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劣加法エルゴード定理と Lyapunov 指数:Kingman・Furstenberg–Kesten・Oseledets

対象読者: 本テーマのエルゴード定理の章(バーコフの定理)と、行列のノルムや特異値分解を学んだ人。1 次元シュレディンガー作用素は応用の動機として触れるだけで、既習でなくても読めます。

前提となる記事:エルゴード定理:測度保存系・混合・von Neumann と Birkhoff の定理、行列の分解と標準形:ケイリー・ハミルトンから特異値分解・ウィリアムソンの標準形まで

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長い道のりを前半と後半に分けて進むとき、全体の所要時間は、近道があるかもしれないので、前半と後半の所要時間の和以下になります。このように「分けた部分の和で上から押さえられる量」を長く続けると、1 区間あたりの平均がほぼ一定の値に落ち着く、というのが Kingman の定理です。行列を何度も掛けたとき、結果の大きさが 1 回あたりどれだけの割合で伸びるかを調べるのに使います。この記事を読むと、その伸び率(Lyapunov 指数)が存在することの証明と、縮む方向が 1 つに決まる理由が分かります。

  • 確率変数の列 gng_n が gn+m≤gn+gm∘Tng_{n+m}\le g_n+g_m\circ T^n を満たすとき(劣加法的コサイクル。gng_n は時刻 00 から nn までに「かかった量」、gm∘Tng_m\circ T^n は時刻 nn から mm だけ進む間の量を表す)、測度保存系の上で gn/ng_n/n はほとんど至る所収束します(Kingman の劣加法エルゴード定理)。数列についての Fekete の補題と、和についての Birkhoff の定理の共通の一般化です。
  • 証明は Steele(1989)の方法で行います。Birkhoff の定理で加法的な部分を取り除いて gn≤0g_n\le0 に帰着し、「早めに平均が下がる時刻」で [0,n)[0,n) を貪欲に区切ります。
  • 行列値関数 AA の積 An(x)=A(Tn−1x)⋯A(x)A_n(x)=A(T^{n-1}x)\cdots A(x) について、log⁡∥An∥\log\|A_n\| は劣加法的なので、1nlog⁡∥An(x)∥\frac1n\log\|A_n(x)\| は a.e. で Lyapunov 指数 LL に収束します(Furstenberg–Kesten の定理)。
  • SL(2,R)SL(2,\mathbb{R}) に値をとるエルゴード的なコサイクルで L>0L>0 なら、ほとんどすべての xx でベクトル vv の方向がちょうど 1 つあって ∥An(x)v∥\|A_n(x)v\| は e−nLe^{-nL} の速さで減衰し、それ以外の方向は enLe^{nL} で増大します(Oseledets の定理の 2 次元版)。鍵は、ノルムの成長率だけから減衰方向を構成する決定論的な補題です。
  • これらは 1 次元の Schrödinger 作用素の転送行列に使われ、Ishii–Pastur の定理(Lyapunov 指数が正のエネルギーに絶対連続スペクトルは無い)の証明の材料になります。

確率変数の和 X1+⋯+XnX_1+\dots+X_n に対する大数の法則を、積 Yn⋯Y1Y_n\cdots Y_1 に拡げることを考えます。YkY_k が正の実数なら対数を取って和に戻せますが、YkY_k が行列だと log⁡\log は積を和に変えません。それでもノルムについては ∥Yn+m⋯Y1∥≤∥Yn+m⋯Yn+1∥ ∥Yn⋯Y1∥\|Y_{n+m}\cdots Y_1\|\le\|Y_{n+m}\cdots Y_{n+1}\|\,\|Y_n\cdots Y_1\| が成り立つので、対数を取ると劣加法性が残ります。

数列の場合、劣加法的な an+m≤an+ama_{n+m}\le a_n+a_m に対して an/na_n/n が収束することは Fekete の補題(補題 6.1[数え上げと母関数])です。Kingman(1968)はこれを測度保存系の上の確率変数の列に拡げ、Birkhoff の定理(定理 5.2[エルゴード定理])と Fekete の補題を 1 つにまとめました。Furstenberg と Kesten(1960)はそれ以前に、独立な乱行列の積のノルムの成長率を調べていました。

応用の典型は 1 次元の離散 Schrödinger 方程式 u(n+1)+u(n−1)+V(n)u(n)=Eu(n)u(n+1)+u(n-1)+V(n)u(n)=Eu(n) です。解は 2×2 の転送行列(隣り合う 2 点での解の値から、1 つ先の 2 点での値を作る行列)の積で書け、その成長率(Lyapunov 指数)がスペクトルの型を決めます。Harper 模型とほぼ Mathieu 作用素 では、位相についての平均 ∫log⁡∥An∥\int\log\|A_n\| だけを Fekete の補題で扱いました。この章の定理は、個々の位相での成長率と、減衰する解の存在を与えます。

2. Kingman の劣加法エルゴード定理

Section titled “2. Kingman の劣加法エルゴード定理”

以下 (X,B,μ,T)(X,\mathcal{B},\mu,T) は測度保存系(定義 2.1[エルゴード定理])、I\mathcal{I} は不変 σ-加法族、Snf=∑k<nf∘TkS_nf=\sum_{k<n}f\circ T^k です。

定義 2.1(劣加法的コサイクル)↗

可積分な実数値関数の列 gn∈L1(μ)g_n\in L^1(\mu)(n≥1n\ge1)が、ほとんどすべての xx で

gn+m(x)≤gn(x)+gm(Tnx)(すべての n,m≥1)g_{n+m}(x)\le g_n(x)+g_m(T^nx)\qquad(\text{すべての }n,m\ge1)

を満たすとき、(gn)(g_n) を劣加法的コサイクルという。等号が成り立つものを加法的コサイクルという。

加法的コサイクルは gn=Sng1g_n=S_ng_1 の形のものに限ります(m=1m=1 として帰納法)。Birkhoff の定理はこの場合の主張です。

不等式の意味は、区間 [0,n+m)[0,n+m) を [0,n)[0,n) と [n,n+m)[n,n+m) に分けて見ると分かります。たとえば gn=Snfg_n=S_nf なら、Sn+mf(x)S_{n+m}f(x) は最初の nn 項の和 Snf(x)S_nf(x) と、残りの mm 項の和の合計で、残りの和は TnxT^nx から数え始めた Smf(Tnx)S_mf(T^nx) にちょうど等しくなります。コサイクルの条件は、この等式を「≤\le」に弱めたものです。

0nn+mg_n(x)g_m(T^n x)全体 g_{n+m}(x) は、この 2 つの和以下
g_{n+m}(x) ≤ g_n(x) + g_m(T^n x) の意味。時刻 0 から n+m までを、0 から n までと、n から n+m までに分ける。後半は点 T^n x から出発して m 歩進む量として測る。

