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散乱理論:Lippmann–Schwinger 方程式から部分波展開、光学定理、Breit–Wigner 共鳴まで

対象読者: 本テーマ第1章(時間依存摂動論)と水素原子の中心力場の解(球面調和関数・球ベッセル関数の初歩)を学んだ人。散乱の断面積は仮定しません。

前提となる記事:時間発展と時間依存摂動論:描像の取り替え、Dyson 級数、Rabi 振動、断熱定理と Berry 位相、水素原子:中心力場のシュレーディンガー方程式から n, l, m が現れるまで

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壁に向かってボールを投げると、どの向きにどれだけ跳ね返るかで、壁の形や硬さが推し量れます。原子や原子核のような小さな標的でも同じ考え方が使え、粒子を当てて「どの向きにどれだけ散らばるか」を測ります。ただし粒子は波の性質をもつので、散らばり方は波の重なりとして計算します。この記事を読むと、ポテンシャルの形から散らばり方を計算する道筋と、その結果が位相のずれという 1 つの数にまとまる理由が分かります。

  • 散乱実験で測るのは、入射粒子の流束に対する、立体角 dΩd\Omega に散乱される粒子の割合、つまり微分断面積 dσ/dΩd\sigma/d\Omega です。定常的な散乱状態 ψ→eik⋅r+f(θ) eikr/r\psi\to e^{i\boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{r}}+f(\theta)\,e^{ikr}/r の 散乱振幅 ff を使って dσ/dΩ=∣f∣2d\sigma/d\Omega=|f|^2 と書けます。
  • 散乱状態は Lippmann–Schwinger 方程式 ψ=ϕk+G0+Uψ\psi=\phi_{\boldsymbol{k}}+G_0^{+}U\psi を満たします。ポテンシャルが小さければ Neumann 級数(Born 級数)が収束し、その初項が Born 近似 fB=−m2πℏ2V~(q)f_{\mathrm B}=-\dfrac{m}{2\pi\hbar^2}\tilde V(\boldsymbol{q}) です。
  • 中心力では、角運動量ごとに分けた部分波展開が使えます。各部分波の影響は 位相のずれ δl\delta_l ひとつに詰まり、f=1k∑l(2l+1)eiδlsin⁡δl Pl(cos⁡θ)f=\dfrac1k\sum_l(2l+1)e^{i\delta_l}\sin\delta_l\,P_l(\cos\theta)、σ=4πk2∑l(2l+1)sin⁡2δl\sigma=\dfrac{4\pi}{k^2}\sum_l(2l+1)\sin^2\delta_l となります。
  • 光学定理 Im f(0)=kσ/4π\mathrm{Im}\,f(0)=k\sigma/4\pi は、前方散乱の虚部が全断面積を決めることを述べます。確率の保存の現れです。
  • 位相のずれがエネルギーとともに 00 から π\pi へ急に上昇する共鳴では、断面積は幅 Γ\Gamma の Breit–Wigner 型のピークを持ち、ピークの高さはユニタリ性の上限(確率が 1 を超えないことから決まる、断面積の最大値)4π(2l+1)/k24\pi(2l+1)/k^2 に達します。

原子の内部は直接には見えません。20 世紀初頭の Rutherford の実験は、金箔に α\alpha 粒子を撃ち込み、散乱される角度の分布から原子核の存在を突き止めました。現在でも、素粒子の衝突、中性子による結晶の構造解析、電子線回折など、「粒子を撃ち込んで散らばり方を見る」手法が物質の内部を調べる主要な道具です。

この章で考える問いは、次のように述べられます。ポテンシャル V(r)V(\boldsymbol{r}) に向かって平面波として入射した粒子は、どちらの向きにどのくらい散乱されるか。 これは束縛状態の問題(離散的なエネルギー固有値を求める)と違い、連続スペクトルのエネルギー E>0E>0 の固有関数を扱う問題です。前の章の時間依存摂動論を散乱に適用することは可能で、Fermi の黄金律から Born 近似が出ることも見ました。ここでは時間に依存しない定常的な枠組みを使い、Born 近似を超える精密な議論(部分波、位相のずれ、共鳴)まで進めます。

質量 mm の粒子が、有限の範囲にのみ及ぶポテンシャル V(r)V(\boldsymbol{r}) から散乱される問題を考えます。エネルギー E=ℏ2k2/2m>0E=\hbar^2k^2/2m>0 のシュレーディンガー方程式は、U(r)=2mℏ2V(r)U(\boldsymbol{r})=\dfrac{2m}{\hbar^2}V(\boldsymbol{r}) と置くと

(∇2+k2)ψ(r)=U(r) ψ(r)\left(\nabla^2+k^2\right)\psi(\boldsymbol{r})=U(\boldsymbol{r})\,\psi(\boldsymbol{r})

と書けます。以後、簡単のため VV は有界で、∣r∣>R|\boldsymbol{r}|>R では V=0V=0 とします(有限到達距離)。

定義 2.1(散乱状態と散乱振幅)↗

k=kz^\boldsymbol{k}=k\hat{\boldsymbol{z}} とする。方程式 (∇2+k2)ψ=Uψ(\nabla^2+k^2)\psi=U\psi の解 ψk\psi_{\boldsymbol{k}} が r→∞r\to\infty で

ψk(r)=eik⋅r+f(θ,φ) eikrr+O ⁣(1r2)\psi_{\boldsymbol{k}}(\boldsymbol{r})=e^{i\boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{r}}+f(\theta,\varphi)\,\frac{e^{ikr}}{r}+O\!\left(\frac{1}{r^2}\right)

の形をしているとき、ψk\psi_{\boldsymbol{k}} を 散乱状態、ff を 散乱振幅 と呼ぶ。第 1 項は入射する平面波、第 2 項は外向きの球面波である。θ\theta は入射方向 z^\hat{\boldsymbol{z}} からの散乱角。

入射平面波標的 V(r)θ散乱波(立体角 dΩ の向き)z 軸(入射方向)
散乱の配置。入射する平面波が標的で散らされ、角度 θ の向きの立体角 dΩ に球面波 f(θ) e^ikr / r として広がる

球面波の因子 eikr/re^{ikr}/r に時間因子 e−iEt/ℏe^{-iEt/\hbar} を掛けると外へ広がる波になるので、「外向きの球面波だけ」を許すのが散乱の境界条件です(内向きの球面波 e−ikr/re^{-ikr}/r は、標的から出ていく粒子としては現れません)。

