れる前に必ず水を流す。
  2. S1 を on にして P1 を起動する。粗排気の開始。
  3. V3 を開く。P1 で測定槽 C を大気圧から粗排気する(V2、V4 は閉のまま)。
  4. G1(Pirani 計などの熱伝導型真空計)で圧力を読み、110Pa1\sim10\,\mathrm{Pa}102101Torr10^{-2}\sim10^{-1}\,\mathrm{Torr})程度まで下がるのを確認する。ここまで下げれば拡散ポンプに引き継げる。
  5. V3 を閉じる。C を粗排気ラインから切り離す(この間 C はこの圧力を保持する)。
  6. V2 を開く。P1 で P2 の本体と背圧側を粗排気する。
  7. G1 で P2 の背圧が 1Pa1\,\mathrm{Pa}102Torr10^{-2}\,\mathrm{Torr})程度以下になったことを確認する。拡散ポンプは背圧が数十 Pa を超えると蒸気ジェットが保てないので、この確認が必要。
  8. S2 を on にして P2 のヒーターを入れる。油を沸騰させて蒸気ジェットを立てる。
  9. 203020\sim30 分待つ。油が所定の温度まで温まり、蒸気ジェットが定常になるのを待つ(この間 V4 は閉じたまま。ジェットが立つ前に V4 を開けると油蒸気が C に逆流する)。
  10. V4 を開く。C を拡散ポンプで本排気する。V2 は開いたままで、P1 が P2 の背圧を保持し続ける。
  11. G2(電離真空計)で C の真空度を読み、104105Pa10^{-4}\sim10^{-5}\,\mathrm{Pa}106107Torr10^{-6}\sim10^{-7}\,\mathrm{Torr})程度に達したことを確認する。

V1 と V5 はリークバルブなので、排気中は最後まで閉じたままにします。真空度のチェックは 2 か所で、拡散ポンプに切り替える前は G1 で 1Pa1\,\mathrm{Pa}102Torr10^{-2}\,\mathrm{Torr})のオーダー、最終的な到達真空度は G2 で 104105Pa10^{-4}\sim10^{-5}\,\mathrm{Pa}106107Torr10^{-6}\sim10^{-7}\,\mathrm{Torr})のオーダーです。

(a) 図 2(a) の記号を、外側の大円が固定シリンダー(d)、偏心して取り付けられた内側の円がローター(e、中心が g)、上から降りてローターに接している黒い縦棒が滑り板(j)、その左の小さな穴にある排気弁が k、右上から斜めに降りてくる管が吸気口(a)、左上の管が大気への排気口(m)、斜線部が油(b)、その上のばねが n、と読みました。ローターとシリンダーの接触部は円の右端(f)です。以上のもとで空欄は次のようになります。

番号
(1)d
(2)e
[3]偏心
[4]滑り板
(5)j
[6]バネ
(7)n
(8)f
[9]
(10)b
[11]空気
[12]吸気口
(13)a
(14)c
(15)h
[16]
(17)k
{18}\{18\}1.0×105×Vmin/V11.0\times10^5\times V_{\min}/V_1

{18}\{18\} の理由は次のとおりです。圧力 pp の気体が空間 (14) の体積 V1V_1 だけ取り込まれ、空間 (15) で体積 V2V_2 まで圧縮されると、Boyle の法則から圧力は pV1/V2pV_1/V_2 になります。これが 1 気圧 p01.0×105Pap_0\simeq1.0\times10^5\,\mathrm{Pa} を超えないと弁が開かず排出できないので、排出できる最小の pp、すなわち到達真空度は V2V_2 が最小値 VminV_{\min} をとるときの

pmin=p0VminV11.0×105×VminV1 [Pa]p_{\min}=p_0\frac{V_{\min}}{V_1}\simeq1.0\times10^5\times\frac{V_{\min}}{V_1}\ \mathrm{[Pa]}

です。語群のうち「真空」「排気口」「ポンプ」は使わず、記号のうち g(回転中心)と m(大気への排気口)は使いません。実際のポンプがこれの 1/10001/1000 に達するのは、油が死容積 VminV_{\min} を埋め尽くすまでしみ出しており、残留気体が体積 Vmin/1000\sim V_{\min}/1000 の泡にまで圧縮されて油とともに排出されるからで、これが「気密保持と潤滑のほかに油が果たす重要な役割」です。回転の向きが時計方向なので、接触部 f は回転につれて時計方向に移動し、滑り板 j の右側の空間 c は広がって気体を吸い込み(したがって c が (14))、左側から下を回る空間 h は狭まって圧縮を受けます(h が (15))。

