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電磁場中の荷電粒子:最小結合、Landau 準位、Aharonov–Bohm 効果、Zeeman・Stark 効果と微細構造

対象読者: 角運動量とスピンの代数、時間に依存しない摂動論、電磁ポテンシャルとゲージ変換(A と φ の定義)を学んだ学部生。調和振動子の昇降演算子は既知とします。

前提となる記事:角運動量とスピン:交換関係から固有値・パウリ行列・合成則を導く、摂動論:解けない問題を「解ける問題の近く」で解く、電磁ポテンシャルとゲージ変換:場の裏にある「余分な自由度」

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磁石を近づけると、原子が出す光の色がわずかに変わります。磁石が電子に仕事をしないはずなのに、なぜエネルギーが変わるのでしょうか。この記事は、その問いを量子力学の側から考えます。磁場の中の電子がどんなエネルギーをとるか、磁場がゼロの場所でも磁束の影響が残る不思議な現象、そして水素原子のスペクトルに現れる細かい分裂までを、順に計算します。読み終えると、これらの量を自分で導けるようになります。

  • 電磁場の中の荷電粒子のハミルトニアンは、運動量を p→π=p−qA\boldsymbol{p}\to\boldsymbol{\pi}=\boldsymbol{p}-q\boldsymbol{A} に置き換える 最小結合(電磁場との相互作用を、運動量の置き換えだけで書く方法)で与えられます。ゲージ変換は波動関数の位相 eiqχ/ℏe^{iq\chi/\hbar} の掛け算で吸収され、物理量は π\boldsymbol{\pi} を通してゲージ不変に書けます。
  • π\boldsymbol{\pi} の成分どうしは [πx,πy]=iℏqB[\pi_x,\pi_y]=i\hbar qB という交換関係を満たすため、一様磁場中の平面運動は調和振動子と同型になり、エネルギーは ℏωc(n+12)\hbar\omega_c(n+\tfrac12)(Landau 準位)、各準位の縮退度(同じエネルギーをもつ状態の数)は面積あたり ∣qB∣/h|qB|/h です。
  • 磁場がゼロの領域でも、そこに囲まれた磁束があると干渉が変わります(Aharonov–Bohm 効果)。リング上の粒子では、エネルギーが En=ℏ22mR2(n−Φ/Φ0)2E_n=\frac{\hbar^2}{2mR^2}(n-\Phi/\Phi_0)^2 と磁束に周期的に依存します。ベクトルポテンシャルは単なる計算の道具ではありません。
  • Wigner–Eckart の定理は、テンソル演算子の行列要素を Clebsch–Gordan 係数と「換算行列要素」(mm によらない定数の部分)の積に分けます。これで選択則と、Zeeman 効果の Landé の gg 因子 gJ=1+j(j+1)−l(l+1)+s(s+1)2j(j+1)g_J=1+\frac{j(j+1)-l(l+1)+s(s+1)}{2j(j+1)} が出ます。
  • 水素の微細構造は、相対論的補正・スピン軌道相互作用・Darwin 項の和で、Enj(1)=−mc2α42n4(nj+1/2−34)E_{nj}^{(1)}=-\frac{mc^2\alpha^4}{2n^4}\left(\frac{n}{j+1/2}-\frac34\right) と jj だけに依存します。

1. 動機:磁場は仕事をしないのに、なぜ準位を変えるのか

Section titled “1. 動機:磁場は仕事をしないのに、なぜ準位を変えるのか”

古典力学では、磁場がかかった荷電粒子に働くローレンツ力 qv×Bq\boldsymbol{v}\times\boldsymbol{B} は速度に垂直で、仕事をしません。それにもかかわらず、量子力学では磁場がエネルギー準位を動かします。原子を磁場に入れるとスペクトル線が分かれる Zeeman 効果が、その最も古い例です。そして Aharonov–Bohm 効果では、磁場がゼロの場所にいる粒子の干渉縞が、遠く離れた磁束に反応します。

この謎の鍵は、量子力学ではハミルトニアンが電場・磁場ではなく ポテンシャル A,ϕ\boldsymbol{A},\phi で書かれることにあります。ハミルトン力学の章で見たように、荷電粒子の正準運動量 p\boldsymbol{p} は mvm\boldsymbol{v} とは異なり、ゲージによって値が変わります(例 6.3[ハミルトン形式の力学])。この章では、まず量子論の側でゲージ不変性を確かめ、その帰結を Landau 準位と Aharonov–Bohm 効果で見ます。後半では、原子の準位を調べる道具として Wigner–Eckart の定理を証明し、Zeeman 効果、Stark 効果、水素の微細構造を計算します。

質量 mm、電荷 qq の粒子の、電磁ポテンシャル (ϕ,A)(\phi,\boldsymbol{A}) の中でのハミルトニアンを

H=12m(p−qA(r,t))2+qϕ(r,t),p=−iℏ∇H=\frac{1}{2m}\left(\boldsymbol{p}-q\boldsymbol{A}(\boldsymbol{r},t)\right)^2+q\phi(\boldsymbol{r},t),\qquad \boldsymbol{p}=-i\hbar\nabla

とします(スピンは §5 で扱う)。電磁ポテンシャルの定義と、ゲージ変換で E,B\boldsymbol{E},\boldsymbol{B} が変わらないことは、電磁気学の章のとおりです(定義 4.1[電磁ポテンシャルとゲージ変換])。

定義 2.1(運動量(kinetic momentum))↗

π=p−qA\boldsymbol{\pi}=\boldsymbol{p}-q\boldsymbol{A} を 運動量(古典の mvm\boldsymbol{v} に対応する)と呼ぶ。ハミルトニアンは H=π2/2m+qϕH=\boldsymbol{\pi}^2/2m+q\phi である。

定理 2.2(量子力学のゲージ共変性)✓

スカラー関数 χ(r,t)\chi(\boldsymbol{r},t) によるゲージ変換 A′=A+∇χ\boldsymbol{A}'=\boldsymbol{A}+\nabla\chi、ϕ′=ϕ−∂tχ\phi'=\phi-\partial_t\chi に対して、ψ\psi が iℏ∂tψ=Hψi\hbar\partial_t\psi=H\psi を満たすことと、ψ′=eiqχ/ℏψ\psi'=e^{iq\chi/\hbar}\psi が A′,ϕ′\boldsymbol{A}',\phi' のハミルトニアン H′H' について iℏ∂tψ′=H′ψ′i\hbar\partial_t\psi'=H'\psi' を満たすことは同値である。さらに π′ψ′=eiqχ/ℏπψ\boldsymbol{\pi}'\psi'=e^{iq\chi/\hbar}\boldsymbol{\pi}\psi であり、確率密度 ∣ψ∣2|\psi|^2 と速度の期待値 ⟨π⟩/m\langle\boldsymbol{\pi}\rangle/m はゲージによらない。

証明(定理 2.2)

積の微分で p(eiqχ/ℏψ)=eiqχ/ℏ(p+q∇χ)ψ\boldsymbol{p}\left(e^{iq\chi/\hbar}\psi\right)=e^{iq\chi/\hbar}\left(\boldsymbol{p}+q\nabla\chi\right)\psi なので、

π′ψ′=(p−qA−q∇χ) eiqχ/ℏψ=eiqχ/ℏ(p+q∇χ−qA−q∇χ)ψ=eiqχ/ℏπψ\boldsymbol{\pi}'\psi'=(\boldsymbol{p}-q\boldsymbol{A}-q\nabla\chi)\,e^{iq\chi/\hbar}\psi=e^{iq\chi/\hbar}(\boldsymbol{p}+q\nabla\chi-q\boldsymbol{A}-q\nabla\chi)\psi=e^{iq\chi/\hbar}\boldsymbol{\pi}\psi