補題 2.2(積分の劣加法性)✓

劣加法的コサイクルについて γn=∫gn dμ\gamma_n=\int g_n\,d\mu は劣加法的で、γ=lim⁡nγn/n=inf⁡nγn/n∈[−∞,∞)\gamma=\lim_n\gamma_n/n=\inf_n\gamma_n/n\in[-\infty,\infty) が存在する。

証明(補題 2.2)

定義の不等式を積分し、∫gm∘Tn dμ=∫gm dμ\int g_m\circ T^n\,d\mu=\int g_m\,d\mu(補題 2.2[エルゴード定理] の 2)を使うと γn+m≤γn+γm\gamma_{n+m}\le\gamma_n+\gamma_m です。あとは Fekete の補題(補題 6.1[数え上げと母関数])です。

補題 2.3(劣不変な関数は不変)✓

h:X→[−∞,∞]h:X\to[-\infty,\infty] が可測で、ほとんどすべての xx で h(x)≤h(Tx)h(x)\le h(Tx) を満たすなら、h∘T=hh\circ T=h a.e. である。

証明(補題 2.3)

有理数 cc について Ac={h>c}A_c=\{h>c\} とおくと、仮定から Ac∖T−1Ac={h>c≥h∘T}A_c\setminus T^{-1}A_c=\{h>c\ge h\circ T\} は零集合です。μ(T−1Ac)=μ(Ac)\mu(T^{-1}A_c)=\mu(A_c) なので

μ(T−1Ac∖Ac)=μ(T−1Ac)−μ(T−1Ac∩Ac)=μ(Ac)−μ(T−1Ac∩Ac)=μ(Ac∖T−1Ac)=0\mu(T^{-1}A_c\setminus A_c)=\mu(T^{-1}A_c)-\mu(T^{-1}A_c\cap A_c)=\mu(A_c)-\mu(T^{-1}A_c\cap A_c)=\mu(A_c\setminus T^{-1}A_c)=0

です。h(x)<h(Tx)h(x)<h(Tx) なら間に有理数 cc があり x∈T−1Ac∖Acx\in T^{-1}A_c\setminus A_c なので、{h<h∘T}\{h<h\circ T\} は零集合の可算和に含まれます。

定理 2.4(Kingman の劣加法エルゴード定理)✓

(gn)(g_n) を測度保存系の上の劣加法的コサイクルとし、γ\gamma を 補題 2.2 の値とする。可測関数 g:X→[−∞,∞)g:X\to[-\infty,\infty) が存在して次が成り立つ。

  1. ほとんどすべての xx で gn(x)/n→g(x)g_n(x)/n\to g(x)。
  2. g∘T=gg\circ T=g a.e.、g+∈L1(μ)g^+\in L^1(\mu)、∫g dμ=γ\int g\,d\mu=\gamma(両辺が −∞-\infty の場合を含む)。
  3. TT がエルゴード的なら g=γg=\gamma a.e. である。

証明の前に、具体的な場合を 2 つ見ておきます。

例 2.5(Fekete と Birkhoff)

(a) XX が 1 点なら gng_n は数列で、定理は Fekete の補題そのものです。

(b) gn=Snfg_n=S_nf(f∈L1f\in L^1)なら加法的で、定理は 定理 5.2[エルゴード定理] の 1・4 です。証明ではこの場合を逆に使います。

次の証明の見取り図です。まず Birkhoff の定理で加法的な部分を引き、gn≤0g_n\le0 の場合に直します。そのうえで、gn/ng_n/n の下極限(長く見たときの平均の最小の落ち着き先)を −M-M で下から打ち切ったものを GG とします。長さ nn の区間を、「平均が GG に近い値まで下がる」良いブロックでできるだけ埋めます。うまく下がらない時刻(BNB_N に入る時刻)は長さ 11 のブロックで埋め、そのような時刻の割合は Birkhoff の定理で小さいと分かります。G,ε,M,NG,\varepsilon,M,N は、この見積もりを精密にするための道具で、最後に ε→0\varepsilon\to0、M→∞M\to\infty とします。

証明(定理 2.4)

加法的な部分の除去。 hn=Sng1h_n=S_ng_1 とし gn′=gn−hng'_n=g_n-h_n とおきます。hnh_n は加法的なので gn′g'_n も劣加法的コサイクルで、g1′=0g'_1=0 です。m=1m=1 の不等式を繰り返して gn′≤∑k<ng1′∘Tk=0g'_n\le\sum_{k<n}g'_1\circ T^k=0 です。Birkhoff の定理(定理 5.2[エルゴード定理])から hn/n→E[g1∣I]h_n/n\to E[g_1\mid\mathcal{I}] a.e. で、これは有限・可積分・不変、積分は ∫g1\int g_1 です。また ∫gn′=γn−n∫g1\int g'_n=\gamma_n-n\int g_1 です。したがって gn′g'_n について定理を示せば、g=g′+E[g1∣I]g=g'+E[g_1\mid\mathcal{I}] として元の主張が従います(g+≤(E[g1∣I])+g^+\le(E[g_1\mid\mathcal{I}])^+ は g′≤0g'\le0 から)。以下 gn′g'_n を改めて gng_n と書き、gn≤0g_n\le0、g1=0g_1=0 を仮定します。劣加法性の不等式がすべての n,mn,m で成り立つ点の集合を YY とすると μ(Y)=1\mu(Y)=1 です。

下極限の不変性。 g‾=lim inf⁡ngn/n∈[−∞,0]\underline g=\liminf_ng_n/n\in[-\infty,0] とおきます。gn+1(x)≤g1(x)+gn(Tx)=gn(Tx)g_{n+1}(x)\le g_1(x)+g_n(Tx)=g_n(Tx) から

gn+1(x)n+1≤nn+1⋅gn(Tx)n\frac{g_{n+1}(x)}{n+1}\le\frac n{n+1}\cdot\frac{g_n(Tx)}n

で、下極限を取ると(値は 00 以下)g‾(x)≤g‾(Tx)\underline g(x)\le\underline g(Tx) です。補題 2.3 から g‾∘T=g‾\underline g\circ T=\underline g a.e. です。

被覆による上からの評価(Steele)。 ε>0\varepsilon>0、M>0M>0 を固定し、G=max⁡(g‾,−M)G=\max(\underline g,-M) とおきます。GG は不変(a.e.)で −M≤G≤0-M\le G\le0 です。X0X_0 を、すべての k≥0k\ge0 で Tkx∈YT^kx\in Y かつ G(Tkx)=G(x)G(T^kx)=G(x) となる xx の集合とすると、X0X_0 は測度 11 の集合の可算個の共通部分(μ(T−kY)=μ(Y)=1\mu(T^{-k}Y)=\mu(Y)=1)なので μ(X0)=1\mu(X_0)=1 です。