(b)(i) 油拡散ポンプの動作原理は次のとおりです。底部にたまった油 D を電気ヒーター E で加熱して沸騰させ、生じた高温の油蒸気を中央の煙突を通して上昇させ、傘状のノズル C から下向き斜めに音速程度の速い蒸気流(ジェット)として噴出させます。吸気口 A から入ってきた気体分子は、このジェットの中に拡散して入り込み、油分子との衝突で下向き(排気側向き)の運動量を受け取って運ばれます。ジェットは水冷ジャケット B で冷やされた壁に当たって凝縮し、油は壁を流れ落ちて D に戻り、運ばれた気体だけが下部に押し込められて排気口 F から補助ポンプへ抜けていきます。ノズルを多段にしてあるのは、上段で高真空側の到達圧力を下げ、下段で高い背圧に耐えさせるためです。可動部がなく、気体を「一方向に運ぶ」だけなので、106Pa10^{-6}\,\mathrm{Pa} 台まで排気できます。

(ii) 拡散ポンプは気体を圧縮して大気圧まで押し出す能力がなく、背圧が数十 Pa を超えると蒸気ジェットが壊れて油蒸気が高真空側へ逆流してしまいます。そのため、大気圧からの粗排気と、運転中に背圧を 1Pa1\,\mathrm{Pa} 程度以下に保つ役目をロータリー・ポンプに受け持たせる必要があります。

(a) 気体分子を直径 dd の剛体球とすると、2 個の分子の中心が dd 以内に近づいたときに衝突するので衝突断面積は

σ=πd2\sigma=\pi d^2

です。速さ vv で動く 1 個の分子が時間 Δt\Delta t に掃く体積は σvrelΔt\sigma v_{\rm rel}\Delta t で、相手も動いているので相対速度の平均を使わなければなりません。Maxwell 分布では vrel=2v\langle v_{\rm rel}\rangle=\sqrt2\,\langle v\rangle なので、単位時間の衝突回数は 2nσv\sqrt2\,n\sigma\langle v\rangle、平均自由行程はその逆数に v\langle v\rangle を掛けて

=v2nσv=12πd2n\ell=\frac{\langle v\rangle}{\sqrt2\,n\sigma\langle v\rangle}=\frac{1}{\sqrt2\,\pi d^2n}

です。2\sqrt2 を落とすと =1/(πd2n)\ell=1/(\pi d^2n) で、これは相手を静止とみなした粗い評価にあたります。

(b) =1/(2πd2n)\ell=1/(\sqrt2\pi d^2n)nn について解き、理想気体の状態方程式 p=nkBTp=nk_BT を使うと

p=kBT2πd2p=\frac{k_BT}{\sqrt2\,\pi d^2\ell}

です。d=0.3nmd=0.3\,\mathrm{nm}T=300KT=300\,\mathrm{K}=1cm=102m\ell=1\,\mathrm{cm}=10^{-2}\,\mathrm{m} を代入すると

2πd2=1.41×3.14×(3.0×1010)2m2=4.0×1019m2\sqrt2\,\pi d^2=1.41\times3.14\times(3.0\times10^{-10})^2\,\mathrm{m^2}=4.0\times10^{-19}\,\mathrm{m^2} p=1.38×1023×3004.0×1019×102Pa=1.0Pap=\frac{1.38\times10^{-23}\times300}{4.0\times10^{-19}\times10^{-2}}\,\mathrm{Pa}=1.0\,\mathrm{Pa}

すなわち p1Pap\simeq1\,\mathrm{Pa}7.5×103Torr7.5\times10^{-3}\,\mathrm{Torr})です。数密度は n=2.5×1020m3n=2.5\times10^{20}\,\mathrm{m^{-3}} になります。「1Pa1\,\mathrm{Pa} で平均自由行程が 1cm1\,\mathrm{cm}」は真空技術の目安として覚えておくと便利で、設問(1) で拡散ポンプに切り替える圧力(1Pa1\,\mathrm{Pa} 程度)が、ちょうど配管の径と平均自由行程が同程度になって粘性流から分子流に移る境目にあたることを意味します。

