大きな系を調べるとき、「無限に大きい系」を考えると式がすっきりすることがよくあります。この記事では、格子状に並んだ小さな磁石(スピン)の集まりを例に、箱を大きくしていくと、1 つあたりの量がただ 1 つの値に落ち着くことを示します。その値は、箱の形や縁の扱いを変えても変わりません。読み終えると、物理の「自由エネルギー」が数学として確かに定まること、そしてそれが確率論の大偏差(平均が大きくずれる確率の指数)と表裏の関係にあることが分かります。
- 格子 Zd の各点に有限集合 S の値をとるスピンを置き、有限集合 A ごとのエネルギー ΦA の和でハミルトニアンを作ります。並進不変で ∥Φ∥=∑A∋0∥ΦA∥∞<∞ を満たす相互作用を扱います。
- 圧力の存在(定理 3.1): 体積 Λ を「境界が体積に比べて無視できる」ように大きくする(van Hove 極限)と、∣Λ∣−1logZΛ は収束し、極限は列の取り方にも境界条件にもよりません。鍵は、箱を小立方体に分けたときの logZ のほぼ加法性です。
- 圧力 P(Φ) は Φ について凸で、∣P(Φ)−P(Ψ)∣≤∥Φ−Ψ∥ を満たします。外場についての微分が、存在する点では無限体積の磁化になります。
- Gibbs の変分原理(定理 4.3): P(Φ)=supμ(s(μ)−μ(EΦ))。上限は並進不変な確率測度全体でとり、s は平均エントロピー、EΦ は 1 点あたりのエネルギーです。
- Cramér の定理(定理 5.3): 独立同分布な和の平均が平均値から離れる確率は指数的に小さく、その指数は対数積率母関数の Legendre 変換 I=Λ∗ で与えられます。圧力と大偏差の速度関数は Legendre 変換で結ばれる双対な量です。
統計力学は、有限の系の Boltzmann 分布 Z−1e−H(エネルギー H の高い配位ほど起こりにくくなる確率分布のこと)から出発します。ところが有限の系の logZ は(相互作用が実数値なら)パラメータの実解析関数で、どこにも特異点がありません。相転移、すなわち自由エネルギーの折れ曲がりや複数の平衡状態の共存は、体積を無限大にした極限で初めて現れます。この極限をきちんと定義し、存在を示すのが本章の役割です。
このテーマ「Gibbs 測度と相転移の数理」では、次の順に話を進めます。
物理の側の背景(平均場近似や 1 次元 Ising 模型の転送行列解)は 相転移と平均場理論 にあります。本テーマはそれを確率論の言葉で厳密にし、構成的場の理論(相関不等式・クラスター展開・ランダムカレント)や開放量子系の章が前提にする枠組みを用意します。
本章の議論は Ruelle と Fisher(1960 年代)にさかのぼります。核心は「大きな箱の logZ は、小さな箱の logZ の和と、境界の大きさ程度しか違わない」という一点で、これは 数え上げと母関数 の Fekete の補題(補題 6.1[数え上げと母関数])を多次元・近似版にしたものです。
以下、S は 2 点以上の有限集合(1 点のスピンの値の集合)、Ω=SZd は配位全体です。Λ⊂Zd について ΩΛ=SΛ とし、ω∈Ω の Λ への制限を ωΛ、Λ 上で σ、外で η に等しい配位を σΛηΛc と書きます。Λ⋐Zd は「Λ は空でない有限集合」の意味です。距離は最大値ノルム ∣x∣=maxi∣xi∣ で測り、並進 θx:Ω→Ω を (θxω)y=ωy+x で定めます。
次の定義は抽象的に見えますが、「点の集まり A ごとにエネルギーを割り当て、全部足したものを系のエネルギーとする」というだけのことです。具体例は定義のすぐ後の 例 2.2 にあるので、先に見てから戻ってもかまいません。
定義 2.1(相互作用)↗
各 A⋐Zd に、ωA だけに依存する関数 ΦA:Ω→R を対応させた族 Φ=(ΦA) を相互作用という。ΦA+x=ΦA∘θx(すべての A,x)のとき並進不変といい、並進不変で
