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ゆらぎ・線形応答・非平衡:久保公式、オンサガー相反定理、ランジュバン方程式、H 定理

対象読者: 本テーマのミクロカノニカル集団とカノニカル集団を学び、確率微分方程式の初歩(ブラウン運動・伊藤積分)と学部の力学・フーリエ変換を知っている人。非平衡は未習で構いません。

前提となる記事:カノニカル集団:ボルツマン因子と分配関数から熱力学を組み立てる、ミクロカノニカル集団:等重率の原理と S = k log W、確率微分方程式:伊藤積分はなぜ「未来を見ない」のか

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コップの水に落としたインクが広がる速さや、導線の電気抵抗は、どうやって決まるのでしょうか。この記事の答えは、「何もしていないときの系が、どれだけ勝手にゆらいでいるかが分かれば、外から押したときの反応も分かる」というものです。読み終えると、ゆらぎと応答の関係(久保公式・揺動散逸定理)、熱電効果の係数の対称性、ブラウン運動の拡散係数と摩擦の関係、そして気体のエントロピーが増える理由を、式で追えるようになります。

  • 平衡にある系は、止まっているのではなく、絶えずゆらいでいます。系に弱い外力を加えたときの応答は、外力がないときのゆらぎが時間とともにどう減衰するか(相関関数)でまったく決まります。古典系では χAB(t)=β⟨A(t)B˙(0)⟩0\chi_{AB}(t)=\beta\langle A(t)\dot B(0)\rangle_0 です(久保公式)。
  • 久保公式の周波数領域での言い換えが揺動散逸定理で、散逸(吸収)χ′′(ω)\chi''(\omega) とゆらぎのスペクトル S(ω)S(\omega) が χ′′(ω)=βω2S(ω)\chi''(\omega)=\frac{\beta\omega}{2}S(\omega) で結ばれます。
  • 熱力学的な力 XjX_j と流れ Ji=∑jLijXjJ_i=\sum_jL_{ij}X_j の係数行列は、ミクロな運動の時間反転対称性から Lij=εiεjLjiL_{ij}=\varepsilon_i\varepsilon_jL_{ji} を満たします(オンサガーの相反定理)。熱電効果のケルビン関係式 Π=TS\Pi=TS はその帰結です。
  • 溶媒の分子の衝突を、摩擦とランダムな力で置き換えたランジュバン方程式では、摩擦とノイズの強さが独立ではなく σ2=2γkBT/m\sigma^2=2\gamma k_{\mathrm B}T/m の関係で結ばれます。確率密度の発展はフォッカー・プランク方程式に従い、自由エネルギーは単調に減少します。
  • 希薄な気体の分布関数が従うボルツマン方程式には、衝突の対称性だけから H=∫fln⁡fH=\int f\ln f が増えない(H 定理)ことが証明でき、平衡分布がマクスウェル分布に限られることも分かります。

1. 動機:平衡の「近く」と「外」

Section titled “1. 動機:平衡の「近く」と「外」”

これまでの熱力学・統計力学の記事は、平衡状態を扱ってきました。平衡の分布(ボルツマン分布など)が分かれば、エネルギーや圧力の平均値、それらのゆらぎが求まります。しかし、現実の現象の多くは平衡ではありません。コップの水にインクを落とすと広がり、熱い物体は冷え、導線に電圧をかけると電流が流れます。これらは、平衡からのずれが時間とともに解消される過程です。

不思議なのは、そのずれが解消される速さを決める量(拡散係数、電気伝導度、粘性)が、実は平衡状態にあるときのゆらぎの性質と結びついていることです。ブラウン運動の拡散係数 DD と、粒子を引っ張ったときの動きやすさ(移動度)μ\mu が D=μkBTD=\mu k_{\mathrm B}T で結ばれること(アインシュタインの関係)は、その最初の例でした。この記事は、この種の関係に共通の構造を探ります。

  1. 弱い外力に対する応答を、平衡ゆらぎで書く(§3)。
  2. 異なる種類の流れが互いに及ぼす影響の対称性を示す(§4)。
  3. ゆらぎを確率過程として扱う(§5)。
  4. 平衡から離れた分布が、マクスウェル分布へ向かって単調に変化する過程を調べる(§6)。

最後の §6 は、第二法則のミクロな基礎づけにあたる重要な話題です。


古典系を、位相空間の点 Γ=(q,p)\Gamma=(q,p)(すべての位置と運動量をまとめた座標)とハミルトニアン H0(Γ)H_0(\Gamma) で記述します。時間発展は正準方程式 A˙={A,H0}\dot A=\{A,H_0\} で(ポアソン括弧(定義 8.1)[ハミルトン形式の力学] {A,B}=∑i(∂qiA ∂piB−∂piA ∂qiB)\{A,B\}=\sum_i(\partial_{q_i}A\,\partial_{p_i}B-\partial_{p_i}A\,\partial_{q_i}B))、その流れを ϕt\phi_t とします。ϕt\phi_t は位相空間の体積を保ちます(定理 7.2[ハミルトン形式の力学])。物理量 A(Γ)A(\Gamma) の時間発展は A(t)=A∘ϕtA(t)=A\circ\phi_t と書きます。

平衡状態をカノニカル分布 ρ0(Γ)=e−βH0(Γ)/Z\rho_0(\Gamma)=e^{-\beta H_0(\Gamma)}/Z(定理 3.2[カノニカル集団])で表し、平均を ⟨⋅⟩0\langle\cdot\rangle_0 と書きます。ρ0\rho_0 は H0H_0 だけの関数なので、流れ ϕt\phi_t のもとで不変です。したがって平均は時刻の原点によりません。

定義 2.1(平衡時間相関関数)↗

物理量 A,BA,B に対し、δA=A−⟨A⟩0\delta A=A-\langle A\rangle_0 として、

CAB(t)=⟨δA(t) δB(0)⟩0C_{AB}(t)=\langle\delta A(t)\,\delta B(0)\rangle_0

を時間相関関数という。

補題 2.2(相関関数の定常性と時間反転)✓

(i)(定常性)⟨A(t+s)B(s)⟩0=⟨A(t)B(0)⟩0\langle A(t+s)B(s)\rangle_0=\langle A(t)B(0)\rangle_0。したがって CAB(−t)=CBA(t)C_{AB}(-t)=C_{BA}(t) で、⟨A˙(t)B(0)⟩0=−⟨A(t)B˙(0)⟩0\langle\dot A(t)B(0)\rangle_0=-\langle A(t)\dot B(0)\rangle_0。

(ii)(時間反転)H0(q,−p)=H0(q,p)H_0(q,-p)=H_0(q,p) とし、時間反転 T:(q,p)↦(q,−p)T:(q,p)\mapsto(q,-p) のもとで A∘T=εAAA\circ T=\varepsilon_AA、B∘T=εBBB\circ T=\varepsilon_BB(εA,εB=±1\varepsilon_A,\varepsilon_B=\pm1)となるならば、CAB(t)=εAεBCAB(−t)=εAεBCBA(t)C_{AB}(t)=\varepsilon_A\varepsilon_BC_{AB}(-t)=\varepsilon_A\varepsilon_BC_{BA}(t)。

証明(補題 2.2)

(i) ρ0\rho_0 と測度が ϕs\phi_s で不変なので、Γ→ϕ−sΓ\Gamma\to\phi_{-s}\Gamma と変数変換すれば ⟨A(t+s)B(s)⟩0=∫ρ0 A(ϕt+sΓ)B(ϕsΓ) dΓ=∫ρ0 A(ϕtΓ′)B(Γ′) dΓ′\langle A(t+s)B(s)\rangle_0=\int\rho_0\,A(\phi_{t+s}\Gamma)B(\phi_s\Gamma)\,d\Gamma=\int\rho_0\,A(\phi_t\Gamma')B(\Gamma')\,d\Gamma' です。ss で微分して ⟨A˙(t)B(0)⟩0+⟨A(t)B˙(0)⟩0=0\langle\dot A(t)B(0)\rangle_0+\langle A(t)\dot B(0)\rangle_0=0。また CAB(−t)=⟨A(−t)B(0)⟩0=⟨A(0)B(t)⟩0=CBA(t)C_{AB}(-t)=\langle A(-t)B(0)\rangle_0=\langle A(0)B(t)\rangle_0=C_{BA}(t)(平均値の差し引きを省略)です。

(ii) H0H_0 が pp について偶なので、T∘ϕt=ϕ−t∘TT\circ\phi_t=\phi_{-t}\circ T です(正準方程式の時間反転対称性)。ρ0∘T=ρ0\rho_0\circ T=\rho_0 で、TT は測度を保つので、Γ=TΓ′\Gamma=T\Gamma' と変数変換して

⟨A(t)B(0)⟩0=∫ρ0(Γ)A(ϕtΓ)B(Γ) dΓ=∫ρ0(Γ′)A(ϕtTΓ′)B(TΓ′) dΓ′.\langle A(t)B(0)\rangle_0=\int\rho_0(\Gamma)A(\phi_t\Gamma)B(\Gamma)\,d\Gamma=\int\rho_0(\Gamma')A(\phi_tT\Gamma')B(T\Gamma')\,d\Gamma' .