命題 2.2(微分断面積)✓

流束密度 j=ℏmIm(ψˉ∇ψ)\boldsymbol{j}=\dfrac{\hbar}{m}\mathrm{Im}(\bar\psi\nabla\psi) で見たとき、入射波の流束は ℏk/m\hbar k/m、散乱波の動径方向の流束は ℏkm∣f∣2r2\dfrac{\hbar k}{m}\dfrac{|f|^2}{r^2} である。したがって、立体角 dΩd\Omega 内へ単位時間に散乱される粒子数を入射流束で割った 微分断面積 は

dσdΩ=∣f(θ,φ)∣2,σ=∫∣f∣2 dΩ\frac{d\sigma}{d\Omega}=|f(\theta,\varphi)|^2,\qquad \sigma=\int|f|^2\,d\Omega

である。σ\sigma を全断面積と呼ぶ。

証明(命題 2.2)

入射波 eikze^{ikz} では ψˉ∂zψ=ik\bar\psi\partial_z\psi=ik なので jin=(ℏk/m)z^\boldsymbol{j}_{\rm in}=(\hbar k/m)\hat{\boldsymbol{z}} です。散乱波 ψs=f eikr/r\psi_s=f\,e^{ikr}/r では ∂rψs=(ik−1/r)ψs\partial_r\psi_s=(ik-1/r)\psi_s から Im(ψˉs∂rψs)=k∣f∣2/r2\mathrm{Im}(\bar\psi_s\partial_r\psi_s)=k|f|^2/r^2 で、jr=(ℏk/m)∣f∣2/r2j_r=(\hbar k/m)|f|^2/r^2 です。球面 rr 上の面積要素は r2dΩr^2d\Omega なので、dΩd\Omega を通る毎秒の粒子数は (ℏk/m)∣f∣2dΩ(\hbar k/m)|f|^2d\Omega です。入射流束で割れば主張を得ます。

厳密には入射波と散乱波の干渉項も流束に寄与しますが、前方(θ=0\theta=0)以外では rr を大きくすると平均して消えます。前方だけは干渉が決定的な役割を果たし、§5 の光学定理の根拠になります。

3. Lippmann–Schwinger 方程式と Born 近似

Section titled “3. Lippmann–Schwinger 方程式と Born 近似”

散乱状態を具体的に作るには、微分方程式の境界条件を積分方程式に組み込みます。そのために、自由なヘルムホルツ方程式のグリーン関数が必要です。グリーン関数とは、原点に点状の源があるときの応答(その点から広がる波)のことで、源が連続的に分布する場合の解は、これを重ね合わせて作れます。次の補題はその具体形が外向きの球面波であることを確かめるもので、証明は原点付近の小さな球面を除いて境界の寄与を調べる、という方針です。

補題 3.1(外向き波のグリーン関数)✓

Gk+(r)=−eik∣r∣4π∣r∣G_k^{+}(\boldsymbol{r})=-\dfrac{e^{ik|\boldsymbol{r}|}}{4\pi|\boldsymbol{r}|} は、超関数の意味で (∇2+k2)Gk+=δ3(r)(\nabla^2+k^2)G_k^{+}=\delta^3(\boldsymbol{r}) を満たす。

証明(補題 3.1)

u=eikr/ru=e^{ikr}/r とします。r>0r>0 では u′′+2ru′=−k2uu''+\dfrac{2}{r}u'=-k^2u(ru=eikrru=e^{ikr} が (ru)′′=−k2(ru)(ru)''=-k^2(ru) を満たすため)なので (∇2+k2)u=0(\nabla^2+k^2)u=0 です。原点の寄与を調べるため、任意のなめらかなコンパクト台の試験関数 ϕ\phi と小さな ϵ>0\epsilon>0 について、領域 r>ϵr>\epsilon にグリーンの第 2 恒等式を使うと

∫r>ϵu (∇2+k2)ϕ d3r=∫r>ϵ(u∇2ϕ−ϕ∇2u)d3r=−∮r=ϵ(u ∂rϕ−ϕ ∂ru)ϵ2dΩ\int_{r>\epsilon}u\,(\nabla^2+k^2)\phi\,d^3r=\int_{r>\epsilon}\left(u\nabla^2\phi-\phi\nabla^2u\right)d^3r=-\oint_{r=\epsilon}\left(u\,\partial_r\phi-\phi\,\partial_ru\right)\epsilon^2d\Omega

です(境界の外向き法線は領域に対して −r^-\hat{\boldsymbol{r}})。ϵ→0\epsilon\to0 で、u ∂rϕ⋅ϵ2=O(ϵ)→0u\,\partial_r\phi\cdot\epsilon^2=O(\epsilon)\to0 です。また ∂ru=(ik−1/r)u\partial_ru=(ik-1/r)u より ϕ ∂ru⋅ϵ2→−ϕ(0)\phi\,\partial_ru\cdot\epsilon^2\to-\phi(0) なので、球面上の角度積分は ∮(u ∂rϕ−ϕ ∂ru)ϵ2dΩ→+4πϕ(0)\oint(u\,\partial_r\phi-\phi\,\partial_ru)\epsilon^2d\Omega\to+4\pi\phi(0) となり、右辺は −4πϕ(0)-4\pi\phi(0) です。したがって ∫u(∇2+k2)ϕ d3r=−4πϕ(0)\int u(\nabla^2+k^2)\phi\,d^3r=-4\pi\phi(0)、つまり (∇2+k2)u=−4πδ3(\nabla^2+k^2)u=-4\pi\delta^3 です。Gk+=−u/4πG_k^+=-u/4\pi を代入すれば主張です。

定義 3.2(Lippmann–Schwinger 方程式)↗

ϕk(r)=eik⋅r\phi_{\boldsymbol{k}}(\boldsymbol{r})=e^{i\boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{r}} とする。積分方程式

ψ(r)=ϕk(r)+∫Gk+(r−r′) U(r′) ψ(r′) d3r′\psi(\boldsymbol{r})=\phi_{\boldsymbol{k}}(\boldsymbol{r})+\int G_k^{+}(\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}')\,U(\boldsymbol{r}')\,\psi(\boldsymbol{r}')\,d^3r'