∥Φ∥:=A∋0∑∥ΦA∥∞<∞を満たすもの全体を B と書く。B はノルム ∥⋅∥ について実ベクトル空間である。Λ⋐Zd について、自由境界条件のハミルトニアンと分配関数、有限体積の圧力を
HΛ(σ)=A⊂Λ∑ΦA(σ),ZΛ=σ∈ΩΛ∑e−HΛ(σ),pΛ=∣Λ∣logZΛで定める(ΦA は ωA だけで決まるので、A⊂Λ なら ΦA(σ) は σ∈ΩΛ に対して意味をもつ)。
逆温度 β は Φ に含めておきます(βΦ を改めて Φ と書く)。∥Φ∥ は「原点を含むすべての相互作用の強さの和」で、1 点あたりのエネルギーの上限です。実際、各 A⊂Λ を A の 1 点 x に割り当てると
∥HΛ∥∞≤x∈Λ∑A∋x∑∥ΦA∥∞=∣Λ∣∥Φ∥
で、ZΛ は ∣S∣∣Λ∣e±∣Λ∣∥Φ∥ の間にあります。したがって ∣pΛ∣≤log∣S∣+∥Φ∥ です。
例 2.2(Ising 模型)
S={−1,1}、σx を x でのスピンとし、∣x−y∣1=1 の対 {x,y} に Φ{x,y}=−Jσxσy、1 点に Φ{x}=−hσx、それ以外の A に ΦA=0 とおきます。原点を含む最近接対は 2d 個なので ∥Φ∥=2d∣J∣+∣h∣ です。J>0 が強磁性(向きをそろえるほうがエネルギーが低い)、h が外場です。
例 2.3(独立なスピン)
Φ{x}(ω)=−hωx(S={−1,1})だけの相互作用では ZΛ=(2coshh)∣Λ∣ で、pΛ=log(2coshh) は Λ によりません。相互作用があると pΛ は Λ の形に依存し、極限が問題になります。
体積を大きくする列として、境界の点の割合が 0 に近づくものを考えます。Λ⋐Zd と R∈N について、内側の R-境界を
∂RΛ={x∈Λ:dist(x,Zd∖Λ)≤R}
とします。
定義 2.4(van Hove 列)↗
有限集合の列 (Λn) が ∣Λn∣→∞ と、すべての R∈N について ∣∂RΛn∣/∣Λn∣→0 を満たすとき、van Hove 列という。
一辺 L の立方体 C(L)={0,1,…,L−1}d の列は van Hove 列です。x∈∂RC(L) ならある座標が {0,…,R−1}∪{L−R,…,L−1} に入るので
∣∂RC(L)∣≤2dRLd−1
だからです。一方、線分 {0,…,n}×{0}d−1(d≥2)はすべての点が境界にあるので van Hove 列ではありません。
相互作用が Λ の内と外をまたぐ部分の大きさを
b(Λ)=x∈Λ∑ A∋x, A⊂Λ∑∥ΦA∥∞
で測ります。本章の評価はすべてこの量に帰着します。
補題 2.5(境界項は体積に比べて小さい)✓
Φ∈B とする。すべての Λ⋐Zd と R∈N について
∣Λ∣b(Λ)≤∥Φ∥∣Λ∣∣∂RΛ∣+εR,εR:=A∋0, diamA>R∑∥ΦA∥∞.εR→0(R→∞)なので、van Hove 列について b(Λn)/∣Λn∣→0 である。
証明(補題 2.5)
b(Λ) の和を diamA≤R と diamA>R に分けます。x∈A、diamA≤R、A⊂Λ なら、A の点で Λ の外にあるものが x から距離 R 以内にあるので x∈∂RΛ です。よって前半は ∑x∈∂RΛ∑A∋x∥ΦA∥∞=∣∂RΛ∣∥Φ∥ 以下です(並進不変性から内側の和は x によらず ∥Φ∥)。後半は A⊂Λ の条件を外して ∑x∈Λ∑A∋x,diamA>R∥ΦA∥∞=∣Λ∣εR 以下です。εR は収束級数 ∑A∋0∥ΦA∥∞ の裾なので 0 に収束します。van Hove 列では、まず R を大きくとって εR を小さくし、次に n を大きくすれば右辺は任意に小さくなります。
∎
補題 2.6(ほぼ加法性)✓
Φ∈B、Λ=Λ1⊔⋯⊔Λk(互いに素な有限集合)とする。このとき
logZΛ−i=1∑klogZΛi≤i=1∑kb(Λi).