です。これを 2 回使うと π′2ψ′=eiqχ/ℏπ2ψ\boldsymbol{\pi}'^2\psi'=e^{iq\chi/\hbar}\boldsymbol{\pi}^2\psi です。時間微分は iℏ∂tψ′=eiqχ/ℏ(iℏ∂tψ−q ∂tχ ψ)i\hbar\partial_t\psi'=e^{iq\chi/\hbar}\left(i\hbar\partial_t\psi-q\,\partial_t\chi\,\psi\right) で、qϕ′ψ′=eiqχ/ℏ(qϕ−q∂tχ)ψq\phi'\psi'=e^{iq\chi/\hbar}(q\phi-q\partial_t\chi)\psi なので、iℏ∂tψ′−H′ψ′=eiqχ/ℏ(iℏ∂tψ−Hψ)i\hbar\partial_t\psi'-H'\psi'=e^{iq\chi/\hbar}\left(i\hbar\partial_t\psi-H\psi\right) です。両辺が同時に 00 になるので同値です。残りの主張は、位相因子が ∣ψ∣2|\psi|^2 を変えないことと、π′ψ′\boldsymbol{\pi}'\psi' の変換則から従います。

ゲージ変換は粒子ごとの座標依存の位相回転です。確率分布 ∣ψ∣2|\psi|^2、運動量 π\boldsymbol{\pi} の期待値は変わらないので、物理量はゲージによりません。一方、p\boldsymbol{p} の期待値は A\boldsymbol{A} の選び方に依存します。

命題 2.3(運動量の交換関係)✓

[πi,πj]=iℏq(∂iAj−∂jAi)=iℏq εijkBk[\pi_i,\pi_j]=i\hbar q\left(\partial_iA_j-\partial_jA_i\right)=i\hbar q\,\varepsilon_{ijk}B_k。

証明(命題 2.3)

[pi,pj]=0[p_i,p_j]=0、[Ai,Aj]=0[A_i,A_j]=0 より [πi,πj]=−q[pi,Aj]−q[Ai,pj]=−q[pi,Aj]+q[pj,Ai][\pi_i,\pi_j]=-q[p_i,A_j]-q[A_i,p_j]=-q[p_i,A_j]+q[p_j,A_i]。[pi,Aj]=−iℏ∂iAj[p_i,A_j]=-i\hbar\partial_iA_j なので [πi,πj]=iℏq(∂iAj−∂jAi)[\pi_i,\pi_j]=i\hbar q(\partial_iA_j-\partial_jA_i) です。最後は Bk=εkij∂iAjB_k=\varepsilon_{kij}\partial_iA_j の定義です。

運動量どうしが非可換になる理由は 磁場がある ことです。この単純な事実から、次の節の Landau 準位がすべて従います。

3. 一様磁場中の運動:Landau 準位

Section titled “3. 一様磁場中の運動:Landau 準位”

一様な磁場 B=Bz^\boldsymbol{B}=B\hat{\boldsymbol{z}} (B≠0B\ne0) の中の粒子で、電場はないとします。zz 方向は自由運動 ℏ2kz2/2m\hbar^2k_z^2/2m なので、xyxy 平面内の運動を考えます。

定理 3.1(Landau 準位)✓

xyxy 平面内の運動のハミルトニアン H⊥=πx2+πy22mH_\perp=\dfrac{\pi_x^2+\pi_y^2}{2m} のスペクトルは、サイクロトロン周波数 ωc=∣qB∣/m\omega_c=|qB|/m を使って

En=ℏωc(n+12),n=0,1,2,…E_n=\hbar\omega_c\left(n+\tfrac12\right),\qquad n=0,1,2,\ldots

である。各準位は(平面全体では)無限に縮退し、辺の長さ Lx×LyL_x\times L_y の長方形(yy 方向に周期境界)では、縮退度は Nϕ=∣qB∣LxLyhN_\phi=\dfrac{|qB|L_xL_y}{h}、すなわち面積あたり ∣qB∣/h|qB|/h である。

次の証明は 2 段に分かれます。前半は、πx,πy\pi_x,\pi_y の交換関係だけから調和振動子と同じ形が出ることを示し、エネルギーの形を決めます。後半は、具体的なゲージを選んで実際に状態を作り、それが何個あるかを数えます。

証明(定理 3.1)

代数的な構造。 s=sgn(qB)s=\mathrm{sgn}(qB) と置き、a=πx+isπy2ℏ∣qB∣a=\dfrac{\pi_x+is\pi_y}{\sqrt{2\hbar|qB|}} を定めます。命題 2.3 より [πx,πy]=iℏqB[\pi_x,\pi_y]=i\hbar qB なので

[a,a†]=12ℏ∣qB∣[πx+isπy, πx−isπy]=−2is [πx,πy]2ℏ∣qB∣=2s qB2∣qB∣=1[a,a^\dagger]=\frac{1}{2\hbar|qB|}[\pi_x+is\pi_y,\ \pi_x-is\pi_y]=\frac{-2is\,[\pi_x,\pi_y]}{2\hbar|qB|}=\frac{2s\,qB}{2|qB|}=1

です。また a†a=(πx−isπy)(πx+isπy)2ℏ∣qB∣a^\dagger a=\dfrac{(\pi_x-is\pi_y)(\pi_x+is\pi_y)}{2\hbar|qB|} で、分子は πx2+πy2+is[πx,πy]=πx2+πy2−sℏqB=πx2+πy2−ℏ∣qB∣\pi_x^2+\pi_y^2+is[\pi_x,\pi_y]=\pi_x^2+\pi_y^2-s\hbar qB=\pi_x^2+\pi_y^2-\hbar|qB| なので、

H⊥=ℏωc(a†a+12),ℏωc=ℏ∣qB∣mH_\perp=\hbar\omega_c\left(a^\dagger a+\tfrac12\right),\qquad \hbar\omega_c=\frac{\hbar|qB|}{m}

です。[a,a†]=1[a,a^\dagger]=1 だけから a†aa^\dagger a の固有値が 0,1,2,…0,1,2,\ldots に限られることは、調和振動子と同じ代数の議論です(定理 5.3[1次元の簡単な系])。これでスペクトルが EnE_n の形に限られることが、ゲージによらずに示せました。

存在と縮退。 各 nn が実際に現れること、縮退度を調べるため、ランダウゲージ A=(0,Bx,0)\boldsymbol{A}=(0,Bx,0) を取ります。H⊥=px22m+(py−qBx)22mH_\perp=\dfrac{p_x^2}{2m}+\dfrac{(p_y-qBx)^2}{2m} は yy に依存しないので、pyp_y の固有値 ℏk\hbar k で ψ=eikyφ(x)\psi=e^{iky}\varphi(x) と分離できます。

[px22m+12mωc2(x−xk)2]φ=Eφ,xk=ℏkqB\left[\frac{p_x^2}{2m}+\frac12m\omega_c^2\left(x-x_k\right)^2\right]\varphi=E\varphi,\qquad x_k=\frac{\hbar k}{qB}

で、これは中心 xkx_k の 1 次元調和振動子です。固有値は ℏωc(n+12)\hbar\omega_c(n+\frac12) で、すべての n≥0n\ge0 が現れます。固有関数は kk で指定された中心 xkx_k にある波束で、kk は連続(または周期境界 y∼y+Lyy\sim y+L_y では k=2πj/Lyk=2\pi j/L_y、j∈Zj\in\mathbb{Z})の値をとり、準位は kk について縮退します。中心 xkx_k が箱の内部 0<xk<Lx0<x_k<L_x にある kk の個数は、ℏk=qBxk\hbar k=qBx_k なので kk の幅 ∣qB∣Lx/ℏ|qB|L_x/\hbar を kk の間隔 2π/Ly2\pi/L_y で割って ∣qB∣LxLy/2πℏ=∣qB∣LxLy/h|qB|L_xL_y/2\pi\hbar=|qB|L_xL_y/h です。

縮退度は 磁束量子 Φ0=h/∣q∣\Phi_0=h/|q| を使うと Nϕ=BLxLy/Φ0N_\phi=B L_xL_y/\Phi_0、つまり面積を貫く磁束の中に含まれる磁束量子の数に等しく、1 つの Landau 準位が磁束量子 1 本あたり 1 状態を収容します。

例 3.2(1 テスラの中の電子)