を Lippmann–Schwinger 方程式 と呼ぶ。

定理 3.3(LS 方程式の解は散乱状態を与える)✓

有界な ψ\psi が 定義 3.2 を満たすとする。このとき (1) ψ\psi は (∇2+k2)ψ=Uψ(\nabla^2+k^2)\psi=U\psi を満たす。(2) ψ\psi は 定義 2.1 の形をもち、散乱振幅は

f(θ,φ)=−14π∫e−ik′⋅r′ U(r′) ψ(r′) d3r′=−m2πℏ2∫e−ik′⋅r′V(r′) ψ(r′) d3r′,k′=kr^f(\theta,\varphi)=-\frac{1}{4\pi}\int e^{-i\boldsymbol{k}'\cdot\boldsymbol{r}'}\,U(\boldsymbol{r}')\,\psi(\boldsymbol{r}')\,d^3r'=-\frac{m}{2\pi\hbar^2}\int e^{-i\boldsymbol{k}'\cdot\boldsymbol{r}'}V(\boldsymbol{r}')\,\psi(\boldsymbol{r}')\,d^3r',\qquad \boldsymbol{k}'=k\hat{\boldsymbol{r}}

で与えられる。

証明(定理 3.3)

(1) (∇2+k2)ϕk=0(\nabla^2+k^2)\phi_{\boldsymbol{k}}=0 であり、方程式の積分項に ∇2+k2\nabla^2+k^2 を作用させると 補題 3.1 により ∫δ3(r−r′)U(r′)ψ(r′)d3r′=Uψ\int\delta^3(\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}')U(\boldsymbol{r}')\psi(\boldsymbol{r}')d^3r'=U\psi です。 (2) UU の台は ∣r′∣≤R|\boldsymbol{r}'|\le R なので、r≫Rr\gg R では ∣r−r′∣=r−r^⋅r′+O(R2/r)|\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}'|=r-\hat{\boldsymbol{r}}\cdot\boldsymbol{r}'+O(R^2/r) と展開できます。したがって

eik∣r−r′∣∣r−r′∣=eikrre−ik′⋅r′(1+O ⁣(1r))\frac{e^{ik|\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}'|}}{|\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}'|}=\frac{e^{ikr}}{r}e^{-i\boldsymbol{k}'\cdot\boldsymbol{r}'}\left(1+O\!\left(\frac1r\right)\right)

(一様に ∣r′∣≤R|\boldsymbol{r}'|\le R で)です。これを積分に代入すると、ψ=ϕk+f eikr/r+O(r−2)\psi=\phi_{\boldsymbol{k}}+f\,e^{ikr}/r+O(r^{-2}) が得られます。

LS 方程式は ψ\psi に関する積分方程式なので、Neumann 級数で解くことを考えます。これは、右辺の ψ\psi に ϕk\phi_{\boldsymbol{k}} を入れ、出てきた結果をまた右辺に入れる、という代入を繰り返す方法です。ポテンシャルが弱ければ、繰り返すたびに補正が小さくなって解に近づく、というのが次の定理の内容です。「縮小写像」とは、1 回適用するごとに大きさが一定の割合(1 より小さい)以下になる操作のことです。(Kψ)(r)=∫Gk+(r−r′)U(r′)ψ(r′)d3r′(K\psi)(\boldsymbol{r})=\int G_k^{+}(\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}')U(\boldsymbol{r}')\psi(\boldsymbol{r}')d^3r' と置けば、方程式は ψ=ϕk+Kψ\psi=\phi_{\boldsymbol{k}}+K\psi で、解は ψ=∑n≥0Knϕk\psi=\sum_{n\ge0}K^n\phi_{\boldsymbol{k}} です。

定理 3.4(Born 級数の収束)✓

∥U∥∞=sup⁡∣U∣\|U\|_\infty=\sup|U| について κ:=∥U∥∞R2/2<1\kappa:=\|U\|_\infty R^2/2<1 とする。このとき LS 方程式は有界連続な解を一意にもち、それは Born 級数 ψ=∑n=0∞Knϕk\psi=\sum_{n=0}^\infty K^n\phi_{\boldsymbol{k}} で与えられ、∥ψ∥∞≤1/(1−κ)\|\psi\|_\infty\le1/(1-\kappa) である。散乱振幅の 1 次の項(Born 近似)は

fB(k′,k)=−m2πℏ2V~(q),q=k′−k,V~(q)=∫e−iq⋅rV(r) d3rf_{\mathrm B}(\boldsymbol{k}',\boldsymbol{k})=-\frac{m}{2\pi\hbar^2}\tilde V(\boldsymbol{q}),\qquad \boldsymbol{q}=\boldsymbol{k}'-\boldsymbol{k},\quad \tilde V(\boldsymbol{q})=\int e^{-i\boldsymbol{q}\cdot\boldsymbol{r}}V(\boldsymbol{r})\,d^3r

で、∣q∣=2ksin⁡(θ/2)|\boldsymbol{q}|=2k\sin(\theta/2) である。

証明(定理 3.4)

B={∣r∣≤R}B=\{|\boldsymbol{r}|\le R\} 上の有界連続関数の空間 C(B)C(B) に上限ノルムを入れます。ψ∈C(B)\psi\in C(B) に対し ∣Kψ(r)∣≤∥U∥∞∥ψ∥∞∫Bd3r′4π∣r−r′∣|K\psi(\boldsymbol{r})|\le\|U\|_\infty\|\psi\|_\infty\displaystyle\int_B\frac{d^3r'}{4\pi|\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}'|} で、∣Gk+∣=1/4π∣r∣|G_k^+|=1/4\pi|\boldsymbol{r}| を使いました。最後の積分(一様な球のニュートンポテンシャル)は r\boldsymbol{r} が球の中心にあるとき最大で、そのとき ∫0R4πs2⋅14πsds=R2/2\int_0^R 4\pi s^2\cdot\dfrac{1}{4\pi s}ds=R^2/2 です。したがって ∥K∥≤κ<1\|K\|\le\kappa<1 で、KK は縮小写像です。Neumann 級数 ∑Knϕk\sum K^n\phi_{\boldsymbol{k}} は C(B)C(B) で収束し、∥ψ∥≤∥ϕk∥/(1−κ)=1/(1−κ)\|\psi\|\le\|\phi_{\boldsymbol{k}}\|/(1-\kappa)=1/(1-\kappa) です。これは BB の外にも LS 方程式の右辺で自然に拡張されます。一意性は縮小写像の不動点の一意性です。ff の公式は 定理 3.3 の ff に ψ→ϕk\psi\to\phi_{\boldsymbol{k}} を代入したもので、k′⋅r′−k⋅r′=q⋅r′\boldsymbol{k}'\cdot\boldsymbol{r}'-\boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{r}'=\boldsymbol{q}\cdot\boldsymbol{r}' と ∣q∣2=2k2(1−cos⁡θ)|\boldsymbol{q}|^2=2k^2(1-\cos\theta) から従います。

