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相対論的量子力学:Klein–Gordon 方程式、Dirac 方程式の共変性、Pauli 方程式、水素原子の Dirac 解

対象読者: 角運動量とスピン、本テーマの最小結合(電磁場中の荷電粒子)、特殊相対論の4元運動量とローレンツ変換を学んだ学部上級生。場の量子論は仮定しません。

前提となる記事:角運動量とスピン:交換関係から固有値・パウリ行列・合成則を導く、相対論的力学:4元運動量が語る E=mc² の意味、電磁場中の荷電粒子:最小結合、Landau 準位、Aharonov–Bohm 効果、Zeeman・Stark 効果と微細構造

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電子が光速に近い速さで動くとき、普通の Schrödinger 方程式だけでは正確に扱えません。この記事の問いは、量子力学と特殊相対性理論を矛盾なく両立させる波動方程式はどんな形か、です。素朴に作ると確率が負になってしまうという失敗が起き、それを直す過程で、電子のスピンと磁気モーメントの大きさが方程式から自然に出てきます。読み終えると、Dirac 方程式がなぜ 4 成分になるのか、水素原子の微細構造の公式がどう厳密に導かれるのかを、順を追って説明できるようになります。

  • 相対論的なエネルギー・運動量の関係 E2=p2c2+m2c4E^2=p^2c^2+m^2c^4 に E→iℏ∂tE\to i\hbar\partial_t、p→−iℏ∇\boldsymbol{p}\to-i\hbar\nabla を代入すると Klein–Gordon 方程式です。時間について 2 階なので、保存する密度 ρ\rho が正値になりません。確率としては使えません。
  • 時間についても 1 階の方程式 iℏ∂tψ=(c α⋅p+βmc2)ψi\hbar\partial_t\psi=(c\,\boldsymbol{\alpha}\cdot\boldsymbol{p}+\beta mc^2)\psi を求めると、αi,β\alpha_i,\beta は反交換関係(AB+BAAB+BA についての関係){αi,αj}=2δij\{\alpha_i,\alpha_j\}=2\delta_{ij} などを満たす行列でなければならず、その最小の次元は 44 です。これが Dirac 方程式で、ψ\psi は 4 成分のスピノル(4 つの複素数を縦に並べた波動関数)です。
  • Dirac 方程式は ψ′(x′)=S(Λ)ψ(x)\psi'(x')=S(\Lambda)\psi(x) という変換のもとで形を変えません(共変性。座標を取り替えても方程式の形が同じということ)。ψˉγμψ\bar\psi\gamma^\mu\psi は 4 元ベクトルで、その時間成分 ψ†ψ≥0\psi^\dagger\psi\ge0 は正値の確率密度です。
  • 電磁場がある場合、非相対論的極限は Pauli 方程式 iℏ∂tu=[π22m−qℏ2mσ⋅B+qϕ]ui\hbar\partial_tu=\left[\frac{\pi^2}{2m}-\frac{q\hbar}{2m}\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{B}+q\phi\right]u で、スピンの g=2g=2 が自然に出ます。
  • クーロン場の中の Dirac 方程式は厳密に解けて、Enj=mc2[1+(Zα)2(n−δj)2]−1/2E_{nj}=mc^2\left[1+\frac{(Z\alpha)^2}{(n-\delta_j)^2}\right]^{-1/2} となります。α\alpha で展開すると、水素の微細構造の公式に一致します。

1. 動機:Schrödinger 方程式はなぜ相対論的でないか

Section titled “1. 動機:Schrödinger 方程式はなぜ相対論的でないか”

シュレーディンガー方程式は、時間について 1 階、空間について 2 階の方程式です。ローレンツ変換は時間と空間を混ぜるので、この非対称な形は変換のもとで保たれません。それだけではなく、自由粒子のエネルギー p2/2mp^2/2m は、粒子の速さが光速に近づくと相対論的な p2c2+m2c4−mc2\sqrt{p^2c^2+m^2c^4}-mc^2 から大きくずれます。水素原子では電子の速さは αc≈c/137\alpha c\approx c/137 にすぎないので、ずれは α2∼5×10−5\alpha^2\sim5\times10^{-5} の程度です。しかしそれがちょうど、電磁場中の荷電粒子で見た微細構造を作っていました。スピンと、それに伴う磁気モーメントの g=2g=2 も、非相対論的な量子力学では実験事実として導入するしかありませんでした(定義 5.1[角運動量とスピン])。

そこで、特殊相対性理論(エネルギー・運動量関係式(定理 4.4)[相対論的力学])と量子力学を整合させる方程式を探します。この章はその探求の歴史的な順序をたどります。最初の候補(Klein–Gordon 方程式)は確率解釈に失敗し、次の候補(Dirac 方程式)がスピンを自動的に含み、水素原子の準位を厳密に再現します。同時に、負エネルギー状態という新しい問題を生みます。この問題は多粒子の場の量子論(場の量子論の動機)で解決されます。この章の最後で、その問題が顔を出す Klein のパラドックスを見ます。

記法を確認しておきます。計量は gμν=diag(+1,−1,−1,−1)g_{\mu\nu}=\mathrm{diag}(+1,-1,-1,-1)(一般相対性理論の記事は (−,+,+,+)(-,+,+,+) を採っているので、混同しないようにしてください)、座標は xμ=(ct,x)x^\mu=(ct,\boldsymbol{x})、∂μ=∂/∂xμ\partial_\mu=\partial/\partial x^\mu です。パウリ行列は σi\sigma_i(命題 5.2[角運動量とスピン])、11 は単位行列で、ℏ\hbar と cc はこの節まで明示します。

定義 2.1(Klein–Gordon 方程式)↗

質量 mm の自由粒子の波動関数 ψ(x)\psi(x)(スカラー)が従う方程式

(1c2∂2∂t2−∇2+m2c2ℏ2)ψ=0,すなわち(□+m2c2ℏ2)ψ=0\left(\frac{1}{c^2}\frac{\partial^2}{\partial t^2}-\nabla^2+\frac{m^2c^2}{\hbar^2}\right)\psi=0,\qquad\text{すなわち}\quad\left(\Box+\frac{m^2c^2}{\hbar^2}\right)\psi=0

を Klein–Gordon 方程式 という。□=∂μ∂μ\Box=\partial_\mu\partial^\mu はローレンツ不変なので、この方程式は ψ′(x′)=ψ(x)\psi'(x')=\psi(x) という変換のもとで共変である。

平面波 ψ=ei(k⋅x−ωt)\psi=e^{i(\boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{x}-\omega t)} を代入すると ω2=c2k2+m2c4/ℏ2\omega^2=c^2k^2+m^2c^4/\hbar^2、つまり ℏω=±ℏ2c2k2+m2c4\hbar\omega=\pm\sqrt{\hbar^2c^2k^2+m^2c^4} です。負のエネルギーの解が自然に現れます。 これは E2E^2 の方程式を EE に戻すときの符号の不定性で、取り除けません。

命題 2.2(Klein–Gordon 方程式の保存則と密度の符号)✓

ψ\psi が Klein–Gordon 方程式の解のとき、

jμ=iℏ2m(ψˉ ∂μψ−ψ ∂μψˉ)j^\mu=\frac{i\hbar}{2m}\left(\bar\psi\,\partial^\mu\psi-\psi\,\partial^\mu\bar\psi\right)

は ∂μjμ=0\partial_\mu j^\mu=0 を満たす。密度 ρ=j0/c\rho=j^0/c は、平面波 ψ=Aei(k⋅x−ωt)\psi=Ae^{i(\boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{x}-\omega t)} では ρ=ℏωmc2∣A∣2\rho=\dfrac{\hbar\omega}{mc^2}|A|^2 で、ω<0\omega<0 の解では負になる。

証明(命題 2.2)

∂μjμ=iℏ2m(ψˉ□ψ−ψ□ψˉ)\partial_\mu j^\mu=\dfrac{i\hbar}{2m}\left(\bar\psi\Box\psi-\psi\Box\bar\psi\right) で(∂μψˉ ∂μψ\partial_\mu\bar\psi\,\partial^\mu\psi の項は互いに打ち消す)、Klein–Gordon 方程式とその複素共役 □ψ=−μ2ψ\Box\psi=-\mu^2\psi、□ψˉ=−μ2ψˉ\Box\bar\psi=-\mu^2\bar\psi(μ=mc/ℏ\mu=mc/\hbar)から ψˉ□ψ−ψ□ψˉ=−μ2∣ψ∣2+μ2∣ψ∣2=0\bar\psi\Box\psi-\psi\Box\bar\psi=-\mu^2|\psi|^2+\mu^2|\psi|^2=0 です。平面波では ∂0ψ=1c∂tψ=−iωcψ\partial^0\psi=\dfrac{1}{c}\partial_t\psi=-\dfrac{i\omega}{c}\psi なので、j0=iℏ2m(−iωc−iωc)∣A∣2=ℏωmc∣A∣2j^0=\dfrac{i\hbar}{2m}\left(-\dfrac{i\omega}{c}-\dfrac{i\omega}{c}\right)|A|^2=\dfrac{\hbar\omega}{mc}|A|^2 です。

保存則はあるものの、ρ\rho は正値ではありません。確率密度として解釈できないのが、Klein–Gordon 方程式をそのまま電子の波動方程式にできない理由の 1 つです。原因は、方程式が時間について 2 階で、初期条件として ψ\psi と ∂tψ\partial_t\psi の両方が自由に与えられるため、ρ\rho が ψ∂tψˉ\psi\partial_t\bar\psi の形に依存することにあります。後の場の量子論では、この ρ\rho を 電荷 の密度と読み替えることで意味を回復します。

