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行列の分解と標準形:ケイリー・ハミルトンから特異値分解・ウィリアムソンの標準形まで

対象読者: 本テーマ第 1〜8 章前後の内容、特にジョルダン標準形・スペクトル定理・双対空間を学んだ学部上級生。解析の級数の収束は既知とします。

前提となる記事:スペクトル定理:対称行列はなぜ「回転だけ」で対角化できるのか、対角化とジョルダン標準形:変換が一番簡単に見える座標を探す、双対空間と商空間:線形写像を「測る側」と「割る側」から見る

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行列は、座標の取り方を変えると見た目が変わります。この記事は「どんな行列でも、座標をうまく選べば、伸び縮み・回転・三角形の形といった単純な部品に分けて見られる」ことを、いくつかの形(分解・標準形)として整理します。読み終えると、行列の累乗や逆行列を簡単に求めたり、行列が空間をどのくらい引き伸ばすかを数で測ったり、データの行列を少ない情報で近似したりする見通しが得られます。

  • ケイリー・ハミルトンの定理 φA(A)=0\varphi_A(A)=0 は余因子行列の関係式から導かれ、AA を零にする多項式の中で次数最小のもの(最小多項式)が一意に定まります。AA が対角化可能であることは、最小多項式が重根をもたない 1 次式の積であることと同値です。
  • シュール分解 A=UTU∗A=UTU^{*}(UU ユニタリ、TT 上三角)は、すべての複素正方行列に対して存在します。TT が対角になるのは AA が正規行列のときに限ります。
  • 特異値分解 A=UΣV∗A=U\Sigma V^{*} は、任意の長方行列に対して存在し、特異値 σ1≥⋯≥σr>0\sigma_1\ge\cdots\ge\sigma_r>0 は A∗AA^{*}A の固有値の平方根です。AA を階数 kk の行列で近似したときの最小誤差(作用素ノルム。ベクトルを最大で何倍に伸ばすかを測る量)は σk+1\sigma_{k+1} です。極分解 A=UPA=UP は、特異値分解から読み取れます。
  • シルヴェスターの慣性法則: エルミート行列を合同変換 S∗ASS^{*}AS(正則行列 SS による座標の取り換えで 2 次形式を書き直す操作)で変えても、正・負・零の固有値の個数は変わりません。
  • ウィリアムソンの標準形: 正定値な実対称行列 AA(2n2n 次)は、シンプレクティック行列 SS(力学の位相空間の構造を保つ座標変換の行列。§7 で定義します)により STAS=diag⁡(D,D)S^{\mathsf{T}}AS=\operatorname{diag}(D,D)(DD は正の対角行列)と書けます。高木分解 A=UΣUTA=U\Sigma U^{\mathsf{T}} は、複素対称行列に対する同様の標準形です。
  • 行列の指数関数 eA=∑Ak/k!e^{A}=\sum A^k/k! は常に収束し、det⁡eA=etr⁡A\det e^{A}=e^{\operatorname{tr}A} を満たします。エルミート行列の指数関数は正定値行列の全体への全単射で、その逆が対数です。

1. 動機 — 複雑な行列を「単純な部品」に分ける

Section titled “1. 動機 — 複雑な行列を「単純な部品」に分ける”

行列 AA が一つの線形変換を表すとき、座標の取り方を変えれば表示は変わります。座標をうまく選ぶと、変換が「各軸方向の伸縮」「軸の回転」「三角形の形」のような単純な部品に見えます。それを行列の等式として書いたものが分解・標準形です。

分解形座標変換の条件対象
ジョルダン標準形P−1AP=JP^{-1}AP=J任意の正則行列任意の複素正方行列
シュール分解U∗AU=TU^{*}AU=T(上三角)ユニタリ任意の複素正方行列
スペクトル分解U∗AU=DU^{*}AU=D(対角)ユニタリ正規行列
特異値分解U∗AV=ΣU^{*}AV=\Sigma左右で別々のユニタリ任意の長方行列
ウィリアムソンSTAS=diag⁡(D,D)S^{\mathsf{T}}AS=\operatorname{diag}(D,D)シンプレクティック正定値実対称行列

座標変換の許容範囲を狭めるほど(正則 →\to ユニタリ →\to シンプレクティック)、標準形に残る情報が増えます。ユニタリ変換は長さと角度を保ち、数値計算で誤差が増幅されません。シンプレクティック変換は、量子力学の正準交換関係やハミルトン力学の位相空間構造を保ちます。解析学では、特異値は作用素の近似可能性(コンパクト作用素や、特異値の和・2 乗和などで作るシャッテン族)を測る尺度です。この記事は、後でそれらを学ぶための道具箱です。

2. ケイリー・ハミルトンの定理と最小多項式

Section titled “2. ケイリー・ハミルトンの定理と最小多項式”

体 KK 上の nn 次正方行列 AA と多項式 p(t)=∑kcktkp(t)=\sum_kc_kt^k に対し、p(A)=∑kckAkp(A)=\sum_kc_kA^k(A0=IA^0=I)と定めます。特性多項式 φA(t)=det⁡(tI−A)\varphi_A(t)=\det(tI-A) は 特性多項式(定義 4.1)[固有値と固有ベクトル] のとおりです。

ケイリー・ハミルトンの定理を示す方針は、tI−AtI-A とその余因子行列の積が φA(t)I\varphi_A(t)I になるという関係式の両辺を tt の多項式として展開し、係数を比べることです。

定理 2.1(ケイリー・ハミルトンの定理)✓

A∈Mn(K)A\in M_n(K) に対し φA(A)=0\varphi_A(A)=0 である。

証明(定理 2.1)

n=1n=1 のとき A=(a)A=(a)、φA(t)=t−a\varphi_A(t)=t-a で φA(A)=0\varphi_A(A)=0 です。n≥2n\ge2 とします。成分が多項式の行列 M(t)=tI−AM(t)=tI-A を、有理関数体 K(t)K(t) 上の行列とみなすと、余因子行列の基本関係式(命題 5.4)[行列式とその性質] により

M(t)⋅adj⁡M(t)=det⁡M(t) I=φA(t) IM(t)\cdot\operatorname{adj}M(t)=\det M(t)\,I=\varphi_A(t)\,I

です。adj⁡M(t)\operatorname{adj}M(t) の各成分は M(t)M(t) の (n−1)(n-1) 次小行列式(の符号つき)なので、tt についての次数が n−1n-1 以下の多項式です。したがって adj⁡M(t)=∑k=0n−1tkBk\operatorname{adj}M(t)=\sum_{k=0}^{n-1}t^kB_k(Bk∈Mn(K)B_k\in M_n(K))と書けます。φA(t)=∑k=0ncktk\varphi_A(t)=\sum_{k=0}^{n}c_kt^k(cn=1c_n=1)とおき、B−1=Bn=0B_{-1}=B_n=0 と約束して両辺を展開し、tkt^k の係数を比べると

Bk−1−ABk=ckI(k=0,1,…,n)B_{k-1}-AB_k=c_kI\qquad(k=0,1,\ldots,n)

です。この式に左から AkA^k を掛けて k=0,…,nk=0,\ldots,n について足します。左辺は ∑k=1nAkBk−1−∑k=0n−1Ak+1Bk=0\sum_{k=1}^{n}A^kB_{k-1}-\sum_{k=0}^{n-1}A^{k+1}B_k=0 と打ち消し合い(添字を j=k−1j=k-1 とずらすと同じ和になる)、右辺は ∑kckAk=φA(A)\sum_kc_kA^k=\varphi_A(A) です。

直観的には「φA(λ)=0\varphi_A(\lambda)=0 は固有値が満たす方程式で、AA 自身もそれを満たす」ということです。ただし φA(t)=det⁡(tI−A)\varphi_A(t)=\det(tI-A) に t=At=A を機械的に代入すると、スカラーを行列で置き換える操作になって意味が変わるため、上のような係数比較が必要です。

例 2.2(累乗と逆行列の計算)

フィボナッチ行列 A=(1110)A=\begin{pmatrix}1&1\\1&0\end{pmatrix} は φA(t)=t2−t−1\varphi_A(t)=t^2-t-1 なので A2=A+IA^2=A+I です。したがって A3=A2+A=2A+IA^3=A^2+A=2A+I、A4=3A+2IA^4=3A+2I、A5=5A+3IA^5=5A+3I と、AA の冪はいつも「AA の 1 次式」で書けます(係数がフィボナッチ数)。また det⁡A≠0\det A\ne0 ならば φA(0)=(−1)ndet⁡A≠0\varphi_A(0)=(-1)^n\det A\ne0 なので、φA(A)=0\varphi_A(A)=0 を AA で割って逆行列が AA の多項式で表せます。2 次の場合 A2−(tr⁡A)A+(det⁡A)I=0A^2-(\operatorname{tr}A)A+(\det A)I=0 から A−1=1det⁡A((tr⁡A)I−A)A^{-1}=\dfrac{1}{\det A}\bigl((\operatorname{tr}A)I-A\bigr) です。

AA を零にする多項式は他にもあります。その中で最も次数が低いものが、AA の構造を最もよく表します。

なお、最高次の係数が 1 の多項式をモニックといいます。次の命題は、AA を零にする多項式の全体が、ある 1 つの多項式の倍数でちょうど尽くされることを述べます。