条件 κ<1\kappa<1 は m∣V∣R2/ℏ2<1m|V|R^2/\hbar^2<1、すなわち「ポテンシャルの深さが、ポテンシャルが及ぶ範囲に閉じ込めたときの運動エネルギー ℏ2/mR2\hbar^2/mR^2 程度より浅い」ことを述べています。高エネルギーでは一般にもっと弱い条件で Born 近似が良くなりますが、ここでは扱いません。

例 3.5(湯川ポテンシャルと Rutherford 散乱)

湯川型 V(r)=V0 e−μr/rV(r)=V_0\,e^{-\mu r}/r は到達距離が有限ではありませんが(指数減衰)、同じ計算が通ります。フーリエ変換は

V~(q)=V0∫e−μrre−iq⋅rd3r=4πV0q2+μ2\tilde V(\boldsymbol{q})=V_0\int\frac{e^{-\mu r}}{r}e^{-i\boldsymbol{q}\cdot\boldsymbol{r}}d^3r=\frac{4\pi V_0}{q^2+\mu^2}

です(角度積分 ∫e−iqrcos⁡θdcos⁡θ=2sin⁡(qr)/qr\int e^{-iqr\cos\theta}d\cos\theta=2\sin(qr)/qr の後で ∫0∞e−μrsin⁡(qr)dr=q/(q2+μ2)\int_0^\infty e^{-\mu r}\sin(qr)dr=q/(q^2+\mu^2) を使う)。よって Born 近似の微分断面積は

dσdΩ=(2mV0ℏ2)21(μ2+4k2sin⁡2(θ/2))2\frac{d\sigma}{d\Omega}=\left(\frac{2mV_0}{\hbar^2}\right)^2\frac{1}{\left(\mu^2+4k^2\sin^2(\theta/2)\right)^2}

です。μ→0\mu\to0 とすればクーロンポテンシャル V0=Z1Z2e2/4πε0V_0=Z_1Z_2e^2/4\pi\varepsilon_0 になり、E=ℏ2k2/2mE=\hbar^2k^2/2m を使って

dσdΩ=(V04E)21sin⁡4(θ/2)\frac{d\sigma}{d\Omega}=\left(\frac{V_0}{4E}\right)^2\frac{1}{\sin^4(\theta/2)}

という Rutherford の公式 が出ます。クーロン力は到達距離が無限大で 定理 3.4 の仮定を満たしませんが、結果は古典力学の厳密な軌道計算(中心力 の章を参照)と、量子力学の厳密解の両方に一致します。

4. 中心力ポテンシャルと部分波展開

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V=V(r)V=V(r) が球対称(中心力ポテンシャル)のとき、角運動量が保存されるので、問題を l=0,1,2,…l=0,1,2,\ldots ごとの 1 次元問題に分解できます。

そのために、平面波を球面波の和で書く必要があります。

補題 4.1(平面波の展開)✓

PlP_l を ルジャンドル多項式として、jl(x)=12il∫−11eixtPl(t) dtj_l(x)=\dfrac{1}{2i^l}\displaystyle\int_{-1}^{1}e^{ixt}P_l(t)\,dt と定める。このとき

eikrcos⁡θ=∑l=0∞(2l+1) il jl(kr) Pl(cos⁡θ)e^{ikr\cos\theta}=\sum_{l=0}^{\infty}(2l+1)\,i^l\,j_l(kr)\,P_l(\cos\theta)

であり、jlj_l は次の性質をもつ。(a) jlj_l は x≥0x\ge0 で有界で、方程式 jl′′+2xjl′+(1−l(l+1)x2)jl=0j_l''+\dfrac{2}{x}j_l'+\left(1-\dfrac{l(l+1)}{x^2}\right)j_l=0 を満たす。(b) x→∞x\to\infty で jl(x)=sin⁡(x−lπ/2)x+O(x−2)j_l(x)=\dfrac{\sin(x-l\pi/2)}{x}+O(x^{-2})。

jlj_l は 球ベッセル関数 と呼ばれます。

証明(補題 4.1)

ここで定めた jlj_l は、球 Bessel 関数の定義(定義 6.1)[球面調和関数と Legendre 関数] と同じものです(1/(2il)=(−i)l/21/(2i^l)=(-i)^l/2)。展開式は 平面波の部分波展開(定理 7.1)[球面調和関数と Legendre 関数] そのもので、Legendre 係数 2l+12∫−11eixtPl(t) dt=(2l+1) iljl(x)\frac{2l+1}{2}\int_{-1}^1e^{ixt}P_l(t)\,dt=(2l+1)\,i^lj_l(x) を求め、その級数が一様収束して eixte^{ixt} に等しいことが示されています。

(a) 方程式は 命題 6.2[球面調和関数と Legendre 関数] の 2 です。有界性は、∣Pl(t)∣≤1|P_l(t)|\le1 から ∣jl(x)∣≤12∫−11∣Pl∣ dt≤1|j_l(x)|\le\frac12\int_{-1}^1|P_l|\,dt\le1 と従います。

(b) 漸近形は 命題 6.2[球面調和関数と Legendre 関数] の 4 で jl(x)=sin⁡(x−lπ/2)/x+O(x−2)j_l(x)=\sin(x-l\pi/2)/x+O(x^{-2}) と示されています。

球対称なポテンシャルでは、散乱状態は zz 軸まわりの回転で不変(軸対称)です。ψ=∑lul(r)rPl(cos⁡θ)\psi=\sum_l\dfrac{u_l(r)}{r}P_l(\cos\theta) と展開すると、命題 4.1[水素原子] と同様に、各 ulu_l は半直線上の 1 次元方程式

ul′′+(k2−l(l+1)r2−U(r))ul=0,ul(0)=0u_l''+\left(k^2-\frac{l(l+1)}{r^2}-U(r)\right)u_l=0,\qquad u_l(0)=0