ϕtT=Tϕ−t\phi_tT=T\phi_{-t} と A∘T=εAAA\circ T=\varepsilon_AA、B∘T=εBBB\circ T=\varepsilon_BB から、被積分関数は εAεBA(ϕ−tΓ′)B(Γ′)\varepsilon_A\varepsilon_BA(\phi_{-t}\Gamma')B(\Gamma') になり、右辺は εAεB⟨A(−t)B(0)⟩0\varepsilon_A\varepsilon_B\langle A(-t)B(0)\rangle_0 です。平均値 ⟨A⟩0,⟨B⟩0\langle A\rangle_0,\langle B\rangle_0 の差し引きも ⟨A⟩0=εA⟨A⟩0\langle A\rangle_0=\varepsilon_A\langle A\rangle_0 などを使えば同様に処理できます。


系に時間に依存する外力 f(t)f(t) を加え、ハミルトニアンが H(t)=H0−f(t)B(Γ)H(t)=H_0-f(t)B(\Gamma) になったとします(BB は外力と共役な量。たとえば電場中の分極なら BB は双極子モーメント)。ff は十分遠い過去(t→−∞t\to-\infty)では 00 で、系はそのとき平衡(ρ0\rho_0)にあったとします。観測する量 AA の平均の変化を ff の 1 次まで求めます。

定理 3.1(古典系の久保公式)✓

上の設定で、ff の 1 次の範囲で

δ⟨A⟩(t)=∫−∞tχAB(t−s) f(s) ds,χAB(τ)=β ⟨A(τ) B˙(0)⟩0(τ≥0)\delta\langle A\rangle(t)=\int_{-\infty}^t\chi_{AB}(t-s)\,f(s)\,ds,\qquad\chi_{AB}(\tau)=\beta\,\langle A(\tau)\,\dot B(0)\rangle_0\quad(\tau\ge0)

である。BB が CABC_{AB} が減衰するような量(定常な量)なら、χAB(τ)=−β ddτCAB(τ)\chi_{AB}(\tau)=-\beta\,\dfrac{d}{d\tau}C_{AB}(\tau) とも書ける。

証明の方針は次のとおりです。外力が弱いので、分布の平衡からのずれ δρ\delta\rho は外力の 1 次だけを残し、分布が従う方程式(リウヴィル方程式)を、粒子の運動の流れに沿って過去から足し上げます。その結果を平均の式に入れて変数を取り替えると、外力のないときの相関関数が現れます。

証明(定理 3.1)

分布関数 ρ(Γ,t)\rho(\Gamma,t) はリウヴィル方程式 ∂tρ=−{ρ,H(t)}={H(t),ρ}\partial_t\rho=-\{\rho,H(t)\}=\{H(t),\rho\} に従います(全時間微分 ∂tρ+{ρ,H}=0\partial_t\rho+\{\rho,H\}=0)。ρ=ρ0+δρ\rho=\rho_0+\delta\rho とし、{H0,ρ0}=0\{H_0,\rho_0\}=0 を使って ff の 1 次を取ると

∂tδρ−{H0,δρ}=−f(t){B,ρ0}.\partial_t\delta\rho-\{H_0,\delta\rho\}=-f(t)\{B,\rho_0\}.

ρ0=e−βH0/Z\rho_0=e^{-\beta H_0}/Z より {B,ρ0}=−βρ0{B,H0}=−βρ0B˙\{B,\rho_0\}=-\beta\rho_0\{B,H_0\}=-\beta\rho_0\dot B なので、右辺は f(t)βρ0B˙f(t)\beta\rho_0\dot B です。左辺は、H0H_0 の流れに沿った全時間微分 ∂tδρ+{δρ,H0}\partial_t\delta\rho+\{\delta\rho,H_0\} にほかなりません。したがって流れに沿って過去から積分でき、δρ(Γ,t)=βρ0(Γ)∫−∞tf(s) B˙(ϕs−tΓ) ds\delta\rho(\Gamma,t)=\beta\rho_0(\Gamma)\int_{-\infty}^tf(s)\,\dot B(\phi_{s-t}\Gamma)\,ds です(ρ0\rho_0 は流れで不変)。これを ⟨A⟩=∫Aρ dΓ\langle A\rangle=\int A\rho\,d\Gamma に使うと、

δ⟨A⟩(t)=β∫−∞tf(s)∫ρ0(Γ)A(Γ)B˙(ϕ−(t−s)Γ) dΓ ds.\delta\langle A\rangle(t)=\beta\int_{-\infty}^tf(s)\int\rho_0(\Gamma)A(\Gamma)\dot B(\phi_{-(t-s)}\Gamma)\,d\Gamma\,ds .

内側の積分で Γ′=ϕ−(t−s)Γ\Gamma'=\phi_{-(t-s)}\Gamma と変数変換すると ⟨A(t−s)B˙(0)⟩0\langle A(t-s)\dot B(0)\rangle_0 で、χAB(τ)=β⟨A(τ)B˙(0)⟩0\chi_{AB}(\tau)=\beta\langle A(\tau)\dot B(0)\rangle_0 を得ます。補題 2.2 (i) により =−β⟨A˙(τ)B(0)⟩0=−β dCAB/dτ=-\beta\langle\dot A(\tau)B(0)\rangle_0=-\beta\,dC_{AB}/d\tau です。

導出は摂動の 1 次までで、それを超える(非線形応答)や、観測する時間が長くて分布が緩和しきらない場合は含みません。また、量子系では βB˙\beta\dot B が [B,ρ0][B,\rho_0] に当たる演算子で置き換わります(久保公式の量子版)が、この記事では扱いません。量子系の熱平衡状態を相関関数の解析性で特徴づける KMS 条件(KMS 状態と熱平衡)が、揺動散逸定理の数学的な定式化にあたります。

例 3.2(アインシュタインの関係)

質量 mm の粒子が一定の力 FF を受けて、周囲の媒質中を動くとします(H=H0−FxH=H_0-Fx で B=xB=x)。速度 vv の応答は、定理 3.1 で B˙=x˙=v\dot B=\dot x=v から χvx(τ)=β⟨v(τ)v(0)⟩0\chi_{vx}(\tau)=\beta\langle v(\tau)v(0)\rangle_0 です。力が一定なら定常状態の平均速度は ⟨v⟩=∫0∞χvx(τ)dτ⋅F=μF\langle v\rangle=\int_0^\infty\chi_{vx}(\tau)d\tau\cdot F=\mu F で、移動度 μ\mu は

μ=β∫0∞⟨v(τ)v(0)⟩0 dτ.\mu=\beta\int_0^\infty\langle v(\tau)v(0)\rangle_0\,d\tau .

他方、拡散係数は D=∫0∞⟨v(τ)v(0)⟩0 dτD=\int_0^\infty\langle v(\tau)v(0)\rangle_0\,d\tau です(速度の相関関数の積分、グリーン・久保の公式。§5.1 でランジュバン方程式について確かめます)。よって D=kBTμD=k_{\mathrm B}T\mu で、これはアインシュタインの関係です。

応答関数 χAB(τ)\chi_{AB}(\tau) は τ<0\tau<0 では 00 としてフーリエ変換し、複素感受率を χ(ω)=∫0∞χ(τ)eiωτdτ\chi(\omega)=\int_0^\infty\chi(\tau)e^{i\omega\tau}d\tau、実部を χ′\chi'、虚部を χ′′\chi'' とします。ゆらぎのスペクトルは S(ω)=∫−∞∞C(t)eiωtdtS(\omega)=\int_{-\infty}^\infty C(t)e^{i\omega t}dt です。

系 3.3(揺動散逸定理(古典))✓

A=BA=B が定常な量で、CAA(t)→0C_{AA}(t)\to0(t→∞t\to\infty)ならば

χ′′(ω)=βω2 S(ω).\chi''(\omega)=\frac{\beta\omega}{2}\,S(\omega).
証明(系 3.3)

補題 2.2 (i) より CAA(−t)=CAA(t)C_{AA}(-t)=C_{AA}(t)(偶関数)です。定理 3.1 から χ′′(ω)=∫0∞χ(τ)sin⁡ωτ dτ=−β∫0∞C˙(τ)sin⁡ωτ dτ\chi''(\omega)=\int_0^\infty\chi(\tau)\sin\omega\tau\,d\tau=-\beta\int_0^\infty\dot C(\tau)\sin\omega\tau\,d\tau。部分積分すると =−β[Csin⁡ωτ]0∞+βω∫0∞C(τ)cos⁡ωτ dτ=βω∫0∞Ccos⁡ωτ dτ=-\beta\bigl[C\sin\omega\tau\bigr]_0^\infty+\beta\omega\int_0^\infty C(\tau)\cos\omega\tau\,d\tau=\beta\omega\int_0^\infty C\cos\omega\tau\,d\tau で、CC が偶関数なので ∫0∞Ccos⁡ωτ dτ=12S(ω)\int_0^\infty C\cos\omega\tau\,d\tau=\frac12S(\omega) です。

左辺 χ′′\chi'' は、外から周期的な力を加えたときの散逸(吸収)を測る量です。

命題 3.4(吸収エネルギーと χ'')✓

f(t)=f0cos⁡ωtf(t)=f_0\cos\omega t のとき、系が単位時間に吸収する時間平均のエネルギー(外力のする仕事率)は P=12ωχ′′(ω)f02P=\frac12\omega\chi''(\omega)f_0^2 である。熱平衡の系は周期的な力から正味のエネルギーを取り出せないので、ωχ′′(ω)≥0\omega\chi''(\omega)\ge0 である。

証明(命題 3.4)

