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行列の固有値評価と不等式:ゲルシュゴリンからペロン・フロベニウス、カントロヴィッチまで

対象読者: 本テーマの行列式・スペクトル定理・行列分解(特異値分解など)を学び、実解析の基礎(連続性・コンパクト性)を知る学部上級生。

前提となる記事:スペクトル定理:対称行列はなぜ「回転だけ」で対角化できるのか、行列式とその性質:符号付き体積としての det、行列の分解と標準形:ケイリー・ハミルトンから特異値分解・ウィリアムソンの標準形まで

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行列の固有値を実際に求めるのは大変ですが、「固有値は正か」「どのくらいの範囲に入るか」だけ分かれば十分なことがよくあります。この記事では、行列の成分や部分行列、行列式といった手に入りやすい量から、固有値を挟み込む道具を順に紹介します。読み終えると、固有値を計算しなくても、小さな行列なら正定値かどうかや固有値の範囲を見積もれるようになります。

  • ゲルシュゴリンの円板定理: AA の固有値は、中心 aiia_{ii}、半径 Ri=∑j≠i∣aij∣R_i=\sum_{j\ne i}|a_{ij}| の円板の和集合に入ります。固有値を計算せずに、対角優位な行列の正則性や正定値性が判定できます。
  • エルミート行列の固有値 λ1≥⋯≥λn\lambda_1\ge\cdots\ge\lambda_n は、クーラン・フィッシャーの最大最小原理でレイリー商の言葉で書けます。そこからワイルの不等式(摂動で固有値は ∥E∥\|E\| 以上動かない)とコーシーの交互定理(主部分行列の固有値は元の固有値の間に挟まる)が従います。
  • ブロック行列のシュール補行列 A−BD−1CA-BD^{-1}C は、行列式・逆行列・正定値性・慣性を支配します。ウッドベリーの公式とシルヴェスターの行列式恒等式 det⁡(I+XY)=det⁡(I+YX)\det(I+XY)=\det(I+YX) はその系で、低ランク更新の計算を小さな行列に帰着します。
  • アダマールの不等式 ∣det⁡A∣≤∏j∥aj∥|\det A|\le\prod_j\|\boldsymbol{a}_j\| とコーシー・ビネの公式は、行列式の大きさと小行列式の和の評価です。
  • 非負行列のペロン・フロベニウスの定理は、既約なら最大固有値が単純で正の固有ベクトルをもつことを述べ、コリャッツ・ヴィーラントの公式で上下から評価できます。シルヴェスター方程式の可解条件とリャプノフ方程式による安定性判定、カントロヴィッチの不等式まで、一貫して「固有値を求めずに評価する」道具です。

1. 動機 — 固有値を計算せずに、固有値について知りたい

Section titled “1. 動機 — 固有値を計算せずに、固有値について知りたい”

実用では、行列の固有値そのものより「固有値が正か」「最大固有値の上限はいくらか」「摂動で固有値がどれだけ動くか」が重要になる場面が多くあります。たとえば、数値計算の結果が数学的に正しいことを保証する認証計算では、丸め誤差を含んだ近似固有値に対して、真の固有値が存在する範囲を厳密に示す必要があります。多体量子系のフェルミオン行列式の評価では、行列式の絶対値を主要部分行列の大きさで抑えるアダマールの不等式が使われます。連続時間の線形系 x˙=Ax\dot{\boldsymbol{x}}=A\boldsymbol{x} の安定性は、AA のすべての固有値の実部が負であること、すなわち特性多項式の根の位置の問題です。

この記事の定理は、固有値を直接求める代わりに、行列の成分、部分行列、行列式といった量から固有値を挟み込む道具です。扱う行列は、断らない限り複素正方行列で、エルミート行列の固有値は λ1(A)≥⋯≥λn(A)\lambda_1(A)\ge\cdots\ge\lambda_n(A) と大きい順に並べます。ベクトルの内積は スペクトル定理 と同じ ⟨x,y⟩=y∗x\langle\boldsymbol{x},\boldsymbol{y}\rangle=\boldsymbol{y}^{*}\boldsymbol{x}、ノルムは ∥x∥\|\boldsymbol{x}\|、行列の作用素ノルムは ∥A∥=max⁡∥x∥=1∥Ax∥\|A\|=\max_{\|\boldsymbol{x}\|=1}\|A\boldsymbol{x}\|(作用素ノルムと最良低階数近似(命題 4.3)[行列の分解と標準形])です。

定義 2.1(ゲルシュゴリン円板)↗

A=(aij)∈Mn(C)A=(a_{ij})\in M_n(\mathbb{C}) に対し、Ri=∑j≠i∣aij∣R_i=\sum_{j\ne i}|a_{ij}|(第 ii 行の非対角成分の絶対値の和)とおき、

Di={z∈C∣∣z−aii∣≤Ri}(i=1,…,n)D_i=\{z\in\mathbb{C}\mid|z-a_{ii}|\le R_i\}\qquad(i=1,\ldots,n)

をゲルシュゴリン円板という。

定理 2.2(ゲルシュゴリンの円板定理)✓

A∈Mn(C)A\in M_n(\mathbb{C}) のすべての固有値は D1∪⋯∪DnD_1\cup\cdots\cup D_n に含まれる。

証明(定理 2.2)

λ\lambda を固有値、x=(x1,…,xn)T≠0\boldsymbol{x}=(x_1,\ldots,x_n)^{\mathsf{T}}\ne0 を固有ベクトルとし、絶対値が最大の成分を xix_i とします(∣xi∣>0|x_i|>0)。第 ii 成分の式 ∑jaijxj=λxi\sum_ja_{ij}x_j=\lambda x_i を (λ−aii)xi=∑j≠iaijxj(\lambda-a_{ii})x_i=\sum_{j\ne i}a_{ij}x_j と書き直すと、

∣λ−aii∣ ∣xi∣≤∑j≠i∣aij∣∣xj∣≤∑j≠i∣aij∣∣xi∣=Ri∣xi∣|\lambda-a_{ii}|\,|x_i|\le\sum_{j\ne i}|a_{ij}||x_j|\le\sum_{j\ne i}|a_{ij}||x_i|=R_i|x_i|

です。∣xi∣>0|x_i|>0 で割って ∣λ−aii∣≤Ri|\lambda-a_{ii}|\le R_i、すなわち λ∈Di\lambda\in D_i です。

a11 = 1a22 = 3 + 2ia33 = 2 - 2iD1D2D3
3 次複素行列のゲルシュゴリン円板(実軸が横、虚軸が縦)。中心は対角成分、半径は行ごとの非対角成分の絶対値の和。固有値はこれらの円板の和集合の中にある。

AA と ATA^{\mathsf{T}} は同じ固有値をもつので、列について和をとった円板でも同じことが言えます。円板定理の最も使いやすい系は次の 2 つです。

系 2.3(対角優位行列)✓

  1. (レヴィ・ドゥスプランクの定理)すべての ii について ∣aii∣>Ri|a_{ii}|>R_i(狭義対角優位)ならば、AA は正則である。
  2. AA がエルミート行列で、すべての ii について aii>Ria_{ii}>R_i ならば AA は正定値である。
  3. すべての固有値の絶対値は max⁡i∑j∣aij∣\max_i\sum_j|a_{ij}| 以下である。
証明(系 2.3)
  1. 0∈Di0\in D_i ならば ∣aii∣≤Ri|a_{ii}|\le R_i となって仮定に反するので、定理 2.2 により 00 は固有値でなく、AA は正則です(固有値の判定条件(命題 3.3)[固有値と固有ベクトル])。2. エルミート行列の固有値は実数で、Di∩R⊆[aii−Ri,aii+Ri]D_i\cap\mathbb{R}\subseteq[a_{ii}-R_i,a_{ii}+R_i] の左端 aii−Ria_{ii}-R_i が正ですから、固有値はすべて正です(主軸定理と正定値性の判定(定理 6.3)[スペクトル定理])。3. z∈Diz\in D_i なら ∣z∣≤∣aii∣+Ri=∑j∣aij∣|z|\le|a_{ii}|+R_i=\sum_j|a_{ij}| です。

例 2.4(対角優位な対称行列)

A=(1010182025)A=\begin{pmatrix}10&1&0\\1&8&2\\0&2&5\end{pmatrix} は対称で、R1=1,R2=3,R3=2R_1=1,R_2=3,R_3=2 で、円板は D1=[9,11]D_1=[9,11]、D2=[5,11]D_2=[5,11]、D3=[3,7]D_3=[3,7] です(実対称行列なので固有値は実数で、実軸上の区間として考えれば足ります)。したがって固有値はすべて [3,11][3,11] に入り、AA は正定値、最大固有値は 1111 以下で、条件数 λ1/λ3≤11/3\lambda_1/\lambda_3\le 11/3 です。固有値を求めずに、これだけの情報が得られます。

注意 2.5

円板の和集合が互いに交わらない kk 個の円板からなる連結成分をもつとき、その成分にはちょうど kk 個の固有値が含まれることも知られています。これは固有値が成分の連続関数であることを使う議論(対角成分だけの行列から非対角成分を連続的に入れていく)で示され、この記事では扱いません。

エルミート行列 AA の固有値は、正規直交固有ベクトル uk\boldsymbol{u}_k で Auk=λkukA\boldsymbol{u}_k=\lambda_k\boldsymbol{u}_k となる列でした。レイリー商の最大・最小(レイリー商の最大・最小(定理 7.1)[スペクトル定理])は λ1\lambda_1 と λn\lambda_n を与えます。途中の λk\lambda_k を、固有ベクトルを使わずに部分空間の言葉で書くのが次の定理です。

定理 3.1(クーラン・フィッシャーの最大最小原理)✓

AA を nn 次エルミート行列、λ1≥⋯≥λn\lambda_1\ge\cdots\ge\lambda_n をその固有値とする。1≤k≤n1\le k\le n に対し

λk=max⁡dim⁡S=k min⁡x∈S, ∥x∥=1⟨Ax,x⟩=min⁡dim⁡T=n−k+1 max⁡x∈T, ∥x∥=1⟨Ax,x⟩.\lambda_k=\max_{\dim S=k}\ \min_{\boldsymbol{x}\in S,\ \|\boldsymbol{x}\|=1}\langle A\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle=\min_{\dim T=n-k+1}\ \max_{\boldsymbol{x}\in T,\ \|\boldsymbol{x}\|=1}\langle A\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle .

ここで S,TS,T は Cn\mathbb{C}^n の部分空間を動く。

証明の方針は次のとおりです。固有ベクトルで展開すると ⟨Ax,x⟩=∑λi∣ci∣2\langle A\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle=\sum\lambda_i|c_i|^2 と書けるので、λk\lambda_k を与える部分空間の例はすぐ見つかります。残りは、ほかのどんな kk 次元部分空間 SS をとっても最小値が λk\lambda_k を超えないことです。これは、SS と「λk\lambda_k 以下の固有値に対応する固有ベクトルが張る空間」の次元の和が nn を超えるため、共通部分に少なくとも 1 本の単位ベクトルが入ることから分かります。

証明(定理 3.1)

正規直交固有ベクトル u1,…,un\boldsymbol{u}_1,\ldots,\boldsymbol{u}_n をとります(スペクトル定理(定理 4.2)[スペクトル定理])。x=∑ciui\boldsymbol{x}=\sum c_i\boldsymbol{u}_i なら ⟨Ax,x⟩=∑λi∣ci∣2\langle A\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle=\sum\lambda_i|c_i|^2 です。単位球面は有界閉集合でコンパクトであり(ハイネ・ボレルの定理(定理 5.2)[コンパクト性])、連続関数は最大値・最小値をもつので(最大値の定理(系 6.2)[コンパクト性])、最大・最小が存在します。

最大最小。 S0=span⁡(u1,…,uk)S_0=\operatorname{span}(\boldsymbol{u}_1,\ldots,\boldsymbol{u}_k) では、単位ベクトル x=∑i≤kciui\boldsymbol{x}=\sum_{i\le k}c_i\boldsymbol{u}_i に対し ⟨Ax,x⟩=∑i≤kλi∣ci∣2≥λk\langle A\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle=\sum_{i\le k}\lambda_i|c_i|^2\ge\lambda_k で、x=uk\boldsymbol{x}=\boldsymbol{u}_k で等号なので、min⁡=λk\min=\lambda_k です。したがって右辺の最大は λk\lambda_k 以上です。一方、dim⁡S=k\dim S=k の任意の SS と、N=span⁡(uk,…,un)N=\operatorname{span}(\boldsymbol{u}_k,\ldots,\boldsymbol{u}_n)(次元 n−k+1n-k+1)に対し、次元公式(直和の判定と次元公式(命題 5.2)[双対空間と商空間] の 1)から dim⁡(S∩N)≥k+(n−k+1)−n=1\dim(S\cap N)\ge k+(n-k+1)-n=1 です。単位ベクトル x∈S∩N\boldsymbol{x}\in S\cap N をとると ⟨Ax,x⟩=∑i≥kλi∣ci∣2≤λk\langle A\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle=\sum_{i\ge k}\lambda_i|c_i|^2\le\lambda_k ですから、SS 上の最小値は λk\lambda_k 以下です。ゆえに最大最小は λk\lambda_k です。

最小最大。 T0=span⁡(uk,…,un)T_0=\operatorname{span}(\boldsymbol{u}_k,\ldots,\boldsymbol{u}_n) では最大値が λk\lambda_k です。次元 n−k+1n-k+1 の任意の TT は span⁡(u1,…,uk)\operatorname{span}(\boldsymbol{u}_1,\ldots,\boldsymbol{u}_k) と自明でない共通部分をもち、その単位ベクトル x\boldsymbol{x} で ⟨Ax,x⟩≥λk\langle A\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle\ge\lambda_k なので、TT 上の最大値は λk\lambda_k 以上です。

これを使うと、固有値の摂動に関する基本的な不等式が短く示せます。

定理 3.2(ワイルの固有値不等式)✓

A,BA,B を nn 次エルミート行列とする。

  1. i+j−1≤ni+j-1\le n ならば λi+j−1(A+B)≤λi(A)+λj(B)\lambda_{i+j-1}(A+B)\le\lambda_i(A)+\lambda_j(B)。
  2. i+j−n≥1i+j-n\ge1 ならば λi+j−n(A+B)≥λi(A)+λj(B)\lambda_{i+j-n}(A+B)\ge\lambda_i(A)+\lambda_j(B)。
  3. 任意の kk について ∣λk(A+B)−λk(A)∣≤∥B∥|\lambda_k(A+B)-\lambda_k(A)|\le\|B\|。
証明(定理 3.2)
  1. AA の正規直交固有ベクトルを ui\boldsymbol{u}_i、BB のものを wj\boldsymbol{w}_j とし、X=span⁡(ui,…,un)X=\operatorname{span}(\boldsymbol{u}_i,\ldots,\boldsymbol{u}_n)(次元 n−i+1n-i+1)、Y=span⁡(wj,…,wn)Y=\operatorname{span}(\boldsymbol{w}_j,\ldots,\boldsymbol{w}_n)(次元 n−j+1n-j+1)とします。x∈X\boldsymbol{x}\in X で ⟨Ax,x⟩≤λi(A)∥x∥2\langle A\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle\le\lambda_i(A)\|\boldsymbol{x}\|^2、x∈Y\boldsymbol{x}\in Y で ⟨Bx,x⟩≤λj(B)∥x∥2\langle B\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle\le\lambda_j(B)\|\boldsymbol{x}\|^2 です。次元公式から dim⁡(X∩Y)≥(n−i+1)+(n−j+1)−n=n−(i+j−1)+1\dim(X\cap Y)\ge(n-i+1)+(n-j+1)-n=n-(i+j-1)+1 ですから、X∩YX\cap Y の中に次元がちょうど n−(i+j−1)+1n-(i+j-1)+1 の部分空間 TT をとれて、TT 上で ⟨(A+B)x,x⟩≤(λi(A)+λj(B))∥x∥2\langle(A+B)\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle\le(\lambda_i(A)+\lambda_j(B))\|\boldsymbol{x}\|^2 です。定理 3.1 の最小最大(k=i+j−1k=i+j-1)から λi+j−1(A+B)≤max⁡x∈T,∥x∥=1⟨(A+B)x,x⟩≤λi(A)+λj(B)\lambda_{i+j-1}(A+B)\le\max_{\boldsymbol{x}\in T,\|\boldsymbol{x}\|=1}\langle(A+B)\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle\le\lambda_i(A)+\lambda_j(B) を得ます。
  2. 1 を −A-A、−B-B に使います。λp(−C)=−λn+1−p(C)\lambda_p(-C)=-\lambda_{n+1-p}(C) なので、添字 i′=n+1−ii'=n+1-i、j′=n+1−jj'=n+1-j に対する 1 の不等式 λi′+j′−1(−A−B)≤λi′(−A)+λj′(−B)\lambda_{i'+j'-1}(-A-B)\le\lambda_{i'}(-A)+\lambda_{j'}(-B) は、−λi+j−n(A+B)≤−λi(A)−λj(B)-\lambda_{i+j-n}(A+B)\le-\lambda_i(A)-\lambda_j(B) に等しく(n+1−(i′+j′−1)=i+j−nn+1-(i'+j'-1)=i+j-n)、符号を戻して 2 を得ます。
  3. 1 で j=1j=1、2 で j=nj=n とすると λk(A)+λn(B)≤λk(A+B)≤λk(A)+λ1(B)\lambda_k(A)+\lambda_n(B)\le\lambda_k(A+B)\le\lambda_k(A)+\lambda_1(B) です。エルミート行列 BB では ∥B∥2=max⁡∥x∥=1∑λi(B)2∣ci∣2=max⁡iλi(B)2\|B\|^2=\max_{\|\boldsymbol{x}\|=1}\sum\lambda_i(B)^2|c_i|^2=\max_i\lambda_i(B)^2 なので、∥B∥=max⁡(∣λ1(B)∣,∣λn(B)∣)\|B\|=\max(|\lambda_1(B)|,|\lambda_n(B)|) で、3 が従います。

3 は「摂動 BB の大きさ ∥B∥\|B\| 以上には、どの固有値も動かない」ことを意味し、近似固有値の誤差評価(事後誤差評価)の基礎になります。

定理 3.3(コーシーの交互定理)✓

AA を nn 次エルミート行列とし、PP を n×mn\times m 行列で列が正規直交するもの(P∗P=ImP^{*}P=I_m)とする。B=P∗APB=P^{*}AP とすると、1≤k≤m1\le k\le m について

λk(A)≥λk(B)≥λk+n−m(A).\lambda_k(A)\ge\lambda_k(B)\ge\lambda_{k+n-m}(A).

とくに BB が AA の mm 次主部分行列(同じ行と列を選んで残した行列)ならば、これが成り立つ。

証明(定理 3.3)

BB は mm 次エルミート行列で、⟨Bx,x⟩=⟨APx,Px⟩\langle B\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle=\langle AP\boldsymbol{x},P\boldsymbol{x}\rangle、∥Px∥=∥x∥\|P\boldsymbol{x}\|=\|\boldsymbol{x}\| です。PP は単射なので、Cm\mathbb{C}^m の kk 次元部分空間 SS は Cn\mathbb{C}^n の kk 次元部分空間 PSPS に写り、SS 上の BB のレイリー商は PSPS 上の AA のレイリー商と同じ値の集合をとります。 定理 3.1 の最大最小より λk(B)=max⁡Smin⁡x∈S⟨Bx,x⟩=max⁡Smin⁡y∈PS⟨Ay,y⟩≤λk(A)\lambda_k(B)=\max_{S}\min_{\boldsymbol{x}\in S}\langle B\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle=\max_S\min_{\boldsymbol{y}\in PS}\langle A\boldsymbol{y},\boldsymbol{y}\rangle\le\lambda_k(A)(PSPS は Cn\mathbb{C}^n の kk 次元部分空間の一部にすぎないので、全部にわたる最大値 λk(A)\lambda_k(A) を超えない)。最小最大では、Cm\mathbb{C}^m の次元 m−k+1m-k+1 の部分空間 TT が PTPT(次元 m−k+1=n−(k+n−m)+1m-k+1=n-(k+n-m)+1)に写るので λk(B)=min⁡Tmax⁡y∈PT⟨Ay,y⟩≥λk+n−m(A)\lambda_k(B)=\min_T\max_{\boldsymbol{y}\in PT}\langle A\boldsymbol{y},\boldsymbol{y}\rangle\ge\lambda_{k+n-m}(A) です。主部分行列は、選んだ添字に対応する標準基底ベクトルを列にもつ PP に対する P∗APP^{*}AP です。

例 3.4(交互定理の確認)

A=(210121012)A=\begin{pmatrix}2&1&0\\1&2&1\\0&1&2\end{pmatrix} の固有値は 2+2, 2, 2−22+\sqrt2,\ 2,\ 2-\sqrt2 です(特性多項式 (t−2)3−2(t−2)=(t−2)((t−2)2−2)(t-2)^3-2(t-2)=(t-2)((t-2)^2-2))。最後の行と列を除いた B=(2112)B=\begin{pmatrix}2&1\\1&2\end{pmatrix} の固有値は 3,13,1 で、

2+2 (≈3.41) ≥ 3 ≥ 2 ≥ 1 ≥ 2−2 (≈0.59)2+\sqrt2\ (\approx3.41)\ \ge\ 3\ \ge\ 2\ \ge\ 1\ \ge\ 2-\sqrt2\ (\approx0.59)

と交互に並びます。主部分行列の固有値を調べることで、元の行列の固有値を上下から押さえられるわけです。

4. シュール補行列・ウッドベリーの公式・シルヴェスターの行列式恒等式

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ブロック行列 M=(ABCD)M=\begin{pmatrix}A&B\\C&D\end{pmatrix}(AA が pp 次、DD が qq 次の正方行列)を、ガウスの消去法をブロックで行うことで分解します。

補題 4.1(ブロック三角行列の行列式)✓

PP を pp 次、RR を qq 次の正方行列、QQ を p×qp\times q 行列とすると

det⁡(PQ0R)=det⁡P⋅det⁡R.\det\begin{pmatrix}P&Q\\0&R\end{pmatrix}=\det P\cdot\det R .