を満たします。r>Rr>R では U=0U=0 で、自由な解は r jl(kr)r\,j_l(kr)(補題 4.1 (a))と、もう 1 つの独立解の線形結合です。一般の UU でも、次の補題で漸近形が決まります。

補題 4.2(遠方での正弦的挙動)✓

qq を [R,∞)[R,\infty) 上の連続な実関数で ∫R∞∣q∣ dr<∞\int_R^\infty|q|\,dr<\infty とする。方程式 u′′+k2u=q uu''+k^2u=q\,u の任意の解は有界で、定数 a,ba,b があって u(r)=asin⁡kr+bcos⁡kr+o(1)u(r)=a\sin kr+b\cos kr+o(1)(r→∞r\to\infty)となる。

証明(補題 4.2)

定数変化法により、ある α,β\alpha,\beta について u(r)=αsin⁡kr+βcos⁡kr+1k∫Rrsin⁡k(r−s) q(s)u(s) dsu(r)=\alpha\sin kr+\beta\cos kr+\dfrac1k\displaystyle\int_R^r\sin k(r-s)\,q(s)u(s)\,ds です。∣u(r)∣≤∣α∣+∣β∣+1k∫Rr∣q∣∣u∣ ds|u(r)|\le|\alpha|+|\beta|+\dfrac1k\displaystyle\int_R^r|q||u|\,ds にグロンウォールの不等式を使うと ∣u∣≤(∣α∣+∣β∣)exp⁡ ⁣(1k∫R∞∣q∣)|u|\le(|\alpha|+|\beta|)\exp\!\left(\dfrac1k\int_R^\infty|q|\right) で有界です。すると ∫R∞∣q∣∣u∣ds<∞\int_R^\infty|q||u|ds<\infty なので、sin⁡k(r−s)=sin⁡krcos⁡ks−cos⁡krsin⁡ks\sin k(r-s)=\sin kr\cos ks-\cos kr\sin ks と書いて積分の上限を ∞\infty に延ばせます。たとえば a=α+1k∫R∞cos⁡ks q u dsa=\alpha+\frac1k\int_R^\infty\cos ks\,q\,u\,ds と取ると、延ばしたことによる誤差は 1k∫r∞∣q∣∣u∣ds→0\frac1k\int_r^\infty|q||u|ds\to0 です。

q=U+l(l+1)/r2q=U+l(l+1)/r^2 は r>R>0r>R>0 で可積分なので、この補題が各 ulu_l に使えます。ulu_l は実数値(方程式と境界条件が実)で、ul(r)→asin⁡kr+bcos⁡kru_l(r)\to a\sin kr+b\cos kr の a,ba,b は実数なので、Al>0A_l>0 と δl\delta_l を使って asin⁡kr+bcos⁡kr=Alsin⁡(kr−lπ/2+δl)a\sin kr+b\cos kr=A_l\sin(kr-l\pi/2+\delta_l) と書けます。

定義 4.3(位相のずれ)↗

上の δl\delta_l(π\pi の整数倍の不定性を除く)を、角運動量 ll の 位相のずれ と呼ぶ。自由な場合(U=0U=0)は 補題 4.1 (b) により δl=0\delta_l=0 である。

ここで r>Rr>R の解が sin⁡\sin と cos⁡\cos の組み合わせで書けることが要点です。ポテンシャルの外では自由な波とほぼ同じ形で、違いは波が前後にずれること(位相のずれ)だけになります。そのため、ポテンシャルの影響が δl\delta_l という 1 つの数に集約されます。

物理的には、ポテンシャルが引力なら波が引き込まれて δl>0\delta_l>0、斥力なら押し出されて δl<0\delta_l<0 になります。自由な波との位相差だけが、散乱の情報のすべてです。

次の定理は、位相のずれから散乱振幅と断面積を作る公式です。証明の方針は、ポテンシャルを含む解の遠方での形と、入射平面波の展開とを比べることです。散乱で新しく現れてよいのは外向きの波 eikr/re^{ikr}/r だけで、内向きの波 e−ikr/re^{-ikr}/r は入射波がもともともっている分しか存在できません。そこで内向き波の係数を平面波と一致させ、残った外向き波の差から散乱振幅を読み取ります。

定理 4.4(部分波展開)✓

中心力ポテンシャルの散乱状態は

ψ=∑l=0∞(2l+1) il eiδl ul(r)Al kr Pl(cos⁡θ)\psi=\sum_{l=0}^\infty(2l+1)\,i^l\,e^{i\delta_l}\,\frac{u_l(r)}{A_l\,kr}\,P_l(\cos\theta)

であり、散乱振幅は

f(θ)=1k∑l=0∞(2l+1) eiδlsin⁡δl  Pl(cos⁡θ)=12ik∑l(2l+1)(e2iδl−1)Pl(cos⁡θ)f(\theta)=\frac{1}{k}\sum_{l=0}^{\infty}(2l+1)\,e^{i\delta_l}\sin\delta_l\;P_l(\cos\theta)=\frac{1}{2ik}\sum_l(2l+1)\left(e^{2i\delta_l}-1\right)P_l(\cos\theta)

全断面積は

σ=4πk2∑l=0∞(2l+1)sin⁡2δl\sigma=\frac{4\pi}{k^2}\sum_{l=0}^{\infty}(2l+1)\sin^2\delta_l

である。ここで級数と r→∞r\to\infty の極限の交換は、δl\delta_l が有限個を除いて 00 のとき(たとえば到達距離 RR のポテンシャルで l≫kRl\gg kR の波がポテンシャルに届かない場合)は自明で、一般には L2L^2 の意味で成り立つ。

証明(定理 4.4)