H(t)=H0−f(t)BH(t)=H_0-f(t)B の時間変化は dH/dt=−f˙BdH/dt=-\dot fB なので、外力が系にする仕事率は −f˙(t)⟨B⟩(t)-\dot f(t)\langle B\rangle(t) です。δ⟨B⟩(t)=f0 Re[χ(ω)e−iωt]=f0(χ′cos⁡ωt+χ′′sin⁡ωt)\delta\langle B\rangle(t)=f_0\,\mathrm{Re}[\chi(\omega)e^{-i\omega t}]=f_0(\chi'\cos\omega t+\chi''\sin\omega t) と f˙=−f0ωsin⁡ωt\dot f=-f_0\omega\sin\omega t から、仕事率は f02ωsin⁡ωt(χ′cos⁡ωt+χ′′sin⁡ωt)f_0^2\omega\sin\omega t(\chi'\cos\omega t+\chi''\sin\omega t) で、時間平均は 12f02ωχ′′\frac12f_0^2\omega\chi'' です。

したがって 系 3.3 は、**散逸(χ′′\chi'')と平衡のゆらぎ(SS)**が同じ量であることを述べています。摩擦の大きい系は同時に大きなゆらぎのノイズをもつ、という普遍的な構造です。命題 3.4 と 系 3.3 から S(ω)≥0S(\omega)\ge0 も出ます(スペクトルが非負という一般的性質と整合します)。


平衡から少しずれた状態を、巨視的な変数 a1,…,ana_1,\dots,a_n(平衡値からのずれ。エネルギー、粒子数密度、電流密度、…)で記述します。これらの値を固定した状態のエントロピーを S(a)S(a) とします。

命題 4.1(アインシュタインのゆらぎの公式)✓

S(a)S(a) を平衡点 a=0a=0 のまわりで S(a)=S0−kB2∑ijgijaiajS(a)=S_0-\frac{k_{\mathrm B}}{2}\sum_{ij}g_{ij}a_ia_j(gg は実対称正定値行列)と近似すると、平衡での aa の分布は正規分布 P(a)∝eS(a)/kBP(a)\propto e^{S(a)/k_{\mathrm B}} で、

⟨aiaj⟩=(g−1)ij.\langle a_ia_j\rangle=(g^{-1})_{ij}.
証明(命題 4.1)

ボルツマンの関係式(定義 4.1[ミクロカノニカル集団])S=kBln⁡WS=k_{\mathrm B}\ln W と、等重率の原理(公理 3.1[ミクロカノニカル集団])により、巨視的状態 aa が実現する確率は、それに属するミクロ状態の数 W(a)=eS(a)/kBW(a)=e^{S(a)/k_{\mathrm B}} に比例します。したがって P(a)∝exp⁡(−12aTga)P(a)\propto\exp(-\frac12a^{\mathsf T}ga) です。この正規分布の共分散行列は、平方完成 ∫e−12aTga+JTada∝e12JTg−1J\int e^{-\frac12a^{\mathsf T}ga+J^{\mathsf T}a}da\propto e^{\frac12J^{\mathsf T}g^{-1}J} を JJ で 2 回微分すれば g−1g^{-1} です。

熱力学的な力を Xi=∂(S/kB)/∂ai=−∑jgijajX_i=\partial(S/k_{\mathrm B})/\partial a_i=-\sum_jg_{ij}a_j とします。平衡からずれた状態では、これらがずれを戻す向きの駆動力になります。

各 aia_i は時間反転のもとで符号 εi=±1\varepsilon_i=\pm1 で変換するとします(ai∘T=εiaia_i\circ T=\varepsilon_ia_i。位置、エネルギー、濃度は +1+1、運動量や電流は −1-1)。巨視的な変数の時間発展について、「ゆらぎの減衰の仕方は、巨視的な不可逆過程の法則と同じである」という回帰仮説(オンサガー)を置きます。すなわち、初期値 a(0)=αa(0)=\alpha を与えたときの ai(t)a_i(t) の平均が(ミクロな時間より十分長く、巨視的な緩和時間より十分短い tt について)

⟨ai(t)⟩a(0)=α=αi+t∑jLijXj(α)+o(t)\langle a_i(t)\rangle_{a(0)=\alpha}=\alpha_i+t\sum_jL_{ij}X_j(\alpha)+o(t)

と書けるとします(右辺第 2 項が巨視的な線形法則 a˙i=∑jLijXj\dot a_i=\sum_jL_{ij}X_j です。LijL_{ij} はオンサガー係数)。

定理 4.2(オンサガーの相反定理)✓

ハミルトニアンが pp について偶(磁場のない系)で、回帰仮説が成り立つならば

Lij=εiεjLji.L_{ij}=\varepsilon_i\varepsilon_jL_{ji}.

とくに、ai,aja_i,a_j がともに時間反転で偶(または奇)ならば Lij=LjiL_{ij}=L_{ji} である。

回帰仮説は、「ゆらぎで平衡からずれた状態が戻っていく平均的な様子は、外から同じだけずらした状態が戻っていく様子と同じ」という置き方です。上の式の中では、tt に比例する項の係数が巨視的な線形法則の LijL_{ij} だという部分が仮説にあたります。証明の方針は、相関関数 Cij(t)C_{ij}(t) の tt に比例する項を、この仮説と、時間反転の対称性の 2 通りで書いて係数を比べることです。

証明(定理 4.2)

相関関数 Cij(t)=⟨ai(t)aj(0)⟩C_{ij}(t)=\langle a_i(t)a_j(0)\rangle を 2 通りに計算します。まず回帰仮説を使い、a(0)=αa(0)=\alpha で条件づけて平均すると

Cij(t)=∫P(α) αj ⟨ai(t)⟩α dα=⟨αiαj⟩+t∑kLik⟨αjXk(α)⟩+o(t).C_{ij}(t)=\int P(\alpha)\,\alpha_j\,\langle a_i(t)\rangle_\alpha\,d\alpha=\langle\alpha_i\alpha_j\rangle+t\sum_kL_{ik}\langle\alpha_jX_k(\alpha)\rangle+o(t).

Xk=−∑lgklαlX_k=-\sum_lg_{kl}\alpha_l と 命題 4.1 の ⟨αjαl⟩=(g−1)jl\langle\alpha_j\alpha_l\rangle=(g^{-1})_{jl} から、⟨αjXk⟩=−∑lgkl(g−1)lj=−δkj\langle\alpha_jX_k\rangle=-\sum_lg_{kl}(g^{-1})_{lj}=-\delta_{kj} なので

Cij(t)=Cij(0)−t Lij+o(t)(t>0).C_{ij}(t)=C_{ij}(0)-t\,L_{ij}+o(t)\qquad(t>0).

他方、補題 2.2 (ii) は Cij(t)=εiεjCji(t)C_{ij}(t)=\varepsilon_i\varepsilon_jC_{ji}(t) を与えます。t=0t=0 では Cij(0)=εiεjCji(0)C_{ij}(0)=\varepsilon_i\varepsilon_jC_{ji}(0) (時間反転対称な平衡分布での同時刻相関)なので、上の式を両辺で引くと −tLij=−εiεjtLji+o(t)-tL_{ij}=-\varepsilon_i\varepsilon_jtL_{ji}+o(t)、t→0t\to0 に近い範囲で比べて Lij=εiεjLjiL_{ij}=\varepsilon_i\varepsilon_jL_{ji} です。

この証明で本質的に使われたのは、(a) 平衡分布の下での相関関数の対称性 Cij(t)=εiεjCji(t)C_{ij}(t)=\varepsilon_i\varepsilon_jC_{ji}(t) (ミクロな力学の時間反転対称性)と、(b) 回帰仮説(ゆらぎの減衰が巨視的な線形法則に従う)の 2 点です。(b) は経験的な仮説で、導出は線形応答理論と結び付けて行われます。外部磁場 B\boldsymbol{B} があるときは、時間反転で B→−B\boldsymbol{B}\to-\boldsymbol{B} になるので Lij(B)=εiεjLji(−B)L_{ij}(\boldsymbol{B})=\varepsilon_i\varepsilon_jL_{ji}(-\boldsymbol{B}) です。

エントロピー生成率は S˙/kB=∑iXia˙i=∑ijXiLijXj\dot S/k_{\mathrm B}=\sum_iX_i\dot a_i=\sum_{ij}X_iL_{ij}X_j で、第二法則(定理 8.4[熱力学の諸法則])から、これが任意の XX について非負、すなわち LL の対称部分が半正定値でなければなりません。

例 4.3(熱電効果とケルビンの関係式)

導体中の電流密度 JJ と熱流密度 JqJ_q(電気化学ポテンシャルを基準にして測った熱流)を流れ、X1=E/TX_1=E/T(EE は電気化学ポテンシャルの勾配に対応する電場)と X2=∇(1/T)=−∇T/T2X_2=\nabla(1/T)=-\nabla T/T^2 を力と見ます。流れの源になっている巨視的変数(電荷密度とエネルギー密度)はどちらも時間反転で偶なので、定理 4.2 は L12=L21L_{12}=L_{21} を与えます。線形法則

J=L11ET+L12(−∇TT2),Jq=L21ET+L22(−∇TT2)J=L_{11}\frac ET+L_{12}\Bigl(-\frac{\nabla T}{T^2}\Bigr),\qquad J_q=L_{21}\frac ET+L_{22}\Bigl(-\frac{\nabla T}{T^2}\Bigr)