命題 2.3(最小多項式)✓

A∈Mn(K)A\in M_n(K) に対し、p(A)=0p(A)=0 を満たす多項式 pp の全体を aA\mathfrak a_A とする。

  1. モニックで次数最小の mA∈aAm_A\in\mathfrak a_A がただ一つ存在し(最小多項式)、aA\mathfrak a_A の元はすべて mAm_A の倍数である。
  2. mAm_A は φA\varphi_A を割り切る。とくに deg⁡mA≤n\deg m_A\le n。
  3. λ∈K\lambda\in K について、mA(λ)=0m_A(\lambda)=0 と φA(λ)=0\varphi_A(\lambda)=0 は同値(どちらも λ\lambda が固有値であること)。
  4. 相似な行列は同じ最小多項式をもつ。
証明(命題 2.3)
  1. 定理 2.1 より φA∈aA\varphi_A\in\mathfrak a_A で、aA\mathfrak a_A は零でない多項式を含みます。その中のモニックな最小次数のものを一つ取り mm とします。p∈aAp\in\mathfrak a_A を mm で割って p=qm+rp=qm+r(deg⁡r<deg⁡m\deg r<\deg m または r=0r=0)とすると、r(A)=p(A)−q(A)m(A)=0r(A)=p(A)-q(A)m(A)=0 なので r∈aAr\in\mathfrak a_A で、mm の最小性から r=0r=0、すなわち m∣pm\mid p です。別の最小多項式 m′m' があれば互いに割り切るのでモニック同士で一致します。
  2. φA∈aA\varphi_A\in\mathfrak a_A と 1 から従います。
  3. mA∣φAm_A\mid\varphi_A より mA(λ)=0⇒φA(λ)=0m_A(\lambda)=0\Rightarrow\varphi_A(\lambda)=0。逆に λ\lambda が固有値で Av=λvA\boldsymbol{v}=\lambda\boldsymbol{v}(v≠0\boldsymbol{v}\ne0)とすると 0=mA(A)v=mA(λ)v0=m_A(A)\boldsymbol{v}=m_A(\lambda)\boldsymbol{v} なので mA(λ)=0m_A(\lambda)=0 です。φA(λ)=0\varphi_A(\lambda)=0 と固有値の同値は 固有値の判定条件(命題 3.3)[固有値と固有ベクトル] です。
  4. p(P−1AP)=P−1p(A)Pp(P^{-1}AP)=P^{-1}p(A)P なので、aA=aP−1AP\mathfrak a_A=\mathfrak a_{P^{-1}AP} です。

定理 2.4(最小多項式による対角化可能性の判定)✓

A∈Mn(K)A\in M_n(K) が KK 上で対角化可能であることは、mA(t)=(t−λ1)⋯(t−λr)m_A(t)=(t-\lambda_1)\cdots(t-\lambda_r)(λ1,…,λr∈K\lambda_1,\ldots,\lambda_r\in K は互いに相異なる)の形であることと同値である。

対角化可能性の判定の(⇐\Leftarrow)では、最小多項式が相異なる 1 次式の積のとき、各固有値に対応する「固有空間への射影」を多項式で具体的に作り、その和が II になること(つまりどのベクトルも固有ベクトルの和に分解できること)を示します。

証明(定理 2.4)

(⇒)(\Rightarrow) A=PDP−1A=PDP^{-1}、DD の対角成分に現れる相異なる値を λ1,…,λr\lambda_1,\ldots,\lambda_r とします。p(t)=∏i(t−λi)p(t)=\prod_i(t-\lambda_i) とすると p(D)=0p(D)=0(対角成分ごとに 00)なので p(A)=Pp(D)P−1=0p(A)=Pp(D)P^{-1}=0、よって mA∣pm_A\mid p です。一方、各 λi\lambda_i は固有値なので 命題 2.3 の 3 から mA(λi)=0m_A(\lambda_i)=0 です。因数定理で mA=(t−λ1)q1m_A=(t-\lambda_1)q_1、q1(λ2)(λ2−λ1)=0q_1(\lambda_2)(\lambda_2-\lambda_1)=0 より q1(λ2)=0q_1(\lambda_2)=0、と順に因数を取り出して p∣mAp\mid m_A を得ます。ともにモニックなので mA=pm_A=p です。

(⇐)(\Leftarrow) mA=∏i=1r(t−λi)m_A=\prod_{i=1}^r(t-\lambda_i) とし、

Pi=∏j≠iA−λjIλi−λj(i=1,…,r)P_i=\prod_{j\ne i}\frac{A-\lambda_jI}{\lambda_i-\lambda_j}\qquad(i=1,\ldots,r)

とおきます。多項式 q(t)=∑i∏j≠it−λjλi−λjq(t)=\sum_i\prod_{j\ne i}\frac{t-\lambda_j}{\lambda_i-\lambda_j} は次数が r−1r-1 以下で、q(λi)=1q(\lambda_i)=1(rr 個の点)なので、q−1q-1 は次数 r−1r-1 以下で rr 個の根をもつ多項式、つまり零です。よって q=1q=1 で ∑iPi=I\sum_iP_i=I です。また (A−λiI)Pi(A-\lambda_iI)P_i は mA(A)m_A(A) の定数倍で 00 なので、v∈Kn\boldsymbol{v}\in K^n に対し Piv∈ker⁡(A−λiI)P_i\boldsymbol{v}\in\ker(A-\lambda_iI) です。したがって v=∑iPiv\boldsymbol{v}=\sum_iP_i\boldsymbol{v} は固有ベクトル(または 00)の和で、KnK^n は固有ベクトルで張られます。これは対角化可能性です(対角化と固有基底(定理 3.2)[対角化とジョルダン標準形]: 張る集合から基底が選べる)。

たとえばジョルダン細胞 J2(λ)J_2(\lambda) は φ=(t−λ)2\varphi=(t-\lambda)^2 で、A−λI≠0A-\lambda I\ne0 なので m=(t−λ)2m=(t-\lambda)^2 は重根をもち、対角化不可能です。逆に (⇐)(\Leftarrow) の PiP_i は ∑Pi=I\sum P_i=I、PiPj=0P_iP_j=0(i≠ji\ne j)、Pi2=PiP_i^2=P_i、A=∑λiPiA=\sum\lambda_iP_i を満たし、直和分解と射影の対応(定理 5.5)[双対空間と商空間] の言葉でいうと、固有空間への射影族そのものです。

ジョルダン標準形は強力ですが、座標変換の行列 PP がユニタリとは限らず、数値的に不安定です。ユニタリ変換だけで得られる形が上三角行列です。

定理 3.1(シュール分解)✓

A∈Mn(C)A\in M_n(\mathbb{C}) とし、λ1,…,λn\lambda_1,\ldots,\lambda_n を固有値の任意の並べ方(重複度を込める)とする。ユニタリ行列 UU と、対角成分が tkk=λkt_{kk}=\lambda_k である上三角行列 TT が存在して A=UTU∗A=UTU^{*} となる。

証明(定理 3.1)

nn についての帰納法で示します。n=1n=1 は明らかです。n≥2n\ge2 とし、λ1\lambda_1 を固有値、u1\boldsymbol{u}_1 を長さ 11 の固有ベクトルとします(固有値の存在(系 4.6)[固有値と固有ベクトル] により固有値が存在します)。u1\boldsymbol{u}_1 を正規直交基底 u1,…,un\boldsymbol{u}_1,\ldots,\boldsymbol{u}_n に拡張し(正規直交基底の存在(系 6.2)[内積空間とグラム・シュミット直交化])、これらを列に並べたユニタリ行列を V1V_1 とします(ユニタリ行列の特徴づけ(命題 3.2)[スペクトル定理])。Au1=λ1u1A\boldsymbol{u}_1=\lambda_1\boldsymbol{u}_1 なので

V1∗AV1=(λ1b∗0A′)V_1^{*}AV_1=\begin{pmatrix}\lambda_1&\boldsymbol{b}^{*}\\0&A'\end{pmatrix}

の形です(第 1 列が λ1e1\lambda_1\boldsymbol{e}_1)。この行列の特性多項式は (t−λ1)φA′(t)(t-\lambda_1)\varphi_{A'}(t) なので(第 1 列で余因子展開)、A′A'(n−1n-1 次)の固有値は λ2,…,λn\lambda_2,\ldots,\lambda_n です。帰納法の仮定で A′=U′T′U′∗A'=U'T'U'^{*}、対角成分が λ2,…,λn\lambda_2,\ldots,\lambda_n の順の上三角 T′T' をとり、U=V1(100U′)U=V_1\begin{pmatrix}1&0\\0&U'\end{pmatrix} とおけば U∗AU=(λ1b∗U′0T′)U^{*}AU=\begin{pmatrix}\lambda_1&\boldsymbol{b}^{*}U'\\0&T'\end{pmatrix} が求める上三角行列です。

これは「固有ベクトルを一つ見つけたら、その直交補空間(商空間と同一視される)に帰着する」という帰納法で、不変部分空間と分割された表現行列(命題 4.6)[双対空間と商空間] のブロック三角形の直接の応用です。

命題 3.2(正規行列の特徴づけ)✓

A∈Mn(C)A\in M_n(\mathbb{C}) について次は同値である。

  1. AA は正規行列(A∗A=AA∗A^{*}A=AA^{*})。
  2. すべての x\boldsymbol{x} について ∥Ax∥=∥A∗x∥\|A\boldsymbol{x}\|=\|A^{*}\boldsymbol{x}\|。
  3. 定理 3.1 の TT が対角行列になる。すなわち A=UDU∗A=UDU^{*}(UU ユニタリ、DD 対角)。
証明(命題 3.2)

(1)⇔\Leftrightarrow(2): ∥Ax∥2−∥A∗x∥2=⟨(A∗A−AA∗)x,x⟩\|A\boldsymbol{x}\|^2-\|A^{*}\boldsymbol{x}\|^2=\langle(A^{*}A-AA^{*})\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle です。H=A∗A−AA∗H=A^{*}A-AA^{*} はエルミート行列で、スペクトル定理(スペクトル定理(定理 4.2)[スペクトル定理])の正規直交固有ベクトル uk\boldsymbol{u}_k(固有値 hkh_k)に対して ⟨Huk,uk⟩=hk\langle H\boldsymbol{u}_k,\boldsymbol{u}_k\rangle=h_k です。すべての x\boldsymbol{x} で内積が 00 なら hk=0h_k=0 がすべての kk で成り立ち、H=0H=0 です。逆は明らか。

(3)⇒\Rightarrow(1): DD は対角行列なので D∗D=DD∗D^{*}D=DD^{*}、したがって A∗A=UD∗DU∗=UDD∗U∗=AA∗A^{*}A=UD^{*}DU^{*}=UDD^{*}U^{*}=AA^{*} です。