ψ\psi を ψ=∑l(2l+1)ilcl ul(r)AlkrPl(cos⁡θ)\psi=\sum_l(2l+1)i^lc_l\,\dfrac{u_l(r)}{A_lkr}P_l(\cos\theta) と書きます(clc_l は未定の定数。ul(0)=0u_l(0)=0 で正則な解は定数倍しかない)。r→∞r\to\infty で ul/(Alkr)→sin⁡(kr−lπ/2+δl)/(kr)u_l/(A_l kr)\to\sin(kr-l\pi/2+\delta_l)/(kr) です。一方、平面波は 補題 4.1 より ∑l(2l+1)ilsin⁡(kr−lπ/2)krPl\sum_l(2l+1)i^l\dfrac{\sin(kr-l\pi/2)}{kr}P_l に漸近します。両者の差が外向き波 f eikr/rf\,e^{ikr}/r だけでなければならないので、e−ikr/re^{-ikr}/r の係数が一致する必要があります。sin⁡ξ=(eiξ−e−iξ)/2i\sin\xi=(e^{i\xi}-e^{-i\xi})/2i により、第 ll 成分の e−ikre^{-ikr} の係数は ψ\psi が −cl e−iδleilπ/2/2i-c_l\,e^{-i\delta_l}e^{il\pi/2}/2i、平面波が −eilπ/2/2i-e^{il\pi/2}/2i(共通の因子 (2l+1)il/kr(2l+1)i^l/kr を除く)です。一致から cl=eiδlc_l=e^{i\delta_l} を得ます。

そのとき eikre^{ikr} の係数の差は、(2l+1)il2ikre−ilπ/2(e2iδl−1)\dfrac{(2l+1)i^l}{2ikr}e^{-il\pi/2}\left(e^{2i\delta_l}-1\right) で、ile−ilπ/2=1i^le^{-il\pi/2}=1 です。これが f(θ)eikr/rf(\theta)e^{ikr}/r の PlP_l 成分 ⇒\Rightarrow ff の公式が従います。断面積は、∫−11PlPl′ dcos⁡θ=2δll′2l+1\int_{-1}^{1}P_lP_{l'}\,d\cos\theta=\dfrac{2\delta_{ll'}}{2l+1} により σ=2π∫∣f∣2dcos⁡θ=2πk2∑l(2l+1)2sin⁡2δl⋅22l+1=4πk2∑l(2l+1)sin⁡2δl\sigma=2\pi\displaystyle\int|f|^2d\cos\theta=\dfrac{2\pi}{k^2}\sum_l(2l+1)^2\sin^2\delta_l\cdot\dfrac{2}{2l+1}=\dfrac{4\pi}{k^2}\sum_l(2l+1)\sin^2\delta_l です。

位相のずれから断面積を読むのが、実験データを解析する標準的な方法です。1 つの部分波の寄与は sin⁡2δl≤1\sin^2\delta_l\le1 より σl≤4π(2l+1)/k2\sigma_l\le4\pi(2l+1)/k^2 に抑えられます(ユニタリ性の上限)。

例 4.5(剛体球)

V=∞ (r<a)V=\infty\ (r<a)、0 (r>a)0\ (r>a) とします。r>ar>a の解は u0=sin⁡k(r−a)u_0=\sin k(r-a)(境界条件 u0(a)=0u_0(a)=0)なので δ0=−ka\delta_0=-ka と厳密に決まります。低エネルギー ka≪1ka\ll1 では jl(x)∼xl/(2l+1)!!j_l(x)\sim x^l/(2l+1)!! から δl=O((ka)2l+1)\delta_l=O((ka)^{2l+1}) となり、ss 波が支配的です。このとき

σ≃4πk2sin⁡2(ka)→4πa2(k→0)\sigma\simeq\frac{4\pi}{k^2}\sin^2(ka)\to4\pi a^2\qquad(k\to0)

で、幾何学的断面積 πa2\pi a^2 の 4 倍 です。波動性のため、標的は見かけ上、大きく見えます。

例 4.6(球形井戸と散乱長)

V=−V0 (r<a)V=-V_0\ (r<a)、0 (r>a)0\ (r>a)、K=k2+2mV0/ℏ2K=\sqrt{k^2+2mV_0/\hbar^2} とします。ss 波の内部解は u=sin⁡Kru=\sin Kr、外部は sin⁡(kr+δ0)\sin(kr+\delta_0) です。r=ar=a で u′/uu'/u を一致させると Kcot⁡Ka=kcot⁡(ka+δ0)K\cot Ka=k\cot(ka+\delta_0) から

δ0=−ka+arctan⁡ ⁣(kKtan⁡Ka)\delta_0=-ka+\arctan\!\left(\frac{k}{K}\tan Ka\right)

を得ます。k→0k\to0 では δ0≃−k as\delta_0\simeq-k\,a_s と書け、散乱長 as=a[1−tan⁡K0aK0a]a_s=a\left[1-\dfrac{\tan K_0a}{K_0a}\right](K0=2mV0/ℏK_0=\sqrt{2mV_0}/\hbar)です。低エネルギー断面積は σ→4πas2\sigma\to4\pi a_s^2 です。井戸が深くなり K0aK_0a が π/2\pi/2 に近づくと ∣as∣|a_s| は発散します。これは、ちょうどそこで ss 波の束縛状態が現れる閾値で、ゼロエネルギー共鳴と呼ばれます。

定理 5.1(光学定理)✓

部分波展開が成り立つとき、前方散乱振幅の虚部は全断面積に比例する。

Im f(0)=k4π σ\mathrm{Im}\,f(0)=\frac{k}{4\pi}\,\sigma
証明(定理 5.1)

Pl(1)=1P_l(1)=1 なので、定理 4.4 より f(0)=1k∑l(2l+1)eiδlsin⁡δlf(0)=\dfrac1k\sum_l(2l+1)e^{i\delta_l}\sin\delta_l で、その虚部は 1k∑l(2l+1)sin⁡2δl\dfrac1k\sum_l(2l+1)\sin^2\delta_l です(eiδsin⁡δ=sin⁡δcos⁡δ+isin⁡2δe^{i\delta}\sin\delta=\sin\delta\cos\delta+i\sin^2\delta)。一方 σ=4πk2∑l(2l+1)sin⁡2δl\sigma=\dfrac{4\pi}{k^2}\sum_l(2l+1)\sin^2\delta_l なので、Im f(0)=k4πσ\mathrm{Im}\,f(0)=\dfrac{k}{4\pi}\sigma です。

注意 5.2

この定理は中心力に限らず成り立ちます。一般の証明は確率の保存から出ます。定常状態で ∇⋅j=0\nabla\cdot\boldsymbol{j}=0 なので、遠方の大きな球面を通る正味の流束は 00 です。入射波と散乱波の干渉項が前方の狭い角度範囲にだけ寄与し、位相の停留点の計算で −(4π/k) Imf(0)-(4\pi/k)\,\mathrm{Im}f(0) を与えます。これが散乱波の流出 σ\sigma とちょうど釣り合うことが、光学定理の内容です。散乱によって前方の波が「影」を作り、その影の深さが取り去った粒子の数、つまり σ\sigma に等しい、という読み方もできます。