証明(補題 2.6)
(a) エネルギーの差. HΛ−∑iHΛi=∑′ΦA で、∑′ はどの Λi にも含まれない A⊂Λ についての和です。そのような A はある Λi と交わるので、x∈A∩Λi を選べば A∋x、A⊂Λi です。したがって ∑′∥ΦA∥∞≤∑ib(Λi)。
(b) logZ はエネルギーについて 1-Lipschitz. 有限集合 X 上の関数 H,H′ について e−H′≤e−He∥H−H′∥∞ なので ∑e−H′≤e∥H−H′∥∞∑e−H。対称に入れ替えて ∣log∑e−H−log∑e−H′∣≤∥H−H′∥∞ です。
(c) 独立な和は積になる. ΩΛ=∏iΩΛi で、∑iHΛi(σ) の各項は σΛi だけに依存するので
σ∈ΩΛ∑e−∑iHΛi(σ)=i∏ZΛi.(b) を H=HΛ、H′=∑iHΛi に適用し、(a)(c) を使えば主張を得ます。
∎
次の定理の証明の筋は、大きな箱 Λ を一辺 L の小さな立方体で埋め、logZ を立方体 1 個分の logZ の和で近似することです。まず L を固定して n→∞ とし、誤差が L だけで決まる量 δL 以下になることを示し、最後に L→∞ とします。limsup は「十分先の項の上からの限界」のことで、誤差を δL で抑えた後に δL→0 とするために使います。
定理 3.1(熱力学的極限における圧力の存在)✓
Φ∈B とする。極限
P(Φ)=L→∞limLdlogZC(L)が存在し、任意の van Hove 列 (Λn) について pΛn→P(Φ) である。P(Φ) を Φ の圧力という(−P(Φ) は逆温度を掛けた 1 点あたりの自由エネルギー)。
証明(定理 3.1)
L∈N を固定し、Zd を立方体 Qk=C(L)+Lk(k∈Zd)に分割します。van Hove 列の項 Λ=Λn に対し、Qk⊂Λ となる立方体を Qk1,…,QkN とし、残り Λ∘=Λ∖⋃jQkj とします。
残りは境界に含まれる. x∈Λ∘ を含む立方体 Qk は Λ に含まれないので、Λ の外の点を含みます。Qk の 2 点の距離は L−1 以下なので x∈∂LΛ です。よって ∣Λ∘∣≤∣∂LΛ∣、NLd=∣Λ∣−∣Λ∘∣ です。
ほぼ加法性を使う. 補題 2.6 を分割 Λ=Qk1⊔⋯⊔QkN⊔Λ∘ に使います。並進不変性から HQk(σ)=HC(L)(σ∘平行移動) なので ZQk=ZC(L)、b(Qk)=b(C(L)) です。また b(Λ∘)≤∣Λ∘∣∥Φ∥、∣logZΛ∘∣≤∣Λ∘∣(log∣S∣+∥Φ∥)(§2 の評価)なので、
logZΛ−NlogZC(L)≤Nb(C(L))+∣Λ∘∣(log∣S∣+2∥Φ∥).∣Λ∣ で割り、aL=logZC(L)/Ld と書くと、N/∣Λ∣≤L−d より
pΛ−∣Λ∣NLdaL≤Ldb(C(L))+∣Λ∣∣∂LΛ∣(log∣S∣+2∥Φ∥).n→∞ で ∣∂LΛn∣/∣Λn∣→0、NLd/∣Λn∣→1、∣aL∣≤log∣S∣+∥Φ∥ なので
n→∞limsup∣pΛn−aL∣≤δL:=Ldb(C(L)).結論. 立方体の列は van Hove 列なので 補題 2.5 から δL→0 です。上式から limsupnpΛn−liminfnpΛn≤2δL がすべての L で成り立つので、limnpΛn=:P が存在し、∣P−aL∣≤δL です。よって aL→P で、P は立方体の極限として列によらずに決まります。
∎
van Hove 列での分割。一辺 L の立方体の格子のうち Λ に含まれるもの(塗り)と、残りの部分 Λ°(境界から距離 L 以内に収まる)。ほぼ加法性により log Z は塗った立方体の寄与の和で近似でき、誤差は立方体の境界と Λ° の大きさで抑えられる。
命題 3.2(境界条件によらないこと)✓
Φ∈B、τ∈Ω とし、境界条件 τ のハミルトニアンを HΛτ(σ)=∑A∩Λ=∅ΦA(σΛτΛc)、分配関数を ZΛτ とする。van Hove 列について
τ∈Ωsup∣Λn∣logZΛnτ−P(Φ)→0.
