平成12年度の一般教育科目は「数学・物理」の合冊で、数学3問と物理学3問の計6問すべてに解答する形式でした(平成11年8月24日実施、3時間)。この記事では冊子のうち数学の3問だけを扱います。第1問はベクトル解析の基本(渦なし場のスカラーポテンシャルと電気力線の族)、第2問は実対称行列の固有値問題とユニタリ変換・フロベニウスノルムの不変性、第3問はフーリエ変換と留数計算による熱伝導方程式のグリーン関数の構成です。いずれも物理でそのまま使う計算技術を問う標準的な出題で、第3問の ω 積分の極の位置と因果律の対応が唯一の考えどころです。
| 問題 | 分野 | 主題 |
|---|
| 第1問 | ベクトル解析・微分方程式 | 渦なし場のポテンシャルと場に沿う曲線群 |
| 第2問 | 線形代数 | 実対称行列の固有値・固有ベクトルとユニタリ変換 |
| 第3問 | フーリエ解析・複素解析 | 熱伝導方程式のグリーン関数 |
2次元のベクトル場 E(x,y)=(Ex(x,y),Ey(x,y)) を考えます。各成分は必要な階数まで微分可能とします。設問(1)では、グリーンの定理
∬S(∂x∂Ey−∂y∂Ex)dxdy=∮CE⋅dr=∮C(Exdx+Eydy)
(S は閉曲線 C の内部、線積分は反時計回り)を用いてよいとされています。場は全平面(単連結領域)で定義されているとして解きます。
∂x∂Ey−∂y∂Ex=0 が全域で成り立つとします。任意の閉曲線 C に対して、与えられたグリーンの定理から
∮CE⋅dr=∬S(∂x∂Ey−∂y∂Ex)dxdy=0
となります。したがって、2点を結ぶ線積分は経路によりません。実際、点 P0 から点 P に至る2つの経路 Γ1,Γ2 をとると、Γ1 と Γ2 の逆向きをつないだものは閉曲線ですから、∫Γ1E⋅dr−∫Γ2E⋅dr=0 です。
そこで基準点 (x0,y0) を固定し、
φ(x,y)=∫(x0,y0)(x,y)(Exdx′+Eydy′)
と定義すると、経路によらないので φ は (x,y) の一価関数として確定します。これが求めるスカラー場であることを確かめます。x 方向に Δx だけずらした点までの積分路として、(x,y) までの経路に線分 (x,y)→(x+Δx,y) を継ぎ足したものを選べば
φ(x+Δx,y)−φ(x,y)=∫xx+ΔxEx(x′,y)dx′
となり、Ex の連続性から積分の平均値の定理により右辺は Ex(ξ,y)Δx(ξ は x と x+Δx の間の点)と書けます。Δx→0 の極限で
∂x∂φ=Ex
を得ます。y 方向も同様に ∂φ/∂y=Ey です。よって E=gradφ=(∂x∂φ,∂y∂φ) と表せることが示されました。(証明終)
E=(x2−y2,−2xy) に対して
∂x∂Ey−∂y∂Ex=∂x∂(−2xy)−∂y∂(x2−y2)=−2y−(−2y)=0
となり、渦なしの条件が確認できます。設問(1)より φ が存在し、∂φ/∂x=x2−y2 を x で積分して
φ=3x3−xy2+f(y)
(f は y のみの関数)。これを ∂φ/∂y=−2xy に入れると −2xy+f′(y)=−2xy、すなわち f′(y)=0 で f は定数です。定数を落として、答えは
φ(x,y)=3x3−xy2(+const.)