位相のずれがエネルギーとともに急に π\pi だけ増加する現象を 共鳴 と呼びます。粒子がポテンシャルの内側に一時的に捕らえられ、準束縛状態を作ってから出てくる過程に対応します。

定義 6.1(S 行列要素)↗

Sl(E)=e2iδl(E)S_l(E)=e^{2i\delta_l(E)} を、角運動量 ll の S 行列要素 と呼ぶ。弾性散乱では ∣Sl∣=1|S_l|=1 である。

定理 6.2(Breit–Wigner の公式)✓

エネルギー ErE_r の近傍で Sl(E)=E−Er−iΓ/2E−Er+iΓ/2 (Γ>0)S_l(E)=\dfrac{E-E_r-i\Gamma/2}{E-E_r+i\Gamma/2}\ (\Gamma>0) と書けるとする(背景位相を 00 とした)。このとき

tan⁡δl=Γ/2Er−E,σl=4π(2l+1)k2 Γ2/4(E−Er)2+Γ2/4\tan\delta_l=\frac{\Gamma/2}{E_r-E},\qquad \sigma_l=\frac{4\pi(2l+1)}{k^2}\,\frac{\Gamma^2/4}{(E-E_r)^2+\Gamma^2/4}

である。δl\delta_l は EE が ErE_r を通り過ぎるとき( mod  π\bmod\ \pi で)00 から π\pi へ増加し、E=ErE=E_r で π/2\pi/2 をとる。ピークの高さは 4π(2l+1)/k24\pi(2l+1)/k^2 で、ユニタリ性の上限に等しい。

証明(定理 6.2)

e2iδ=ϵ−iΓ/2ϵ+iΓ/2e^{2i\delta}=\dfrac{\epsilon-i\Gamma/2}{\epsilon+i\Gamma/2}(ϵ=E−Er\epsilon=E-E_r)です。右辺は (ϵ+iΓ/2∣ϵ+iΓ/2∣)−2\left(\dfrac{\epsilon+i\Gamma/2}{|\epsilon+i\Gamma/2|}\right)^{-2} なので、ϵ+iΓ/2=∣⋅∣eiϑ\epsilon+i\Gamma/2=|\cdot|e^{i\vartheta} と極形式にすると δ=−ϑ(modπ)\delta=-\vartheta\pmod\pi です。ここで tan⁡ϑ=Γ/2ϵ\tan\vartheta=\dfrac{\Gamma/2}{\epsilon} なので tan⁡δ=−Γ/2ϵ=Γ/2Er−E\tan\delta=-\dfrac{\Gamma/2}{\epsilon}=\dfrac{\Gamma/2}{E_r-E} です。ϵ\epsilon が負から正に動くと ϑ\vartheta は π\pi から 00 に減るので、δ=π−ϑ\delta=\pi-\vartheta は 00 から π\pi に増加します。断面積は

sin⁡2δ=tan⁡2δ1+tan⁡2δ=(Γ/2)2ϵ2+(Γ/2)2\sin^2\delta=\frac{\tan^2\delta}{1+\tan^2\delta}=\frac{(\Gamma/2)^2}{\epsilon^2+(\Gamma/2)^2}

と 定理 4.4 の σl=4π(2l+1)k2sin⁡2δl\sigma_l=\dfrac{4\pi(2l+1)}{k^2}\sin^2\delta_l から得られます。

11/20E = E_r(E−E_r)/(Γ/2) →σ_l のピークδ_l / π
共鳴付近の位相のずれ(破線、縦軸は δ/π)と部分断面積(実線、ピークを 1 に規格化)。横軸は (E−E_r)/(Γ/2)

この公式が実際のポテンシャルから現れる様子を、解ける模型で確かめます。薄い殻は、粒子が殻の内側にしばらく留まってから外へ漏れ出す、という準束縛状態(有限の寿命をもつ束縛状態に近い状態)の最も単純な例です。内側と外側の波を殻の位置でつなぐと SS が求まり、kaka が nπn\pi に近いところで Breit–Wigner の形になることを見ます。

例 6.3(薄い殻のポテンシャルの共鳴)

U(r)=λ δ(r−a)U(r)=\lambda\,\delta(r-a)(λ>0\lambda>0、強い斥力の薄い殻)の ss 波を考えます。r<ar<a で u=Asin⁡kru=A\sin kr、r>ar>a で u=C(e−ikr−S eikr)u=C\left(e^{-ikr}-S\,e^{ikr}\right)(S=e2iδ0S=e^{2i\delta_0})と置きます。r=ar=a で uu は連続、u′u' は λu(a)\lambda u(a) だけ跳びます。2 つの条件の比を取ると、w=cot⁡ka+Λw=\cot ka+\Lambda、Λ=λ/k\Lambda=\lambda/k として

−ik e−ika+Seikae−ika−Seika=kcot⁡ka+λ ⟹ S=e−2ika w+iw−i-ik\,\frac{e^{-ika}+Se^{ika}}{e^{-ika}-Se^{ika}}=k\cot ka+\lambda\ \Longrightarrow\ S=e^{-2ika}\,\frac{w+i}{w-i}

を得ます。Λ≫1\Lambda\gg1 では、ka=nπ+xka=n\pi+x(∣x∣≪1|x|\ll1)の近くで cot⁡ka≃1/x\cot ka\simeq1/x なので w±i=(1+(Λ±i)x)/xw\pm i=(1+(\Lambda\pm i)x)/x となり、

S≃e−2ika Λ+iΛ−i⋅x−xr−iηx−xr+iη,xr=−ΛΛ2+1,η=1Λ2+1S\simeq e^{-2ika}\,\frac{\Lambda+i}{\Lambda-i}\cdot\frac{x-x_r-i\eta}{x-x_r+i\eta},\qquad x_r=-\frac{\Lambda}{\Lambda^2+1},\quad\eta=\frac{1}{\Lambda^2+1}