証明(命題 3.2)
HΛτ−HΛ=∑ΦA(σΛτΛc) で、和は Λ と交わり Λ に含まれない A についてとります。そのような A に x∈A∩Λ を割り当てれば、和の絶対値は b(Λ) 以下です。補題 2.6 の証明 (b) から ∣logZΛτ−logZΛ∣≤b(Λ) で、補題 2.5 と 定理 3.1 から結論を得ます。
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定理 3.3(圧力の凸性と Lipschitz 性)✓
P:B→R は凸であり、∣P(Φ)−P(Ψ)∣≤∥Φ−Ψ∥ を満たす。
証明(定理 3.3)
凸性. 0≤t≤1 とします。HΛtΦ+(1−t)Ψ=tHΛΦ+(1−t)HΛΨ なので、ΩΛ 上の数え上げ測度について Hölder の不等式(定理 4.2[L^p 空間と関数解析への導入]、指数 1/t と 1/(1−t))を使うと
σ∑(e−HΛΦ)t(e−HΛΨ)1−t≤(σ∑e−HΛΦ)t(σ∑e−HΛΨ)1−t.対数をとって ∣Λ∣ で割ると pΛ の凸性を得ます。凸性の不等式は各点の極限で保たれます(t=0,1 は自明)。
Lipschitz 性. ∥HΛΦ−HΛΨ∥∞≤∣Λ∣∥Φ−Ψ∥(§2 の評価を Φ−Ψ∈B に使う)と 補題 2.6 の証明 (b) から ∣pΛ(Φ)−pΛ(Ψ)∣≤∥Φ−Ψ∥。極限をとります。
∎
凸性は物理的には「比熱や帯磁率が非負」であることの抽象版です。凸関数は 1 次元方向に左右の微分をもち、高々可算個の点を除いて微分可能です(命題 3.4[凸解析])。微分できない点が 1 次相転移の候補です。次の系は、微分可能な点では有限体積の磁化が無限体積の値に収束することを示します。
系 3.4(外場についての微分と磁化)✓
Φ∈B を固定し、S⊂R とする。h∈R について Φ{x}h=Φ{x}−hωx(他の ΦA はそのまま)とし、f(h)=P(Φh)、有限体積の Gibbs 分布 μΛh(σ)=e−HΛh(σ)/ZΛh での平均磁化を mΛ(h)=∣Λ∣−1∑x∈ΛμΛh(σx) とする。f が h0 で微分可能ならば、任意の van Hove 列と hn→h0 について mΛn(hn)→f′(h0)。
証明(系 3.4)
fn(h)=pΛn(Φh) は h について凸(定理 3.3 の証明)で、各点で f(h) に収束します(定理 3.1)。logZ を h で微分すると fn′(h)=mΛn(h) です。凸関数列の勾配の収束(定理 6.2[凸解析]、U=R)から fn′(hn)→f′(h0) です。
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有限集合 X 上の確率測度 ν のエントロピーを S(ν)=−∑a∈Xν(a)logν(a)(0log0=0)とします。Ω 上の確率測度 μ(Ω には直積 σ-加法族を入れる)と Λ⋐Zd について、μ の ΩΛ への周辺分布のエントロピーを SΛ(μ) と書きます。
補題 4.1(エントロピーの基本性質)✓
(i) 有限集合 X 上の関数 H について log∑a∈Xe−H(a)=maxν(S(ν)−ν(H)) で、最大値は ν(a)=e−H(a)/∑e−H でとられる(有限体積の Gibbs の変分原理)。
(ii) 0≤SΛ(μ)≤∣Λ∣log∣S∣。Λ⊂Λ′ ならば SΛ(μ)≤SΛ′(μ)。
(iii) Λ1∩Λ2=∅ ならば SΛ1∪Λ2(μ)≤SΛ1(μ)+SΛ2(μ) で、μ の ΩΛ1∪Λ2 への周辺分布が ΩΛ1 と ΩΛ2 の周辺分布の直積ならば等号が成り立つ。
(iv) μ↦SΛ(μ) は凹である。
証明(補題 4.1)
(i) Z=∑e−H、g=e−H/Z とします。ν の台の上で log の凹性と Jensen の不等式(定理 4.4[凸解析])を使うと
S(ν)−ν(H)−logZ=ν(a)>0∑ν(a)logν(a)g(a)≤logν(a)>0∑g(a)≤0,等号は ν=g のときです。
(ii) log の凹性から S(ν)≤log∣X∣((i) で H=0)。周辺分布 νΛ と、ωΛ=a のもとでの条件付き分布 ν(⋅∣a) を使うと、νΛ′(a,b)=νΛ(a)ν(b∣a) から