(1)⇒\Rightarrow(3): T=U∗AUT=U^{*}AU は正規行列です(T∗T=U∗A∗AU=U∗AA∗U=TT∗T^{*}T=U^{*}A^{*}AU=U^{*}AA^{*}U=TT^{*})。TT の行 1,…,k−11,\ldots,k-1 が対角成分以外 00 であると仮定します(k=1k=1 は空虚に成り立つ)。(T∗T)kk=∑j≤k∣tjk∣2=∣tkk∣2(T^{*}T)_{kk}=\sum_{j\le k}|t_{jk}|^2=|t_{kk}|^2(j<kj<k では行 jj が対角的なので tjk=0t_{jk}=0)、(TT∗)kk=∑j≥k∣tkj∣2(TT^{*})_{kk}=\sum_{j\ge k}|t_{kj}|^2 です。両者が等しいので ∑j>k∣tkj∣2=0\sum_{j>k}|t_{kj}|^2=0、行 kk も対角的です。帰納的に TT は対角行列です。

(1)⇔\Leftrightarrow(3) は スペクトル定理(正規行列)(定理 8.1)[スペクトル定理] と同じ内容ですが、ここではシュール分解から出発して「上三角の正規行列は対角行列である」という形で別に証明しました。エルミート行列・ユニタリ行列・反エルミート行列は正規行列の部分クラスで、DD の対角成分がそれぞれ実数・絶対値 11・純虚数になります。

正規行列は、ユニタリ行列 UU で U∗AU=DU^{*}AU=D と対角化できました。しかしこれは正方行列で、しかも A∗A=AA∗A^{*}A=AA^{*} という強い条件の下の話です。入力空間と出力空間の座標を別々に取れるようにすると、任意の長方行列が対角化できます。

定理 4.1(特異値分解)✓

A∈Mm,n(C)A\in M_{m,n}(\mathbb{C})、r=rank⁡Ar=\operatorname{rank}A とする。ユニタリ行列 U∈Mm(C)U\in M_m(\mathbb{C})、V∈Mn(C)V\in M_n(\mathbb{C}) と、実数 σ1≥σ2≥⋯≥σr>0\sigma_1\ge\sigma_2\ge\cdots\ge\sigma_r>0 が存在して

A=UΣV∗,Σ∈Mm,n(R),Σii=σi (i≤r), その他の成分は 0A=U\Sigma V^{*},\qquad\Sigma\in M_{m,n}(\mathbb{R}),\quad\Sigma_{ii}=\sigma_i\ (i\le r),\ \text{その他の成分は }0

となる。σ12,…,σr2\sigma_1^2,\ldots,\sigma_r^2 は A∗AA^{*}A の 00 でない固有値(重複度を込める)であり、σi\sigma_i を AA の特異値という。VV の第 ii 列 vi\boldsymbol{v}_i を右特異ベクトル、UU の第 ii 列 ui\boldsymbol{u}_i を左特異ベクトルといい、Avi=σiuiA\boldsymbol{v}_i=\sigma_i\boldsymbol{u}_i(i≤ri\le r)、Avi=0A\boldsymbol{v}_i=0(i>ri>r)が成り立つ。

証明(定理 4.1)

A∗AA^{*}A は nn 次エルミート行列で、⟨A∗Ax,x⟩=∥Ax∥2≥0\langle A^{*}A\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle=\|A\boldsymbol{x}\|^2\ge0 です。固有値 λ\lambda、固有ベクトル x\boldsymbol{x} について λ∥x∥2=∥Ax∥2\lambda\|\boldsymbol{x}\|^2=\|A\boldsymbol{x}\|^2 ですから λ≥0\lambda\ge0 です。スペクトル定理(スペクトル定理(定理 4.2)[スペクトル定理])により、固有値を λ1≥⋯≥λn≥0\lambda_1\ge\cdots\ge\lambda_n\ge0 の順に並べた正規直交固有ベクトル v1,…,vn\boldsymbol{v}_1,\ldots,\boldsymbol{v}_n が取れます。

A∗Ax=0A^{*}A\boldsymbol{x}=0 なら ∥Ax∥2=⟨A∗Ax,x⟩=0\|A\boldsymbol{x}\|^2=\langle A^{*}A\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle=0 なので ker⁡A∗A=ker⁡A\ker A^{*}A=\ker A で、次元定理より dim⁡ker⁡A=n−r\dim\ker A=n-r です。ゆえに 00 になる固有値はちょうど n−rn-r 個、すなわち λ1≥⋯≥λr>0=λr+1=⋯=λn\lambda_1\ge\cdots\ge\lambda_r>0=\lambda_{r+1}=\cdots=\lambda_n です。σi=λi\sigma_i=\sqrt{\lambda_i} とおきます。

i≤ri\le r に対し ui=σi−1Avi\boldsymbol{u}_i=\sigma_i^{-1}A\boldsymbol{v}_i とすると、⟨Avi,Avj⟩=⟨A∗Avi,vj⟩=λiδij\langle A\boldsymbol{v}_i,A\boldsymbol{v}_j\rangle=\langle A^{*}A\boldsymbol{v}_i,\boldsymbol{v}_j\rangle=\lambda_i\delta_{ij} ですから u1,…,ur\boldsymbol{u}_1,\ldots,\boldsymbol{u}_r は正規直交系です。これを Cm\mathbb{C}^m の正規直交基底 u1,…,um\boldsymbol{u}_1,\ldots,\boldsymbol{u}_m に拡張します(正規直交基底の存在(系 6.2)[内積空間とグラム・シュミット直交化])。i>ri>r では ∥Avi∥2=λi=0\|A\boldsymbol{v}_i\|^2=\lambda_i=0 より Avi=0A\boldsymbol{v}_i=0。よって V=(v1⋯vn)V=(\boldsymbol{v}_1\cdots\boldsymbol{v}_n)、U=(u1⋯um)U=(\boldsymbol{u}_1\cdots\boldsymbol{u}_m) はユニタリ行列で AV=UΣAV=U\Sigma、A=UΣV∗A=U\Sigma V^{*} です。

分解は「AA は vi\boldsymbol{v}_i 方向を σi\sigma_i 倍して ui\boldsymbol{u}_i 方向に送る」という内容で、単位球が楕円体に写ると見ると、特異値はその楕円体の半軸の長さです。

例 4.2(2 次の特異値分解)

A=(1101)A=\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}(せん断)の A∗A=(1112)A^{*}A=\begin{pmatrix}1&1\\1&2\end{pmatrix} は、特性多項式 λ2−3λ+1\lambda^2-3\lambda+1 で固有値 3±52\frac{3\pm\sqrt5}{2} をもちます。3+52=1+52\sqrt{\tfrac{3+\sqrt5}{2}}=\tfrac{1+\sqrt5}{2}(黄金比 φ\varphi)、3−52=5−12=φ−1\sqrt{\tfrac{3-\sqrt5}{2}}=\tfrac{\sqrt5-1}{2}=\varphi^{-1} なので、特異値は σ1=φ\sigma_1=\varphi、σ2=φ−1\sigma_2=\varphi^{-1} です。σ1σ2=1=∣det⁡A∣\sigma_1\sigma_2=1=|\det A|、σ12+σ22=3=∑∣aij∣2\sigma_1^2+\sigma_2^2=3=\sum|a_{ij}|^2(=tr⁡A∗A=\operatorname{tr}A^{*}A)となり、単位円は長半径 φ\varphi、短半径 φ−1\varphi^{-1} の楕円に写ります。

v1v2Aσ1 u1σ2 u2
特異値分解の幾何。A は単位円を、右特異ベクトル v1, v2 の方向を保ったまま、左特異ベクトル u1, u2 を軸とする楕円(半軸 σ1, σ2)に写す。

特異値は、行列のノルムと、低階数近似の限界を決めます。∥A∥=max⁡∥x∥=1∥Ax∥\|A\|=\max_{\|\boldsymbol{x}\|=1}\|A\boldsymbol{x}\| を作用素ノルムといいます。

次の命題の 3 は、「階数 kk 以下の行列 BB は n−kn-k 次元以上のベクトルを 0 に送る」ことに着目し、それと v1,…,vk+1\boldsymbol{v}_1,\ldots,\boldsymbol{v}_{k+1} の張る空間が(次元の足し算で)必ず共通のベクトルをもつことを使って、どの BB でも誤差が σk+1\sigma_{k+1} 以上になることを示します。