τ(x)=min⁡{n≥1:gn(x)≤n(G(x)+ε)}\tau(x)=\min\{n\ge1:g_n(x)\le n(G(x)+\varepsilon)\}

とおきます。g‾<G+ε\underline g<G+\varepsilon が常に成り立つので(g‾≥−M\underline g\ge-M なら G=g‾G=\underline g、そうでなければ g‾<−M=G\underline g<-M=G)、gn/n<G+εg_n/n<G+\varepsilon となる nn があり、τ\tau は有限な可測関数です。N≥1N\ge1 について BN={τ>N}B_N=\{\tau>N\} とおくと、BNB_N は NN について減少し共通部分は空です。

x∈X0x\in X_0 と n>Nn>N を固定し、[0,n)[0,n) を次のように区切ります。k=0k=0 から始めて、Tkx∉BNT^kx\notin B_N かつ k+τ(Tkx)≤nk+\tau(T^kx)\le n なら長さ τ(Tkx)\tau(T^kx) の「良いブロック」[k,k+τ(Tkx))[k,k+\tau(T^kx)) を取って kk をその右端に進め、そうでなければ長さ 11 の「単独ブロック」[k,k+1)[k,k+1) を取って kk を 11 進めます。Tkx∉BNT^kx\notin B_N なら τ(Tkx)≤N\tau(T^kx)\le N なので、単独ブロックの左端 kk は Tkx∈BNT^kx\in B_N か k>n−Nk>n-N のどちらかを満たします。

劣加法性を区切りに沿って繰り返し使うと、gn(x)g_n(x) はブロックごとの g長さ(T左端x)g_{\text{長さ}}(T^{\text{左端}}x) の和以下です。良いブロックでは gτ(Tkx)≤τ(Tkx) (G(Tkx)+ε)=τ(Tkx)(G(x)+ε)g_\tau(T^kx)\le\tau(T^kx)\,(G(T^kx)+\varepsilon)=\tau(T^kx)(G(x)+\varepsilon)、単独ブロックでは g1=0g_1=0 です。良いブロックの長さの合計を ℓ\ell とすると、n−ℓ≤#{k<n:Tkx∈BN}+Nn-\ell\le\#\{k<n:T^kx\in B_N\}+N で、−(G+ε)≤M-(G+\varepsilon)\le M なので

gn(x)≤ℓ (G(x)+ε)=n(G(x)+ε)−(n−ℓ)(G(x)+ε)≤n(G(x)+ε)+M(Sn1BN(x)+N)g_n(x)\le\ell\,(G(x)+\varepsilon)=n(G(x)+\varepsilon)-(n-\ell)(G(x)+\varepsilon)\le n(G(x)+\varepsilon)+M\bigl(S_n\mathbf{1}_{B_N}(x)+N\bigr)

です(n−ℓ≥0n-\ell\ge0 と −(G+ε)≤M-(G+\varepsilon)\le M を掛け合わせた)。nn で割って上極限を取り、Birkhoff の定理を 1BN\mathbf{1}_{B_N} に使うと、ほとんどすべての xx で

gˉ:=lim sup⁡ngnn≤G+ε+MφN,φN=E[1BN∣I]\bar g:=\limsup_n\frac{g_n}n\le G+\varepsilon+M\varphi_N,\qquad\varphi_N=E[\mathbf{1}_{B_N}\mid\mathcal{I}]

です。条件付き期待値の単調性(命題 4.1[条件付き期待値] の 2)から φN≥0\varphi_N\ge0 は NN について a.e. で減少し、極限 φ≥0\varphi\ge0 は ∫φ≤∫φN=μ(BN)→0\int\varphi\le\int\varphi_N=\mu(B_N)\to0(測度の連続性)を満たすので φ=0\varphi=0 a.e. です。よって gˉ≤G+ε\bar g\le G+\varepsilon a.e. です。ε=1/j→0\varepsilon=1/j\to0、M=j→∞M=j\to\infty と可算個の値で動かすと、g‾>−∞\underline g>-\infty の点では gˉ≤g‾\bar g\le\underline g、g‾=−∞\underline g=-\infty の点では gˉ≤−M\bar g\le-M がすべての MM で成り立ち gˉ=−∞\bar g=-\infty です。したがって g=lim⁡gn/ng=\lim g_n/n が a.e. で [−∞,0][-\infty,0] の中に存在し、g=g‾g=\underline g は不変です。

積分。 −gn/n≥0-g_n/n\ge0 に Fatou の補題(補題 6.1[ルベーグ積分の定義と収束定理])を使うと ∫(−g)≤lim inf⁡n∫(−gn/n)=−γ\int(-g)\le\liminf_n\int(-g_n/n)=-\gamma、すなわち ∫g≥γ\int g\ge\gamma です。逆向きは m≥1m\ge1 を固定し、劣加法性を長さ mm のブロックに使って

gkm(x)≤∑j=0k−1gm(Tjmx)g_{km}(x)\le\sum_{j=0}^{k-1}g_m(T^{jm}x)

とします。TmT^m も μ\mu を保つので、Birkhoff の定理を TmT^m と gmg_m に使うと右辺を kk で割ったものは a.e. で ψm\psi_m に収束し、∫ψm=∫gm\int\psi_m=\int g_m です。左辺を kmkm で割った極限は gg なので g≤ψm/mg\le\psi_m/m a.e.、よって ∫g≤γm/m\int g\le\gamma_m/m です。mm について下限を取って ∫g≤γ\int g\le\gamma です。

エルゴード的な場合。 eg∈[0,1]e^g\in[0,1] は不変なので、命題 3.3[エルゴード定理] の 3 から a.e. で定数、したがって gg も a.e. で定数(−∞-\infty を含む)で、2 からその値は γ\gamma です。

注意 2.6(L¹ 収束と仮定)

γ>−∞\gamma>-\infty なら gn/n→gg_n/n\to g は L1L^1 でも成り立ちます(gn≤0g_n\le0 に帰着した後、∫gn/n→γ=∫g\int g_n/n\to\gamma=\int g と各点収束から、Scheffé 型の議論で従います)。また仮定は g1+∈L1g_1^+\in L^1 だけに弱められます。この記事の応用では使わないので、証明は省きます。

例 2.7(劣加法性が現れる例)