から、(a) ∇T=0\nabla T=0 では J=L11E/T=σEJ=L_{11}E/T=\sigma E すなわち L11=σTL_{11}=\sigma T で、Jq/J=L21/L11=:ΠJ_q/J=L_{21}/L_{11}=:\Pi(ペルチェ係数)、(b) J=0J=0 では E=L12L11T∇T=:S∇TE=\dfrac{L_{12}}{L_{11}T}\nabla T=:\mathcal S\nabla T(ゼーベック係数 S\mathcal S)です。L12=L21L_{12}=L_{21} から

Π=L21L11=L12L11=T S\Pi=\frac{L_{21}}{L_{11}}=\frac{L_{12}}{L_{11}}=T\,\mathcal S

で、ペルチェ効果とゼーベック効果という一見別の現象の係数が Π=TS\Pi=T\mathcal S で結ばれます(ケルビンの関係式)。


5. ランジュバン方程式とフォッカー・プランク方程式

Section titled “5. ランジュバン方程式とフォッカー・プランク方程式”

粘性のある流体中の質量 mm の粒子の速度 vv を考えます。流体分子との衝突の効果を、速度に比例する摩擦力 −mγv-m\gamma v と、ランダムな力 mσ B˙tm\sigma\,\dot B_t(BtB_t はブラウン運動、定義 5.1[マルチンゲールとブラウン運動])の和で置き換えます。

dvt=−γvt dt+σ dBt(γ>0, σ>0).dv_t=-\gamma v_t\,dt+\sigma\,dB_t\qquad(\gamma>0,\ \sigma>0).

これは オルンシュタイン・ウーレンベック過程(例 5.6)[確率微分方程式] そのもの(θ=γ\theta=\gamma)で、解は vt=v0e−γt+σ∫0te−γ(t−s)dBsv_t=v_0e^{-\gamma t}+\sigma\int_0^te^{-\gamma(t-s)}dB_s です。

定理 5.1(ランジュバン方程式の性質(摩擦とノイズの関係))✓

(i) v0v_0 が BB と独立で N(0,s2)N(0,s^2) に従うとき、vtv_t がすべての tt で同じ分布 N(0,s2)N(0,s^2) に従う(定常)ための必要十分条件は、s2=σ2/(2γ)s^2=\sigma^2/(2\gamma) である。

(ii) 定常分布がマクスウェル分布 N(0,kBT/m)N(0,k_{\mathrm B}T/m) であるための条件は

σ2=2γkBTm.\sigma^2=\frac{2\gamma k_{\mathrm B}T}{m}.

このとき定常相関関数は ⟨vtvs⟩=kBTme−γ∣t−s∣\langle v_tv_s\rangle=\dfrac{k_{\mathrm B}T}{m}e^{-\gamma|t-s|} である。

(iii) 位置 xt=x0+∫0tvs dsx_t=x_0+\int_0^tv_s\,ds の平均二乗変位は

⟨(xt−x0)2⟩=2kBTmγ[t−1−e−γtγ],\langle(x_t-x_0)^2\rangle=\frac{2k_{\mathrm B}T}{m\gamma}\Bigl[t-\frac{1-e^{-\gamma t}}{\gamma}\Bigr],

t≪1/γt\ll1/\gamma では kBTmt2\frac{k_{\mathrm B}T}{m}t^2(等速運動)、t≫1/γt\gg1/\gamma では 2Dt2Dt、D=kBTmγD=\dfrac{k_{\mathrm B}T}{m\gamma}(拡散)である。

次の証明の最初の段落は、準備として、BB が「v0v_0 を含む過去の情報」と独立に増えるブラウン運動であること(OU 過程の解の公式を使うための前提)を、測度論の道具(π-系と λ-系)で確かめるものです。結果だけ受け入れて、(i) から読み進めても構いません。

証明(定理 5.1)

フィルトレーションは Ft:=σ(v0, Bu:u≤t)\mathcal F_t:=\sigma(v_0,\,B_u:u\le t) にとります。v0v_0 は F0\mathcal F_0-可測で、BB は (Ft)(\mathcal F_t) に適合しています。BB が (Ft)(\mathcal F_t)-ブラウン運動であること、すなわち s<ts<t で Bt−BsB_t-B_s が Fs\mathcal F_s と独立なことを確かめます。u1<⋯<uk≤su_1<\cdots<u_k\le s と可測集合 C,DC,D に対する事象 {v0∈C}∩{(Bu1,…,Buk)∈D}\{v_0\in C\}\cap\{(B_{u_1},\dots,B_{u_k})\in D\} の全体 P\mathcal P は Fs\mathcal F_s を生成する π-系です。B0=0B_0=0 と独立増分(定義 5.1[マルチンゲールとブラウン運動] の 2)から (Bu1,…,Buk)(B_{u_1},\dots,B_{u_k}) と Bt−BsB_t-B_s は独立で、v0v_0 は BB 全体と独立なので、可測集合 EE について

P(v0∈C, (Buj)j∈D, Bt−Bs∈E)=P(v0∈C) P((Buj)j∈D) P(Bt−Bs∈E)P\bigl(v_0\in C,\,(B_{u_j})_j\in D,\,B_t-B_s\in E\bigr)=P(v_0\in C)\,P\bigl((B_{u_j})_j\in D\bigr)\,P(B_t-B_s\in E)

で、右辺の最初の 2 因子の積は P(v0∈C, (Buj)j∈D)P(v_0\in C,\,(B_{u_j})_j\in D) です。EE を固定したとき P(A∩{Bt−Bs∈E})=P(A)P(Bt−Bs∈E)P(A\cap\{B_t-B_s\in E\})=P(A)P(B_t-B_s\in E) を満たす AA の全体は λ-系なので、定理 4.4[測度空間と Carathéodory の拡張定理] によりそれは Fs\mathcal F_s を含みます。こうして BB は (Ft)(\mathcal F_t)-ブラウン運動で、命題 5.5[確率微分方程式] が θ=γ\theta=\gamma で使えます。

(i) 命題 5.5[確率微分方程式] (1)(2) により vt=v0e−γt+ξtv_t=v_0e^{-\gamma t}+\xi_t、ξt=σ∫0te−γ(t−s)dBs\xi_t=\sigma\int_0^te^{-\gamma(t-s)}dB_s は v0v_0 と独立な、平均 00、分散 σ22γ(1−e−2γt)\frac{\sigma^2}{2\gamma}(1-e^{-2\gamma t}) の正規変数です。同じ命題の (3)(m=0m=0、s02=s2s_0^2=s^2)により vtv_t は平均 00、分散 s2e−2γt+σ22γ(1−e−2γt)s^2e^{-2\gamma t}+\frac{\sigma^2}{2\gamma}(1-e^{-2\gamma t}) の正規変数で、これが s2s^2 に等しいことは s2=σ2/(2γ)s^2=\sigma^2/(2\gamma) と同値です(e−2γt≠1e^{-2\gamma t}\ne1 となる t>0t>0 で比べる)。

(ii) 平衡の等分配 12m⟨v2⟩=12kBT\frac12m\langle v^2\rangle=\frac12k_{\mathrm B}T により s2=kBT/ms^2=k_{\mathrm B}T/m、(i) と合わせて σ2=2γkBT/m\sigma^2=2\gamma k_{\mathrm B}T/m です。相関関数は、t≥st\ge s に対し 命題 5.5[確率微分方程式] (1)(2) から vt=e−γ(t−s)vs+σ∫ste−γ(t−u)dBuv_t=e^{-\gamma(t-s)}v_s+\sigma\int_s^te^{-\gamma(t-u)}dB_u で第 2 項が vsv_s と独立で平均 00 なので、⟨vtvs⟩=e−γ(t−s)⟨vs2⟩\langle v_tv_s\rangle=e^{-\gamma(t-s)}\langle v_s^2\rangle です。

(iii) 定常な場合に ⟨(xt−x0)2⟩=∫0t∫0t⟨vuvu′⟩ du du′=2kBTm∫0t(t−u)e−γudu=2kBTm[tγ−1−e−γtγ2]\langle(x_t-x_0)^2\rangle=\int_0^t\int_0^t\langle v_uv_{u'}\rangle\,du\,du'=\frac{2k_{\mathrm B}T}{m}\int_0^t(t-u)e^{-\gamma u}du=\frac{2k_{\mathrm B}T}{m}\Bigl[\frac t\gamma-\frac{1-e^{-\gamma t}}{\gamma^2}\Bigr] です。t≪1/γt\ll1/\gamma では e−γu≈1e^{-\gamma u}\approx1 で 2kBTm⋅t22\frac{2k_{\mathrm B}T}{m}\cdot\frac{t^2}{2}、t≫1/γt\gg1/\gamma では第 1 項が主要です。

(ii) の関係は、摩擦(γ\gamma)とランダムな力の強さ(σ2\sigma^2)が独立でないことを表します。摩擦をもたらす分子の衝突が、同時にランダムな力のもとでもあるからです。これを第 2 種の揺動散逸定理といいます。

例 5.2(ランジュバン方程式でのアインシュタインの関係)