命題 4.3(作用素ノルムと最良低階数近似)✓

A=UΣV∗A=U\Sigma V^{*} を特異値分解とする。

  1. ∥Ax∥2=∑i≤rσi2∣⟨x,vi⟩∣2\|A\boldsymbol{x}\|^2=\sum_{i\le r}\sigma_i^2|\langle\boldsymbol{x},\boldsymbol{v}_i\rangle|^2。とくに最大値が存在して ∥A∥=σ1\|A\|=\sigma_1。
  2. 0≤k<r0\le k<r に対し Ak=∑i≤kσiuivi∗A_k=\sum_{i\le k}\sigma_i\boldsymbol{u}_i\boldsymbol{v}_i^{*}(階数 kk)とおくと、∥A−Ak∥=σk+1\|A-A_k\|=\sigma_{k+1}。
  3. 階数 kk 以下の任意の行列 BB(0≤k<r0\le k<r)に対し ∥A−B∥≥σk+1\|A-B\|\ge\sigma_{k+1}。すなわち AkA_k は階数 kk 以下の行列の中で AA に最も近い(エッカート・ヤング、ミルスキー)。
証明(命題 4.3)
  1. x=∑civi\boldsymbol{x}=\sum c_i\boldsymbol{v}_i(ci=⟨x,vi⟩c_i=\langle\boldsymbol{x},\boldsymbol{v}_i\rangle)なら Ax=∑i≤rciσiuiA\boldsymbol{x}=\sum_{i\le r}c_i\sigma_i\boldsymbol{u}_i で、ui\boldsymbol{u}_i の正規直交性から ∥Ax∥2=∑i≤rσi2∣ci∣2\|A\boldsymbol{x}\|^2=\sum_{i\le r}\sigma_i^2|c_i|^2 です。∥x∥=1\|\boldsymbol{x}\|=1 のとき ∑∣ci∣2=1\sum|c_i|^2=1 なので ∥Ax∥2≤σ12\|A\boldsymbol{x}\|^2\le\sigma_1^2、x=v1\boldsymbol{x}=\boldsymbol{v}_1 で等号です。
  2. A−Ak=∑k<i≤rσiuivi∗A-A_k=\sum_{k<i\le r}\sigma_i\boldsymbol{u}_i\boldsymbol{v}_i^{*} は 1 と同じ計算で、∥(A−Ak)x∥2=∑i>kσi2∣ci∣2≤σk+12\|(A-A_k)\boldsymbol{x}\|^2=\sum_{i>k}\sigma_i^2|c_i|^2\le\sigma_{k+1}^2、x=vk+1\boldsymbol{x}=\boldsymbol{v}_{k+1} で等号です。
  3. rank⁡B≤k\operatorname{rank}B\le k なら dim⁡ker⁡B≥n−k\dim\ker B\ge n-k です。W=span⁡(v1,…,vk+1)W=\operatorname{span}(\boldsymbol{v}_1,\ldots,\boldsymbol{v}_{k+1}) は次元 k+1k+1 なので、次元公式(直和の判定と次元公式(命題 5.2)[双対空間と商空間] の 1)から dim⁡(W∩ker⁡B)≥(k+1)+(n−k)−n=1\dim(W\cap\ker B)\ge(k+1)+(n-k)-n=1 です。この共通部分の長さ 11 のベクトル x=∑i≤k+1civi\boldsymbol{x}=\sum_{i\le k+1}c_i\boldsymbol{v}_i について、Bx=0B\boldsymbol{x}=0 より ∥(A−B)x∥2=∥Ax∥2=∑i≤k+1σi2∣ci∣2≥σk+12\|(A-B)\boldsymbol{x}\|^2=\|A\boldsymbol{x}\|^2=\sum_{i\le k+1}\sigma_i^2|c_i|^2\ge\sigma_{k+1}^2 です。

データサイエンスでは、画像や行列データを AkA_k で圧縮する(低ランク近似)、主成分分析を中心化したデータ行列の特異値分解として計算する、といった使い方があります。後者では右特異ベクトルが主成分の方向、σi2/N\sigma_i^2/N が分散で、これは共分散行列 A∗A/NA^{*}A/N の固有値分解(レイリー商の最大・最小(定理 7.1)[スペクトル定理])にほかなりません。

複素数 z=reiθz=re^{i\theta} が「長さ r≥0r\ge0 と位相 eiθe^{i\theta} の積」と書けるように、正方行列も「半正定値な伸縮 PP とユニタリ UU の積」と書けます。まず半正定値行列の平方根を確認します。エルミート行列 HH が半正定値とは、すべての x\boldsymbol{x} で ⟨Hx,x⟩≥0\langle H\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle\ge0 のこと(正定値・半正定値(定義 6.2)[スペクトル定理])で、固有値がすべて 00 以上であることと同値です。

補題 5.1(半正定値行列の平方根の一意性)✓

HH を半正定値エルミート行列とする。Q2=HQ^2=H を満たす半正定値エルミート行列 QQ がただ一つ存在する。これを H1/2H^{1/2} と書く。

証明(補題 5.1)

存在: H=Udiag⁡(hk)U∗H=U\operatorname{diag}(h_k)U^{*}、hk≥0h_k\ge0 に対し Q=Udiag⁡(hk)U∗Q=U\operatorname{diag}(\sqrt{h_k})U^{*} とします。

一意性: QQ を一つの半正定値な平方根とし、QQ の固有ベクトルからなる正規直交基底 xk\boldsymbol{x}_k(固有値 qk≥0q_k\ge0)を取ります。Hxk=Q2xk=qk2xkH\boldsymbol{x}_k=Q^2\boldsymbol{x}_k=q_k^2\boldsymbol{x}_k です。HH の固有値 μ\mu に対する固有空間 EμE_\mu の元 x=∑ckxk\boldsymbol{x}=\sum c_k\boldsymbol{x}_k に対して Hx=∑ckqk2xk=μ∑ckxkH\boldsymbol{x}=\sum c_kq_k^2\boldsymbol{x}_k=\mu\sum c_k\boldsymbol{x}_k ですから、ck≠0c_k\ne0 なら qk2=μq_k^2=\mu、すなわち qk=μq_k=\sqrt\mu で、Qx=μ xQ\boldsymbol{x}=\sqrt\mu\,\boldsymbol{x} です。したがって QQ は各 EμE_\mu 上で μ\sqrt\mu 倍写像であり、Cn=⨁Eμ\mathbb{C}^n=\bigoplus E_\mu(スペクトル定理)なので QQ は HH だけで決まります。

定理 5.2(極分解)✓

A∈Mn(C)A\in M_n(\mathbb{C}) とする。ユニタリ行列 UU と半正定値エルミート行列 PP で A=UPA=UP を満たすものが存在し、P=(A∗A)1/2P=(A^{*}A)^{1/2} は AA から一意に定まる。AA が正則ならば UU も一意である。同様に A=P′UA=P'U(P′=(AA∗)1/2P'=(AA^{*})^{1/2})とも書ける。

証明(定理 5.2)

特異値分解 A=WΣV∗A=W\Sigma V^{*}(W,VW,V ユニタリ、Σ\Sigma は半正定値の対角行列)より、

A=(WV∗)(VΣV∗)=UP,U=WV∗, P=VΣV∗.A=(WV^{*})(V\Sigma V^{*})=UP,\qquad U=WV^{*},\ P=V\Sigma V^{*}.

UU はユニタリ行列の積でユニタリ、PP は半正定値エルミートです。A=U′P′A=U'P' と別の分解があれば A∗A=P′U′∗U′P′=P′2A^{*}A=P'U'^{*}U'P'=P'^2 で、補題 5.1 から P′=(A∗A)1/2=PP'=(A^{*}A)^{1/2}=P です。AA が正則なら PP も正則(det⁡P2=det⁡A∗A≠0\det P^2=\det A^{*}A\ne0)で、U′=AP−1=UU'=AP^{-1}=U です。P′=WΣW∗P'=W\Sigma W^{*} とすれば A=(WΣW∗)(WV∗)A=(W\Sigma W^{*})(WV^{*}) です。

例 5.3(極分解の計算)

A=(3045)A=\begin{pmatrix}3&0\\4&5\end{pmatrix} では A∗A=(25202025)A^{*}A=\begin{pmatrix}25&20\\20&25\end{pmatrix} で、固有値 4545(固有ベクトル 12(1,1)\tfrac1{\sqrt2}(1,1))と 55(12(1,−1)\tfrac1{\sqrt2}(1,-1))です。平方根は

P=45⋅12(1111)+5⋅12(1−1−11)=5(2112).P=\sqrt{45}\cdot\tfrac12\begin{pmatrix}1&1\\1&1\end{pmatrix}+\sqrt5\cdot\tfrac12\begin{pmatrix}1&-1\\-1&1\end{pmatrix}=\sqrt5\begin{pmatrix}2&1\\1&2\end{pmatrix}.

P−1=135(2−1−12)P^{-1}=\frac1{3\sqrt5}\begin{pmatrix}2&-1\\-1&2\end{pmatrix} より U=AP−1=15(2−112)U=AP^{-1}=\frac1{\sqrt5}\begin{pmatrix}2&-1\\1&2\end{pmatrix} は回転行列(角度は tan⁡−112\tan^{-1}\tfrac12)です。実際 UP=(2−112)(2112)=(3045)UP=\begin{pmatrix}2&-1\\1&2\end{pmatrix}\begin{pmatrix}2&1\\1&2\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}3&0\\4&5\end{pmatrix} で、AA は「固有方向 (1,±1)(1,\pm1) に 35,53\sqrt5,\sqrt5 倍に伸縮してから回転」という合成です。

座標変換をユニタリから一般の正則行列に広げると、エルミート行列の固有値自体は変わります(S∗ASS^{*}AS の固有値は AA のものと異なる)が、符号の分布は変わりません。2 次形式 ⟨Ax,x⟩\langle A\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle は変数変換 x=Sy\boldsymbol{x}=S\boldsymbol{y} で ⟨S∗ASy,y⟩\langle S^{*}AS\boldsymbol{y},\boldsymbol{y}\rangle に移る(合同変換 A↦S∗ASA\mapsto S^{*}AS)ので、2 次形式の分類の問題です。

エルミート行列 AA について、正・負・零の固有値の個数(重複度を込める)を n+(A),n−(A),n0(A)n_+(A),n_-(A),n_0(A) と書きます。

定理 6.1(シルヴェスターの慣性法則)✓

AA を nn 次エルミート行列とする。

  1. 正則行列 SS が存在して S∗AS=diag⁡(Ip,−Iq,0z)S^{*}AS=\operatorname{diag}(I_p,-I_q,0_z) となり、p=n+(A)p=n_+(A)、q=n−(A)q=n_-(A)、z=n0(A)z=n_0(A)。
  2. SS が正則ならば B=S∗ASB=S^{*}AS のエルミート行列としての n±(B)n_\pm(B)、n0(B)n_0(B) は AA のものと一致する。
証明(定理 6.1)
  1. A=Udiag⁡(λ1,…,λn)U∗A=U\operatorname{diag}(\lambda_1,\ldots,\lambda_n)U^{*} を、正の固有値、負の固有値、零の順に並べたスペクトル分解とします。D=diag⁡(dk)D=\operatorname{diag}(d_k) を λk≠0\lambda_k\ne0 のとき dk=∣λk∣−1/2d_k=|\lambda_k|^{-1/2}、λk=0\lambda_k=0 のとき dk=1d_k=1 とし、S=UDS=UD とおけば S∗AS=Ddiag⁡(λk)D=diag⁡(sgn⁡λk)S^{*}AS=D\operatorname{diag}(\lambda_k)D=\operatorname{diag}(\operatorname{sgn}\lambda_k) です。