命題 2.3(非相対論的極限)✓

ψ=e−imc2t/ℏφ\psi=e^{-imc^2t/\hbar}\varphi と置くと、Klein–Gordon 方程式は iℏ ∂tφ=−ℏ22m∇2φ+ℏ22mc2∂t2φi\hbar\,\partial_t\varphi=-\dfrac{\hbar^2}{2m}\nabla^2\varphi+\dfrac{\hbar^2}{2mc^2}\partial_t^2\varphi と同値である。最後の項を落とすと(∣iℏ∂tφ∣≪mc2∣φ∣|i\hbar\partial_t\varphi|\ll mc^2|\varphi| のとき)自由なシュレーディンガー方程式になる。

証明(命題 2.3)

∂t2ψ=e−imc2t/ℏ(∂t2φ−2imc2ℏ∂tφ−m2c4ℏ2φ)\partial_t^2\psi=e^{-imc^2t/\hbar}\left(\partial_t^2\varphi-\dfrac{2imc^2}{\hbar}\partial_t\varphi-\dfrac{m^2c^4}{\hbar^2}\varphi\right) なので、方程式に代入すると m2c2/ℏ2m^2c^2/\hbar^2 の項が相殺し、1c2∂t2φ−2imℏ∂tφ−∇2φ=0\dfrac{1}{c^2}\partial_t^2\varphi-\dfrac{2im}{\hbar}\partial_t\varphi-\nabla^2\varphi=0 を得ます。両辺に ℏ2/2m\hbar^2/2m を掛けて整理すれば主張です。

時間について 1 階の方程式を作れば、ρ=ψ†ψ\rho=\psi^\dagger\psi が正値で、保存することも期待できます。ただし相対論的に正しい分散関係 E2=p2c2+m2c4E^2=p^2c^2+m^2c^4 は保ちたい。つまり、次の形を探します。

iℏ∂ψ∂t=HDψ,HD=c α⋅p+βmc2i\hbar\frac{\partial\psi}{\partial t}=H_D\psi,\qquad H_D=c\,\boldsymbol{\alpha}\cdot\boldsymbol{p}+\beta mc^2

ここで α1,α2,α3,β\alpha_1,\alpha_2,\alpha_3,\beta は ψ\psi に作用する d×dd\times d のエルミート行列です。この方程式がすべての成分で Klein–Gordon 方程式を含意するには、HD2=(c2p2+m2c4) 1H_D^2=(c^2p^2+m^2c^4)\,1 が必要です。理由は、方程式を 2 回使うと −ℏ2∂t2ψ=HD2ψ-\hbar^2\partial_t^2\psi=H_D^2\psi となり、これが E2=p2c2+m2c4E^2=p^2c^2+m^2c^4 から作った Klein–Gordon 方程式と一致するためには、HD2H_D^2 が c2p2+m2c4c^2p^2+m^2c^4 に等しくなければならないからです。p\boldsymbol{p} の成分は可換なので、左辺を展開すると

HD2=c2∑i,jαiαjpipj+mc3∑i(αiβ+βαi)pi+β2m2c4=c2∑iαi2pi2+c2∑i<j{αi,αj}pipj+⋯H_D^2=c^2\sum_{i,j}\alpha_i\alpha_jp_ip_j+mc^3\sum_i\left(\alpha_i\beta+\beta\alpha_i\right)p_i+\beta^2m^2c^4=c^2\sum_i\alpha_i^2p_i^2+c^2\sum_{i<j}\{\alpha_i,\alpha_j\}p_ip_j+\cdots

となり、これが c2p2+m2c4c^2p^2+m^2c^4 に一致するための条件は次のとおりです。

定義 3.1(Dirac 代数)↗

エルミート行列 α1,α2,α3,β\alpha_1,\alpha_2,\alpha_3,\beta が Dirac 代数 を満たすとは、

αi2=β2=1,{αi,αj}=2δij,{αi,β}=0\alpha_i^2=\beta^2=1,\qquad\{\alpha_i,\alpha_j\}=2\delta_{ij},\qquad\{\alpha_i,\beta\}=0

が成り立つことをいう。すなわち、この 4 個の行列は互いに反交換し、2 乗は 11 である。

定理 3.2(Dirac 行列の次元)✓

Dirac 代数を満たす d×dd\times d 行列が存在するなら、dd は偶数で d≥4d\ge4 である。d=4d=4 では実際に存在し、たとえば Dirac 表示

β=(100−1),αi=(0σiσi0)\beta=\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix},\qquad\alpha_i=\begin{pmatrix}0&\sigma_i\\\sigma_i&0\end{pmatrix}

(各ブロックは 2×22\times2)がそうである。

証明(定理 3.2)

偶数性。 4 個の行列 Γa∈{α1,α2,α3,β}\Gamma_a\in\{\alpha_1,\alpha_2,\alpha_3,\beta\} について、Γb≠Γa\Gamma_b\neq\Gamma_a を 1 つ選ぶと Γa=−ΓbΓaΓb\Gamma_a=-\Gamma_b\Gamma_a\Gamma_b(反交換と Γb2=1\Gamma_b^2=1)なので tr Γa=−tr(ΓbΓaΓb)=−tr Γa\mathrm{tr}\,\Gamma_a=-\mathrm{tr}(\Gamma_b\Gamma_a\Gamma_b)=-\mathrm{tr}\,\Gamma_a、すなわち tr Γa=0\mathrm{tr}\,\Gamma_a=0 です。Γa2=1\Gamma_a^2=1 から固有値は ±1\pm1 で、トレースが 00 なので +1+1 と −1-1 が同数あり、dd は偶数です。

d≥4d\ge4。 4 個の Γa\Gamma_a は 1 次独立です。∑acaΓa=0\sum_ac_a\Gamma_a=0 に左から Γb\Gamma_b を掛けてトレースを取ると、a≠ba\ne b では tr(ΓbΓa)=−tr(ΓaΓb)\mathrm{tr}(\Gamma_b\Gamma_a)=-\mathrm{tr}(\Gamma_a\Gamma_b) より tr(ΓbΓa)=0\mathrm{tr}(\Gamma_b\Gamma_a)=0 なので、cbd=0c_bd=0、すなわち cb=0c_b=0 です。d=2d=2 だと、トレースレスなエルミート 2×22\times2 行列の空間は 3 次元(σ1,σ2,σ3\sigma_1,\sigma_2,\sigma_3 が基底)なので、4 個の 1 次独立な元を含めません。したがって d≥4d\ge4 です。

存在。 Dirac 表示で αi2=diag(σi2,σi2)=1\alpha_i^2=\mathrm{diag}(\sigma_i^2,\sigma_i^2)=1、{αi,αj}=diag({σi,σj},{σi,σj})=2δij\{\alpha_i,\alpha_j\}=\mathrm{diag}(\{\sigma_i,\sigma_j\},\{\sigma_i,\sigma_j\})=2\delta_{ij}(命題 5.2[角運動量とスピン])、αiβ=(0−σiσi0)=−βαi\alpha_i\beta=\begin{pmatrix}0&-\sigma_i\\\sigma_i&0\end{pmatrix}=-\beta\alpha_i です。

4 次元の既約表現(これ以上ブロックに分けられない表現)はユニタリ同値(基底のユニタリな取り替え)を除いて一意であること(Pauli の基本定理)が知られています。以後 Dirac 表示を用います。

定義 3.3(Dirac 方程式)↗

ψ:R1+3→C4\psi:\mathbb{R}^{1+3}\to\mathbb{C}^4(Dirac スピノル)に対する方程式

iℏ∂ψ∂t=HD ψ,HD=c α⋅p+βmc2i\hbar\frac{\partial\psi}{\partial t}=H_D\,\psi,\qquad H_D=c\,\boldsymbol{\alpha}\cdot\boldsymbol{p}+\beta mc^2

を Dirac 方程式、HDH_D を Dirac ハミルトニアン という。L2(R3;C4)L^2(\mathbb{R}^3;\mathbb{C}^4) 上で p=−iℏ∇\boldsymbol{p}=-i\hbar\nabla とする。

定理 3.4(自由な Dirac 粒子のスペクトル)✓

波数 k\boldsymbol{k} の平面波 ψ=u eik⋅x\psi=u\,e^{i\boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{x}} に対して、HDH_D は 4×44\times4 エルミート行列 h(k)=ℏc α⋅k+βmc2h(\boldsymbol{k})=\hbar c\,\boldsymbol{\alpha}\cdot\boldsymbol{k}+\beta mc^2 になる。h(k)h(\boldsymbol{k}) の固有値は ±Ek\pm E_k、Ek=ℏ2c2k2+m2c4E_k=\sqrt{\hbar^2c^2k^2+m^2c^4} で、それぞれ 2 重に縮退する。したがって HDH_D のスペクトルは (−∞,−mc2]∪[mc2,∞)(-\infty,-mc^2]\cup[mc^2,\infty) であり、正のエネルギー側は 2 重のスピンの自由度を持つ。

証明(定理 3.4)

Dirac 代数により h(k)2=ℏ2c2k2+m2c4=Ek2h(\boldsymbol{k})^2=\hbar^2c^2k^2+m^2c^4=E_k^2 ですから、固有値は ±Ek\pm E_k のいずれかです。tr h(k)=0\mathrm{tr}\,h(\boldsymbol{k})=0(各 Γa\Gamma_a がトレースレス)なので、+Ek+E_k と −Ek-E_k の重複度は等しく、ともに 22 です。k\boldsymbol{k} を動かしたときの和集合として、L2L^2 上のスペクトル(フーリエ変換で h(k)h(\boldsymbol{k}) の直積分になる)は、Ek≥mc2E_k\ge mc^2 を走る ±Ek\pm E_k の閉包で、主張の集合です。

負エネルギーのスペクトルが現れること自体は Klein–Gordon 方程式と同じですが、Dirac 方程式では確率が正値になります。

+mc²−mc²E = +E_k(正のエネルギー)E = −E_k(負のエネルギー)ギャップk
自由な Dirac 粒子の分散関係。エネルギーが正の枝と負の枝の 2 本があり、間のギャップ(エネルギーの絶対値が mc² 未満)には状態がない。破線は光速で進む粒子に対応する漸近線