力 FF を加えると dv=(−γv+F/m)dt+σdBdv=(-\gamma v+F/m)dt+\sigma dB で、平均速度は ⟨v⟩→F/(mγ)\langle v\rangle\to F/(m\gamma) すなわち移動度 μ=1/(mγ)\mu=1/(m\gamma) です。定理 5.1 (iii) の拡散係数 D=kBT/(mγ)D=k_{\mathrm B}T/(m\gamma) と合わせて D=kBTμD=k_{\mathrm B}T\mu (アインシュタインの関係)です。また ∫0∞⟨vtv0⟩dt=kBTmγ=D\int_0^\infty\langle v_tv_0\rangle dt=\frac{k_{\mathrm B}T}{m\gamma}=D で、例 3.2 のグリーン・久保の公式の確認にもなっています。半径 a=1 μma=1\,\mu\mathrm m の球が水中(粘性率 η=10−3 Pa s\eta=10^{-3}\,\mathrm{Pa\,s}、300 K300\,\mathrm K)にあるとき、ストークスの摩擦係数 ζ=mγ=6πηa=1.9×10−8 kg/s\zeta=m\gamma=6\pi\eta a=1.9\times10^{-8}\,\mathrm{kg/s} から D=kBT/ζ=2.2×10−13 m2/sD=k_{\mathrm B}T/\zeta=2.2\times10^{-13}\,\mathrm{m^2/s} で、1 秒間の典型的な移動距離は 2D⋅1 s≈0.7 μm\sqrt{2D\cdot1\,\mathrm s}\approx0.7\,\mu\mathrm m です。

5.2. フォッカー・プランク方程式

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ランジュバン方程式は 1 個の粒子の軌道についての式です。多数の粒子(あるいは同じ実験の繰り返し)の分布 p(x,t)p(x,t) の発展は、次の偏微分方程式に従います。

定理 5.3(フォッカー・プランク方程式)✓

XX が確率微分方程式 dXt=b(Xt) dt+s dBtdX_t=b(X_t)\,dt+s\,dB_t(bb は C1C^1 級でリプシッツ連続、s>0s>0 は定数)の解で、XtX_t が密度 p(x,t)p(x,t)(C2,1C^{2,1} 級)をもち、x→±∞x\to\pm\infty で pp と ∂xp\partial_xp が十分速く 00 に近づくとする。このとき

∂p∂t=−∂∂x(b p)+s22∂2p∂x2\frac{\partial p}{\partial t}=-\frac{\partial}{\partial x}\bigl(b\,p\bigr)+\frac{s^2}{2}\frac{\partial^2p}{\partial x^2}

である。

証明(定理 5.3)

φ∈Cc2(R)\varphi\in C_c^2(\mathbb{R}) をテスト関数とします。伊藤の公式(定理 5.2)[確率微分方程式] を f=φ(x)f=\varphi(x) に使うと φ(Xt)=φ(X0)+∫0t[bφ′+s22φ′′](Xu)du+s∫0tφ′(Xu)dBu\varphi(X_t)=\varphi(X_0)+\int_0^t\bigl[b\varphi'+\frac{s^2}{2}\varphi''\bigr](X_u)du+s\int_0^t\varphi'(X_u)dB_u です。φ′\varphi' は有界なので最後の項はマルチンゲールで(定理 4.7[確率微分方程式])、期待値は 00 です。期待値をとって密度で書くと

∫φ p(x,t) dx−∫φ p(x,0) dx=∫0t ⁣ ⁣∫[bφ′+s22φ′′]p dx du=∫0t ⁣ ⁣∫φ[−∂x(bp)+s22∂x2p]dx du\int\varphi\,p(x,t)\,dx-\int\varphi\,p(x,0)\,dx=\int_0^t\!\!\int\Bigl[b\varphi'+\frac{s^2}{2}\varphi''\Bigr]p\,dx\,du=\int_0^t\!\!\int\varphi\Bigl[-\partial_x(bp)+\frac{s^2}{2}\partial_x^2p\Bigr]dx\,du

(φ\varphi がコンパクト台なので境界項なしで部分積分)。tt で微分すると、すべての φ\varphi について ∫φ[∂tp+∂x(bp)−s22∂x2p]dx=0\int\varphi\bigl[\partial_tp+\partial_x(bp)-\frac{s^2}{2}\partial_x^2p\bigr]dx=0 で、括弧内は連続関数なので 00 です(連続関数の消滅補題(補題 5.5)[静電場とガウスの法則] と同じ論法)。

ランジュバン方程式 定理 5.1 の速度の場合は b=−γvb=-\gamma v、s=σs=\sigma で、∂tp=∂v(γvp)+σ22∂v2p\partial_tp=\partial_v(\gamma vp)+\frac{\sigma^2}{2}\partial_v^2p (クラマース型の速度方程式)です。

過減衰極限。 ポテンシャル U(x)U(x) の中で摩擦が大きい(慣性を無視できる)粒子は、dx=−1ζU′(x) dt+2kBT/ζ dBdx=-\frac1\zeta U'(x)\,dt+\sqrt{2k_{\mathrm B}T/\zeta}\,dB(ζ\zeta は摩擦係数)に従い、定理 5.3 は

∂tp=−∂xJ,J=−1ζ(U′p+kBT ∂xp)\partial_tp=-\partial_xJ,\qquad J=-\frac1\zeta\bigl(U'p+k_{\mathrm B}T\,\partial_xp\bigr)

になります。JJ は確率の流れです。

命題 5.4(定常分布と自由エネルギーの単調減少)✓

e−βUe^{-\beta U} が可積分とし、peq=e−βU/Zp_{\mathrm{eq}}=e^{-\beta U}/Z とおく。

(i) peqp_{\mathrm{eq}} は上の方程式の定常解で、流れ J=0J=0 である。

(ii) 自由エネルギー汎関数 F[p]=∫(Up+kBT pln⁡p)dx\mathcal F[p]=\int\bigl(Up+k_{\mathrm B}T\,p\ln p\bigr)dx は

dFdt=−1ζ∫p (U′+kBT ∂xpp)2dx≤0\frac{d\mathcal F}{dt}=-\frac1\zeta\int p\,\Bigl(U'+k_{\mathrm B}T\,\frac{\partial_xp}{p}\Bigr)^2dx\le0

を満たす。等号は p∝e−βUp\propto e^{-\beta U} のときに限る。また F[p]−F[peq]=kBT∫pln⁡(p/peq) dx≥0\mathcal F[p]-\mathcal F[p_{\mathrm{eq}}]=k_{\mathrm B}T\int p\ln(p/p_{\mathrm{eq}})\,dx\ge0 である。

証明(命題 5.4)

(i) ∂xpeq=−βU′peq\partial_xp_{\mathrm{eq}}=-\beta U'p_{\mathrm{eq}} なので J=−1ζ(U′peq−U′peq)=0J=-\frac1\zeta(U'p_{\mathrm{eq}}-U'p_{\mathrm{eq}})=0 です。

(ii) μ:=δFδp=U+kBT(ln⁡p+1)\mu:=\dfrac{\delta\mathcal F}{\delta p}=U+k_{\mathrm B}T(\ln p+1) と書くと dFdt=∫μ ∂tp dx=−∫μ ∂xJ dx=∫μ′J dx\dfrac{d\mathcal F}{dt}=\int\mu\,\partial_tp\,dx=-\int\mu\,\partial_xJ\,dx=\int\mu'J\,dx(境界項は消える)。μ′=U′+kBT p′/p\mu'=U'+k_{\mathrm B}T\,p'/p で、J=−pζμ′J=-\frac p\zeta\mu' なので dFdt=−1ζ∫p (μ′)2dx≤0\dfrac{d\mathcal F}{dt}=-\frac1\zeta\int p\,(\mu')^2dx\le0 です。等号は μ′=0\mu'=0(p>0p>0 の範囲)、すなわち p∝e−βUp\propto e^{-\beta U} のときです。後半は F[peq]=−kBTln⁡Z\mathcal F[p_{\mathrm{eq}}]=-k_{\mathrm B}T\ln Z と ln⁡peq=−βU−ln⁡Z\ln p_{\mathrm{eq}}=-\beta U-\ln Z を代入すると F[p]+kBTln⁡Z=kBT∫pln⁡(p/peq)dx\mathcal F[p]+k_{\mathrm B}T\ln Z=k_{\mathrm B}T\int p\ln(p/p_{\mathrm{eq}})dx となり、この相対エントロピーは非負です(命題 4.4[カノニカル集団] と同じ不等式)。

これは命題 4.4[カノニカル集団]でカノニカル分布が自由エネルギー汎関数の最小点であることを示したのを、時間発展の言葉で言い直したものです。確率的な力学が、自由エネルギーを減らしながら平衡分布へ向かいます。


最後に、希薄な気体の分布関数 f(x,v,t)f(\boldsymbol{x},\boldsymbol{v},t)(位置 x\boldsymbol{x}、速度 v\boldsymbol{v} の粒子の個数密度)の発展を考えます。粒子は 2 体の弾性衝突だけで相互作用するとします。

この節の主役は衝突の式です。速度 v,v1\boldsymbol{v},\boldsymbol{v}_1 の 2 粒子がぶつかって速度 v′,v1′\boldsymbol{v}',\boldsymbol{v}_1'(ダッシュは衝突後の速度)に変わるとき、運動量とエネルギーが保存されるので、変わり方は衝突の向きを表す単位ベクトル Ω\boldsymbol{\Omega} だけで決まります。Ω\boldsymbol{\Omega} についての積分は、あらゆる向きの衝突を足し合わせることを表しています。