  2. 部分空間 WW が AA に関して正であるとは、x∈W∖{0}\boldsymbol{x}\in W\setminus\{0\} ならば ⟨Ax,x⟩>0\langle A\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle>0 ということとし、π+(A)\pi_+(A) を正の部分空間の次元の最大値と定めます。主張 π+(A)=n+(A)\pi_+(A)=n_+(A) を示します。固有値が正の固有ベクトルが張る空間は、⟨Ax,x⟩=∑λk∣ck∣2>0\langle A\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle=\sum\lambda_k|c_k|^2>0 より正の部分空間なので、π+≥n+\pi_+\ge n_+ です。逆に WW を正の部分空間とし、NN を固有値 ≤0\le0 の固有ベクトルが張る空間(dim⁡N=n−n+\dim N=n-n_+)とします。NN 上では ⟨Ax,x⟩≤0\langle A\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}\rangle\le0 なので W∩N={0}W\cap N=\{0\} です。次元公式(直和の判定と次元公式(命題 5.2)[双対空間と商空間] の 1)から dim⁡W+dim⁡N≤n\dim W+\dim N\le n で、dim⁡W≤n+\dim W\le n_+ です。

B=S∗ASB=S^{*}AS とすると、⟨By,y⟩=⟨ASy,Sy⟩\langle B\boldsymbol{y},\boldsymbol{y}\rangle=\langle AS\boldsymbol{y},S\boldsymbol{y}\rangle ですから、WW が BB に関して正であることと SWSW が AA に関して正であることは同値で、dim⁡SW=dim⁡W\dim SW=\dim W です。ゆえに π+(B)=π+(A)\pi_+(B)=\pi_+(A)、すなわち n+(B)=n+(A)n_+(B)=n_+(A) です。−A-A に同じ議論をして n−(B)=n−(A)n_-(B)=n_-(A)、n0=n−n+−n−n_0=n-n_+-n_- も一致します。

したがって、2 つのエルミート行列が合同であることは、慣性 (n+,n−,n0)(n_+,n_-,n_0) が等しいことと同値で、実対称行列でも同じです。2 次形式 x2+4xy+y2x^2+4xy+y^2 の係数行列 (1221)\begin{pmatrix}1&2\\2&1\end{pmatrix} の固有値は 3,−13,-1 で慣性は (1,1,0)(1,1,0) ですが、平方完成 (x+2y)2−3y2(x+2y)^2-3y^2 も +,−+,- が 1 つずつです。どの方法で変形しても同じ答えになることを、慣性法則が保証します。

注意 6.2

ガウスの消去法が行の入れ替えなしで進むときは A=LDL∗A=LDL^{*}(LL は単位下三角、DD は実対角)と書けます。D=L−1A(L−1)∗D=L^{-1}A(L^{-1})^{*} なので AA と DD は合同で、DD の対角成分(ピボット)の符号の個数が AA の慣性です。固有値を計算せずに AA の正定値性を判定できる(ピボットがすべて正)のはこの理由によります。

7. シンプレクティック形式とウィリアムソンの標準形

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ここから実行列を扱います。2n2n 次のブロック行列

J=(0In−In0)J=\begin{pmatrix}0&I_n\\-I_n&0\end{pmatrix}

は JT=−JJ^{\mathsf{T}}=-J、J2=−IJ^2=-I、J−1=−JJ^{-1}=-J を満たします。ハミルトン力学では位置 qq と運動量 pp を並べた x=(q,p)T\boldsymbol{x}=(q,p)^{\mathsf{T}} の空間(位相空間)に、双線形形式 ω(x,y)=xTJy\omega(\boldsymbol{x},\boldsymbol{y})=\boldsymbol{x}^{\mathsf{T}}J\boldsymbol{y} が備わっています。

定義 7.1(シンプレクティック行列)↗

S∈M2n(R)S\in M_{2n}(\mathbb{R}) が STJS=JS^{\mathsf{T}}JS=J を満たすとき(ω\omega を保つとき)、SS をシンプレクティック行列という。その全体を Sp(2n,R)\mathrm{Sp}(2n,\mathbb{R}) と書く。

命題 7.2(シンプレクティック群)✓

S,S′∈Sp(2n,R)S,S'\in\mathrm{Sp}(2n,\mathbb{R}) とする。

  1. SS は正則で S−1=J−1STJS^{-1}=J^{-1}S^{\mathsf{T}}J。さらに SJST=JSJS^{\mathsf{T}}=J すなわち ST∈Sp(2n,R)S^{\mathsf{T}}\in\mathrm{Sp}(2n,\mathbb{R})。
  2. SS′SS' と S−1S^{-1} もシンプレクティック行列である(Sp(2n,R)\mathrm{Sp}(2n,\mathbb{R}) は群)。
証明(命題 7.2)
  1. Sx=0S\boldsymbol{x}=0 なら Jx=STJSx=0J\boldsymbol{x}=S^{\mathsf{T}}JS\boldsymbol{x}=0 より x=0\boldsymbol{x}=0 なので SS は正則です。(J−1STJ)S=J−1J=I(J^{-1}S^{\mathsf{T}}J)S=J^{-1}J=I から S−1=J−1STJS^{-1}=J^{-1}S^{\mathsf{T}}J です。SS−1=ISS^{-1}=I に代入して SJ−1STJ=ISJ^{-1}S^{\mathsf{T}}J=I、すなわち SJ−1ST=J−1SJ^{-1}S^{\mathsf{T}}=J^{-1} で、J−1=−JJ^{-1}=-J から SJST=JSJS^{\mathsf{T}}=J です。
  2. (SS′)TJ(SS′)=S′T(STJS)S′=S′TJS′=J(SS')^{\mathsf{T}}J(SS')=S'^{\mathsf{T}}(S^{\mathsf{T}}JS)S'=S'^{\mathsf{T}}JS'=J。STJS=JS^{\mathsf{T}}JS=J の両辺に左から S−TS^{-\mathsf{T}}、右から S−1S^{-1} を掛けると J=S−TJS−1=(S−1)TJS−1J=S^{-\mathsf{T}}JS^{-1}=(S^{-1})^{\mathsf{T}}J S^{-1} です。

力学系の線形化(微小振動)に現れる正定値な 2 次形式 H(x)=12xTAxH(\boldsymbol{x})=\tfrac12\boldsymbol{x}^{\mathsf{T}}A\boldsymbol{x} を、シンプレクティック変換で標準形に直すのがウィリアムソンの定理です。主役は、J−1J^{-1} を挟んだ反対称行列の標準形です。

この補題のねらいは、ウィリアムソンの標準形の証明で現れる反対称行列を、直交行列で「2 次元の回転の組」の形に直すことです。実反対称行列の固有値は複素数にならざるを得ないため、証明では一度複素エルミート行列 iKiK に直してスペクトル定理を使い、最後に実部と虚部を取り出して実の基底に戻します。

補題 7.3(反対称行列の標準形)✓

KK を mm 次の実反対称行列(KT=−KK^{\mathsf{T}}=-K)で正則とする。このとき m=2nm=2n は偶数で、R2n\mathbb{R}^{2n} の正規直交基底 f1,…,fn,e1,…,en\boldsymbol{f}_1,\ldots,\boldsymbol{f}_n,\boldsymbol{e}_1,\ldots,\boldsymbol{e}_n と μ1,…,μn>0\mu_1,\ldots,\mu_n>0 が存在して、Kek=μkfkK\boldsymbol{e}_k=\mu_k\boldsymbol{f}_k、Kfk=−μkekK\boldsymbol{f}_k=-\mu_k\boldsymbol{e}_k となる。すなわち、これらを列に並べた直交行列 OO について

OTKO=(0M−M0),M=diag⁡(μ1,…,μn).O^{\mathsf{T}}KO=\begin{pmatrix}0&M\\-M&0\end{pmatrix},\qquad M=\operatorname{diag}(\mu_1,\ldots,\mu_n).
証明(補題 7.3)

det⁡K=det⁡KT=det⁡(−K)=(−1)mdet⁡K\det K=\det K^{\mathsf{T}}=\det(-K)=(-1)^m\det K で det⁡K≠0\det K\ne0 なので mm は偶数です。mm についての帰納法で示します(m=0m=0 は自明)。

H=iKH=iK は複素エルミート行列です(H∗=−iKT=iKH^{*}=-iK^{\mathsf{T}}=iK)。HH の固有値は実数で(エルミート行列の固有値と固有ベクトル(補題 3.3)[スペクトル定理])、KK が正則なので 00 ではありません。Hz=μzH\boldsymbol{z}=\mu\boldsymbol{z} の複素共役をとると、KK は実行列なので Hzˉ=−μzˉH\bar{\boldsymbol{z}}=-\mu\bar{\boldsymbol{z}} です。したがって固有値は ±\pm の対で現れ、正の固有値 μ\mu が存在します。その長さ 11 の固有ベクトルを z=x+iy\boldsymbol{z}=\boldsymbol{x}+i\boldsymbol{y}(x,y\boldsymbol{x},\boldsymbol{y} は実ベクトル)とします。iKz=μziK\boldsymbol{z}=\mu\boldsymbol{z} から Kz=−iμz=μy−iμxK\boldsymbol{z}=-i\mu\boldsymbol{z}=\mu\boldsymbol{y}-i\mu\boldsymbol{x} で、実部と虚部を比べて

Kx=μy,Ky=−μxK\boldsymbol{x}=\mu\boldsymbol{y},\qquad K\boldsymbol{y}=-\mu\boldsymbol{x}