です。検算として gradφ=(x2−y2,−2xy)=E が直ちに確かめられます。
曲線 ψ(x,y)=a 上の点における接線方向は、gradψ=(ψx,ψy) に直交します。接線が E と平行になる条件は、曲線に沿って dx:dy=Ex:Ey、すなわち
Eydx−Exdy=0⟺−2xydx−(x2−y2)dy=0
です。左辺が完全微分形かどうかを確かめると
∂y∂(−2xy)=−2x,∂x∂(−(x2−y2))=−2x
で一致するので完全形です。したがって ψx=−2xy、ψy=−(x2−y2) を満たす ψ が存在します。第1式を x で積分して ψ=−x2y+g(y)、第2式に代入すると −x2+g′(y)=−x2+y2 より g′(y)=y2、g=y3/3 です。符号を全体に掛け替えて(定数 a に吸収できます)、求める曲線群は
ψ(x,y)=x2y−3y3=a(a=const.)
です。これは複素関数 z3/3=3x3−3xy2+i(x2y−3y3) の実部が設問(2)の φ、虚部がこの ψ になっているという事実と整合します。正則関数の実部と虚部の等高線は直交するので、{ψ=a} は等ポテンシャル線 {φ=const.} と直交し、たしかに E=gradφ に沿う曲線(電気力線)の族になっています。検算として、ψ=x2y−y3/3 に対し gradψ=(2xy,x2−y2) と E=(x2−y2,−2xy) の内積は 2xy(x2−y2)−2xy(x2−y2)=0 で、確かに接線条件を満たします。
実対称行列
A=010111010
の固有値問題を解き、次にユニタリ行列(実直交行列)
X=2121021−210001
で変換した B=XAX+(X+ はエルミート共役)の固有値・固有ベクトルを求めます。最後に、エルミート行列 A=(aij) の固有値 αi について F=∑i=1n∣αi∣2 と G=∑i,j=1n∣aij∣2 の関係を調べます。
固有方程式は
det(A−λI)=−λ1011−λ101−λ=−λ{(1−λ)(−λ)−1}−{−λ}=−λ(λ2−λ−2)=−λ(λ−2)(λ+1)=0
なので、固有値は λ=0,2,−1 です。
λ=0: Av=0 の第1行から v2=0、第2行から v1+v3=0。規格化して
v0=2110−1.
λ=2: 第1行 −2v1+v2=0 より v2=2v1、第2行 v1−v2+v3=0 より v3=v1。第3行 v2−2v3=0 も満たされます。規格化して
v2=61121.
λ=−1: (A+I)v=0 の第1行 v1+v2=0、第3行 v2+v3=0 より v2=−v1、v3=v1。第2行 v1+2v2+v3=0 も満たされます。規格化して
v−1=311−11.
実対称行列の異なる固有値に属する固有ベクトルとして、3本が互いに直交していることも確認できます(例えば v2⋅v−1=(1−2+1)/18=0)。固有ベクトルは全体の位相(符号)の任意性を除いて上のとおりです。
X は実行列で X+=XT=X を満たし、さらに X2=I、すなわちユニタリです。ユニタリ変換 B=XAX+ は固有値を変えません。実際 Av=λv ならば
B(Xv)=XAX+Xv=XAv=λ(Xv)
であり、X はノルムを保つので Xv は規格化されたままです。よって B の固有値は A と同じ 0,2,−1 で、固有ベクトルは w=Xv から
w0=2121−21,w2=2313−12,w−1=31021
となります。それぞれノルムは 41+41+21=1、129+1+2=1、32+1=1 で規格化されています。参考までに B を陽に計算すると
B=XAX=23−2121−21−21−2121−210
で、たしかに実対称、TrB=1=TrA です。Bw0 を成分計算すると第1成分 43−41−21=0 などですべて 0 となり、固有ベクトルであることが直接確かめられます。
設問(1)の A に対して、固有値 0,2,−1 から
F=i=1∑3∣αi∣2=02+22+(−1)2=5
です。一方、成分は 1 が5個(a12,a21,a22,a23,a32)で残りは 0 ですから
G=i,j=1∑3∣aij∣2=5
となり、F=G=5 です。