質量 mm の 2 粒子が速度 v,v1\boldsymbol{v},\boldsymbol{v}_1 で衝突すると、運動量とエネルギーの保存則から、衝突後の速度は単位ベクトル Ω∈S2\boldsymbol{\Omega}\in S^2(衝突の向き)を使って

v′=v−(g⋅Ω)Ω,v1′=v1+(g⋅Ω)Ω,g=v−v1\boldsymbol{v}'=\boldsymbol{v}-(\boldsymbol{g}\cdot\boldsymbol{\Omega})\boldsymbol{\Omega},\qquad\boldsymbol{v}_1'=\boldsymbol{v}_1+(\boldsymbol{g}\cdot\boldsymbol{\Omega})\boldsymbol{\Omega},\qquad\boldsymbol{g}=\boldsymbol{v}-\boldsymbol{v}_1

と書けます(質量が等しいので相対速度 g\boldsymbol{g} が Ω\boldsymbol{\Omega} に沿う成分だけ反転する)。ボルツマン方程式は

∂f∂t+v⋅∇xf=C[f],C[f](v)=∫R3dv1∫S2dΩ  w [f(v′)f(v1′)−f(v)f(v1)]\frac{\partial f}{\partial t}+\boldsymbol{v}\cdot\nabla_{\boldsymbol{x}}f=C[f],\qquad C[f](\boldsymbol{v})=\int_{\mathbb{R}^3}d\boldsymbol{v}_1\int_{S^2}d\boldsymbol{\Omega}\;w\,\bigl[f(\boldsymbol{v}')f(\boldsymbol{v}_1')-f(\boldsymbol{v})f(\boldsymbol{v}_1)\bigr]

です。w=w(∣g∣,∣g⋅Ω∣)w=w(|\boldsymbol{g}|,|\boldsymbol{g}\cdot\boldsymbol{\Omega}|) は衝突の頻度を決める核(断面積)で、以下では ∣g∣|\boldsymbol{g}| と ∣g⋅Ω∣|\boldsymbol{g}\cdot\boldsymbol{\Omega}| だけの関数で、ほとんど至る所で正とします(剛体球なら w∝∣g⋅Ω∣w\propto|\boldsymbol{g}\cdot\boldsymbol{\Omega}|)。衝突項の中身は、(速度 v′,v1′\boldsymbol{v}',\boldsymbol{v}_1' の粒子対が衝突して v,v1\boldsymbol{v},\boldsymbol{v}_1 になる頻度) − (逆に v,v1\boldsymbol{v},\boldsymbol{v}_1 の粒子対が衝突して v′,v1′\boldsymbol{v}',\boldsymbol{v}_1' になる頻度) で、衝突する粒子対の同時分布が f(v)f(v1)f(\boldsymbol{v})f(\boldsymbol{v}_1) と積の形になるという仮定(分子的カオスの仮定、ボルツマンの Stosszahlansatz)を使っています。

補題 6.1(衝突の対称性と弱形式)✓

(i) 固定した Ω\boldsymbol{\Omega} について、写像 (v,v1)↦(v′,v1′)(\boldsymbol{v},\boldsymbol{v}_1)\mapsto(\boldsymbol{v}',\boldsymbol{v}_1') は自分自身が逆写像(対合)で、ヤコビアンの絶対値は 11 である。また ∣g′∣=∣g∣|\boldsymbol{g}'|=|\boldsymbol{g}|、∣g′⋅Ω∣=∣g⋅Ω∣|\boldsymbol{g}'\cdot\boldsymbol{\Omega}|=|\boldsymbol{g}\cdot\boldsymbol{\Omega}| なので ww は不変であり、v+v1\boldsymbol{v}+\boldsymbol{v}_1 と ∣v∣2+∣v1∣2|\boldsymbol{v}|^2+|\boldsymbol{v}_1|^2 も不変である。

(ii) 任意の(十分よい)関数 ψ(v)\psi(\boldsymbol{v}) について、ψ′=ψ(v′)\psi'=\psi(\boldsymbol{v}') などと略記して

∫ψ C[f] dv=14∫ ⁣ ⁣∫ ⁣ ⁣∫w (ψ+ψ1−ψ′−ψ1′)(f′f1′−ff1) dv dv1 dΩ.\int\psi\,C[f]\,d\boldsymbol{v}=\frac14\int\!\!\int\!\!\int w\,\bigl(\psi+\psi_1-\psi'-\psi_1'\bigr)\bigl(f'f_1'-ff_1\bigr)\,d\boldsymbol{v}\,d\boldsymbol{v}_1\,d\boldsymbol{\Omega}.
証明(補題 6.1)

(i) 重心速度 V=(v+v1)/2\boldsymbol{V}=(\boldsymbol{v}+\boldsymbol{v}_1)/2 と g\boldsymbol{g} で座標をとると、(V,g)↦(V,g−2(g⋅Ω)Ω)(\boldsymbol{V},\boldsymbol{g})\mapsto(\boldsymbol{V},\boldsymbol{g}-2(\boldsymbol{g}\cdot\boldsymbol{\Omega})\boldsymbol{\Omega}) です。第 2 成分は Ω\boldsymbol{\Omega} に垂直な平面に関する鏡映 RR で、R2=1R^2=1、∣det⁡R∣=1|\det R|=1 です。(v,v1)↔(V,g)(\boldsymbol{v},\boldsymbol{v}_1)\leftrightarrow(\boldsymbol{V},\boldsymbol{g}) の座標変換のヤコビアンは定数なので、写像全体のヤコビアンは 11 です。∣Rg∣=∣g∣|R\boldsymbol{g}|=|\boldsymbol{g}|、Ω⋅Rg=−Ω⋅g\boldsymbol{\Omega}\cdot R\boldsymbol{g}=-\boldsymbol{\Omega}\cdot\boldsymbol{g} から ww は不変、V\boldsymbol{V} も不変、∣v∣2+∣v1∣2=2∣V∣2+12∣g∣2|\boldsymbol{v}|^2+|\boldsymbol{v}_1|^2=2|\boldsymbol{V}|^2+\frac12|\boldsymbol{g}|^2 も不変です。

(ii) ∫ψC[f]dv=∭w ψ (f′f1′−ff1)\int\psi C[f]d\boldsymbol{v}=\iiint w\,\psi\,(f'f_1'-ff_1) です。積分変数 v↔v1\boldsymbol{v}\leftrightarrow\boldsymbol{v}_1 を入れ替える(g→−g\boldsymbol{g}\to-\boldsymbol{g} で ww は ∣g∣,∣g⋅Ω∣|\boldsymbol{g}|,|\boldsymbol{g}\cdot\boldsymbol{\Omega}| のみに依存するので不変、Ω\boldsymbol{\Omega} を Ω\boldsymbol{\Omega} のままでよい)と、これは ∭w ψ1 (f′f1′−ff1)\iiint w\,\psi_1\,(f'f_1'-ff_1) に等しく、したがって =12∭w(ψ+ψ1)(f′f1′−ff1)=\frac12\iiint w(\psi+\psi_1)(f'f_1'-ff_1) です。次に (i) の写像 (v,v1)→(v′,v1′)(\boldsymbol{v},\boldsymbol{v}_1)\to(\boldsymbol{v}',\boldsymbol{v}_1') で積分変数を取り替えると、f′f1′−ff1→−(f′f1′−ff1)f'f_1'-ff_1\to-(f'f_1'-ff_1)、ψ+ψ1→ψ′+ψ1′\psi+\psi_1\to\psi'+\psi_1' で、=−12∭w(ψ′+ψ1′)(f′f1′−ff1)=-\frac12\iiint w(\psi'+\psi_1')(f'f_1'-ff_1) です。2 つの表式を平均すると主張を得ます。

簡単のため、空間的に一様な場合 ∂tf=C[f]\partial_tf=C[f] と、周期的な箱の中の場合を考えます。後者では輸送項 v⋅∇xf\boldsymbol{v}\cdot\nabla_{\boldsymbol{x}}f は箱で積分すると消えるので、下の議論は ∫dx\int d\boldsymbol{x} を加えるだけで同じです。

定理 6.2(ボルツマンの H 定理)✓

f(v,t)>0f(\boldsymbol{v},t)>0 が ∂tf=C[f]\partial_tf=C[f] の解で、v\boldsymbol{v} について十分速く減衰し滑らかなとする。

(i)(保存則)n=∫f dvn=\int f\,d\boldsymbol{v}、∫vf dv\int\boldsymbol{v}f\,d\boldsymbol{v}、∫∣v∣2f dv\int|\boldsymbol{v}|^2f\,d\boldsymbol{v} は tt によらない。

(ii)(H 定理)H(t)=∫fln⁡f dvH(t)=\int f\ln f\,d\boldsymbol{v} に対し

dHdt=−14∭w (f′f1′−ff1)ln⁡f′f1′ff1 dv dv1 dΩ ≤ 0.\frac{dH}{dt}=-\frac14\iiint w\,\bigl(f'f_1'-ff_1\bigr)\ln\frac{f'f_1'}{ff_1}\,d\boldsymbol{v}\,d\boldsymbol{v}_1\,d\boldsymbol{\Omega}\ \le\ 0 .