です。z\boldsymbol{z}(固有値 μ\mu)と zˉ\bar{\boldsymbol{z}}(固有値 −μ≠μ-\mu\ne\mu)はエルミート行列の異なる固有値の固有ベクトルなので直交し、0=⟨z,zˉ⟩=∑jzjzˉj‾=∑jzj2=∥x∥2−∥y∥2+2i x⋅y0=\langle\boldsymbol{z},\bar{\boldsymbol{z}}\rangle=\sum_jz_j\overline{\bar z_j}=\sum_jz_j^2=\|\boldsymbol{x}\|^2-\|\boldsymbol{y}\|^2+2i\,\boldsymbol{x}\cdot\boldsymbol{y} から ∥x∥=∥y∥\|\boldsymbol{x}\|=\|\boldsymbol{y}\|、x⊥y\boldsymbol{x}\perp\boldsymbol{y} です。∥x∥2+∥y∥2=1\|\boldsymbol{x}\|^2+\|\boldsymbol{y}\|^2=1 なので e=2x\boldsymbol{e}=\sqrt2\boldsymbol{x}、f=2y\boldsymbol{f}=\sqrt2\boldsymbol{y} は正規直交で Ke=μfK\boldsymbol{e}=\mu\boldsymbol{f}、Kf=−μeK\boldsymbol{f}=-\mu\boldsymbol{e} です。

W={e,f}⊥W=\{\boldsymbol{e},\boldsymbol{f}\}^{\perp} は KK で不変です。実際 w∈W\boldsymbol{w}\in W なら ⟨Kw,e⟩=−⟨w,Ke⟩=−μ⟨w,f⟩=0\langle K\boldsymbol{w},\boldsymbol{e}\rangle=-\langle\boldsymbol{w},K\boldsymbol{e}\rangle=-\mu\langle\boldsymbol{w},\boldsymbol{f}\rangle=0、f\boldsymbol{f} も同様です。K∣WK|_W は単射(KK が単射)なので WW 上で可逆な反対称作用素で、WW の正規直交基底に関する表現行列は m−2m-2 次の正則な実反対称行列です。帰納法の仮定を適用し、得られた基底に e,f\boldsymbol{e},\boldsymbol{f} を加えます。

定理の証明の方針は、A1/2A^{1/2} で座標を変えて AA を単位行列にし(このとき JJ は反対称行列 KK に変わります)、上の補題で KK を標準形にしたうえで、JJ に戻るように各軸の長さを整えることです。

定理 7.4(ウィリアムソンの標準形)✓

AA を 2n2n 次の正定値実対称行列とする。シンプレクティック行列 S∈Sp(2n,R)S\in\mathrm{Sp}(2n,\mathbb{R}) と正の実数 d1,…,dnd_1,\ldots,d_n が存在して

STAS=(D00D),D=diag⁡(d1,…,dn)S^{\mathsf{T}}AS=\begin{pmatrix}D&0\\0&D\end{pmatrix},\qquad D=\operatorname{diag}(d_1,\ldots,d_n)

となる。さらに {dk}\{d_k\}(シンプレクティック固有値)は順序を除いて一意で、±id1,…,±idn\pm id_1,\ldots,\pm id_n は JAJA の固有値のすべてである。

証明(定理 7.4)

R=A1/2R=A^{1/2}(正定値実対称行列、補題 5.1)とし、K=R−1JR−1K=R^{-1}JR^{-1} とおくと、KT=R−1JTR−1=−KK^{\mathsf{T}}=R^{-1}J^{\mathsf{T}}R^{-1}=-K で、KK は正則な実反対称行列です。補題 7.3 の直交行列 OO と M=diag⁡(μk)M=\operatorname{diag}(\mu_k) をとり、W=diag⁡(M−1/2,M−1/2)W=\operatorname{diag}(M^{-1/2},M^{-1/2})、

S=R−1OWS=R^{-1}OW

とおきます。このとき

STAS=WTOTR−1(R2)R−1OW=WTW=(M−100M−1),S^{\mathsf{T}}AS=W^{\mathsf{T}}O^{\mathsf{T}}R^{-1}(R^2)R^{-1}OW=W^{\mathsf{T}}W=\begin{pmatrix}M^{-1}&0\\0&M^{-1}\end{pmatrix},STJS=WTOT(R−1JR−1)OW=WT(0M−M0)W=(0M−1/2MM−1/2−M−1/2MM−1/20)=JS^{\mathsf{T}}JS=W^{\mathsf{T}}O^{\mathsf{T}}(R^{-1}JR^{-1})OW=W^{\mathsf{T}}\begin{pmatrix}0&M\\-M&0\end{pmatrix}W=\begin{pmatrix}0&M^{-1/2}MM^{-1/2}\\-M^{-1/2}MM^{-1/2}&0\end{pmatrix}=J

です。したがって SS はシンプレクティックで、dk=1/μkd_k=1/\mu_k とおけば標準形が得られます。

一意性: STAS=Δ:=diag⁡(D,D)S^{\mathsf{T}}AS=\Delta:=\operatorname{diag}(D,D) とすると A=S−TΔS−1A=S^{-\mathsf{T}}\Delta S^{-1} で、命題 7.2 の SJST=JSJS^{\mathsf{T}}=J から JS−T=SJJS^{-\mathsf{T}}=SJ なので JA=SJΔS−1JA=SJ\Delta S^{-1}、すなわち JAJA は JΔ=(0D−D0)J\Delta=\begin{pmatrix}0&D\\-D&0\end{pmatrix} と相似です。この行列は 2×22\times2 ブロック (0dk−dk0)\begin{pmatrix}0&d_k\\-d_k&0\end{pmatrix}(固有値 ±idk\pm id_k)に置換で分解されるので、固有値は ±idk\pm id_k です。ゆえに {dk}\{d_k\} は JAJA の固有値の虚部の絶対値として AA から決まります。

物理的には H(x)=12xTAxH(\boldsymbol{x})=\frac12\boldsymbol{x}^{\mathsf{T}}A\boldsymbol{x} が、正準座標の線形変換 x=Sx′\boldsymbol{x}=S\boldsymbol{x}'(正準交換関係を保つ)によって ∑kdkqk′2+pk′22\sum_kd_k\frac{q_k'^2+p_k'^2}{2}、すなわち角振動数 dkd_k の調和振動子の和になるということです。AA の通常の固有値(ユニタリ・直交変換による)と、シンプレクティック固有値 dkd_k は一般に別物です。

例 7.5(自由度 1 の場合)

n=1n=1(2×22\times2)では Sp(2,R)=SL(2,R)\mathrm{Sp}(2,\mathbb{R})=SL(2,\mathbb{R})(行列式 11 の行列)ですから、STAS=d I2S^{\mathsf{T}}AS=d\,I_2 の両辺の行列式をとると det⁡A=d2\det A=d^2、d=det⁡Ad=\sqrt{\det A} です。A=(2111)A=\begin{pmatrix}2&1\\1&1\end{pmatrix} なら d=1d=1。実際 JA=(11−2−1)JA=\begin{pmatrix}1&1\\-2&-1\end{pmatrix} のトレースは 00、行列式は 11 で固有値は ±i\pm i です。一方 AA 自身の固有値は 3±52\frac{3\pm\sqrt5}2 で dd とは異なります。

実対称行列はユニタリ(直交)行列で対角化できました。複素対称行列(AT=AA^{\mathsf{T}}=A、エルミートでない)には、U∗AUU^{*}AU ではなく UTAUU^{\mathsf{T}}AU の形の対角化がありますが、対角成分は特異値になります。

定理 8.1(高木分解)✓

A∈Mn(C)A\in M_n(\mathbb{C}) が AT=AA^{\mathsf{T}}=A を満たすなら、ユニタリ行列 UU と σ1,…,σn≥0\sigma_1,\ldots,\sigma_n\ge0 が存在して

A=Udiag⁡(σ1,…,σn)UTA=U\operatorname{diag}(\sigma_1,\ldots,\sigma_n)U^{\mathsf{T}}

となる。σk\sigma_k は AA の特異値(00 を含めて重複度を込める)である。

高木分解の証明では、複素対称行列 A=X+iYA=X+iY の実部と虚部から 2 倍の大きさの実対称行列を作り、その実固有ベクトルから Azˉ=σzA\bar{\boldsymbol{z}}=\sigma\boldsymbol{z} を満たすベクトルを取り出します。これを 1 つ見つけたら、シュール分解と同じ帰納法で次数を 1 つ下げます。

証明(定理 8.1)

nn についての帰納法で示します。n=1n=1 は A=(a)A=(a)、a=∣a∣eiθa=|a|e^{i\theta} に対し U=(eiθ/2)U=(e^{i\theta/2}) です。n≥2n\ge2 とします。

(i) Azˉ=σzA\bar{\boldsymbol{z}}=\sigma\boldsymbol{z} となる σ≥0\sigma\ge0 と単位ベクトル z\boldsymbol{z} の存在。 A=X+iYA=X+iY(X,YX,Y は実対称行列。実部・虚部の成分を取るとそれぞれ対称)とし、実対称行列 M=(XYY−X)M=\begin{pmatrix}X&Y\\Y&-X\end{pmatrix} を考えます。実対称行列には実固有ベクトルがある(実対称行列の直交対角化(系 4.3)[スペクトル定理])ので、M(uv)=λ(uv)M\begin{pmatrix}\boldsymbol{u}\\\boldsymbol{v}\end{pmatrix}=\lambda\begin{pmatrix}\boldsymbol{u}\\\boldsymbol{v}\end{pmatrix}(λ∈R\lambda\in\mathbb{R}、(u,v)≠0(\boldsymbol{u},\boldsymbol{v})\ne0)となるものを取ります。z=u+iv≠0\boldsymbol{z}=\boldsymbol{u}+i\boldsymbol{v}\ne0 とすると

Azˉ=(X+iY)(u−iv)=(Xu+Yv)+i(Yu−Xv)=λu+iλv=λz.A\bar{\boldsymbol{z}}=(X+iY)(\boldsymbol{u}-i\boldsymbol{v})=(X\boldsymbol{u}+Y\boldsymbol{v})+i(Y\boldsymbol{u}-X\boldsymbol{v})=\lambda\boldsymbol{u}+i\lambda\boldsymbol{v}=\lambda\boldsymbol{z}.