SΛ′(μ)=SΛ(μ)+a∑νΛ(a)S(ν(⋅∣a))≥SΛ(μ).(iii) ν を ΩΛ1×ΩΛ2 上の周辺分布、ν1,ν2 をその周辺分布とすると
SΛ1+SΛ2−SΛ1∪Λ2=ν(a,b)>0∑ν(a,b)logν1(a)ν2(b)ν(a,b)≥0で、これは (i) の証明と同じく Jensen の不等式から従います。ν=ν1⊗ν2 なら対数の中が 1 で等号です。
(iv) t↦−tlogt は [0,1] 上で凹で、周辺分布をとる操作は μ について線形です。
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μ が並進不変(すべての x で μ∘θx−1=μ)なら SΛ+x(μ)=SΛ(μ) です。並進不変な確率測度全体を Mθ と書きます。
命題 4.2(平均エントロピーの存在)✓
μ∈Mθ について、極限
s(μ)=n→∞limndSC(n)(μ)=L≥1infLdSC(L)(μ)が存在する。これを μ の平均エントロピーという。
証明(命題 4.2)
L を固定し、m=⌈n/L⌉ とします。C(n)⊂C(mL) で、C(mL) は C(L) の平行移動 md 個の互いに素な和です。補題 4.1 の (ii)(iii) と並進不変性から SC(n)≤SC(mL)≤mdSC(L)。したがって
ndSC(n)(μ)≤(nmL)dLdSC(L)(μ)n→∞LdSC(L)(μ).よって limsupn≤infL≤liminfn です。
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1 点あたりのエネルギーを EΦ=∑A∋0ΦA/∣A∣ とします。各項は局所的な関数で ∑A∋0∥ΦA∥∞<∞ なので、EΦ は有界可測で ∣EΦ∣≤∥Φ∥ です。重み 1/∣A∣ は、A のエネルギーを A の各点に等分する意味をもちます。原点を含む A だけを足すのは、並進不変性により、どの点でも同じ値になるからです。
次の定理の証明は 2 段です。(1) では、任意の μ について s(μ)−μ(EΦ) が P(Φ) を超えないことを、有限体積の変分原理から示します。(2) では、箱ごとの Gibbs 分布を無限に並べて平行移動で平均した並進不変な測度 μL をつくり、s(μL)−μL(EΦ) が P(Φ) にいくらでも近づくことを示します。平行移動で平均するのは、ブロックを並べただけの測度が並進不変とは限らないためです。
定理 4.3(Gibbs の変分原理)✓
Φ∈B について
P(Φ)=μ∈Mθsup(s(μ)−μ(EΦ)).
証明(定理 4.3)
(1) 右辺 ≤ 左辺. μ∈Mθ、Λ=C(L) とします。補題 4.1 (i) を ν=μ の周辺分布に使うと logZΛ≥SΛ(μ)−μ(HΛ)。一方、並進不変性 μ(ΦA+x)=μ(ΦA∘θx)=μ(ΦA) から
∣Λ∣μ(EΦ)=x∈Λ∑A∋0∑∣A∣μ(ΦA+x)=x∈Λ∑B∋x∑∣B∣μ(ΦB)=B∩Λ=∅∑∣B∣∣B∩Λ∣μ(ΦB).これと μ(HΛ)=∑B⊂Λμ(ΦB) の差は Λ に含まれず Λ と交わる B の項だけで、その絶対値は b(Λ) 以下です。よって
LdlogZC(L)≥LdSC(L)(μ)−μ(EΦ)−Ldb(C(L)).L→∞ として(定理 3.1、命題 4.2、補題 2.5)P(Φ)≥s(μ)−μ(EΦ)。
(2) 左辺 ≤ 右辺. L を固定し、C=C(L) 上の有限体積 Gibbs 分布 νL(σ)=e−HC(σ)/ZC を作ります。Ω=∏k∈ZdΩC+Lk と見て、各ブロックに νL の平行移動を置いた無限直積測度 λ をとります(定理 6.1[直積測度と Fubini–Tonelli の定理])。λ は θLk で不変なので、
μL=Ld1x∈C∑λ∘θx−1は並進不変です(x+y を LZd を法として見れば、x∈C と同じ代表系を動く)。
エントロピー. n=mL とします。補題 4.1 (iv) から SC(n)(μL)≥L−d∑x∈CSC(n)(λ∘θx−1) で、SC(n)(λ∘θx−1)=SC(n)+x(λ) です。λ の C(n)+x 上の周辺分布はブロックごとの周辺分布の直積なので、(iii) の等号と S≥0 から、C(n)+x に完全に含まれるブロック(少なくとも (m−1)d 個)の寄与だけで SC(n)+x(λ)≥(m−1)dS(νL)。m→∞ として s(μL)≥S(νL)/Ld。