第7問 細胞内拡散の時間スケールと能動輸送

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細胞内での拡散による物質輸送は、移動距離が短ければ他の生物的な反応より十分速いのに、距離が長くなると急激に遅くなります。真核細胞の典型的な大きさは 20μm20\,\mu\mathrm{m}、原核細胞(バクテリアなど)は 1μm1\,\mu\mathrm{m}、典型的なタンパク質の拡散定数は D=107cm2s1D=10^{-7}\,\mathrm{cm^2\,s^{-1}} とします。設問(2) では、長さ 1m1\,\mathrm{m} にもなる軸索の先端まで拡散で運ぶと約 1600 年かかるという事実を出発点に、真核細胞がもつ輸送のためのタンパク質系を問われています。

一次元拡散では、時間 tt の間の変位の二乗平均が

x2=2Dtt=x22D\langle x^2\rangle=2Dt \qquad\Longrightarrow\qquad t=\frac{x^2}{2D}

です。D=107cm2s1D=10^{-7}\,\mathrm{cm^2\,s^{-1}} を使うと、距離 xx を動くのに要する時間は次のようになります。原核細胞の大きさ x=1μm=104cmx=1\,\mu\mathrm{m}=10^{-4}\,\mathrm{cm} では

t=(104cm)22×107cm2s1=5×102st=\frac{(10^{-4}\,\mathrm{cm})^2}{2\times10^{-7}\,\mathrm{cm^2\,s^{-1}}}=5\times10^{-2}\,\mathrm{s}

で、約 0.05s0.05\,\mathrm{s} です。真核細胞の大きさ x=20μm=2×103cmx=20\,\mu\mathrm{m}=2\times10^{-3}\,\mathrm{cm} では

t=(2×103)22×107s=2×101st=\frac{(2\times10^{-3})^2}{2\times10^{-7}}\,\mathrm{s}=2\times10^{1}\,\mathrm{s}

で、約 20s20\,\mathrm{s} です(問題文は「細胞の大きさである 1μm1\,\mu\mathrm{m} だけ」と書いていますが、「それぞれの細胞のなかで」に合わせて両方の大きさについて答えました)。

tx2t\propto x^2 なので、大きさが 20 倍になると時間は 400 倍になります。バクテリアの 0.05s0.05\,\mathrm{s} は、酵素の回転速度(103102s10^{-3}\sim10^{-2}\,\mathrm{s} 程度)や遺伝子発現の時間(分)に比べれば十分速く、拡散だけで細胞内の輸送はまかなえます。ところが真核細胞の 20s20\,\mathrm{s} は多くのシグナル伝達や代謝の時間とすでに同程度で、拡散が律速になり始めます。設問(2) の x=1mx=1\,\mathrm{m} では t=5×1010s1.6×103t=5\times10^{10}\,\mathrm{s}\simeq1.6\times10^3 年となり、上の式で確かに 1600 年が出ます。

真核細胞が備えている、輸送のためのタンパク質のシステムを列記します。

  • 細胞骨格上を歩くモータータンパク質による能動輸送。微小管上のキネシンとダイニン、アクチン繊維上のミオシン(ミオシン V など)。
  • 膜で包んだ荷物を運ぶ小胞輸送(膜交通)。COPII/COPI 被覆小胞やクラスリン被覆小胞の形成、Rab GTPase による行き先の指定、SNARE による標的膜との融合。
  • 核と細胞質の間の輸送。核膜孔複合体と、インポーチン・エクスポーチン、および Ran GTPase の濃度勾配による方向づけ。
  • 膜を越えてオルガネラ内部へ入れる装置とシャペロン。小胞体の SRP と Sec61 トランスロコン、ミトコンドリアの TOM/TIM 複合体、Hsp70 による引き込み。
  • 細胞質そのものを動かす仕組み。細胞質流動やアクチン・微小管の流れに乗せた対流的な輸送。
  • タンパク質を運ぶ代わりに mRNA を目的地へ運んで現地で翻訳する仕組み(mRNA の局在化と局所翻訳)。

このうち、軸索輸送を担う微小管上のキネシンについて詳しく述べます。

レールは微小管です。α\alpha チューブリンと β\beta チューブリンのヘテロ二量体(長さ約 8nm8\,\mathrm{nm})が縦に重合したプロトフィラメント 13 本が筒状に並んだ、外径約 25nm25\,\mathrm{nm} の中空円筒で、二量体の向きがそろっているため構造的な極性(++ 端と - 端)をもちます。軸索では微小管の ++ 端が一様に末端(シナプス)側を向いて並んでおり、これが輸送の方向を決める道標になります。