B=1 TB=1\ \mathrm{T}、電子では ωc=eB/me=1.76×1011 rad/s\omega_c=eB/m_e=1.76\times10^{11}\ \mathrm{rad/s}、ℏωc=0.116 meV\hbar\omega_c=0.116\ \mathrm{meV}(温度では約 1.3 K1.3\ \mathrm{K})、縮退度は eB/h=2.42×1014 m−2eB/h=2.42\times10^{14}\ \mathrm{m^{-2}} です。波動関数の広がり(磁気長)は ℓB=ℏ/∣qB∣=25.7 nm\ell_B=\sqrt{\hbar/|qB|}=25.7\ \mathrm{nm} で、これは 1 個の電子が磁束量子 Φ0\Phi_0 の面積 2πℓB22\pi\ell_B^2 を占有していることに対応します。半導体界面の 2 次元電子系を強磁場・低温に置くと Landau 準位が実際に観測され、整数・分数量子 Hall 効果の舞台になります。

磁場がゼロの領域に、ベクトルポテンシャルだけが残る場合を考えます。zz 軸に沿った無限に長く細いソレノイドを考え、内部に磁束 Φ\Phi を閉じ込めたとします。外側では B=0\boldsymbol{B}=0 ですが、A=Φ2πrφ^\boldsymbol{A}=\dfrac{\Phi}{2\pi r}\hat{\boldsymbol{\varphi}} は 00 になりません(例 3.5[電磁ポテンシャルとゲージ変換])。

次の定理は、ソレノイドの外側では A\boldsymbol{A} が単なるゲージ変換の形になっていて、波動関数が自由粒子の解に位相因子を掛けたものになる、ということを述べます。単連結な領域とは、穴がなく、領域内の輪を一点まで縮められる領域のことです。軸を含まない領域を選ぶのは、軸のまわりを一周する輪を含めないためです。

定理 4.1(Aharonov–Bohm 位相)✓

ソレノイドの外側の単連結な領域 DD(軸を含まない)では、A=∇χ\boldsymbol{A}=\nabla\chi、χ=Φ2πφ\chi=\dfrac{\Phi}{2\pi}\varphi(φ\varphi は方位角の DD 上の 1 価な分枝)である。したがって DD 上の定常解は ψ=eiqχ/ℏψ0\psi=e^{iq\chi/\hbar}\psi_0 と書け、ψ0\psi_0 は 磁場のない自由粒子の 方程式の解である。ソレノイドを時計回りと反時計回りに迂回する 2 つの経路の波が、1 周分の差で受ける位相差は

Δθ=qΦℏ=2πΦΦ0,Φ0=hq\Delta\theta=\frac{q\Phi}{\hbar}=2\pi\frac{\Phi}{\Phi_0},\qquad \Phi_0=\frac{h}{q}

である。

証明(定理 4.1)

∇φ=φ^/r\nabla\varphi=\hat{\boldsymbol{\varphi}}/r なので、∇χ=Φφ^/2πr=A\nabla\chi=\Phi\hat{\boldsymbol{\varphi}}/2\pi r=\boldsymbol{A} です。A=∇χ\boldsymbol{A}=\nabla\chi なら B=0\boldsymbol{B}=0 で、定理 2.2 により A=∇χ\boldsymbol{A}=\nabla\chi のハミルトニアンの解は、χ\chi のゲージ変換で A=0\boldsymbol{A}=0 の解 ψ0\psi_0 から ψ=eiqχ/ℏψ0\psi=e^{iq\chi/\hbar}\psi_0 と得られます。経路を DD の中で 1 周分ずらすと φ\varphi が 2π2\pi だけ変わるので、2 つの経路上の因子 eiqχ/ℏe^{iq\chi/\hbar} の比は eiqΦ/ℏe^{iq\Phi/\hbar} です。

物理的に重要なのは、位相差 qΦ/ℏq\Phi/\hbar が 干渉縞のずれ として観測できる点です。実験では、電子線を 2 つに分けて、極細の磁石(トロイダル磁石)を挟んで干渉させ、磁束が電子に触れていないにもかかわらず縞が動くことが、1986 年に外村彰らの実験で確かめられました。

リング状の導体なら、この効果はエネルギー準位として厳密に現れます。

命題 4.2(磁束を貫くリング)✓

半径 RR のリング上を動く質量 mm、電荷 qq の粒子で、リングの内側を磁束 Φ\Phi が貫いている(リング上で B=0\boldsymbol{B}=0)とする。ハミルトニアン H=12mR2(−iℏ∂φ−qΦ2π)2H=\dfrac{1}{2mR^2}\left(-i\hbar\partial_\varphi-\dfrac{q\Phi}{2\pi}\right)^2(周期境界条件 ψ(φ+2π)=ψ(φ)\psi(\varphi+2\pi)=\psi(\varphi))の固有値は

En=ℏ22mR2(n−ΦΦ0)2,n∈ZE_n=\frac{\hbar^2}{2mR^2}\left(n-\frac{\Phi}{\Phi_0}\right)^2,\qquad n\in\mathbb{Z}

で、固有関数は einφ/2πe^{in\varphi}/\sqrt{2\pi} である。スペクトル全体が Φ→Φ+Φ0\Phi\to\Phi+\Phi_0 で不変である。

証明(命題 4.2)

リング上で Aφ=Φ/2πRA_\varphi=\Phi/2\pi R、方位方向の運動量は pφ=−iℏR−1∂φp_\varphi=-i\hbar R^{-1}\partial_\varphi なので πφ=−iℏR−1∂φ−qΦ/2πR\pi_\varphi=-i\hbar R^{-1}\partial_\varphi-q\Phi/2\pi R です。einφe^{in\varphi} に作用させると πφ=ℏR(n−qΦ2πℏ)\pi_\varphi=\dfrac{\hbar}{R}(n-\dfrac{q\Phi}{2\pi\hbar}) で、qΦ/2πℏ=Φ/Φ0q\Phi/2\pi\hbar=\Phi/\Phi_0 なので固有値が決まります。周期条件から nn は整数です。Φ→Φ+Φ0\Phi\to\Phi+\Phi_0 では n→n+1n\to n+1 の付け替えで全体が元に戻ります。

磁場がリング上でゼロでも、エネルギーが磁束で変わります。エネルギーを磁束で微分すると 持続電流 I=−∂E/∂ΦI=-\partial E/\partial\Phi が流れます。量子力学のポテンシャル A\boldsymbol{A} は、閉じた経路に沿った積分 ∮A⋅dl\oint\boldsymbol{A}\cdot d\boldsymbol{l}(ホロノミー)という形で、物理的な意味をもちます。ゲージ変換で変わらず、Stokes の定理で囲まれた磁束に等しいからです。

注意 4.3

時間発展と時間依存摂動論の Berry 位相は、パラメータ空間の閉じた経路 C\mathcal{C} について ∮Ci⟨n∣∇n⟩⋅dR\oint_{\mathcal{C}}i\langle n|\nabla n\rangle\cdot d\boldsymbol{R} と書けました。これは qA/ℏq\boldsymbol{A}/\hbar を i⟨n∣∇n⟩i\langle n|\nabla n\rangle で置き換えた Aharonov–Bohm 位相そのものです。磁束がゼロの領域をまわって位相が残る点も共通です。

5. テンソル演算子と Wigner–Eckart の定理

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原子に弱い磁場や電場をかけたときの準位のずれは、摂動の行列要素 ⟨α′j′m′∣V∣αjm⟩\langle\alpha' j'm'|V|\alpha jm\rangle で決まります。摂動は一様な場のとき、角運動量の言葉で自然に分類できる形(ベクトルなど)を持っています。この分類を使うと、mm に関する行列要素の依存性が、角運動量の合成則だけで決まります。次の定義は、ベクトルが回転で成分を混ぜ合わせる決まり方を、より高い階数のものにも拡げたものです。回転を生成する J\boldsymbol{J} との交換関係で、その混ざり方を述べています。

定義 5.1(球テンソル演算子)↗

全角運動量 J\boldsymbol{J} に対し、2k+12k+1 個の演算子の組 TqkT^k_q(q=−k,…,kq=-k,\ldots,k)が 階数 kk の球テンソル演算子 であるとは、