  • 最初到達時間浸透:Z2\mathbb{Z}^2 の辺に独立同分布の非負の通過時間を置き、原点から (n,0)(n,0) までの最短通過時間を t0,nt_{0,n} とすると、t0,n+m≤t0,n+tn,n+mt_{0,n+m}\le t_{0,n}+t_{n,n+m} です。tn,n+mt_{n,n+m} は t0,mt_{0,m} を (n,0)(n,0) だけ平行移動したものなので、辺の重みの空間の上の平行移動(Bernoulli シフトと同様に混合的)を測度保存系とみなすと、通過時間が可積分なら t0,n/nt_{0,n}/n は a.s. で定数(時定数)に収束します。Hammersley と Welsh が導入したこの問題が、Kingman の定理の動機の一つでした。
  • 行列積のノルム:次節の log⁡∥An∥\log\|A_n\| です。
0nτ(x)∈ B_N末尾 N 歩未満
Steele の被覆。各時刻 k で、そこから τ(T^k x) ≤ N 歩以内に平均が G + ε 以下に下がるなら良いブロック(太線)を取り、そうでない時刻(T^k x ∈ B_N)と末尾の N 歩未満は長さ 1 の単独ブロック(白丸)で埋める。単独ブロックの数は B_N への訪問回数 + N 以下で、Birkhoff の定理によりその割合は小さい。

定義 3.1(行列コサイクルと Lyapunov 指数)↗

測度保存系 (X,B,μ,T)(X,\mathcal{B},\mu,T) と可測写像 A:X→GL(d,R)A:X\to GL(d,\mathbb{R}) について

An(x)=A(Tn−1x)⋯A(Tx)A(x)(n≥1),A0(x)=IA_n(x)=A(T^{n-1}x)\cdots A(Tx)A(x)\quad(n\ge1),\qquad A_0(x)=I

とおき、組 (T,A)(T,A) を行列コサイクルという。∥⋅∥\|\cdot\| は Cd\mathbb{C}^d の Euclid ノルムに関する作用素ノルムとする。An+m(x)=Am(Tnx)An(x)A_{n+m}(x)=A_m(T^nx)A_n(x) が成り立つ。極限

L=lim⁡n→∞1n∫Xlog⁡∥An(x)∥ dμ(x)L=\lim_{n\to\infty}\frac1n\int_X\log\|A_n(x)\|\,d\mu(x)

が存在するとき、これを(最大)Lyapunov 指数という。

log⁡+t=max⁡(log⁡t,0)\log^+t=\max(\log t,0) と書きます。

定理 3.2(Furstenberg–Kesten の定理)✓

(T,A)(T,A) を行列コサイクルとし、log⁡+∥A∥\log^+\|A\| と log⁡+∥A−1∥\log^+\|A^{-1}\| が L1(μ)L^1(\mu) に属するとする。このとき LL は存在して有限で、L=inf⁡n1n∫log⁡∥An∥ dμL=\inf_n\frac1n\int\log\|A_n\|\,d\mu であり、ほとんどすべての xx で

lim⁡n→∞1nlog⁡∥An(x)∥=λ(x)\lim_{n\to\infty}\frac1n\log\|A_n(x)\|=\lambda(x)

が存在する。λ\lambda は不変、可積分で ∫λ dμ=L\int\lambda\,d\mu=L。TT がエルゴード的なら λ=L\lambda=L a.e. である。

証明(定理 3.2)

gn(x)=log⁡∥An(x)∥g_n(x)=\log\|A_n(x)\| とおきます。行列の成分は xx の可測関数でノルムは連続なので、gng_n は可測です。作用素ノルムの劣乗法性 ∥PQ∥≤∥P∥∥Q∥\|PQ\|\le\|P\|\|Q\| とコサイクルの等式から

gn+m(x)=log⁡∥Am(Tnx)An(x)∥≤gn(x)+gm(Tnx)g_{n+m}(x)=\log\|A_m(T^nx)A_n(x)\|\le g_n(x)+g_m(T^nx)

で、(gn)(g_n) は劣加法的です。可積分性:gn≤∑k<nlog⁡+∥A∥∘Tkg_n\le\sum_{k<n}\log^+\|A\|\circ T^k です。また 1=∥I∥≤∥An∥∥An−1∥1=\|I\|\le\|A_n\|\|A_n^{-1}\|、An−1=A(x)−1⋯A(Tn−1x)−1A_n^{-1}=A(x)^{-1}\cdots A(T^{n-1}x)^{-1} から

gn≥−log⁡∥An−1∥≥−∑k<nlog⁡+∥A−1∥∘Tkg_n\ge-\log\|A_n^{-1}\|\ge-\sum_{k<n}\log^+\|A^{-1}\|\circ T^k

です。どちらの右辺も 補題 2.2[エルゴード定理] により可積分なので gn∈L1g_n\in L^1 です。Kingman の定理(定理 2.4)から gn/n→λg_n/n\to\lambda a.e.、λ\lambda は不変で ∫λ=γ=L\int\lambda=\gamma=L、エルゴード的なら λ=L\lambda=L です。下からの評価を積分して γn/n≥−∫log⁡+∥A−1∥\gamma_n/n\ge-\int\log^+\|A^{-1}\| なので L>−∞L>-\infty、Birkhoff の定理を右辺に使えば λ≥−E[log⁡+∥A−1∥∣I]\lambda\ge-E[\log^+\|A^{-1}\|\mid\mathcal{I}] a.e. です。右辺は可積分で、Kingman の定理の 2 から λ+\lambda^+ も可積分なので、λ\lambda は可積分です。

例 3.3(定数行列)

A(x)=AA(x)=A が定数なら ∥An∥1/n\|A^n\|^{1/n} はスペクトル半径 r(A)r(A) に収束し(Gelfand の公式、定理 6.7[有界作用素と共役作用素])、L=log⁡r(A)L=\log r(A) です。A=(1101)A=\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix} では ∥An∥\|A^n\| は nn 程度に増えますが L=0L=0 です。Lyapunov 指数は指数的な成長しか見ません。

例 3.4(Anderson 模型の転送行列)

ν\nu を ∫log⁡(1+∣v∣) dν(v)<∞\int\log(1+|v|)\,d\nu(v)<\infty を満たす R\mathbb{R} 上の確率測度、(RN,P,σ)(\mathbb{R}^{\mathbb{N}},P,\sigma) を Bernoulli シフト(例 2.6[エルゴード定理])とします。E∈RE\in\mathbb{R} について

AE(x)=(E−x1−110)A^E(x)=\begin{pmatrix}E-x_1&-1\\1&0\end{pmatrix}

とおくと、AnE(x)A^E_n(x) は独立同分布のポテンシャル V(k)=xkV(k)=x_k をもつ方程式 u(k+1)+u(k−1)+V(k)u(k)=Eu(k)u(k+1)+u(k-1)+V(k)u(k)=Eu(k) の転送行列 (u(k),u(k−1))↦(u(k+1),u(k))(u(k),u(k-1))\mapsto(u(k+1),u(k)) を k=1,…,nk=1,\dots,n と掛けたものです。det⁡AE=1\det A^E=1 で、Frobenius ノルムで押さえて ∥AE(x)∥≤∣E∣+∣x1∣+2\|A^E(x)\|\le|E|+|x_1|+2、また 2×22\times2 で行列式 11 の行列は ∥M−1∥=∥M∥\|M^{-1}\|=\|M\| を満たす(次節の 補題 4.1)ので仮定が成り立ちます。Bernoulli シフトはエルゴード的(命題 3.10[エルゴード定理])なので、各 EE について、ほとんどすべてのポテンシャルの実現で 1nlog⁡∥AnE∥\frac1n\log\|A^E_n\| は定数 L(E)L(E) に収束します。