命題 3.5(確率密度の保存と正値性)✓

Dirac 方程式の解は、ρ=ψ†ψ≥0\rho=\psi^\dagger\psi\ge0 と j=c ψ†αψ\boldsymbol{j}=c\,\psi^\dagger\boldsymbol{\alpha}\psi に対して ∂tρ+∇⋅j=0\partial_t\rho+\nabla\cdot\boldsymbol{j}=0 を満たす。

証明(命題 3.5)

方程式を ∂tψ=−cαi∂iψ−imc2ℏβψ\partial_t\psi=-c\alpha_i\partial_i\psi-\dfrac{imc^2}{\hbar}\beta\psi、その随伴を ∂tψ†=−c ∂iψ†αi+imc2ℏψ†β\partial_t\psi^\dagger=-c\,\partial_i\psi^\dagger\alpha_i+\dfrac{imc^2}{\hbar}\psi^\dagger\beta とします(αi,β\alpha_i,\beta はエルミート)。∂t(ψ†ψ)\partial_t(\psi^\dagger\psi) を作ると質量項 ∓imc2ℏψ†βψ\mp\dfrac{imc^2}{\hbar}\psi^\dagger\beta\psi が相殺し、−c ∂i(ψ†αiψ)-c\,\partial_i(\psi^\dagger\alpha_i\psi) が残ります。

命題 3.6(スピンは自動的に現れる)✓

L=x×p\boldsymbol{L}=\boldsymbol{x}\times\boldsymbol{p} と Σ=diag(σ,σ)\boldsymbol{\Sigma}=\mathrm{diag}(\boldsymbol{\sigma},\boldsymbol{\sigma}) について、[HD,L]≠0[H_D,\boldsymbol{L}]\neq0 、[HD,Σ]≠0[H_D,\boldsymbol{\Sigma}]\ne0 だが、全角運動量 J=L+ℏ2Σ\boldsymbol{J}=\boldsymbol{L}+\dfrac{\hbar}{2}\boldsymbol{\Sigma} は HDH_D と可換である。

証明(命題 3.6)

β\beta は L\boldsymbol{L} と Σ\boldsymbol{\Sigma} の両方と可換です。[Lj,pi]=iℏεjikpk[L_j,p_i]=i\hbar\varepsilon_{jik}p_k から [HD,Lj]=c αi[pi,Lj]=−iℏc εjikαipk=iℏc εjikαkpi[H_D,L_j]=c\,\alpha_i[p_i,L_j]=-i\hbar c\,\varepsilon_{jik}\alpha_ip_k=i\hbar c\,\varepsilon_{jik}\alpha_kp_i(添字 i↔ki\leftrightarrow k の付け替え)です。また [Σj,αi]=2iεjikαk[\Sigma_j,\alpha_i]=2i\varepsilon_{jik}\alpha_k から [HD,ℏ2Σj]=ℏc2[αi,Σj]pi=−iℏc εjikαkpi\left[H_D,\tfrac\hbar2\Sigma_j\right]=\tfrac{\hbar c}{2}[\alpha_i,\Sigma_j]p_i=-i\hbar c\,\varepsilon_{jik}\alpha_kp_i です。2 式の和は 00 です。

Dirac 方程式には、スピン 1/2 を前提として入れていません。L\boldsymbol{L} だけでは保存しないという事実が、スピンを要請します。

自然単位 ℏ=c=1\hbar=c=1 に移ります。

定義 4.1(γ 行列)↗

γ0=β\gamma^0=\beta、γi=βαi\gamma^i=\beta\alpha_i(i=1,2,3i=1,2,3)とおく。Dirac 表示では

γ0=(100−1),γi=(0σi−σi0),γ5:=iγ0γ1γ2γ3=(0110)\gamma^0=\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix},\qquad\gamma^i=\begin{pmatrix}0&\sigma_i\\-\sigma_i&0\end{pmatrix},\qquad\gamma^5:=i\gamma^0\gamma^1\gamma^2\gamma^3=\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}

である。ψˉ=ψ†γ0\bar\psi=\psi^\dagger\gamma^0 を Dirac 共役 と呼ぶ。

命題 4.2(γ 行列の代数)✓

{γμ,γν}=2gμν\{\gamma^\mu,\gamma^\nu\}=2g^{\mu\nu}、(γ0)†=γ0(\gamma^0)^\dagger=\gamma^0、(γi)†=−γi(\gamma^i)^\dagger=-\gamma^i、すなわち (γμ)†=γ0γμγ0(\gamma^\mu)^\dagger=\gamma^0\gamma^\mu\gamma^0 である。さらに (γ5)2=1(\gamma^5)^2=1、(γ5)†=γ5(\gamma^5)^\dagger=\gamma^5 で γ5\gamma^5 は各 γμ\gamma^\mu と反交換する。Dirac 方程式は

(iγμ∂μ−m)ψ=0\left(i\gamma^\mu\partial_\mu-m\right)\psi=0

と同値である。

証明(命題 4.2)

{γ0,γi}=ββαi+βαiβ=αi−αi=0\{\gamma^0,\gamma^i\}=\beta\beta\alpha_i+\beta\alpha_i\beta=\alpha_i-\alpha_i=0 です(βαiβ=−αi\beta\alpha_i\beta=-\alpha_i)。{γi,γj}=βαiβαj+βαjβαi=−{αi,αj}=−2δij=2gij\{\gamma^i,\gamma^j\}=\beta\alpha_i\beta\alpha_j+\beta\alpha_j\beta\alpha_i=-\{\alpha_i,\alpha_j\}=-2\delta_{ij}=2g^{ij}、(γ0)2=β2=1(\gamma^0)^2=\beta^2=1 です。エルミート性は (γi)†=αiβ=−βαi=−γi(\gamma^i)^\dagger=\alpha_i\beta=-\beta\alpha_i=-\gamma^i から。γ5\gamma^5 の性質は Dirac 表示で直接計算でき((γ5)2=1(\gamma^5)^2=1、各 γμ\gamma^\mu との反交換)、またこの 4 つが反交換することからも従います。方程式は、i∂tψ=(α⋅p+βm)ψi\partial_t\psi=(\boldsymbol{\alpha}\cdot\boldsymbol{p}+\beta m)\psi に左から β\beta を掛けて iγ0∂0ψ=−iγi∂iψ+mψi\gamma^0\partial_0\psi=-i\gamma^i\partial_i\psi+m\psi(βαipi=−iγi∂i\beta\alpha_ip_i=-i\gamma^i\partial_i)と書き直せば得られます。

次の定理が言いたいのは、観測者を取り替える(ローレンツ変換する)とき、スピノルを適当な行列 SS で変換してやれば Dirac 方程式は同じ形のまま成り立つ、ということです。証明は 3 段階です。まず、求める条件 S−1γμS=ΛμνγνS^{-1}\gamma^\mu S=\Lambda^\mu{}_\nu\gamma^\nu を、11 に近い変換で満たす SS を見つけます。δS\delta S の形は天下りに見えますが、この条件を満たすようにつくったもので、満たすことは交換子の計算で確かめます。次にそれを有限の変換に伸ばし、最後に方程式の形が保たれることを確かめます。

定理 4.3(Dirac 方程式のローレンツ共変性)✓

固有ローレンツ変換(det⁡Λ=1\det\Lambda=1 かつ Λ00≥1\Lambda^0{}_0\ge1、群 L+↑L_+^\uparrow)の各元 Λ\Lambda に対して、可逆な 4×44\times4 行列 S(Λ)S(\Lambda) が存在して S−1γμS=ΛμνγνS^{-1}\gamma^\mu S=\Lambda^\mu{}_\nu\gamma^\nu を満たす。このとき ψ\psi が (iγμ∂μ−m)ψ=0(i\gamma^\mu\partial_\mu-m)\psi=0 を満たすなら、ψ′(x′)=S(Λ)ψ(x)\psi'(x')=S(\Lambda)\psi(x)(x′=Λxx'=\Lambda x)も同じ形の方程式 (iγμ∂μ′−m)ψ′=0(i\gamma^\mu\partial'_\mu-m)\psi'=0 を満たす。

証明(定理 4.3)

無限小変換。 Λ=1+ω\Lambda=1+\omega(ωμν\omega^\mu{}_\nu は無限小、ωμν=−ωνμ\omega_{\mu\nu}=-\omega_{\nu\mu})に対し、δS=18ωμν[γμ,γν]\delta S=\dfrac18\omega_{\mu\nu}[\gamma^\mu,\gamma^\nu] と置きます。恒等式 [γλ,[γμ,γν]]=4(gλμγν−gλνγμ)[\gamma^\lambda,[\gamma^\mu,\gamma^\nu]]=4\left(g^{\lambda\mu}\gamma^\nu-g^{\lambda\nu}\gamma^\mu\right)([γμ,γν]=2γμγν−2gμν[\gamma^\mu,\gamma^\nu]=2\gamma^\mu\gamma^\nu-2g^{\mu\nu} と γλγμ=2gλμ−γμγλ\gamma^\lambda\gamma^\mu=2g^{\lambda\mu}-\gamma^\mu\gamma^\lambda を繰り返し使う)から [γλ,δS]=ωλνγν[\gamma^\lambda,\delta S]=\omega^\lambda{}_\nu\gamma^\nu で、S=1+δSS=1+\delta S なら S−1γλS=γλ+[γλ,δS]=(1+ω)λνγνS^{-1}\gamma^\lambda S=\gamma^\lambda+[\gamma^\lambda,\delta S]=(1+\omega)^\lambda{}_\nu\gamma^\nu です。