一般のエルミート行列 A に対して、つねに F=G が成り立ちます。証明します。まず
G=i,j∑∣aij∣2=i,j∑aijaij∗=i,j∑aij(A+)ji=Tr(AA+)
です。エルミート性 A+=A より G=Tr(A2) となります。エルミート行列はユニタリ行列 U で対角化できます: A=UDU+、D=diag(α1,…,αn)。トレースの巡回性から
G=Tr(A2)=Tr(UD2U+)=Tr(D2)=i=1∑nαi2
であり、エルミート行列の固有値は実数なので αi2=∣αi∣2、したがって
G=i=1∑n∣αi∣2=F
です。つまり G=Tr(AA+)(フロベニウスノルムの2乗)はユニタリ変換で不変な量で、エルミート行列では固有値の2乗和に一致します。設問(3)の F=G=5 はこの一般関係の具体例です。(証明終)
時刻 t=0 に x=0 で強さ 1 の熱を加えたときの1次元の熱伝導を、方程式
(κ2∂x2∂2−∂t∂)G(x,t)=−δ(x)δ(t)(κ は正定数)
の解 G(x,t) で記述します。δ(x) はディラックのデルタ関数で、初期条件は t=−∞ で G=0(熱を加える前は何もない、という因果律)です。フーリエ変換 g(k,ω) を
G(x,t)=(2π)21∫−∞∞∫−∞∞g(k,ω)ei(kx−ωt)dkdω
で定義します。
デルタ関数のフーリエ表示
δ(x)δ(t)=(2π)21∫−∞∞∫−∞∞ei(kx−ωt)dkdω
を使います。G の表示式を方程式に代入すると、ei(kx−ωt) への微分は ∂2/∂x2→(ik)2=−k2、∂/∂t→−iω の掛け算になるので、被積分関数を比較して
(−κ2k2+iω)g(k,ω)=−1
が g の満たすべき方程式です。これを解いて、答えは
g(k,ω)=κ2k2−iω1
です。
g を表示式に戻し、先に ω 積分を実行します。
G(x,t)=(2π)21∫−∞∞dkeikx∫−∞∞dωκ2k2−iωe−iωt=(2π)21∫−∞∞dkeikx∫−∞∞dωω+iκ2k2ie−iωt
被積分関数の極は ω=−iκ2k2 で、複素 ω 平面の下半平面(虚軸の負側)にあります。
t>0 のとき、e−iωt は Imω<0 で減衰するので、積分路を下半平面の大きな半円で閉じます(ジョルダンの補題により半円上の寄与は消えます)。周回は時計回りなので留数の −2πi 倍となり、
∫−∞∞dωω+iκ2k2ie−iωt=−2πi⋅ie−i(−iκ2k2)t=2πe−κ2k2t
です。t<0 のときは上半平面で閉じますが、そこに極はないので積分は 0 です。これは初期条件(t<0 で G=0)と整合し、極を下半平面に置く g の形が因果律を担っていることが分かります。ヘヴィサイドの階段関数 θ(t) を使ってまとめると
G(x,t)=2πθ(t)∫−∞∞dkeikx−κ2k2t
です。
t>0 として残った k 積分はガウス積分です。指数を平方完成すると
ikx−κ2tk2=−κ2t(k−2κ2tix)2−4κ2tx2
なので、α=κt(k−2κ2tix) と置換し(積分路は実軸から平行移動しますが、被積分関数が正則で遠方で消えるため値は変わりません)、与えられた公式 ∫−∞∞e−α2dα=π を使うと
∫−∞∞dkeikx−κ2k2t=e−4κ2tx2⋅κt1∫−∞∞e−α2dα=κ2tπe−4κ2tx2
となります。したがって、答えは
G(x,t)=2κπtθ(t)exp(−4κ2tx2)
です。これは拡散係数 κ2 の熱核で、幅が 2κt で広がるガウス分布です。検算として、t>0 で全空間にわたる積分は
∫−∞∞G(x,t)dx=2κπt1⋅2κt⋅π=1
となり、時刻 0 に加えた強さ 1 の熱が保存されていることが確認できます。また t→0+ でこのガウス分布は δ(x) に収束し、初期条件とも整合します。
出典: 東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻 平成12年度 修士課程 入学試験問題 一般教育科目(数学・物理)のうち数学。問題文は要約して引用しています。
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