例 3.5(ほぼ Mathieu 作用素の転送行列)

Harper 模型とほぼ Mathieu 作用素 の転送行列(定義 5.1[Harper 模型とほぼ Mathieu 作用素])は、円の回転 RαR_\alpha の上の SL(2,R)SL(2,\mathbb{R}) コサイクルで、∥AE(θ)∥≤∣E∣+2λ+1\|A^E(\theta)\|\le|E|+2\lambda+1 は有界です。そこで定義された L(E)=lim⁡nan(E)/nL(E)=\lim_na_n(E)/n は上の LL と同じもので、α\alpha が無理数なら RαR_\alpha はエルゴード的(定理 3.7[エルゴード定理])なので、定理 3.2 から、ほとんどすべての θ\theta で 1nlog⁡∥AnE(θ)∥→L(E)\frac1n\log\|A_n^E(\theta)\|\to L(E) です。

4. SL(2,ℝ) コサイクルの Oseledets の定理

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Furstenberg–Kesten の定理は「最も速く伸びる方向」の成長率しか言いません。行列式が 11 の 2×22\times2 行列の積では、伸びる方向があれば縮む方向もあるはずです。縮む方向が時間 nn によらず 1 本に定まることが、この節の主題です。

補題 4.1(SL(2,ℝ) の行列の特異値)✓

M∈SL(2,R)M\in SL(2,\mathbb{R})(実行列で det⁡M=1\det M=1)とし、σ=∥M∥\sigma=\|M\| とする。

  1. 実の正規直交基底 s,ts,t が存在して、すべての a,b∈Ca,b\in\mathbb{C} で ∥M(as+bt)∥2=∣a∣2σ−2+∣b∣2σ2\|M(as+bt)\|^2=|a|^2\sigma^{-2}+|b|^2\sigma^2。特に σ≥1\sigma\ge1 で、すべての vv で ∥Mv∥≥σ−1∥v∥\|Mv\|\ge\sigma^{-1}\|v\|。
  2. ∥M−1∥=∥M∥\|M^{-1}\|=\|M\|。
証明(補題 4.1)

1。MTMM^{\mathsf{T}}M は実対称で正定値なので、実対称行列の直交対角化(系 4.3[スペクトル定理])により実の正規直交固有ベクトル s,ts,t と固有値 0<ρ1≤ρ20<\rho_1\le\rho_2 があります。ρ1ρ2=det⁡(MTM)=1\rho_1\rho_2=\det(M^{\mathsf{T}}M)=1 です。C2\mathbb{C}^2 の内積で ∥M(as+bt)∥2=⟨as+bt,MTM(as+bt)⟩=∣a∣2ρ1+∣b∣2ρ2\|M(as+bt)\|^2=\langle as+bt,M^{\mathsf{T}}M(as+bt)\rangle=|a|^2\rho_1+|b|^2\rho_2(s⊥ts\perp t なので交差項は消える)です。単位ベクトルについての最大値は ρ2\rho_2 なので σ2=ρ2\sigma^2=\rho_2、ρ1=σ−2\rho_1=\sigma^{-2} です。ρ2≥ρ1\rho_2\ge\rho_1 と ρ1ρ2=1\rho_1\rho_2=1 から σ≥1\sigma\ge1、最小値が σ−2\sigma^{-2} なので後半が従います。

2。J=(01−10)J=\begin{pmatrix}0&1\\-1&0\end{pmatrix} とすると、余因子行列の公式から M−1=JMTJ−1M^{-1}=JM^{\mathsf{T}}J^{-1} です。JJ は直交行列でノルムを変えず、実行列では MT=M∗M^{\mathsf{T}}=M^* なので ∥MT∥=∥M∥\|M^{\mathsf{T}}\|=\|M\|(命題 3.3[有界作用素と共役作用素] の 2)です。

1 の ss を最も縮む方向、tt を最も伸びる方向と呼びます(MM の右特異ベクトル。定理 4.1[行列の分解と標準形] の実行列の場合です)。ss は符号を除いて決まります(σ>1\sigma>1 のとき)。

次の補題は確率を含まない、行列の列についての主張です。証明の流れは、(i) 隣り合う sns_n の差が指数的に小さいことを示し、(ii) 総和可能性から sns_n が収束することを導き、(iii) 極限 ss が実際に縮むことと、他の方向が伸びることを確かめる、の順です。成長率が一定で隣り合う比が指数的に大きくならなければ、各 MnM_n の「最も縮む方向」sns_n は急速に収束し、その極限の方向が実際に指数的に縮みます。

補題 4.2(決定論的な Oseledets の補題)✓

Mn∈SL(2,R)M_n\in SL(2,\mathbb{R})(n≥1n\ge1)が、ある γ>0\gamma>0 について

lim⁡n→∞1nlog⁡∥Mn∥=γ,lim⁡n→∞1nlog⁡∥Mn+1Mn−1∥=0\lim_{n\to\infty}\frac1n\log\|M_n\|=\gamma,\qquad\lim_{n\to\infty}\frac1n\log\|M_{n+1}M_n^{-1}\|=0

を満たすとする。このとき実の単位ベクトル ss が存在して

  1. lim⁡n→∞1nlog⁡∥Mns∥=−γ\displaystyle\lim_{n\to\infty}\frac1n\log\|M_ns\|=-\gamma、
  2. v∈C2∖Csv\in\mathbb{C}^2\setminus\mathbb{C}s ならば lim⁡n→∞1nlog⁡∥Mnv∥=γ\displaystyle\lim_{n\to\infty}\frac1n\log\|M_nv\|=\gamma。

特に lim sup⁡n1nlog⁡∥Mnv∥<γ\limsup_n\frac1n\log\|M_nv\|<\gamma となる vv の全体は 1 次元部分空間 Cs\mathbb{C}s である。

証明(補題 4.2)

σn=∥Mn∥\sigma_n=\|M_n\| とし、補題 4.1 の 1 の実正規直交基底を sn,tns_n,t_n(∥Mnsn∥=σn−1\|M_ns_n\|=\sigma_n^{-1}、∥Mntn∥=σn\|M_nt_n\|=\sigma_n)とします。Bn=Mn+1Mn−1∈SL(2,R)B_n=M_{n+1}M_n^{-1}\in SL(2,\mathbb{R}) とおくと、補題 4.1 の 2 から ∥Bn−1∥=∥Bn∥\|B_n^{-1}\|=\|B_n\| です。