[Jz,Tqk]=ℏq Tqk,[J±,Tqk]=ℏk(k+1)−q(q±1)  Tq±1k[J_z,T^k_q]=\hbar q\,T^k_q,\qquad [J_\pm,T^k_q]=\hbar\sqrt{k(k+1)-q(q\pm1)}\;T^k_{q\pm1}

を満たすことをいう(J±=Jx±iJyJ_\pm=J_x\pm iJ_y)。Tk+1k=T−k−1k=0T^k_{k+1}=T^k_{-k-1}=0 とする。

たとえばベクトル演算子 [Ji,Vj]=iℏεijkVk[J_i,V_j]=i\hbar\varepsilon_{ijk}V_k の球面成分 V0=VzV_0=V_z、V±1=∓(Vx±iVy)/2V_{\pm1}=\mp(V_x\pm iV_y)/\sqrt2 は階数 11 です(一例として [J+,Vz]=−ℏ(Vx+iVy)=ℏ2 V+1[J_+,V_z]=-\hbar(V_x+iV_y)=\hbar\sqrt2\,V_{+1} が確かめられる)。位置 r\boldsymbol{r}、運動量、角運動量 J\boldsymbol{J} 自身がそうです。定義の関係式は、定理 3.6[角運動量とスピン] で ∣j,m⟩|j,m\rangle に対する J±J_\pm の作用を決めたものと同じ形です。つまり、TqkT^k_q は ∣kq⟩|kq\rangle と同じように J\boldsymbol{J} のもとで変換します。

定理 5.2(Wigner–Eckart の定理)✓

{∣αjm⟩}\{|\alpha jm\rangle\} を、各 α,j\alpha,j について標準位相(J±J_\pm の行列要素が 定理 3.6[角運動量とスピン] の形)で選んだ正規直交基底とする(α\alpha は j,mj,m 以外の量子数)。TqkT^k_q を階数 kk の球テンソル演算子とすると、

⟨α′j′m′∣Tqk∣αjm⟩=⟨kq; jm ∣ j′m′⟩  ⟨α′j′∥Tk∥αj⟩\langle\alpha'j'm'|T^k_q|\alpha jm\rangle=\langle kq;\,jm\,|\,j'm'\rangle\;\langle\alpha'j'\|T^k\|\alpha j\rangle

が成り立つ。⟨kq;jm∣j′m′⟩\langle kq;jm|j'm'\rangle は Clebsch–Gordan 係数、換算行列要素 ⟨α′j′∥Tk∥αj⟩\langle\alpha'j'\|T^k\|\alpha j\rangle は m,m′,qm,m',q によらない定数である。

証明の方針は、TqkT^k_q を角運動量 kk の状態 ∣kq⟩|kq\rangle と同じように扱うことです。∣kq⟩|kq\rangle と ∣αjm⟩|\alpha jm\rangle の積に TqkT^k_q を対応させる写像を考え、(i) それが角運動量の作用と両立すること、(ii) 合成則で積空間を分解すること、(iii) 行列要素を読み取ること、の 3 段で進みます。

証明(定理 5.2)

Vk=span{∣kq⟩}V_k=\mathrm{span}\{|kq\rangle\}、M=span{∣αjm⟩}m\mathcal{M}=\mathrm{span}\{|\alpha jm\rangle\}_m とし、線形写像 Ψ:Vk⊗M→H\Psi:V_k\otimes\mathcal{M}\to\mathcal{H} を Ψ(∣kq⟩⊗∣αjm⟩)=Tqk∣αjm⟩\Psi(|kq\rangle\otimes|\alpha jm\rangle)=T^k_q|\alpha jm\rangle で定めます。

(i) Ψ\Psi は角運動量の作用と可換。 Vk⊗MV_k\otimes\mathcal{M} には Jtot=J(k)⊗1+1⊗J\boldsymbol{J}^{\rm tot}=\boldsymbol{J}^{(k)}\otimes1+1\otimes\boldsymbol{J} が作用します。JzJ_z については、JzTq∣jm⟩=(TqJz+ℏqTq)∣jm⟩=ℏ(m+q)Tq∣jm⟩J_zT_q|jm\rangle=(T_qJ_z+\hbar qT_q)|jm\rangle=\hbar(m+q)T_q|jm\rangle。J±J_\pm については、定義の関係式と J±∣jm⟩=ℏj(j+1)−m(m±1)∣jm±1⟩J_\pm|jm\rangle=\hbar\sqrt{j(j+1)-m(m\pm1)}|jm\pm1\rangle から

J±Tq∣jm⟩=[J±,Tq]∣jm⟩+TqJ±∣jm⟩=ℏk(k+1)−q(q±1) Tq±1∣jm⟩+ℏj(j+1)−m(m±1) Tq∣jm±1⟩J_\pm T_q|jm\rangle=[J_\pm,T_q]|jm\rangle+T_qJ_\pm|jm\rangle=\hbar\sqrt{k(k+1)-q(q\pm1)}\,T_{q\pm1}|jm\rangle+\hbar\sqrt{j(j+1)-m(m\pm1)}\,T_q|jm\pm1\rangle

で、これは Ψ(J±tot∣kq⟩∣jm⟩)\Psi\bigl(J^{\rm tot}_\pm|kq\rangle|jm\rangle\bigr) にほかなりません。

(ii) 既約分解。 定理 6.2[角運動量とスピン] により Vk⊗M=⨁J=∣k−j∣k+jWJV_k\otimes\mathcal{M}=\bigoplus_{J=|k-j|}^{k+j}W_J で、WJW_J は標準位相の基底 ∣JM⟩=∑q,m⟨kq;jm∣JM⟩∣kq⟩∣jm⟩|JM\rangle=\sum_{q,m}\langle kq;jm|JM\rangle|kq\rangle|jm\rangle を持ちます。ϕM(J)=Ψ∣JM⟩\phi_M^{(J)}=\Psi|JM\rangle と置くと、(i) により JzϕM=ℏMϕMJ_z\phi_M=\hbar M\phi_M、J±ϕM=ℏJ(J+1)−M(M±1)ϕM±1J_\pm\phi_M=\hbar\sqrt{J(J+1)-M(M\pm1)}\phi_{M\pm1} です。したがって J2ϕM=ℏ2J(J+1)ϕM\boldsymbol{J}^2\phi_M=\hbar^2J(J+1)\phi_M(J2\boldsymbol{J}^2 は Jz,J±J_z,J_\pm で書ける)で、ϕM(J)\phi_M^{(J)} は 0 であるか、標準位相の角運動量 JJ の多重項をなします。

(iii) 行列要素。 ⟨α′j′m′∣ϕM(J)⟩\langle\alpha'j'm'|\phi_M^{(J)}\rangle は、J2\boldsymbol{J}^2 の固有値が異なる(J≠j′J\ne j')と 00 です。J=j′J=j' のときは、ϕj′(j′)\phi_{j'}^{(j')} の ⟨α′j′j′∣\langle\alpha'j'j'| 成分を cα′c_{\alpha'} と置くと、両辺に同じ降下演算子 J−J_- を作用させて同じ係数が出るので、すべての MM について ⟨α′j′M∣ϕM(j′)⟩=cα′\langle\alpha'j'M|\phi_M^{(j')}\rangle=c_{\alpha'}、M≠m′M\ne m' では 00 です。最後に ∣kq⟩∣jm⟩=∑J,M⟨JM∣kq;jm⟩∣JM⟩|kq\rangle|jm\rangle=\sum_{J,M}\langle JM|kq;jm\rangle|JM\rangle なので

⟨α′j′m′∣Tq∣αjm⟩=⟨α′j′m′∣Ψ(∣kq⟩∣jm⟩)⟩=⟨kq;jm∣j′m′⟩ cα′\langle\alpha'j'm'|T_q|\alpha jm\rangle=\langle\alpha'j'm'|\Psi\bigl(|kq\rangle|jm\rangle\bigr)\rangle=\langle kq;jm|j'm'\rangle\,c_{\alpha'}