有限変換。 Λ(t)=etω\Lambda(t)=e^{t\omega}、S(t)=et δSS(t)=e^{t\,\delta S} とすると gλ(t)=S(t)−1γλS(t)g^\lambda(t)=S(t)^{-1}\gamma^\lambda S(t) は g˙λ=S−1[γλ,δS]S=ωλνgν\dot g^\lambda=S^{-1}[\gamma^\lambda,\delta S]S=\omega^\lambda{}_\nu g^\nu を満たし、gλ(0)=γλg^\lambda(0)=\gamma^\lambda です。この線形常微分方程式の解は (etω)λνγν(e^{t\omega})^\lambda{}_\nu\gamma^\nu ですから、S(t)−1γλS(t)=Λ(t)λνγνS(t)^{-1}\gamma^\lambda S(t)=\Lambda(t)^\lambda{}_\nu\gamma^\nu が示されました。L+↑L_+^\uparrow は連結で、連結リー群は単位元の近傍の元(すなわち eωe^\omega の形)の有限個の積で生成される(リー群)ので、一般の Λ\Lambda には積の SS を取ります。

共変性。 ∂ν′=(Λ−1)μν∂μ\partial'_\nu=(\Lambda^{-1})^\mu{}_\nu\partial_\mu なので、 γν∂ν′Sψ=S (S−1γνS)(Λ−1)μν∂μψ=S Λνργρ(Λ−1)μν∂μψ=Sγμ∂μψ\gamma^\nu\partial'_\nu S\psi=S\,(S^{-1}\gamma^\nu S)(\Lambda^{-1})^\mu{}_\nu\partial_\mu\psi=S\,\Lambda^\nu{}_\rho\gamma^\rho(\Lambda^{-1})^\mu{}_\nu\partial_\mu\psi=S\gamma^\mu\partial_\mu\psi です。したがって (iγν∂ν′−m)ψ′=S(iγμ∂μ−m)ψ=0(i\gamma^\nu\partial'_\nu-m)\psi'=S(i\gamma^\mu\partial_\mu-m)\psi=0 です。

例 4.4(回転のスピノル)

zz 軸まわりの角度 θ\theta の回転は ω12=θ\omega_{12}=\theta(ω21=−θ\omega_{21}=-\theta)で、δS=14θ[γ1,γ2]\delta S=\tfrac14\theta[\gamma^1,\gamma^2]。[γ1,γ2]=2γ1γ2=−2α1α2=−2iΣ3[\gamma^1,\gamma^2]=2\gamma^1\gamma^2=-2\alpha_1\alpha_2=-2i\Sigma_3 なので δS=−i2θΣ3\delta S=-\tfrac i2\theta\Sigma_3 となり、S=e−iθΣ3/2S=e^{-i\theta\Sigma_3/2} です。これはスピン 1/21/2 の回転演算子(例 5.4[角運動量とスピン])そのもので、θ=2π\theta=2\pi で S=−1S=-1 になります。スピノルは 2π2\pi の回転で符号を変えます。ブースト(ω0i≠0\omega_{0i}\ne0)に対する SS は、ユニタリでなくエルミートです。

命題 4.5(Dirac 共役とカレントの共変性)✓

S(Λ)†γ0=γ0S(Λ)−1S(\Lambda)^\dagger\gamma^0=\gamma^0S(\Lambda)^{-1} が成り立つ。したがって ψˉ′(x′)=ψˉ(x)S−1\bar\psi'(x')=\bar\psi(x)S^{-1}、jμ=ψˉγμψj^\mu=\bar\psi\gamma^\mu\psi は 4 元ベクトル、すなわち j′μ(x′)=Λμνjν(x)j'^\mu(x')=\Lambda^\mu{}_\nu j^\nu(x) で、ψˉψ\bar\psi\psi はスカラーである。j0=ψ†ψj^0=\psi^\dagger\psi で、∂μjμ=0\partial_\mu j^\mu=0 が成り立つ。

証明(命題 4.5)

(γμ)†=γ0γμγ0(\gamma^\mu)^\dagger=\gamma^0\gamma^\mu\gamma^0(命題 4.2)より (δS)†=18ωμν[γν†,γμ†]=18ωμνγ0[γν,γμ]γ0=−γ0 δS γ0(\delta S)^\dagger=\dfrac18\omega_{\mu\nu}[\gamma^{\nu\dagger},\gamma^{\mu\dagger}]=\dfrac18\omega_{\mu\nu}\gamma^0[\gamma^\nu,\gamma^\mu]\gamma^0=-\gamma^0\,\delta S\,\gamma^0 です。よって無限小の SS では S†=γ0S−1γ0S^\dagger=\gamma^0S^{-1}\gamma^0、指数関数に移しても同じで、一般の SS は積なので成立します。ψˉ′=ψ†S†γ0=ψ†γ0S−1=ψˉS−1\bar\psi'=\psi^\dagger S^\dagger\gamma^0=\psi^\dagger\gamma^0S^{-1}=\bar\psi S^{-1} から ψˉ′γμψ′=ψˉS−1γμSψ=Λμνψˉγνψ\bar\psi'\gamma^\mu\psi'=\bar\psi S^{-1}\gamma^\mu S\psi=\Lambda^\mu{}_\nu\bar\psi\gamma^\nu\psi です。j0=ψ†γ0γ0ψ=ψ†ψj^0=\psi^\dagger\gamma^0\gamma^0\psi=\psi^\dagger\psi、ji=ψ†γ0γiψ=ψ†αiψj^i=\psi^\dagger\gamma^0\gamma^i\psi=\psi^\dagger\alpha_i\psi ですから、∂μjμ=0\partial_\mu j^\mu=0 は 命題 3.5 の保存則です。

確率密度 ρ=j0\rho=j^0 は、4 元ベクトルの時間成分なので、ブーストで γ\gamma 倍に変わります(長さの収縮と同じ)。全体の確率は保存されます。

5. 電磁場中の Dirac 粒子:Pauli 方程式

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電荷 qq の粒子では最小結合 p→π=p−qA\boldsymbol{p}\to\boldsymbol{\pi}=\boldsymbol{p}-q\boldsymbol{A}、H→H+qϕH\to H+q\phi を行います(定理 2.2[電磁場中の荷電粒子])。

iℏ∂tψ=[c α⋅π+βmc2+qϕ]ψi\hbar\partial_t\psi=\left[c\,\boldsymbol{\alpha}\cdot\boldsymbol{\pi}+\beta mc^2+q\phi\right]\psi

ψ=e−imc2t/ℏ(uv)\psi=e^{-imc^2t/\hbar}\begin{pmatrix}u\\v\end{pmatrix}(u,vu,v は 2 成分)と置くと、Dirac 表示のブロック計算により、

iℏ∂tu=qϕ u+c σ⋅π v,iℏ∂tv=(qϕ−2mc2) v+c σ⋅π ui\hbar\partial_tu=q\phi\,u+c\,\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{\pi}\,v,\qquad i\hbar\partial_tv=(q\phi-2mc^2)\,v+c\,\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{\pi}\,u

です。uu を 大成分、vv を 小成分 と呼びます。

定理 5.1(Pauli 方程式)✓

粒子の速さが光速よりずっと小さい(∣iℏ∂tv∣,∣qϕ v∣≪2mc2∣v∣|i\hbar\partial_tv|,|q\phi\,v|\ll2mc^2|v|)とき、小成分は v≃σ⋅π2mcuv\simeq\dfrac{\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{\pi}}{2mc}u で、大成分は Pauli 方程式

iℏ∂tu=[(σ⋅π)22m+qϕ]u=[π22m−qℏ2mσ⋅B+qϕ]ui\hbar\partial_tu=\left[\frac{(\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{\pi})^2}{2m}+q\phi\right]u=\left[\frac{\boldsymbol{\pi}^2}{2m}-\frac{q\hbar}{2m}\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{B}+q\phi\right]u

を(1/c1/c の最低次で)満たす。

証明(定理 5.1)

vv の方程式で、近似により −2mc2v≃−c σ⋅π u-2mc^2v\simeq-c\,\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{\pi}\,u、すなわち v≃σ⋅π2mcuv\simeq\dfrac{\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{\pi}}{2mc}u です。これを uu の方程式に入れると iℏ∂tu=qϕ u+(σ⋅π)22mui\hbar\partial_tu=q\phi\,u+\dfrac{(\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{\pi})^2}{2m}u です。命題 5.2[角運動量とスピン] の σiσj=δij+iεijkσk\sigma_i\sigma_j=\delta_{ij}+i\varepsilon_{ijk}\sigma_k より (σ⋅π)2=∑ijπiπj σiσj=π2+i2εijkσk[πi,πj](\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{\pi})^2=\sum_{ij}\pi_i\pi_j\,\sigma_i\sigma_j=\boldsymbol{\pi}^2+\dfrac i2\varepsilon_{ijk}\sigma_k[\pi_i,\pi_j] で(添字の対称部分が相殺する)、命題 2.3[電磁場中の荷電粒子] の [πi,πj]=iℏqεijlBl[\pi_i,\pi_j]=i\hbar q\varepsilon_{ijl}B_l を使うと、εijkεijl=2δkl\varepsilon_{ijk}\varepsilon_{ijl}=2\delta_{kl} から i2⋅2⋅iℏq σ⋅B=−ℏq σ⋅B\dfrac i2\cdot2\cdot i\hbar q\,\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{B}=-\hbar q\,\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{B} を得ます。

この結果の核心は、−qℏ2mσ⋅B=−μ⋅B-\dfrac{q\hbar}{2m}\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{B}=-\boldsymbol{\mu}\cdot\boldsymbol{B} で、スピン磁気モーメントが μ=q2m⋅2S\boldsymbol{\mu}=\dfrac{q}{2m}\cdot2\boldsymbol{S}(S=ℏ2σ\boldsymbol{S}=\tfrac\hbar2\boldsymbol{\sigma})、つまり μ=gq2mS\boldsymbol{\mu}=g\dfrac{q}{2m}\boldsymbol{S} の g=2g=2 が方程式から 導かれる ことです。軌道運動の磁気モーメントは g=1g=1(注意 5.5[角運動量とスピン])。この g=2g=2 が電磁場中の荷電粒子の Zeeman ハミルトニアン HZ=μBℏB⋅(L+2S)H_Z=\dfrac{\mu_B}{\hbar}\boldsymbol{B}\cdot(\boldsymbol{L}+2\boldsymbol{S}) の根拠で、観測される ge=2.0023…g_e=2.0023\ldots との 0.1%0.1\% 強のずれは量子電磁力学の補正です。