0<ε<γ/40<\varepsilon<\gamma/4 を固定します。仮定から n0n_0 があって、n≥n0n\ge n_0 で

en(γ−ε)≤σn≤en(γ+ε),∥Bn∥≤enεe^{n(\gamma-\varepsilon)}\le\sigma_n\le e^{n(\gamma+\varepsilon)},\qquad\|B_n\|\le e^{n\varepsilon}

です。

sns_n の収束。 sn+1s_{n+1} の符号を ⟨sn+1,sn⟩≥0\langle s_{n+1},s_n\rangle\ge0 となるように選び、sn+1=csn+dtns_{n+1}=cs_n+dt_n(c≥0c\ge0、c2+d2=1c^2+d^2=1)と書きます。補題 4.1 の 1 から ∥Mnsn+1∥≥∣d∣σn\|M_ns_{n+1}\|\ge|d|\sigma_n、一方 Mn=Bn−1Mn+1M_n=B_n^{-1}M_{n+1} から ∥Mnsn+1∥≤∥Bn∥σn+1−1\|M_ns_{n+1}\|\le\|B_n\|\sigma_{n+1}^{-1} なので、n≥n0n\ge n_0 で

∣d∣≤∥Bn∥σnσn+1≤enε−n(γ−ε)−(n+1)(γ−ε)≤e−n(2γ−3ε)|d|\le\frac{\|B_n\|}{\sigma_n\sigma_{n+1}}\le e^{n\varepsilon-n(\gamma-\varepsilon)-(n+1)(\gamma-\varepsilon)}\le e^{-n(2\gamma-3\varepsilon)}

です。0≤c≤10\le c\le1 から ∥sn+1−sn∥2=(1−c)2+d2=2(1−c)≤2(1−c2)=2d2\|s_{n+1}-s_n\|^2=(1-c)^2+d^2=2(1-c)\le2(1-c^2)=2d^2 なので、∥sn+1−sn∥≤2e−n(2γ−3ε)\|s_{n+1}-s_n\|\le\sqrt2e^{-n(2\gamma-3\varepsilon)} です。これは総和可能なので sns_n は単位ベクトル ss に収束し、等比級数の和から定数 CεC_\varepsilon について

∥s−sn∥≤∑k≥n2e−k(2γ−3ε)=Cεe−n(2γ−3ε)(n≥n0)\|s-s_n\|\le\sum_{k\ge n}\sqrt2e^{-k(2\gamma-3\varepsilon)}=C_\varepsilon e^{-n(2\gamma-3\varepsilon)}\qquad(n\ge n_0)

です。

1 の証明。 三角不等式から

∥Mns∥≤∥Mnsn∥+∥Mn∥∥s−sn∥≤e−n(γ−ε)+Cεen(γ+ε)e−n(2γ−3ε)≤(1+Cε)e−n(γ−4ε)\|M_ns\|\le\|M_ns_n\|+\|M_n\|\|s-s_n\|\le e^{-n(\gamma-\varepsilon)}+C_\varepsilon e^{n(\gamma+\varepsilon)}e^{-n(2\gamma-3\varepsilon)}\le(1+C_\varepsilon)e^{-n(\gamma-4\varepsilon)}

なので lim sup⁡n1nlog⁡∥Mns∥≤−γ+4ε\limsup_n\frac1n\log\|M_ns\|\le-\gamma+4\varepsilon です。一方 補題 4.1 の 1 から ∥Mns∥≥σn−1\|M_ns\|\ge\sigma_n^{-1} で、lim inf⁡n1nlog⁡∥Mns∥≥−γ\liminf_n\frac1n\log\|M_ns\|\ge-\gamma です。ss は ε\varepsilon によらない(sns_n の極限)ので、ε→0\varepsilon\to0 として 1 を得ます。

2 の証明。 s⊥s^\perp を ss に直交する実の単位ベクトルとし、v=as+bs⊥v=as+bs^\perp(b≠0b\ne0)と書きます。平面の単位ベクトルについて ∣⟨s⊥,tn⟩∣=∣⟨s,sn⟩∣→1|\langle s^\perp,t_n\rangle|=|\langle s,s_n\rangle|\to1 なので、大きい nn で ∥Mns⊥∥≥∣⟨tn,s⊥⟩∣σn≥σn/2\|M_ns^\perp\|\ge|\langle t_n,s^\perp\rangle|\sigma_n\ge\sigma_n/2 です(補題 4.1 の 1 で s⊥=⟨sn,s⊥⟩sn+⟨tn,s⊥⟩tns^\perp=\langle s_n,s^\perp\rangle s_n+\langle t_n,s^\perp\rangle t_n と展開)。よって

∣b∣σn2−∣a∣ ∥Mns∥≤∥Mnv∥≤σn∥v∥\frac{|b|\sigma_n}2-|a|\,\|M_ns\|\le\|M_nv\|\le\sigma_n\|v\|

で、1 から ∥Mns∥→0\|M_ns\|\to0 なので、両辺の 1nlog⁡\frac1n\log は γ\gamma に収束します。

定理 4.3(SL(2,ℝ) コサイクルの Oseledets の定理)✓

(X,B,μ,T)(X,\mathcal{B},\mu,T) をエルゴード的な測度保存系、A:X→SL(2,R)A:X\to SL(2,\mathbb{R}) を可測で log⁡∥A∥∈L1(μ)\log\|A\|\in L^1(\mu) とし、L≥0L\ge0 を 定理 3.2 の Lyapunov 指数とする。

  1. L>0L>0 なら、ほとんどすべての xx について実の単位ベクトル s(x)s(x) が存在して、1nlog⁡∥An(x)s(x)∥→−L\frac1n\log\|A_n(x)s(x)\|\to-L、かつ v∈C2∖Cs(x)v\in\mathbb{C}^2\setminus\mathbb{C}s(x) なら 1nlog⁡∥An(x)v∥→L\frac1n\log\|A_n(x)v\|\to L である。さらにほとんどすべての xx で A(x)s(x)∈Rs(Tx)A(x)s(x)\in\mathbb{R}s(Tx)(方向の共変性)。
  2. L=0L=0 なら、ほとんどすべての xx とすべての v≠0v\ne0 で 1nlog⁡∥An(x)v∥→0\frac1n\log\|A_n(x)v\|\to0 である。
証明(定理 4.3)

補題 4.1 から ∥A−1∥=∥A∥≥1\|A^{-1}\|=\|A\|\ge1 なので log⁡+∥A∥=log⁡+∥A−1∥=log⁡∥A∥∈L1\log^+\|A\|=\log^+\|A^{-1}\|=\log\|A\|\in L^1 で、定理 3.2 が使え、ほとんどすべての xx で 1nlog⁡∥An(x)∥→L\frac1n\log\|A_n(x)\|\to L です。∥An∥≥1\|A_n\|\ge1 から L≥0L\ge0 です。