転置を考えれば、下三角のブロック行列 (P0QR)\begin{pmatrix}P&0\\Q&R\end{pmatrix} についても同じである。

証明(補題 4.1)

ライプニッツの公式(行列式(ライプニッツの公式)(定義 3.1)[行列式とその性質])∑σsgn⁡(σ)∏jmσ(j)j\sum_\sigma\operatorname{sgn}(\sigma)\prod_jm_{\sigma(j)j} で、j≤pj\le p のとき σ(j)>p\sigma(j)>p なら mσ(j)j=0m_{\sigma(j)j}=0(左下ブロックが零)なので、非零の項では σ\sigma は {1,…,p}\{1,\ldots,p\} をそれ自身に写します。このとき σ\sigma は {p+1,…,n}\{p+1,\ldots,n\} もそれ自身に写し、σ=σ1×σ2\sigma=\sigma_1\times\sigma_2 と分かれます。逆順対は各部分の中にしかない(i≤p<ji\le p<j では σ(i)≤p<σ(j)\sigma(i)\le p<\sigma(j))ので sgn⁡(σ)=sgn⁡(σ1)sgn⁡(σ2)\operatorname{sgn}(\sigma)=\operatorname{sgn}(\sigma_1)\operatorname{sgn}(\sigma_2) で、和は ∑σ1sgn⁡(σ1)∏pσ1(j)j⋅∑σ2sgn⁡(σ2)∏rσ2(j)j=det⁡Pdet⁡R\sum_{\sigma_1}\operatorname{sgn}(\sigma_1)\prod p_{\sigma_1(j)j}\cdot\sum_{\sigma_2}\operatorname{sgn}(\sigma_2)\prod r_{\sigma_2(j)j}=\det P\det R に分解します。下三角の場合は 転置不変性(命題 3.3)[行列式とその性質] を使います。

定理 4.2(シュール補行列)✓

M=(ABCD)M=\begin{pmatrix}A&B\\C&D\end{pmatrix} とする。

  1. DD が正則のとき、SD=A−BD−1CS_D=A-BD^{-1}C(DD に関するシュール補行列)とおくと M=(IBD−10I)(SD00D)(I0D−1CI)M=\begin{pmatrix}I&BD^{-1}\\0&I\end{pmatrix}\begin{pmatrix}S_D&0\\0&D\end{pmatrix}\begin{pmatrix}I&0\\D^{-1}C&I\end{pmatrix} であり、det⁡M=det⁡D⋅det⁡SD\det M=\det D\cdot\det S_D。MM が正則であることと SDS_D が正則であることは同値で、このとき M−1M^{-1} の左上ブロックは SD−1S_D^{-1} である。
  2. AA が正則のとき、SA=D−CA−1BS_A=D-CA^{-1}B とおくと M=(I0CA−1I)(A00SA)(IA−1B0I),det⁡M=det⁡A⋅det⁡SA,M=\begin{pmatrix}I&0\\CA^{-1}&I\end{pmatrix}\begin{pmatrix}A&0\\0&S_A\end{pmatrix}\begin{pmatrix}I&A^{-1}B\\0&I\end{pmatrix},\qquad\det M=\det A\cdot\det S_A, MM が正則ならば M−1M^{-1} の左上ブロックは A−1+A−1BSA−1CA−1A^{-1}+A^{-1}BS_A^{-1}CA^{-1} である。
  3. M=(ABB∗D)M=\begin{pmatrix}A&B\\B^{*}&D\end{pmatrix} がエルミート行列で DD が正則なら、MM の正の固有値・負の固有値の個数は、DD と SDS_D のそれらの和である。とくに DD が正定値のとき、MM が正定値(半正定値)であることと SDS_D が正定値(半正定値)であることは同値である。

証明の方針は、1 と 2 では右辺の 3 つの行列を実際に掛けて MM に戻ることを確かめ、そこから行列式と逆行列を読み取ることです。3 では、1 の分解が M=L diag⁡(SD,D) L∗M=L\,\operatorname{diag}(S_D,D)\,L^{*} の形(両側から LL と L∗L^{*} で挟んだ形)になっていることを使い、シルヴェスターの慣性法則(この形の変形では正・負の固有値の個数が変わらない、という法則)に結びつけます。

証明(定理 4.2)
  1. 右辺の 3 つの積を計算すると、(SD00D)(I0D−1CI)=(SD0CD)\begin{pmatrix}S_D&0\\0&D\end{pmatrix}\begin{pmatrix}I&0\\D^{-1}C&I\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}S_D&0\\C&D\end{pmatrix}、これに左から (IBD−10I)\begin{pmatrix}I&BD^{-1}\\0&I\end{pmatrix} を掛けると (SD+BD−1CBCD)=M\begin{pmatrix}S_D+BD^{-1}C&B\\C&D\end{pmatrix}=M です。補題 4.1 により、両端の行列の行列式は 11、真ん中は det⁡SDdet⁡D\det S_D\det D で、積の定理(積の定理(定理 6.1)[行列式とその性質])から det⁡M=det⁡Ddet⁡SD\det M=\det D\det S_D です。det⁡D≠0\det D\ne0 なので det⁡M≠0  ⟺  det⁡SD≠0\det M\ne0\iff\det S_D\ne0(正則性の判定(定理 7.1)[行列式とその性質])。逆行列は M−1=(I0−D−1CI)(SD−100D−1)(I−BD−10I)M^{-1}=\begin{pmatrix}I&0\\-D^{-1}C&I\end{pmatrix}\begin{pmatrix}S_D^{-1}&0\\0&D^{-1}\end{pmatrix}\begin{pmatrix}I&-BD^{-1}\\0&I\end{pmatrix} で、左上ブロックは SD−1S_D^{-1} です。
  2. 同様に積を計算して確かめられます((A00SA)(IA−1B0I)=(AB0SA)\begin{pmatrix}A&0\\0&S_A\end{pmatrix}\begin{pmatrix}I&A^{-1}B\\0&I\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}A&B\\0&S_A\end{pmatrix}、これに左から (I0CA−1I)\begin{pmatrix}I&0\\CA^{-1}&I\end{pmatrix} を掛けると (ABCCA−1B+SA)=M\begin{pmatrix}A&B\\C&CA^{-1}B+S_A\end{pmatrix}=M)。逆行列は M−1=(I−A−1B0I)(A−100SA−1)(I0−CA−1I)M^{-1}=\begin{pmatrix}I&-A^{-1}B\\0&I\end{pmatrix}\begin{pmatrix}A^{-1}&0\\0&S_A^{-1}\end{pmatrix}\begin{pmatrix}I&0\\-CA^{-1}&I\end{pmatrix} の左上ブロック A−1+A−1BSA−1CA−1A^{-1}+A^{-1}BS_A^{-1}CA^{-1} です。
  3. エルミートなら C=B∗C=B^{*}、D=D∗D=D^{*} で、L=(IBD−10I)L=\begin{pmatrix}I&BD^{-1}\\0&I\end{pmatrix} とおくと 1 の分解は M=L(SD00D)L∗M=L\begin{pmatrix}S_D&0\\0&D\end{pmatrix}L^{*} です(L∗=(I0D−1B∗I)L^{*}=\begin{pmatrix}I&0\\D^{-1}B^{*}&I\end{pmatrix})。MM は diag⁡(SD,D)\operatorname{diag}(S_D,D) と合同なので、シルヴェスターの慣性法則(シルヴェスターの慣性法則(定理 6.1)[行列の分解と標準形])により、符号の個数が等しく、ブロック対角行列の符号の個数は各ブロックの和です。DD が正定値のときは、DD の寄与が n+(D)=qn_+(D)=q のみなので、MM が正定値(n+(M)=p+qn_+(M)=p+q)であることは n+(SD)=pn_+(S_D)=p と同値です。半正定値の場合は ⟨Mx,x⟩=⟨diag⁡(SD,D)L∗x,L∗x⟩\langle M\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle=\langle\operatorname{diag}(S_D,D)L^{*}\boldsymbol{x},L^{*}\boldsymbol{x}\rangle で、L∗L^{*} が全単射であることから、M≥0  ⟺  diag⁡(SD,D)≥0  ⟺  SD≥0M\ge0\iff\operatorname{diag}(S_D,D)\ge0\iff S_D\ge0 です。

シュール補行列の意味は、M(xy)=(bc)M\begin{pmatrix}\boldsymbol{x}\\\boldsymbol{y}\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}\boldsymbol{b}\\\boldsymbol{c}\end{pmatrix} という連立方程式から y\boldsymbol{y} を消去して残る x\boldsymbol{x} だけの方程式 SDx=b−BD−1cS_D\boldsymbol{x}=\boldsymbol{b}-BD^{-1}\boldsymbol{c} の係数行列、ということです。

定理 4.3(ウッドベリーの公式と行列式補題)✓

AA(nn 次)、CC(kk 次)を正則行列、UU を n×kn\times k、VV を k×nk\times n とする。このとき A+UCVA+UCV が正則であることと C−1+VA−1UC^{-1}+VA^{-1}U が正則であることは同値で、そのとき

(A+UCV)−1=A−1−A−1U(C−1+VA−1U)−1VA−1,(A+UCV)^{-1}=A^{-1}-A^{-1}U\bigl(C^{-1}+VA^{-1}U\bigr)^{-1}VA^{-1},det⁡(A+UCV)=det⁡A⋅det⁡C⋅det⁡(C−1+VA−1U)\det(A+UCV)=\det A\cdot\det C\cdot\det\bigl(C^{-1}+VA^{-1}U\bigr)

が成り立つ。

証明のねらいは、大きな行列 NN を 1 つ用意して、シュール補行列を「DD を消す側」と「AA を消す側」の 2 通りで計算し、結果を等しいとおくことです。NN は、一方の消去で A+UCVA+UCV、もう一方で C−1+VA−1UC^{-1}+VA^{-1}U が現れるように選んであります。

証明(定理 4.3)