エネルギー. EΦ∘θx=∑B∋xΦB/∣B∣ なので
LdμL(EΦ)=λ(x∈C∑EΦ∘θx)=B∩C=∅∑∣B∣∣B∩C∣λ(ΦB)≤νL(HC)+b(C).ここで B⊂C の項は λ(ΦB)=νL(ΦB) です。
合わせる. 補題 4.1 (i) の等号 S(νL)−νL(HC)=logZC から
s(μL)−μL(EΦ)≥LdlogZC(L)−b(C(L))L→∞P(Φ).よって右辺の上限は P(Φ) 以上です。
∎
例 4.5(独立スピンでの変分原理)
例 2.3 で EΦ=−hω0 です。直積測度 μ=ρ⊗Zd(ρ(±1)=(1±m)/2)では s(μ)=S(ρ)、μ(EΦ)=−hm で、
s(μ)−μ(EΦ)=−21+mlog21+m−21−mlog21−m+hm.m で微分して 0 とおくと m=tanhh で、そのときの値は log(2coshh)=P(Φ) です。直積でない μ では、補題 4.1 (iii) により s(μ)≤S(ρμ)(ρμ は 1 点の周辺分布)なので値は大きくなりません。
圧力は log 分配関数、すなわち Boltzmann 重みの「対数積率母関数」の極限です。その Legendre 変換は、平均が典型的な値から外れる確率の指数を与えます。最も簡単な独立同分布の場合を証明します。
定義 5.1(対数積率母関数と速度関数)↗
実確率変数 X について Λ(t)=logE[etX] とし、すべての t∈R で有限であると仮定する。その Legendre 変換(定義 5.1[凸解析])
I(x)=Λ∗(x)=t∈Rsup(tx−Λ(t))∈[0,∞]を速度関数という。
補題 5.2(速度関数の性質)✓
m=E[X]、a=essinfX、b=esssupX(±∞ を許す)とし、X は定数でないとする。
(i) Λ は C1 で、Λ′(t)=E[XetX]/E[etX]。
(ii) I は凸、I≥0、I(m)=0 で、I は [m,∞) で単調非減少、(−∞,m] で単調非増加。
(iii) a<x<b ならば Λ′(t∗)=x、I(x)=t∗x−Λ(t∗) となる t∗ がある。x>b または x<a ならば I(x)=∞。b<∞ ならば I(b)=−logP(X=b)(a も同様)。
証明(補題 5.2)
(i) ∣x∣≤ex+e−x から、∣t−t0∣≤1 のとき ∣X∣etX≤(eX+e−X)(e(t0+1)X+e(t0−1)X) で、右辺は仮定から可積分です。平均値の定理と優収束定理(定理 7.3[ルベーグ積分の定義と収束定理])で微分と期待値を交換できます。連続性も同じ優関数から従います。
(ii) I はアフィン関数 x↦tx−Λ(t) の上限なので凸で、t=0 から I≥0。Jensen の不等式で Λ(t)≥tm なので I(m)≤0、よって I(m)=0。凸関数が最小点 m の右で非減少・左で非増加であることから単調性が出ます。
(iii) a<x<b とし、g(t)=tx−Λ(t) とおきます。x<c<b となる c をとると P(X≥c)>0 で、t>0 について E[etX]≥etcP(X≥c) だから g(t)≤t(x−c)−logP(X≥c)→−∞(t→∞)。同様に t→−∞ でも g→−∞。g は連続なので最大点 t∗ をもち、(i) から g′(t∗)=x−Λ′(t∗)=0。x>b なら E[etX]≤etb から g(t)≥t(x−b)→∞。x=b<∞ では g(t)=−logE[et(X−b)] で、t↑∞ のとき et(X−b)↓1{X=b}(X≤b a.s.)なので、優収束定理から I(b)=suptg(t)=−logP(X=b)(P(X=b)=0 なら ∞)。
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定理 5.3(Cramér の定理)✓
X1,X2,… を独立同分布な実確率変数とし、Λ(t)=logE[etX1] がすべての t で有限とする。Xˉn=n−1∑i=1nXi とおくと、閉集合 F⊂R と開集合 G⊂R について
n→∞limsupn1logP(Xˉn∈F)≤−x∈FinfI(x),n→∞liminfn1logP(Xˉn∈G)≥−x∈GinfI(x).