次の次数(1/c21/c^2)まで展開すると、電磁場中の荷電粒子で扱った微細構造の 3 項(相対論的運動エネルギー、スピン軌道相互作用、Darwin 項)が現れます。展開の詳細(Foldy–Wouthuysen 変換)は省略し、次の節の厳密解がそれと一致することを確かめます。

クーロンポテンシャル V(r)=−ζ/rV(r)=-\zeta/r、ζ=Zα\zeta=Z\alpha の中の Dirac 方程式を、ℏ=c=1\hbar=c=1 で厳密に解きます(核は静止した点電荷とする)。定常状態 ψ=e−iEt(UW)\psi=e^{-iEt}\begin{pmatrix}U\\W\end{pmatrix}(EE は静止エネルギーを含む)では

(E−V−m) U=σ⋅p W,(E−V+m) W=σ⋅p U(E-V-m)\,U=\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{p}\,W,\qquad(E-V+m)\,W=\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{p}\,U

です。球対称性を使うために、角度部分をスピンと軌道の合成で用意します。以下の定義と補題の目的は、角度の依存性を記号 κ\kappa と Ωκm\Omega_{\kappa m} にまとめて、問題を動径 rr だけの連立方程式に落とすことです。κ\kappa は全角運動量 jj と軌道角運動量 ll の組を 1 つの整数で表す番号で、Ωκm\Omega_{\kappa m} はその角度部分の関数です。補題の (2) の位相の取り決めは、後の式の符号を簡単にするための約束にすぎません。

定義 6.1(スピン角度関数)↗

j=12,32,…j=\tfrac12,\tfrac32,\ldots、m∈{−j,…,j}m\in\{-j,\ldots,j\} と、κ=±(j+12)\kappa=\pm(j+\tfrac12) に対し、κ<0\kappa<0 なら l=−κ−1=j−12l=-\kappa-1=j-\tfrac12、κ>0\kappa>0 なら l=κ=j+12l=\kappa=j+\tfrac12 として、

Ωκm(θ,φ)=∑s=±1/2⟨l,m−s;12,s ∣ j,m⟩ Ylm−s(θ,φ) χs\Omega_{\kappa m}(\theta,\varphi)=\sum_{s=\pm1/2}\langle l,m-s;\tfrac12,s\,|\,j,m\rangle\,Y_l^{m-s}(\theta,\varphi)\,\chi_s

とおく(χ±1/2\chi_{\pm1/2} はスピンの基底)。これは J2,Jz,L2\boldsymbol{J}^2,J_z,\boldsymbol{L}^2 の同時固有関数(固有値 j(j+1),m,l(l+1)j(j+1),m,l(l+1))で、2 成分の球面上の関数である。

補題 6.2(スピン角度関数の性質)✓

(1) (σ⋅L+1) Ωκm=−κ Ωκm(\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{L}+1)\,\Omega_{\kappa m}=-\kappa\,\Omega_{\kappa m}(ℏ=1\hbar=1)。(2) σ⋅r^\boldsymbol{\sigma}\cdot\hat{\boldsymbol{r}} は J\boldsymbol{J} と可換で、σ⋅r^ Ωκm\boldsymbol{\sigma}\cdot\hat{\boldsymbol{r}}\,\Omega_{\kappa m} は Ω−κ,m\Omega_{-\kappa,m} の(位相を除いて)定数倍である。以下では位相を Ω−κ,m:=−σ⋅r^ Ωκm\Omega_{-\kappa,m}:=-\boldsymbol{\sigma}\cdot\hat{\boldsymbol{r}}\,\Omega_{\kappa m} と定め、σ⋅r^ Ω−κ,m=−Ωκm\boldsymbol{\sigma}\cdot\hat{\boldsymbol{r}}\,\Omega_{-\kappa,m}=-\Omega_{\kappa m} となる。(3) σ⋅p=(σ⋅r^)(−i∂r+irσ⋅L)\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{p}=(\boldsymbol{\sigma}\cdot\hat{\boldsymbol{r}})\left(-i\partial_r+\dfrac{i}{r}\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{L}\right)。

証明(補題 6.2)

(1) J2=L2+σ⋅L+34\boldsymbol{J}^2=\boldsymbol{L}^2+\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{L}+\tfrac34 なので、系 6.5[角運動量とスピン] のとおり σ⋅L=j(j+1)−l(l+1)−34\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{L}=j(j+1)-l(l+1)-\tfrac34 は j=l+12j=l+\tfrac12 で ll、j=l−12j=l-\tfrac12 で −(l+1)-(l+1) です。したがって σ⋅L+1\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{L}+1 は κ=−(l+1)\kappa=-(l+1) で l+1=−κl+1=-\kappa、κ=l\kappa=l で −l=−κ-l=-\kappa です。 (2) r^\hat{\boldsymbol{r}} と σ\boldsymbol{\sigma} はどちらも J\boldsymbol{J} のもとでベクトルとして変換するので、内積 σ⋅r^\boldsymbol{\sigma}\cdot\hat{\boldsymbol{r}} はスカラーで J\boldsymbol{J} と可換です。また空間反転 r^→−r^\hat{\boldsymbol{r}}\to-\hat{\boldsymbol{r}} で符号を変えるので、パリティ (−1)l(-1)^l を反転します。同じ j,mj,m をもつ状態の ll は j±12j\pm\tfrac12 の 2 通りだけなので、σ⋅r^ Ωκm\boldsymbol{\sigma}\cdot\hat{\boldsymbol{r}}\,\Omega_{\kappa m} は Ω−κ,m\Omega_{-\kappa,m} に比例します。(σ⋅r^)2=1(\boldsymbol{\sigma}\cdot\hat{\boldsymbol{r}})^2=1 より比例定数の絶対値は 11 で、位相を上のように定めれば σ⋅r^ Ω−κ,m=−(σ⋅r^)2Ωκm=−Ωκm\boldsymbol{\sigma}\cdot\hat{\boldsymbol{r}}\,\Omega_{-\kappa,m}=-(\boldsymbol{\sigma}\cdot\hat{\boldsymbol{r}})^2\Omega_{\kappa m}=-\Omega_{\kappa m} です。 (3) 命題 5.2[角運動量とスピン] の公式から (σ⋅r^)(σ⋅p)=r^⋅p+iσ⋅(r^×p)=−i∂r+irσ⋅L(\boldsymbol{\sigma}\cdot\hat{\boldsymbol{r}})(\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{p})=\hat{\boldsymbol{r}}\cdot\boldsymbol{p}+i\boldsymbol{\sigma}\cdot(\hat{\boldsymbol{r}}\times\boldsymbol{p})=-i\partial_r+\dfrac ir\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{L} で、左から σ⋅r^\boldsymbol{\sigma}\cdot\hat{\boldsymbol{r}} を掛けます。

(1) を −κ-\kappa に使うと σ⋅L Ω−κ=(κ−1)Ω−κ\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{L}\,\Omega_{-\kappa}=(\kappa-1)\Omega_{-\kappa}、σ⋅L Ωκ=(−κ−1)Ωκ\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{L}\,\Omega_\kappa=(-\kappa-1)\Omega_\kappa です。

命題 6.3(動径方程式)✓

U=G(r)rΩκmU=\dfrac{G(r)}{r}\Omega_{\kappa m}、W=iF(r)rΩ−κ,mW=\dfrac{iF(r)}{r}\Omega_{-\kappa,m} と置くと、中心力 V(r)V(r) の Dirac 方程式は

G′+κrG=(E+m−V) F,F′−κrF=−(E−m−V) GG'+\frac\kappa rG=(E+m-V)\,F,\qquad F'-\frac\kappa rF=-(E-m-V)\,G

と同値である。規格化は ∫0∞(∣G∣2+∣F∣2) dr=1\int_0^\infty(|G|^2+|F|^2)\,dr=1。

証明(命題 6.3)

補題 6.2 (1)(2)(3) より、関数 f(r)Ωκf(r)\Omega_\kappa に対し σ⋅p (fΩκ)=(σ⋅r^)(−if′−i(κ+1)rf)Ωκ=i(f′+κ+1rf)Ω−κ\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{p}\,(f\Omega_\kappa)=(\boldsymbol{\sigma}\cdot\hat{\boldsymbol{r}})\left(-if'-\dfrac{i(\kappa+1)}{r}f\right)\Omega_\kappa=i\left(f'+\dfrac{\kappa+1}rf\right)\Omega_{-\kappa}、同様に σ⋅p (hΩ−κ)=i(h′−κ−1rh)Ωκ\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{p}\,(h\Omega_{-\kappa})=i\left(h'-\dfrac{\kappa-1}rh\right)\Omega_\kappa です。f=G/rf=G/r のとき f′+κ+1rf=1r(G′+κrG)f'+\dfrac{\kappa+1}rf=\dfrac1r\left(G'+\dfrac\kappa rG\right)、h=iF/rh=iF/r のとき i(h′−κ−1rh)=−1r(F′−κrF)i\left(h'-\dfrac{\kappa-1}rh\right)=-\dfrac1r\left(F'-\dfrac\kappa rF\right) です。これらを上の 2 つの方程式に代入し、Ω−κ\Omega_{-\kappa} と Ωκ\Omega_\kappa の係数を比べれば主張です。規格化は、角度部分が ∫Ω†Ω dΩ=1\int\Omega^\dagger\Omega\,d\Omega=1 であることから。

この定理の証明の方針を先に述べます。動径方程式を ρ=2kr\rho=2kr の方程式に書き直し、原点での振る舞い ργ\rho^\gamma と無限遠での減衰 e−ρ/2e^{-\rho/2} をくくり出して、残りを ρ\rho のべき級数で表します。解が無限遠でも規格化できるのは級数が途中で終わるとき(多項式になるとき)に限られ、その条件がそのままエネルギーの量子化条件になります。ステップ 1 の s=g+fs=g+f、d=g−fd=g-f は、連立方程式の係数が整理された形になり、ステップ 2 の漸化式が 2 項で書けるようにするための取り替えです。