N=(A−UVC−1)N=\begin{pmatrix}A&-U\\V&C^{-1}\end{pmatrix} とおきます。定理 4.2 の 1 を D=C−1D=C^{-1} として使うと、SD=A−(−U)C V=A+UCVS_D=A-(-U)C\,V=A+UCV で、det⁡N=det⁡C−1det⁡(A+UCV)\det N=\det C^{-1}\det(A+UCV)、NN の正則性は A+UCVA+UCV のそれと同値、N−1N^{-1} の左上ブロックは (A+UCV)−1(A+UCV)^{-1} です。2 を使うと、SA=C−1−VA−1(−U)=C−1+VA−1US_A=C^{-1}-VA^{-1}(-U)=C^{-1}+VA^{-1}U で、det⁡N=det⁡Adet⁡(C−1+VA−1U)\det N=\det A\det(C^{-1}+VA^{-1}U)、N−1N^{-1} の左上ブロックは A−1+A−1(−U)SA−1VA−1A^{-1}+A^{-1}(-U)S_A^{-1}VA^{-1} です。NN の正則性の同値と、行列式・左上ブロックの二通りの表示を等置すれば、主張が得られます(det⁡C−1=1/det⁡C\det C^{-1}=1/\det C)。

例 4.4(ランク 1 更新)

k=1k=1、C=1C=1、U=uU=\boldsymbol{u}、V=v∗V=\boldsymbol{v}^{*} のとき(シャーマン・モリソンの公式)、1+v∗A−1u≠01+\boldsymbol{v}^{*}A^{-1}\boldsymbol{u}\ne0 ならば

(A+uv∗)−1=A−1−A−1uv∗A−11+v∗A−1u,det⁡(A+uv∗)=det⁡A (1+v∗A−1u).(A+\boldsymbol{u}\boldsymbol{v}^{*})^{-1}=A^{-1}-\frac{A^{-1}\boldsymbol{u}\boldsymbol{v}^{*}A^{-1}}{1+\boldsymbol{v}^{*}A^{-1}\boldsymbol{u}},\qquad\det(A+\boldsymbol{u}\boldsymbol{v}^{*})=\det A\,(1+\boldsymbol{v}^{*}A^{-1}\boldsymbol{u}).

A=I2A=I_2、u=(1,2)T\boldsymbol{u}=(1,2)^{\mathsf{T}}、v=(1,1)T\boldsymbol{v}=(1,1)^{\mathsf{T}} なら I+uvT=(2123)I+\boldsymbol{u}\boldsymbol{v}^{\mathsf{T}}=\begin{pmatrix}2&1\\2&3\end{pmatrix} で、1+vTu=4=det⁡1+\boldsymbol{v}^{\mathsf{T}}\boldsymbol{u}=4=\det(2⋅3−1⋅2=42\cdot3-1\cdot2=4)。逆行列は I−14(1122)=(3/4−1/4−1/21/2)I-\tfrac14\begin{pmatrix}1&1\\2&2\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}3/4&-1/4\\-1/2&1/2\end{pmatrix} で、元の行列との積が II になります。

AA の逆行列が既知で UCVUCV が低ランクなら、nn 次の逆行列を kk 次の逆行列に帰着できるので、逐次更新(カルマンフィルタ、最小二乗法の逐次版)で使われます。

系 4.5(シルヴェスターの行列式恒等式)✓

XX を m×nm\times n、YY を n×mn\times m の行列とする。

det⁡(Im+XY)=det⁡(In+YX).\det(I_m+XY)=\det(I_n+YX).

さらに tndet⁡(tIm−XY)=tmdet⁡(tIn−YX)t^n\det(tI_m-XY)=t^m\det(tI_n-YX)。すなわち XYXY と YXYX の 00 でない固有値は、重複度も込めて一致する。

証明(系 4.5)

N=(Im−XYIn)N=\begin{pmatrix}I_m&-X\\Y&I_n\end{pmatrix} とします。定理 4.2 の 1(D=InD=I_n)で SD=Im+XYS_D=I_m+XY、2(A=ImA=I_m)で SA=In+YXS_A=I_n+YX なので、det⁡N=det⁡(Im+XY)=det⁡(In+YX)\det N=\det(I_m+XY)=\det(I_n+YX) です。t≠0t\ne0 のとき、XX と −Y/t-Y/t に適用して det⁡(Im−XY/t)=det⁡(In−YX/t)\det(I_m-XY/t)=\det(I_n-YX/t) で、det⁡(tIm−XY)=tmdet⁡(Im−XY/t)\det(tI_m-XY)=t^m\det(I_m-XY/t)、det⁡(tIn−YX)=tndet⁡(In−YX/t)\det(tI_n-YX)=t^n\det(I_n-YX/t) だから tndet⁡(tIm−XY)=tmdet⁡(tIn−YX)t^{n}\det(tI_m-XY)=t^{m}\det(tI_n-YX) が t≠0t\ne0 で成り立ちます。両辺は tt の多項式で、無限個の tt で一致するので多項式として等しいです。

5. アダマールの不等式とコーシー・ビネの公式

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定理 5.1(アダマールの不等式)✓

  1. A=(aij)A=(a_{ij}) が nn 次の半正定値エルミート行列ならば det⁡A≤a11a22⋯ann\det A\le a_{11}a_{22}\cdots a_{nn}。AA が正定値のとき等号は AA が対角行列のときに限る。
  2. 一般の A∈Mn(C)A\in M_n(\mathbb{C}) の列ベクトルを a1,…,an\boldsymbol{a}_1,\ldots,\boldsymbol{a}_n とすると ∣det⁡A∣≤∏j=1n∥aj∥|\det A|\le\prod_{j=1}^{n}\|\boldsymbol{a}_j\|。
証明(定理 5.1)
  1. まず AA が正定値の場合を nn についての帰納法で示します。n=1n=1 は自明です。A=(A′bb∗ann)A=\begin{pmatrix}A'&\boldsymbol{b}\\\boldsymbol{b}^{*}&a_{nn}\end{pmatrix} と分けると、A′A'(主部分行列)は正定値です(⟨A′x,x⟩=⟨A(x,0)T,(x,0)T⟩>0\langle A'\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle=\langle A(\boldsymbol{x},0)^{\mathsf{T}},(\boldsymbol{x},0)^{\mathsf{T}}\rangle>0)。定理 4.2 の 2 より det⁡A=det⁡A′⋅(ann−b∗A′−1b)\det A=\det A'\cdot(a_{nn}-\boldsymbol{b}^{*}A'^{-1}\boldsymbol{b})。A′−1A'^{-1} も正定値(固有値が A′A' の固有値の逆数)なので b∗A′−1b≥0\boldsymbol{b}^{*}A'^{-1}\boldsymbol{b}\ge0 で、det⁡A′>0\det A'>0 とあわせて det⁡A≤anndet⁡A′≤ann∏i<naii\det A\le a_{nn}\det A'\le a_{nn}\prod_{i<n}a_{ii} です。等号は b∗A′−1b=0\boldsymbol{b}^{*}A'^{-1}\boldsymbol{b}=0、すなわち b=0\boldsymbol{b}=0 かつ帰納法の仮定の等号(A′A' が対角)のときです。半正定値の場合は、A+εIA+\varepsilon I(ε>0\varepsilon>0)が正定値で、det⁡(A+εI)≤∏(aii+ε)\det(A+\varepsilon I)\le\prod(a_{ii}+\varepsilon) の ε→0\varepsilon\to0 の極限(多項式は連続)で得られます。
  2. A∗AA^{*}A は半正定値エルミートで、対角成分は ∥aj∥2\|\boldsymbol{a}_j\|^2、行列式は ∣det⁡A∣2|\det A|^2 です(積の定理(定理 6.1)[行列式とその性質]、det⁡A∗=det⁡A‾\det A^{*}=\overline{\det A})。1 を A∗AA^{*}A に適用します。

幾何的には、「各辺の長さが決まっている平行体の中で、体積が最大になるのは辺が直交するときである」という主張です。同値な言い方で、∣det⁡A∣|\det A| は列の長さの積以下です。

定理 5.2(コーシー・ビネの公式)✓

AA を m×nm\times n、BB を n×mn\times m 行列とする。m>nm>n ならば det⁡(AB)=0\det(AB)=0。m≤nm\le n ならば

det⁡(AB)=∑Sdet⁡A[m],S⋅det⁡BS,[m]\det(AB)=\sum_{S}\det A_{[m],S}\cdot\det B_{S,[m]}

が成り立つ。和は {1,…,n}\{1,\ldots,n\} の mm 個の元からなる部分集合 SS 全体にわたり、A[m],SA_{[m],S} は AA から列 SS を、BS,[m]B_{S,[m]} は BB から行 SS を選んだ mm 次正方行列である。

証明(定理 5.2)

m>nm>n のとき、ABAB の像は AA の像に含まれ、AA の像は nn 本の列で張られるので次元は nn 以下です。ABAB が正則なら像が Cm\mathbb{C}^m 全体になり矛盾するので、ABAB は正則でなく、行列式は 00 です(正則性の判定(定理 7.1)[行列式とその性質])。

m≤nm\le n とします。AA の第 kk 列を Ak\boldsymbol{A}_k と書くと、ABAB の第 jj 列は ∑k=1nbkjAk\sum_{k=1}^{n}b_{kj}\boldsymbol{A}_k です。行列式は列について多重線形なので(多重線形性と交代性(定義 4.1)[行列式とその性質])、

det⁡(AB)=∑k1,…,km=1nbk11bk22⋯bkmm det⁡(Ak1,…,Akm)\det(AB)=\sum_{k_1,\ldots,k_m=1}^{n}b_{k_11}b_{k_22}\cdots b_{k_mm}\,\det(\boldsymbol{A}_{k_1},\ldots,\boldsymbol{A}_{k_m})

です。k1,…,kmk_1,\ldots,k_m に重複があれば等しい列があるので行列式は 00 です。重複がなければ、S={k1,…,km}={s1<⋯<sm}S=\{k_1,\ldots,k_m\}=\{s_1<\cdots<s_m\} に対し kj=sτ(j)k_j=s_{\tau(j)} となる置換 τ∈Sm\tau\in S_m がただ一つ定まります。列の置換は行列式を sgn⁡(τ)\operatorname{sgn}(\tau) 倍するので(交代性と 符号の基本性質(補題 2.2)[行列式とその性質] の 4)、det⁡(Ak1,…,Akm)=sgn⁡(τ)det⁡A[m],S\det(\boldsymbol{A}_{k_1},\ldots,\boldsymbol{A}_{k_m})=\operatorname{sgn}(\tau)\det A_{[m],S} です。よって

det⁡(AB)=∑Sdet⁡A[m],S∑τ∈Smsgn⁡(τ)∏j=1mbsτ(j)j=∑Sdet⁡A[m],Sdet⁡BS,[m]\det(AB)=\sum_S\det A_{[m],S}\sum_{\tau\in S_m}\operatorname{sgn}(\tau)\prod_{j=1}^{m}b_{s_{\tau(j)}j}=\sum_S\det A_{[m],S}\det B_{S,[m]}