と変形できます。第 1 の因子は( mod  π\bmod\ \pi の位相を除いて)剛体球の位相 −ka-ka と O(1/Λ)O(1/\Lambda) の補正だけで、共鳴の幅 η≃1/Λ2\eta\simeq1/\Lambda^2 のあいだほぼ一定とみなせます。残りの因子は 定理 6.2 の形そのものです。エネルギーに直すと E−Er=ℏ2kma(x−xr)E-E_r=\dfrac{\hbar^2k}{ma}(x-x_r) なので、

Γ2=ℏ2kma η ≃ ℏ2k3maλ2\frac{\Gamma}{2}=\frac{\hbar^2k}{ma}\,\eta\ \simeq\ \frac{\hbar^2k^3}{ma\lambda^2}

です。殻が強いほど(λ\lambda が大きいほど)粒子は殻の内側に長く閉じ込められ、幅 Γ\Gamma は小さくなります。ℏ/Γ\hbar/\Gamma が準束縛状態の寿命にあたります。共鳴のエネルギーは、殻を完全な壁にしたときの閉じた箱の固有値 ka=nπka=n\pi の近くにあります(わずかにずれる)。

演習 7.1易

ガウス型ポテンシャル V(r)=V0 e−r2/b2V(r)=V_0\,e^{-r^2/b^2} について、Born 近似の散乱振幅と微分断面積を求めよ。

解答

V~(q)=V0∫e−r2/b2−iq⋅rd3r=V0 π3/2b3e−q2b2/4\tilde V(\boldsymbol{q})=V_0\displaystyle\int e^{-r^2/b^2-i\boldsymbol{q}\cdot\boldsymbol{r}}d^3r=V_0\,\pi^{3/2}b^3e^{-q^2b^2/4}(ガウス積分、例 6.12[重積分と累次積分] を各成分に使い、xx について平方完成する)です。定理 3.4 より

fB=−m2πℏ2π3/2V0b3e−q2b2/4,dσdΩ=m2V02b6π4ℏ4 e−q2b2/2f_{\mathrm B}=-\frac{m}{2\pi\hbar^2}\pi^{3/2}V_0b^3e^{-q^2b^2/4},\qquad \frac{d\sigma}{d\Omega}=\frac{m^2V_0^2b^6\pi}{4\hbar^4}\,e^{-q^2b^2/2}

です(q=2ksin⁡(θ/2)q=2k\sin(\theta/2))。kb≫1kb\gg1 では qq が大きくなる後方への散乱が指数関数的に抑えられ、散乱は θ≲1/(kb)\theta\lesssim1/(kb) の前方に集中します。

演習 7.2標準

ss 波だけが効く低エネルギー散乱を考える。(1) 微分断面積が角度によらず σ/4π\sigma/4\pi であること、(2) 光学定理が成り立つこと、(3) σ≤4π/k2\sigma\le4\pi/k^2 であること、を示せ。

解答

(1) 定理 4.4 で l=0l=0 のみ残すと f=eiδ0sin⁡δ0/kf=e^{i\delta_0}\sin\delta_0/k で、P0=1P_0=1 なので角度によりません。dσ/dΩ=∣f∣2=sin⁡2δ0/k2d\sigma/d\Omega=|f|^2=\sin^2\delta_0/k^2、σ=4πsin⁡2δ0/k2\sigma=4\pi\sin^2\delta_0/k^2 です。(2) Imf(0)=sin⁡2δ0/k\mathrm{Im}f(0)=\sin^2\delta_0/k と kσ/4π=sin⁡2δ0/kk\sigma/4\pi=\sin^2\delta_0/k が一致します(定理 5.1 の特別な場合)。(3) sin⁡2δ0≤1\sin^2\delta_0\le1 から σ≤4π/k2\sigma\le4\pi/k^2 です。等号は δ0=π/2\delta_0=\pi/2 で、これは共鳴の頂点にあたります。

演習 7.3標準

例 4.6 の球形井戸で、K0a=π/2K_0a=\pi/2 のとき、ss 波の零エネルギー解が r→∞r\to\infty で一定値に近づくことを示し、これが束縛状態の閾値であることを説明せよ。

解答

k=0k=0 の ss 波方程式は u′′=−K02u (r<a)u''=-K_0^2u\ (r<a)、u′′=0 (r>a)u''=0\ (r>a) です。u=sin⁡K0r (r<a)u=\sin K_0r\ (r<a)、r>ar>a では u=αr+βu=\alpha r+\beta で、r=ar=a で uu と u′u' が連続です。K0a=π/2K_0a=\pi/2 なら u(a)=1u(a)=1、u′(a)=K0cos⁡(π/2)=0u'(a)=K_0\cos(\pi/2)=0 なので α=0\alpha=0、β=1\beta=1、すなわち r>ar>a で u≡1u\equiv1(一定値)です。波動関数 ψ=u/r\psi=u/r は 1/r1/r で減衰しますが、∫∣ψ∣2d3r=4π∫∣u∣2dr\int|\psi|^2d^3r=4\pi\int|u|^2dr は発散し、規格化できないぎりぎりの状態です。井戸が少し深くなる(K0aK_0a が π/2\pi/2 を超える)と、uu が r>ar>a で減衰する規格化可能な解 u∝e−κru\propto e^{-\kappa r} が現れ、束縛状態が 1 つ生まれます。散乱長 as=a[1−tan⁡K0a/K0a]a_s=a[1-\tan K_0a/K_0a] はこの閾値で発散します。

  • J. J. Sakurai, J. Napolitano, Modern Quantum Mechanics, 3rd ed., Cambridge University Press, 2020 — 散乱理論の章(Lippmann–Schwinger 方程式、Born 近似、位相のずれ、光学定理)。
  • D. J. Griffiths, D. F. Schroeter, Introduction to Quantum Mechanics, 3rd ed., Cambridge University Press, 2018 — 散乱の章(部分波解析、Born 近似)。
  • J. R. Taylor, Scattering Theory: The Quantum Theory of Nonrelativistic Collisions, Wiley, 1972 — 部分波と共鳴の章。
  • G. Breit and E. Wigner, “Capture of Slow Neutrons”, Phys. Rev. 49 (1936), 519. Breit–Wigner の公式の原典。
  • B. A. Lippmann and J. Schwinger, “Variational Principles for Scattering Processes. I”, Phys. Rev. 79 (1950), 469.

このテーマの 100 本ノック(50 問)

執筆: Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 2 回(Claude Code)・最終 2026-10-12

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