(Clebsch–Gordan 係数は実数)で、cα′c_{\alpha'} が換算行列要素です。

系 5.3(選択則)✓

⟨α′j′m′∣Tqk∣αjm⟩≠0\langle\alpha'j'm'|T^k_q|\alpha jm\rangle\ne0 ならば m′=m+qm'=m+q かつ ∣j−k∣≤j′≤j+k|j-k|\le j'\le j+k である。

証明(系 5.3)

Clebsch–Gordan 係数 ⟨kq;jm∣j′m′⟩\langle kq;jm|j'm'\rangle は m′=m+qm'=m+q のときだけ 00 でなく、j′j' は 定理 6.2[角運動量とスピン] の範囲 ∣j−k∣≤j′≤j+k|j-k|\le j'\le j+k に入るときだけ現れます。

これは、たとえば電気双極子遷移(位置 r\boldsymbol{r} が階数 11 のテンソル)の Δj=0,±1\Delta j=0,\pm1、Δm=0,±1\Delta m=0,\pm1 という選択則を一般的に示します。パリティの議論を加えると Δl=±1\Delta l=\pm1 も出ます。

命題 5.4(射影定理)✓

ベクトル演算子 V\boldsymbol{V} と、固定された α,j\alpha,j の多重項 M\mathcal{M} への射影 PP について、PVP=λJPP\boldsymbol{V}P=\lambda\boldsymbol{J}P で、係数は λ=⟨J⋅V⟩ℏ2j(j+1)\lambda=\dfrac{\langle\boldsymbol{J}\cdot\boldsymbol{V}\rangle}{\hbar^2j(j+1)} である。ここで ⟨J⋅V⟩\langle\boldsymbol{J}\cdot\boldsymbol{V}\rangle は M\mathcal{M} の任意の状態での期待値(mm によらない)。

証明(命題 5.4)

V\boldsymbol{V} も J\boldsymbol{J} も階数 11 なので、定理 5.2 により M\mathcal{M} 内の行列要素はどちらも ⟨1q;jm∣jm′⟩\langle 1q;jm|jm'\rangle に比例し、比例定数は mm に依りません。したがって PVqP=λJqPPV_qP=\lambda J_qP(λ\lambda は定数)です。J\boldsymbol{J} は PP と交換するので P(J⋅V)P=∑iJiPViP=λ∑iJiJiP=λℏ2j(j+1)PP(\boldsymbol{J}\cdot\boldsymbol{V})P=\sum_iJ_iPV_iP=\lambda\sum_iJ_iJ_iP=\lambda\hbar^2j(j+1)P で、λ\lambda が決まります。

一様磁場 B\boldsymbol{B} 中の電子(q=−eq=-e)を、A=12B×r\boldsymbol{A}=\tfrac12\boldsymbol{B}\times\boldsymbol{r}(クーロンゲージ)で扱います。A⋅p=12(B×r)⋅p=12B⋅L\boldsymbol{A}\cdot\boldsymbol{p}=\tfrac12(\boldsymbol{B}\times\boldsymbol{r})\cdot\boldsymbol{p}=\tfrac12\boldsymbol{B}\cdot\boldsymbol{L} なので、H=p22m+V−q2mB⋅L+q2A22mH=\dfrac{p^2}{2m}+V-\dfrac{q}{2m}\boldsymbol{B}\cdot\boldsymbol{L}+\dfrac{q^2A^2}{2m} です。第 4 項(反磁性項)は B2B^2 に比例し、実験室の磁場 B≲10 TB\lesssim10\ \mathrm{T} では第 3 項に比べて無視できます。スピンの磁気モーメント(注意 5.5[角運動量とスピン]、ge≃2g_e\simeq2)を加えて、Zeeman ハミルトニアン

HZ=μBℏ B⋅(L+2S),μB=eℏ2mH_Z=\frac{\mu_B}{\hbar}\,\boldsymbol{B}\cdot(\boldsymbol{L}+2\boldsymbol{S}),\qquad \mu_B=\frac{e\hbar}{2m}

を得ます。スピンの g=2g=2 は第 6 章の Dirac 方程式から出ます。

磁場が微細構造より弱いとき、各 jj の多重項の内部で摂動を考えれば十分です(縮退摂動論、定理 5.2[摂動論])。

系 5.5(Landé の g 因子)✓

L+2S\boldsymbol{L}+2\boldsymbol{S} は多重項 (l,s,j)(l,s,j) 内で gJ Jg_J\,\boldsymbol{J} と同じ行列要素を持ち、

gJ=1+j(j+1)−l(l+1)+s(s+1)2j(j+1)g_J=1+\frac{j(j+1)-l(l+1)+s(s+1)}{2j(j+1)}

である。したがって B=Bz^\boldsymbol{B}=B\hat{\boldsymbol{z}} のとき準位は Enlj+gJμBB mjE_{nlj}+g_J\mu_BB\,m_j へ等間隔に分裂する。

証明(系 5.5)

V=L+2S=J+S\boldsymbol{V}=\boldsymbol{L}+2\boldsymbol{S}=\boldsymbol{J}+\boldsymbol{S} に 命題 5.4 を使います。J⋅V=J2+J⋅S\boldsymbol{J}\cdot\boldsymbol{V}=\boldsymbol{J}^2+\boldsymbol{J}\cdot\boldsymbol{S} で、L=J−S\boldsymbol{L}=\boldsymbol{J}-\boldsymbol{S} の 2 乗から J⋅S=12(J2+S2−L2)\boldsymbol{J}\cdot\boldsymbol{S}=\tfrac12(\boldsymbol{J}^2+\boldsymbol{S}^2-\boldsymbol{L}^2) です。固有値を入れると ⟨J⋅V⟩=ℏ2[j(j+1)+12(j(j+1)+s(s+1)−l(l+1))]\langle\boldsymbol{J}\cdot\boldsymbol{V}\rangle=\hbar^2\left[j(j+1)+\tfrac12\bigl(j(j+1)+s(s+1)-l(l+1)\bigr)\right] となり、ℏ2j(j+1)\hbar^2j(j+1) で割れば gJg_J です。HZ=(μB/ℏ)gJBJzH_Z=(\mu_B/\hbar)g_JBJ_z の固有値は gJμBBmjg_J\mu_BBm_j です。

例 5.6(ナトリウムの D 線)

32S1/23^2S_{1/2}(l=0,j=12l=0,j=\frac12)は g=2g=2、32P1/23^2P_{1/2} は g=23g=\frac23、32P3/23^2P_{3/2} は g=43g=\frac43 です(公式にそれぞれ代入)。したがって D1D_1 線(P1/2→S1/2P_{1/2}\to S_{1/2})は Δm=0,±1\Delta m=0,\pm1 の組合せで 4 本、D2D_2 線(P3/2→S1/2P_{3/2}\to S_{1/2})は 6 本に分かれます。スピンのない原子では gJ=1g_J=1(s=0s=0、j=lj=l)で、すべての線が同じ間隔 μBB\mu_BB で分かれる 正常 Zeeman 効果 になります。実際の原子で観測される複雑な分裂は、gJg_J が準位ごとに異なるために起こる 異常 Zeeman 効果 です。

一様電場 F=Fz^\boldsymbol{F}=F\hat{\boldsymbol{z}} は摂動 HS=−qFzH_S=-qFz を与えます。zz は階数 11、q=0q=0 成分のテンソルなので、系 5.3 により ⟨n′l′m′∣z∣nlm⟩≠0\langle n'l'm'|z|nlm\rangle\ne0 には m′=mm'=m と ∣l′−l∣≤1|l'-l|\le1 が必要で、さらにパリティ(zz は奇)から l′=l±1l'=l\pm1 です。したがって、縮退のない状態の 1 次補正 ⟨z⟩\langle z\rangle は消え、効果は電場の 2 乗から始まります(水素の n≥2n\ge2 は ll の違う状態が縮退しているので別で、例 5.5[摂動論] に 1 次の効果を示しました)。

例 5.7(水素の基底状態の分極率)