です(最後の等号は BS,[m]B_{S,[m]} の (i,j)(i,j) 成分が bsijb_{s_ij} であることとライプニッツの公式)。

系 5.3(グラム行列式)✓

AA を n×mn\times m 行列(m≤nm\le n)とすると

det⁡(A∗A)=∑S∣det⁡AS,[m]∣2\det(A^{*}A)=\sum_{S}|\det A_{S,[m]}|^2

(和は行の mm 個の部分集合)。とくに AA の階数が mm であることと、00 でない mm 次小行列式が存在することは同値である。

証明(系 5.3)

定理 5.2 を A∗A^{*} と AA に適用すると、(A∗)[m],S=(AS,[m])∗(A^{*})_{[m],S}=(A_{S,[m]})^{*} なので det⁡(A∗A)=∑Sdet⁡AS,[m]‾det⁡AS,[m]\det(A^{*}A)=\sum_S\overline{\det A_{S,[m]}}\det A_{S,[m]} です。det⁡(A∗A)≠0\det(A^{*}A)\ne0 は A∗AA^{*}A が正則であること、すなわち AA の列が一次独立であることと同値です(A∗Ax=0⇒∥Ax∥2=0A^{*}A\boldsymbol{x}=0\Rightarrow\|A\boldsymbol{x}\|^2=0)。

例 5.4(ラグランジュの恒等式)

A=(142536)A=\begin{pmatrix}1&4\\2&5\\3&6\end{pmatrix}(列 v=(1,2,3)\boldsymbol{v}=(1,2,3)、w=(4,5,6)\boldsymbol{w}=(4,5,6))とすると、det⁡ATA=∥v∥2∥w∥2−(v⋅w)2=14⋅77−322=54\det A^{\mathsf{T}}A=\|\boldsymbol{v}\|^2\|\boldsymbol{w}\|^2-(\boldsymbol{v}\cdot\boldsymbol{w})^2=14\cdot77-32^2=54 です。一方、2×22\times2 小行列式(行 {1,2},{1,3},{2,3}\{1,2\},\{1,3\},\{2,3\})は −3,−6,−3-3,-6,-3 で、平方の和は 9+36+9=549+36+9=54 と一致します。これは ∥v×w∥2\|\boldsymbol{v}\times\boldsymbol{w}\|^2 にほかなりません(R^3 の外積と外積ベクトル(例 5.4)[テンソル積と外積代数] の係数 −3,−6,−3-3,-6,-3 と同じ小行列式)。また、ATAA^{\mathsf{T}}A にアダマールの不等式(定理 5.1 の 1)を使うと 54≤14⋅7754\le14\cdot77 です。

6. ペロン・フロベニウスの定理

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成分がすべて非負の実行列を非負行列といい、A≥0A\ge0 と書きます。実ベクトルについても x≥0\boldsymbol{x}\ge0(すべての成分が ≥0\ge0)、x>0\boldsymbol{x}>0(すべて >0>0)、x≥y\boldsymbol{x}\ge\boldsymbol{y}(x−y≥0\boldsymbol{x}-\boldsymbol{y}\ge0)と書き、行列の正値性 A>0A>0 は全成分が正であることを表します。非負行列は、マルコフ連鎖の遷移確率、ネットワークの隣接行列、人口モデルなどに現れます。非負性だけから固有値の強い性質が出ます。

定義 6.1(既約な非負行列)↗

A=(aij)≥0A=(a_{ij})\ge0 が既約であるとは、任意の i,ji,j に対し、i=i0,i1,…,ik=ji=i_0,i_1,\ldots,i_k=j で ais−1is>0a_{i_{s-1}i_s}>0 がすべての ss で成り立つものが存在する(k=0k=0 を許す)ことをいう。

既約性は「有向グラフ(aij>0a_{ij}>0 のとき i→ji\to j に辺を引く)が強連結」という条件です。

123123既約(強連結)既約でない
3 頂点の有向グラフ。左は 1→2→3→1 とたどれるので、どの頂点からどの頂点へも道があり既約。右は 1→2、2→3、1→3 だけで、頂点 3 から出る辺がなく 1 へ戻れないので既約でない。

補題 6.2(既約行列の冪)✓

A≥0A\ge0 を n≥2n\ge2 次の既約行列とすると、B=(I+A)n−1B=(I+A)^{n-1} は B>0B>0 である。さらに、x≥0\boldsymbol{x}\ge0、x≠0\boldsymbol{x}\ne0 ならば Bx>0B\boldsymbol{x}>0 であり、AA の各行は零でない。

証明(補題 6.2)

(Ak)ij=∑aii1ai1i2⋯aik−1j(A^k)_{ij}=\sum a_{ii_1}a_{i_1i_2}\cdots a_{i_{k-1}j} は非負の項の和なので、(Ak)ij>0(A^k)_{ij}>0 であることは、ii から jj への長さ kk の道(辺 a⋅⋅>0a_{\cdot\cdot}>0 をたどる列)が存在することと同値です。i≠ji\ne j のとき最短の道は同じ頂点を 2 度通らないので長さは n−1n-1 以下で、その長さ kk に対し (Ak)ij>0(A^k)_{ij}>0 です。B=∑k=0n−1(n−1k)AkB=\sum_{k=0}^{n-1}\binom{n-1}{k}A^k は非負行列の和なので Bij≥(n−1k)(Ak)ij>0B_{ij}\ge\binom{n-1}{k}(A^k)_{ij}>0。i=ji=j では k=0k=0 の項の 11 があります。x≥0\boldsymbol{x}\ge0 が正の成分をもてば (Bx)i=∑jBijxj>0(B\boldsymbol{x})_i=\sum_jB_{ij}x_j>0 です。既約なら各 ii から別の頂点への道があるので、aij>0a_{ij}>0 となる jj が存在し、行は零ではありません。

x≥0\boldsymbol{x}\ge0、x≠0\boldsymbol{x}\ne0 に対し、

rA(x)=min⁡i: xi>0(Ax)ixi=max⁡{t≥0∣Ax≥tx}r_A(\boldsymbol{x})=\min_{i:\,x_i>0}\frac{(A\boldsymbol{x})_i}{x_i}=\max\{t\ge0\mid A\boldsymbol{x}\ge t\boldsymbol{x}\}

と定めます(二つの表示が等しいのは、xi=0x_i=0 の行では (Ax)i≥0=txi(A\boldsymbol{x})_i\ge0=tx_i が自動的に成り立つからです)。rA(cx)=rA(x)r_A(c\boldsymbol{x})=r_A(\boldsymbol{x})(c>0c>0)です。これをコリャッツ・ヴィーラントの関数といいます。

定理 6.3(ペロン・フロベニウスの定理(既約行列))✓

A≥0A\ge0 を n≥2n\ge2 次の既約行列とし、ρ=ρ(A)=max⁡{∣λ∣:λ は A の固有値}\rho=\rho(A)=\max\{|\lambda|:\lambda\text{ は }A\text{ の固有値}\} をスペクトル半径とする。

  1. ρ>0\rho>0 は AA の固有値であり、成分がすべて正の固有ベクトル y>0\boldsymbol{y}>0 が存在する。
  2. (コリャッツ・ヴィーラント) ρ=max⁡x≥0, x≠0rA(x)=min⁡x>0 max⁡i(Ax)ixi.\rho=\max_{\boldsymbol{x}\ge0,\ \boldsymbol{x}\ne0}r_A(\boldsymbol{x})=\min_{\boldsymbol{x}>0}\ \max_i\frac{(A\boldsymbol{x})_i}{x_i}.
  3. ρ\rho は AA の特性多項式の単純根(代数的重複度 11)で、固有空間は y\boldsymbol{y} が張る 1 次元空間である。非負の固有ベクトル(固有値は任意)は y\boldsymbol{y} の正の定数倍に限る。

この証明は 5 つの段に分かれています。第 1 段で、rAr_A を最大にするベクトル y0\boldsymbol{y}_0 の存在を、コンパクト性を使って示します(BB を掛けて正のベクトルだけの集合に移すのは、そこで rAr_A が連続になり、最大値が存在するようにするためです)。第 2 段では、最大値 LL の「これ以上大きくできない」性質から、Ax≥LxA\boldsymbol{x}\ge L\boldsymbol{x} なら等号が成り立つことを示します。第 3 段で L=ρL=\rho と 1 を、第 4 段で 2 の第 2 の等号を、第 5 段で 3 を示します。

証明(定理 6.3)

B=(I+A)n−1>0B=(I+A)^{n-1}>0(補題 6.2)とし、Δ={x≥0∣∑xi=1}\Delta=\{\boldsymbol{x}\ge0\mid\sum x_i=1\}(有界閉集合なのでハイネ・ボレルの定理(定理 5.2)[コンパクト性]によりコンパクト)とします。

第 1 段(rAr_A の最大の存在)。 x∈Δ\boldsymbol{x}\in\Delta について Ax≥rA(x)xA\boldsymbol{x}\ge r_A(\boldsymbol{x})\boldsymbol{x} の両辺に B≥0B\ge0 を掛けると、AB=BAAB=BA より A(Bx)≥rA(x)BxA(B\boldsymbol{x})\ge r_A(\boldsymbol{x})B\boldsymbol{x}、すなわち rA(x)≤rA(Bx)r_A(\boldsymbol{x})\le r_A(B\boldsymbol{x}) です。N=B(Δ)N=B(\Delta) はコンパクト集合の連続像でコンパクト(連続像のコンパクト性(定理 6.1)[コンパクト性])、その元はすべて正ベクトル(補題 6.2)で、正ベクトルの集合上では rA(y)=min⁡i(Ay)i/yir_A(\boldsymbol{y})=\min_i(A\boldsymbol{y})_i/y_i は連続です。ゆえに rAr_A は NN 上で最大値 L=rA(y0)L=r_A(\boldsymbol{y}_0)(y0∈N\boldsymbol{y}_0\in N)をとります。rAr_A はスケール不変なので、L=sup⁡x≥0,x≠0rA(x)L=\sup_{\boldsymbol{x}\ge0,\boldsymbol{x}\ne0}r_A(\boldsymbol{x}) で、x∈Δ\boldsymbol{x}\in\Delta では rA(x)≤rA(Bx)≤Lr_A(\boldsymbol{x})\le r_A(B\boldsymbol{x})\le L、y0\boldsymbol{y}_0 で等号です。