λ<0\lambda<0 のときは z\boldsymbol{z} を izi\boldsymbol{z} に取り替えると A(iz)‾=−iAzˉ=−iλz=(−λ)(iz)A\overline{(i\boldsymbol{z})}=-iA\bar{\boldsymbol{z}}=-i\lambda\boldsymbol{z}=(-\lambda)(i\boldsymbol{z}) ですから、σ=∣λ∣≥0\sigma=|\lambda|\ge0 として同じ形の関係式が得られます。∥z∥=1\|\boldsymbol{z}\|=1 に正規化します。

(ii) ブロック分解。 u1=zˉ\boldsymbol{u}_1=\bar{\boldsymbol{z}} を含む正規直交基底 u1,…,un\boldsymbol{u}_1,\ldots,\boldsymbol{u}_n を取り、列に並べたユニタリ行列を U1U_1 とします。B=U1TAU1B=U_1^{\mathsf{T}}AU_1 の (1,j)(1,j) 成分は

u1TAuj=z∗Auj=(A∗z)∗uj=(Aˉz)∗uj=(σzˉ)∗uj=σzTuj=σ u1∗uj=σδ1j\boldsymbol{u}_1^{\mathsf{T}}A\boldsymbol{u}_j=\boldsymbol{z}^{*}A\boldsymbol{u}_j=(A^{*}\boldsymbol{z})^{*}\boldsymbol{u}_j=(\bar A\boldsymbol{z})^{*}\boldsymbol{u}_j=(\sigma\bar{\boldsymbol{z}})^{*}\boldsymbol{u}_j=\sigma\boldsymbol{z}^{\mathsf{T}}\boldsymbol{u}_j=\sigma\,\boldsymbol{u}_1^{*}\boldsymbol{u}_j=\sigma\delta_{1j}

です(A∗=AˉA^{*}=\bar A は AT=AA^{\mathsf{T}}=A から、Aˉz=Azˉ‾=σzˉ\bar A\boldsymbol{z}=\overline{A\bar{\boldsymbol{z}}}=\sigma\bar{\boldsymbol{z}}、u1∗=zT\boldsymbol{u}_1^{*}=\boldsymbol{z}^{\mathsf{T}})。BB は対称なので B=σ⊕A′B=\sigma\oplus A'、A′A' は n−1n-1 次の複素対称行列です。帰納法の仮定 A′=U′Σ′U′TA'=U'\Sigma'U'^{\mathsf{T}} から B=(1⊕U′)(σ⊕Σ′)(1⊕U′)TB=(1\oplus U')(\sigma\oplus\Sigma')(1\oplus U')^{\mathsf{T}} です。U1U_1 はユニタリなので (U1T)−1=U1‾(U_1^{\mathsf{T}})^{-1}=\overline{U_1}、U1−1=U1∗=U1‾ TU_1^{-1}=U_1^{*}=\overline{U_1}^{\,\mathsf{T}} であり、B=U1TAU1B=U_1^{\mathsf{T}}AU_1 から A=U1‾ B U1‾ TA=\overline{U_1}\,B\,\overline{U_1}^{\,\mathsf{T}} です。したがって U=U1‾(1⊕U′)U=\overline{U_1}(1\oplus U') と Σ=σ⊕Σ′\Sigma=\sigma\oplus\Sigma' で A=UΣUTA=U\Sigma U^{\mathsf{T}} を得ます。

(iii) 特異値。 A∗A=UˉΣU∗UΣUT=UˉΣ2Uˉ∗A^{*}A=\bar U\Sigma U^{*}U\Sigma U^{\mathsf{T}}=\bar U\Sigma^2\bar U^{*} より、A∗AA^{*}A の固有値は σk2\sigma_k^2 で、σk≥0\sigma_k\ge0 は特異値です。

この分解は、ボソン系の複素対称な係数(対生成項)を持つ 2 次ハミルトニアンの正準変換や、超伝導体のペアリング項の標準化に使われます。なお、実対称行列が半正定値ならば、通常の直交対角化 A=QΛQTA=Q\Lambda Q^{\mathsf{T}} が(U=QU=Q、Σ=Λ\Sigma=\Lambda として)そのまま高木分解です。固有値が負のものがあると、符号を位相 eiπ/2e^{i\pi/2} に押し込んだ複素の UU が必要になります。

正方行列 AA に対し、作用素ノルム ∥A∥=max⁡∥x∥=1∥Ax∥\|A\|=\max_{\|\boldsymbol{x}\|=1}\|A\boldsymbol{x}\| は積について ∥AB∥≤∥A∥∥B∥\|AB\|\le\|A\|\|B\| を満たし(∥ABx∥≤∥A∥∥Bx∥≤∥A∥∥B∥∥x∥\|AB\boldsymbol{x}\|\le\|A\|\|B\boldsymbol{x}\|\le\|A\|\|B\|\|\boldsymbol{x}\|)、各成分は ∣aij∣=∣⟨Aej,ei⟩∣≤∥A∥|a_{ij}|=|\langle A\boldsymbol{e}_j,\boldsymbol{e}_i\rangle|\le\|A\| を満たします。

定義 9.1(行列の指数関数)↗

A∈Mn(C)A\in M_n(\mathbb{C}) に対し

eA=exp⁡A=∑k=0∞Akk!e^{A}=\exp A=\sum_{k=0}^{\infty}\frac{A^k}{k!}

と定める。

各成分 ((Ak)ij)/k!\bigl((A^k)_{ij}\bigr)/k! の絶対値は ∥A∥k/k!\|A\|^k/k! 以下で、∑k∥A∥k/k!=e∥A∥<∞\sum_k\|A\|^k/k!=e^{\|A\|}<\infty ですから、比較判定法(比較判定法(定理 4.2)[級数と収束判定])と絶対収束級数の収束(絶対収束級数は収束する(定理 7.2)[級数と収束判定])により、級数は成分ごとに収束します。

定理 9.2(行列の指数関数の基本性質)✓

A,B∈Mn(C)A,B\in M_n(\mathbb{C}) とする。

  1. AB=BAAB=BA ならば eA+B=eAeBe^{A+B}=e^{A}e^{B}。とくに eAe^{A} は正則で (eA)−1=e−A(e^{A})^{-1}=e^{-A}。
  2. PP が正則ならば ePAP−1=PeAP−1e^{PAP^{-1}}=Pe^{A}P^{-1}。
  3. (eA)T=eAT(e^{A})^{\mathsf{T}}=e^{A^{\mathsf{T}}}、(eA)∗=eA∗(e^{A})^{*}=e^{A^{*}}。
  4. det⁡eA=etr⁡A\det e^{A}=e^{\operatorname{tr}A}。
  5. A=Udiag⁡(a1,…,an)U∗A=U\operatorname{diag}(a_1,\ldots,a_n)U^{*} とユニタリ対角化できるなら eA=Udiag⁡(ea1,…,ean)U∗e^{A}=U\operatorname{diag}(e^{a_1},\ldots,e^{a_n})U^{*}。AA が反エルミート行列(A∗=−AA^{*}=-A)なら eAe^{A} はユニタリ、エルミート行列なら eAe^{A} は正定値エルミート行列である。
証明(定理 9.2)
  1. AB=BAAB=BA なら二項定理が使え、1k!(A+B)k=∑j+l=kAjj!Bll!\frac1{k!}(A+B)^k=\sum_{j+l=k}\frac{A^j}{j!}\frac{B^l}{l!} です。二重級数 ∑j,l∥A∥j∥B∥lj! l!=e∥A∥e∥B∥\sum_{j,l}\frac{\|A\|^j\|B\|^l}{j!\,l!}=e^{\|A\|}e^{\|B\|} が収束するので、各成分の二重級数は絶対収束し、和をとる順序によらない(定理 7.11[級数と収束判定] の 2 で、j+l=kj+l=k ごとにまとめた和と、jj ごと・ll ごとの累次和が一致する)ことから eA+B=eAeBe^{A+B}=e^{A}e^{B} を得ます。B=−AB=-A とすると eAe−A=e0=Ie^{A}e^{-A}=e^{0}=I です。
  2. (PAP−1)k=PAkP−1(PAP^{-1})^k=PA^kP^{-1} で、X↦PXP−1X\mapsto PXP^{-1} は線形かつ連続(成分の一次結合)なので無限和と交換します。
  3. 転置・随伴は成分の入れ替えと共役で、無限和と交換し、(Ak)∗=(A∗)k(A^k)^{*}=(A^{*})^k です。
  4. シュール分解 A=UTU∗A=UTU^{*}(定理 3.1)をとります。上三角行列の kk 乗は上三角で対角成分が tiikt_{ii}^k なので、eTe^{T} は上三角で対角成分が etiie^{t_{ii}} です。2 より eA=UeTU∗e^{A}=Ue^{T}U^{*} なので、det⁡eA=det⁡eT=∏etii=e∑tii=etr⁡T=etr⁡A\det e^{A}=\det e^{T}=\prod e^{t_{ii}}=e^{\sum t_{ii}}=e^{\operatorname{tr}T}=e^{\operatorname{tr}A}(相似でトレースは不変: 特性多項式と固有空間の相似不変性(定理 4.4)[固有値と固有ベクトル])。
  5. 前半は 2 と対角行列での計算から。反エルミートなら A∗A^{*} と AA は可換で、3 と 1 から (eA)∗eA=eA∗eA=e−AeA=I(e^{A})^{*}e^{A}=e^{A^{*}}e^{A}=e^{-A}e^{A}=I です。エルミートなら固有値 aka_k は実数で eAe^{A} の固有値 eak>0e^{a_k}>0 です。

エルミート行列について、指数関数の逆が定義できます。

定理 9.3(行列の対数)✓

exp⁡\exp は、nn 次エルミート行列全体から nn 次の正定値エルミート行列全体への全単射である。その逆写像を log⁡\log と書く。P=Udiag⁡(pk)U∗P=U\operatorname{diag}(p_k)U^{*} に対し log⁡P=Udiag⁡(log⁡pk)U∗\log P=U\operatorname{diag}(\log p_k)U^{*}。

証明(定理 9.3)