証明(定理 5.3)
X1 が定数 m なら Xˉn=m で、I(m)=0、x=m で I(x)=∞ なので自明です。以下 X1 は定数でないとします。
上界. x≥m と t≥0 について、Markov の不等式(定理 6.1[確率変数と期待値])と独立性から
P(Xˉn≥x)≤e−ntxE[et∑Xi]=e−n(tx−Λ(t)).t<0 では tx−Λ(t)≤tm−Λ(t)≤0(Jensen)なので、t≥0 での上限は I(x) に等しく、P(Xˉn≥x)≤e−nI(x)。同様に x≤m で P(Xˉn≤x)≤e−nI(x)。F が m を含めば主張は自明です。含まなければ、F∩[m,∞) が空でないときその最小元 x+(閉集合なので存在)、F∩(−∞,m] が空でないとき最大元 x− をとると、補題 5.2 (ii) の単調性から infFI=min(I(x+),I(x−)) で、
P(Xˉn∈F)≤P(Xˉn≥x+)+P(Xˉn≤x−)≤2e−ninfFI.(片方が空ならその項を除く。)n1log をとれば上界です。
下界. x∈G と、(x−δ,x+δ)⊂G となる δ>0 を固定し、liminfn1logP(∣Xˉn−x∣<δ)≥−I(x) を示せば十分です。I(x)=∞ なら自明です。補題 5.2 (iii) から、残るのは a<x<b の場合と x∈{a,b} の場合です。
x=b なら P(∣Xˉn−b∣<δ)≥P(X1=⋯=Xn=b)=e−nI(b) で済みます(x=a も同様)。
a<x<b のとき、(iii) の t∗ で傾けた分布 dQ=et∗X1−Λ(t∗)dP を考えます。Q のもとで X1 の平均は Λ′(t∗)=x です。X1,…,Xn の同時分布を ∏iet∗Xi−Λ(t∗) で傾けた Qn のもとで Xi は独立同分布なので、大数の弱法則(定理 4.1[大数の法則と中心極限定理])から Qn(∣Xˉn−x∣<δ)→1。事象 {∣Xˉn−x∣<δ} の上で t∗∑Xi≤n(t∗x+∣t∗∣δ) なので
P(∣Xˉn−x∣<δ)=EQn[e−t∗∑Xi+nΛ(t∗);∣Xˉn−x∣<δ]≥e−n(I(x)+∣t∗∣δ)Qn(∣Xˉn−x∣<δ).よって liminfn1logP(∣Xˉn−x∣<δ)≥−I(x)−∣t∗∣δ。δ を小さくしても左辺は減らない(事象が小さくなるだけ)ので、任意の 0<δ′≤δ で同じ評価を使い δ′→0 とすれば −I(x) 以上です。
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例 5.4(±1 のコイン投げと混合エントロピー)
P(X=±1)=1/2 なら Λ(t)=logcosht で、Λ′(t)=tanht=x を解いて
I(x)=21+xlog(1+x)+21−xlog(1−x)(∣x∣≤1),∣x∣>1 で I=∞ です。I(x)=log2−S(ρx)(ρx(±1)=(1±x)/2)なので、平均が x になる配位の個数がおよそ enS(ρx) であることの言い換えです。例 4.5 の被最大化関数は log2−I(m)+hm で、圧力 log(2coshh)=log2+Λ(h) は I の Legendre 変換に log2 を足したものです(定理 5.5[凸解析])。
投げる回数 n を増やすと、厳密な二項確率から作った −n1logP(Xˉn=x) が速度関数 I(x) に重なっていく様子を見てください。
コイン投げの平均 x ごとの −n1logP(Xˉn=x)(青)は、n が大きくなると速度関数 I(x)(赤)に近づく。
演習 6.1易
最近接 Ising 模型(例 2.2)について b(C(L)) を計算し、b(C(L))/Ld≤2d∣J∣/L を示してください。
解答
A⊂C(L) で A∩C(L)=∅ となる A は、C(L) の面を横切る最近接対だけです(1 点集合は C(L) に含まれるか交わらない)。b(C(L)) の和では、そのような対 {x,y}(x∈C(L))が x のところで 1 回数えられ、重みは ∣J∣ です。面を横切る対の数は、2d 個の面それぞれに Ld−1 本なので b(C(L))=2dLd−1∣J∣、したがって b(C(L))/Ld=2d∣J∣/L です。
演習 6.2標準
d=2 の最近接 Ising 模型(h=0)で、Λn={0,…,n−1}×{0} とします。limnpΛn が存在して log(2coshJ) に等しいことを示し、これが一般には P(Φ) と異なることを、J→∞ での振る舞いを比べて説明してください。(ヒント: P(Φ)≥ 全スピン +1 の配位だけからの寄与。)