第 2 段(⋆\star)x≥0\boldsymbol{x}\ge0、x≠0\boldsymbol{x}\ne0、Ax≥LxA\boldsymbol{x}\ge L\boldsymbol{x} ならば Ax=LxA\boldsymbol{x}=L\boldsymbol{x} かつ x>0\boldsymbol{x}>0。 z=Ax−Lx≥0\boldsymbol{z}=A\boldsymbol{x}-L\boldsymbol{x}\ge0 が 0\boldsymbol{0} でないと仮定します。w=Bx>0\boldsymbol{w}=B\boldsymbol{x}>0 について Aw=BAx=Lw+BzA\boldsymbol{w}=BA\boldsymbol{x}=L\boldsymbol{w}+B\boldsymbol{z} で、Bz>0B\boldsymbol{z}>0 です。ε=min⁡i(Bz)i/wi>0\varepsilon=\min_i(B\boldsymbol{z})_i/w_i>0 とおけば Aw≥(L+ε)wA\boldsymbol{w}\ge(L+\varepsilon)\boldsymbol{w} で rA(w)≥L+ε>Lr_A(\boldsymbol{w})\ge L+\varepsilon>L となり、LL の最大性に反します。ゆえに z=0\boldsymbol{z}=0。このとき Bx=(1+L)n−1xB\boldsymbol{x}=(1+L)^{n-1}\boldsymbol{x} で、左辺は正なので x>0\boldsymbol{x}>0 です。

第 3 段(1)。 rA(y0)=Lr_A(\boldsymbol{y}_0)=L は Ay0≥Ly0A\boldsymbol{y}_0\ge L\boldsymbol{y}_0 を意味するので、(⋆\star)から Ay0=Ly0A\boldsymbol{y}_0=L\boldsymbol{y}_0、y0>0\boldsymbol{y}_0>0。AA の行は零でなく y0>0\boldsymbol{y}_0>0 なので (Ay0)i>0(A\boldsymbol{y}_0)_i>0、したがって L>0L>0 です。次に L=ρL=\rho を示します。LL は固有値なので L≤ρL\le\rho。逆に Ax=λxA\boldsymbol{x}=\lambda\boldsymbol{x}(x≠0\boldsymbol{x}\ne0)とすると、∣λ∣∣xi∣=∣∑jaijxj∣≤∑jaij∣xj∣|\lambda||x_i|=|\sum_ja_{ij}x_j|\le\sum_ja_{ij}|x_j| より A∣x∣≥∣λ∣∣x∣A|\boldsymbol{x}|\ge|\lambda||\boldsymbol{x}|(∣x∣|\boldsymbol{x}| は成分ごとの絶対値)、すなわち rA(∣x∣)≥∣λ∣r_A(|\boldsymbol{x}|)\ge|\lambda| で ∣λ∣≤L|\lambda|\le L です。よって ρ=L\rho=L、y=y0\boldsymbol{y}=\boldsymbol{y}_0 とすれば 1 が示され、2 の第 1 の等号も従います。

第 4 段(2 の第 2 の等号)。 ATA^{\mathsf{T}} も非負の既約行列(道の向きを逆にする)で、AA と同じ特性多項式をもつので ρ(AT)=ρ\rho(A^{\mathsf{T}})=\rho、第 3 段より ATw=ρwA^{\mathsf{T}}\boldsymbol{w}=\rho\boldsymbol{w} となる w>0\boldsymbol{w}>0 があります。x>0\boldsymbol{x}>0 で max⁡i(Ax)i/xi=s\max_i(A\boldsymbol{x})_i/x_i=s とすると Ax≤sxA\boldsymbol{x}\le s\boldsymbol{x} で、ρ wTx=wTAx≤s wTx\rho\,\boldsymbol{w}^{\mathsf{T}}\boldsymbol{x}=\boldsymbol{w}^{\mathsf{T}}A\boldsymbol{x}\le s\,\boldsymbol{w}^{\mathsf{T}}\boldsymbol{x}、wTx>0\boldsymbol{w}^{\mathsf{T}}\boldsymbol{x}>0 から ρ≤s\rho\le s。x=y\boldsymbol{x}=\boldsymbol{y} では s=ρs=\rho なので、最小は ρ\rho です。

第 5 段(3)。 実の固有ベクトル x\boldsymbol{x}(固有値 ρ\rho)をとり、t=min⁡ixi/yit=\min_ix_i/y_i、v=x−ty≥0\boldsymbol{v}=\boldsymbol{x}-t\boldsymbol{y}\ge0 とします。Av=ρvA\boldsymbol{v}=\rho\boldsymbol{v} で、v\boldsymbol{v} にはある成分が 00 です。v≠0\boldsymbol{v}\ne0 なら v≥0\boldsymbol{v}\ge0 に(⋆\star)(あるいは Bv=(1+ρ)n−1v>0B\boldsymbol{v}=(1+\rho)^{n-1}\boldsymbol{v}>0)を使って全成分が正となり矛盾するので、v=0\boldsymbol{v}=0、x=ty\boldsymbol{x}=t\boldsymbol{y} です。複素ベクトルは実部・虚部(どちらも固有ベクトルまたは 00)に分けて、固有空間は y\boldsymbol{y} の張る空間です(幾何的重複度 1)。非負の固有ベクトル x≥0\boldsymbol{x}\ge0(固有値 λ\lambda)は、ρ wTx=wTAx=λwTx\rho\,\boldsymbol{w}^{\mathsf{T}}\boldsymbol{x}=\boldsymbol{w}^{\mathsf{T}}A\boldsymbol{x}=\lambda\boldsymbol{w}^{\mathsf{T}}\boldsymbol{x}、wTx>0\boldsymbol{w}^{\mathsf{T}}\boldsymbol{x}>0 から λ=ρ\lambda=\rho で、したがって y\boldsymbol{y} の倍数です。

代数的重複度: ジョルダン標準形(ジョルダン標準形の存在と一意性(定理 6.2)[対角化とジョルダン標準形])で、固有値 ρ\rho の細胞の個数は幾何的重複度 11 に等しいので、ρ\rho の細胞は 1 つ、その大きさが代数的重複度です。大きさが 2 以上なら (A−ρI)2v=0(A-\rho I)^2\boldsymbol{v}=0 かつ (A−ρI)v≠0(A-\rho I)\boldsymbol{v}\ne0 となる v\boldsymbol{v} があり、(A−ρI)v(A-\rho I)\boldsymbol{v} は固有空間の元なので cyc\boldsymbol{y}(c≠0c\ne0)です。左から wT\boldsymbol{w}^{\mathsf{T}} を掛けると 0=wT(A−ρI)v=c wTy≠00=\boldsymbol{w}^{\mathsf{T}}(A-\rho I)\boldsymbol{v}=c\,\boldsymbol{w}^{\mathsf{T}}\boldsymbol{y}\ne0 となり矛盾します。よって大きさは 1、ρ\rho は単純根です。

命題 6.4(正行列の他の固有値)✓

A>0A>0(全成分が正)ならば、AA は既約で、ρ\rho 以外の固有値 λ\lambda は ∣λ∣<ρ|\lambda|<\rho を満たす。

証明(命題 6.4)

A>0A>0 なら aij>0a_{ij}>0 なので道の長さ 1 で既約です。Ax=λxA\boldsymbol{x}=\lambda\boldsymbol{x}、∣λ∣=ρ|\lambda|=\rho とします。A∣x∣≥∣λ∣∣x∣=ρ∣x∣A|\boldsymbol{x}|\ge|\lambda||\boldsymbol{x}|=\rho|\boldsymbol{x}| に 定理 6.3 の証明の(⋆\star)(L=ρL=\rho)を使うと A∣x∣=ρ∣x∣A|\boldsymbol{x}|=\rho|\boldsymbol{x}|、∣x∣>0|\boldsymbol{x}|>0 です。したがって各 ii で ∣∑jaijxj∣=ρ∣xi∣=∑jaij∣xj∣|\sum_ja_{ij}x_j|=\rho|x_i|=\sum_ja_{ij}|x_j|、すなわち複素数 cj=aijxjc_j=a_{ij}x_j について ∣∑cj∣=∑∣cj∣|\sum c_j|=\sum|c_j| で、すべて cj≠0c_j\ne0 です。cj=rjeiθjc_j=r_je^{i\theta_j} とおくと ∣∑cj∣2=∑j,krjrkcos⁡(θj−θk)≤(∑rj)2|\sum c_j|^2=\sum_{j,k}r_jr_k\cos(\theta_j-\theta_k)\le(\sum r_j)^2 で、等号は全ての cos⁡(θj−θk)=1\cos(\theta_j-\theta_k)=1 のとき、つまり偏角がすべて等しいときだけです。よって xj=eiθ∣xj∣x_j=e^{i\theta}|x_j|(θ\theta は共通)、x=eiθ∣x∣\boldsymbol{x}=e^{i\theta}|\boldsymbol{x}| で Ax=eiθA∣x∣=ρxA\boldsymbol{x}=e^{i\theta}A|\boldsymbol{x}|=\rho\boldsymbol{x}、すなわち λ=ρ\lambda=\rho です。

例 6.5(コリャッツ・ヴィーラントによる評価)

A=(1110)A=\begin{pmatrix}1&1\\1&0\end{pmatrix} は既約です。x=(3,2)T>0\boldsymbol{x}=(3,2)^{\mathsf{T}}>0 に対し Ax=(5,3)TA\boldsymbol{x}=(5,3)^{\mathsf{T}}、比 5/3≈1.6675/3\approx1.667、3/2=1.53/2=1.5 なので

1.5≤ρ(A)≤1.6671.5\le\rho(A)\le1.667

です(定理 6.3 の 2)。真の値は黄金比 1+52≈1.618\frac{1+\sqrt5}{2}\approx1.618 で、対応する固有ベクトルは (φ,1)(\varphi,1) です。固有値を計算せず、ベクトル 1 本の比だけで上下から挟めるのがこの公式の利点で、x\boldsymbol{x} を AxA\boldsymbol{x} に更新する(冪乗法)たびに挟み込みが狭まります。

マルコフ連鎖の遷移行列 P≥0P\ge0 が既約で各行の和が 11 なら、P1=1P\boldsymbol{1}=\boldsymbol{1} で正の固有ベクトル 1\boldsymbol{1} があるので、定理 6.3 の 3 により固有値 11 が ρ(P)\rho(P) で、単純です。定常分布は PTP^{\mathsf{T}} の対応する正の固有ベクトルとして一意に存在します。

7. シルヴェスター方程式とリャプノフ方程式

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定理 7.1(シルヴェスター方程式の可解性)✓

A∈Mm(C)A\in M_m(\mathbb{C})、B∈Mn(C)B\in M_n(\mathbb{C}) とし、L:Mm,n(C)→Mm,n(C)\mathcal L:M_{m,n}(\mathbb{C})\to M_{m,n}(\mathbb{C}) を L(X)=AX+XB\mathcal L(X)=AX+XB とする。次は同値である。