定理 6.4(水素様原子の Dirac 準位)✓

0<ζ=Zα<3/20<\zeta=Z\alpha<\sqrt3/2 とする。動径方程式の規格化可能な解(r→0r\to0 で G,F∼rγG,F\sim r^{\gamma}、γ=κ2−ζ2>0\gamma=\sqrt{\kappa^2-\zeta^2}>0 の正則な解)が存在する E∈(−m,m)E\in(-m,m) は、

E=m[1+ζ2(nr+γ)2]−1/2,nr=0,1,2,… (κ>0 のときは nr≥1)E=m\left[1+\frac{\zeta^2}{\left(n_r+\gamma\right)^2}\right]^{-1/2},\qquad n_r=0,1,2,\ldots\ (\kappa>0\text{ のときは }n_r\ge1)

に限られる。主量子数 n=nr+∣κ∣n=n_r+|\kappa| と全角運動量 j=∣κ∣−12j=|\kappa|-\tfrac12 で書けば

Enj=m[1+(Zα)2(n−δj)2]−1/2,δj=(j+12)−(j+12)2−(Zα)2E_{nj}=m\left[1+\frac{(Z\alpha)^2}{\left(n-\delta_j\right)^2}\right]^{-1/2},\qquad\delta_j=\left(j+\tfrac12\right)-\sqrt{\left(j+\tfrac12\right)^2-(Z\alpha)^2}

で、準位は nn と jj だけに依存する(l=j±12l=j\pm\tfrac12 の 2 つの状態は縮退)。とくに基底状態 1s1/21s_{1/2}(n=1n=1、κ=−1\kappa=-1)は E=m1−(Zα)2E=m\sqrt{1-(Z\alpha)^2} である。

証明(定理 6.4)

V=−ζ/rV=-\zeta/r とし、∣E∣<m|E|<m で k=m2−E2>0k=\sqrt{m^2-E^2}>0、a=m+Ea=m+E、b=m−Eb=m-E(ab=k2ab=k^2)、ρ=2kr\rho=2kr と置きます。

ステップ 1(変数の取り替え)。 命題 6.3 は G′=−κrG+(a+ζr)FG'=-\dfrac\kappa rG+\left(a+\dfrac\zeta r\right)F、F′=κrF+(b−ζr)GF'=\dfrac\kappa rF+\left(b-\dfrac\zeta r\right)G です。G=a gG=\sqrt a\,g、F=b fF=\sqrt b\,f、η=b/a\eta=\sqrt{b/a} とすると g′=−κrg+(k+ζηr)fg'=-\dfrac\kappa rg+\left(k+\dfrac{\zeta\eta}r\right)f、f′=κrf+(k−ζηr)gf'=\dfrac\kappa rf+\left(k-\dfrac{\zeta}{\eta r}\right)g です。さらに s=g+fs=g+f、d=g−fd=g-f とし、η−η−1=−2E/k\eta-\eta^{-1}=-2E/k、η+η−1=2m/k\eta+\eta^{-1}=2m/k を使うと、ρ\rho についての微分を ˙\dot{} で表して

s˙=s2−λρ s−κ+μρ d,d˙=−d2+λρ d+μ−κρ s,λ=ζEk,  μ=ζmk\dot s=\frac s2-\frac\lambda\rho\,s-\frac{\kappa+\mu}{\rho}\,d,\qquad\dot d=-\frac d2+\frac\lambda\rho\,d+\frac{\mu-\kappa}{\rho}\,s,\qquad\lambda=\frac{\zeta E}k,\ \ \mu=\frac{\zeta m}k

を得ます。μ2−λ2=ζ2\mu^2-\lambda^2=\zeta^2 に注意してください。

ステップ 2(級数)。 s=e−ρ/2ργ∑ν≥0ανρνs=e^{-\rho/2}\rho^\gamma\sum_{\nu\ge0}\alpha_\nu\rho^\nu、d=e−ρ/2ργ∑ν≥0βνρνd=e^{-\rho/2}\rho^\gamma\sum_{\nu\ge0}\beta_\nu\rho^\nu とおくと、ρν−1\rho^{\nu-1} の係数から(α−1=0\alpha_{-1}=0)

(γ+ν+λ)αν+(κ+μ)βν=αν−1,(κ−μ)αν+(γ+ν−λ)βν=0(\gamma+\nu+\lambda)\alpha_\nu+(\kappa+\mu)\beta_\nu=\alpha_{\nu-1},\qquad(\kappa-\mu)\alpha_\nu+(\gamma+\nu-\lambda)\beta_\nu=0

です。ν=0\nu=0 では右辺が 00 の連立方程式で、非自明解をもつ条件は行列式 γ2−λ2−(κ2−μ2)=γ2−κ2+ζ2=0\gamma^2-\lambda^2-(\kappa^2-\mu^2)=\gamma^2-\kappa^2+\zeta^2=0、つまり γ=±κ2−ζ2\gamma=\pm\sqrt{\kappa^2-\zeta^2} です。ζ<3/2\zeta<\sqrt3/2 なら ∣κ∣=1|\kappa|=1 でも γ>1/2\gamma>1/2 で、負の根は r−γr^{-\gamma} のため ∫∣G∣2dr\int|G|^2dr が原点で発散するので、正の根を取ります。第 2 式から ν≥1\nu\ge1(かつ γ+ν≠λ\gamma+\nu\ne\lambda)で βν=−(κ−μ)ανγ+ν−λ\beta_\nu=-\dfrac{(\kappa-\mu)\alpha_\nu}{\gamma+\nu-\lambda}、これを第 1 式に代入し、(γ+ν)2−λ2−(κ2−μ2)=ν(2γ+ν)(\gamma+\nu)^2-\lambda^2-(\kappa^2-\mu^2)=\nu(2\gamma+\nu) を使うと

αν=γ+ν−λν (2γ+ν) αν−1\alpha_\nu=\frac{\gamma+\nu-\lambda}{\nu\,(2\gamma+\nu)}\,\alpha_{\nu-1}

です。

ステップ 3(終端が必要十分)。 級数が終端しないなら、ν→∞\nu\to\infty で αν/αν−1∼1/ν\alpha_\nu/\alpha_{\nu-1}\sim1/\nu、∣βν∣≪∣αν∣|\beta_\nu|\ll|\alpha_\nu| なので、s∼e−ρ/2eρργ−cs\sim e^{-\rho/2}e^{\rho}\rho^{\gamma-c} のように eρ/2e^{\rho/2} で増大し、G,FG,F は規格化できません。したがって級数は終端する必要があります。係数の対 (αν,βν)(\alpha_\nu,\beta_\nu) が 00 でない最大の添字を NN とすると、ν=N+1\nu=N+1 の第 1 式から αN=0\alpha_N=0(左辺は 00)、よって βN≠0\beta_N\ne0、ν=N\nu=N の第 2 式から γ+N−λ=0\gamma+N-\lambda=0 です。すなわち λ=γ+nr\lambda=\gamma+n_r(nr:=Nn_r:=N)。N=0N=0 のとき ν=0\nu=0 の第 1 式は (κ+μ)β0=0(\kappa+\mu)\beta_0=0 となり κ=−μ<0\kappa=-\mu<0 が必要で、κ>0\kappa>0 では nr≥1n_r\ge1 です。

逆に λ=γ+nr\lambda=\gamma+n_r のとき、αν\alpha_\nu の漸化式は ν=nr\nu=n_r で αnr=0\alpha_{n_r}=0 となり、以降 00 に終端します。βν\beta_\nu も同様(ν≠nr\nu\ne n_r で αν\alpha_\nu に比例し、ν=nr\nu=n_r の βnr\beta_{n_r} は第 1 式で決まる)。この解は e−ρ/2ργ×e^{-\rho/2}\rho^\gamma\times 多項式で、規格化可能です。なお κ=−μ\kappa=-\mu なら λ2=μ2−ζ2=κ2−ζ2=γ2\lambda^2=\mu^2-\zeta^2=\kappa^2-\zeta^2=\gamma^2 より λ=γ\lambda=\gamma、つまり nr=0n_r=0 になります。したがって nr≥1n_r\ge1 では κ+μ≠0\kappa+\mu\ne0 で、βnr=αnr−1/(κ+μ)\beta_{n_r}=\alpha_{n_r-1}/(\kappa+\mu) と決まり、ν=nr+1\nu=n_r+1 以降の βν\beta_\nu は 00 です。逆に nr=0n_r=0 では κ<0\kappa<0 のとき、λ=γ\lambda=\gamma から μ=∣κ∣=−κ\mu=|\kappa|=-\kappa となって ν=0\nu=0 の方程式が α0=0\alpha_0=0、β0\beta_0 任意の解を許します。κ>0\kappa>0 では α0≠0\alpha_0\ne0 が必要となり、漸化式が終端しません。

ステップ 4(エネルギー)。 λ=ζE/k=γ+nr>0\lambda=\zeta E/k=\gamma+n_r>0 から E>0E>0 です。k=m2−E2k=\sqrt{m^2-E^2} を代入して ζ2E2=(m2−E2)(γ+nr)2\zeta^2E^2=(m^2-E^2)(\gamma+n_r)^2 を解くと主張の EE になります。n=nr+∣κ∣n=n_r+|\kappa| と γ=∣κ∣−δj\gamma=|\kappa|-\delta_j(∣κ∣=j+12|\kappa|=j+\tfrac12)で第 2 式を得ます。n=1n=1、nr=0n_r=0、κ=−1\kappa=-1 では γ=1−ζ2\gamma=\sqrt{1-\zeta^2} で、E=mγ/γ2+ζ2=mγE=m\gamma/\sqrt{\gamma^2+\zeta^2}=m\gamma です。