原子単位(ℏ=m=e=a0=1\hbar=m=e=a_0=1)で H0=−12∇2−1rH_0=-\tfrac12\nabla^2-\tfrac1r、摂動 HS=FzH_S=Fz、ψ0=e−r/π\psi_0=e^{-r}/\sqrt\pi、E0=−12E_0=-\tfrac12 とします。定理 3.1[摂動論] の 2 次補正は無限和ですが、1 次の波動関数 ψ1\psi_1 が (H0−E0)ψ1=−Fz ψ0(H_0-E_0)\psi_1=-Fz\,\psi_0 を満たすことを使えば、E(2)=⟨ψ0∣Fz∣ψ1⟩E^{(2)}=\langle\psi_0|Fz|\psi_1\rangle です。ψ1=g(r)cos⁡θ e−r/π\psi_1=g(r)\cos\theta\,e^{-r}/\sqrt\pi と置くと、(H0−E0)(H_0-E_0) の作用は

(−12g′′+g′−g′r+gr2)cos⁡θ  e−rπ\left(-\tfrac12g''+g'-\tfrac{g'}{r}+\tfrac{g}{r^2}\right)\cos\theta\;\frac{e^{-r}}{\sqrt\pi}

に書けます(∇2(χcos⁡θ)=(χ′′+2χ′/r−2χ/r2)cos⁡θ\nabla^2(\chi\cos\theta)=(\chi''+2\chi'/r-2\chi/r^2)\cos\theta を使う)。これを −Frcos⁡θ e−r/π-Fr\cos\theta\,e^{-r}/\sqrt\pi に等しいと置き、g=ar+br2g=ar+br^2 を試すと左辺は a−2b+2bra-2b+2br になり、b=−F/2b=-F/2、a=−Fa=-F で一致します。つまり g=−F(r+r2/2)g=-F(r+r^2/2) が厳密な解です(ψ1⊥ψ0\psi_1\perp\psi_0 は cos⁡θ\cos\theta の角度積分から)。2 次補正は

E(2)=Fπ⋅4π3∫0∞r3g(r)e−2rdr=−4F23∫0∞(r4+r52)e−2rdr=−4F23⋅2716=−94F2E^{(2)}=\frac{F}{\pi}\cdot\frac{4\pi}{3}\int_0^\infty r^3g(r)e^{-2r}dr=-\frac{4F^2}{3}\int_0^\infty\left(r^4+\tfrac{r^5}{2}\right)e^{-2r}dr=-\frac{4F^2}{3}\cdot\frac{27}{16}=-\frac94F^2

です。E(2)=−12αF2E^{(2)}=-\tfrac12\alpha F^2 と書くと分極率は α=92a03 (×4πε0)≈0.667 A˚3\alpha=\tfrac92a_0^3\ (\times4\pi\varepsilon_0)\approx0.667\ \mathrm{\AA}^3 です。符号は 系 3.3[摂動論] の通りで、基底状態は電場で必ず下がります。電場は原子に双極子モーメント αF\alpha F を誘起し、その双極子と電場との相互作用が −12αF2-\tfrac12\alpha F^2 です。

水素原子のエネルギーは主量子数 nn だけで決まりましたが、実際のスペクトルは細かく分裂しています。これは相対論的な補正のためで、α=e2/4πε0ℏc≃1/137.036\alpha=e^2/4\pi\varepsilon_0\hbar c\simeq1/137.036 の 2 乗の大きさ(Bohr のエネルギー ∼mc2α2\sim mc^2\alpha^2 に対し mc2α4mc^2\alpha^4)です。補正は

Hrel=−p48m3c2,HSO=12m2c21rdVdr L⋅S,HD=ℏ28m2c2∇2VH_{\rm rel}=-\frac{p^4}{8m^3c^2},\qquad H_{\rm SO}=\frac{1}{2m^2c^2}\frac1r\frac{dV}{dr}\,\boldsymbol{L}\cdot\boldsymbol{S},\qquad H_{\rm D}=\frac{\hbar^2}{8m^2c^2}\nabla^2V

の 3 つです。HrelH_{\rm rel} は p2c2+m2c4\sqrt{p^2c^2+m^2c^4} を展開した第 3 項、HSOH_{\rm SO} は電子が核の電場の中で動くと感じる磁場とスピンの磁気モーメントの相互作用(Thomas 歳差の因子 12\tfrac12 を含む)、HDH_{\rm D} は Darwin 項です。この 3 項が Dirac 方程式の非相対論的展開から出ることは第 6 章で触れ、ここでは これを与えられた摂動として、クーロンポテンシャル V=−ℏcα/rV=-\hbar c\alpha/r について 1 次の摂動論を実行します。この結果は第 6 章で Dirac 方程式の厳密解から再現されるので、結論の正しさは別に確かめられます。

必要な期待値をまず求めます。以下では原子単位(a0=1a_0=1)で考え、∣nlm⟩|nlm\rangle の動径部分を u(r)=rR(r)u(r)=rR(r) とします。

補題 6.1(Kramers の漸化式)✓

水素の束縛状態 ∣nlm⟩|nlm\rangle について、ss が s>−2l−1s>-2l-1 を満たす範囲で

s+1n2⟨rs⟩−(2s+1)⟨rs−1⟩+s4[(2l+1)2−s2]⟨rs−2⟩=0\frac{s+1}{n^2}\langle r^s\rangle-(2s+1)\langle r^{s-1}\rangle+\frac s4\left[(2l+1)^2-s^2\right]\langle r^{s-2}\rangle=0

が成り立つ。とくに ⟨r−1⟩=1n2\langle r^{-1}\rangle=\dfrac1{n^2}、l≥1l\ge1 のとき ⟨r−3⟩=⟨r−2⟩l(l+1)\langle r^{-3}\rangle=\dfrac{\langle r^{-2}\rangle}{l(l+1)} である。

この補題は、rr のべき乗の期待値どうしを結ぶ関係式です。証明では、動径方程式を、掛ける関数 ff を自由に選んで 2 通りに積分し、両者を比べます。ff の取り方で、好きなべき乗の間の関係が一度に得られます。

証明(補題 6.1)

u′′=Quu''=Qu、Q=l(l+1)r2−2r+1n2Q=\dfrac{l(l+1)}{r^2}-\dfrac2r+\dfrac1{n^2} です。任意の関数 f(r)f(r) について、u′′=Quu''=Qu に fu′fu' を掛けて積分し、右辺を fQuu′=12fQ(u2)′fQuu'=\tfrac12fQ(u^2)' として部分積分すると ∫f′u′2=∫(fQ)′u2\int f'u'^2=\int(fQ)'u^2 です。次に f′uf'u を掛けて積分し、−∫(f′u)′u′=−∫f′′uu′−∫f′u′2=12∫f′′′u2−∫f′u′2-\int(f'u)'u'=-\int f''uu'-\int f'u'^2=\tfrac12\int f'''u^2-\int f'u'^2 を使うと ∫f′u′2=12∫f′′′u2−∫f′Qu2\int f'u'^2=\tfrac12\int f'''u^2-\int f'Qu^2 です(境界項は、f=rs+1f=r^{s+1} で ss が上の範囲なら原点で u∼rl+1u\sim r^{l+1} のため消える)。二式を等しいと置くと

∫[fQ′+2f′Q−12f′′′]u2 dr=0\int\left[fQ'+2f'Q-\tfrac12f'''\right]u^2\,dr=0

です。f=rs+1f=r^{s+1} を代入して rs−2,rs−1,rsr^{s-2},r^{s-1},r^s の係数を整理すると、s2[(2l+1)2−s2]\tfrac s2[(2l+1)^2-s^2]、−2(2s+1)-2(2s+1)、2(s+1)/n22(s+1)/n^2 になり、2 で割れば主張です。s=0s=0 で ⟨r−1⟩=n−2\langle r^{-1}\rangle=n^{-2}、s=−1s=-1 で ⟨r−2⟩−l(l+1)⟨r−3⟩=0\langle r^{-2}\rangle-l(l+1)\langle r^{-3}\rangle=0 です。

補題 6.2(⟨r⁻²⟩ と s 状態の原点での値)✓

⟨r−2⟩=1n3(l+12)\langle r^{-2}\rangle=\dfrac{1}{n^3(l+\frac12)} である。また l=0l=0 のとき ∣ψn00(0)∣2=1πn3|\psi_{n00}(0)|^2=\dfrac{1}{\pi n^3} である。