モーターはキネシン(キネシン-1)です。2 本の重鎖と 2 本の軽鎖からなる四量体で、重鎖の N 末端側にモーター頭部(ATP 加水分解部位と微小管結合部位を兼ねる)、中央に 2 本の重鎖が巻き付いたコイルドコイルの茎、C 末端側と軽鎖が積み荷(小胞やオルガネラの受容体)と結合する尾部という構造をしています。2 つの頭部が交互に前の結合部位へ踏み出す hand-over-hand 機構で歩き、ATP 1 分子の加水分解につき 8nm8\,\mathrm{nm}(チューブリン二量体 1 個分)だけ ++ 端方向へ進みます。1 分子が微小管から外れずに数 μm\mu\mathrm{m} 以上歩き続ける(プロセッシビティが高い)ことが、長距離輸送に不可欠な性質です。発生する力は約 56pN5\sim6\,\mathrm{pN}、速度は 0.52μm/s0.5\sim2\,\mu\mathrm{m/s} です。ATP 加水分解の自由エネルギー約 80pNnm80\,\mathrm{pN\,nm} に対し、8nm×6pN=48pNnm8\,\mathrm{nm}\times6\,\mathrm{pN}=48\,\mathrm{pN\,nm} を仕事に変換しており、効率は 50 % 程度になります。

これで軸索の 1m1\,\mathrm{m} を運ぶ時間を見積もると、1μm/s1\,\mu\mathrm{m/s} なら

t=1m1μm/s=106st=\frac{1\,\mathrm{m}}{1\,\mu\mathrm{m/s}}=10^6\,\mathrm{s}

すなわち約 12 日で、拡散の 1600 年に対して 5 桁近く速くなります。拡散が tx2t\propto x^2 である一方、能動輸送は txt\propto x なので、距離が長くなるほど差が開きます。逆向き(末端から細胞体へ)の輸送は細胞質ダイニンが担い、ダイナクチン複合体を介して積み荷と結合します。キネシンとダイニンが同じ微小管上を逆向きに走り、両者の綱引きの結果として積み荷の行き先が決まります。

第8問 ヘリックス-コイル転移とタンパク質の熱変性

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前半はホモポリペプチド鎖のヘリックス-コイル転移をジッパーモデルで扱います。鎖の中に連続した 1 個のヘリックスセグメントだけが許され、各残基の統計重率は、コイル状態が 1、コイルに続くヘリックスが σs\sigma s、ヘリックスに続くヘリックスが ss です(σ\sigma が開始パラメータ、ss が伸張パラメータ)。鎖の末端はコイルにつながっているのと等価とします。

後半は球状タンパク質のアンフォールディング転移です。図 1 は U 状態の割合 ff の温度依存性で、ff325K325\,\mathrm{K} 付近で 0 から 1 へ急に立ち上がるシグモイド曲線です。図 2 は図 1 から得た平衡定数の対数 lnK\ln K1/T1/T に対してプロットしたファントホッフ(van’t Hoff)プロットで、直線ではなく上に凹の曲率をもち、1/T3.6×103K11/T\simeq3.6\times10^{-3}\,\mathrm{K^{-1}}T280KT\simeq280\,\mathrm{K})付近に極小があります。RR は気体定数です。

許されるコンフォメーションは、全部がコイルであるものと、長さ jj1jn1\le j\le n)の連続したヘリックスが 1 個だけあるものです。長さ jj のヘリックスの統計重率は、先頭の 1 残基が σs\sigma s、残り j1j-1 残基が ss なので

(σs)sj1=σsj(\sigma s)\cdot s^{\,j-1}=\sigma s^{\,j}

です(末端をコイルと等価とみなすので、鎖の端から始まるヘリックスにも同じ σ\sigma が付きます)。長さ jj のヘリックスを nn 残基の鎖に置く位置は、先頭の残基番号が 11 から nj+1n-j+1 までの nj+1n-j+1 通りあります。全コイルの重率は 1 なので、分配関数は