定理 9.2 の 5 により exp⁡\exp の像は正定値エルミート行列に含まれます。全射: P=Udiag⁡(pk)U∗P=U\operatorname{diag}(p_k)U^{*}(pk>0p_k>0)に対し H=Udiag⁡(log⁡pk)U∗H=U\operatorname{diag}(\log p_k)U^{*} とおくと eH=Pe^{H}=P です。単射: エルミート行列 H,H′H,H' が eH=eH′=Pe^{H}=e^{H'}=P を満たすとします。HH の正規直交固有ベクトル xk\boldsymbol{x}_k(固有値 hkh_k)について Pxk=ehkxkP\boldsymbol{x}_k=e^{h_k}\boldsymbol{x}_k です。PP の固有値 pp の固有空間 EpE_p の元 x=∑ckxk\boldsymbol{x}=\sum c_k\boldsymbol{x}_k では Px=∑ckehkxk=p∑ckxkP\boldsymbol{x}=\sum c_ke^{h_k}\boldsymbol{x}_k=p\sum c_k\boldsymbol{x}_k なので、ck≠0c_k\ne0 なら ehk=pe^{h_k}=p、すなわち hk=log⁡ph_k=\log p(実数上で exp⁡\exp は単射)で、Hx=(log⁡p)xH\boldsymbol{x}=(\log p)\boldsymbol{x} です。H′H' についても同様なので、HH と H′H' は各 EpE_p 上で (log⁡p)(\log p) 倍写像として一致し、Cn=⨁pEp\mathbb{C}^n=\bigoplus_pE_p から H=H′H=H' です。

例 9.4(2 次の例)

J0=(01−10)J_0=\begin{pmatrix}0&1\\-1&0\end{pmatrix} は J02=−IJ_0^2=-I なので、級数を偶数次と奇数次に分けて etJ0=cos⁡t I+sin⁡t J0=(cos⁡tsin⁡t−sin⁡tcos⁡t)e^{tJ_0}=\cos t\,I+\sin t\,J_0=\begin{pmatrix}\cos t&\sin t\\-\sin t&\cos t\end{pmatrix}(回転行列)です。実際 det⁡etJ0=ettr⁡J0=1\det e^{tJ_0}=e^{t\operatorname{tr}J_0}=1 と一致します。エルミート行列 H=(2112)=2I+σxH=\begin{pmatrix}2&1\\1&2\end{pmatrix}=2I+\sigma_x(σx=(0110)\sigma_x=\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}、σx2=I\sigma_x^2=I)では eH=e2(cosh⁡1 I+sinh⁡1 σx)e^{H}=e^2(\cosh1\,I+\sinh1\,\sigma_x)、固有値は e3,e1e^3,e^1 です。また、ケイリー・ハミルトンの定理(定理 2.1)により An,An+1,…A^n,A^{n+1},\ldots は I,A,…,An−1I,A,\ldots,A^{n-1} の線形結合なので、eAe^{A} も AA の多項式(次数 n−1n-1 以下)で書けます。

力学では、HH を実対称行列としたとき x˙=JHx\dot{\boldsymbol{x}}=JH\boldsymbol{x} の解の流れ etJHe^{tJH} がシンプレクティックになります。

命題 9.5(ハミルトン流はシンプレクティック)✓

HH を 2n2n 次実対称行列とすると、すべての t∈Rt\in\mathbb{R} に対して etJH∈Sp(2n,R)e^{tJH}\in\mathrm{Sp}(2n,\mathbb{R})。

証明(命題 9.5)

X=JHX=JH とおくと XT=HTJT=−HJX^{\mathsf{T}}=H^{\mathsf{T}}J^{\mathsf{T}}=-HJ、一方 J−1XJ=HJJ^{-1}XJ=HJ なので XT=−J−1XJX^{\mathsf{T}}=-J^{-1}XJ です。定理 9.2 の 3 と 2 から

(etX)T=etXT=eJ−1(−tX)J=J−1e−tXJ.(e^{tX})^{\mathsf{T}}=e^{tX^{\mathsf{T}}}=e^{J^{-1}(-tX)J}=J^{-1}e^{-tX}J.

したがって (etX)TJ etX=J−1e−tXJ⋅J⋅etX=J−1e−tX(−I)etX=−J−1=J(e^{tX})^{\mathsf{T}}J\,e^{tX}=J^{-1}e^{-tX}J\cdot J\cdot e^{tX}=J^{-1}e^{-tX}(-I)e^{tX}=-J^{-1}=J です(J2=−IJ^2=-I、e−tXetX=Ie^{-tX}e^{tX}=I、J−1=−JJ^{-1}=-J)。

演習 10.1易

A=(2111)A=\begin{pmatrix}2&1\\1&1\end{pmatrix} について、ケイリー・ハミルトンの定理を用いて A−1A^{-1} を AA の多項式で書き、さらに A3A^{3} を aA+bIaA+bI の形で表せ。

解答

φA(t)=t2−3t+1\varphi_A(t)=t^2-3t+1 なので A2=3A−IA^2=3A-I です。A(3I−A)=IA(3I-A)=I から A−1=3I−A=(1−1−12)A^{-1}=3I-A=\begin{pmatrix}1&-1\\-1&2\end{pmatrix}(AA−1=IAA^{-1}=I を直接確かめられます)。また A3=A⋅A2=3A2−A=3(3A−I)−A=8A−3IA^3=A\cdot A^2=3A^2-A=3(3A-I)-A=8A-3I です。

演習 10.2標準

AA が正規行列で固有値が d1,…,dnd_1,\ldots,d_n のとき、特異値は ∣dk∣|d_k|(00 を除く)であることを示せ。エルミート行列 (300−2)\begin{pmatrix}3&0\\0&-2\end{pmatrix} の特異値分解を一つ書け。

解答

命題 3.2 より A=UDU∗A=UDU^{*}(D=diag⁡(dk)D=\operatorname{diag}(d_k))で、A∗A=UD∗DU∗=Udiag⁡(∣dk∣2)U∗A^{*}A=UD^{*}DU^{*}=U\operatorname{diag}(|d_k|^2)U^{*} です。A∗AA^{*}A の 00 でない固有値は ∣dk∣2|d_k|^2 で、その平方根が特異値(定理 4.1)です。後半は σ1=3,σ2=2\sigma_1=3,\sigma_2=2 で、A=UΣV∗A=U\Sigma V^{*} を U=IU=I、Σ=diag⁡(3,2)\Sigma=\operatorname{diag}(3,2)、V=diag⁡(1,−1)V=\operatorname{diag}(1,-1) にとれます(V∗=VV^{*}=V で UΣV∗=diag⁡(3,−2)U\Sigma V^{*}=\operatorname{diag}(3,-2))。

演習 10.3標準

2 次形式 q(x,y,z)=2xy+2yzq(x,y,z)=2xy+2yz の慣性 (n+,n−,n0)(n_+,n_-,n_0) を、変数変換と固有値の 2 通りで求めよ。

解答

q=2y(x+z)=12[(x+y+z)2−(−x+y−z)2]q=2y(x+z)=\tfrac12\bigl[(x+y+z)^2-(-x+y-z)^2\bigr] です(4ab=(a+b)2−(a−b)24ab=(a+b)^2-(a-b)^2 で a=ya=y、b=x+zb=x+z)。u=x+y+zu=x+y+z、w=−x+y−zw=-x+y-z、zz を新しい変数とする変換は、行列 (111−11−1001)\begin{pmatrix}1&1&1\\-1&1&-1\\0&0&1\end{pmatrix}(行列式 2≠02\ne0)で可逆なので、q=12u2−12w2q=\tfrac12u^2-\tfrac12w^2 から慣性は (1,1,1)(1,1,1) です。係数行列 (010101010)\begin{pmatrix}0&1&0\\1&0&1\\0&1&0\end{pmatrix} の特性多項式は t3−2tt^3-2t で固有値は 2,0,−2\sqrt2,0,-\sqrt2 だから慣性は (1,1,1)(1,1,1) で一致します(定理 6.1)。

演習 10.4標準

複素対称行列 A=(0110)A=\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix} の高木分解 A=UΣUTA=U\Sigma U^{\mathsf{T}} を求めよ。

解答

特異値は A∗A=IA^{*}A=I から σ1=σ2=1\sigma_1=\sigma_2=1、Σ=I\Sigma=I です。UUT=AUU^{\mathsf{T}}=A を満たすユニタリ UU を探します。U=12(1i1−i)U=\dfrac1{\sqrt2}\begin{pmatrix}1&i\\1&-i\end{pmatrix} は列が正規直交(第 1 列と第 2 列の内積は 12(1⋅iˉ+1⋅(−i)‾)=12(−i+i)=0\tfrac12\bigl(1\cdot\bar i+1\cdot\overline{(-i)}\bigr)=\tfrac12(-i+i)=0)でユニタリ、UUT=12(1i1−i)(11i−i)=12(1+i21−i21−i21+i2)=(0110)UU^{\mathsf{T}}=\tfrac12\begin{pmatrix}1&i\\1&-i\end{pmatrix}\begin{pmatrix}1&1\\i&-i\end{pmatrix}=\tfrac12\begin{pmatrix}1+i^2&1-i^2\\1-i^2&1+i^2\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix} となり AA に一致します。

  • R. A. Horn and C. R. Johnson, Matrix Analysis, 2nd ed., Cambridge University Press, 2013 — ユニタリ相似(シュール分解)、エルミート行列と慣性、特異値分解と極分解、高木分解を扱う各章。
  • J. Williamson, “On the algebraic problem concerning the normal forms of linear dynamical systems”, American Journal of Mathematics 58 (1936), 141–163 — ウィリアムソンの定理の原論文。
  • V. I. Arnold, Mathematical Methods of Classical Mechanics, 2nd ed., Springer, 1989 — 付録 6(2 次ハミルトニアンの標準形)。
  • T. Takagi, “On an algebraic problem related to an analytic theorem of Carathéodory and Fejér and on an allied theorem of Landau”, Japanese Journal of Mathematics 1 (1924), 83–93.
  • 佐武一郎『線型代数学』裳華房、1974 — ジョルダン標準形・ケイリー・ハミルトンの定理に関する章。

このテーマの 100 本ノック(100 問)

執筆: Claude Code(Sonnet 5.5)、Claude Code(Opus 5.5)・監査 2 回(Claude Code)・最終 2026-10-12

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