証明(補題 6.2)

動径方程式 [−12d2dr2+l(l+1)2r2−1r]u=Eu\left[-\tfrac12\tfrac{d^2}{dr^2}+\tfrac{l(l+1)}{2r^2}-\tfrac1r\right]u=Eu の固有値は E=−12(nr+l+1)2E=-\dfrac1{2(n_r+l+1)^2} です(nrn_r は節の数)。この導出は、べき級数の終端(補題 5.1[水素原子])が ll を rl+1r^{l+1} の指数と漸化式にしか使わないため、ll を連続な実数に拡げても成り立ちます。ヘルマン–ファインマン(命題 3.5[摂動論])を λ=l(l+1)\lambda=l(l+1) について使うと ∂E/∂λ=12⟨r−2⟩\partial E/\partial\lambda=\tfrac12\langle r^{-2}\rangle で、一方 ∂E/∂l=n−3\partial E/\partial l=n^{-3}、dλ/dl=2l+1d\lambda/dl=2l+1 なので ⟨r−2⟩=2/[(2l+1)n3]\langle r^{-2}\rangle=2/[(2l+1)n^3] です。

l=0l=0 のとき、u′′=2(V−E)uu''=2(V-E)u に 2u′2u' を掛けて (u′2)′=2(V−E)(u2)′(u'^2)'=2(V-E)(u^2)' とし、r=0r=0 から ∞\infty まで積分します。右辺を部分積分すると境界項は r=0r=0(u(0)=0u(0)=0 と Vu2→0Vu^2\to0)でも ∞\infty でも消えて −u′(0)2=−2∫V′u2dr-u'(0)^2=-2\int V'u^2dr、つまり u′(0)2=2⟨V′⟩u'(0)^2=2\langle V'\rangle です。ψ=R/4π=u/(r4π)\psi=R/\sqrt{4\pi}=u/(r\sqrt{4\pi}) なので ∣ψ(0)∣2=u′(0)2/4π=⟨V′⟩/2π|\psi(0)|^2=u'(0)^2/4\pi=\langle V'\rangle/2\pi です。V=−1/rV=-1/r なら V′=r−2V'=r^{-2} で、l=0l=0 の ⟨r−2⟩=2/n3\langle r^{-2}\rangle=2/n^3 から ∣ψ(0)∣2=1/(πn3)|\psi(0)|^2=1/(\pi n^3) を得ます。

定理 6.3(水素の微細構造)✓

Hrel+HSO+HDH_{\rm rel}+H_{\rm SO}+H_{\rm D} の 1 次の摂動により、水素の準位 En=−mc2α22n2E_n=-\dfrac{mc^2\alpha^2}{2n^2} は

Enj=En−mc2α42n4(nj+12−34)E_{nj}=E_n-\frac{mc^2\alpha^4}{2n^4}\left(\frac{n}{j+\frac12}-\frac34\right)

となる。補正は ll によらず nn と全角運動量 jj だけで決まる。

証明(定理 6.3)

縮退のある準位ですが、3 項はいずれも J2,Jz,L2\boldsymbol{J}^2,J_z,\boldsymbol{L}^2 と交換する(球対称)ので、基底 ∣nljmj⟩|nljm_j\rangle では摂動行列が対角になります((l,j,mj)(l,j,m_j) が異なる 2 つの基底ベクトルは L2,J2,Jz\boldsymbol{L}^2,\boldsymbol{J}^2,J_z のどれかの固有値が異なるので、補題 5.3[摂動論] から行列要素は 00)。期待値を順に計算します。以下 ε0=mc2α4\varepsilon_0=mc^2\alpha^4 と書き、長さは a0=ℏ/(mcα)a_0=\hbar/(mc\alpha) で測ります。

相対論補正。 p4=4m2(H0−V)2p^4=4m^2(H_0-V)^2 で、H0H_0 は固有状態に作用して EnE_n になるので ⟨Hrel⟩=−12mc2⟨(En−V)2⟩=−12mc2[En2−2En⟨V⟩+⟨V2⟩]\langle H_{\rm rel}\rangle=-\dfrac{1}{2mc^2}\langle(E_n-V)^2\rangle=-\dfrac{1}{2mc^2}\left[E_n^2-2E_n\langle V\rangle+\langle V^2\rangle\right] です。V=−ℏcα/rV=-\hbar c\alpha/r、補題 6.1 の ⟨r−1⟩\langle r^{-1}\rangle から ⟨V⟩=−mc2α2/n2\langle V\rangle=-mc^2\alpha^2/n^2、補題 6.2 から ⟨V2⟩=(mc2α2)2/[n3(l+12)]\langle V^2\rangle=(mc^2\alpha^2)^2/[n^3(l+\frac12)] です。代入すると

⟨Hrel⟩=−ε02n3[1l+12−34n]\langle H_{\rm rel}\rangle=-\frac{\varepsilon_0}{2n^3}\left[\frac{1}{l+\frac12}-\frac{3}{4n}\right]

です。

スピン軌道。 1rdVdr=ℏcα/r3\frac1r\frac{dV}{dr}=\hbar c\alpha/r^3 で、⟨L⋅S⟩=ℏ22[j(j+1)−l(l+1)−34]\langle\boldsymbol{L}\cdot\boldsymbol{S}\rangle=\frac{\hbar^2}{2}\left[j(j+1)-l(l+1)-\frac34\right](系 6.5[角運動量とスピン])です。l≥1l\ge1 では 補題 6.1 と 補題 6.2 から ⟨r−3⟩=1/[n3l(l+12)(l+1)]\langle r^{-3}\rangle=1/[n^3l(l+\frac12)(l+1)] なので

⟨HSO⟩=ε04n3 j(j+1)−l(l+1)−34l(l+12)(l+1)\langle H_{\rm SO}\rangle=\frac{\varepsilon_0}{4n^3}\,\frac{j(j+1)-l(l+1)-\frac34}{l(l+\frac12)(l+1)}

です。l=0l=0 では L=0\boldsymbol{L}=0 で ⟨HSO⟩=0\langle H_{\rm SO}\rangle=0 とします。

Darwin 項。 ∇2V=4πℏcα δ3(r)\nabla^2V=4\pi\hbar c\alpha\,\delta^3(\boldsymbol{r}) なので、⟨HD⟩=πℏ3α2m2c∣ψ(0)∣2\langle H_{\rm D}\rangle=\dfrac{\pi\hbar^3\alpha}{2m^2c}|\psi(0)|^2 で、これは l=0l=0 だけに寄与します。補題 6.2 の ∣ψ(0)∣2=1/(πn3a03)|\psi(0)|^2=1/(\pi n^3a_0^3) を入れて ⟨HD⟩=ε02n3δl0\langle H_{\rm D}\rangle=\dfrac{\varepsilon_0}{2n^3}\delta_{l0} です。

足し合わせ。 (a) l=0l=0、j=12j=\frac12:⟨Hrel⟩+⟨HD⟩=−ε02n3[2−34n−1]=−ε02n3[1−34n]\langle H_{\rm rel}\rangle+\langle H_{\rm D}\rangle=-\dfrac{\varepsilon_0}{2n^3}\left[2-\dfrac3{4n}-1\right]=-\dfrac{\varepsilon_0}{2n^3}\left[1-\dfrac{3}{4n}\right]。(b) l≥1l\ge1、j=l+12j=l+\frac12:スピン軌道の分子は ll なので ⟨HSO⟩=ε04n31(l+12)(l+1)\langle H_{\rm SO}\rangle=\dfrac{\varepsilon_0}{4n^3}\dfrac{1}{(l+\frac12)(l+1)} で、1(l+12)(l+1)⋅12−1l+12=−1l+1\dfrac1{(l+\frac12)(l+1)}\cdot\dfrac12-\dfrac1{l+\frac12}=-\dfrac{1}{l+1} より ∑=−ε02n3[1l+1−34n]\sum=-\dfrac{\varepsilon_0}{2n^3}\left[\dfrac1{l+1}-\dfrac3{4n}\right]。(c) j=l−12j=l-\frac12:分子は −(l+1)-(l+1) で ⟨HSO⟩=−ε04n31l(l+12)\langle H_{\rm SO}\rangle=-\dfrac{\varepsilon_0}{4n^3}\dfrac1{l(l+\frac12)}、−12l(l+12)−1l+12=−1l-\dfrac{1}{2l(l+\frac12)}-\dfrac1{l+\frac12}=-\dfrac1l より ∑=−ε02n3[1l−34n]\sum=-\dfrac{\varepsilon_0}{2n^3}\left[\dfrac1l-\dfrac3{4n}\right]。いずれの場合も、l=0l=0 の (a) で j+12=1j+\frac12=1、(b) で j+12=l+1j+\frac12=l+1、(c) で j+12=lj+\frac12=l なので、結果は −ε02n3[1j+12−34n]-\dfrac{\varepsilon_0}{2n^3}\left[\dfrac{1}{j+\frac12}-\dfrac{3}{4n}\right] に統一されます。これは主張の式と一致します。