(iii)(平衡)dH/dt=0dH/dt=0 となるのは、ff がマクスウェル分布 f=n(m2πkBT)3/2exp⁡[−m∣v−u∣22kBT]f=n\Bigl(\dfrac{m}{2\pi k_{\mathrm B}T}\Bigr)^{3/2}\exp\Bigl[-\dfrac{m|\boldsymbol{v}-\boldsymbol{u}|^2}{2k_{\mathrm B}T}\Bigr] のときに限る。

(iii) の証明で使う、衝突不変量の分類を先に示します。

衝突不変量とは、衝突の前後で 2 粒子の和が変わらない量のことです。この補題は、そのような量が粒子数・運動量・エネルギーに対応する形(定数、速度の 1 次、速度の 2 乗)しかないことを示し、(iii) で ln⁡f\ln f の形を決めるのに使います。

補題 6.3(衝突不変量)✓

C1C^1 級の関数 ψ:R3→R\psi:\mathbb{R}^3\to\mathbb{R} が、すべての v,v1,Ω\boldsymbol{v},\boldsymbol{v}_1,\boldsymbol{\Omega} について ψ(v)+ψ(v1)=ψ(v′)+ψ(v1′)\psi(\boldsymbol{v})+\psi(\boldsymbol{v}_1)=\psi(\boldsymbol{v}')+\psi(\boldsymbol{v}_1') を満たすならば、定数 a,c∈Ra,c\in\mathbb{R} とベクトル b\boldsymbol{b} があって ψ(v)=a+b⋅v+c∣v∣2\psi(\boldsymbol{v})=a+\boldsymbol{b}\cdot\boldsymbol{v}+c|\boldsymbol{v}|^2 である。逆にこの形は不変量である。

証明(補題 6.3)

逆は 補題 6.1 (i) から明らかです。順に、g=v−v1≠0\boldsymbol{g}=\boldsymbol{v}-\boldsymbol{v}_1\ne\boldsymbol{0} を固定し、s=(g⋅Ω)Ω\boldsymbol{s}=(\boldsymbol{g}\cdot\boldsymbol{\Omega})\boldsymbol{\Omega} を考えます。Ω\boldsymbol{\Omega} が動くと s\boldsymbol{s} は球面 ∣s∣2=g⋅s|\boldsymbol{s}|^2=\boldsymbol{g}\cdot\boldsymbol{s} を動き、s=0\boldsymbol{s}=\boldsymbol{0} における接平面は {η:g⋅η=0}\{\boldsymbol{\eta}:\boldsymbol{g}\cdot\boldsymbol{\eta}=0\} です。条件は ψ(v)+ψ(v1)=ψ(v−s)+ψ(v1+s)\psi(\boldsymbol{v})+\psi(\boldsymbol{v}_1)=\psi(\boldsymbol{v}-\boldsymbol{s})+\psi(\boldsymbol{v}_1+\boldsymbol{s}) で、s=0\boldsymbol{s}=\boldsymbol{0} を通る球面上の曲線に沿って微分すると、g⊥η\boldsymbol{g}\perp\boldsymbol{\eta} なるすべての η\boldsymbol{\eta} について (∇ψ(v1)−∇ψ(v))⋅η=0(\nabla\psi(\boldsymbol{v}_1)-\nabla\psi(\boldsymbol{v}))\cdot\boldsymbol{\eta}=0 を得ます。つまり F=∇ψ\boldsymbol{F}=\nabla\psi は、任意の v≠v1\boldsymbol{v}\ne\boldsymbol{v}_1 について F(v)−F(v1)∥v−v1\boldsymbol{F}(\boldsymbol{v})-\boldsymbol{F}(\boldsymbol{v}_1)\parallel\boldsymbol{v}-\boldsymbol{v}_1 を満たします。v1=0\boldsymbol{v}_1=\boldsymbol{0} とおくと F(v)−F(0)=λ(v)v\boldsymbol{F}(\boldsymbol{v})-\boldsymbol{F}(\boldsymbol{0})=\lambda(\boldsymbol{v})\boldsymbol{v} です。線形独立な v,w\boldsymbol{v},\boldsymbol{w} に対し λ(v)v−λ(w)w=κ(v−w)\lambda(\boldsymbol{v})\boldsymbol{v}-\lambda(\boldsymbol{w})\boldsymbol{w}=\kappa(\boldsymbol{v}-\boldsymbol{w}) となる κ\kappa があり、(λ(v)−κ)v=(λ(w)−κ)w(\lambda(\boldsymbol{v})-\kappa)\boldsymbol{v}=(\lambda(\boldsymbol{w})-\kappa)\boldsymbol{w} から両係数が 00、λ(v)=λ(w)\lambda(\boldsymbol{v})=\lambda(\boldsymbol{w}) です。線形独立な任意の 2 点で λ\lambda が等しいので(3 次元では共線な点も第 3 の点を介して結べる)λ\lambda は定数 2c2c で、∇ψ=b+2cv\nabla\psi=\boldsymbol{b}+2c\boldsymbol{v} (b=F(0)\boldsymbol{b}=\boldsymbol{F}(\boldsymbol{0})) です。積分して ψ=a+b⋅v+c∣v∣2\psi=a+\boldsymbol{b}\cdot\boldsymbol{v}+c|\boldsymbol{v}|^2 です。

証明(定理 6.2)

(i) 補題 6.1 (ii) で ψ=1, vi, ∣v∣2\psi=1,\ v_i,\ |\boldsymbol{v}|^2 とすると、これらは衝突不変量(補題 6.1 (i))で ψ+ψ1−ψ′−ψ1′=0\psi+\psi_1-\psi'-\psi_1'=0 なので ∫ψ C[f] dv=0\int\psi\,C[f]\,d\boldsymbol{v}=0 です。よって ddt∫ψf dv=0\frac{d}{dt}\int\psi f\,d\boldsymbol{v}=0。

(ii) dHdt=∫(ln⁡f+1)∂tf dv=∫(ln⁡f+1)C[f] dv\dfrac{dH}{dt}=\int(\ln f+1)\partial_tf\,d\boldsymbol{v}=\int(\ln f+1)C[f]\,d\boldsymbol{v} で、定数 11 の項は (i) により 00。ψ=ln⁡f\psi=\ln f とすると ψ+ψ1−ψ′−ψ1′=ln⁡ff1f′f1′\psi+\psi_1-\psi'-\psi_1'=\ln\dfrac{ff_1}{f'f_1'} で、補題 6.1 (ii) から

dHdt=14∭w ln⁡ff1f′f1′ (f′f1′−ff1)=−14∭w (f′f1′−ff1)ln⁡f′f1′ff1.\frac{dH}{dt}=\frac14\iiint w\,\ln\frac{ff_1}{f'f_1'}\,(f'f_1'-ff_1)=-\frac14\iiint w\,(f'f_1'-ff_1)\ln\frac{f'f_1'}{ff_1}.

x,y>0x,y>0 で (x−y)ln⁡(x/y)≥0(x-y)\ln(x/y)\ge0 (x>yx>y なら両因子正、x<yx<y なら両方負)で、w≥0w\ge0 なので dH/dt≤0dH/dt\le0 です。

(iii) dH/dt=0dH/dt=0 なら、w>0w>0 の範囲で被積分関数が 00、すなわち (x−y)ln⁡(x/y)=0(x-y)\ln(x/y)=0 より f′f1′=ff1f'f_1'=ff_1 (ほとんどすべての v,v1,Ω\boldsymbol{v},\boldsymbol{v}_1,\boldsymbol{\Omega} で、ff は滑らかなのですべて)。これは ln⁡f(v)+ln⁡f(v1)=ln⁡f(v′)+ln⁡f(v1′)\ln f(\boldsymbol{v})+\ln f(\boldsymbol{v}_1)=\ln f(\boldsymbol{v}')+\ln f(\boldsymbol{v}_1')、つまり ln⁡f\ln f が衝突不変量です。補題 6.3 (ln⁡f\ln f は C1C^1) から ln⁡f=a+b⋅v+c∣v∣2\ln f=a+\boldsymbol{b}\cdot\boldsymbol{v}+c|\boldsymbol{v}|^2 で、ff が可積分なので c<0c<0 です。平方完成 c∣v∣2+b⋅v=c∣v+b/(2c)∣2+定数c|\boldsymbol{v}|^2+\boldsymbol{b}\cdot\boldsymbol{v}=c|\boldsymbol{v}+\boldsymbol{b}/(2c)|^2+\text{定数} により ff は u=−b/(2c)\boldsymbol{u}=-\boldsymbol{b}/(2c) を中心とするガウス型で、c=−m/(2kBT)c=-m/(2k_{\mathrm B}T) と aa は nn と、エネルギー ∫∣v∣2f\int|\boldsymbol{v}|^2f により決まる温度で書けます。逆に、マクスウェル分布では f′f1′=ff1f'f_1'=ff_1 が成り立ち C[f]=0C[f]=0(dH/dt=0dH/dt=0)です。

注意 6.4

H 定理は、−kBH-k_{\mathrm B}H(に体積をかけたもの)が増える、つまりエントロピーが増大することの、ミクロな基礎づけです(定理 8.4[熱力学の諸法則])。しかし、ミクロな運動方程式は時間反転対称(補題 2.2 (ii))なので、不可逆性はどこから来たのか、という疑問(ロシュミットの逆転のパラドックス)が生じます。答えは、ボルツマン方程式の導出の中の分子的カオスの仮定にあります。衝突直前の粒子対は無相関(積の形)と仮定しますが、衝突直後の粒子対は相関をもつので、この仮定は時間の向きを区別しています。ミクロな力学の逆転状態(すべての速度を反転)は、この仮定を満たさない特別な初期状態にあたり、その実現確率は圧倒的に小さい、というのがボルツマンの統計的な解釈です。この記事では、仮定のもとでの数学的帰結だけを証明しました。