縮退を数えると、与えられた nn について j=12,…,n−12j=\tfrac12,\ldots,n-\tfrac12 の各 jj が κ=−(j+12)\kappa=-(j+\tfrac12) から、j≤n−32j\le n-\tfrac32 では κ=+(j+12)\kappa=+(j+\tfrac12) からも出るので(nr=n−j−12n_r=n-j-\tfrac12 が同じ)、総数は ∑j(2j+1)×(1 または 2)=2n2\sum_j(2j+1)\times(1\text{ または }2)=2n^2 で、スピンを含む非相対論的な縮退度と一致します。

系 6.5(微細構造の公式との一致)✓

ζ→0\zeta\to0 で EnjE_{nj} を展開すると

Enj=m[1−ζ22n2−ζ42n4(nj+12−34)+O(ζ6)]E_{nj}=m\left[1-\frac{\zeta^2}{2n^2}-\frac{\zeta^4}{2n^4}\left(\frac{n}{j+\frac12}-\frac34\right)+O(\zeta^6)\right]

であり、ζ2\zeta^2 の項は水素の Bohr のエネルギー、ζ4\zeta^4 の項は電磁場中の荷電粒子の微細構造の公式(定理 6.3[電磁場中の荷電粒子])に一致する。

証明(系 6.5)

δj=κ′−κ′2−ζ2=ζ22κ′+O(ζ4)\delta_j=\kappa'-\sqrt{\kappa'^2-\zeta^2}=\dfrac{\zeta^2}{2\kappa'}+O(\zeta^4)(κ′=j+12\kappa'=j+\tfrac12)です。(n−δj)−2=n−2(1+2δjn+⋯ )(n-\delta_j)^{-2}=n^{-2}\left(1+\dfrac{2\delta_j}n+\cdots\right)、[1+x]−1/2=1−x2+38x2−⋯[1+x]^{-1/2}=1-\tfrac x2+\tfrac38x^2-\cdots(x=ζ2(n−δj)−2x=\zeta^2(n-\delta_j)^{-2})を使うと、

Em=1−ζ22n2−ζ2δjn3+3ζ48n4+O(ζ6)=1−ζ22n2−ζ42n3κ′+3ζ48n4+O(ζ6)\frac Em=1-\frac{\zeta^2}{2n^2}-\frac{\zeta^2\delta_j}{n^3}+\frac{3\zeta^4}{8n^4}+O(\zeta^6)=1-\frac{\zeta^2}{2n^2}-\frac{\zeta^4}{2n^3\kappa'}+\frac{3\zeta^4}{8n^4}+O(\zeta^6)

です。ζ4\zeta^4 の項は −ζ42n4(nκ′−34)-\dfrac{\zeta^4}{2n^4}\left(\dfrac n{\kappa'}-\dfrac34\right) に書き直せます。mc2ζ4=mc2α4mc^2\zeta^4=mc^2\alpha^4(Z=1Z=1)です。

例 6.6(水素のエネルギー準位の数値)

水素(Z=1Z=1)の 2p3/22p_{3/2} と 2p1/22p_{1/2} の差を厳密な式で計算すると ΔE≈mc2α4/32≈4.53×10−5 eV\Delta E\approx mc^2\alpha^4/32\approx4.53\times10^{-5}\ \mathrm{eV}(10.9 GHz10.9\ \mathrm{GHz})で、電磁場中の荷電粒子の 1 次摂動の値と実質的に同じです。2s1/22s_{1/2} と 2p1/22p_{1/2} は、定理 6.4 により厳密に縮退します。実験では Lamb と Retherford(1947 年)が、この縮退が約 1.06 GHz1.06\ \mathrm{GHz} だけ破れていることを見つけました。これは量子化された電磁場との相互作用(Lamb シフト)で、Dirac 方程式の範囲では説明できません。また、重い原子核では Zα→1Z\alpha\to1 に近づき、1s1s のエネルギー m1−(Zα)2m\sqrt{1-(Z\alpha)^2} は Z=137Z=137 で実数でなくなります。点電荷の核を仮定した場合の Dirac 方程式の限界を示します。定理 6.4 の仮定 Zα<3/2Z\alpha<\sqrt3/2 は、作用素 D0−Zα/rD_0-Z\alpha/r が Cc∞(R3∖{0})C_c^\infty(\mathbb{R}^3\setminus\{0\}) 上で本質的自己共役になる範囲(Zα≤3/2Z\alpha\le\sqrt3/2)に含まれます。3/2≤Zα<1\sqrt3/2\le Z\alpha<1 でも、定義域が D(∣x∣−1/2)D(|x|^{-1/2}) に入る特別な自己共役拡大がただ 1 つあり、その (−m,m)(-m,m) の固有値がちょうどこの公式で与えられることが、定理 4.6[外場つき Dirac 作用素と Dirac–Coulomb] と 命題 4.7[外場つき Dirac 作用素と Dirac–Coulomb] で証明されています。

最後に、負エネルギー状態が物理的に顔を出す例を見ます。静電ポテンシャルの階段 V(x)=0 (x<0)V(x)=0\ (x<0)、V(x)=V0 (x>0)V(x)=V_0\ (x>0) に、エネルギー E>mE>m の電子が左から入射する 1 次元の問題です。横方向の運動量を 00 にすると、Dirac 表示のスピノルのうち、成分 (a,0,0,b)(a,0,0,b) の形が保たれ(α1(a,0,0,b)T=(b,0,0,a)T\alpha_1(a,0,0,b)^{\mathsf T}=(b,0,0,a)^{\mathsf T}、β(a,0,0,b)T=(a,0,0,−b)T\beta(a,0,0,b)^{\mathsf T}=(a,0,0,-b)^{\mathsf T})、ψ=(a,b)\psi=(a,b) の方程式は

E(ab)=[σxp+σzm+V(x)](ab)E\begin{pmatrix}a\\b\end{pmatrix}=\left[\sigma_xp+\sigma_zm+V(x)\right]\begin{pmatrix}a\\b\end{pmatrix}

になります(p=−i∂xp=-i\partial_x)。電流は J=ψ†σxψ=2Re(aˉb)J=\psi^\dagger\sigma_x\psi=2\mathrm{Re}(\bar ab) です。4 成分が 2 成分に減るのは、括弧内の 2 つの式が示すように、α1\alpha_1 と β\beta を作用させても第 2・3 成分が 00 のままで、第 1・4 成分だけで閉じた方程式になるからです。この節の問いは、ポテンシャルが高い領域に入った粒子は、シュレーディンガー方程式のように跳ね返されるのか、それとも通り抜けるのか、です。

補題 7.1(1 次元 Dirac 方程式の平面波)✓

VV が一定のとき、ε=E−V\varepsilon=E-V、p2=ε2−m2p^2=\varepsilon^2-m^2 として、(a,b)=(1,r) eipx(a,b)=(1,r)\,e^{ipx}(r=p/(ε+m)r=p/(\varepsilon+m))は解である。電流は J=2rJ=2r で、∣ε∣>m|\varepsilon|>m のとき、JJ の符号は群速度 dε/dp=p/εd\varepsilon/dp=p/\varepsilon の符号に一致する。

証明(補題 7.1)

方程式の第 1 成分は ε=m+pr\varepsilon=m+pr、第 2 成分は εr=p−mr\varepsilon r=p-mr で、後者から r=p/(ε+m)r=p/(\varepsilon+m)、これを前者に入れると ε2−m2=p2\varepsilon^2-m^2=p^2 で整合します。rr は実数なので J=2r ∣a∣2=2rJ=2r\,|a|^2=2r。ε>m\varepsilon>m では ε+m>0\varepsilon+m>0 で sgn r=sgn p=sgn(p/ε)\mathrm{sgn}\,r=\mathrm{sgn}\,p=\mathrm{sgn}(p/\varepsilon)。ε<−m\varepsilon<-m では ε+m<0\varepsilon+m<0 で sgn r=−sgn p=sgn(p/ε)\mathrm{sgn}\,r=-\mathrm{sgn}\,p=\mathrm{sgn}(p/\varepsilon) です。

定理 7.2(Klein のパラドックス)✓

入射波 (1,r)eipx(1,r)e^{ipx}(p=E2−m2>0p=\sqrt{E^2-m^2}>0、r=p/(E+m)r=p/(E+m))に対し、x<0x<0 には反射波 b (1,−r)e−ipxb\,(1,-r)e^{-ipx}、x>0x>0 には透過波 c (1,r′)eip′xc\,(1,r')e^{ip'x}(ε′=E−V0\varepsilon'=E-V_0、p′2=ε′2−m2p'^2=\varepsilon'^2-m^2、r′=p′/(ε′+m)r'=p'/(\varepsilon'+m))を置き、x=0x=0 で ψ\psi が連続であるとする。透過波の電流が右向き(r′>0r'>0)となるように p′p' の符号を選ぶ。このとき κ=r′/r=p′p⋅E+mε′+m\kappa=r'/r=\dfrac{p'}{p}\cdot\dfrac{E+m}{\varepsilon'+m} として、

b=1−κ1+κ,c=21+κ,R=(1−κ1+κ)2,T=4κ(1+κ)2,R+T=1b=\frac{1-\kappa}{1+\kappa},\quad c=\frac{2}{1+\kappa},\qquad R=\left(\frac{1-\kappa}{1+\kappa}\right)^2,\quad T=\frac{4\kappa}{(1+\kappa)^2},\quad R+T=1

である。(i) V0<E−mV_0<E-m では p′>0p'>0、κ>0\kappa>0。(ii) E−m<V0<E+mE-m<V_0<E+m では ∣ε′∣<m|\varepsilon'|<m で p′p' が純虚数になり、透過波は減衰して R=1R=1。(iii) V0>E+mV_0>E+m では ε′<−m\varepsilon'<-m で p′p' は実数となり(p′<0p'<0 のとき r′>0r'>0)、κ>0\kappa>0 で T>0T>0 である。