次に f=log⁡∥A∥f=\log\|A\| に Birkhoff の定理(定理 5.2[エルゴード定理])を使うと、1nSnf\frac1nS_nf と 1nSn+1f=n+1n⋅Sn+1fn+1\frac1nS_{n+1}f=\frac{n+1}n\cdot\frac{S_{n+1}f}{n+1} は a.e. で同じ有限の極限をもつので、差 1nf(Tnx)→0\frac1nf(T^nx)\to0 です。Mn=An(x)M_n=A_n(x) とすると Mn+1Mn−1=A(Tnx)M_{n+1}M_n^{-1}=A(T^nx) なので、L>0L>0 ならこの xx で 補題 4.2 の仮定が成り立ち、1 の前半を得ます。

共変性:上の結論が xx と TxTx の両方で成り立つ点の集合は測度 11 です(μ(T−1G)=μ(G)\mu(T^{-1}G)=\mu(G))。そのような xx で An(Tx)A(x)s(x)=An+1(x)s(x)A_n(Tx)A(x)s(x)=A_{n+1}(x)s(x) なので 1nlog⁡∥An(Tx)A(x)s(x)∥→−L\frac1n\log\|A_n(Tx)A(x)s(x)\|\to-L、補題の最後の主張から A(x)s(x)∈Cs(Tx)A(x)s(x)\in\mathbb{C}s(Tx) で、実ベクトルなので Rs(Tx)\mathbb{R}s(Tx) に入ります。

L=0L=0 なら、補題 4.1 の 1 から ∥An(x)∥−1∥v∥≤∥An(x)v∥≤∥An(x)∥∥v∥\|A_n(x)\|^{-1}\|v\|\le\|A_n(x)v\|\le\|A_n(x)\|\|v\| で、両側の 1nlog⁡\frac1n\log が 00 に収束します。

例 4.4(双曲型の定数行列)

A=(eγ00e−γ)A=\begin{pmatrix}e^{\gamma}&0\\0&e^{-\gamma}\end{pmatrix}(γ>0\gamma>0)なら An=AnA_n=A^n で、s=(0,1)s=(0,1)、L=γL=\gamma です。行列が xx によらなければ縮む方向は固有ベクトルですが、一般には「s(x)s(x) は A(x)A(x) の固有ベクトル」ではなく、未来の行列すべてで決まります。たとえば A(x)A(x) が 2 つの双曲型行列をランダムに取る場合、s(x)s(x) は列の未来の部分 A(x),A(Tx),…A(x),A(Tx),\dots の関数で、各行列の固有ベクトルとは一般に一致しません。

注意 4.5(一般の Oseledets の定理(主張のみ))

d×dd\times d の可逆行列のコサイクルで log⁡+∥A∥,log⁡+∥A−1∥∈L1\log^+\|A\|,\log^+\|A^{-1}\|\in L^1、TT がエルゴード的なら、定数 λ1>λ2>⋯>λk\lambda_1>\lambda_2>\dots>\lambda_k(Lyapunov スペクトル)と、ほとんどすべての xx について部分空間の減少列 Rd=W1(x)⊋W2(x)⊋⋯⊋Wk+1(x)=0\mathbb{R}^d=W_1(x)\supsetneq W_2(x)\supsetneq\dots\supsetneq W_{k+1}(x)=0 があって、v∈Wi(x)∖Wi+1(x)v\in W_i(x)\setminus W_{i+1}(x) なら 1nlog⁡∥An(x)v∥→λi\frac1n\log\|A_n(x)v\|\to\lambda_i が成り立ちます(Oseledets 1968)。TT が可逆なら、時間を逆向きにしたコサイクルと組み合わせて Rd\mathbb{R}^d を各指数の部分空間の直和に分けられます。SL(2,R)SL(2,\mathbb{R}) で L>0L>0 の場合は λ1=L\lambda_1=L、λ2=−L\lambda_2=-L、W2(x)=Rs(x)W_2(x)=\mathbb{R}s(x) で、定理 4.3 はこの特別な場合です。一般の場合の証明は、外積 ∧jA\wedge^jA に Furstenberg–Kesten の定理を使って λ1+⋯+λj\lambda_1+\dots+\lambda_j を得るところから始まり、補題 4.2 と同じ「特異ベクトルの急速な収束」の議論を高次元で行います(Ruelle 1979、Viana の講義録 第 4 章)。

5. 1 次元 Schrödinger 方程式への応用

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例 3.4 や 例 3.5 のように、方程式 u(n+1)+u(n−1)+V(n)u(n)=Eu(n)u(n+1)+u(n-1)+V(n)u(n)=Eu(n) の解は (u(n),u(n−1))T=Mn(u(0),u(−1))T(u(n),u(n-1))^{\mathsf{T}}=M_n(u(0),u(-1))^{\mathsf{T}} と転送行列 Mn∈SL(2,R)M_n\in SL(2,\mathbb{R}) で書けます。

系 5.1(指数的に減衰する解)✓

有界な実数列 VV と E∈RE\in\mathbb{R} について、正の向きの転送行列 MnM_n が 1nlog⁡∥Mn∥→γ>0\frac1n\log\|M_n\|\to\gamma>0 を満たすとする。このとき、方程式の解のうち n→+∞n\to+\infty で 1nlog⁡∥(u(n),u(n−1))∥→−γ\frac1n\log\|(u(n),u(n-1))\|\to-\gamma となるものは定数倍を除いてただ 1 つで、それ以外の解(00 を除く)はすべて 1nlog⁡∥(u(n),u(n−1))∥→γ\frac1n\log\|(u(n),u(n-1))\|\to\gamma を満たす。特に、多項式的に有界な解(∣u(n)∣≤C(1+n)N|u(n)|\le C(1+n)^N)は、存在すれば n→+∞n\to+\infty で指数的に減衰する。

証明(系 5.1)

Mn+1Mn−1=(E−V(n)−110)M_{n+1}M_n^{-1}=\begin{pmatrix}E-V(n)&-1\\1&0\end{pmatrix} のノルムは ∣E∣+sup⁡∣V∣+2|E|+\sup|V|+2 以下で有界なので、補題 4.2 の仮定が成り立ちます。解は初期値 v=(u(0),u(−1))v=(u(0),u(-1)) で決まり (u(n),u(n−1))=Mnv(u(n),u(n-1))=M_nv なので、補題の 1・2 がそのまま前半です。多項式的に有界な解では 1nlog⁡∥Mnv∥\frac1n\log\|M_nv\| の上極限が 0<γ0<\gamma なので、補題の最後の主張から v∈Csv\in\mathbb{C}s で、1 から指数的に減衰します。