演習 7.1易

半径 0.5 μm0.5\,\mu\mathrm m のポリスチレン球(密度 1.05×103 kg/m31.05\times10^3\,\mathrm{kg/m^3})が 300 K300\,\mathrm K の水(η=10−3 Pa s\eta=10^{-3}\,\mathrm{Pa\,s})中にある。(a) 速度の緩和時間 1/γ1/\gamma と、(b) 拡散係数 DD、(c) 10 秒間の平均二乗変位の平方根を求めよ。

解答

質量は m=43πa3ρ=43π(5×10−7)3×1.05×103=5.5×10−16 kgm=\frac43\pi a^3\rho=\frac43\pi(5\times10^{-7})^3\times1.05\times10^3=5.5\times10^{-16}\,\mathrm{kg}、ストークスの摩擦係数は ζ=6πηa=9.4×10−9 kg/s\zeta=6\pi\eta a=9.4\times10^{-9}\,\mathrm{kg/s}。(a) 1/γ=m/ζ=5.8×10−8 s1/\gamma=m/\zeta=5.8\times10^{-8}\,\mathrm s。(b) 定理 5.1 (iii) と 例 5.2 より D=kBT/ζ=4.14×10−21/9.4×10−9=4.4×10−13 m2/sD=k_{\mathrm B}T/\zeta=4.14\times10^{-21}/9.4\times10^{-9}=4.4\times10^{-13}\,\mathrm{m^2/s}。(c) t=10 s≫1/γt=10\,\mathrm s\gg1/\gamma なので 2Dt=8.8×10−12≈3.0×10−6 m=3 μm\sqrt{2Dt}=\sqrt{8.8\times10^{-12}}\approx3.0\times10^{-6}\,\mathrm m=3\,\mu\mathrm m です。粒子の大きさの数倍で、顕微鏡で観察できます。

演習 7.2標準

定理 5.1 (ii) の定常ランジュバン方程式について、複素移動度 μ(ω)=β∫0∞⟨vtv0⟩eiωtdt\mu(\omega)=\beta\int_0^\infty\langle v_tv_0\rangle e^{i\omega t}dt を求め、速度のスペクトル Svv(ω)=∫⟨vtv0⟩eiωtdtS_{vv}(\omega)=\int\langle v_tv_0\rangle e^{i\omega t}dt との間に Re μ(ω)=β2Svv(ω)\mathrm{Re}\,\mu(\omega)=\frac\beta2S_{vv}(\omega) が成り立つことを確かめよ。

解答

⟨vtv0⟩=kBTme−γt\langle v_tv_0\rangle=\frac{k_{\mathrm B}T}{m}e^{-\gamma t}(t>0t>0)から μ(ω)=1m∫0∞e−γt+iωtdt=1m(γ−iω)\mu(\omega)=\frac1m\int_0^\infty e^{-\gamma t+i\omega t}dt=\dfrac{1}{m(\gamma-i\omega)} で、Re μ(ω)=γm(γ2+ω2)\mathrm{Re}\,\mu(\omega)=\dfrac{\gamma}{m(\gamma^2+\omega^2)}。一方 Svv(ω)=kBTm∫e−γ∣t∣+iωtdt=kBTm⋅2γγ2+ω2S_{vv}(\omega)=\frac{k_{\mathrm B}T}{m}\int e^{-\gamma|t|+i\omega t}dt=\frac{k_{\mathrm B}T}{m}\cdot\frac{2\gamma}{\gamma^2+\omega^2} なので β2Svv=γm(γ2+ω2)\frac\beta2S_{vv}=\dfrac{\gamma}{m(\gamma^2+\omega^2)} で一致します。ω→0\omega\to0 で μ(0)=1/(mγ)\mu(0)=1/(m\gamma) (直流の移動度)で、Svv(0)=2DS_{vv}(0)=2D と合わせて D=kBTμD=k_{\mathrm B}T\mu もここから読めます。

演習 7.3標準

抵抗 RR とコンデンサ CC を並列にした回路の電圧 VV が dV=−VRCdt+σ dBtdV=-\dfrac{V}{RC}dt+\sigma\,dB_t (熱雑音電流を含む)に従うとする。定常状態で等分配の定理 12C⟨V2⟩=12kBT\frac12C\langle V^2\rangle=\frac12k_{\mathrm B}T が成り立つように σ\sigma を決め、抵抗の熱雑音電流のスペクトル密度(ジョンソン・ナイキスト雑音)を求めよ。

解答

定理 5.1 (i) と同様に、定常分散は σ2/(2θ)\sigma^2/(2\theta)、θ=1/(RC)\theta=1/(RC) なので σ2RC/2=kBT/C\sigma^2RC/2=k_{\mathrm B}T/C、すなわち σ2=2kBT/(RC2)\sigma^2=2k_{\mathrm B}T/(RC^2) です。電圧の式は C dV=−VRdt+In dtC\,dV=-\frac VRdt+I_n\,dt (In dt=Cσ dBI_n\,dt=C\sigma\,dB が熱雑音電流)の両辺を CC で割ったものなので、雑音電流は強度 (Cσ)2=2kBT/R(C\sigma)^2=2k_{\mathrm B}T/R の白色雑音です(⟨In(t)In(t′)⟩=2kBTRδ(t−t′)\langle I_n(t)I_n(t')\rangle=\frac{2k_{\mathrm B}T}{R}\delta(t-t'))。正の周波数だけで数える片側スペクトル密度では 4kBT/R4k_{\mathrm B}T/R (A2/Hz\mathrm A^2/\mathrm{Hz})で、これがジョンソン・ナイキスト雑音です。RR が小さいほど(散逸が大きいほど)ゆらぎも大きい、という揺動散逸定理の例です。

演習 7.4標準

マクスウェル分布 f=n(m/2πkBT)3/2e−m∣v∣2/(2kBT)f=n(m/2\pi k_{\mathrm B}T)^{3/2}e^{-m|\boldsymbol{v}|^2/(2k_{\mathrm B}T)} について、(a) f′f1′=ff1f'f_1'=ff_1 を確かめ、(b) H=∫fln⁡f dvH=\int f\ln f\,d\boldsymbol{v} を求めよ。

解答

(a) ln⁡f=ln⁡n+32ln⁡m2πkBT−m2kBT∣v∣2\ln f=\ln n+\frac32\ln\frac{m}{2\pi k_{\mathrm B}T}-\frac{m}{2k_{\mathrm B}T}|\boldsymbol{v}|^2 で、∣v∣2|\boldsymbol{v}|^2 は衝突不変量 (補題 6.1 (i)) なので ln⁡f+ln⁡f1=ln⁡f′+ln⁡f1′\ln f+\ln f_1=\ln f'+\ln f_1' です。(b) H=∫f[ln⁡n+32ln⁡m2πkBT−m∣v∣22kBT]dvH=\int f\bigl[\ln n+\frac32\ln\frac{m}{2\pi k_{\mathrm B}T}-\frac{m|\boldsymbol{v}|^2}{2k_{\mathrm B}T}\bigr]d\boldsymbol{v}。∫f=n\int f=n、∫f m∣v∣22kBT=32n\int f\,\frac{m|\boldsymbol{v}|^2}{2k_{\mathrm B}T}=\frac32n (等分配)より

H=nln⁡n+32nln⁡m2πkBT−32n=n[ln⁡n−32ln⁡2πkBTm−32]H=n\ln n+\frac32n\ln\frac{m}{2\pi k_{\mathrm B}T}-\frac32n=n\Bigl[\ln n-\frac32\ln\frac{2\pi k_{\mathrm B}T}{m}-\frac32\Bigr]

です。−kBH/n-k_{\mathrm B}H/n が 1 粒子あたりのエントロピー(定数部分を除く)に当たり、体積を大きくする(nn を小さくする)と増える、温度を上げると増える、という理想気体の振る舞いを再現します。


  • R. Kubo, “Statistical-Mechanical Theory of Irreversible Processes. I”, Journal of the Physical Society of Japan 12 (1957), 570–586. — 線形応答理論と揺動散逸定理(量子系の一般論)。
  • L. Onsager, “Reciprocal Relations in Irreversible Processes. I, II”, Physical Review 37 (1931), 405–426; 38 (1931), 2265–2279. — 相反定理の原論文。
  • R. Kubo, M. Toda, N. Hashitsume, Statistical Physics II: Nonequilibrium Statistical Mechanics, 2nd ed., Springer, 1991 — 線形応答、ランジュバン方程式、フォッカー・プランク方程式。
  • R. Zwanzig, Nonequilibrium Statistical Mechanics, Oxford University Press, 2001 — 線形応答、ボルツマン方程式。
  • C. Cercignani, The Boltzmann Equation and Its Applications, Springer, 1988 — H 定理と衝突不変量。
  • D. Chandler, Introduction to Modern Statistical Mechanics, Oxford University Press, 1987 — 第 8 章(Statistical Mechanics of Nonequilibrium Systems)。

このテーマの 100 本ノック(100 問)

執筆: Claude Code(Sonnet 5.5)、Claude Code(Opus 5.5)・監査 3 回(Claude Code)・最終 2026-10-12

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