解答
Λn の中の相互作用は横方向の n−1 本だけです。τi=σiσi+1(i=0,…,n−2)と σ0 は {±1}n の座標変換を与えるので、ZΛn=∑σ0,τeJ∑τi=2(2coshJ)n−1、pΛn→log(2coshJ) です。一方 ZC(L)≥eJ⋅2L(L−1)(全 +1 の配位、対の数は 2L(L−1))なので P(Φ)≥2J。J→∞ で log(2coshJ)=J+o(1) ですから、大きな J では P(Φ)>limpΛn です。線分は 1 点あたり 1 本の結合しか持たず、平面の 1 点あたり 2 本の結合を反映しません。van Hove 条件はこのずれを排除します。
演習 6.3標準
(1) X∼N(m,v)(v>0)について I(x)=(x−m)2/(2v) を示してください。(2) X が平均 λ>0 の Poisson 分布に従うとき I(x)=xlog(x/λ)−x+λ(x≥0)、I(x)=∞(x<0)を示し、I(0)=−logP(X=0) が 補題 5.2 (iii) と合うことを確かめてください。
解答
(1) Λ(t)=mt+vt2/2。tx−Λ(t) は t=(x−m)/v で最大で、値は (x−m)2/(2v) です。
(2) Λ(t)=λ(et−1)。x>0 では λet=x、つまり t=log(x/λ) で最大となり、I(x)=xlog(x/λ)−x+λ。a=essinfX=0 なので x<0 では I=∞、x=0 では supt(−λ(et−1))=λ(t→−∞)で、−logP(X=0)=λ と一致します。
演習 6.4標準
系 3.4 の f(h) について、f は凸で ∣f(h)−f(h′)∣≤∣h−h′∣maxs∈S∣s∣ を満たし、f の右微分と左微分は [−max∣s∣,max∣s∣] に入ることを示してください。S={−1,1} の Ising 模型で f′(0+)>0 となることは何を意味しますか。
解答
Φh−Φh′ は 1 点の項 −(h−h′)ωx だけなので ∥Φh−Φh′∥=∣h−h′∣max∣s∣ で、定理 3.3 から凸性と Lipschitz 性が出ます。凸で Lipschitz 定数 c=max∣s∣ の関数の片側微分は [−c,c] に入ります。Ising 模型では f は偶関数(σ↦−σ の対称性)なので f′(0−)=−f′(0+)。f′(0+)>0 なら f は 0 で微分できず、系 3.4 の証明から、h↓0 の磁化の極限 f′(0+) と h↑0 の極限 −f′(0+) が食い違います。これが自発磁化で、第 3 章 で d≥2 の低温で起きることを示します。
- H.-O. Georgii, Gibbs Measures and Phase Transitions, 2nd ed., de Gruyter, 2011 — 第 15 章(変分原理)。
- B. Simon, The Statistical Mechanics of Lattice Gases, Vol. I, Princeton University Press, 1993 — 圧力の存在と変分原理を扱う章。
- S. Friedli, Y. Velenik, Statistical Mechanics of Lattice Systems: A Concrete Mathematical Introduction, Cambridge University Press, 2017 — 第 1 章(平衡熱力学と凸性)、第 2 章(Curie–Weiss 模型)、第 3 章(Ising 模型の熱力学極限)。
- D. Ruelle, Statistical Mechanics: Rigorous Results, W. A. Benjamin, 1969 — 格子系の熱力学極限を扱う章。
- A. Dembo, O. Zeitouni, Large Deviations Techniques and Applications, 2nd ed., Springer, 1998 — §2.2(Cramér の定理)。
執筆: Claude Code(Opus 5.5)、Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 2 回(Claude Code)・最終 2026-10-12