例 6.4(n = 2 の微細構造)

n=2n=2 では、2S1/22S_{1/2} と 2P1/22P_{1/2}(どちらも j=12j=\frac12)が縮退したまま、2P3/22P_{3/2}(j=32j=\frac32)が上に分かれます。分裂幅は

E2,3/2−E2,1/2=mc2α432=1.449×10−3 eV32=4.53×10−5 eV  (10.9 GHz)E_{2,3/2}-E_{2,1/2}=\frac{mc^2\alpha^4}{32}=\frac{1.449\times10^{-3}\ \mathrm{eV}}{32}=4.53\times10^{-5}\ \mathrm{eV}\ \ (10.9\ \mathrm{GHz})

で、基本の準位間隔(10.2 eV10.2\ \mathrm{eV})の 4×10−64\times10^{-6} 倍にすぎません。これが「微細」の意味です。2S1/22S_{1/2} と 2P1/22P_{1/2} の縮退は Dirac 方程式でも厳密に残りますが、量子電磁力学の補正(Lamb シフト、約 1.06 GHz1.06\ \mathrm{GHz})で解けます。

演習 7.1易

面積 1 cm21\ \mathrm{cm}^2 の 2 次元電子系に B=5 TB=5\ \mathrm{T} をかける。(1) Landau 準位 1 本に入れる軌道状態の数(スピンを除く)を求めよ。(2) 下から 2 本の Landau 準位をスピンも含めて満たすために必要な面密度(ν=4\nu=4)はいくらか。

解答

(1) 定理 3.1 より Nϕ=eBA/h=2.418×1014 m−2 T−1×5 T×10−4 m2=1.21×1011N_\phi=eBA/h=2.418\times10^{14}\ \mathrm{m^{-2}\,T^{-1}}\times5\ \mathrm{T}\times10^{-4}\ \mathrm{m^2}=1.21\times10^{11}。(2) スピンを含めると各準位は 2Nϕ2N_\phi 個の電子を収容でき、2 本で 4Nϕ=4.8×10114N_\phi=4.8\times10^{11} 個、面密度では 4.8×1011 cm−24.8\times10^{11}\ \mathrm{cm^{-2}} です。

演習 7.2標準

(1) 3P2^3P_2(S=1,L=1,J=2S=1,L=1,J=2)の gJg_J を求めよ。(2) 2P3/2^2P_{3/2} の準位に磁場 BB をかけたとき、mj=−32,…,32m_j=-\frac32,\ldots,\frac32 の 4 つの準位のエネルギーを μBB\mu_BB を単位にして書け。

解答

(1) 系 5.5 に j=2,l=1,s=1j=2,l=1,s=1 を代入して gJ=1+6−2+212=32g_J=1+\dfrac{6-2+2}{12}=\dfrac32 です。(2) gJ=43g_J=\dfrac43 なので、エネルギーは E0+43mjμBBE_0+\dfrac43m_j\mu_BB、すなわち −2,−23,+23,+2-2,-\frac23,+\frac23,+2 の順に μBB\mu_BB をかけた値です。隣り合う準位の間隔は等間隔の 43μBB\frac43\mu_BB です。

演習 7.3標準

命題 4.2 のリングで、0≤Φ≤Φ00\le\Phi\le\Phi_0 の範囲で基底状態を与える nn を求め、持続電流 I=−∂E/∂ΦI=-\partial E/\partial\Phi を Φ\Phi の関数として書け。Φ=Φ0/2\Phi=\Phi_0/2 で何が起きるか。

解答

EnE_n が最小になる nn は ∣n−Φ/Φ0∣|n-\Phi/\Phi_0| が最小の整数で、0≤Φ<Φ0/20\le\Phi<\Phi_0/2 で n=0n=0、Φ0/2<Φ≤Φ0\Phi_0/2<\Phi\le\Phi_0 で n=1n=1 です。I=−∂En/∂Φ=ℏ2mR2Φ0(n−ΦΦ0)I=-\partial E_n/\partial\Phi=\dfrac{\hbar^2}{mR^2\Phi_0}\left(n-\dfrac{\Phi}{\Phi_0}\right) なので、0≤Φ<Φ0/20\le\Phi<\Phi_0/2 では I=−ℏ2mR2Φ0ΦΦ0I=-\dfrac{\hbar^2}{mR^2\Phi_0}\dfrac{\Phi}{\Phi_0} で磁束に比例して逆向きに流れ、Φ=Φ0/2\Phi=\Phi_0/2 で n=0n=0 と n=1n=1 の準位が交差して電流の向きが反転します(のこぎり波状の電流)。電流は Φ\Phi に対して周期 Φ0\Phi_0 です。

演習 7.4標準

定理 6.3 を使って、n=2n=2 の 2P1/22P_{1/2} と 2P3/22P_{3/2} のエネルギー補正を mc2α4mc^2\alpha^4 を単位にそれぞれ求め、差が mc2α4/32mc^2\alpha^4/32 になることを確かめよ。

解答

n=2n=2 で E(1)=−mc2α432(2j+12−34)E^{(1)}=-\dfrac{mc^2\alpha^4}{32}\left(\dfrac{2}{j+\frac12}-\dfrac34\right) です。j=12j=\frac12:21−34=54\dfrac2{1}-\dfrac34=\dfrac54 で E(1)=−5128mc2α4E^{(1)}=-\dfrac{5}{128}mc^2\alpha^4。j=32j=\frac32:22−34=14\dfrac22-\dfrac34=\dfrac14 で E(1)=−1128mc2α4E^{(1)}=-\dfrac{1}{128}mc^2\alpha^4。差は 4128=132\dfrac{4}{128}=\dfrac1{32}(単位 mc2α4mc^2\alpha^4)です。

  • J. J. Sakurai, J. Napolitano, Modern Quantum Mechanics, 3rd ed., Cambridge University Press, 2020 — テンソル演算子と Wigner–Eckart の定理、微細構造、Aharonov–Bohm 効果、Landau 準位。
  • D. J. Griffiths, D. F. Schroeter, Introduction to Quantum Mechanics, 3rd ed., Cambridge University Press, 2018 — 水素の微細構造、Zeeman 効果、Stark 効果、Aharonov–Bohm 効果の章。
  • L. D. Landau, E. M. Lifshitz, Quantum Mechanics: Non-relativistic Theory, 3rd ed., Pergamon, 1977 — 磁場中の運動(Landau 準位)、原子の準位(微細構造)。
  • Y. Aharonov, D. Bohm, “Significance of Electromagnetic Potentials in the Quantum Theory”, Phys. Rev. 115 (1959), 485.
  • A. Tonomura et al., “Evidence for Aharonov-Bohm Effect with Magnetic Field Completely Shielded from Electron Wave”, Phys. Rev. Lett. 56 (1986), 792.
  • H. A. Kramers, Quantentheorie des Elektrons und der Strahlung, 1938. Kramers の漸化式の出典。

このテーマの 100 本ノック(50 問)

執筆: Claude Code(Sonnet 5.5)、Claude Code(Opus 5.5)・監査 3 回(Claude Code)・最終 2026-10-12

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