  1. L\mathcal L は全単射、すなわちすべての CC に対し AX+XB=CAX+XB=C はただ一つの解 XX をもつ。
  2. AA の固有値と BB の固有値の符号を変えたもの −μ-\mu に共通するものがない。すなわち、AA の固有値 λ\lambda と BB の固有値 μ\mu で λ+μ=0\lambda+\mu=0 となるものが存在しない。
証明(定理 7.1)

L\mathcal L は有限次元空間 Mm,nM_{m,n} の自分自身への線形写像なので、全単射であることと単射であることは同値です(次元定理)。

(2)⇒\Rightarrow(1): AX+XB=0AX+XB=0 とします。帰納的に AkX=X(−B)kA^kX=X(-B)^k ですから、多項式 pp に対し p(A)X=Xp(−B)p(A)X=Xp(-B) です。p=φAp=\varphi_A とすると、ケイリー・ハミルトンの定理(ケイリー・ハミルトンの定理(定理 2.1)[行列の分解と標準形])で φA(A)=0\varphi_A(A)=0 なので XφA(−B)=0X\varphi_A(-B)=0 です。φA(t)=∏i(t−λi)\varphi_A(t)=\prod_i(t-\lambda_i)(λi\lambda_i は AA の固有値)と因数分解して φA(−B)=∏i(−B−λiI)=(−1)m∏i(B+λiI)\varphi_A(-B)=\prod_i(-B-\lambda_iI)=(-1)^m\prod_i(B+\lambda_iI) です。各因子 B+λiIB+\lambda_iI は、−λi-\lambda_i が BB の固有値でないので正則です。積は正則なので X=0X=0 です。

(1)⇒\Rightarrow(2)(対偶): λ\lambda が AA の固有値、−λ-\lambda が BB の固有値とします。Ax=λxA\boldsymbol{x}=\lambda\boldsymbol{x}(x≠0\boldsymbol{x}\ne0)で、BTB^{\mathsf{T}} も BB と同じ固有値をもつので BTη=−ληB^{\mathsf{T}}\boldsymbol{\eta}=-\lambda\boldsymbol{\eta}(η≠0\boldsymbol{\eta}\ne0)、すなわち ηTB=−ληT\boldsymbol{\eta}^{\mathsf{T}}B=-\lambda\boldsymbol{\eta}^{\mathsf{T}} となる η\boldsymbol{\eta} があります。X=xηT≠0X=\boldsymbol{x}\boldsymbol{\eta}^{\mathsf{T}}\ne0 に対し AX+XB=λX−λX=0AX+XB=\lambda X-\lambda X=0 で、L\mathcal L は単射でありません。

注意 7.2

B=−AB=-A なら固有値の組 λ\lambda、−μ=λ-\mu=\lambda が必ず共通なので AX−XA=CAX-XA=C は一般に可解でなく、AX=XAAX=XA の解(AA と可換な行列)が非自明に存在します。B=A∗B=A^{*}(リャプノフ方程式の場合)なら条件は λi+λj‾≠0\lambda_i+\overline{\lambda_j}\ne0 です。

連続時間の線形系 x˙=Ax\dot{\boldsymbol{x}}=A\boldsymbol{x} が安定(すべての解が t→∞t\to\infty で 00 に収束)であるための条件は、AA の固有値の実部がすべて負であることです。これをリャプノフ方程式 A∗X+XA=−QA^{*}X+XA=-Q で判定します。まず、離散版(スタイン方程式)を片づけます。

補題 7.3(スペクトル半径が 1 未満なら冪は幾何級数的に減衰する)✓

C∈Mn(C)C\in M_n(\mathbb{C}) のスペクトル半径が ρ(C)<1\rho(C)<1 ならば、c>0c>0 と θ<1\theta<1 が存在して、すべての kk で ∥Ck∥≤c θk\|C^k\|\le c\,\theta^k。

証明(補題 7.3)

シュール分解 C=UTU∗C=UTU^{*}(シュール分解(定理 3.1)[行列の分解と標準形])をとります。TT の対角成分は固有値で、絶対値は ρ(C)=:ρ\rho(C)=:\rho 以下です。τ=max⁡i∑j>i∣tij∣\tau=\max_i\sum_{j>i}|t_{ij}| とし、0<ε≤10<\varepsilon\le1 を θ:=ρ+ετ<1\theta:=\rho+\varepsilon\tau<1 となるように選びます。Dε=diag⁡(1,ε,…,εn−1)D_\varepsilon=\operatorname{diag}(1,\varepsilon,\ldots,\varepsilon^{n-1}) に対し Tε=Dε−1TDεT_\varepsilon=D_\varepsilon^{-1}TD_\varepsilon の (i,j)(i,j) 成分は εj−itij\varepsilon^{j-i}t_{ij} で、行ごとの絶対値の和は ∣tii∣+∑j>iεj−i∣tij∣≤ρ+ετ=θ|t_{ii}|+\sum_{j>i}\varepsilon^{j-i}|t_{ij}|\le\rho+\varepsilon\tau=\theta です。行和ノルム ∥X∥∞=max⁡i∑j∣xij∣\|X\|_\infty=\max_i\sum_j|x_{ij}| は積について劣乗法的(∑j∣∑kxikykj∣≤∑k∣xik∣∥Y∥∞≤∥X∥∞∥Y∥∞\sum_j|\sum_kx_{ik}y_{kj}|\le\sum_k|x_{ik}|\|Y\|_\infty\le\|X\|_\infty\|Y\|_\infty)なので、∥Tεk∥∞≤θk\|T_\varepsilon^k\|_\infty\le\theta^k です。Tk=DεTεkDε−1T^k=D_\varepsilon T_\varepsilon^kD_\varepsilon^{-1} の成分は ∣(Tk)ij∣=εi−j∣(Tεk)ij∣≤ε−(n−1)θk|(T^k)_{ij}|=\varepsilon^{i-j}|(T_\varepsilon^k)_{ij}|\le\varepsilon^{-(n-1)}\theta^k で、作用素ノルムはフロベニウスノルム以下(コーシー・シュワルツ)、ユニタリ変換で不変なので ∥Ck∥=∥Tk∥≤n ε−(n−1)θk\|C^k\|=\|T^k\|\le n\,\varepsilon^{-(n-1)}\theta^k です。

定理 7.4(スタイン方程式)✓

C∈Mn(C)C\in M_n(\mathbb{C}) が ρ(C)<1\rho(C)<1 を満たすとする。任意の正定値エルミート行列 Q′Q' に対し、方程式

X−C∗XC=Q′X-C^{*}XC=Q'

はただ一つの解 XX をもち、X=∑k=0∞(C∗)kQ′CkX=\sum_{k=0}^{\infty}(C^{*})^kQ'C^k は正定値エルミート行列である。

証明(定理 7.4)

補題 7.3 より ∥(C∗)kQ′Ck∥≤c2θ2k∥Q′∥\|(C^{*})^kQ'C^k\|\le c^2\theta^{2k}\|Q'\| で級数は収束し、各項は半正定値エルミートです。k=0k=0 の項が Q′>0Q'>0 なので和 XX は正定値エルミートです(⟨Xx,x⟩≥⟨Q′x,x⟩>0\langle X\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle\ge\langle Q'\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle>0)。項別に C∗XC=∑k≥1(C∗)kQ′Ck=X−Q′C^{*}XC=\sum_{k\ge1}(C^{*})^kQ'C^k=X-Q' です。一意性: X1,X2X_1,X_2 が解なら差 YY は Y=C∗YCY=C^{*}YC を満たし、繰り返して Y=(C∗)kYCk→0Y=(C^{*})^kYC^k\to0、Y=0Y=0 です。

定理 7.5(リャプノフの安定性定理)✓

A∈Mn(C)A\in M_n(\mathbb{C}) について次は同値である。

  1. AA のすべての固有値の実部が負である。
  2. 任意の正定値エルミート行列 QQ に対し、A∗X+XA=−QA^{*}X+XA=-Q はただ一つの解 XX をもち、それは正定値エルミート行列である。
  3. ある正定値エルミート行列 Q,XQ,X について A∗X+XA=−QA^{*}X+XA=-Q。

証明の要点は、(1)⇒\Rightarrow(2) でケイリー変換 C=(A−I)−1(A+I)C=(A-I)^{-1}(A+I) を使うことです。これは「固有値の実部が負」という条件を「固有値の絶対値が 11 未満」に写す変換で、リャプノフ方程式を直前のスタイン方程式に書き換えられます。そうすれば解の存在・一意性・正定値性は 定理 7.4 から従います。

証明(定理 7.5)

(2)⇒\Rightarrow(3) は Q=IQ=I とすれば明らか。

(3)⇒\Rightarrow(1): Ax=λxA\boldsymbol{x}=\lambda\boldsymbol{x}(x≠0\boldsymbol{x}\ne0)とすると x∗A∗=λˉx∗\boldsymbol{x}^{*}A^{*}=\bar\lambda\boldsymbol{x}^{*} で、

−x∗Qx=x∗(A∗X+XA)x=(λˉ+λ)x∗Xx=2Re⁡λ⋅x∗Xx-\boldsymbol{x}^{*}Q\boldsymbol{x}=\boldsymbol{x}^{*}(A^{*}X+XA)\boldsymbol{x}=(\bar\lambda+\lambda)\boldsymbol{x}^{*}X\boldsymbol{x}=2\operatorname{Re}\lambda\cdot\boldsymbol{x}^{*}X\boldsymbol{x}

です。左辺は負、x∗Xx>0\boldsymbol{x}^{*}X\boldsymbol{x}>0 なので Re⁡λ<0\operatorname{Re}\lambda<0 です。

(1)⇒\Rightarrow(2): 実部が負なら 11 は固有値でなく A−IA-I は正則です。ケイリー変換 C=(A−I)−1(A+I)C=(A-I)^{-1}(A+I) をとります。A=UTU∗A=UTU^{*}(シュール分解)とすると C=U(T−I)−1(T+I)U∗C=U(T-I)^{-1}(T+I)U^{*} で、上三角行列の逆と積は上三角で対角成分が tii+1tii−1\frac{t_{ii}+1}{t_{ii}-1} ですから、CC の固有値は λ+1λ−1\frac{\lambda+1}{\lambda-1} です。∣λ+1∣2−∣λ−1∣2=4Re⁡λ<0|\lambda+1|^2-|\lambda-1|^2=4\operatorname{Re}\lambda<0 なので、これらの絶対値は 11 未満、ρ(C)<1\rho(C)<1 です。また C−I=2(A−I)−1C-I=2(A-I)^{-1} は正則で、A=(C+I)(C−I)−1A=(C+I)(C-I)^{-1} すなわち A(C−I)=C+IA(C-I)=C+I が成り立ちます。この式と随伴 (C−I)∗A∗=(C+I)∗(C-I)^{*}A^{*}=(C+I)^{*} を使うと、任意の行列 XX に対し