これと「スペクトル測度のほとんどすべてのエネルギーに多項式的に有界な一般化固有関数がある」ことを組み合わせると、Lyapunov 指数が正のエネルギーの集合には絶対連続スペクトルが無いこと(Ishii–Pastur の定理)が従います。その証明は Harper 模型とほぼ Mathieu 作用素 で、ほぼ Mathieu 作用素の λ>1\lambda>1 の場合に行います。

演習 6.1易

X1,X2,…X_1,X_2,\dots を独立同分布で E[∣X1∣]<∞E[|X_1|]<\infty の実確率変数とし、An=diag(eXn,e−Xn)⋯diag(eX1,e−X1)A_n=\mathrm{diag}(e^{X_n},e^{-X_n})\cdots\mathrm{diag}(e^{X_1},e^{-X_1}) とします。1nlog⁡∥An∥\frac1n\log\|A_n\| の a.s. 極限を求め、E[X1]=0E[X_1]=0 のときの結果を解釈してください。

解答

An=diag(eSn,e−Sn)A_n=\mathrm{diag}(e^{S_n},e^{-S_n})(Sn=X1+⋯+XnS_n=X_1+\dots+X_n)で、∥An∥=e∣Sn∣\|A_n\|=e^{|S_n|} です。大数の強法則(系 5.4[エルゴード定理])から 1nlog⁡∥An∥=∣Sn/n∣→∣E[X1]∣\frac1n\log\|A_n\|=|S_n/n|\to|E[X_1]| a.s. です。E[X1]=0E[X_1]=0 なら L=0L=0 ですが、X1X_1 が恒等的に 00 でなければ、中心極限定理から ∣Sn∣|S_n| は n\sqrt n 程度の大きさで揺らぎ、∥An∥\|A_n\| 自体は有界になりません。可換な行列の積では Lyapunov 指数は単に対数の平均で、非可換性が無いと「ランダムさが指数的成長を生む」現象(Furstenberg の定理)は起きません。

演習 6.2標準

補題 4.2 で 2 つ目の仮定 1nlog⁡∥Mn+1Mn−1∥→0\frac1n\log\|M_{n+1}M_n^{-1}\|\to0 を外すと結論が成り立たないことを、Dn=diag(enγ,e−nγ)D_n=\mathrm{diag}(e^{n\gamma},e^{-n\gamma}) と 90° 回転 R=(0−110)R=\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix} を使い、Mn=DnM_n=D_n(nn が偶数)、Mn=DnRM_n=D_nR(nn が奇数)として確かめてください。

解答

∥Mn∥=enγ\|M_n\|=e^{n\gamma} なので 1 つ目の仮定は成り立ちます。v=(a,b)v=(a,b) について、nn が偶数なら Mnv=(enγa,e−nγb)M_nv=(e^{n\gamma}a,e^{-n\gamma}b)、奇数なら Rv=(−b,a)Rv=(-b,a) なので Mnv=(−enγb,e−nγa)M_nv=(-e^{n\gamma}b,e^{-n\gamma}a) です。a,ba,b がともに 00 でなければ ∥Mnv∥\|M_nv\| は常に enγe^{n\gamma} 程度で縮みません。v=(0,1)v=(0,1) なら偶数の nn で e−nγe^{-n\gamma} に縮み、奇数の nn で enγe^{n\gamma} に伸び、v=(1,0)v=(1,0) はその逆です。どのベクトルについても 1nlog⁡∥Mnv∥→−γ\frac1n\log\|M_nv\|\to-\gamma は成り立ちません。実際 Mn+1Mn−1M_{n+1}M_n^{-1} は Dn+1RDn−1D_{n+1}RD_n^{-1} などで、ノルムは e(2n+1)γe^{(2n+1)\gamma} 程度と指数的に大きく、2 つ目の仮定が破れています。

演習 6.3標準

V=0V=0(自由な Laplacian)の転送行列 AE=(E−110)A^E=\begin{pmatrix}E&-1\\1&0\end{pmatrix} について、∣E∣>2|E|>2 のとき減衰方向 ss を具体的に求め、系 5.1 の減衰する解が u(n)=μ−nu(n)=\mu_-^n(μ−\mu_- は μ2−Eμ+1=0\mu^2-E\mu+1=0 の絶対値の小さい根)であることを確かめてください。

解答

AEA^E の固有値は μ2−Eμ+1=0\mu^2-E\mu+1=0 の根 μ±\mu_\pm で、∣E∣>2|E|>2 なら実数で ∣μ−∣<1<∣μ+∣|\mu_-|<1<|\mu_+|、μ+μ−=1\mu_+\mu_-=1 です。μ−\mu_- の固有ベクトルは (μ−,1)(\mu_-,1) で、AE(μ−,1)T=(Eμ−−1,μ−)T=(μ−2,μ−)TA^E(\mu_-,1)^{\mathsf{T}}=(E\mu_--1,\mu_-)^{\mathsf{T}}=(\mu_-^2,\mu_-)^{\mathsf{T}} です。よって (AE)n(μ−,1)T=μ−n(μ−,1)T(A^E)^n(\mu_-,1)^{\mathsf{T}}=\mu_-^n(\mu_-,1)^{\mathsf{T}} で 1nlog⁡∥⋅∥→log⁡∣μ−∣=−log⁡∣μ+∣\frac1n\log\|\cdot\|\to\log|\mu_-|=-\log|\mu_+| です。例 3.3 から L=log⁡r(AE)=log⁡∣μ+∣L=\log r(A^E)=\log|\mu_+| なので、これが補題の ss(正規化した (μ−,1)(\mu_-,1))です。初期値 (u(0),u(−1))=(1,μ−−1)(u(0),u(-1))=(1,\mu_-^{-1}) に対応する解は u(n)=μ−nu(n)=\mu_-^n で、実際 μ−n+1+μ−n−1=Eμ−n\mu_-^{n+1}+\mu_-^{n-1}=E\mu_-^n は μ−2+1=Eμ−\mu_-^2+1=E\mu_- と同値です。

  • J. F. C. Kingman, “The ergodic theory of subadditive stochastic processes”, J. Roy. Statist. Soc. Ser. B 30 (1968), 499–510.
  • J. M. Steele, “Kingman’s subadditive ergodic theorem”, Ann. Inst. H. Poincaré Probab. Statist. 25 (1989), 93–98.
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  • M. Viana, Lectures on Lyapunov Exponents, Cambridge University Press, 2014 — 第 3・4 章。
  • P. Bougerol, J. Lacroix, Products of Random Matrices with Application to Schrödinger Operators, Birkhäuser, 1985 — 第 I 部。

このテーマの 100 本ノック(100 問)

執筆: Claude Code(Opus 5.5)、Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 2 回(Claude Code)・最終 2026-10-12

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