証明(定理 7.2)

x=0x=0 での連続性は 1+b=c1+b=c と r(1−b)=r′cr(1-b)=r'c の 2 式です。第 2 式を rr で割り 1−b=κc=κ(1+b)1-b=\kappa c=\kappa(1+b) から b=(1−κ)/(1+κ)b=(1-\kappa)/(1+\kappa)、c=1+b=2/(1+κ)c=1+b=2/(1+\kappa) を得ます。電流は 補題 7.1 により Jin=2rJ_{\rm in}=2r、Jref=−2r∣b∣2J_{\rm ref}=-2r|b|^2、Jtr=2r′∣c∣2J_{\rm tr}=2r'|c|^2 なので、R=∣b∣2R=|b|^2、T=Jtr/Jin=κ∣c∣2=4κ/(1+κ)2T=J_{\rm tr}/J_{\rm in}=\kappa|c|^2=4\kappa/(1+\kappa)^2 で、R+T=(1−κ)2+4κ(1+κ)2=1R+T=\dfrac{(1-\kappa)^2+4\kappa}{(1+\kappa)^2}=1(κ\kappa が実数のとき)です。(i) では p′>0p'>0 かつ ε′+m>0\varepsilon'+m>0 で r′>0r'>0。(ii) では p′=iχp'=i\chi で r′=iχ/(ε′+m)r'=i\chi/(\varepsilon'+m) が純虚数なので Jtr=2Re(r′)∣c∣2e−2χx=0J_{\rm tr}=2\mathrm{Re}(r')|c|^2e^{-2\chi x}=0、反射のみで R=∣b∣2=1R=|b|^2=1(κ\kappa が純虚数のとき ∣1−κ∣=∣1+κ∣|1-\kappa|=|1+\kappa|)。(iii) では ε′+m<0\varepsilon'+m<0 なので、r′>0r'>0 となるには p′<0p'<0 が必要で、このとき κ=p′p⋅E+mε′+m>0\kappa=\dfrac{p'}{p}\cdot\dfrac{E+m}{\varepsilon'+m}>0、したがって T=4κ/(1+κ)2>0T=4\kappa/(1+\kappa)^2>0 です。

E > m(進行波)ギャップ |E| < mE < −m(負エネルギー)ギャップ(V₀−m〜V₀+m、上は図外)E − V₀ < −m(進行波)Ex < 0(V = 0)x > 0(V = V₀ > E + m)
Klein のパラドックス。左では入射エネルギー E(破線)が上のバンド E>m に、右では階段 V0 だけ持ち上がった下のバンド E−V0<−m の中にあり、どちらにも進行波がある

(iii) が パラドックス と呼ばれる理由は、シュレーディンガー方程式では V0>EV_0>E の領域は古典的に禁じられた領域で、波が指数関数的に減衰し、無限に広い段差では完全反射 R=1R=1 になるのに、Dirac 方程式では領域 II で振動する進行波が存在し、段差が高くなっても透過率が 00 に落ちないことです。実際、V0→∞V_0\to\infty で κ→(E+m)/p=(E+m)/(E−m)\kappa\to(E+m)/p=\sqrt{(E+m)/(E-m)}、T→4κ/(1+κ)2T\to4\kappa/(1+\kappa)^2 で、E≫mE\gg m では κ→1\kappa\to1、T→1T\to1 に近づきます。

物理的な解釈は、領域 II の ε′<−m\varepsilon'<-m のバンドが 負エネルギー状態 であることです。強い場が正のエネルギーのバンドを持ち上げて負エネルギーのバンドと重ねると、そこに電子と陽電子の対が生成される過程が開きます。1 粒子の波動方程式の範囲では一貫した記述ができず、粒子の生成・消滅を許す場の量子論に進む必要が生じます。これが 場の量子論の動機の 1 つです。Dirac の「海」の描像(負エネルギー状態がすべて電子で満たされていると考え、空孔を陽電子とみなす)は、その最初の形でした。

演習 8.1易

Klein–Gordon 方程式の平面波解 ψ=Aei(kx−ωt)\psi=Ae^{i(kx-\omega t)} について、ω=+ωk\omega=+\omega_k と ω=−ωk\omega=-\omega_k で、命題 2.2 の密度 ρ\rho の符号を調べよ。ゲージ不変性や電荷の観点から、ρ\rho をどう読み替えるのがよいか。

解答

命題 2.2 により ρ=ℏωmc2∣A∣2\rho=\dfrac{\hbar\omega}{mc^2}|A|^2 で、ω=ωk>0\omega=\omega_k>0 では ρ>0\rho>0、ω=−ωk<0\omega=-\omega_k<0 では ρ<0\rho<0 です。そこで ρ\rho を確率密度ではなく 電荷密度(qρq\rho の符号を持つ量)と読み替えれば、正の周波数の解が電荷 +q+q の粒子、負の周波数の解が電荷 −q-q の粒子(反粒子)に対応すると解釈でき、負の密度も矛盾しません。これが場の量子論での扱いです。

演習 8.2標準

自由な場合に 定理 5.1 の v≃σ⋅p u/2mcv\simeq\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{p}\,u/2mc を使うと、大成分に対する方程式がシュレーディンガー方程式になることを示し、小成分の大きさが大成分の v/cv/c 程度であることを見積もれ。

解答

π=p\boldsymbol{\pi}=\boldsymbol{p}、ϕ=0\phi=0 とすると、定理 5.1 の方程式は iℏ∂tu=(σ⋅p)22mu=p22mui\hbar\partial_tu=\dfrac{(\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{p})^2}{2m}u=\dfrac{p^2}{2m}u で、これは自由なシュレーディンガー方程式です(σ⋅p\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{p} の 2 乗は p2p^2)。また ∥v∥≃∥σ⋅p u∥2mc=p2mc∥u∥∼v2c∥u∥\|v\|\simeq\dfrac{\|\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{p}\,u\|}{2mc}=\dfrac{p}{2mc}\|u\|\sim\dfrac v{2c}\|u\| (vv は粒子の速さ)です。水素の電子では v/c∼α≈1/137v/c\sim\alpha\approx1/137 で、小成分は大成分の 1%1\% 以下です。

演習 8.3標準

E=2mE=2m の電子が高さ V0=4mV_0=4m の階段に入射する。定理 7.2 を使って κ\kappa、RR、TT を求めよ。

解答

p=E2−m2=3 mp=\sqrt{E^2-m^2}=\sqrt3\,m、ε′=E−V0=−2m\varepsilon'=E-V_0=-2m(<−m<-m なので (iii))、p′2=ε′2−m2=3m2p'^2=\varepsilon'^2-m^2=3m^2 から p′=−3 mp'=-\sqrt3\,m(r′>0r'>0 のため負)です。κ=p′p⋅E+mε′+m=−3m3m⋅3m−m=3\kappa=\dfrac{p'}{p}\cdot\dfrac{E+m}{\varepsilon'+m}=\dfrac{-\sqrt3m}{\sqrt3m}\cdot\dfrac{3m}{-m}=3 で、R=(1−31+3)2=14R=\left(\dfrac{1-3}{1+3}\right)^2=\dfrac14、T=4⋅316=34T=\dfrac{4\cdot3}{16}=\dfrac34 です。R+T=1R+T=1 も確認できます。

演習 8.4標準

水素(Z=1Z=1)の基底状態 1s1/21s_{1/2} の Dirac エネルギー E=m1−α2E=m\sqrt{1-\alpha^2} を α\alpha で展開し、束縛エネルギー mc2−Emc^2-E に対する α4\alpha^4 の補正を eV\mathrm{eV} で求めよ。電磁場中の荷電粒子の公式(定理 6.3[電磁場中の荷電粒子])の n=1n=1、j=12j=\tfrac12 と比較せよ。

解答

1−α2=1−α22−α48−⋯\sqrt{1-\alpha^2}=1-\tfrac{\alpha^2}2-\tfrac{\alpha^4}8-\cdots より mc2−E=12mc2α2+18mc2α4+⋯mc^2-E=\tfrac12mc^2\alpha^2+\tfrac18mc^2\alpha^4+\cdots です。第 1 項は Bohr の 13.606 eV13.606\ \mathrm{eV}、第 2 項は 18×1.449×10−3 eV=1.81×10−4 eV\tfrac18\times1.449\times10^{-3}\ \mathrm{eV}=1.81\times10^{-4}\ \mathrm{eV} で、束縛を 1.3×10−51.3\times10^{-5} 倍だけ強めます。微細構造の公式は n=1n=1、j=12j=\tfrac12 で −mc2α42(11−34)=−mc2α48-\dfrac{mc^2\alpha^4}2\left(\dfrac{1}{1}-\dfrac34\right)=-\dfrac{mc^2\alpha^4}8 で、エネルギーを mc2α4/8mc^2\alpha^4/8 だけ下げるので、一致しています(系 6.5)。

  • P. A. M. Dirac, “The Quantum Theory of the Electron”, Proc. R. Soc. Lond. A 117 (1928), 610. Dirac 方程式の原典。
  • W. Gordon, “Die Energieniveaus des Wasserstoffatoms nach der Diracschen Quantentheorie des Elektrons”, Z. Phys. 48 (1928), 11. 水素原子の Dirac 解。
  • O. Klein, “Die Reflexion von Elektronen an einem Potentialsprung nach der relativistischen Dynamik von Dirac”, Z. Phys. 53 (1929), 157. Klein のパラドックスの原典。
  • J. J. Sakurai, Advanced Quantum Mechanics, Addison-Wesley, 1967 — Dirac 方程式、共変性、水素原子の章。
  • J. D. Bjorken, S. D. Drell, Relativistic Quantum Mechanics, McGraw-Hill, 1964 — Dirac 方程式、Klein のパラドックス、水素様原子。
  • B. Thaller, The Dirac Equation, Springer, 1992 — Dirac ハミルトニアンの数学的な取り扱い(自己共役性、スペクトル、水素様原子)。

このテーマの 100 本ノック(50 問)

執筆: Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 3 回(Claude Code)・最終 2026-10-12

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