(C−I)∗(A∗X+XA)(C−I)=(C∗+I)X(C−I)+(C∗−I)X(C+I)=2(C∗XC−X)(C-I)^{*}(A^{*}X+XA)(C-I)=(C^{*}+I)X(C-I)+(C^{*}-I)X(C+I)=2\bigl(C^{*}XC-X\bigr)

です。したがって A∗X+XA=−QA^{*}X+XA=-Q は、C−IC-I が正則であることから、X−C∗XC=Q′X-C^{*}XC=Q'、Q′=12(C−I)∗Q(C−I)Q'=\frac12(C-I)^{*}Q(C-I) と同値で、Q>0Q>0 なら ⟨Q′x,x⟩=12⟨Q(C−I)x,(C−I)x⟩>0\langle Q'\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle=\frac12\langle Q(C-I)\boldsymbol{x},(C-I)\boldsymbol{x}\rangle>0 より Q′>0Q'>0 です。定理 7.4 が Q′Q' に対し、一意の解 XX とその正定値性を与えます。

例 7.6(リャプノフ方程式の解)

A=(−120−3)A=\begin{pmatrix}-1&2\\0&-3\end{pmatrix}(固有値 −1,−3-1,-3)、Q=IQ=I とし、実対称行列 X=(abbc)X=\begin{pmatrix}a&b\\b&c\end{pmatrix} で ATX+XA=−IA^{\mathsf{T}}X+XA=-I を解きます。XA=(−a2a−3b−b2b−3c)XA=\begin{pmatrix}-a&2a-3b\\-b&2b-3c\end{pmatrix}、ATX=(XA)TA^{\mathsf{T}}X=(XA)^{\mathsf{T}} なので、和は (−2a2a−4b2a−4b4b−6c)=−I\begin{pmatrix}-2a&2a-4b\\2a-4b&4b-6c\end{pmatrix}=-I です。a=12a=\tfrac12、b=14b=\tfrac14、c=13c=\tfrac13。X=(1/21/41/41/3)X=\begin{pmatrix}1/2&1/4\\1/4&1/3\end{pmatrix} の行列式は 16−116=548>0\tfrac16-\tfrac1{16}=\tfrac5{48}>0 で a>0a>0 ですから正定値で、定理 7.5 の結論どおりです。

定理 8.1(カントロヴィッチの不等式)✓

AA を正定値エルミート行列とし、その固有値がすべて閉区間 [m,M][m,M](0<m≤M0<m\le M)に入るとする。任意の x∈Cn\boldsymbol{x}\in\mathbb{C}^n に対し

⟨Ax,x⟩ ⟨A−1x,x⟩≤(M+m)24Mm ∥x∥4.\langle A\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle\,\langle A^{-1}\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle\le\frac{(M+m)^2}{4Mm}\,\|\boldsymbol{x}\|^4 .
証明(定理 8.1)

∥x∥=1\|\boldsymbol{x}\|=1 として示せば足ります。AA の正規直交固有ベクトル uk\boldsymbol{u}_k(固有値 λk∈[m,M]\lambda_k\in[m,M])で x=∑ckuk\boldsymbol{x}=\sum c_k\boldsymbol{u}_k、pk=∣ck∣2p_k=|c_k|^2(∑pk=1\sum p_k=1)とすると、⟨Ax,x⟩=∑pkλk=:a\langle A\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle=\sum p_k\lambda_k=:a、⟨A−1x,x⟩=∑pk/λk=:b\langle A^{-1}\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle=\sum p_k/\lambda_k=:b です。λ∈[m,M]\lambda\in[m,M] なら (λ−m)(λ−M)≤0(\lambda-m)(\lambda-M)\le0 から λ2−(M+m)λ+Mm≤0\lambda^2-(M+m)\lambda+Mm\le0、λ>0\lambda>0 で割って λ+Mmλ≤M+m\lambda+\dfrac{Mm}{\lambda}\le M+m です。λ=λk\lambda=\lambda_k について pkp_k 倍して足すと a+Mm b≤M+ma+Mm\,b\le M+m です。相加平均・相乗平均の不等式(a,b>0a,b>0)で 2Mm ab≤a+Mm b≤M+m2\sqrt{Mm\,ab}\le a+Mm\,b\le M+m なので、平方して ab≤(M+m)24Mmab\le\dfrac{(M+m)^2}{4Mm} です。

条件数 κ=M/m\kappa=M/m を使うと右辺は (κ+1)24κ\frac{(\kappa+1)^2}{4\kappa} です。この不等式は、正定値対称行列の 2 次関数の最急降下法(厳密な直線探索つき)の収束率の評価、f(xk+1)−f∗≤(κ−1κ+1)2(f(xk)−f∗)f(\boldsymbol{x}_{k+1})-f^{\ast}\le\bigl(\frac{\kappa-1}{\kappa+1}\bigr)^2\bigl(f(\boldsymbol{x}_k)-f^{\ast}\bigr) を導く鍵になります(この記事では導出しません)。A=IA=I(κ=1\kappa=1)では等号です。

演習 9.1易

A=(621251114)A=\begin{pmatrix}6&2&1\\2&5&1\\1&1&4\end{pmatrix} が正定値であることを、ゲルシュゴリンの円板定理で示せ。さらに最大固有値の上界を与えよ。

解答

AA は対称で、R1=3R_1=3、R2=3R_2=3、R3=2R_3=2 です。円板は D1=[3,9]D_1=[3,9]、D2=[2,8]D_2=[2,8]、D3=[2,6]D_3=[2,6] で、固有値(実数)はすべて [2,9][2,9] に入ります(定理 2.2)。最小固有値は 22 以上で正なので AA は正定値、最大固有値は 99 以下です(実際、λ1≤max⁡i∑j∣aij∣=max⁡(9,8,6)=9\lambda_1\le\max_i\sum_j|a_{ij}|=\max(9,8,6)=9 とも一致します)。

演習 9.2標準

A=(210121012)A=\begin{pmatrix}2&1&0\\1&2&1\\0&1&2\end{pmatrix} と E=(00000000ε)E=\begin{pmatrix}0&0&0\\0&0&0\\0&0&\varepsilon\end{pmatrix}(ε>0\varepsilon>0)について、ワイルの不等式 定理 3.2 の 1 と 2 により、λ2(A+E)\lambda_2(A+E) の範囲を求めよ(AA の固有値は 2+2,2,2−22+\sqrt2,2,2-\sqrt2)。

解答

EE の固有値は λ1(E)=ε\lambda_1(E)=\varepsilon、λ2(E)=λ3(E)=0\lambda_2(E)=\lambda_3(E)=0 です。定理 3.2 の 1 で i=2i=2、j=1j=1: λ2(A+E)≤λ2(A)+λ1(E)=2+ε\lambda_2(A+E)\le\lambda_2(A)+\lambda_1(E)=2+\varepsilon。2 で i=2i=2、j=3j=3(i+j−n=2i+j-n=2): λ2(A+E)≥λ2(A)+λ3(E)=2\lambda_2(A+E)\ge\lambda_2(A)+\lambda_3(E)=2。よって 2≤λ2(A+E)≤2+ε2\le\lambda_2(A+E)\le2+\varepsilon です。∥E∥=ε\|E\|=\varepsilon なので、定理 3.2 の 3 から得られる評価 ∣λ2(A+E)−2∣≤ε|\lambda_2(A+E)-2|\le\varepsilon と同じ幅ですが、EE が半正定値であることを使ったので下側が 22 で押さえられている点が精密です。

演習 9.3標準

A=(101101)A=\begin{pmatrix}1&0\\1&1\\0&1\end{pmatrix} について、det⁡(ATA)\det(A^{\mathsf{T}}A) を直接計算し、コーシー・ビネの公式(系 5.3)の小行列式の和と比較せよ。またアダマールの不等式との関係を述べよ。

解答

ATA=(2112)A^{\mathsf{T}}A=\begin{pmatrix}2&1\\1&2\end{pmatrix} で det⁡=3\det=3。AA の 2×22\times2 小行列式(行 {1,2},{1,3},{2,3}\{1,2\},\{1,3\},\{2,3\})は 1⋅1−0⋅1=11\cdot1-0\cdot1=1、1⋅1−0⋅0=11\cdot1-0\cdot0=1、1⋅1−1⋅0=11\cdot1-1\cdot0=1 で、平方の和は 33 と一致します。アダマールの不等式(定理 5.1 の 1)では det⁡(ATA)≤2⋅2=4\det(A^{\mathsf{T}}A)\le2\cdot2=4 で、3≤43\le4 です(列 (1,1,0)(1,1,0) と (0,1,1)(0,1,1) は直交しておらず、等号になりません)。

演習 9.4標準

A=(0211)A=\begin{pmatrix}0&2\\1&1\end{pmatrix} は既約である。x=(2,3)T\boldsymbol{x}=(2,3)^{\mathsf{T}} でコリャッツ・ヴィーラントの評価を行い、ρ(A)\rho(A) を挟め。また x=(1,1)T\boldsymbol{x}=(1,1)^{\mathsf{T}} ではどうか。

解答

x=(2,3)T\boldsymbol{x}=(2,3)^{\mathsf{T}} で Ax=(6,5)TA\boldsymbol{x}=(6,5)^{\mathsf{T}}、比は 33 と 5/35/3 なので 5/3≤ρ≤35/3\le\rho\le3 です(定理 6.3 の 2)。x=(1,1)T\boldsymbol{x}=(1,1)^{\mathsf{T}} では Ax=(2,2)TA\boldsymbol{x}=(2,2)^{\mathsf{T}}、比はどちらも 22 なので、上下の評価が一致して ρ(A)=2\rho(A)=2 です(特性多項式 t2−t−2=(t−2)(t+1)t^2-t-2=(t-2)(t+1) と整合し、(1,1)(1,1) は固有ベクトル)。

  • R. A. Horn and C. R. Johnson, Matrix Analysis, 2nd ed., Cambridge University Press, 2013 — ゲルシュゴリンの定理、非負行列(ペロン・フロベニウス)、行列方程式を扱う各章。
  • R. Bhatia, Matrix Analysis, Graduate Texts in Mathematics 169, Springer, 1997 — 第 III 章(固有値の変分原理、ワイルの不等式、交互定理)。
  • A. Berman and R. J. Plemmons, Nonnegative Matrices in the Mathematical Sciences, SIAM, 1994 — 非負行列の理論。
  • F. Zhang (ed.), The Schur Complement and Its Applications, Springer, 2005 — シュール補行列、ウッドベリーの公式。
  • S. Gerschgorin, “Über die Abgrenzung der Eigenwerte einer Matrix”, Izvestiya Akademii Nauk SSSR, Seriya Matematicheskaya 6 (1931), 749–754.

このテーマの 100 本ノック(100 問)

執筆: Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 2 回(Claude Code)・最終 2026-10-12

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