Z=1+σj=1n(nj+1)sjZ=1+\sigma\sum_{j=1}^{n}(n-j+1)\,s^{\,j}

と表されます。等比級数とその微分で和を実行すると、閉じた形は

Z=1+σsn+2(n+1)s2+ns(s1)2Z=1+\sigma\,\frac{s^{\,n+2}-(n+1)s^2+ns}{(s-1)^2}

です(n=1n=1Z=1+σsZ=1+\sigma sn=2n=2Z=1+σ(2s+s2)Z=1+\sigma(2s+s^2) となることで確かめられます)。ヘリックス含量は θ=(1/n)slnZ/s\theta=(1/n)\,s\,\partial\ln Z/\partial s から得られ、σ1\sigma\ll1(典型的には 10410310^{-4}\sim10^{-3})のため転移は s=1s=1 の近傍で起こりますが、その幅は σ\sqrt\sigma 程度にとどまり、有限の鋭さしかもちません。

物理的要因は、天然構造を安定化している相互作用の到達距離と次元、すなわち協同単位の大きさの違いです。

球状タンパク質の天然構造は、鎖上で遠く離れた残基どうしが三次元的に密にパックされて接触し、疎水性コアの形成、水素結合、van der Waals 接触が互いに支え合う三次元のネットワークをつくっています。構造の一部だけをほどこうとすると、その残基だけでなく空間的に接触している多数の残基との相互作用を同時に失い、しかも失われた表面が水にさらされます。つまり部分的にほどけた中間状態の自由エネルギーは N 状態と U 状態の両方より高くなり、転移領域では事実上存在できません。協同単位が分子全体に等しくなるので、各分子は N か U のどちらかしか取れない二状態転移になります。

合成ポリペプチド鎖のヘリックス構造を安定化しているのは、主鎖の ii 番目と i+4i+4 番目のあいだの水素結合という、鎖に沿って局所的な相互作用だけです。ヘリックスとコイルの境界を 1 つ作るコストは σ\sigma という有限の因子で済み、境界を作った後はヘリックス部分の長さを自由に変えられます。系は実質的に一次元で、相互作用が最近接に限られる一次元系には(有限の協同性はあっても)真の全か無の転移は起こりません。したがって転移領域ではヘリックス長がさまざまな分子が共存する多状態転移になります。

二状態転移 NU\mathrm{N}\rightleftharpoons\mathrm{U} では、各温度で U 状態の割合が ff、N 状態の割合が 1f1-f なので、平衡定数は

K=[U][N]=f1fK=\frac{[\mathrm{U}]}{[\mathrm{N}]}=\frac{f}{1-f}

です。図 1 の曲線から各温度の ff を読み取り、この式に入れれば K(T)K(T) が求まります。標準自由エネルギー変化はそこから

ΔG=RTlnK=RTln1ff\Delta G^{\circ}=-RT\ln K=RT\ln\frac{1-f}{f}

で得られます。f=1/2f=1/2 となる温度(図 1 から Tm325KT_m\simeq325\,\mathrm{K})では K=1K=1ΔG=0\Delta G^{\circ}=0 で、これが転移中点です。T<TmT<T_mΔG>0\Delta G^{\circ}>0(N が安定)、T>TmT>T_mΔG<0\Delta G^{\circ}<0(U が安定)です。ff が 0 や 1 に近い領域では KK の対数が読み取り誤差に敏感なので、実際には転移領域の ff を使います。

G=HTSG=H-TS(G/T)p=S(\partial G/\partial T)_p=-S から

(TGT)p=1T(GT)pGT2=STHTST2=HT2\left(\frac{\partial}{\partial T}\frac{G}{T}\right)_p =\frac{1}{T}\left(\frac{\partial G}{\partial T}\right)_p-\frac{G}{T^2} =-\frac{S}{T}-\frac{H-TS}{T^2} =-\frac{H}{T^2}

が成り立ちます(Gibbs–Helmholtz の式)。これを反応の標準量に適用すると

(TΔGT)p=ΔHT2\left(\frac{\partial}{\partial T}\frac{\Delta G^{\circ}}{T}\right)_p=-\frac{\Delta H}{T^2}

です。一方 ΔG=RTlnK\Delta G^{\circ}=-RT\ln K より ΔG/T=RlnK\Delta G^{\circ}/T=-R\ln K なので、左辺は R(lnK/T)p-R(\partial\ln K/\partial T)_p です。よって

ΔH=RT2(lnKT)p\Delta H=RT^2\left(\frac{\partial\ln K}{\partial T}\right)_p

となります。最後に d(1/T)=dT/T2d(1/T)=-dT/T^2、すなわち (1/T)=T2T\dfrac{\partial}{\partial(1/T)}=-T^2\dfrac{\partial}{\partial T} を使えば

