外場つき Dirac 作用素と Dirac–Coulomb:Kato–Rellich の限界、臨界結合と特別な自己共役拡大
対象読者: 本テーマ第 1 章の自由 Dirac 作用素と、対称作用素の自己共役拡大(不足指数)、Kato–Rellich の定理を学んだ博士課程の人。常微分方程式の端点理論は仮定しません。
前提となる記事:自由 Dirac 作用素:Clifford 代数の表現、自己共役性とスペクトル、Foldy–Wouthuysen 変換、対称作用素と自己共役拡大:不足指数と von Neumann の拡大理論、自己共役性の判定:Kato–Rellich・KLMN・Friedrichs 拡大・Nelson の可換子定理
0. この記事の要点
Section titled “0. この記事の要点”水素のような、原子核のまわりを 1 個の電子が回る原子を、光の速さに近い運動まで考えて量子力学で扱うと、電子の方程式は原子核に近づくほど強く効く力(距離に反比例する力)を含みます。核の電荷が大きくなると、この力は原点で「強すぎて」、方程式から電子のエネルギーを一意に決められなくなる恐れがあります。この記事は、核の電荷(結合の強さ )がどこまで大きければ問題なくエネルギーが決まるのか、決まらなくなった先でも自然な選び方は何か、そのとき電子がとれるエネルギーの範囲はどうなるのかを、数学的に答えます。
- エルミート行列値のポテンシャル が 、 を満たせば、Hardy の不等式と Kato–Rellich の定理から は 上で自己共役です。Hardy の定数が最良なので、この方法は を越えられません。
- Coulomb 場 では部分波に分解する(角運動量の値ごとに問題を分ける)と、各チャネル(分けた 1 つ 1 つの問題。 は角運動量を表す 0 でない整数です)は半直線上の 一階系 になり、原点での解の振る舞いは 、 です。 なら境界形式が消え、 は本質的自己共役(拡大の選び方が一通りしかない)です。 なので、 で は 上で本質的自己共役になります。
- では のチャネルで両方の解が原点で 2 乗可積分になり、自己共役拡大は一つに決まりません。それでも「定義域が に入る」という条件で拡大がただ一つに決まります(特別な自己共役拡大)。この拡大の固有値が Sommerfeld の公式です。
- Kato の不等式 を Fourier 側の Schur 評価で証明します。これから がコンパクトになり、 でレゾルベントの差がコンパクト、したがって が従います。
- 同じ不等式から、相対論的な Schrödinger 作用素 は で下に有界です。この と Dirac の臨界値 の食い違いが、第 3 章の no-pair 作用素の臨界結合 につながります。
水素様原子の Dirac 方程式では、ポテンシャル の強さ が に近づくと、Sommerfeld の基底エネルギー が に下がり、 では実数でなくなります(相対論的量子力学 の 定理 6.4[相対論的量子力学])。 は です。重い原子の内殻電子や、重イオン衝突で一時的に作られる の「超臨界」な複合核を扱うには、Dirac–Coulomb 作用素がどの まで、どういう意味で自己共役か、を知る必要があります。
問題の核心は原点の特異性です。Schrödinger 作用素 ではポテンシャルの が運動エネルギーの より弱いので、どんな でも Kato–Rellich で片付きます(例 3.5[自己共役性の判定])。Dirac 作用素は 1 階なので、 はちょうど運動エネルギーと同じ次数になり、結合定数の大きさそのものが効いてきます。逆 2 乗ポテンシャルの Schrödinger 作用素(系 3.3[シュレーディンガー作用素の自己共役性と束縛状態])と同じ構造で、そこでも臨界値で自己共役性の様子が変わりました。
本章の流れは次のとおりです。§3 で Kato–Rellich の適用範囲を確かめ、§4 で部分波の常微分方程式から と という 2 つの閾値を導きます。§5 で Kato の不等式を証明し、§6 で本質スペクトルを決めます。
執筆: Claude Code(Opus 5.5)、Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 3 回(Claude Code)・最終 2026-10-12
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