ΔH=RlnK(1/T)\Delta H=-R\frac{\partial\ln K}{\partial(1/T)}

が示されます。ΔH\Delta HΔS\Delta S が温度に依らないと仮定していないことに注意してください。この式は各温度での接線の傾きから、その温度の ΔH\Delta H を与えます。

設問(4) の式から、ファントホッフプロットの接線の傾きが ΔH/R-\Delta H/R です。図 2 の曲線は 1/T1/T の増加につれて傾きが負から 0 に近づき、1/T3.6×103K11/T\simeq3.6\times10^{-3}\,\mathrm{K^{-1}} より先では正に転じています。したがって

ΔH=RlnK(1/T)\Delta H=-R\frac{\partial\ln K}{\partial(1/T)}

は温度の強い関数で、高温側では大きな正の値、温度を下げると小さくなり、T280KT\simeq280\,\mathrm{K} で 0 を横切って負になります。図 2 から傾きを読むと、T320KT\simeq320\,\mathrm{K}ΔH4×102kJmol1\Delta H\simeq4\times10^2\,\mathrm{kJ\,mol^{-1}}T285KT\simeq285\,\mathrm{K}ΔH8×101kJmol1\Delta H\simeq8\times10^1\,\mathrm{kJ\,mol^{-1}} 程度なので

ΔCp=(ΔHT)p4×1028×101320285 kJmol1K11×101kJmol1K1\Delta C_p=\left(\frac{\partial\Delta H}{\partial T}\right)_p\simeq\frac{4\times10^2-8\times10^1}{320-285}\ \mathrm{kJ\,mol^{-1}\,K^{-1}} \simeq1\times10^1\,\mathrm{kJ\,mol^{-1}\,K^{-1}}

という大きな正の値になります。曲率が上に凹であること自体が ΔCp>0\Delta C_p>0 を意味します。

この ΔCp\Delta C_p の大きさと符号が、天然構造を安定化している相互作用の正体を語ります。水素結合や van der Waals 接触の生成・切断は熱容量変化をほとんど伴いません。大きな正の ΔCp\Delta C_p を与えるのは、非極性の基が水にさらされる過程だけです。実際、アミノ酸の非極性側鎖を非極性溶媒中から水中へ移す移行の自由エネルギー ΔGtr\Delta G_{\rm tr} は正(水に溶けにくい)で、大きな正の ΔCp\Delta C_p を伴います。室温付近では ΔHtr0\Delta H_{\rm tr}\simeq0 あるいはわずかに負で、ΔGtr\Delta G_{\rm tr} の正の値はほとんど負のエントロピー項(非極性基のまわりに水分子が籠状に秩序化する)で説明されます。温度を上げるとこの水の秩序が壊れて TΔStr-T\Delta S_{\rm tr} が小さくなる一方 ΔHtr\Delta H_{\rm tr} が増大し、ΔGtr\Delta G_{\rm tr} は極大を通ります。すなわち疎水性相互作用は、強さも、エンタルピーとエントロピーの内訳も、温度に強く依存します。

アンフォールディングは、内部に埋もれていた非極性側鎖を水にさらす過程そのものです。したがってタンパク質の天然構造を安定化している主要な相互作用は、非極性側鎖を水から隔離する疎水性相互作用であり、その温度依存性が上の移行の自由エネルギーの温度依存性を反映して、ΔH\Delta H の温度変化(大きな ΔCp\Delta C_p)、すなわちファントホッフプロットの曲率として現れていると結論できます。

この結論には帰結があります。d2ΔG/dT2=ΔCp/T<0d^2\Delta G^{\circ}/dT^2=-\Delta C_p/T<0 なので ΔG(T)\Delta G^{\circ}(T) は上に凸の曲線になり、ある温度で極大をとってその両側で減少します。図 2 の極小(T280KT\simeq280\,\mathrm{K})は ΔH=0\Delta H=0 の温度で、そこで KK が最小、すなわち N 状態の割合が最大になります(ΔG\Delta G^{\circ} そのものの極大は ΔS=0\Delta S=0 の温度で、これとは少しずれます)。したがって温度を上げれば熱変性が起こるだけでなく、下げても再び U 側に傾く、いわゆる低温変性が起こります。図 2 の曲線が低温側で立ち上がっているのがこれに対応します。単一の温度で決めた ΔH\Delta H を温度に依らないと仮定してファントホッフプロットを直線で外挿してはいけない、というのが実務上の教訓です。

出典: 東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻 平成8年度 修士課程 入学試験問題 物理学。問題文は要約して引用しています。

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